2013年6月30日日曜日

韓国の近現代史~その十七、全斗煥の大衆政策

 真面目に不人気で仕方がないこの連載ですが、たとえ読む人間がいなくても最後までは貫徹しようという意気込みです。もっとも今回辺りから割と時代が近くなるので、自分も書いてて解説とかしやすくなる分、前よりは面白くなってくるんじゃないかという気がします。
 さて誰も覚えていないであろう前回では光州事件を取り上げ、全斗煥が大統領になるまでの道のりを簡単に紹介いたしました。光州事件に代表される政治弾圧によって見事大統領になった全斗煥ですが、彼は軍人出身でありながらこれまでの朴正煕とは一線を画す政策によって国内経済紙の振興、そして自身の支持率維持に努めました。

 最も代表的な政策と呼べるのが夜間外出禁止令の廃止です。朴正煕以来の韓国では一般市民の夜間外出を禁止していたのですが、全斗煥はこれを緩和して市民の自由な外出を認めます。それとともに市民の興味を政治に向かわせないために実行したとされますが、それまでほとんど認めていなかった大衆娯楽も解放しております。
 これら一連の政策は3S(スクリーン、スポーツ、セックス)政策とも呼ばれていますが、結果的には国内での消費が活況化することによって一時はGDPがマイナス成長に陥っていた韓国経済を再興させるのに影響させたのではないかと私は睨んでいます。

 こうした政策のほかにも全斗煥は、外交でも緊張融和路線を取ります。韓国の大統領としては初めて日本に公式訪問、昭和天皇との会見も行って経済支援を取り付けるだけでなく、1988年開催のソウル五輪招致にも成功しており、こうした「開かれた政策」に関してはなかなかの手腕の様に思えます。
 一方で国内の政治弾圧は一切手を緩めず、先に結末を話すと大統領職の退任後、全斗煥は一連の政治弾圧と汚職から死刑判決(後に恩赦で釈放)を受けることとなります。ただ皮肉な話というか、全斗煥に恩赦を与えたのは政敵でもあり後に同じく大統領となる金大中ですが、彼も大統領退任後に不正蓄財で捜査を受けて晩年はパッとしないところがありました。そして金大中は既に死去していますが、全斗煥はまだ存命というのもいろいろ思うところがあります。

 ちょっと早い気がしますが全斗煥に対する人物評を述べると、粛軍クーデターの際の手際といい大統領在任中の政策といい、その手腕は政治家としても軍人としてもなかなか見事なものだという印象を覚えます。韓国国内でも政治弾圧に関しては批判されるべきとされながらも評価すべき点もあるのではないかと再評価が進んでいると聞きますが、時代が時代とはいえ、政治弾圧がもしなければ名大統領として名を残せたのではないかという気がします。

 次回以降もまだしばらく全斗煥時代について書きますが、次回はいよいよというかこの連載を始めようと思うきっかけとなったラングーン事件を取り上げます。

2013年6月29日土曜日

テレビCMに対する苛立ち

 先ほど、NHKのスポーツニュースを見そびれたのでテレビ東京の「neoスポーツ」で野球の結果を見ようとしたのですが、そのCMの入れ方にあまりに腹が立ったのでここで愚痴を書こうかと思います。

 まず私がテレビの前に陣取ったのは放映開始5分前。もちろん番組が始まる前なのでこの間ずっとテレビCMが流れているのですが、それはまぁしょうがないと特に怒りを覚えることはありません。問題なのは番組開始後で、まず10時半になって番組が始まると、「今日は○○選手について徹底取材」などと短い映像と簡単な構成説明が1分程度流されて、そのすぐ後にまたCMに移りました。まぁこれくらいならどこもやってることだしと、まだ自分も我慢できます。

 とはいえさっきから延々と同じようなCM見させられて、「早く試合の結果だけ教えてくれよ」という感じて見ていたのですが、CMが終わると今度は番組司会者が「こんばんわー」って挨拶し、続いて解説者(緒方耕一氏と前園真聖氏)の紹介、そして二人が今日解説する内容を1分くらい紹介し、そのすぐ後にまたCMに移りました
 この時点で多分周りに誰もいなかったら、決して冗談ではなくテレビ画面に向かってリモコン投げつけていたことでしょう。一体どんだけCMを流すんだ、これは通販番組かと憤懣やるかたない状態でしたが一応は我慢し続けてそのまま待ちましたが、結局この番組が今日のスポーツ結果を報じ始めたのは10時38分頃、つまり番組開始から8分経ってようやく報じるという有様でした。ちなみにこの間、私は番組開始前と合わせて10分以上もCMを見させられたことになります。損だけ待ってようやく始まった番組でしたが、野球からではなくゴルフの試合結果から始まったのでそこでテレビの電源を切りました。もう絶対にneoスポーツは見ないぞ。

 あくまで個人的な違憲ですが、視聴者がCMにイライラするのはそのCM放送時間よりも、コマ切れにして出されることの方が大きいような気がします。上記のneoスポーツの様に番組はなかなか始めようとせず、1分くらい映像流した後にすぐまたCMに移す。この行為はいくらなんでも視聴者をなめたやり方じゃないかと個人的に思います。逆に10分インターバルでCM流すならまだ許せます。

 それにしても自分はこの頃本当に丸くなったと思います。若い頃だったらリモコンを投げようとするとかそういうレベルじゃなくて、こんだけ腹立ったらテレビに向かって横蹴りかフックを確実に入れていたことでしょう。血気盛んじゃなくなって良かったと思う一方、前ほど情熱的じゃなくなったことに少しさびしさを覚えます。

次回参議院選挙に対する私の見方

 先週末に都議選が終わって、日本の政界はいよいよ7月21日に行われる参議院選挙へと関心が移ってきました。かくいう私も三度の飯より政治と中国史が好きだというだけあって現時点でかなりワクワクしており、今日は思う存分に今回の選挙に対する私の見方をどがっと書いていきます。

 まず選挙結果の予測ですが、予測も何も自民・公明が勝利して大量の議席を獲得することはこの前の都議選の結果から言っても明らかで、むしろ与党がどれくらいの議席を獲得できるかが論点でしょう。前回の都議選でもそうでしたが今年に入って与野党間では何かを軸にした大きな論争は全くなく、選挙を前にした現状においても争点らしい争点は何も存在しません。強いて挙げれば憲法改正問題がありますがこれは有権者の間で関心が低く、選挙の争点としたところで野党は得るものはほとんどないでしょう。

 ではほかの分野は争点になるのか?結論から言えばNOとしか言いようがなく、経済分野では多少の批判はあるものの一定度の成功を収めているアベノミクスを批判するのは逆批判を受ける可能性が高く財界からも支持を失います。外交分野でも安倍政権は失敗らしい失敗はなく、中国や韓国とは依然と仲が悪いままですがそれは以前からだし民主党政権時代もそうでした。
 仮に野党がこれまでにこれらの分野で対案なり、独自政策案を出しているのならまだ話は違いますが今回においては、少なくとも私が見ている限りではPRしてきた対案などはなく、安倍政権がやることに対してなんか黙ってみていたような感じにしか見えません。恐らく野党としては安倍政権が何かしらミスったらそれを批判しようと待ち構えていたところ、なんとなくそのままアベノミクスとかがうまくいっちゃったことから何もしないで国会が終わってしまったってのが真相な気がします。昔話(中国伝来)の「待ちぼうけ」じゃあるまいし。

 この敵失(エラー)を待つという政治戦略ですが、皮肉な話であるもののここ数年の日本政治では有効な戦略でした。それが今回に限って何故うまくいかなかったのかというとアベノミクスが比較的成功したことはもとより、大臣を始めとする与党の有力議員が致命的な失言を犯さなかったことが大きいです。
 この点で私は自民党を今回高く評価しているのですが、以前と比べて本当に失言が減った気がします。議員自体が気を付けるようになったのか、失言をする人間を大臣にしなかったのかはわかりかねますが、実に守りの堅い陣営で臨んでいるように思え、自分が記憶する限りですと先日の高市早苗政調会長の「福島原発事故でも死亡した人間はいない」という発言以外では失言らしい失言がこの半年、全くありませんでした。あの麻生財務大臣ですら失言がないのはかえって気味が悪いが。

 このような観点から、次回の参院選では与党大勝利、野党大敗は最早確定していると言っても過言ではなく、与党が過半数を奪い返してねじれ国会も解消することは固いです。ねじれ国会が解消するのは素直に歓迎すべき事態で、あとはほかの改憲政党と合わせて三分の二の議席が取れるか、取れたら完勝ってところですが、非改選議席もあるのでこちらはそこまで簡単じゃありません。でもこのムードならいきかねないと少し思うところもあるのですが。
 ちなみに与党+改憲政党がギリギリで三分の二の議席に達しなかった場合、恐らく野党の間から離反者が出てくると思います。そしたら野党は組織が瓦解まではいかないまでもにっちもさっちもいかなくなるので、この際だから敢えて大敗してみた方が次につながるのではないかとも思います。大勝したら与党も気が緩んで失言をしたりするかもしれないんだし。

 ただそんな野党に対し、「こうすればいいのに」という案が実は一つあります。もったいぶらずに言うとそれは自民公認で立候補してくる渡邊美樹前ワタミ会長を徹底的にやり玉に挙げて批判することです。渡邊前会長については私も記事を書いて批判をしておりますが、折しもブラック企業に対する批判が社会的にも高まっているようにも感じられ、身近な話題と企業であることから有権者の感性にも訴えやすい気がします。
 ワタミは昨日発表された第二回ブラック企業大賞にも見事ノミネートされており、このような社会通念上、問題のある企業の元代表を公認する自民党の姿勢はどういうものか、法律違反を行っている企業を堂々と認めるようなものではないかといった具合に、どうせほかの論点では勝ち目がないのだからワタミ批判に絞って選挙戦を展開したらまだ得られる議席もあるんじゃないかという気がします。

 念のため補足しておきますが安倍首相と渡邊前会長は以前から昵懇の仲で、第一次安倍政権時も教育再生会議のメンバーに入っております。今回の公認も安倍首相の肝いりであることは間違いなく、それだけに野党側としては付け入る隙もあるのではないかと、具体的なことには言及せずにここらで筆を止めます。

 故水野晴郎じゃないけど、政治って本当にいいものですねぇと言いたくなる夜です( ´ー`)

2013年6月28日金曜日

衆参ダブル選挙を予測した方々に対して

 また例によって関係ない話題からですが、以前にも紹介した「銀のさら」のCMがまた面白いです。こういうのを見ていて思うけど、つくづく自分は不条理なネタが大好きな気がします。

 話は本題に入りますが、これから次回参議院選挙についての私の見解を思いっきり書こうかと考えているのですがその前に、どうあがいても理解不能な政治予測が先月から今月にかけて出回っていたのでそれについて個人的な批判をします。

参議院選挙直前の衆議院解散による衆参同時選挙はあるのか?(児玉克哉三重大学副学長・教授)

 やり玉に挙げて少しかわいそうな気がするのでフォローを入れると、今回問題視している「衆参同時選挙が起こるかも?」と予想した人は他にもいっぱいいますし、日経新聞など大手紙の政治部記者もたくさん書いています。その人たちに対して強く言いたいのですが、お前たちの気は確かか?

 本来、予想というのは外れる可能性もあるのだし当たってるかどうかでいちいち批判すべきではないとは思うものの、この衆参同時選挙がさも起こるかのように意見を主張した方に対しては強い疑念を持ちます。

 今回このような主張をした人たちの意見をまとめると、昨年12月に実施された総選挙は一票の格差が大きく、各裁判所からも無効とはしないまでも次々と違憲判決が出されております。そのため上記リンク先の児玉三重大学副学長によると、このままいけば司法から選挙無効判決が出る可能性もあり、そうなってしまっては選挙をやり直さなければならなくなります。なので一票の格差を是正する「0増5減」の選挙区改正を実施した後、7月21日に実施が予定されている参議院選挙に合わせて安倍首相は衆議院も解散し、同時選挙を行ってくる可能性が高いというようなのが主な主張です。

 言ってはなんですが空想も甚だしい意見としか私には思えません。日本の司法というのは三権分立という言葉があってないくらいに行政のいう事に従いますし、仮に選挙無効という意見を出してもその意見を出した裁判官が左遷されてなかったことになるだけでしょう。また前回衆議院選挙で自民、公明の与党は大勝しており今ここで解散してもメリットはほとんどなく、たとえ司法からクレームが来たって政治的判断で無視するのが結果のような気がします。
 有権者からしても去年選挙やったにもかかわらずまた総選挙をやろうものなら変に感じるでしょうし、下手したらその疑念によって与党は今より議席を減らす可能性もあります。以上の様に衆議院解散、同時選挙に打って出るというのは動機も、メリットも、民意もない行為でしかなく、やろうとする人間はまずいないでしょうし、いたとしたら余程の馬鹿か変人に限ります。まぁ昔、一人の変人が誰も予想しない中で衆議院解散に打って出て、見事に大勝してのけたことはありますが。

 重ねて厳しく批判しますがこの衆参同時選挙という予想は想像する価値すらない予想であって、こんなくだらない意見を主張して無駄に有権者を惑わせてどうするのだと同じような意見を言ってた人たちに強く皮肉を言ってやりたいです。どうせ実現性の低い予想をするならもう少し状況解説とか参考に足る内容を発信するべきで、こんなしょうもないこと言うというのはもう政治センスがないに等しいのだし仕事を変えた方がいいと私から是非お勧めします。

2013年6月27日木曜日

ゲーム会社、インデックスの破綻について

 自分は以前はそんなにアニメを見る方ではなかったのですが、今期に限っては「進撃の巨人」、「はたらく魔王さま」、「デビルサバイバー2」の三本のアニメを毎週欠かさず見ております。「進撃の巨人」に関しては漫画も大ヒットしているので説明するに及ばず、アニメスタッフも超人気漫画ということで力の入れようが明らかに違ってて私も高く評価しているのですが、実はそれ以上に評価しているのが「はたらく魔王さま」です。
 細かいあらすじは語りませんが魔王がマクドナルドのアルバイター、勇者がNTTドコモのコールセンター契約社員という、非正規雇用化が進む現代社会をうまく題材に使った原作の面白いストーリーはもとより、こちらもアニメスタッフが非常にいいというか演出が他のアニメと比べて段違いにいいように思えます。それこそ見せ方一つでここまで面白く出来るのかと感心させられるくらいで、映像の世界は奥が深いと思い知らされる出来です。またヒロインに対してネット上で、「ウォールエミリア」、「板金」などと揶揄されているのも見ていてかなり笑えます。

 と、そんな趣味の話は置いといてそろそろ本題に入りますが、私が今見ている三本目のアニメ、「デビルサバイバー2」は同名のゲーム作品を元にしたアニメ作品なのですが、このゲームを制作した株式会社インデックスが本日、経営破綻して民事再生法の適用申請を出してきました。

金融商品取引法違反の疑いで強制調査を受けたインデックス(ジャスダック上場)、民事再生法の適用を申請(帝国データバンク)

 もともと「デビルサバイバー」をはじめとする一連のゲーム作品はアトラスという会社が作っておりました。ただインデックスが大分前にアトラスを買収してからはアトラスはブランド名となり、その後も「ペルソナシリーズ」を始め人気作を出し続けそこそこ成功して生き残ったゲーム会社だったのかと思いきや、思いっきし粉飾決算をやらかして損失を隠しており、それがばれたもんだから一気に民事再生法へと駆け込んだ模様です。
 非常に残念な話なのですが、本業のゲームの方では固定ファンもついてて海外でも高い評価を受けるなど好調だったにもかかわらず、日本振興銀行と株式を相互保有した後に振興銀が破綻しちゃったもんだから一気に財務体質が悪化し、多大な負債を抱えたもんだから粉飾決算をやるようになってしまったと発表してます。もっとも、ゲーム部門も全部が全部ヒットしてたわけじゃないってのもありますが。

 それにしても「デビルサバイバー2」のアニメが絶賛放映中で、来月には追加要素を詰め込んだ「デビルサバイバー2 コードブレイカー」を発売しようとしていた矢先であるだけに非常に残念な事態です。というのもアニメが面白いもんだから自分も買ってやってみようかと思っていた矢先で、親父からニンテンドーDSをふんだくる準備も進めていたのですが、果たして予定通りに発売されるのか。まぁこんだけ発売日が近ければ、発売中止にすることはないと思うけど。

 っと、ここまで書いておいて今気が付いたのですが、 「デビルサバイバー2 コードブレイカー」はニンテンドー3DS専用ソフトで、親父からニンテンドーDSをふんだくってもハードが対応してないのでこれじゃ遊べません。っていうか今年3月に暑い日も寒い日も上海(+香港)で一緒に二年間も頑張ってきた自慢のPSPが実家のリフォーム中になくなっており(施工業者の人間に盗まれた可能性が大)、この際だから3DSを買っちゃおうかなぁ。前の会社で「ゲーム業界記事が唯一書ける男」として名を馳せてたんだし(買う事とは関係ないか)。

 あと最後に蛇足かもしれませんが、自分の持病もあるのかもしれませんが何故か一昨日に突然、旧アトラスで女神転生シリーズのプロデューサーとして深く開発に関わった岡田耕始氏のことが急に気になりました。この人は有名プロデューサーとしてゲーム業界では非常に名が知れた人だったのですが、アトラスを退社した後に自分のゲーム会社「ガイア」を起ち上げたもののあんまりうまくいかなかったようで、HPが大分前から休止していることから既に破綻していると言われております。
 同じように「ロックマン」や「バイオハザード」シリーズに関わった元カプコンの岡本吉起氏も独立後、開発したゲームの売れ行きははっきり言って非常に悪く、社員を解雇した上で現在は活動を停止しております。

 私が思うに、ゲーム業界というのは非常に回転が早い業界です。発想がモノを言う世界なので以前にゲームをヒットさせた人間がまたヒットするゲームを作れるかと言ったら必ずしもそうではなく、逆に若いスタッフ達でも発想や仕組みが良ければヒット作品を作れる可能性があるような業界に思えます。またプレイヤーの感覚もすぐに変わってしまうので、変に過去の成功体験を活かそうと考えると足元をすくわれる可能性すらあります。
 岡田氏、岡本氏に限らず元有名プロデューサーが独立したもののあんまりうまくいかないという話をよく聞くのですが、その原因は「回転の早い業界」にあるんじゃないかと個人的に思います。素人の癖にえらそうな口きいて少し申し訳ない気持ちもするのですが。

 久々にまとまりがない記事を書きあげてしまった感があります。流れをまとめると以下の通りです。

1、見ているアニメの感想
2、インデックスの破綻
3、アトラスのゲーム
4、PSPが盗難(;Д;)
5、有名ゲームプロデューサーの独立後

 性格もあるでしょうが、こういうまとまりのない記事というものにたまに自分で美を感じます。自分も文章に対して「崩し」を求める頃になってきたのかな。

2013年6月25日火曜日

上海総合株価指数の大幅下落について

 今日はちょっと久々に中国の経済ネタ、しかもリアルタイムなネタにチャレンジしようと思います。

 日系メディアでも報じられておりますが昨日の6月24日、日本の日経平均株価に当たる中国の株価の目安、上海総合株価指数が前日比で5.3%も下落して2000ポイントの大台を割り、1963.23ポイントにまで落ち込みました。この辺はここのチャートを見てもらえればわかりやすいですが、この1年間は2000ポイント台をうろうろしていたことを考えると今回の下落はインパクトが大きいと言わざるを得ません。
 そして一夜明けた今日25日も株価は乱高下を繰り返し、終値は前日比0.19%下落の1959.51ポイントとなり依然と低迷する状態が続いております。先週末に行われた都議選で自民党が大勝したにもかかわらず日経平均が伸び悩んでいるのも、この中国の株価大幅下落も大きな原因の一つになっているように私は思います。

 では何故ここにきて中国の株価が大幅に下落したのでしょうか。こういう時、原因は一つだとしばしば主張する人がいますが私としてはやはり複数の要因が絡まりあった結果だと思えるので、ひとまず中国メディアなどで主張されている要因を片っ端から挙げていきます。

1、経済指標などに現れる全体景気の鈍化
2、銀行の貸し渋り
3、企業などによる迂回融資に対する規制予測

 まず一番目については何も言うことなく、HSBCが今年通年のGDP成長率が前年比0.4ポイント減の7.4%になると予想するなど、このところ弱気な予想が相次いでます。
 そして2番目についてですがこれは中国メディアの記事に書かれていたもので、なんでも金融監督を行う部署が商業銀行に対する資産査定を近々実施する予定で、その査察をパスするために各銀行が現金比率を上げようと躍起になったことから融資を抑え始め、資金流通が悪くなったと書かれてありました。まぁ有り得ないとは言えない意見です。

 そして三番目、これはさっき報道ステーションでもやっておりましたが、経済成長が鈍化していることから銀行も中小企業への融資は慎重になっているものの、大企業に対しては今まで通り寛大に融資しているそうです。ただ大企業ではお金はあっても投資計画はそれほどないため、銀行からもらったお金を市場金利より高い金利で中小企業へ貸し付けるという迂回融資を行って利ざやを稼いでるらしく、こうした行為が続けば不良債権が広まる可能性もあるために銀監会が規制をかけるもようだ、という予想が出始めたことで、融資経路がさらに狭まり株価も下落すると見られたことによって株を手放す株主が出たなどと言われています。

 このように市場の不安が色々絡み合うことによって高まったことが原因で株価が下がったという話なのですが、私としてもこの意見が正しいと見ています。更に言えば株価の下落がさらなる下落を呼んだことによって大幅下落を招いてるともいえるのですが、中国当局側もさすがに黙ってみていることはなく、「市場の期待する金融政策を実施し、資本の流動性を高める」などというアナウンスを出しております。
 今後の予想ですが、正直言ってわからないとしか言いようがなく、しばらく中国株は手を出さない方がいいというくらいしか言えません。恐らく中国政府は力技で一時的になんとかすることは出来ても、証券市場は去年あたりからずっと不調で、香港も暗い状態が続いていることから急速な値上がりは期待できず、下手に手を出すくらいなら様子を見るのが一番じゃないかという気がします。

 最後にどうでもいいですが、中国のニュース見ていてこんなニュースにびっくりしました。

印度CPI增幅连续三个月回落 今年已经三次降息(中国証券報)

 書かれている内容はインドのCPI上昇率(インフレ率)が三カ月連続で鈍化しているというものですが、何に驚いたのかというとその数値です。というのも5月のインドのCPI上昇率はなんと9.31%で、物価上昇が激しいなどと日系メディアに叩かれる中国の約4倍もの数値です。インドでこんなにインフレが進んでいるなんて全然知らなかったなぁ。

2013年6月23日日曜日

近年の漫画雑誌印刷部数の推移

 知ってる人には早いですが私は社会学出身でやたら統計が大好きです。前職中も統計記事ばっかり書こうとするから、「お前はもうちょっと外部で人の話を聞いて書け」などとありがたいお叱りも喰らったくらいなのですがへこたれず、何か統計物で書いて見ようかなと思っていた矢先、日本雑誌協会さんが非常にいい統計データを公表してくれていたので、今日は漫画雑誌の印刷部数の推移について書いてこうと思います。そういうわけで御託はいいので早速、三大週刊少年漫画雑誌こと「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年マガジン」、「週刊少年サンデー」の発行部数のグラフ(手作り)をどうぞ。





 まず注目すべき結果なのはやはりジャンプです。どちらのグラフを見てもらってもわかりやすいですがマガジンもサンデーも右肩下がりに印刷部数が減少しているのに対して、四半期で減少となる時期はあるものの全体として落ち込みが見られません。現に2009年第1四半期(1~3月)と2013年第1四半期で比較してもジャンプだけが約3万5,000部の増加となっており、逆にマガジンは約29万部、サンデーは約28万部とそれぞれ減少しています。

 市場全体で考えると少子化でターゲットとなる読者層が減少する中、はっきり言ってマガジンやサンデーの様に部数が減少していくことの方が自然です。にもかかわらず部数を維持できているということは読者層、または年齢層を拡大するのに成功していると捉えるべきなのかもしれません。
 それにしてもマガジンは1990年代の後半には部数でジャンプを逆転した時期もあったのに、今ではダブルスコアを付けられるくらいまでに引き離されたというのはなかなか厳しい現実です。もっともそんなこと言ったらサンデーの方が状況は深刻で、このペースだと今年第2四半期(4~6月)は確実に50万部を切ってしまい、採算的にベースを維持できるかとすら思ってしまいます。

 あと最後に細かい点ですが3誌ともに2011年の第2四半期に、期間中も大きな前期比マイナスを記録しています。これは恐らく東日本大震災に伴う流通の混乱が最大の原因でしょう。

 と、少年誌に関してはここまでにして続いて青年漫画雑誌も早速グラフ投入です。




 青年漫画雑誌は少年漫画雑誌と比べると雑誌数も多く、また発行時期も週刊、隔週刊、月刊もあって比較し辛かったです。ほかにもデータを取った雑誌があるんですが、ひとまず代表格を私選でピックアップしたのが上記のグラフです。
 こちらは少年漫画誌と比べて勝ち組と負け組が分かれることなく、折れ線グラフを見てわかる通りにどの雑誌も右肩下がりでV字回復する見込みすら立たないような状況です。改めてこうしてみると漫画雑誌業界はどこも苦しい現状にあるようで、特にこっちの青年漫画雑誌なんか隔週刊が多いにもかかわらずこれだけ部数落として採算乗るのかと、こちらも見ていて不安に感じてきます。

 雑誌別で見ていくと2009年からの4年間でビッグコミックが約15万部、ヤングマガジンも約15万部、ヤングジャンプが約14万部と部数が減少してます。個人的にちょっと深刻だなと感じるのはヤングジャンプで、出版している集英社は2011年に同じ青年漫画誌のスーパージャンプ、ビジネスジャンプを廃刊して発行雑誌を整理したにもかかわらず部数が下降線を辿っています。まぁそのかわりにグランドジャンプ作ったからかもしれないけどさ。

 このほかの雑誌でも部数が比率的に落ちており、アフタヌーンに至ってはいつの間にか10万部の大台すら割っています。月刊誌でこの発行部数だとこれまた採算おかしくないの聞きたくなるのですが、「ああっ女神様っ」、「大きく振りかぶって」、「げんしけん」などそこそこ知名度の高い作品も擁しているのになかなか売れないもんです。もっとも私個人としてはアフタヌーンだと「シドニアの騎士」を最も高く評価しておりますが。

 あと今回個人的に残念だったのは、スクウェア・エニックスの月刊少年ガンガンの発行部数が公表されていなかった点です。会員名簿を見るとちゃんと日本雑誌協会に入っているのですが何故だか未公表です(・д・)チッ
 何故ここの発行部数が気になるのかというと、2000年代最大の漫画ヒット作と言ってもいい「鋼の錬金術師」が2010年に連載を終えましたが、この前後でどれだけ変動があったのか、ヒット作完結のインパクトがどの程度なのかを測りたかったからです。ネットの噂によるとやはり部数が大幅に減少しているとのことですが、どれもデータの出典元が明らかにされていないから正直信用できません。ただガンガンは本当に「鋼の錬金術師」のワンオフ雑誌、例えて言うなら黒田選手しかまともな投手がいなかった一時期の広島カープみたいだったので、部数が大幅に落ち込んでいるというのも理解できなくはないですが。まぁカープの投手陣はこのところ盛り返してきたけど。

わからないことをわからないと言う意識

 昨日の記事でも少し触れましたが、私が意見を発信する際に気を付けていることとして「わからないことははっきりとわからない」と言うようにしています。これには一つエピソードがあり、その時は私が中学生の頃に戻ります。

 当時、確か中学一年生の夏休みに出された読書感想文の宿題用として図書館で何故か死刑関連の本を読んでいたのですが、その本で死刑は犯罪抑止につながるのかどうかという項目で、「ここ数年の犯罪件数は増えていると思うか?」という質問のアンケートが載せられており、「はい」、「いいえ」、「わからない」の三通りの回答割合が掲載されていました。確か「はい」の割合が最も高かったと思うのですが実態は逆で、むしろ当時の犯罪件数は減少傾向にありました。
 これと同様のものでよく少年犯罪の認知件数がありますが、テレビでセンセーショナルに報じられることから増加傾向にあると思われがちですが、前年比では増えたりする年もあるものの、1980年代と2000年代を比較すると大幅に減少しております。なんで増加していると思われるのかというと、マスメディアがセンセーショナルに報道しがちだからだと言われている、というかそれしか有り得ません。

 話は戻りますがまだくちばしの青いガキンチョだったこともあり、実際には犯罪件数が減っているという事実にかなり驚くとともに、「何故自分は見たこともない統計に対して増えているなどと勝手に判断したのだろう」と思い、「わからない」と回答した人たちになにやら敬意を持ちました。今思い返すとこの頃に統計に対する意識というものが芽生え、わからないものは調査して調べる、または統計結果を必ず出すようにしようという変な性格が方向づいたのだと思います。

 ソクラテスの無知の知ではありませんが、知らないということを知らないというのは簡単そうに見えて実は必ずしもそうではないような気がします。自分が一体何を理解していて何を理解していないのかを把握することは重要ではありますが、それをきちんと実践できてるかとなるとまだ疑問です。出来ないなりにしろそういったことに気を付けることが意見を主張する上で大事なのではというのが、今日の私の意見です。

2013年6月22日土曜日

このブログの公正・公平さについて

 日本に帰国してからこのブログの読者と会う機会が増えていますが、その際にブログの感想を尋ねるとよく、「発信される意見がどれも公平な視点で書かれている」ということを数多く聞きます。このブログは現在、歴史系記事がアクセスゲッターとなってはありますが一応は政治解説ブログとして出発しており書いてる本人は今も政治解説ブログだと信じており、政治というやや機微なテーマを扱うことから偏った意見を発信するブログにしてはいけないとは心がけていたものの、こうして読者から公正・公平という意見をもらえて素直にうれしく感じました。
 もっとも、こんなことを言ってもらえるのはわざわざ会ってくれるほどのコアな読者だったためと言われればそれまでなのですが、折角だから具体的に私が意見を主張する上でどのような点にを気を付けているのか、またどういったところが公平だと見てもらえているのかを今日はちょっと書いてみようかと思います。

 まず先にも書いた通りに、このブログを起ち上げるに当たってなるべく公正な視点で政治意見を主張しようと一応は気を付けており、気を付けるに当たって主に意識したのは以下の三点です。

自分の立場、身分を明確にする
最終的に自分がどの意見を支持するのかを明示する
わからないことははっきりとわからないと明示する

 ごくごく単純ですが、この三原則は意識して守るようにしております。

<自分の立場、身分を明確にする>
 上から解説していくと1番目は基本中の基本ではありますが、はっきり書けば大手マスコミなどが疎かにしている点だと言ってもいいと思います。たとえば非正規雇用問題を書くに当たって私が正社員か、契約社員か、フリーターか、その属性によって主張する意見は同じでも中身は変わってしまうこともあります。正社員の手厚い保護手当への批判をフリーターの身分で行うよりも正社員の身分で批判する方が説得力があるのは言うまでもないことですが、一番よくないのは自分がフリーターなのか正社員なのか、どっちの身分に今いるのかを明らかにしないことだと思います。読者の側からしたらこんなの見えるわけがなく筆者の側から提示するよりほかないわけですが、その意見に対する判断材料としても重要になってくるものなだけに言われなくても筆者側が明らかにすべき情報だと私は考えます。

 ただ先ほどの正社員の手当てに関するものであればまだ正社員でもフリーターでも意見の中身がしっかりしていれば大きな問題にはなりませんが、それこそ死刑廃立問題、原発再稼働問題においては立場や身分を隠し立てすることは完全に欺瞞となります。昨年などは原発再稼働を市民に問う意見公聴会で電力会社社員が組織的に参加し、かつ自分が利益受益者であることを隠しながら再稼働に賛成という意見を主張しましたが、これなどまさに我田引水な駄目な典型でしょう。
 大手メディアも死刑問題や税制問題において専門家の意見を取り上げることがありますが、こういうのは大抵そのメディアが持つ意見に近い片側の専門家で占められる(死刑問題なら廃立派の専門家しか出さないなど)ことが多いにもかかわらず、さも中立を装って専門家の意見として載せるのを見てたら読者もいい気がしないでしょう。だったらもっと堂々と、「うちの新聞は廃立派だ!存立派の意見聞きたきゃヨソ行けヨソ!」と言い切った方がいいんじゃないかと他人事ながら思います。一回でいいからこんなこと書く新聞見てみたいな( ・∀・)イイ!!

<最終的に自分がどの意見を支持するのかを明示する>
 次に2番目についてですが、基本的にこのブログではよっぽどのことがない限り判断材料となる肯定派、否定派の意見を両論併記するようにしております。そして両論を併記した上で筆者である私はどっちの意見が優勢であるかを判断し、自分の支持する意見を直接的にはっきりと書くように心掛けています。
 これも大手メディアに多いのですが両論を併記しただけで投げっ放すというか、どっちの意見が書き手として正しいと思うかは書かないことが多いです。まぁこの辺に関してはメディアも企業という立場もあるのだし多少は理解できなくはないのですが、私自身もそうですが読者としては読後に消化不良な感じを持たざるを得ず、私自身がそういうのに不満だから「じゃあ俺が書いてやるよ( ゚Д゚)ドルァ!!」ってばかりにこのブログを始めたきっかけになったのですが。

 ただこの意見を明示するという行為ですが、この辺の書き方は地味に自分のストロングポイントというか腕の見せ所なのかなと思う時があります。基本的に私が意見を主張する際は、「100%絶対的にこっちが正しい」と書くことも結構ありますが、実際には8:2ないし6:4でこっちの意見が正しいと思うというような、否定する意見にも一理あると思うことが多いです。一理はあるものの全体的利益や現在の情勢、下手したら私個人の感情を考慮した上で優先すべきは賛成する意見だという具合にして自分の立場を明示するわけですが、この辺の感覚をどのように読者に伝えるかはなかなか難しく今でもまだ力が及んでないとは自覚するものの、そもそもこういう書き方をする意見発信者が世の中で極端に少ないため、私個人の勝手な当て推量ですが読者の人からしたら新鮮に映っているのかもしれません。

わからないことははっきりとわからないと明示する
 最後のこの原則もそうですが、基本的に意見を主張する際は言い切った方が絶対的に得です。「~はこうなる!」といった具合に言い切って、もしその予想が間違えていたら、「外しました。予想が甘かったです(´・ω・)スマソ」と言い切ると相手側も批判し辛くなります。たまにこれを理解してなくて、「~になる可能性も無きにしも非ずという意見があり」などと書いたり言ったりする輩もいますがこれだと聞いてる側も不快感覚えるし、外した際も曖昧に弁明してたらその態度自体が批判されることになります。どうでもいいですが、前職の上司も講演をする際は、「外してもいいから予想を言う時は自信たっぷりな振りして言う」と言っており、何事も言い切った方がいいと言った自分を何故か誉めてくれました。

 それでこのわからないことをはっきりと明示することについてですが、予想や判断をする上ですべての判断材料を網羅することは無理に決まっており、基本的には手持ちの判断材料で決めるしかありません。ではその判断材料から漏れたものはどうするかといったら無視するよりほかなく、たとえば現地に住んでいる人の感情などはわかりようがないのですが、こうした材料についてなるべく言及する様には心がけています。書き方としては、「現地住民はどのように感じているかわからないまでも、あくまで外から見ている立場の自分の意見は~」といった具合で、最初の「立場や身分を明示する」という原則にも通じますがどの重要な判断材料を無視した、またはわからないかは書くに越したことはありません。逆に知らないにもかかわらず知った風な口きいて書くのは私個人も気に入りませんし、読む側からもいい気がしないでしょう。
 このわからないということをはっきりわからないと言うことについてはちょっとバックグラウンドがあり、この辺の経緯についてはまた次回に紹介します。

 またずいぶんと長くなりましたが、自分が公正・公平を期すために気をつけている点はざっと以上の三点です。細かい点ならまだありますが私個人としては上記の三点をきちんと守ってさえ言れば大きく道を外すことはないと考えており、もし自分の意見が公平に見られているのならこうした原則が担保してくれているのだと思います。

2013年6月20日木曜日

韓国の近現代史~その十六、光州事件

 まだなかなか終着点の見えないこの連載ですが、前回は朴正煕の死後、軍部内での権力争い(粛軍クーデター)で機先を制することによって全斗煥が実権を握ったところまで紹介しました。軍部内で実権を握ったことによって取り立てて政権基盤を持たない当時の崔圭夏大統領に対する全斗煥の影響力は強まり、この時点でほぼ傀儡政権化しておりましたがそれでも飽き足らず、全斗煥は本命の大統領就任に向けて行動を開始します。この過程で起きた民衆運動こそが1980年の光州事件で、今日はこれを紹介します。

5.18光州民主化運動(Wikipedia)

 事件の発端となったのは軍部を握った全斗煥が新たに施行した戒厳令がきっかけでした。朴正煕政権時代も夜間の外出を禁止するなど厳しい戒厳令が敷かれておりましたが、朴正煕の死後に大統領に就任した崔圭夏はそれまで行動を制限していた金泳三や金大中など民主派活動家の行動制限を緩めたことにより、韓国では一時民主化ムードが立ち込め「ソウルの春」という時代がありました。しかしこうした流れを止めたのは全斗煥でした。彼は自分が立候補する大統領選に際して敵となると見た金泳三、金大中らをこの戒厳令によって逮捕・拘束し、政治活動を著しく制限しました。

 これに怒ったのは金大中の出身地域に当たる全羅南道にある光州市の市民。現在はどうだかわかりませんが当時の韓国は地域意識が非常に高く、政治も地元出身の議員が熱烈に応援される状況だったらしく、一連の金大中への制裁に激しく起こり、反対運動デモが頻繁に実施されました。こうした動きに全斗煥も黙っていません。早速軍隊を光州市に差し向けてデモ鎮圧に動いたのですが、これに対して光州市民側も態度を強行化させ、大きな暴動へと発展していくこととなりました。

 ウィキペディアの記述を引用すると、当時人口75万人だった光州市に投入された総兵力は2万人と、非常に大規模と言ってもいい数字です。鎮圧部隊は群衆に向かって一斉射撃を行ったほか、光州市をぐるりと包囲して情報を完全にシャットアウトし、市民側代表者と武装解除に向けた交渉を行ったと言われております。この間、韓国国内では光州市で何が起こっているのかが全く報じられず、この時の事実はそれからしばらく中国における天安門事件よろしく口伝てでしか伝わら中たようです。

 むしろ逆にというべきか、海外では重大な政治弾圧事件だとして大きく報じられ、アメリカの当局関係者も関心を持ったと言われております。私自身は今回の連載開始に向けた勉強でこの事件を始めて知ったのですが、名古屋・広島に十年以上も左遷され続けてとうとう東京本社に戻ることなく会社を退社したうちの親父は事件を覚えており、一定の年齢層以上は多かれ少なかれ日本での報道を見聞きしていたようです。

 最終的に武装した市民の指導者らが射殺されるなどして、包囲は約10日間を以って終わりを告げます。事件の死亡・負傷者については未だはっきりしておらず今後の研究が待たれるのですが、ウィキペディアが引用している「518記念財団ホームページ(リンク切れ)」の発表によると死者数は240人、行方不明者数は409人、負傷者数は5019人と、どれも大衆運動の鎮圧事件とみるには大人数です。

 こうした政治弾圧を行いつつ全斗煥は崔圭夏に大統領を辞任するよう圧力をかけ、彼を引き摺り下ろします。そして行われた大統領選挙で当選したことにより念願の大統領職に就任することとなるわけですが、その際の施政はソウル五輪の招致などなかなか見るべき点が多いので、次回でまたゆっくり解説します。

2013年6月19日水曜日

ワタミ会長に対する私の印象

 前回の記事で私はブラック企業という言葉が普及して久しいが、いつの間にか日本ではブラック企業が世の中に存在することを誰もが当たり前に思う世の中になってしまっていることに懸念を示しました。その上で一部のブラック企業は悪びれるどころか自らの違法な経営ぶりを堂々と、むしろ自慢げに主張しており、その代表格と言ってもいい会社として居酒屋チェーン運営「ワタミ」を名指ししましたが、今日はここの渡邉美樹会長に対する私の印象を書いてこうと思います。結論から言うと私はワタミでバイトしたこともなければ渡邊会長と直接会ったことも話したこともないという縁もゆかりもない身ではありますが、やはり人間の資質としてみた際にこの人は如何なものかと思う人物です。

 まずワタミがどれだけブラックな会社かというと、説明するのなんだか馬鹿馬鹿しい気がしますがいくつか有名なエピソードを箇条書きで書いてきます。

・従業員に対する社内文書に「365日24時間死ぬまで働け」と書いてあった
・死ぬまで働けと要求する一方、「ワタミの従業員は家族であり労使一体だ」という主張の下で労働組合の結成を認めていない
・労働組合も存在しないのに、勝手に時間外労働時間を雇用者側のみで規定していた
・入社2ヶ月目の26歳の女性が自殺。自殺1ヶ月前の月の残業時間は約140時間で、このほか休日中にもボランティア活動や社員研修なども強制されていた
・老人ホームを運営するグループ会社「ワタミの介護」の運営施設内で、体調急変によって死亡した男性の遺族に対し渡邊会長は「1億欲しいのか」という言葉を吐いたとされる

 どれ一つとっても十分にブラック認定できるほどのエピソードばかりですが、細かいのを上げるとまだまだ出てきます。さらにタイミングがいいというか、今日はこんなニュースも出てきました。

渡辺美樹理事長の学校法人 生徒に反省文100枚書かせるなどして退学者続出(週刊文春)

 上記のニュースは渡邊会長が運営する(2003年から参加)学校法人の郁文館夢学園で、100人弱いた教職員が2年間で30人辞めたほか、今年卒業した学年では生徒約160人のうち10人以上が退学していたということが報じられております。あと記事中で面白かったのは、教員の携帯電話番号を生徒に教えさせた上で、「365日24時間電話していい」とも言っていたそうです。「365日24時間~」というフレーズがきっと好きなんだろうな。

 遠慮なく言わせてもらうと、本当に頭のおかしい企業と会長だなと思います。もっとも、世の中広いんだしこういう会社の一社や二社あってもおかしくはないと思うのですが、渡邊会長については最初にも述べたように自らのやっている行為を悪びれる様子なく、むしろ如何にも自分が正しいかのようにいろんな場所で主張していることに対し不気味さを通り越して呆れてきます。でもって明らかに労基違反をやっていると堂々と主張しているのに対し、行政が取り締まらないというのも凄い国だとも思えてきます。

 もう少し渡邊会長について私の印象を述べると、見ている限りだとやはり権力欲というか社会的地位に対する執着が本当に強い人だという気がします。飲食チェーン企業の運営の傍ら学校法人の理事長に就任したのもその表れですし、かなり早い段階から政界への進出も考えていたことでしょう。恐らく彼の頭の中では総理になることも夢じゃないと考え、本気で狙ってるんじゃないかとも思えます。この辺、折口雅博氏とよく似ている。
 そういった個人の思考に対して私は批判するつもりはないし、高い上昇志向を持つことは基本的に悪くはないと言い切れます。しかし私が渡邊会長を好きになれないのは、そういった自分の欲望達成のために平気で他人をドブに突き落とし、またそういった行為にまるで負い目を感じていない所があるからです。

 漫画の話で申し訳ないのですが「ジョジョの奇妙な冒険」の第6部(7部が最高)にエンリコ・プッチというキャラクターが出てきます。このキャラクターは言うなればラスボスなのですが、目的達成のためなら他人を平気で踏み台にするようなキャラで、ある別のキャラクターからは「お前(プッチ)は自分が『悪』だと気づいていない、もっともドス黒い『悪』だ」と評されております。
 「ジョジョ」の作者である荒木飛呂彦氏はこれ以前にも、「悪の定義は人それぞれに違うし状況で変わってくるけど、他人を踏み台にする人、これは絶対に誰が何と言おうと悪だと思う」と述べており、「ジョジョ」に出てくる悪役は上記のプッチを始め7部のファニー・バレンタインなど多かれ少なかれこの要素を含んでおります。

 自分の欲望のために他人を平気で犠牲にして、その上、自分の行為がまるで何も間違っていないと信じ切っている人間以上のカスは存在しないと私も思います。部外者ながら差し出がましいとは思うもののそれでも一言言わせてもらえば、ワタミの従業員らはもっとストライキとか実際に行動を取った方がいいと思います。現場が止まれば完全に業務がストップするのだし、現場同士で連絡を取り合うなど、場合によっては外部組織に支援を頼んだっていいのだから何か実行に移すべきではないかというのが一つの今日の私の意見です。

  おまけ
 上記のストライキをなんで起こさないのかと関連しますが、先週末に友人と話した際に友人が、「最近の若者は『連帯』がないよね」と話していました。ルームシェアも嫌がるなど、一緒に何か行動を取ろうとする若者が少ないと主張したのですがある程度話し終えると、「まぁ連帯って言ったらワレサが出てくるんだけどさ」と、まさに自分が言いたかったことを先に言ってきました。高校受験とかで世界史を勉強していると、「連帯」と聞くと条件反射的に「ワレサ」が出てきてしまい、これはこれでどんなものかなと二人で笑ってました。

2013年6月18日火曜日

ブラック企業が当たり前に存在する世の中

 なかなか面白い記事を本日見つけたのと、前からブラック企業ネタで一本書こうと準備していたので今日はこのテーマを取り上げます。
 もはや日本語において一般名詞化したと過言ではない「ブラック企業」という言葉ですが、このところは普及を通り越して過剰なまでに一般化し過ぎではないかと少し懸念を覚えております。敢えてこまっしゃくれた言い方しましたが言い直すと、今の日本ではさもブラック企業が存在するのが当たり前のようになってきているように感じます。

「ブラック企業」の台頭とうつ病(西多昌規)

 そんな風に感じていた矢先に見つけたのがこの記事なのですが、記事中にMy News Japanの記事が引用されており、折角だから(越前康介がわかる人も少ないだろうな)私も引用すると、下記のような衝撃的な内容が書かれてあります。
 就職人気企業225社のうち60.8%にあたる137社が、国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求によって明らかとなった。1年間で見た場合の時間外労働時間ワースト1は、大日本印刷(1920時間)、2位が任天堂(1600時間)、3位がソニーとニコン(1500時間)だった。労使一体となって社員を死ぬまで働かせる仕組みが、大半の企業でまかりとおっていることが改めてはっきりした。人気企業の時間外労働の上限が網羅的に明らかになったのは今回がはじめて。
なかなかに衝撃的な内容で私以外にも引用している方がたくさんいるのですが、確かにいい仕事をしております。このMy News Japanの記事を引用した上で西多氏は日本人の働き方、また過剰なまでにサービスを強要すれば回り回って自分に返ってくることについて重要な提言をしているのですがそれは今回置いといて、私の主張を一本に絞って展開します。今日ここで私が言いたいのはただ一つ、労働法によって労働時間の上限が規定されているにもかかわらず、日本全国それを破る企業がいるどころではなくもはや誰も守っていない状況にあり、しかもその状況を当の日本人自身が当たり前に受け取っていることはもはや危機的状況なのではないのかということです。

 あらかじめ書いておくと私自身は労働時間をピッタリ守って仕事が回っていけると信じるほど理想主義ではなく、多かれ少なかれ残業は必然的に生まれると思います。ただその必然的に生まれる残業に対して企業側が支払うべき賃金を支払わず、あまつさえ出社規定時刻の30分前には出社するよう社員に求める会社というのはやはりおかしく、さらにというか見ていて呆れるのですが、そういう会社に限ってタイムカードを押すよう強制していて、「何のためにこれ存在するの?」と大声で突っ込みたくなってきます。
 そしてこのような企業が世の中に大半ある中で、本来監督するべき立場の労働基準監督署が何も動かないというのは、もはや法律はあってないも同然の世の中です。それこそ石を投げれば違反企業に当たるほど多いというのに摘発されたという話はとんと聞いたことがなく、むしろ逆に「残業のない会社なんてあるわけない」、「社会人になったら少なくないサービス残業を我慢しなければ駄目だ」といった、現状を肯定するような意見ばかりよく聞こえます。

 少し抽象的な話をしますが、貨幣というのは信用があって初めて成り立つというのは経済学の基本です。法律学ではどうかはわかりませんが私が思うに基本は一緒で、法律というのはそれが守られるという信用があって初めて成り立つ概念だと考えており、言うなれば「信なくば立たず」です。
 中国の戦国時代にいた法家の先祖といってもいい商鞅などはこれを実践しており、法律を国内に広めるに当たってまず最初に、「この木の棒を向こうまで持っていったら賞金を与える」というお触れを出し、実際に運んだ男に約束通りの賞金を与えることによってお上の出す法律は確実に守られるという概念を植え込んだと言われております。つまり仮に法律があってもそれを守る人が少なければ、赤信号をみんなで渡るかのようにその法律は有名無実化していってしまうということです。

 現在の日本の労働法などはまさにそのような有名無実化の一途を辿っており、「守らないのが当たり前」、「守る奴の方が馬鹿だ」と言わんばかりの状況です。もうこんな状況で労働基準監督署も正す気がないなら労働法自体を廃止したらどうだと内心思うのですが、仮にそうやったら優秀な外国人人材は日本を去り、日本人からも頭脳流出が起こる気がします。そしてなによりも今以上にブラック企業が勢いづくことによって精神疾患などで体調を崩す人間が増え、社会負担もどんどん増していっていくというのがオチじゃないかと思います。

 ブラック企業の弊害についてはこれまでも散々主張してきたので細かくは書きませんが、ブラック企業経営者は雇用を作っていると主張するものの、彼らがいなければもっと大きな雇用が生まれる可能性もあり、また過重労働から解放されて娯楽時間が増えることによって消費拡大も期待できることからその存在は百害あって一利なしだと私は断じます。なので一応は労働時間を縛る労働法があるものの全く機能していないので、この際だからブラック企業を規制する新たな法律を作ってみるのも手かもしれません。
 ただこのブラック企業についてこのところよく思うのは冒頭にも書いたように、いつの間にか存在すること自体をみんな当たり前のように思ってきていて、そうした企業への批判が異常に緩くなっていることです。そしてこうした空気の中で、まだ恥を感じることが出来るなら救いがあるものの、むしろブラックで何が悪いと堂々と居直るようなブラック企業経営者も出てきているというのが日本の変な所だと強く感じます。

 そんな居直るような会社ってどこなのかですが、言ってしまえばワタミです。そういうわけで次回はみんな楽しい陽月秘話流のワタミ特集です。我ながら、いやらしい書き方をしてくるなぁ。

2013年6月16日日曜日

大卒内定率データは正しいのか

 コメント欄でちょこっと聞かれたのと前から興味があったので、日本の大卒内定率について思うことを書いて行こうと思います。

平成24年度「大学等卒業者の就職状況調査」(平成25年4月1日現在)(厚生労働省)

 まず現状で最新となる2013月卒の学生の内定率データですが厚生労働省によると前年同期比0.3ポイント増の93.9%だったそうですこの数値から言えば、大学生100人中94人が内定を取得していたという計算になるのですが、果たして額面通りに受け取っていいものか疑問に感じます。というのもそんなに内定率が高ければ就職状況は非常にいいと言ってもいい状況だというのに、報道を見る限りだと今年も例年通り、学生は内定取得に苦労しており卒業間際になっても進路の決まっていない学生が多いように見えます。

「内定率」カラクリ 実際は60~70%? 留年組は「就職希望者」に含まれず ブランド校もずらり(産経新聞)

 そんな私の疑問に答えてくれるかのように、「内定塾」の創業者である宮川洋氏は上記リンク先の記事を書いてくれております。この記事によると、厚生労働省が発表している内定率調査は偏差値の高い大学の学生しか対象としておらず、言うなれば実態を反映した数字ではないそうです。では実際の内定率はどの程度かというと見出しにも書かれている通り、60~70%くらいが実態ではないかと予想しております。
 あくまで私の肌感覚ではありますが、宮川氏の言う通りに半数にあたる50%よりやや多い、60%くらいが適当な数字だと私も思います。ただそれにしたって厚生労働省の統計発表とは隔たりがあるようなという気もするのですが、改めて厚生労働省のレポートを仔細に見てみると確かに妙な記述が目に入ります。

 一番気になるというか諸悪の根源に当たる調査対象の項目ですが、そのまま引用すると下記の通りです。

「調査対象は、全国の大学、短期大学、高等専門学校、専修学校の中から、設置者や地域などを考慮して抽出した112校、6,250人です」

「調査校112校の内訳は、国立大学21校、公立大学3校、私立大学20校、高等専門学校10校、専修学校20校。調査対象人員6,250人の内訳は、大学、短期大学、高等専門学校併せて5,690人、専修学校560人」

 この説明でおかしなところは、調査対象校を「無作為抽出(ランダムサンプリング)」で選んだとは書いていない点です。はっきり言いますが(はっきり言わないことの方が珍しいブログではありますが)このような統計調査ではランダムサンプリングで調査対象校を選ぶのが当然で、仮に地域を考慮するのであれば人口比から換算して九州は10校、関東は50校と学生数に比例して調査対象校の数を決め、その上で各地域ごとにランダムに対象校を選ぶ層化抽出法を取るのが自然です。しかしそういった調査手法を取っているとは全く書いておらず、やはり宮川氏の言う通りに恣意的に内定率が高く出る学校を選んでいるのではないかという気がしてなりません。

 その上でこちらは決定的に数字がおかしい点ですが、調査対象校の区分内訳として「国立大学21校、公立大学3校、私立大学38校」という数字を出しておりますが、ナレッジステーションのデータによると日本の大学数は783校で、区分内訳は、

  国立:公立:私立=86:92:605(実数)

 となっており、1の位を切って大まかな比率を求めると「8:9:60」という計算になります。この数字に対して厚生労働省の調査対象校の数は「21:3:20」(実数ベース)という具合に、実数的には7倍超も開きのある国立大学と私立大学がほぼ同数という奇妙な選ばれ方がされています。いうまでもなく国立大学は一般的に私立大学より高く評価されやすい面があるため、同じ偏差値でも国立出身の学生の方が内定率は高くなると予想されます。

 もうここまで来たら厚生労働省は確信犯的に内定率を高く見せるためにデータを弄っていると言わざるを得ません。どうも日本や中国といったアジア人というのは何かと統計データに感情をこめたがる傾向があり、実態を正しく理解するための統計数字を歪ませることが多いのですが、こんなことやって誰が得するのか非常に疑問です。というか、この調査を主導した責任者は明らかに能力に問題があるのだから早めにクビを切るべきでしょう。

 最後にもう一つ参考になるデータとして、下記の記事を紹介しておきます。

新卒ニート3万人は本当か、内定率改善も依然厳しい就職戦線(日経BP)

 こちらの記事は2012年10月に出されたやや古い記事ですが2012年3月卒の大卒就職率について、厚生労働省はは93.6%と発表したのに対し文部科学省は63.9%と発表したと報じております。この数字の開きは厚生労働省は就職希望者を母数にしているのに対して文部科学省は卒業者数を母数にしているためだとしていますが、それにしたって開きすぎもいい所ではという気がします。
 その上で文部科学省の調査では、

「(文部科学省の)学校基本調査によれば大学を今春卒業した約56万人のうち、進学も就職もしていない人が8万6000人(15.5%)を占める。そのうち5万3000人は進学準備や求職活動を行なっており、残りの3万3000人余りが分類では『その他』となっている」

 と書かれているようで、「その他」というのはニートに当たるのではと日経BPは書いております。この辺りの方が社会実態をよく表しているのではないかと私自身思います。それにしても今日の記事は引用ばかりであまり気分良くないな。

2013年6月15日土曜日

気象庁に物申す(#゚Д゚) プンスコ!

 今日、午前に出ていた関東地方の天気予報では昼過ぎから激しい雨になるとのことだったので、朝4時半まで漫画喫茶でマンガ読んでたこともあり、当初のサイクリング計画を捨てて午後の1時から4時まで昼寝していましたが、その間の関東地方はやや雲がありつつも晴れ渡っていました。ちなみ雨はその後も降らず、ついさっきの11時くらいからようやく降ってきましたがしとしとぴっちゃん程度で、とても「激しい」なんていう表現は使えない程度です。
 それにしても、昼日中の時間帯を全部昼寝に使ってしまったというのはさすがにもったいない気がしてならないな。寝ていた自分が悪いのだが。

 天気予報なんてものはあくまで予想なのではずれたからと言っていちいち目くじら立てるべきではないと思うのですが、このところというか近年の気象庁発表はいくらなんでも大はずれし過ぎだと密かに、このブログに書いてる時点で密かじゃないですがとにかく思います。今冬は記憶にも新しいとかと思いますが「雪は降らない」といったその日が記録的大雪になったかと思えば逆に、「激しく雪が降るから早や前の出発を」と言ったその日は全然降らず、フェイクに騙されたJRが間引き運転をして通勤が混乱した日もありました。

 極めつけは長期予報です。今年は「例年よりかなり早い」と言って5月に梅雨入り宣言してから、今週に入るまでほぼ全く雨が降らず、全国的な水不足な状態になっているという始末です。気象庁も梅雨入りの時期を修正するかもとか言っていますが、修正以前に「間違ってました」と一言入れたらどうかという気がします。
 また今年に限らなくても、このところの長期予報はちょっとひどすぎます。毎年夏も冬も「例年並み」としか言わず、例年より暑いか寒いかについて言及を避けようとする傾向が見られます。実際に今冬は平均気温がその「例年」より低かったそうで、見事に予想を外してくれたようです。

 以前にも一回書いておりますが、天気予報というのは外出をするかどうかを決めるに当たって大きな指標になるため、飲食店関係者にとっては売り上げを左右する大きな要素です。前に寄った和食屋のおばさんも、「雨が降ってお客さんが減るならまだしも、晴れなのに雨だと予報が出てお客さんが出るのはどうにもかなわないねぇ」と言っており、毎回当てろとは言いませんが、無用な悲劇を生まないためにも気象庁はもっと奮起してもらいたいです。

  おまけ
 昨晩は夜12時から朝4時半まで漫画喫茶で適当に漫画読んでました。帰りしな、道のあちこちで猫が集会開いてました。

  おまけ2
 昨日はセリフが多くて読むのに時間がかかる「銀魂」ばかり読んでましたが、ちょうど読んだ回が天気予報を外し続ける結野アナを助ける回でした。にしてもこの漫画、よくもまぁあれだけ下ネタを展開し続けられるなぁ。

留学生を増やすべきなのか

 本日は一家言ある内容なので、二日連続で休んだ後もあるため気合入れて記事を書いていこうかと思います以前からも感じておりますが楽を狙って簡単なテーマの記事を書くよりも少々重厚で解説のし甲斐のあるネタの方がこっちも書いてて楽しいし読んでる側も面白いと感じてもらえるのではと思います

首相「留学生増加に努力」 有識者会議の提言受け(日経新聞)

 安倍首相政府はこのところ第三の矢こと経済成長戦略方針を矢継ぎ早に発表しておりますがその中の一つに上記リンク先に挙げた海外渡航する日本人留学生増やすという案がありますこの案について安倍首相は以前に海外留学を希望する学生が全員留学できるように、奨学金などの制度を整備していく」とも発言しており、例のグローバルな人材を増やしていくことが大きな目標だと語っております。
 結論から述べると、恐らくというかこんな意見を言うのは間違いなく自分だけでしょうが、私はこの留学生を増やしていく方針に反対で、こんなものに税金を使うべきじゃないという立場を取ります。

 まず誤解してもらいたくないので先に言っておくと、海外に留学するのはその人自身の長い人生で見て非常に価値ある行為だと考えており、行けるものならもちろん行くべきだと考えております。私自身も中国の北京市に一年間行ってきてその辺はこのブログの「北京留学記」のラベル記事にまとめてありますが、日本国内では得られない視野や経験が得られたことはもとより、現地人やその他の国の学生と交流できたことは今でも大きな財産となっております。
 にも関わらず何故留学生を増やすべきではないという立場を取るのかというとこれは単純明快で、日本国内にそうやって海外留学で実力と経験を培ってきた人材に対する受け入れ先がない。言い換えるなら彼らを活用する企業、果てには仕事がないために折角の人材を無駄に食い潰している現状があるからです。

 私がこのような主張を展開するのも、私自身の体験から来るものが大きいです。私自身も中国への留学を果たしたものの、こんなブログを毎日書くような資質による影響のが大きいでしょうが、新卒採用では中国語や留学体験を生かせるような職場にはとうとう巡り合うことが出来ませんでした。このことだけが原因ではありませんが、今でも恩は感じていますが拾ってもらった会社を離れて単身で中国に渡り、現地採用の職を引き当てるに至って初めて留学経験を活用できた次第です。
 そしてこれはちょうど二年前の話になりますが、上海でたまたま再会できた留学時代の友人が、「あの時に一緒に留学していた日本人仲間はみんな中国とは全然関係ない仕事に就いていて、仕事で中国語を使っているのは俺と花園君くらいだ」と教えてくれました。その友人によると、自分と彼を除いた留学仲間の中で中国で働いている人間はもう一人いるそうですが、その人は韓国のゲーム会社(確かハンゲーム)の中国法人で現地採用で働いているそうです。もう国籍的になにがなんやら。

 このように留学を果たしたところでその留学経験を活かせる職場は日本だと限られており、極端な言い方すると9割方の人間は関係ない仕事を選ばざるを得ないと思います。私もそうですが、恐らく留学経験者としてはやっぱり自分の努力してきたことを生かしたいと考えるだけに関係ない仕事に就くという妥協はストレスにしかならず、当人にとっても受け入れた会社にとっても不幸な関係になりかねません。では留学体験を生かせる職場を見つけるにはどうするかですが、これは私の実体験から言って、日本での収入の下手したら半分以下になること覚悟で現地採用で臨まざるを得ないのかもしれません。事実、私がまさにそうだったんだし。
 また、運よく新卒時で留学経験を活かせるような職場に入ったとしても必ずしも上手く行くとは限らないということも報じられています。

企業からは「使いにくい」の声も……。“エリート養成校”国際教養大学の問題点(週プレNEWS)

 ちょうどタイミングよくいい記事が出ていたので引用すると、この記事は創立から短い期間で急激に入学偏差値を上げたことで有名な(と言いつつ、今回初めて知った)、秋田県にある国際教養大学(AIU)の卒業生に関する記事です。この大学は学生に対して一年間の海外留学を義務付けているほか寮での共同生活も課すなど面白いカリキュラムがあり、その甲斐あって就職率も非常に良いと評判だそうですが、卒業生らのその後の「社会人生活」はパフォーマンスを十分に生かし切れず、順風満帆とは限らないことが書かれております。
 見出しにもある通り企業側からは「使いにくい」という声が出ているほか卒業生の側からも、

「自分のほかにも日本企業の古い体質と合わずに会社を辞めた人間は少なくないし、みんなが英語を生かせる仕事をできているわけではない」就職四年後に退職した卒業生

 というように語っており、就職において卒業生と企業間のマッチングが上手くいってないことをうかがわせる証言が載せられています。それにしても、週刊プレイボーイはいい記事というかネタを持ってくるなぁ。

日本企業に就職した各国留学生たちの不満が爆発!(ガジェット通信)

 こちらは私も以前に記事を引用してもらったガジェット通信さんの記事ですが、日本にやってきて日本企業に就職した外国人留学生らもなにやらマッチングが上手くいっていないことが書かれてあります。記事によると彼ら外国人留学生らは会社から5~10年は教育期間だと言われ補助的な作業ばかり回されているようで、それに対して留学生の側から出てきた言葉が、

「会社は5年~10年で教育と言っているが、世界の変化のスピードを知らなさ過ぎ。5年も補助的で基礎的な同じことを日本の中だけでやっていたら、30歳の頃には世界に通用しない人材になってしまう」

「せっかく言葉もいろいろ話せるし、母国も経済が急成長していて、自分たちは勝手を知っているのだから、母国の現場を任せてほしい」

「日本の現場を知ってからというが、日本の現場のやり方は自分らの国では通用しない。それに会社にも自分にも時間がないことがわかっていない」

 というような、私としても「うん、そうだね……」としか言えないような言葉ばかりです。

 既に大分長い記事となっておりますのでここらで簡単にまとめると、私から見て日本企業は語学も出来てグローバルな視野を持つ人材を生かしきれないどころか食い潰しかねないような企業風土があり、留学生の供給数を増やしたところで意味がない。それよりも日本企業の思考を転換させて彼らをうまく活用できるような風土を作るなり、こうした人材がパフォーマンスを十分に発揮できるような企業とのマッチングを進めるなどといった努力を先にするべきだと私は言いたいわけです。でなければ極端な話、留学経験のある日本人人材はみんな日本を離れて現地で就職してしまうかもしれず、何のための留学支援なのかという状況にもなりかねません。
 その上で言ってしまえばこうした供給側に対して需要側の調整を行わずに留学生支援を始めでもしたら、現在のロースクール制度による司法試験合格者や公認会計士などのように路頭に迷う人を増やすだけでしょう。なんでもって政府というのは人材に関して需要を考えずに供給ばかり増やそうとするのか気がしれません。

 最後に蛇足となりますが今まさに私自身が日本企業の国際感覚のなさ、ひいては日本の仕事に対する無意味な価値観に直面しております。またきわどいことを言いますが、日本の社会人はその業界、下手したらその会社内でしか通用しない仕事経験をやたら重要視するところがあるように見えます。言ってしまえばそんな仕事経験は業界や会社を離れたら即無価値となるので、それよりも幅広い業界で使えるような知識や経験を求めた方がいいのに、むしろそういったものほど価値がないとして否定するところがある気がします。反発を受けることで主張させてもらえば、「微に入り、細に入る」という価値観はもはや悪習で、こうした価値観を保つ限り日本企業にはグローバルな人材など育たないでしょう。
 内容濃いけど、ほんと短時間ですぐ書けたなぁ(´∀`*)ウフフ

2013年6月12日水曜日

プロ野球の統一球問題について

 当初はスルー使用かと思ったけど、こういうネタは検索に引っかかりやすいので一つ書いておくことにします。

ファンにおわび…「飛ぶボール問題」でNPB(読売新聞)

 既に選手、または球界関係者の間で「今年の統一球はやけによく飛ぶ」と言われておりこれまでのホームラン数も去年に比べ大幅に増加しておりましたが、案の定というかボールの反発力が去年に比べ大きく引き上げられていたそうです。かねてから反発力を弄ったのではないかと声が上がる中で日本野球機構(NPB)はそんな事実はないと否定していながらも、昨日になってようやく実は引き上げていたと白状し、その上で統一級を作っていたミズノに対して口外しないように口止めしていたことが明らかになりました。

 この一件に対する私の意見を述べると、つかなくてもいい嘘をついて失敗するという、馬鹿の見本のような例だと思います。統一球にしたはいいけど極端に飛ばなくなって去年までのプロ野球は極端な投高打低こと、投手が有利であるのに対して打者が不利な状況が続いており、点とってなんぼのスポーツなだけに見栄えがしない傾向もあったのでそれを見直す目的の下で堂々と反発力を引き上げると言ってれば、恐らく誰も反対はしなかっただろうし選手会らも諸手を上げて賛成したでしょう。
 にもかかわらずNPBは秘密裏に反発力を変え、しかもインタビューによると「飛ばないボール」こと去年までの統一球は今年のオープン戦まで使われていたようなのですがその理由というのも、「在庫が余っていたから」だったそうです。在庫があるかどうかで使用する球を選ぶというのも本当に呆れます。

 この問題、野球を見る側にとってはホームラン数も増えることだしそんなに影響はないのですが、仮に選手、そしてチームの側から見るとやはり大問題です。というのも去年までの飛ばないボールではホームランが出辛いため、長距離にかっとばす打者よりも確実にヒットで出塁して盗塁が出来るバッターの方が戦略上、有利な選手となりやすいわけです。恐らくどのチームもこのような考えを多少なりとも持って今年のチーム編成を行ったのでしょうから、ボールという前提からひっくり返されでもしたら非常にやり辛いでしょう。

 その上で個人名を二人挙げるとしたら、このボールの変更によって大きな影響を受けたのは横浜のブランコ選手、巨人の小笠原選手だと思います。ブランコ選手は昨オフシーズンに中日から横浜へと移籍してきましたが、元からよくホームランを打つ選手でしたが今年はさらに輪をかけて打つようになり、ボールが変わったことによってより真価を発揮し始めてきたように見えます。そのため横浜としては非常にいい補強となりましたが、中日側からすると痛い流出だったと言わざるを得ません。
 そしてもう一人が我らがガッツこと小笠原選手。去年、一昨年共に「今年の戦犯」こと高年俸の割に全然役に立たなかった選手の筆頭として挙げられるほど不振が続いておりますが、彼の不振が始まったのはまさに統一球に移ってからです。飛ばないボールになってからはホームランどころかヒットすら覚束なくなりスタメンの座も追われましたが、今年は代打としてサヨナラホームランを打つなど復調の兆しが出ており、それだけに統一球の導入によってキャリアが大きく翻弄されてしまった選手のように見えてしまいます。もちろん、統一球に対応できてれば問題はなかったのでしょうが。

 この問題でNPBの加藤コミッショナーは、ボールが変更されていたことを初めて知ったのは昨日で、もし知っていたら必ず発表していたと話しており、自身に責任はなく辞任はしないと述べています。もしそうだとしたら私も加藤コミッショナーには責任がないと思うので辞任とかはいいと思いますが、リンク先の記事にもある通りこの問題を主導した下田事務局長は責任を取って辞めるべきでしょう。こういう時はトップが責任を取るべきだという意見もあるでしょうが、さすがに独断専行で、しかも報告すらされていなかった問題でクビ取られるというのはあまりにも不合理すぎる気がします。
 それにしても、こんな責任不要論を自分が言うのも珍しいな。

2013年6月11日火曜日

中国における就職難

 久々の中国ニュースネタですが、今日は新華社を中心に有人宇宙舟「神舟10号」発射の話題がどこもトップニュースです。それは置いといて一つ気になったのは以下の記事です。

日本频换权首相商品走俏 菅直人T恤一周卖百件(法制晚報)

 書かれている内容はClubTが作る日本の首相Tシャツの話で、殊勝が頻繁に変わるもんだから種類も増え、売り上げも上々というような話です。これだけだったら「ふぅん、中国でも報じられるんだね」で終わるのですが、記事の中身をよくよく見てみると「日本の新首相、管直人の
Tシャツがバカ売れしている」と書かれています。今の日本の首相は安倍晋三なのですが記事の日付を見ると今日の日付である2013年6月11日がクレジットされており、これは如何なものかと少し調べてみたら下記の記事にぶち当たりました。

「Yes We Kan」!菅首相のTシャツが大人気(AFP)

 こちらはAFPによる2010年6月9日の記事です。恐らくですが中国語の記事はAFPの英語版記事を見て、今年の6月9日に出された記事だと勘違いした記者が中国語に翻訳したのだと思います。結果的に言えば、3年も前の古い記事を間違って翻訳してしまったというところでしょう。
 馬鹿にした風に書いていますがここだけの話、自分も全く同じ経験をしたことがあります。中国の大手企業の話だったと思いますが大規模投資のニュースがあって今日はこれを書こうと思って全文読み終えた後、やっとその記事が1年前のものだとわかって「無駄な時間を使ってしまった……」と思うことがいくらか。さすがに紙面に載せるまで誤解したことはなかったけど。

 また雑談が長くなりましたが本題に入ると、前にも一度取り上げていますが、このところ中国のニュースサイトを見ると「大卒の就活状況が悪化している」というニュースを非常に多く見かけます。一部記事を読んでみると「文系女子が最悪となっている」と書かれており、状況的には今の日本とほとんど相違がないような印象を覚えます。
 またこれは以前に自分も記事というかコラムで書いた話なのですが、中国も近年は給料は高いけどバリバリ働く外資系への就職はあまり望まず、実利が大きくのんびり働ける公務員への就職志望が高まっており、なんと卒業後も就職浪人を続けるという若者も少なくないそうです。この辺も日本と被る。

 大体2008年くらいから大学を卒業しても必ずしも納得のいく就職が出来ないなどと中国でも言われるようになっていたのですが、今年は民間企業が新卒採用を絞る傾向があり、また物価が上がっているとはいえ賃金はこれ以上増やせないという企業も多いことから学生の希望給与額と初任給額がマッチングしないとも言われております。
 これはあくまで私の推測ですが、給与額というか生活費の面で今非常に大きな問題となっているのはやはり家賃でしょう。中国では去年一年間、不動産税の導入をはじめとした政府の出した住宅販売抑制策によって住宅価格の高騰が一時抑えられたのですが、今年に入ってからはこれらの抑制策が継続されているにもかかわらず高い伸び率で高騰が続いています。そして住宅価格の高騰共に賃貸住宅の家賃も上昇し続けているとされ、都市部で就職する若者からすれば家賃代で初任給が全部すっ飛ぶような事態になりかねない状況だそうです。

 このような中国の状況を見ると、まだ日本の若者はマシなのかもなぁという気もします。少なくとも家賃に初任給の半分以上を取られることはほとんどないだろうし、ルームシェアする人もそう多くないでしょう。もっとも、仕事の充実度で言えば一応まだ市場が拡大している中国の方が感じられるかもしれませんが。

2013年6月10日月曜日

韓国の近現代史~その十五、全斗煥の台頭

 そろそろラッシュを決めてかないといけないと思っている韓国史の連載です。まだ随分と期間が空いてしまったなぁ。

 前回では独裁者であった朴正煕の死後、代わりに大統領になった崔圭夏が戒厳令を緩めるなどして民主化の機運が高まった「ソウルの春」を紹介しました。この時期の韓国は朴正煕時代は夜間外出すらも禁じられるほど統制の厳しかった時代の反動もあって自由に対する意識が高く、政権側もそれに応じるような姿勢を見せていたのですが、結果論を述べるとその希望は見事に打ち砕かれます。というのも、この後に政治の実権を握ったのは朴正煕の後輩ともいえる全斗煥による軍事政権だったからです。

 全斗煥は士官学校出身の根っからの軍人で、朴正煕が軍事クーデターを起こした際は士官学校生徒を率いて真っ先に支持に回り、朴正煕からの信頼を勝ち得て昇進していきました。天気が起こったのはいうまでもなく朴正煕の暗殺事件後で、当時は保安司令官だった全斗煥は同じ軍部の重鎮である鄭昇和陸軍参謀総長と主導権を争い対立します。
 両者の争いは派閥抗争へと発展していくのですが、全斗煥と士官学校時代に同期で後にこちらも大統領となる盧泰愚は1979年12月、電撃的に鄭昇和を朴正煕暗殺時の対応に問題があるとして逮捕し、鄭昇和の息のかかった部隊へ攻撃を仕掛けました。

 この時の一連の行動は「粛軍クーデター」と呼ばれ、韓国大統領府はおろか米軍にすら何の連絡や通達がないままソウルは内戦状態に陥ります。全斗煥は大統領府を制圧すると崔圭夏大統領など文民政治家に対して鄭昇和の逮捕を認めるよう迫り、崔圭夏も当初は抵抗しましたが、軍部に味方がおらず孤立した状況の中で最終的には要求を呑むよりほかがありませんでした。
 こうして全斗煥はライバルを追い落とし軍部の実権を完全に握り、政府に対しても半ば脅迫的に意見を言える立場を確立するに至ります。ここに至って全斗煥は自らの大統領就任も視野に入れて行動を開始し、1980年5月に金泳三や金大中といった民主派活動家の行動を大きく制限する非常戒厳令を出します。この措置に対して韓国国内では反対運動が起こったのですが、こうした動きに対して全斗煥は断固たる措置を取り、後の自身の大統領就任へとつなげるわけです。

 そういうわけで次回は、この時の政治弾圧で有名な光州事件を解説します。

アベノミクスの先行きについて

 明日以降に書いてもいいのですが、書くネタがたまってきているので本日は二本出しで行こうと思います。どうでもいいですが前職中、夕方までに5本くらい記事書いて今日はもう十分かなとか思っていたら日系企業が急にプレスリリース出してきて、追加で記事書いたりしなきゃいけない時が一番焦りました。ささやかなお願いですから、企業は記事書く記者の負担も考えて、プレスリリースはなるべく朝の早い時間に出してもらいたいものです。集中力に余力があるとそれだけいい記事書けるんだしさ。

 また話が脱線しましたが本題に戻ると、先月23日の日経平均株価の大暴落以降、安倍首相への風当たりが激しくなっております。朝日新聞なんか恐らく前から嫌いだったんだろうけど株価も上がってて批判できずにやきもきしていたのもあったのか、このところかなりキツイことを書いてきております。株価がなかなか下げ止まらない現状であるだけに、「朝日は批判し過ぎ!」というような意見はなかなか見ず、それどころかほかのメディアも大体批判的な状況です。
 なお株価に関しては先月の記事で13000円台中盤で下げ止まるのではないかという予想を書きましたが見事に外れ、とうとう13000円台を振り切ってしまいました。正直な所ここまで落ちるとは思いもせず、参院選後のご祝儀投資があっても株価はどこまで立ち直るのか、不安を感じております。

 それで今回の株価下落、そしてアベノミクスの先行きについて様々なメディアがいろんなことを書いているのですが、どちらかと言えば感情論で安倍首相を批判する内容が多くて現状をうまく分析した記事は少ない気がします。そんな中で一番おもしろいと感じたのは意外にも人民日報の評論(リンク先は日本語版)で、今後の先行きについて以下の様に分析しております。

「事実をありのままに見ると、日経平均株価の暴落はアベノミクスの失敗を意味しないが、安倍首相のこれまでの努力が無駄になったことを意味している。7月前にアベノミクスが積極的な効果をもたらし、日本の物価上昇ムードが形成され、経済回復の自信を高める。アベノミクスの段階的な成功により、安倍首相が7月の参議院選で勝利を収め、ねじれ国会を終了させる。安倍首相はその後さらに「円安+金融緩和+財政緩和」の組み合わせに、明瞭な構造改革の政策を加え、アベノミクスの政策体系を完全に構築する。これは日本経済の理想的な回復の流れだが、残念なことに幸先良いスタートを切りながらも、安倍首相のこれまでの成果が無になった。これはアベノミクスの成功確率を引き下げ、さらに日本経済、ひいては世界経済の回復により多くの不確定要素をもたらした」


 この評論で唸らされたのは、株価が上昇傾向のままで7月の参院選を制し、構造改革などの政策を推進していく必要があったと書いている点です。出鼻をくじかれた今の状態では参院選で勝利したとしても大胆な政策は実行し辛くなっており、私の目からしても以前ほど政策選択における自由の幅は狭まっている気がします。

 その上でもう一言加えさせてもらうと、やはり安倍首相の対応は遅い気がします。それこそ株価が大幅下落した直後にでも大胆な経済政策を発表するなどして、成否はともかく市場の不安を取り除く努力をもっと見せてもらいたかったのですが残念ながらそういうのはなく、先週になってようやく「三本目の矢」ということで国民総所得(GNI)を10年後に150万円増やすことや、農業の大規模化を進めるといった話を出してきました。
 しかもこの政策案、はっきりと言わせてもらいますが無価値と言ってもいいでしょう。というのも、GNIを150万円増やすという数値目標はあるのはいいですが、肝心の150万円増やす要因となる話が何もありません。ほっといたら勝手に150万円増えるというわけじゃないんだし。

 一応、農業の大規模化やグローバル特区の設置、インフラ輸出の推進などを上げておりますが、これらの政策案は数年前から何度も繰り返し出てきている話で何も新しくありません。むしろ、前から言っているのになんで今まで実行できてないんだと感じさせられます。じゃあどんな話を私が欲しがっているのかというと、やはり今まであまり聞かれなかった画期的な話、具体的には新産業の成長戦略とかです。
 現状の日本、ひいては国際状況を見る限りだと脱原発に伴う新エネルギー開発、普及が割といいんじゃないのかと思いますが、自民党は東電を切ることは出来ないでしょうからあまり期待できません。

 株価が大幅下落した直後にあまり対応せず、満を持して出してきた「三本目の矢」がこの程度の話だったことから、あまりそうなってはもらいたくないものの今後のアベノミクスの先行きに対してやや悲観視しております。手の平を返すようなことは言いたくはないのですが、みんな期待しているのだから安倍首相ももうちょっと大胆な政策を打ち出すなどして頑張ってもらいたいです。
 最後に苦言というか愚痴っぽい意見ですが、グローバル特区の設置に合わせてグローバル人材の招聘、活用を謳っておりますが、お前らじゃ100年経っても無理だよと真面目に言いたいです。

2013年6月9日日曜日

言語によって変わる仕草、態度、意思決定速度

 このところいただいたコメントの内容から閃く記事が多いですが、今日も一つその辺で三日ぶりに書こうかと思います。これだけ休むのも久々だったな。
 そのいただいたコメントの内容ですが、英語でしゃべっている時は日本語でしゃべる時と比べ「普段より明るくさっぱりした人になる気がする」というものです。あくまで個人の意見とはいえこのコメントを見た時には私も深く感じるところがあり、というのも私も中国語で話をする時は日本語の時と比べかなり強気になるからです。

 結論から述べると、どの言語を使用して離すかによって仕草や態度は変化すると思います。日本語は他の言語と比べて卑罵語が少ないとされており、また私自身の体験からするとやはり温和な性格の強い言語だと思います。一方、英語だと文章より単語を割と個別にぱっぱと出して言った方が相手に通じやすくかつ向こうも第二外国語ならそんな感じなので、イメージ的にはあまり飾らない報告書みたいな具合でテキパキとする言語のような印象を受けます。
 それらに対して我らが中国語はどうか。なんていうか私が見てきた中国人のイメージが色濃く反映されているかもしれませんが、基本的に中国人は声が大きいので使用していると私自身も声が大きくなり、でもって元々大雑把な性格なのにさらに態度が大雑把になっていく印象があります。一言で言い表すとしたら、「細けぇことはいいんだよ」的な雰囲気が中国語には感じられます。

 なお同じ日本語であっても、標準語と関西弁だとまた変わってくる気がします。これも私の体験談ですが、やっぱり関西弁使っていると標準語の時よりせっかちになるような感じがします。逆を言えば標準語を使っていると考え方をまとめる速度がやや低下するような……。

 あと今回の話題に関連してぜひ触れておきたい話があります。以前に紹介したビジネス本「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」の中で書かれてあった話ですが、富士フイルム社内の勉強会で「何故日産のゴーン改革は成功したのか」という議題に対して、「社内公用語を英語に変えたからではないか」という意見が出たそうです。その理由というのも、英語であればやる、やらないといった意思が明確に表れるため、日本語みたいに曖昧な言い合いが続かず意思決定が早まるためだというのですが、実にもっともな意見だと私も思います。

 中国語でもそうですが、たとえば何かを依頼した際によく「あぁん、無理だってそんなこと」と普通に言い返されます。無論こっちは相手を動かさないといけないのですからお金をこれだけ払うとか、こっからここまでは自分でやるからさとか、うまくいけばお前も儲かるぞなどと言ってやってくれるよう説得するのですが、日本の社会上で何かを依頼された際に、「そんなの無理だって」なんて言ったら周りからすぐ白眼視されること間違いないでしょう。
 じゃあ本当に無理な時はなんていうのかと言ったら、「ひとまず前向きに検討させていただきます」とか「一旦、対応を考えさせてください」などと、曖昧に時間を引き延ばした上で、「検討した結果、対応は難しいことがわかりました」などと断るのがマナーといったところでしょう。このところストレスたまってるので一つ強気で言わせてもらうと、時間を空費させるだけのマナーでもはや悪習と言ってもいいのではと思います。特にビジネスの場だったら、無理なら無理と早く言ってくれた方が助かるケースが多いような気がするし。

 このように考えてみると、意思決定を加速させるために社内公用語を英語に変えたりするというのはあながち無価値ではない気がします。今のところ日産はそれほど叩かれていませんが楽天などは「失敗するのが目に見えている」などと批判されっぱなしですが、うまく改革につなげたら日産のように化けるのではないかとちょっと期待した目で見ています。
 それにしても、このところ日本語使っててなんだか疲れること増えてきたなぁ。

2013年6月5日水曜日

外国人に対する中国人の態度

有尾両生類の四肢再生を制御する3種類のたんぱく質を発見(JST、岡山大学)

 最初に全く関係ないですが、科学技術振興機構(JST)と岡山大学が両性類の四肢再生能力に関するたんぱく質の特定に成功したそうです。これを見て私が真っ先に思い付いたのは映画の「アメイジング・スパイダーマン」に出てきた敵役のカート・コナーズ博士で、この人はあくまでお話の中ですが、まさにこの両生類の再生能力を身に着けたところ勢い余って恐竜(リザード)みたいになっちゃいました。出来るのかなぁ、リザード……。

 全く脈絡がないですが話を本題に移すと、昨日書いた「留学先によって異なる現地人への意識」のコメント欄で、「中国人の留学生はアメリカでも非常に堂々としていたように見えた」という書き込みがありました。実はこの指摘に当たる部分を前の記事でも書こうとしていたのですが忘れており、今日はその中国人の厚顔無恥さと言ってもいいような、外国でもやけに堂々としている理由について私の見方を紹介します。

 まず結論から述べると、中国人は日本人とは異なり米国をはじめとした外国にいても非常に堂々としており、個人差はあるとはいえ全体的に言えば現地人と接する際も全く臆する様子がありません。もっとも見方を変えれば逆にふてぶてしくマイペースであるため、最近日本でも話題になっておりますが海外旅行先でトラブルも多いのですが。

 そんな中国人が外国で臆さないというエピソードで、一つとびっきりのを持っております。全部が全部というわけじゃありませんがアメリカ人は英語が世界共通語だと認識しており基本的には英語しか話さず、人によっては相手(外国人)が英語を理解出来なくても英語でまくし立て、「こいつどうやらわかってないようだね( ´∀`)」などとちょっと上から目線な態度をを取る人もいます。でもって日本人はこういう場合に大体、やや委縮するような素振りをみせます。
 一方、これが中国人だと話が違います。これは私が人伝に聞いた話ですが、アメリカにやってきた中国人観光客が空港カウンターに来るや、相手がアメリカ人であるにもかかわらず一方的に中国語でまくし立てたそうです。全く英語を話す素振りをみせない中国人にアメリカ人が困惑していると、「こいつ中国語がわかんないようだぜーm9(^Д^)」と、何故かそのアメリカ人をみんなで笑い倒したとのことです。これを見ていた人は、「英語に委縮しない国の人を初めて見た」と言ってました。

 上記の例はあくまで極端なものではあるものの、多かれ少なかれ中国人には外国に行っても委縮しないところがあると思います。何故中国人は委縮しないのか、要因としてはやはり「自分は中国人だ」というアイデンティティが確固たるものであることと、常日頃から相手の目線に立って行動しないという性格からだと思います。なんかこう書くと見も蓋もないような感じですが、こういうところが中国のいいところだと思えるようになってきたら日本社会では生き辛くなります。

 それともう一つ、これは恐らく私だけが考える理由だと思いますが、中国もアメリカ同様に覇権主義国家であることも見逃せないと思います。こんなこと言ったら鼻で笑われるかもしれませんが、中国はいつかアメリカを倒して世界で覇権を取ることを真面目に考えている国です。国民レベルでも「ナンバー2じゃダメだ、1番じゃなきゃ!」という意識が強く、中華思想というものは現存し続けております。
 無論、現段階ではアメリカに逆立ちしたって敵わないことは中国政府、並びに中国人も百も承知です。だからこそアメリカに追いつこうと国力を高める意識など官僚レベルでは半端じゃないのですが、こうした覇権主義国家であることが外国で妙な萎縮をしない要因の一つじゃないかというのが今日の私の意見です。

2013年6月4日火曜日

留学先によって異なる現地人への意識

 多分気づいている人は少ないでしょうが、右サイドバーにある「最近のコメント」の表示件数を、ここのサイトを参考にしてこれまでの5件から10件に増やしました。以前はBloggerが用意していたコメント表示ガジェットを使っていたのですが、これだと表示件数は最大5件で前から物足りなく感じていました。一方、新しいガジェットは10件表示できるようになったもののコメントされた記事のタイトル、コメント投稿者が表示されなくなりましたが、こういうのはリンクがくっつくことが一番大事なのでこっちの方がいいと思えます。

 それでは本題に移りますが、先日にふとしたきっかけから、若い頃にアメリカに留学したという方とお話しする機会を得ました。いい機会なので当時のアメリカの社会とか留学時の環境などを聞いていたのですがその際に、「やはり留学先では現地のアメリカ人に劣等感みたいなものを感じた」という一言が自分の感性に何故だかヒットしました。

 アメリカ留学者が現地のアメリカ人に劣等感を感じるというか悔しい思いをするということは以前からも何度か聞いたことがあり、戦前の外務大臣の松岡洋右なんかそうした劣等感が変な方向に行ってしまった代表格です。なんでこんな意識を持つのかというといくつか理由が考えられますが、一つは単純にアメリカ人は体格がでかいということ、次にアメリカは日本以上の大国であるということ、そして何よりも大国であることを笠に着てアメリカ人自身が外国人に対して蔑視する態度を少なからず持っているためではないかと私は睨んでいます。
 先に言っておきますが、別に私はアメリカ人に特別な意識は持っていません。ただやっぱり世界の中心であるということを本人らも持っているのか、外国に行っても現地の言葉をあまり使わず英語でまくし立てる態度を見ているとほかの国の人間とはやっぱり意識が違うなと感じてしまいます。

 ちょっと話が脱線しましたが、何故私がアメリカ人に対して日本人留学生が劣等感を感じるという話に反応したのかというと、中国人に対してはまるで逆だったからです。というのも私自身も中国に留学した、っていうか向こうで働いてもいましたが、はっきり言って中国に行く日本人は現地の中国人は「文化水準が低い」、「マナーが悪い」などと明らかに上から目線で、見下した態度を少なからず取っております。恥ずかしい話ですが、私自身もそういった意識を持っていたし、恐らく今もあるでしょう。
 こうした日本人の態度を中国人もなんとなく肌で感じているようです。やはり日本の方が平均収入も多いし先進国だし、「なんかあいつらエラそうにするなぁ」みたいな感覚を持っていると私も聞いたことがあります。まぁ実際、中国人に対してややエラそうな態度取っていると思うんだけど。

 このように留学先によって日本人が現地人に対する態度は見上げることもあれば見下げることもあり、はっきりと分かれるように思えます。多分欧米に行く人は劣等感を感じて、アジアに行く人は優越感を覚えるのでしょう。もちろんそのような意識を持つこともない人もいるでしょうし、あとさらに見上げる態度と見下げる態度のどっちがいいとも悪いとも言い切れませんが、どっちの感覚を持つかによって学生だとその後の性格や思考に多少の影響があるのではないかと私は言いたいのです。
 具体的にどのような変化が起こるのかまではちょっと言及しにくいのですが、この辺をもう少し掘り下げると行先別の留学の効果などがもう少しはっきりするかもしれません。まぁでも一番いいのは、留学中は現地の人たちに尊敬の念を以って彼らの仕草なり行動なり思考なりを学ぼうとする態度を持つことでしょうね。

2013年6月2日日曜日

時間にルーズな日本人

 本題とは関係ありませんが、リンクを結ばせてもらっている方から「このブログにコメントを投稿しようとしたら出来なかった」というお話を先日聞きました。原因はわからないのですが、もし同じような経験がある方はメール(miyamakikai@gmail.com)まで、コメントを入れようとして駄目だった状況などについて一言入れてくれると助かります。
 ちなみに何人かの読者から、「このブログで展開されている話はやけに高度で、生半可なコメントをしてはいけないような雰囲気がある」という意見を受けたことがあるのですが、このような心配はご無用なので素朴な疑問や書いてほしい話題のリクエストなどがあればどしどしコメントしてください。もともとこのブログの記事は問題提起をすることが主目的で、コメント欄でみんなに議論してもらいたいと思いつつ書いているのでコメントしてもらえるとむしろありがたいです。

 それでは本題ですが、去年あたりからお題に掲げた「日本人は時間にルーズだ」という話を引用することが増えました。この話の発端は日本での就労を目指してやってきたけれども看護師資格が取れず帰国することになった、確かフィリピン人看護師が去り際に述べた話で、大まかな内容をまとめると下記の通りとなります。

「日本では始業時間の最低5分前、下手したらそれよりもずっと早くから作業に取り掛からなければならない暗黙のルールがある。逆に終業時間は誰も守っておらず、当たり前のように長い時間残業をしていて半ばそれが義務となっているなど、日本人は時間に対して非常にルーズだ」

 言われることごもっとも、というのが私の意見です。案外、こういうところは外国人が指摘するとすっきりするもんです。

 ここに書かれている通り、一般的な日本社会では5分前には待ち合わせ場所に着くなり作業準備を始めていないといけません。更に言えば、仮に5分遅れようものならとんでもない大問題に発展する可能性があり、人によっては遅れた相手を殴ってもいいという人もいるかもしれません。
 その一方、終業時間に関してはもはやあってないものです。工場のラインなどでは厳格に守られていると聞きますが、そうでない大抵の職場においては終業時間と共に席立ってすぐ帰ろうものなら「てめぇなめてんのか?(#゚Д゚)y-~~イライラ」と言われても仕方ありません。

 仮に始業時間に関してもいい加減であるのなら終業時間が守られなくてもまだ理解できますが、はっきり言って今の日本の企業風土はダブルスタンダードもいい所で、外国人からしたら「自分たちの都合がいいように物事を解釈する連中だ」とか思われてるかもしれません。ちなみに中国だと終業時間を迎えるとリアルにみんな一斉に立ち上がって帰っていきます。あとこれは以前に「フランスの日々」のSophieさんから聞きましたが、Sophieさんが終業時間後もしばらく残って作業を続けていると周りから「Hentaiだなぁお前は」とか言われたそうです。なんでもHentaiでいっしょくたにするのもなぁ……。

 ここまで読んでもらえればわかるでしょうが、私はこうした時間にルーズな日本社会を快く思っておりません。残業時間が非常に長いというだけでなく始業時間に異常なほどに厳格で遅刻を許さないというのも、はっきり言えば精神病の領域にもう入っているだろうと普通に口にして批判してます。
 それこそ5分や10分遅れたくらいで物事に支障が出ることなんてほとんどありません。にもかかわらず日本人は相手が遅刻してくるや鬼の首を取ったかのように人格否定も辞さないほど激しく批判する輩が多く、そういう場面に会う度に今のうちにこいつを始末しておく方が日本社会のためになるんじゃないかと腹の中で本当によく考えます。

 あとこれはやや古い話ですが、2004年に起きた福知山線の脱線事故の後にある批評家が、「JR西日本が過密なダイヤを組んだのは日本社会が1分1秒遅れてはならないほど時間に厳格なことも背景にあるように思える。過密なダイヤを緩めるためにも、日本人はもっと時間に寛容になるべきだ」と話しておりました。この意見にも私は同感で、さすがに1時間遅れてきたら「もうちょっと気をつけなよ」と軽く言いますが、30分程度なら何も言わないようにしております。まぁでも30分遅れてきたら向こうから謝ってくるので、「そんなの気にしないでいいって(・ω・` )」と声かけることのが多いかな。

 そして本丸の終業時間に関しては逆に、もっとしっかり守るべきだと言いたいです。今に始まるわけじゃないですが日本の生産効率性は先進諸国中で最低クラスにあり、その原因はまさにこの無駄に長い残業時間にあると言って過言じゃないでしょう。惰性で働くもんだから時間内にきっちり仕事を終えようという意識が低く、私の目からしても日本人の時間当たり作業量は低いと言わざるを得ません。この前も終業時間の後から会議を始める場面に遭遇して、「何考えてるのこの人たち?」とリアルに感じました。

 さっきからかなり強い言葉で日本社会を批判していますが、私は真面目にこの問題はなんとしてでも改善するべき課題だと考えています。というのも終業時間があってないものという社会ではルールに対する遵法意識が低くなり、どちらかというと上にとって都合の良いルールが下に押し付けられやすくなる社会になりやすくなると思えるからです。もはやすっかり市民権を得た「ブラック企業」という言葉がありますが、そもそもの話、なんでブラック企業がこの世に存続できるのかという疑問を持つべきでしょう。

 たまに「日本人はルールをよく守る民族だ」という人を見ますが、私からすると「ルールや法律を自分勝手に都合よく解釈することが多く、しかも自己解釈ルールを平気で盾に取ってくることが多い民族」で、もっと短く言うなら「かなりあいまいというかいい加減な民族」というところに落ち着きます。これが中国人だとそのまんま「ルールや法律をほとんど守らない民族」で片づけられますし本人らもこの点を自覚していますが、少なくとも日本人みたいに自己ルールを相手へ強制することはまだ少ないかなと思います。まぁこの辺は一長一短か。

 自分でも疲れているのかなと思うくらいやや過激な主張を展開しましたが、真面目にこの時間感覚について日本人はもっと考えるべきだと思います。中には「自分は多少遅刻してもいいと思っているが、相手はそうは思っていないので合わせるしかない」という人もいるかもしれませんが、相手のルールをただ迎合することによって社会全体をギスギスさせていいのかと逆に問いたいです。最後にもう一回また過激なことを書いてしまうと、社会をギスギスさせるような時間感覚の持ち主を如何にこの世から排除するか、そういった風に思考を転回するべきでしょう。

2013年6月1日土曜日

日本型組織を外国人が運営する価値

 「近現代の日本で最高の政治家は?」と仮に聞かれるなら私は、「マッカーサー」だと即答します。日本統治当初からGHQと米軍がバックにあるという恵まれた環境からスタート出来たこともありますが、それを差し引いても短期間で農地改革から民主化、経済再生までやってのけたというのは驚愕に値する功績だと考えているからです。もっとも、マッカーサー自身は本来、政治家じゃなく軍人だけどなぁ。

 それにしても自分で書いておきながらですが、日本最高の政治家がアメリカ人というのも寂しい話です。ただ戦時中から米軍は日本軍を指し、「日本軍は末端の兵士や下士官は非常に優秀だが指揮官は無能で、無謀な作戦を組んでくれるから助かる」と述べており、事実その通りな状況でありました。私自身も日本人は今も昔も底辺が果てしなく優秀であるのに対して上層部の質が低く、極端にマネジメント能力が悪い民族だと考えています。となるとマッカーサーによるGHQ統治時代のように、日本人は案外、外国人にマネジメントしてもらった方が効率よく動けるのではないかという話を今朝に友人としてきました。

 なんでこんな話が出てきたのかというとそもそもの発端は何故か自動車メーカーのマツダで、今ちょっと中国市場では落ち込んでるがこの前に取り上げた「CX-5」を始めクリーンディーゼルエンジンのあの技術は非常にすごいという話をしていて、なんであんなのを作れたのかというとディーゼルエンジンの普及率が高い欧州をメインの市場にしているということに加え、一時期に外国人経営者を招いていたことも大きいのではという意見が出てきたからです。

 現代だと少し隔世の感がありますが、マツダはバブル期の多チャンネル化失敗によって90年代に米フォードから資本参入を受け、96年から03年までフォードから派遣された人物が社長を務めておりました。この時期に社長に就任したのは計四人ですが、なかでも最初にやってきたヘンリー・ウォレスという人がなかなか勘が鋭く、日本市場で初の本格的コンパクトカー「デミオ」を発売して危機的状況だったマツダを一気に立ち直らせております。
 同じく自動車メーカーで言えば言わずもがなの日産のカルロス・ゴーンも見逃せません。彼がやってくるまで日産はずっと赤字が続いていましたが、日産の広報曰く「うちのゴーン(マイブーム)」が来てからは劇的に経営が改善し、現在に至ってもまだまともに会社が続いていることを考えたらその経営力は計り知れません。

 こんな具合で、「日本人はマネジメント能力の高い外国人に支配された方が効率的に動けて、幸せになれるんだよ」といつもながらの過激で極端な主張を展開したところ、「闇金ウシジマくん」が大好きな友人は「そうとも限らないんじゃないかなぁ」と反論してきました。言われてやや落ち着きを取りも出した私も、「確かにソニーのストリンガーの例もあるしねぇ」と考え直して一呼吸を置き、「ただリストラクチャリング(=経営再建)という分野に限っては外国人経営者の方が勝っているのでは」と改めて言い直し、これには友人も同意しました。

 それこそさきほどのマツダ、日産の例はまさにリストラクチャリングですが、外国人だとしがらみがないことから果断に従業員の整理解雇や事業部門の廃止を実行しやすく、変に日本人がやるよりも経営再建しやすいんじゃないかと思えます。ある意味ではGHQ統治も、日本国家のリストラクチャリングだったとも言えますし。
 その上で話を現代に持ってくると、大幅な赤字が続いているパナソニックやシャープなんかは敢えてここで外国人経営者を招く方が良いのではとも言えます。外国人経営者であれば変な雑音に影響されることもないし、シャープなんかきわどいことを言うと、ホンハイから誰か役員なり社長なり送ってもらえばよかったかもしれません。我ながら、本当にきわどいことを平気で口にするなぁ。

 最後に改めて言いますが、私の目からして日本人のマネジメント能力は極端に低いとしか思えません。この方面で長けているのはやはり欧米人で、さらにもう一歩踏み込んでいえば日本人よりは中国人の方が確実に上だと思います。まぁ中国は伸び盛りでオーナー経営者が多いという要因もありますが。
 極端な自由制限があるとかだと話は別ですが、支配されるか否かは幸福とはあまり関係がないと思います。むしろ誰に支配してもらうか、これこそが圧倒的大多数の幸福に大きく影響すると思います。優秀な経営者、政治家、指導者、そういった人たちにどのようにつくかという価値判断をもうそろそろ日本人は考えるべき時ではないか、というより自分たちの幸福につながるのであれば国籍にこだわっている場合じゃないのではというのが今日の私の意見です。