2015年1月31日土曜日

上海で日本人が遭うぼったくり詐欺について

 今日は派遣マージン率の調査も終わった後の休日ということもあり、昼食食って部屋帰って掃除してからは「ウォーシップガンナー2」で68㎝誘導魚雷でも発射して遊んでようと思っていたところ本社から、「月曜までにこの契約書翻訳し終わらないとまずいから助けて( ;∀;)」と連絡が来て、午後二時半から五時半にかけて計三時間も仕事する羽目となりました。この翻訳ですが日本語の契約書を中国語に翻訳するという奴で、前にも一回やってはいるものの面倒くさい用語とか多くて分量の割には苦戦しました。
 ついでに書くとここだけの話し、英語から日本語への和訳の作業速度であればそこそこ自信があり、これまで所属したどの会社でも最速を誇っておりました。あと英文の契約書翻訳も何度かやってて、素人としてはそこそこ自信のある分野であります。

 そういうわけで本題ですが、先日コメントで上海で日本人が引っかかるぼったくりについて質問を受けたので今日はそのことについて書きます。こうしたぼったくり事件は日本でも一部で報じられていますが中国、特に上海の日系人社会では「昔からのおなじみだね!」というくらいに認知度が高く、現地駐在員の間でも大半の人は知っており、上海領事館も度々注意情報を流していますがまだ報道されるってことは未だに行われているという事でしょう。

 このぼったくりは上海で一番の繁華街である「南京路」という、東京で言えば原宿みたいな歩行者天国の通りで起こっています。主な手口は日本人旅行者らしい人間を見つけると中国人女性が日本語で「今何時ですか?」などと話しかけ、その後で日本語を勉強したいのでもしよければどこかお店入って話でもしないかと連れて行き、会計時に法外な料金を請求するというやり方です。
 古典的な手法と言えばそれまでですがこのぼったくり詐欺は十年前からもこういう詐欺が起こっていると私は聞いており、そんなに続くってことは騙される人間が多いからということになるでしょう。
 中には一度に二度騙されたというべきか、最初のお店で法外な料金を支払った後で、「何も知らずあんな高いお店に連れて行ってしまいすいません。お詫びをしたいのでまた別のお店に行きませんか?」と言われてまた別のぼったくり店に連れてかれて会計したという話しすら聞いたことがあります。

 恐らくこの手の詐欺師は仕草や挙動を見て日本人かどうかをまず識別し、手当たり次第に声をかけまくっているのだと思います。実際に私もこの辺りを歩いているとしょっちゅう日本語で「今何時ですか?」と聞かれており、どういう人間かわかっているので一回リアルに、「うるせぇ知るかボケ、死ね!」と日本語で言い返したこともあります。話しかけてきた相手より一緒にいた知り合いの方が驚いてましたが、あいつらは詐欺師だから同情しなくていいと言って黙らせました。
 注意としては南京路、もしくは人民広場といった繁華街で日本語で話しかけてくる中国人は間違いなく詐欺師と思って間違いありませんので、上記の私のように言い返してもいいし、むしろそうした方が付きまとわれなくていいかもしれません。どうせ周囲の中国人は日本語が分からないので、「ぶっ殺すぞクソガキ!」とヤクザばりの脅しをかけても誰も気にしませんし。

 念のため書いておきますが何も常日頃から私はこんな暴言を所構わず吐いているってわけではなく、最低限のTPOは守っております。一日一回は「殺す」と口にはしますが、本気で人間相手に怒鳴ったことなんてまだないし。

派遣企業調査記事の執筆後記

 日本は今各地で降雪が観測されるほど寒い日となったようですが、中国も今週はずっと寒く、積雪とはなりませんでしたが霙っぽいのが降る日もありました。昨夜も非常に寒かったのですが、折り悪くエアコンのリモコンの電池が切れていたため寒さに震えながらブログ記事を執筆していました。
 そんな寒い思いしながら書いた昨夜の「人材派遣企業各社のマージン率一覧、及びその公開率」は執筆時間が約3時間と、通常30分~1時間程度で一本書きあげる私からすると異常に時間のかかった記事でした。調査したデータ量もさることながらあれこれ派遣業界について提言することも多く、正直に言って書いてて非常にしんどい記事でした。もっともそれだけ時間をかけながら書き切れなかった内容も多いので、今日は続きとばかりに言いたいこととか書きたいことをまとめて書き記すことにします。

<調査対象企業の選定>
 今回、再び派遣企業各社のマージン率を調査するに当たって調査対象とする企業は一般社団法人日本人材派遣協会に登録している企業のすべてに当たる560社を選び出しました。何故この560社を対象にしたのかというとサンプル数も調査するにはお手頃で、なおかつ業界団体加盟企業ということで統計を取るに当たって業種や規模の偏りをある程度抑えられ一種の代表性を持たせられると考えたからです。

 結果的にはそれら期待していた効果をきちんと内包するいいデータに仕上げられたと自負していますが、実は日本人材派遣協会のリストを選び出す前にもう一つ、厚生労働省職業安定局のサイトにある派遣業登録企業を調べられるページから対象企業を抽出しようかとも考えていました。ここでは日本国内で派遣業として登録してある全事業所をリストアップすることが出来るため、文字通りオールオーバーな調査にすることが出来たのですが、試しにリストアップさせてみたら調査対象となる事業所が6万件超もヒットし、一般派遣登録事業所に限定しても1万8000件という膨大な数が出てきました。
 当初はこの1万8000件を全部調べてやろうか、次の旧正月中にがんばればなんとかなるかななどと思ってましたが、途中で無理だと思って方針を転換してまず正解でした。まぁ6万件の中からランダムサンプリングしてもよかったのですけどね。

<調査期間について>
 今回調査対象となった企業数は560社で、これらを全部調べ終えるまでには約二週間かかりました。この二週間という期間をどのようにとるか人それぞれですが、私個人の感触としては一週間程度で完了させるべき調査ったように思え、無駄に時間をかけ過ぎてしまったと反省しています。何故これほどまで時間がかかったのか言い訳を述べると、調査をしていて全くと言っていいほどモチベーションが上がらなかったことに起因すると考えています。
 というのも調査結果にも書いていますが、マージン率を公開している派遣企業は5社中1社程度という割合で調べても調べてもほとんどの会社でデータが得られず、そういう企業を繰り返し見ることでモチベーションが下がっていったのだと思います。時間にして大体30分くらいでテンションが落ち、一時間もすれば眠気すら覚えるほどだったためある日に至っては夜十一時にベッドに入って就寝したくらいでした。日系企業の海外拠点を調べる時なんかは三時間くらいぶっ続けでやってても集中力が切れないというのに。

<派遣企業名に使われる頻出ワード>
 文字通り主要な派遣企業各社全てのホームページを検索し、見て回ったわけですが、調査中に困ったのは同業でなおかつ似たような名前の会社が多かったという事でした。パッと見だと区別つかず、検索してヒットしてみてみたら完全に同名の別会社であったこともあり、それから先はきちんと住所確認などをしてリスト中の企業であるかどうかを判別して作業しました。
 そうした派遣企業の会社名に頻出するワードとして挙がってくるのだと、「ヒューマン」、「キャリア」、「スタッフ」が三本柱でしょう。三つとも横文字ですがこの業界はどうも横文字を尊重する文化があり漢字名だけのごつい会社名はほぼ全く有りません。折角だから上記三つのワードを縦文字に変えた上で組み合わせ、「人間職歴従業員株式会社」みたいな会社を誰か作ればいいんだなどとよくわからない愚痴をこぼしながら調査してました。

<グループ内派遣企業の異常な多さ>
 知ってる人には当たり前ですが派遣業界には大手企業の完全子会社として、グループ内に人材を派遣する会社も数多く存在します。それらの会社の派遣先はほぼ100%親会社、もしくはグループ会社で、何故直接雇用せず子会社を経由させてまで採用するのかというと派遣社員として雇えば給与も抑えられ、またいつでも切ることが出来るというメリットがあるからです。このほかグループ間で人員の調整が効かせやすくなったりとか、企業秘密を守りやすいというメリットもあります。
 こう書くと身も蓋もないような言い方に見えますが現地採用を経験した身からするといつ切られてもおかしくない身分の人間がいることはそんなおかしいことだとは思いませんし、そうやっていつでも切れる社員を抱えておきたいという企業側の思惑も理解できなくはありません。

 ただ今回調査をしていて、そうした大企業傘下の人材会社がいくらなんでも多すぎやしないかと疑問に感じました。それこそ「大企業一社につき人材派遣会社一社」といっていいくらいの量で、派遣業界全体にとってもこの乱立振りはかえって発展を妨げるのではと思うほどです。
 一応、平成24年の派遣労働法改正によってこうした大企業傘下の子会社などに対し、関連企業へ社員を派遣するいわゆる「グループ内派遣」の割合を80%以下にすることが規定に加えられています。しかしマージン率の公開義務同様にこちらも罰則がないがため事実上形骸化している状態といってもよく、業界全体の発展を考えてこの際だから強力な罰則を設け再編を促した方が良いのではにかと個人的に感じました。

<マージン率の公開場所、公開の仕方>
 この調査で実に様々な会社のマージン率公開の仕方を見てきましたが、ホームページ上でデータを見つけやすい企業もあれば、見られたくないという思惑もあってかやけに見つけづらい所にこっそり公開している会社も多々ありました。
 私個人の意見としてはマージン率の情報は原則、トップページ、もしくは会社概要のページに直リンクをつけて公開していただけると閲覧者も見やすいのではないかと思います。数ある公開企業の中で一つの理想形と感じたのは株式会社ステップワーク日光で、会社概要のわかりやすい所にマージン率公開ページの直リンクがつけられ、またその公開の仕方も細かい内訳を明かすと共にグラフを用いて公開してあって一目で情報がわかります。しかもこの公開ページはjpg画像になっててPDFより軽くてサッとみられる点も好印象なだけに、公開していない会社は是非ともここを参考にして情報公開に努めてもらいたいものです。

<公開情報の対象期間(事業年度)>
 派遣マージン率は直近年度一年間の平均データを公開することが義務となっておりますが、いくつか見てきた中でマージン率を公開こそしているものの、そのデータを採った対象期間をきちんと明記していない企業が結構多くありました。今回調査ではあまりにもデータが少なくなる恐れがあるため毒を飲む覚悟でそのような会社は「公開している」として○評価としましたが、実際には直近年度ではなく二、三年前のデータで公開している可能性も高いと考えています。
 恐らくもうやる必要はないでしょうが次回の調査ではそのようなデータの対象期間を明記していない会社は須く情報公開義務を果たしていないカス野郎と判断するつもりです。このあたり、派遣企業各社には注意してもらいたいものです。

<初年度しか公開しなかった企業>
 上の事業年度と関連する話ですが、派遣労働法が改正された直後の事業年度はきちんとマージン率の情報を公開しておきながら、次年度以降は更新をサボるというか情報を公開しなくなった会社も多数ありました。恐らくほかの会社があまり報じていないのを見て、「だったらうちもいいや」的なノリでやめちゃったんだと思いますが、逆を言えばこの手の会社は公開が義務だとわかっていながら公開していないというようなもので上記の言葉を又使うならカス野郎ども、といったところでしょう。

<労働組合系団体によって設立された非公開企業>
 株式会社フォーラムジャパン株式会社ワークネットはどちらも労働組合系団体によって設立された人材派遣会社でありながら、マージン率などのデータは公開していませんでした。そもそもこの業界にコンプライアンスを求める方が間違っているのかもしれませんし、労組系団体が口先ばかりで信用できないというのは今に始まったわけではありませんがなんかなぁって気がしてきます。ちなみに名古屋で冷や飯食ってるであろううちの親父は、昔に会社の労働組合に行ったらそこで「同志」とリアルに言われたという思い出話を語ったことがあります。

<問い合わせればデータを送ると嘘を吐いた企業>
 派遣企業の中にはメール、もしくはお問い合わせページで請求すればマージン率などの情報を公開すると書いてある企業もありましたが、そんなの素直にくれるわけありませんでした。ファッキンな対応されて非常に悔しかったのでそのような会社を下記にリストアップします。


 上のプラスアルファは調査対象リストに入っていませんがほかの似た名前の会社と間違えてサイトを訪れ、メールで公開すると言っていたので要求しましたがガン無視されました。こう言ってはなんだけど向こうもいい迷惑だろうな。
 下のスタッフサービスさんは次の項目で詳細に書きますが、もう一社、株式会社サウンズグッドという会社も問い合わせで対応すると書かれてあり試しに送ってみたらなんと、ちゃんとデータを教えてくれました。なおサウンズグッドの問い合わせページでは会社名や役職などを書く欄があったのですが個人による調査だったため、会社名には「個人」と書き、役職には「名ばかり松戸市民」と書いたもんだからまず返事くれないだろうと思っていただけに意外でした。
 ただサウンズグッドは残念なことに、全事業所のデータを送るように伝えていたにもかかわらず本社のデータしか送ってもらえず、向こうの手違いかもしれませんが間を取って公開度評価は「△」にしました。本当に惜しい……。

<裏MVPのスタッフサービスさん>
 そんなこんだでようやく業界大手のスタッフサービスさんの登場です。上記にも書いた通りにホームページ上で同社は請求すればデータを送ると書いてあったので全事業所のデータを送るよう請求した所、会社名と利用目的を明かすよう返信が来ました。そのメールの返答として私は、会社名については個人の立場であるためそもそも答える必要はないと書き、利用目的については正直にマージン率調査による取材であることを明かしました。この私の回答に対する相手の再回答は以下の通りです。

スタッフサービスグループホームページお問い合わせ担当窓口でございます。
ご返信ありがとうございます。
お問い合わせいただきました件につきまして
弊社は法令に基づき、適切にマージン率等の情報公開を行っております。
各事業所ごとに備え付けをしておりますので、そちらにてご覧ください。
スタッフサービスグループ
ホームページお問い合わせ担当

 決して文章を弄っているわけではなく、本当にこのままの文章で返信されました。要するに、遠回しにデータの公開を拒否されたようなもんです。第一、「データが知りたければ事業所に来い」と言われるのは私としては非常に心外で、「マージン率を調べるためだけに、中国にいるこの俺に国境を渡ってこいとでも言うのか(#゚Д゚) プンスコ!」という具合でちょっとカチンと来ました。まぁこうなるのは目に見えてたけどね。
 このメールに対して私はスタッフサービスさんにもう一度返信を送っており、厚生労働省のサイト内の解説でインターネットなどにより公開することが義務だとはっきり書かれていると断った上で、「元記者の立場から言わせてもらうとお宅の法務部は日本語が読めないのかと、本来ならば追加質問するところです」と書き送り、最後に取材に協力ありがとうと言って終いにしました。恐らくここに限らず、ほかの大手に聞いても同じような回答と結末に至ったでしょう。

 何もこのスタッフサービスに限らずインテリジェンスとテンプスタッフ以外の大手は揃ってマージン率をホームページ上で公開していません。今に始まるわけではありませんが派遣業界は異常なまでに法令順守の意識が薄く、これまでにも二重派遣、偽装請負、製造現場への日雇い派遣などが騒がれてきましたが、騒がれた一瞬だけ話題となって今ではまたこれらの違法派遣行為が日常化していると聞きます。少なくとも福島原発の現場作業員はいくつもの派遣会社を経由して派遣されているということは周知の事実で、派遣業界自体が法律を破ってナンボな空気があるように見えて仕方ありません。なんでこうなるのかは重ねて言っているように罰則がないからで、違法があれば経営者に対し懲役刑を必ず課すようにすれば一気に改善に向かうのではと私は考えます。

<面白かった企業>
 最後にこの調査中に見たホームページで面白いと感じた企業を紹介します。

 サイト内に「お局様度チェッカー」というのがあり、男なのにやってしまった。

 何故か「占い・情報の泉」というページがあり、「海外旅行占い」という謎の占いページがあります。ちなみに自分が選んだ行きたい海外旅行先は何故か「中国」と「ロシア」でした。

2015年1月30日金曜日

人材派遣業界のマージン率とそのデータ 2015年版

  追記
 最新の2017年版データとその解説はこちらへ。

 昨年四月に私はこのブログで「人材派遣業界のマージン率(2014年予備調査)」という記事を著し、この記事でマージン率を公開している人材派遣企業数十社の調査データを公開しました。私が何故自らマージン率を調べこの記事を書いたのかというと、平成24年施行の派遣労働法改正によってマージン率の公開が義務付けられるようになったにも関わらずその事実を知らない人間が多いと思ったこと、他にこのようなデータを作っている人がいないということ、そして何よりも実態的に平均的なマージン率はどの程度なのだろうという個人的な興味が一番の動機でした。
 そのような動機から調査を始めましたが記事を書く前にこの構想を友人に話したところ、社会的にも有意義なデータになるはずだと太鼓判を押され、自分自身も派遣労働者の方々に悪くないデータを提供できると思い完成時には意気揚々とアップロードしました。正直、アップ当初はそれほどアクセスは集まりませんでしたが、時間が経つにつれじりじりと閲覧者は増え続け、現在ではこのブログの人気記事の一角を占めるに至っています。

 ただ前回記事の調査をしている際に気になったこととして、そこそこ名の知れた派遣業界の大手企業のほとんどがこのマージン率を公開しておらず、その後もこうした情報を公開していない企業の存在が気になり続けていました。前回調査ではマージン率の平均値を探ることが主眼であったためマージン率を公開している派遣企業しか調べていなかっただけに、調査後はマージン率を公開している企業の割合はどの程度なのかという疑問が新たにもたげてきました。
 もちろん今を以ってしても派遣業界のマージン率を調査している人間はパッと見だと私以外にはおらず、公開率を知ろうったってそんな都合のいいデータがあるわけありません。となると、「なければ作る」が信条の私の出番かと、企業データ調査に関しては「企業居点」の調査で一定の自信があるだけに一つちょちょいとやってやろうかという妙なやる気が昨年末あたりからもたげていたわけです。

 そんなわけで前置きがいつもながら長くなりましたが、前回調査と比べてサンプル数が十倍以上と大幅にスケールアップしたマージン率調査を先日完了したので、その調査結果を下記に記すと共に全調査データをまとめたPDFファイルをその下のアドレスから惜しむことなく配信致します。
 なおこのブログでは画像ファイル以外のデータはアップロードできないので、調査データのPDFファイルはこのブログの生き別れの姉妹サイトこと「企業居点」のサーバーにアップしております。そのため下記の配信アドレスはこのブログのアドレスとは異なりますが、ブラクラとかではないので安心してください。それにしても、レンタルサーバーも借りておくといざって時に役に立つもんだ。

<調査概要>
・調査期間:2015年1月10日~1月25日
・調査対象企業:一般社団法人 日本人材派遣協会(JASSA)の登録企業全部
・調査サンプル企業数:560社
・リストアップ事業所数:841拠点
・調査方法:インターネットを使い該当情報の有無を各社ホームページ上で確認する

<調査結果>
・マージン率の公開率:19.1%(公開企業が107社、非公開企業が453社)
・全体平均マージン率:26.8%
・上位下位10%を除いた中間平均マージン率:26.6%
・マージン率最大値:50.0%(旭化成アミダス株式会社 IT事業グループ)
・マージン率最低値:11.6%(株式会社インテリジェンス 九州支社)

<調査データPDFファイル>
・アイウエオ順(オリジナルデータ)
・マージン率ランキング順
・地域別順
※2016年版調査データの公開に伴い公開停止。こちらのデータが欲しい方はメールでご連絡ください。

<データ注意事項>
1、マージン率は各社の公開値に対し少数点第二位を切り上げ。
2、マージン率0%の事業所は統計目的上、平均値などの計算では除外対象とした。
3、マージン率数値は各社が発表している直近年度のデータを引用。
4、「2012年12月~2013年12月末」より前のデータしか公開していない企業は「×(非公開)」評価として扱った。
5、公開データの事業年度が明らかでない会社は今回に限り、「○(公開)」評価として扱った。
6、本社で派遣事業を行っていない企業は便宜上、一番上に来る事業所を「本社」として表記した。
7、交通費を賃金に含めるマージン率の計算方法を優先的に掲載。
8、個人による調査のためデータの誤字脱字はもちろん、情報が公開されているにもかかわらず見落としている可能性もございます。この点に関しては予め了解の上、一つの調査データとして参考していただくと助かります。

<解説>
 本調査の主眼であったマージン率をネット上で公開している企業の割合は上記の通り19.1%で、きちんと法律通りに公開しているのは5社中1社だけという、事前にある程度予想していた通りの結果となりました。

 なおここでマージン率の公開について簡単に説明しておくと、平成24年に派遣労働法が改正され派遣企業は事業年度ごとにその年のマージン率を事業所別に公開することが義務付けられるようになりました。厚生労働省のサイトに書かれてある指針には、

「労働者や派遣先となる事業主がより適切な派遣会社を選択できるよう、インターネットなどにより派遣会社のマージン率や教育訓練に関する取り組み状況などの情報提供が義務化されます。」

 などと書かれてあり私個人による解釈では、「マージン率などの情報をホームページ上で誰もが見られるようにすることは派遣企業の義務であり、これを果たさないのは明確な法律違反である」と考えております。まぁ罰則がないもんだからそれをいいことにみんなして公開してないということが今回よくわかったのですが。

 ではそのマージン率とはどういう数字なのかですが、端的に述べると派遣先の企業が派遣元に支払う派遣料金に対する派遣社員の賃金の割合で、今回の調査対象企業のリスト元となった人材派遣協会のページでもきちんと解説されています。
 このマージン率は派遣企業の取り分とも言えますがこれ全部が派遣企業の売上げというか収入になるわけではなく、実態的には派遣社員に対する研修費や有給取得費用、福利厚生費も含まれるため、マージン率が高い企業ほど派遣社員に対する搾取がひどいと一概には言えません。調査していた実感では教育研修費がかかりそうなIT、不動産系が高い傾向にあり、あくまで一つの指針としてみるべきデータだと思います。

<マージン率数値>
 そのマージン率の数値ですが今回調査の全体平均は26.8%、外れ値を排除するため上位下位10%を除いた中間平均マージン率だと26.6%となり、去年四月調査時の平均である27.9%と案外近い数値に収まりました。平たく言えば20%台後半が一般的な水準で、30%以上だとやや高い、20%切るとかなり低いと考えればいいかと思えます。
 今回調査でマージン率が最も高かったのは「旭化成アミダス株式会社 IT事業グループ」の50.0%でしたがこれについてフォローというか補足しておくと、旭化成アミダスのほかの事業所のマージン率はどれも30%前後で標準的な範囲内に収まっています。「IT事業部グループ」という名称からしてこの事業所だけやや特殊な派遣の仕方をしているがため数値が高くなったのではと思え、こう言っては変ですが私としてはこの会社にそれほど敵意を感じません。逆を言えばどんだけ高くたってマージン率は50%を越えることはほぼないと言えるわけですし。

<交通費の取り扱い>
 なお調査をしている傍らで、派遣先へ派遣社員が通勤する際の交通費を賃金に含めて計算しているであろう会社が散見されました。この交通費を賃金に含めることでマージン率は見かけ上で低くなるのですが、私自身は交通費は経費であって賃金に入れて算出するべきではないと考えます。
 この点をしっかり考慮している派遣企業もあり、株式会社TJホスピタリティ株式会社ヨットの2社はわざわざ交通費を賃金に含めた場合、含めない場合のマージン率を算出して公開しております。両社のデータを見ると交通費を含めるか含めないかでマージン率はそれぞれ5ポイント、3ポイントも変動するなど小さくない数値で、この点に関しては当局も基準を明確にするはっきりとした指針を出すべきだとここで提案させていただきます。

<非公開企業の特徴>
 同じく調査中に気になった点として、派遣労働法改正直後の事業年度ではマージン率を公開していながら次年度以降は公開しなくなった企業も数多く見受けられました。この手の会社は恐らく同業他社があまり公開していないのを見て確信犯的に公開をやめてしまったのだと私は考えています。
 ちなみにマージン率は事業年度ごとに公開することが義務付けられていますが、事業年度(会計年度)の期間が1月から12月の会社だと直近の事業年度は「2014年1月~2014年12月」となりますが、さすがに締めてから1ヶ月もしないうちにデータを集計して公開しろってのは酷な話に思え、「2013年1月~2013年12月」のデータを公開していればきちんと公開義務に対応していると判断しています。逆を言えばこれ以前のデータしか公開していない会社は例外なく義務を放棄していると判断しました。

 このほか調査中にはホームページ上では公開せず、最寄りの事業所に来るかメールで問い合わせれば情報を公開するという会社もいくつか見られ、問い合わせに対応するという会社数社に対してメールを送っては見ましたが一社を除いたほかのすべてからは結局教えてもらえませんでした。特に、業界大手のスタッフサービスさんなんかは今回調査の裏MVPとも言うべき期待通りの対応を見せてもらっただけに、次回に書く続きの記事でしっかり特集させてもらおうと考えています。

<公開していない大手一同(*^^)v>
 今日の記事の最後として、調査対象リスト(作業途中から閻魔帳に見えてきた)に含む、含まないに関わらずマージン率をネット上で公開していない派遣業界大手企業を下記にリストアップします。

・ザ・アール
・フルキャスト
・メイテック
・スタッフサービスさん
・ジェイコムホールディングス
・ニチイ学館
・パソナ
・マイナビ
・マンパワーグループ
・リクルートスタッフィング(順不同)

書いてて思いますが、ここの会社の人たちも自分のこの記事を読んでくれるのかなと思うと何やら不思議な気持ちになってきます。
 見る人によっては悪ふざけが過ぎるているのではと思われるかもしれませんが、敢えて茶化すような表現で書いているのは本気でやったら絶対こんなもんじゃ済ませないという意思を表しているからです。もしまだ記者やっていたら自分は各社の広報部に電話取材をかけて、一言一句を録音した上でネット上に全部公開していることでしょう。必ず。

 なお全国区で誰もが知る業界大手にくくれば、同じグループ企業ですがテンプスタッフとインテリジェンスの二社のみがマージン率を含めたすべてのデータを公開しています。恐らく派遣会社にとってマージン率データを公開することは不利な条件だからこそほとんどの会社が対応していないのでしょうが、それにもかかわらず、大手であるにもかかわらずきちんと対応しているこの二社には強い敬意を覚えます。
 これは本調査、前回調査でデータを引用させていただいた公開企業各社も同じことが言え、特に中小規模であるにもかかわらず大手がガン無視決め込んでいる中で法律にきちんと従っているということはその一点だけとっても非常に素晴らしい行為だと思います。末筆ながらデータを引用させていただいた公開企業各社に対しここで厚くお礼を申し上げさせていただきます。

 このほか調査中に感じた事や派遣業界に対して提案したいことなどまだまだ書き切れていないので、続きはまた次回にまとめさせてもらいます。

2015年1月29日木曜日

後輩の声(宝塚イントネーション)について


 知ってる人は知ってるでしょうが、上記の動画は昔懐かしの「バイオハザード2」というゲームのクリア後で遊べるおまけゲームの動画です。どんなおまけゲームかというと、ゾンビなどが歩き回る危険地帯を何故か豆腐になって潜り抜けるというシュール極まりない展開っぷりです。もっとも上記の動画は多少プログラムを弄ってるようで、通常なら出てこない敵まで登場してますが。

 で、なんでこんな動画をわざわざリンクしてまで紹介するのかというと、この豆腐の声(悲鳴?)について言いたいことがあるからです。ほかのキャラクターはゾンビとかに噛まれると「アゥッ!」とかいう英語での悲鳴を上げますが何故かこの豆腐はえらく訛った関西弁で、噛まれると「イテッ」と言い、殴られると「なにすんねん!」と言い、刺されると「なんやねん!」と言い、断末魔には「もうあかーん」という声を上げます。
 当時の開発者インタビューによると特徴的な関西弁を操るスタッフの声を収録したとのことらしいですが以前からこの音声を聞く度に、「後輩の声にそっくりだなぁ」なんて密かに思っていました。

 その後輩、っていうかリンク結んでいる「ドラゴンブログ」の松竜介(いつの間にかハンドルネーム替えてやがった)ですが、言うまでもなく関西人です。ただ彼は関西人と言っても兵庫県の宝塚市出身なため、メジャーな大阪の関西弁とはやや異なるイントネーションでの関西弁を操ります。そう考えると上記の豆腐の声の持ち主もこの近辺の出身だったのかもしれません。

 なお紙幅も余っているので後輩についてもう少し書くと、出身大学こそ同じであるものの実は在学中には一度も会って話したことはなく、お互い社会人になってから知り合ってその時に先輩後輩関係にあるということがわかりました。在学期間は少しは被っているけど、一年か二年くらいだから擦れ違ったこともあったかないかってくらいです。
 彼は先にも書いているように宝塚市出身で何気に名古屋に永久左遷の身となったうちの親父とほぼ同じ出身地、ってか親父の実家から二駅くらい先で育っており、最初に会って話した際にそういう妙な共通点があったことに驚くと共に親近感を覚えました。出身的な背景だけでなく理由なく政府や権力者をやけに嫌う性格も共通していますが、それ以上に自分と彼との間にある最も大きな共通点として、お互いに「現地採用」を経験しているという事実があります。

 現地採用の説明については省きますが、日本の一般社会ではまず存在が認知されていない、そんな雇用形態なんてあることすら知られていない身分をお互い経験している身で、経験者でしかわからない事情や体験(主に苦しみ)を共有していることから他の友人とは一線を画した親近感を私も彼に持っていますし、向こうも持ってくれているのだと思います(多分)。逆を言えば日本国内での安定した職を捨てて現地採用で海外に飛び込むような不必要な無鉄砲さを持つという根本的な部分が共通しているともいえ、会話していても気が合うなという風に思っています。

 結果を恐れない行動力という点で私はそんじょそこらの日本人に劣るはずがないと強く自負しておりますが、英語も中国語もほとんどできなかったにもかかわらずいきなり海外に飛び込んだこの後輩に対しては唯一、「負けてるな」とみなしています。もっともほかの私の数少ない友人と比べると、一般的な水準は確実に上回っているものの、この分野を話させたら他の追随を許さないといえるような教養ではやや見劣りするところがあり、前から口を酸っぱくして、「一撃で相手を殴り倒せるくらいの教養を身に付けろ。それだけが君の弱点だ」と先輩ぶって促しています。

 なおもう一つ先輩ぶった行動として、去年の夏に彼と一緒に上海のホテルに泊まった夜、隣の部屋から女性の声が漏れ聞こえてきたので、「おい、隣うるさいから壁叩いて注意してやれ」と命令して壁を叩かせました。叩かせた途端、声は聞こえなくなったので後輩は自分が貸してあげたPSVitaでパワプロをずっとやってました。

2015年1月27日火曜日

求められる演技の質の変化

 昨年に俳優の高倉健氏が亡くなられた際に私もこのブログで追悼記事を書きましたが、当時見たネットの掲示板では高倉氏を悼む声があると共に、「でもこの人、言われてるほど演技は上手くなかったよね」という声もいくつか散見されました。この意見に対して私は、そうも見えなくはないと思うと共に、そう見えてしまう時代なのかなと感じたので、今日はそのあたりというか求められる演技の質が時代と共に変わって来ていると思う所見を書いてきます。
 結論から述べると、私個人の主観で言うと今と昔では監督や観客から求められる演技、高く評価される演技の仕方は変わってきています。

 現代で高く評価される演技について必ずついてくる形容詞は、「自然な」という言葉で、「自然な動き」、「自然な仕草」、「自然な演技の仕方」などという言葉が俳優を誉める際についてきます。もっとも自然な演技と言っても素人くさい演技とはまた違ってくるだけに演じる俳優はそれ相応の努力が求められるわけですが。では昔の俳優はどんな演技が求められていたのか。そんなに昭和時代を長く生きてないのであくまで古い映画を見た上での私の感想ですが、如何にも演技ぶったやや大仰な振る舞い方が高く評価されていたのではと思う節があります。

 こうした印象はそこそこ年齢の入った往年の俳優が出演する現代の作品を見ると覚えやすいのですが、往年の俳優は若手俳優と比べて表情や仕草がちょっと大げさな感じに見え、言うなれば演技臭い仕草を見せます。それに対して若手俳優は、下手だったら話は別ですが基本は普通の仕草、たとえば一般サラリーマンの役ならそこにいるような一般人と思わせるようなしぐさで演技を通しており、こう言ってはなんですが両極端な印象も覚えます。

 こうした求められる演技の質が異なっていることに加え、往年の俳優にはもう一つ求められていたものとして、「俳優のオーラ」というべきか存在感があったのではと推察しています。高倉氏などはまさにその典型ですがそこにいるだけで、画面に映るだけで目を引くような強い存在感があるのに対し、自然な演技が求められどんなキャラでも演じられるようなカメレオン俳優はというと、そうした迫力というか存在感がやや欠けて見えます。無論どっちがいいというわけでもなくカメレオン俳優と呼ばれるような方は私も高く評価しますが、所謂「映画スター」が数多く出ていた昔と今では求めれるものが違うのではと言いたいのです。

 こうした求められる演技の質の違いから、冒頭に述べたように高倉氏の演技はそれほどうまくなかったのではという声も出てきたのではないかと思います。改めて検証しますと、確かに高倉氏の演技の幅はそれほど広くなく、寡黙で真面目、堅物というイメージの役ばかりで、これはと思うようなそのイメージから考えられない意表を突く演技を見せることもほとんどなかったように見えます。
 ただこの辺が難しいというべきか、イメージから遠い役をやればやるほど「俳優のオーラ」というのは薄れていくような気がします。それこそ高倉氏が裸で歌って踊るような役ばかり演じていればどうしてもそのイメージによって寡黙な大人の男のイメージが薄くなってしまいます。恐らくそういうことも考慮して、高倉氏自身もイメージを保つためにも演じる役を選んでいたように思えます。

 最後にこのところ思うこととして、スターという言葉は錦野旭氏以外の方で使われることが現代であるのだろうかという疑念があります。かつての映画スターは前述の通り、俳優のオーラとも言うべき強い存在感を武器に戦い、それがため近寄りがたかったりもしますが手の届かない、偶像というような活躍が出来ました。しかし現代の俳優でバラエティ番組に出ない人はほとんどおらず、またプライベートもブログなどで大っぴらにしていて、この人は特別な人なんだと思わせるイメージを持つ人はもうほとんどいないのではと懸念してます。
 ハリウッド俳優はその点、プライベートはパパラッチに追われるもののセレブリティな生活で特別だというイメージを保っていますが、日本の俳優となると果たしてどんなものか。何も生活を制限しろというつもりはありませんが、もう少しイメージを大事にする俳優もいてもいいようなということで筆をまとめることにします。

2015年1月25日日曜日

イスラム国の日本人人質殺害について

 専門家でもない自分がこのような報道について意見を書く必要があるものかとやや悩むものの、友人などから事件についてどう思うかという問いがよく寄せられるのであくまで参考として書くことにします。個人ブログということもあり多少は大目に見てもらえば助かります。

 既に各所で報道が出ている通りイスラム国(ISIS)の人質となって安否が心配されていた湯川氏が殺害されたとみられる画像が、同じく人質となっていた後藤氏の映像と殺害の事実を語る音声とともに公開されました。これまでに出ている分析だと信憑性の高い情報だとされ、またISISの性格上、殺害していないというようなブラフはないと私も思います。この映像が公開された影響からネット上のニュースはほぼこの件一色で、殺害された時期は、今後の対応はどうするのか、残った後藤氏の救出はどうなるのかなどいろいろ議論が出ています。

 まず今回の殺害事件について私が最初に言いたいことはというと、この一人の人間の死は特別な死なのか、それともよくある一つの死なのかという点で、言うまでもないでしょうが私にとっては後者です。外務省に言われるまでもなく現在中東の戦闘地域は非常に危険な状態だとわかりきっており、仮に無理矢理連れてかれるのであれば全く話は別ですが、自らそんな危険地帯へ渡航するなんて一種殺される、または殺す覚悟がなくてはならず、それがなかったとすれば残酷ですが弁護のしようがありません。やや驚嘆な比喩ですが、飛び込む必要のない火の中へ自ら飛び込むような行為でその結果として死んでしまうということは飛び込む前から十分に予想できた事態です。むしろまだ不意な交通事故死の方が私からすれば特別な意味があると思います。

 もちろん湯川氏の遺族の方々に対しては強い憐憫の気持ちを覚えますが、だからと言って今の状態の様にみんな揃って大騒ぎするほどの事件かと思えばそうでもない気がします。政府も仮に、「やれるもんならやってみろよ」とISISを挑発するような声明を出していれば別ですが、相手側に殺害を制止するなど最低限取るべき処置は取っており、関係者以外であれば中東で一つこんなことあったくらいの受け止め方でいいのではないかと思います。

 なお一部でISISが要求する2億米ドルの身代金を政府は出すべきだった、検討すべきだったと妙な団体や人が主張していますが、こうした意見に対しては私個人として強く批判させてもらいます。額もさることながら仮にそれほどの身代金を渡すとなると、ISISはその金をもっと多くの人間を殺害する事に使うことが目に見えているからです。現地の人間が殺されようとも日本人は殺されてはんらないなんて理由はなく、相手はテロリストであるので決して交渉してはなりません。
 同様に今回の政府の対応を巡って安倍首相を強く批判する方々もおられますが、正直に言ってどうしてこんなことを放言する人間が大手を振って世の中歩いていられるのかが私には理解できません。この事件で真に憎むべき存在はISISであって安倍首相ではなく、、いくらなんでもこの事件でもって安倍首相を批判するのはこじつけもいい所です。

 最後に映像に出ていた後藤氏の発言内容を見てみると、ISIS側は現在ヨルダン政府にテロ行為を行ったことから拘束されている幹部の妹を解放するよう要求しているようです。他の誰もが言わないので私が言いますが、ハンムラビ法典には「目には目を」という報復方法を定めた法がありました。また日本では、「やられたらやり返す。倍返しだ」という言葉が一時期流行りました。

2015年1月24日土曜日

日米のヒーローの違い

 先日友人と話をしている際にふとこの頃映画が量産傾向にある米マーブルのアメコミヒーローについて話が及び、「あいつら、しょっちゅう仲間割れしてね?」と言葉が出てきました。知ってる人には早いですがマーブルのヒーローは映画の「アヴェンジャーズ」を筆頭にコラボレーション企画が非常に多く、互いに共闘することもあれば逆に対立し合う企画もよく持たれます。
 それに対し日本のヒーローはウルトラ兄弟が激しい兄弟喧嘩をすることもなければ、仮面ライダーでも善玉と悪玉に分かれて戦うことはあっても善玉同士で本気で殴り合う話はそんなにないと思います。では何故この違いが生まれるのかについて自分なりの意見を今日書くつもりですが、結論から書くとアメリカのヒーローは理想や正義ががあるのに対し日本のヒーローにはそれがないためではないかと考えています。

 マーブルというかアメリカのヒーローは上述の通りにコラボレーション企画が非常に充実しており、その中ではヒーロー同士が本気で戦い合うという話もたくさんあります。たとえばこれは同一作品上ですがウルヴァリンでおなじみの「Xメン」では主人公たちは人類とミュータントの平和的共存を求めて活躍していますが、敵役のマグニートーというキャラクターはミュータントが差別される世の中を変えるため、暴力的な手段に訴えてでもミュータントの権利向上を目指して主人公たちと対立します。
 主人公たちとマグニートーたちはどちらもミュータントの権利向上という、同じ目的でもって活動していますが手段が異なるため対立しているという構図です。黒人の人権活動で活躍したキング牧師とマルコムXの構図(恐らく意識されていると思う)に近いのですが、こうした構図からマグニート―はただの敵役として見られず、ホロコースト体験者というある種最も差別を受けてきた立場という設定もあって高い人気を誇ります。また手段は違えど同じ目的を抱えるということから、時には主人公たちを助ける側に回り、一時期はXメンのチームリーダーにも就任しています。

 このようにXメンは敵味方で完全に善と悪に分かれているわけではなく、またマグニートーがチームリーダーになるように敵が味方に、逆に味方が敵に回ることもあり、Xメンの初期メンバーの一人であるサイクロップスなんか平和的手段では限界があるとして、ミュータントの独立国家を暴力的な手段を伴い強行的に作り始める話だってあります。
 このXメンの例で注意してもらいたいのは、ヒーローが独自の正義なり理想なりに従って行動しているという点と、敵役にも歪んでいることもありますが独自の正義を持っているという点です。この辺りが日本のヒーローとの最も大きな違いと見ています。

 次の例に移りますが、これは実際に別作品同士のコラボレーション企画が持たれた例なのですが、バットマンパニッシャーという二人のヒーローがいます。これなんか非常にわかりやすいのですがバットマンはどんなに凶悪な犯罪者でも絶対に殺さずに捕まえるという信条を持っているのに対し、パニッシャーはどんな犯罪者も必ず殺すという信条を持っててまさに真逆とも言っていいキャラクター同士です。
 どちらも犯罪者によって家族が殺され、犯罪者を撲滅というか減らすという目的では一致しているものの、犯罪者に対する取り扱いに関しては全くもって逆です。またもう一つどちらにも共通する点として、正規の法手続きを踏まず自警団的に犯罪者を捕縛・処罰しており、彼らの行為自体が共に法に違反しています。いわば法に違反してでも自分の価値観に従って犯罪者を減らすという、見方によれば押しつけがましいまでの正義感が動機になっているといったところでしょう。

 ここまでくれば大体わかると思いますが、アメコミの代表的なヒーローたちはそれぞれが独自の価値観や正義、理想とする考えを持っており、そうした概念に従って行動しています。その概念に反するのであれば法は無視するし、他の事なんか知ったこっちゃないとばかりに暴力的な手段も用いたりするわけで、言うまでもないでしょうがお国柄がよく出ている気がします。

 このようにヒーローそれぞれが独自の価値観を持っているため、ヒーロー同士でも価値観がぶつかるというか対立が起こり得て、マーブルではヒーロー同士の仲間割れみたいな企画が出てくるのでしょう。近年にはそうしたヒーロー同士の対立をメインに描く作品として「シビル・ウォー」という、一大クロスオーバー企画があり、この企画ではヒーローを国家管理するために作られたヒーロー登録法を巡り賛成する側(アイアンマンやスパイダーマンなど)と反対する側(キャプテン・アメリカやハーキュリーズ)に分かれ文字通り全力でのヒーロー同士の殺し合いが展開されます。なお私はこれを直接読んだことはないのですが上述のパニッシャーも出てくるのと、最終的にキャプテン・アメリカが降伏するものの登録法に賛成したスパイダーマンがその後不幸な目に遭うことを考えるとアーティスティックな反骨精神を感じます。

 話は戻りますがこうしたアメコミヒーローたちに対して日本のヒーローはそこまで対立しません。チーム内で言い合いしたり派閥争いする程度のことはありますがウルトラマン然り仮面ライダー然りアンパンマン然りワンパンマン然りで、どちらかというと侵略なりなんなりで向こう側から一方的にやってくる怪人などの敵役を受動的に迎撃しているパターンが多いような気がします。でもって敵役も、なんというか世界征服とか私利私欲で行動していてマグニートーのような「押しつけがましい正義」なんてのは、中にはいるけどこっちもそんなに多くないような気がします。

 そうした「押しつけがましい正義」がないのは敵役だけでなくヒーロー側も、というかヒーロー側の方がもっと顕著で、「敵役がかかってくるから倒す」という方針で何か明確な目的でもって、確実な殺意でもって敵役を倒すなんてことはまずレアでしょう。日本のヒーローは口々に「平和のために」と述べますが、私なりの言い方をさせてもらうと、彼ら日本のヒーローにとっての平和とは日常を守ること、いわば現状維持が最大の目的ではないかというように見えます。今ある世界をもっと良くするため、理想の世界の実現のために戦うとなると日本じゃヒーローになりづらいかもしれません。
 このように日本のヒーローには目指すべき理想や独自の価値観に基づいた正義というのはあまりはっきり出ておらず、そのため価値観のぶつかり合いによるヒーロー同士の対立はアメコミほど成立しないのではと思うわけです。日本のヒーローにとって価値観がぶつかり合う点というのは、日常を壊すか否か、この一点だけでしょう。

 もうわかっているでしょうが、こうした日米のヒーローの違いは両国の国民性、お国柄がはっきり出ているのではと私は言いたいわけです。特に今の日本という国家の方針を見ると、どうすれば今よりいい国家になれるか(ある意味富国強兵)を探るより、国民も政府もどうすれば現状の生活を維持し、守れるかの方に意識が向かっているように見えます。
 別に私はこうした日本の姿勢を否定するつもりは全くありませんが、こうして比較するにつけやっぱり自分は大陸向きなんだなとつくづく思います。

  おまけ
 実は私はスパイダーマンが前から非常に好きで、特にサム・ライミ版の映画「スパイダーマン2」は折に触れ何度も見ています。スパイダーマンはどっちかというと巻き込まれ型のヒーローでそんなキャラを気に入るってことはやっぱ自分も日本人かなとも思えますが、作品を通した絶対的なテーマである「大いなる力には大いなる責任が伴う」というスパイダーマンの信念は凄くハートに来ます。なお「スパイダーマン2」は叔父も大好きで、「単純やけどあれがめっちゃええねん」と自分に話したことから見ようと思うきっかけになりました。

2015年1月21日水曜日

イギリスのあるカップリング番組

 外で中国人労働者に日本語教えて帰ってきて、マンション手前で野良猫と遊んだため時間がないので間に合わせネタです。

 前に日本に帰っている際、たまたま見ていた「世界まるみえテレビ」であるイギリスのカップリング番組が紹介されていました。その番組では応募してきた女性一人に対してイケメン十人が求愛するというシチュエーションで始まるのですが、簡単な自己紹介が終わると番組側から女性に対して衝撃的な事実が告げられます。

「ここにいる男のうち九人はゲイです」

 そう、普通の男性であるかのように女性へ求愛してくる男は十中八九ゲイで、最終的にノーマルの男性を女性が選ぶことに成功したらカップリング成功となり、番組側から賞金ももらえるという仕組みです。女性はもちろんこんな企画であることを知らずに応募してきたため、この事実を知らされた際は思わず顔を覆って泣き出してました。

 そんな女性の気持ちなんてお構いなしに男性陣はゲイであるような素振りは一切見せず、女性に対して様々な形でアプローチを仕掛けてきます。ただ番組の進行に合わせて女性側から徐々に意中の男性、というよりも消去法的にゲイの男性を絞っていくため、女性側からゲイであると見破られた男性は途中で退場することとなります。
 このルールの下で女性もある程度判断が出来た段階でその男性を呼び、カメラの前で「あなたはゲイだ」と告げるのですが、見事ゲイであると見破られた男性からは、「ごめんね、俺が好きなのは男なんだ」とか、「残念だな。もっとみんなと一緒にいたかったんだけれど」なんて言葉を口にする辺り、この企画はガチ過ぎると妙に感心しっぱなしでした。

 企画も終盤になるとゲイであるかどうか本当に見分けがつかなくなって選択も難しくなってくるのですが、女性はそのようなプレッシャーにも負けず男性を絞っていきます。そして確かわずか三人だけが残った段階で一人を呼んで、「あなたは……ゲイだわ」と伝えたところ相手はニヤリと笑い、

「いいや、俺はゲイじゃない。スーパーゲイだ」

 と話し、最後まで頑張れよと女性を励まして去っていきました。このセリフを聞いてベジータのセリフを何故か思い出しました。

 最終的に女性は見事ノーマルの男性を選び出し、めでたくカップルとなって賞金も無事GETしました。身も蓋もないテレビ企画と言えばそれまでですが、やっぱ欧米というのは日本人の感覚以上にこういう同性愛者に対しておおらかでそこに存在するのが自然の様に扱うのだなと、私の方でも違いというものを強く感じました。にしても女性からするとゲイの人は見ていてなんとなくわかるという話を聞きますが、この企画の結末を見る当たりやっぱそうなのかとも思えてきます。我ながら最後はもっともらしくまとめるなぁ……。

2015年1月20日火曜日

ISISの日本人人質事件について

 このところ時事ネタを一切触れていないのでたまにはという具合でこのネタを書くことにします。

 既に各所で報じられているのでニュースリンクを貼りつける必要もないので省略しますが、本日イスラム国ことISISは日本人二人を人質にとり、日本政府に対し二億米ドルの身代金を要求しました。人質となった二名の身元はほぼ判明しており、そのうちの一人は既にISISによって拘束されていると見られていた湯川遥名氏であるようです。

 まず人質についてですが、確かに出来ることなら助かってほしいとは思うものの上述の湯川氏に関しては巷間伝えられている内容が事実であるというのであれば、個人的な感情としてこのように人質となってしまったのも自然な成り行きだったのではとやや思います。というのも傭兵会社代表の名刺を持ってこんな危険な地域をうろついていればISISでなくても拘束するのが自然な気がしますし、いくらなんでも迂闊すぎる印象を覚えます。

 次に政府についてですが、既に身代金の要求には応じない方針で人質解放のために交渉を含め全力を尽くすということを菅官房長官が明らかにしています。この政府の対応について私の方からとくに文句はなく、テロリストとは身代金などと言った条件交渉は一切行わないという姿勢は当たり前と言えば当たり前ですがしっかりやれていることには安心できます。また安倍首相の中東外遊で視察などの予定を一部キャンセルする対応もなかなか早くて評価できる対応です。

 という具合でもう書くことなくなっちゃったので前から書きたかったことをこの際書いちゃうと、かつてのイラク戦争前までイスラム教の過激派というと少数派のシーア派勢力が主だと伝えられていました。所謂イスラム原理主義者はこのシーア派出身が主であったのですが、伝え聞くところによるとISISの幹部はシーア派ではなく世界のイスラム教徒の大半を占めるスンナ派で、旧フセイン政権の残党が母体となっているそうです。
 これが何を意味するのかというと、シーア派とスンナ派でどっちにテロリストが多いのかという大きな分別が出来なくなったことはおろか、イスラム教宗派の教義や集団的特徴が見え辛くなってきているということです。専門家ではないので詳しいところまではわかりかねますが、北アフリカのボコ・ハラムを含め、近年のイスラム過激派テロリストの行動は宗教的協議に則った方針なり行動理念は見えず、また続々とISISに参加する外国人を見ていてもただ単に自分の欲望、破壊欲求のような暴力をすること自体が目的なのではとすら思えてきます。

 勝手な意見でそのまま話を進めると、こうした参加者らはまるでイスラム教を暴力のシンボルの様に捉えてているように見え、協議なり信念なり理想は度外視されて破壊活動が行われているようにしか見えません。またそれと同時に、冷戦期における西側諸国の極左勢力もこういう具合だったのでは、細かい思想なり考えは度外視されてただ社会の不満を晴らす暴力を行う理由づけのシンボルとして機能してたのではないかと、少なくとも旧赤軍派の面々とその行動を見ていて思います。

 このように考えるとなかなか世界は悲しいものです。世の中は暴力を正当化するシンボルが求められているということになり、ハードロックなどああいうやや過激な音楽スタイルなどもこの系統に入るのかもしれません。まぁ音楽なら直接殴ったりするわけじゃなくそれでストレス解消になるのなら真の意味で世の中に必要とされているのかもしれませんが。

 では「○○ハイツ、最強の武闘派」とまで呼ばれたほど過激な性格の私はどこでそういう破壊欲求なりストレスを解消しているのか。私の場合は激しい系の音楽はあまり聞かずどっちかっていうとゲームとかでストレス潰したり、あとこういうところで過激な記事書いているのでそこそこ消化できているのではないかと自己分析しています。ただ最近ストレスがややたまっているのか、同僚へのメールでいい加減極まりない図面を送ってくる会社の設計部に対して「金属バット持って乗り込みたい」なんて内容を送ることが増えてきました。なんで板厚も自由高さの寸法も書いてない図面で見積りよこせとか抜かすんだよあの北欧メーカー……。

2015年1月18日日曜日

最近の買い物

 先月末に西安に旅行した際、友人と後輩の二人して私に対して「もっとお金を使った方が良い」という妙な説得を受けました。知ってる人には有名ですが私は昔からとんとお金を使わず大学時代も家賃を除いた生活費(光熱費込み)は大体4万円前後でほとんどすべてをアルバイトで賄ってて、社会人になった後も夜遊びなんてほとんどせず(夜はできるだけ長く寝たい)お金を使う先と言ったらゲームか漫画か自転車かコーヒーくらいなんもでした。しかもやけに物持ちのいい性分をしていてさすがに二年前で限界を迎えましたがそれまで使っていたナップザックは中学生の頃から使い続けてたもので、ペンケースに至っては小学校六年生から使い始めた物を現在でも使っています。

 そんな生活ぶりを話したら二人からもっと中国経済に貢献しろなどとも言われ、確かに去年医学部に受かった友人への支援金を除けば特に使う当てのない資金が手元にはあり、毎月の収支も家計簿上では林原と違ってずっと黒字ではあるのだし、一つ前から買いたかったものを一気に買ってみるかと年末年始にかけ自分にしてはやたら物を買い込みました。そこで今日は自分が、「こんな高いものに散在してしまった……」と思うものを一挙公開します。

その一、革張りの椅子(240元=4800円)

 私が自宅にいる際はほぼずっとパソコンに向かってブログを書くなり調べ物をするなり情報収集するなどしているため椅子に座っている時間が非常に長いです。これまでは部屋に備え付けられていた木製の椅子を使っててそんなに不満はなかったのですが、西安行った時に泊まったシェラトンホテルの部屋に革張りの椅子があって後輩と二人して、「めっちゃええやんこれ」とやけに二人して競い合って座るなど心地よく、座ってる時間も長いんだしこの際だから自分の家にも買ってしまおうと購入に至りました。
 写真で見てもらえばわかる通りにキャスターや座高を調節するポンプなどはありませんが、オフィスにいるわけではなく後ろに幽霊が経つこともないので振り返ることもなく、案外なくても不便はありません。座高に関しても同様で、購入する際に問題ないと思ったこの高さで基本固定なのでこれもなくても意外と困らない機能なんだなと再発見しました。

 あと革張りにこだわったのは座った感触の良さもあるものの、それ以上にメッシュ張りの椅子だとダニがすぐ湧き、皮膚が弱いせいかやたら噛まれるので自宅の椅子には基本革張りを使っています。松戸にあるねぐらもそれでメッシュ張りから革張りに変えたし。
 それと左下に見え辛いですが大きさ比較のために西安で買ってきた兵馬俑のミニ銅像を置いています。



 そのミニ銅像のアップです。



  更にアップ。こんなのが確か25元(500円)だった。なんか欲しかった。


その二、スニーカー(170元=3400円)

 それまで履いてきた靴自体は別にまだ破損してなかったものの、ソールがやや薄く、あと靴底が平面に作られるという構造であったため、前からこっちで歩くのに難儀していて新しいスニーカーを欲しがっていました。というのも中国の歩道は日本と違って非常にでこぼこしており靴底が平面だと足裏にごつごつとした感触が直接伝わり歩き辛いのなんので、西安では友人から、「今回やけに歩き疲れやすいね君」なんても言われてしまいました。靴のせいやと言い訳したかったがそこはぐっと堪えた。
 それで今回買ったこの靴ですが、中国のローカルメーカー製で大きいスーパーで年始割引ということで70元引きだったので即決して買ったものです。勝って履いてみた感じとしては耐久性はまだわからないものの履き心地は悪くなく、今朝もサイクリング同好会の面々と一緒にこれ履いて60kmくらい自転車で走ってきましたが自転車走行に使っても問題ありませんでした。
 それにしても、靴を履き潰さない間から新しい靴買うなんて自分も贅沢になったもんだ。


その三、自転車用手袋(120元=2400円)

 これとは別に60元で買った皮手袋を持っていたのですが正月元旦に自転車同好会の催しで市内の日本料理屋でおせち料理食べた後、日本酒も飲まされフラフラと帰り道を逆方向に走ったりするなど変なテンションだったのでそのままGIANTの自転車屋さんで買ってきました。
 その前に持っていた皮手袋も決して悪くないものの指先の寸法が少し余りギアチェンジの際にスカッと外れることがたまにあり、しょっちゅう買うものでもないんだからちょっといいものをと思って買いました。質は悪くなく長時間足っても指先が冷えることもないのですが手の平部の摩擦というかザラザラがもうちょい強ければグリップも強まるのになんても思います。
 ここだけの話ですが自分は日本で自転車乗る時に使う手袋はいつもホームセンターで売っている工業用の手袋です。はっきり言ってこっちの工業用の方がグリップは強いはサイズは豊富にあるわ価格も安いわで変に自転車専門店とかで売ってるのよりずっといい品が選べて変えます。今回もそういう手袋をあらかじめ探しましたがこれというものが見つからず結局専門店で買うこととなりました。あっちの手袋なら財布の中の小銭も掴めて便利なのにな。

 以上が、自分からして高い買い物をしてしまったと思う品々です。さすがに年末年始となると自分も気が緩むのかこのところ食事にも平気で高い金出してしまい、さっきもサイクリングの帰りにチーズケーキ屋で29元(580円)のチーズケーキ買って全部一人で食いました。それ以外にもピザとかケンタッキーとか気にせず行くようになり、赤貧の心はどうした、マルクス主義精神を忘れたのか(覚えたこともないが)なんて気にする毎日です。
 来月はしっかり節約しよう。

  おまけ
 ほかに書くところがないのでここに書きますが、先日書いた林原の記事でAmazonの広告を貼った林原健氏の著書が自分のサイト経由で売り上げがついていました。喜んで詳細を見てみると「林原家 同族経営の警鐘」というタイトルとともに売上額が「619円」、そして私に入る紹介料は「19円」と表示されてたのですが、売上額から察するにおそらく中古本を購入してくれた方がいたのでしょう。内心、「新品で買ってくれればよかったのに……」なんて考えがよぎりました。

2015年1月17日土曜日

美濃加茂市長に贈賄したと主張する社長への実刑判決について

 本題とは全く関係ありませんが大相撲で先日、豊真将関が引退することを発表しました。私は彼が幕内に初めて上がった頃から見ていて比較的多才な取り組み、そしてインタビュー時の真面目な受け答えの仕方から現在いる幕内力士の中で実は一番好きな力士でした。今回の引退は怪我に泣いてとのことで、涙を流しながらインタビューに応じる姿を見て自分も涙腺が緩みました。本当に素晴らしい気力士でした、本当にお疲れ様でしたとこの場を使って述べたいと思います。

 そんな熱い私の思いは置いといて本題に入りますが(我ながらどっちが本題かわからない)、先月に「美濃加茂市長の公判について」の記事で私も取り上げた、業者から現金を授受したとされる藤井浩人現美濃加茂市長の事件で昨日、市長に現金を渡したと自ら主張する業者社長に対し贈賄、詐欺行為への刑として懲役四年の判決が名古屋地裁でおりました。結論から話せばなかなか筋張った構造の判決の仕方かなと私には思いました。

美濃加茂市長へ30万円、贈賄業者に懲役4年(読売新聞)

 できることなら先月の私の記事を読んでもらえばありがたいのですがこの事件について簡単に前説明をすると、業者から口利きの謝礼として現金を受け取ったとして藤井市長は岐阜・愛知県警によって逮捕、立件され、現在検察との間で刑事裁判が行われています。しかしこの事件では直接的証拠は一切存在せず、しかも現金が授受された現場には第三者もいてその証言者は授受した現場は見ていないと述べています。
 そのため贈賄があったという根拠は目下の所、金を渡したという業者社長の自白証言しかないのですが、この業者社長はこれ以前から詐欺によって数億円の資金を病院や銀行からだまし取っており、検察から藤井市長に贈賄をしたという証言をすればいくつかの詐欺事件の立件は目をつぶると言われたことを知人に洩らすなど、疑惑真っ黒の人物であったりします。結論から言えばこの事件はちんけな詐欺師に偽の供述を強要することで起こった、検察による捏造事件ではないかと現時点で私は強く疑っています。

 今回出たニュースは藤井市長の件とは別件の裁判で、この贈賄をしたとされる社長個人に対する贈賄、詐欺行為に対する刑事裁判です。今回出た判決では行政から大規模な取引を受注したと偽り金融機関から融資金6100万円を搾取した詐欺行為、市長への贈賄行為が裁判所によって認定され、社長に対し懲役四年が下りました。

 一つ一つポイントを整理すると、まず詐欺行為に関しては社長自身も認めており、また実際に被害に遭った金融機関もあって内容に関して特に大きな争点はないのですが、金額に関してはちょっと妙なしこりが残っています。というのもこの社長が搾取した金額は6100万円ではなく実際には数億円に上るそうですが、そのうち検察が立件したのはごく一部の融資だけで、そのほかの搾取に関してはノータッチです。この点については前回記事というかさっきにも述べていますが、検察との間で証言を行う代わりに目をつむるという司法取引があった可能性が高いです。

 もう一つの藤井市長に対する贈賄ですが、この社長の裁判では贈賄はあったものと認定され懲役に加算されているようですが、この点で注意してもらいたいのはこれは社長の裁判であって藤井市長の裁判ではありません。これまでの裁判でも同じ当事者の別々の裁判で事実認定が異なる展開は数多くあり、藤井市長の裁判では贈賄行為があったと認定されない可能性は高い、というかそうならなかったらなんやねんと私はむしろ思います。

 とりあえず今回の裁判で言えることは市長に贈賄したとされる社長は根っからの詐欺師だったことと、検察が敢えて立件してきたのは社長が美濃加茂市長に口利きしたとされる受注案件による詐欺だったということで、始めから市長を狙い撃ちにして社長の裁判も組み上げていったという事でしょう。まぁ手の込んでいることと呆れますが、藤井市長の裁判の判決は三月五日に下りる予定なのでその時期が来たらまた続きを書くことになりそうです。

2015年1月15日木曜日

主観的嗜好からの選択


 上の集合写真は先日ネット上をさまよっている最中に偶然見つけた画像なのですが、一目見てたまげたというかこんなすごい集合写真がこの世にあったのかと大きな衝撃を受けました。見てわかる通りこの集合写真は昭和期のメジャーな漫画家とその奥さんが写っているのですが、その写ってる面々たるや手塚治虫、水木しげる、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、横山光輝、さいとうたかを、藤子不二雄×2など、数え上げたらきりがないくらいレジェンド級の漫画家がずらりと並んでおり、「日本漫画界版アベンジャーズ~世界よ、これが漫画家だ」と言ってもいいような凄い写真です。よくもまぁこれだけの大物が一堂に会せたものだと重ね重ね驚嘆に値します。
 なおこの中の真ん中右上に「デビルマン」や「マジンガーZ」でお馴染みの永井豪も写っていますが一目見て、「若っΣ(゚Д゚;)」という声が飛び出てきました(マジで)。あと手塚治虫の左隣に水木しげるが入っておりますが、この写真の並びについて手塚治虫のウィキペディアのページの中にある両者の不仲説とその真相に対する項目の中で少し触れられています。

 話しはこの二人の漫画家の特徴について書きだしていきますが、横山光輝とともに最前列に並んでいることから察するにこの写真が取られた当時としても両者は漫画界の超大物として扱われていたと考えられます。ある漫画評論家をして「日本の漫画は90%が手塚治虫、10%が水木しげるの影響を受けている」と評されていることからも日本漫画史における両者の存在感は非常に大きいと私も考えています。
 しかしこの両者の漫画はまるきり正反対というか好対照と言ってもいい作りをしていると常々言われており、手塚自身もその事実をことある毎にそうした傾向について話しています。現在残っている手塚の言及をまとめると、手塚自身は緻密にストーリーを練り上げ読者が何を求めているかを計算した上で漫画を描くのに対し、水木などは自分の感性のままに好きなこと、面白いと思うことを勝手気ままにストーリーを組み立て漫画を描いているとのことで、そう言われてみると両者の漫画はそのような正反対な特徴を持っているかのように見えてきます。

 それで非常に僭越ながら両者と比べると、私自身はどちらかといえば水木のようなスタイルでもってこのブログを書いており、だからこそ水木作品に対して異常な愛着を持つなどシンパシーを持っているのだと思います。手塚作品ももちろん面白くて好きですが。

 私がこのブログの記事を書くに当たってどういう基準で記事の内容を決めているのかというと、一言で言えば「自分が面白いと思うこと」を基準にして選んでいます。歴史ネタ然り政治ネタ然り、あと見ていて非常に怒りを覚えてほかの人にもぜひ自分と一緒にその怒りを共有してもらいたいような社会問題など、自分の興味(むしろ欲望)の赴くままに記事を書き綴っています。逆に読者におもねるというか、アクセスが増えそうなホットな話題や注目度の高い事件などは全く書かないわけではありませんが興味が向かなければ無視してしまい、たまに周囲からも「なんであんな大きな話題となっている事件を取り上げないの?」と聞かれることがあります。
 もちろんアクセス数はモチベーションにもつながるのでなるべく多くの人に見てもらいたいというのは事実です。それにもかかわらず何でもって読者受けするように動かずそのように自分の好きなことばかり書くのかというと、「世の中たくさん人がいるんだから10%くらいは自分と似たようなセンスを持った人がいるだろう。自分が好きなことを書いてたら最低でもその10%程度の人達は食いつくはずだ」なんていう計算が働いているからです。

 逆に読者受けするかもしれませんが自分が面白くもないと思うことを書いた場合、自分と似たようなセンスを持った人間も一緒になって面白くないと感じることが予想され、その記事は当たれば残り90%の人間は読むかもしれないが外れれば最悪0%、つまり誰もが面白くないと感じる記事になる可能性があります。それであれば10%を狙う方が手堅いというか、ややインナーな動き方かもしれませんが「自分が面白いと思うかどうか」を絶対の価値基準として記事内容をいつも選んで書いてます。
 敢えて言うなら手塚が計算型、水木が直感型であれば私は間違いなく後者のタイプで、記事の選択に限らず普段の行動でも計算して動くというよりはその場その場の直感、「なんとなくこっちの方がよさそう」と感じる方を選択して常日頃生きてます。そんな自分に言わせれば現代日本人の大半は計算型に見え、しかも計算の仕方がおかしいがゆえにマーケティングなどの面で失敗することが多いようにも見えます。

 たとえば自動車を例にとると、メーカーとしてはなるべく多くの人間が購入意欲を持つような車を開発しようと考え、狙い方としては上位と下位それぞれ10%の層に嫌われても真ん中の80%のゾーンにいる人間が気に入る車を作れれば大成功と言えます。この最大公約数的な80%のゾーンは「ボリュームゾーン」と言われておりますが、このところ日系メーカーを見ているとこのボリュームゾーンを狙って作ってみたものの出来上がってみれば「誰もが欲しがらない」と思うようなどうしようもない製品に仕上がってしまうケースが多いのではと思います。
 こういうケースは日系家電メーカーで特に顕著ですがなんでそんなどうしようもない製品が出来てしまうのかというと、一つは「誰にも嫌われない」に比重を置きすぎるあまりに「嫌われない代わりに誰にも好かれない」製品にしてしまう。二つ目としては目には見えず存在すらしない人間に好かれる製品にするため自分自身の嗜好を置き去りにしてしまってるからではないかと密かに見ています。

 というのも、マイナスイオンを発生させるテレビとか数万円もする電子メモ帳とか、一体こんなの誰が欲しがるんだよとツッコみたくなる製品がガラパゴス大国日本ではよく見られるからです。普通にこういう製品を見ていて開発者はこんな製品をお前自身はお店で買うのかと問いたくなるようなものばかりで、開発者やマーケティング担当者からして借金してでも自分は買うと思うような製品を作れているのか強く疑問に感じます。
 確かに顧客に受け入れられるような製品を計算して作るのはマーケティングの基本ですが、少なくとも自分自身が好きになれない製品を作ったところで顧客にも受け入れられない可能性の方が高いような気がします。それであればもうちょっと主観的な嗜好で開発者自身が好きになれる製品、あったらいいなと思うような製品を作る方向に努力するべきではと言いたいわけです。

 多分読んでると思うけどこのところの友人のブログ記事を見ていてまさに同じことを思っています。ちょっと読者におもねり過ぎというか君自身はこのネタを本当に面白いと思うのか、こうした情報が必要なのかと思え、こうした視点を持つことでもアクセス数は上がるよと言ってあげたいわけです。実際、変に読者を意識して解説ぶった記事よりも自分の不満などを思い切り愚痴ってぶちまける記事の方が案外面白かったりすることもあるし。

 最後に蛇足かもしれませんが、こういう直感型というか自分の嗜好を基準にしている代表格としては地味に明石家さんまが来るかもしれません。聞くところによるとさんまは自分のテレビ番組を録画してはよく一人で見て、「俺ほんまおもろいやんけ」と笑い転げるそうですが、これなんか自分が面白いと思うトークを視聴者にも見せて成功している好例と言える気がします。
 自分の好きなものばかりを追いかけようとすると独りよがりになると警告する人もいますが、極端な方向でない限りはこういう姿勢も悪くないんじゃないかなと自分を振り返りながら思うところです。

  注
 今回の記事では故人も出てくるので、引用する人物名は芸名やペンネームということもあって敬称を省略することで統一しています。書いてて非常に畏れ多かった……。

2015年1月14日水曜日

薩摩閥のフェードアウト

 最近調べ物でガチで忙しいので、このところ書いてなかったのもあるので日本史ネタでかわすことにします。我ながら思いますが日本史ネタを間に合わせでパッと書く、それも意図的にほかの人間が触れないようなテーマをすぐ用意できるのは多少つけ上がっているかもしれませんが異能振りもいい所でしょう。何気にこの辺のセンスは5年前当たりと比べると明らかに成長している節もあり、何を目指しているのか自分にもよくわからなくなります。

藩閥(Wikipedia)

 そういうわけで本題に入りますが、明治から大正にかけて日本の軍部、政治界における幹部はほぼ薩長閥こと薩摩藩、長州藩出身者によって占められ、このような状態を「藩閥政治」と呼ばれたことは皆さんも知っていると思います。明治期こそ土佐の板垣退助、肥前の大隈重信なども要職を歴任していますがこの二人以外となると海軍大臣や陸軍大臣、元帥などを含めてほぼ薩摩、長州出身者によって占めらることとなります。
 しかし大正期に入ると次第に薩摩閥の勢力が徐々にフェードアウトしていき、政党幹部を含めて長州閥の勢力の独壇場となっていきます。一応、山本権兵衛のように薩摩閥でありながら大正時代に首相を務めた人物も下りますが、一体何故一世を風靡した薩摩閥が時代と共にフェードアウトしたのでしょうか。
 解説を始める前に先に主だった薩長出身者を列記します。ありそうでないよねこんな表。

<薩摩閥>
・西郷隆盛(元勲、陸軍元帥)
・大久保利通(元勲、内務卿)
・黒田清隆(首相、開拓使長官)
・西郷従道(陸軍卿、海軍大臣、元老)
・松方正義(首相、大蔵相、元老)
・山本権兵衛(首相、海軍大臣)
・大山巌(陸軍大臣、元老)
・樺山資紀(海軍大臣)
・上原勇作(陸軍大臣)
・東郷平八郎(海軍大臣)

<長州閥>
・木戸孝允(元勲)
・伊藤博文(初代首相)
・山縣有朋(首相、陸軍元帥)
・井上馨(首相、外務卿)
・桂太郎(陸軍大臣、首相)
・乃木希典(陸軍大将)
・児玉源太郎(陸軍大臣)
・寺内正毅(首相、陸軍大臣)
・田中義一(首相、陸軍大臣)

 恐らく、さりげなく東郷平八郎を薩摩閥出身者として数えるのは日本広しといえども自分を除けばそんなに多くないと思います。彼を藩閥とみなすかはいろいろ意見があるでしょうが、単純に薩摩出身者で要職を務めたという一点でもって敢えて加えました。

 ばっと見てもらえばわかる通りに薩摩出身者は海軍の要職を務めていることが多いのに対し、長州出身者は陸軍関係が多いというか、木戸、伊藤、井上を除いたすべてが陸軍最高幹部を必ず経験しています。唯一の例外として薩摩の西郷従道が何故か陸軍卿と海軍大臣の両方を経験していてかなりレアです。
 実際、明治の時代においては薩摩閥は海軍、長州閥は陸軍という具合に暗黙のうちに棲み分けが進んでいったようです。そうなったきっかけは話せば長くなるので一言で済ますと西南戦争が原因であるのと、東郷みたいに薩摩出身者は英国に留学する一方で長州出身者は乃木の様にドイツへ留学するなど、主な留学先も別れていたからという可能性もあります。

 話は本題に戻しますが、明治でこそ薩摩は海軍、長州は陸軍という具合で棲み分けられていた薩長閥は大正に入る頃辺りから明らかに長州閥と比べて勢力を落としていきます。特に議会においてこの傾向は顕著で、長州閥は伊藤や山縣、桂が何度も長期にわたって首相職を務めたのに対して薩摩閥は黒田清隆の首相時代は短命に終わり、松方や山本はそれぞれ複数首相職になっていますがどちらも長州出身の首相と比べると任期は短いです。特に山本に至っては政権期に重大事件が起こったため、二度も本人とは関係なく責任を取る形で辞職してるし。
 軍部においては薩摩、長州共に大正中期辺りから同じ程度に勢力を落としていきますが、どうして政界では薩摩閥が先に脱落していったのか。私の考える理由は大きく分けて二つあり、一つは薩摩閥は軍人タイプが多くて政治に向いた人材が少なかったこと、二つ目は薩摩閥の首魁に政治的野心が極端に少なかったためです。

 一つ目の理由について解説すると、明治政府発足当初こそ大久保利通が内務卿となり実質的なリーダーとして政治を運営していましたが、彼は同じ薩摩閥の人間よりも伊藤や井上といった海外経験のある長州出身者を主に使い、大久保の死後はこの二人と山縣がその路線を引き継いでいきます。この時点で政治分野におけるイニシアチブは長州出身者に移ったと言ってもよく、派閥間のバランスを取る形で黒田が伊藤に続く二代目首相として就任しますが経歴を見る限りだと黒田は勢力の調整などといった政治的な才能はそれほどなく、在任中も評判が悪いまま任期を終えています。しかも黒田の場合、同じ薩摩閥の人間からも嫌われていたようで一番仲良かったのは元幕臣の榎本武明だったそうです。
 黒田の後、松方はまだ政治・経済分野に明るく首相にも就任しましたが、彼を除くとほかに政界を渡り歩けるようなタイプの人物は薩摩閥からなかなか出ず、後に山本が首相にはなりますが彼を含めて薩摩閥の面々は政治よりどちらかというと軍務に情熱を燃やすタイプの方が多かったように見えます。こうした人材の偏りが主導権を失った大きなきっかけでしょう。

 このように薩摩閥は政治分野のファーストステップで主導権を長州閥に握られるわけですが、それに輪をかけたのは薩摩閥の首魁たちの政治的野心の少なさです。これが最も顕著だったのは西郷隆盛の実弟、西郷従道で、彼自身が元勲に数えられる人物で何度か首相就任の打診を受けていたものの西南戦争で逆賊となった兄を気にして、「逆賊の弟が首相になるわけにはいかない」と徹底的に固辞したそうです。年齢、功績から言って薩摩閥の長たる西郷従道がこんな具合で、彼を差し置いて目下の人物が首相になるなんてやはり具合が悪く、また西郷兄弟の従弟である大山巌も同じように、「逆賊の親類が~」と固辞し続ける有様で、みんなして政界での活動に及び腰な態度が見られます。

 こうした薩摩閥の面々についてちょこっとだけ掘り下げると、これは恐らく薩摩出身者における一種独特なメンタリティも影響しているように見えます。薩摩、というか現在の鹿児島県にも言えることですが、ここの出身者の理想の人格は昔も今も西郷隆盛です。それがどんな人物像かというと、「普段はどっしり構えて慌てず、やる時はやる」というようなタイプで、事が起こる前かからせこせこ動いたり、猟官運動をするような輩は逆に嫌われます。むしろ、

「もうお前さんしからおらぬ。頼む、やってくれ」
「拙者のような粗忽者でどれだけお役に立てられるか……」

 などと言って渋々引き受けるような人間なんか薩摩人の琴線に強く触れると思います。このように自分から積極的に動かないタイプが理想であるため、上から命令されてそれを黙々と実行する軍人とは相性が良くても政治家としては向いていなかったのかもしれません。

 逆に長州閥は幕末の長州藩で内部抗争がかなり激しく、否が応でも前に出ないとすぐやられるという修羅場が多かったため渡世術に長けた人間が数多く輩出出来た節があります。人間何ごとも経験かな。

 最後に長州閥について少し掘り下げると、長州閥は実質的には山縣閥と言い換えても問題ないと私は考えています。伊藤は明治期に何度も首相となるなど活躍しましたが割と他人には素っ気ない態度の人物で、使用した部下も出身は気にせず必要かどうかだけで採用し、不必要となると切り捨てるところがあったためとうとう自身の派閥は生まれなかったと聞きます。そんな伊藤の主だった部下を見ると陸奥宗光や金子堅太郎、後継に至っては西園寺公望と長州出身者はそんな見当たりません。
 それに対し山縣は本人からして権勢を広げることが好きだったのもあるでしょうが、それ以上に身内の面倒を割としっかり見るタイプで、頼ってくる人間を相手しているうちに一大派閥を作っていたと見る説もあります。実査、私も山縣の発言などを見ると自分の出身が武士として最下級だったことを気にしつつ、認めてくれる人間がいれば道は切り開ける的なことをよく言っているように感じられ、自分を頼ってきた人間を切り捨てることはできずに派閥を作っていたようにも見えます。

 もっともそれだけ権勢をほしいままにした長州閥も昭和に入る頃にはほとんどいなくなり、そのかわり陸軍内部では皇道派と統制派、海軍内部では艦隊派と条約派に分かれた派閥争いが展開されるわけです。人はいつの時代も派閥争いはやめられないものです。

漫画レビュー「もっけ」

 このブログのヘビーリーダーなら言うまでもないでしょうが私は妖怪漫画の第一人者である水木しげる氏の大ファンです。なんで好きなのかそこらへんは置いときますが、ある日ネットの掲示板で非常に良くできた妖怪漫画あると聞き、一つ試しに買って読んでみるかと手に取ってみました。

もっけ(Wikipedia)

 この漫画の大まかな概要を話すと、勿怪(もっけ)ことあちらの世界の人たちが直接目に見える姉と、そういったものにやたら憑りつかれやすい妹という組み合わせの姉妹のお話です。作中、姉は中学二年生、妹は小学五年生からスタートしますが話の進展に従ってそれぞれ高二、中二にまで成長し、この間の成長の過程で遭遇する様々な現象を基本一話完結の話でまとめられた上で話は進んでいきます。

 この漫画の最大の特徴は上記の、「あちらの存在」と関わる姉妹の役割が明確に分かれている点でしょう。姉妹は都市部に住む両親とは離れ田舎に住む元拝み屋の祖父と共に暮らしているのですが、姉は好むと好まざるを関係なく霊的な存在を見て危険を察知することができるものの、祖父の命令もあってそれを周囲には伝えられず、周囲の人が「障る(さわる)」ことによって怪我などするのを黙ってみているだけということにやきもきします。その甲斐あってこっちのお姉ちゃんはどの話でも困った顔をいつも浮かべてます。
 そんな姉に対し妹は姉ほど霊的な存在を事前に見えることないのに、ほぼ毎回不意打ち的に憑りつかれて一方的に被害を被ることが多いです。もっともこっちの妹は、大人しくて女の子らしい姉とは違い活発な性格、悪く言えばお転婆なキャラのため、毎回痛い目に遭いながらもめげることはないのですが、話によっては溺れ死ぬ直前にまで引っ張り込まれたりするので意外と笑えない事態に巻き込まれることも少なくありません。

 それで肝心のこの漫画に出てくる妖怪、といっても作中ではほぼ全く「妖怪」という言葉は出て来ず「彼岸(あちら)の存在」として表現されます。中にはかわいらしくデフォルメされたデザインで他愛もなく姉妹と関わりを持つのもいる一方、最初は姉妹に対し協力的な態度を見せながら、ふとした拍子に牙をむくというか彼岸の世界、つまり死後の世界へ姉妹を引っ張り込もうとするのももおり、一言では言い切れない強い不気味さを持ったキャラクターが多数出てきます。恐らく作者も意図してのことでしょうが、「何が目的かわからない、掴みどころのない存在」をうまく表現できているように見えます。

 こうした「あちらの存在」には元拝み屋の祖父が解説し、時と場合によっては姉妹に手を貸すことで祓うようなこともしますが、基本この祖父は妖怪たちについて「そこに存在していることが自然」であるとしてゴーストバスターズみたいに祓うという行為は積極的に行わず、むしろ姉妹に自己解決するよう突き放すことのが多いです。このような祖父の態度というのが私個人的には非常にツボで、妖怪など物の怪の類は「眼には見えないがそこにいるのが当たり前」、「祓うという行為自体が自然の摂理に反する」、「祟られないよう触れずにおく」という価値観が非常に納得するとともに、通常の妖怪漫画と一線を画す所だと思います。

 勝手な想像で描いていくと、この漫画における妖怪に対する思想は日本古来の霊的なものに対する価値観がよく出ていると思います。既に書いてある通り、日本は神仏はもちろんのこと動物霊なども含めてあちらの存在は「どんな理由があろうと触れてはならない」というもので、向こうが困っていても協力しない、こちらへ手を貸すと言われても耳を貸さないという具合に、こちらとは異なる世界の住人であるためどんな理由があろうと関わってはならないという鉄則が徹頭徹尾貫かれています。
 人によって意見は違うと思いますが、私は霊的な存在に対する態度というのは斯くあるべきだと内心考えています。頼りにしても駄目、頼られても駄目という具合に、興味こそ覚えても絶対に近づくべきではないし近づかれてもよくないという存在な気がします。しかしそうだとわかっていても何故だか興味を覚え、知りたくなる、近づきたくなるという不思議さこそが妖怪の妖怪たる所以でしょう。

 そのような存在、価値観が非常に丁寧に書かれてあり、また登場する「あちらの存在」も江戸時代の文献や絵巻をふんだんに引用しながら聞いてて本当に存在するかのような解説が加えられているため、一言で言って非常に面白い漫画で、どうして連載中に手に取ることが出来なかったのかと本気で後悔しました。

 あとちょっと専門的なことを話すと、作中の世界こと姉妹が住む田舎の風景が背景の中で非常に良く描かれており、まるで本当に妖怪の一匹や二匹が潜んでいてもおかしくない印象を覚えます。水木氏の漫画にも言えますが、こうした漫画というのは地味に背景が一番重要な気がします。水木氏の漫画もキャラクターは非常にデフォルメ化されていますが、背景は「点描を打ったような背景」と称されるほどこれでもかというくらいに緻密に描かれており、雰囲気を表現するのに大きな役割を果たしています。


  

2015年1月11日日曜日

香港でもGoogle関連のアクセス制限か?

 先日このブログにも書いた通りに昨年末に中国でGメールが規制された煽りを受け、現在このブログはVPN(言うなれば海外サーバー)を経由することによって記事を投稿しております。以前はGメールからメール投稿をしていたのですが、単純に手間が増えただけにこのところ毎日ファッキンファッキンとつぶやいています。

 そういうわけで今日も元気に漫画レビューなどでも投稿しようと香港経由のVPNを接続したらあら不思議、このブログにもGメールにもつながらない有様です。なもんだから現在この記事は東京のサーバー経由でアクセスしているのですが、このブログが何で香港経由でつながらなかったのかというと間違いなくGoogle社のBloggerというブログソフトだからでしょう。言わばGoogle関連のアクセスが制限されている状態です。

 もしかしたらこの香港での制限は一時的なもので明日にはまた復旧するかもしれませんが、実はここ数日、中国でネットのアクセスが異常に悪くなっています。先日もYahoo Japanへのアクセスが極端に悪くてニュースもメールもまともに見れず、中国国内のサイトもなんか心もち速度が悪かったです。
 当初はこのブログにまで書くつもりはなかったのですが勝手な予想を述べると、何か大きな事件の前触れなのかもと思うような不気味さがあります。何事もなければいいのですが、国内のコピーソフトを摘発せずにGoogleなど外資ばかり叩いてばかりってのは見ていていい気がしません。日系メディアもフランスばっか報じずにもっとこっちの事も書いてほしいな。

  追記
 翌日にはまた香港経由でGoogle関連サイトにアクセスできるようになりました。鳥越苦労だったのだろうか……。

2015年1月10日土曜日

平成史考察~毎日デイリーニューズWaiWai事件(2008年)

 昨年、朝日新聞が従軍慰安婦を巡る報道で誤報があったこと、またその問題を池上彰氏がコラムに取り上げようとしたところ掲載を見合わせたことについて、編集に問題があったと認めた上、責任を取る形で当時の社長などが退任しました。もっとも報告書は変にぼかして「責任を感じての退任・更迭であって謝罪ではない」と、新聞記者にあるまじき妙な表現でぼかされていましたが。
 実はこの一連の朝日の妙な会見を見ながら私は、かつての毎日新聞の事件と比較する記事はいつごろ出てくるかと、他人には一切話さず虎視眈々と他のメディアの記事を眺めていましたがついぞお目にかかることなく年を空けてしまいました。誰もやらないなら自分がやるというのがモットーであるのと、そろそろ書かないと記憶から薄れるという危惧もあるので今日は久々の平成史考察で2008年に問題が発覚した毎日デイリーニューWaiWaiで起きた異常な記事問題とその後の毎日の無様な対応について取り上げます。

毎日デイリーニューズWaiWai問題(Wikipedia)

 覚えている人はまず皆無でしょうが、実は私は2007年に開設したこのブログでこの事件を当時に取り上げています。当時の記事を読み返すとなんか妙に読者へ語りかけるような文体で書かれてるため自分で読んでてイライラしてきますが冒頭にて、

「こうしてみると問題発覚から実に三ヶ月も過ぎております。光陰矢のごとしとは言いますが、あの頃時事問題として取り上げた記事を再検証にて再び使うことになろうとは三ヶ月前には思いもよりませんでした。」

 ということを書いていますが、まさか七年後にこのネタを掘り返す、しかも平成史という現代史ネタとして自らまた取り上げるなんて当時は夢にも思わなかったでしょう。それにしても、自分のブログも結構年季入ってきたな。

 話は本題に入りますが当時の事件を覚えてない人もいるでしょうから簡単に概要を説明すると、毎日新聞社が運営していた英字ウェブサイトにあったコラム「WaiWai」で長期間に渡り、裏付けの取れない性的で低俗な記事が掲載され続けていました。掲載されていた内容は文字に起こすのも嫌になるくらい汚い内容ばかりで興味のある方はウィキペディアのページに行ってみてもらいたいのですが一つだけ引用すると、「日本の女子高生は刺激のためにノーブラ・ノーパンになる」というのもあったようで、私に限らず日本人からしたら何を以ってこんな嘘を堂々と報じるのかと少なくない怒りを覚えるかと思います。

 このWaiWaiの問題の責任を毎日新聞が認めたのは2008年でしたが、実際にはネット上を中心にそれ以前からこのコラムの異常性、問題性を指摘する声は多数出ており、中には直接毎日新聞社に通知や抗議したもののまともな対応らしい対応はなかったとも聞きます。そうした毎日のまるで他人事のような杜撰な対応に関してはウィキペディアのページに詳しく書かれてありここでは省略しますが、敢えてここで私が槍玉に挙げたいのは問題を認めた後に毎日が行った関係者への処分内容です。

 確信犯で事実とは思えない異常な翻訳記事を書いていたライアン・コネルという記者は懲戒解雇されずに休職三ヶ月となりました。何の確認もなくあくまで私の勘ですが、まだこの人は毎日にいるんじゃないかな。
 そしてデジタルメディアを統括していた朝比奈豊常務(当時)は役員報酬の10%返上という処分を受けましたが、処分が発表された2008年6月27日の二日前の6月25日に毎日新聞社の社長に昇進しており、大きな問題を犯したにもかかわらずまともな処分が行われなかったばかりかまるで意に介さないかのような不可解な人事が取られています。そのほかの処分者に関しても大体似たり寄ったりです。なお朝比奈豊は現在TBSの取締役をしている模様です。

 通常、というかまともな会社なら不祥事を起こした当事者とその監督・責任者は更迭か、場合によっては解雇されるのが普通です。しかし毎日は上記の様に更迭どころか全く逆に昇進させており、誤報が許されないメディア企業としてみると理解のできない人事としか言いようがありません。
 なお日系メディアでこの辺の人事に関して最も厳しいのは共同通信だと断言します。誤報や間違った写真を載せた記者は即刻解雇され、それを見抜けなかった編集長も確実に更迭されます。実はそういう経緯で更迭されたばかりの編集長が自分の上司になったことがあったのですが、「なんでこんな立派な人が本人ではなく部下のミスで飛ばさなければいけないんだろう?」と思うくらいしっかりした人だったもので、共同通信は恐ろしいけど確かに凄い所だと畏敬の念を覚えました。それにしても自分も妙な体験多いな。

 話しは戻しますが、変な言い方となるものの上記の毎日の対応と比べるならまだ朝日の対応というか処分はまともだったなという気がします。もっとも朝日に対しても「あくまで謝罪ではない」など妙な言い訳したり、会見では池上氏のコラム不掲載について、「現場の編集長の判断」と説明したところ実際には社長の関与があったなどの点で強い不誠実さを覚えますが、何が問題なのかと言わんばかりの毎日のイカれた対応と比べれば非常にかわいいものです。

 ここだけの話、以前から私は毎日の記事を見ていてガバナンスの欠如というか、メディアとしてまともな会社じゃないという評価をしていました。というのも常軌を逸しているとしか思えない記事が普通に紙面に載っかって来ることが多く、いくつか例を出すとこのページにも紹介されていますが、2012年には満開の桜の写真と共に花見客が多いという記事が載せられましたが、実はこの桜の木は前年に台風で折れており、折れる以前に撮った写真をそのまま流用して存在もしない桜の木を取り上げていました。
 また2005年に起きた「JR羽越本線脱線事故」では、現場関係者や航空・鉄道事故調査委員会が脱線は予想のできない突風によるもので予見は不可能だという意見を出す中、この事件を取り上げた毎日の社説では、「この路線を何度も運転している運転士ならば、風の音を聞き、風の息遣いを感じられたはずだ」と書かれてあり、まるで運転士のミスであるかのように主張しています。風の息遣いを感じられるだなんて、書いた奴はゲームかなんかのやり過ぎじゃないのか。

 どちらの記事も掲載前の編集段階でどうしてストップをかけられなかったのか、載せたらまずいとどうして思えなかったのかが自分には不思議でしょうがありません。そう思えるほどに毎日の編集部はガバナンスがまるで聞いておらず、少なくとも朝日新聞を批判するような立場ではないでしょう。

毎日新聞秋田版がおわび掲載 「テカテカ光った自民県連幹部」問題(産経新聞)

 などという記事を用意していたら、またも毎日がガバナンスが効いていないことを証明するかのようなとんでもない誤報記事を掲載していたというニュースが入ってきました。この記事の文章も下品極まりないし編集は何を見てこんな汚い文章を紙面に載せるのか、もはやレベルが低いとかいう問題ではないでしょう。毎日はバイトにでも記事を書かせているのか、はたまた記者がバイトレベルなのかのどっちかであるというのが私の意見です。

フォントサイズの変更

 いつもこのブログを見に来られている方々にはすぐわかったかもしれませんが、文字フォントを一回り大きくしてみました。大きくした理由はやはりスマホなどの普及によってパソコン用モニターで見ない人からすると以前の文字サイズだときついのではないかと前々から思っていたからです。

 逆を言えば何故今まで多分普通のブログにしては割合小さいフォントサイズでこのブログを運営してきたのかというと、私の記事はどれも比較的文量が長く、なるべく一目で多くの文字数を見られるような構成にした方が私個人にとっては読みやすいように思えたからです。しかし技術の発達によって心霊写真がめっきり減ったように、このような小さいフォントサイズをいつまでも拘泥して維持し続けるべきかというのは難しい所で、思い切って今回大きくしてみました。

 といっても今後しばらく様子を見て、やっぱり具合が悪かったらまた小さいサイズに戻そうかなとも考えています。とりあえずは久々のレイアウト更新なので、何も言わないよりかは一言書こうと思った次第です。

2015年1月9日金曜日

抱えている案件

 前回前々回と林原という会社の破綻劇をテーマにした記事を上辞しましたが、どちらもそこそこ長い文量になって書き終えた後はけだるいような脱力感を覚えました。なもんだからどれくらいの文字数で書いたのかカウントしてみたところ二本合わせてちょうど一万字ちょっとで、四百字詰め原稿用紙換算で25枚という文量でした。15歳の頃は改行の多い小説とはいえほぼ毎日20枚以上書いていたことを考えるとこの程度で音を上げるようになったのは我ながら情けない限りです。

 話は変わりますがこの林原の記事は実は三ヶ月前の去年十月の時点から書くことを決めていました。逆を言えば書くまでにどうして三ヶ月もかかったのかですが、大まかなネタと話の内容自体は理解していながらも最低でも当事者の本を一冊読んでから書くべきだと思い、電子書籍でも読める兄貴の方の本を読もうと考えました。
 しかしこのところ読書時間が極端に少なくなっている上に山田風太郎の戦中日記が異常に長い分量であったためなかなか読み終わらず、つい先週に戦中日記を読み終えたことによって林原の本も読むことができ、ようやく執筆へと至れたわけです。

 この林原に限らず、書こう書こうと思いつつもなかなか執筆までにいたれないネタを常に多数抱えているのが現状です。なんでそうなるのかというと日々ほかのネタを書いたり、書くに当たって資料とかを多少なりともチェックしていたり、テンションが上がらずついつい先延ばしになってたりと理由は様々です。なので今日は自分の備忘録を兼ねて今抱えている案件というか書こうとしているネタを下記にまとめてみました。

・企業居点の精密機械企業のアップロード
 これはこっちのブログじゃないですが姉妹サイトの「企業居点」の方でこちらもまたつい先日、ようやく昨年中に調べ上げた日系企業の海外拠点データを全てアップロードすることに成功しました。その拠点数、実に一万八千件強。
 今後はまた拠点を調べつつアップロードする予定ですがまずは手薄な精密機械系企業をアップする予定で、明日から早速取り掛かる予定です。早ければ二週間程度で終わるかもしれませんが、遅れればまた一ヶ月とかかかりそう。

・???の再調査
 こちらはほぼ確実に一ヶ月以内に取り掛かり、このブログにアップするネタです。去年はなんだかんだ言って気持ちと暮らしと生活に余裕が出た甲斐あって実際に統計やらを調査する記事を数多くアップしてそこそこいい反応も得られました。近々去年やった一つの調査物のアップグレードに挑戦するつもりですが、調査サンプル数は多分200件を超すからストレスたまってきたらまた物への八つ当たり始めるだろうな。

・日米のヒーローの比較
 ネタはもう固まっておりあとはもう書くだけ。いつ書いても鮮度が落ちないから先延ばしされやすいネタです。

・平成史考察で2008年に起きたある事件
 これは火鍋でお腹を壊さない(一昨日の出来事)限りは明日にでも書きます。これは鮮度が命だからもう待ってらんない。そんなん言うなら思いついた一ヶ月前に書けよと自分でも思います。

・同族企業の類型比較
 友人に薦められて自分でも面白そうだと思うテーマです。しっかり書けば社会学の論文としても十分な内容に仕上げられるでしょうが、資料が手に入り辛い中国で書くとなるといつになることやら。

・戦前の女性経営者ネタ
 友人の、「マッサンに続け!」の一言で始動したタイトル。そもそもネタになる女性自体が少ないので多少の軌道修正もやむを得ないか、ってか本気でどこまで書けるかかなり不安。

・創業家列伝
 かなり放置しているけどまだまだ書きたい人はたくさん。鮎川義介当たりパッと書こうかな、ほかには樫尾四兄弟も悪くないけど。

・ディアドコイ継承戦争
 どっかの漫画の連載が遅いからもう先を調べちゃった的な歴史ネタ。書いてもいいけど西洋史ネタってあんまり反応良くないし、ほかにも詳しい人いるだろうから多分没にするでしょう。

・中華民国北伐史
 全く手垢のついていない超面白い中国史ネタ。手垢がついて無さすぎて逆に理解・整理するのに苦しんでるので詳しい人がいたらむしろ自分に講義してほしいくらいですが、持ち前のフロンティアスピリッツを発揮して自分が手掛けようかなと考えてるネタです。やるからには相当なガッツとテンションいるから実現は三ヶ月くらい先かも。

・戦争体験者らが主張した科学的教育とは
 山田風太郎の日記ネタですが、案外重要なテーマかもしれません。中身がまだまとまってないからうまく説明できないけど。

・中国の汚職摘発状況
 時事ネタですが日本で見る限りだとほとんど注目もされていないしきちんとした解説も出ていないのでやる価値は高いです。書こうと思えばすぐ書けるけど、それが故に先延ばしになってしまうネタです。あと書くに当たって、「くっ、ガッツが足りない」(キャプテン翼)となるようなやや気力のいる記事ネタってのもあります。

・キリスト教の宗教改革とマルティン・ルター
 ちょっと興味を覚えて書いてみたいテーマ。

・グローカリゼーションの研究
 このまえぶち上げたオリジナルな経済概念のため、より具体化させるために実際例などをいくつか整理した上で研究を深めたいです。いくつか材料もあってすぐ書くこともできますが、なるべく誰か使って弁証法よろしく議論して内容を洗練させた上で書きたいテーマです。

 改めてまとめてみて思うこととしては、日本史ネタが今一本もないってことです。日本史に関しては書きたいネタはほぼ書き尽くした感もあり、どちらかというと書くネタが思い浮かばない時に間に合わせで書くことも多くなっています。だから砂金やたらと西洋史ネタに力入れるんだろうな。
 なおここだけの話、二次大戦下のフィンランドはなかなか反応が良かったですがロシアのラストエンペラーの記事は誰も話題に挙げてくれないほど不評でした。これだからロシアは駄目なんだよと一人で愚痴ってます。

2015年1月8日木曜日

林原家の兄弟

 先日の記事で私は、独自技術や特許を多数保有し実力派中小企業として評判の高かった化学原料メーカー、林原が経営破綻に至った経緯についてまとめました。本当に破綻する直前まで下手な大企業を凌ぐほど超優良企業と目されていた林原の突然の結末は非常にドラマチックであり話を追うだけでも面白く、そこそこ長い経緯を一つの記事にまとめるのは非常に難作業で書き終えた後はそれこそ魂を抜かれるくらいの脱力感に襲われましたが、我ながら前の記事はいい出来だと自負しております。
 ただこの林原の話、そもそもなんで私が興味を持ったのかと言うと友人から、「あそこの元社長はガチで霊が見えるらしい」と聞いたことがきっかけでした。実際、曲者ぞろいの同族企業家の中でもここの林原家は元社長の林原健氏を含めかなり面白い人ばかりだったので、前回が破綻の経緯だったのに対し今日は林原家という一族について記事を書きます。それにしても、最近の自分はほんとによく働くなぁ。

 早速社長の林原健氏について書きますが件の霊が見える件についてはその著書の「林原家 同族経営への警鐘」において、

「浮世離れついでに言えば、私には霊が見える。どのように見えるかというと、ブルース・ウィルス主演のハリウッド映画『シックス・センス』をイメージしてもらえばいい。街中のいたるところで、死んだ方たちが私の前に現れる」

 という具合で、前振りもなく突然スピリチュアルな内容について話し出してきます。その健氏によると子供の頃は周りにも霊が見えることを言ったりしてたそうですが気味悪がられるため途中からは全く言わなくなり、お坊さんに相談して霊が見えなくなるお経を教わって唱えたら一時的に見えなくなるものしばらくしたらまたぶり返すのでこっちも途中でやめちゃったそうです。っていうか、会社が破綻するまでの経緯も面白いけどこっちの方もかなり気になるからもう一冊本書いてくれないかな。
 そんな耳なし芳一も真っ青な健氏ですが、霊が見える特異体質もさることながらその人生は一般人と一線を画す、というよりもいろんな次元を超えていると言っていいほどかなり激しいものです。

 健氏は先代の社長であり戦後の復興期に会社を日本一の水飴メーカーに成長させた父、一郎の後継者として育てられましたが、林原家では「元武士の商家」という特別な矜持があり、江戸時代の長男よろしく一番上の男の子はかなり大事に育てられてきたそうです。ただ父の一郎はワンマン社長さながらの短気な性格だったこともあり教育において暴力を振るうことも多く、そんな父親に対抗するため健氏は自ら空手を始めたと述べています。
 なお余談ですが林原家は元々岡山を治めていた池田家の武士だったものの、池田家が鳥取に転封する際に希望退職者を募集した所、「お家のために」と自ら武士の身分を捨て、以後は池田家の御用商人としてやっていった家だそうです。

 健氏は父親から会社の跡取りとして育てられたものの本人は学問分野への興味が強く、会社経営者よりも研究者になりたいとずっと考えていたそうです。しかし健氏が慶応大学の学生だった頃、父の一郎が突然病気で亡くなったため自分の意に反しわずか19歳で林原の社長に就任することとなります。
 社長とはなったものの大学を卒業するまでは重役たちが切り盛りし、卒業後から正式に社長として勤務を始めた健氏ですが、当時の日本では米国からの粗糖輸入が自由化されたため水飴メーカーだった林原を含め業界は不景気そのもので、経営状態は決して良くなかったそうです。そこで健氏は二年かけて会社の新たな道を模索し、最終的に全社員の前で、「今後は化学原料メーカーとして転身を図る」と宣言しました。

 常識的な思考で物を言うならば、もしその場にいたらこの時の健氏に対して、「何馬鹿なこと言ってるんだこのボウズは」と、私も思ったことでしょう。実際、この宣言を受けて林原では全従業員の約半数にあたる300人近くが退職したそうですが、そのような逆風にも負けず林原は世界で初めて「マルトース」という原料の量産化に成功し、傾きかけていた会社を一気に立て直した上で独自技術を持つ「オンリーワン企業」としての第一歩を歩みます。
 その後も健氏は本人が研究部門をリードする形で独自開発、独自技術にこだわり、次々と成果を出して会社を盛り立てていきます。研究対象には敢えて長期の研究が必要なテーマを選び、そのような林原の経営姿勢について健氏は、大企業は短期で利益を追うから成果が出るまで十年以上かかるよう長期的な研究はできず、オーナーシップの強い同族企業だからこそこのような経営が出来たと同族企業ならではの強みを説明しています。この意見に関しては自分も同感で、同族企業のメリットとしてみても全く問題ないと思います。

 そんな健氏に対し経営破綻時に専務を務めていた五歳下の弟、林原靖氏は兄曰く、「真逆の性格」で、営業向きな社交的な性格で兄に続いて林原に入社して以降は一貫して経理・営業畑を歩み、ひたすら研究に没頭したい兄の足りない部分を互いに補うようにして二人三脚で会社を引っ張っていきました。弟について健氏は銀行との折衝を含めた営業・経理面は信頼できるほど実力が高かった上、実弟という条件から安心して会社の金庫番というか背中を任せることができたと語っています。テレビの「カンブリア宮殿」に出た際などは兄弟揃っての出演し、傍目には理想の兄弟みたいに映っていたかもしれません。

 しかし前回記事でも書いたように、バブル崩壊を受けて債務超過状態となった林原では弟の靖氏を中心に不正経理へと手を染めていきます。しかも「トレハロース」、「インターフェロン」を始めとした世界シェアナンバーワンの商品を多数抱えながらも本業の儲けは周囲が思うほど、さらには社長である健氏が思っていたほど大きくはなく、結局最後まで嘘を貫き通せぬままに不正が発覚した後の林原はあっけないほど短い間に破綻する羽目となります。

 破綻に至った経緯で健氏は、自分でほとんど財務状況を確認しないまま青天井で研究費をつぎ込み続けたことは経営者として失格であったとした上で、多少の借入金があったとしても保有する広大な土地を始めとする資産を売却すれば何とかなるという甘い考えがあったと述べています。また債務超過であることを知りながら兄の要求するままに研究費を捻出し続けた弟については一言、「弟にとって自分は逆らことのできない存在だったのだろう」とまとめています。
 初めにも書いた通りに林原家では兄を立てるという強い家風があり、健氏は弟をいじめることがあっても両親からは特に注意されなかったそうです。また成人後も社長就任直後で混乱する本社の様子を見せたくないがために弟には最初、関東など遠隔地で営業をやらせたり、骨肉の争いを避けるために将来は二人で会社を分割する方針も話していて、こうした行為が弟に疎外感を与え兄弟でありながらコミュニケーションの少ない関係を作っていたのかもしれないと反省の弁を述べています。そのため弟が不正経理に走ったのも、健氏は自分に多少なりとも責任があるとも認めています。

 この二人の兄弟のちょっと変わった関係ですが、健氏の言う通り家風などももちろん影響したでしょうが私が思うにそれ以上に、健氏が次男で靖氏が四男だったということの方が大きく影響していると思います。
 実は林原家には健氏の上に長男がいたのですがこちらは赤子の頃に夭折し、実質的に健氏は次男でありながら長男として育てられていました。そして健氏と靖氏の間にもう一人三男がおり、健氏によると非常に社交的で女性からもよくもて、兄の目から見ても気の置けないいい弟だったそうです。

 健氏は父親から会社を継ぐよう求められていたものの本人は全くその気はなかったことを述べましたが、健氏が高校生だった頃にこの三男に、「自分の代わりに会社を継いでくれ」と話したことがあり、三男も二言返事で承諾していたそうです。そのため父の急死によってやむなく社長職を継いだ健氏でしたが、弟が大学を卒業したらすぐに自分は社長職を譲り天文学者になるという夢を持っていたそうです。
 しかし不幸なことにこの三男は米国の大学に留学中、バイク事故で急逝してしまいます。事故直後に健氏は母親と共に三男が入院している病院を訪れ弟の死に目を看取りましたが、その際には弟が会社を継いでくれるという希望が打ち砕かれ本当に強い絶望感を覚えたと述べています。

 たまたまですが自分と同い年で仲のいい友人に三人兄弟なのが二人おり、片方は長男でもう片方は次男です。長男の方はそいつの弟の次男とも面識があるのですが、やはり話していて長男は次男についてあれこれ言及することはあっても三男への言及が極端に少なかった印象を覚えます。一方、次男の方は兄、弟それぞれについて事ある毎に話し、「兄ちゃんにはええ加減な所もあるけどよう面倒みてくれた」、「弟はかわいいんやけどなんかあいつには身長、成績を含め追い越されたくはないわ」、なんて聞き、同じ三兄弟でもどの位置にいるかでやっぱり交流する相手は変わってくるなという風に思いました。

 思うに林原家の三兄弟においては、なまじっか周囲からも強く期待されていた真ん中の三男坊がいたせいで、次男の健氏と四男の靖氏は兄弟といえども、間にぽっかり穴が空いてるような余所余所しさの感じる関係になったのかもしれません。その為に兄と弟で強力な従属関係ができてしまい、破綻の憂き目を見ることとなったのではと邪推します。

 最後に破綻後の調査委員会の報告によると、破綻の時点で健氏と彼の資産管理会社は林原本体から約16億円の負債があり、その額を聞いた本人もその時まで会社の金をそこまで引き出していたことを知らず、空いた口が塞がらなかったそうです。また靖氏も自分が保有する会社などに林原本体から合計数十億円単位の貸付金を出させて自分の事業に使ってた上、どうも母親名義でも会社から金を出させて(約13億円)使っていたようです。
 二人の母親は会社の破綻前から寝たきりで、破綻から一ヶ月後にその事実を知らないまま逝去されたそうです。健氏によると靖氏と最後に会ったのは母の逝去直前の病院だったらしく、その際に健氏は、

「おまえが会社にしたことは許してもいいと思っている。社長として私が至らなかった面も大きいからだ。けれどおまえが母さんを借金まみれにしたことだけは許すわけにはいかない。母さんの葬式も、一部の親戚に限定した家族葬にしようと思っている。親戚の前に顔を出したらやり玉に挙げられるから、おまえは来ないほうがいいだろう。いいか、今後一切、おまえと仕事をすることはない。会うこともない」

 と述べ、弟と決別したことが書かかれてあります。

 この記事の見出しは当初、「林原家の面々」で岡山一の甘党だったおじさんとかについても書くつもりでしたが主旨に合わないと判断し、林原兄弟に焦点を絞り「林原家の兄弟」という見出しに変えました。


  

2015年1月6日火曜日

林原の破綻を巡る経緯

 トレハロースインターフェロンという名前をどういうものかは具体的にわからないまでも耳にしたことがあるのではないかと思います。両者ともに糖質物質の名前で、前者は主に食品の甘味料として使われ、後者は主に医薬品として抗がん剤などに用いられています。
 この両物質の安価な量産法を確立したのはほかならぬ日系企業で、岡山県にある「林原」という会社でした。自らの技術開発によって量産法を確立したこともありこの二つの物質で林原は世界シェアをほぼ独占するような地位を築くなど岡山県を代表する会社でしたが、2011年に債務超過により経営破綻し、化学品専門商社の長瀬産業によって買収され現在に至っております。

 先日、私の知恵袋的友人から林原の破綻当時の社長であった林原健氏が出した「林原家~同族経営への警鐘」という本が面白いと推薦を受けて試しに読んでみたところ、これがなかなか面白く、非上場のオーナー企業であり独自技術を持つ超優良と思われた会社が破綻に至るまでの経緯は下手な小説よりずっとドラマチックでした。そこで今日はこの林原が破綻するまでの経緯と、林原健氏の書籍を読んで「ん?」と思った点を私なりに紹介しようと思います。
 書く前の段階ですが、詳細にやると文章長くなるし、かといって短くすると面白味が欠けるし、ほんのり気分が憂鬱です。可能な限り文字量を圧縮して伝えなきゃいけないから、腕の見せどころではあるけど。

<林原について>
 まず破綻前の林原についてですが、一般人を含めて超優良企業と誰もが目していた会社でした。独自技術によって世界シェアを独占する商品や生産特許を多数保有していただけでなく地元岡山県を中心に多数の優良不動産、岡山駅前の広大な土地や京都センチュリーホテルなど知名度の高い物も多く保有しており、見方によっては下手な大企業よりも実力も価値もある会社という風に見られていたと思います。多くの経済メディアも同じような視点だったようで、在任中に林原健氏は日経新聞の名物コラム「私の履歴書」に出ただけでなくテレ東の「カンブリア宮殿」にも実弟であり専務の林原靖氏と一緒に出演するなど、カリスマ経営者として高い知名度を持っておりました。

 それほどまでに優良視されていた林原は何故破綻したのか。先日にこの林原の話を大学の先輩に振ってみたところ、「知ってるよ。バブル期の不動産投資に失敗したんだろ。本業は順調だったのにさ」という答えが返ってきました。細かい数字を精査していない段階ではありますが、この先輩の見方は全く的外れでないものの、実態とは異なっているというか逆だと私は考えています。
 というのも林原の破綻後に行われた債務整理で、元社長の林原健氏の私財投入などもありましたが保有している土地や株式などの資産を売却したことによって抱えていた債務(=借金)の弁済率は93%を達成、つまり93%の借金を返すことに成功しているのです。通常の破綻後の債務整理だと弁済率は約10%程度とされるだけに、保有していた不動産などの資産が「不良債権」だったとは少なくとも言えないと思えます。

<破綻の原因>
 では何故林原は破綻したのか。結論から言えば放漫ともいえる研究費の支出と、本業ともいえるインターフェロンをはじめとする化学物質の販売が非常に悪かったこと、そして何よりも不正経理が発覚したためでした。

 順を追って書いていくと研究費については兄であり社長である林原健氏が全く金に糸目をつけず実験に必要な機器を研究員が要望するままに調達し、林原健氏自身も研究員に対して、「もっと高い機器を申請しろ」と発破をかけてたそうです。そうした購入申請に対して金庫番たる林原靖氏は兄の言うことに逆らえず、本業でほとんど利益が出ておらず流動資金にも事欠く状況でありながら言われるがままに研究費を支出し続けていました。

 次に本業の儲けについてですが、確かにインターフェロンは抗がん剤にも使われるなど用途がはっきりあり、なおかつ林原が世界シェアでトップとなる看板商品でしたが、弟の林原靖氏の著書「破綻 バイオ企業・林原の真実」によると、インターフェロン生産のために建設した吉備製薬工場の稼働率は2割を越えたことがなく、インターフェロン事業は赤字も赤字の大赤字で破綻の最大原因になったとまで言及しています。そのほかの物質の事業も大体そんな具合で、世界シェアこそ高かったものの営業利益で見たらそこまで会社を牽引する売上げではなかったそうです。

 そのように本業が駄目だったにもかかわらず膨大な研究費を林原はどうして支出し続けたのか。これには理由が三つあり、一つ目は兄の健氏の要求に弟の靖氏が逆らえなかったこと。二つ目は社長の健氏が研究者肌で経営には全く興味がなく、現状の売上げや純利益にも目もくれず経営状況を全くと言っていいほど省みなかったこと。三つ目は専務の靖氏が金策に走る傍らで不正経理に手を染めていたにもかかわらず、社長の健氏は不正経理の事実を全く知らず自社の経営状況がひっ迫していることに最後まで気付かなかったためでした。

<不正経理>
 林原の不正経理自体は破綻のずっと前、バブル崩壊の頃から始まっていたそうです。土地などの資産を多数持っていた林原はバブル崩壊の以前と以後で保有資産の価値が約1兆円から約1000億円と十分の一まで目減りし、この時から既に債務超過に至ってたそうです。当時から経理業務を担っていた靖氏は周囲のごく近しいメンバーとともに架空売り上げや付け替えといった錬金術によって銀行向けに見栄えのいい決算資料を作成し、そうした行為が破綻の直前に至るまで常態化していました。
 一方で社長の健氏は弟の手によって不正経理が行われているなんて全く知らず、自分が主導している研究が着実に成果を出し会社を潤わせていると信じ続け、「自分の経営方針は間違ってない」とばかりに高額な研究へどんどんとのめり込んでいったそうです。また靖氏もそんな兄に対し、世界的に評価される研究実績を確かに出していたこともあってか本当の台所事情を明かさず、兄が要求するままに研究費を調達することに明け暮れていました。

<不正発覚から破綻まで>
 2010年12月、社長の健氏は専務の靖氏からメインバンクの中国銀行から呼び出しを受けたと連絡を受けます。通常、銀行側から林原本社へやってくることが常だっただけにこの時点で健氏は奇妙に感じていたそうですが、靖氏共に実際に訪問するとサブバンクの住友信託銀行の人間もおり、林原が不正経理をしているという事実を明かされます。
 一体何故発覚したのかというと以前から両行は林原の財務状況に疑問を感じていたそうで、二行だけで提出されている財務資料を付き合わせてみたところ案の定差異が見つかったわけです。不正の事実を告げられたものの健氏は財務は弟に任せていただけに全くの寝耳に水でしたが、靖氏はその場で不正経理をしていたことを認めたため動揺しつつも事後策を練ることとなりました。

 林原健氏、靖氏、そして中国銀行と住友信託銀行は当初、ADRという民事再生法によって致命的な破綻を避ける方向で臨むことを決めました。民事再生法とは言うなれば債権と債務を持つ者同士で話し合って一部債務を放棄する代わりに会社を存続させる、裁判で言うなら「和解」のようなものです。ただこの民事再生法を成立させるには関係する当事者すべての同意が必要で、林原は両行を含め計28行の金融機関と取引があったため初めから困難な交渉になると予想されました。
 案の定というか内密に取引銀行関係者のみを集めた最初の会合は紛糾し、特に債務超過の事実に先に気がついていた中国銀行と住友信託銀行が林原の保有資産に対し抜け駆け的に抵当権を設定(担保を取る)していたため、他の取引銀行からは平等ではないなどと批判が集まり合意を得るどころではなかったそうです。補足的に説明しておくと、抵当権があると林原が破綻したとしても二行はほぼ確実に債権を回収できますが、ほかの銀行はその割りを食って回収できる債権が目減りするためみんな怒ったわけです。

 このように一回目の会合は不調に終わり二回目の会合はどうなることやらと思っていたら、本来秘密にしていなければならないこの会合と、林原がADRに動いているということがメディアによって報じられてしまいます。情報の遅漏元はこの時の銀行関係者なのか林原の内部からなのか未だ明らかになっていませんが、「林原が倒産間際」と報じられたことによって林原の原料仕入れ先や販売先には動揺が走り、仕入れ先の中には即日取引を停止するところも現れたそうです。

<突然の会社更生法申請>
 このようなドタバタな状況の中で開かれた第二回の会合ですが依然として住友信託銀行とほかの銀行間の対立は収まらず全く合意が得られないままだった最中、ある銀行関係者が突然立ち上がり、こう言い放ちました。

「皆さん、皆さん、お静かに願います。当行本部からたったいま、わたしの携帯に連絡が入りました。 西村あさひ法律事務所の弁護士が、東京地方裁判所に林原の会社更生法の申請をおこなったとのことです」

 その場にいた靖氏によるとこの発言によって会場は大混乱となり、悲鳴や怒号が鳴り響く中でADRは不成立という結論に至ったそうです。
 補足説明をすると、ADRが「民事再生手続き」であるのに対し会社更生法は「法的再生手続き」となります。前者は関係者同士が話し合ってある程度自由な形で債務の減免や資産の処理などが行えますが、後者は法律の規定に則りルールに従って債権の処理が行われます。まぁ端的に言えば、銀行関係者としては前者の方がありがたかったと理解してもらえばOKです。

 靖氏は会社更生法を申請をするなんてこの時全く知らなかったそうで、顧問を請け負っていた西村あさひ法律事務所がADRが不成立に終わると見て、抜け駆け的に行った行為だったと述べています。その上で破綻処理に伴う顧問料や資産売却に関する仲介料などを目的に行った、いわば破綻処理ビジネスのため意図的に林原を倒産させたのではと著書で指摘しております。その後の弁済率が93%だったことを考えると、全く考えられなくはないねと私も思いますが。

 こうして林原は不正経理が発覚してからわずか二ヶ月後の2011年2月、会社更生法の手続き開始によって正式に経営破綻することとなりました。

<両者意見の食い違い>
 上記の会社更生法の申請に至るまでの過程は林原のウィキペディアのページの情報、そのネタ元である靖氏の著書「破綻 バイオ企業・林原の真実」を下地にして書いております。まぁ読んでてなかなか面白い展開だと思うしPwCが出てくるなど陰謀論的な推理は思わず引き込まれます。しかし、これが兄の健氏の著書「林原家~同族経営への警鐘」を読むとこの場面について異なる内容が書かれてあり、一言で言って強い違和感を覚えました。

 先に書いておきますが健氏の「林原家~同族経営への警鐘」は今日1日で読みましたが、靖氏の「破綻 バイオ企業・林原の真実」はKindleで売っておらず、生憎まだ読んでおりません。中国にいるがゆえのハンデと思いウィキペディアの記述を信じてこのまま書き続けますが、健氏はその著書でこの時の状況について以下の様に書いております。

 私はすぐにADRの担当弁護士に来てもらった。
「ADR申請を取り下げ、会社更生法に切り替えてください」

 前後の記述を読むと、健氏はADRに関する報道が出たことによって納入を停止する仕入れ先も現れ、そうなると林原の製品を原料に使っている業者に大きな影響が出ると考え、混乱を早期に収めるためにも会社更生法の申請を決断したと書いてあります。なおその日程は2月2日で、靖氏の著書にある「第2回ADR債権者会議」が行われていた日程と確かに一致するものの、健氏の著書では、

「ADRの第1回債権者会議が予定されていた日、林原はADRを取り下げると同時に、会社更生法の適用を申請し、私と弟は職を辞した。」

 と書かれてあり、第1回か第2回なのか、なんかちぐはぐな印象を受けます。
 もっともそれ以上に健氏は会社更生法の申請を自ら決断したと書いてあるのに対し、靖氏は顧問弁護士事務所が勝手に行ったことで自分は知らなかったと書いてあり、両者で内容が一致しません。となるとどっちかが自分の著書で嘘を書いていることとなるわけですが、さすがにその現場にいたわけでもないし資料も手元に少ないことから私には判断できません。ただ一つだけ言えることは、健氏はその著書の中で申請を決断したことを弟に伝えたということは書いていません。
 結構気になる点だというのに、日経ビジネスの記者はわざわざ健氏にインタビューしておりながらこの点を突っこんでいません。ここが一番肝心だと思うんだけどなぁ。

 と、非常に長く書いてて自分ももうへとへとなのですが、そもそもなんで林原というか健氏の著書を手に取ろうと思ったのかそのきっかけはというと最初に書いたように友人の推薦からでしたが、その推薦を受けた時の会話は以下のようなものでした。

「つうか、霊感のある経営者とかおらんのかな?」
「いるよ」

 と言って友人が紹介してきたのが「林原家~同族経営への警鐘」でした。実際に友人が言う通りにこの本の中で健氏は、「子供の頃から霊が見えていた」と普通に書いており、ビジネス本かと思いきやいきなりスピリチュアルな世界に突入するなどかなり個性の強い人のようです。このほかにも健氏というか林原家の面々は面白い人が多いので、兄弟間の関係を含め続きはまた今度書きます。今日ちょっとあまりにも長く書いたからしばらくは呼吸置きたいけど。


 

中国の先生に対する付け届け

 今日は気温が上がって日中は20度近くにまで上がっただけあって夜もやけにあったかく今窓を開けながら記事書いてます。夜風が素晴らしく気持ちいい。
 ただ久々に気温が上がったせいか非常に強い眠気も覚えてて、もう記事書かずに寝ちゃおうかな(8時くらいに)なんて思ったりしましたが、二日休むのは本意ではないので頑張って書きます。ちなみに中国の仕事始めは昨日4日日曜からなので、連休明けのストレスは日本人と比べて現在低いことでしょう。

 そういうわけで話は本題に入りますが、めったにないけど自分が日本に一時帰国する際、会社の中国人同僚からあれこれ日本で買ってきてほしいものを依頼されます。購入代金は人民元で直接自分がその同僚から受け取って、購入する品物はあらかじめアマゾンで購入し自宅へと送っておき、中国に帰る際に持って帰るというのが通常の算段なのですが、その買ってきてほしい品物というのがちょっと妙なものが多かったりします。

 依頼をするのは子持ち女性の同僚が多いのですが、子供用のJINSのメガネなどはまだ理解できるものの、アメリカ製の妙な栄養剤とか小さい電気マッサージ器、美顔用の家電とかなんかいまいち用途のわからないものがこれまで多かったです。そこでこの前、「これ何に使うの?」と聞いてみたところ、「子供の教師への付け届けに使う」という思わぬ答えが返ってきました。
 なんでもアメリカ製の妙な栄養剤は最初病気の母親に使ったそうですが、少し余ったのを子供の教師に挙げたら「もっとくれ!」と要望があり、それでまた今度買ってきてほしいと言ってきたわけです。美顔用の家電なども同様に先生への付け届けに使ったそうで、その同僚によると、「こうした付け届けは非常に金がかかる」とのことです。

 では何故付け届けをするのか。単純に言って一種の賄賂です。

 これは何もその同僚から話を聞く前にも数多くの子供を持つ中国人から聞いていたことですが、中国では中学、高校はおろか、小学校どころではなく幼稚園の先生にも何か理由つけて贈り物をしないとその親の子供を授業とかで無視するらしいです。しかもこの要求はかなり具体的で、「あんたの所からは500元の贈り物しか受け取ってないが1500元に達さないと基準満たさないよ」なんて堂々と言ってのける教師(幼稚園)もおり、本当にお金がかかるとうちのスタッフも悔しげに文句言っていました。
 また中学生の息子を持つ同僚は、「うちはその時期はもう終わったから」と話すものの、中学校の教師が正規の授業では敢えて肝心な部分を教えず、放課後のお金払って受けれる特別な授業で初めて肝心な部分を教えているらしく、「中国の教育は間違っている!」とたまに憤っています。中国人本人が言うんだからなぁ。

 そんな会話をした際に逆に中国人の同僚から、「日本ではこういうことはあるの?」と聞かれ、部活の顧問とかは別としてもちろんないと言い、「むしろもらってたら問題になる」と話すと「さすが日本」という感じでうんうんうなずいてました。
 それにしても教育の現場に至るまで徹底した資本主義が浸透しているあたりはさすが、「社会主義にも市場があったっていいじゃない」と言ってのけた国だけあります。真面目な話、資本主義という概念においては中国の方が日本より進んでいると自分は本気で考えています。

 ただこうした中国の教育を日本は他山の石と見ていていいのかとなると自分は疑問です。人づてに聞いた話ですが日本の教育現場では教職員の組合なり組織に加入している教師が強い発言権を持ち、そうでない教師や新人教師に対して土日の部活顧問や行政への報告書作成など面倒な作業を押し付ける傾向があると聞き、中国ほど競争原理はないのかもしれませんがいじめの構造は結構深いと聞きます。最近に至っては人件費削減のあおりで契約教師も多いし。

 オチらしいオチがありませんが、中国はいつでもどこでも競争原理、資本主義が働いているという事だけわかってくれれば幸いです。じゃあ日本は平等主義かな、と言いたいところですが実態的にはスクールカーストなどに代表される属性主義かも。

2015年1月3日土曜日

グローカリゼーション

 00年代における経済学の主要な議論はグローバル化に対する態度、言うなればグローバル化を肯定する勢力とそれに反対するアンチグローバル派の対立でした。当時大学生であった私はアンチグローバル派に属してこのブログの設立当初はそのような立場を明確に打ち出した記事投稿が多かったのですが、このグローバル派(新古典派)VSアンチグローバル派(旧ケインズ派)の対立は現在においてはほぼなくなったと言っていいでしょう。

 何故争いがなくなったのかというと理由は単純明快で、2008年にリーマンショックが起こったからです。このリーマンショックによって金融取引を野放図にさせていれば一国の経済はおろか世界経済全体に対しても甚大な悪影響を与えることがはっきりとわかり、現在もこの時の負債によって欧州各国は不景気にあえいでいますが、現時点においては「極端な規制緩和は確実に問題であり、グローバルな取引拡大は是認しつつも一定の規制は必要」という考え方が米国を含む全世界で定着しているように思えます。
 このような結果論で言えば両者の対立はアンチグローバル派の勝利と言えそうですが、少なくとも現在の世界はかつてアンチグローバル派が主張していたほど国際取引に規制が作られているわけではなく、またFTA領域の拡大などグローバル化は現在もなお促進しており一方の勢力の完全勝利と言い切れる状態ではありません。恐らくこんな言葉を使う日本人ももはや私一人だけですが、「トービン税」の導入に至っては議論すらなくなっています。
 ひとまず現在においては不透明で過剰な取引に関しては規制を、その上でFTAの拡大と国際分業を促進していくというのが一つのトレンドです。なお以前あった「グローバル化の促進に伴う貧富の格差拡大」に対する懸念は、欧州各国が貧富の格差以前にみんな失業してきたのでもうどうでもいいやとばかりに一顧だにされなくなってきています。

 少しややこしい前置きを書きましたが、私が何を言いたいのかというと00年代には盛んに繰り広げられた経済議論がリーマンショック以降の現代においては全くなくなっており、今後の世界はどうなっていくのか予想する経済学議論がこのところはほとんどなく、こういってはなんですがやや面白味に欠ける状態となっております。ただ単に私がこのところ勉強していないから知らないだけでもしかしたらちゃんとした議論があるのかもしれませんが、折角だから自分自身で今後の世界の成り行きについて三週間前に30分くらい考え、当たるかどうかは別として一つの議論の柱になりそうだと思いついたのが今日の記事の表題に掲げた「グローカリゼーション」という考え方です。

 グローカリゼーションという言葉は読んで字の如く、「Global」と「Localization」を組み合わせた私の造語です。パッと検索したら教育学とかその辺で一部で使われているようですが、こういう経済学議論で使うのは多分私が日本じゃ初めてでしょう。
 このグローカリゼーションという言葉がどんな意味を成すのかというと、一言で述べるなら今後の世界は国家の枠内にある各地域がそれぞれ分立、独立的な傾向を持ち始め、それぞれ国家システムを飛び越えて独自に国際取引などグローバルシステムに参加しようとする傾向になると見え、そうした流れを敢えて一語にまとめるとこの言葉になります。横文字でやや気に入りませんが、無理矢理日本語にしようとしても「地域環球化」と冴えない言葉になるのでやむを得ません。

 一体何故このような予想を立てたのかというと、一番大きなきっかけは昨年に住民投票まで行われたスコットランド独立問題です。それまで英国の連邦制に属していたスコットランドが英連邦から独立しようとしたこの動きは最終的に過半数の賛成を得られず流れましたが、こうしたスコットランドの動きを受けてか他国でも同じように現在存在する国家の枠内から単独の地域で独立しようとする動きが見られ、スペインのカタルーニャ地方などかねてから火種のあった所でも独立運動が一時盛り上がったと聞きます。
 こうした動きは日本も他山の石というわけではなく、実現性はほとんど限りなくありませんが、沖縄県の選挙で公然と沖縄独立を掲げる候補者が出てメディアにも露出するなどかつては考えられない動きが出てきております。

 こうした国家から地域が独立しようとする動きと合わせて見逃せない存在なのが、勘のいい人なら想像がつくでしょうがイスラム国ことISISです。元々イランやイラク、シリアなど中東は国境線が緩く国家の概念が弱い地域であったものの、これらの地域で現在活動しているISISは既存の国家の枠では考えられない組織として現在も活動を続けております。
 あまり詳しく解説するのは本意ではありませんが、ISISはイスラム教を主是とした組織でありながら同じイスラム教徒をほぼ無差別に襲うこともあり、また日本や欧州、米国などからも参加者が出るなど民族の枠も非常に緩い組織です。一見するととんでもなく統率がなく中心のない組織に見えますがそれでもこれだけ勢力を伸ばして今も活発に活動を続けているあたりは考察に値する存在です。

 ISISに何故参加者が集うのか。これについては一概に言い切れるものはありませんが恐らく各人各様で、イスラム教の原理主義が好きだったり、米国が嫌いだったり、暴れたいだけだったりと別々でしょうが、そうしたバラバラな思想の集まりでありながらこうして一つの塊となってしまうのがかつてはなかった現代世界の傾向じゃないかと思います。その上でこうした組織は国家の概念が全く適用できないばかりか、何を以って区分するのかという意味では非常に難しい存在です。

 私の予想では今後、ISIS程とまではいかないまでもこうした国家や民族、文化、言語、経済範囲に縛られず活動する組織なり地域也は増えていくと思います。更にそうした組織や地域は国家の法律やシステムを無視して国際取引だったり人的移動を行い、国家の権力や縛りは今後どんどん緩くなるのではないかとも考えます。
 二次大戦以降の世界では大体、民族と文化と言語はほとんど1セットになってそれが国家という枠になっていきましたが、今後はこの枠を飛び越える、何かしらの一つの概念が一点突破的に集団をつくりそれが独自性を帯びていくのではないかと思います。

 何故そのように一点突破的な動きが成立するのか、これは仮説ではありますがネットの発達に伴うグローバル化による影響だと思います。それこそISISを例えても昔ではそんな組織の存在や活動を報道で映像を見るのも難しかったですが今ではYoutubeなりを使えば簡単に見ることが出来ます。また特殊な趣味、たとえば珍しいお茶を愛好する人がいたとしたらネットで同じような人を捜せば簡単に見つかり、同好会にも参加できるようになり、以前と比べ距離や時間、民族言語文化をすっ飛ばして集結することができ、それによって一点突破も可能になってくるのではないかと思います。

 またグローバル化の発展に伴い、海外の品物も簡単にインターネットで買えてしまうなど、江戸時代の朱印状みたいに規制する存在がなくなったばかりか国家のシステムを経由せずともこうした国際取引や国際交流が簡単に出来るようになりました。こうした種々の動きがあり、無理して国家に所属せずとも気の合う人間同士で小さくまとまりたい、そんな考えが上記のようなグローカリゼーションの動きを後押しするのではないかと言いたいわけです。
 更に言えば、日本を含め国家のルールを押しつけられたくない、負債を負いたくないと考える動きもあるかもしれません。実際自分だって日本の年金いらないから払いたくないし。

 最後に改めてまとめると、国家以下の組織、または個人が国家の枠を超えてグローバルにつながろうとする傾向が今後より強くなるのでは、そのような傾向をグローカリゼーションと言いたいのがこの記事の骨子です。その上で述べると、仮にこの傾向が強まるとしたら米国はより強くなる可能性があると見ています。何故かというと米国は合衆国せいで国家枠内の地域分立がかなり確立されているからで、こうした流れの傾向の影響をほとんど受けずに動じないのではと思えるからです。
 日本はどうかとなるとせいぜい言って沖縄の中で独立を叫ぶ勢力がやや強まる程度でそんな変わんないと思います。道州制の動きは増すかもしれませんが、日本は地域的なつながりよりも利益共同体、敢えて言うなら企業グループ間の紐帯のが圧倒的に強いのでそっちの方を弄った方が面白いかもしれません。