2015年9月29日火曜日

一日署長をやった山口組の組長

 あんま今日は記事書く気が起きないのでトリビア的なことを書いておしまいにします。

 既に逝去していますが私の親戚に依然兵庫県警の関係者がいたのですが、もし今も存命だったら、「山口組の組長が一日署長したのってマジ?」って聞いてみたかったなぁとこの頃よく思います。件の山口組組長ですが、これは実質的に現在の山口組を一代で作り上げた三代目の田岡一雄のことで、以前に日本のヤクザ関連について調べていた時にこ今回のトリビアを知りました。

 次期は定かではありませんが田岡が一日署長をしたのは消防局ですが神戸市水上署とのことで、港湾関連の役務を取り仕切っていて結構関係がずぶずぶだったこともあってやったそうです。ただ当時にあっても田岡は前科者であっただけにいろいろと言われたことから、この一件以降はお役所も人選には気を払うようになったと聞きます。

 なお田岡について少し触れておくと、彼はヤクザ組織として山口組を大きくしたというよりは山口組を一大興行組織にしたという人物で、吉本興業なんかは創業時からこの山口組の力をバックに大きくのし上がったと一部の記事にはっきりと書かれていますし、これは実際に事実だと私も考えています。美空ひばりに至っては現代において完全に山口組がタニマチだったということが伝えられるようになり、やっぱりというか取り上げるメディアも前と比べて減ったなぁという印象を覚えます。

2015年9月28日月曜日

ジャパニーズホラー映画の時代

 この前書いた「サイコスリラー映画の時代」でも少し触れたので、折角だから今日は一時期はやったジャパニーズホラー映画について思うところを書いていきます。

 ここで語っていくジャパニーズホラー映画というのは90年代に日本で製作され、2000年前後にアメリカでリメイクされ人気を博した作品を指しています。これらの映画は主にアメリカでジャパニーズホラーというジャンル名で定着して一時代を築きましたが、ほとんどの原作が1993年に創刊された「角川ホラー文庫」であったことから「角川ホラー」というジャンル名で呼んでもありでしょう。
 90年代の日本映画を語る上でこの角川ホラー文庫は外せないほど影響力は強く、私の記憶する限りだと「パラサイト・イヴ」の映画化を嚆矢に続々とメディアミックスがなされ、もはや日本の代表的な妖怪に仲間入りしている貞子で有名な「リングシリーズ」が映画でもドラマでも大ヒットしたことからこの文庫からはその後も人気作が続々と生まれました。個人的な主観で述べるなら一番のヒット作は間違いなく先程挙げた「リングシリーズ」でしょうが、このジャンルの最盛期となると「呪怨」の映画化がなされた頃くらいじゃないかという気がします。

 一体何故90年代の日本で角川ホラー系が流行ったのかというと、勝手な理屈を述べていけば一つには日本では元々怪談話などホラージャンルを好む下地があったということ、二つには新進の作家を上手く取り込み良質な作品を多数世に出したこと、三つに90年代は音楽にしろヒットがヒットを生むというほど世の中流行りものに弱かったこともあって一度売れると続々売れるという好循環がきれいに働いたためではないかと考えています。特にリングシリーズは通っていた学校でも大いに流行って周りの級友らも普段は本を読まないくせに「リング」と「らせん」をよく読んでました。

 こうした日本初のホラー映画はアメリカでも受け入れられ、もう何度も挙がっているリングシリーズはハリウッドでリメイクされた作品が大ヒットしたためホラー映画のパロディ作品として有名な「最終絶叫計画」の確か4辺りでもパロディ元として使われています。ちなみに使われ方としてはブラウン管テレビに貞子が映った所、モニターにハエが止まったのでスリッパで画面叩いたら貞子が痛がって、仕返しに向こうもスリッパでこっちを叩き返してくるという風でした。
 そのリングシリーズと共に日本でも米国でもヒットしたのが「呪怨」のシリーズで、こちらは日本版もアメリカ版も清水崇氏が映画監督を務め、日本人監督としては初めて全米興行収入ナンバーワンを獲得するなど見事な実績をあげられました。この二本のシリーズによってアメリカ国内においてもジャパニーズホラーというジャンルが定着したといっても過言じゃない気がします。

 しかしそんなジャパニーズホラーですが、大体2000年を過ぎた当たりから日本国内でのブームに陰りが見えてきます。角川ホラー文庫が原作である作品でも映画化したらパッとせず、前は映画化→テレビドラマ化のコンボもしょっちゅう炸裂しましたがほとんど当たらないのでリングをまた焼き直すとかいう繰り返しが始まります。
 一体何故ブームが盛り下がったのかというと、単純に良質な作品が減った上に粗製乱造がされてしまったせいだと考えています。そこまで胸張れるほど作品見ているわけじゃないですが映画版の脚本を原作から大きく改変する作品が当時多く、それも大体が女性キャラをむやみやたらに増やすというキャスティングありきな改変ばっかで、そこらへんが原作の再現を期待するファンを遠のかせてしまったんじゃないかと思います。

 また単純にホラー映画というのは案外撮影が難しい作品だったりします。先程挙げた清水崇監督が漫画家の押切蓮介氏との対談で話していますが、観客を怖がらせるために役者はややオーバーに驚いたり怖がったりする演技を要求されますが、これの撮り方がやたらハイテンションに驚いてるように見えギャグっぽく映ってしまうとのことで、「ギャグとホラーは紙一重」という押切氏の主張にその通りだと清水監督も頷いています。
 ここら辺のさじ加減が粗製乱造の作品では上手くできておらず、実際私が見た作品でもしょうもないCGに下手な役者が変な格好で慌てたりして見ているこっちは逆の意味でハラハラさせられることもありました。

 結局こうしたことが続いたせいか、現代においてはまだ頑張っている貞子シリーズとかを除いてホラー作品の製作はぐぐっと減ってきた気がします。原作の角川ホラー文庫自体も以前と比べて世間で話題になる作品も減ってるように感じるだけに、ブームはもう終わってしまったといっても過言じゃないでしょう。
 ちなみにブーム最盛期に「リング」が面白いと言っていた近所のおばさんに、「あの作家はもう後は続かない気がします」と不敵にも高校生の私は言ってのけていました。まぁリング三部作の「ループ」を読んでしまったらそう判断するしかないのですが。

 最後に私が見た強烈なジャパニーズホラーを挙げると、「ナインプラスワン」という作品があります。どういう映画かはレビューを書かれている方のサイトを下記リンクにつなげておきますが、この型のレビュー通りというか本当に救いようのないほどひどい作品で、後半なんか見ていて息切れしそうな位辛くなった作品でした。この感想を友人に述べたら、「そういわれると逆になんか見たくなってくる」と言われましたが。

9+1 ナインプラスワン(ホラーと共に・・・・)

2015年9月27日日曜日

安倍首相の携帯電話料金高過ぎ発言について

 今日昼過ぎに喫茶店いってはちみつカフェモカとチキンサンド頼んだら何故かハムサンドが出てきたので店員に、「これハムサンドちゃう?ってか少なくともチキン入ってないよね?」と聞いたら、「( ゚Д゚)<うちではこういう風に作るんだ」と妙な主張され、まぁ似たようなもんだし別にいいかと思って仕方なくそれ食ってたら後からマネージャーが私の席にやってきました。マネージャーが言うにはやっぱり出す料理を間違えたとのことで、改めてチキンサンドを無料で提供すると言われましたがもうハムサンドを半分食べてたので別にいいよと断ったものの、そういうわけにはいかないと押し切られて結局チキンサンドも作ってもらいました。結果、かなりボリュームのあるハムサンドとチキンサンドを一度に食べることとなり、血中糖分が急上昇したのか帰り道はやたら頭がボーっとしてふらふら自転車をこいでたので自分でも危ないと思いました。
 それにしても、なんか最近こういうトラブルに巻き込まれることが多いような?

 話は本題に入りますが、このところ経済ニュースでは安倍首相の携帯電話料金が高すぎるという発言が大きくな話題となっております。あまり長々書く必要もないので言いたいことだけ書くと、この安倍首相の発言に絡めて多くのメディアが現在の携帯電話料金についていろいろ書いておりますが、どの記事も「そんなことはない」というような通信キャリア側の発言や携帯電話料金の妙な国際比較ばかり報じていて、どちらかと言えば通信キャリア側を擁護するような記事が多い気がします。もちろんこういう報道姿勢が悪いわけではないのですが折角だから街頭インタビューとかでもいいから消費者の反応や意見を載せたりした方が体感的な感想がわかるのだしいいような気がするものの、その手の記事はほとんど見受けられませんでした。まぁ通信キャリアはどの媒体にとっても有力な広告主だしね。

 日本にいないで言うのもなんですが、まぁぶっちゃけ日本の携帯電話通信料金は高過ぎる気が私もします。どのキャリアもMVNOがこのところ出てくるまでかなり高額な通信料金設定にしてましたし、またその料金プランも半端なく複雑で、スマホを無理やり持たせようとするためか通話とメールだけ出来ればいいようなシンプルプランが案外高い設定(端末代の割引などがなくなるようなのが多い)になってたりとユーザビリティが全く以って無視されています。
 特に一番不思議なのは携帯電話とWIFIの無線契約を一緒に契約すると安くなるとよく謳われていますが、なんかいろいろと検証するとそれほど割引が大きいわけでもなく、本気でこれキャンペーンのつもりなのかと疑問に感じることが多いです。ってかこの手の契約は複雑すぎて解読に時間かかるのが一番マイナス。

 またそうした通信料金の高さもさることながら、前にも「NTTドコモへの批判」という2013年に書いた記事でも触れていますが、例の「2年縛り」とも絡みますが2年ごとにキャリアを乗り換える人たちに比べ契約を切り替えない長期ユーザーの方が相対的に負担が大きいというのはどう考えてもおかしいでしょう。2年ごとに切り替えるユーザーは新規ユーザーとして様々なキャンペーンの恩恵を受けますが長期ユーザーにはそんなものは一切なく、私も過去に何度も大損していますが、浮気をせずにずっと支払い続けてきた自分の通信料金が「ドコモ田家」みたいなクソみたいなプロモーションに使われたかと思うと腹立って仕方ありません。

 総じて言えば、通信料金の高さもさることながらユーザーの側に立ったプラン設定や長期使用ユーザーに対する配慮が全くなされてないと現在のキャリアに対しては言えます。こんなことばっかやってるだけに今回安倍首相に釘さされて株価が大幅に下落しても同情の念はほとんど覚えませんし、まだ反論している辺りもっと痛めつけられた方がいいような気すらします。
 それにしても意外と安倍首相は市民の消費生活にドンピシャな価格を突いてきたもんだとこの件に関してはなかなか感心します。それと同時に、野党の連中がこの件についてほとんどコメントしないのが何でだろうと不思議に思えてきます。まぁ大体わかるけどね。

2015年9月26日土曜日

サイコスリラー映画の時代

 最近趣味の話を書いてないのでこの前友人に話した映画の話をします。

 サイコスリラー映画と見出しに書きましたがそもそもサイコスリラーという言葉は定義がはっきりしておらず、巷間でもサイコホラーとかサスペンスなど別の言葉とほぼ同意義に使われてるようにみえますが、敢えて私の方から定義づけするならば、「金目当てや怨恨ではなく殺人そのものを快楽目的に実行する殺人犯がテーマ」というのがジャンルとしての位置づけだと考えます。この手の犯人の特徴として欲求的に殺人を犯すことから何かしらマイルールめいたものがあり、特定の特徴を持った人間をターゲットにしたり、バラバラにしたりとか同じ凶器を使うとか殺害の仕方に共通点があったりして、犯人を追う側はこうした犯人のマイルールを読み解いて実行犯の特定や追跡を行っていくというのがこのジャンルの醍醐味と言えるでしょう。

 そんなサイコスリラー映画ですが、私見な意見を述べると1990年代において非常に流行って大量に生産されていたなと思えます。このブームの嚆矢となりかつ恐らく最高傑作となったのはハンニバルシリーズの映画第一作である「羊たちの沈黙」であるように思え、アンソニー・ホプキンス氏の怪演もさることながら見えない犯人の姿形特徴性格を殺害の手口などから徐々に類推していくプロファイリングの過程が大いに評価され、日本でも一時期やたらとこの「プロファイリング」という単語を使った書籍や作品が出されました。
 この「羊たちの沈黙」の何がすごいかっていうと、ある事件の異常殺人者の性格分析を、その犯人以上に明らかにぶっ飛んでるというか規格外な「人食いハンニバル」ことレクター博士が冷静に行っていくという過程だと思います。この「異常者をもっとおかしな異常者(しかも普段はめっちゃ知的で紳士的)が分析する」という手法は現代でも多くの作品に使われますが、この作品以上にぶっ飛んだ構図は多分ないでしょう。

 この「羊たちの沈黙」のヒットを受けてかそれまでのサスペンスの枠を越えた、異常殺人者をテーマにした作品はハリウッドを中心にたくさん作られ、私が小学校高学年から中学生時代までなんかしょっちゅうこういう映画を見ていた気がします。ただどれもがヒットしたかとなるとやや微妙で、ブーム以前のスプラッターホラーから脱却しきれず映像のグロテスクさだけしか能のない作品だったり、異常殺人者というよりただのびっくり犯人にしかなってない作品であったりするなど、特に日本製作の映画やドラマ、漫画でこういう傾向がありました。一例を挙げると漫画の「多重人格探偵サイコ」は私の目からして、ヒットはしたけれどもさっきも言ったびっくり犯人大集合だけだったような気がします。
 なんでそういう駄作が量産されたかというと犯人の異常性だけを際立たせようとして、その異常性をどう読み解くか、犯人の経歴や社会背景、現場の手掛かりなど頭を使って推理する部分がおざなりになってたからじゃないかと考えます。また推理する部分にスポットを当てるにしても、そもそもなんで犯人が異常者なのかというと、常人の認識を越えた狂気を孕んでいるから異常なのであってその異常性を常識的に分析しようとすること自体がやや無理があり、分析する側にも現実離れした一定の狂気が要求されるのにその辺が上手く描き切れてなかったからじゃないかと思います。

 そうした大量生産時代にあって一目置いた作品を上げるなら、こちらもヒットしたアメリカの映画の「セブン」を挙げます。あのブラッド・ピット氏もこの作品で一躍名を挙げましたが、俳優らの演技はさることながらキリスト教の七つの大罪に沿って殺人(何人かは殺されなかったが)が続けられ、最終的に犯人の目的が結局わからないまま終わってしまうとい衝撃的な結末は当時においてなかなかに新鮮で、でもってやっぱり公開した後から七つの大罪をやたら引用する日本の漫画作品が増えた気がします。
 監督のデヴィッド・フィンチャー氏の好みでしょうがこの「セブン」は割と淡々にストーリーが進んでいき、視聴者に「どや!」って言わんばかりに画面を注目させる演出が少なく、そうした撮り方がこのジャンルにうまく適合していたんではないかと個人的に思います。ちなみに映画の「アイアンマン」を見ていて、「なんかこのヒロインどっかで見たことあるような……」と思ってたらこの「セブン」でブラッド・ピット氏の妻役を演じてたグウィネス・パルトローでした。

 この「セブン」以降もサイコスリラー映画はしばらく続きましたが、2000年に近くなってくると流行のホラージャンルがまた変わり、いわゆる日本初の「ジャパニーズホラー」がハリウッドを席巻することとなります。ジャパニーズホラーの特徴を少しだけ述べると、被害者が何の落ち度も理由なく理不尽に殺されたり祟られたりするというのが何よりの特徴で、むしろ品行方正で幸せそうな家族が無慈悲に殺されることが多いという風に私は見ています。友人曰く、「日本人からしたらそういう理不尽は日常茶飯事だが、向こうの連中からしたら新鮮に見えるんじゃないのか?」とのことです。

 またハリウッドの中でもシリーズ化して長期間続いた「SAW」など、以前のサイコスリラーと比べてミステリー色を強めたホラー映画が段々と中心になっていきます。もっとも「SAW」は第三作目から、ミステリーというか「今週のびっくりドッキリメカ」を楽しむスプラッター作品になっていきましたが。

 最後に私が気に入っているサイコスリラー映画(だと思う)の作品を挙げるならば、「セブン」と同じ監督による2007年公開の「ゾディアック」になります。これは実際にアメリカで起きて、未解決のまま終わった劇場型犯罪の走りともいえる「ゾディアック事件」を元にしたほぼノンフィクションの作品で、主演のジェイク・ジレンホール氏やロバート・ダウニー・Jr氏らなど俳優がやたら豪華なのと、犯人候補がストーリの進行とともに次々と浮かんでは消えていく過程が見ていてとてもハラハラさせられます。特に犯人候補の自宅を主人公が訪問した際、地下室に案内されたところで一切の音がなくなるシーンはマジでドキドキした。
 簡単に「ゾディアック事件」についても少しだけ触れると、この事件では連続殺人の犯人が自ら新聞社に暗号文を書いた手紙を送りつけたりラジオの電話に登場したり、次の殺人を予告したしたりと大胆な行動がとられたものの結局犯人は捕まらず、現代においても迷宮入りし続けている事件です。聞くところによるとこのところ話題の酒鬼薔薇もこの事件を参考にして暗号文を送りつけたとのことです。

2015年9月25日金曜日

中国でGoogle解禁か?

 昨夜は何故か途中からネットが断線したため更新できず、今日もなんかおかしいので明日にでも業者読んできてもらおうと思ったら何故かさっき繋がったので、大学の先輩と「養豚って儲からねぇ?」って他愛のない話しで盛り上がっていました。
 その際、自分のメールアドレスにGoogleから「通常使われる端末とは別の端末からアクセスがありました」という警告メールが来ていることに気が付きました。不正アクセスか、でもそれにしてはなんか妙だと感じて子細を眺めていると、午後一時ごろにFirefoxでログインアクセスがあったとされ、その時間帯となれば私が会社にいる時間帯で、あるとしたら会社で使っている私物のパソコンかなと思えました。しかし中国ではGoogleへのアクセスが遮断されており、ログインはおろかアクセスはできないってのになんでと思い、先ほどいつも使うVPNではなく通常回線でGoogleやGmailにアクセスを試みました。

 そしたらつながっちゃいました。

 びっくりして大学の先輩に、「やばいっすよ」って後輩丸だしな口調で報告していろいろ試しましたが、速度は遅いですがこれまで遮断されて使えなかったGmailがきちんと開くことが出来ました。この前コメント欄にも書きましたが一度は中国大陸から撤退したGoogleがまた再上陸するという噂は聞いていたものの、まさかこんなに早く、しかも予告なしに繋がったので正直面喰いました。ってか昨日中国人に殴られてメガネフレーム曲がってるためちょいちょい目が痛むのが難点ですが。

 もしかしたら一時的なものでまた明日から遮断される可能性もありますが、一応日記的な記録として書き残すことにしました。つってもこの速度じゃほとんどまともに使えないから、結局はVPNがメインとなるのに変わりはないでしょうけど。実際このブログも通常回線で開きましたが、この執筆はVPNからです。

  追記
 Gmailなどへの接続が確認できて約2時間後に再び試してみたところ今度は接続が叶わず、どうやら一時的な現象だったもようです。ただ今までこう言った事例は全く無かったので、今回は非常にびっくりした出来事でした。

2015年9月24日木曜日

お買いものでの悩み( 一一)

 再来週に日本へ一時帰国する予定なのですが、差し当たって買っておきたいものをAmazonで購入し、友人の家へ送っておこうと今日は先ほどからずっとAmazonのサイトを眺めておりました。

 既に購入が決まっていたものは同僚から頼まれていたビタミン剤とムヒSで、前者は同僚の母親、後者は同僚の娘への買い物だそうで、その同僚にはガチでお世話になっているので「任せておけ!」と今からでも買う気満々です。
 これ以外で購入を決めていたものはゲームの「三国志Ⅸ」で、三国志のゲームはⅤ以降はずっと遊んでなかったのですが、このⅨが傑作だということを聞いて廉価版も出ているのだしもうこの際だと購入を決めました。

 それでここからが本題ですが、何を購入するか非常に悩んだ物が二種類あります。
 一つ目はタブレットPCで、現在使っているものはいまいち自慢し辛いNexus7の2012年モデルなのですが、さすがに1GBメモリだとそろそろきつく、高いのでなくていいから2GBモデルを買おうとあらかじめ2万3千円くらいのASUSのMemo Padを購入リストに加えておりました。しかし今日調べてみたら々ASUSから先月、Zen Padという別モデルのタブレットPCが発売されており、上位グレードは値段が4万円弱するものの破格のスペックだったもんで先のMemo Padとどちらを購入しようかで大いに悩まされました。
 最終的に、Zen Padは発売仕立てであるのとやはりそのスペックの高さからAmazonはおろかほかの店舗でも品切れとなっているケースが多く、確実に購入できるかやや微妙な状況であると共に、タブレットPCなんてそんな高くないのだから来年でも再来年でも買い換える可能性が高いことを考慮して初志貫徹でMemo Padにすることを決めました。

 こうしてタブレットPCが決まった一方で、もう一つどれを買うかで悩んだものは腕時計です。先に申しておくとこういう腕時計などの装飾品に対して私はほとんどこだわりがなく、頑丈でなおかつ自転車乗りまわす際に邪魔にならなければどれでもいいという風に考えています。そんな考えなもんだから今つけている奴は3月に日本へ帰った際にヨーカドーで1500円で売っていたのを買ったものですが、時計としての機能に不満はないもののやはり値段が安いだけあってケースの金色した装飾がもう禿げ始め、またベルトが汗を吸ったせいかやけに臭く、どうせベルトを交換しても1000円はするんだからこの際新しいのを買おうと決めました。

 それでどんな時計を買おうかいろいろ見たのですが、私は男性にしてはやけに骨が細く、手首に至っては下手すりゃ女性と同等かそれより細いくらいです。なお余談ですがウエストも激細でズボンを買う際は、「一番細いのを(^o^)丿」と言って持ってこられたのをいつも買います。その一方で血管はやたらごんぶっとくて、注射をする際に看護師さんからはいっつも、「刺しやすい(^^)」と褒められます。

 話は戻りますが、とにもかくにも手首が細いのでケースは幅、厚さともに小さければ小さいほどいい、というか分厚かったりすると手首を曲げた際に手の甲に当たるため実質はめられません。なので小さい文字盤を中心に、色々と因縁のあるシチズン製を弾き、中国でのメンテ事情を考えソーラー電池使用もはぶいた結果、下記の二つの腕時計に絞りました。

Dalas 腕時計 WAA452
CHRISTIAN KENTH 腕時計

 結論から言えば上のダラスの時計を選んだのですが、下のクリスチャンケンスのどちらにするか最後の最後まで悩みました。本音を言えばクリスチャンケンスの方を選びたい気持ちが強いのですが、写真を見ればわかりますがダラスはシンプルな大人の腕時計に対し、クリスチャンケンスのは文字盤がピンクっぽいオレンジで、つけていたらかなり目立つことでしょう。
 目立つこと自体は悪くないし自分のガチなソウルカラーのオレンジってことで心が動いたのですが、この時計だとさすがに目立ち過ぎるというか、必要以上に自己主張してしまうのではと目立ち好きの私ですら懸念を催し、「時計はあくまで機能性重視の装飾品だ」と自分に言い聞かせて、一旦はクリスチャンケンスでカゴに入れましたがこれを取消し、ダラスの時計を選び直しました。二つ買っても別にいいけど、時計ってたくさんあってもそんなにしょっちゅう付け替えたりしないしなぁ。

2015年9月22日火曜日

機能不全な日本の労働法

 以前にあれこれ相談を受けていた知人から、「面接を受けに入った会社があるのですが」と、スカイプのチャットにて就職相談を受けたことがありました。その求人の待遇は悪くなく、というより仕事内容に比してやけに良すぎるように覚える内容だったため、残業代や勤務時間などがしっかり管理されているのか確認した方が良いと私からアドバイスをしたところ、

「残業に関してはサブロクで何とかするそうです」

 という、答えが返ってきました。
 一見して奇妙さを覚えた私はこの知人に、「お前、サブロクの意味知ってんのか?」と聞き返したところ、そいつはあろうことかウィキペディアの記述をそのまんまコピペして私に返信してきたので、「これ、お前の言葉じゃねぇだろう。なんで素直に知らない言えないばかりか、自分が理解してもいない内容を説明の根拠に使うんだ」と、ちょっとキレ気味に問い詰めたことがありました。
 普段からそれほど温厚でもない私ですが、以前にもそいつは質問した内容に「知らない」と言わずどっかから引用した言葉をそのまま貼り付ける行為を繰り返していただけに、この時は猛烈に怒った上で二度とするなと最後に吐き捨てましたが、改善できるほどの人間じゃなかっただけに多分今も同じように「知らない」と素直に認めず、無駄にプライドだけ高いまんまでいる気がします。

 今日、どうしてまたこんな妙な私の激怒エピソードを引用したのかというと、リンクを結んでいる「笑う蜘蛛の糸」の潮風大使さんの記事に、上記の「サブロク」こと「三六協定」が出てきたのを読んだのがきっかけです。この三六協定とはそもそも何なのかというと、簡単に言えば労使間で労働条件を協議して自由に決めていいとする法律です。具体的には会社側と全従業員から一定の支持を得ている労働組合の間で合意が出来た場合、労働法で規定している最大残業時間や残業代の算定方法を無視し、自分たちで自由な規定を作ることができます。
 この三六協定は聞いてる限りだとほとんどの大手企業で実施されているとされ、昔に読んだ記事だとソニーとかでもこの協定によって月間の最大残業時間を超過してもよいことになってるそうです。まぁワタミにおいては「従業員は皆家族だから労働組合なんて必要ない」と言って、自由に法律ぶち破って労働条件を会社側が決めたりしてますが。

 三六協定について話を戻すと、労働組合にいたりそこで活動をしていた人間なら大抵知っていますが、そうじゃない人なら労働法を勉強していたか人事関連の仕事をしてないとまず知る機会はないでしょう。冷凍たこ焼き好きの友人は後者で、彼自身は間違いなく物知りな人間でありますが、その方面の仕事に関わらない限りは永遠に知らずに終わっていたと述懐するほどです。

 なのになんで私はこのサブロクを知ってるのかそれは置いといて、潮風大使さんの記事では過酷な勤務で有名な大手バス会社を例にとり、国はバス運転手の勤務に対してあれこれ規定を設けているものの、現行法では「二週間に一回の休日取得」が義務としてあるものの、「十三日連続勤務」は合法であって実際やっているところがあると指摘しています。これ以外にもあれこれ規定はあるもののどれも意味をなさない規定が労働法に多く、旅行バスで事故が起こるのも不思議なことではないとまとめられています。とりあえずW社のバスはもう乗らないことにしよう(゜-゜)

 この潮風大使さんの指摘には私も深く同感しており、そもそも日本の労働法はそもそも存在する意味があるのかといつも疑問に感じております。先程の三六協定をひとつ取っても「合意があれば法律を無視していい」というジャーマンな投げっぷりですし、またそれ以外の規定も年金の取り立てはやたら細かくかつしつこい癖に、不法就労や違法な労働条件の摘発は本当にやってるのかと思うくらい何もせず、はっきり言えば労働関連の省庁にいる人間はお前らみんな給料泥棒だと罵りたい思いすらあります。
 私が必死で取り上げた派遣会社のマージン率公開規定も、何も罰則がないためかネット上で正直に公開している企業の方がレアなため正直者がバカを見ている現状です。この状況に注意喚起はおろか、派遣労働者の方々にこういう規定があるということの広報すらしない辺り、厚生労働省も本音ではあまり公開されないでほしいと願っているのかもしれません。

 この記事で言いたいことを一言にまとめると、日本の労働法は規定がいい加減である上に執行が徹底されていないことから実質的に機能不全な状態にあると断言します。ブラック企業の横行は言うに及ばず、新卒就職者から大量の離職者が出るという異常な状況について何にも対策せず、法律を守らない人間が一方的に得する状態が続いていることが当たり前とする、異常であることが正常に感じる事態にまでもう至っているでしょう。
 どうしてこうなったのかといえば一番悪いのは厚生労働省で間違いなしですが、もう一つ挙げるとすれば労働について真剣に議論して考える政党がないということも大きいように思えます。社民党などは正社員にとっては味方ですが現在多数派となりつつある非正規雇用の人たちからすれば確実に敵と言える存在ですし、またほかの政党も全体経済を優先するあまり労働生活の向上などは二の次にしか考えてないように見えます。

 まぁこの辺、本気で議論したらまた長くなるのでそろそろ締めますが、自分も大学時代から現在に至るまでよくもまぁこんなに長く労働問題に関わるもんだなとそろそろ呆れます。まぁそれだけ、いい恩師に会って影響を受けたということなのですが。

2015年9月21日月曜日

日本のクリーンディーゼル政策について

独VW、米排気ガス検査での不正認める-制裁金は2.1兆円超か(ブルームバーグ)

 最近ちょっと気になったニュースが上の記事なのですが、もう読んでいる人には早いですがドイツのVWが新車として売り出すディーゼルエンジン車の排ガス試験の際、実際に販売にする車両より極端に排気ガスが出ない車を米国の検査に出し、そのまま空気清浄化能力を過大に偽りながら販売し続けたことがばれたそうです。実際の販売車両の排気ガスの量は基準の10~40倍に達するそうで、VWさんもまたまたやるわねぇなんて何故か女言葉で皮肉を言いたくなるニュースでした。
 ただ米当局はこの事態を重く見ており、実際排気ガスの基準を大きく上回る車がカタログスペックを偽って大量に販売されていたわけなのですから、環境に悪影響を与えたとして2兆円を超す罰金をVWに課すとのことです。VW自身も事実を認めているようですが、私がこのニュースを見て改めて思った内容として、クリーンディーゼルにおいてはマツダがもう世界トップなんじゃないのかという考えでした。

 ディーゼルエンジン車は石原慎太郎氏が都知事時代に黒い煤を振りまくパフォーマンスをしてから日本では環境の敵として長らく否定的な目で見続けられましたが、その間欧州では技術革新が進み、ハイブリッド車以上に環境にいい車だとして登録車両の約半数を占めるほどの人気を得るに至りました。その一方で日本ではハイブリッド車が主役となって普及し続けましたが、この流れに一石を投じたのがマツダで、誇張抜きで非常に画期的で環境への影響も小さい自社開発のクリーンディーゼルエンジンを搭載したCX-5を発売し、日本でクリーンディーゼル車市場を本当に1社単独で作り上げるに至りました。
 一応、東京都が以前に出したクリーンディーゼル車の基準に対して三菱と日産がそれぞれ1台ずつ合格となる車両を作りましたが正直言ってスペシャリティカー的な車両で、価格も高かったことから普及するどころかほとんど話題にも上らずに埋もれていってしまいました。それに対しマツダのCX-5はその年のカーオブザイヤーをゲットしただけでなく一定の人気を得て、その後に続いたアテンザやCX-3などにも同じクリーンディーゼルエンジンを積んで着実にこの方面の市場を拡大し続けています。

クリーンディーゼル、補助半減=環境車支援、16年度から圧縮―経産省(時事通信)

 マツダがディーゼルエンジン車市場で無双を続ける中、突然出てきたのが上記のニュースでした。見出しそのままの内容ですが、クリーンディーゼル車がそこそこ普及もしてきたうえに価格も落ち着いてきたので補助金を見直すと政府が発表したわけですが、政府の言い分も全く分からないわけではないものの、折角市場として盛り上がってきているのからもう少し応援してあげた方が良いのではという気がしてなりません。
 特に同じ環境対応車であるハイブリッド車に対しては長年、大量の補助金が配られています。もちろんトヨタのハイブリッド技術はそれだけ応援されるほど価値がある素晴らしいものであると私も認めますが、トヨタは円安であろうが円高であろうが下請けにたゆまぬコストダウンを要求し続けた甲斐あって営業利益が2兆円を超すほど体力のある企業で、応援するとしたらやっぱり後を追ってて企業体力のないマツダの方が理に適っているように思えます。

 さらにこうした考えに拍車をかけたのが最初のニュースです。これまでクリーンディーゼルエンジンの技術といったらVWが世界一と言われておりましたが、このニュースを見ているとというかこんな不正をする辺り、案外それほど大した技術でもなかったりするのではという疑念がもたげます。となると世界一はどこか、いろいろ話を聞く限りだと真面目にマツダのような気がして、この不正事件をてこに猛プッシュをかければこのディーゼルエンジン車市場でマツダのシェアを一気に増やせるチャンスではないかという期待がもたげてきたわけです。
 最後に結論をまとめると、国の言い分ももっともだと思うものの、状況は明らかに変わりつつあるので出来ることならマツダを応援してやってほしいというのが私個人の意見です。そんなにマツダは好きな会社というわけではないですが、今この時代にあって応援する価値があるとしたら私はこの会社を自動車企業の中で挙げます。

  おまけ
 環境対応車としては先日トヨタが発売した燃料電池車(FCV)のミライもありますが、燃料電池車はやっぱりコストがどうしても大きくなる傾向があり、将来的に年間で何十万台も生産・販売できるかとなると正直疑問で、結局は環境にはいいスペシャリティカーで終わってしまうのかという気がします。敢えて例えるなら極端に切れ味のいい刀一本と、そこそこの切れ味の刀千本のどっちを選ぶかのような価値観で環境対応車というものは考える必要があるでしょう。

2015年9月19日土曜日

塩爺の逝去

 今日は今朝から西口選手や森本選手など一時代を築いたプロ野球選手の引退報道が次々と出たかと思えば胃癌を発症したと報じられていたフリーアナウンサーの黒木奈々氏が32際の若さで逝去するなど、聞いてて物悲しくなるニュースが驚くほど連続で出てきましたが、最後に出てきたこのニュースが一番驚かされました。

「塩爺」塩川正十郎氏死去 小泉内閣で財務相 93歳(産経新聞)

 上記リンク先の記事にある通り、元代議士で閣僚経験もあった塩川正十郎氏が本日逝去されたそうです。塩川氏とくると見出しにも書かれている通りに小泉内閣で当時としても高齢であったにもかかわらず財務大臣に就任し、好々爺然とした答弁と閣内最年長という立場から当時の小泉政権にあって記事にも書かれている通りに後見役のような仕事を行っておりました。実際の経済政策に関しては経済産業大臣(当時)の竹中平蔵氏が切り盛りして塩川氏は立案や運営にはほとんど関わっていなかったと言われておりましたが、記者への答弁やコメントはコテコテの関西弁で答えるなどユーモアに溢れ、小泉内閣初期の政権維持においては重要な役割を果たしていたと私は考えております。

 ただ塩爺の活躍というのであれば、政治家であった頃よりも政治家を引退した後、テレビなどのコメンテーターとして活動していた頃の方が華々しかったというような気もします。テレビ番組でも現職時代と変わらぬなにをか恐れんと言わんばかりの発言ばかりで、テレビコードに引っかかる「この顔は気違いのもんですな」などきわどい言葉を連発していたほか、長い政治家経験に裏打ちされた確かな知識も披露されてて私も関西にいた頃はテレビを見ていてよく楽しまされました。

 大体00年代中盤はこの塩爺のように、政治評論家であった三宅久幸やハマコーなど政治に対して「ご意見番」的な人物が数多くのテレビ番組に出演して聞いててこちらも唸らされるような意見をよく聞かせてくれましたが、日本にいなくてテレビ番組も全く見てないでいうのもなんですが、このところはそういったご意見番がいないというか、コメンテーターの質がちょっと落ちてるのではと思う節があります。それだけ彼らが抜きんでたと言えばそれまでですが、ハマコーに至っては殺しても死なないような人物だっただけに逝去から何年も経った今でもまだどっか生きてるような気すらする辺り、強烈なキャラクターだったなと思い起こします。

 今回、塩爺が逝去されたことでまた一人立派なコメンテーターがいなくなることとなるわけですが、単純に言って寂しさを感じると共にどうして次の人材が出てこないんだという不可思議さも覚えます。もうこの辺りのポジションの人間となると堺屋太一氏くらいしか浮かんできませんが、もっと若い世代で聞いてて参考になるような政治コメンテーター、コラムニストよ出てこいとこの場を使って一応主張しておきます。

 最後となりますが、塩川氏に対し改めてご冥福をお祈りします。

2015年9月18日金曜日

減りゆくアメリカの仇敵

 昨夜、私の冷凍たこ焼き好きの友人がキューバへ発ちました。何も亡命しに行ったわけでなくタダの旅行ですが、米国との国交回復が噂されているだけに今のうちに行っておきたいと思って計画したそうです。

 キューバといえばチャベス大統領時代のベネズエラと共にアメリカの裏庭にありながら米国と対立していた代表的な国で、世界史にも記録されるケネディ政権時のキューバ危機を代表に米国の仇敵として長らくその存在を維持してきました。しかし近年は、米国の経済封鎖による影響もありますが、国内経済が一向に好転しないことと社会主義政策の行き詰まりから米国との対話にも応じるようになり、特に穏健的な外交を展開してきたオバマ政権が成立して以降はその動きが加速して現時点でも先ほど述べたように国交回復が近いのではと噂されるほどです。
 ちなみに国交回復が展望された影響でプロ野球選手のグリエル兄弟はベイスターズに来なくなったとされ、日本にも案外余波が来てたりします。

 このキューバと共に長年米国の仇敵として存在した国を挙げるとすれば、イランの名前は間違いなく外せないでしょう。二次大戦以降のイランの歴史はまさに米国の暗部の歴史のようなものですが、そうした背景から米国、イラン共に互いを激しく罵り合ってアフマディネジャド政権時に至っては文字通り一触即発の関係にもなりました。ただ現職のロウハニ大統領になってからは大統領本人が外交政策で穏健派であることから米国との関係も急速に改善していったことによってイランへの経済制裁は近く解除される方針となっております。

 キューバとイラン、この米国の仇敵二ヶ国が米国との関係で大幅な改善をしつつあることを考えると現在の世界情勢は米国にとって有利な方向に進んできているように見えます。一体何故このような情勢となったのかという理由については先ほども述べた通りに穏健外交、というより対外派兵に消極的な民主党オバマ大政権が前任の共和党ブッシュ政権時と比べて対話の方に力を入れたことが何よりも大きいかと思われます。仮にこのままキューバとイランとの関係改善が進むようであればイデオロギー上の主要な対立国は消え去ることとなり、恐らくオバマ政権もそれを望んでいるでしょう。

 ではこのまま世界は平和になっていくのかというと、そうは言いきれないのが現状です。何故なら現在のオバマ政権は海外派兵に対して消極的であると書きましたが、この影響を受けて米軍が撤退し始めたイランでは反政権派が盛り返し、ご存知の通りISISも跋扈する事態となっております。また同じ中東ではシリアでの内戦が一向に終わる気配を見せず、ようやく日本でも報じられるようになりましたが東欧を中心に難民が大量に発生しており国際社会への大きな課題となっております。
 米軍が派兵されればこうした紛争はなくなるかといえばそうでもありませんが、かといってこのまま放っておいてもシリアの内戦が終わりを見せるのかというとそれもまた疑問です。一度は政府軍と反政府軍で和解の仲介が行われましたが物別れに終わり、しかも最近は反政府軍の一部がISISに乗っ取られてシリア政府軍、果てには一部の中東諸国が一緒になってISISへ空爆を行うなど混迷を深めております。

 ただこのような混乱極まる中東情勢は、こと米国の世界戦略にとってはかえってプラスかもしれません。というのも米国が敵視するイスラム原理主義組織のアルカイダはISISと対立しており、米国から見たらシリア政府軍を含め敵同士が争い合ってくれているようにみているかもしれません。もしそのような視点であれば米国は介入などせずむしろ対立を煽ろうとする、なんて戦略ではと個人的に推測を立てています。

 ここで次に考えるポイントとしては、オバマ政権以降の米国の戦略です。次の大統領が誰になるのか、そもそも民主党が勝つのか共和党が勝つのかまだまだ分からない情勢ですが、歴史的には民主党が消極外交、共和党が積極外交を繰り返すことが多く、案外次の大統領になったらまたあちこちの紛争に介入し始めるんじゃないかなという妙な期待を持っています。
 なおこの民主党、共和党のサイクルを考えるにつけちょっと頭に引っかかるのが民主党のビル・クリントン政権です。この時代はまさに米国の絶頂期でしたが民主党の政権らしく紛争介入などには全く以って消極的で、先日私がこのブログで取り上げたルワンダでの虐殺が起こった時も上がってくる現地からの報告を無視するかのようにほとんど相手にせず、結局虐殺が続くのを黙視することとなりました。その結果どうなったかというとルワンダで大量の難民が発生したわけですが、これが今のシリア難民と被って見えるところがあります。まぁアメリカさんなんでもかんでもどうにかしてくれって言うのもよくないんですがね、日本政府に期待するのは大本から間違ってるし。

2015年9月17日木曜日

軽減税率の還付案について

 今国会内では安保関連法案の採決で一番盛り上がっておりますが、曲がりなりにも選挙で決まった議席で採決しようとしているのだから籠城などの戦術で採決を遅らせようとするのはちょっとナンセンスかなと思え、安保法案については納得できない面も少なくないもののこのまま可決されるのもまた仕方ないと考えております。むしろ野党の様にわけのわからない行動を取るくらいならこの法案の不足している点や問題点を見つけ出して、修正なりを求めていく方が建設的でしょう。
 なわけで安保関連についてはもうこれ以上語りたくないものあり今日は先日少し話題になって急にしぼんでしまった、大不評だった軽減税率の還付案について書いてみます。結論から言うと小一時間ほど「お前、頭おかしーんじゃねぇの?」って問い詰めたくなる内容でした。

 この軽減税率の還付案について詳細を知りたい方はニュース記事などを読んでもらいたいのですが私の方から簡単に説明すると、消費税率を2017年度に10%へ引き上げるのに合わせ、食料品など生活必需品の購入に関しては消費者の負担を下げるべく現在の税率を据え置く軽減税率を導入しようと以前から議論されていました。しかし食料品だけ消費税を増税後の10%ではなくたとえば現行の8%に据え置こうものなら処理はどうするのか、普通に考えたってスーパーのレジで大混乱が起こりそうな気配がプンプンです。そこで財務省が先日提示してきた案とは、一旦消費税10%を支払った後で差引き2%分を還付するという案でした。
 この還付方式自体は問題なく、他国でも税金還付の方式として採用しております。しかし問題なのはその還付する手段で、これから日本国民に発行する予定のマイナンバーを使い、その情報を含んだマイカードを使って認証するというやり方を財務省は提示してきました。しかも還付額は一人当たりの年間上限が4000円とされ、発表するや否や各方面から激しい批判が出てきました。

 この還付手段のどこが問題なのかというとたくさんありすぎて説明する方も大変なのですが、まず最初に言えるのは認証に使うマイナンバーがまだ発行されてないことはおろか利用実績もな意ということです。普及も何もそもそもまだ存在していないツールを頼りに政策を運用しようだなんていくら何でも突飛過ぎる話で、また本当にマイナンバーを使う場合、すべての小売店にカードを認証する装置を導入する必要が出てきますがその費用はどこから、誰が負担するのか。さらには認証に当たって不具合は起きないのか、個人情報の塊であるマイナンバーから情報は流出しないのか、もうどこから突っ込めばいいのかわからなくなるほど現実を無視した絵空事としか思えない構想だったでしょう。

 こうしたマイナンバー関連のみならず、還付額が年間上限でたったの4000円だったということも大きく批判されました。批判する声の中には、たったの4000円しか還付されないのであれば面倒な手続きをやりたくないとか、還付金の上限を越えるほど食品を買っても一切還元されない、この制度を維持するのにシステム面などでどれくらいのコストがかかるのかなど、至極もっともな意見が取り交わされておりました。実際私であっても、年に一回4000円返してもらうために役所に通うのなんて馬鹿馬鹿敷く思います。

 結局、こうした世論、そして与党内部からも批判が続出したことから財務省はこの還付案について一旦はひっこめると発表しました。しかし財務省の魂胆としては、余所でも言われている通りにこの還付案と抱き合わせでマイナンバー、そしてそれに付随するマイカードを普及させて天下り団体を作ることにあると思われ、多分まだあきらめてはいないと思います。逆に言えば、この制度自体があらゆる点において無駄であることを知っておきながら強引に推し進めようとしていたのが実態でしょう。
 ただそれにしたっていくらなんでもこの制度設計は杜撰の一言に尽き、もっとまともな案を出せなかったのか、政府も出す前に「これはやばい」と止めるだけの正常な判断力を麻生財務相を筆頭に持っていなかったのかと、はっきり言えば神経を疑います。麻生財務相に至ってはこの制度の何がおかしいと言わんばかりでしたが、まぁ期待するだけなぁ……。

 最後に少しだけ真面目な話すると、こんな杜撰な内容で政策が出てくること自体が日本の行政の能力低下を表しているのではないかと本気で心配になってきます。手っ取り早いのはこの制度を立案した人間を即刻更迭することですが、そうはならないのが官僚の世界なんでしょうか。

2015年9月16日水曜日

千葉のマッドドッグ~紀州犬射殺事件

 最初は記事にするつもりなんてさらさらなかったけど、例の松戸市の紀州犬の話題がやたらと長く報じられているのと、マッドシティこと松戸の話題なので取り上げます。

 ニュース概要を簡単に説明すると、千葉県松戸市の路上で人に噛みついている大型の犬がいたことから警察は飼い主の了解を得て射殺しました。その際に警察は拳銃を13発も撃っており、いくら何でも犬に対してこれほど発砲する必要があったのか、流れ弾が人に当たったりしたらどうなっていたのかなどと批判が集まった上、そもそも犬を射殺する必要があったのかなどという声もあって大きな話題となっております。
 射殺されたのは体長1メートル超の紀州犬だったそうですが、今回の事件以前からもこの犬に噛みつかれるといった被害が出ていた一方、一部報道によるとやや劣悪な環境で飼われていたともされ、何発もの銃弾で射殺されたことといい同情論も少なくありません。

 まず射殺の是非について個人的な意見を述べると、やっぱりやりすぎだったのではないかと私は思います。さすがにライオンや豹など確実に人間を殺害してきたり(松島トモ子)するような猛獣であれば射殺もやむを得ませんが、大型犬とはいえ軍用犬みたいに訓練されているわけではなかったようですし、暴れて人間の指とか耳をもぎ取るほどの脅威かといえばそこまではいかないでしょう。しかもそれほど脅威のない動物に対して住宅街で流れ弾の恐れがある発砲を13発も撃つだなんてちょっと大袈裟だと思え、飼い主を含めた複数人で取り押さえるとか周囲に逃げ出さないようにするだけでもよかったのではないかという気がします。現場にいなかったのでやや無責任な言い方な気もしますが、夜中にパンパン発砲する方が危ないように思えますし。
 千葉県警は今回の発砲は適切だったと話していますが、折角だからメディアはほかの都道府県の警察とか警察OBに意見を聞くべきでしょう。

 あとこの事件をより大きく注目させている要素として、この事件が起きたのが私も連載記事で紹介しているマッドシティこと松戸市である点も見逃せません。ネットの声を見ていると「これだからマッドシティは」、「なんでここ全国で報じられるような事件が多発してるんだよ」などともはやすっかり「危険な都市、松戸」と認識されている模様です。

 私自身は一連のマッドシティ記事でも書いているように日本の潜伏拠点がたまたま松戸にありますがそこまで愛着があるかといったらそれほどでもなく、ただ幼少時より関わりのある街だからやけに昔の名残とかそういうのは確かによく覚えている方です。一応フォローを入れておくと普段住んでてそれほどバイオレンスな雰囲気を感じる街ではなく、私個人の感覚で申せばインドのニューデリーや京都府京田辺市に比べれば怖くもなんともない平穏この上なき所です。もっとも友人に言わせれば、「君自身が危険人物だからそう思うんだろ」って言われそうですが。

 最後にマッドシティでの犬絡みの思い出を一つ語ると、確か去年の四月頃に夜中自転車で走ってたらどっかの家の犬が庭先から私に向かって吠えてきたのですが、ちょうどその時めちゃくちゃイライラしていたので、「うるせぇっ!」って町内中に響き渡るくらいでかい声で犬に怒鳴り返したことがあります。犬自体は吠えるのをやめませんでしたが私の前を自転車で走ってたおっさんがやけにビビッてて、すぐ次の曲がり角を急ぐようにして曲がって去っていったのですが、その後私がしばらく走った先にある信号で待っていたらそのおじさんと再び合流してしまい、おっさんはなんかそわそわした感じで私の方を向こうともしませんでした。
 こういうことをしでかす辺り、犬より危険というか鬱陶しいな自分って思えてきます。

監視カメラと治安

JR連続不審火 42歳男を威力業務妨害容疑で逮捕 品川変電所被害に関与 一連の不審火との関連捜査(産経新聞)

 このところ話題になっていたJR線への放火事件についてどうやら容疑者が捕まったようです。交通インフラへの放火事件とあって内心けしからんと思っていただけに、まだ確定ではないものの容疑者が捕まってよかったと心の底から思います。
 ただそれにしてもこんな事件でも容疑者を捕まえられるとは、警察の捜査もなかなか捨てたものではありません。犯行はどれも夜中に行われていたようで、しかも犯人は変装をしていたとのことですが、周辺の監視カメラなどの情報を元にこうやって特定するところまできたそうです。

 ここで話は中国に変わりますが、会社の同僚によると何でも北京での強盗や殺人といった事件の検挙率は99%超に及ぶそうです。こうした重大犯罪を犯した場合はよっぽどのことがない限りは検挙されるそうですが、これほどの高い検挙率の裏にあるのは先ほど出てきた監視カメラの存在が大きいようで、実際中国の大都市で歩きながら観察していると確かに監視カメラがあちこちについているなという気がします。
 何気に上海人である友人の父親は監視カメラを作る会社で働いていたそうなのですが、どうも話を聞いていると国有企業だったそうで、このことを前の会社の同僚に話したら、「中国は監視社会なだけあって監視カメラも国が自分達で作るんだね」と指摘され、妙に納得したことがありました。

 ただ中国が監視社会であることは置いておいても、こと治安に関しては監視カメラが多い方が良いに決まっています。日本では私の見る限りだとまだ監視カメラに抵抗を持っている人が多く、曰くプライベートが覗かれそうだとか見られたくないところを見られるとかありますが、私に言わせれば「見られて恥ずかしいようなことをする方が悪い」ように思え、こうした声は参考に値するのかというと疑問です。
 さすがにトイレの中とか銭湯の脱衣所にまで仕掛けたりするのはやりすぎだと思いますが、人通りの少ない通りや、ひったくりなどの軽犯罪が多発している現場などには今よりももっと多く置いた方が示威効果も期待できるだけに価値がある気がします。あと極端な話、電車の車内にも置くことで痴漢犯罪、痴漢冤罪、暴力行為なども抑止できたりするのではとも思えます。

 最後に、監視社会についてもう少し述べておくと、見られること自体は何の束縛でもありません。真の束縛とは発言を許さない言論統制のような行為で、何かの発言を門に処罰されたり拘束されたりすることがあって初めて監視社会だというような気がします。その点で言えば日本は天皇に関する危険な発言以外は何でも許されるだけに、別に監視カメラを置いたとしてもそれほど問題ではない気がします。
 逆に中国はですが、この前リアルに取引先の中国人に、「中国にはもちろんありますが、でも日本にも多少は言論統制ってあるでしょ?」って言われ、やっぱこっちの人は言論統制があること自体が自然なんだなと再認識させられました。

2015年9月13日日曜日

ルワンダ虐殺の歴史伝承

 このブログでも解説記事を多く載せているのでわかるでしょうが、私は相当な歴史好きです。この傾向は小学生時代から始まっており、この手のタイプとしてご多分に漏れず自分も歴史に名を残したいという野心は少なからずあり、このブログも将来誰かに資料として読まれることを前提として書いている記事もあったりします。とはいえ現時点ではとても歴史に名を残すようなことはおろか重大な歴史事件にも関わることもない平穏平生な人生を歩んでいるのですが、唯一といっていいものか微妙ですが、世界史に刻まれたある事件に対してほんの一瞬、ちょっとだけですが触れたような感覚を持つことがありました。

 それがあったのは私が北京に留学していた頃で、当時週に一度行われる会話の授業にてアフリカ出身のクラスメートと一緒になりました。最初は、「あ、黒人だ」っていうくらいで別に意識することもなく、また授業中でもそんなにから見なくて一回だけ、「日本語にも中国語の発音法則の四声ってあるの?」と聞かれたくらいしか関わりがなかったのですが、授業中のふとした会話から彼がルワンダ出身だということがわかりました。その際に授業の講師は、「ルワンダというと、あのフツ族とツチ族の内戦があった場所だね」とだけ話し、それ以上はどちらも深く会話せずにまたいつも通りに授業へ戻りました。ただこの瞬間、あの虐殺の現場にいたかもしれない人と自分は今同じ場所にいるんだと、私一人で強い意識を持ちました。無論、当人に詳細を確かめるようなことはできませんでしたが。

ルワンダ虐殺(Wikipedia)

 ルワンダというのは中部アフリカにある国の事で、他のアフリカ諸国同様にかつてはドイツ、次いでベルギーの植民地でした。この地にも元々住んでいた民族がいたのですが、植民に来た白人は彼らのうち遊牧を主としていた人たちをツチ族、農耕を主としている人たちをフツ族と分け、恐らくは支配を合理化するために片方のツチ族を優遇するといった政策を取りました。
 なおこの民族を分ける境界線はほとんどあってない物で、両社ともに言語や文化を共通しており、見かけには多少の違いがあると言われるものの互いにIDで確認する以外はどちらに属するか判断できないくらいに差はなく、民族系統的にはほぼ同じ民族だと言っても過言ではないでしょう。しかし白人による政策での扱いの違いから多数派のフツ族はツチ族に対して根深い反感を持つようになり、独立を果たした後もその感情はずっと積もっておりました。

 そうした中で起きたのが、1994年のルワンダ虐殺です。詳細は上記リンク先のウィキペディアに詳しく解説されておりますが、フツ族を中心とした政府、民間団体が結託して入念な準備が成された上で、当時の大統領が暗殺されたことをきっかけにルワンダ全土で一斉に引き起こされました。
 この虐殺は文字通り民族浄化を目的としたもので、怨みがあるからとか戦略があるからなどという理由はなく、ただツチ族であるという一点でもって住人が大量に殺害されました。その犠牲者は当時のルワンダ人口の10~20%に当たる50万から100万人と言われ、老若男女の区別なく多くの人間が近隣の住民らの手によって殺されました。

 この虐殺の計画自体は決行前から噂されており、国連平和維持軍の指揮官などは危険な状態にあるとして増援の派遣も要請しておりますが、これらに対して国連を始めとした国際社会はほとんど無視し続け、フランスに至っては虐殺を実行した政府軍を陰で支援していたとすら言われております。そして虐殺が開始されその実態が伝えられた後も国際社会は何の反応も示さず、隣国にいたツチ族の反政府軍が政府軍を打破して紛争が終るまでずっと続けられるのを放っておかれました。

 仮にこういった虐殺が先進国内で起こっていたら、言うまでもないでしょうが国際社会は軍隊を派遣するなどして虐殺を止めるか住民を保護するようにと動くでしょう。しかしこの事件を取り扱った「ホテルルワンダ」という映画にて虐殺現場を撮影したカメラマンがルワンダ人の主人公に対し、「この映像が世界に放映されたとしても、きっと先進国の人間は『怖いね』とだけ言ってまたいつもの夕食に戻るだけだ」と、悔しげに話すシーンがありますが、私自身この言葉を否定することができません。

 このルワンダの虐殺は時代的には非常に新しい事件であるものの、この事件について覚えている人間は現時点でもかなり少なくなってきているように思え、また事件以降に生まれた世代に至っては事件そのものを全く知らないという人も多いのではないかと思います。私自身もそこそこ年齢を積むまで文化大革命からクメールルージュについて全く知識がなかったですが、それでも小学生の時代でもナチスのユダヤ人虐殺を知っていたということを考えると、リアリスティックな意見を言えば人一人の命の重さには明確な差があると言わざるを得ません。
 ただでさえ話題に上がることも少ないので伝わる量にも限界があることは百も承知ですが、知られないよりはやはり知っておくべき事件だと思え、ちょうど欧州でシリア難民が問題となっている時期でもあるだけにここでひとつ紹介しようと思い立ちました。

2015年9月12日土曜日

騒音('A`)

 この前の水曜と木曜日は上海で開かれていた展示会に参加してきたのですが、その際にひと騒動がありました。この展示会は二日間に渡って開かれるものなので一日目にわざわざ昆山に帰るのもあれだし上海市内でホテルを予約して泊まったわけなのですが、このホテルでトラブルがあったわけです。

 泊まったホテルは中国でも最大手のビジネスホテルチェーンである「MOTEL168」系列の「莫泰168(上海虹井路店)」でした。このホテルには去年開かれた同じ展示会の際にも泊まったホテルだったのですが、決していいホテルというわけではないものの展示会シーズンで他が空いてなかったこともあり、ビジネスホテルチェーンだから最低限は保証されているだろうと思って二年連続でこのホテルに泊まることとなりました。
 まず最初に遭ったトラブルはWIFIがホテル内に飛んでない、っていうかネットワークを調べる限りだと明らかに飛んでますがパスワードを聞いたら、「ない」と否定されたためネットが使えませんでした。まぁこの程度なら中国においてフランクな対応だと軽く流せますが、問題となったのは見出しに掲げた騒音でした。

 このホテル、ショッピングモールの6階と7階に位置しているのですが、恐らく同じモール内にカラオケボックスがあるのか宛がわれた部屋に入ったらかなり大きなサウンドで誰かが歌っている声が壁から聞こえてきました。中国ではどうも防音材を壁に入れるようなことはせず、それどころか中心部は空洞になっているのか隣室の音以上に別の階の音が極端に響くことが多く、宛がわれた部屋もその影響でカラオケでの騒音がダイレクトに響いていました。ちなみに特定の時間帯に日本語の唄も聞こえてきたので、「ファッキンジャップ」などと軽く呟いてもいました。

 この時点でもかなり不愉快でしたがどうせ夜遅くになれば店も閉まって寝ることはできるだろうとパワプロをやり続けて自分が4番打者として君臨するヤクルトスワローズでV6を達成(シーズンオフに西武へ移籍)した後、十二時ごろに布団へ入りました。最初は穏やかに睡眠がとれていたのですが夜中二時ごろ、突然またカラオケの音が聞こえてきて、寝ていたところをほぼ強制的に起こされる羽目となりました。
 この時聞こえた音量は大体、テレビを普通な感じで映している時に聞こえてくるくらいの音量で、マイクで謳っている声はおろか合いの声まではっきりと聞き取れるくらいで、寝ようたってかなり難しいくらいの音量でした。さすがに頭にきてフロントに言うと、「もう部屋空いてないから明日取り替えてやる」と回答され、「俺、明日にはチェックアウトするんだが」と言い返すと「じゃあ我慢して。多分2時半には終わるから」といつも通りのチャイナ式対応されて電話を切りました。

 確かにカラオケは2時半には終わってまた静かにはなったものの、一旦寝付いたところを起こされたのでしばらくは再び寝付くことが出来ませんでした。そもそもこの日は展示会の出店準備のため早朝5時半に起きるなどただでさえ睡眠不足だったのに、二日連続で満足な睡眠がとれないまま翌日の展示会二日目に臨む羽目となり、何度も口の中でファッキンファッキンと悪態をつき続けることとなりました。そもそもカラオケ屋の音が反響する部屋を客に宛がうなんて何考えてるんだと言いたいところですが中国ではこれが日常ということもあり、チェックアウトの際にフロントデスクを思い切り蹴飛ばして、「俺が日本人だからあんな部屋宛がったのか」と一言文句を言おうかとすら思いましたが、行っても意味ないと思ってここは踏みとどまりました。

 それにしてもこのところ断水にガス漏れに騒音にと、やたら運勢のない事案が続きます。来月日本に一時帰国するので軽いお祓いなりラッキーアイテムなりを仕入れてこようかとちょっと本気で検討しています。

 なお参加した展示会についても少し触れると、開場時間が終わって撤収準備に取り掛かった際、配られたり勝手にブースへ置いてかれたりしたパンフレットの類を整理していると何故か日本にいる後輩が務めている会社のパンフレットが二冊も入ってて、ちょいいらっとしながら二冊ともごみ箱に捨ててから帰りました。帰り途中には上海三越に入っている「かつくら」というとんかつ屋のとんかつ食べていったので気分はよかったです。

2015年9月11日金曜日

人民解放軍の30万人削減発言について

 先週中国では抗日戦争勝利70周年記念として北京で軍事パレードを行いました。この日は中国では祝日となり私も会社のスケジュール表に「抗日戦争勝利記念日( ゚Д゚)<ヤスミ!」と書いておきましたが、日本ではどう報じられていたのか、私の上司は「あんま今日は外で歩かない方がいいんじゃね?( ゚Д゚)」と治安を気にしてましたが、別にどってことないからといって日本食屋に連れ出しました。
 私が書くまでもないですがその連休中は日本人は中国人に白い目で見られるとか悪口言われるとかそういう体験は一切なく、ただの普通の休日でした。さっきにも書いた通り日本ではどう報じられていたのか知りませんが、未だに二次大戦での怨みがどうこうといって日本人に因縁つける中国人などいようものならほかの中国人は「古い価値観のおかしい奴だね」と鼻で笑う事でしょう。尖閣諸島問題は現代の領土問題ということもあって中国人も日本を強く敵視しますが、二次大戦を引っ張り出して日本がどうこう言うことに対しては中国人にとってもおかしな行動の映っていると私には感じます。まぁどこの国とは言わないが。

 話は軍事パレードに移りますが、パッと私が日本の報道を見ている限りだと装備品とか兵隊の練度とかにはあまり言及されず、実際軍事マニアらにとってもあまり面白味のないパレードだったのではないかと推察しています。同じパレードでもインドではとても面白そうですが中国にはこの手のユーモアがないのか演出家もいなかったのか、パレードの中身自体にはそれほど触れられていません。ただパレード中の習近平総書記の発言は、私もちょっと注目しました。その発言というのも、人民解放軍の兵力を現在の状態から30万人削減するという内容です。

 中国軍に当たる人民解放軍の兵力は陸海空合わせて現在約230万にいるとされ、この兵数は人口大国なだけあって間違いなく世界でも最大でしょう。そもそも兵力が100万人を超える国なんてほとんどなく、この数字が突出したものであるかについては他の世界の軍事比較サイトなどを閲覧ください。たださっきそれで検索かけてみたけど、なんかサイトによって数字がえらく上下するから注意深く見る必要がありそう、多分予備役とかの区別をしてないところもあるんだろうな。

 そんな突出した兵力を持つ中国が今度30万人を減らすということで一見するとこれは大規模な軍縮に見えますが、話はそうは簡単なもんじゃないというのが私の見方です。というのも現代の軍隊は兵力が大きければ大きいほど有利というわけではなく、実際にはどれだけ優秀な兵器を多数保有しているかの方が軍事パワー的には影響度が大きいです。そしてその兵器を生産・開発・保有するに当たっては予算が物を言い、30万人の削減によって浮いた人件費を中国が兵器に傾けるとしたら確実に現在よりその脅威度は増すと断言できます。
 そもそも、中国政府はかねてから解放軍の人員削減を目指してきた節がありました。かつて鄧小平の時代にも100万人を削減したことがありましたが、中国での軍隊は社会保障的な意味合いが強く、職にあぶれた荒くれ者を雇用して社会を維持するという観点でもってこれまで約230万人という兵数が維持されてきましたが、これだけの兵力を抱えるとなると人件費も馬鹿にならなくて経済投資や軍備拡充を図るに当たって中国政府は本音としてはもっと早く削減に手をかけたかったとかねてから噂されていました。

 それだけに今回のポイントとしては、「何故このタイミングなのか」に尽きるでしょう。何故このタイミングで習近平総書記は兵数削減に手をかけたのか、それもわざわざ軍事力を誇示する軍事パレードという晴れの舞台中にどうして発表したのかということが実は一番気になりました。結論をここで述べると恐らく軍部への根回しはなく不意打ち的に削減を発表したのではと思う節があり、今後ますます習政権と軍部の間で火花が起きるのではという懸念があります。

 何故このように考えるのかというと習政権はこれまでに軍部との対決姿勢を強く示してきたからです。前任の胡錦濤政権は政府内の汚職対策として要人を逮捕することもありましたが、軍部の人間に対してはとうとう誰一人として手を付けることがありませんでした。しかし習政権は発足してから軍部の超大物を逮捕したのを皮切りに次々と軍部内の人間を汚職でひっ捕らえ、中国の市民からも大喝采を受けて評価されております。
 無論、こうした内部の逮捕者続出に軍部はいい気持ちをするわけがありません。以前に尖閣諸島沖で日本の戦闘機に対して中国の戦闘機が照準レーザーを当てていた事件は明らかに中国政府は把握しておらず、軍部が政府への当て付けとばかりに勝手な行動をしたのではと思う節がありました。今度の30万人削減も軍内部からすればポストが少なくなって昇進の可能性が減るだけでなく影響力も落ちることから、削減を歓迎するようなのといったら主計部くらいなもんでしょう。

 この辺は本当に勝手な推察ですが、習近平総書記はただでさえ対立中の軍部に対してどうせ反対されて手間かかるだけだから根回しなんかせず、世論をバックに不意打ち的に兵数削減を打ち出し、さらに世界中のメディアに報道させて一気に削減計画を既定事実化させて軍部を追い込もうとしたのではないかと私には思えます。少なくとも中国市民は明らかに習政権側を支持しており、逆に人民解放軍に対しては強い嫌悪感を持っているだけに今回の削減発言も歓迎する声が多いです。
 ただ計画通りに削減が粛々と実行されるかについてはまだ断言できません。軍部側もあれこれ抵抗するでしょうし、下手すりゃ以前同様に南か東の国境線近くで騒動起こして政権にプレッシャーをかけてくるかもしれませんし、削減が実行されたとしてもその瞬間には30万人の失業者が生まれるというこことで何かしらも社会不安も起こる可能性があります。

 その上で日本としてはどうあるべきが望ましいのか。単純にパワーバランス的にはこのまま役にも立たない兵士を中国が抱え込んでいてくれる方が良いように見えますが、この削減が実現したら中国でも文民側がイニシアチブを高めることになるのでもしかしたら緊張が少しは改善するかもしれません。まぁこの辺はどっちに転ぶかわからないし、黙ってみるだけしかないでしょうが。
 最後に実現性について述べると、多少の紆余曲折はあるかもしれませんが今後10年内には達成するんじゃないかと私は思ってます。理由は先ほども述べた通りに習政権への国内の支持度が高いことと、ほぼすべての中国人は解放軍が嫌いだからです。実際、外国人より自国民に銃口を向けることが多いような軍隊だし、普段偉そうにしていることもあり、また汚職の度合いも半端じゃないという三拍子がそろっているので、こういってはなんですが同情する中国人なんていないでしょう。

2015年9月9日水曜日

少年ジャンプの年度別打ち切り本数

 このところネット上で、「少年ジャンプで新連載がまた打ち切り」、「ジャンプ終わった」などという文言を多数見かけます。以前ならともかく現在の私は週刊少年ジャンプを見ていないので今どのような状況なのかリアルタイムな情報は得られていないものの、少年漫画雑誌の王者である少年ジャンプがこのところ往時の勢いを失いつつあるという意見がどうやら少なからず出ているようです。
 正直に言って「日本はもう終わった」、「中国バブル終わった」みたいに投げるような言い方は好きではなく、終わったと抜かすんだったらちゃんとしたデータ持って来いよといつもイライラさせられるのですが、この少年ジャンプに関しても果たしてそのような印象論で言われているのか、それとも本当に人気というか勢いが落ちてきているのかが気になりました。この辺を誰かがはっきりさせる必要があるのではないかと思え、こうなったら本部以蔵ばりに「俺が守護る(まもる)しかねぇ」というような妙な使命感を感じたことから今日はちょこっとデータをこしらえて、少年ジャンプの現況を分析してみました。

<調査概要>
 少年ジャンプの「勢い」というものを比較するため、調査指標として年度別の「打ち切り本数」をカウントすることにしました。「テコ入れと打ち切りはジャンプの華」と言われるほど少年ジャンプでは人気の出ない漫画を容赦なく連載打ち切りにすることで有名ですが、これを逆手にとれば「打ち切り本数が多い=人気作が生まれてこない」という図式が成り立つのではないかと考えたからです。実際、ジャンプでは早ければ連載開始後2~3ヶ月でバンバン打ち切ってきますが、人気が出た作品に関しては連載期間も伸びて雑誌、単行本の売上げに貢献していくこととなるため、漫画雑誌としての勢いを測る指標として十分考慮できると思われます。
 なお雑誌発行部数も人気や勢いを測る上で重要な指標ではあるものの、少子化による購買層の人口変化や長期連載作品の影響などを排除することが出来ず、期間別の勢いを測る上では不適当と考え今回こちらは用いないこととしました。

<調査期間>
2000年から2015年

<調査指標>
1、新規連載開始本数
2、半年以内(25週)に打ち切られた連載本数
3、半年~1年以内(50週)に打ち切られた連載本数
※半年=25週、1年=50週という期間設定は統計をわかりやすくするためこういう設定にした

<調査データ>
連載
開始年
新連載
開始本数
打ち切り本数
備考
半年以内
1年以内
合計
打ち切り率
2000年 12 7 1 8 66.7%  
2001年 11 8 0 8 72.7%  
2002年 10 6 2 8 80.0%  
2003年 11 9 1 10 90.9% 武装錬金だけが1年以上持ちこたえた
2004年 11 4 2 6 54.5% DEATH NOTE、銀魂、D.Gray-man、家庭教師ヒットマンREBORN!が開始。当たり年
2005年 8 4 0 4 50.0%  
2006年 10 5 0 5 50.0% To LOVEるが連載開始
2007年 10 5 2 7 70.0% HAND'S -ハンズ-、神力契約者M&Y、重機人間ユンボルの3本が10週で打ち切り
2008年 13 7 1 8 61.5% トリコ、バクマン、ぬらりひょんの孫が開始。チャゲチャが史上最短の打ち切りに(8週)
2009年 14 8 2 10 71.4% 調査期間中、新連載本数が最も多い年
2010年 8 6 1 7 87.5% 調査期間中、新連載本数が最も少ない年(8本)。ただこの年の作品はほぼ全滅
2011年 10 5 3 8 80.0%  
2012年 12 3 5 8 66.7% 調査期間中、1年以内の打ち切り本数が唯一、半年以内の本数を上回った年
2013年 10 7 0 7 70.0% ハイキュー!!、斉木楠雄のΨ難、暗殺教室、食戟のソーマが連載開始
2014年 13 9 2 11 84.6% 調査期間中、最も打ち切り本数が多い年
2015年 10 5 0 5 50.0% 調査時点での統計。打ち切り本数はこれよりほぼ確実に増える見込み
平均
10.81 6.13 1.38 7.50 69.16%
\(゜ロ\)(/ロ゜)/

注1:連載開始1年以内に他誌へ移籍、短期集中連載、月1の企画連載作品はカウントせず
注2:打ち切り作品の本数はその作品が連載を開始した年にカウントしている。そのためたとえば2014年に打ち切られたとしても、その作品が2013年に連載を開始した物であれば2013年のカントとする

<データ補足>
 エクセルで作った図表を無理やりブログフォーマットに落としたのでやや見辛い表になったのが携帯叩き割りたいくらいに不満ですが、ひとまず内容は見れると思うのでこれで良しとします。

 さて今回私は連載打ち切りの基準として、半年以内、または一年以内に連載が終了した作品をカウントしました。一年以上続いた作品に関してはたとえ最終的に打ち切られたとしても一時的に読者の人気を勝ち取り、雑誌に貢献したと考えるためです。またカウントに当たってはなるべく調査目的の実態に近づけるため、注にも書いておりますが他誌への移籍作品や短期集中連載作品は除外してあります。他誌への移籍作品は連載を開始してすぐに移籍した「スティールボールラン」などは除外対象となるものの、「D.Gray-man」の様に少年ジャンプ本誌で人気を得ながら1年以上連載し続けてから移籍したものは通常通りのカウント対象としています。

<全体の傾向>
 そういうわけで早速見ていきますが、全体の打ち切り率が69.16%ということから、少年ジャンプでは新規の作品が1年以上連載を続ける可能性は30%強、つまり10本中3本しかないという計算になるわけで、やはり非常に厳しい競争原理が敷かれていると言えるでしょう。そして新規連載本数の平均は10.81本ということで、大体毎年10本強の作品が連載を開始しているってことになります。

<2004年の当たり年>
 それでは上から順に年度別のデータを見ていきますが、まず注目に値するのは2003年と2004年です。2003年は11本中10本が打ち切られるという超不作な年となりましたが、翌年の2004年は逆に「デスノート」を筆頭としてメガヒットといえるような人気作が一気に連載を開始しています。人気作が一挙に生まれ連載陣が安定したからか2004年~2006年の打ち切り率はどれも50%台という非常に低い数値で推移しており、この結果から2004年はこの15年間でジャンプにとって最大の当たり年であったと考えられます。

<2007年がターニングポイント>
 ただそんなプチ黄金期というか打ち切り率が低い水準でいたのも2006年までで、2007年からは打ち切り率が再び上昇傾向を見せます。特に2007年は備考欄にも書いてある通り、しょっぱなから「HAND'S -ハンズ-」、「神力契約者M&Y」、「重機人間ユンボル」の3本が2004年以来となるわずか10週での打ち切りを受けており、打ち切りまでの期間がそれ以前と比べ明らかに短縮されています。単純に作品の人気が出なかったのか、編集部の方針変更によるものなのかまではわかりませんが、翌2008年には「チャゲチャ」という作品が史上最速(現時点においても)の8週打ち切りになっていることから、やはり編集部で方針が変わったという方が可能性として大きいような気がします。

<2010年の全滅>
 2008年はそこそこヒット作が出た一方で新規連載作品が13本と急に増え、翌2009年も14本であったことから2年合わせて27本という新連載ラッシュとなっています。そして2010年ですが、なんとこの年は前2年と打って変わって新規連載本数が8本と急減した一方、このうち7本が打ち切り、しかもそのうち6本は半年以内で終わるという2003年を髣髴させるような超不作年になりました。しかもこの年に連載を開始して1年以上連載を続けられた「エニグマ」という作品は1年ちょっと経ったところで連載が打ち切られており、実質的にはこの年に限っては何一つ人気を安定させることが出来ず全滅だったという評価になります。

<連載期間が延びた2012年>
 全滅だった2010年に続いて2011年も打ち切り率が80%という高い数値となった影響からか、2012年ではちょっと妙な数字になりました。これも備考欄に書いていますが、通常なら半年以内で打ち切られる本数が圧倒的に多いのに対し、この年だけ半年から1年以内に打ち切られる本数が唯一上回った年となっております。
 勝手な推察ですが不作の年があまりにも続いたためか、恐らく編集部内で「すぐには切らずに半年は様子を見よう」という方針になったのではないかと思えます。もっともこの年にもそれほどヒット作は生まれておらず、翌2013年には打ち切り作品はすべて半年以内に切られるというハイペースに戻っていることから編集部が再考して方針を元に戻したのかもしれません。

<依然と高い打ち切り率>
 直近といえる2013年、2014年も相変わらず平均を上回る打ち切り率となっており、特に2014年においては新規連載本数が13本と多い一方で打ち切り本数が11本と調査期間中最多で、バンバン連載が開始されつつバンバン打ち切られる年だったと言えるでしょう。恐らく少年ジャンプを毎週購読している読者からしたら新連載が始まっては片っ端からすぐ切られていくように見えるでしょうから、冒頭の様に「ジャンプも終わったな」なんていう印象を覚えたのかもしれません。確かに1年ちょいで11本も連載が切られていれば先行きを不安視するのも無理ないでしょう。

<総評>
 2015年もすでに4分の3が過ぎておりますが、今年の新規連載本数は既に10本を数えており、残り3ヶ月で恐らくまだ増えることから2014年に引き続きハイペースな打ち切りラッシュがまだ続いていることになります。最初にも書いたように新規連載と打ち切りが多いということは安定した人気が得られる新作が出てきていないということと同義で、漫画雑誌の勢いという面では明らかに衰えていると言え、そういう意味では「終わった」とまでは言えないものの、一時期(2004年~2006年頃)に比べれは確かに今の少年ジャンプは勢いをなくしつつあると言えるのではないかと思えます。

 このほか今回の統計取ってて思ったこととしては、やはり当たり年というかヒット作というのはある年に集中して出てくる傾向があるような気がします。最も顕著だったのは2004年ですが、2008年もその後にテレビアニメ化にこぎつける作品が数本出ており、直近では2013年の作品が現在の連載陣で勢いがあるように感じます。
 それともう一つ、連載の打ち切り期間ですが、やはり一度ヒット作を出した漫画家に関しては完全な新人に比べてやや長い猶予期間を持たされる傾向がありました。具体的には藤崎竜氏、鈴木央氏、つの丸氏などの打ち切り作品はリアルタイムで私も読んでいましたが、明らかに第一話から「やばいなこれ」って思うくらいつまらない新作を出してきましたが、どれも半年以上は連載期間が持たされていました。

2015年9月7日月曜日

オスとメスはどっちが先?

 最近政治ブログだということが忘れ去られ始めているので橋下大阪市長が唱えた首相公選制についてでも書こうかなと思いましたが、自分のブログで検索かけたら既に過去に言いたいこと全部書いておりました。それにしても昔ながら、ええこと書いとるやんけ自分もと読んでてほくそ笑みました。
 そんなわけだから今日は身近な疑問というかまた自転車漕いでる最中にふと気になった、オスとメスはどっちが先に生まれたのかについて勝手な考察を書いていきます。

 言うまでもないことですが、人間を含めたほぼすべての生物は個体によって雌雄が別れており、両性が同時に存在しなければ繁殖は行えません。私が感じた疑問というのは、そもそもオスとメスは生物進化の過程で別れたのだろうけど、別れる前はどちらの性別だったのか、オリジナルはどっちなのかという事でした。
 そもそも何故オスとメスが別れたのかというと、私個人の意見ですが多様性を持たせて種として発展せしめるためでしょう。基本的に遺伝子というのは多様性を含んでいる方が圧倒的に有利で優秀な子孫を残しやすい傾向があり、現代世界においても異なる人種間で生まれたハーフは容姿、体力面で純血種より勝っている傾向があると言われています(ex、ダルビッシュ選手や室伏氏、孫悟飯)。もっともそのかわりにハーフは寿命が短いとも言われるので、この辺は一長一短かもしれません。ってか今思いついたが、日本人の平均寿命が長いのって人種間交流が島国故に極端に少ないだけだからかも。

 話は戻りますが、アメーバなどの原子生物は雌雄同体とされてオスとメスの区別がありません。これだと繁殖の手間は少ないですが多様性も持てず、また種としての発展が起こらなかった故に原子生物のままであるので、やはりある段階で遺伝子がさらなる発展を目指してオスとメスに分かれたのだと私は考えます。
 ではそのオスとメスの別れようとする瞬間はどっちの性別だったのか。Yahoo知恵袋のこれとかあれを見ていると別れた瞬間にオスとメス誕生したのだからどちらが先っていう話はないという人がベストアンサーを得ていますが、結論から述べると私の意見は異なり、やっぱりメスが先だったのではと考えています。

 何故メスが先に誕生したという説を取るのかというといくつか理由があり、一つは雌雄同体の生物自体を繁殖能力を有するメスと捉えられるからと考えたためです。やや生物学的な話から離れますが神話でもそのような世界誕生説、より細かく言えば地母神から世界や生物がすべて生まれたという説は少なくなく、例を挙げるとギリシャ神話のガイアなどで、こうした神話も女性に起源を発するということ暗に示しているのかもしれません。
 もう一つの理由は名前は失念してしまったのですがある魚の話で、なんでも水槽の中にメスだけ数匹放り込んで観察していると、その中の一匹が徐々にメタモルフォーゼしてオスになり、他のメスと繁殖活動を行う魚がいるそうです。この時オスになる魚というのは水槽の中で一番体が大きく、行ってしまえば男性ホルモンが多そうな魚がなりやすいそうなのですが、詳しい原理は置いといてメスからオスに変化するというこの過程を考えると性別が分化する以前の生物というのはやっぱりメスがベースだったのではという気がします。なお、この魚はオスだけ水槽に放り込んでいても逆の変化は起こんないそうです。

 最後の理由は至極真面目な意見で、「ミトコンドリアEVE」の存在です。知っている人には早いですが動物細胞中に唯一存在する別種遺伝子のミトコンドリアは完全母系遺伝する生物で、昔ある学者がいろんな人間のミトコンドリアのDNAを調べて人類の先祖を探り当てようとした結果、最終的にアフリカにいる一人の女性に突き当たったことから、この人物を「ミトコンドリアEVE」と言いました。
 母系遺伝するからといってメスが先だとは完全には言いきれないものの、このミトコンドリアEVEの存在はやはり気になります。このEVEからオスとメスに派生して分化していったのではとも考えられますし、このEVEからさっきの魚みたいに男性ホルモンと女性ホルモンの突発的な分泌が起こって分化したのかもしれません。

 一応、キリスト教の聖書では男性のアダムの肋骨から女性のイブが生まれたとされ、男性がオリジナルだという説を唱えております。なおどうでもいいですが、イブが生まれる前までアダムの肋骨は今より多かったと考えると腹の中に割とびっしり埋まっててお腹の可動幅が極端に小さかったのではと想像しています。
 話は戻りますが聖書ではこういうものの、私はやっぱり分化前の生物は女性的な性質を強く持っていたのではないかと思え、オスとメスのどっちが先かとなるとやっぱりメスが先だと言えるような気がします。現実社会では男性優位でさっきの聖書のエピソードも男が先という説を取っておりますが、こと生物学的にはそうとも限らないんじゃないかと思うのと、さっきの男性ホルモンと女性ホルモンの分泌の謎とか解ければ子供の産み分けとか性転換ももっと容易にできたりするんじゃないかといつもながらくだらないこと考えてるわけです。

2015年9月5日土曜日

日本一の正直者

 先日、歴史上で有名な左遷された人たちをまとめた記事を書きましたが、菅原道真と並んで左遷された事実が堂々と歴史の教科書に載せられているくらい著名な人物を入れるのを忘れておりました。その人物というのも、奈良時代から平安時代にかけて活躍した和気清麻呂です。

和気清麻呂(Wikipedia)

 和気清麻呂について知っている人には早いですが、彼は733年の生まれで奈良時代末期の官僚です。彼が33歳だった769年、当時は女性天皇の称徳天皇の時代でしたが称徳天皇は僧であった弓削道鏡を寵愛して、現在の大分県にある宇佐八幡宮で「道鏡に天皇を継がすべし」という神託が下りたという報告を受けるや喜んでその通り実行しようとするほどの入れ込み振りでした。
 しかし周囲の廷臣たちからは道鏡への継承に反対する声や神託を疑問視する声も多く、これを受けて称徳天皇ももう一度神託を確認することを条件に妥協し、側近の女官であった和気広虫を宇佐八幡宮に派遣しようとします。しかし女性の和気広虫では体力的にも厳しい旅であったため、広虫は代わりに弟の清麻呂を推薦したためこの任は清麻呂が負うこととなりました。

 その後は歴史の教科書に書かれている通り清麻呂の報告は、「天皇家は皇室のみ継承すべしで道鏡はアウト」というものだったため、称徳天皇の期待通りに道鏡が継承するという夢は果たされませんでした。ただこの報告を受けて称徳天皇自身はやはり納得がいかなかったのか、清麻呂を鹿児島県に左遷した挙句に「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」という侮蔑的な名前に無理やり改名させます。なおこのときお姉ちゃんの広虫もとばっちりを受けて、「別部広虫売(わけべのひろむしめ)」という名前にこちらも改名させられた上に広島県へ左遷されています。

 恐らく、当時の人物においても称徳天皇に逆らえばタダではすまないと誰もがわかっていたことでしょう。実際、宇佐八幡宮の神官は清麻呂が再度の神託を求めた際に禍を恐れてか当初は拒否し、再三の確認要請を受けて渋々引き受けたということだったそうで、称徳天皇の意に敵わない報告をしたら必ず痛い目に見ることは清麻呂にも見えていたことでしょう。
 ちなみに無理矢理この宇佐八幡宮神託事件を現代風に翻案するなら、先代の一人娘である女社長が自分のお気に入りのホストを次期社長に指名しようとしたところ、「株主総会を経ずに社長を継承させては駄目です!」と会議で正直に抗議して阻止したものの、この時の怨みで鹿児島県に左遷されるという感じになると思います。だからなんだと言われたら困りますが。

 話は戻りますが、正直に報告したら必ずしっぺ返しを食らうとわかっていながら正直に報告し、結果的に皇室の継承を守ったということからも和気清麻呂は相当な正直者、言い換えると硬骨漢であったことが伺えます。なお清麻呂は称徳天皇の逝去後は中央政界に戻り、平安京への遷都を進言するなど実力派官僚としても名を残しました。

 よく世の中では正直者がバカを見るなどと言われて実際に自分も「君は正直すぎるからいい目を見ない」と指摘されるのですが、それでも正直であることは美徳であり、評価するものは評価してくれると自分は信じております。この和気清麻呂のエピソードもそうした正直者が報われるという話であり、歴史に残る正直者エピソードなだけに、日本はもっと「清麻呂のように正直者になりなさい」と全国のお母さんが子供に言って聞かせるくらい有名なエピソードに仕立て上げた方が良いと思え、彼を「日本一の正直者」と讃えるのも手じゃないかなと覚えました。少なくとも、現役官僚の皆さんにはもっと彼を見習ってほしいものです。

森元総理の責任は

 なんか知らないけど急に「メタルギアソリッド3」にはまっちゃって今日は一日中是ばかりやっていました。あと会社用のパソコンをWindows10にアップグレードしたりもしましたが、ちょっと使ってみた感じだとやっぱり7が一番です。

 さて先日には私も揉めに揉めて世界に恥晒した五輪ロゴの撤回問題を取り上げましたが、この件で一部メディアでも指摘がされていましたが森元総理の責任は問われないのかと少し思うところがあります。森元総理は五輪組織委員会の会長に現在任じられていますが、ただのお飾りならともかく、このロゴ問題といい新国立競技場の問題でも余計な発言をして問題を無駄に大きくしているように見えるところがあるからです。
 新国立競技場の問題に関しては明らかに最後までデザイン見直しに抵抗していた素振りが見え、その理由というのもラグビーのワールドカップに競技場の完成を無理やり間に合わせて使おうという魂胆だったからと指摘されていますが、私もその通りであったと見ております。またデザイン見直し後もこれといった指導力を発揮しておらず、空調をつけるか否かなど見直し案の骨組みにおいても安倍首相が一々指示しており、これらは森元総理が本来やるべき仕事ではと密かに見ておりました。

 そして今回のロゴ問題。こちらに関してはあまり森元総理は発言しているようには見えませんでしたが、もし盗作が指摘されてすぐ、具体的にはサントリーの「オールフリー(よりによってこの飲料の名前が笑える)」のキャンペーンで佐野氏の事務所が盗作していたことが分かった時点ですぐ見直しを決定していれば、まだ結末は違ったのではと思うところがあります。どちらにしろ本来なら有り得ない混乱がこの五輪の準備期間において立て続けに起こっているだけに、責任ある立場の人間が指導力を発揮しなければならない状態であるように思います。

 しかし森元総理に指導力を期待するのは狸に皮算用させるようなものですし、ましてや麻生元総理に並ぶほどの失言大王が今後も余計なことをしでかしやしないかと思うと、この際だから今までの問題の責任とって退任してもらった方が日本のためのような気がします。後任には誰がいいかとなるとパッとは出てきませんが、同じ総理経験者であれば福田元総理なら裏方に徹してきちんと物事まとめてくれるんじゃないでしょうか。

 どちらにしろ、この問題を見ていてつくづく思うことは日本人ってのは本当に無責任な奴ら、というより組織が多いんだなと呆れてきます。前にも書きましたが一般の日本人の行動原理は「責任から逃れようとする」所にあるように見え、しっかり責任取ろうっていう人間がいなさすぎるのが現在の低迷を招いているような気もしてくるわけです。

2015年9月3日木曜日

わしはサンタじゃ


 現在アニメが放送中で私も全巻を買い揃えている「監獄学園」という漫画ですが、なんか最新号で凄いことになっていると聞いて検索した結果、出てきたのが上記の画像でした。このたった一コマでも笑いが込み上がてくる辺りやっぱりすごい漫画というか、ギャグ漫画なのにここまで書き込みがしっかりしているという作品は過去なかったのではとも思います。それにしても、ダサい格好というのを本当に上手く表現しているなぁ。

 話は本題というかまた漫画の話ですが、私と同じ年代の人間であれば「アウターゾーン」というジャンプで連載していた漫画を覚えているのではないかと思います。この漫画は毎週一話完結形式のオムニバス漫画(下記ながら思うが「オムニバス」ってどういう意味なんだろ)で、超能力や宇宙人など「奇妙」がまつわるテーマで毎回ストーリーが組まれていました。形式としてはドラマの「世にも奇妙な物語」や「Xファイル」に近い物でしたが、どの話もストーリー構成が秀逸で、現在においても私話作りをする上では最も参考に値する作品だと最大級の評価をしております。

 そんなアウターゾーンの連載が始まった序盤に、「わしはサンタじゃ」というサブタイトルの話があったのを記憶しております。この話はどんな話かというと、親に勝手にロボットの人形を捨てられた少年が家を飛び出したところよぼよぼの爺さんと会うのですが、その爺さんは自分はよぼよぼだが実はサンタで、少年が欲しいおもちゃをなんでもあげるというのです。
 しかしサンタというにはよぼよぼで、しかも日本のボロアパートに住んでるので少年は俄かには信じられません。するとサンタはよぼよぼな理由を語りだし、そもそもサンタは子供の喜びがエネルギーになるのですがある年に新品のおもちゃを子供に配った所、その子供の親から、「どこからこんなものを盗んできたのだ」と子供が嫌疑をかけられてしまって、それ以降はプレゼントが配れなくなり力をなくしたのだと説明します。

 少年は疑いながらも今朝捨てられた人形を爺さんに求めたところ、まさに袋から人形を取り出そうとした瞬間に爺さんは心臓発作で倒れてしまい、病院に運ばれますが結局昇天してしまいます。やや腑に落ちない結果となった少年でしたが、病院の医者が爺さんが今際の際に少年へこれをと言って、まさに少年が持っていたロボットの人形を渡しました。一体どこからと思いつつも捨てられたと思った人形が戻ってきて少年は喜ぶのですが、まさにその瞬間、心臓が停止していた爺さんがベッドの上で復活します。というのも、プレゼントを得られて少年が喜んだことによってエネルギーが得られたからです。
 ただ蘇ったものの爺さんにはまだ全然パワーが足りません。そこで爺さんはふと気が付きます。自分はこれまで新しいものを子供たちにずっと送ってきたが、古いものを送ることでも喜ばれるのではと。そこに気が付いた爺さんは周囲の看護婦や医者、患者らに対して片っ端から古い物、彼らが子供だった頃に大切にしていたものを自分の袋から出しては配っていき、誰もが子供の頃に夢中になったものを再び得られて喜ぶことでどんどんとパワーを増やしていきます。

 その頃、少年は爺さんから送られたロボットを手に母親と一緒に病院を出ようとしていましたが、そこに声をかけたのは肥え太った白髭の老人で、「君のおかげて蘇ったよ」とサンタが話しかけてきました。突然現れたサンタの存在を母親は当初は否定しましたが、「あんたも昔はこういうものをかわいがった頃があっただろう」と、母親が子供の頃に大事にしていた人形を渡し、母親も子供の時の感情を思いだして少年へ勝手に人形を捨ててしまったことを謝ります。そんな親子の和解を見届けるとサンタは、「まだまだ配る相手はたくさんいる」と言って、トナカイのそりを呼び夜空へと消えていくというのがこの回のお話でした。

 ちょっとあらすじの説明が長かったですが、思い起こすにつけ非常に含蓄深い名作だったと改めて感じるお話でした。大人になって思い出してみると子供の頃とはまた違った感覚で読み取れるのですが、それにしてもサンタがボロアパート住まいっていう設定が今思うと斬新で、こんなの思いつくのって言ったら千手観音がボロアパート住まいという設定で漫画描いた人とアウターゾーンの作者くらいだろうという気がします。
 また、「新しい物」ではなく「古い物」を送って喜ばせるサンタというのも逆に新しいです。まぁ十年以上前の漫画を新しいと評価するのもなんですが、あまりにも懐古主義に走るのはどうかと思うものの、過去の素晴らしい記憶を呼び起こす品を送るという行為は現代においても一考に値する行為でしょう。

 なんでまたこんな古い漫画を今日になって取り上げようとしたのかというと、最近になってこのアウターゾーンの連載が別雑誌で始まっていたと聞いたからです。タイトルは「アウターゾーン リ:ビジテッド」といって、興味があったので先日単行本の1巻を電子書籍で購入して読みましたが相変らず見事なストーリー構成でした。
 その中にもサンタクロースの話があったので、一つ思い出話とばかりに今日のネタを書いてみた次第です。


そして、すべてが終わった時

 昨日、一昨日と断水とガス漏れがタイミングよく連続して起こったことを書きますが、ようやく今日になってどちらも対応が完了しました。断水に関しては朝9時きっかりに回復しましたが、ガス漏れについてはガス会社の人が来て確実に洩れていることを確認した上で、恐らく原因は温水器に繋がっているゴムホースだと言って、「あとは自分でどうにかして」と言って、去っていきました。ってか、ゴムホースの交換位期待したっていいような気がするんだけど。

 結局、大家が外からゴムホース買ってきて自分と二人でコネコネしながらどうにか繋げました。何気にゴムホースを通すスリーブが変に細くて曲がってたためなかなか通せず、最終的にハンガーをほどいて針金代わりにして無理矢理通しました。苦労した甲斐あって開栓後もガスの臭いはせず、メーターも動きがない当たり処置は成功した模様です。

 それにしても断水と同時にガス漏れが起きるなんて、我ながら運がないにもほどがある気がします。にしても二日間シャワー浴びれずトイレも流せずだったから、水のありがたみがよくわかりました。

2015年9月2日水曜日

ガス漏れ('A`)

 昨夜、自宅に帰ったら突然の断水が起こっておりかなり打ちひしがれました。
 明けて翌日、大家が水道局に確認したらやっぱり料金未納で断水にしていたそうなのですが、そもそも支払い通知も断水通知もなくやってくる辺り久々に中国らしさを体感しました。少なくともこれまで自分が住んできた中国の部屋ではきちんと水道代の支払い通知が来てたし、電気とガスに関しては今の部屋にも来てたってのになんだよここの水道局はと、日本だったら金属バット持って確実に乗り込みにいく水準です。

 ただ大家との関係はかなりいいので、はっきりとは言わなかったものの未納分は大家が負担してくれたようです。それはそれでありがたいのですが、開栓工事は明日になるとか言われ、今夜もまたシャワーも浴びれずトイレも流せない長い一夜を過ごす羽目となりました。ってか断水は速攻でやってきたのに何で開栓はのろいんだかなぁ。

 このように水道一つでも思うにままならないのですが、今日また別のトラブルが起きました。言うまでもないでしょうが見出しに掲げたガス漏れです。
 今朝起きて台所に行くとなんか鼻につく臭いがするので外から変な臭いが入ってきたのかと思いつつ出勤の準備をしていたところ、はっと我に返って「これってガス漏れじゃん」と気が付きました。なんで気づくのが遅れたのかというと日本と中国ではガスの臭いが異なっており、日本はいわゆる腐った玉ねぎの臭いをつけておりますが中国は焦げた玉ねぎのような臭いをしており、そのため最初一発ではわかりませんでした。ちなみにプロパンガスは元々は無味無臭で臭いは後付けです。

 ただその時はすぐ家を出なくてはならず、また本当に自分の部屋からガスが漏れているか確信がつかめなかったのでそのまま窓だけ開けて家を出ました。でもって帰ってきて水がやっぱり流れないことを確認した上で台所に立つと、やっぱり臭いが充満してました。
 急いで大家を呼ぶと、大家も臭いには気が付きガスのゴムホースに石鹸水をつけてリークがないか確認しましたが、リーク穴は確認できず、「ゴミの臭いじゃねぇの?」といって、また明日確認してと言って去ってしまいました。いやね、一応はガス会社呼ぼうよとは言いましたけど。

 その後、ガスの元栓を閉めた上でしばらく時間を置いたら臭いはなくなり、今度はガスの元栓を開き、コンロとつなぐホースの栓を締めて放っておいたら結構やばげな濃度になり、確実に洩れていることを確信しました。再度大家に、「頼むから早くガス会社呼んでくれ」といって了解を得ましたが、来るのは多分明日以降だろうな。

 それにしても断水に続きガス漏れとは、俺なんか悪いことしたっけと思うくらいにやたらトラブルが集中し過ぎている気がします。昨夜はパワプロで中日相手にサヨナラホームランかっ飛ばした後にすぐふて寝したので夜10時から就寝しましたが、なんか今日は「サバイバル」がテーマの「メタルギアソリッド3」で現実逃避したい気分です。念のため書いておきますが、決して話を作っているわけではなく、これらの事態はリアルに現在進行形で起こってる事態です。ってか、早いとこ御払いにでも行った方が良いのかな……。

2015年9月1日火曜日

断水('A`)

 今日夕方に自宅へ戻った所、部屋の中の水道という水道が断水しておりました。
 ぶっちゃけ今も絶賛断水継続中で、でもって水道管理しているところは大家によると就業時間過ぎてて電話通じないらしく、今夜一晩はこの状態が続くことが決定しております。

 朝家を出るときは問題なく水が出たのですが、今日の日付が9/1であるということを考えると何らかの理由で水道管理をしている部署に止められたと考えるのが筋でしょう。実際に私もこの部屋に入ってから一度も水道代を払ったことはないので思い当たる節が全くないわけではありませんが、そもそも水道代の支払い通知なんて一度も来たことがありません。電気とガスに関しては定期的に来るのでその度に真面目に支払ってきましたが、支払い通知もなく、予告もなく断水しかけてくる辺りはやっぱ中国だなと久々に思い知らされました。日本でやったら大事だぞこれ。

 一応、既に大家には話して先程部屋にも来てもらって状況を説明し、明日朝一で聞いてくれるそうなので多分明日には何とかなってるはずでしょう。ってか明後日から抗日戦争勝利70周年記念で三連休に入るから明日までにどうにかならないとマジヤバいってのがほんとのところですが。
 それにしても、こういう想定を大きく越えたところでトラブルが起きると本当に気が滅入ります。昔に比べれば私も随分と慣れたし、精神的には並の日本人に比べて相当タフである自信はありますが、やる気でないので今日は早くにふて寝してようと思います。

五輪ロゴの撤回を受けて

 既に報じられておりますが、かねてからパクリ疑惑のあった佐野研二郎氏による東京五輪のロゴデザインを撤回すると発表しました。詳細についてはほかのニュース記事に譲りますが、五輪組織委員会の言い分はデザインの展開例で佐野氏が流用したことを認めたためとしておりますが、実際は展開例にとどまるレベルでないのは明らかで、先日明らかになったように最初に提訴されたベルギーの美術館ロゴよりもヤン・チヒョルト展のロゴデザインがオリジナルだったということがばれたためようやく撤回に至ったのが真実な気がします。

 それにしてもよくもまぁこれだけの大舞台でこんなパクリデザインを通そうとしたものだとつくづく呆れます。佐野氏についてはサントリーのトートバッグに限らずほかにも多数のパクリ疑惑がありますが、この一件を見る限りそれらは疑惑ではなくもはや余罪であるとしか思えません。案外、弟子がやったと主張していたトートバッグのデザインも佐野氏自身の手によるものかもしれません。

 また今回の一件は発表当初から数々の疑惑が出ていたにもかかわらずそうした声を真摯に検討するどころか妙な庇い立てをし続けてきた五輪組織委員会にも強い疑問を覚えます。パクリデザインであったことは当初見抜けなかったことはまだ理解できるものの疑惑に対して真相を究明する姿勢は全く見せず、今日の会見も報じられている限りだとどこか他人事のような言い方をしているように思え、新国立競技場の問題といい本気で反省しているのかと疑りたくなります。

 実際のところ、五輪組織委員会はかなり早い段階でパクリデザインであることを知ってて佐野氏をかばっていたと思える節があります。というのも疑惑が持ちあがってきた際にデザイン原案の公開を当初は頑なに拒否していました。結局は世論の声に押されて公開することとなりましたが、結果そのデザイン原案が先ほど述べたヤン・チヒョルト展のロゴデザインと全く同じだったことから足がついており、原案を出すことがまずいと知っていた上で抵抗していたとしか私には見えません。
 あともう一つ付け加えると、当初ベルギーの美術館ロゴに酷似していると言われた際にやや強気で疑惑を否定していたのは、最初にも書いた通りにそれがパクリ元ではなかったからではないかという気がします。やはりパクリ元はヤン・チヒョルト展のロゴで、それが報じられてしまったために兜を脱いだのが今日だったのではと勝手ながら推察しています。

 最後に今回の一件でつくづく思うこととして、どうしてこんなくだらない人間がそこそこ名声を得て活動しているのかという日本の現状にため息が出ます。こんな厚顔な人間そうそういないぞという気がしますが、昨年は「キセキの世代」と言われるくらいに色々と凄い人たちが大勢出てきてしまった後であるだけに「しょせん社会なんてこんなもんか」とあきらめさせられてしまいます。
 ただ真面目な話、今回のロゴデザイン選考に関わった人間はもう今後この手の選考はやるべきではないと思います。素人目にも佐野氏のデザインはオリジナリティに欠けていたし、はっきり言えばダサいの一言に尽きるものでした。それをわざわざ選んだということは癒着、もしくは名声による色眼鏡が作用したとしか思えず、そうした疑惑を晴らすためにもこういう事にはもう関わらないでというのが一市民としての感想です。まぁそもそも自分が一市民かというとやや微妙ですが。