2015年8月31日月曜日

夏の終わりに

 本日は8月31日ですが、言うまでもなく小中高生にとっては夏休み最後の日です。中国でもそれは同じようで、今日昼ごはんに味千ラーメンへ行ったら最後の晩餐を食べに来たかのような子連れの母親がやけに多かったような気がしました。

 私自身は夏休みだからと言って特別何か思い出があるわけでもなく、夏よりも冬の方が昔から好きだったのでこれといって何か思い出すことも懐かしむこともないわけですが、「Yahoo知恵袋」の質問を見ているとやたらと宿題の回答を聞くような、中には読書感想文を書いてほしいというような質問が多く、こんなところで聞いてる暇あったら自分で調べて書けばいいのにとちょっと呆れ気味で見ています。

 話は自分の話に戻りますが、自分にとって一番楽しい夏休みはいつだったかとなると大学一回生の頃の夏休みが一番楽だったという気がします。この年はほぼずっと実家に帰省して、バイトも少しやってお金にも余裕があったので暑い日は家の中でゲームをして、やや涼しい日は自転車をこいでたり、ブックオフで古本漁ったりしてのんびり過ごしていました。当時遊んだゲームはプレイステーションの「バロック」、「真・女神転生」が中心で、なんか当時としてもレトロなゲームをやってました。

 この間他にやったこととしてはバイト先で知り合った人にくっついて行って初めてコスプレ会場を訪れたことと、あと小説の新人賞に応募しようと小説を書こうとしたもののこれはという作品が浮かばず断念したこと、そのほかだと家族が出払ったので火星人というあだ名の友人が泊まりに来てなんか二人でゲームしてたくらいです。その火星人とは現在連絡を取り合っていませんが、彼は中学と高校の同級生でしたが彼の家庭は母子家庭で、特段話題にすることはしませんでしたが周りも知っていて特に大きく振れるようなこともありませんでした。
 ただ一回、ひょんな偶然か保険の授業の最中に先生が、「お前ら父ちゃんとか急に倒れたらどれだけ大変変わるか。うーんとそうだな……」と言って生徒を見回しはじめて、火星人に当たったらちょっと空気悪いよなとか思ってたら案の定火星人がドンピシャで当たって、「すいません、うちお父さんいないです」と軟らかく返事したので先生も、「おお、そうか」といってほかの人に当てて聞き直したことがありました。

 その大学一回生の夏休み、別の大学に通っていた火星人でしたがうちに泊まりに来た際に向こうからちょっとこの辺の話をして、どうやら物心ついたころから母子家庭だったということを教えてくれました。ただうっすらと、両親らしき人物が喧嘩をしているような場面が記憶にあり、恐らく何らかの形で離婚したのではないかと一回だけ洩らし、私もここに書くまでその火星人の話を一度としてほかの人間に漏らすことなくこれまで来ました。
 なんでまたこんなことを急にここで書こうと思ったのかというと、たまには日記的な記事を書いてみたかったのと、現時点であれば火星人が特定されて彼を困らせることもないし、彼自身も特段秘密にしていたわけでもなかった態度だったので、夏の終わりにふと普段しない会話を互いに交わしたという思い出を残してみたかったからです。

 なお火星人の電話番号は携帯のアドレス中だと「火星」という表記で記録していましたが、私の携帯電話を盗み見たサークルの先輩が着信履歴に「火星」と書かれてあるのを見て、「なんやお前、火星と交信しとったんか!?」とマジで驚いていました。

2015年8月30日日曜日

ホンダはハイブリッドを継続するのか?

 日本から友人が来ていたので今日はその友人に上海を案内していましたが、あるお土産屋で天津甘栗が売られているのを見たその友人は、「(天津の爆発事件で)これ身体に悪そうだし、嫌いな上司に送ろうかな」と検討していたのがじわじわ来ました。
 話は本題に入ってまた興味ない人には全く面白くない自動車業界ネタですが、個人的な見解として日系自動車大手のホンダ(本田技研)は今後もハイブリッドエンジンの開発・生産・販売を継続するのかについて密かに疑問視しています。今日はその理由とホンダが置かれている現況をいくつか整理した上で記事を書いていきましょう。

 まず私がこの着想を得たきっかけは自動車関連企業に勤めるかなり詳しい人から、「ホンダも日産も今まであまり手を付けてこなかったターボエンジンの開発に本腰を入れ始めた」という一言からでした。ここで出てくるターボエンジンという言葉ですが、この意味は寿る愛のターボエンジンではなくいわゆるダウンサイジングターボを指しており、詳しくはよそのサイトなどで見てもらいたいのですが、燃費効率化の手段として近年は自動車のエンジンに小型ターボユニットを組み合わせるという手法が広がっており、こちらの研究開発にホンダと日産が着手し始めてきたということです。
 なおこのダウンサイジングターボに関して言えば欧州の自動車メーカーが先んじており、日系においては厳密な意味では異なりますがことターボエンジンにおいては三菱自動車が間違いなく最も研究が進んでおり、次点にはディーゼルとの組み合わせで大成功したマツダが来るかなと素人的に思っています。なんで三菱自動車がターボで進んでいるかっていうと、親会社の三菱重工がこの方面において第一人者だからです。

 話は戻りますがホンダがダウンサイジングターボに取り組むというのは世界的な潮流からわかりますが、その一方で気になるのはもう一つのエンジン開発の潮流であるハイブリッドエンジンです。この方面では言うまでもなくトヨタが第一人者でそれに追いつこうとホンダはフィットHVという車種を出してそこそこヒットしましたが、2013年に発売したモデルチェンジ後のフィットHVはエンジンが途中で停止するというエンジン制御システムの不具合が多発し、なんと一年ちょっとで合計五回ものリコールを出してしまいました。このリコール原因ははっきりしており、エンジン始動時にモーターだけで駆動するゼロスタートという機能を搭載したため(従来は始動時から常にエンジンが動いていた)で、トヨタが20世紀に量産で実現していたシステムをようやく導入した所であっさりぼろが出てしまいました。この多発したリコールの対応のためホンダは新車投入がズルズルと伸びていしまし、最近大分掃けたと聞くものの一時期はフィットHVの在庫が恐ろしいくらい溜まっていたとも聞きます。

 このハイブリッドエンジンでの失敗経緯があったため、ホンダがダウンサイジングターボに取り組むと聞いて私は、「ハイブリッドはもうあきらめるつもりなんじゃないのか?」という考えがすぐよぎりました。もちろん両方並行して開発を続けるということも十分考えられますが、果たしてそこまでホンダの開発資金に余力があるのかというとかなり疑問で、またホンダ自体も一時期は「ハイブリッドといったらフィットでしょ!」とハエのよーにうるさいくらい宣伝していましたが最近はリコール多発の余波を受けてかハイブリッドのアピールすらほとんど見かけないくらいになり、むしろ忘れてほしいんじゃないかという気すらします。

 正直に言うと私は日系自動車メーカーの中でも断トツでホンダが嫌いです。理由はデザイン面で中国メーカーも真っ青なくらいに他社の丸パクリが多いのと、ハイブリッドとは呼べないようなしょうもない技術でハイブリッドエンジンなどと喧伝していたためですが、そうした偏見を差し置いても近年のホンダの技術低下は見て見ぬ振りが出来ないレベルです。実際一次の部品メーカーに聞いても、エンジン意外の自社開発を全てやめてしまったため自動車全体に詳しい人間がいなくて無理難題を下に向かって言ってくるとも伺っています。

 あともう一つ私が気になる点として、今後ハイブリッドエンジンが発展するのかという展望です。というのもトヨタのハイブリッドエンジンは確かにすごい技術ではあるのですが、案外根本のシステムというか仕組みは初代プリウスが出た時点のものと大きく差がないと聞いており、近年の燃費アップは電池など周辺部品の発展によるものだと聞くからです。もちろん技術なんて後年同心化するかなんて誰にもわかりませんが、ハイブリッドエンジンには今後さらに発展する伸び代あるのかというとちょっとわからないところがあります。それに比べればダウンサイジングターボの方がまだ手が付けられていない面もあるし、従来技術も応用できるので未来を感じるとしたら私もこっちだったりします。

 あくまでここに書いたのは技術的にはド素人である私個人の妄想ですが、なにかの考えのタネにもなるかなと思って、あまり他に書くネタが今日見つからなかったので一応書くことにしました。それにしてもホンダと中日新聞と野田聖子に対する批判は一切手加減ないなと我ながら思います。何この東海ライン。

2015年8月29日土曜日

野球の神と打席に立った男

 また私事ですが最近ゲームの「実況パワフルプロ野球2012」にはまっています。なんではまっているのかというと今ちょこちょこ進めているとある案件の作業を進めたくなくて現実逃避としての意味合いが強いですが、ひたすら一野球選手となって試合に出続けるマイライフというモードで遊んでます。

 今回私は所属チームにヤクルトスワローズを選びましたが、初年度こそ優勝を逃したものの毎シーズン5割6分以上という異常な数値でヒットを量産し続けたので二年目以降はずっとセリーグで優勝し続けており、でもってパリーグは毎年ソフトバンクホークスが優勝してくるので日本シリーズはもはや定例試合みたいな感じとなってきてちょっと飽きを感じてきました。
 それとこのゲーム、所属する日本人選手に比べてランダムで加入してくる外国人選手がやたら強いせいか、しばらくするとスタメンが外国人ばかりとなってこの前なんかスタメン9人中6人が外人となってもはや日本人の方がレアになってしまいました。これ明らかに調整不足だろう。

 ほかにも調整不足と感じた点について、1シーズンで68本もホームラン打ったのに特殊能力の「パワーヒッター」がつかなくって、なんやねんと思って少しやる気なくしました。もしかしたら既に「アベレージヒッター」という特殊能力を取得していたが故かもしれませんが、それにしたって毎年ホームラン王のタイトル取ってるのに「パワーヒッター」つかないってのはおかしい気がします。
 ただこの特殊能力が欲しくてひたすら狙ってホームランを打ち続けた時期があったのですが(中日の吉見選手から1試合で3本ホームラン売ってやった。ざまぁ)、一度だけ9回裏の3対6で打席が回った時、たまたま満塁だったので打てたら面白いなと思って狙ってみたら見事にお釣りなしの逆転満塁サヨナラホームランをかっ飛ばしたことがありました。ゲームとはいえこの打った瞬間は非常に快感で、ああきっとプロ野球選手もこういう喜びを感じるんだろうなと思いつつしばらく余韻に浸っていました。

 しかし事実は小説よりも奇なりというか、現実にはもっとすごいホームランが存在してたりします。プロ野球ファンならもう想像がついているでしょうが、それは近鉄とオリックスに在籍していた北川博敏元選手が2001年9月26日に打ったあの伝説のホームランのことです。

北川博敏(Wikipedia)

 北川元選手はドラフトで指名されて最初阪神に入団しますがここでは芽が出ず、トレードで放出されて2001年に近鉄に入団します。ここで当時指揮を執っていた梨田監督に勝負強いバッティングが認められて1軍入りし、「いてまえ打線」と言われたほどバッティングが好調だった当時の近鉄でも指折りのバッターとして頭角を現します。
 この年に好調な打線を背景に勝ち星を重ねた近鉄は優勝へのマジックを点灯し、9月24日の西武戦でビハインドの9回裏に北川元選手、中村元選手が連続でホームランを放ってサヨナラ勝ちしてついにマジックを1とします。そして、優勝まで残り一勝としたところで運命の9月26日を迎えたわけです。

 この日の近鉄の相手は同じ関西チームのオリックスで、序盤に点を取られた近鉄はその後も取り返すことなく5対3と3点ビハインドのまま9回裏の近鉄の攻撃に入ります。この回、近鉄は立て続けに安打が出て一挙にノーアウト満塁と絶好のチャンスへと入ります。ここで梨田監督は代打に北川元選手を送り込んだのですが、その結果はなんとお釣りなしの代打逆転満塁サヨナラ優勝決定ホームランという、もうこれ以上ないくらい感動的な一発を決めてのけてしまいました。
 このような記録は過去に例はなく、そもそもお釣りなしの代打逆転満塁サヨナラホームランだけでも45年ぶり史上2人目だったそうで、如何に北川選手が大舞台で勝負強いというのが見て取れます。本人もこの時のホームランは印象深かったようで、引退すら懸念されたシーズンだったけに「運命を変えた一発」と述懐しています。

 頭文字Dの須藤京一っぽくこの奇跡の一発を言い表すなら、「野球の神がいるとしたら、きっとこの時は北川元選手の傍に立っていたんだろうな」といったところです。その後北川選手は2012年に引退しますが、恐らく彼のこの記録と名前はこの一発でずっと語り継がれると思うとなかなか胸が熱くなる思いがします。
 それにしても、当時は野球に全く興味がなかったせいかこんなホームランがあったという事実すら最近まで知らなかったというのはなかなか恥ずかしいものです……。
ヽ(*゚д゚)ノ カイバー

2015年8月28日金曜日

日本史上最高の権力者

 今日たまたまYahooの知恵袋を見ていたら、世界史上で誰が一番権力を持っていたのかという質問があり、その質問者の方は候補としてインノケンティウス三世を挙げてる辺りはなかなか見識あると感じました。これに触発されたこともあり、世界史だと範囲が広すぎて定義も難しいと感じるので、今日は日本史上で誰が最高権力者だったと言えるのか幾人かの候補を上げようと思います。

1、足利義満
 もはや説明するまでもなく室町幕府の最盛期を築いた義満ですが、あまり知られていませんが彼は太政大臣と征夷大将軍の官位を確か初めて同時に得た人物でもあります(後世では家康もGETしてる)。将軍在世時は南北朝の統一を果たしたほか有力守護大名を次々と滅ぼし、また幕府直属の奉公衆(親衛隊)を創設するなど圧倒的な権力を握り、その権力範囲は武士としては歴代ナンバーワンではないかと思います。
 ただ逆に義満がそれほど圧倒的な権力を握ってなんでもかんでも決定していた反動からか、彼が逝去すると次代の足利将軍はどれも指導力をいまいち発揮できずズルズルと没落していくこととなります。人間強すぎると周りが駄目になってしまうという典型かもしれません。

2、白河上皇
 こちらも有名どころでおなじみの「治天の君」ですが、白河上皇については鴨川の流れ、サイコロの目、山法師(僧兵)の三つだけが思い通りにならなくて「天下三不如意」という言葉とともに語られますが、逆を言えばこの三つ以外は自分の意思でどうとでもなったと在世時から言われたほど強い権力を持っていたとされます。かつて権勢をほしいままにした摂関家の切り崩しに成功しただけでなく、後代の天皇たちですら従うほかなかったとされ、寄進された荘園の量も半端なかったそうです。
 白河上皇に限るわけではないですが、この記事書いてて思うのは日本における権力の源泉はやっぱり天皇で、その天皇を裏から操ることが時の政権担当者の必須事項だったと言えるのですが、この白河上皇は元天皇である上に現役の天皇を無視して院宣を出していた当たり、権力の源泉たる天皇を上回るというパワフルぶりだなと言える気がします。

3、天武天皇
 歴代天皇で誰が最も強い権力を持っていたかとなると、それは誰がどんな異論をもって来ようとも私の中では天武天皇で揺るぐことはないでしょう。天武天皇は甥の大友皇子と戦った壬申の乱に勝利して天皇についたため、旧来の豪族を大友皇子と共にまとめて駆逐できて彼一人でなんでもかんでも決済出来たと言われています。
 実際に「天皇」という言葉を公式に用い始めたのも天武天皇だとされ、また日本初の貨幣である「富本銭」も天武朝に発行されたとされるだけに、日本の皇室は実質的に天武天皇から始まったと言えるのではと密かに考えています。むしろ、天武天皇以前は本当に天皇家が日本の最高権力者だったのか、本当は蘇我氏だったのではと疑問に思える節もあるだけに、皇室の歴史は天武天皇からというのが私の中の掛け声です。

4、マッカーサー元帥
 一応前に三人の候補を挙げましたが、真の意味で日本史上最高の権力者といったらこのマッカーサー元帥を置いて他ならないでしょう。強大な米軍をバックに議会や憲法すら無視できるほどなんの法律的拘束もなく、余計なこと言う旧臣もなく、果てには天皇すら言うことを聞かざるを得なかったなど、どこをとってもまさに天井知らずです。実際、彼が日本にいた頃は会社内とかで指示する際によく、「マ元帥の命令である」なんて冗談が飛び交ったと聞きますし。
 よく業界ごとの最高権力者のことを、「○○会の天皇」などと表現することがありますが、「○○会のマ元帥」なんていう人はいないのかな。

 最後に一応補足しておきますが、明治以降は議会政治が成立したこともあり、歴史を跨ぐような最高権力者と呼べる人間はそれ以前と比べていなくなったと言っていいでしょう。曲がりなりにも議会に従わなければならない以上、やはり権力が制限されています。
 強いてあげるなら永田町の闇将軍こと田中角栄が議会制の中では特段大きな権力を持っていたと言えるでしょうが、民意も議会も党も全部無視して推し進める権力者は出て来れない以上、やはり昔とは違うってことです。

2015年8月27日木曜日

中国における軽自動車市場

 また本題とは関係ないですが先日Yahooニュースに出ていた時事通信の記事で、リアル不沈艦だった雪風の乗組員だった方のインタビュー記事があり、非常に興味深く読ませてもらいました。その一方で今日、新護衛艦「かが」に中国は反発するのではという記事が出てましたが、これ読んで思ったこととしては「てめー加賀さんディスろうってのかよ?」、「ボーキサイトなめんなよ」といったところで、もし何か中国が文句を言って来たらこっちのサイトにある画像を大量に送り込めばいいのではと思いました。
 ってかなんで、「艦これ」の中でも「加賀」だけさん付けなんだろう。なんとなくしっくりきますが。

 そういう軍艦トークは置いといて本題に入りますが、一昨日かいた軽自動車の話について中国の軽自動車業界について質問があったので今日はそれほど詳しくないですが私の持ってる知識の範囲で少し語ろうと思います。結論から述べると中国では軽自動車というカテゴリーの市場はなくはないですが非常に小さく、今後も伸びるかといったらあんま伸びないだろうってのが私の味方です。

 細かい話をする前に中国の自動車業界について少し解説すると、まず日本における自動車税というのは存在しません。中国では自動車を購入する際に税金が課される消費税のような形の自動車税はありますが、保有する自動車に対してかけられる資産税型の税金はなかったりします。何気に住宅に対しても資産税が基本的にないから最初知った時はほんと驚きました。
 一応、そんな消費税型の中国の自動車税では排気量に応じて納税額は変わりますが、はっきり言ってそんな大きな差ではなく、排気量の小さい小型自動車だからと言って日本市場の様に特別大きな恩恵はありません。なので自動車メーカーも小型自動車を作ることにはあまり積極的ではなく、中国では道路の舗装も悪いことから大型で乗り心地のいい車が人気となるため市場に出される車種もそれほど多くはありません。

 ただ全く売れていないわけではなく、奇瑞自動車(チェリー)の「QQ」という車は一時期爆発的に売れて中国の国民車と言われるほど好評を博しました、かつては。この車はデザインはシボレー・スパークという車をモロパクリしたものですが、パクッた甲斐あって車両価格は非常に安く、日本円にすると大体40~50万円くらいで1台購入できます。なお排気量は約1ℓです。
 この車は2010年に中国政府が販売奨励策を打ち出した時期に大変売れて、確かこの年の販売台数でトップにもなってます。しかし好評だったのは本当に一時期だけで、販売奨励策が期限切れでなくなるや否や売れ行きもだだ下がり、一回モデルチェンジして再びあの栄光の日々を狙った節がありましたがやっぱりあんま売れなかったようです。多分、地方へ行けば購入する人もまだいると思いますが、少なくとも私の周り(上海周辺)だと最近は路上でもめっきり見る数が減って、なんか古いQQを三輪車に改造したのばっか見たりします。

 一体何故QQは売れなくなったのかですが、やはり一番大きいのは販売奨励策が打ち切られたことが大きな原因でしょう。QQ自体が一般市民にも手が届く値段でというコンセプトで作られた車ですが、本当にこの車を買いたい購入層は販売奨励策なしでは購入できないほど所得が低いんだと思います。逆にQQを買うことが出来るほど所得のある層はもっといい車も買えるくらい余裕があるためQQをわざわざ選ばず、なんていうかターゲット層に対する価格と質が変な所に挟まっちゃったのが現状のように見えます。
 コンセプト自体は決して悪くはないのですが、インドのタタモーターズが作った超格安車も発売当初は話題になったもののその後の売れ行きはそれほどでもなかったと聞くだけに、案外この手の小型自動車市場ってのは優遇政策なしには成立しないものなのかもしれません。

 このQQ以外だとダイムラー傘下の二人乗り自動車メーカー「スマート」の車はまだ路上で見ますが、やっぱりこれもレアな部類です。そもそも中国は自動車に対して見栄を追及して車体の大きい車が尊ばれるのと、半端なく事故が多いため頑丈そうな車が好まれます。その点で小型自動車は最初にあげた乗り心地の点でもハンデがあるため、今後もこの市場が伸びるかといったら何かしら独自性が無ければ難しいのではという気がします。

 と、ここまで割と悲観的な予想ばかり述べてきましたが、前向きに見られる要素もなくはないです。その要素はいわゆるセカンドカーの需要で、街中を見ていても女性がやけに高級な車を運転しているところを見ることが多く、多分所得の高い旦那の車を運転しているんだと思いますが、奥さん専用車としてなら軽自動車はまだ需要があるような気がします。
 そしてもう一つ、先ほど必要だと言った独自性なのですが、そこそこ市場で独自の地位を築きつつある車種が一つあり、その名は「北斗星」といってわかる人にはもうわかってニヤニヤされてるでしょうがこれはスズキ「ワゴンR」の中国名です。

 作っているのはスズキの合弁会社で以前自分も頑張って取材したことのある昌河鈴木で、中身の装備は日本とは異なっているようで中国サイトでのカタログを見ると排気量が1ℓと1.4ℓの2タイプになってます。でもって燃費も悪いし。
 ただこの車、中国のサイトを見ていて話題に取り上げられるのをたまに見たりします。このような軽自動車カテゴリの車種が少ないというのもありますがその中でもデザインが割と洗練されている方だし、何より日系車ということで性能についても程よく安心感が持たれているようです。私も街中でたまに見ますが、小型車自体が少ない中国の道路だと一目で目を引くボディとデザインで、それでいて持ち味である広い車内スペースを鑑みると目下対抗馬がいない車種なのではと思ったりします。

 生憎ながら中国でも物凄い売れているというわけではないのですが、セカンドカーとしての価値が認められればワゴンRは売れるんじゃないかなという気がします。しかしそうなるためにはなんといっても政策の優遇が必要でしょうが中国政府がわざわざこのカテゴリーに限定して優遇策を出すことは考えづらいだけに、やはり前途は厳しいでしょう。今の所、奇瑞汽車以外でこのカテゴリーに新車を出そうとするメーカーもおらず、多分最終的にはスズキの合弁しか供給しなくなる気がします。
 ただこれは逆に言えば、軽自動車というのは日本らしい見事なガラパゴスなカテゴリーだとも言えます。前回記事でも書きましたが私は日本の軽自動車は見事な設計で素晴らしい可能性を秘めていると思えるだけに、中国市場にローカライズした軽自動車を作って新たな市場を作るような試みを是非やってもらいたいと、密かにスズキさんに期待しています。

2015年8月25日火曜日

軽自動車の仁義なきパクリ戦争

 最近見る機会減っているけど私は相撲観戦が趣味で、好きな力士のタイプは軽量級だったりします。何気に一番好きだったのは安馬時代の日馬富士でした……。
 それと関連あるかどうかはわかりませんが、車も実は軽自動車が好きだったりします。元々体格が小柄ということもあり大きな得物をぶん回すよりも体格に合ったものをフィットさせて使うという思想を持ち合わせており、なるべくコンパクトで必要以上な物を取っ払うという概念でもってこういう嗜好が出てきたのでしょう。

 ただそうした私個人の好みを置いても、日本の軽自動車は芸術品といっていい代物だと思います。機械などの設計をやってみればわかりますが、単純に図体の大きいものは簡単に設計できますが、軽自動車の様に車体が小さいものだとどの装備をどのように配置するのか、もう少し大きければあれこれ詰められるのにというジレンマに悩まされます。
 ちなみに私自身は設計をしたことありませんが、軍艦を自ら設計して戦う「ウォーシップガンナー2」というゲームでこの手のジレンマを存分に味わいました。その分、苦労して作った駆逐艦で戦うのは格別だったりします。

 話は戻りますが、単純に大きな車よりも小さな車を作る方が意外と作業は難しいです。米GMなんかその辺がはっきりしていて、恐らく設計能力がないせいでしょうか無駄に車体がでかく燃費も悪かったりします。でもって故障も多いと三重苦。
 それに対して近年んの日本の軽自動車はあんな小さな車体によくもまぁこれだけ装備を詰め込められるもんだと呆れるくらいに充実しており、変な話ですがもっと値段高くてもいいのではと思う時すらあります。まぁ数でるから部品代も安くなるってメリットもあるのですが。

 そんな日本の軽自動車メーカーときたらダイハツとスズキ、そして近年急速にシェアを高めたホンダの三社です。でもってこの前個人的に気になったのがダイハツが新たに出してきた「ウェイク」という車なのですが、この車の何がすごいかって、スズキのヒット車である「ハスラー」のデザインをまんまパクっているという点です。実際に両車のページで比較してもらいたいのですが、後発のウェイクに至っては広告サイトでのメインカラーまでカーキ色にしてハスラーと合わせるという手の入れ込みっぷりで、なんていうかほかのカラーパターンまでそっくりです。

 これだけ見るとさもダイハツがひどい会社のように見えますが、スズキもスズキで過去にパクっています。そのパクリ車両というのも「スペーシア」で、これはスライドドアからボディラインまでダイハツのヒット車両である「タント」にクリソツです。っていうかフロントデザインに至っては確実にどっちがどっちなのか見間違えるくらい似せられています。
 さらにスペーシアの何が凄いかって、ハイグレードモデルとして「スペーシア・カスタム」という、「タント・カスタム」を彷彿させるようなデザインとネーミングの車も一緒に販売しているっていうことです。っていうかお互い露骨過ぎるだろう。

 大手新聞メディアなんか上品だからこういうこと書かないけど、「ベストカー」を筆頭とするカー雑誌なんかはこういう新車が出る度に、「あれっ、どっかで見たような?」という見出しと共に紹介するのが常です。なもんだから恐らく業界関係者の間でも、「パクられたらパクリ返す」、「売れてる車をこぞってパクろう」という言葉が暗黙の了解の様になっているのでしょう。

 こうした軽自動車トップ二社の姿勢について私から一言述べると、軽自動車業界ならこれはこれでアリだという気がします。というのも軽自動車は利便性と低価格が何よりも追及される乗用車カテゴリーで、妙なブランド価値にこだわるくらいなら安くて乗りやすくて乗りたくなる車を作って売る方がメーカーにとっても消費者にとってもプラスだと思えるからです。カーデザインには流行り廃りがありますが流行っている形を追おうとするなら大体似たようなものが出来るのがオチで、それだったらまんま似せちゃうというのも一つの回答でしょう。

 ただこれは軽自動車だから言えることであって、普通の一般乗用車ではやっぱりパクリは駄目です。一般乗用車は利便性もさることながらプレミアムな価値観も同時に追求しなければならず、やはりメーカー独自の味というかこだわりを捨て去って安易な模倣に走れば消費者も案外見ていて、一時的には利益上げても長期的には見切られてしまうと思えます。
 逆に言えばデザインにこだわるということは利便性を犠牲にすること同義であって、実際に燃費とかのことを考えるとデザインへのこだわりはマイナスに働くことの方が多いです。まぁそこをどう料理するかっていうのが本来の腕の見せどころなのですが、そういうのがちゃんとできているのは今の所マツダくらいかな。

 なお軽自動車のパクリ戦争が始まったのは何も最近ではなく、歴史を辿ると三菱自動車が「トッポ」というトールワゴンの軽自動車を出したことによってどこもこぞって車高を高くして、現在ではこの形が一種のスタンダードになっています。三菱も一時期は軽自動車業界の雄でしたが、最近は前述の三社に大きく水空けられててちょっと立場ないのが残念です。

 最後に私のカーデザインの好みを話すと、一番デザインが好きなのは昔にも一回書きましたがダイハツが以前に出していた「ストーリア」の初期型で、シンプルイズベストを極めた究極の形だと評価しています。尖がったデザインだったら三菱の「FTO」、ランエボだったら須藤京一が乗っていた「エボⅢ」が好きです。
ヽ(*゚д゚)ノ カイバー

昨日今日の世界同時株安について

 こういってはなんですが、これほど株価が上下していると見ていてなかなか楽しめるものです。すでに報道されている通りに昨日今日とほぼ世界全ての市場で株価が大幅下落しており、東京市場も日経平均株価が二日間、というより先週からを含めると2万円台から17000円台へと急激な落下ぶりを見せており、トレーダーを中心に少なからぬ動揺が広がっております。

 今回の同時株安ですがその震源はほかでも報じられている通りに中国であるということは間違いありません。私なんかその中国製造業現場にいるもんだからよくわかりますが、やはり2次産業を中心に先行きを不安視する意識は高く、それが諸々の経済指標にも出始めて不安が溜まっていたのが今回の大幅下落の背景として存在しています。ただそれ以上に私が致命的だったと思うのが先々週に突然行われた人民元の切り下げで、根拠はないに等しく私の勘でしかありませんが、中国政府がいきなりあれやって、「あ、マジでヤバいんだ」と世界中のトレーダーが感じたことが一番大きな引き金だったのではと個人的に考えています。結果論ですが、利下げを行ったところで何も効果はなかったと言ったところですが。

 一応、友人の情報によると中国政府は先ほど追加利下げなどの金融緩和策を取ったそうですが、それらが果たして効果があるのかというと疑問です。恐らく株価はこのまましばらく下がり続け、争点としては今日上海株価指数が3000ポイントを切って2000ポイント台に突入したとのことですが、2000ポイントを切るまでに立ち直りを見せるか否かじゃないかと思います。私個人としては今の中国の株価は2600ポイントくらいが適当な数値じゃないかと思いますがね。

 あと株価の下落ばかり大きく取り上げられていますが、個人的に懸念しているのは通貨の下落です。日本円も著しく下落を続けていますが先々週の中国の利下げ以降、アジア諸国の通貨も下落し始めた聞いており、もしそれが本当ならまた世界全体でデフレ傾向に陥るのではないかというのが一番の懸念点です。仮にそうなれば世界全体で経済が悪くなり、またデフレ回復を目指す日本にとっては非常に大きな痛手になってしまうのではないかとも思え、こっちの方に注視が必要かなと個人的に考えています。

 あと本題とは関係ありませんが、円安が進む中で下記のニュースを見ているといろいろ思うところがあります。

トヨタ、部品各社に値下げ要請再開 競争力確保へコスト減(日経新聞)

 どうせやると思ってたけどさ、円高の時にそれを理由に使って散々コストダウンを要求して、円安になって馬鹿みたいに利益上げながらまたコストダウンを要求する当たり、この会社は相手の痛みがわからないサイコパスみたいな奴だなと呆れてきます。このニュースは先週に友人からこれを見ろとばかりに送られてきて、翌日に客先訪問をする際に同僚に話したら、客先の社長もこのニュースを切り出してきたのでタイムリーでした。っていうか人の痛みがわからない奴は、いっぺん死ぬほど痛い目に遭ってみた方がいいよ。

2015年8月23日日曜日

北朝鮮の動向と安保関連法案

 ここ数日、日本のニュースを見ていてつくづく感じることですが、何で北朝鮮の動向と安保関連法案を同時に語らないのか、ここまで来ると一種のギャグのつもりなのかと疑ってみています。
 北朝鮮はここ数日、停戦領域内で地雷を仕掛けたり韓国国内へ砲撃を刷るなど過激な挑発行動を繰り返し、これに対し韓国側も海岸部や島しょ部ではなく内陸部への砲撃を受けたことによって態度を厳しくしており、北朝鮮側に対して24時間の宣伝工作を続けこれに対して北朝鮮もやめるよう要求するなど一種のにらみ合いが続いています。

 さすがに北朝鮮事情は専門外なので素人的な意見となりますが、今回の一件でも軍事的衝突に至ることはさすがにないとは思います。そう思う根拠として二つあり、一つはただでさえ食糧事情の悪い北朝鮮が収穫前の8月のこの時期に戦闘行動には出るに出られないということ、もう一つは韓国側は朴大統領の支持率が低下している中で今回の事件は支持率回復の好機にほかならず、実態以上に事態を深刻化させてみせようと動いているように思えるからです。

 ただこの事件、というよりもし北朝鮮有事が起こった場合についてですが、日本はどのように行動するべきなのか。またそのような自体に対して指針なり対策は既にとられているのでしょうか。

 安倍首相を持ち上げるつもりはありませんが、現在参議院入りしている安保関連法案の意義はやはりこういうところにあると思います。この法案について反対している人たちはホルムズ海峡とかイラクとかやたら遠い地域ばかりを想定した批判を繰り返し、最も近くても中国という現実には経済関係的にも交戦できるはずのない国ばかり取り上げられます。これらの国や地域と比べると北朝鮮の方が遥かに実戦が起こりうる可能性が高い国で、またその際には韓国と在日米軍が交戦すると思われることから、安保関連法案が実際に運用される可能性が高い相手だと私は考えています。

 その場合の想定をいくらかここで書くと、まず北朝鮮有事が起こった場合は在日米軍は確実に朝鮮半島へ出兵するでしょうし日本からも爆撃機などが出動するでしょう。これに対して北朝鮮はどう反応するか。多分奇襲でもない限りは一瞬のうちにミサイル発射基地などは潰されて反撃できないと思いますが、もし仮に反撃余力を残していた場合だと日本の米軍基地などへ向けてミサイルを発射してくる可能性があります。その場合、日本はどうするべきでしょうか。そもそも米軍が北朝鮮を攻撃することが決めた際、日本としては米軍への支援を行うべきか否かでしょうか。

 ある評論家の意見に、日本人というのは一番起こってほしくない事態は起こらないという前提で予想を立てる癖があるという指摘がありますが、この北朝鮮有事についても同じことが言えるでしょう。日本から米軍が確実に出動すること考えれば日本の領土が攻撃される可能性を含んでいるということで、それを見越した上でいざとなったらどう対処するべきか、何も起きていない今の段階で考えなければなりません。
 私としては北朝鮮は初めから話が通じる相手ではないと思うので、だったら最初から米軍に協力して可能な限りの支援を行うことでなるべく早いうちに叩き潰すべき相手ではないかと思います。問題はその支援の幅で、物資の提供までか、兵員や物資の輸送までか、自衛隊員の朝鮮半島出兵まで含むか、ここが論点となります。ただ物資の提供や輸送に当たっては現行法では整理されておらずやるとなったら内閣決断の超法規的処置に頼らざるを得ず、だからこそ安保関連法案が必要なのだというのが安倍首相の主張です。

 実際のところ安保関連法案にはこれ以外の内容も含んでいるし私も完全賛成ではありませんが、こと北朝鮮有事に対する必要な準備であるならそれ単独であれば賛成の立場を取ります。少なくとも今の状態で北朝鮮有事が起きれば、日本は何の準備も覚悟もない中で北朝鮮のミサイルの標的となる可能性があるだけに、もうちょっとこの辺の議論を折角のいい機会なんだからやっておくべきではないかとこのブログで主張するわけです。

2015年8月22日土曜日

三国志マニア同士の会話

 このブログのコアな読者なら極端に長いコメントをたまに書く若生わこさんの名前を憶えている方も多いのではないでしょうか。若生さんとはこのブログを通じて知り合ってプライベートでもよく会話をする仲だったりするのですが、彼は大学でも中国古代史を専攻したほどの極端な三国志マニアで、私との会話も大体三国志ネタと野球ネタで大半を占めてたりします。
 知ってる人には有名でしょうが、私もそこそこの三国志マニアということで周囲に認知されています。そこで今日は彼とこれまでに交わした、三国志マニア同士の異次元な会話内容を一部抜粋して紹介します。

1、三国志平話
 若生さんの守備範囲は中国古代史ということもあって春秋戦国、漢楚攻防時代も詳しく、その日は確か韓信についてあれこれ話をしていたのですがふとした拍子にこんなやり取りが出ました。

若生「( ・∀・)<韓信は末路がやや悲惨でしたが、三国志演義が成立する前に作られた講談だと曹操に転生したことになってて、韓信好きの自分からしたらこの展開はアリですね」
花園「( ・ω・)<それって三国志平話でしょ。あれって演義より蜀漢贔屓が激しくて呉の動向について全く触れられないらしいね」

 説明しましょう。「三国志平話」というのは元の時代に成立した三国志の歴史をベースにした小説で、現代において主流である「三国志演義」に先駆けて流布されたものです。この小説の冒頭では死語の世界で天帝が、創業の功臣である韓信、彭越、英布を謀殺した劉邦を弾劾する裁判を開き、後世で処罰を受けさせるという方法で劉邦は後漢最後の皇帝である献帝に、そして韓信は曹操、彭越は劉備、英布は孫権に転生させてそれぞれが漢王朝を分裂させるという運命を託しました。なおこの裁判を裁いたのは司馬仲相という人物で、天帝は裁判を上手く裁いた功績として分裂した漢王朝が彼の元に統一される運命を託して、彼を司馬懿仲達に転生させるというストーリーとなっております。

 断言してもいいですが、こんな三国志平話の存在なんて普通の人はまず知りません。私も若生さんもこの会話した際は互いに驚きつつ、「三国志平話を知ってる人に初めて会った……」と言い合いました。

2、虞翻
 この前書いた三国志で打線を組むという記事について話し合ったところ、呉のメンバーに件の虞翻を入れたことについて、

花園「 ( ´∀`)<虞翻はちょっと贔屓もあって入れた。まぁ知名度低いからみんなはなんでこの人が入ってるんだろうと思っただろうね」
若生「( ´Д`)<虞翻とかめっちゃ優秀でしょう。時勢を読むのに長けてたし、孫権の下でも活躍してますし」
花園「( ・∀・)<だよねぇ。ちなみに横山光輝版『三国志』だと王朗に孫策に抵抗するべきではないと説得して、籠の中の鳥を放ってあげるシーンが何故か周昕と入れ替わってるんだよね」
若生「(´・ω・) <そうそう」

 傍から見ているとさっぱりわけわからない会話していると思いますが、それだけ三国志好きからしたら虞翻は評価される人物だってことです。ちなみに横山光輝版三国志については、1シーンだけ何故か董卓の髭がなくなって描かれていることがあり、これも三国志マニアにとっては常識です。

3、伍子胥
 これは自分と若生さんと冷凍たこ焼き好きの友人の三人で新宿のバーにいた際、突然出てきた会話なんで前説明なしに読んでもらいましょう。

若生「( ゚Д゚)<花園さんは伍子胥なんですよ!」
花園「( ・∀・)<わかる!俺、めっちゃ伍子胥好きやもん。すごい共感する」
冷凍たこ焼き好きの友人「(;゚д゚)<…………」(マジでこんな顔してた)

 説明しましょう。伍子胥というのは春秋時代の人物で故国(楚)の王様に濡れ衣で父と兄を殺されたため、亡命して他国(呉)に渡って将軍となり復讐のため楚へ侵略した人物の事です。なお楚へ侵略して首都まで落としますが復讐対象の王は既に自然死していたため、墓から遺骸を暴いて鞭で百回叩くことで復讐を果たしており、この故事から「屍に鞭打つ思い」という言葉が成立しています。
 この時の会話で若生さんが何を言いたかったのかというと、執念深い私の性格を伍子胥にたとえて言おうとしたわけで、私自身も伍子胥が昔からかなり好きだったので素直に自分も執念深い性格だと認めたというやり取りでした。私と若生さんの間は「伍子胥」というキーワード一つで一瞬のうちに意思を疎通し合いましたが、脇にいる冷凍たこ焼き好きの友人は全く意味が分からなかったそうで、「(;゚д゚)<あ、あのさ、もうちょっとわかりやすく話してくれない?」と解説を求めてきました。

 以上が主だった私と若生さんの会話ですが、三国志マニアが集うとそうじゃない人にはさっぱり訳が分からない会話が始まってしまうということを理解いただけたらと思います。ちなみに今まで自分が会った人物の中では若生さんが間違いなく三国志マニアとしてはナンバー1です。

2015年8月21日金曜日

佐野氏のデザイン盗用疑惑について

 昨夜友人に、プロレス界屈指の人気を誇るゲイレスラーである男色ディーノ氏がかいた「すべてのジャンルはマニアが潰す」について書かれた記事を薦めてみたところ、何故かやたらと絶賛して非常にわかりやすいと連呼されました。ちなみにこの記事は元々はゲーム批評の記事ですが、文章中でさりげなく「ゲーム→ゲイム」、「結論→ケツ論」と単語を弄ってる辺りはゲイが細かいです。

 話は本題に入りますが、今一番ニュースな男といったら間違いなく東京五輪のロゴをデザインした佐野研二郎氏であると私は考えております。佐野氏の騒動の発端から現在に至る過程は今日なんかテンション低いので省略しますが、東京五輪のロゴデザインが発表された直後に外国からデザインをパクられたと指摘されたことについて私は当初、それほど問題にするほどではないのではという感想を覚えました。
 というのも東京五輪のロゴもベルギーの美術館のロゴもアルファベットの形を崩したようなデザインで、言ってしまえばありていなデザインだと思えたからです。なもんだからパクリだとも思わないし、たとえ実際にパクったデザインであってもわざわざ撤回するほどでもないだろうと考えたのですが、逆に言えば何のオリジナリティも感じられないくだらないデザインだとも同時に覚えました。

 デザインに関して素人である私が言うのもおこがましいですが、はっきり言ってあの東京五輪のロゴデザインは何がいいのかさっぱり理解できないほどくだらないデザインだと感じます。先程も述べたように何のこだわりというかオリジナリティも感じられず、また一見して五輪らしさ、日本らしさを感じる要素というものが全くなく、デザインをした人以上にあれをわざわざ選んだ連中の方が問題あるのではないかと密かに見ております。折角の日本開催の五輪なのだから日本だっていうことがわかる何かしらのワンポイントがあるべきだと思うのに全く皆無で、同じアジアでもまだ北京五輪のロゴはしっかりしてたなぁなんて今更になって感心させられます。

 こうした感覚は多かれ少なかれ他の人間にも共有されていたとみられ、ロゴデザインが発表されるや「ダサい」などと賛否が相次いでおりましたが、そこへきてパクリ疑惑が生まれ、さらには佐野氏のデザイン事務所発の他のデザインに関しても他の作品を悉くパクっているとの疑惑が追及されだし、現在に至ってはパクったかどうかの真偽以前にどこからどうパクったのかを捜す方が盛り上がっている感すらあります。実際、ネットからの指摘を受けて配布が撤回されたサントリーのトートバッグに関してはどっからどう見ても他人の作品を流用したとしか思えないデザインが使われており、ああいうデザインを平気で出しておきながら「これまで盗用はしたことはない」と言われてもはいそうですかとはなかなか言えるものではないでしょう。
 それにしても、トートバッグの配布が「オールフリー」という名前の飲料のキャンペーンだというのが地味に面白いものです。

 一個人としての感想を述べるなら、やっぱり佐野氏は以前から他人の作品を盗用し続けてきたとしか思えず、この五輪ロゴも同じように盗用した上で小っちゃくアレンジして出して来たものとしか思えないです。国際的に恥ずかしいことこの上ありませんが、恥を忍んで一旦このデザインは撤回した上でもうちょっとまともなロゴデザインをよそから探してくることが対応として筋ではないでしょうか。
 その上で佐野氏個人について言わせもらうと、何故これほどオリジナリティに欠けるデザインをしてそこそこ有名になれたのか、ここが一番わかりません。どのデザインを見てもこのデザイナーならではの味なり工夫なりが全く見られず、小手先の絵柄だけうまい同人作家を見ているような感じすらします。まぁオリジナリティを出そうってんなら、叩かれるのが日本っていうのはわかってはいますが。

2015年8月19日水曜日

マージン率の上限規制

 先ほどGoogleアナリティクスでこのブログの検索ワードをかけたら、「マージン率 中国在住」というワードで検索してきた人がいたということがわかりました。「誰だこんな恐ろしく狭い条件で検索かけた人は」、という具合でちょっと考えさせられました。
 ただこのところマージン率に関して以前書いた記事への検索は増えており、アクセス数も未だに上がり続けています。複数の友人に言わせれば、「もっと注目されていい記事」だそうですが私個人としてはこんだけデータも揃えてやっているのに大手マスコミは何故引用しようとしないのかが逆に気になりますがそれは置いといて、先日少し気になるコメントが来ました。

 具体的にどういうコメントかまでは書きませんがそのコメント内にて、「マージン率は欧米の様に10%台にすべき」という記述があったのですが、率直に言ってこの「10%」という数字がどこから来たのかが疑問に感じました。マージン率というのは、厳密には異なりますが大まかな表現で言い表せば一般企業の粗利に当たるもので、粗利が10%なんて普通どの企業も経営が成り立たないほど小さい数字です。いくら人材派遣業はコストが小さいとはいえ本当に欧米の人材派遣企業のマージン率は10%なのか、はっきり言えば疑いました。
 なおマージン率の計算方法についてはリツアンSTCの野中社長がタイミングを合わせてくれたかのように下記記事で具体的な金額と共に紹介してくれているので、興味のある方は参考ください。なお野中社長によると、企業負担の社会保険料はマージン率には含まれないため企業が得られる利益額は一般の人間が考えているよりは低いとのことで、自分もその通りだと思います。

派遣のマージン率について少し掘り下げてご説明します。(『ピンハネ屋』と呼ばれて)

 話は戻りますが先程の欧米の派遣業界はマージン率が10%台ということについてネットで調べてみたところ、確かにいくつかのサイトでそのようであるという記述が見られたのですが、その数字的根拠をはっきりと示している人は誰もいませんでした。具体的に言えば英国の平均マージン率は〇%、米国は△%みたいな国際比較が出ていれば信用できますがそういったものは皆無でありながら何故か、「欧米のマージン率は10%台」という風に書かれてあり、中には「マージン率の上限規制によって10%台となっている」というような記述も見かけました。

 結論を書くと、欧米では派遣のマージン率が10%台というのは根拠のない情報であって、もしかしたらマージン率の定義が異なっていてそういう数字も一部出ているのかもしれませんが実態としてはやはり有り得ない数字でしょう。更に踏み込んで言えば、欧米にはマージン率の上限規制があるというのも一種のデマじゃないかと私は疑っています。

 まず前者の欧米ではマージン率が10%台という意見について、欧米のマージン率は具体的にどの程度なのか英語で検索かけまくってあちこちのサイトを駆けずり回った所、ようやく下記サイトにたどり着くことが出来ました。

What Your Supplier’s Gross Margin Can Tell You(Staffing Industry Analysts)

 上記サイト内に「大規模かつ公共人材派遣法人8社の中間マージン率」というグラフがあり、その中間マージンの数字はどれも20%台です。このマージン率のデータがどのような定義でどの地域、どのような会社を対象としているかは書かれていないため安易に信用できないところがあるものの、少なくともマージン率10%台は有り得ないとする根拠にはなり得るのではと思います。ってか欧米のマージン率のデータがわかるサイトがあれば誰か教えてください。

 次にマージン率の上限規制についてですが、これも散々「Staffing service」に「Upper limit」とか「Resistration」などの単語をつけて検索をかけ続けましたが、それらしい情報を載せてあるサイトにはとうとう辿り着くことが出来ませんでした。また日本語のサイトにおいても、比較的多くの人間が「欧米ではマージン率に上限があるのが当たり前」という風に書いていますが、その根拠となる数字、具体的には上限値を誰一人として挙げていません。このような点を踏まえると、この上限規制に関する意見というのは初めから眉唾だったのかもしれません。

 自分の記憶を紐解くと、派遣難民が社会問題となったリーマンショック明けの2009年に「欧米では当たり前」という言葉と共にマージン率の公開やこのマージン率の上限規制が主張されていたように思います。恥ずかしながら自分もこうした意見を当時疑うなく信じ込み、多分このブログでも古記事探れば、「欧米では上限値があるらしいぞ」みたいな内容を書いてると思います。
 しかし現状から察するとこの上限値に関しては根拠が明らかに不確かで、派遣の待遇改善を求めるあまりに広まったデマだったんじゃないかというのが私の見解で、昔に信じ込んでしまった自分への反省を込めて今回改めて調べてみました。

 最後に、なら今後日本でマージン率の上限規制を設けるべきかについて意見を述べると、はっきり言って私は反対です。理由としてはマージン率の公開が進めば市場の競争原理が働き、法外に搾取する派遣企業は自然に淘汰されることが期待できることと、一口で派遣といっても単純労働者、エンジニア、特殊技能者など様々なタイプの派遣があり、それらに対し一括で上限値を作って規制してしまうとかえって競争の自由がなくなります。一番重要なのはマージン率の公開であって、不必要な規制は作るべきではないというのが派遣労働者でもない私個人の立場です。

2015年8月17日月曜日

実録、左遷者列伝~後編

 昨日に引き続き左遷された有名人を片っ端から紹介するこの企画。前置きはいいので早速いってみましょう。

4、南雲忠一(海軍提督)
 戦史マニアなら誰もが知るであろう有名人である南雲忠一とはミッドウェー海戦を指揮した海軍の将軍です。ミッドウェーが惨敗に終わった原因を南雲の指揮時の逡巡にあるとの声はかねてから多く、この敗戦をきっかけに太平洋戦争は攻守が逆転していることもあって批判されることの多い人物です。
 しかし彼の敗戦は有名でも彼の最後はあまり知られていないように思われ、というのも彼は最後サイパン島にて玉砕命令を出して彼自身もそこで戦死しております。彼がサイパン島の指揮官に任命されたのは周囲の人事もありますが、見方によれば勝ち目のない戦いに無理やり放り出されたとも見え、左遷とは意味合いが異なるかもしれませんがここで紹介しておきたかった人物です。
 なおミッドウェー敗戦の原因を彼に求める声は多いものの、彼だけでなく作戦司令部の曖昧な目標決定や戦術指導にも問題があったとされ擁護する声もあります。私自身もあの敗戦の責任がこの人一人に押しつけられているように感じられ、擁護派の一人であります。

5、生方恵一(NHKアナウンサー)
 一定の年齢層にはまだ強く記憶に残っているのではないかと思われますが、この人物がどういう人かというとあの「ミソラ事件」の当事者であったNHKのアナウンサーです。
 ミソラ事件とは1984年の紅白歌合戦で、司会をしていた生方恵一が都はるみ氏の名前を呼ぶ際に間違って「ミソラ……」とばかりに、昭和の大スターである美空ひばりの名前を間違って口にしてしまった事件です、もちろん生放送で。
 年が明けた翌1985年の正月からこのハプニングが他のマスコミから大いに取り上げられはじめ、その最中に生方の東京本社から大阪局への異動人事が行われ、しかもその年にNHKを退職してフリーへと転身したためこの事件の余波を受けてのことだろうと大いに騒がれました。

 ただ実際のところは懲罰的な左遷ではなく、生方の大阪局への移動は紅白前からすでに内示されていた人事で、また呼び間違えられた当事者の都はるみ氏と美空ひばりはともに、「あらあら、間違われちゃったわ」という具合で全然怒ってなかったそうです。もっとも後年の生方はこの事件を自らネタにして使うことがあり、昔にたまたま見たテレビ番組では、

「あの事件が無ければアナウンサーとして天下を取っていた」
「(番組終了が予定されていた)ニュースステーションの久米宏の後釜といったら僕しかいない!」

 などと怪気炎を上げていました。
 なおこの記事を書くに当たって調べ直したら昨年末に亡くなられていたようで、この場を借りてご冥福をお祈りします。

6、二岡智宏(元巨人軍)
 この人は新しい人物なのであまり説明は必要ないでしょうが、生え抜きの巨人軍の中で抜群の成績を残していたことから将来のフロント入りもほぼ確実視されていたものの、2008年に芸能人の山本モナ氏と一緒にホテルから出てくるところを激写されるというスキャンダル事件が起こり、同年中に日本ハムファイターズへトレードで放出されました。
 この事件の何が面白いかってそれ以前からも路上でチューしてる所などをしょっちゅう報道されていた山本モナ氏が謹慎明けからすぐにまたスキャンダルを起こした点で、しかもシーズン中の野球選手であったことから、「なんかわざとやってるのでは」と思ったのは私だけではないと思います。あとこのスキャンダル事件の直後、ネットでは「山本マサと山本モナの違いを教えて(暇人速報)」という掲示板が立ち、「マサ関係ないやん」とツッコみつつ見事な比較が出そろってて大笑いしたのを今でも覚えています。あと、五反田という地名を見る度にこの事件思い出す。


7、うちの親父
 このブログの読者に会うとほぼ確実に話題に上がるうちの親父ですが、枕詞は決まって「名古屋に左遷された」で一貫しています。なんでこんな枕詞を付けたのかというとただ普通に「うちのおとんが」と書いても捻りないなと思って、読者に印象づかせるためにも読んでてドキッとするような枕詞がいるだろうと思って適当につけたら何故だか自分の想定以上に人気な代名詞になりました。ちなみに本人もこのブログ見てて、「読んでて胸が痛む」と言ってます。
 そんな親父は現役バリバリ(これも死語だな)の頃、東京本社から名古屋支社への転勤を言い渡されます。転勤当初は慣れない単身赴任生活もあって本当にしんどかったようで、この時期は会う度に、「名古屋人は汚い(#゚Д゚)y-~~イライラ」などと、やたら愛知の人の悪口を口にしてました。ただそんな生活でも数年を経て安定してくると悪口も言わなくなっていったのですが、ある年に仕事でしくじり、今度は広島へさらに左(=西)へ遷されることとなりました。広島に移った後も最初は大変だったそうですがこちらは比較的短い期間で済み、現在はまた名古屋に戻って今も働いております。

 なお最初の名古屋への転勤の際に親父は、「愛知の美人は豊臣秀吉が大阪へ、徳川家康が江戸へそれぞれ根こそぎ持っていったから不細工しか残らなかったのでは」という自説を展開した所、社内の女性社員からセクハラで訴えるぞと脅されたそうです。
 ただ親父の言うことも一理あるというか日本史中でも屈指といえるほど女好きである天下取り2人なだけに、話の種として私もある日この親父の説を当たり障りのない同僚に話したところ、その同僚が愛知出身の同僚(♀)にばらしやがって、「花園君は私にひどいことを言いましたね(*^^)」と、直接詰問される羽目となりました。もうその時は、「すいません、ほんっとにすいません(;゚Д゚)」、とばかりに平身低頭で謝り続けましたが、その後もその同僚にはずっと頭が上がりませんでした。


 以上が主だった左遷された人々ですが、昨日の記事で片倉(焼くとタイプ)さんがコメントしてくれたようにこの「左遷」という言葉の元になった劉邦はその後見事に再起して、中国の皇帝にまでなっています。何が言いたいかっていうと人生万事塞翁が馬っていうことで、左遷されたからってめげずにいれば天下も取れるかもよと言いたかったわけです。
 ついでにかくと地方への左遷を嘆く人がよくネット上にいますが、日本国内なだけいいじゃんと、国境ぶち破って就職転職異動を繰り返している自分は思います。

2015年8月16日日曜日

実録、左遷者列伝~前編

 勤務者、特にサラリーマン男性に対して聞かせて割と好反応が得られやすい私の持ちネタの一つに、「左遷」という言葉の由来があります。この言葉は中国で項羽と劉邦が争っていた時代に成立した言葉で、諸侯が連合して初代統一王朝の秦を打倒した際、主導権を握った項羽は功績のあった武将に領土の分配を行いました。この際に項羽の軍師の范増は劉邦の野心と求心力を警戒し、本来なら首都咸陽(現在の長安)に一番乗りした劉邦には咸陽周辺の領土を与える約束でしたが、下手に反抗できないよう彼を僻地へと送り込むべきだと進言します。最終的には咸陽からさらに西にある、当時としてはかなりの僻地である漢中に封じるのですがこの際に范増が項羽に言った言葉というのが、「劉邦は左(=西)に遷(うつ)すべし」で、転じて僻地へと追いやることを「左遷」と言い表すようになりました。

 こうして成立した左遷ですが、歴史を顧みるとなかなか持って様々な人間が権力争いやら自らの不始末などによって左遷されており、その過程もなかなかドラマチックだったりします。そこで今日は日本で左遷された人物の中でも有名な人物をいくつか紹介kしようと思います。

1、菅原道真
 最早説明不要。日本において左遷といったらまずこの人、「ミスター左遷」と呼んでもいいくらい有名でみんなにとってもお馴染みなのがこの菅原道真です。なんせ彼は左遷されたという事実が日本史の教科書に載せられている上、小中高の授業でほぼ必ず教えられるほど左遷人事がPRされており、その結果というか福岡県の「大宰府市」という地域名を見るにつけ私の中では即「左遷」という言葉が浮かんでくるほど刷り込まれています。多分これは私以外でも同じなんじゃないかな。
 それにしても天神様に対してこういう内容を平気で書く当たり、私の怖いもの知らずもいい所です。もし雷に当たって死ぬことがあれば確実にこの記事が原因でしょうが、天神様の雷波って中国にも届くのかな?

2、森林太郎(通称、モリリン)
 この人物は明治時代に東大を史上最年少で卒業(現在においても)した上に当時としては非常に珍しかったドイツへの留学に派遣され、帰国してからは軍医の幹部として辣腕を振るうという日本史上でも屈指のエリートでした。ただ彼自身の著作においても若い頃から周囲といくらか軋轢があったと思われる節がありますが、1899年に東京から福岡県の小倉市へ左遷人事を受けています。
 わかる人にはもうわかっておられるでしょうが森林太郎というのは文豪、森鴎外の実名です。ただ彼の場合は小倉に左遷されてから三年後に軍医トップの地位に昇進して東京へと舞い戻りましたが、小倉時代を経てからは性格も以前と比べ大分丸くなり、執筆する小説の性格も大きく変わったと言われているだけに本人にとっても大きな転機だったのではないかと思われます。

3、指原莉乃
 AKB48の指原氏といったら既にみんなにとってもお馴染みの人物で、デビュー当初は人気も低く鼻でゴム手袋を膨らまして割るなど地味な活動が続きましたがその後、人気は次第に上昇していき、AKB総選挙でトップを取るなど下剋上を果たしたことでも有名です。そんな彼女ですが2012年、総選挙で当時としては過去最高の4位に輝いた直後に週刊誌発のスキャンダルが明るみとなり、プロデューサーの秋元康氏からAKB48からHKT48にグループ移籍を言い渡されます。ってか、三日天下な当たり書いててなんか明智光秀みたいだ。
 この際に東京から福岡県博多市へと活動拠点が移ることとなったためか、上述の菅原道真と重ね合わされ、ネット上では「指腹左遷」、「太宰権師(だざいのごんのそち)」などと揶揄されることとなりました。現在は活動拠点を再び東京に遷している模様で、最初の下剋上といい、叩いてもなかなか死なない妙なタフさに溢れた人のように思えます。

 以上が今日紹介する三人ですが、見てわかる通りに三人とも左遷地が何故か福岡県に集中しています。確かに福岡県は日本でほぼ西端の土地であり「左に遷す」という意味ではこれ以上ない位置にありますが、左遷された人物の中でもトップクラスに有名な人物三人が揃っているというのもなかなかオツなもんです。天皇の流刑地といったら隠岐の島が有名ですが、多少不謹慎ですが福岡県もなんかこの方面でアピールしてもいいんじゃないかと思えてきました。
 それにしても、菅原道真と森鴎外に指腹氏並べて記事書くなんて恐らく世界で私だけでしょう。なんかこう書くと、指原氏がすごい大物に見えてきた……。

 ってことで、次回は続きとばかりに他に数人の左遷人物を取り上げます。

2015年8月15日土曜日

鎮魂の日

 二次大戦の終戦日は日本では8月15日ですが世界的には9月2日とすることが一般的です。何故異なるのかというと戦争というのは降伏を宣言した瞬間に即終了するのではなく交戦国同士がしっかりと終戦を行うと文書で調印した瞬間に終了するもので、二次大戦の場合は9月2日に米軍艦ミズーリ上で重光葵が調印したことによって完全なる終戦を迎えました。ただこれらは法的な定義によるもので、実際の終戦日を一とするかはやはり各国がそれぞれで決めるべきものであり、日本では8月15日とするのであればそれはそれで間違いありません。

 しかしこの点で本当に考えるべき点は、一体何故日本では世界の潮流に逆らって未だに8月15日を終戦日としているのかです。その理由は大きく分けて二つあると私は考えており、一つは降伏の決断が昭和天皇の玉音放送という象徴的な手段によって伝えられたため印象が一際強く残ったためで、もう一つは日本独特の「お盆」の風習と結びついたためと推測します。

 あまり取り上げられることはありませんが8月15日前後に祖先の霊を祀るという行為は日本独特の風習です。中国では4月の「清明節」という日が日本の「お盆」に当たりお墓参りなどを行うのですが、同じ東アジアの仏教文化圏同士でもこのように日程が大きく異なっている点を考慮すると8月に祖先の霊を祀ることに明確な根拠はなく、これまでの日本の歴史からたまたまこのようなスケジュールに落ち着いて風習化したと思われます。
 この8月に祖先の霊を祀るという風習が先の玉音放送、というより戦争の犠牲者に対する慰霊と結びついたことによって終戦日は8月15日とする意識が日本人の中で強まったのではないかと思え、実際にお盆と合わせて戦争犠牲者に対する慰霊行為やイベントが行われているのが現状です。そのような成立の経緯を踏まえると日本における8月15日の終戦日は心安らかに戦争犠牲者に対し慰霊の祈りを捧げる鎮魂の日であるように思え、またそうであるべきだと私は考えています。

 しかし今年の終戦日はそのような鎮魂の日と言うには程遠く、非常にくだらない議論で実に騒々しく不快なことこの上ありません。過日、安倍首相は終戦70周年に合わせて政府の談話を発表しましたが、この談話内容について産経を除くほぼすべてのメディアは一言一句を細かくあげつらっては中国や韓国に対する配慮に欠けるなどと言って批判する論調を取りました。
 はっきり言って私は終戦についての談話というのでであれば、戦争犠牲者を悼み二度と過ちを起こさないというような文言さえ入っていればそれでもう十分であると思います。確かに国外に向けても発信される以上は侵略を正当化したり、日本は運が悪くて米国に負けただけだというような負け惜しみのような言葉が入っていたらさすがに問題ですが、真に優先して伝えなければならない内容というのは犠牲者に対する悼みであって、外交的配慮ではないでしょう

 ならば侵略した国には何の謝罪も補償もする気がないのかという方もおられるかもしれませんが、それらは何もこの「鎮魂の日」に議論しなければならない話題なのかといえば私はそれは違うと思います。それらは普段の外交において伝えていくなり、内容について議論すべき話題であり、この「鎮魂の日」に当たっての談話であれば戦争犠牲者に対してただ静かに悼むことを何よりも優先すべきでしょう。
 そんな「鎮魂の日」において揚げ足取りかのように言葉の端々をあげつらってしようもない批判を繰り返すという行為は、この日を政治利用して政権批判に使っているとしか見えず、本来静かに祈りを捧げるべき日とは程遠い行為を行う大手マスコミに対して内心強い憤りを私は覚えます。

 そもそも日本は二次大戦で韓国とは交戦しておらず、終戦を記念した談話であれこれケチ付けてくるというのは正直納得がいきません。従軍慰安婦問題だって、この祈りの日にわざわざ議論しなくてはならない話題なはずないでしょう。

 繰り返しとなりますが日本における8月15日は終戦の日であって鎮魂の日でもあり、死者に対し静かに悼みと祈りを捧げるべき日であるべきです。そんな日にかこつけて政権批判を、しかも言いがかりに近い主張で繰り返すなどナンセンスもいい所で、強い言葉で言えばくだらない政権批判を行っているマスコミこそあの戦争の犠牲者を冒涜しているとしか思えません。

 最後に、今年は終戦から70周年だとみんな言いますが、日清戦争終戦から120周年、日露戦争終戦から110周年、普通選挙法成立から90周年、足利尊氏の挙兵から780周年、大坂夏の陣から400周年でもあったりします。何が言いたいのかというと、これらの周年記念はほっといていいのと思いつつ、何周年だからってあれこれ騒ぐのは実はあんまり好きじゃなかったりします。
 もっとも、2012年は菅原道真の大宰府左遷(901年)から1111周年だったことから、一人でテンション上げながら何故か雷に対して念仏唱えていましたが。しかも中国で。

2015年8月14日金曜日

アニメはあくまで子供向け

 昨日書いた「すべてのジャンルはマニアが潰す」という記事に早速このブログのサブカル方面で定評のある読者2人がコメントを書いてくれました。自分としてもこの記事はなかなか面白い言葉を引用できたなと納得する記事だったのでコメントが来てくれてまずは何よりと思ったのですが、片方のコメントに、「最近のアニメはライト層向けに偏っている」との意見があり、元々もっと掘り下げて書いてみたい記事でもあったので今日はちょっと好き勝手書こうかと思います。結論から述べると見出しに掲げた通り、アニメはあくまで子供向けで、マニアックに作ってはならないというのが私の持論です。

 先に昨今の日本のアニメ事情について述べると、やはり全体的に大人向け、言うなればマニアック向けな作品が増えているように私には感じます。なんでこうなっているのかというと一番大きいのは制作費の回収方法が昔と今とで大きく変わっており、昔はアニメ放映と共におもちゃを始めとした子供向けキャラクター関連商品を売ることで制作費を回収しましたが、最近ではアニメそのものを収録したDVDの販売で回収するパターンがほぼすべてとなっており、DVDを販売するということからターゲットとなる視聴者層は購買力のある大人がメインとなり、こうした影響から子供向けから大人向けに作られるようになったと考えています。

 また単純に子供向けアニメの本数が私が子供だった頃と比べても減っています。私が子供だった頃は毎日夕方5時半からかつて放送したアニメの再放送が流れ、また土日はどちらもも6時半から8時の間は3本程度のアニメがほぼ必ず放送されていました。現在だとこの時間帯はバラエティがメインですし。

 こうした子供向けから大人向けアニメが増えている現状について最初に述べたように私は快く思っておらず、やはりアニメはあくまで子供向けに作られるべきで、子供をメインターゲットとしたライト層向けな作品をもっと増やすべきだと思います。理由は昨日の記事でも書いたようにコアユーザーの層が増えすぎるとライトユーザーの拡大が止まり、そしてコアユーザー自身も減っていって最終的にはユーザー総数が減少していく傾向があるからです。
 数学的にこうした現象を分析するなら、コア層とライト層の割合比で一つの壁となる数値があるのだと思います。たとえばこの割合が2:8を保っている間は全体のユーザー層は拡大を続けますが、コア層が徐々に拡大して3:7で拡大が止まり、4:6にまで至ると逆に縮小し始めるというように適頃な数値というのがあるのではというのが私の意見です。

 そうしたことを踏まえて日本のアニメ界の現状はコア層がやっぱり多くなりつつあり、将来コア層を形成するライト層の拡大に今のうちに力を入れてかないとよくないのではないかと勝手に懸念しています。何も大人がアニメを見るなということを言うつもりはさらさらなく、ただベースは子供向けアニメでこっちを中心にというのが私の主張です。

 ちょっと主旨が違うかもしれませんが、どんな作品が質が高いのかを突き詰めるなら私は時代や年齢を問わずに視聴される作品がやはり質が高いと思います。たとえば宇宙戦艦ヤマトなどは子供から大人まで幅広い層に支持されたため今でも人気がありますが、それ以外でも現在において古典的とされるほど支持される作品は子供向けに作られながら大人も巻き込んでおり、いい作品というのは客を選ばないからいい作品である気がします。


 ちなみに上記の動画は私が子供の頃に放映されていた水木しげる氏原作の「悪魔くん」のアニメOPです。懐かしさ補正もありますが、なんか今のアニメとは異なる不思議なパワーを持っているとこのOPを見る度に思うので、このところやたらと繰り返してみながら、「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」なんて呟いてます。
 あとどうでもいいですが昔にデーモン小暮閣下は自身のエッセイ本として「我は求め訴えたり」というタイトルで出版しましたが、悪魔なんだからお前が求め訴えられる側じゃねってこの頃よく腹の中でツッコんでいます。

2015年8月13日木曜日

すべてのジャンルはマニアが潰す

 このブログでよく毎日新聞の記事と記者を馬鹿にすることが多いですが、以下の記事は読んでて非常に面白かったです。取り立てて大きく注目するほどでもない内容のニュースをうまい文章で紹介してあり、非常に読み応えのある記事です。

<弘前市提唱>現存12天守同盟に「待った」 犬山城、壁に(毎日新聞)

 それで話は本題ですが、先日お笑いコンビ「ピース」の又吉氏が執筆した「火花」という小説が芥川賞を受賞し、現在進行形で大いに注目されております。この件について私も記事を書こうかなと思ったのですがそもそも「火花」は読んでないし、この本が芥川賞の候補に入った時点で受賞することは目に見えるほど当然でごく当たり前な出来事のように思えたので無視しました。なお昨夜友人とはこんな会話を交わしています。

「芸能人が受賞したんだから、次は有名声優辺りが書いた小説が受賞すんじゃね( ゚Д゚)」
「じゃね(゚Д゚ )」

 この受賞劇について言いたいことが全くなかったわけではないのですがそうした経緯もあって書かなかったところ、下記の山本一郎氏のコラムを今日読み、まさに私が言いたかったことを全部言ってくれていると思わずうならされる内容でした。

ピース又吉『火花』売れて良かったね

 基本的に考え方としてはまさに上記コラムの通りなのですが、このコラムを読んでてもう一つ気になった点として、今日の見出しに掲げた「すべてのジャンルはマニアが潰す」という一言です。

買収後売り上げが激増 プロレス人気再燃を新日オーナー語る(NEWSポストセブン)

 なんか今日はやたら記事紹介が多いですがそれは置いといて話を進めると、この言葉はトレーディングカードを製造・販売をしている「ブシロード」という会社の木谷高明社長が述べた言葉です。今まで自分は知らなかったのですが木谷社長は新日本プロレスを2012年に買収し、数年で売上げを倍増させるなどプロレス人気を立て直す見事な経営手腕を見せているそうです。
 そんな木谷社長が上記のインタビュー記事の中でプロレス人気が何故衰退していたのかという理由について述べた言葉が、「すべてのジャンルはマニアが潰す」なのですが、この言葉の意味はコアなユーザーはライトユーザーを拒絶し、弾く傾向があり、コアユーザーが増えすぎると逆に人気は衰退していくという内容です。

 この言葉はなかなかもって見事な指摘だと思え、実際に90年代の2D格闘ゲームブームや往年のスキーブームなど、なんとなくあてはまるような事例がポンポンと浮かんできます。政治においてもコアな支持者の囲い込みを続けたことによって日本の社民党は明らかに衰退し、逆にライトな支持層を取り込んで急激に拡大してトニー・ブレアのイギリス労働党は政権を取るなど、この言葉がそのまま当てはまる気がします。
 私自身も本当に市場を拡大するならコアなユーザーを切り捨ててでもライトユーザーの取り込みに従事するべきだと、おぼろげながら考えていましたが、こうもはっきりとした言葉でこの意味を表現する人物がいたとは非常に驚くと共に、やはり業界の最前線にいる人はただ者じゃないと、中国語で言うなら「了不起」と言いたくなる人物です。
ヽ(*゚д゚)ノ<カイバー

天津大爆発事故について

 一体どんな書き出しから書けばいいのか戸惑うくらい、昨夜起こった天津大爆発事故は衝撃的でした。

 既に各種の報道で皆さんも見聞きしておられるかと思いますが、昨夜中国天津市にある浜海新区という経済開発区の倉庫で大爆発が起こり、現在もなお被害の全容がわからないほどの大惨事となっております。今回の事故規模については百聞は一見の如かずというか、現場近くで爆発を撮影した写真や動画が既にメディアやサイトなどで公開されており、その映像の迫力たるや下手なハリウッドの映画を大きく上回ると思えるもので見ていて心底ぞっとさせられます。

 爆発原因については倉庫内に保管されていた化学薬品やガスなどだという推測が出ているもののまだはっきりしませんが、少なくともこれほど大規模な爆発を起こす物質があったことと、それらを引火させてしまう管理体制であったというのは事実でしかありません。今日も同僚らと少しこの事件について話しましたが、恐らくこの地区の防災担当者は今頃監禁させられた上で遠くへ左遷させられるか牢獄に入れられるでしょう。幸いというか、労働教育は数年前に廃止されてますが。
 それとこれは当局への苦言ですが、やはり未だに情報を小出しにするというのはいい加減無理があるでしょう。かつて事故を起こした新幹線を埋めるなどと言う暴挙を中国当局は犯しておりますが、今回の爆発事故については有害な物質が空気中に広がっている可能性もあるだけに、被害情報と共に確かな情報を可能な限り早く発表するべきでしょう。いい加減昔と違うんだし。

 少し個人的な印象を書いていくと、報道では最初の爆発が起こった後にもう一回爆発があった、つまり二回の爆発が起こったと伝えられています。実際に爆発当時を映した動画をみるとその通りなのですが、最初の爆発も確かに随分と大きく夜空が一瞬で明るくなるほどであるものの、二回目の爆発の大きさは一回目を遥かに凌駕しており、空どころか辺り前面が紅く染まった上に周囲の建物や木々が爆風で大きく揺れたりひん曲がったりするのが見受けられます。爆心地には恐らくもう何も残ってないため原因の特定は難しいでしょうが最初の爆発によよって二回目にどんなものが引火したのか、この点が非常に気になります。

 最後に被害状況についてですが、現時点の報道では死者は約50人、負傷者は数百人と報じられていますが、こんな情報ははっきり言って当てになりません。昨年8月に私の地元の昆山で起こった爆発事故も当局の発表では60人強が死亡したことになっていますが、私の横のつながりから得た情報によると実際には110人程度が死亡しており、負傷者はその数倍にも上る大惨事だったそうです。
 今回の天津大爆発は夜間帯だったとはいえその爆発規模は桁違いに大きく、断言してもいいですが死者は100人を確実に越えるでしょうし、負傷者を含めると四桁にも上る可能性があるでしょう。逆を言えば爆発時が夜間だったのはまだ幸いで、仮に昼間であれば死者数が四桁に昇る恐れもあったでしょう。

 それにしてもこれほどの爆発事故、少なくとも自分がこれまで映像で見てきた中ではかつてないほどの大きさです。ちょっと気が早いかもしれませんが悲惨な爆発事故の例として、今回の天津大爆発は歴史に残るんじゃないかなとすら思います。

2015年8月12日水曜日

人民元の切り下げについて

 土日に大雨が降ってからこちらは随分と涼しくなって過ごしやすいのですが、なんか逆に暑さがなくなったことによって気が抜けちゃったのか、このところは家帰ってパワプロで延々とバッティングし続ける日々が続いています。ちなみに打率は5割4分くらいです。
 なわけで今日はブログ休もうかなとも思ってましたがさすがにほっとけないニュースというか、中国が昨日に引き続き今日も人民元の強引な切り下げをやってきたので、いくらか解説文を載せます。

 まず人民元の切り下げとはどういう事か。これは簡単に言えば通貨としての価値を安くするという方法で日本円と比べるなら仮に以前は1元=20円だったとすると、この二日間で3%程度下がったということから「20×0.03=0.6」となるため、現在は1元=19.4円になる計算です。
 こうなるとどうなるかですが、国外に製品を輸出すると以前は20円で売っていたものが19.4円に値下げしても中国側は同じ利益を受け取れるようになるので、輸出競争力が増します。まぁこの辺はほかの解説でも読んで納得してください。

 それで話は人民元に移りますが、そもそも人民元の為替相場はどのように運営しているのか。私がざっとこの二日間で切り下げ関連のニュースを見ている限りだとどこも人民元レートの決定システムを理解していない人間が記事書いてるなという印象を覚えましたが、これに関しては内心しょうがない気がします。実際、人民元レートは日本円や米ドルの変動相場制と違って「管理フロート制」という妙なシステムで、私も十分に理解している状態だとは言えません。

 理解が間違っているかもしれないという前提で簡単にこの管理フロート制システムを私なりに説明すると、これは人民元の変動幅を前日の終値を基準値として上下2%に固定するというシステムで、たとえば前日終値が1元=20円だったとすると、翌日の変動幅は20×0.02=0.4となるので、19.6~20.4円の間でしか変動しないということとなります。この方法だったら終値付近で中国の政府系金融機関が介入すればいくらでも為替レートをコントロールできるので、まぁ中国にとっては都合のいい手段でしょう。

 では今回の切り下げはどういう風に行われたのでしょうか。通常、人民元の為替レートは前日の終値を基準としてそこから上下2%を変動幅とするのですが、今回の切り下げは前日の終値に対して11日は1.9%、12日は1.6%切り下げた値を基準値として、そこからいつものように2%の変動幅で取引させました。
 要するに今回のは中国政府が前日の終値なんて関係なくいきなり人民元のレートを変更したようなもので、誰の目から見てもかなり強引な手段を採ったと言える行動でしょう。仮にこれがまかり通るなら、人民元のレートはいつでも自由に中国政府が決められると言っても過言ではありません。

 では何故中国政府は今回このような強引な手法に打って出たのでしょうか。理由はほかの記事などでも言われている通りに各種の経済統計で景気の衰えを示すような悪い数値が相次いでおり、景気後退を懸念した中国政府が輸出のテコ入れとして為替に手をかけたというのが実情だと私も思います。今日発表された統計でも不動産投資の伸びに明らかな鈍化が見られ、一番最後の砦ともいうべき不動産業界すら振るわない状態になって当局も危機感を持ったのかもしれません。

 ただ今回の為替操作についてもう少し深く述べると、中国としても苦渋の決断だったのではと思う節があります。というのも中国はかねてから人民元を国際通貨として世界に認めてもらうために様々な努力を続けてきましたが、今回のこの為替操作によって明らかに世界通貨への道は後退しました。逆を言えば世界通貨化を一時諦めなければならないほど景気に対して危機感を持っているとの証左でもあり、今後発表される他の経済指標を注意深く見ていく必要があるでしょう。

2015年8月11日火曜日

SEALDsに対する印象

 今日女子サッカーの澤選手が結婚したというニュースが流れたのを見て一瞬、「あれ、今日ってエイプリルフールだったっけ?」と思ってしまいました。もちろんこれは冗談で、澤選手結婚おめでとうございます。

 そんな前振りとはまた全く脈絡のない本題ですが、あまりにも時事ネタで解説するものがないのでSEALDsについて私の印象を語ろうと思います。ちなみに「シールズ」って発音を聞くと私の中で思い浮かぶのは米国海軍特殊部隊のネイビー・シールズです。なお「エイリアン2」にも出演したマイケル・ビーンという俳優は何故かこのシールズの隊長役を演じることが多い俳優だったりします。

SEALDs(ニコニコ大百科)

 SEALDs(以下、シールズ)とは正式名称が「自由と民主主義のための学生緊急行動」という学生団体で、やってることは安倍政権の批判です。最初に書きますが私はこの団体と構成員に対して率直に言っていい感情を持っておらず、そもそも話題にあげる価値すらもないと内心では思っています。

 彼らの活動についてはネットなどでいくつか報じられているので知っている方も多いでしょうが、主な主張としては現在安倍内閣が進めている安保関連法案の否定、そして安倍首相の退陣で、逆を言えばこれ以外だと目につく主張なんて皆無でしょう。
 長く語るほどでもない連中なので何故私がこれほど見下しているのかというと彼らの主張をどんなに聞いても、安保関連法案のどこが問題なのか、この法案の可決によって現行とどう変わるのかという解説なり展望が全くありません。むしろ彼らは安保関連法案の中身自体をまともに理解していないのでは、にもかかわらず安倍内閣を批判しているのではと思う節すらあり、政治思想的な動機で行動しているようには見えません。

 では何故彼らは妙な徒党組んで活動しているのか。はっきり言いますが政治とは全く関係のない所、日々の生活なり人間関係なりでストレスや不満を抱えて、それを「政治活動」と称して安倍内閣にうっぷん晴らしの八つ当たりをしていると私は思います。そう思う根拠として彼らの発する主張の大半が法案の中身や日本の将来というよりも、安倍首相個人への人格批判ばかりで、しかもその罵倒の仕方が幼稚極まりないからです。もっともこれは朝日新聞の社説にも言えますが。
 偉そうな口をききますが政治議論で人格批判をするということは、もうその時点で相手を論理的に攻撃する材料を持っていないと自ら明かしてしまうもので、普通の人間ならやりません。しかしシールズはむしろこの人格批判それ自体を目的とするかのように安倍首相の批判を繰り返しており、政治的な動機というよりただ単に憂さ晴らししたいだけの人間が集まっただけではないかというのが私の見立てです。言ってしまえば、反日デモの際のどさくさに紛れて商店破壊した中国の日雇い労働者とどっこいどっこいでしょう。

 ハナからまともに法案の中身を理解できるほどの知恵がないというのはわかってますが、せめて理解しようという努力を見せるならまだ批判活動をしていてもかわいげがありますが、シールズに関してはむしろ理解を拒むような行動も見られます。何故なら何がどう変わるのかが正確になると大袈裟に「これから徴兵制が始まる」なんていう突飛過ぎる意見が主張できなくなる恐れがあり、逆を言えばきちんとした理解が進むと彼らは主張せんとする島を失うことになるのではないかと思います。こういう連中でも大学生になれるあたり、この前の小学四年生に扮した変な慶應の学生といい、ちょっと私も心配になってきます。

 最後にこれは蛇足かもしれませんが、そもそも「SEALDs」という団体名からして私の癇に障ります。なんで無駄に横文字使おうとするのか、普通に日本語でいいじゃんと思うと同時に、最初に述べたように「シールズっつったらネイビー・シールズだろ!」と思え、どうして軍事化を否定しながら軍の特殊部隊と音の被る団体名にするのか理解できません。

  おまけ
 冒頭にあげたマイケル・ビーンは「ターミネーター」で未来からやってくる青年、カイル役も演じていますが、以前に芸能人の眞鍋かをり氏が芸能記者に、「妊娠したのではという噂が出ていますが?」と聞かれた際、

「身に覚えがある。未来からやってきたという男とアメリカのモーテルで一夜の過ちを……。生まれてくる子供にはジョンと名付けよう」

 と、とっさに答えたことがあり、この一件で眞鍋氏は凄い人だということがよくわかりました。

2015年8月9日日曜日

日本式経営の「婿養子」という世襲方法

 今年5月に私は「書評『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』」という記事を書き、かつて存在した日系大手家電メーカー三洋について取り上げました。この記事の中で三洋の二代目社長であった井植敏氏の言葉として、

「日本は相続税率が高いため、会社を興して成功した創業一家は自己の財産を所有し続けるため経営能力が無くても会社を経営し続けなければならなくなる。米国の様にオーナーが会社を所有し、プロの経営者を雇って会社を経営させるという方法が採れない」

 といった内容の言葉を引用しました。この言葉の意味をもう一回かいつまんで説明すると、日本だと会社起ち上げて大成功して財産作っても、いざ子供に相続させようとしても税金で大方取られてしまいます。ではどうすれば円滑に資産を相続できるかというと、起ち上げた会社をそのまま子供に社長職を継がせられれば家族として「会社」という資産を保持できるわけです。
 しかしこれには一つ問題があります。その問題というのも会社を継ぐ子供が必ずしも経営的才能に恵まれているかどうかわからないということです。恵まれていれば別に問題ありませんがいわゆる二代目のボンボンバカ社長だった場合、会社の経営は混乱して破綻し、折角の資産も失ってしまうことになってしまいます。

 こうした日本の現況に対して欧米はどうかというと実は事情が異なります。会社を起ち上げた創業者はそのまま子供に経営を引き継ぐ例もありますが、大方の大企業では株式だけを保有し続け、経営は外部から招へいしたプロ経営者に任せてオーナー一家は配当金を受け取り続ける道を選びます。こうした方法が採れるのも井植氏の言う通りに相続税の税率が低いからやれる方法で、いわゆるセレブと言われる米国の資産家一家はこのようなパターンで使いきれない金を使い続けていることが多いです。

 先ほどの井植氏はこの日本と欧米における相続の違いについて、「日本では会社の所有と経営が分離していない」と述べております。実際に欧米は上記の通りに「所有(株式の保有)」と「経営(社長になる)」がはっきり分かれており、所有するオーナー一家の役割は外部からまともな経営者を持ってくることと、株式を持ち続け独立性を守ることの二点に集約されます。

 こと会社の継続という観点だけで見るならば、この所有と経営は分かれている方が良いに決まっています。既に述べた通りに日本のような相続の仕方では経営センスのないオーナー一家の跡取りが社長になってしまう可能性が高く、どんなに立派な企業でもバカ社長の指先一つでお釈迦になってしまう可能性がなくなりません。
 ではオーナー一家以外から社長を取ってくればいいのかとなると必ずしもそうは言いきれません。というのも日本の場合はオーナー一家以外だと社内から昇進して社長に就くいわゆる「サラリーマン社長」が多いのですが、果たしてそういう内部出身者が優秀かどうかとなるとこちらも必ずしもそうだと言いきれません。少なくとも、会社の内外から広く捜してくる例と比べるなら社内からの昇進だと比較対象数が圧倒的に小さいと言わざるを得ません。

 こうした会社の相続という課題について、実はかつての日本式経営にはちょうどいい解決方法があり、実際に多くの企業で採用されていました。その解決方法というのも、「婿養子」を取るという方法です。

 現代の日系企業でこれを実践して成功している代表格は自動車会社のスズキで、ここは現在の鈴木修会長と先代の会長はどちらも次代の経営者と見込まれたことによって婿養子として創業者一家に入り、実際に同社の事業拡大を見事果たしております。鈴木修会長に至っては、元々銀行屋だったのに先代(二代目)に見込まれて自動車会社に移ってこれだけ会社大きくしたんだから、やっぱ大したもんだと私も評価しています。

 日本式経営、というより日本式家族は江戸時代からこのように「優秀な人材を外部から婿養子として入れる」という手段を採っており、あのトヨタも豊田佐吉に続く二代目は婿養子の豊田利三郎であったなど、以前はそれほど珍しくもない手法でした。この婿養子に迎え入れるという手法であればある程度実績なりを収めた優秀な人材を外部から招聘するため経営者のセンスとしては問題なく、また家族にも入ることから会社という資産をオーナー一家は所有し続けられます。
 この「婿養子」という制度は所有と経営を両立できる優れた手段であり、あまり大きく取り上げられたりしませんが私は日本式経営の大きな特徴の一つだったのではないかと考えております。しかしたった今「だった」と述べた通りに、この手法は過去のものとなりつつあり今後も採用するオーナー一家が現れるかとなると疑問符を打たざる得ません。

 第一の理由はイエ意識の変化で、自由な恋愛結婚が一般的となっている今の世の中で、「こいつは経営センスがあるから将来お前はこいつと結婚しろ」と親から言われたって、はいそうですかと素直に従う社長令嬢がいるかとなると……まぁいないでしょう。第二の理由は少子化と晩婚化で、曹操婿養子を取れるほど女の子があまってないという家庭が多いかと思えます。

 私自身は先ほどにも述べた通りに「婿養子」というのは非常に優れた相続手段であると同時に優れた企業の経営手段だと思うのですが、一般的な日本人はカビ臭いやり方だと恐らく否定するでしょう。しかし大塚家具の問題にしろ相続と経営の問題は現代においても頻発しており、実際に実行するかどうかは置いておいてこのような手段もあるということを再認識した方が良いのではと思いこうして記事をしたためました。

  おまけ
 昨夜この記事内容について友人打ち合わせをした際、「スズキの会長以外に代表的な婿養子っているか?」という話になり、結局出てきたのは「マスオさん」だけでした。実際、日本で最も有名な婿養子といったらこの人しかいないでしょうヽ(*゚д゚)ノ<カイバー

このところのジャンルのばらけ方について

 気づいている人は気づいているかもしれませんが、元から一貫性のないブログではあるものの、このところの記事ジャンルのばらけ方は書いてる本人からしてもかなり異常な水準となっております。試しにこの一週間の記事タイトルを並べると、以下の様にと手も同じ人間が書いているブログだとは思えないほどばらけています。

・北条政子の歴史的存在感と人格
・人工筋肉の将来性
・「自由」という言葉が持つ二つの定義
・千葉のマッドシティ~ありがとう早稲田ビル
・「江戸しぐさ」は何故流布されたのか
・現代の僧兵

 なんで僧兵の話をした後に江戸しぐさに移り、その後マッドシティについてどうでもいい記事を書いたかと思ったら今度は自由に関してやけに哲学的な内容。かと思ったら今度はいきなり人工筋肉を話題にあげて、続く記事では北条政子がまた突然現れるなど、自分で書いておきながらですがかなり意味が分かりません。
 一体なんでこんな記事ジャンルがばらけているのかというと理由は単純に時事ネタがあまりにもなく、間に合わせで適当に思いついた内容をぱっぱ書いているためです。本来このブログは時事、政治の話題を取り上げた解説記事がメインのはずなのですが、このところは右も左も安保関連法のどうでもいい議論ばかりで話題にあげるネタが全くなく、仕方がないのでどうでもいい記事を無駄に量産することとなっております。

 ただこのところの記事はコラムとして、空いた時間にちょこっと読んで楽しめるような記事となるようには意識しており、それぞれの記事は単体だと決して悪くない出来ではないかと自負しています(マッドシティを除いて)。しかしこればっかだとブログとして果たしてどうなのか、頼むから何か興味を引く事件なり議論でも起きてくれよと密かに願う次第だったりします。

2015年8月7日金曜日

北条政子の歴史的存在感と人格

 よく「歴史の陰には必ず女あり」なんていう言葉がテレビ番組などで使われたりしますが、私に言わせればそんなのフェミニストのたわごとに過ぎず、少なくとも有史以来の歴史は男性が基本的に動かしてきたものに間違いありません。言ってしまえばさっきの言葉はこじつけで、歴史を動かした女性に関与しただけの女性を無理やり際立たせようとする意図合っての言葉ではないかと私には思えます。
 ただ欧米にはジャンヌ・ダルクやエリザベス一世、ロシアのエカチェリーナ一世など、そして中国にも則天武后や西太后など確かに歴史を大きく動かした女性が出てきており、この点に関しては何も異論がありません。しかし日本の歴史ではどうか、推古天皇や日野富子など確かに歴史に影響を与えた女性はおりますがどちらかというと歴史に関与しただけで、シビアな目で見るなら動かしたとなるとそれは大袈裟ではないかとただ一人を除いて思えます。そう、あの北条政子を除くとするならば。

 私は以前(二年も前だが)に「日本で歴史を動かした女性」という記事でも北条政子(+おね)を取り上げていますが、真の意味で日本史を動かした女性となると彼女以外いないのではないかと思います。彼女の実績というか経歴については説明するまでもないですが、鎌倉幕府の開祖たる源頼朝の妻となり実家の北条家ぐるみで彼を応援しただけでなく、頼朝の死後も父と兄にあれこれ指示して実質的に北条家による執権政治の基礎を作ったことは言うに及ばず、承久の乱で鎌倉武士を統率して後鳥羽上皇一派を追いやったことによって明治維新まで続く武家政権を確立したことは、徳川家康などにも劣らない大きな歴史のインパクトだったと私は評価しています。
 無論、北条政子一人の力でないことは間違いありませんが、彼女の死後に編纂された北条家の歴史書(吾妻鏡)によって持ち上げられて記録された可能性もありますが、あの当時の女性対する価値観が低かった時代においてこれほどまで大きく記述が割かれていることを考えると、やはり当時の北条家を引っ張っていた存在であったことは嘘ではないと思います。ここで注目すべきは一体何故、北条政子はそれほど指導力を発揮できたかという点でしょう。

 彼女が強い指導力をそこまで発揮できた理由としてまず浮かび上がるのは、彼女自身の人格というかパーソナリティが頭抜けていたからではないかと私は考えています。というのも彼女の経歴を見ていると当時としては珍しく頼朝とは恋愛結婚で、しかも親に許嫁を押しつけられた際は駆け落ちまでしています。また結婚後は当時としては当たり前だった側室を頼朝が持つことを許さず、浮気には半端じゃなく厳しかったと吾妻鏡がお節介にも既述しており、こう言ってはなんですが価値観が当時というよりは現代に近く、まるで現代からタイムスリップでもして鎌倉時代に現れたのではないかと思える節があります。これは言い換えるなら既存の価値観にとらわれず、自身の価値観でもって物事を見て行動していた人物といえ、織田信長の様な合理性(+わがままな性格)を持ち合わせていたのかもしれません。

 ただそうした革新的な価値観を持っていた一方で、家族に対する意識というか愛情も強く持ち合わせておりました。特筆すべきは娘の大姫に対する様々な気遣いで、大姫自身が病弱だったこともあるでしょうが母親として非常に気に掛ける態度などが良く残されており、このほか義経の妾であった静御前に対する態度も同じ女性として非常に気遣う感情が見て取れます。
 しかしそうした家族愛が強かったものの、家族関連では不幸と言ってもよい人生を歩んでいます。頼家と実朝の息子二人はどちらも若くして暗殺され、大姫と三幡の娘二人は年若くして病死し、北条政子は旦那だけでなく四人の子供全員に先立たれる運命となりました。そうした経緯もあってか甥っ子の北条実時に対しては援助を惜しまないなど、なにか思うところがあったんだろうなと思わせる行動が記録されています。

 改めてまとめるならば、北条政子は開明的な人格を持ち合わせており行動力も抜群であったため女性というハンデを抱えながら強い指導力を発揮出来たのではないかというのが私の見方です。持ち上げてばっかりですがその人物としての歴史的価値はほかの大物と比べても決して劣ることはなく、特に武家政権の確立を完成させたことを考えれば足利義満や徳川家康に並び立つほどの影響力を持っているように思え、現代の評価はやや低すぎるのではと考えています。
 その上で女性の歴史的価値をやたら高めようとするフェミニスト達は、どうもこの北条政子に対しては冷淡というかあまり話題に上げようとしていないのではと思う節があります。勝手ながらこの理由を推理するならば、一つは北条政子の一連の行動が男性的に見えることと、もう一つは幕府存続のために息子の頼家の追放を決めた点などが価値観に合わなかったためではないかと思います。こう言ってはなんだけど、女性からは嫌われそうなタイプに見えるし北条政子は。

2015年8月6日木曜日

人工筋肉の将来性

 昨夜、前から待ち望んでいた漫画の「監獄学園」の最新巻である18巻が発売され、あらかじめ予約していたので電子書籍にダウンロードされるや一目散に読みました。読んだ感想はというと想像を大きく超えていたというか、「こんな内容を書いちゃっていいのかよ……」と思うくらい凄く、こちらの期待以上に楽しまされました。画力、ストーリー、ギャグの切れ、どれをとっても隙のない作品で、多分現在のギャグ漫画でこの作品に伍すものはないでしょう。

 話は本題に入りますが、実は最近気になっているものとして人工筋肉があります。っていうかこんなものに何で突然興味持ち出すのか自分でも意味不明です。

人工筋肉(Wikipedia)

 なんでこんなものに興味を持ち出したのかというと、昨今の研究の発達に伴って人体の義体化が段々と視野に入ってきたものの、俄然かけているピースに当たるものがこれじゃないかと思えてきたからです。
 私が人工筋肉に興味を持ったのはそう(村上春樹風)、大体三週間くらい前です。なんか欧米で視力を失った男性に外科手術を施し、一部視力を回復させることに成功したというニュースが報じられてて、神経系統の仕組みが大分改名されたこともあってこの方面、、要するに人口の神経は大分現実化してきたと思うと同時に、その神経で動かす身体はどう作るんだと疑問に感じたからです。

 基本的に人間の体は張り巡らされた神経を電気信号が通り、その電気を受けて筋肉が反応し、収縮することで動きます。この神経系は一般的な電線で代替することはかなり以前から実現されており、簡単な実験だと軽い電流を流すことによって肘や膝を意思に反して曲げることが出来ます。
 先ほどの視力回復の例はカメラと脳をケーブルで繋げて成功したそうなのですが、日本が誇る山中教授のIPS細胞を利用すればこのケーブルはもっといい材料、具体的に言えばそれ以前から本人が持っていた神経細胞で繋げられる可能性も出てきています。

 しかし神経は繋げられるとしても、その神経から流す電気信号で動かす身体はどうすればいいのか。言ってしまえば人工筋肉のようなものがないと完全なる義体化はまだ実現できません。人間のような肉体にこだわらないならネジ丸だしな機械義手とかにすることでクリアできますが、機械の体の場合は可動力などに気をつけないと、たとえば肘から下に義手をつける場合だと極端に義手の握力が大きいと生身の肩が持たず、骨折したり脱臼したりという不具合が起きる可能性があります。また同時にメンテナンスも必要だし、水に触れたらよろしくないというデメリットも存在します。

 人工筋肉の場合はどうか。もちろん機械の体同様にメンテナンスはいるでしょうが、耐久性があればそこそこ面白い動きが出来るのでは、何よりも素の人間の体に近い分、機械の体より親和性は高いような気がします。
 それで今の研究はどこまで言ってるのかですが、やはり収縮回数こと耐久性とコストが大きな課題になっているそうです。逆を言えば画期的なものが生まれればグッと利用範囲が広がる可能性もあるだけに、今後この分野を機会あれば自分も勉強してみようかなと画策しています。

2015年8月5日水曜日

「自由」という言葉が持つ二つの定義

 先日、ある友人から「自由」という言葉は福沢諭吉が初めて「Freedom」という言葉を翻訳して作った言葉だということを教えてもらいました。なお福沢はこの言葉を最初は「下剋上」と翻訳したそうですが、「なんか違うよなぁ」と思って翻訳し直したそうです。この判断は正しかったんじゃないかなぁと私は思います。
 ただこの自由という言葉ですが、内包する意味としては大きく分けて二つあるのではないかと私は考えております。もったいぶらずに述べると一つは「どんな選択肢でも好きに選べる状態」で、もう一つは、「束縛が全くない状態」です。どちらも似たような印象を覚え実際に両方とも兼ね備えた状態も決して珍しくはありませんが、必要十分条件の関係ではないと断言できます。

 具体例を挙げると、誰かの監視なり保護下に入ることによって行動の選択肢が増えるというのが一番わかりやすく、これだと束縛は増えるものの自分単独では実行することが出来ない行動が選択肢に入ってくるわけで、一種の社会契約論と考えても問題ありません。
 逆のパターンもまた然りで、親の庇護下から離れることで束縛は減るものの成人していなかった場合は経済面から行動が縛られてしまいます。まぁ経済面の縛りを束縛ととるならまた解釈も変わってきますが。

 では一般的な日本人は普段どちらの自由を重視しているのか。私の意見を述べるならば圧倒的に前者で、選択の幅を広げるのであれば社会や組織の束縛を受けることにほとんど抵抗しない人が多いように思います。こうした日本人の傾向について特段批判するような点はなく、いつも手厳しい日本人論を語る私としても変だとは思いません。そもそもどちらの自由を優先するのかは本当に考え方次第であるため、どっちが正しいとか理想形は何なのかを考えるのは野暮でしょう。もっとも、どっちの自由も放棄するってのは問題である気はしますが。

 ここまで書けば薄々勘付かれるでしょうが、私個人としては圧倒的に後者の「束縛からの自由」を重視しています。逆を言えば束縛から離れられるのであれば選択肢が狭まっても構わないというか、実際にそのような行動をこれまで取ってきました。
 あくまで私見ですがこっちの「束縛からの自由」を重視するのはやっぱり欧米系国家の人たちに多いような気がします。組織や家族のために個人を殺すといった行動意識は日本人と比べると小さく見え、単純に個人主義が強いだけかもしれませんが社会全体でもそうした意識が垣間見え、慣習やら社会的影響をなるべく排除しようとしているのではないかと思います。
 こちらでも具体例を挙げると自由の本場と日本人が言っているフランスで、以前に騒がれた学校にイスラム教徒であってもブーケを被って来てはならないというルールを設ける当たり、宗教的影響を可能な限り教育現場から排除しようとしたのではないかと見えました。

 繰り返しになりますが「選択の自由」、「束縛からの自由」のどちらを重視するかは人それぞれであって、どちらの自由が絶対的に正しいと言い切ることはできないでしょう。ただ私からの助言としては、二つの自由をどんな按配で重視するのか、これをおぼろげながらも意識すると物事の見え方が良くなるように思えるのでお勧めです。
 たとえば普段は行動の自由を重視しながらも束縛からの自由を完全放棄しない、割合的には8:2ぐらいに自己設定して、一体どこのタイミングで自分は束縛に対して抵抗するのかを考えてみるのも面白いかもしれません。上司から叱責を喰らう、上司からビンタを喰らう、上司からフランケンシュタイナーを喰らう、この三段階のどこまで我慢するのかを考えるだけでも自分の立ち位置なり根本的な考え方が以前より確固と固まるのではないかと思えます。まぁ三つ目はこんな技決められる上司に巡り合えるかどうかをまず考えた方が良いかもしれませんが。

2015年8月4日火曜日

千葉のマッドシティ~ありがとう早稲田ビル

 我ながら書いていて意味がよくわからない見出しですが結論から言うとマジでこんな名前したビルが松戸市にあって、しかもビル屋上には本当にでっかく「ありがとう」と書かれてたりします。


 手元に写真がないのでこのビルに入居しているサロンのサイトから上記画像は引用してきましたが、松戸駅からやや北東に行った松戸市役所近くにこのビルは確かに存在します。地図検索でも「ありがとう早稲田ビル」と検索したら本当にそのまんま地図上に書かれてあって、なんていうか「何がありがとうやねん」と見ていて思わせられます。

 恐らくこのビルは名前からして松戸市内の不動産会社である早稲田ハウスの所有物件なのではないかと思いますが、それにしたってこのネーミングセンスとそれをマジでビルの屋上に書いてしまう実行力はどこから来たのかいろいろと興味を掻き立てられます。折角だからメールで取材しようかなとも考えましたが、岡山県民はリアルに「もんげー」という事実と比べるとなんかどうでもいいように思ったので結局取材はしませんでした。

 ちなみにこの「ありがとう早稲田ビル」は私の潜伏地に近い所にあり、日本潜伏時代はほぼ毎日一回はこの前を通過しておりました。でもって通過する度に、「何がありがとうやねん」とつぶやいており、この周辺の夜道でこういうことを呟いている人物がいたらほぼ確実に私でしょう。
 にしても大阪だったらこういうビルがあっても驚かないけど松戸市に何故かあるってのがやっぱポイントだと思います。ほんとどういう経緯でこのビルおったてたんだろうな。

2015年8月3日月曜日

「江戸しぐさ」は何故流布されたのか



 上記の画像はどれもネット上で私が拾ってきた「江戸しぐさ」と言われるものの資料です。この江戸しぐさはここ数年で急激に取り上げられる事が増えた言葉でどういったものかというと江戸時代の町人における対人マナーを表すものとして紹介されていますが、その実態は捏造して作られた概念というよりほかありません。

 詳細はリンク先のウィキペディアのページを見てもらう方が早いのですが、そもそも論として以前は全く取り沙汰されてなかったのにここ数年で急に「江戸時代のマナー」といって出てきた点一つとっても十分怪しいですが、このデマを広げている団体はその理由として、「明治維新時に新政府が江戸の町人を大虐殺したため継承者が減り、身を隠したため」という、ジョジョ風に言えば「テメー、ヤクでも決めてんのか?」と言いたくなるような妄言を吐いております。
 なんで新政府がいちいち町人を虐殺しなくてはならないのか。そもそもそんな虐殺があった
ような記録は全くないし、政府が検閲したと言っても当時江戸にいた外国人ですら誰も言及していないなど、真面目に否定すること自体がなんか馬鹿馬鹿しくなってくるほどのトンデモ論です。

 このようにあからさまなくらいに怪しい主張を行っている団体がこの「江戸しぐさ」を広めたのですが、不思議なことにこれが受けが良く、小中学校の道徳の教科書に盛り込まれるなど様々な教材で取り上げられることとなりました。しかし近年は化けの皮がはがれてきたため、一度は採用した教科書会社でも歴史的事実に疑問点があるとして、次回の改定以降は載せない方針とする会社が増えてきております。

 ただそれにしたって、なんでもってこんなおかしな捏造ネタを大の大人や組織がこぞって誉めそやした上に取り上げ、わざわざデマを流布してしまったのでしょうか。私が考える一つの要因はまずはその語呂の良さで、「江戸しぐさ」という日本語で発音するのにちょうどいい五音と「江戸」と「しぐさ」という二つの単語の組み合わせが良かったからだと思います。仮にこれが「江戸身振り」とか、「江戸動作」、「江戸礼儀」だったら絶対流行んなかったでしょう。
 もう一つの理由はほかの多くの人も述べている通り、道徳などのマナー教材として如何にもな感じで使いやすかったからでしょう。昔人の知恵というまさに格好の道具で、しかも極端にコミュニケーション下手な日本人にとってすればくだらないマナー講座ですら非常にありがたがってしまいます。だからこそ歴史的検証は一顧だにせず、オリンピックの件といいクズ役人揃いの文部科学省は子供に教えるに当たっていい概念だとして紹介してしまったのでしょう。

 幸いというかまともな人たちがこれはそもそも捏造されたものだとしてきちんと認識をただしてくれたことから駆逐が進んでいますが、これほどどっからどう見ても怪しい概念ですらちょっとした拍子に流布されてしまうというのはなかなか考え物です。特に流布した文部科学省の無能ぶりは。
 そういうあたりどれだけ情報が発達したとしてもデマというものは簡単に生まれるものだなと再認識させられます。私自身も時間あったらこうしたデマの発生経緯などを真剣に研究したいところですが、何事も疑い深くとまではいかずとも、普通に考えておかしいものはおかしいと判断出来る人間でい続けたいものです。

 最後に蛇足かもしれませんが、「江戸っ子」という言葉はこのところ本当に聞くことがなくなりました。こち亀ではまだ使ってるのかな?
 以前に読んだ本で江戸っ子文化にとって一番致命的だったのは関東大震災で、あの災害によって東京(=江戸)町内のコミュニティが崩れたほか、外部からの流入者も増えて昔からの江戸っ子的な価値観は徐々に薄れていったと書かれてありましたが、これに関しては「なるほどそりゃそうだね」と思えるだけに私はこの説を信じています。翻って現代では東京出身者であっても、「おいら、江戸っ子でい」というような人は皆無で、昭和の映画にはまだそういうキャラがありましたが現代のドラマではこういうキャラを出す方が返って不自然になってしまうあたり、時代に駆逐されてしまったのかなとちょっと寂しく思います。

2015年8月1日土曜日

現代の僧兵

 今に始まるわけではなく私はこのブログで部落団体を始めとする人権派団体を激しく批判し続けてきました。特に部落問題に関しては大学時代に私の友人が、「差別が嫌なら引っ越せばいいだけだ」と言った通りで、整形手段が農業に限られて土地に縛られていた昭和以前ならともかく現代であれば出身を誰も知らない都市なりなんなりで仕事探して引っ越していけば自然と部落差別問題は消えていくであろうことを考えると、彼らが求める補償や対策は不合理に思えてなりません。何だったら、私みたいに日本出て行ってもいいんだし。

 そうした部落団体以外にもいわゆる人権派を標榜する団体なり組織は自分たちの活動が正当で社会に必要とされるものだから自治体などに補助金、または財務や労役支援などをやたらと主張することが多いように見えます。私の価値観が一般の日本人の水準からぶっ飛んでいることは認めますが、中国と違って人権が比較的保障され行動の制限のない日本で人権をどうこう騒ぐ必要なんてあるのか、私には理解できません。人権が保障されていない他の国や地域での活動を支援するというのであればまだ理解できるものの、日本国内だったら人権はある程度の水準に達しているのだからそれよりいじめや自殺問題をもっと真剣に活動したらどうかと余計な気を揉んだりします。

 こうした人権派団体を敢えて厳しい表現で評するなら、見出しに掲げた「現代の僧兵」という言葉がぴったりくるように思えます。僧兵というのはもちろん平安時代に出てくるあの僧兵で、白河上皇が思い通りにならない三不如意に挙げたものの一つです。
 当時の僧兵は主に朝廷に対し、寄進や訴訟での便宜を図るに当たって「強訴」という行為を繰り返しました。この強訴とは具体的にどういうことうかというと、自分たちの要求が聞き入れられないとわかるや神輿や神木を担いで貴族の家や内裏の門前に置き、その周辺でわいやわいやと文句を言い続けたり暴れたりする行為を指します。当時は仏教信仰が厚かっただけに神輿や神木を強制撤去することなどできず、平安後期に武士が台頭するまではほぼ言いなりになるしかなく、寺社側もますます図に乗って南都北嶺(興福寺と延暦寺)は独立した軍事力を持つほど強大化していきました。

 人権派団体を何故僧兵に例えるのかというと、どちらも相手の倫理観に付け込んで自分たちの都合のいい要求を一方的に押し付けてくるからです。本来倫理観というのは他者に対する「思いやり」の気持ちを代表する感覚ですが、こうした他者を思いやる気持ちに付け込んで自らの利益拡大を図るという行為は人の優しさを踏み台にするような行為に思えてならず、下手すれば真面目な人が利用されるだけになりかねない行為に思えてなりません。
 もちろんすべての人権派団体がそのような団体だとは思ってはおらず、根強い差別や偏見などは長い時間をかけてゆっくりとならしていく必要があるということは重々承知しておりますが、それを推しても人権を標榜する団体はあまりにもずる賢い連中が多いように見えず、やってることは僧兵そのまんまだとほとほと呆れてきます。もっとも、90年代以前と比べれば現代は大分マシにはなりましたが。

 私の目から見てそういった人権派団体は恐らく、やっている活動の方向性は正しいのだから多少の融通というか資金補助や優遇策を受けてもいいと思ってやってるように見えます。しかし現在はどこの自治体も借金漬けである上に生活保護世帯も増え続けるなど、単純にお金は今足りてないのです。そうした時代にあって、社会保障に回せたかもしれないお金を受け取って必要性のあるとは思えない妙な人権活動に使うというのはやはり間違っている気がします。
 なお部落差別対策などに私はあまり共感できませんが、冤罪被害者対策は昨今の日本の司法問題を見ていると確かに活動の必要性はあると思います。近年になって東電OL殺人事件や袴田事件といった大型冤罪事件が動き出すなど改善が見られていますがまだまだ警察と検察の問題ある行動は少なくなく、こうした団体だったら私も神輿置かれなくったっていくらかなら寄付したっていいと考えております。

  おまけ
 平安時代の僧兵が「わっしょいわっしょい!」と神輿担いでもってく姿を想像したらなんか楽しそうです。本人らも案外楽しんでやってたんじゃないかなぁ。