2009年7月30日木曜日

映画「ウォルター少年と、夏の休日」について

ウォルター少年と、夏の休日(ウィキペディア)

 この映画を初めて見たのは、確かイギリスから帰国する飛行機の中だったと思います。私は今でもそうですがそれほど映画を見る人間ではなく、この映画も長い飛行機旅にへとへとになって時間が潰せるのならと思ってしぶしぶ見たような感じだったのですが、見終わってみるとそれほど強烈に面白いわけではなかったのですが何故だが深く心に残るような不思議な感覚がありました。
 その後、今年か去年かは忘れましたがちょっと前にこの映画がテレビのロードショーにて放送されました。さっきにも書いた通り私はほとんど映画を見ない人間で、テレビのロードショーに至っては以ての外というくらいに見ないのですが、何故かこの時だけはこの映画を初めから最後まで見ていました。

 そんな「ウォルター少年と、夏の休日」という映画ですが、あらすじを簡単に説明すると以下の通りです。

 主人公のウォルター(12歳くらい)は母親が資格取得の講座を都市で受ける間、半ば強制的に田舎にある大叔父の家に預けられることとなった。このウォルターの母親というのはあまりしっかりした人間ではなく、資格取得とは名ばかりで実際は自分ひとりで愛人と会うためにウォルターを預けるつもりで、また預ける叔父というのも実際に血のつながりがあるかどうかわからない人物だった。またウォルターを預ける前に母親は彼に資産家だと言われる叔父の資産の隠し場所を密かに見つけるようにと言い含め、なんのことはない、ウォルターを預けるのもそれが本当の目的だった。
 そうしてウォルターは大叔父と言われる二人の老人とわけの分からないままに暮らすこととなったが、その二人の老人は資産家だと言われるものの無愛想で頑固な性格で、財産目当てでやってくる人間からセールスマンまで毎日玄関先で発砲して追い返す、破天荒な老人だった。
 そんな破天荒な老人たちと暮らしている間、ウォルターはあることがきっかけに二人の過去を徐々に知ることとなる。二人は若い頃に一攫千金を狙ってアフリカに渡り、傭兵をやり、砂漠の王女と恋に落ち、王女をつけねらう道楽息子の取り巻きと王女を奪い合うといった御伽噺のような二人の過去を知り、最初はわけの分からない間だった相互の距離は徐々に縮まっていったまさにその時、母親が愛人を連れてウォルターを引き取りに来るのであった。


 というようなお話です。
 話のコンセプトとしては素知らぬ仲から徐々に打ち解けあうというよくある王道パターンなのですが、この映画がほかのものよりよかったと私が思う点は、主人公の少年の心の内の変化ではなく、彼と一緒に暮らす二人の老人の過去が徐々に分かっていくという、言わば打ち解け合う相手役の心情と過去にスポットを当てた点だと思います。そうした点もさることながら、駄目な母親と今まで全くの他人だった二人の老人のどっちに心を寄せるかという主人公の心の動きも見逃すことができません。

 ここで唐突に話は飛躍しますが、私は基本的に子供というのは逃げ場がないと考えています。親は子供が嫌いになれば捨てることができますが、子供は親を捨てることはもとより変えることもできません。それこそ真っ当な両親の元に生まれていれば何も辛い思いをせずに成長してゆけますが、以前より問題となっている児童虐待などを行う親の元に生まれてしまえば子供は逃げることもできず、自身の生存をひたすら耐えることしかできないでしょう。
 そんな子供にとって両親以外の大人、それも比較的近しい親類というのは数少ない重要な逃げ場の一つだと思います。私は周りにも自慢できるようないい両親の元に生まれましたが、そんな両親との間でもやっぱり反抗期の11歳から17歳まで(やけに長いな)はいろいろと溝が出来て大変な時期がありました。そんな時、私の叔父や叔母というのはいろいろと揉め事や悩みの相談に乗ってくれたりもすれば、ウォルター少年のように夏休みに自宅に招いてくれて自分の家とは違う環境で生活をさせてくれ、成人となった今になって思えばああした体験が一種の緩衝材のような役割を果たし、致命傷的な問題への発展を防いでくれていたように思えます。

 子供は基本的には親の元で生活するにしても、時折その環境下から一時的にでも抜け出す逃げ場というものが私は非常に重要だと思います。その逃げ場となるのは友人でもペットでもいいのですが、出来れば親と子供の間の目線に立てる祖父母や叔父叔母がなるのが理想的な気がいます。
 私にとっては叔父と叔母がまさにその理想的な逃げ場だったのですが、今朝その叔父が亡くなったということをお袋から連絡されました。肝臓が悪くなって酒は飲むなと医者から言われていたのに、死んでもいいから酒が飲みたい鹿児島人らしく全く言うことを聞かずに飲んでばっかだったそうです。叔父らしいといえば非常に叔父らしい最期だったのですが、この報せを聞いて自分の中では一つの少年時代が完結したような感傷を覚えました。

 今の私は成人しているだけでなく両親とも円満にやっているので「逃げ場」というものは必要ないのですが、今までその役割を果たしてくれた叔父には感謝の気持ちに堪えません。そして、今度は自分がそのような子供らの頼られる「逃げ場」にならねばと強く思うわけです。

三国志の主人公は誰だ?

 三国志の主人公が誰なのかと聞いたら、恐らく大半の人は劉備元徳だと答えるでしょう。しかしこの三国志、読んでみると分かりますが前半に至っては劉備の出番は非常に少なくむしろ曹操が主人公なんじゃないかと思うくらいに彼のことばかり書かれています。それでも中盤になってくると劉備とその軍団の描写が完全に中心になるのですが、後半に入るところで劉備は死んでしまい、バトンタッチとばかりにそれからは諸葛亮がほぼ主人公として描かれていきます。

 後半の諸葛亮へのバトンタッチは劉備が死んじゃうのでまだわかるにしても、何故前半部は劉備ではなく、それも本来善玉の劉備の敵役となるべき悪玉の曹操の記述が多いかですが、これはひとえに実際の歴史が深く影響しております。
 三国志は後漢王朝が滅び始めるところから中国が三国に分裂した三国時代へと移り、最後に晋という次の統一王朝へと移るまでのお話です。その晋は三国のうちの魏、曹操の一族が建国した国を母体として成立した国家で、王朝の移り変わりで見るならば統一こそしていないものの歴史的には魏が正統な王朝として現在でも扱われております。

 ところが三国志は小説として成立する以前から講談家が話を大衆に聞かせると、どんなところでも劉備に人気が集まって曹操は逆に不人気だったそうです。そのため三国志の作者の羅貫中は敏感に空気を読んで劉備を主人公に、蜀を正統な王朝のようにして話を組み立てたのですが、それだと最後まで貫き通した場合にはやっぱり実際の歴史との間に無理が出てきてしまうため、後漢末の群雄割拠だった時代からやや勢力がまとまって華北をほぼ曹操が統一するまでは曹操が主人公かのように描かれたのだろうと各評論家より言われております。
 そういう意味では三国志の前半においてはその登場数といい、明らかに曹操が主人公としてだということになります。私の見方では始まりから官渡の戦いまでの前半部の主人公は曹操で、官渡の戦い後から劉備が大敗する夷陵の戦いまでの中盤の主人公が劉備で、劉備の死からその本人死ぬまでの後半部の主人公が諸葛亮だと考えております。ちょっと下にまとめると、

前半:始まり~官渡の戦い
主人公:曹操

中盤:官渡の戦い~劉備の死
主人公:劉備

後半:劉備の死~諸葛亮の死
主人公:諸葛亮

エピローグ:諸葛亮の死~終わり
主人公:該当者なし


 という具合に見ております。
 ちなみにこれは話を大まかに三つに分けていますが、前半後半の二つに分けるとしたらちょうど中間点に当たる場面はこの前やってた「レッドクリフ」の「赤壁の戦い」だと思います。

 三国志は話全体で見れば確かに劉備が主人公として描かれているのですが、前半部の主人公なだけあって曹操も敵役でありながらむしろりりしく描かれている場面も少なくありません。一見すると冷酷で酷薄な性格に見える曹操ですが(実際にそうなんだけど)、不思議と彼の元にやってきた武将らはほとんどと言っていいほど彼を裏切っていません。典偉や許猪はもとより、賈詡や張遼といったそれまで何度も主君を変えている人間も曹操の下では最後まで忠節を尽くしております。
 また曹操が一時関羽を部下にした際も関羽へ異常なくらいに愛情を注ぎ、彼が辞去する際には最初こそ別れの挨拶をしようとする関羽との面会を断って暗に引きとめようとしたものの、

「一国の宰相として、君を快く送ってやろうとしなかったのを恥ずかしく思う」

 と述べて、最終的には追っ手も出さずに彼を劉備の元へ走らせております。
 恐らく日本人からしたら冷酷な一方で清々しいまでのさわやかさを持つ曹操のこの二面性がたまらないのだと思います。私自身も曹操贔屓の人間ですが、中国人には前にも言いましたがこれでもないかと言うくらいに嫌われております。単純な当て推量ですが、日本人には魅力的に映る曹操の二面性は逆に中国人には嫌悪の対象なのかもしれません。それだともし三国志が日本で小説ととして成立していたら、曹操が主人公で劉備が敵役になっていたのかもしれません。その場合だと諸葛亮と司馬懿のキャラも立ち変わるのかな、お互いにビームを撃てるのは共通してるけど。

2009年7月29日水曜日

北京留学記~その八、北京の歴史

 今日は簡単に、北京の都市としての歴史を紹介します。

 現在でこそ中華人民共和国の首都として名だたる国際都市の一つとなっている北京ですが、中国史の大部分においては一地方都市としてであった時代の方がずっと長くありました。都市として成立したのは紀元前の春秋戦国時代で、当時の燕国の首都として成立したのが初めてでした。その当時の北京は「薊」という名称でしたがその次の秦の時代になると「北平」(発音はペイピン)と変わり、しばらくはその名で主に北方の対異民族部隊の中心基地のような役割でその後数世紀を経たところ、その当の対抗相手の異民族であるモンゴル民族が建てた元の時代になると「大都」と改名された上、歴史上初めて中国の首都となりました。その後、何度も壊されてはいますが、現在の紫禁城も元の時代に作られています。

 そして元の次の王朝である明の時代になると成立当初は首都は南京へと移ったのですが、なんとも皮肉というか、初代皇帝が逝去して二代目皇帝の時代に入るや北平にいた皇族がクーデターを起こして政権を奪い、明の三代目皇帝として即位したのです。この皇帝は「永楽通宝」で日本でも有名な「永楽帝」なのですが、彼は即位後に首都を南京から自分の本拠地へ移し、その際に「北平」という名を「北京」に初めて改名したのです。その明が滅んだ後もの清の時代も引き続き北京は首都として置かれ、現在にまで引き続かれております。

 なお現在の北京の都市としてのデータはというと面積は日本の四国程の広さで、人口は東京都の在住人口とほぼ同じ1300万人だそうです。
 余談ですが台湾に政府のある中華民国では首都は「南京」としており、大陸の中華人民国政府も台湾を「台湾省」として一地方だとそれぞれ勝手に主張しあっています。

2009年7月28日火曜日

休日の私の服装

 八時から見たい番組があるので、今日は久々に気楽に読める記事を書こうと思います。

 前にどこかで「日本人から見たアメリカ人の変な行動」という内容の掲示板のログを見たのですがその中に、「アメリカ人はほとんど服装に気を使わない」というコメントも含まれていました。そのコメントに下には同感だという内容で、「あいつらは本当に服装に無頓着だよな。普段は平気で販促用のTシャツとかを着て街中を歩いているよ」という風に続いていました。

 このやりとりを見てどう思うかは人それぞれだと思いますが、私の感想はと言うと「やっぱり日本人は服装を気にしすぎるなぁ」というものでした。実は私も休日、ってか家に帰ってきてくつろいでいる今も、胸にでっかく「燃焼系 トルネードステッパー!」と書かれた通販会社の販促用のTシャツを着ていますし、休日ともなるとこのTシャツに加えて下にハーフパンツという組み合わせで自転車を乗り回しております。何気に以前にこのTシャツを着て友人と東京の街中を歩いていると、

「花園さん、なんか僕らジロジロ周りに見られますね」

 と友人が言うほどで、特に女子高生からは「ありえない……(゚Д゚;)」ってな顔して凝視されました。

 別にこの販促用のTシャツに限らず、私本人は気にしていませんが周りからはよく派手な格好を平気でしていると言われます。Tシャツシリーズだと一番多く着るのはうちのお袋が世界各地から買い付けてきた「HARD ROCK CAFE」のTシャツですが、キワモノだと中国で買ってきた「作好漢」と胸に描かれた真っ赤なものとか、毛沢東がでっかく描かれているTシャツでも着たりします。
 でもって昔から暑いのが苦手なので六月ごろから下には絶対に長ズボンは履かず、ハーフパンツ一筋で九月まで過ごすもんだから陰で「短パンの花園」と呼ばれていたそうです。

 冬場はこれらに比べればまだ大人しい格好を自分ではしていると思うのですがどうしてこれほどまでに周りからは割と引かれる格好でも私が平気でしていられるかというと、変な格好だと変な目で見られると日本人は思いがちなのかもしれませんが、私は変な格好だろうと何だろうと周りはそんなにいちいち気にしないだろうという風に考えているからです。考えても見れば真夜中の比叡山の山道に自転車押して一人で上り続けていれば確かに変に見られるかもしれませんが、休日に人がたくさんいる中で一人くらいちょっと変わった格好をしても誰も気にも留めないし、記憶にも留めないと思います。

 なんか最近の2ちゃんねるの掲示板を見ていると引きこもりだと自称する人らが冗談で、「外に出ようにも着る服が無い」と言っては「ファッションセンターしまむら」の話題へとつながっていくパターンがこのところよく見かけますが、外へ出るのにいちいち服装を着にするという前提なしでは成立しないパターンだと私は考えております。
 私自身があまり日本人っぽくない価値観だからかもしれませんがそんなに自分が意識するほど周りからは相手にされてないので、もうすこし日本人は服装に無頓着になってもいいような気がします。少なくとも、我慢大会じゃないんだから夏場に背広を着るのだけはとっとと根絶してもらいたいです。できれば長ズボンもオフィシャルから外してもらいたいけど。

2009年7月27日月曜日

私が大事にしている信条

 先日に久々に遠方の友人と話してこのブログについて聞いたところ、最近の記事では「Zガンダム風、幸村と家康の対峙」がよかったと褒めてもらえました。まぁあれはマニア向けの記事ですからガンダムネタのわかるその友人には受けるだろうと踏んでいたのですが、この記事とともに先月に書いた「プライドの売り方、買い方」の記事も合わせて褒めてもらったのは正直なところうれしかったです。こっちの記事はそれこそ数年前から私が漠然と思っていたことを記事にまとめた内容でそれだけに力も入っており、他の記事を差し置いてこの記事を挙げてくるあたりさすがだとその友人に感じました。

 そうした過去の記事のことは置いといて、今日は私が日ごろから大事にしている信条のいくつかを紹介しようと思います。
 人間、長い間生きていればそれこそ昔と価値観が変わったり、その場によって判断を変えたりしながら日々やりくりをしながら生きております。しかしそんな中でこそあまり変動することの無い価値観こと信条というものは個人を識別する上で非常に大事であり、また生き方を決める上でも大きな比重を占めることになります。もちろん私にもそういう信条がいくつかあり、「これだけは何が何でも変えてはならない価値観だ」と大事にしながら生きております。そうした信条をどうして持つに至ったのかを含めて、ちょっとストーリ仕立てにして今日はお送りしようと思います。

1、「周りに流されるな」
 いくつかある信条の中で最も早く私の中で固まったのは、この「周りに流されるな」という信条でした。これは私が幼稚園生だった頃、さすがに何をやったのかもう自分でも覚えていませんが何か粗相をやらかして保母さんに怒られた際に私は、「○○君もやっていたよ」と、なんでそんな粗相をしたのかという言い訳を吐いたところ保母さんは、「ほかの人がやっていることなら悪いことでも何をしてもいいの」と言い返してきました。
 この時私は幼稚園生ながら確かに言われてみるとその通りだと思い、それ以降は貫徹しているとはさすがに言い切りませんが周りの人間が何をしようと、何と言おうと、自分が間違っていると思う行動に対しては絶対に組みしたりせず、また間違っていると思うものに対しては一人でも批判するように努めてきました。言葉的には「抵抗する態度」と言ったほうが適当かもしれませんが、その後に反抗してなんぼの(決してそんなわけないけど)キリスト教の精神に触れたり、戦前の日本の軍国主義時代の挙国一致体制の欺瞞などを知ったりしてますますこういった態度が強くなっていったように思えます。
 良く言えば意思を貫き通すようになり、悪く言えば頑固になってしまった信条ですが、自分には非常に合っている信条だと思って未だに堅持しております。

2、「形より実、建前より本音」
 これは小学生の頃に固まった信条ですが、きっかけは塾で読んだある評論からでした。その評論の内容というのは、以下の通りです。

 ある冬山で遭難した男が山の中で姉妹が住む家にたどり着いたところ、出迎えた姉妹のうち妹は男に声をかけて元気付け続けたのに対し、姉のほうは男に言葉もかけずに黙々とスープだけを作って男に差し出した。この姉妹の行動を比べると一見どっちもどっちに見えるが、真に価値があるのは姉の行動である。確かに遭難して心細い男を元気付けるのは悪いことではないが、この時の男に真に必要なのは体を温め栄養を取るという行為である。たとえ元気付けようとしなくとも、男にとって必要とされるスープを差し出した姉の行動こそがこの状況では正しいのである。

 私がこの評論を読んだ当初は額面通りに受け取らず、そうは言っても元気付けるのも大事なことなんじゃないかなぁと思ってむしろ筆者に対して逆の感情を覚えました。しかしそれから月日が経つにつれ、何故だかこの評論が引っかかってだんだんと筆者のいう通りなんじゃないかと思い直すようになっていったわけです。何でそのように考え方が反転していったのかというと、日々生活しているとみんなあちこちで「あれが必要だ」、「ああすべきだ」などと毎日のように口には出すもののそれを実際に行動に移す、もしくは移そうとする人間となるとほとんどいません。それこそ環境問題を例にとると環境保護が大事だと主張する人間はたくさんいますが、その保護のために実際にボランティアとして働いたりする人となるとほとんどいなくなってしまいます。中にはエコカーに乗り換えたと言う人もいますが、それだったら自転車に乗り変えた方がずっとエコだと言い返してやりたいです。

 こうしたことから私は、下手に周りに合わせて心配したり喜んだりする態度を敢えてとらないようになりました。そんな態度をとる必要があるのならその状況下で少しでもプラスになるような行動をとるべきと、見かけにこだわらず実をとことんまで追求し、理解に中途半端な時間をかけるなら建前を用いずとっとと本音と結論をぽんと出すべきだという風になっていったわけです。そういうのが影響しているのか、文化も質実剛健が売りな鎌倉文化が好きなわけです。

2009年7月26日日曜日

麻生首相のサハリン訪問で失ったもの

 昨日にちょっと触れたので、麻生首相が二月に行ったサハリン訪問の経緯とその意義を解説します。

麻生首相、ロシア大統領と会談 戦後初のサハリン訪問(asahi.com)

 リンクの記事は当時の朝日の記事です。生憎細かい部分までの解説がないのですが、ログを残しているだけでもまだマシでしょう。最初に言っておきますが、私はこの時のサハリン訪問は日本の外交的立場上、非常にまずいものだったと考えております。というのもこのサハリンに日本の首相がロシア側の招きに応じて訪問するということはサハリンの領土権、ならびに北方領土の領有権をロシア側にあるということを暗に認めてしまいかねない態度で、今後の領土問題に大して強い悪影響を及ぼしてしまうからです。

 本題に入る前に、日本とロシアの間にある領土問題とその経緯について説明します。話は戦後直後の1951年のサンフランシスコ平和条約にまで遡り、日本はこの条約によってアメリカの占領統治から再び独立を得ることになるのですが、その際に復帰する領土の中には戦前に日本が保有していた南サハリンと択捉島を初めとした北方四島を調印文書に含まれていませんでした。仮にこの平和条約にロシア(当時はソ連)も調印していれば北方領土の話はソ連が領有することで終わっていたでしょうが、実はこの時にソ連側は調印内容に異議を呈してこの条約に調印しませんでした。
 国際法上では通常、戦争後に対戦国同士で平和条約が結ばれることで国境と領土が画定されるのですが、サンフランシスコ平和条約にソ連側が調印しなかったのでアメリカを始めとした他国とは異なり、この時日露の間では領土画定は棚上げにされたわけです。その後日露は1956年に日ソ共同宣言によって国交こそ回復したものの平和条約は現在に至るまで未だに結ばれておらず、厳密に言えば未だに戦争状態が続いていることになるのです。

 となるとどの領土に関する条約が日露の間で最後に結ばれたものになるのかと言うと、これはサンフランシスコ平和条約よりさらに昔の日露戦争後のポーツマス条約になります。このポーツマス条約では北方四島を初めとして南サハリンも日本の領土として日露間で確認され、事実戦前までこれらの地域は日本の支配下にありました。それが何故現在ロシア側は支配しているのかと言うと、言うに及ばずですが二次大戦中にこれらの地域へソ連軍が進軍し、占領したからです。
 しかも二次大戦でソ連が日本へ進軍した時期はそれ以前に正式に取り交わされた、日ソ中立条約の有効期限内でした。ソ連が独ソ戦で非常に苦しい状況であった時期にすら日本は当時の同盟国のドイツに協力をせず中立を保ったにもかかわらず、ソ連は終戦間際になって日露の間で交わされた正式な国際条約に明確に違反をして進軍、占領をしたわけで、国際法に違反してソ連が占領しているのだからロシアは北方領土を日本に返せと日本外務省は主張しているわけです。

 専門家でない私が言うのもなんですが、言うこととしては確かに日本側の主張に筋が通っているように思えます。折角ですのでついでに紹介しますが、二次大戦で日本は八月十五日で終戦して戦闘行為もその日を境に終わったとよく思われがちですが、実はそれ以後もソ連軍は火事場泥棒的に領土を奪っておこうとかまわず進軍を続けてきていました。ただ当時の北方守備隊が武装解除命令を受けてはいたもののこれらソ連軍に対して反撃して撃退を続けたので大きく領土を奪われることはありませんでしたが、下手したら北海道を丸ごと奪われていた可能性すらこの時はあったと思います。

 そういうわけで日本外務省は北方領土を返還に向けて佐藤優氏などを始めとしてあの手この手でロシア側と交渉を続けてきたのですが、そうした努力をよそ目に今年二月に麻生首相はサハリンへ行ってしまったわけです。
 日本側としてはこれまで択捉島を始めとした北方四島のみの返還を要求しており、先ほどの主張ならば北方四島同様に本来領有権のあるはずの南サハリンについては返還要求をしてきませんでした。これは暗に、「サハリンはくれてやるから北方四島は絶対に返せ」という立場を示していたのだと思いますが、かといってサハリンを根っから放棄していたわけでなく、佐藤優氏によるともしロシア側が返還交渉に乗ってくる態度を見せなかったら、「じゃあサハリンも返せよ」とばかりに要求度合いを高めるための無言の脅しであったそうで、サハリンの領有権を放棄するという態度はこれまで日本は一切示してこず、日本の首相も誰一人として足を踏み入れてこなかったのです。

 それが二月、麻生首相がロシア側の招きで、しかもかつて日本に領有権のあった南サハリンに入るユジノサハリンスクに訪問したせいで、日本側が南サハリンはロシアのものだと国際的に暗に認めてしまったことになります。実際、現時点で仮にサハリンの領有権を主張しても、「あんた、前にここをロシアの地域として訪問したでしょ?」と言われてしまえばぐうの音も出ません。言わば先ほどの「無言の脅し」が事実上なくなってしまったことになります。

 私からしても誰か外務省に止める人間はいなかったのかと悔やんでならない訪問だったのですが、何故麻生首相はそれにもかかわらずこの時に訪問を強行したのかと言うと、私の見方では麻生首相が自分の外交的功績を何が何でも作りたかったからだと思います。麻生首相は首相になる以前から自分は外交通だなどとあちこちで吹いており、総裁選においても現状では何もしていないけど北朝鮮の拉致問題を解決するなどと主張していました。しかし実際のところそういう場面がほとんど無いばかりか支持率が下がり始めた頃だったので、小泉首相が北朝鮮訪問で支持率を急回復させたように、自分の功績作りと支持率回復のために何も考えずにロシア側の招きに応じてほいほいとサハリンへ訪問したのだと思います。思えばサミットの帰国直後に解散を決意したのも、せめてサミットにだけは出ておきたかったからないかとすら今では思います。
 となるとなんというか、麻生首相は外交通ではなく外交がしたかっただけということになってしまいます。ひどいと言えば、ひどいものです。

2009年7月25日土曜日

麻生首相の通信簿

 選挙も近いことで最近政治関係の記事が多いですが、今日もその関係で昨年九月に総理大臣に就任した現麻生首相の夏休み前(卒業前?)の通信簿ことこの約一年間の業績をポイントごとに評価、解説しようと思います。先に申しておくと私は次回の選挙で民主党を大勝させる事が現状で許される選択肢の範囲内で最もマシな未来だと思うので、基本的にこの記事は麻生首相への批判記事にするつもりなためにそれを前以って了解した上でお読みください。

 まず最初に本日入ってきた麻生首相と細田自民党幹事長の失言ニュースから紹介します。選挙の真っ只中でこんな発言飛ばしてくれるあたり自分らウォッチャーにはネタに事欠かなくて助かるのですが、どちらももう少し自分を大事にしたほうがいいと思えるニュースです。

麻生首相、高齢者は「働くことしか才能がない」
国民程度低い?自民・細田氏が発言撤回(どちらもYAHOOニュース)

 どっちもどっちとも言えるニュースですが、麻生首相に至ってはこの一年でどれだけ失言をしたのかもはやいちいち挙げる気にすらならないほどの量でした。麻生首相の擁護派はそういった麻生首相の失言について「言葉のあや」や「たとえに使った言葉をマスコミがあげつらっている」などと弁護していましたが、確かにいくつかの発言に関しては一部のマスコミと野党が過剰に糾弾しすぎていたものだと見受けられますが、肝心なのはそういった失言が麻生首相の本心から出ているものかどうかだと私は思います。それで結論から言うと、私はこの一年の麻生首相の失言はどれも言葉のあやとかそういうもんじゃなく、はっきり言って本当に言葉どおりの認識をしていたからこそ出ていた言葉だったと考えております。

 さすがに今まで私もこのブログでは書きませんでしたが、この前の佐野眞一氏の講演会でも佐野氏が言及していたし別に麻生首相に温情をかける必要も無いのでもう紹介してしまいますが、麻生首相は首相になる以前の党内の会合において、

「野中弘務は部落出身だから、首相にしてはならんな」

 と発言したことがありました。
 これはさすがに内容が内容だけにテレビでは一切出てこない過去の発言履歴ですが、書籍などではあちこちで書かれているので政治を勉強している人間ならほぼ誰もが知っている有名な発言です。まぁ佐野氏はこの前に出たCSの番組で言ってのけたそうで講演会でも、

「首相としての資質以前に、こんな発言をするあたり麻生太郎は人間性的にも非常に疑わしい人物だ」


 と激しく批判しており、私の友人も以前にこの話を聞いたときは激昂せんばかりに怒ったことがありました。私自身もこんな考えを持つこと自体が異常な人物だと思えますが、思うばかりだけでなく口に出すところまで来るともはや理解不能です。
 こうした発言に限らず、麻生首相の失言というのは割と単純に思ったことが口に出たというような内容ばかりです。鳩山邦夫氏も麻生首相のことを、「自分にも他人にも非常に正直な人物で、それが長所でもあり短所でもある」と言っており、恐らく思ったことを正直になんでも口に出す人間なんだと思います。それゆえに私は麻生首相の今日の失言を含めたこれまでの失言は、言葉の勢いとかあやとかいうレベルではなく本心からのものだったと考えるわけです。ちなみに私の中の麻生首相の在任中の失言でMVPだと思うのは、下記の日本医師会への発言です。リンク先は当時にこの発言について私が書いた記事です。

「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。はっきり言って(医師は)社会的常識がかなり欠落している人が多い」

 そんな失言もさることながら、在任中に行った政策でもはっきり言って何も評価するものがありません。就任直後こそ世界同時株安が起こって経済的環境が不安定だったことから財政出動を行いましたが、それも自動車業界を始めとしてやはり一部の業界にしか行われず、中小企業向けの融資枠などもわざわざ大きな補正予算を組んで作りましたがこっちはなんと以前に作った予算枠が余ってしまって全然使われずに終わってしまいました。仮にその融資枠をもっと別のところに使ったり、もしくは予算枠自体設けず無駄に国債を発行しなければと思わずにはいられない結果でした。
 そして極め付けが定額給付金です。はっきり言ってこの政策が全体の景気を押し上げたというデータは何も無く、六月に与謝野財相が景気は底を打ったといいましたがその根拠も何もありませんでした。まぁこの辺はやりだすと延々と長く続くのでもうやめておきますが。

 ただこうした経済政策以上に私が麻生首相が行ったこととして一番我慢がならなかったのが、メドベジェーフロシア大統領に誘われてほいほいとサハリンに行ったことでした。この辺は北方領土問題にいろいろ絡むのでまた今度説明しますが、日本は日露戦争後に結んだポーツマス条約がロシア他との最後の領土条約で、二次大戦時にソ連軍が進軍して得た南サハリンと北方四島は不法占領だと主張して、北方領土の返還を現在要求しているのです。それがロシア側の招きに応じてサハリンに行くということは暗にサハリンの領有権をロシア側に認めてしまったと言うことに国際的になるので、そうした認識をとられないためにもこれまで日本の戦後の首相は誰一人としてサハリンに行ったことはありませんでした。それが今回麻生首相が行ってしまったので、これははっきり言ってかつてありえないほどの外交的大失敗であったと私は見ています。

 本人は自分が経済通だ、外交通だと主張していますが、私から見るとこの人は本当に政策の基礎すら欠けているのではないかと思わされたのがこの一年でした。おまけに政治家として、特に首相としてはアキレス腱になる政策の一貫性については言わずもがなで、かつてこのブログの記事で私は麻生首相をころころ気が変わることで「二心殿」と呼ばれた徳川慶喜と比較しましたが、結果を見るとそれでやはり間違いが無かった気がします。

  補足
 この記事で言及している、「麻生政権が設けた中小企業への融資枠がほとんど活用されずに~」の内容は二週間くらい前に私がテレビ番組で見た内容だったのですが、改めてネット上で調べてみるとどうもそれにあたる情報の裏づけが取れませんでした。お恥ずかしい限りですがもしかしたら内容を誤解、もしくは勘違いして書いてしまった内容かもしれません。一応それに近いニュースとしては信用公庫の中小企業向け融資の信用保証のニュースですが、裏づけの取れていない情報をお出ししてしまい、まことに申し訳ありませんでした。

2009年7月24日金曜日

思考力を鍛える教育

 私が小学生だったころはちょうど詰め込み型教育からゆとり教育へとゆっくりと舵が切られている頃だったので、教育関係の議論となると今日のタイトルになっている「思考力を鍛える教育」が必ず出てきました。当時は詰め込み型教育だとパターン的な思考ばかり育って応用的な力が身につかず、たとえ計算力などの力を多少落とすことになるとしても想像力を育てようなどとと、思考力を鍛える教育法が持て囃されていました。
 しかし当時からそうでしたが、一体どんな教育が想像力を鍛えることとなるのか、どんな教え方が効果的なのかということについてはきちんと検証がなされないまま、適当な教育関係者がそのような教育法を提唱する傍から一時のブームで終わっていき、現在に至っては想像力はおろかまともな学力すらおぼつかなくなってきたので前ほどこの言葉を聞く回数が減ってきたように思えます。

 では結局、どうすれば人間の思考力は鍛えられるのでしょうか。まず基本的なこととして数学や国語、あとできれば理科社会といった基礎学問の知識が私は絶対に必要だと思います。物事を考えるのに最低限の知識は絶対に必要で、逆に知識なしでどうやって応用的な思考ができるのかこっちが聞きたいくらいです。先ほどの詰め込み型教育とゆとり教育については、私は高校生までは余計なことを考えずに基本の知識を身につける期間だと思うので、やっぱり詰め込み型教育に越したことはなかったと思います。

 そうして基礎的な知識を身につけた後はどうするかですが、ひとつ思考力を鍛える教育について参考になる事例があるのでまずそれを紹介します。その教育例というのは江戸時代の薩摩藩で行われていた「郷中教育」での教育方です。
 江戸時代に薩摩藩では青年が少年を、成人が青年を地区ごとに指導する郷中教育というものがが武士の間で行われていました。指導内容は体を鍛えるものもあれば論語を教えるのもあって当時としてもなかなか厳しかったそうなのですが、中には禅問答のようにいろいろな質問をして回答を聞くものもあったそうです。ひとつここでその問いを紹介するので、折角ですから皆さんも考えてみてください。

「ある時、命の危ういところをある武士に救ってもらった。しかしその男は実は親の仇だった。さてこんなときにどうするべきか?」

 見てわかるとおりにこの問いには明確な答えは存在せず、私も何度か友人にこの問いをぶつけてみたのですが、やはり千差万別でみんなそれぞれの答えとその根拠を出してきてなかなか面白かったです。明確な答えは存在しないものの模範解答というものはありまして、その回答内容というのは、

「礼を言って、斬る」

 というものでした。これは私の解釈だと、薩摩武士なりの「恩は恩、仇は仇。決して混同してはならない」という精神を教える問いだと思うのですが、こうした教育こそが私は思考力を鍛える教育だと思うわけです。
 私は究極的には思考というものは、「何を優先するのか」という優先順位をつける行為に行き着くと考えております。何がどのような過程を経て、何を根拠にそれが選び出されるのかという過程こそが思考を指し、またそれを擬似的に行うことが思考力を鍛えることとなると思います。この場合、思考と言うよりは判断と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

 先ほどの問いについて薩摩武士の思考は、「恩も仇も何よりもまず優先して行うべき行為」と考えるわけですが、以前に私がこの問いをしてみた友人は「恩の方が大きい」として仇を忘れると答えましたが、それはそれで恩を優先するという思考があったのでしょう。
 よく思考力を鍛える教育として明確な回答のない問題を与えるというものがありますが、与えるだけでなくどうしてその回答に至ったのかという過程や根拠をできれば集団でお互いに説明し合い、他人は何を優先してそう答えたのかと、何が優先順位として高いのかを考えることが結果的には思考力を鍛えることになると思います。

 今回例に出した問いでは恩と仇のほぼ二択ですが、長い人生で見れば進学から就職、結婚相手からレストランのメニューまでたくさんの選択肢の中から一つに決断しなければならない場面がたくさんあります。そうした事態において「何を選ぶのが自分にとって一番いいのか」とばかりに、優先順位付けがうまくいくならそこそこ人生を渡りきることができるんじゃないでしょうか。

2009年7月23日木曜日

2005年のヴァンフォーレ甲府のJ1昇格の感動

 なんかもう大分古い話になってしまうのですが、2005年のあるサッカーチームの話を今日はわざわざしようと思います。そのチームというのも、山梨県のプロサッカーチームであるヴァンフォーレ甲府についてです。

 このヴァンフォーレ甲府というチームは元々有志の人間らによって設立されたクラブチームで他の多くのJリーグのチームと違って特定の企業がスポンサーとして初めからついていたチームではなかったために、J2が発足した際にリーグに加入したもののほぼ慢性的に経営難の状態が続いていました。しかもそんなチーム状態ゆえに優秀な選手を集めることもできず試合でもありえないくらいに敗北を重ね、J2加入から三年連続で最下位で終わってしまうなど絵に描いたような弱小駄目球団でした。そんなんだから観客もほとんど来ず、ウィキペディアによるとなんでも一試合の観客動員数が三桁に留まったこともざらだったそうです。

 それゆえにこのまま赤字を垂れ流すのならばこの際解散するべきではと、一時は存続すら危ぶまれた時期がありました。その時のことについてもウィキペディア内の記事でよく取り上げられておりますが、有志のサポーターたちがこの経営危機の際に署名活動などで必死になって存続運動を起こし、そうしたサポーターらの行動がきっかけとなってそれまでそっぽを向いていた山梨県の人たちも徐々に球場にに足を運ぶようになり、山梨県や甲府市が存続のために球団に化した条件(かなり厳しい内容だったが)もなんとすべてクリアして存続することができました。
 それからは地元からの協力体制がしっかりと築かれただけでなく大企業もスポンサーに続々と名乗りを上げ、何故だかプリンセス・テンコーまでもがスポンサー入りして大幅な債務が未だ残っているものの経営状態が大きく改善し、それに合わせて球団も毎年徐々に成績を上げていきました。

 そして来る2005年、当時のJリーグはJ2の年間成績で1位と2位のチームが自動的にJ1の最下位、準最下位のチームとリーグが入れ替わり、さらにJ2の3位のチームとJ1の下から3番目のチームは入れ替え戦を行って先に二勝したほうがJ1に残るという入れ替え戦方式でした。この2005年、ヴァンフォーレ甲府はリーグの最終節においてその年にそれまで一勝もできないほど苦手としていた、すでにJ1昇格を決めていた京都パープルサンガを見事に破り入れ替え戦に望み、選手の年棒額に明らかに大きな差のあった柏レイソルとの入れ替え戦に望みました。
 誰もが社会人サッカー時代からの名門チームであるレイソルの残留を予想する中、結果はなんと二戦連続でヴァンフォーレ甲府が勝ち、一時は存続まで危ぶまれたこの球団がJ1に昇格を果たしたのです。

 私はこのニュースが流れた当時に中国に留学中でしたがインターネットでこのニュース知り、またその際にサポーターたちが存続運動を行っていたということも知ったので素直によかったなぁと思いました。さらにその後、下記のフラッシュを見てなおさらその気持ちが強くなりました。

AA Jリーグ2005(U-KS Loggin')

 もう作られてから大分経つフラッシュなのですが、今でも折に触れて見るたびに涙が止まらなくなることがあります。
 残念ながら現在このヴァンフォーレ甲府は現在J2に落ちてしまっているのですが、あまりJリーグに詳しくなくて試合もほとんど見ない私ですが、陰ながらヴァンフォーレ甲府の再昇格を応援している次第であります。

2009年7月22日水曜日

民主党の学費補助の公約について

 あっちこっちでニュースになっているので、私も例の動画を見てみました。

自民党ネットCM プロポーズ編(YouTube)

 上記にリンクを張った動画の内容はというと、プロポーズの場面に合わせて明らかに鳩山由紀夫氏を模したキャラが相手に何でも約束するのですが、その約束を実行する裏づけがないというオチで、暗に民主党を揶揄している動画です。なかなか民主党の痛いところを突いていて動画自体の質は悪くないのですが、日本人は国民性ゆえかこういった相手を卑下して自分の優位を主張するCMことネガティブキャンペーンに対して逆に嫌悪感を持つことが多く、現実にこれまでにこの方法が日本で成功した例はほとんどありません。そういうわけで私もやっぱりこのCMは逆効果のほうが大きいと思うのですが、広告業に携わる人間なら誰でも知っているのにどうしてこんなものを作っちゃったのかの方が気になります。誰が入れ知恵したんだろ。

 またそうやって民主党が公約に掲げている大盤振る舞いの内容に実現性はほとんどないと批判する自民党ですが、こっちはこっちで昨日に解散するということが一週間前からわかっていたにも関わらず選挙後にどのような政策を行うか、何を公約とするのかを今日に至るまで一切全く掲げておりません。元々なにも具体的な政策を持っていないのが麻生政権の特徴でしたが最後の最後までこの始末では小泉元首相の影というか、前回郵政選挙にて掲げられた政策を見ることに慣れた有権者を納得させるのは相当難しいでしょう。
 とはいえ、やっぱり私から見ても民主党の公約は七割方実現は不可能だと考えております。言うなれば自民党と民主党は、「何も掲げる政策がない」か「できるわけがない政策しか掲げない」の違いだけだと思います。そういう意味で次回の選挙はどれだけ役にも立たない自民党の老人らを引き摺り下ろすかに意義のある選挙ではないかと、内心考えているわけです。

 ただ民主党について言えば、無理だとは言え政策を掲げるだけは自民党よりはマシかもしれないと思うところもあります。政策実行のための財源がないのを歳費の無駄を省くことで埋め合わすと主張していますが、最低限その無駄撲滅に取り組もうとするだけでも全く取り組もうとしない自民に比べればマシで、またその過程で官僚改革もわずかながら期待するところもあるのですが、そんな中で私が今現在で民主党が掲げている公約の中で特に疑惑の目を向けている、やろうとすること自体我慢ならない公約がひとつあります。その公約というのも、高校の学費無料化を筆頭とした学費補助です。

 この点なんかを自民党も「そんなのできっこない」と激しく追求しているのですが、現在民主党は政権をとった暁には来年度から公立高校の学費をすべて国負担とし、また私立高校の生徒らにも一律で教育費を配ると主張しています。確かに教育にお金をかけること自体は間違いではなく立派な志だと思うのですが、私が何でこれにここまで食いつくのかというと、あまり真面目に勉強しようとしない生徒にも国がお金を出してしまう点です。
 これなんか私の体験ですが、大学時代に奨学金をもらっているにもかかわらず授業にはほとんど出席せず、毎日遊びほうけている学生が周囲にたくさんいました。聞くところによると最近は不況の影響もありますが借りた奨学金の返済が滞っており、育英会も文字通り首が回らなくなってきたとまで言われております。どうして勉強する気もないのに大学に来るのか、しかもお金を第三者から借りてまでと、今でもそのような学生らには理解に苦しみます。逆に私なんか毎日授業に来るもんだから、「不倒の花園」とまで言われてたんだけど。

 聞くところによると最近は高校の生徒でも勝手に授業をサボったりする輩が増えているといい、また勉強をほとんどしなくても前ほど留年を出さなくなったので卒業できてしまうとも聞きます。仮にそんな授業をサボってばかりの生徒にも一律に教育費の補助を出すというのなら、納税者の側からするとどうにも納得いかない気持ちになります。
 それであれば一定の出席率や成績を出すことを条件にして、真面目に勉強しようとする生徒らに対して返済義務のない扶助方式の奨学金を設けた方がずっと理に適っている気がします。元々欧米の奨学金は日本の貸与方式ではなくこの扶助形式が主で、日本には逆に少ないと言われてきていました。それをこの気に民主党が一律なんて馬鹿なことしないで設けるというのなら、まだ評価するのですが。

2009年7月21日火曜日

北京留学記~その七、交通

 大分日が空いてしまいましたが、連載中の北京留学記です。今日は中国に行く人も行かない人も知っといて損はない、北京市の交通事情について解説します。最初にいきなり書いてしまいますが、北京市の交通事情は現地人ですらはっきりと「非常に悪い」というくらいで、お世辞にも住み易い交通だとは言いがたいです。

 恐らく私くらいの年代の日本人ならば、北京の交通と聞いてすぐに天安門広場を大量の自転車が通り過ぎる風景を思い浮かべるかと思います。私が小学生くらいだったころは中国といったら自転車大国と言われ、老いも若きもみんなして自転車に乗ってはなんちゃって超人集団が十人乗りとかしている場面がよくテレビに映っていました。
 しかし残念ながらそのような風景はすでに過去のもので、現在の北京では全くいないわけではないのですが自転車乗りはもうほとんどいません。ではかわりに北京っ子は何に乗って移動しているのかというと、これなんかは日本でも時たま報道されていますが四輪自動車です。

 日本も速度的には異常なほど早くモータリゼーションを達成しましたが、中国での普及はその日本の速度をはるかに超えて現在の北京市は道路を埋め尽くさんばかりに毎日自動車が走り回っております。そのため自転車はおろかオートバイクのような二輪車だと車道に出ると明らかに危なく、現実に毎年中国全土でおびただしい数の交通事故死者を出しております。そのような環境ゆえに自転車は自然と廃れ、私も琵琶湖一周をやってのけるくらいに自転車好きですが向こうでは危ないと判断して結局ほとんど乗らずじまいでした。なおオートバイクについてはやはりそのような環境ゆえか、北京市では運転については厳しく制限されております。

 それくらい氾濫している四輪自動車ですが、これがしょっちゅう渋滞を起こす程度ならまだ我慢ができるのですが、問題なのはその自動車乗りたちが初めから交通ルールを守ろうとせずに赤信号だろうとなんだろうと隙があればどんどんと飛び出してくる点です。中国に行った事のない人なら信じてくれないかもしれませんが向こうは赤信号になっても平気で発進させてくるので、青信号だからといえども歩行者は安心して道路を渡れるとは限らず、なかなか渡り出せずに信号がまた元に戻ってしまうこともざらでした。
 では歩行者はどんな風に車道を渡るかですが、ここはやっぱり度胸が物を言います。それこそ車より先に自分が車道に飛び出し、「そのまま来たら俺をはねちまうぞ。それでもいいのか?」と、向かってくる自動車に視線を向けて無理やり止めて渡ります。なので中国でのこのやり方にすっかり慣れた私は日本に帰国した直後、信号のない車道での横断時に周りから飛び出しすぎだとよく怒られました。最も楽なのはほかの中国人が先に飛び出して車が止まるのをみて、それによって動き出す周りに合わせて横断するという人海戦術のやり方ですが、やっぱり一人で渡るときは最初から最後まで常に怖かったです。

 そんなんで車だろうと自転車だろうと歩行だろうと立っているのすら怖い中国の道路事情ですが、先にも述べたようにあまりにも人と車の数が多いもんだからすぐに道路は渋滞します。その分地下鉄は日本ほど正確ではないものの時間通りに来てくれるので助かるのですが、ここはやっぱり中国で、朝から晩まで延々とラッシュが続いているためにただ地下鉄に乗るのすら体力が要ります。おまけに地下鉄の駅沿いに住居や目的地があればいいのですが北京市は私がいたころよりも整備されてはいますが、まだ地下鉄網が完備されているとは言えず路線網から外れた地域も少なくありません。そういったところへの庶民の交通は路線バスで補完されているのですが、これがまた地下鉄以上に体力の要るもので、狭い車内がすぐにぎゅうぎゅうになるだけでなくしょっちゅう渋滞するために急発進と停止が繰り返され、24時間あのバスを乗り続けられるというのなら相当の剛の者だと思っていいでしょう。

 バスの料金は基本的に一元(地下鉄は三元)で非常に安く、また行きたい目的地の近くまで乗り継げば大体どこでも行けるので使いこなせば便利なのですが、やはり時間帯によっては相当な覚悟を必要としました。そんなバスですが私が留学していたころは社内で乗員のおばさんに一元を渡して切符を買うというシステムだったのですが、2007年にまた訪問した際には日本のSUICAやICOCAのようなICカードがいつの間にかできており、中国人がみんなでパッとしてピッと乗っていたので非常に驚かされました。実際にぎゅうぎゅうの車内だと切符を買うのにも一苦労だったので、私は利用しませんでしたが相性のいい組み合わせだと思います。

 そんな感じであまりいい思い出のない北京の交通事情ですが、なぜだかあの頃の窮屈さが時々懐かしくなってしまうことがあります。こういう灰汁の強さが中国なんでしょうが。

ネイキッドカウボーイ、NY市長選に出る

「裸のカウボーイ」市長選へ=NYの名物男、現職に挑戦-米(時事ドットコム)

 前にも私が取り上げたあのネイキッドカウボーイが、なんと今度はニューヨークの市長選に出るそうです。本人は「市政の透明性を高める」と主張しているそうですが、あんたがこれ以上透明性を高めたら大変なことになると思わずにはいられなくなるニュースです。

 最近まじめなことばかり書いていましたが、こういうニュースを嬉々として書くあたりはまだ私も捨てたもんじゃないなと思います。
(*´ー`) フッ

2009年7月20日月曜日

東国原知事の出馬騒動の顛末について

 都議選を控えた先月末から今月はじめより、東国原宮崎県知事の次期衆院選の総裁選出馬騒動ががどの局でも大きく取り上げられていました。私もこのブログにて騒動が起こった当初、「東国原知事の出馬要請に対する返答について」の記事にてこの騒動を取り上げていますが、私はその時点で東国原知事は敢えて無理難題ともいえる要求を自民党に言って遠回しに要請を断るつもりなのだろうと考えていたのですが、その後も古賀選対委員長(当時)が交渉を続け、また東国原知事の方も会談に応じるなどこの騒動はなかなか終わらずにいました。

 結果からいうと私が当初に主張した「遠回しに断る」というのは間違いだったことになるのですが、多少の言い訳をすると東国原知事に最終的に出馬を断念させた北野たけし氏も当初は私と同じような見方をしており、問題だったのは総裁選に出させろという無理難題に対して古賀氏が思った以上に食いついてしまって交渉を続けたことだったと述べていました。おそらく北野氏の見方は、当初は東国原知事が遠回しに断ろうとしたところを自民党が思った以上に相手してくれたので、これならいけるかもしれないと色心を出したのが騒動が延々と続いた理由ではないのか、といったような見方で、終わってみれば私もそんな気がします。

 しかしその一方、東国原知事が初めから今回の自民党の総裁選候補にさせるという要求が自民党に通ると思っていた節も一概に否めません。元々東国原知事はかねてより国政転身について言及しており、本人としたら知事で政治人生を終えるつもりがないのはほぼ間違いありません。折も折で自民党が下野する可能性を秘めて大きく政界再編が予想される現在、そんな混乱の折に一気に頂点まで上り詰められるかもしれないという野望を持ったのかもしれません。もしそうだとすると、東国原知事には大きな過信があるということになります。

 東国原知事はこの騒動のさなかに何度も、「国民の信頼を得ているのは自分だ」とする発言を繰り返しており、それこそ要求すべてが通って自分が総裁になればまるで自民党が次回選挙にも勝てるかのような発言までしておりました。しかしこの騒動中の各種アンケートでは国政転身について任期途中で辞任させられる宮崎県内において反対が八割近くを閉めただけでなく、全国のアンケートでも「理解できない」とする回答がどこも過半数を占めていました。
 こうした調査が公表されるにつれて露骨に東国原知事もトーンダウンしていき、最初の勢いはどこ吹く風とばかりに弱気になり、最後は北野たけし氏に出馬を引き止められたことを理由にして幕引きを図りました。

 今回の騒動を見て私が感じたのは、思っていた以上に東国原知事は甘い見通しを持つのだなということでした。結果からいえばこの騒動が自民党の都議選に与えた影響は少なくなく、もしなければまだあと一人や二人は自民党出馬の候補が受かっていたように思えます。それほどまで国民から冷たい目で見られていたにもかかわらず本当にうまくいくと思ったのか、これまではそこそこ評価していましたが今後はちょっと考え直さざるを得ません。
 政治家に限るわけじゃないですが、すこしちやほやされたことですぐに浮かれないというのは人間として大事な部分です。

2009年7月18日土曜日

何故若者は結婚しないのか

 少子化問題特集シリーズも三回目で、これでようやく完結です。まずはこれまで通りに今までのおさらいですが、前々回の「日本の少子化対策の問題点」の記事で私は日本の少子化の原因として日本人の未婚率の増加が問題ではと分析し、前回の「少子化問題と若者問題」記事で未婚率の増加は現在の日本の若者の置かれている不安定な雇用環境に代表される経済的影響が強く及ぼしているところがあり、いわば少子化問題は若者問題と同一線上にあると分析しました。しかしその一方で出産はともかく文化的要素の強い結婚にまで経済的影響が強く及ぼすのかという疑問もあり、では何故日本の若者は結婚をしなくなったのか、そしてどうすれば結婚するようになるのかということについて私の考えを紹介します。
 最初に結論を言えば、私は経済的影響は実際は言われているほど大きな要因ではなく、若者が結婚をしなくなったのは意識的な要因の方が断然大きいと考えています。そしてその結婚しなくなる意識を作っている主犯はマスコミだと睨んでおります。

 これはもう五年くらい前の話ですが、前東京財団会長の日下公人氏が雑誌上にてこんなことを書いていました。

「昔あるアメリカの学者が、テレビの画質が高画質化するにつれて婚姻率は下がると主張したことがあった。この発言の意図する意味とは視聴者が高画質のテレビを通して容姿の美しい異性の役者や芸能人を見慣れることによって、実際に周囲にいる異性に美を感じられなくなってしまうからだという」

 こう前置きをした上で日下氏は、現実に日本でも婚姻率の現象と共に少子化問題が起こっているので、ここは一つこの問題を解決するためにテレビ局などのマスコミに協力してもらって美形の芸能人の露出を控えてもらってはどうだろうかと冗談めかして主張していましたが、案外的を得ているようにも思えます。ドラクエでいうなら「けんじゃ」に慣れてしまうと「まほうつかい」はもう使えなくなるように、やはり芸能人に見慣れてしまうと現実にそこらにいる異性の容姿では物足りなくなるのもごく自然でしょう。

 こうした容姿の見方の偏りもさることながら、これなんか私も力を入れて以前に「男女が異性に求める理想像のすれ違い」の記事で書きましたが、異性へ持つ理想像と同性像の歪みも見逃せません。詳しくはリンクに貼った前の記事を読んでもらいたいのですが、各マスコミが「こんな風にすると異性にもてるよ」と言っては自分たちのマーケティングに合った適当な同性像を提供するために、異性からすると決してモテるわけでないファッションや振る舞いが流行してしまうことが過去から現在に至るまで多々あります。

 実際に私の視点からしても、別になんか恨みがあるわけじゃないけどどうして浜崎あゆみ氏や倖田來未氏のファッションが女性に持て囃されたのか未だにわかりません。はっきり言ってこの二人のファッションは見た目にもそれほど美しいと思わないし、振舞い方についても浜崎氏の「あゆは~」って自人称にむしろ引いてしまいます。じゃあどんなのが好みかって言ったら私は井上和香氏と多部未華子氏が好みなのですが、何故この両極端な二人が一緒に挙がってくるのか自分でも不思議です。

 それはともかくさらにこうしたモテるであろう同性像の歪みに加え、こっちは贅沢になったというのか分を知らないというのか、相手の異性に求める桁外れな高望みも未婚率に大きく影響しているでしょう。
 特にこれが激しいのが女性が見る男性相手の年収で、このところ世の中に流布しているという「婚活」の特集番組などを見ると、30代くらいの女性の方が平然と結婚相手に求める年収として1000万円以上を主張する方を見たりします。前にも一回書きましたが、少し古いデータ(2003年頃)では年収一千万円の世帯割合は全体の5%弱で、20代や30代でそれほど稼ぐ人ととなるとそれこそホリエモンみたいなの、って言うとちょっとひどいですがそれくらいしか残らなくなります。データを知らないにしてもそれくらい現実離れしたハードルを交際相手に平然と課してしまうのも、結婚情報誌とか週刊誌とかで適当な情報を流しているマスコミの影響だと言わざるを得ません。

 上記のような意識に及ぼす影響こそが現代の若者を結婚から遠ざけてしまう主原因だと私は考えており、これらすべての作為者であるマスコミが少子化を産んでいると睨んだわけです。
 原因がわかったところでじゃあどうすればこの少子化ならぬ未婚者の増加を止めれるのかですが、やはりマスコミのこの様な行為を規制するのが一番でしょう。それこそ最初に挙げた日下氏の提言のように毎日朝から晩まであまり見た目が綺麗じゃない芸能人に出演し続けてもらえば、例に挙げるのも悪いけど最終的には千原せいじ氏のような人でも普通の容姿に思えるようになるかもしれません。どうでもいいけど、ドッキリ番組で素人女性の前にキムタクと思いきや千原せいじ氏が出てきたら、あまりの容姿のギャップに女性が腰を抜かしてへたり込んだことがあったそうです。

 しかしこの方法を実際にするとなると誰もテレビを見なくなる可能性も否めず効果が限定的になる恐れもあり、必ずしも有効とは言える作戦ではありません。じゃあ他にどんなのがあるかといったら、こちらはそれこそ何をしてもいいと言うのなら私がやってみたい方法で、理想の夫婦像を強く国民に見せ付けることです。
 どんな方法かというとそこそこの容姿の芸能人男女一組を秘密裏に選び出し、普通の芸能情報としてその男女が交際していく過程から結婚し、その後の生活までも逐一テレビなどで報道し、「理想の夫婦像はこんなもので、結婚っていいもんだね」っていうのを飽きるくらいまでとことん日本人に見せ付けるやり方です。前回の記事でも書きましたが結婚というのはやはり文化的な要素の強い行為なので、文化的な慣習として色濃く根付かせることこそが単純に効果があるように思えます。

 それこそ戦前までは結婚しなければ男女共に一人前として見られないという世間の見方が結婚に走らせていましたし、「それが当たり前」という認識ほど結婚へ誘導させるのに強い武器はありません。また先ほどの理想の夫婦像を見せ付けるやり方は一見強引な方法に見えるかもしれませんが、はっきりいって戦後の日本人の結婚観は現平成天皇と美智子様をモデルに作られたと言っても過言ではなく、決して前例のない方法というわけじゃないと思います。まぁ皇太子夫婦と芸能人じゃ効果に差があるでしょうが。

 価値観が多様化していると言われる現代ですが、その一方で私の目からすると「こうすればいい」という固まった価値観を現代日本人は欲しているような面もあるような気がします。結婚についてもそうで、「出来ちゃった結婚」が一つのパターンとして確立されたのもそういった流れの上であるような気がし、それであればてこ入れできるところもまだあると思います。そうしたところをお上でもいいし下からでもいいし、とにかく持ってきて黄金パターンとして確立させることが未婚率の減少、ひいては少子化問題の対策になるのではないかという結論で以ってこの連載をまとめさせてもらいます。

2009年7月17日金曜日

Zガンダム風、幸村と家康の対峙

 なんかこの前、自転車を漕ぎながらまたこんなことを思いついていました。

幸村「お前だっ!いつもいつも、脇から天下を狙っているだけで、人を弄んでっ!」
家康「勝てると思うなよ、小僧っ!」
幸村「許さない。俺の命に代えても、体に代えても、こいつだけはっ!」
家康「む、なんだ?」
幸村「わかるはずだ、こういう奴は生かしておいちゃいけないって。わかるはずだ。みんな、みんなにはわかるはずだ」
吉継「焦りすぎだ。だからいけないのだ」
幸村「!?」
勝頼「兵力がダンチなんだよ。そういう時は、どうする?」
  ~~~
幸村「俺の体を、みんなに貸すぞっ!」
吉継「それでいい、幸村」
家康「なっ、真田軍が……。私の知らない部隊でも、編成しているのか!?」
幸村「わかるまい。戦争を遊びにしている家康には、この俺の体を通して出る力が!」
家康「体を通して出る力?そんなものが、三河武士に勝てるものかっ!」
昌幸「幸村はその力を表現してくれる特殊能力を持っている」
信幸(生霊)「"騎馬S"とか"挑発"とかね」
家康「ジジイの声?」
幸村「まだ、抵抗するのなら」
家康「旗本、戻れ旗本っ!何故戻らぬ!?」
幸村「うぉぉぉぉっ!」
  ~本陣急襲中♪~
家康「ぬっ、ぐっ、おおお……」
幸村「ここからいなくなれっ!」
家康「ぐっ……わしだけが、死ぬわけが無い。貴様の心も、一緒に連れて行くぞ……真田幸村っ」
幸村「!? 光が……広がってゆく………」


 大阪の陣の翌年に家康がタイミング良く死んでいることから、もしかしたら夏の陣の幸村の急襲で命を落としてその後は影武者が立っていただけだったのではと思い立ったことからZガンダムにつながりました。どうでもいいけど、Zガンダムは初代プレイステーションで出ていたゲームが内容的にもムービーの演出的にも一番良かったと思います。やけにフォウの入浴シーンに力が入ってたけど。

2009年7月16日木曜日

少子化問題と若者問題

 本当は昨日に書くつもりでしたが、今日の記事は一昨日に書いた「日本の少子化対策の問題点」の記事の続きで、前回に上げた日本の少子化の状況を鑑みて現在の日本でどんな対策が有効であるか私の考えを紹介します。

 まず前回の記事のおさらいですが、まず現象としては出生率の落ち込みなどから少子化は確かに現在の日本で起こっている問題であり、それに対して現在の自民党や民主党は女性の社会進出の補助や教育費の補助などの対策を掲げていますが、彼らが少子化の原因と挙げている経済的問題や女性の問題よりも近年の未婚率の上昇や晩婚化こそが少子化の真の原因ではないかと私は考えています。
 実際に前回で取り上げた福井県の調査においても女性の初婚年齢や未婚率といった要素が少子化に強く相関するとの報告もあり、また全国の調査においても90年代以降は一貫して日本全国で平均初婚年齢が上がっているだけでなく独身層も増加しており、少子化の原因としては一応筋道が通るように思えます。

 では何故日本人は結婚しなくなったのでしょうか。これなんか政治家からワイドショーのコメンテーターまで揃って言っていることですが、80年代までと違って終身雇用制度が崩壊しただけでなくただでさえ派遣切りが常態化し、不安定な雇用、経済環境に若者が置かれているために結婚にまで至れなくなっているのだとされています。何気に出張所の方ではタイムリーにこういった内容のコメントをしてくれた方もいて私も確かに現状の若者の置かれている状況が大きな一因だと考えており、この辺を特に政治家の方々に言いたいのですがやっぱり私は少子化問題と若者問題は切って離すべき問題ではなく、両者を同一線上で議論をして対策しなければ意味がないと思います。言うなれば若者の雇用や生活対策こそが少子化対策に大きく直結するであろうということです。

 しかしそう思う一方、もう大分前ですがこんなコメントをしているのをどっかの雑誌の記事で読みました。

「生活資金が無いために結婚に至れない若者が多いと言うが、出産はともかくそもそも恋愛を始める時点では経済的要素が強く影響するとは思えない」


 著者は残念ながら誰かは忘れてしまったのですが、言われてみると確かにその通りと思わせられた鋭い一言でした。確かに異性と交際したくないと考える若者なんて世の中ほとんどいないでしょうし、会っていきなり相手の年収を聞いて付き合うかどうかを判断する人もそんなにいないでしょう(女性はわからないけど)。そう考えるとこれから生活費用が大きく必要になる出産をためらうことはあっても、「愛さえあれば、お金は要らないの……」と言える間は結婚をためらう理由はあまり見つからず、景気の悪化によって出生率が下がることがあっても未婚率まで多少はともかくここまで急激に上がっているのはなんか違うような気がします。
 さらに先ほどの記事の続きでは、

「そもそも結婚や出産という文化的な領域を、生活資金の補助などというものでどうにか改善しようという考えそのものが間違っている。今の日本人が少子化だというのなら、その現実を受け入れて人口を減らしていくことこそが自然に従った正しい成り行きなのでは」

 というような内容を言われてて、なるほどなぁと思った次第であります。

 しかし私は現実を変えてこそ人間だと思う性質なので、いくつかそうした状況こと日本人が何故結婚しなくなってどうすれば結婚をするのかをといった打開策を考えてみようと思います。本当は今日に一気にまとめて書くつもりでしたが、なんか文章の切れが悪くなるし続きはまた次回に。

2009年7月15日水曜日

今後の政局~小泉チルドレンの処遇

 時期が時期だけにこのところ政治関係の記事を書くのに手一杯です。もう少し間隔を空けて留学体験記を初め他の記事も書きたいのが本音ですが、毎日こんだけ書いてて足りないと言うのだから仕方がありません。

 そういうわけでまたもオーソドックスな今後の政局についてですが、現時点の情勢だと次回の総選挙では奇跡でも起きない限り自民党に勝ち目が無く、それどころか選挙に至るこれからの一ヶ月間でますます形勢が悪くなっていく可能性が高いでしょう。今朝も自ら買って出た割には選挙を直前に控えたこの時期になって突然古賀選対委員長が都議選の敗戦の責任を取るとして辞意を表明し、どこのニュース番組もその報道で持ちきりなばかりかコメンテーターも「自己保身に走った」などと辛口のコメントをしています。また現時点において、古賀氏も別にそうでもなかったけど自民党内に選挙を実質的に取り仕切れる人材も不足しており公示を控えてますます混乱するのが目に見えています。

 なお前回の郵政選挙では小泉元首相の秘書の飯島勲氏が選挙を取り仕切ったと言われていますが、私の見方では飯島氏もさることながら二階現経済産業大臣も大きく関わっていたように思えます。なので二階氏が次の選挙も取り仕切るのならまだマシなのですが、ちょっと今はすねに傷を抱えているので選挙責任者になる可能性は低いのではないかと私は考えています。
 そしてこの選挙の問題で実は今後一番大きくなっていきそうなのが、皮肉なことに前回の郵政選挙で当選した小泉チルドレンたちの処遇です。あまり大きく取り上げられているようには見えないのですが、実は昨日に面白いニュースがほんのわずかでしたが報道されていました。

選挙:衆院選・山梨2区 長崎衆院議員が自民離党 無所属出馬、正式表明 /山梨(毎日jp)

 上記にリンクを貼ったニュースは自民党の現衆議院議員である長崎幸太郎氏が離党し、次回の選挙では無所属で出馬する事を報じているニュースです。この長崎氏は前回の郵政選挙時に郵政民営化に反対票を投じた堀内光雄氏の刺客候補として山梨二区に送り込まれたものの、地区投票では堀内氏に敗北して比例で復活当選を果たした小泉チルドレンの一人なのですが、堀内氏が安倍政権時に自民党に復党したことによりかねてより次回出馬の選挙区について心配されていたところ、案の定自民党から次回選挙での山梨二区の公認を得られませんでした。

 記事を読む限りだと他の選挙区へのお国替えなどを打診されていたのではないかと伺えるのですが、この長崎氏自身が二区からどうしても出馬したいという意向を持っていたことから、自民党を離党して無所属で出馬するのを表明したのが昨日のことで、私もどっかのニュース番組でこの報道を知りました。毎日の記事でも書かれているように地元の長崎氏の支持者らも長崎氏の行動を歓迎していると事で、私が見たニュース番組では自民党支持者3000人がそっくりそのまま長崎氏についていくようだと報じていましたので、多かれ少なかれはあれども同選挙区の自民党支持者に分裂が起きているのは間違いなさそうです。

 元からこの小泉チルドレンの処遇が次回選挙時に大きな火種になると去年から言われていましたが、こうして実際に火が起こってみると改めて問題の根深さに気づかされます。これ以前にも北海道の選挙区において杉村太蔵議員が公認を得られずに涙を呑むこととなりましたし、今回の長崎氏と全く同じ状況にある野田聖子と佐藤ゆかり議員の折り合いもどこまでついているのか未知数です。
 これがまだ自民党優勢の立場であればただ単に小泉チルドレンを切って終わったでしょうが、ただでさえ地方選挙で連敗するなど不人気な今では自民党と決別したりするだけでも脚光を浴びることが出来ますし、またそうやって飛び出したところで当選に至らなくとも自民党支持者を分裂させることになります。

 ここで気になるのが他の野党、特に民主党です。ここは信長の野望じゃありませんが、そういった不安定な立場に立たされている小泉チルドレンたちにどんどんとリクルートをかけて彼らを取り込むことができれば、今後ますます状況が有利になっていく立場になります。もっとも、すでに推薦候補者が決まっている地区では難しいでしょうが。

 私としては次回の選挙で自民、民主の双方がどちらも単独過半数に届かない痛み分けで終わってしまうと、ただでさえ参院が不安定な状況のために日本の政治が大きく停滞して全体にとってマイナスになるという予想から、もはや自民に立ち直りが効かないのであれば政策すべてを評価していないまでもなんとか民主に大勝させなければと考えています。またたとえ民主が政権をとったところで維持できないにしても、一旦野党に下ることで自民党内も森喜朗を初めとした老人らを一気に掃討することさえ出来れば国民として痛みに耐える価値はあると思います。
 そういう意味もあって比較的年齢の若く議員生活もそれほど長くない小泉チルドレンらには、次回の選挙にも生き残ってほしいと陰ながら願っている次第です。

2009年7月14日火曜日

日本の少子化対策の問題点

 日本で少子化が問題だと言われ始めてすでに十年くらい経ちますが、その間あれこれ議論しては小渕優子氏がいかにもマスコットらしく少子化担当相に就いたりいくつか政策を打ち出したものの現在に至るまで少子化の流れは一向に歯止めがかかっていません。こうした状況に対し自民党も民主党もあれこれ少子化対策に予算をつけることで対応しようとしていますが、結論から言わせてもらうと私は両者の政策どちらにもあまり効果があるとは思えず、この問題を根本的な解決へと導くことはないだろうと考えています。今日はそんな私の考えと、ではどうすることが少子化対策になるのかということについてやや長めに解説いたします。

 まず基本的なデータのおさらいとして、現在の日本の出生率を説明します。この出生率というのは正式には「合計特殊出生率」といって、単純にその集団がどれだけ子供を毎年生んでいけるのかという指標だと考えてください。一般的にこの出生率は2.08という数値が一つの基準で、これ以上であればその集団は今後人口が拡大し、逆にこれ以下であれば人口が減少していきます。それで現在の日本の出生率ですが2008年のデータを引用すると1.37と、人口を維持するのに必要な2.08という数字を大幅に下回っており明らかに少子化の状態にあると言えます。なお同年のデータで日本以上に少子化が問題となっている韓国ではこれが1.19となっております。

 では何故日本はここまで少子化に陥ったのでしょうか。自民、民主の政治家はともに揃って、「養育、教育費がたくさんかかるようになったために子供を生もうとしなくなった」のが原因だとして、民主党は子供のいる世帯に無条件で給付金を行ったり高校での学費の免除を行うことが対策になると、マニフェストにまで掲げています。また自民党も若者の不安定な雇用環境が子供を生みにくくしているとして、全くやろうという素振りを見せていませんが女性の社会進出をすすめることで対策になると主張しています。

 確かに両者とも一見するとごもっともな意見を言っているように見えるのですが、私は養育費の問題が子供を生まない原因だとはちょっと思えません。理由はいくつかあってまず第一に子供を生もうとする時点で、人間そこまで考えるのかということです。よっぽど計画的な夫婦ならいざ知らず、小中高の教育費が私立と公立それぞれ概算でどれくらいかかり、大学は文系に進ませるのか理系なのか、はたまた下宿をさせるのか、これだけでも相当なバリエーションがあり、自分の十年単位での賃金カーブと比較して子供を生むかどうかを決める夫婦がいるとはちょっと考えられません。まだ第二子を産む際にこういったことを考えるのならわかりますが子供を生むこと自体そこまで計画的に進められる行為ではないいのもあり、養育費の多さが直接的に少子化に影響を与えているとは私は思いません。

 では一体何が少子化に影響を与えている原因なのかですが、そのヒントとなる格好の材料として福井県の統計調査結果があります。この福井県というのは全国的に出生率が下がる中で近年わずかながらですが出生率を高めている県の一つで、何故出生率が上がっているのかをリンクに張ったサイトでは実に事細かに調べて公表しております。あくまで私の目からですが非常に調査内容も充実しており、一度も行った事ないけど福井県を今回大きく見直しました。
 それでは本題ですが、まずこの調査結果の中で出されている「出生率と相関する指標」の相関係数の一覧を紹介します。この相関係数というデータは数字の正負に関わらず絶対値が大きければ大きいほど元のデータ(今回の場合は出生率)に対する影響度が高く、正であれば比例し、負であれば反比例する傾向を持っていることを表すデータです。出来れば元のサイトを見てすべての相関係数のデータを見てもらいたいのですが、全部紹介すると長くなるので絶対値が0.5以上と、比較的影響度の高い重要な項目に限って紹介いたします。

<出生率に対して0.50以上の相関係数項目一覧>
・女性の就業率:0.59
・共働き率:0.71
・共働き世帯割合:0.70
・労働力率:0.60
・最終学歴が大学卒以上の割合:-0.62
・婚姻率:-0.52
・平均初婚年齢(女):-0.69
・第1子出産年齢:-0.70
・未婚率(女):-0.69
・3世代同居率:0.50
・65歳以上親族のいる世帯割合:0.69
・1世帯当り延床面積:0.53
・住宅の敷地面積:0.55
・公営賃貸住宅の家賃:-0.70
・人口集中地区人口比率:-0.75
・第1次産業就業者比率:0.60
・第3次産業就業者比率:-0.65
・ボランティア活動の年間行動者比率:0.67
・参院平均投票率(補正値):0.70


 上記の相関係数の中でまず私が一番驚いたのは、一番最後の「参院平均投票率(補正値):0.70」です。何故投票率が高いと出生率が高くなるのか最初は全く以ってわからず、政治に厚い地域は子供を何故よく生むのかとしばし悩みました。恐らくこの相関は「投票率」というよりも居住地域への結びつきによって付随する数値で、出生率に真に影響しているのは地域性でしょう。同じく地域との密着性を表す他の相関係数を見ても、

・ボランティア活動の年間行動者比率:0.67
・スポーツ少年団参加児童比率:0.42


 というように、地域との結びつきに比例して出生率が高くなる傾向があります。

 それで肝心の養育費、というよりも経済的環境が少子化に影響するかどうかですが、確かに「公営賃貸住宅の家賃:-0.70」いくつかそれを伺わせるデータもあるのですが、この調査報告書内に「経済的豊かさ」でまとめられている相関係数を見てみると、

・県民所得:0.45
・世帯収入:-0.10
・預貯金残高:-0.49
・教育費割合:-0.24


 という結果で、「預貯金残高」を除くとお世辞にもあまり高い相関が見られません。また民主党らが主張している教育費についても東京や大阪といった都市部と違って福井県のこのデータだけで断言することは出来ませんが「教育費割合:-0.24」と、それ自体は倫理的、教育的にいい政策だとしても私は教育費の補助が少子化対策になるとは思えない結果です。

 では一体何が少子化を加速させている原因なのかですが、結論を言えば私は未婚率だと考えています。
 現在日本の未婚率は「図録 未婚率の推移」にてグラフにして紹介されていますが、見事なまでに右肩上がりの様相をなして現在進行形で悪化しております。実際に福井県の調査データにおいても、結婚に関する項目が下記の通りに報告されています。

・婚姻率:-0.52
・離婚率-0.31:
・平均初婚年齢(女):-0.69
・第1子出産年齢:-0.70
・未婚率(女):-0.69


 ぱっと見、なんで「婚姻率」と「未婚率」が両方とも大きな負の相関をしているのかが未だに良くわからないのですが、この結婚に関する相関係数はどれも大きな相関で、特に「第1子出産年齢」は0.70と高い相関もさることながら常識的に考えて一人目を生む年齢が二人目、三人目に大きく影響するのは当たり前でしょう。また女性の未婚率については2005年のデータによると、全国平均では47.5%に対して福井県は38.4%と大きく差があり、こういったところが福井県の高い出生率に影響を与えているとこの調査報告書でも結論付けられております。

 こうしたことから私は日本人の未婚や晩婚化が少子化の最大の原因だと言いたいのです。これまた別のデータですが「完結出生児数」といって夫婦が生涯に儲ける子供の平均数を表すデータがあり、こちらも近年下がりっぱなしですが国立社会保障・人口問題研究所のデータによるとなんだかんだいって2005年のデータでも2.09あり、結婚した世帯は平均でちゃんと2人くらいの子供を生んでおります。ここに至り、結婚させさえすればぐっと少子化問題は軽くなるのではないかと私はにらんだのです。

 では具体的にどうすればいいか、どんな対策が効果を出すのかと言うことに関してはもう大分長くなったのでまた明日紹介いたします。
 最後に自民党らが主張している女性の社会進出が本当に少子化対策になるのかということについて、福井県のデータと合わせて補足しておきます。福井県のデータによると先ほどの相関係数の上では「女性の就業率:0.59」、「共働き率:0.71」、「共働き世帯割合:0.70」と、報告書の結論でも女性の社会進出が進めば進むほど少子化対策になるとまとめられているのですが、これに対して私はちょっと疑問に思いました。というのも他の就業に影響するであろう相関係数において下記のような結果を出しているからです。

・大学進学率:-0.42
・最終学歴が大学卒以上の割合:-0.62
・第1次産業就業者比率:0.60
・第2次産業就業者比率:0.27
・第3次産業就業者比率: -0.65


 細かくまで説明しませんが、私はこれを見てその共働きしている世帯の女性の職業は福井県という土地柄ゆえに第一次産業が多いのではと疑いました。残念ながら共働きをしている女性の職業が何かまでは報告書に書いてありませんでしたが、今の自民党の主張はどちらかと言えば第三次産業に務める女性の社会進出を助けようとするものばかりで、このデータからだと逆効果を生んでしまうのではないかと思うような節もあります。これまた逆に言えば、女性を農業に従事させることが出来たら食糧問題も人口問題もうまいこと回るんじゃないかと思ってしまいました。そうも簡単に行くわけはないけど。


  参考サイト
少子化と合計特殊出生率について~統計的分析~(福井県統計情報システム)
図録 未婚率の推移(社会実情データ図録)
国立社会保障・人口問題研究所

2009年7月13日月曜日

東京都議選の自公敗北と解散日決定について

 既に報道でもご存知でしょうが、昨日に行われた東京都議選でこれまで与党であった自公は大幅に議席を減らす歴史的な大敗を喫したのに対し、このところの各地方選にて連勝を重ねている民主党は大きく躍進して大勝を収める事となりました。今回の敗戦を受けて麻生首相はようやく来週解散、8/30に選挙を行うことを公にも発表しました。
 まずは長々粘った麻生首相をようやく民主党が解散に追い込んだと言えるのがこの都議選の結末でしょう。もっとも麻生首相は報道によると当初は明日にでも解散を行おうとしたところを周りに引き止められて7/21にしたと言われていますから、これが事実だとしたら最後の最後までみっともない上に、こんな具合だったら又翻心するのではないかと心配させられます。

 ただ今回大勝した民主党も素直に喜ぶべきではないでしょう。と言うのも今回の東京都議選の最大の功労者は私のにらむところ橋下大阪府知事で、次点が東国原宮崎県知事だからです。このところの他の地方選挙に洩れず今回の都議選もそれまで50%台だった投票率が60%に跳ね上がり、こうしたことが投票率が低ければ低いほど有利になる公明党及び協力している自民党の選挙活動に大きな打撃を与えたことに間違いはなく、そのように地方選挙の投票率が何故上がったのかというと橋下府知事のように全国メディアにて強く訴えかける地方首長が出てきたことによるものと考えると決して民主党の力だけで勝ったわけでない選挙だったと私は考えています。
 次点の功労者に東国原知事を持ってきたのは彼も地方選挙の重要性を強く国民に認識させたという点もさることながら、国政転身について最後の最後までもめたことによってマイナスイメージを自民になすりつけた点を評価してです。今日の報道によると、結局転身は止めたそうですけど。

 逆に自民党の視点から言えば、まんまと民主党の土俵に乗ったことが最大の敗因でしょう。今回の都議選は石原都政に対していろいろと争点があり、ここでいくつか上げるのなら新銀行東京の再建問題に始まり東京五輪の招致問題、そしてそのための築地移転問題などいろいろと政策で争う面があったにもかかわらず、生憎メディアを見ている限りではそうしたことはあまり触れられずに自民か民主か、どっちの政党を選ぶのだとことばかり候補者たちも主張していたように思えます。
 はっきり言って政党で選ぶとしたら麻生首相の半端無い失態のせいで勝てるわけが無いのに、かえって鳩山由紀夫民主党代表の個人献金問題を強く突こうとして政党論争に乗って有権者の票をどんどん手放していったのではないかと言うのが私の分析です。この辺が今の自民党の弱さなんだなぁと、改めて納得できるのですが。

 そして今日、麻生首相はようやく解散日を公に発表しました。しかしこのタイミングもはっきり言って最悪以外の何者でもありません。それこそ小沢元民主党代表の西松事件で揺れた四月頃に行っていれば全然今と状況が違った上に、大敗戦を喫した昨日の今日ではいかにも追い込まれた感がしてなりません。仮に昨日の都議選前に結果に関わらず来週に解散するとでも言っておけばまだ格好がついたものの、誰もそのように助言をする人間はいなかったのかとすら思います。

2009年7月12日日曜日

歴史の復讐

 最近こればかりですがまた先週の佐野眞一氏の講演で出た話しをします。
 非常に話題が飛びに飛び回った講演会だったのですが佐野氏は最近の自分の仕事について一体現代の日本は何の上に成り立っているのかを調べるために行っていると話し、そのために戦前の満州や沖縄について調べて本を書いているとした上で現代の日本人には歴史観が不足しているのではないかと言いました。その歴史観という言葉の意味について佐野氏はE・H・カーという歴史学者の著書「歴史とは何か」の一説を引用し、「歴史とは、過去の光によって現代を捉える行為」だと説明しました。

 佐野氏はこれについて更に解説を加え、言うなれば過去の事象に対しては現代のスポットライトを当て、現代の事象に対しては過去のスポットライトを相互に当てることで両者を理解するのが歴史だと説明していました。これについて私の解釈を加えると、これなんて私がくどい位にこだわっていることですが基本的に人間は比較を行わなければ事象を理解することができず、現代を理解するために過去と言う対象物を用意して比較することで初めて現代を理解することが出来ると言いたかったのだと思います。
 そんな目的の元で佐野氏は現代の日本、というより戦後の日本はどうして高度経済成長が出来て今の形になったのかというルーツを追うために満州と沖縄を調べているそうです。

 そういった佐野氏の話とは少し異なるかもしれませんが、よく歴史というのは勉強してもあまり意味が無いと言われる学問ですが私は決してそんなことはないと考えております。例えば現代の経済状況ひとつとっても私も連載で書いた「失われた十年」を知っているか知らないかで何が原因で、何が問題でこんな不況が起きたのか、また今アメリカが行っている金融機関のストレステストや資産査定の意義についても理解の反応や速度は大幅に異なると思います。また日本の総理大臣についても、この辺は今月号の文芸春秋に佐野氏が細かく書いていますが鳩山由紀夫氏、邦夫氏と麻生太郎首相の構図と、鳩山一郎と吉田茂の構造と比較することで見えてくる背後関係もあります。
 基本的に歴史というものは私は現代に対する基礎学問だと考えています。数学でいきなり方程式をぽんと出されてそれを解くために勉強するのと、正数と負数を前もって習っていてから勉強するのではまるで土台が違うように、現代の変化していく動きに対応するために土台となる歴史学というものは私は必要だと考えています。

 そうはいっても、大昔の歴史が現代に対してそこまで影響力を持つのかと思われる方もいるかもしれません。確かに数百年前の話にまで来ると政府間の歴史問題とかにしか出てこないかもしれませんが、ただ単に偶然だったということも出来ますが、明治維新時には歴史の皮肉ともいうべき偶然がいくつも起きています。
 まず第一に言えるのは、二世紀半に渡って日本を統治した徳川幕府を倒したのが薩摩藩と長州藩だったということです。どちらも明治維新から二世紀半前の関ヶ原の戦いにおいてわけがわからない内に西軍に参戦することとなり、敗戦後には大幅に領地を削られております。

 この二藩は西軍側でその後も生き延びたものの関ヶ原の戦いにおいて大きな痛手を徳川家に負わされた藩で、そうした藩が後年徳川幕府を滅ぼすこととなったのは非常な歴史の皮肉と言えます。またこの二藩に限らず藤堂高虎を藩祖とする津藩も明治維新時には面白い行動を起こしています。
 この藩祖の藤堂高虎は存命中に何度も主君を変え、最終的に徳川家に寄ったことから交通の要衝地であった現在の三重県に当たる津藩を任されただけでなく江戸時代においてもその藩祖の功績から津藩は「別格外様」として、外様大名でありながら譜代大名のような扱いを受けていたそうです。

 そんな津藩ですが明治維新時には当初は薩長軍を迎え撃つ幕府軍の軍勢に入ったものの、なんと戦闘中に突然薩長軍に寝返って幕府軍へと砲撃を始めたらしく、「藩祖が藩祖だけに時局を読むに長けている」などと揶揄されたそうです。
 もちろん藤堂高虎のいた戦国時代は裏切ることは珍しくなく彼だって主君を変えていったおかげで大身になれたのですし、明治維新時も津藩に限らず親藩の紀伊藩や尾張藩もほとんど抵抗らしい抵抗をせずに降伏していたのですが、やはり歴史の皮肉と言うか因縁と言うか、周りまわって現代のいろんなところに影響が及んでいるのではないかと思わせられるのが上記のエピソードです。

 言わば歴史に復讐されるというこのようなエピソードで最も代表的なのは「臥薪嘗胆」で有名な中国の戦国時代における呉越の争いですが、詳しい内容はまた明日にでも解説しますが私は人の意思というのは目には見えませんが周り回って自分が撒いた種は自分に帰ってくるのではないかと思います。もちろん、本人ではなくその子孫、関係者へということも含めて。

2009年7月11日土曜日

書籍返本制度の変動について

「返本率4割」打開の一手なるか 中堅出版8社、新販売制「35ブックス」(ITメディアニュース)

 上記のニュースは日本独特の書籍販売制度である「返本制度」に対して、中堅出版社らが連合して制度改正に向けて動き出したことを伝えるニュースです。まず最初に返本制度について解説しますが、日本では出版社が印刷会社などで刷った本を一般の本屋である小売店に販売する際、小売店側が受け取る利益に当たるマージンは低く設定されているものの売れ残った場合には返本すれば仕入れ値と同額が返金されるようになっています。いわば小売店側は仕入れを行うことに対して何のリスクも抱えず、売れそうだと思ったらどんどんと仕入れて売れ残ったらどんどんと返本することで幅広いジャンルの本を店内に並び立てることが出来る、というのがこの返本制度でした。

 しかし近年は出版不況とまで言われるほど本が全く売れないために出版社と本屋は揃って苦境に陥っているいうことで、上記のニュースではこのような出版不況を打開するために書店側のマージンを増やす代わりに返本が利かない販売方法を出版社側は導入しようとしていることを伝えています。
 このニュースに対して私の感想はと言うと、結局どっちの道を選んだところで両者の破滅は必至ではないかというのが正直なところです。それはどういう意味か、下記にてくわしく解説します。

 実はこの返品が利かない販売方法にて出版された本の中で非常に有名な作品がありました。何を隠そう、今度また新しい映画が公開される「ハリー・ポッターシリーズ」の2004年に発売された第四巻、「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」です。
 このいわゆるハリポタシリーズの日本語版を出版した静山社はお世辞にも大きな会社ではないため、いくら人気シリーズとはいえ大幅な売り上げを見込んで大量に発注して返本の山を築いた場合には会社の存立が危うくなることが当初から心配されていました。かといって前三巻の日本語版が発売された際は全国の書店で品切れが続出して古本屋でも高値で取引されていたほどで、また印刷数を少なくすればあちこちから文句が来るのも目に見えていました。

 そこでこの出版社は書店のマージンを増やすかわりに返本を受け付けない、仕入れ後の一切の責任は書店側に持たせるという形でこの第四巻を発売しました。結果はというと確かに売り上げは悪くは無かったのですが、前三巻は品切れが続いた事が逆にプレミアを持たせて販売量が時と共に増えていったのに対し、どの書店に行っても並んでいた第四巻の発売当初はそれまでのように爆発的に一挙に売れるとまではいかなかったそうです。
 私がこの事実を知ったのは当時の文芸春秋での記事でしたが、その記事中では図らずもハリー・ポッターが返本制度に一石を投じて今後日本の書籍販売制度は大きく変革されるかもしれないとまとめられていました。

 その記事から五年後、知り合いに聞くと岩波書店などは前から返本を受け付けていなかったそうなのですがようやく他の出版社にも返本制度の廃止がこうして現実味を帯びるようになってきたというのが最初のニュースです。
 確かにこれまで返本制度があるがゆえに売れないであろうと思われる本でも仕入れるだけはタダですからどの本屋も一応並べていたのに対し本当に売れるであろう本だけがこの制度改革によって精選されていくという期待はありますが、その一方で注目されていないが実はいい本が全く本屋に並ばなくなる可能性もあります。そう考えると在庫数で圧倒的な力を持っており、千葉だけでなく今度は大阪にも大きな配送所を作ろうとしているご存知絶好調のアマゾンがより販売を増やすのではないか、というのがこのニュースの私の第一印象でした。

 在庫数に限らず現在どの本屋も苦しめている万引きについてもアマゾンではその恐れも初めから全くなく、弱点とすれば一定額以上の販売におけるアマゾン負担の送料くらいですがその他のコストを既存の本屋と比較するとこんなものなんてごく小さなものです。
 こうした元からあるアマゾンの優位に対し、返本制度を改革したところで出版社と本屋になにか劇的な変動が起こるとはあまり思えません。むしろ先に書いたように売れ筋の本だけしか本屋に並ばなくなって、本屋がアマゾンに対して持っている優位性の一つと思える、「手にとって本を選べる」という行為がなくなる可能性もあってかえって余計に寄り付かなくなるんじゃないかという気すらします。

 そもそもの話、出版不況の根本的な解決方法として私は販売方法をあれこれ考えるよりいい本を作って並べることが第一にして唯一の策だと思います。一例を挙げると佐藤優氏の本はノンフィクションの属していてはっきり言って売れるジャンルの本ではないにもかかわらず、処女作の「国家の罠」は数ヶ月で70万部を越えるベストセラーになりやっぱりいい本はきちんと見てもらえるのだと私は思います。にもかかわらず小手先の改革に力を入れている時点で、私は出版不況と言うのは自業自得な部分も多いのではと言うのがこのニュースの結論でした。

  おまけ
 前ほど読まなくはなりましたが私が一ヶ月の間に読むのは10日発売の文芸春秋に加えて六、七冊程度です。そんな私がよく寄り付く本屋というのはやっぱり思わぬいい本を見やすく置いていてくれているとこで、いくらでかいからと言って並んでいる本がつまらないものばかりの本屋にはあまり行きません。今までで一番ハマったのは京都にいた頃に自宅近くにあった本屋でしたが、そこでは中国関係の本も充実しているだけでなく水木しげる氏の文庫マンガもやけに充実しており、異様にお金をそこで使っていました。

2009年7月10日金曜日

佐藤優氏の有罪確定について

 大分時間が経ちましたが、先週に私も中国語でいうなら「熱烈愛好的」な元外務省職員の佐藤優氏に最高裁にて有罪判決が下り、有罪が確定したことから外務省もようやく彼を晴れて免職させることが出来ました。佐藤優氏の容疑については私も何度もこのブログで書いてありますし、それより佐藤氏の著作の「国家の罠」を読む方が事件の概要を理解するうえで役に立つはずです。

 今回の有罪判決について私の感想はと言うと実はあまりなく、佐藤氏も主張していますが元々この裁判は結論ありきの裁判であったためにえどう抗弁したところで結果は見えていたことなので、下りるものが下りただけという感想しか覚えませんでした。ただこの佐藤氏の有罪確定についての報道について、こちらもまた「相信一点的」な田原総一朗氏が面白いことを書いておりましたのでここで紹介しておきます。

小休止の麻生降しについて(BP net)

 この記事の前半は自民党内の麻生降しの現状についての解説ですが、リンクを張った部分からは佐藤氏の有罪判決に対する各メディアの報道振りへの田原氏の批判が書かれています。具体的にどんな内容かと言うと各メディアはこれまで佐藤氏のコメントや評論といった著作を載せているあたり彼がこの事件において冤罪であることを承知しているであろうにもかかわらず、今回の判決時には「有罪確定」という見出ししか書かず、この裁判の背景や外務省の内部文書が紛失していて佐藤氏が不正をしたという証拠がないなどというおかしな点の解説を行わなかったマスコミの問題性を追及しております。

 田原氏が言っていることに対して私も全く同感で、足利事件での菅家氏の冤罪が明らかになったばかりにもかかわらず佐藤氏の裁判についてマスコミは素っ気無い対応だったと感じていました。マスコミといっても新聞、テレビ、雑誌など一般人が思っているほどに私は各メディアが一体であるとは考えておらずそれぞれの利害関係や対立があるという話も直接聞いていますが、もうすこし何かしらに特化したメディアがあってもいいような気がします。
 以前の記事でも書きましたがこの佐藤氏の事件を初めとして私は今の日本には何よりも司法改革が必要だと感じております。何かこういった司法関係に特化したブログを別に立ち上げようかと構想中ですが、そもそもの話として私が法学部出身でないためにあれこれ口を出すのもどうかと悩んでしまいます。

2009年7月9日木曜日

北京留学記~その六、留学生の国籍

 本日は中国に留学しに来る留学生の国籍について解説します。
 中国に来る留学生の国籍比率を測れば近年ではやはりダントツで韓国人が多く、次いで日本人が多くて事実上この二強で全留学生の三分の二を占めます。私が以前に見た資料では中国全土では数万の韓国人留学生が来ており、その仲でも特に韓国人が多い大学となると留学生を多数受け入れている私の通った北京語言大学になるのですが、同じクラスの韓国人によるとほかの大学では確かに語言大学ほど韓国人留学生数は多くは無いそうですがそのかわりに他の国の留学生がいないため留学生国籍比率はほぼ韓国で占められ、いろんな国の留学生と交流するために語言大学にきたそうです。

 実際に私がいた頃を思い出すと大学内はそれこそ右も左も韓国人ばかりで、やっぱり欧米人ともなると多いことは多いですがややレア度が高かった気がします。しかしその韓国人に次いで多く来ている我らが日本人の数も同様に半端ではなく、日本人留学生たちの間では語言大学に行くと日本人とばかり話してて中国語が上達しないとまことしやかに囁かれていました。こういった噂を留学前に私も聞いていたので、敢えて私は現地ではなるべく他の日本人とは距離を置くようにしてましたが、果たしてそれがどれほど効果を上げたかはまだ未知数です。一応、中国語は話せるようになって帰ってきましたが。

 それで先ほど韓国人が言った内容に戻るのですが、確かに語言大学は外国人に中国語を教える目的で作られたと言うことから今も全世界から留学生を集めております。マイナーな国を挙げるとルワンダやスイス、果てには自分のルームメイトだったルーマニア人なども来ており、そういった国の方々と一時とはいえ交流できる留学先というのはなかなかなく、中国においては北京大学を除くとまずほとんどないといってもいいでしょう。もしかしたら精華大学にもいっぱい来ているかもしれませんけど……。

 そんな留学生たちの国籍の中で、意外に多かったと私が感じたのはロシア系でした。ロシア本国にウクライナやベラルーシ、カザフスタンといったロシア語圏こと旧ソ連系の留学生は何故だかよく見かけ、実際に私のいたクラスでも当初はロシア人、カザフスタン人、ウクライナ人がおり、個人的に仲良くなったウクライナ人からは更に別クラスのロシア人とも引き合わせられ、日本に帰国後に私がロシア語の基礎を学ぶきっかけになりました。

 元々中国と旧ソ連は1950年代は非常に仲が良くて核技術もその伝手で中国に伝わったのですが、その後旧ソ連でフルシチョフが第一書記に就任するや急激に険悪化してそのロシアからの脅威に対抗するためにアメリカ、ひいては日本と中国は国交を結ぶこととなりました。それだけ仲が悪かった旧ソ連ですがこれが崩壊して現在のロシアになり、そしてプーチン政権下では国境が接していることから両国間の通商が急激に発展し、現在はかつての蜜月時代を思わせる位に両国の関係は良好です。
 この背景にはかつてとは逆にアジアにおいて日本を中露が押さえ込む目的も含まれていると思われるのですが、2005年にはロシアとの友好40周年(元年がいつどのように決まったのかは知らないが)ということで大々的なキャンペーンを中国は国を挙げて行っていました。

 こうした背景から、一番にはロシア国内において中国語の需要が高まっているというのは間違いないでしょうがロシア系の留学生が大量に中国に来ている理由だと私はにらんでいます。それを言ったら日本と韓国も同じことなのですが。

2009年7月8日水曜日

ウイグル暴動について

 本日友人からリクエストを受けたので、現在も報道が続いている中国新疆ウイグル自治区の暴動についてコメントします。最初に断っておきますが私は中国関係の解説には自信がありますがこのウイグル問題についてはこれまであまり扱ってきたことがないため、本当はコメントするだけでもおこがましいのですが現在持ち合わせている知識と知見から今回の騒動について書かせていただきます。なのであまり内容は鵜呑みにしたりせず、あくまで一つの意見としてご覧ください。

 まず本日届いたばかりのニュースですが、今日から行われる予定だったG8サミットこと世界首脳会議に出席する予定で開催地のイタリアにまで来ていた中国の胡錦濤首席が今回の新疆ウイグル自治区にて起きた暴動の影響を受けて急遽帰国しました。サミットには代理の人間が出席するようですが、今回のサミットは発展途上国の中でも世界への影響力が近年非常に高まっている中国が北朝鮮の核問題ひとつとっても重要な位置となると見られていただけに、それをキャンセルしてまで帰国することとなったのは相当の事態になっていると見ていいでしょう。
 その帰国するきっかけとなったウイグル自治区での暴動ですが、死者数などが百人を超えたとすでに中国系のメディアも報道していますが元からこれは信用できない数字なので、実際にはこれの倍以上が死亡している可能性が高いと見ています。現地の映像はイランでの選挙後の混乱時ほど海外のメディアにはまだ流れていませんが、一部で報道されているウイグル人の証言によると暴動に参加していない成人男性も片っ端から連行されているらしく、まぁ中国ならやりかねないと私も思います。

 それでこの暴動の背景についてですが中国政府とメディアは今回の暴動は外国の独立派、というよりウイグル自治区を中国から分離独立させて中国の弱体化を図ろうとしている団体の扇動によって引き起こされたと主張していますが、この見方についてはやや見当はずれではというのが私の意見です。元々ウイグルはかねてより中国からの独立派がいて海外に亡命したウイグル人などは人権問題を主張して中国からの分離独立を長い間唱えていますが、別に現地へ武装蜂起を行うようにバンバンと銃火器を送っているわけでもなくただ国際社会に訴えているだけで、今回の暴動(政府が公開した映像を見る限りはそういった銃火器は見られない)に対してはオーバーな表現だと言わざるを得ません。第一、中国は本国、それも同じ漢民族の農村などからも暴動が起こる国なのですから説得力自体が疑わしいものです。
 ただ中国政府としたらこの地域が分離独立されると困ると言うのは間違いではありません。というのもこの地域には最近になって天然ガスなどの資源が豊富にあると判明し、意外と資源が不足している中国としたらむざむざ手放すには惜しい地域でしょう。

 ここでちょっとウイグルの歴史について軽く解説しますが、元々ここは漢民族とは異なる突厥系(チュルク系)の民族が住んでいた地域で、チベット地域同様に中華人民共和国の成立後に人民解放軍によって事実上侵略されました。侵略後は現地の住民の土地は片っ端から収奪されて漢民族の入植が進んだというのは他の自治区と同様なのですが、この地域の特有の歴史と言うのが核汚染です。
 なんでも中国が核爆弾を研究する際にこの地域が実験場として選ばれ、数十回の核実験によって相当な地域が汚染されただけでなく被爆によって数万人のウイグル人が亡くなったと言われております。

 これだけのことをされたらそりゃ暴動も起こって当たり前だろうと思えるのですがさらにこの地域における特別な要素として、ウイグル人の宗教がイスラム教という点も見逃せません。知っての通りにイスラム教はその戒律の厳しさゆえに他の文化の慣習となかなか馴染まないところがあり、現在のイラクやアフガニスタンのように抵抗活動が始まるとなかなか終結しない傾向があります。元々宗教勢力というのは日本の一向一揆でもそうですが非常に根強い団結力があり、宥和政策ならまだしも強権によって屈服させるのは至難の業です。

 先に書いた通り、中国政府は今回の暴動が外国の勢力によって引き起こされたと主張していますが私はこれは中国政府にとって非常に大きなミスとなる発言だと思います。そう強がって発言するしかないというのもわかりますが、仮にこのまま国際的な注目がどんどん集まってアフガニスタンなどにいるイスラム教の国際テロ組織などがウイグル独立派を本格的に支援することとなれば恐らくその被害の大きさは今回のものとは比べ物にならなくなるのは確実です。
 去年の北京五輪前にもウイグル自治区のバスが連続で爆破された際に「トルキスタン・イスラム党」なる団体が犯行声明を出しましたが、本格的に銃火器などが密輸されることとなればそれこそアフガニスタンの二の舞となる可能性があります。

 そのため今回の暴動に対しては海外からの扇動という言葉は使わずに現地住民の一部が暴徒化したという表現に止め、適当な人間をでっちあげてもいいから見かけだけでも話し合いの姿勢を見せる必要があったと私は考えます。もし政府の言っている通りに海外からの扇動が今回の暴動の原因であったとしても、その扇動を跳ね除ける現地住民の慰撫策が失敗していることをもっと認識しなければますますこの問題は拡大するでしょう。

ネイキッド・カウボーイとブリーフの思い出

ネイキッド・カウボーイ(ウィキペディア)

 数年前にあるテレビ番組で見た際、私が一発で名前を覚えたのが上記リンクに貼った「ネイキッド・カウボーイ」です。この人はニューヨークのパフォーマーで文字通り街中をブリーフ一丁でギターを抱えながら練り歩く方なのですが、その強烈なキャラクター性ゆえにすっかり現地では溶け込んでおりなんでも日本にもこの格好のまんまで来たこともあるそうです。この人を知った際に私はまず、「何故裸にカウボーイ?」と思いましたが、元々奇妙なものが好きな性格ゆえにこの強引な組み合わせを一目で気に入ってこうしてわざわざ記事にするにまで至りました。
 それにしてもこの人、ネットで検索するとM&Msで有名なチョコレート会社を著作権侵害で訴えているそうです。まぁそれだけアメリカでこのキャラが浸透している事なのでしょうけど。

 仮にもしこの「ネイキッド・カウボーイ」を日本でやるとしたら、やっぱりブリーフは外せないのでちょんまげを結って三味線を持ち、「ネイキッド・サムライ」として売り出せばそこそこ人気が出るのではと何故だか今日の昼間に思いついたのですが、ブリーフとくれば私には忘れられない思い出があります。
 多分日本人男性の方ならわかってくれると思いますが、中学校に入る頃までみんなパンツはブリーフなのがませた奴がトランクスを履き始める中学校二年くらいから急激にトランクスが広まり、一挙にブリーフが駆逐されてトランクスへとパンツが一斉に履き変えられる時期が日本の学校にはあります。私のいた中学校もそうだったのですが私は昔から何かしらの流行に流されるということが大嫌いで、周りが一斉にパンツを履き変えるのに対してかえって意地になってブリーフを高校まで履き続けました。

 そうしているうちに体育の授業の着替えなどから私だけがブリーフを履き続けていることを周囲も知りだし、いつしか「ブリーフの花園」とか「ブリーフを見たら花園と思え」などという言葉が学年の間で広まっていました。もちろんそんな噂は気にせずに私は履き続けていたのですが、ある日この話をうちのお袋に話したらお袋が変に気にしてトランクスを買ってきたので試しに履いてみると、例によって体育の授業にそれを見た級友らが「トランクスを履いたらお前じゃない!」などと一騒ぎとなりました。
 結局、その後おふくろはトランクスしかパンツを買ってこないので私もそれがデフォルトになったのですが、こうして「ネイキッド・カウボーイ」を見るにつけかつてのあの時代を思い出します。どちらにしろ、ブリーフはキャラクター性としては非常に強い武器なのでもっと活用する人がいてもいい気がします。私はもうやらない……と思うけど。

2009年7月7日火曜日

自民党の混迷と気になるアイツ

 このところ選挙も近いせいで政治系の記事ばかり書いていてたまには気の抜ける記事も書きたいのですが、今日の記事もあまり間隔を空けられないニュースなだけにまたもや政治系記事です。そんなふんだりけったりな気持ちで書く今日の内容は、選挙前にもかかわらず混乱に拍車がかかってきている自民党についてです。

 一昨日の日曜に行われた静岡県知事選ではすでにニュースでも報じられている通りに民主党が推薦していた川勝氏が見事当選し、四月以降の民主党の地方選挙での連勝も継続し続けています。この静岡県知事選の結果について自民党の幹部らは「所詮は地方選挙で、国政選挙に強い影響を与えないだろう」(細田幹事長)といった内容で口を揃えて振り返っていますが、もともと静岡県は自民党の地盤が強い土地であるうえに民主党は推薦候補者を川勝氏に一本化できずに海野氏もともに推薦していて票が割れたことを考えると、投票結果では自民推薦の坂本氏と僅差ではあるものの実際的には自民離れが相当なものであるということを強く裏付ける結果であると私は考えます。

 また宮崎県の東国原旋風以降は地方選挙に対しても全国規模で関心が高まっており、今回の静岡県知事選でも投票率が前回44.49%から61.06%へと急増しており、次回の東京都議選も投票日まで時間がまだあるにもかかわらずさながら国政選挙かのように各国会議員が応援に駆け回っていることを考えると、「所詮は地方選挙」と見るのはたとえ強がりで言ったとしても見識が甘いのではないかと思います。
 その自民党ですが、肝心の国政選挙に対しても現時点で明らかに準備不足で、なおかつ大きな混乱振りが以下のニュースより伺えます。

10年内に国会一院制、自民がマニフェスト(読売新聞)

 上記のニュースでは自民党が次回選挙に向けて製作しているマニフェストの草案内容が書かれているのですが、その内容をリストアップすると、

・10年以内に参議院を廃止して一院制に移行する
・同一選挙区内における3親等以内の世襲議員の立候補を次々回の選挙より禁止する
・国直轄事業負担金の廃止
・3年後に幼児教育費を無償化する

 といった内容なのですが、まず確実にこれらは画餅に終わると私は断言できます。
 まず最初の一院制の移行についてですが恐らく自民党の参議院議員からすれば寝耳に水の話で強い抵抗が起こって、恐らく盛り込まれるとしても「~に向けて議論する」で終わるでしょう。そして二番目の世襲禁止についてもこの前に散々にもめて結局大半の幹部らの強い抵抗によって潰されたのに、この草案を作ったのは菅氏だそうですがこの人の執念もここまでくるとたいしたものです。

 ただそういったこと以上に、このマニフェストの草案がこうして表に出ること事態がそもそも問題です。というのも一度掲げた政策を後で引っ込めるほど格好の悪いものは無く、事実麻生政権は選挙をやると言ってはやらず、道路特定財源を廃止すると言っては鞍替えしただけ、郵政民営化に至っては実は反対だったと背筋の無い姿勢が一番支持率低下につながったのがこの一年でした。それだけにこのマニフェスト草案、内容は確かに非常に思い切りがよくてこれがそのまま通るのであればまぁ大きくプラスにはならずともマイナスにはならないでしょうが、恐らくこの後どんどんと表現が弱められて有権者にかえってますます支持離れを起こさせてしまう可能性があります。別にマニフェストに限らないですが、もっとしっかりと内容を煮詰めて今後変更の必要の内容にしてから表に出すのは政治の基本でしょう。もっともこの点は民主党にも同じことが言えますが。

 それゆえにこの草案が表に出てきたことひとつとっても、自民党内に相当な混乱が起きているのではと思わせられます。事実もはや解散権は錆びた宝刀とまで言われるほど効力をなくしており、麻生降しも公然と行われる今になっては統制が取れていなくとも不思議ではありません。
 そんな状況で、私がこの一ヶ月で一番気になる人物がおります。何を隠そうその人物と言うのも小池百合子元防衛大臣です。政界軽業師とまで揶揄されるほど最高のタイミングで次々と政党を鞍替えし、前回の総裁選挙では初の女性候補にもなった小池百合子氏ですが、何故だかここ一ヶ月ほどテレビなどで姿を見ることが一回もありませんでした。一つ考えられるのは死に体の麻生政権に与していないように見せるために敢えて姿を隠しているのでは、とも思うのですがそれにしたってインタビューでも全く見えないというのは異常です。

 一体どこで何をしているのかとネットで調べると、5日にフジテレビの番組に出演して麻生政権を支えると言ったそうですが前歴が前歴であるだけに私はそう鵜呑みにはできません。いくつか予想を書くと、麻生降し後の総裁選挙を狙っているとか選挙後に民主党へ移るとかいろいろあるのですが、知名度があるだけに去就が非常に気になります。私としては能力は買っているので、後はどれだけ政治を面白くしてくれるかその立ち回りを小池氏に期待しています。

2009年7月6日月曜日

書評「歴史を「本当に」動かした戦国武将」

歴史を「本当に」動かした戦国武将 松平定知著(Amazon)

 ちょっと前に書店で並んでいたので買っとけば親父も読むだろうと手に取ったのが、上記にリンクを貼った「その時、歴史が動いた」で有名な元NHKアナウンサーの松平定知氏の著作、「歴史を「本当に」動かした戦国武将」でした。この本では戦国時代に時代をリードした信長や秀吉といった名だたる戦国大名の傍らに控え、実質的な切盛り役であったいわゆるナンバー2の武将たちにスポットを当てて彼らの業績や決断、果てには処世術を解説しております具体的に取り上げられている人物を挙げていくと秀吉の参謀であった黒田官兵衛を初めとして現在大河ドラマで盛り上がっている直江兼続に、石田三成、本田忠勝、藤堂高虎、片倉景綱や細川藤孝といった人物が取り上げられています。

 本の全体の感想としては松平氏の口語体で書かれているため、なんといいうか文字で「その時、歴史が動いた」を見ているような感覚ですらすら読めていけただけでなく、この本に書かれている内容は私が歴史好きということもあって大体の事実は知っていましたが、石田三成と藤堂高虎についてはそれまで知らなかった内容もたくさん含まれていて充分に楽しめる内容でした。

 ただそれ以上にこの本を読んで思ったのは、歴史的人物の評価のポイントが時代と共に大きく変わってきたなという実感でした。それこそ登場人物を挙げろといわれたら楽に百名以上は名前を言えるくらいの三国志マニアである私は小学生の頃、どうして日本はいわゆる軍師という地位の武将にスポットが当てられないのだろうかとずっと不思議でしょうがありませんでした。私が小学生の頃に三国志を読んだ際、曹操や劉備といった大将ももちろん活躍するのですがそれ以上に諸葛亮や周喩、荀彧や程昱といった軍師が大活躍するのを見て、日本にはこういった軍師はいないのではないかと考えていました。

 もちろん当時はまだあまり日本史をよく知っていなかったという無知なのもありましたが、やはり当時の90年代と比べて2000年代に入ってからはそういった軍師級の人物に対して急に日の目が浴びるようになったと思います。
 一つの指標としてこのところNHKがやっている大河ドラマの主役をみても、今年の「天地人」の直江兼続を初め一昨年の「風林火山」でも山本勘助が主役をかっさらい、組織のトップではなくその補助役ともいうべきナンバー2が俄然注目されるようになったのではないかという気がします。

 私としてもそういった黒子として活躍した人物が好きなので満更でもないのですが、最近は一部で「責任忌避社会」とまで言われるほど管理職になりたがらない会社員が増えているとも聞くので、この傾向もそういった社会的背景をやや反映したものかもと邪推ながら思ってもしまいます。肝心の私はというと、周りからはよく意外に思われるそうなのですがやっぱりできることならプレイヤーでありたいと願っていますが、そうもうまくはなかなかいきません。

 最後に私が一番好きなナンバー2は誰かというと、大岡忠相も捨てがたいのですが僅差で陸奥宗光を取ります。あまりまとまった評伝がこの人には無いので、今度小説にして書いてみたいのですが、大抵企画段階で終わってしまいます。

2009年7月5日日曜日

鳩山邦夫氏について

 昨日佐野眞一氏の講演会を聞いてきたばかりでちょうどいいタイミングなので、鳩山邦夫氏についての私の評価をここで書いておこうと思います。

 まず最初に佐野氏が昨日の講演会にて話した邦夫氏(兄の鳩山由紀夫氏と分けるため便宜上以後はこの表記を使います)の話を紹介します。佐野氏は率直に、邦夫氏については非常に頭の賢い人物だと評しました。これはウィキペディアでも書かれていますが高校時代の全国模試では毎回全国一位で、本を一回読むだけで内容を暗記するなど秀才ぞろいの鳩山家において邦夫氏は特に抜きん出た知力を持っており、そのせいか兄の由紀夫氏からは嫉妬にも似たやっかみをもたれていると言っていました。これについては他のソースからも同じような情報はいくらでも手に入るのでほぼ確実と言ってよく、その上で佐野氏は過去の死刑議論についての鳩山氏の方法を内容の評価はともかくうまいやり方だったと褒め称えていました。

 その死刑議論というのは鳩山氏が去年に法務大臣を務めていた際に死刑確定囚を一挙に執行し(この中には宮崎勤も含まれる)、その上で刑が確定から一定の年月を過ぎたら自動的に死刑が執行される必要があるのではということをベルトコンベヤ式という表現で発言したことが当時に大きく議論を呼びました。朝日新聞に至っては邦夫氏は「死神」とまで呼んで、邦夫氏の方もそれにマジになって反論するなど一時白熱しましたが、私はというとこの時の邦夫氏の発言は内容はどうあれ議論の端緒を作った意味で高く評価しています。

 簡単にその理由を説明すると、死刑はその内容ゆえにやはり表立って議論しづらい問題です。特に判決から執行されるまでの時期については法務大臣の認可が必要と言うこともあってこれまで曖昧にされ続け、明確なルールが無いままいわば時の法務大臣の恣意的な判断に負うところが多かったのが事実です。死刑とはいえ刑が確定したにも関わらずそれが実行されないことについて、果たして法の正義はどこにあるのか、それであれば終身刑にすべきではという議論が専門家の間ではあったものの国民の中ではほぼ皆無といっていいほどにありませんでした。私はこの死刑という問題は国民も含めて議論する必要があり、そうした議論の波を作る目的であのような発言をしたのであればいろいろと納得が出来ますし、佐野氏が評価した点もそこにあると思います。

 その一方、私の中で邦夫氏の評価を下げさせた事件というのはちょっと前の「草彅剛、裸になって何が悪い事件」です。これはうちのお袋が言っていたことですが、事件が起きた直後に地デジ移行のイメージキャラクターを草彅氏がやっていたということもあって激しく怒って、「最低の人間だ」とまで揶揄したのですが、ジャニーズファンなどからのこの発言に対して激しい抗議が起きるや翌日には「言い過ぎた」とすぐに発言を撤回して謝罪したことについて、背筋のしっかりしていない人間だと別にジャニーズファンでもないお袋も怒ってました。
 私としても「最低の人間だ」などという激しい表現を使うのはどうかと思ううえに、慎重な発言が求められる政治家にも関わらずすぐに発言を撤回するなど言語道断だという気がします。これに限らず自らが総務大臣を辞任するきっかけとなった日本郵政の社長人事問題においても何度も「正義」という言葉を使って、麻生首相も発言が軽いですが邦夫氏も負けず劣らず非常に発言が軽いように思えます。だから二人とも馬が合ったんだろうけど。

 上記の事例以外にもいろいろと評価する点はあるのですが、結論を言えば私は鳩山邦夫氏は政治家には明らかに向いていない人間だと考えています。確かに当意即妙に切り返す力や独特のユーモアは高く評価していますが政治家にとって致命的過ぎるほど発言が軽すぎており、評論家などの外部から政治的発言をする立場ならともかく実権を持って動かす人間ではないと思います。本人は政治家が自分の天職と思うほど政治が好きなようですが、もうすこし自分の適正を考えて、どうしてもというのなら地方議員や知事位に止めて置いてほしいです。

  おまけ
 多分こんなの覚えているのは私を含めてほとんどいないであろうから書いておきますが、十年くらい前に当時の人気テレビ番組の「進め!電波少年」にて邦夫氏が登場したことがありました。
 確かお笑いコンビのTAKE2(ちょっと記憶が曖昧ですが)が自宅に招いてくれる政治家を探すという企画で国会前で片っ端から声を掛けていたところ、邦夫氏が「だったら俺の家の来い。朝飯を食わしてやるよ」と言って快く応じ、後日朝早くにTAKE2が尋ねていったところ邦夫氏が手ずから料理をして(確か作ったのはチャーハン)二人に振舞っていました。
 ただその際に邦夫氏は調理中にも関わらずタバコを吸い続け、見ているTAKE2も「(タバコの)灰が鍋に落ちてるよ」と小声で漏らしていました。当時からキャラが濃い政治家だとは思ってましたが、十年たって余計に濃くなった気がします。

北京留学記~その五、授業

 中国での大学の授業期間は日本と同じく前期、後期の二期制が基本です。ただ授業が行われる期間は日本とは少し異なって前期は三月から七月まで、後期は九月から一月までと、日本の大学と比べると終了時期こそ一緒なれど開始時期は一ヶ月ほど早く始まります。そして授業は基本的には午前中に一コマ五十分の授業を合間に十分休みをとって合計四コマで、正午過ぎに正規の授業は終わります。

 なお補足しておくと自分たち留学生は始業が八時半でしたが、北京語言大学の一般の中国人学生は八時から始まっていました。理由は何でも以前は留学生、中国人学生ともに同じ八時開始だったのですが、日本を含めて本国では九時開始だったと言い訳しては遅刻する外国人学生が後を絶たなかったため、妥協策として始業をそれまでから三十分程遅らせるようにしたらしいのですが、しかし三十分遅らせたところで遅刻する学生はやはりというか一向に減らなかったそうです。さらについでに書いておくと、やっぱりアジア系の学生は出席率が良くて欧米系の学生は出席率がどのクラスでも悪かった気がします。

 話は戻ってそうやって午前中に授業が行われると、ほかの大学ではわかりませんが午後は特に授業は設けられずずっとフリーでした。学期前に申し込んでおけば課外の授業として武術、太極拳、体育といった授業を受けることが出来ますが、私みたいに何も課外授業を登録していなかった学生は午後は毎日のんびりと過ごしてました。曜日については日本と全く同じで、月曜から金曜まで授業があって土日は完全な休日でした。

 授業で使うテキストは外国人は恐らく全中国共通で、北京語言大学の出版部が出してるテキストを使っていると思います。元々北京語言大学は外国人に中国語を教えるための大学でそうした教材も率先して作っており、現在確認しているだけでも蘇州、広州に向かった留学生も私と同じテキストを使っていたと確認しております。テキスト内容は学期ごとに一冊、もしくは二冊のペースでこなして行き、中身はほかの外国語の教科書と同じように対話形式や文章形式の文章が載せられ、その文章の後に単語と文法の解説が続く形式でした。
 蛇足かもしれませんが、会話形式の文章中に、「山田」という日本人女性が登場したり、「麦古」という漢字で書く「マイク君」というアメリカ人などが登場しますが、何故だか一番たくさん中国に留学に来ている韓国人はテキストには名前つきでは一人も登場しませんでした。国が近すぎるせいでしょうかね。

 正規の授業の科目は大まかに分けるとまず四つに分かれ、日本の英語授業でリーダーに当たる「総合」、スピーキングにあたる「口語」、ヒアリングに当たる「聴力」、サイドリーダーに当たる「閲読」の四つありまいた。この四つの中で特筆すべきなのは「閲読」で、というのも日本人がやけに得意な科目になるからです。
 言うまでも無く中国語の漢字と日本語の漢字は、それぞれ一部が略字化された結果見かけは少し変わってしまいましたが部首のパターンと意味は同じです。そのため閲読で使われる長い文章の読解において日本人だと、多少文法がわからなくとも漢字を見るだけで文章全体の大まかな内容を理解することができてしまうのです。

 ここまでくればわかるでしょうが閲読の時間で日本人はほんの一瞬で問題を解いてしまって、他の留学生が読解に手間取っている間を大抵寝て待っています。授業では最初にその日にやる単元の比較的長い文章を各自で読んだ上で付属の問題を解き、最後に先生から回答とその解説が行われるのですが、ほかの留学生が三十分かける問題を日本人は五分くらいで毎回終わらせてしまうので、終いには「お前らずるいぞ!」とフランス人の姐さんから怒られる羽目になりました。

2009年7月4日土曜日

佐野眞一講演会レビュー

 本日私の地元にてノンフィクション作家の佐野眞一氏の講演会があったので、友人と共に行ってきました。まず簡単に佐野眞一氏の経歴を紹介すると日本におけるノンフィクション作家としては事実上最巨頭であり、過去に取り上げたものとして東電OL殺人事件や甘粕事件、そのほか石原新太郎東京都知事や中内功氏などの人生を優れた著作として残しています。私もいくつか読ませていただいたのですがどれも面白く、何よりも佐野氏のこだわりすぎではないかと思わされるほどの綿密な取材には毎回頭が下がります。前述の甘粕事件を取り上げた著作の取材においては中国東北部こと旧満州地方を回って非常にハードだったと述べてましたが、あの年齢でそれだけ取材するだけでもたいしたものです。

 そんなわけで実際の講演内容についてですが、これは友人も言ってましたが結構話が二転三転していました。もともとカバー範囲の広い方ですのでこうなることは予想しており、私もカバー範囲の広さが武器ゆえに話が次から次へと飛ぶのが特徴なのであまり気にならなかったのですが、友人の方はというとあんまりにも飛ぶもんだから聞いてて疲れたと後で言ってました。

 まず最初に話したのは政局についてでした。これは本人も宣伝だといってましたが来週7/10発売の文芸春秋に鳩山邦夫氏とのインタビューと評論を書いたそうで、その際のインタビュー時の話や鳩山家の因縁、そして次回の選挙の歴史的意義について話をしていました。
 私が聞いていて面白かったのは、鳩山邦夫氏の立ち位置についてです。佐野氏が言うには鳩山邦夫氏は皆さんも知っての通りに過去四度の自民党総裁選で一貫して麻生現首相を応援し続けるだけあって非常に麻生首相に近い存在である一方、自民党の対抗馬である民主党の現代表である鳩山由紀夫氏の実弟であります。麻生政権が発足した後はその論功として鳩山邦夫氏は総務大臣となりましたが例の郵政会社社長の任命問題によって罷免され、それがきっかけとして明らかに麻生政権の支持率は低下し、意識してかしないでか兄弟の阿吽の呼吸によって自民党政権崩壊のきっかけを作ったと評していました。

 この辺も長いので次回に鳩山邦夫論でもまた私から書こうと思いますが、このほか話していたのは昭和から平成へのパラダイムや、日本の立ち位置についてです。昭和から平成へのパラダイムは言うまでも無く昭和天皇の逝去ですが、この年にまるで天皇とあわせるかのようにして美空ひばり、松下幸之助、手塚治虫といった昭和を代表する人物らが逝去し、日本人の価値観にぽっかりと空白を作ったことがその後に大きく影響したと指摘していました。
 この辺については私もほぼ同意見で、このブログで連載した「失われた十年」の元の発端は最終的には昭和天皇の死にあると思います。その上で佐野氏は今の日本の根元はどこにあるのかと必死で考えた挙句、最終的に満州と沖縄の延長線が交錯する点にあるのではないかと考えて最近の取材を行うようになったそうです。

 結構ややこしい話もあって変に誤解したところを書くのもあれなんでこの辺で止めておきますが、講演自体は期待通りに非常に面白く、知的刺激を満面に受けられたいい講演でした。ただ去年の田原総一朗氏の講演同様に集まったのはお年を取られた方が多く、自分と友人のような二十代くらいの若者は本当に数えるほどしかいませんでした。さすがに田原氏みたいに凝視されることはありませんでしたが、帰りに友人とも話しましたが今時十代や二十代の若者の九割くらいは佐野氏のことを知らないだろうと思います。著作はどれを読んでも面白いので、もし興味があれば是非佐野氏の本をお手にとられるのをお薦めします。

 なお帰りにファミレスにて「クリームあんみつ(抹茶)」を食べて帰りました。昨日に300円で売っているところを見つけられたのでこれからも利用したいと思います。

2009年7月3日金曜日

鳩山由紀夫民主党代表の個人献金疑惑について

議員献金も個人資産? 鳩山代表あて 法令違反の疑い(MSNニュース)

 ちょっと立て込んでてて書くのが大分遅れましたが、今日は今も話題となっている民主党鳩山由紀夫代表の個人献金疑惑について私の意見を紹介します。

 まずこの事件についての私の第一印象は、あれだけいろんな人間が政治生命を刺されていているにも関わらず何故今まで今回の問題を放置してきたのかと、正直に言って鳩山代表に呆れました。それこそ外部監査なりなんなりをしていればすぐにでもわかったであろう問題でしょうに、その脇の甘さは以前から指摘されていましたが今回もそれを露呈させるなんてつくづく反省が足りない人間と言わざるを得ません。

 それで今回の疑惑のあらましですが、初めにいうのもなんですが非常にややこしいです。
 発端は鳩山代表の政治団体が公表している会計記録に、既に逝去している人物から個人献金が行われていたと記録されていたことが発覚したことからでした。ニュースなどでも「個人献金ならぬ故人献金」などといって発覚時に大きく取り上げましたが、ちょっと私のチェック不足かもしれませんがどうもその後に詳しく内実などを説明したり、問題を整理するような解説はあまり無かったように思えます。
 そのせいで私も今苦しんでいるのですが(前行からこの行に至るまで十分かかった)、そうした断片的な情報を私の理解する限りで整理すると以下のようになります。

 まずこの故人からの献金が実際に会計簿に記録されていたことは鳩山代表も認め、それは会計担当の秘書が勝手にやったことで既に処分として解雇したそうです。ではその故人から出たと記録された献金額はどこから出ていたのかというとなんとそれは鳩山代表個人の口座からということで、いわば鳩山代表のポケットマネーを別人からの個人献金ということにして鳩山代表の政治団体の口座に入れられていたということになります。別にこれ自体は極端に違法ではなく政治家個人が自分の財布から自分の活動費を出すことは珍しくはないのですが、何故それが個人献金という形で行われたのかがこの問題での奇妙な点です。
 鳩山代表が言うには「秘書が(鳩山代表が受けている)個人献金額が他の議員よりすくないことから、見劣りするのではないかと心配したため」と話していますが、これについては毎日がこのニュースで書いてあるように実際には他の議員と比べても突出して多くの個人献金を受けており、先の理由では明らかに不自然です。

 ではなぜこんなことをしていたのかいくつか考えられる理由として、差し当たって私が思いつくのは将来の相続のためです。週刊文春が自民党の小渕優子議員の例を取り上げてから俄然問題化しましたが、政治団体が前代表者から新代表者に引き継がれる場合、通常の財産移動の際にかけられる相続税というものが一切免除となります。それこそ自宅を事務所に登録して一切の財産を政治団体のものとしておけば小渕敬三元首相から小渕優子議員の例のように、相続税が一切かけられないまま親から子へ財産を引き継がせることが出来ます。
 あくまで一つの推測としてですが、今回鳩山氏が個人献金という形で個人のお金を政治団体に移していたのは、将来親類に財産を無税で相続させる準備を目立たないように行おうとしたというのも可能性としてはあると思います。先の毎日のニュースだとどうも個人献金を年平均約6,000万円を受けていたので、これに相続税をつけるとなるとそりゃ脱税もしたくなる額です。

 しかも最初にリンクを貼ったニュースによると、発覚した故人からの献金だけでなくどうも北海道の道議員からの献金も同じように鳩山代表の個人資産が原資だったと報道されているので、ここまでくるやはり鳩山代表が確信犯的に行っていたのではないかと誰だって思うでしょう。第一、それだけの額の鳩山代表の個人資産をいくら会計秘書とはいえ独断で動かせるものかと俄かには信じ難いです。まぁそれを言ったら「日本ブレイク工業」はどうなるのということになるのですが。

 仮に今回の件が本当に鳩山代表の秘書が独断でやっていたのであれば、私は信頼回復するためには鳩山代表は思い切った行動に出る必要があると思います。まず最初にその解雇した秘書の実名を挙げて刑事告訴を直ちに行うことです。もし鳩山代表のいうことが真実であればこれは明らかな背任であり政治家としての鳩山代表の名誉毀損に当たるので告訴自体は問題なく、またはっきりと主従関係を切る姿勢を見せつつ裁判にてオープンに双方議論することで事の真相もはっきりしてきます。

 次に計上された個人献金の使い道です。いくら鳩山代表のポケットマネーとはいえ国民の目からしたら疑惑のお金です。その疑惑を払拭させるためにも最低でも今回疑惑として挙げられた個人献金額分、出来ることならこれまで受け取ってきた個人献金額すべてを何かしらのNGOやNPO団体、わかりやすくいくならユニセフなどへの寄付として一挙に使う方がいいと思います。パフォーマンスとしては非常に格好が付く上、変な目的で集めたお金ではないということも内心はどうあれ見せ付けることができるので、選挙を控えたこの時期に短期で乗り越えるために私ならこうします。相当かみさんに怒られそうだけど。

裏切られるのは誰だ?

 またゲームの話で申し訳ないのですが、先週まで信長の野望を延々とやっていて、ついに佐竹家で天下統一を果たしました。いちおう難易度は上級にしてあるのですがこのゲームはどのシリーズでもあらかた勢力を広げると天下を取るのがほぼ確定化してしまい、後半はただ決まった作業を黙々とやり続ける状態になりやすいゲームです。
 そこで私はこれに一味スパイスを入れようとある程度勢力を広げたところで縛りとして自分が戦争を仕掛けたり指揮したりすることを止めて、国境の領地をコンピューターに一任させることで戦争もコンピューターに一から十までやらせるようにしました。しかしそのままにしておくとコンピューターは馬鹿なゆえに確実に負けていって領地を切り取られるので、ある行動で以って自軍コンピューターに戦争を勝たせる方法で補填することにしました。その方法というのも、「内応」です。

 具体的な方法は自分が直接操作する大名の所に謀略に長けた武将を集め、そこで毎月ひたすら敵国の国境線にいる武将に謀反を誘い続け、いざ自分の部下が戦争を起こした際に戦闘を有利にさせるように働きかけるのです。これがゲーム序盤ならともかく年数がそこそこ行くと敵国もある程度まとまってきて一回の戦闘で大兵力を何人もの武将を繰り出しくるので、謀略を仕掛けるこっち側も必死になって戦闘に出てくるであろう敵国武将にリクルートを仕掛け続けます。
 そんなもんだからこの方法に慣れて来るにつれて、どんどんと戦争がいびつになってきました。それこそ戦争開始直後に敵国の武将が八割くらいまとめて裏切ってくれて、自信満々で攻め込んできた敵大名が逆に領地を切り取られる羽目になったり、戦争をこっちから仕掛けても兵力が減るどころかどんどんと増えていったりもしました。

 しかしこのゲーム、戦争前に謀反に誘うコマンドの「内応」が成功しても必ずしもうまくいくわけではありません。智謀が高かったり大名の血縁武将ですと裏切りには同意するものの実際の戦闘で合図を出したところで必ずしも裏切ってくれなかったりするのですが、それゆえに時にはえらい事態を招いたこともありました。
 その日もいつも通りに敵武将全員のリクルートを完了した上で攻め込んだところ、案の定このパターンで、「あの約束は見せかけよ。わしが主君を裏切るわけが無かろう!」と言って見事にこちらの約束を一人目の武将に反故にされたのですが、なにも裏切りを約束していたのはその武将だけじゃなかったのでしばらくしたらこの反故にした武将以外が全員裏切って私の味方についてしまい、敵軍にはその武将だけしか残らなくなりました。多分この時のこの武将の心境を言い表すと、「えっ、俺だけ仲間はずれ!?」ってな感じだったと思います。戦争後にはこの武将をとっ捕まえることができたので、折角だから「斬首」にしてやりました。

2009年7月2日木曜日

北京留学記~その四、大学寮

 前回の記事では北京で外出するのには交通の不便から非常に体力がいると書きましたが、そうなると留学中にもっとも長い間いる空間というのはやっぱり学内の寮となります。

 基本的に中国に来る留学生は学内の寮に住むことになります。以前は留学中の安全を担保するためという名目で監視をする目的から留学生は寮住が強制的でしたが、しばらく前に法律が変わってからは前もって届け出ることで留学生も学外のアパートメントを借りる事ができるようになりました。自分の知人の中でも何人かは寮を出て外に部屋を借りましたが、見たり聞いたりした感じだとそうした留学生を相手に商売しているところも大学周辺には多く、料金面や部屋の質からも学生寮よりそういったアパートの方がよさそうでした。

 ただそのように貸し出される部屋は基本的に2LDKこと二つのリビングを持つ部屋で、それぞれの個室に一人ずつ住むルームシェアが基本でした。もちろん二人で済むのだから家賃も折半して払うのですが、突然それまで一緒にやっていた相部屋相手が卒業なり引っ越したりして次の住人が来なかったりすると、次の月から突然相部屋相手の分の家賃も上乗せされて二倍を払わされることになるので、そのような状況になって慌てて相部屋の住人を探す羽目になるというのもままあるそうです。かくいう自分もそんな状況になりかけた知人の日本人学生に頼まれたことありましたが、寮での生活が安定してたのでその際は断らせてもらいました。

 ついでに書いておくと学外に部屋を借りるのは自分たちのような外国人留学生に限らず、最近では中国人学生もそのようにして下宿する学生が増えてきており、以前はよっぽど近くに自宅のある学生以外はみんな寮住まいだったのが率的には見事に逆転してきているほどだそうです。
 何故寮に住むのに比べて多くの家賃がいる下宿を選ぶ中国人学生が増えているのかというと、何でも一人っ子政策が影響して子供を甘やかす親が増えており、子供のことを思って費用がかかってもいい部屋を借りようと親が率先して行うそうです。それでも私の留学先の中国人学生寮では一部屋六人のところに結構学生がいましたけど。

 それで肝心の学内寮についてですが、一言で寮といってもたくさんあって一概に言い切ることができません。日本の感覚からしたら結構びっくりなんですが向こうの学生寮は大学の運営組織とは全く関係が無く、いわば学内で営業をすることを許可された団体(会社?)が独自に居住サービスを行っています。そのため自分たちの都合で改装のために急に学生を追い出したりすることがあり、現に私自身も留学中に寮を一度転居させられました。
 その寮も同じ大学にありながら千差万別で、男子寮と女子寮、そして男女寮で建物が分かれていれば家賃によって設備なども異なり、私のいた北京語言大学では確か十棟くらいはタイプの異なる寮があった気がします。

 その中で一際周りからうらやましがられるのは、家賃が高けれども一人部屋で豪華な設備の寮です。基本的にそんな寮を使うのはお金に余裕のある日本人や韓国人の女の子なのですが、私も留学を終えて一年後に再び北京に旅行で訪れた際にその豪華な部屋を使いましたが(部屋が空いていれば旅行者も使える)、自分が住んでいた寮と雲泥の差があって泊まってみて非常に気持ちよかっです。
 ここで少し触れましたが私が当初いた寮は留学生が借りられる中でも最下級の寮で、相部屋なのは当然で風呂トイレは部屋の外での共用でした。私自身はこれが中国人の普段の生活なのだからとすぐに慣れましたが周囲の日本人はトイレが汚いとか、部屋が狭いなどと不満たらたらで、さらには欧米人らに至るととてもじゃないが住めないといってすぐさま逃げ出して外に部屋を借りていました。

 ただそんな生活は約二ヶ月で突然終わりを告げ、寮の改装のために先ほどにも書いたように強制的に追い出され、代わりに出来たばかりの今度は設備も豪華なちょっとしたホテルのようなきれいな寮に移り、以後は留学を終えるまでずっとそこで過ごしました。この辺の過程は話し出すと延々と長くなるのでまた別の機会にお話します。

2009年7月1日水曜日

どっちの政党がどの政策を実現できるのか?

 今日でかなりディープな政治ネタが三連発も続いてしまいますが、実をいうとこの企画は二週間前に思いついておきながら資格試験と信長の野望のために伸ばし伸ばしになっており、ようやく書ける余裕が生まれたことから他のネタには一切振れずに現在必死で書いています。こんなことをいいながら、昨日は「街道~峠の伝説」というレースゲーム、一昨日は「パチパラ13」を延々とやっていたわけなのですが……。

 そんなわけで今日の政治ネタです。昨日、一昨日と政治家や政府に求められている政策を国民目線と私の目線でいくつか提起しましたが、それらの政策を自民と民主、どっちの政党が実現力があるのかということを本日比べようと思います。
 日本は基本的にはずっと自民党の単独政権で戦後から現在まで続いてきましたが、政権交代のある欧米諸国では各政党ごとにそれぞれの持ち味というか得意とする政策があり、国民も時代々々に政府に求める政策を得意とする政党を選ぶことで政権交代を行わせてきました。選挙を控えた去年から二大政党制の実現だとかいろいろ言われてはいますが、何故二大政党制になるのかや政権交代が何故必要なのかというのはつまるところ、今求められる政策をどっちの政党ができるのかという比較があってこそ私は成り立つと思います。

 そういうわけで今日はこれまでに提起した政策を個別に自民、民主で実現力を比較する私の評価を紹介しようと思います。まずは国民が恐らく今、最も求めているであろう年金問題についてですが、私の評価は下記の通りです。

1、年金問題の解決
自民× 民主○

 この問題においては甲乙がはっきりしており、圧倒的に民主党の方が年金問題の解決を実現できる可能性が高いと自信を持って言えます。その理由を一から説明すると、まず自民党は福田政権以降は官僚に政治を任せて年金問題などの問題に一切踏み込まないでいました。今の麻生首相に至っては「私は官僚の味方だ」とまで公言しており、こんな政権ではとてもじゃないですが社会保険庁を追求することを期待する方が間違いでしょう。もっとも安倍政権時はまだこの問題にも関心があり実際に手もつけようとしましたが見事に社会保険庁の自爆テロに遭ってしまい、知っての通りにこの問題が元で選挙でも大敗してしまいました。ただ安倍政権にも全く非が無いわけではなく、政権与党でありながら社会保険庁の抱えていた問題を民主党に追及される形で次々と暴かれ、自らが精査して先手を打って改革することが出来たにもかかわらず常に後手後手の対応を見せており、多分あのまま続いても解決させることはできなかったでしょう。

 それに対して民主党はこの問題を厳しく追及して一挙に問題性を暴き、一躍民主党を躍進させた長妻昭議員がおります。いわばこの問題は長妻氏がいなければなかったことにされていたかもしれない問題で、私は現時点で長妻氏、もしくは彼とよくタッグを組む山井和則議員でこの問題が処理できないのであればもはや誰にも処理できないとすら考えており、そうしたことを考慮して上記の評価となりました。

2、景気回復
自民× 民主×

 次にこちらも国民の関心の強い経済問題ですが、この問題は言ってしまえばいくら日本だけが頑張ったところでどうにもならないというのが私の結論です。というのも現代の経済は文字通りグローバル化しており、ただでさえ輸出依存を強めてきた日本が成り立つには外国が物を買うまで景気回復しなければならず、内需を増やそうったって昔と今とじゃ違うのだからバラマキが効果を為すとはとても思えません。
 少なくとも現時点の自民党のバラマキ策は現代の若者と子供に借金させているだけで意味が無く、かといって民主党が掲げている経済政策にこれといって私の目を引くものもないため、どっちもどっちということで二つとも×に落ち着きました。

3、財政再建、公務員制度改革、税制改革
自民× 民主△

 私は基本的にこの三つの政策はセットで、なおかつ同時進行で行わなければ実現できないと考えています。まず自民党については先週に財政再建を目指した「骨太の方針」を事実上放棄する形で歳出抑制策を放棄した挙句、いくら経済危機とはいえ補正予算のために大量の国債を発行して借金を増やしたことから、現時点で財政再建の実現力は低いと判断せざるをえません。とはいえもう一方の民主党も政権を取った暁には大盤振る舞いともいえるような社会保障を行うとマニフェストに掲げており、果たしてそんな政策を実現しながら財政再建が行えるのかはなはだ疑問です。

 ただ民主党の場合は数年前から「霞ヶ関埋蔵金」こと各省庁が持つ裏金の存在を指摘してそれを有効に活用すれば再建は出来ると主張していたのに対し、自民党は「そんなものはない」といいながら今年の補正予算では散々否定してきた与謝野氏本人がちゃっかりそれを出してきて使ってたので、こうした点を考えるとまだ民主の方が当てになるかと思って気持ち分として△にしました。
 しかし民主党も必ずしも埋蔵金を発掘できるかというと、民主党の支持母体が公務員で組織される自治労であることを考えるとやはり難しいでしょう。仮に民主党が政権を取ったとする場合に私はこの自治労をどう扱うか、いわばどれだけ味方となる公務員を引っ張り、敵となる公務員を切り捨てられるかが政権維持の上で非常に重要になってくると思います。この辺はまた別に書いてもいいな。

4、外交、防衛問題
自民○ 民主×

 これもはっきりしていて、この問題では自民が圧倒的に有利でしょう。対抗馬の民主党はそもそも党内意見が一致しておらず、北朝鮮問題ひとつとっても政党を瓦解させかねないくらいの脆弱さを持っています。もし今も民主党代表がが小沢氏であればこの民主の弱点はある程度補完されたかもしれませんが、今の鳩山代表ではかえってこの弱点が浮き彫りとなってきたように思えます。

5、司法制度改革
自民× 民主×

 私が見る限り、両者どちらもこの問題にあまり関心がないように思えます。ただ民主党の場合はこの前小沢氏に国策捜査が行われたので、ひょっとしたらやってくれる可能性がありますがあくまでひょっとしたらで恐らく政権とっても手をつけないと思います。

6、農業問題
自民△ 民主×

 この問題はどっちもそこそこ問題視こそしているものの具体的な解決策や提案が何一つ見えてこず、所詮は票田獲得のためのパフォーマンスでしかないという評価からあまり期待しておりません。ただ自民党の場合、現農水大臣の石破茂氏は元々の能力もさることながら農水問題についても知識があるように私には見え、特に今月の文芸春秋においてのミツバチの失踪問題の対談ではその造詣の深さがうかがえるので、石破氏が農水大臣に留まるのならまだ、という期待から自民に△を付けました。

 ざっとこんなもんです。本当なら姉妹サイトのずっと放っている「陽月旦」で表にしてまとめて公開するべきなのですが、現時点で争点となりうる政策を比較すると私の中では以上のようになります。基本、政治というのはわかりにくいものですから、こういう風に比較を用いて政策ごとにいろいろと解説するべきなのですが、どうもニュースを見ていてもこの辺をしっかりやっているところが少ないので今回やってみました。
 このほか比較してもらいたい政策や課題、果てには議員ごとの比較などがあればどしどしリクエストをください。対応できる範囲で対応いたします。

 さて、今日は「パチパラ13」をやろうかな。