2008年6月30日月曜日

ヤマダ電機の主な法律違反

 今日はニチイ学館が偽装請負をやっていたのを注意されたことをネタにブログを書こうとしてましたが、今もやっているNHKニュースで突然ビッグニュースが入ってきました。そのニュースというのも、あのヤマダ電機のものです。
 私は以前からこのヤマダ電機が非常に嫌いで、買い物も絶対にここではしないようにしてきました。というのも、ヤマダ電機はそれまで首位であったマツヤ電気を追い抜き、専門量販店企業で初めて売上高一兆円を越した企業ですが、わずかに耳に入ってくる情報だけでも法律違反のオンパレードで、いわば不正を行って利益を多く受け取っているのが明白だったからです。

 その代表的な法律違反の例というのも、数年前から始まった家電リサイクル法の代行です。この法律が定められてから、家電製品の大半はその処分する際に税金がかけられるようになりました。たとえばテレビだと2835円、エアコンだと3150円を処分の際に業者や自治体に支払わねばならなくなりました。
 そこにつけ込んだのがこのヤマダ電機です。この家電の処分はヨドバシカメラやビッグカメラといった家電量販店でも代行をしてくれ、その際には他の場合同様に処分品を引き渡す際に費用を払わねばならないのですが、なんとヤマダ電機は処分費用を消費者から受け取るだけばかりか、そうして集めた家電を処分せず、そのまま中古家電製品として中国などに輸出、販売していたのです。本来、消費者が払った処分費用はヤマダ電機を仲介して自治体に納められ、中古家電製品も各自治体の処分場で処理されるはずなのですが、それをヤマダ電機は処分費用をタダ取りするどころか、国際条約でも禁止されている、廃棄物の海外輸出までやって二重に不正に儲けていたのです。

 こう言ってはなんですが、何故この問題が大きく取り上げられなかったのか、強い不満と憤りを感じます。厳しいことを言いますが、恐らくヤマダ電機が各メディアに多くの宣伝費を払っているのがその一因でしょう。まだほかの民放はチェックしていませんが、今回明らかになった事実もNHKで私は知りましたし。

 そんなこんだで今日のハイライトです。たった今入ったニュースによると、ヤマダ電機はこれまで取引先のメーカーやその関連会社の社員を集め、タダで店の手伝いをさせていたそうです。主な作業内容は新規店舗開店時の商品陳列や販売員で、少なくともこの一年間で二万六千人はかり出されていたようです。なおその方たちへの報酬は一切なく、費用は派遣した企業側が負担したようです。まぁ普通の給料扱いだから、実質タダ働きの派遣ですね。
 今回、公正取引委員会はこのヤマダ電機を、販売店側の強い圧力、人員を派遣しないとそのメーカーの商品を販売しないなどのプレッシャーで、不当に人員を働かせたということで厳重な注意を行いました。

 なんというか、反省のない会社です。知らない人はしょうがないですが、知っててこんな店に買い物に行く人の気が知れません。それにしても、真面目に法律を守っている企業が落ちぶれて、こういう不正をやりまくっている企業の羽振りがいいなんて、どんだけ狂った社会なんでしょうか。そりゃこんな中で生きている人間も狂ってくよ……。

  追記
 コメント欄にて、営業時間や労働基準法は無視しているものの、家電リサイクル法で引き取った中古家電を中国に横流ししているというのは事実無根だとの情報をいただきました。この記事で書いている家電リサイクル法違反の内容を私は報道ベースで聞いたのであって、直接確かめたわけではありません。さりとてコメント欄の情報も真実かどうか確かめる術はないため、やや無責任でありますが参考情報として両者の情報をどうか見比べていただければ幸いです。
 それにしても、この記事を書いた2008年のヤマダ電機は絶好調だったのに、この追記を書いている2013年では一変して逆風が吹いているというのもまた因果なものです。

2008年6月29日日曜日

パブロフの犬の逆説

 パブロフの犬と来れば、心理学の中で最も有名な話でしょう。内容はというと、パブロフという心理学者が飼っている犬にエサをやる際に毎回ベルを鳴らしてからあげていたら、いつしか犬はベルの音を聞くだけでエサが出ると思い込み、唾液量が増加したという話です。学術用語だと、「パブロフ型条件づけ」と言われ、俗に言う「条件反射」ってやつです。

 しかしこの話について、以前にネットで見た内容で、
「パブロフが犬にエサをやるたびにベルを鳴らしていたところ、パブロフはいつしかベルの音を聞くたびにエサを出してしまうようになった」
 というのがありました。これは最初の例と違って、犬の主観からの事実です。実際に、パブロフはベルを鳴らしながらエサをやっていたので、事実関係に間違いはありません。
 このように、主観が違えば事実は同じでも内容が異なってくることを私なりに「パブロフの犬の逆説」と呼んで、場面場面で使っています。なかなか含蓄の深い話なので、周りにもよく聞かせています。

 最近、この逆説が効きそうな内容の記事があったので、ちょっとそれも紹介しておきます。その記事は確か少し前の新聞記事だったのですが、最近の若者について、

「最近の若者は酒、タバコ、車などにあまりお金を使わず、堅実な生活を送る者が増えている」

 という内容でしたが、占い師に精神年齢はもう30代と言われながらも肉体年齢ではまだ20代で、一応若者側の私からすると、ちょっと上から目線で言われているようでこの記事にカチンと来ました。そんな私の主観からこの記事と同じ内容を書かせると、

「以前の若者は酒、タバコ、車などに多くのお金を使って、刹那的な生活を送る者が多かった」

 と、書きます。実際、こういう書き方をしても事実関係に何の違いもなく、言ってしまえばこういう記事も普通ならあってもおかしくないのですが、今までこのかたこんな記事なんて見たことないです。年齢的な発言力の違いもあるのでしょうが、なんとなく寂しいものです。

2008年6月28日土曜日

小中学生の歴史肖像画への認知度

 肖像画についての記事を描いたばっかりなので、連投とばかりにこっちも載せときます。

・卑弥呼は正解99% 歴史の人物、業績は?小6など調査

 リンクの貼り方を覚えたばっかりだから、私、今日はやけに貼りますね。
 それはともかくとして、このニュースは昨日に文部科学省が発表してほぼすべての全国紙に載ったニュースですが、小中学生の歴史上の人物の肖像画に対する認知度を調べた調査結果です。ニュース記事によると、人物が大量に出てくる幕末から明治の間ではライバルが多いというせいもあり認知度は下がるようですが、逆にライバルの少ない時代だと認知度が高まる傾向があり、それを反映してか、最も認知度が高かったのは縄文弥生時代の「卑弥呼」だったようです。ってか、卑弥呼って肖像画あったの?

 順位を見てみると、認知度の高い肖像画の二位と三位が「ザビエル」と「ペリー」って、何で日本人じゃなくて外人なのかがちょっと面白いです。ザビエルに至っては小学校では坊主頭の男の子が、中学校ではハゲた男性教師がよく「ザビエル」というあだ名をつけられるので、この結果にもなんとなく頷けます。
 そしてその後に続く四位で、日本人では二位になるのは「野口英世」です。特徴のある顔の人なので、まぁこれもわかりますがその次の総合五位に入った「雪舟」は、何故これほどまでに順位が高いのか、ちょっと私は不思議に思いました。今の小中学生は雪舟について、なにか特別な教育でも受けているのでしょうかね。

 その後の順位だと、十三位に「小野妹子」が入ってますが、これも肖像画ってありましたっけ? 私はなんか今、ぱっと出てこないのですが……。
 そして最低だったのは認知度23.5%で、「大久保利通」です。この結果について好きなことを言わせてもらうと、「へっ、ざまあみろっ」って所ですかね。私は鹿児島県生まれなので、彼は大嫌いです。功績は認めますけど。

足利尊氏の肖像画の謎(・・?

 今日はとっておきのネタです。まずはこのリンク先のウィキペディアのページを見てください。

 ・足利尊氏

 見てもらった方はページの右上にある肖像画を見て、「えっ!?」と思ったのではないでしょうか。その余韻が冷めないうちに、今度はこっちのページを見てください。

 ・足利直義

 それこそ、「なんじゃこりゃー!!」と太陽にほえろばりに驚いた方もいるのではないでしょうか。こっちの足利直義の肖像画は一般的には源頼朝の肖像画として広く知られているものです。それが何故足利直義のページに貼られているのか、不思議に思いませんか?

 なんでも、これまで源頼朝と伝えられてきた、えらい山奥にある京都神護寺に伝わるこの肖像画ですが、最近の研究によるとどうも足利直義の肖像画なのではないかという意見が強まってきているらしいのです。同様に足利尊氏のページに貼られている肖像画も、従来は人気の高い平重盛のものと言われて来ていたのですが、どうにもひっくり返ったようです。
 足利直義についてはともかくとして、あのひげもじゃの騎馬武者像が写っている従来の尊氏の肖像画については昔から異論が数多くありました。馬の鞍についている家紋が足利家の物と違うことや、伝来がはっきりしないことなどがあり、実際には足利家の執事であった高師直ではないかと言われており、この新たな尊氏の肖像画の出現によってますます高師直だという説が強まってきています。

 私の主観で言うと、これらの肖像画は新説の方が正しい気がします。それこそ研究家でもない私なのですから根拠は何もないのですが、歴史の中で描かれる足利尊氏、直義のイメージからすると、この新たな肖像画の方がなんかしっくりくる気がします。足利尊氏は武家の棟梁として、どちらかというと温和で落ち着いた感じのイメージで、従来のひげ武者はやはり豪勇で伝わる高師直だと思い、足利直義についても、彼の経歴からすると冷徹な官僚的イメージというか、大久保利通に近いイメージを持っていたので、これまで源頼朝像と言われてきたこの肖像画がだとピンときます。

 真偽は今後の研究を待たねばなりませんが、じゃあ現在の中高生が使っている歴史の教科書にはどっちが写っているのかと思い、ちょっと今日に本屋で中高生向けの参考書を立ち読みしましたが、どうやら教科書に使われているのは昔のままの肖像画のようです。源頼朝はウィキペディアの足利直義のページに貼られている画像で、足利尊氏は例のひげ男爵のままで、実はこの肖像画じゃないかもという内容のコメントは特に載っていませんでした。
 折角だから、早いうちに中高生の教科書には、「もしかして、違うかも」という一言くらいは入れといた方がいいかもしれません。そうした方が想像力が掻き立てられて、中高生にとっても面白いんじゃないかなぁという気がします。

環境問題の流行り廃り

 2004年のことでしたが、その時ドイツで出版されている雑誌の日本語訳を見る機会があり中身を見てみたのですが、その時載せられていた記事と言うのは、「環境意識は何故薄れてしまったのか」という内容でした。
 具体的な内容はというと、1990年代に大きく盛り上がった環境問題だったが、2000年以後の昨今、すっかりそのような問題意識はドイツ人の中で小さくなってしまった……という内容でした。今じゃなんか想像し辛いのですが、日本同様に当時はヨーロッパでも環境意識は大きく低下していたようです。

 日本でも、95年前後は例のダイオキシンがテレビなどで過剰に宣伝され、環境意識が一時的に高まったもののその後は年々小さくなり、ちょうどこの2004年くらいにふとしたことから、「ダイオキシンって何だっけ?」という会話が友人との間にありました。

 それがたった4年後、いまじゃこんなに大きくなっちゃいました。今回のこの環境意識の盛り上がりの端緒となったのは恐らくアル・ゴア氏の「不都合な真実」という映画からですが、それ以上にある背景が存在していると言う指摘もあります。その背景と言うのも、「世界で共通した目標がなければならない」、というような背景です。
 詳しく説明すると、国際社会ではある程度共通の認識、まとまりがないと各国の首脳としては外交がやりづらいようなのです。それこそ利権を保持する言い訳に使うとか、使節の訪問目的など、何かしら土台となるべきお題を常に必要とするのです。これは冷戦期だと資本主義対社会主義で、90年代の前半は前述した環境問題、後半は経済問題といったように推移してきました。そして世界経済が好調になりだした2000年代後半に入ると、さしあたって使いやすそうなこの環境問題が出てきたというわけです。

 なので、私は今回の環境問題熱もそう長く続かないと思ってます。もってせいぜい2010年くらいまでじゃないでしょうか、また世界経済が失速し始めてきたのでそれより早く終わるやも知れません。結局こういうのは、隔年で流行が来るアイドルみたいなものだと思います。

2008年6月27日金曜日

原油高の原因と原油価格の今後の見通し~その二~

 前回からの続きです。前回ではこの原油高の原因について、

・新興国の石油消費量の増加→
・ハリケーンカトリーナによる原油価格の急上昇→
・サブプライムローン問題による、原油市場への過剰な資金の流入

 と分析しました。しかし、ここでいくつかの疑問があります。まず最期のサブプライムローン問題による影響ですが、ここで何故ほかの何者でもなく、過剰な資金が原油市場へと流れたのかです。企業株は低落の一方なので避けられるのはわかるとしても、現物市場ならほかにも金、小麦粉、鉄などほかにもいろいろあります。もちろん、今もなおこれらの現物も上がっていますが、それでも石油に資金が集中したというのにはっきりと合点がいきません。ただ単に当時に値段が上がっていたから、もしくは底が堅いから等といくつか推測できますが、この部分には未だ議論の余地があると思います。

 そして最期に今後の予測ですが、結論から言うと今年いっぱいはこのまま上がり続けるのではないかと私は思います。
 その理由というのも、このところの週刊誌の見出しなどを見ていると経済評論家などが知ったようなふりをして、
「今の原油価格の高騰は言ってしまえば実体はないのに過剰な投資が集まって上がっているだけという、いわばバブル景気的なものだ。そのためひとたび下がり始めるとかつての日本のバブル崩壊のように急激に下がるので、そこまで心配する必要はない」
 というようなことを言っている記事が多く目に付きますが、確かに前半部の指摘はよくわかりますし、実際に今の状態は原油バブルという状況でしょう。しかし、そのバブルがはじけるきっかけになるのはほかでもなく、異常に集まった投資金が引き上げられなければなりません。しかし引き上げようにも世界経済はサブプライムローン問題で未だ不安定ですし、投資を呼び込むような新規産業の開拓のニュースもあまり聞きません。中国やインドの経済成長も、それぞれの政府がサブプライムローン問題にびびったのか、それぞれで金融引き締めの動きに出始めています。つまり、お金が余っているから原油市場に集まっているのに、未だにほかに分散する場所がないというような状況です。こんな状況で、果たして資金が引き下げられるでしょうか。

 そして同時に、この原油高に歯止めをかけるために先進各国の首脳が石油産油国に増産を呼びかけていますが、巷に流れる情報だと、産油国としては値段が上がってた方が有利で、わざわざ自分から下げるようなまねはしないだろうという解説が多く載せられています。しかし先日にイランだったけな、呼びかけに応じて増産するというニュースが出ましたが、私の考えとしてはそもそも、増産したところであまり効果はないと思います。
 というのも、石油が不足して価格が上がっているのならまだしも、現在は価格は高いものの求めればすぐに石油が買える状況です。たとえて言うと、売り切れにならないがよく売れる値段の高いケーキを余計にショーウィンドウに並べたところで、値段は下がらないというような感じです、強引かなこのたとえ。
 ちょっと強気に出ちゃいますが、何故マスコミや評論家はこの点を報道しないのか疑問に思います。私はもちろん素人なので私の意見の方が間違っている可能性は高いのですが、どう考えても増産が価格安定につながるとは考え切れません。

 以上のように、石油増産は価格安定にあまり効果はなく、かといって資金も引き上げられる要因も特にない状況が続きそうなので、原油価格は今後もしばらく上がり続けるというのが私の意見です。まぁ確かに一度下がれば急激に下がるというのはありうることですが、それもいつの話かということです。
 最後の最後に付け加えると、私は日本の各石油会社は本当によく健闘していると思います。実際なら石油卸価格はもっと高くてもしょうがないと思えるのに、よくぞここまで値上げを最小限に食い止めてきたとと思います。なので今後も石油会社が値段を値上げをしても、私としては消費者は受け入れるべきだと思います。言ってしまえば、これまでが異常に安かったのだと思うべきです。
 ま、こういえるのも、私が普段自動車に乗らずに自転車に乗っているからでしょうが……。

原油高の原因と原油価格の今後の見通し~その一~

 友人からリクエストが来たのと、ちょうど準備万端で情報をためていたこともあり、今日は昨今お騒がせの原油高のニュースについて解説します。それにしても、「原」という字の多いタイトルだ。

 さて原油高といわれてすでに久しく、2005年の冬頃から、「今年の灯油は一等高い」と言われており、来月には通常ガソリン価格が卸値の上昇に伴い、平均180円を越すのではないかと今出ているYAHOOニュースでも伝えられています。過去のオイルショック時のガソリン価格から現在の価格を比べても大差なく、アメリカ市場で原油価格が過去最高を記録していることから、事実上現在は第三次オイルショックというべき状況下にあると言っていいでしょう。

 しかしかつてのオイルショックの時と比べ、今のところトイレットペーパーがスーパーからなくなるなどのパニック現象は何も報告されていません。これについて確か二週間くらい前のどっかの新聞(確かまた朝日)に、日本の発電手段の割合のうち、石油燃焼による割合はオイルショック時は約62%であったが、現在は天然ガスや石炭の活用割合が増え、8%にまで下がっていることから、石油不足による耐久力が増えていると書かれていました。そのため、上記のような現象となるパニックも起こらないというわけです。よくわかる話ですし、発電割合のダブルソースも確認できています。

 もっとも、石油の値段が上がった分、主だった製品はどれも値上げを余儀なくされています。特に食料品の影響はすさまじく、カップラーメンなどは88円から120円かな、値上げをやったら急激に売り上げが落ちたと言いますし、どのメーカーも値段交渉の際、営業の人間がお互いに黙りこくる風景が増えたとも聞いています。
 しかしちょっと皮肉な見方をしますが、ある意味今回の原油高による値上げが隅々まで行われることによって、今も続くデフレから日本は最終的な脱却が図れるのかと期待しています。倒産する企業こそ増えども、ようやくこの問題のひとつの解決になるのではないかと素人目ながら考えています。

 さてこっから本番の、私独自の情報分析になります。なぜ原油高が起こったのか、その原因を時系列的に考えてみると、一つの契機と思える事件があります。その事件と言うのも、2006年にアメリカを襲った「ハリケーンカトリーナ」の上陸です。
 それ以前から中国やインドといった新興国の急激な発展による石油消費量の急増により原油価格は上昇していましたが、このカトリーナが上陸したメキシコ湾沿岸地域が石油発掘、精製プラントの集中している地帯であったため、実際には世界的に大きな影響がなかったと言われていますが、市場に出回る石油が減るのではないかとの憶測が飛び、アメリカで原油一バレル当たりの価格が一挙に60ドル台から70ドル台へと上昇し、その後も現在に至るまで原油価格は上昇し続けいます。

 もちろん、このカトリーナ以前に新興国の急発展が主要因であることは間違いありませんが、このカトリーナによる影響は思わぬ形で次のステップに結びついたのではないかと見ています。その次のステップと言うのも、2007年に表面化したアメリカの「サブプライムローン問題」です。
 この問題が表面化することにより、世界中の株式市場での投資が一気に冷え込みました。そうして金はあるものの投資先がない当状況下、折からの原油高で価格が上昇していた原油市場に一気に資金が流れた結果、過去最高を記録する現在の原油価格上昇につながったのではないかと見ています。よくニュースで言う、「石油バブルによる価格高騰」、「マネーゲームによって上昇する石油価格」というのはこういうところにあります。

 ちなみに、何故投資が集まると価格が上がるかについてですが、これはちょっとやばいくらい説明が長くなるので省かせてください。幸いと言うか、そういうのを解説しているサイトはいっぱいあるし。それでももし知りたいという方は、ゲームの「いただきストリート」をしてみてください。あれやれば空売りの原理から株式投資の妙がすべてわかります。
 長くなったので、続きは次回に。

2008年6月26日木曜日

新聞メディアを考える~最終回、今後の予想~

 予告どおり、今回がこの連載の最期の投稿です。最期なのでこれまでを振り返りつつ、今後に起こりうる変化について予想します。

 まず、何度も言っていますが現在の新聞社は非常に厳しい経営を迫られています。そのことについて最初の投稿にて、
「よく巷では、日本のメディアは規制に守られていると考える人が多いのですが、マスコミ関係に勤務するある知人の話のよると、確かにテレビメディアは守られているが新聞メディアはそうでもない、と言っていました。それでも私は新聞メディアは他の業界に比べて守られている気がします」
 と書きましたが、この時に私が言おうとした日本の新聞メディアを守っている規制と言うのは、知っている方も多いでしょうが「記者クラブ」です。

 本当はこの記者クラブで一回分記事を書いてもいいのですが簡単にまとめると、日本の官公庁の記者会見による発表の際、この記者クラブという業界団体に加盟してないと、取材はおろか会見場に入ることすら許されないのです。この記者クラブに入れるのはそれこそ新聞、テレビの主要メディアだけで、雑誌メディアなどは目の敵のように追い出されるらしく、これは大メディアによるいじめだと、元週刊文春の記者で今はテレビのコメンテーターをやっている勝谷誠彦氏がよく吠えています。

 しかし実際に、この制度ほどおかしいものはありません。よくマスメディアは「知る権利」を主張して国に情報開示を迫りますが、そのマスメディア自体が業界団体を作り、新参メディアを排除して情報を独占しているのは言い繕えようのない矛盾でしょう。そしてもうひとつのこの制度の欠陥が、現在の日本のマスメディアはニュースを獲得するのに、官公庁発表に頼りきっているという点も見逃せません。

 それこそ犯罪事件の捜査状況などは警察に頼るほかなく、警察に嫌われまいとマスコミは警察の悪いニュースはあまり報道したがらないという憶測さえ飛び交っています。実際に、警察内部の裏金問題を暴露した北海道新聞はその後、道警から情報をもらえなくなったとまで言われています。そして五回目の連載にて書いたように、情報ソースが一緒で同じ発表をみんなで報道するもんだから、各新聞社の紙面が横並びに同じ記事になってしまうという弊害もあります。どう贔屓目に見たって、この記者クラブにいいところなんて見つかりません。

 そういうわけで欠陥を抱えまくって経営も苦しいのに、何故未だに新聞社が会社として成り立つかですが、その理由は恐らく、現段階で情報を入手するまともな取材機関を持つのが新聞くらいだからでしょう。もっとも、対抗馬のテレビメディアも取材機関を持っていますが、三回目の連載で書いたように新聞社と一体な所があるので、敢えてここでは区別しません。

 ネットの情報も、基本はこの新聞社の取材機関が取ってきた情報を元にあれこれ出回ります。かつて、確か三年くらい前だと思いますが、韓国で成功した、ネットユーザーから情報を募り報道するというネット専門のニュースサイトが日本でも発足した際、「2ちゃんねる」管理人の西村氏がそのレセプションにて、「きっとこの手の商売は成り立たないと思う」と、発言しました。その理由というのも、ネットユーザーからの情報は自発的な投稿に頼るほかなく、給料をもらって情報をとってくる連中に敵うはずがないというものからでしたが、その予想は的中したのか、その後このネットニュースサイトの続報は私は見たことがありません。

 なんだかんだいって、日本に流れる情報の大半は新聞記者が取ってきた情報です。この状態が続く限り二、三社は潰れるとしても、新聞社がなくなるということはないと思います。逆を言えば、先ほど言及した記者クラブがなくなり、新参メディア、それこそインターネット会社とかが自前でまともな取材機関を持った時というのが、本格的に新聞メディアが死ぬ日だと思います。

 そして何より、現在の日本の新聞社は企業として大きくなり過ぎています。世界の主要新聞と比べても、発行部数ばかりでかくて権威は全く及びません。そして今、その大きくなりすぎたつけとして経営が圧迫されているのだと思います。
 今後日本の新聞社が取り得る選択肢としてまず挙がるのが、社員の大幅なリストラです。この際、現在の半分以下にした方がいいと思います。
 次に、メディアの鞍替えです。この際新聞という媒体から、お仲間のテレビに取材機関を移してやってく方が賢いかもしれません。どうせテレビメディアは規制に守られてて、法外な給料をもらっているらしいし。

 最初にも書きましたが、現段階でいうなら新聞は死ぬメディアです。そして私個人的にはかつて娯楽がラジオからテレビへと移ったように、この新聞メディアを殺す新たなメディアがこれからでてくるのではないかと思います。それこそ今の雑誌メディアかもしれませんしネットメディアかもしれません。どちらにしろ、新聞で主な情報を得るという時代は遅かれ早かれ、もしかしたらすでに過ぎているのかもしれません。

2008年6月25日水曜日

最近の日本の文化について

 今日は涼しいから調子が良くて四本目の投稿。どれも短いしね。

 さて今回の内容は以前にも個人的なエッセイに書いた内容なのですが、このところの日本の文化についてちょっと私は思うところがあります。結論から言って、暗い。全体的に内容が暗いし、おまけにつまらないものばかり。代表例は携帯小説でドラッグ、レイプ、暴力の三つがあれば何でも許されるのが不思議でしょうがない。
 私個人としては、やはり社会全体が活力を取り戻すには希望に満ちた、明るい文化が必要だと思います。それこそ歌でもいいし、小説でもいい。この際、漫画やアニメでもいいのですが、どうもどれも暗いものばかり。その中でも個人的に気に入っているのは、今もジャンプで連載中の「アイシールド21」という漫画。一時は全くと言っていいほどなかったスポ根漫画で、久々の大ヒットを作ったこの作品ですが、読んでて元気になってくるのは最近だとこれくらいです。今問題になっているけど、「金色のガッシュ」も同様です。

 小説だと最近じゃ一時代を築くような、誰もが読んで知っているような作品がないのが致命的です。かく言う私も最近はほとんど読まず、なんか「阿Q正伝」とか「若きウェルテルの悩み」など古典を読んでます。元々私は小説書きだったのでこの現状を残念だと感じることが最近特に多くなりました。
 特にこのところはブログで書く文量が数年ぶりに増えてきているので、またなにか小説でも書こうかと思う余裕がこのところあります。書いたらどうしようかな、ホームページで公開でもしようかな。

小中学校で教えるべき内容

 去年友人のツッチーと一緒に受けていた授業にて、ある日こんな発言が出てきました。
「……というより、本当はこの日本の国民皆保険制度や年金制度の仕組みとか、小学校や中学校で教えるべきなのでは」
 この発言に、思わず私も頷きました。

 恐らく、今のようにあれこれ問題が顕在化するまで、日本の年金がどのような制度で、誰によって運用されているのかきちんと理解していたのは国民の5%にも満たなかったと思います。幸いと言うか、問題が顕在化してからはテレビ番組などがあれこれ特集を組んだので、ひとまず理解は広がったと思います。しかしその一方、今度はこっちが問題化してきた健康保険制度については、多分全体の骨格すらわからないどころか、他の国ではどのように医療制度を作っているのか比較までできる人となると皆無に近いでしょう。

 どちらも、日本の社会で生きる上では本来知っておくべき制度で、子供とはいえ早いうちにその中身を教えておくべきだと言うのが先ほどの発言です。言われてみると、なんだかんだいってこういった大事な中身は今の今まで人に教わらず、大抵自分が本などで調べた内容だとこのとき私も気がつきました。

 私が覚えている中で、小中学校で社会知識として教えられた内容と言うのはまずクレジットカードやクーリングオフといった制度が思い浮かんできました。どちらも、90年前後に自己破産者が急増したことにたいする対策でしょう。それ以外に私が教わった変り種として、株式会社の制度と株取引の中身くらいかな。

 こうして考えてみると、社会で生きていくのに必要な知識は意外と学校で教えられていない気がします。学校と言うと算数や国語を教える場所と言う定義がすぐ出てきますが、本来は社会生活に順応できるように教育する場所のはずで、算数や国語はあくまでその中のひとつの手段に過ぎません。それこそ、今も問題となっている保険や年金はもとより、銀行などの金融機関での振込み支払いのやり方、やたら細かい印鑑の使い方などなど。そして今では何よりもインターネットの使い方を教え込む必要があるでしょう。違法サイトはもとより、情報の検索の仕方、ネットショッピングの仕方、あ、あと電子マネーとかもあるな。

 このところは学問の教育レベルの問題ばかり議論されていますが、元に戻って、こうした社会訓練の分野においても教育議論というものが必要だと最近感じます。私なんて私立の中学校にいたもんだから中には世間知らずも多くて、「七福神ってなに?」って、真顔で聞いてきた友人もいました。

一家心中、大量殺人事件続発について

 昨日、千葉県柏市にて老齢の男性が一家の人間を四人も殺害する事件が起きました。男性には知的障害があり一概に心中事件とは言えないのですが、どうもこの手の一人で何人も殺害すると言う事件がこのところ続発しているように思えます。もちろん正式な統計を見たわけではなく不確実なのですが、こういった事件が表沙汰になる件数が増えているのは間違いないので、ちょっとその辺について書こうと思います。

 まず一家心中ですが、確か去年にも中学、小学生の子供と心中しようと父親が凶刃を振るった事件があり、それ以外でも何度かこういった事件がこの一年でよく起きています。また、心中とは違った一人の人間による大量殺人事件も、今回の秋葉原通り魔事件を筆頭に、主に若い世代の男性によって何件か起きています。

 こういった事件の背景について私見ながらいくつか意見を出してもらうと、いわゆる格差が目に見えてはっきりしてきたのが一つの原因になったのかと思います。これは社会学を習った人間なら誰でも知っている内容ですが、19世紀にデュルケイムというちょっぴり暗そうなフランス人が「自殺論」という本で、自殺は景気の不況期に増加すると思われがちだが、好況期にも増加する傾向があると証明しました。実際に今の日本は表向きは数年前と比べるとよっぽど景気がいいのですが、自殺者の数は一向に減少する気配はありません。

 なぜ好況期にも自殺が増えるかと言うと、単純に言って、人間と言うのはみんなで苦労している間はそんなに不満は感じないのですが、何人かが羽振りがいいのを見ると、以前と同じ苦労をしているにもかかわらず不満が大きくなると言う、比較の心理がそうさせるようです。それこそ、2000年代初期のデフレ不況下では日本はどっちを向いても景気が悪かったのであまり大きな問題にはならなかったものの、このところは一部では景気が良くなってしまい、よくならなかった側の人間からすると前よりは幾分楽になったと言えども、なんとなく気持ちは素直になれないというような感じです。

 特に、私が警戒しているのはある言葉の変化です。それまで職に就かず職業訓練も受けない若者、つまりニートのことを「無気力な若者」と呼んでいたのが、ここ一年くらいで「現状に不満を抱く若者」という言葉に置き換わっている気がします。この言葉の変化がどういったところから来ているのか、また本当にそう変わっているのかまでは検証しませんが、なにかしらこういった気配を私は感じています。
 実際に、2004年の段階で現状を危惧する内容の記事を読んだことがあります。誰かは忘れたのですが、現在ニートとなって親の庇護下で生きている若者は将来親が年をとって庇護することができなくなった時が非常に危険だといい、その記事が出る少し前に起きた、「自分にも親にも将来がないことがわかっていたから」と言って、ニートの若者が両親を殺害した事件が今後も増えると予想していました。

 一家心中と若者の大量殺人、近いようで意外に問題の原点は近い気がします。しかしそれにしても皮肉なものと言うか、そこまで若者を追い詰めた景気の悪さが、良くなるとともに顕在化するというのも。

グッドウィル廃業のニュースについて

 このブログでも何でも取り上げてきましたが、とうとうグッドウィルが廃業することを正式に発表しました。詳しくは「グッドウィル支店長逮捕事件について(http://imogayu.blogspot.com/2008/06/blog-post_05.html)」に書いてありますが、一部不透明な動きがマスコミなどであまり議論されなかったのが残念です。

 それと、確か先週の日曜あたりの朝日新聞朝刊に、人材派遣会社が集まってできた組合が一面カラーで意見広告を出していました。内容は「長期雇用を増進させるために努力する」とか、「職の安定に寄与します」など白々しい内容が書かれていましたが、今回のこのグッドウィルの事件で摘発理由となった「二重派遣」について何も書かれていないのは正直、どうかと思いました。今回の事件でこの問題が尻切れトンボにならないことを祈っています。

2008年6月24日火曜日

新聞メディアを考える~その六、新聞社の経営~

 今日はちょっと疲労気味なので、短くまとめて、信長の野望で真田家で天下を狙いたいと思います。いやね、この前長野の真田家の居城である上田城を見てきてまたやりたくなっちゃってさ。

 さて今回は新聞社の経営についてですが、特に専門的にこの分野を学んだというわけではないので、あくまで私の理解の中の話だと了解して読んでください。
 新聞社の経営について、わかっている人はわかっていますが、その収入の半分以上は広告料です。一ヶ月当たりの新聞購読料は4000円くらいですが、これらはほとんど収入にならず、スポンサーが紙面に載せる広告料が主な収入源となっております。そのため、スポンサーである広告主を集めてくる広告代理店に新聞社は逆らえなくなっているのが今の日本のマスコミ界の最大の問題と言われ、しばしば非難される点でもありますがそれはまた今度にやるとして、とにもかくにも新聞の広告料が新聞社の生命線となっています。

 ちなみに少し話は脱線しますが、新聞社の経営というのは一般的にも非常に難しいといわれています。それこそ明治の初めの頃はいろんな人が新聞を出していましたがみんな失敗してます。一例を挙げると首相にもなった西園寺公望は主筆に幸徳秋水を迎えてやってましたが失敗し、また当時から知名度の高かった福沢諭吉も失敗してます。なおその当時の経営も購読料よりは広告費に頼る傾向が強かったようです。

 そんなんで現代の新聞経営では広告が大事なので、基本的に大きなスポンサーには逆らえないとも言われております。それがたとえ、そのスポンサーとなっている会社が社会的に大きな影響を及ぼす事件を起こしたとしても、黙殺されてしまうとまで言われています。まぁ黙殺とまで行かなくとも、実際に新聞社がスポンサーにプレッシャーを受けているのは間違いなく、以前に書いた「キャノン、御手洗会長の報道について」(http://imogayu.blogspot.com/2008/01/blog-post_21.html)で書いていますが、キャノンと松下が今も問題になっている偽装請負を行っていた(行っている?)事実を朝日新聞が明らかにしたところ、現在に至るまでこの二社の広告が朝日新聞には載らなくなりました。この損失は大きく、朝日ではこれで広告収入が大きく減ったと聞いています。

 しかし、スポンサーになるのは何も会社だけではないようです。ここからがハイレアな情報になりますが、私自身が直接朝日新聞の社員から話を聞いたところ、「今の新聞社を支えているのは、大学だ」と言っていました。というのも、このご時世にもかかわらずカラーで両面広告を出してくれるのはもはや大学だけらしく、事実上大きな広告主となっているからだそうです。実際にこの時期に電車に乗ると、張られている広告にはオープンキャンパスの日程が書かれた大学の広告が目立ちます。恐らく、この情報に間違いはないでしょう。

 ただこの広告費と購読料の割合は新聞社によって多少の差があると言われています。よく言われるのは朝日新聞では広告費の割合が高いのに対して、読売新聞は逆に購読料の割合が高いとされ、それが両紙の新聞の論調に現れているといいます。朝日新聞では企業やそういったものに向けて理念を語るのに対して、読売は一般消費者目線の記事が多いなど、うなずける部分があると私も思います。
 ついでに書くと、読売新聞は公称1000万部の部数があると言っていますが、これも知ってる人には知られてると思いますが、なにも読売新聞に限らず、どの新聞社の部数の半分は「押し紙」といって、印刷された新聞屋の中におかれたまま捨てられるといいます。何故そんな無駄なことをするのかというと、一応刷ったら刷ったで広告主に対して、「この広告は1000万部も届けられています」と言えるので、広告料を引き上げられるからです。この方法はアメリカで新聞王と言われたマードック氏が考案した方法です。

 そうやって広告料をあれこれ新聞社は稼ごうとしているのですが、それでも現在の新聞社はどこも経営が苦しいと言うのは一致しているようです。聞くところによると、ある全国紙の新聞社では広告料と購読料をあわせた新聞販売事業では完全に赤字で、会社の持つ不動産事業でなんとか黒字にこぎつけているところもあるそうです。まぁ会社ってのは潰れそうで潰れないものですしね。

 ただ素人目から言わせもらうと、現代の新聞社はすべからく、企業として大きくなり過ぎていると言えます。何故そんなに社員数を増やしてここまで大規模化したのかというと、単純に報道力高めようとした結果とのことです。何でも日露戦争以降、日本の新聞は社説などの論説からスクープで紙面を埋めるようになり、情報を取るために大きく大きくなり、現在ではその祟り目となって経営を圧迫しているように思えます。
 多分、このまま何かネタが思い浮かばなければ、今度でこの連載も最期です。

2008年6月23日月曜日

大河ドラマについて

 最近カテゴリーが「社会のはなし」ばかりなので、ちょっと別のカテゴリーの補充をしておきます。ついでに近況を書くと、今日買った「ノノノノ」という漫画の二巻、めちゃくちゃ面白かったです。

 今日のYAHOOニュースで知りましたが、今年の大河ドラマ「篤姫」で、今視聴率を押し上げているのが十三代将軍徳川家定役の堺雅人らしいのですが、この人ならさもありなんと思いました。私自身この堺氏が大好きですし、四年前の大河ドラマ「新撰組!!」にて山南敬介役を演じた堺氏の演技がいまだにありありと思い出せます。つうか、出るんだったらもっと早くからだせよなぁ。

 その大河ドラマも来年は「天と地と」で、直江兼次が主役になるそうです。しかし番組の多チャンネル化に伴い、ここ数年の大河ドラマは視聴率が下がりっぱなしと言われています。それで確かこれも四年位前だったと思いますが、友人と話をしている時に、「誰が主役だったら大河ドラマも面白くなるかなぁ」と、相談しあったことがあります。
 その際に私が出したのは、
「足利尊氏役を元若乃花、弟の直義役を元貴乃花に演じさせて、兄弟間の争いを描いたらどうかな」
「視聴率は取れるけど、撮影が途中で中断になるんじゃない」
 と、言い返されました。面白そうだけど。

 そんな感じでなんだかんだと候補を挙げていったのですが、最後になって突然友人がポツリと、
「僕、甲斐宗運だったら必ず全話見るよ」
「俺も、それだったら見るわ」
 と、妙な形で決着がつきました。

私が中国語を学んだ理由

 今日は例の上海人からリクエストがあったので、中国語でお送りします。

 很多人常常问我,你为什么学习汉语……

 だめだな、なんだか文字化けする。まぁそういうわけなのでいつもどおりに日本語で書きます。
 まぁ書き出しの文の通り、周りからなぜ中国語を勉強しようと思ったのかよく聞かれます。ただその際の私の返答はいつも決まっていて、「三国志が好きだったから」の一言だけです。大抵の人は、「は?」ってな顔をして、人によっては、もっとこれから需要が増えるとか、将来を見越してとかじゃないのと余計なお世話と言い返したいようなことを言ってきます。

 時系列に沿って言うと、私は小学生の頃から「信長の野望 覇王伝」をやりこむくらいの日本史マニアでした。きっかけは当時に友達が少なく、教室にあった学級文庫の歴史漫画を学校にいる間中ずっと読んでいたからです。なんせ、友達がいないもんだからあの頃は昼休みはずっと席に座って、歴史漫画を読んでいました。なんか絵に描いたような話だな。

 そんなある日、ゴミ捨て場に捨てられていた横山光輝氏作の漫画版「三国志」の一巻と出会いました。堅そうな話だけど、歴史の話だからいっかと持ち帰って読んだのが、私の三国志との出会いでした。当初はそれほどはまらなかったのですが、当時に高校生だった姉が学校の図書館から残りの続きを毎日借りて持ってきてくれたので、全六十巻を読破することができました。もう最期の方の五丈原に至る頃にはすごいはまってて、確かその年のお年玉で「三国志Ⅲ」を買ってました。

 それ以降も中国に対して異様な親近感とともにその歴史に尊敬にも似た気持ちを持つようになっていきました。さらに言うと、今もやっている「世界丸見えテレビ」という番組では当時、レンガを食べて暮らすとかひじで釘を刺すとか、体中に針を刺すとかいうトンデモ超人ときたら、ほぼ間違いなく中国人かインド人が出てきていました。昔から今でもそうですけど、そういうわけのわからないものがとにもかくにも好きなので、子供心に見たあの番組から今でもこの二国が非常に大好きなんだと思います。

 その後、中国語を実際に学び始めましたが、別にこの分野だけに限るわけじゃないですが、私の場合やり始めの頃は非常に成長が遅い傾向があります。中国語でもそうで、最初の二年は全然上達してなかったし、留学奨学生の試験も即効で落ちてました。この辺もいつか解説したいですが、私は敢えてこのような傾向を自らに起こして、大器晩成型に能力を伸ばしています。それが見事に功を奏したのか、今では街で見かける中国人には片っ端から話しかけて、特に発音には非常に力を入れた分、発音に対して褒められることが非常に多いです。

 なので、私は中国語を学んだ理由を必ず三国志からだと答えています。別に何か物をやり始めるのに、大層な理由は必要ないと思いますし、むしろこういった単純な理由の方が人間って動くと思います。こうして文章を書くようになったのだって、昔にあった「サウンドノベルツクール」というゲームでセーブに失敗し、せっかく書こうと思ってた長い話が全部おじゃんになって、それなら紙に書こうと小説を書いたのがきっかけなんですし。

2008年6月21日土曜日

新聞メディアを考える~その五、新聞の個性~

 今日は私個人が今の新聞に足りないと思うものを解説します。結論から言うと、今の日本の新聞には個性がないと思います。

 皆さんはどういう時に新聞を買うのか、まずそれを考えてみてください。恐らく、普通なら何かしら求める情報を得るために買うのだと思います。しかし買った後、自分の知りたいと思う情報が必ずしもその新聞に載ってなかったという経験がないでしょうか。
 私が言いたいのは要するに、今の日本の新聞だと、求める情報と提供されている情報が必ずしも一致しないというのが最大の欠点だと思います。それこそ、スポーツ新聞の場合だとそう言う事はまずありません。野球なり競馬なり、そういった方面に詳しい情報を載せている新聞はたくさんあり、購読者もそういった情報を求めてその新聞を選んで買います。ほかにも日経新聞をはじめとする経済新聞も同じで、これも経済関係の情報なら必ず載せられているので、サラリーマンならまず必携になってきます。

 それに対し、全国紙の場合はどうでしょうか。確かに社説の論調で言うなら朝日、毎日が左寄り、読売、産経が右寄りと言われていますが、その取り扱う内容にはほとんど違いが見出せないと思います。それこそ、新聞の1~3面までに載っている記事なんて、どこも変わらないのが実情でしょう。
 私が今の新聞に対して求めたいのは、少なくとも「この分野には強いぞ」というような、個性が欲しいです。たとえばほかの新聞に比べて紙面における政治に関する記事が多いとか、他の新聞にはない小説なりエッセイの連載をやっているとか、そういったような個性です。

 現状では4コマ漫画や毎週の決められた曜日におけるエッセイが各新聞で連載されていますが、私が期待して読むのは朝日新聞夕刊におけるしりあがり寿氏による「地球防衛家の人々」くらいです。ほかにはと言われても、どっかで連載していた漫画批評のエッセイなんて、これで金がもらえるのかよと思ったほどくだらない内容で、言っちゃ何ですがほとんどの連載は読む気が起きないし、それほど価値がないと思います。

 唯一の例外は日経新聞で、ここは前に連載していた「愛の流刑地」、通称「愛ルケ」は新聞の連載小説としては近年稀に見る大ヒットを起こし、また昔から連載されている各界の著名人による「私の履歴書」など、お家芸の経済面以外でもこういったコンテンツ分野も充実しています。それを反映してか、団塊の世代の集団退職に伴って減ると思われた部数が日経の場合、ここ数年は右肩上りで増えています。
 さらに付け加えると、私のようなチャイナウォッチャーにとって現在でこそ中国経済新聞の「チャイニーズ・ドラゴン新聞」がありますが、以前は毎日中国の情報を載せていたのは日経新聞だけだったので、学者の方々はほぼ間違いなく日経新聞を読んでいました。

 以上のように、「この新聞を買うと、少なくともあの関係の情報は確認できる」、と期待できるようなコンテンツが、今の日本の新聞にとって最も足りていない点だと私は思います。私個人で期待する内容はというと、政治系や海外情報に充実した内容が欲しいところです。
 ちなみに、今回解説した内容はそのままブログの運営にも当てはまると思います。特にブログはネット上に無数にある中で固定した読者を得なければならないので、やはり期待されるコンテンツをしっかり持つことが重要になってくるでしょう。私のこの陽月秘話の場合は、

 ・ほかでは絶対にやってなさそうな情報や解説
 ・通常より、やや難しい中から上級者向けのニュース解説
 ・難しい内容でも可能な限りわかりやすく書く私の文章力

 以上の三つを柱に据えています。よく友人から、「ブログの内容が難しすぎてわからないんだけど」と言われることがありますが、決して苦に思う必要はないと思います。時たま、やりすぎたと私も難易度に対して思う時があります。
 しかし驚くくらいに今の日本のメディア界ではこういった、難しい内容の解説がないのが現状です。誰でもわかりやすい内容だけを書くのも必要でしょうが、自らの知識欲に満足できない人に向けて、今日も明日も私は書くのです。昨日は上海人に召集食らって休んだけど……。

2008年6月19日木曜日

新聞メディアを考える ~その四、新聞の特性~

 早いもので今回の連載も四本目。そこで今回は新聞が持つ、他のメディアに無い特性について語ろうと思います。どうでもいいですが、今ちょっとアニメ版、「ヒカルの碁」で使われた曲を聞いています。あまり知られて無いけど、いい曲が非常に多いです。なお、「ヒカルの碁」は何でも今ロシアで大ヒットしており、「ГО(ゴー)」と入力したら引っかかると前に聞きました。

 そんなくだらない話はいいとして、まずほかのメディアの特性ですが、インターネットは言うまでも無く情報量の多さと検索の早さで、テレビは音と画像の同時提供とリアルタイム放送があります。これらに対して新聞はどんな特性を持つかというと、まずあげられるのは「見出し」だと私は思います。
 これはうちの親父の受け売りですが、「見出しというのは一行の言葉でニュース内容を読者に理解させるもので、作ろうと思ってもなかなか作れない玄人芸だ」と言ってましたが、実際その通りだと思います。テレビやネットのニュースに対して、ざらっと情報を見渡す、それこそ何か気になるニュースはないかと探す時間だと新聞が圧倒的に短いと思います。この点は手放しで新聞を褒められる点です。なお、最近私が気に入った見出しは巨人のクルーン投手が試合で乱調だった次の日の朝日新聞のスポーツ欄で、「荒れクルーン」と書かれた見出しです。

 この見出しともうひとつ、見逃せない新聞の特性というのが、情報の編集です。
 本当は別に1コーナー儲けて解説をしたいのですが、ネットが始まってから「情報に強い人間」という定義が私の中では変わりました。始まるまでは文字通り、「どれだけ大量に情報を持っているか」だったのですが、ネットの検索機能が強化されたあたりから、「どれだけ情報を整理できるか」が、情報に対して強い弱いを決まるようになったと思います。

 たとえば、今かまびすしい死刑に対する賛否問題ですが、ネットで検索をかければそれこそ賛成派だろうが反対派だろうが、どちらにとっても都合のよい意見を収集できるはずですし、その量にも大差はないと思います。しかし、普通の人にとってその死刑に関する意見や情報のすべてをネット上で眺め回すことなぞ、時間的にも物理的にもほぼ不可能に近いです。そこでは如何に効率よく、信用度や説得力のある意見を見つけられるかが問われるようになって来ます。私が言いたいのはこういうことで、ネット時代の到来と共に情報とは不足するものから過多なものへと化しました。その時代の情報人の必要とされる能力は記憶力ではなく、情報の収集や分析技能だと私は考えているのです。

 そんな前置きはよしといて新聞の編集という特性ですが、基本的にほとんどすべての情報は新聞社に一旦集められこそしますが、そこで記者によって必要な情報か、重要な上であるかを判断する編集作業というふるいにかけられて、くだらない情報はそぎ落とされてから(私などはこの過程を「スクリーニング」と呼びます)私たちの元へと届けられます。これによって読者がどんな点で得するかというと、まずくだらない情報を掴まされる事がなくなります。それこそ誤報に至っては掴まされたら大事ですが、ネットで適当に見ているとやっぱりそういう情報も少なからずあります。しかし新聞はその点、発行部数に関わるのでそういった信用度の低い情報は切り捨ててくれます、たまにのっける事はあるけど。また、見るだけ時間の無駄な情報も切り捨てられるので、効率よく情報を得られる上にその逆の、同じ意見でも説得力のある有効な意見も選んで載せるというのも、編集の作業のひとつでもあります。

 現在まであれこれ批判はありますが、少なくとも現状でこの編集能力が高いメディアは新聞でしょう。まぁ現在はあれこれ問題は抱えていますが、少なくともこの「見出し」と「編集」は新聞の特性と言ってもよいと思います。しかし、私から見て現在の新聞社はこの他のメディアに勝るこの二つの特性を使い切れていない気がします。次回は、「新聞会社もこうすりゃいいのに」、と私が思う点を紹介します。

2008年6月18日水曜日

日本の猫の目農政

 今日になってようやく日中が東シナ海のガス田開発を共同で行う旨を政府が発表しました。まぁなんというか、少なくとも嘘をつかずに済んでよかったです。

 さて今日は新聞メディアの連載をちょっと休んで、日本の農政について書こうと思います。まずタイトルの「猫の目農政」ですが、これはコロコロと変わる日本の農業政策を揶揄して言われている言葉です。
 実際に日本の農政の方針は何度も変わっています。古くは米の流通自由化からですが、ちょっと今回の改正は致命的なところもあるのでその辺を詳しく説明します。

 まず、大体2000年に入ったあたりでしょうか、何を思ったか農林省は、「日本の農業は土地規模の少ない零細な農家が多い。これらを統合して大規模集団農家にすれば、きっと効率が上がるはず」と言い出しました。当時にうちの親父なんか、「これからは農業も企業がやる時代だ」と言ってましたが、年をとってから私が思うのは、何をそんな適当な事をという事だけです。

 この、「農業の企業集団化」というのは要するに、近くの農家同士で一つの経営団体を作り、農産物をつくって行くという事です。たとえば、2ヘクタールの土地を持つAさんと、3ヘクタールの土地を持つ隣のBさんが共同で農業をやっていくと役所に届け出て、それ以降は二つあわせて5ヘクタールの土地を使い、それまで別々に作っていた大根を一緒に作る……というような具合です。政府の言い分だと、大きな土地を集団で耕すのだから生産量も増えるはず。しかも集団で集まるのでまとまった資金も使えるようになり、トラクターなどの農業用器具も購入できるようになりみんなで万々歳だ、といってました。

 そして大体二年位前からこの政策を実行に移して行きました。具体的にはこの農業を集団化する事を届けた場合、税制などの優遇するなどのエサをぶら下げ、農家の方々に自発的に集団化する事を誘導しました。しかし結果はというと、詳しくは調べてはいませんが伝え聞くところによると、全然届出がないらしいです。そして実際に集団化したところも、生産量にあまり変化が無いというらしいです。

 それもそのはずです。農業というのは農家の方のモチベーション、つまり「やる気」が非常に大きな影響を及ぼす労働だからです。私自身農業を行っていないので強くは言えないのですが、やはり非常に体力のいる作業だと言われております。それでも、その労働が自分の収入に直結するなら、耕しているのが自分の土地ならば、といったやる気によって、生産量が大きく変わると言われています。実際に日本でも戦後のGHQの農地改革の際、それまで小作人ばかりであった日本の農家を土地を安く買い与えて自作農家に変えた事によって、飛躍的に生産量が伸びています。また中国でも作った作物が一時的に全部政府に取られていた共産主義経済時代に比べ、自由主義経済になり、一定量の作物を納めた残りは自由に売ってもよいという「生産責任制」を導入して以降に生産量が増加しています。

 それが今回の集団化を行ってしまうと、やはり名義上は自分の土地ではなくなるのですからやる気も失せて当然です。さらに生産効率の面でも、日本人は土地が少ない分これまで熱心に狭い土地を耕作してきており、単位面積あたりの生産効率は世界でもトップクラスだと言われていますし、私もそう思っております。いわば、生産効率がほぼ限界に近いまで上にいるのに、日本より生産効率が全然低い、アメリカのやっているような農業の集団化を行ってどうして生産効率が上がるのか、非常に疑問です。

 そんなんだからこの農家の集団化は失敗に終わりそうです。そうして失敗が見えてきた最近になり農水省は、「やっぱ、今のナシね」と言い出しました。何が不幸かというと、すでにタッグを組んで集団化をやっている農家の方々です。
 なにも農政に限るわけじゃないですが、日本の政策はそれこそまるで猫の目の如く、コロコロ変えられてしまう政策が多すぎます。今回の高齢者医療制度も始まるや否や改正やら廃棄やら言い出す始末ですし、もう少し原則と言うものを持つべきでしょう。今度は医療の方でもやろうかな、この問題。

2008年6月17日火曜日

新聞メディアを考える ~その三、新聞社とテレビ局の関係~

 まず最初に昨日の記事の続きです。日中が東シナ海のガス田開発を共同で行うとした朝日新聞の報道ですが、調べてみると産経も同様に報じていたようです。どちらにしろ現在まで政府発表はなく、その他のメディアもまだ続報を流していません。本当だったら両紙ともに大スクープと見ていいでしょう。

 そんなんで本題ですが、今日は新聞社とテレビ局の関係です。最初に言っておきますが、別に私はマスコミ業界の人間でもなんでもなく、これまでの連載記事はともかく今日はあくまで一般人の目から適当なことを言うと思いますので、そこら辺をどうか了解してください。

 以前にも少し書きましたが、日本で地上波テレビの放送免許を得る際にはニュースソースを持たなくては免許がもらえません。そのため、基本的にはどのテレビ局系列も提携している新聞社があり、株式も持ち合われているために実質同じグループ企業として扱われることが多いです。いちいち挙げなくともいいと思いますが、主なテレビ局とその提携している新聞社のリストは以下の通りです。

・テレビ朝日:朝日新聞 ・日本テレビ:読売新聞 ・フジテレビ:産経新聞
・TBS  :毎日新聞 ・テレビ東京、大阪テレビ:日経新聞

 その他地方局は地方局で地方新聞と提携していることが多いです。先に言っておくと、この中で異彩を放つのはやはりテレビ東京:日経新聞のタッグです。よく2ちゃんねるではどんな大事件が起こっても特番を放送しないといって持て囃されるテレ東ですが、ただ単にほかのテレビ局と比べて予算がなくて特番が作れないだけです。さらに言うとこの局は少ない予算でどうにか番組を作らなくてはいけないので、放送する洋画は大抵B級映画で(それがいいんだけど)、制作費がほとんど掛からないためにアニメをどんどん製作しています。皮肉な話ですが、今の日本のアニメ文化はテレ東、ひいては日経新聞によって支えられているといっても過言じゃないでしょう。

 話は本題に戻りますが、このように新聞社とテレビ局は傍目にも密接な関係にあるといえます。特に日テレと読売新聞はもはや同会社といってもいいくらいに距離が近いと言われ、しばしばその弊害が指摘されます。というのも、これは学者などが批判している点ですが、日本はこのようにメディアの違うマスコミ同士が提携しあっているため、お互いの恥を隠しあってしまうと言われています。これは特に日本で顕著だといわれる点でもあります。

 そのお互いの恥を隠すという代表的な事例を挙げると、私が覚えているのは数年前にあるテレビ局のアナウンサーが不祥事を起こした際、どのテレビ局、新聞社も事実を報道するだけにとどまり、敢えて深く追求しませんでした。これは何故かというと、どこの局にもすねに傷を抱えたアナウンサーを抱えており、深く追求しすぎるとすぐに逆襲に遭うのをお互いに恐れたためだと雑誌メディアに指摘されています。またこのような両メディア全体に限らなくとも、新聞社で起こった不祥事をその系列テレビは報じず、その逆のテレビの不祥事を系列新聞社が報じない例などたくさんあります。このように、新聞とテレビの両メディアの密接な関係に対してジャーナリズムの精神が貶められていると昔から言われています。

 しかし、私はちょっと違う見方を持っています。その一例となるのは例の「亀田事件」で、亀田大毅が内藤選手とのボクシングの試合にて反則行為を連発した試合後、ほとんどのメディアがこれまで亀田家を異様に応援してきたTBSが彼らを助長させてしまったと批判しました。するとその際、なんと系列の毎日新聞までもが、「TBSが悪い」と書き、「毎日よ、お前もか」とあちこちで言われました。
 まぁこの事件はそれほど影響が強かったといえばそれまでなのですが、実は私は世間で言われているほど新聞社とテレビ局の関係は密接ではないのではないかと思います。前にもちょっと書きましたが、規制で守られているテレビ局に比べて、新聞社は何にも守られてなく非常に経営が危うくなっているそうです。伝え聞くところによると、そんな待遇の差に結構新聞社で働く人なんかは気が気でない人もいると聞きます。

 それでも、新聞社からテレビ局、もしくはその逆で社員などはよく異動するということから、並みの会社と比べれば相当に近い関係だと言えるでしょう。
 私から言えることは、やっぱりどっちを向いても独自性がないというのは、メディアとしては致命的な気がします。テレビも新聞も、果てにはどのマスコミも同じニュースをまとめて流すのでは、そりゃみんな見やすいテレビやネットに流れるでしょう。また皮肉を言いますが、かえってこの両メディアの関係が新聞社本体の心臓に釘を刺しているんじゃないかと思います。そんなわけで、次は新聞の独自性について書こうかな。

2008年6月16日月曜日

日中ガス田共同開発のニュース

 ネットでのニュースではまだ流れておらず、細かく他紙で確認はとっていないのですが、本日の朝日新聞の夕刊にて、今週中にも日中両政府は日中国境線沿いにあるガス田の共同開発を行うことを発表すると報道されていました。もしこれが事実なら、朝日のスクープですね。

 日中ガス田問題については今月の初めに「東シナ海ガス田問題における日中の駆け引き」(http://imogayu.blogspot.com/2008/06/blog-post_02.html)の記事の中で言及していましたが、今回の結果は私にとって、非常に残念な結果だと言わざるを得ません。といっても、現首相が福田首相で、この前の胡錦濤氏の来日があった時点でこうなる事はうすうすわかっていました。
 すでに言いたいことは前回の記事にて全部書いていましたが、いざ改めて現実になると、なんとはなくかくことが見当たらないですね。それにしても、誰が喜ぶんだろうこの決定……。

2008年6月15日日曜日

新聞メディアを考える ~その二、新聞の実力~

 この連載を始めた昨日の今日で、今朝に毎日新聞が北海道地方での夕刊の配送をやめるというニュースが入ってきました。毎日は相当経営が苦しいとは聞いてはいましたが、ここまでとは思っていませんでした。

 そんなわけで、今日も前回に引き続き新聞メディアについて考察して行こうと思います。今回は新聞の実力についてです。
 現在、主要メディアとしては新聞以外にネット、テレビ、雑誌、ラジオ、マイナーどころでは無線や回覧板もありますが、そのうち新聞とネットとテレビと雑誌の四つを項目ごとに比較してみようと思います。まずは速報性ですが、それは以下の通りです。

 ・速報性
テレビ>ネット>新聞>雑誌

 恐らく、「ネットの方が速報性については早いのでは?」と考える人もおられるかと思いますが、私は確実にテレビの方が早いと思います。というのも、ネットで出回るニュースというのはすでに報道されたニュースしかありません。なぜならネット媒体は独自の取材機関がないため、ニュースを取材するテレビや新聞が報じて初めてネットにも情報が流れるので、必然的に、テレビ>ネット、となるでしょう。たとえば今回の東北地方の大地震のような大事件であろうとも、まず最初にテレビが報じてからネットも反応を示します。後の順番について、特に言及するまでもないでしょう。

 次に、取材力について比較しますが、それは以下の通りです。

 ・取材力
新聞=テレビ>雑誌>>>ネット


 ちょっとこれには悩みましたが、以上のような図になると思います。まず新聞とテレビが同じだと書きましたが、日本でテレビなどの放送免許を取得する際に、ニュースを提供する報道機関を持たなくてはなりません。この規定が日本でテレビ局と新聞社が同じマスメディアであるにも関わらず癒着を強めている原因だと非難する声が大きいのですが、これについてはまた今度考察します。ただひとまず言えることは、基本的にテレビニュースで流れる内容は仲間の新聞社から提供を受けた情報です。しかし中にはテレビ局が独自に集めた情報もあり、逆に新聞にしか載らない情報もあるので、ひとまず等号で結びました。
 その次の雑誌メディアについては、これはテレビによく出る勝谷誠彦氏が口をすっぱくしていっていますが、記者クラブに入れないのが大きく、敢えてテレビと新聞の下に置きました。記者クラブについては、ウィキペディアかなんかで調べてください。そして最後のネットについては言わずもがな、取材機関すらないので論外です。

 で、今度は娯楽性です。用はどんだけ読んでて面白いかってことで、それは以下の通りです。

 ・娯楽性
ネット≧テレビ>雑誌>新聞


 これもちょっと悩みましたが、最近テレビの視聴率がネットに食われているという話を聞くので、敢えてこの順番にしてみました。後は言うまでもなく、恐らく今の日本人にとって新聞は「お堅い」というイメージが強く、娯楽で読むなら雑誌の方が高いのではないかとして、こうしました。最近で新聞連載の小説で売れたのも、「愛の流刑地」くらいだし。なお、今回は一般紙を対象にしているため、スポーツ新聞は除外しています。あれ入れたら雑誌よりは上に行くかもね。

 次に、評論力について考えます。これはそのメディアが特定のニュースについてその内容の評価や次に起こるであろう事態を予想できるかで、ある意味メディアの心臓ともいえるべき部分です。例を出すなら、今後の国会予想とか、殺人事件の犯人探しについてなどです。

 ・評論力
雑誌>テレビ>新聞>ネット

 これは多少私の好みが入っているかもしれませんが、これくらいの順番かと思います。もちろん、批判は甘んじて受けるつもりでやってます。
 まず一位の雑誌ですが、なんだかんだ言ってこの分野ではピカ一だと思います。ほかのメディアと比べて速報性に優れないという欠点から情報を整理、分析することに特化した結果がこの長所でしょう。経済専門誌はもとより、私の愛読している文芸春秋や中央公論といった総合誌、芸能や犯罪ニュースについてあれこれ検証する写真週刊誌など、雑多な情報も多いですが状況に応じて雑誌を手に取ることがニュースを考えるのに最も良い方法だと私は思います。
 恐らくこう書くと、「新聞の社説を舐め過ぎじゃないか?」という指摘も来るかと思いますが、私がここ半年くらいで、「なるほど、こんな見方もあるのか」と思わせられたような社説にはついぞ出会えませんでした。というのも、各社揃い踏みで似たような内容ばかり、その上事態の上っ面しか書かれていないことが多く、深く内容を見通すには物足りないものばかりです。それならばテレビにて専門家の討論番組など見ている方が参考になることが多いです。ちなみに、私がよく見ているのはNHKの毎日11時半からやっている、「ニュース&スポーツ」の解説部です。単体で見るなら一番ここが参考になる情報が多いメディアです。
 ネットについて言えば確かに中にはいい評論もありますが、いかんせんその他の雑多な情報が多すぎて、要らない情報かどうかを峻別する作業を考えたら、やっぱり最低になるんじゃないかと思います。

 最後に、情報量について比較します。これも言うまでもなく、そのメディアがどれだけ情報をカバーできるかという点です。

 ・情報量
ネット>>>テレビ>新聞>雑誌


 これも、悩んだ末の順番です。まず一位のネットは言うまでもありません。グーグルで検索かけたら関連情報なんてアリのごとく出てきますし、掲示板を除けばニュースに対する反応まですぐに得られます。そしてその後の順番ですが、最近じゃ夕方のテレビニュースでもあれこれ特集するし、今回の地震の報道のようにもライブ中継を行えることを考えれば、テレビの方が新聞より情報量は上かと考えました。ま、雑誌に関して言えば、やっぱりページ数の都合もあることなので。

 以上のような感じで、比較を終えます。こうして比較してみると、まず新興メディアのネットは取材力という点では無に等しいものの、情報量ではダントツであることが目立ちます。それに対して今回槍玉に挙げている新聞はというと、取材力ではトップであるものの、ほかの分野では下位に収まっていることが多いです。雑誌も同様に評論力のみが高く、テレビは比較的どれも上位に入っているような感じです。まぁこんな感じで、次回の記事に繋げていきます。

2008年6月14日土曜日

新聞メディアを考える ~その一、新聞社の現在~

「二十代で四割」
 突然ですが、これは何の数字でしょうか。本当はもっと早くに書こうと思っていた内容のニュースなのですが、書くのになかなか決心がつかなくてずるずる延びてきていました。
 この数字の出元はGarbagenews.com(http://www.gamenews.ne.jp/archives/2008/06/_4_2_1.html)の記事で、そのニュースの見出しも「新聞を 読まない人は約四割 買ってる人はわずかに二割」というニュースです。もっとも、私が発見したのは毎度ながらYAHOOニュースからですが。

 多少批判がくることを覚悟で、今日からしばらく新聞メディアについて考える記事を連載して行こう思います。私自身、新聞社に対して多少因縁がありやや感情的な表現が強くなるかもしれませんが、そういったことも考慮に入れて読んでいただければ幸いです。
 まず最初に私の立場を表明しますが、私はやはり、新聞メディアはかつてホリエモンが言ったように、死ぬメディアだと思います。経営方法はもとより、時代に取り残されてしまったメディアだと思います。

 それではまず、最初にあげたニュースの中身から説明します。このニュースで示された数字はgooリサーチと毎日新聞が共同で行った調査で、それによると二十代で新聞をそもそも読まないと答えた人は四割を超え、定期購読をしている人は二割しかいなかったということです。ただ前者はともかく後者は語弊があり、リンクに張ったサイトでも説明されていますが、定期購読している数字の中に、家族が購読しているから自分は購読していないという回答の数字は入っていません。この家族が購読しているという率は三割なので、実数的には二十代の五割が、毎朝新聞が届けられる環境にいるということです。

 まぁこんなことを言いだしたらこの調査自体、ネットでアンケートとっただけの調査なので非常に信用度が低いのですが、傾向としてはこの数字は当てはまると思います。というのも、ここ数年の間にどこの新聞社でも発行部数は落ちており、特に若者が購読しなくなったったというのはよく言われています。実際に私の周りでも新聞を購読しているという人は少ないですし、毎日きちんと読む人もあまりいません。それに対して、毎日ネットのニュースやブログを読む人はいくらでもいますが。

 こうした若者の新聞離れはかねてより、「ネットやテレビが原因だ」と言われ続けていましたが、この意見に間違いはないと思います。噂によると、新聞社側の人間からYAHOOニュースを始めとした無料でニュース記事を紹介するコンテンツは激しく憎悪されていると言われますが、それもそうだろうと思います。やはり、ニュースをどこで見るかと聞いたら、大抵の人がテレビかニュースが現代では挙げられます

 そしてそれに拍車をかけるかのように、新聞社の経営もどこもよくないという話があちこちから漏れ聞こえてきます。ただでさえ購読料が下げ続けているのに、広告料も最近じゃ新聞では効果がないと言われ始め、テレビやネットの方が主戦場となってきています。ひどいところなんて広告や購読料を合算した、新聞販売としての事業はすでに赤字となっており、会社が所有する不動産収入の黒字で会社を支えているという新聞社さえあると言われています。

 よく巷では、日本のメディアは規制に守られていると考える人が多いのですが、マスコミ関係に勤務するある知人の話のよると、確かにテレビメディアは守られているが新聞メディアはそうでもない、と言っていました。それでも私は新聞メディアは他の業界に比べて守られている気がしますが、現状では非常に経営が危うくなっているのも事実のようです。

 ひとまず、今日は導入なのでこの辺にしておきます。正直なところ、書いていて私自身が非常に神経を使います。断片的な情報がたくさんあって、それをきちんとまとめなおさないといけないのが原因だと思います。
 最後に書いておきますが、私自身はうちで購読している朝日新聞を毎日読んでおり、結構コアな新聞読者だと思っています。そして新聞メディアがこのような経営が苦しいという現状に対して残念な思いがする一方、時代の潮流を考えたらそれが自然の成り行きかもと考えています。だからこれほど悩みながらこんな記事を書いているんだと思いますが、いろいろ新聞メディア批評がある中で、私が納得する分析がないために頑張って書くことにしました。

暑い時の服装について

 今日は先日に寒冷前線が通過したこと、あったかい空気がのったことで日中は気温が高くなりました。まぁだからというわけではなくこのところ休日では毎日ですが、私は今日も丈の短いズボン、ハーフパンツというのかな、それを穿いていました。しかも自転車に乗るもんだから普通に靴下履いて、靴も履いて外に出ています。
 そんな私の格好に対する周りの目ですが、自意識過剰かもしれないけどやっぱり結構見られている気がします。小学生ならいざ知らず、さすがに二十歳を超えてこんな格好をしているのは自分以外じゃほとんど見ません。同じ年代の周りの人間は大抵が暑かろうが寒かろうが、長ズボンを穿いて休日を過ごしています。

 ではなぜ私がこんな格好をするかというと、単純に言って暑いからという理由以外ありません。暑いんだから長ズボン穿くより、こうしたハーフパンツを穿いたほうが涼しいに決まっているから穿いています。しかし、必ずしも昔からこうだったというわけではありません。さすがに色気づき始めた中学生くらいの頃は真夏でも周りを気にして長ズボンを穿いていました。

 私がハーフパンツを穿くようになったきっかけとなったのは高校生の頃、アメリカに渡った時の経験からです。ちょうど向こうに行っていたのは八月の真夏の頃で、当時は向こうでも結構暑かったです。それで向こうの人の格好はというと、おっさんだろうがきれいな姉さんだろうが、今の私のように丈の短いズボンや短パンを穿いていました。それを見て当時の私は思いました。
「なんで暑いのに今まで長ズボン穿いていたんだろう。周りに合わせるとか、恥ずかしいとか、暑さを和らげる格好を妨げる理由にならないじゃないか。何で好き好んで日本人は暑がる格好をしてるんだろう」
 そう思ったのが運のつきというか、それ以降毎年大体この時期あたりから、服装の自由が利く限りハーフパンツを穿いて歩き回っています。一時期なんかそんな私の格好があまりにも周りに定着したもんだから、「短パンの花園」というあだ名までついたことがあります。気のいい友人なんか、脚線美がいいよと誉めてもくれました。

 ただ真夏に観光地なんかに行くと、観光に来ている外国人って言うのは決まって丈の短い物を穿いています。一回時間かけて通りをみていたことがありましたが、一番丈の短い物を穿いていたのは外国人のおっさんで、日本人女性のミニスカート以上でした。私の目からすると、本来、夏場って言うのはああいう格好をすべきだと思います。

 最近は環境問題がとみにうるさくなってきていますが、よく長ズボンを穿いておきながら、「冷房の設定温度を上げよう」という人を見ると胡散臭く感じます。なにも冷房を使わずとも、服装から変えた方が絶対に効率的だと思うのに。そんなわけで、また明日もハーフパンツ穿いて街に繰り出して行こうと思います。

2008年6月13日金曜日

北朝鮮拉致問題のニュースについて

 本日政府は、先日まで北京で行われた日朝会談の報告を行いました。すでに昨日の段階で、「一定の成果アリ」を匂わせていましたが、今日明らかになったその内容というのも、

・よど号ハイジャック犯の引渡し
・北朝鮮が拉致問題の調査を再開する
・北朝鮮への日本の経済制裁を一部緩和する

 の三つが主な内容でした。結論から言うと、わざわざ自慢して言うような内容では全くありません。案の定というか、拉致家族の会もこの会談の結果を評価していないようです。

 まずよど号ハイジャック犯の引渡しについてですが、恐らく政府はこれから、「連中は拉致事件にかかわっているから、日本に連れてこさせればその内容について白状し、内実が明らかになる」というでしょうが、私が思うに現段階で彼らから新たな情報が手に入る可能性は限りなくないでしょう。
 確かに、連中が拉致事件にかかわっていたのは真実です。しかしすでに一部の拉致帰還者もおりますし、また拉致問題が見直される発端となった、すでに日本に帰国しているハイジャック犯の元日本人妻が内実を明らかにしていることを考えると、彼らから新たにもたらされる情報はもう何もないでしょう。
 さらに個人的に言わせてもらうと、私はあのハイジャック犯らにもう二度と日本の土は踏ませたくはありません。日本を改革する、良くする為に北朝鮮に渡ったと言っておきながら、連中がやってたことは何の罪もない日本人の拉致だけです。このまま北朝鮮の凍れる凍土の中に骨を埋めてしまえばいいと思います。

 少し話が長くなりましたが、残りの二つの点についてです。また北朝鮮が拉致問題の調査を再開するといいますが、こんな話を信じる人間なぞ誰もいないでしょう。かつて横田めぐみさんの遺骨だと言って全く別人の骨を送ってくるような連中です。恐らく今回も、「調査はしたがもう何も出てこなかった」といわれてはいお終いでしょう。にもかかわらず、安易に経済封鎖を解除するなど以っての外です。
 この点に関する政府の言い訳は多分、「今まで何も話ができなかった北朝鮮と交渉についただけでも前進だ」でしょうが、前進も何も足踏みです。ではなぜ今回政府が足踏みをしたか、単純に外交でポイント稼いで、支持率を下げ止めたいからでしょう。できるならこれを奇貨として一般世論としても政府を非難するべきだと思います。今回の外交もだめだめです。
 ちなみに、前首相の安倍氏は、「北朝鮮に妥協するな!」と、もう吠えたらしいです。もう、内弁慶なんだから。

2008年6月11日水曜日

首相問責決議案可決について

 本日参議院にて提出された首相問責決議案が民主党を筆頭とした野党によって可決されました。与党の自民党側では、衆議院ならいざ知らず参議院では法的拘束力がないとして、静観する構えを見せております。

 この問責決議案が可決されたことについて、世論も思っていた以上に反応を示しませんでした。ニュースでも相変わらず秋葉原での通り魔事件をトップニュースに持って来ましたし、政界もこれと言って新たな動きを見せていません。
 私が思うに、今回民主党が問責決議案を出したのは焦りの現われとも取れるでしょう。四月頃はそれこそ後期高齢者保険制度など与党を攻める材料がたくさんあったものの、ここ数日はこれというものもなく、ニュースも国会の会期中にもかかわらず幾分報道が少なかった気もします。このままでは今月末の国会閉会まで逃げられてしまい民主党もまた埋もれてしまうのでは、そのような焦りから再び耳目を集めるために打ったのが今回の問責決議案でしょうが、狙いどころと気持ちはわかるのですが、生憎と世間は無関心なままでした。

 逆を言えば、当初でこそ散々叩かれたものの、福田政権はここまでよく持ちこたえたと言えます。これが安部氏だったら、多分また病院に担ぎ込まれてたんじゃないかな。さすがに海上自衛隊の艦船と漁師船が衝突した事件が起きた際は白髪が一気に増え、憔悴した表情を浮かべていましたが、何とか当初の予定通りにサミットまでは持ちこたえて見せました。
 とはいえ、今後の政権運営も安定とは言いがたいでしょう。水面下では麻生氏がポスト福田を狙いすぎて、おとといに森、青木の両重鎮に釘を刺されましたし、元首相の小泉氏も着々と動いております。

 ここで簡単に現在の政界構図をまとめておきます。

1、新右翼派(ジャパンネオコン)
 安部前首相、麻生、与謝野、中川昭一、中川秀直(+鳩山邦夫?)
2、新自由派(ネオリベラリズム)
 小泉元首相、前原誠二、小池百合子、小泉チルドレン(+山本一太、武部?)
3、旧自民党派(オールドコンサベーティブ)
 福田現首相、小沢、谷垣、森、青木、古賀、国民新党、

 といったところでしょうか。言うまでもなく現時点で一番力があるのは三番目の旧自民党派です。私が見る限り恐らく、福田首相と小沢氏はまだ連立をあきらめてはいないと思います。しかし国民の支持というのなら、旧自民党派が道路問題などで嫌われているのもあり、一番目の新右翼派が最も支持が厚いでしょう。この連中は前回苦渋をなめたものの、次の総裁選では麻生氏を出して国民の支持を背景に形勢挽回を狙っていると思いますが、それすらも逆追い落とす可能性があるのは二番目の新自由派でしょう。未だに小泉元首相の影響力は強く、また小泉チルドレンを抱えている事を考えると、未だ派閥として表出していないものの、現れたら一気に国民の支持とともにイニシアチブを掻っ攫っていく可能性が高いと言えます。ちなみに、小泉氏の意中の後継者はまず間違いなく民主党の前原誠二氏でしょう。小池百合子氏はかつての田中真紀子程度にしか思っていないかもしれません。

 もしかしたら、なぜ新右翼派と新自由派が一緒じゃないのかと思う人がおられるかもしれませんが、この二つの勢力は政策的に大きな隔たりがあり、かつては同じ道を歩んだものの、もう共に手を携える事はないと思います。というのも、新右翼派はなんだかんだ言って「大きな政府」を目指しています。防衛庁の省への格上げもそのひとつですし、麻生氏を筆頭とするグループは旧自民党派ほどではないにしろ増税を考えているとも言われております。それに対して新自由派はやはり「小さな政府」を標榜しており、特に小泉氏は安部政権にて自分の行った改革を逆行するような政策(大きな政府寄りの政策)が取られた事に激怒していると言われ、さらにそれに輪をかけたような政策を採りかねない麻生氏に対し、穏やかならぬ気持ちを抱いていると報道されています。

 今後の政界を占うのならば、やはり主役となるのはこれら自民党の面々でしょう。この自民党内の争いの方が傍目にも面白いので、やっぱり小沢氏は連立話がこない限り、主役にはならないんじゃないかと思います。
 久々にまとまった政治記事書いたなぁ。

スピード社の水着解禁について

 せっかく書いたネタなので、結末も出たので感想とともに報告します。

 さて皆さんもすでに知っての通りに、昨日の夕方に水泳連盟がオリンピックで選手が使う水着について、国内メーカー三社に限定しないという事を発表しました。この発表の後、国内メーカーのミズノとかねてよりスポンサー契約を結んでいた北島選手も声明を発表し、この連盟の決断を喜ぶとともに、これまで応援してくれたとしてスポンサーのミズノにも感謝すると述べていました。

 結論から言わせてもらうと、この決断は至極当然のものだと言えます。なんせ、日本新記録がこの水着を着た選手から次々と出るわ出るわ。本来この時期はオリンピックを控えた調整の時期で、パワプロで言うなら調子が上向いていながらも、まだ本調子でない不調な時期に当たります。にもかかわらずこれだけの記録が出るなら、この水着だとオリンピックでは更なる記録の更新が望めるくらいです。

 私も当初は水着でこれほど成績が変わるのかと思いましたが、これだけの結果をつきつけられると頷くよりほかがありません。そして残念ながら、現在のところ日本のメーカーの水着はこれほどの性能を持ち合わせていないことも露呈しました。確かにこれまでスポンサーとして選手や連盟を応援してきてくれた事を考えると心苦しい気持ちもありますが、仕方のない結果だと思います。

 報道によるとこの水着問題のそもそもの発端というのは、オリンピックの水着の規定について一部の表現が変えられたことによるそうです。それまでの表現に対して、スピード社の水着のような異様な疎水性を持つ水着もあり、とも取れる表現に変わり、そこにうまくスピード社が付け込んだとのようです。逆を言えば、この表現の改定に対して国内メーカーが無頓着だったというのがここまで差をつけられてしまった要因になったと見られています。

 ただそれをおいたとしても、この騒動を総括するに当たり、私個人としてはミズノ、アシックス、デサントの三メーカーを褒めるべきだと思います。なんでもアメリカの方では未だに国内メーカーがぐずぐず文句を言っており、一向にこの水着問題が解決されていないといいます。それに比べるとまだ早いこの時期に選手の立場を考え引いてくれたというのは賞賛に値する……と、言いたいのですが、唯一の懸念というのが、以前の投稿で紹介した、山本化学工業の件です。
 まだオリンピックまで二ヶ月あります。決して時間がないと言うわけではないので、この三メーカーには努力を怠らず、山本化学工業に対してもきちんと対応して、スピード社に負けない水着を作ってくれることを陰ながら祈っております。

2008年6月10日火曜日

iPHONE参入に見る日本の携帯電話市場ついて

 なんか今日は珍しくブログに書くネタが思い浮かばないので、以前にもこの話題を書いたので今日は携帯電話について書きます。

 先日、欧米でバカ売れしているiPHONEがソフトバンクから日本でも発売されることが報じられました。このi-PHONEは去年から欧米では非常に売れ行きがよかったのですが、日本は先進国の中ではなかなか発売にこぎつくことができずにいました。私自身があまり詳しくはないのですが、なんでも日本の携帯電話の使用電波領域というのはほかの国と比べて特殊で、ただiPHONEを輸入してもすぐに使えないというのが原因らしいです。恐らく、今回ソフトバンクから発売されるのはそういった障害を克服する目処がたったからだと思います

 それでこのiPHONEですが、詳しい機能はまだ把握していないのですが、目玉はやはり日本でも普及しているiPODとの互換性のようです。このiPHONEそれ自体でiPODの変わりになるようで、それどころか通常のiPODにはない機能もあれこれ追加されているらしいです。なのでターゲットとなる販売層も、iPODユーザーとなるでしょう。

 それでこっからが私の意見となりますが、このiPHONEの投入によってなにか、この日本の携帯電話市場が大きく動く起爆剤にはならないと思います。というのも、日本の携帯電話市場はもうかなり成熟しており、また海外の一般に使われる電話機と比べ、日本の電話機はもとより高性能な機能を持っていると言われています。いまさら高機能が売りなiPHONEが来たところで、そりゃ発売日には騒がれるでしょうが、その後はそれほど大きな動きにはならないと思います。

 かといって、まったく売れないという事はないと思います。それこそ日本に駐在している外国人会社員などは買ってくだろうし、日本人でも物珍しさから買う人も出てくると思います。しかしそれ以上にこのiPHONEの売れ行きを左右するのはハードとしての機能より、マーケティング戦略によるでしょう。折も折で、あの白犬のCMでぐんぐんとシェアを奪っているソフトバンクからの発売です。ひょっとしたら思いもよらぬ広告を行い、私の予想を裏切ってiPHONE旋風を起こすかもしれません。

 それにしても、以前に書いたhttp://imogayu.blogspot.com/2008/04/ntt.htmlの記事で私はえらく挑発的なNTTドコモの、「そろそろ反撃してもいいですか ドコモ2.0」というキャッチコピーを批判しましたが、案の定というか、反撃どころかドコモはこの一年は防戦一方でした。そしたら今度また新しいコピーができたら「アンサー23」とか、またよくわからないコピーを打ってきました。過度に狙わなくともいいから、もう少しまともなコピーを考える事ができないのでしょうかね。そろそろ私も、ソフトバンクに変えようかな。

2008年6月9日月曜日

日本人のコミュニケーション力とは

 どうでもいいですが今日、初めて溶接というものにチャレンジしてみました。思っていた以上に難しく、溶接工がこのところ日本で不足し始めているという話を聞いて、うなずける話だと納得しました。

 そんなわけで今日のネタですが、以前に友人らと話をしている時にある一人が、
「そもそも、日本人というのは相当なコミュニケーション下手だと思う。じゃなきゃあんなに本屋にコミュニケーションに関する本なんて並んでいないと思う」
 と、言っていました。結論から言うと私もその通りだと思っており、なんだかんだとコミュニケーションを重視する発言が多いくせに、日本人と言うのは非常にコミュニケーションが下手過ぎる気がします。

 私が思うに、日本人はコミュニケーションを取る際にルールに頼りすぎているから下手なんだと思います。相手がとる言葉、態度に対して自分がどう思うかではなく、一般的な価値観に適合しているかどうかで判断する癖があるように思え、一つの例として下の二文を見てください。

 1、俺は先日、先生のお言葉を聞いて非常に感銘を受けました。
 2、私はこのまえ、先生の話を聞いてとても勉強になりました。

 恐らく、大抵の日本人は1より2の方が丁寧な表現と考えると思います。その理由と言うのも自認称が「俺」か「私」かというだけで、あとの文章はあまり考慮に入れないからです。
 ちょっと極端な例ですがこんな具合で、日本人は言っている内容よりも言い方でその表現が丁寧かどうかを判断している気がしてなりません。言っている内容では1の文章の方が先生に対する尊敬の気持ちを強くだしていますが、恐らくこの表現だと「俺」が入っているために丁寧ではないと切り捨てられるでしょう。

 何もこういった言葉尻だけでなく、頭の下げ方(角度)とか歩き方、服装などでいちいち丁寧かどうかなんて測るべきではないと思います。私などは頭を深く下げる人よりも、相手の話をじっと聞いてくれたり何かと言葉をかけてくれる人の方が好感を持ちます。

 これは先日にある掲示板で見た内容ですが、そもそも就職面接などで「コミュニケーション力」というあいまいなもので何で測られなければいけないんだ、という話が載っていました。これは私も以前から思っており、このコミュニケーション力というのは非常に定義があいまいですし、世の中にはある人には非常に馬が合うが別の人とはまったく合わないという相性もあります。たかだか十数分の面接で、どういった基準によってこのコミュニケーション力というものが測られるのかはなはだ疑問です。言ってしまえば、それはコミュニケーション力というよりは面接で言うべき言い方をしたかどうか、つまり表現の形式を守ったかどうかしか測っていないのだと思います。

 私自身、この手の面接で非常に苦労した覚えがあります。私は普段使う言葉から外れて突然その場に合わせた表現を行うというのは、二心があるようでどうにも馴染めませんでした。このほかいろいろ書きたいことがありますが、もうすこし日本人はコミュニケーションという言葉の本質について考えるべきではないでしょうか。

2008年6月8日日曜日

犯罪の伝播について

 先ほど、例の水着問題で日本のメーカーも了承したようで、スピード社製の水着も着用が許されるようになったようです。北島選手なんて今日は世界新記録を作ったようですし、これで認められなければさすがにまずいしなぁ。

 それはそうと、今日秋葉原にて通り魔事件が起こりました。犠牲者の方も数多くおり、まずはご冥福をお祈りします。
 それにしても、気のせいかもしれませんがこのところは通り魔事件がよく起こっているような気がします。三月ごろには北関東の駅にて起こりましたし、それ以外でもこのところしょっちゅう見ている気がします。また四年位前に名古屋で、「赤いフェアレディZの女」という通り名の犯人が通り魔を行った時期も、しばらく似たような事件が続きました。

 ちょっと犯罪については詳しく研究はしていないのですが、傍目に見る限りでは多少の流行り廃りがあると思います。特に、通り魔なんて耳目を引く事件のためか、一度目立つのが起こったらしばらく頻発する傾向が高いように思えます。
 犯罪ではないのですが、私が以前に個人的に研究したのは集団自殺でした。調べた当時は2004年で、当時で練炭を用いたこの集団自殺で亡くなった方の人数は百人を超えていましたが、その自殺者の人数や傾向を測っている際、いくつかの傾向を見つけたのでここで紹介します。

 1、自殺者の平均年齢が低い
 2、発生が集中する
 3、手段が同じ

 まず1ですが、一般的に自殺を行うのは高齢者の男性が大半で、50代以上の方で全体の八割を超えます。しかしこの集団自殺は確か平均年齢で28歳くらいで、一般の自殺と比べて遥かに自殺者の年齢が低い事がわかりました。これはまぁ、ネットを介して集まるという事からネットに普段から触れている若年層になりやすいとも思いますが、もう少し深く掘り下げられそうですがそこまではやっていません。

 次に2ですが、この集団自殺といわれる最初の事件は、確か2001年に起こりましたが、一般に多く知られるようになったのは2003年からです。というのもある集団自殺を大きくマスコミが報じたのがきっかけですが、やはりその時期に集団自殺の件数が集中して増加しています。しかし、それから数ヶ月もするとマスコミの報道も収まり、それに合わせるかのように件数も減少したのですが、2004年にこれまでで最も多い、一度に七人が集団自殺を行った事件が脚光を浴びると、また集中して件数が増加しました。その後はあまり調べてはいませんが、現在はコンスタントに件数は増加しているらしいです。

 そして最後の3ですが、集団自殺の手段はその時まで基本的に練炭しか使われませんでした。最近になって塩素ガスが増えてきましたが、楽な自殺の方法ならまだまだいっぱいあると思うのですが、非常に固定的な印象を覚えました。

 何も私が説明しなくとも、自殺の心理学に「ウェルテル的自殺」という概念があり、何かの衝撃的な事件をきっかけとして、見ている人も自殺を模倣するようになるというのがあるらしいです。よくあるのはアイドルの自殺をきっかけとしてのファンの後追い自殺ですが、この集団自殺にも同じにおいを感じますし、通り魔事件の頻発にもなにかしら、同じものを感じます。
 その度に思うのですが、人間というのは思っている以上に周りに影響されてしまうんだなと感じます。キリスト教では人を迷える羊にたとえていますが、あながちそのたとえに間違いはない気がします。

サマータイム導入制度について

 先日、日本睡眠学界が今検討されている「サマータイム制度」の導入に反対する声明を出しました。サマータイムというのはいちいち説明するまでもないと思いますが、日照時間が長くなる夏季などに時間を通常より一時間くらい早める制度のことを言います。たとえば、それまで九時に出勤するのが一時間早められ、同じ九時出勤ではあるが、実際には八時出勤になるといった具合です。欧米では多くの国がこの制度を導入しているのですが、この制度を導入することによって、通常よりまだ日が昇りきっていない時間から活動して通常より早く退勤できるため、冷房などの設備を現在より使わないで済むということから温暖化対策によいと宣伝されています。

 現在、環境についてあれこれ言われるようになったことから、政府はこのサマータイムの導入について検討を行っていますが、それに対して真っ向から意見したのが今回の日本睡眠学界です。彼らの言うところによると、サマータイムを導入すると日本人は睡眠サイクルが狂い、健康が悪化するなど弊害が多いという報告をしています。実際に札幌にある企業にてこの制度を導入してみたところ、大半の人間が健康を悪くして、労働効率も悪化したといいます。

 これについて私が見ている別のブログの人なんか、日本人で定時に退社する人なんてほとんどいないので、あまり意味がないのではと言っていましたがその通りだと思います。また、欧米の夏というのは地域によっては異様に空が明るい時間が長いことが多いのです。私が滞在したことのあるアメリカのワシントン州などは午後九時を過ぎてもまだ夕焼けが残っているくらいでした。こういった国と日本とでは、そういう環境がまず違うので、一概に向こうで成果を挙げているからといって真似する必要はないと思います。またこれもそのブログの人が言ってましたが、日本人というのはとにもかくにも時間に細かい性格の民族ですので、一時間もずらされたら頭がおかしくなるのではとも言ってましたが、大いにありうるでしょう。

 そんな感じで、サマータイムの導入には私は反対です。それよりもイタリアやスペインを見習って、昼の一時から二時までシエスタを導入してもらいたいです。シエスタがどんな制度かというと、要するに昼寝の時間です。中国だってあるところはあるんだし。

2008年6月7日土曜日

スピード社の水着問題

 最近時事問題の投稿が減っているので、たまにはホットな話でも書きます。

 さて昨日の水泳のジャパンオープンでは、早速スピード社の水着を着た選手が日本新記録をバンバン出して来ました。平泳ぎの北島選手に至っては、最初の予選ではミズノの水着を着てたくせに最後の決勝でスピード社の水着を着ての日本新記録です。奴め、勝負水着のつもりだったのか。
 ちなみに、水泳というのはタイム決勝という最初に泳いだタイム順に順位を決めるという試合形式以外では、最初に各組ごとに予選を行い、その予選で上位のタイムを出した者を最後に集めて決勝戦をするという形式をしています。なので、大抵の選手は二回くらいは同じ試合で泳ぎます。

 とまぁのっけから楽しい結果を残してくれて、ますます激しくなりそうなこの水着問題です。なんでも日本の水泳選手はオリンピックにて、日本水泳連盟とスポンサー契約を結んでいるミズノ、アシックス、デサント以外のメーカーの水着は着てはいけないことになっているらしいです。北島選手に至っては確か個人的にもミズノとスポンサー契約とか結んでいますし、こう考えると日本の三社が文句をあれこれ言うのもわかります。

 しかし、ここである情報を載っけます。ネタ元はYAHOOニュース(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080604-00000021-nks-spo)からですが、それによると日本の素材メーカーである「山本化学工業」がこの三社に対して、スピード社に負けない程に抵抗の少ない水着の新素材を提供を申し出たところ、二社から採用の返答があったものの、その後に二社へ選手の感想や意見を聞いても何も答えてくれないとのことらしいです。山本化学工業からすると、水着に対する選手の要望や感想を聞きたいと思っても、中小企業であるゆえか直接連絡を取る手段がなく、そこで採用した二社を通して聞いても、「情報を開示する理由はない」とむげなく断られたらしいです。

 このニュースは個人的に気になるニュースです。というのも、自分も昔は背泳ぎを専門にして水泳をしており、このスピード社の水着を着てみたいと思っている一人だからです。しかし日本企業でもこうしてスピード社に負けない(と主張している)水着素材を提供しているという会社がありながら、どうも話題の俎上に上ってこないのが不思議な気がします。しかも結局、ネタ元のニュースに書かれているように、山本化学工業はマスコミ各社にFAXにて自社の窮状を訴えるという異常な事態にまで発展しています。こうしたスポーツ材料というのはメーカーと選手の相互の連携が非常に重要だと聞きますし、山本化学工業の言っていることが事実だとすれば由々しき事態です。

 そして結論を言わせてもらうと、やはりこれだけの結果を残しているのですから水着の選択は選手に任せるべきだというのが私の意見です。確かにスポンサー企業になっている手前、日本企業の三社については可哀想だとは思いますが、やはり最大限の努力を払ってでもオリンピックというスポーツには望むべきでしょう。それをスポンサーだからという理由ではじくというのは、言い方が悪いですがお金のために努力を抑えるということになるのではないでしょうか。現状ではスピード社の水着が一番実績を上げているので、ここは水泳連盟も認めるべきだと思います。
 しかし、これはあくまで現状です。それこそ先ほどの山本化学工業の素材が実績を挙げるのなら、そっちを使えばいいだけの話です。今後はこの点に注目して推移を見守っていこうと思います。

2008年6月6日金曜日

猛将列伝 ~宮崎繁三郎~

 さっき見てみたら広告のところに、「派遣会社リサーチ」というのが貼られていました。多分、グッドウィルの記事を書いたからだと思いますが、なんかえらく皮肉っぽい広告になってますね。

 さて今日の猛将列伝、このシリーズでは私が以前に歴史上の名将を全部まとめて書いてみたいと思ったことがあり、それをこのブログでやってみようと少しずつ書いていますが、これまでと違って今回は近代戦の部隊長、旧日本陸軍の宮崎繁三郎氏を取り上げます。

 旧日本陸軍とくればこれまでにも、映画「硫黄島からの手紙」で一躍有名になった知将栗林忠道、ラバウルにて終戦まで守りきった聖将今村均、シンガポールとマレー半島にて大暴れしたマレーの虎こと山下奉文など、戦闘指揮能力については誰が最も高かったかで挙げられる人物は数多くいます。しかし、現実に誰が一番かというと、あの水木しげるをして「日本陸軍、最強の将」と言わしめた、この宮崎繁三郎を私も推します。

 この人がどんな人物かというと、言ってしまえば「無冠の将」といったところでしょうか。戦史に記録されている中でも、この人が関わった戦争で勝利した戦争は一つもありません。しかし、彼が関わった戦争というものは傍目にも、異常な環境にあるものばかりです。
 まず挙げられるのが「ノモンハン事件」。これは満州とソ連の国境争いが元に起こった紛争ですが、基本的に戦争で部隊とは半数でも死傷者がでれば大損害なのですが、この戦いでは日本軍は確か一個師団がほぼ全滅になるくらいコテンパンにやられたと言われています。そんな中、局地戦ながら唯一勝利した部隊というのがこの宮崎繁三郎氏の部隊で、しかもこの人は戦闘に勝利して高地を奪い取るや、その場所に自らの部隊名と奪取した日付を書いた石碑を埋め、戦後の国境画定の際に石碑を掘り出し、その高地は日本軍が勝ち取った場所だということを証明して日本側に有利に国境を広げています。この行為にはソ連軍も驚嘆したそうです。

 そして彼が関わったもう一つの戦争というのが、あの悪名高き「インパール作戦」です。これはインドの独立活動家に東条英機が泣きつかれ、無計画にインドを攻めるために行われた作戦です。この戦争では全体で八万の兵士が出征し、七万人以上が帰って来なかったというほど凄惨を極めた作戦で、しかもその死亡原因の大半は餓死によるものだという、補給線を無視した最低の作戦と今でも語り草とされています。因みに以前に読んだ記事によると、栄養不足による病死を含めた広義の餓死が、旧日本陸軍の兵士死亡原因の七割にも及ぶそうです。本当に、馬鹿な戦争をやったと思います。

 さてそんなインパール作戦ですが、最初から無茶な作戦であるにもかかわらずこの宮崎氏の部隊は連戦連勝。しかも、足りない食料などの補給を敵から奪い取りながら進み、現地で略奪行為はほとんど行わなかったというくらいですから神懸り的です。そうして奪った奥地の拠点のコヒマにて補給を待ちますが、そんなものとても運べるような計画ではなく、いつしか英米軍に包囲されてしまいました。そんな絶対不利な状況にもかかわらず、一ヶ月以上持ちこたえたというのですから大したものです。また、その後の撤退戦でも見事な奮戦振りを見せ、見事部下とともに帰還を果たしています。

 しかし、彼を「最強の将」と呼ばしめるのは、このような絶対不利な状況でも持ちこたえる彼の指揮能力だけが理由ではないと思います。というのも、彼はどんな状況下でも部下を見捨てず、自ら負傷兵を担架に担いで撤退を行うほどだったようです。また部下達も宮崎氏のことを戦後も賞賛し、また戦闘でも彼の命令を忠実に守ってお互いに負傷兵をかばいあったというほどですから、その名将ぶりが伺えます。

 そんな宮崎氏ですが、晩年には何度もうわごとで、「分離した部隊を間違いなく掌握したか?」と何度も呟いたそうです。エピソードから類推できる彼の性格を考えると、どんな思いでこのうわごとを呟いたか、胸が詰まる思いがします。
 何もこの宮崎氏に限るわけではありませんが、旧日本陸軍ではこうした活躍した士官ほど権限も低く地方に飛ばされ、失敗を何度も犯す無能な士官ばかりが中央で出世しています。どの組織でも大事ですが、信賞必罰こそ唯一組織を維持できる鉄則だと私は思います。

  今回の参考文献
「昭和の名将と愚将」
 半藤一利+保坂正康 文春新書 2008年出版

2008年6月5日木曜日

書評「ゲゲゲの女房」

 ここで言うのもなんですが、私は漫画家の水木しげる氏の大ファンです。水木しげるロードにも去年行ったし、本も結構買い込んでいます。特に自伝マンガに至っては、ゲームのパワプロで滅茶苦茶打ち込まれた日に読み返して、号泣したことすらあります。

 そんな自分なわけだから、今回水木しげる氏の奥さん、水木布枝氏が書いたエッセイ、「ゲゲゲの女房」も早速チェックしました。内容は奥さんの視点から水木しげる氏を紹介するもので、非常に面白かったです。
 気になった場所はというと、なぜ水木しげる氏と結婚したのかということについて、そうなるようになったからと答えている点です。あとがきにも書かれていますが、
「最近は出生環境、入学、就職など人生の入り口ですべて決まってしまうようによく言われていますが、そんなことはないと思います。人生は終わりよければすべて良しなのです」
 といった内容のことを言っておられ、なかなか深みのある言葉に聞こえました。実際に水木しげる氏も、「家内は生まれてきたから生きているような人間だ」と評しております。

 それこそ、売れない漫画化時代の水木しげる氏は苦しい生活を強いられていたようです。それでも婦人の水木布枝氏はその環境について不運さを嘆かずに夫を支えていったというのですから、是非私も手本としていこうと思います。

グッドウィル支店長逮捕事件について

 ちょっと古いニュースになりましたが、確か一昨日にグッドウィルの元支店長や課長が、本来禁止されているはずの派遣労働者の二重派遣を行っていたということで逮捕を食らいました。この二重派遣というのは、ある工場がA人材派遣会社に10人労働者を送ってもらうよう依頼したところ、A派遣会社には八人しか集めきれず、残りの二人をB派遣会社に頼んで用意してもらい、その二人と自分ところで集めた住人で工場に送り込むというような派遣方法を言います。

 この形態だと、B派遣会社の人たちは同じ派遣労働でも、工場との間にA派遣会社だけでなくB派遣会社も入っており、その分中間マージンが取られ、もらう給料が少なくなる……というようなことが言われています。ホントのところはよくわからないけど。ともかく、そんな悪いことをしたから今回逮捕される羽目になったというのですが、どうもマスコミはグッドウィルは見出しに書くのに、今回二重派遣に加担したとして同じく関係者が書類送検された東和リースはあまり取り上げませんでしたね。

 ただ言わせてもらうと、なぜ今頃になってこんなことが犯罪になったのか、不思議に思います。この二重派遣自体は非常に悪質で、本来許されないものだと私は常日頃から考えていますが、人材派遣業界ではこの二重派遣がはるか以前から恒常化していました。第一、私自体がこの二重派遣を受けて、突然変な場所に派遣されてバイトをした事があります。確かに法律では規制されていますが、とっくの昔からやられていたことがなぜ今の段階で摘発されるのかが疑問に思います。ま、一つ思い当たる理由はあるけど。
 それと恐らく、このままこの二重派遣の取り締まりが進むなら、人材派遣業界は結構また動くんじゃないかと思います。本当に当たり前のように二重派遣しまくっているし、作業員とか集められなくなるんじゃないかな。

 それにしても、グッドウィルは本当に何をやらかしたんだろうなぁ。以前にも書きましたが、ここの会社は昔から嫌いで当初はざまぁみろとか思ってましたが、さすがにここまで狙い撃ちにされていると可哀想にすら思えてきました。まぁ言っちゃ悪いがこのまま潰れてくれるのが何よりだけど。
 恐らく、この一連の摘発はグッドウィルが政界関係者になにか茶々をやらかしたか、一方的に目をつけられたのが原因だと思います。この際だから他の人材派遣会社もとっちめてくれれば、もっとうれしいんだけどね。

2008年6月4日水曜日

後期高齢者医療制度の調査結果について

 やけに長いタイトルになったなぁ、法律名が長いせいだきっと。どうもお役所はネーミングセンスが悪いなといつも思っています。

 先ほどNHKの七時からのニュースにて、この後期高齢者制度の保険料の増減比較の調査結果について報道がありました。その報道によると、後期高齢者制度が始まった以前と以後で支払う保険料は、制度の対象となった人の約七割で安くなったというようです。しかし内実を見てみると、所得の高い層では約八割の方が安くなったのに比べて、低い層では約六割の方しか安くならず、今後はこういった所得の低い層に改善点があると舛添厚生大臣はインタビューに答えていました。
 また自民党の方でも、このように実際には保険料は安くなるのだから、制度の骨格は維持して一部改善を行えば運用していけると発表しました。

 さて、ここで私の情報屋としての出番ですかね。今の自民党の発言には大きな間違いが潜んでいます。というのも、この制度のそもそもの目的というのは、「若い現役世代にだけ負担を負わさせずに、高齢者も痛みを分かち合う」という目的だった気がします。なので、本来、制度対象者は支払う保険料が増加しなくてはいけないはずです。逆に保険料が減ったというのならば、その分の社会保障費はどこから出す、ってか余計に現役世代の負担がでかくなるだけではないでしょうか。

 私が言いたいのはつまり、そもそもの目的から乖離している現状にもかかわらず、骨格を維持して改善を行うというのは以ってのほかじゃないかという事です。前回述べたように、私自身はこの制度は75歳以上の高齢者だけを狙い撃ちにしており、廃止すべきだと思います。しかしその一方、まだ年齢が若い世代ということもあり、当初の自民党の方針のように、上の世代にも一定の負担は覚悟してもらいたいのが本音です。そういったことを抜本的に審議し、もっと開けた議論を行ってくれることを期待します。

水資源について ~浄化技術編~

 本当は今日の投稿の分まで昨日にまとめて書くつもりでしたが、ちょっと調子が悪くて久しぶりにえらく短い内容にまとめてしまいました。ただ塞翁が馬というか、昨日書き終えた後でちょっと今日のネタに関係するテレビ番組が見れたので、これはこれでよかったと思います。

 さて前回では世界のあちこちで水資源が文字通り、枯渇してきたという話をしましたが、人類もこのような状況に黙って手をこまねいているわけではありません。それこそ前回紹介したように、再来週から始まるスペインでのサラゴサ万博では海水を淡水化する技術が展示されるようですし、あちこちで水を飲料用にまで浄化させる技術が開発されています。

 そういった技術の一つに、中国でのある取り組みがあります。中国ではこのところ毎年、夏前の農業用水が必要な時期に、その名も「雨降らしロケット」を打ち上げています。これは上空で簡単なロケットが爆発し、中に含んでいる液体を上空にばら撒くことによって、人工的に雨雲を作る手段です。効果は聞く限り気休め程度らしいですが、それでも毎年やるんだよな。

 まぁそんなジャブ程度の軽い冗談はよしといて、真面目に水を浄化する技術について、日本の科学者の取り組みを二つ紹介します。

 まず一つ目は、六月一日のTBSの番組、「夢の扉~NEXT DOOR~」にて紹介された群馬工業高専の小島明氏の取り組みです。この人は現在新素材として、スペースシャトルの装甲に採用されるなど各所で注目を浴びている炭素繊維研究の第一人者であります。この人の編み出した浄化技術ですが、なんと炭素繊維をいくつかの束にして、そのまま水へジャブンと入れるやり方です。私も詳しいわけではないのですが、恐らく活性炭の原理を行っているのかと思います。水に入れた炭素繊維の分子構造の隙間に水を汚染する菌等が自然と集まり、その菌を狙って逆に水を浄化する微生物が集まり、その連鎖が続いて浄化されると紹介されていました。

 番組では、日本でもこのところ旅行のパンフレットによく載る中国の蘇州で取材がされていましたが、この蘇州というのは昔から有名な観光地で、中国でも「空の上には天国、地上には蘇州」というくらい、風光明媚な水の都として長く愛されてきています。しかしこのところの経済発展によって、この蘇州内を走る川も見るも無残に汚染されてしまいました。
 そこで早速この小島氏は炭素繊維を蘇州へと持って行き、ある川に入れて一ヵ月もすると、見事にその川の水質に改善の兆しが現れました。PH値(酸度)も改善し、またただの濁った汚い川だったのが濁りはなおらなかったまでも、それまでいなかっためだかがいつしか炭素繊維の周りに集まっていました。
 私は炭素繊維については詳しい自信があったのですが、まさかこんな効果があるとは全く思いもよらず、またその実際の効果に目を見張りました。

 そして二つ目の技術ですが、これもネタ元はテレビ番組で、今度は昨日テレビ東京でやってた「ガイアの夜明け」という番組で取り上げられた、日本ポリグル社の会長である小田兼利氏の取り組みです。この会社の名前の「ポリグル」の由来となっているのは、恐らくポリグルタミン酸、なんでも納豆のねばねば成分の一つらしいです。結構信じられないかもしれませんが、この成分が水を浄化するそうです。
 この会社ではポリグルタミン酸から粉末状の薬品を作り、その薬品を水に投入することによって水の浄化をやっているそうです。その効果はすさまじく、それこそ薬品を一匙水に入れてかきまぜるだけで、見る見るうちに濁ったバケツの水が透明になっていきました。なんていうか、手品を見ているような感じです。
 小田氏によると、水の中の汚れや悪い成分などはこれでほとんど除去できるそうですが、菌などは殺せないため、薬品を入れた水の上澄みを取り、煮沸するなどの必要があるそうですが、それを考慮に入れてもすごい発明です。

 因みに小田氏はその番組のインタビューにて、この浄化効果を発見した際は、「これで大金持ちになれる」と思ったらしいですが、その後は地球の水を浄化させるという使命感が強くなっていったと言っています。まぁこんだけ凄いものを見つけたんなら、存分にお金持ちになってもいいと思いますが。

 以上二つがここ最近で手に入れた、日本の水の浄化技術です。私の意見としてはこうした取り組みを拡大する一方、いくら恵まれているとはいえ日本人も水の大切さを噛みしめ、節水を心がけるべきだと思います。私などは風呂に入る際、まず体を洗い、そのまま髪を洗って最後にまとめて水に流します。一回一回泡を落とすよりずっと効率的なので是非他の人にもお勧めします。

  おまけ
 昔、日本のあるところで水が不足した際、他の各地から飲料水などが送られてきたそうですが、大阪だけは雨乞いする人間を送ってきたそうです。笑い話だから嘘だと思うけど、本当にありそうな話だしなぁ。

2008年6月3日火曜日

水資源について

 私が中国に留学した経験がありますが、留学から帰ってきて非常に痛感したことは水の貴重さでした。日本はそれこそ鉄、石油、果てには平地といった資源には一切恵まれてきませんでしたが、水という、もっとも貴重な資源には恵まれていてよかったと、心底思いました。

 こう言うのも中国では今、水がとてつもなく不足しているからです。大都市部ではそれこそ湯水の如くジャンジャン使っていますが、その水は長い距離を越えて中国の内陸部の農村から運んできたものです。しかしそのせいで内陸の農村では農業用に使う水が足りなくなり、作物に水をやることすらできないというのです。
 今回地震にあった中国四川省でも、もともとその名の通りに省内を川が縦横無尽に走り水が豊富そうな場所かと思いきや二年前に大干ばつに遭い、街中ではペットボトル一本の水が高値で取引されたという話すらあります。

 このような状況は何も中国に限るわけではなく、オーストラリアでもここ何年かは毎年のように干ばつに遭い、農業用水が枯れるといった現象が起こっています。
 こういった状況を反映してか、以前に行われた名古屋万博に続いて今月からスペインで開催されるサラゴサ万博のメインテーマは「水」で、海水を淡水化する技術が主に取り上げられるそうです。

 これに対して日本はというと、蛇口をひねればすぐ飲料水は出るわ、毎日風呂に入るわで全然余裕です、よく断水になる四国の香川は違うけど。日本にいるとなかなか気づきにくいですが、日本というのは本当に水に恵まれた国です。ですからここでは逆に、この有り余る水資源を今後どう有効活用するかを考えるべきだと思います。

2008年6月2日月曜日

東シナ海ガス田問題における日中の駆け引き

 今日のネタは久々にレア度の高い内容です。レア度と言えば、今ゲームでモンスターハンターやってて、やっと飛竜のリオレウスを倒せてレア度の高いアイテムを奪い取りました。

 そんなどうでもいいことはさておき、この東シナ海ガスでン問題とくればまず一般で言われている内容はというと、
「日中の国境線にまたがる海底ガス田に対して、中国は国際的に認知されている日中の国境線とは別に自らが定義した中国側に有利な国境線の範囲内にあるとして、このガス田の所有権は中国にあると主張している。そして実力行使とばかりにこのガス田の上に開発プラントを作り、現在すでにそのプラントは稼動し、採掘を始めている。なお、自らが定義した国境線とは名ばかりに、実際にそのプラントはこれまでの日中国境線ギリギリの中国側の領海に建てられたことから、実際には多少遠慮しているようである」

 といった所でしょうかね。短く現状を説明したらこうなるかな。
 さてそんな具合で日本のメディア、というより大新聞で唯一中国にやさしくない産経新聞系列などはこの中国の行為を「国際ルールから逸脱した行為」、「日本の資源を盗み取っている」などと報道されており、中には日本側も対抗して、向こうのプラントの真正面に別にプラントを建ててやれという声もあります。
 確かに、状況が状況ならこういった意見に私も賛同していたと思います。しかし2004年の段階で、このガス田問題についてある情報を入手して以降、他とは違った意見を私は持っております。

 まずその情報の内容ですが、ある中国の専門家からこのガス田について、
「実は東シナ海のガス田というのは言われるほど埋蔵量は多くないらしい。日本の高い技術を以ってしてもよくてコストと利益がトントンくらい。まして技術力のない中国ではコストの方が上回る」
 という内容でした。私が確認する限り、この情報はあまり世の中に出回っていない気がします。それゆえ、情報管理の初歩ともいえる「別情報源からの確認」がなかなか行えないでいたのですが、ある日思わぬところから情報を入手できました。この情報の出所は「国家の品格」で有名な藤原正彦氏が、確か雑誌のインタビューで語っていた内容でしたが、
「すでに日本政府は日本の石油会社にこのガス田を調査させており、埋蔵量は多くないということがわかっている。だからあんなもの、中国に勝手に掘らせればいいんだ」
 と、述べていました。先ほどの専門家の方も、「石油会社が調査した」と述べており、見事に情報が一致して、またどこかは忘れましたが、この二つとは別の情報源からも確認が取れ、現段階で私はこの情報を信じています。

 信じる理由はなにも情報源が分かれているだけでなく、そうと取れる状況もあるからです。というのも最初の専門家の方が、
「……なので、日本側がこのガス田を開発することはまずないのだが、日本の政府(当時は小泉時代)はこのガス田問題をエサに使い、中国側が勝手に開発しているという報道を流して中国への反感を高めることによって、政権への支持率や愛国心の高揚を図っている。もっとも、中国側も同じだが」
 と、言っておりました。実際、当時(2004年)はこの状況どおりだったと私は思ってます。

 ではなぜ中国はコストの方が大きいのに、ガス田を採掘しているのでしょうか。その答えは簡単で、それだけ今の中国はエネルギーが不足しているからです。それこそ天然ガスのように貯蔵の効くエネルギーはのどから手が出るほどほしく、採掘する費用の方が大きくとも採掘せざるを得ないというようです。
 そこで、少しでもその費用を節約するために、日本側の技術協力も中国はのどから手が出るほど欲しいらしいのです。ですから中国としては如何にして日本をこの採掘に引きずり込むかを考え、強引に採掘に着手して、日本側が対応せざるを得ないようにという狙いを持ってプラントを建てたというのが実情のようです。

 こう考えてみると、状況と一致する事実がたくさん出てきます。まず一つに、このガス田問題について中国政府側が何かしら言及する際、必ず「日本側との共同採掘」という提案が出てきます。冷静に考えてください、「お前の物は俺の物」的なジャイアニズム思考の中国側から「共同採掘」なんて言葉が出てくるなんて、何か裏があるに決まってます。案の定というか、この前の胡錦濤ことチンタオさんの来日時もこの共同採掘について言及されています。あの小泉時代ですら毎回毎回言っておりましたから、相当日本を採掘へ誘い込みたいのは明白です。これは私は断言できます。

 前回の投稿でチンタオさんが日本との関係修繕を本気で考えていると書きましたが、その背景の一つにこのガス田問題があると私はにらんでいます。まぁそれ以前に一つ前の江沢民氏がめちゃくちゃ日本が嫌いだった反動もあるのでこれだけに限るわけじゃないんですがね。
 そんなわけでこのガス田問題について私の結論は、
「中国が採掘するのを放っておけ、そして絶対に共同採掘の話に乗るな」
 といったところです。

 しかし唯一の懸念として、採掘を黙って見過ごすことによって結果的にあの付近の海域の領土を中国側が握るということを黙認、とまでは行かなくとも相手にそう思わせてしまう可能性があります。なにせあの付近は尖閣諸島問題でももめてるくらいなので、中国側の採掘を非難し続ける事は、領土を主張することにつながるので一貫して続けるべきだと思います。というより、続けなきゃいけないと言うべきですかね。はー、長かった。

2008年6月1日日曜日

四川大地震と自衛隊派遣誤報について

 前々から書こうとしていた内容でしたが、情報が整理される段階をまっていたので、やや遅れた感じでの今日の投稿です。

 さてその四川大地震ですが、大きな被害となっているようです。ただ日本の側とすれば、今回災害救助隊が派遣され、そして現地の中国人に高く評価されたのは前向きに見るべきでしょう。というのも、今回の券でどうやら中国のトップ、胡錦濤(フーチンタオ)ことチンタオさんが日本との関係修繕に大分本気であるということがわかりました。

 これまで日本は中国に対して相当な額のODA、政府開発援助を行ってきました。このODAから支出された予算を使い、中国では各地の地下鉄や鉄道が整備されたという歴史があるのですが、これまで中国国内にはそういった事実は一切報道されてきませんでした。その理由というのも言うまでもなく、中国が日本の援助で作ったというより、自力で作ったと言った方がカッコがつくからと、他でも言われているように日本をヒール役にすえておき、いざというときの国民のガス抜きに使うためです。
 ですから当初私は、今回日本の災害救助隊が派遣されたとしても、あまり活動は報道されないのではないかと危惧していました。ところが実際は大々的に報道され、向こうの各新聞のアンケートでも好感を持つようになったという結果が大勢を占めるようになりました。

 よく、中国人は人の恩がわからない民族だなどと誹謗する人もいますが、これまで日本に対してODAの額に比べて反感を抱き続けてきた理由は他でもなく、現地で悪く報道しかされなかったという理由以外ありません。逆を言えば、今回こういった報道を許したことから、前々から謀りかねていたのですが、少なくとも現段階で、中国政府はにほんのとの関係修復を真剣に考えていると思ってもいいと思います。まぁ、思い当たる節もありますし……。

 逆に、今回のこの過程でお粗末だったのはタイトルにもある自衛隊派遣についてです。
 当初、中国政府から要請があったと官房長官までもが発表したにもかかわらず、実際には中国の少佐クラスの一官僚が、「自衛隊が来てくれたらうれしいなぁ」と言ったのを過剰に外務省が反応してしまったというオチのようです。そんなんだから自衛隊派遣提案が報道された当初、日本のメディアも日本政府発表を鵜呑みにしてしまい、中国側の秦剛報道官が、「日本から自衛隊派遣の提案があった」と発表した際に、「中国側は自分たちから自衛隊を要請したことを隠して発表した」、というように、夕方のニュース番組等で報道してしまいましたが、結果を見ると中国政府の発表の方が正しかったようです。しょうがないとはいえ、マスコミももうちょい気をつけろよなぁ。

 ではなぜ今回日本側がフライングとも取れる失敗を犯してしまったのでしょうか。まず一つ目の理由として最初の災害救助隊派遣が予想以上に向こうで受けたという背景があるでしょう。それだったら、人助けとして自衛隊とかも派遣しても問題ないのでは、そういう風に少なからず思っていた背景が大きいのではと私は予想します。
 二つ目の理由は単純に、外務省や政府が功を焦ったからでしょう。それこそ自衛隊を派遣して災害救助を行えば、昔の敵は今の友とばかりに日中の関係修復を内外にアピールでき、政府としても支持率アップにつながることが予想されます。特にこのところ福田政権はいいところが全くありませんし、ここでポイントを稼いでおきたかったのが本音でしょう。そして外務省としても、よく取りざたされるのはチャイナスクール(ここの自民党の領袖は加藤紘一)ですが、外交的な歴史の一ページに関わるというのは非常にうれしいことらしく、むしろ率先的にこのフライングに乗っかったと見るべきでしょう。それにしても、少佐クラスの人間の言うことを真に受けるとは……。

 現時点で日本側、中国側の双方が日本の「中国側から要請があった」という発表は誤報だったと示しており、その誤報が生まれた背景などもきちんと報道されていることからこの事実に間違いはないと考えています。確かに陰謀めいたように考えることもできますが、というよりむしろ陰謀があって誤報と発表するより他がなかったと信じたいくらいですが、今回は非常にお粗末な三文芝居を日本が一人で演じたようです。

  追伸
 フジテレビがやっている「ニュースJAPAN」にてこの前、社民党の福島瑞穂党首がこの中国への自衛隊派遣について記者会見で「反対です」と言った後、記者会見も終わってもうカメラが回っていないと勘違いしたのか周りの社民党の人達に、「まぁいいや、社民党そういう所で突っ張とかないと」と、もらしたのをしっかり写され、放映されてました。やるなぁフジテレビ。