2011年12月29日木曜日

世界の2011年を振り返る

 昨日に休むと言っておきながら、今日もネットが使えることとなったのでさりげなく更新です。明日以降もわからんが。
 さて日本国内、というより世界中のメディアで年末ということもあって今年を振り返る特集記事が組まれております。何気にこのブログも「陽月秘抄」になってからちょうど一周年ということもあるので、2011年について、それも日本国内についてはどうせよそでもやっているのだから久々に国際政治っぽい話題で思い当たることを書いて効果と思います。

 まず今年一年を一言で言うなら、「大量に死んだ年」というのが自分の中で挙がってきます。こういうと東日本大震災を思い浮かべる方が多いかもしれませんがそれは国内の話で、世界レベルでは良くも悪くも世間を大きく騒がせた人物が次々と死んでいったせいか12月の今に至ってはもはやその死んだという事実がいまいちパッと来ない人物までいます。
 具体的にどんな連中が死んだのか、下記にざっと記します。

オサマ・ビンラディン
カダフィ大佐
スティーブ・ジョブズ
金正日

 てっきり今年はビンラディンが死んだ年として記憶されるのかと中頃まで思っていましたが、その後もどんどんと有名な人間が死んでいき、最終的に金正日が年末に死んだことでこのまま彼が話題を独占したまま年を越しそうです。さすがにスティーブ・ジョブズ氏は異なりますが、ほかの三人については言ってしまえばアメリカがかつて名指しで批判するほど敵対していた人物で、ちょっと素人っぽい考え方ですがこの三人がまとめた死んだことでアメリカの一種の軍事プレゼンスというか、差し当たっての脅威は減少したかと思います。これでベネズエラのチャベス大統領とイラクのアフマディネジャド大統領も死んでいたら、オバマ大統領はホワイトハウスでツイストを踊っただろうな。
 アルカイダについてはさすがにその脅威がなくなることはないでしょうがそれでも一つのシンボルだったビンラディンが死んだことで以前よりは弱体化が予想されますし、カダフィも死んだことであの地域のアメリカの影響力も強まるでしょう。そして北朝鮮に至ってはさすがにしばらくは継承でごたごたして外に向かって仕掛ける余裕はないでしょうし、仮に仕掛けてきたとしても今の状態では中国側も思わぬ行動に出る可能性もあってアメリカにとってはかえって好都合でしょう。

 このように見るならば、「アメリカの敵が一気に減った一年」としてとらえられるんじゃないかと思います。ただ不安要素もないわけではなく、北アフリカではエジプトなどで混乱が続いていることからテロ勢力の拡大が懸念されますし、アメリカ本国でも現在のオバマ大統領は来年の大統領選で再選するかちょっと微妙な状況です。
 ちなみに首脳の交代というと、これは一部でも報じられていますが来年は結構あちこちで変わる予定となっております。アメリカ以外で主だったところを挙げるとロシア、中国、香港、台湾と東アジア諸国で揃い踏んでおり、日本ももしかしたらまた例年の如く変わるかもしれませんしタイもまだまだ不安定、そしたら今日はカザフスタンもなんだか政情が怪しくなっているというニュースまで入ってきました。

 中国なんかは胡錦濤の次は習近平と決まっているのでまだ気楽なもんですが、ロシアでは昔では考えられなかった反プーチンデモが起こるなどまだ確定的ではありません。さらに日本メディアはお気楽ですが欧州債務危機も多分来年に本格的に火を噴く可能性が高く、今年も色々死んだせいでそれなりに騒がれはしましたが、後年になって2011年は嵐の前の静けさだったと評されるかもしれません。ちなみに友人は、「ある意味でターニングポイントの年」と評していますが。

 私個人で言えば今年は激動に次ぐ激動で、なんか3~4年分を一気に過ごしたかと思うくらいに心身への負担のでかい一年でした。何があったか事細かには書きませんが、来年に対してはさすがにもう少し落ち着きたいと思う反面、さらなる波乱を求めている節がどうもあります。本当に些細でどうでもいいことですが、夏頃は随分と目つきが緩くなっていたのを気にしていましたが、年末の今に至ってはまた学生時代後期並みに鋭さを戻してきているので、多少のことがあってもなんとか乗り切るだろうという妙な自信に溢れています。

2011年12月28日水曜日

しばらくお休みの予定

 今週に上海に帰任する予定のため、多分明日からしばらくこのブログをお休みさせていただきます。というのもこっちで無線通信が出来なくなる上、上海に戻ったらまたネットの契約とか結ぶ必要があり、うまくいけばすぐに再開できるかもしれませんが下手すら来年初頭まで更新できない可能性があります。それにしても、書く話題が多い時にこうなるとは。先月なんか疲れもあったけど、真面目にネタがなくて苦しかったというのに……。
 そういうわけなので、また適当に見に来て再開されたら応援よろしくお願いします。

2011年12月26日月曜日

香港の風水、および見えない何かについて

 昨日に引き続き1日2本の投稿、書いててなんだがいろいろと不安になってくる。こういう風に妙にテンションが舞い上がった後には決まって体調を崩しており、気のせいか夕方も一時的に物凄い悪寒に襲れました。夜を早く寝ようにも今日も2時間昼寝しちゃったし……って、昼寝のし過ぎが体調を崩す原因なのかもしれないが。
 そうしたことは置いといて本題に入りますが、先日に友人が訪ねてきて香港案内をしていた際にこんなことを話しました。

「香港のショッピングモールとホテルはどこも、1階から2階にかけ中央が吹き抜けになっている。これは龍が空に昇れるようにという風水学の概念からなのだが、香港人はやたら風水を信じるもんだから建築にもきちんと反映されている」

 実際に来てもらえばわかりますが、香港では利便や効率性を明らかに度外視して吹き抜けを作っている建物があちこちにあります。これらはすべて風水学の影響によるものなのですが、日本ではドクターコパがテレビに出なくなって久しいものの、香港では未だ現役で庶民の生活にも幅広く浸透してみんなも気にしています。

 これが多分うちの両親とかだったら「へぇ、そうなんだ」という感じで会話が終わったでしょうが、その友人は「クーロンズゲート」という結構マイナーなゲームをしていたこともあり、この私の説明にほかの人とは明らかに違う食いつきを見せました。このゲームは開発に4年かかり、プレイした人間からは「4年間もスタッフは何をやってたんだ」と思われたちょっと残念なゲームでしたが、ちょうど舞台は香港で風水学をテーマにしたアドベンチャーゲームであるだけにこの友人も興味を持ったんだと思います。なんでもその友人はこのゲームの影響で一時、風水師になろうかと思った時期もあったそうです。

 別に詳しく勉強したわけじゃありませんが風水というのは陰陽とかスピリチュアリズムと違って、意思を持った心霊とかは出てきません。そのかわり「気脈」という、人間で言えば血液のような運気の流れというものを大事にして、この気脈が血栓みたいにどっかで詰まったりしないよう上手く流れるよう構築物の配置をあれこれ考える学問……というかは概念です。元々、風水は中華圏で発達した概念でありますが恐らく香港が世界で最も風水が普及している所で、実際に私もここでプロの風水師に会ったことがあります。

 話は戻って友人との会話ですが、もちろん互いにふざけ半分ですが昨日に書いた「シチズンの呪い」を始め、ここ数週間でやたら私の運勢が悪いのは今住んでいる部屋の風水が悪いのではないかと指摘されました。そもそも風水のせいにしなくたって、狭いのは香港だから仕方ないとして今の部屋は明かりをつけても妙に薄暗い上に必要性が全く感じられない妙な段差があるなど、私も初めて入った際には「えっ、俺ここに住むの?(;゚д゚)」と思ったほどでした。上海の部屋よりはきれいだけど。
 仮に自転車で走り回れる環境であれば休日はずっと外に出て乗り回しているのですが、香港は真面目に自転車を一台も見ない、というより絶対に走れない環境ということもあって休日は家にこもっていることが多いです。それだけに今の部屋の環境は真面目にストレスの種で、やや贅沢ですがもうちょっと何とかならないかと常々感じています。会社指定だから動かしようがないけど。

 ただこのところの運のなさ、それも自分のミスによる災難だったらまだ納得できるものの、シチズンの問題など明らかに自分の範疇を越えたところで災難が降りてくるのはなにか目に見えない力が働いているんじゃないかとこのところ感じます。折しも友人に持ってきてもらった水木しげる氏の漫画「神秘家列伝」の中で水木氏が度々、「目には見ることができないが未知の力というものは確実に存在しており、私(水木氏)はそういったものを出来る限り絵に描くことで伝えようとしている」と書いてあって、なんか妙に納得してしまいました。香港にいるのももうあと少しだけですが、頼むから余計なものにはとっとと離れてもらいたいです。

ソニーとサムスンの液晶事業の合弁解消について

 今日の香港はクリスマス休暇でどこも休み。休みにやることが何も見つからない香港なだけに、かえって仕事のある日よりストレスがたまるので昨日のアジアゲームショーの記事を書いたりして過ごす。別に仕事が好きってわけじゃないけど、こうもやることないと「ファイナルファンタジータクティクス」しかやらなくなってしまうし……。

 話は本題に移って、ちょっと気になるニュースというか「ああ、やっぱり」というニュースがあったので一言入れておきます。多分ここで行う私の解説は他所ではまず聞けない内容なので、いい記事になるでしょう。

ソニー、サムスンとの合弁解消=液晶事業、全株売却へ(時事通信)

 上記リンク先のニュースによると、ソニーがサムスンと提携していた液晶事業の合弁を解消して、一緒に作った共同会社の株を全部手放すそうです。なんでこんなニュースに執着したのかというと、以前にある家電メーカーに勤める友人からこの提携について、「ソニーはきっと裏切るよ」という話を聞いていたからです。確かこれ聞いたのは2年前かな。
 その理由はと友人に聞くと、「何も液晶に限らずソニーは他のメーカーと合弁を始める傍から次々と撤退しており、もはや物作りの会社という社風が全く感じられない会社になっているから」と答えました。そのため今年9月に発表された、ソニー、東芝、日立の3社による日の丸パネル連合「ジャパンディスプレイ」についても、早晩破綻すると予言しています。もっとも「ジャパンディスプレイ」について言えば別の液晶部材関係の友人も、「赤字部門が結託しても何もならない」と言っており、むしろ業界の人ほど冷めた目で見て部外者の間でしか盛り上がっていないように見えます。

 そんなわけで友人の予言が今回的中したわけですが、折も折で先日、ソニーの後継者問題に関する記事を見たばかりだったのでちょっと思うところがあります。その記事の内容というのは現社長兼CEOのハワード・ストリンガー氏がもう大分高齢になっていることからそろそろ後釜が必要と内外から言われているのですが、どうもソニー内部ではっきりと後継者だと言える人物がいないようです。というのも現在のソニーは家電などハード部門よりもゲームなどソフトウェア部門に注力している節があり、この二つの折り合いをどうつけるかで揉めているという話で、私も外から見ているとどうもそんな感じに見えます。

 そこでさっきの友人の話で、「ソニーはもう物作りの会社じゃない」という一言です。私自身、もう日本の家電メーカーは赤字を垂れ流すテレビなんか作るのをやめた方がいいと考えており、ソニーなんかソフト部門に特化した方がいいんじゃないかと真面目に思います。業界の間で会社自体がそういう社風だともう思われているんだし、今度の政権交代を経て一気にその動きを加速した方がいいのではと、部外者で素人ではあるものの一意見として記しておきます。

 ついでなのでこのほかの経済ニュースについてもちょこっと触れておきますが、なんかネットを中心に「野村証券危機説」というのが最近流れているそうです。はっきり言ってこの会社は凄い嫌いで潰れてくれるなら実に結構なことなのですが、生憎というかここ香港ではそういった危機説を報じるニュースは見当たりませんし、私が見ている限りでも今現在ですぐ潰れるような要素は見当たりません。唯一というか野村証券に関連する話題だと、シンクタンクの野村総研のみを別の企業に売却するのではという報道であれば先々週くらいに見ました。野村総研には大学で嫌いな奴が就職したので「ヒャッホーヽ(*´∀`)ノ」と喜んだのですが、こっちだけでも実現してくれないかな。

【トヨタ アクア 発表直前】ディーラーが感じた弱点と誤解(レスポンス)

 こちらは今回トヨタが発売した、待望のコンパクトHVカーのアクアの記事ですが、なんていうか読んでて「この記事書いた奴は大丈夫か?(;゚Д゚)」と思ったので取り上げます。記事の内容は「前評判が高いアクアだけど、実はこんなところに弱点と誤解があるよ」というように書かれていると見出しを見て思うのですが、一読して「誤解しているのはお前の方じゃないか」と私は思いました。
 曰く、「スマートエントリーやプッシュスタートなどのオプションをつけ、プリウス並みの装備にしようとすると20万~30万の追加。そうするとプリウスと価格面で大差ない」という点がアクアの問題点として挙げられてまうが、そもそもトヨタがターゲットにしている販売層というのは「スマートエントリーやプッシュスタートなど、余計なオプションはいらないからもうちょっと価格の安いHVカーが欲しい」というような層じゃないかと私は思います。あくまで私の価値観ですが、仮にこうだとしたら上の指摘は意味がないんじゃないでしょうか。あとは「なんでもいいからともかく燃費を低く」っていうような層とか。新車をことごとく、「ランエボには敵わないけど、まぁそこそこ速い車だね」と評価する、三菱自動車贔屓が過ぎるベストカー以上におかしな評論記事です。

2011年12月25日日曜日

自衛隊イラク派遣を振り返る

 先月に両親が香港に遊びに来た際に親父が、「やっぱこいつは大したもんや」と自民党の石破茂氏の昔書いた本を持って来ました。内容については細かく紹介しませんがやはり時期的に自衛隊イラク派遣関連について多くの紙幅が割かれており、折も折なのでこの点について振り返るとともに私の見方を紹介します。

自衛隊イラク派遣(Wikipedia)

 米軍によるイラク戦争後、日本の自衛隊はアメリカの求めに応じて2004年1月から2006年7月にかけてサマワ市に人道支援という名目で現地で医療・インフラ支援活動を行いました。派遣当時は自民党の小泉政権でしたが、野党などからイラク派遣は憲法9条に反するとかイラクへの支援ではなく単なるアメリカへの追従だなどととにもかくにも激しい議論が起こりました。ちなみに私個人の意見として、9条とかを引き合いに出すくらいなら野党は「カンボジアへのPKO派遣の際に最も反抗していたのはお前自身だろ!」ともっと小泉元首相に言えばよかったんじゃないかと思います。
 このイラク派遣に対する私の評価ですが、総論を述べると結果的には大成功だったかと思います。ただもし仮に同じような案件が持ち上がった際に自衛隊を外国へ派遣するべきかと問われるならば、可能ならば避けたいというのが本音です。

 早速解説に入りますが、まずこのイラク派遣前に私がこの件についてどのように考えていたかを紹介します。当時の私は大学生で、今現在と比べるとエンジンを載せ替える前のハチロクみたいな実力でしたが、成長途上にあったのである意味では突破力というか論の鋭さでは今以上に光るものがあったように思います。そんなどうでもいいことは放っておいて当時の私の意見ですが、以下のような立場から派遣に賛成でした。

1、イラク各地は既に混乱状態であり、米国に正義がないからといって放っておいていいとは思えなかった
2、歴史的にも日本は中東諸国と親交が深く、実際に戦争に参加した米英よりも中間的な立場の日本が復興支援を行うべきだと考えた
3、復興支援をせずに放っておけば、テロリストが力を得て日本に対してもテロの危険性が高まる
4、当時のイラクにはいくら金を出すことよりも、現地で実際に活動する支援が必要に感じられた
5、現地で活動するにしてもボランティアでは危険性が高く、自衛能力を持つ自衛隊でなければならなかった

 といったのが主な肯定意見です。ただなんでもかんでも賛成というわけではなく、いざ実際にテロリストに襲撃された際に現行法では自衛隊がすぐに反撃し辛いことなど反対意見も少なからずあり、そうしたものを考慮しても総合的には「行けるのなら行くべき」という結論になりました。
 当時に議論されていた話題、たとえば「戦闘地域か非戦闘地域か」などといったものについても事細かに解説してもいいですがそれは今回置いといて、現在何故私が「大成功だった」と評価する理由を挙げると以下の通りになります。

1、襲撃によって自衛隊員が誰一人死傷しなかった
2、活動中、サマワ市の乳児死亡率が三分の一にまで減少した
3、アメリカとの外交関係を強化できた
4、ついでに石油利権の確保にも成功
5、災害地域に対する自衛隊の運用、国際貢献の方法に大きく幅が広がった

 イラク派遣が成功したと言えるのはなんといっても上記1番目の理由、自衛隊員が誰一人襲撃で死傷しなかったという点に尽きるでしょう。ただこれについては派遣方法が良かったというわけでもサマワ市の治安が良かったというわけではなく、サマワ市民を含めて自衛隊も警護してくれたオランダ軍による貢献や諸々の偶然によるものと言わざるを得ず、、今後海外派遣を行うに当たってはより慎重な議論が必要でしょう。

 恐らく人によっては3番と4番の成功理由については怪訝に思う方がいるかもしれませんし、多分私の後輩なんてアメリカをかなり嫌っているので「とんでもない」と言いかねませんが、これについては個人的感情ではなく国家観で語らねばいけない問題であるため、毅然として私は立派な成果理由だと主張します。
 なおこの件について石破氏は最初に挙げた本の中で、

「野党などはアフリカなど、支援が必要な場所がほかにもあるのにどうしてイラクにだけ行くのかと言いますが、はっきり言いますがイラクには石油がありますがほかの場所には日本が支援しても得られるものがないから行かないのです。国というものは多くの国民を抱える上で、常に損得勘定で動かなければならないのです」

 というように言い切っていました。もちろん石破氏も個人的には助けを必要とする相手には可能な限り助けてあげたいと思うが国を維持する上ではそういった感情で物事を動かしてはならないと述べており、なかなか感心させられる意見を主張していました。
 実際にこのイラク派遣が日本にとってどれだけ石油確保に結び付いたかはもう少し時間を待たなければ評価できませんが、行かないよりは行っておいてプラスにはなったと思います。またアメリカとの関係好転も今になって思い起こせば、後の沖縄の普天間基地をめぐる問題で致命的な段階にまで発展するのを抑えてくれたのではとやや贔屓目かもしれませんが思います。

 また5番目の理由についても、このイラク派遣を経た事で自衛隊の運用の幅は格段に広がりました。私は今年の東日本大震災を始め日本で数多く起こる災害への対策には自衛隊が欠かせないと考えておりますが、中国や韓国といった周辺国では未だに警戒感が強く、こうした余計な感情を解くためにも医療支援といった国際活動を自衛隊が行っていくことがこれから大事になってくると思います。まぁ向こうの政府にとっては「自衛隊は恐ろしい組織だ」と国民に思わせることが連中の利益に適うんだけど。

 最後にあるエピソードを紹介しますが、自衛隊が撤退する間際、サマワ市で現地住民による大規模なデモが起こりました。一体何事かと自衛隊で内容を調べたところ、なんでも「自衛隊よ、今までありがとう」と感謝するデモだったそうで、これを受け基地では緊急にアイスクリームなどを準備してデモでやってきた住民らに振る舞ったそうです。このエピソード一つとってもこの派遣が如何に成功したものかがわかるし、現地で立派に活動してくれた自衛隊員には頭が上がらなくなるのですが、なんでもこのデモを聞きつけた米英軍関係者が自衛隊に、

米英軍「一体どうやってああいうデモをやらせられたんだ?( ゚Д゚)」
自衛隊「いや、現地の人たちが自発的にやってくれたんだよ(;´∀`)」
米英軍「嘘つけよ、もったいぶらずに教えろって(#゚Д゚) プンスコ!」

 と、なかなか信じてくれなかったそうです。

シチズンの呪い

 昨日、一昨日と日本から友人が香港に遊びに来ていたので一緒にまた二日間、香港観光をしておりました。ただ香港観光といっても香港には泣きたくなるくらいに観光地がないため、わざわざラマ島(南Y島)とか行って時間潰したりしました。普段はいかない、というか一人では入り辛いちゃんとした中華レストランでおいしい晩飯が食べられただけマシだったけど。
 そんな二日間を終えた今日、別に明日でもよかったですがここ香港でゲームショーが開かれているので取材に行きました。会社としては別に取り上げる予定もなかったのですが自分の趣味もあって志願して特攻。プレスなのでタダで入場できるかなと思ったら入り口前にはプレス用窓口が見当たらなかったので仕方なく入場料払って入りましたが、何故か入り口のかなり奥まった所、入場料払った後じゃないと絶対にわかりっこないところにプレス用窓口があって地面を叩き悔しがる羽目となりました。

 こんな具合で先日に書いた「運の尽きの一週間」でも紹介したように一向に運勢が良くなる気配が見えない日々を過ごしているわけですが、今回のゲームショー入場の件以上に一昨日の一件の方がハートに来ました。

 前回の記事で私は、先週に時計のベルトが突然切れたので修理屋にベルト交換を依頼したところ、特殊な電池を使っている時計なのに、ベルト交換だけでなく勝手に普通の時計用電池に取り換えられて自慢のシチズンの時計が動かなくなった顛末を書きましたが、その後シチズンの販売店に行ってサービスセンターに向かうように住所を書いたメモを受け取りました。ただそのサービスセンターは土日は営業しておらず、平日のオフィスアワーしかやっていないということなので金土休みの自分としてはこのチャンスに行くしかないと思い、友人にセントラル(中環)周辺を案内するがてらシチズンのサービスセンターへ向かいました。

 午前中の早くから目当てのサービスセンターへ向かったわけですが、どういうわけかそれらしい店は見当たりません。住所となっているところは例の如く高層ビルなのでビル内に入っているのかと思い尋ねまわりましたがどうも聞く人みんな要領が悪かったものの、最終的には「どうもそのサービスセンターは改装中」だということがわかりました。そこでサービスセンターの電話番号になっているところにかけると、「セントラルではなく九龍半島のチムシャアツイの方に行ってくれ」と、電話の相手から指示を受けました。
 念のために先に書いておくと、香港にあるシチズンのサービスセンターはセントラルとチムシャアツイの二ヶ所で、自分の家からはセントラルが近かったのでセントラルを選んだわけでした。こんなことなら初めからチムシャアツイの方に行けばよかったなと友人と苦笑しましたが、少なくともそっちのお店は電話でも確認したんだし、夕方までに行けば直してもらえるだろうとこのころは安堵感をいくらか覚えていました。

 こんな書き方をするくらいだからもうおおよそ予想がつくでしょうが、結論を先に述べると結局直せませんでした。
 電話での確認後、自分と友人は昼食を取ってから指定されたサービスセンターへ向かったわけなのですが、こちらも商業ビル内の住所通りの部屋の前に向かってみると、またもそれらしい店は見当たりません。そんなわけでまたちょこちょこっと周辺に話を聞いて、そこだという場所に向かってみたところ、

「本日、クリスマスディナーのために12時半までの営業とさせていただきます」

 という貼り紙がシチズンのポスターも貼られてあるドアに貼られていました。ちなみにこの時の時刻は午後1時10分。
 さすがにこの時は普段から温厚ではないものの自分も友人の前で荒れて、口汚く文句を言うとそのガラスドアを革靴の先っぽで何度も蹴りました。恐らく友人がいなければかなり力を入れて頭突きしていたと思います。見ている友人も、「わずか40分差とは、本当に運がないな(;´Д`)」と呆れてました。その後も「今底辺なんだから、これからはいいことあるよ」と慰めてもくれましたが……。
 ここでも文句を書くと、第一ディナーっつったってまだ夜まで時間があるだろに。しかもクリスマスイブならともかくこの日は23日だろ、日本の天皇誕生日でも祝うつもりかよシチズンは……。

 件のお爺ちゃんの古時計ばりに動かなくなっているシチズンの腕時計は女性向けっぽいデザインながらも太陽光で動くということからこれまでお気に入りで、既に結構長く使っています。私自身が体格が小さく、特に手首に至っては女性と比較しても遜色ないくらいに細いこともあってこれが一番合っているんだろうと思っている代物だっただけに、早く修理してまた使いたい気持ちは強かったです。
 ただ友人の「ここまで運が悪いってことは、シチズンと縁がないんじゃないか」という一言を受け、なんていうかもうほかの時計を買い替えてもいいじゃないかという気が持ち上がってきました。折しもクリスマスセールでカシオの時計が割引中という広告もあっちこっちに出てるし、さらに言えば先週にこの時計のベルトが切れてから何もかもが裏目裏目にでていることは事実で、記事の題にもあるように呪いのようなものを受けている気がさやかにしています。

 なお昨日、前に書いた記事を見て心配した後輩が「この動画を見て元気出してください」とメールを送ってきました。この動画と、友人に持ってきてもらった水木しげるの漫画だけが心の救いです。

総統閣下は指原アンチにお怒りのようです(Youtube)

2011年12月23日金曜日

坂本龍馬の評価について

 坂本龍馬とくれば誰もが知っている日本史の人物ですが、率直に言って私はこの人物はやや過大評価されているきらいがあるかと思い、厳密な評価とするべく再議論するべき人物だと考えております。

坂本龍馬(Wikipedia)

 まず先に断っておくと、私は別に坂本竜馬を嫌っているわけでもなければ彼を評価していないというわけではありません。薩長同盟を仲介したことや船中八策といい、非常に先見の明のある人物であることは私も太鼓判を押します。
 では彼の評価でどこが問題なのかというと、その多くは彼と深く関わった勝海舟の証言によるエピソードです。知ってる人には有名ですがこの勝海舟という人物は非常に大法螺吹きな人物で、咸臨丸で同乗した福沢諭吉なんか非常に嫌ったほどです。その勝は生前の坂本についていろいろなことを証言しているのですが、「俺を殺そうとやってきたところ、俺の話を聞いて逆に弟子入りを志願してきた」など、聞いててほんとかよといいたくなるようなことを散々話しています。この坂本の勝への弟子入りのエピソードは勝の証言以外には確認するべき資料がなく、また私個人としても生前の坂本の行動を考慮すると彼が幕臣である勝を突然斬りにいくとは思えず(高杉晋作、伊藤博文ならやりかねないが)、恐らくこの話は勝の作り話かと思います。

 このほか千葉道場で北辰一刀流の免許皆伝を得たほどの剣術の腕前だったと巷間伝えられておりますが、現在確認される限りでは彼が認可されたのは一番低い「初目録」、しかも剣道ではなく薙刀法でしかありません。剣術の腕前は強かったという証言は残っているので恐らく本当に強かったのは間違いないでしょうが。
 また彼の妻であるお龍にまつわるエピソードについても、私は大半の話を疑っております。というのもこのお龍というのは明治期に「自分は坂本龍馬の妻だった」と盛んに喧伝して回ったと言われており、この経路からも事実かどうか怪しいエピソードがたくさん作られたのではないかと密かに睨んでおります。

 自分は歴史というものは過大にも過小にも評価してはならないと考えており、常により精密な評価とするよう研究されるべきだと考えております。しかし坂本龍馬に限らず英雄的な人物はことさら功績ばかりが大きく評価される事が多く、時によってはありもしないエピソードが捏造されることもあり、一般の人物より注意してみていく必要があります。吉良上野介など悪人とされる人物にとっても同様ですが。
 そういう意味では坂本龍馬はやや持ち上げられ過ぎなところが感じられ、今後よりバランスの取れた評価が確立されることを個人的に希望します。

2011年12月21日水曜日

日本の中国国債購入報道に対する香港の反応

 寝ても覚めても疲労が抜けないのでささっと書ける地元ネタを一本書きます。
 昨日、日系メディアなどで日本が中国の国債を購入するのを検討していると報じられましたが、これに対して香港メディアもかなり食いつきよく反応していました。どの新聞、言ってしまえば経済紙のみならず大衆紙までもが比較的大きく取り上げ、「日本が中国国債を購入することで人民元の国際化が進む」と好意的に書かれていました。

 何故このような反応を香港メディアが見せたのかは実に簡単で、人民元の国際流通規模が大きくなればなるほど香港の儲けは大きくなるからです。現在香港の金融機関は市場には流通せず、投資のみに使われるオフショア人民元相場(実際に流通しているのはオンショア人民元相場という)を始め、人民元の決済業務など中国本土から様々な優遇を得ており、これらの業務を独占することでえらい利益を上げております。そんなHSBCをはじめとした香港の金融機関は人民元が国際社会でもっと利用されればされるほどこれら業務によって得られる利益は膨らむことから、常日頃から「人民元の国際化に向けて」という音頭の元であれこれ外に向かって喧伝しています。
 なおこの日本の中国国債購入に対する私の意見はというと、日中で国債を持ち合うことによって互いに牽制となるだけでなく、前のレアアース輸出差し止めみたいな強攻策をとると中国も損するという構図が生まれることから、多少なりとも持ち合うことはお互いの利益に適うと考えています。

 ちょっと文字数が少ないのでもう一つこっちのニュースを紹介すると、この前好きな国、嫌いな国アンケートが香港で実施されたところ、好きな国の1位にはなんと香港のライバル国とされているシンガポールが入ってきました。逆に嫌いな国にはフィリピンが1位で、その次の2位には中国本土が来たのがいろいろと面白いです。

2011年12月19日月曜日

金正日の死去について

 既に各地、というより世界中で報じられていますが、本日北朝鮮が金正日総書記が死去したと報じました。私はこの報道を香港のテレビで知りましたが、江○民の例もあるからちょっと警戒しましたが、北朝鮮本国が発表しているようなので事実に間違いないでしょう。たぶん。

 報道を受けた際にまず私が思ったこととして、なんていうか前兆はあったなというのが真っ先に浮かびました。その前兆というのも、これは日系メディアも報じていましたが例の大声でシャウトしまくる北朝鮮の女子アナがここ数週間、全くテレビに映っていませんでした。私も若い頃(高校生)は彼女のモノマネを得意として、新卒時の就職活動中の面接でも一回演じた(実話)こともあったことから気になってはいたのですが、今になって思うと今回のこの報道に合わせて練習なり下準備をやっていたのかもしれません。

 それで今後予想される展開ですが、あくまで私見ながらそうそう急に何かが起こることはないと思います。ネットや変なメディアのニュースとか見ていると「すわクーデターか」などといろいろ危機感を無用に煽る記事や発言も目立ちますが、北朝鮮の軍部にとって金一族体制が続くことが軍部の利益に最も沿うことを考えると、少なくとも数年は大きな音沙汰もなく今の状態が続くかと思います。アラブの春みたいに住民が蜂起する可能性も、あの国の栄養や経済事情を考えるとありえなさそうですし。

 下世話な話をすると今回の金正日の死去で一番得したのは李明薄韓国大統領でしょう。このところ支持率も落ちていると報じられていましたし、国民からの批判そらしに使う日本への従軍慰安婦カードを切ってきたことからも相当行き詰まり感が見られましたが、今回のこの一件で一連の批判は忘れられますししばらくは支持率も持ち直すでしょう。
 次に日本への影響ですが、まず国全体にはそもそも外交すら結んでないので何の影響もありません。話題となっている朝鮮総連系の学校への授業料無償化問題も一回だけ大きく騒いでまた元の木阿弥に戻るでしょう。ただ民間では2週間程度はワイドショーのネタとして持てはやされ、先ほどの無用に危機感を煽る人間は仕事にありつけられるんじゃないでしょうか。あんなくだらない連中の話を聞くくらいなら、まだ山路徹氏の女性の口説き方講座のが社会上で価値があるような気がします。っていうかこの人は「危機管理意識、記者会見での謝り方」を東電やオリンパスに指南するべきだろう。

 あと今後の北朝鮮の出方について朝鮮事情は素人ながら一言申し上げると、やはり融和路線に傾くような気がします。ちょうど先週あたりからアメリカと交渉していてアメリカも食糧支援に合意したとか報じられていましたし、場合によっては6ヶ国協議にも復帰してくる可能性もあると見ています。根拠としては金正日時代ほどまだ支配権力が確立していないのと、中国から経済官僚を呼び寄せて改革開放政策についてレクチャーを受けているという報道からです。
 日本として最も望ましいのはやはり6ヶ国協議が再開し、多少お金を払ったっていいから拉致被害者の帰還を実現させることです。もっともこちらからどうこうするような話ではないので、まずはしばらく様子見に徹するほかありませんが。

 最後に、今日のこの報道を受けて日経から読売、サーチナってかほぼすべての報道機関で「影響を受け株価が大幅下落」という見出しで日経平均株価を報じてましたが、今日の下落幅は105円で、私だけかもしれませんが「大幅下落」という表現を使うほど落ちているようには思いません。さすがに200円落ちたらえらいこっちゃと思いますがこの程度の変動でいちいち大騒ぎするほどだとは思いませんし、先ほども書いたように無用に危機感を煽るような書き方で個人的にはなはだ気に入りません。

2011年12月18日日曜日

運の尽きの一週間

・12月11日
 昼間は仕事だったが適当にはっちゃけて家に帰る。散々ゲームして楽しく過ごして満足感とともに眠ろうとしたら急に悪寒が来る。

・12月12日
 前夜の悪寒のせいでほとんど眠れないまま会社に出勤。体調も非常に悪く、昨晩に食べた物が未だに胃の中であらん限りの存在感を発揮して吐き気も覚える。さすがにまずいと思ったので上司に話して素直に早退するが、家帰って布団くるまっても全然体温が作れないから寒くてしょうがない。会社からがめてきた貼るカイロだけが、唯一感じられる温かみだった。

・12月13日
 さすがに一日中寝たのでどうにか体が動けるまでに回復。とはいってもまだけだるさは残っていたが、さすがにそうそう休んでいられない。昼休みに昼食のパンを買いに出かけたところ、左腕の時計のベルトが切れ、同僚と「下駄の鼻緒じゃないけど縁起悪いね」と話すが見事に的中する。
 夕方、突然次の日に取材予定が入り、当初は別の人間が行くことも考えられたが英語だけの説明会ということで急遽自分が行くことに。病み上がりなのに。おまけにその日に遅番を終えて帰宅途中に飲食店で晩飯食べてると電話が入り、「悪い、原稿差し替え」と他部署からの連絡を受け急遽事務所にUターン。振り回される一日だった。

・12月14日
 12日にあまり食べられなかったから前夜にラーメン半チャーハンと大量に食べたところ、消化器官の調子が悪いままでまたも胃の中で際立つ存在感。吐きそうな気分のまま朝8時から取材先へ。来年香港で開かれる金融会議の朝食を兼ねたブリーフィングだったが、参加者みんな英語が上手くて何言ってるかほとんどわからなかったが、唯一記憶に残ったのは香港の大手銀行CEOがメシ食うのがやけに早かったということだけだった。それでもきちんと原稿に仕上げられたからまだ救いだ。
 やはり胃の調子が悪いので昼食は抜き、夜も食事量を抑えた。

・12月15日
 日~木出勤だからこの週はこの日が最後。今日が終われば思い切り寝られると思って頑張る。昼には職場のみんなで飲茶を食べに行くが、胃の調子が悪いのにまたそこそこ量を食べてすこし気分を悪くする。

・12月16日
 休みということで朝、昼、晩を限りなく眠り続ける。真面目に測ったら14時間くらい寝ていた。

・12月17日
 昨日に寝過ぎたからちょこっと外出。歩いている最中に時計の修理屋を見つけたから13日に切れたベルトの交換を依頼するが、何故か頼んでもないのに勝手に電池まで交換された。自分の使っている時計はシチズンの「エコドライブ」という太陽光で駆動する時計のため、通常の電池とは異なる電池が使用されている。そのため焦って戻すように頼むが、「こういうのは2年で取り替えるんだ。ほら、ちゃんと動いてるだろ」と言われて、確かに動いているのを確認する。が、やはり家に帰った頃にはまた止まっていた。ネットでも確認したが、やはり普通の電池はダメらしい。この辺でいろんな糸が切れて泣き崩れる。

・12月18日
 出勤。昼休みにシチズンの香港サービスセンターへ行こうとするが、あらかじめ電話をかけたら誰もでんわ。土日はやっていないようだ。仕方ないので仕事を終えた後の夕方にシチズンの専門店に行ってみるが、やはりサービスセンターじゃないと対応できないと追い帰される。
 帰路、ここ1週間で急激にメガネが合わなくなって焦点がずれ、吐きそうになりながらも自宅に戻り今に至る。自衛隊のイラク派遣を振り返るものとか、来年の香港行政長官選挙についてでも書こうと思ってたがとてもそんな精神状態じゃなく、頭痛と闘いながらこの記事を書いている。
 それにしてもここまでやる行動すべてが裏目に出るのも随分久しぶりな気がする。人間、何やってもダメな時はたまにあるとは肝に念じているが、先週に後輩に、「俺は逆境の中でこそ真価を発揮するタイプだ( ゚∀゚)」と言った矢先でもあるので、くじけちゃダメだと何度も自分に言い聞かせている。

2011年12月16日金曜日

ネパール王族殺害事件について

 先日にブータン国王が来日した際は日本中で大フィーバーとなったそうですが、こういう外交を見るにつけやはり王室というものは大事だと実感させられます。私は中学生くらいまでは天皇制を批判していましたが、アメリカやフランスなど王室のない国とイギリスや日本の外交を比べた際にやはりこういったロイヤルファミリーがいるといないと全然戦術の幅が違っており、また日本の歴史的流れから言ってもやはり皇室は大事だと現在は思うように至っています。また世界を見回してもタイではこのところ何度も政変が起きましたが、そのたびに王室が極めて重要な役割をして混乱を最小限に食いとどめております。仮にいなかったら、本当にどうなってるんだろうな。
 そんな世界の王室たちですが、最近になって十年前のネパールで大きな事件が起きていたことを知りました。

ネパール王族殺害事件(ウィキペディア)

 この事件の概要を簡単に話すと、2001年6月のある日、王族内の夕食会中にディペンドラ王太子が銃を乱射し、ビレンドラ国王を含む王族9人が一度に亡くなったという事件です。事件自体は現場にいた国王の孫婿であるシャヒ大佐によって明らかにされましたが、犯人のディベンドラ王太子はその場で自殺を図って事件3日後に死亡しています。
 王族が一度にこれほどなくなるという非常にショッキングな事件内容はもとより、この事件は当初より陰謀論が強く疑われています。主だったものをあげるとまず犯人のディベンドラ王太子の銃創は後ろから撃たれたもので、自殺を図ったとするには不自然な姿勢で発砲している点と、事件後に国王に即位した王弟のギャネンドラの一家だけは全員無事だったことがあります。

 こうした背景からこの事件は宮中クーデターという見方が未だに強いそうですが、今となっては真相はもうどうでもいいことになりつつあります。というのもネパール王室はギャネンドラ国王時代に専制を強めようとする国王に対して大きな民主化運動が起こり、2008年に王制は廃止されて共和制に移行しました。
 結果的に言えばこの事件がきっかけでネパール王室は潰れることとなったわけです。皮肉と言えば皮肉ですが、当然の帰結と言えば当然かもしれません。

日本に影響を残した外国人~レオ・シロタ

レオ・シロタ(Wikipidia)

 今日紹介するレオ・シロタはその「シロタ」という名字から一見して日本人ハーフかと思われるかもしれませんが、この人はれっきとしたユダヤ系ウクライナ人で親類に日系人関係者はおりません。幕末にイギリス人外交官としてもっと名前が知れ渡ってもいいくらいに活躍したアーネスト・サトウも出生自体は日本と全く関わりがありませんが、世界は広いもので日本語の発音に近い苗字を持った外人は意外に多いようです。

 早速解説に入りますがシロタの職業はピアニストで、5歳からピアノを弾き始めると幼少時から神童とも呼ばれ、19歳になってウクライナからウィーンに留学してからはめきめきと腕を上げていき「リストの再来」とまで呼ばれトップクラスのピアニストとして名を馳せました。
 そんな世界的ピアニストがどうしてまた日本と関わるようになったのかというと、こちらもまた日本が誇る偉大な音楽家の山田耕筰がシロタのハルビン公演の際に日本への招聘を行ったことがきっかけでした。シロタはこの誘いを快諾して1929年に妻と既に生まれていた娘を伴い日本へ訪れ、当初は半年間の講演旅行で終えるつもりだったところを、山田耕筰の依頼を受けそのまま東京音楽学校ピアノ科教授に就任して日本に留まり続けました。

 勘のいい人なら既にお判りでしょうがこの時期には既にドイツ、オーストリアでユダヤ人迫害が始まりつつあり、オーストリアに本拠を持つシロタもそうした背景があって日本滞在を選んだのかと思われます。かくして日本は世界トップレベルのピアニストを指導者として招くことに成功したわけですが、当時はシロタ以外にも東京音楽学校には世界有数の外国人教授が集まっていたようで、日本の音楽史において大きな発展に貢献したと言われております。

 その後、日本を含め世界は徐々に戦争期に突入していくわけですが、シロタは延々と日本に滞在し教鞭を取り続けました。ただ1939年に16歳となった娘だけが進学のためにアメリカの女子大へ留学したことになるのですが、太平洋戦争開戦直前の1941年に娘に会うため渡米したシロタは娘から「戦争が始まっては別れ離れになる。このままアメリカに留まろう」と説得を受けることとなります。
 たまにゾルゲ事件を取り上げては開戦直前まで日米の一般民衆は戦争が起こるとは考えていなかったと書く奴がいますがこれは明らかな間違いで、むしろ日本側は世論に押されて政府が開戦を決めた節があります。現に情けなさすぎてあまり書きたくありませんが、何故開戦となったのか半藤一利氏の取材で当時の陸軍幹部は「いや、なんとなくそういう空気だったから」と証言してます。

 話はシロタに戻りますが、この時の情勢はまさに娘の言う通りと言ってもいい状況であったにもかかわらずシロタは、「東京音楽学校で私を待っている生徒たちがいるのだから戻らないといけない」と言い残し、その年の11月に日本へ帰国しました。なおこの時にシロタが乗った船は、アメリカから日本行きの船としては最後の便となりました。そしてこの1ヶ月後、日米は開戦して親子の間の通信は途絶えます。

 アメリカに残された娘はシロタからの仕送りがなくなったことを受け、数ヶ国語を操るほどの才能を持っていたことから通信社でアルバイトを開始したのを皮切りに、最終的には戦争情報局で対日プロパガンダ放送を担当する仕事を受け持つようになります。これらの仕事の中で得られる日本側の放送から両親の安否情報を捜していたそうです。
 その後、日本が1945年に降伏し、当時働いていたタイム誌の日本特派員から両親は無事で軽井沢にいるという情報を得た娘は何とかして日本に渡ろうと手を尽くし、1945年の12月24日、GHQの民間人用員として厚木に降り立つこととなります。

 法学部出身者限定となってしまいますが、勘のいい人なら既にお分かりの通りにこのレオ・シロタの娘こそ日本国憲法草案作成の過程において非常に重要な役割を果たし、現在も存命されているベアテ・シロタその人です。
 今回この記事を書くに当たり、非常に情けないのですがほとんどウィキペディアのページから引用しております。本当ならもっといろいろ調べたり、毎日新聞社が「日本を愛したユダヤ人ピアニスト レオ・シロタ」という本を出しているからこれを読んだ上で書くべきなのですが、非常に興味深い内容の上に可能な限り早くこのブログでも紹介したいと思ったことから見切り発車でもう書くことにしました。私自身、ベアテ・シロタ氏については法学の授業で習い、子供の頃に日本にいたという事実自体は知ってはいたものの、どうして親子が日本に来たのか、そして別れ離れになったのかについては全く知らなかっただけに強い衝撃を受けたとともに、その父親のレオ・シロタのその功績と人となりについても感動を覚えました。

 最後にこの親子の戦後の帰結ですが、当時レオ・シロタ夫妻は軽井沢に強制疎開されており、八方手を尽くした娘からの連絡を受け1945年内に無事再会を果たすことが出来ました。それにしても父親は音楽界、娘は憲法において日本に多大な功績を残してくれたとのことで、真面目にこの親子には感謝で頭が上がりません。憲法に関して一言付け加えておくと、当時において日本国憲法はアメリカの憲法以上に人権、平等思想が強く反映されており、間違いなく世界屈指の憲法に仕上がり、現在にまで機能するというとんでもない代物なだけに、こんなええ娘さんをよう生んでくれたとレオ・シロタに対してしみじみ思います。

2011年12月14日水曜日

問責決議案の乱発について

 当初は今度ホンダが発売するエヌボックスという軽自動車にケチつける記事を書いてましたが、途中で書いててつまらなくなったのでまた時事ニュースを取り上げます。たた一言だけ書いておくと、最新型のシビックといい、最近のホンダ車のデザインは真面目に「よくこんなのが審査に通ったなぁ」と思うほど頭をかしげるものが多いです。ついでに言えばトヨタはカムリのデザインは凄くいいが、なんで今度出す予定の軽量FRスポーツの86のコンセプトカーを白黒パンダカラーで作らないのか理解できません。まぁ実際これも「ヤマハ2000GT」同様に「スバル86」なんだろうけど。

仙谷氏 問責可決連発は「統帥権干犯」 野党対応を批判(産経新聞)

 そんな車のニュースを放って取り上げるのは上記の仙石氏の発言ですが、この発言内容に対して私も基本的に同意です。
 先日も山岡、一川の二閣僚に対して野党が問責を出したことについて私も記事を書いて自民党など野党に対して「死ね( ゚Д゚)ヴォケ!!」と主張しましたが、そもそも論として出したところであまり意味の見いだせない問責決議案を出して無駄に審議時間を減らすということにあまりいい感情を持ちません。第一、与党時代に出された問責決議案をことごとく無視して実質的に価値をなくしたのは自民党本人ですし。

 その一方で民主党の仙石氏についても野党時代は何かあるたびにすぐに問責を出して、しかも後半に至っては会期末に「出すのがいつも恒例だから」と可決しないとわかっていながらも一時期出していたこともあるので、今更になって統帥権の干犯などというのはさすがに言ってはならないでしょう。まぁこれで与野党を一緒に体験したんだし、今後は反省して野党に転落しても同じことをしないようにしてもらいたいものです。
 ただ真面目な話、そろそろこういった無意味な行動は与野党には慎んでもらいたいです。仮に閣僚が問題のある発言や行動をしたというのであればそれこ通常の国会内で批判するか、もしくは野田首相の若いころのように街頭に立って市民に訴えかければいいだけの話で、こんな無駄としか思えないデモンストレーションに時間をかけるのは効率がいいとは思えません。私は政治は一種のショーだ、パフォーマンスだと考えてはいますが、こういう三文芝居を見せられるのではたまったもんじゃありません。

 最後に豆知識ですが、最近になって大分知られるようにはなってきたものの、今回仙石氏が引き合いに出した「統帥権の干犯」という言葉は戦時中に軍部が暴走した際に多用した便利なツールとして活躍しましたが、実はこの言葉を最初に使ったのはほかならぬ政党勢力であった鳩山一郎で、彼が使ったのを見て軍部も「いい言葉があるじゃないヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ」と一緒になって使うようになったそうです。どうもこの一族は要所要所で余計なことをしでかしてくれるものです。

2011年12月11日日曜日

失われた十年を歩む欧州

 前にも似たような記事を書いている気がしますが、ちょっと香港の新聞でも書かれていたのでまた取り上げようと思います。
 昨日の香港の経済紙にて「日本の失われた十年を警戒する欧州」という見出しの記事が載ってあり、内容は見たまんまで日本のバブル崩壊後にのたうった失われた十年のようにこの不況が続くのではというものでしたが、はっきり言って私はそのように考えており、これから欧州各国はよほどの改革や事件が起きない限りは少なくとも2015年までは不況が続くと思います。

 日本は失われた十年と言われる1990年代、国内外から散々に「日本の金融は遅れている」と言われてきましたが、現代において改めて振り返ってみると私は日本の金融はあの時代にある意味で世界最先端を突っ走っており、それが故に真っ先に破綻して真っ先に復活したのではないかと見ております。住宅ローンの膨張から破綻、消費者金融を中心とする闇金の跋扈、メガバンク形成による資本増強など、一つ一つの過去に起きた事実が今他国で実際に起こっており、見ていても私には真新しさを感じません。
 それ故に今の欧州をはじめとした世界の金融界に対する処方箋こと、具体的にどうすればいいのかという対策もはっきりわかっていますが、その効果的な対策を各国政府が踏み切ることは出来ないだろうこともわかっています。もったいぶった言い方をせずに何すればいいのかというと、不良債権となっている資産を可能な限り早く処分した上に収益の上げない企業への融資を直ちに止め、中小を中心に企業をどんどん潰せばいいだけです。ついでに小さな銀行なんかも統廃合を進めればなおよいでしょう。

 これはやることだけ言えば実に単純明快ではあるものの、やるとしたらそれなりに覚悟が要ります。まず収益を上げずに銀行の融資で生き残っているゾンビのような企業を潰すということは失業者を増やす行為で、これにより社会不安が増大することは間違いありません。日本は小泉政権時にこれをやりましたが、今思うとあの時は中国の高度経済成長が始まった頃であったために失業者の増加がまだ最小限に食いとどまったような気がします。仮に今同じことをしたら社会不安はあの時の比じゃないでしょう。

 話は欧州に戻しますが、現在の債務危機は2008年のリーマンショックに端を発していることは間違いありません。ただこのリーマンショック後において、アメリカはまだ金融機関へのストレステストをしっかりやって現在のようにやや平静を取り戻した一方、欧州では金融機関はおろかギリシャのように国家財政まで粉飾決算しており、まだまだ調べたらいろいろ出てくると考えてもいいんじゃないかと思います。しかも日本の例を見ている癖に、こういってはなんですがまだ危機感がどうも足りていないような気がしてなりません。

 恐らく日本のメディアではまず報じられていないかと思いますが、こちら香港の現地紙では今の日本の金融機関は資本力も高く他国と比して有利な状況下にあると書かれてあり、私もこの説を信じます。なおかつ現在は円高が続いており、企業買収するにしても何するにしても、日本円が世界においてもうちょっと猛威を振るったっていいんじゃないかとも考えています。

 あとこれは蛇足かもしれませんが、こちら香港で毎日毎日金融関係の記事を見ていて、金融というのは複雑になればなるほど破綻リスクが高まると同時に、社会に対する貢献価値が減少するのではなのではとこの頃良く思います。一時期はMBA取得者がさも知った風な顔して複雑な金融工学がどれだけ素晴らしいかなどを喧伝していましたが、それらを使うことによって社会はどれだけ豊かになるのかと言えば現在においても非常に疑問です。私自身がマネタリズムが苦手ということもありますが、もっと単純明快なルールに縛る方が安定さを保てるのではというのが今日言いたかったことです。
 ……人民元のオンショア、オフショア相場の話でも今度解説しようかな。

横浜DeNAの監督人事について

 整うまでにかなりごたごたしましたが、プロ野球の横浜ベイスターズの主要株主がTBSからモバゲーを運営するDeNAに移り、正式に球団売却が成立しました。早速球団人事にも着手されて当初は横浜にも在籍して文字通り”日本球界の生きた化石”と言っても過言ではない工藤公康氏が監督に就任すると報じられましたが、すでにGMに就任していた高田氏と意見が合わなかったとのことで最終的には中畑氏に落ち着いたようです。
 こういってはなんですが、工藤氏が監督に就任しなくて私は良かったと思います。こういうと私が工藤氏を嫌っているように見えるかもしれませんが実際は非常に高い評価をしており、その実績は言うに及ばず、野球界で科学的トレーニングを早くから取り入れるなど指導者としての資質も決して低くはないのではないかと見ています。ただいきなり監督というのはやはり荷が重すぎるように思え、最低限数年間はコーチ職を経験してからの方が当人にとっても良いのではないかと考えていただけに今回の結末はすとんと納得できるものでした。

 こんなことを考えていた一方、実は密かにある人物のベイスターズ監督復帰を陰ながら期待していました。その人物というのはほかならぬ、


                 
      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
    /             \
   /                  ヽ 
    l:::::::::.                  | 今日は勝つよ!
    |::::::::::   (●)     (●)   | 
   |:::::::::::::::::   \___/     |  
    ヽ:::::::::::::::::::.  \/     ノ
山下大輔(やました だいすけ)@大ちゃんAA保管庫」より

 そう、私が期待していたのは2003~2004年の監督在任期間中にベイスターズを二年連続最下位にしただけでなく、「ピッチャー、デニー」をはじめとする数々の迷采配を披露した「大ちゃん」こと山下大輔氏です。
 こう書くと身も蓋もないようですが確かに在任期間中は成績は良くなかったものの、この期間に後にホームラン王となる村田選手や今回の日本シリーズでも活躍した内川選手、そして怪我が多いことで有名になった多村選手など球界を代表する野手が次々とベイスターズで生まれていった(そして去って行った)ことを考えると、案外大ちゃんの采配というのはそこまで悪くなかったんじゃないか、もっと時間を待てばよかったのではと思うところがあります。

 こうした地味な選手育成のほかにも「昔はノーエラーの山下。今はノーヘアーの山下です」、「はげましておめでとう」などと周囲をほっと和ませる明るく温和な性格がことのほか大好きで、ベイスターズ生え抜きでもあるんだし今回また就任してくれないかと本気で期待してました。
 まぁ結果は、確かに残念には終わりましたけど、何もこれが最後というわけじゃないんだし自分は大ちゃんの日本野球界復帰を切に願っています。ちなみに上記の大ちゃんAAの中で一番好きなのはこの下の奴です。

           ,-=;, 
          {__7!          地球から出ていけ━━━━(゚A゚)━━━━ !!!!!
          〔_ラレ        ,、_,-‐y;
           `y"l       rヲレへシ'" 
           iト-ヘ、      (_;フイ/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\  r;_/iレソ
            l  'ヽ      ル ||              し ン′
              ヽ   ヽ     レ' ||!            人_フ
             V  ヽ,    |   |.|●)  (●)   _/ /
              ヽ   ヽ,  ト = }{\___/   :::::::/ /
               `i 、,  ヽ, }- ルハ\/  :::-r'" シ´
                V   `;|   i∨  ̄~7  ン〈___/ 
                V丶  |   リ >,    ( <_ br="">                 ヾ  {   ソ レ ン ;_ン'" 
                  ゝ、ゝ = 〃ソノ__/
                   `ー-=-‐''~ ̄       ミミ
 
                                .        _ ,.... -‐‐
                                   ,...- ' ゙゙ :::
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2011年12月10日土曜日

本当に問責を出すべき相手

 本当は昨日のうちに書いておきたかったのですが、三日連続で頭痛が続いたので今日に書くこととなりました。今日は体調は良くなったのですが病み上がりのせいかやけにテンションが高い状態が続いており、持病が持病なだけに大人しく昼寝をして過ごしました。昼寝するのは毎週のことだけど。

 さていきなりですが、久々に政治関連の話題で激怒させられるニュースが出ました。真面目な話、壁に向かって頭突きを本気でしそうになったほど頭に来るニュースで怒り心頭に来ています。

首相強気、菅氏の轍踏む? 一川、山岡2閣僚続投 政権運営厳しく(産経新聞)

 昨日の国会最終日、マルチ商法に関わっている山岡消費者相と失言と無教養ぶりを露呈させた一川防衛大臣に対して問責決議案が出て参議院で可決されました。この問責決議案の可決に対して野田首相は二閣僚を続投させると発言していますが、日本のメディアは今後の国会運営に支障が出るのは間違いない、野党側が審議に応じるか定かではないとどこも書き殴っています。
 恐らくこの時点だと問責が出された二閣僚に対して私が怒っているように思われるかもしれませんがそれは違って、私が許せないのは自民党を初めとした野党にほかなりません。恐らくこんな怒り方をするのはまずもって私だけじゃないかと本気で思うので理解し辛いかもしれませんが、私が野党の何に怒っているのかというと、一体何故こんな小物ども相手に大騒ぎして本当に排除すべき人間を無視しているのという、この一点に尽きます。その排除すべき人間とは下記の人物です。

在日米軍再編:普天間移設 鳩山氏「辺野古以外、探す努力を」 日米へ影響否定(毎日新聞)

 私は今の状況下で本当に問責を出すべき、というより政界から徹底的に排除するまで追い詰めねばならない人物とは鳩山由紀夫元首相だと見ています。その根拠は、って説明する必要もあるのかというくらいに非常に腹立たしいのですが、首相在任中に「トラストミー」と言っておきながら発言を二転三転させた挙句、首相退任時には「米海兵隊が存在する必要性がある」といって米軍基地の辺野古移転を決めておきながら、退任後には「米海兵隊の必要性など方便」だと平気でのたまいました。その上で今回の「辺野古以外も探すべきだ」とまた議論を根底から覆すようなこの発言、しかも別ソースで見たようなちょっと自信がありませんが、この発言の前には「元総理として言わねばならない」などとほざき、自身の影響力、海外メディアへの波及力を全く考慮しないどころか確信犯でこのようなことを述べており、あくまで私の主観ですが一川防衛相などより遥かにずっと沖縄を愚弄しているとしか思えません。言葉通りの意味じゃなく、この人は万死に値する。

 ここまで言えばもうお分かりかと思いますが、私が野党に言いたいのは鳩山を無視してなんであんな小物二人に問責を出したのかというこです。はっきり言いますが山岡消費者相にしろ一川防衛大臣にしろいようがいまいが箸にも棒にもかからない小物で、役には立たないかもしれませんがそれほど害もない人物です。それだけ人材に乏しい民主党についてはお寒いというか残念ではあるものの、こんな二人に対して存在するだけで確実に害をまき散らす鳩山をどうして放っているのか、何故もっと批判しないのか、野党は物事の優先順位を明らかに履き違えているとしか言いようがありません。嫌味な言い方をすると、自民党内には森元首相をはじめ未だに余計な口を出す首相経験者が何人もいるから敢えて鳩山を無視したんじゃないかと疑う気持ちすらあります。

 また野党に限らずこの件については日本のメディアに対しても納得いかない気持ちが強いです。多少うぬぼれがあるのかもしれませんが私と同じような考え方や主張をするメディアが何でいないのか、一川防衛相をあれだけ取り上げて批判しておきながらなんでここで鳩山が出てこないんだと、大きな声では言えませんが今日自宅でネットニュースを見ながら「政治センスのかけらもないクズどもめっ!」とわめいていました。右から左に情報を流すだけが仕事ではないんだし、もっと全体の動きを見て報じる人はいないのかと納得いかないことばかりです。
 という具合で真面目に荒れていましたが、先ほど確認したら産経がちゃんとこの点を突いておりました。産経の政治記事はバイアスがかかることが多いからあまり評価していなかったけど、今回のこの件で少し見直しました。まぁバイアス取っ払ったら購読者が逃げるという台所事情はよくわかるんだけどさ。

普天間移設「県外やめた」もやめちゃった鳩山氏(産経新聞)

2011年12月9日金曜日

秋田の弁護士刺殺事件の判決について

秋田の弁護士刺殺、無職男に懲役30年判決(読売新聞)

 読んでて少し気になった事件なので、取り上げることにします。
 リンクを貼ったニュースというのは秋田県で起きた殺人事件の判決を伝える内容なのですが、事件内容が読んでて納得いかないというか奇妙な点があります。なんでも加害者の男が被害者の弁護士宅に押し掛けたことを受けて110番がなされたそうなのですが、それを受けてやってきた警察官らは何故か被害者を加害者と間違えて組み伏せ、そこを加害者が剪定はさみで胸を突いて殺害したそうなのです。

 仮にこの通りであれば被害者が殺害されたのは明らかに警官の不作為によるものでその責任について追及されるべきなのですが、あちこちのニュースを見る限りですと今回の判決ではその点を指摘した痕跡は見当たりません。しかもほかのソースからの報道だとどうも殺害状況について警察と加害者で大きく食い違っており、どちら側の主張がどの程度根拠があるのかも触れられていません。
 そしてなによりも、一人の殺害に対して懲役30年というこの判決内容には奇妙さを覚えます。私は厳刑主義なのでかねてから犯罪者にはもっと厳しい罰をと常日頃から主張しているものの、ほかの殺人事件と比べて今回のこの懲役30年という判決は頭抜けているというか、何故だか重すぎるように感じます。当初は被害者が弁護士であることから法曹界の慣れ合いの果てかとも思いましたが、先ほどの警察の不作為を考慮するとまた一つ裏があるのではないかと勘ぐってしまいます。

正解を見えなくさせるもの

 このブログではあえて取り上げませんでしたが、先日に中国で路上で寝そべっていた女児が車で二回も引かれたにもかかわらず周囲の人間が誰も介抱しようとしなかったというニュースが大きく話題になりました。この現場は監視カメラの映像に残っていたこともあってネットにも動画が流れましたが、さすがに自分は見ることができませんでした。この事件を受けて中国では社会の道徳心について大きく議論が起こり、裕福にはなったかもしれないが道徳が失われたなどという声も持ち上がっていました。

 翻って日本ですが、この中国の事件に対してはやはり批判的というか、これだから中国はというような論調をいくらか見ました。まぁ確かにその通りではあるのですが、その一方で日本もこれを他山の石にしていいものかと私はちょっと懸念していました。さすがに車に引かれても無視するようなことはそうそうないかもしれませんが、それ以外の細かいところで日本人も道徳心が薄れているのではと少し思うところがあります。
 そんな風に思っていた矢先、先日にこのブログの読者からメールで「他人とぶつかっても何も言わない人が増えているように思うがどうでしょうか」という質問を受けましたので、その時の回答内容をここでも紹介しようと思います。

 まずなんで日本人は道徳心が下がった、と少なくとも一部で思われるようになったかですが、根底にはやはり他人となるべく関わりたくなくなったのが一番大きいかと思います。私自身の体験で言えば小学校などで散々に「自主性を持て」と言われてほかの人と違う行動をとったら周りから総叩きにあった体験もあり、かといって型通りの対応を取ったら「誠意がない」と言われたりして、なんというか世の中を生きてて正解が見えないような印象を覚えたことがあります。ある人には通用してもほかの人には全く通用しないとでもいうのか、そういったことがどんどん増えてきてだったら初めから可能な限り接触を持たないように、揉め事に関わらないようにする人が増えているのではないかと思います。

 じゃあどうすればこういった状況を打開できるのかですが、私はそもそもの原因は「正解を見えなくさせている存在」があるせいだと考えています。その見えなくさせている存在については敢えて説明することを避けますが、そういったものを排除するのが最も確実で適当な処方だと見ており、自分もその一助にならんと活動を続けています。

2011年12月6日火曜日

埼玉県三郷市、千葉県松戸市通り魔事件の犯人逮捕を受けて

埼玉・千葉連続通り魔の高2男子「なたで殺そうと思った」さらなる犯行準備か(産経新聞)

 昨日、先に埼玉県三郷市と千葉県松戸市でそれぞれ女子中学生と小学生を襲った通り魔事件の犯人が捕まりました。事件内容の残虐さはもとより、弱い存在を狙うという通り魔という犯罪手法から周辺地域の住民はさぞ不安だったかと思いますが、比較的早い時期に犯人を捕まえることが出来て本当によかったかと思います。そういう意味では捜査を行った警察の努力には頭が下がりますし、尊敬の念を禁じ得ません。
 あまりプライベートなことを書いても仕方ないのですが、実はこの両事件の起きた現場というのは自分にとってまさに「庭」ともいうほどの地元で、特に松戸市の事件現場周辺なんて日本にいた頃はお気に入りのサイクリングコースの上にあります。下手すりゃ毎週一回は通っていてもおかしくないくらいに足しげく通ってた場所なだけに、この事件の報道を見た際にはまざまざと周辺風景が頭に思い浮かびました。

 それだけに事件の経過も気になってはいたわけですが、犯人の目撃情報などから若い男だろうとは思ってはいたものの案の定というか高校男子が捕まりました。恐らく一昔前であれば「何故高校生が?」とか思ったかもしれませんが、自分の世代はあの神戸連続児童殺傷事件を見ており、最近はしょうもない理由でこうした犯罪を起こす人間が良く取り上げられるので犯人の年齢についてはあまり気にはなりませんでした。
 たた犯人が少年であることから、事件内容が内容故にまず家裁から地裁へ逆送されることは間違いないものの、成人が同じ犯罪を行ったのに対してはいくらか罪刑は軽くなることが予想されます。まぁ16歳なんだし、死刑は私もさすがにかわいそうだと思うので無期懲役くらいで二度とシャバに出さない程度がいいかと勝手に考えているわけですが、ふと昔に少年法と更生について友人と交わした会話を思い出したので、その話をここで紹介しようかと思います。

 確か友人とその話をしたのは今から7年前の2004年だったかと思いますが、当時線路に自転車を投げ込んだとして中学生が捕まったというニュースがあったのですがそのニュースを引用して私は友人に、「中学生なんだから、線路に自転車を投げ込めば最悪脱線する可能性があることがわかるだろうし、知らないとは言わせられないな。補導じゃちょっと軽すぎるから死刑くらいで済ませた方がいいと俺は思うんだが」と、横で誰かに聞いてたら真面目に引かれそうなことを話したのですが(実際に別の友人は引いた)、私の言に対して友人も慣れているのか、「そうだねぇ……」となんともないような返事を返してきました。ただ友人は返事をしてからしばらく考え込み、しばらくの間があっておもむろに口を開くと、

「その中学生がふざけ半分で自転車を投げ込んだのか、それともほかの事件のようにむしゃくしゃしたとかで投げ込んだのかまではわからないけど、中学生の頃って当人にとってはテストとかで大変かもしれないけど生活は社会とは完全に隔絶された、いわば純粋培養みたいな環境じゃん」
「せやね」
「でしょ。だけど高校生、大学生って年齢を重ねるにつれて大人の世界の不条理とかと人間って接していくじゃん。そういう大人の世界の不条理にぶち当たってカーッとなって事件を起こすというのであれば、もちろん許される行為じゃないけどまだ心情的には僕は理解できるんだよ。だけど中学生のなんも悩みもない時分にむしゃくしゃしてこういう事件起こすんやったらさ、ある意味もう救えない人間とちゃうかな」
「ゆうねぇ君も。でも確かに、中学生くらいのどうでもいい悩みで事件起こすんやったら成人したらどんだけ事件起こせやええっちゅうねんって話やな」
「そうそう。そんでさ、少年法って如何に更生させるかという目的で作られているから成人に対する刑法の内容と比べて緩いんだよね。これ僕の考えだと逆で、鉄は熱いうちに叩けじゃないけど、むしろ成人より厳しい刑罰で臨まないといけないんちゃうかな。そういう意味で花園君の死刑にするべきっていうのも正しい気がする」

 自分も友人も非関西圏から進学してやってきた口なのでいい加減な関西弁ですが、当時の雰囲気を思い出して書くとこんな感じのことを話しました。自分はてっきり過激な方だと自認してましたが、言っちゃなんですがこっちの友人の方がずっとダーティな性格をしていたというわけなのですが、自分もすっかり影響されてしまってこの友人の考えに染まっております。
 もちろん更生できる犯罪者、少年犯を更生させるに越したことはありませんが、自分はやはり世の中には煮ても焼いても食えない奴、どうやっても救いようがない人間というのが存在しているかと思います。そういった人間は片っ端から処刑台に送れとまでは言いませんが、更生なぞ期待せず社会がコストを支払ってでも完全に隔離して一般人に累が及ばないようにしなければいけないのではないかと時たま思います。

 今回この話を書こうと思ったのは冒頭に挙げた通り魔事件に加え、この前ふと調べなおした2000年に起きた「名古屋中学生5000万円恐喝事件」がきっかけでした。この事件自体も非常に呆れるというか加害者に対して怒りとも憎しみともつかない妙な感情を持たされるのですが、なんとこの事件の主犯の二人は少年院出所後にパチンコ店から1200万円を強奪する事件を起こして再び逮捕されていました。逮捕時の年齢は22歳だったということですが、一体何のための少年法か、更生なのかと非常に複雑な気持ちにさせられます。
 またこれ以外にもいちいち挙げはしませんが、有名な少年事件の犯人が出所後に再び犯罪事件を起こしたという例をいくつか知っております。偏見と非難されても構いませんが、私は今回の通り魔事件の犯人である高校生は何をどうしたって出所後に再び同じような事件を起こすのではないかと思え、二度と社会に出してはならないと深く感じます。神戸連続児童殺傷事件の時にはまだ14歳以上を大人と同じ刑法で裁く法律がありませんでしたが今はもうあります。

  おまけ
 この記事で挙げた「名古屋中学5000万円恐喝事件」ですが、うちのお袋と話をしていた時に何故か出てきて、しかもお袋の方が私より細かくこの事件のことを覚えていました。私は普段から「記憶力においてはお袋より上だ」とよくお袋をいびっていたのですが、この時ばかりはお袋も普段の恨みがあったのか、「どや、私のがよく覚えてることもあるんやで( ゚∀゚)」とデカい顔してきて何も言い返せませんでした。これ以降は反省して、あまりデカい顔しないように気を付けてます。

2011年12月5日月曜日

経済の強さと為替の二律背反について

 なんかこのところ日にちの感覚が曖昧になっているのでやや確実ではありませんが、確か先週にIMFが日本の財政状況を取り上げて健全化するように勧告を出してたと思います。もっとも日本を批判する前にどうして今までギリシャとかを見逃していたんだといくらでも言い返しますし、こんな世界にした張本人は私はIMFだと思っているのでこの勧告は特段気にする必要がないと思います。
 ただこの勧告が出た当初、「この勧告を真に受ける奴が出て円安に動かないものか」とちょっと期待しました。と同時に、単純に円高に持ってくためには景気を悪くするのが一番だと思ったのでその辺の当たり前な考察をまとめます。

 まずなんで私がIMFの勧告で円高に動かないものかと思った理由ですが、これは今の日本の景気と財務状況ががいいことから円高になっているからです。テレビでは不況不況といつも念仏のように唱えられているものの、前にも記事で書いたように今年第3四半期に日本はあれだけ震災でやられたにもかかわらずGDPプラス成長を記録しておりますし、失業率も欧米各国、ひいては隣の韓国と比べても遥かに低い状態を保っております。さらに言えば今後も震災からの復興需要が高まることも予想され、確かにリーマンショック前までとはいかないまでも絶望的に景気が悪い状態ではなく、相対的にはいい状態を維持し続けるでしょう。

 こんなことはなにも日本に限らずほかの国もわかっており、また日本の財政は借金漬けとはいえ対外債務はほとんどなくてデフォルトの危険性が全くないことから日本円は人気を博し、今の70円台後半という円高につながっているわけですが、じゃあ逆の円安に誘導するためにはどうすればいいかとなると単純に日本の経済と財政に危機感を持たせればいいことになります。
 そういう意味で先のIMFの勧告なんかある意味で危機感を煽るのにいい材料じゃないかと思ったわけなのですが、さすがにそうも単純にはいかずに未だに日本円は70円台をさ迷っております。一方、世界的にも危機感が煽られまくって実際にギリシャとかイタリアでシャレにならない事態に陥っている欧州ではユーロ安が進んでおり、ドイツなんかこのおかげかなり羽振りが良くなっていると聞きます。そのかわり周りの反発も買っているようですが……。

 こうしてみると景気がいいと通貨が高くなり、悪いと安くなるというある意味では正常な市場原理が働いているようにも見えます。となると「円安に持ってきて景気がいい状態を保つ」というのは今のこの時代だと、なんだか非常に難しい高等技術なような気がしないでもありません。実際に韓国もリーマンショック後にウォン安となってこの世の春を謳歌しましたが、ウォン高になるや急にサムスンが赤字出したりとただ通貨に助けられただけで裏打ちされた経済力でないことが一部露呈しました。といっても、ヒュンダイの車はデザイン面などで下手な日本車よりいいとは思うが。
 となるとじゃあどうすればいいかですが、はっきり言って今はあまりいい手があるとは思いません。強いてあげるとしたら内需を高めることでしょうがこれ以上日本の内需を高めろったって、現時点でも異常と言っていいくらいの高水準にあることを考えるとちょっと難しい気がします。それであれば行くとこまで行って一旦悪くなって、そっからまた這い上がるという老荘思想的な態度で臨んでいる方がこの際いいかもしれません。とりあえずまとめとしては、円安にしようったって好景気とはなかなかセットにならないということです。

2011年12月3日土曜日

東條英機暗殺計画に関わった二人の柔道家

 以前に東條英機の記事を書いた際にウィキペディアを閲覧したのですが、その中に書かれていた「東條英機暗殺計画」にいくらか興味を引く内容が書かれていました。
 最近批判のトーンが落ちてきていますが東條英機は特高を非常によく活用して密告者やら自分を批判したメディア関係者をあの手この手で葬るなど、実質的に恐怖政治を敷いておりました。そのため彼が権力の座にある限りは批判はおろか政策提言すらできず、早くに太平洋戦争は負け戦だとわかり降伏、もしくは和議に応じるべきと考える政治家や軍人も少なからずいたものの、東條がいる間はそれらを実行するのはほぼ不可能でした。

 最終的に東條はサイパン陥落の責任を取る形で首相職を辞任、とはいっても本人はまた自分の分をわきまえずにえらく抵抗したそうですが、岸信介が事実上の暗殺脅迫にも屈せず造反したことで引き摺り下ろされることとなりました。ただ彼が退陣するまで降伏主導派の中では、東條暗殺を本気で計画する人間も出ており、あの細川護煕元首相の父である細川護貞氏も宮中にいた戦時中の自身の日記にて、「もはや東條を殺すしかない」という考えを木戸幸一に伝えたところ、「滅多な事を言うべきでない」と制止されたという話が載せられています。なおこの時のことについて細川護貞氏は、「制止されて部屋を出たところ、急に恐ろしくなって膝がガクガクと震えだした」と書いています。

 そうした数ある東條英機暗殺計画の一つに、ある二人の柔道家が関わった例があります。その柔道家とは牛島辰熊とその弟子である木村政彦のことですが、今の今までこの二人について何の知識も持っていなかったためにこの話を知った時に調べてみたのですが、なかなか興味深い人生をたどった柔道家であることはもとより写真を見ていろいろと非常に凄まじいインパクトを受けました。百聞は一見に如かずなので、ウィキペディアから引っ張ってきた写真を早速載せます。


牛島辰熊


木村政彦

 この二人の写真を見た第一印象をありのままに述べると、「こんな奴らに命を狙われて、生き残る自信がねぇ(゚д゚;)」、というものでした。っていうか、恐すぎるだろ二人とも……。

 まず件の東條英機暗殺計画についてですが、これは石原莞爾などとも交流のあった牛島辰熊と陸軍少佐の津野田知重が1944年に企図したもので青酸ガス爆弾を投げつけるという計画だったそうで、その鉄砲玉として牛島は愛弟子の木村政彦を使おうと考えていたそうです。ただ計画は実行される前にばれて牛島も津野田も憲兵隊に捕まったために未遂に終わったそうですが、何故だか処分は軽く執行猶予刑で済んでます。

 そんな二人の柔道家ですがどちらも全盛期には最強と呼ばれる程の実力者で、特に木村については「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」とまで言われ、現代にいたるまで歴代最強の柔道家という呼び声も高い人物です。ただ二人とも柔道家としては不運な人生をたどっており、牛島は柔道の興隆を目指して国際柔道協会というプロ柔道団体を設立したことから、その功績からすれば最高段位である十段まで登りつめてもおかしくなかったのに九段にとどめられ、木村もこれに参加したためか七段で終わったそうです。
 ただ木村は戦後、ある意味で日本初の総合格闘家に転身してブラジルでブラジリアン柔術のエリオ・グレイシーを破ったり、力道山との確執のある試合など多くのエピソードを残しています。人に歴史ありとは言いますが、一つの事件からこうしたいろんなエピソードにつながっていくのを見るたびに歴史に面白味を感じます。