2016年12月31日土曜日

国家と自分

 年末だからと言って何をするわけでもなく一昨日は同僚との忘年会、昨夜は大学の先輩方らとゲーム大会のためブログを執筆せず、今日も普通に起きて洗濯して、バーガーキング行ったあとでコスタコーヒーに行ってケーキ食って帰ってきました。なお最近のマイブームになってることとして、ロードバイクを手放し運転しながらあれこれ考えるというのがあり、傍目には不気味に見えるだろうけどかなり集中して物を考えられるのでお勧めです。

 そんなわけで特に書くこともないのでどうでもいい心情を書くとしたらなんとなく浮かんできたのが自分と国家の関係性です。恐らく普通の人はそんな国家と自分の関係性なんて意識することはないでしょうが、自分の場合は少し特殊だったというか割と子供の頃から意識があり、確か中学校の作文か何かで「国家に教育を押し付けられている気がする」みたいな文章を書いて担任を慌てさせたこともありました。
 結論から言えば、自分が国家に何をしたか、国家が自分に何をしたかとなると確実に後者です。それ故に私は国のためには行動を取ることはできず、自然と人文主義者になっていったんだと思います。

 私的な意見ですが、日本の場合は国家が国民に尽くすというか国民の利便のために存在しており、国民が国家に何をするかという議論や考えはそれほど及ばないというか一般的だと思います。もちろんほかの国も大概ですが、昔の大統領みたく「国があなたに何をするかではなく、あなたが国に何をするかだ」のように、個人として国家を見つめるというか貢献を考えるということは日本では例外に収まるでしょう。それゆえに自分は今は国家とは距離を置くこととなったわけですが、先日後輩からは、「そんなんゆうても花園さんは今年金も税金も払ってないんだけら貢献もクソもないんちゃいます」と言われましたが、その際に、「そもそも、貢献する機会すら俺には与えられなかったよ」という返答が頭をよぎったものの口には出せませんでした。

 恐らく大半の人は私に対し、勝手に日本を出て行ったと指を指すことでしょう。しかし私本人に言わせれば、どうあがいても生きてくことが出来なかったため生存圏へ向かったらこうなったというのが本音で、恐らく今後も続くのではないかと思います。
 最近ゲームの「メタルギアソリッド」のセリフで「俺たちは国を捨てた」という主人公のセリフが非常によく気になり、たまにリアルで口に出します。セリフだけ見るとそうでもないでしょうが、何故主人公のスネークが国を捨てたのか、その背景にこそもっと目を向けるべきセリフだったと今は思います。

2016年12月28日水曜日

上海の大江戸温泉取材記事の裏側

パクリ疑惑の上海「大江戸温泉物語」に行ってみた(JBpress)

 知ってる人には早いですが例の上海にある大江戸温泉に行って、上の記事を書いてきました。記事は昨日にアップされましたがYahooのトップにも掲載されてコメントもえらいついていましたが、何気にYahooトップに記事が掲載されたのはこれが初めてです。もっと早くてもよかったと個人的には思いますが。
 今回の取材は依頼されたものではなく、自分の方から連載コラムを持っているJBpressの方に持ち込んだ原稿でした。というわけで今日は楽屋裏ネタというかこの取材の裏側に何があったのかを記録がてら書いていきます。

<何故取材に?>
 まず、件の大江戸温泉については日本で騒ぎになる前からその存在を知っていました。というのも友人の上海人が今度オープンするから一緒に行こうよと誘ってきていて、どうせまたいつもの冗談だろうと思って聞き流してたら日本の方でパクリ疑惑が出てニュースが大きくなり、なんや大きく取り上げられるようになったなぁと他人事のように見ていました。
 そしたらこの前の日曜の晩、その友人から「今度あの施設に行こうと思うから、花園君明日休みなら行って下見して来て。ついでに取材記事書いて報告して(^o^)」と無茶振りしてきやがって、まぁ確かに月曜はたまたま休みだし興味もないわけじゃないから、ほんならよっこいせとばかりに行く羽目となりました。

 ただこの時、内心ではチャンスかもとは思っていました。というのもこの件は連日報道されるなど大きく注目を集めながら、どのメディアも施設内に入った取材は一切行っておらず、日中双方の業者の発表を垂れ流すだけの浅い報道しかしてなかったからです。ついでに言うと、契約関連については中国側の主張は恐らく現地報道を一部翻訳してただけだと思います。
 それなので仮にいま現地レポート書いたら多分一手に独占出来るということと、割合こういう系統の体当たり系の記事は昔から得意でもあったのと、報道が日を追って高まってきている中だからインパクトがあるだろうとは踏んでました。っていうか今書いてて思うけど、何で他のメディアは入りに行って取材しなかったのだろうか。このところ散々周りの人間に、「最近の記者は本当に取材しない」と当り散らしている中だったこともあり、一つ手本を見せてやるという妙な気持ちもありました。

<書き上げるまで>
 そんなわけで雨が降る中、気候変動を受けて体調が悪い中にもかかわらず早朝から取材に赴いたわけです。昼過ぎまで取材してから自宅に戻り、すぐ熊本県庁に電話取材かけた後、日本の大江戸温泉物語にも電話をかけたら広報課の担当者が不在とあったので、折り返しましょうかと言われたものの、「国際電話やからわしから掛け直す」といって帰ってくる時間を確認し、その間にJBpress側にこの件で記事いるかと打診しました。
 JBpressの担当者は生憎打ち合わせ中だったのでメールを一本書いて送り、大江戸温泉物語へ電話をかけるまでの間も記事を書き、さっき確認した時間にもっかいかけ直して取材を終えるとまた記事書いて、大体取材込みで4時間くらい記事を書きあげました。JBpressからは返信メールで「是非に」とあったので、とりあえずありったけの内容を4800字くらいで書き上げた原稿をブン投げ、「修正等はすべて任すしこっちの再確認は不要だから明日にも出稿してくれ。タイミングがマジ命」と伝えました。結果的にはこの判断はドンピシャで、やはり昨日のあのタイミングにアップして大正解だったと思います。そういう意味でこんな急な提案に乗ってくれ、多分夜遅くまで作業させてしまったJBpress側にはほんと感謝しています。

<コメントを見て> 
 そうして朝出社してYahooのトップページ開いたら自分の記事載っててオイヨイヨとか腹の中でツッコみつつ、Yahoo記事に大量についていたコメントを見てました。ちなみにそのコメントは今日も見返しましたが、ちょっと過激というか個人の人格批判系のコメントは非表示というか削除されており、Yahooの中の人たちもこういう仕事してるんだなと妙に感心しながら眺めてました。

<中国人認定>
 コメントの中でまず目についたのはやはり私への批判というか妙な推定で、「中国を持ち上げやがって、こいつきっと中国人だろ!」とか勝手に中国人認定されました。中には「いや、在日の中国人だろう」とか言ってるのもいましたが、「よりによってこの俺に向かってよくそんなこと言えるな」と、昨日話した友人もこのようなコメントを見て私と同じことを思ったそうです。
 仮に私が中国人だとして、毎日ブログで誰に頼まれることなく意味不明なことを長文で書き続ける中国人がいたとしたら、私個人としては軽い恐怖感を覚えます。日本人ならこういうブログも続けられるだろうけど、外国人でありながら日本語でこんだけ書き続けていたら相当恐ろしい人間に間違いないでしょう。どうせこのブログは見てないだろうけど、私に対して中国人認定する判断はそらないよなぁとか思います。

<この記者は馬鹿か?>
 あと目についたというか多かったのは「この記者は馬鹿か?」と書いたコメントです。まぁ確かに単純な記憶力だけならまず他人に負けることはありませんが実際に物覚えは悪い方なので馬鹿だと言われても言い返せないのは事実ですが、コメント欄ではどっちかっていうと取材方法をあげつらって馬鹿と書かれてあり、その中にはいくつか「?」となるのが多くありました。

 まず気になったのは、「電話取材しかしてないで何を偉そうに。取材ならちゃんと熊本県庁と大江戸温泉物語の本社へ行けよ」というようなコメントで、企業不祥事とか社長インタビューなら確かに訪問はしますが、普通の企業取材は広報への電話取材です。もしかしたら私の知らない世界で企業取材のために毎回出先へ乗り込むメディアもあるのかもしれませんが、少なくとも私はそんなメディアは見たことがありません。
 その電話取材についても、「企業の窓口に電話して聞いてもちゃんと答えられるわけないだろ。広報にアポすら取れない記者なんだろ」というのもありましたが、なんで大江戸温泉物語の広報課に電話かけてるのにこういうこと言ってくるかなと不思議に思いました。っていうか総合代表窓口が取材に答えるはずなどなく、広報課・部以外は絶対に回答しないってのに。また私が広報課に取材していないという根拠をどこで見つけたんだろうかと、思うだけなら勝手だがよくそれを文字に残せるなとその勇気と無謀さには多少は感心しました。まぁそれ以上に、自分の本職は今は記者じゃなく普通のサラリーマンなんだけどね。

 このほか中国人認定の根拠として記事中に「日式ラーメン」という言葉を使ったことを挙げてる人がいましたが、あの箇所は施設内の食堂に中華系飲食店が一軒もなかったことを強調する必要がある中、ただ「ラーメン」と書いたらどっちゃねんと混同する恐れがあり、日本のラーメンということで中国現地で使われている「日式拉面(日式ラーメン)」と表現することとしました。最近中国で日本のラーメンが流行ってるという報道をよく見てその中でも使われているのでわかるだろうと思いましたが案外そうでもなく、使っただけで中国人認定食らうほど普及してないというのは完全に想定外でした。

 あともう一つ気になったので、「五右衛門風呂が珍しいって、こいつ日本のスーパー銭湯に入ったことないんじゃねぇのか?」という記述については、少なくとも松戸のラドン温泉には五右衛門風呂はなく、私個人としてはあれ初めて見ました。松戸潜伏中はいっちゃん近くのラドン温泉しか行ったことなかったから普通に知らんかったよ……。

<出稿時に削除された文言>
 このほか楽屋ネタとしては、記事を書いたものの出稿される前に恐らく4000字以下に落とすため削除された箇所があります。もちろん削除される前提で大目に書いたわけなので特段問題ありませんが、消された箇所に書いてあった内容の一つに、施設内にある漫画ルームに置かれてあった漫画の話がありました。
 そこは畳み敷きで本棚に中国語に翻訳された漫画本が置かれてあったのですが、作品は「ワンピース」や「ナルト」などジャンプコミックスが中心でした。それを見て個人的に、「To Loveる」はないのか探したものの見つからず、元の記事にも「『To Loveる』はなかった」と明記してました。

 それともう一つ削除された箇所として、銭湯内に置かれてあった資生堂製のシャンプー類については銘柄まで、アクエリアスとスーパーマイルドだったと細かく書いた上で、「ボディーソープのスーパーマイルドの方は洗い流した後の質感が非常によく、今度からこれ使おうと決意しました」という私個人の風呂場改革事情も元記事には書いていました。文字数的には確かに削る箇所はこの辺りで間違いなく不満はないのですが、多分ほかのメディアはこういうところには絶対触れないだろうという確信があったので書いておき、修正後の原稿でも「シャンプー類は資生堂」という記述は残してあったのでまずますでした。

2016年12月27日火曜日

インパール作戦に抗命した将軍

インパール作戦(Wikipedia)

 太平洋戦争に通じているものならインパール作戦について説明するまでもなく史上最低の作戦であることを承知でしょう。この作戦は大した戦略目的もないままインド側に対して「借り」を作ることを目的として編成から補給まで何から何まで杜撰極まりない計画で実行され、おびただしい死者だけを生んで失敗した作戦です。
 この作戦は功名心を持つ牟田口廉也によって遂行が進められ、途中で食料や弾薬が尽きて戦闘継続が不可能な状態にありながらも強引に継続されたのですが、最終的に撤退が行われた背景にはとある将軍の死刑を覚悟した抗命、つまり命令違反があったためでした。

佐藤幸徳(Wikipedia)

 インパール作戦の現場責任者に当たる師団長を務めた佐藤幸徳は元々統制派の将軍で、皇道派の牟田口とは過去に取っ組み合いの大喧嘩までしているという因縁がありました。牟田口の下に置かれた佐藤は補給を確実に行うよう司令部に約束して出撃したものの司令部はこの約束をあっさりと反故にし、進軍する最中で早くも手持ちの食糧が尽きるという憂き目をみます。
 進むも引くも困難な状況にあって積極的な攻勢を控えていた佐藤でしたが、戦況は悪化するばかりで、対峙する英軍は航空機から補給を受け続ける中で日本軍は制空権すら得られず航空機による支援はほぼ全く受けられず、敵軍の補給を「チャーチル支援」などといいながら奪い取ることで食いつなぐ有様でした。

 こうした状況を司令部へ何度も報告し佐藤は何度も撤退を提案していたものの司令部は意に介さず、前進のみを命ずるだけでした。このままでは完全なる絶滅すらありうると判断した佐藤は最終的に、恐らく日本陸軍に置いて最初で最後となる、師団長による抗命として司令部に無断で全部隊に対し後退を命じしました。
 この佐藤の無断での後退に司令部は直ちに反応し、佐藤以下の現場指揮官一同を更迭にしたものの、抗命による佐藤への処分は行いませんでした。これは佐藤を処分することによって陸軍人事に問題があったということになるのを恐れて、言うなればメンツの問題でしたが、それと共に軍法裁判に置いて作戦の失敗要因について佐藤が陳述することを恐れたためとも言われます。それがため佐藤の更迭理由については「精神異常のため」とされ、後に医者を送って精神鑑定も行わせていますが鑑定医が出した結論は「シロ」だったものの、その後も長く佐藤は「戦地で発狂した将軍」という事実と異なる風説が流布し続けました。

 結果的には佐藤の抗命を受け、東南アジア方面軍の間でもインパール作戦の失敗を悟る幹部らが出たため、抗命事件から一ヶ月後の1944年7月に正式に撤退が開始されますが、撤退が決まるまでの一ヶ月間、そして撤退決定後の実際の退却においても餓死者は出続け、その退却路は現在に「白骨街道」とまで呼ばれました。
 佐藤の命令違反については色々な意見がありましたが、彼の行動がなければ数千人の命は確実に失われていたとされ、現代においては肯定的な評価が多いように思え私もこれを支持します。一方で佐藤は後退の際に最前線で唯一善戦していた、水木しげるをして陸軍最強の指揮官と言わしめた宮崎繁三郎率いる歩兵第58連隊に対し味方の撤退時間を稼ぐように殿を任せ、これによって58連隊は孤立無援の中で大量の死傷者を出すという自体に追い込んでいます。ただこの時の宮崎繁三郎の戦闘指揮は凄まじく、部隊もよくその指揮に従って大いに善戦して味方の撤退を助けたと言われています。

 戦後、佐藤は晩年にいたるまで発狂した挙句に命令違反を犯した将軍のレッテルを張り世間の風当たりもひどかったそうですが、結果から言えば彼の行動によって救われた将兵は少なくなく、死後に精神鑑定で問題がなかったことなどが明らかになるにつれ再評価が進んできました。
 現代でも上司の命令に反した行動を取るのは難しいながら、将兵の命を優先して命令違反を犯した佐藤は軍の士官としては確かにその責めから免れえないものの、一人物としてはやはり勇気ある人物だったと言えるでしょうし、反することが難しかった時代故にこうして紹介するべき人物だと私には思えます。

 なお最近、インパール作戦に従軍した経験のある人と話をしたという知人からこんな話を聞きました。その従軍者も撤退の最中、何も食べていなかったことから銃や背嚢といった荷物を徐々にすてながら逃げ帰っていたのですが、最後に手放したのは聖書だったそうです。元々、キリスト教の神父をやっていた人物だったそうですが、やはり聖書を手放した際は断腸の思いだったそうで、手放さなければその重みで歩むことすらできない状態だったと悔恨と共に話していたそうです。

2016年12月25日日曜日

日系企業は外国企業技術者をスカウトしないのか?

 まともなメディアなどでははっきり書けないのでこのブログで書きますが、このところ日本人ネットワークの中で旭硝子のとある部門の技術責任者が中国企業にスカウトされたという噂が出ています。真偽は確認できませんが仮に事実だとすればそこそこの人物だっただけにその方面の技術が全部流出するだろうと周囲は話して心配しておりますが、旭化成の事業は他分野に渡ってるから屋台骨は全然揺るがないだろうと一応私の方から述べておきました。

 この際、悪い癖ですがまた人と話をしながら余計なことを考え始め、これまでの日系企業の技術者がスカウトされる事例を思い起こしていました。90年代から00年代にかけてはやはり韓国企業からのスカウティングが多く東芝の半導体技術者の多くが週末アルバイト、もしくは転籍し、家電系メーカー技術者もたくさん移って行ったと聞きます。最近に関しては韓国よりも中国企業からスカウトされる事例をよく聞き、私の周りでも大手自動車部品メーカーの管理者やってる日本人の知り合いが、「もう何度もスカウトが来ていて、今よりも金を出すと言っている」と話しています。

 こうした話を聞いてて大半の日本人は、「スカウトを受ける方も受ける方だ」と、技術流出を行った日系企業技術者に対して非難めいた感情を持つのではないかと思います。私としてもこうした感情を持つのは自然なことだと思え、スカウトを受けた人を擁護することはしませんが、だからと言って批判する人たちに対して特段逆批判めいた内容を覚えることはありません。こういう言い方すると無関心すぎると言われるかもしれませんが、私としては「それが資本主義でしょ」といったところです。

 ここで終わればただのしょうもない雑談で終わりますが、ふと今回改めて日系企業技術者の流出なりスカウトを考え直している際、「日系企業は外国企業の技術者にスカウトをかけているのか?」という疑問を覚えました。詳しく調べたわけではありませんが具体例とか、大量にスカウトしたとか、スカウトした技術者が活躍したという事例は少なくとも私は知らず、上記の様に「スカウトされた」という事例が大量にあることを考慮するとなんていうか一方向的な流れが続いている気がします。

 先ほど私はスカウトされた日系企業技術者に対して擁護はしないと申しましたが、スカウトした韓国企業や中国企業に対してはアカっぽい資本主義者の立場から擁護をする気が満々です。何故なら彼ら外国企業からすれば自社発展のために最善の手を採らなければならず、また雇用・被雇用の自由は侵害してはならない上、退職後の機密守秘義務などを破ったりハッキングなどで情報を盗んだりするのでなければ技術者の引き抜きによる技術流出はある程度は認めなければならない面があると考えるからです。それこそ引き抜かれたくないのであれば、引き抜かれないための努力を敷く必要が日系企業にはあります。

 話は日系企業のスカウトについてですが、上にも書いた通り国内企業同士ならまだしも外国企業の技術者をスカウトしたという話はほぼ全く聞いたことがありません。経営者レベルであればソフトバンクや日産、武田薬品を始め海外の有能な人物をヘッドハンティングした事例がいくつもありますが、技術者となると恐らくはいるでしょうがその割合は韓国や中国企業と比べるとごくごく少数でしょう。では何故少数にとどまるのか、推測レベルで感がられる理由はいくつかあり、一つは日本我技術先進国で引き抜くより引き抜かれる立場に回りやすい事、もう一つの理由としては割と日系企業は自国の技術がナンバーワンだと信じ、海外企業の技術力を全体的に見下す傾向があるからではないかというのが長い前置きを経た今回の主題です。

 断言してもいいですが、部品レベルならまだしも携帯電話を製造する技術で言えばもはや中国企業の方が日本より圧倒的に上です。私も愛用しているMEIZUの携帯を今日昼間まで会っていた親父も驚きながら使ってましたが、逆に親父の持っていたソニーエリクソンのスマホのレスポンスの悪さになんやこれと私の方は思ってました。カメラ切り替えなんてやけにラグあるし。
 しかし、日系企業がこうした携帯電話分野で中国企業、っていうよりむしろ米アップル社から技術者を引き抜いて自社技術の発展を促したという事例はありません。真面目な話、アップル社からはあの手この手で技術者を引き抜くくらいの凄みが日系企業には足りません。

 携帯電話に限らずとも自動車分野などでもドイツ系やフランス系企業から引き抜きをしたって話も聞かず、むしろ日系企業は引き抜きをすることに対して必要性すら感じていない振りすら覚えます。その背景こそ、「ジャパンアズナンバーワン」じゃないですが密かに日系企業は日本の技術は世界トップだという、誇張した言い方をすれば自惚れに近い感覚があり、引き抜きという選択肢を頭から外しているのではないかと密かに思うわけです。

 結論を述べると、私は日系企業はもっとスカウトによる引き抜きを率先して行う、もしくは選択肢に入れるべきだと思います。何故ならこうした引き抜きを選択肢に入れることで、自社の技術者の流出リスクが把握しやすくなり、対抗策も組み立てやすくなるからです。またそれにより本当に評価されるべき技術者が正しく評価されることに繋がれば社内活性化にもつながるように思え、比較的技術者に対して冷遇だとする日系企業の習慣に新風が吹きこむことも期待できます。

 あくまで仮定に仮定を重ねた上での提言ではありますが、スカウトについて日系企業は取られてばかりではなくたまには「奪う側」に回るというか、「やられたらやりかえす、倍返しだ!」っていうセリフの一言でも言ってみろというのが私個人の意見です。

メディアが行う貧困特集の問題点

 何も現代に限らずいつの時代も新聞やテレビは「貧困特集」と称して貧困層とされる人々を取り上げた記事や番組を特集していますが、結論からいうと近年みる貧困特集は私から見ればそれほど面白いものはなく、物によっては不快感すら覚える内容が多いです。ほかの人はどう感じているのかは断言できませんが、NHKが以前に行った貧困特集でネットを中心に大批判が起きたり、中日新聞が記事を捏造した事件を鑑みると私の様に不快感を感じる人もある程度入るのではないかと思います。
 では何故不快感を覚える、っていうかつまらないのかというと、結論から言えば問題点が多く特に上から目線で書かれることが多いからだというのが私の考えです。

 基本的に貧困特集は収入が少なかったり支出が多かったりするなどして家計上で生活の苦しい世帯が取り上げられますが、全体として「可哀相な人たち」というスタンスで紹介される事が多いです。無論、確かにそうした貧困層は憐憫に値すると私も考えますが、だからと言って「可哀相」というスタンスで紹介してしまうとバイアスがかかり、必然的に上から目線での報道になりやすいです。
 この辺は私が社会学を学んでいた際、こうした対象に対しては余計な感情は一切挟まず、ありのままに報じたり紹介したりする必要があると厳しく教えられましたが、やはりそうした一程度の距離を置いた態度というものがこれらの報道にかけていると思います。わかりやすく述べると「可哀相な対象」として取り上げるのではなく「こうした人たちがいる、これが現実」というようなスタンスが欠けており、変に可哀相だという風に描いてしまうとなんとなく感情を強要されているような感じがして私個人としてはあまり馴染めません。

 加えて、こうした貧困特集で必ず引っかかる点としては、特集される人たちよりもっと悲惨な人たちはいくらでもいるということです。そうした人、またはそうした人たちを知っている人たちからすれば、「何だこの程度で」という感情を催すでしょうし、上記のNHKの特集はまさにこれで炎上しました。こうした点から言って殊更に支援が必要だと唱えることも個人的には反対で、やはりそういうのは行政の問題だと割り切りそこにあるものを報じるだけであるべきでしょう。

 その上で個人的に許せないのは、貧困者の声を記者らが代弁するかのようにして作っているのがなんか納得いきません。これまた上記の中日新聞の特集なんか捏造してまでこれをやってましたが、そのほかの貧困特集でも、「本当に彼らはこんなことを言うのだろうか?」と感じる様な言葉や意見が記事本文などに書かれることが多く、見ていてリアリティに書ける記述が散見されます。断言してもいいですがそういった記述はまさに上から目線の記者たちが作っているもので、「如何に同情を引くか」という視点で以って書かれています。
 私個人の意見で述べると、やはりこうした貧困特集などにおいては記者らは最低限の仕事だけを済ませ、貧困者自身に素直な気持ちを述べさせたり書いてもらうことが一番いいと思います。収入は少ないがそれでも楽しくやってるという人もいるでしょうし、取材に来た大新聞の記者らの給料は高額で内心ムカついているとかでもよく、素直な本音を彼ら自身に述べたり書いてもらってそれを編集なしでそのまま出すことこそが最もリアルな声で傾聴すべき対象であると私は考えます。

 そういう意味で何故新聞社や放送局は、自社の派遣社員自身に派遣格差を書かせないのかいつも不思議に思います。新聞社や放送局内の派遣格差ほど面白いものはない上、またすぐ近くに当事者がいるんだからその当事者自身に語らせればいいってのに何故やらないのか、いっつもこの点が不思議に感じています。そもそも、格差問題を格差のトップ側が報じたりするのも変で、やはりボトム側が自ら声を挙げて発信するべきでしょう。そういう意味ではトップ側の新聞社や放送局は逆に、「セレブ特集」みたいなのを組んでどれだけ楽しく暮らしているかを自分で語ってみるのも手かもしれません。

看了「你的名字。(君の名は。)」

 今日25日はクリスマスですが、金曜から今朝までは上海に遊びに来ていた親父の相手をしており、午後からは日本はもちろん中国でも大ヒットを続けている映画「君の名は。(中国題:你的名字。)」を見に行きました。唯一問題だったのは、一緒に見に行った相手が後輩(♂)で、男二人でクリスマスに恋愛映画を見に行く羽目となったことです。

 事の発端は二週間前、後輩と友人の上海人と一緒に昼食した帰り、途中で通過した映画館で「君の名は。」が上映されていることを知って、そういえばこれまで中国の映画館に入ったことがないことを思い出し、大ヒットしている作品であることから今度一緒に見に行こうと後輩が言い出したこともあって見に行く約束をしていたのですが、何故か知りませんがその見に行く日が今日となり、よりによってこんな日に二人して見に行くこととなったわけです。

 昨夜にあらかじめ上映している映画館をネットで調べて後輩に伝えたところ、「自分が予約しておく」と後輩が言うので任せたところすぐに、「すいません、アプリのウォレットの金額足りないので送金してください」と言い出してきたので後輩に100元(約1800円)を送金して、受け取った後輩は携帯アプリを通じて予約したそうです。
 なお映画館の一人当たり入場料金は50元(900円)でしたが、IMAXなど特別な映画館だと100元くらいになるとのことで、普通の映画館なら日本と比べて割安感があります。

そんでもって今日午後、親父を一人で空港へ送り返した後で後輩と合流し、映画館へ赴きました。待ってる間に館内の売店などを見ていましたが、ポップコーンも25元(450円)くらい、飲み物も10元(180円)くらいで、場所にもよるでしょうがやっぱりここでも日本に比べるとあこぎじゃないなと後輩と言い合ってました。あと待ってる間、近くの階段にヒールが引っかかり、床にダブルニープレス(両膝突き)をかましている姉さんがいましたが見ていて痛そうでした。

 そうこうしているうちに開場されて映画館に入りましたが、館内は前評判通りにほぼ満席で、客層としては比較的若い年齢層の男女、やや女性が多いような感じでした。上映前の予告が終わって本編が始まると比較的静かにみんな見ていましたが、コメディなシーンでは割とみんなして声を挙げて笑うなど、日本の映画館と比べると比較的感情をはっきり出す傾向がみられました。米国の映画館も割とこんな感じらしいと聞くので、むしろ何一つ物音を出すべきでないとされる日本の映画館のの方が世界的にも特別であるのかもしれません。

 映画の感想に映ると、中だるみするシーンが一切なくヒットするというのも十分頷けるほど面白い作品だと私にも思いました。個人的に気になったのは風景シーンの色使いを明確に分けている、具体的に言えば東京のシーンではややもやがかった色使いに対して飛騨のシーンではビビッドな色にまとめているところで、この辺りを意識して行っているのかということに驚くというか唸らされました。
 ストーリーにつちえも展開がスピーディに二転三転してうまく連結しており、むしろこの時間でよくここまでまとめあげたものだとこちらも合わせて感心する内容で、欠点という欠点は私からは見つけられなかったほど高い完成度を誇るといったところです。

 私はこの新海誠氏の作品を見るのはこれが初めてですが、見ていた感じだと中国人の観客の受けも悪くなく、恐らく今後も世界中で売れ続け真面目に「千と千尋~」越えもあり得るんじゃないかと思います。これまで名前の知られていない監督の作品がこうして世界中で大ヒットするというのは普通に考えればあり得ないだけに、単純に作品の質だけでここまで来ていることを考えると実に恐ろしい人物が世に出たものだという気がします。

 最後に中国人の観客が声に出して笑ったシーンの一つに、「それって美人局じゃないの?」というセリフを言うシーンがあったのですが、このシーンの字幕を見て初めて「美人局」の中国語が「仙人逃」ということがわかり、こっちもなかなか面白い漢字を当てるなと一人で感心してました。

2016年12月22日木曜日

サイバーエージェントの「Amoad」広告の不作為

 なんか今日は珍しく書くことないのでサイバーエージェントとの過去のちょっとしたやり取りを暴露しようと思います。

 それは2015年初旬の事でした、突如サイバーエージェントから私の所へブログの内容が素晴らしいので是非広告枠を置かせてくださいと依頼するメールが来ました。ブログ内容が素晴らしいって、自分のブログほど過激派なブログはそうないので本当にちゃんと読んでるのかと一回尋ねるメールを送った所、「読みました」と返事が返ってきましたが、多分その担当者はちゃんと読んでなかったことでしょう。自分のブログ読んでたらこういう風に書かれるリスクだって感じ取れたでしょうし。

 で、言われるがままにそれまで置いておいたGoogle Adsenseの広告枠をわざわざ撤去してまで「AmoAd」とかいう妙な広告枠を設置したものの、何故だかこれが全く広告が表示されず、一体どうした物かと相手側に対応を求めたところそれから一年半にもわたって何も返事がきませんでした。その後で元のGoogle Adsenseに戻しましたが、何気に作業が結構面倒くさかったです。

 何故そんな過去の話を急に蒸し返したのかというと、この前のDeNAのウェブ記事炎上問題でサイバーエージェントも大量の記事配信を停止したと報じられたのを見て、まぁここはそんな会社だろうなと思いつつこの件を思い出したからです。基本、記者というのは相手の弱みに付け込むのが仕事なもんで、今を置かずにいつ攻めるとばかりについ先ほど、「一年半も連絡寄越さず何やってんだてめぇ」みたいなメールを送りつけました。返事が来るかはわからないですが、たまにはこういう突っこんだこともやらないと人生面白くありません。

 なお、「対応をするからしばらく待っててください」と返事しながら一年半も無視することも言語道断ながら、このサイバーエージェントの広告配信プログラムも技術的にいかがなものかと非常に胡散臭く感じました。いろいろ説明見ましたが広告料還元のシステムも曖昧だったし、なによりブラウザやブログソフトによって広告が表示されたりされなかったりだなんて技術的にかなり低レベルなものに思えてなりません。
 私が使っているこのBloggerなんて非常にシンプルな作りなのだからそれほどプログラムに影響を及ぼすとは思えないし、第一本体とは独立したウィジェットにはっつけたというのにそれでもうごかないってなんなんってレベルです。

 ちなみにこの陽月秘話のアクセス数は一日当たり大体600PV位で、広告料はGoogle Adosenseをそれほど真剣にやってないのもあって、数ヶ月に1万円が入ってくるか来ないかです。自分としてもこのブログは本気で稼ぐつもりは全くなく、むしろ商売っ気から遠ざけてあくまで趣味の媒体として使いたいため、今後もこの方針を維持することと思います。
 なお姉妹サイトの企業居点はもう少し広告枠の設置個所を凝っているため、アクセス数も多いことから広告料はあっちの方が多いです。といってもそっちも数ヶ月に1万円が入ってくるか来ないか程度で、入ってきたら「ああこれで漫画買える」というようなお小遣い的な感覚しかありません。むしろ企業居点だったら、自動で配信される広告枠より広告記事を書いて乗っけるの方が価値あるのでしょうし、何気にそういう記事書くの得意なんだけど肝心の広告主がいないなぁ(;一_一)

2016年12月21日水曜日

日本の賃上げ運動を見て奇妙に感じる点

 昨日はまるで人は健康体でありながら一日に何時間寝られるのかを競うかのようにずっと寝ていましたが、今日はちゃんと起きていました。なので真面目なことを書きます。

 最近なんで専門家でもないのに労働問題ばかり記事書いているのか自分でもよくわからないですが、日本の賃上げ運動を見ていていつも不思議というかおかしいんじゃねとよく感じます。何故そう感じるのかというと原因ははっきりしており、香港で現地の賃上げ運動を見ていたせいだからですが、香港と日本で何が違うのかというと賃上げ幅の根拠です。
 香港では毎年、年末にかけて来年度の賃上げ要求が労組を中心に行われるのですが、その際に叩き台となるのはCPIこと消費者物価指数、もっと卑近な言葉で言えばインフレ率です。香港ではこのCPIを軸に労使間で前年度の上げ幅や昇給率を含めて議論を行い、来年度の賃上げ幅の交渉を行います。

 説明するまでもないでしょうがCPIとは何かというと、単位当たり通貨の価値の変動率を表します。たとえばCPIが5%上昇(5%のインフレ)したということは通貨の価値が5%下落するのと同義で、それまで1万円で大根を100本買えていたのに、CPIが5%上昇すると1万円で購入できる本数が95本に代わるといった具合で、5%下落(5%のデフレ)するとその逆が起こるわけです。

 仮にCPIが前年比で5%上昇していたとなると表面上の賃金(名目賃金)は変わらなくてもその賃金額の価値である実質賃金は5%下落するということになるため、次年度に5%賃上げされなければ何もしなくても給与が下がるも同然です。もっとも日本の場合はずっとデフレが続いているので経営側からすれば実質賃金はずっと上がりつづけていると主張できるわけで、賃上げ見送りの理由にしやすい所ですが。
 なお先程統計局で見たら、今年10月の日本のCPIは0.1%の上昇で、日銀の2%インフレは遥か遠くにある状態です。

 話は戻りますが香港ではこのインフレ率をまずたたき台にして、その上で既存社員の昇給率や前年度の賃上げ幅を様々に考慮しながら労使間で交渉が進められます。たとえば労働者側はCPIは前年比でほとんど変わっていないにしても前年度に昇給幅がそれまでより抑えられていたら今年こそはと主張したり、雇用者側はCPIが上昇していたとしても前年に最低賃金が引き上げられていることなどを理由にして今年は見送りたいなどと、それぞれがそれぞれの立場で意見を主張し合って落としどころへ持って行くという、非常に理路整然とした運びを行っています。

 それに対して日本の賃上げ運動ですが、最近は官制賃上げとまで言われるように政府に言われて労組側が動く始末で、しかもその労組側もこれという根拠を挙げずにベアアップを主張したりするなど、はっきり言って議論がちぐはぐな感じがします。それこそ非正規を含めた過去一年の昇給幅や、産業全体の収益率の上昇幅などを盾にとって労働者に還元すべきなど主張すればいいのに、なんて言うかお祭りみたいにわっしょいわっしょい言ってるだけで、「何故その金額を要求するのか?」という根拠が全く見えません。はっきり言えば幼稚な運動に見えます。

 ある意味、香港だからそういう理知的な賃上げ運動が繰り広げられているのかもしれませんが、日本の労組ももうちょっとその辺を見習って、何の根拠もない変な要求をするのではなくきちんと筋道立てて要求すべしだと思います。もっとも労組に限らず、なんで日本ってCPIを始めとしてPMIとか地方別GDPなど主要経済指標をほとんど見ないのか前から不思議に感じてます。

2016年12月20日火曜日

中国でも流行ってるくまもん


 今日は有給消化日ということもあって仕事はお休みでしたが、昨夜0時に寝てから朝10時に起きてゲームしたり朝食、昼飯を食べた後、12時から再び昼寝に入り起きたのは午後4時でした。目をつむったらいくらでも寝られるし、左半身がなんかやたら重たかったりと、先週のハードワークが少し間をおいてからどっと来たような感じです。ちなみにこれ書いている最中も欠伸が止まらず気を抜いたら即寝る自信があります。

 話は本題に入りますが、上の写真は上海の街中で見かけたので携帯(MEIZU魅藍2)で撮影してきたものです。もうすでにオープンしてるのかまでは確認してませんが、例のくまもん専門ショップが出来るようです。
 この専門ショップに限らずくまもんが割と流行っています。街中歩いていたらなんかちょっと違うような感じする着ぐるみとかにも出くわしますし、関連グッズもあちこちで売られており、控え目に言っても中国で流行っていると言っていいでしょう。やはりこの辺というかゆるキャラ方面で中国は余り作り慣れていないというか、一応かわいいのを狙ってるんだろうと思うけどかわいくなり切れていないキャラクターが多く、その点で日本のゆるキャラ勢はペリーの黒船並に圧倒的な実力を中国市場で発揮しています。

 このほか方々でも報じられていますが映画「君の名は」も流行ってるようです。実際に私の職場でも中国人女性スタッフらが話題にしているのを耳にしますし、日本での評判そのままに中国でも人気に火がついています。
 最後にもう一つどうでもいいこと書くと、中国人女性スタッフのパソコン画面がちらりと目に入った際、漫画「銀魂」の壁紙が使われていました。日本のアニメ、漫画キャラの壁紙なら珍しくはないものの、あれだけ下品なネタオンパレード(面白いけど)の「銀魂」を中国人も見るんだと感心してたら同僚から、「銀魂好きな女の子多いよ」と教えられ、なんかちょっとしばし考え込んじゃいました。ちなみに「銀魂」で一番好きなセリフは「チャイナ服強化月間ってなんだよ、何を強化するんだよ」というセリフに対する「男の妄想よ」というものです。

2016年12月19日月曜日

電通事件で見られない残業代の遡及支払い

 またえらそうな口をきいてしまうことになるでしょうが、そこそこほとぼりが収まりつつある電通の過重労働問題について電通の元役員の方が今月の文芸春秋に寄稿しており、その中でいわゆる「鬼十則」について撤回すべきという声もあるがこんな標語だけを撤回した所で現場は何も変わらず、きちんと具体的な対策を見つけ実行すべきだと指摘していてなるほどと思ったのですが、当の電通は「鬼十則」を社員手帳から削除する方針を先日出しており、みんなこういった何の意味もない象徴的な行動ばかり取り上げて具体的な中身については何も取り合わないんだなと、日本のメディアを含め遥か上海の地でせせら笑っておりました。一人や二人は同じ価値観の人間がいるだろうと思っていましたが今の所それらしい意見は見当たらず、それどころかこの問題も段々としぼみつつあり恐らく来年の今頃には誰も覚えていないことでしょう。

 この電通事件について私が個人的に不思議に思ったのは、不払いの残業代は結局払うのか払わないのかでした。自殺に追い込まれた女性社員を含め電通社内では一程度を越えた残業時間は申請しないようにしており、中には百時間単位で残業代を申請してこなかった社員も多々いると報じられていたのですが、今回こうして問題が大事になったにもかかわらずそうした電通が実際に支払わなかった残業代をその後、過去に遡って払うのかどうかという点について電通側からの発信はなく、それ以上に日本のマスコミがその点について誰も追及しないことが誇張ではなく不思議で、自分が特別だなんて言うつもりは全くありませんがとてつもない異常性を覚えました。
 恐らくこの点については、最近頑張っている(と思う)BuzzFeed Japanが取材して取り上げていましたが、電通問題を批判している朝日新聞社内でも残業代の過少申告があったとのことで、同じ脛に傷を抱えた者同士で黙って指摘しない可能性もあります。まぁそういうレベルじゃなく、遡及支払いまで単純に頭が回らないのが実態でしょうが。

 話はここで私の最近の勤務状況に移りますが、現在私が世を忍ぶ仮のサラリーマンとして働く会社で私の職種は残業した場合、その時間の分だけ別の日に休みが取れる振替休暇制で動いています。この振替休暇制度が法的にOKかどうかは軽く調べたところややグレーなところらしいですが、そもそも日本の会社で働いているわけじゃないし当の本人である私は気にしておらず、むしろやらなきゃいけない作業があるなら一人で時間かけてでもずっと働いていたいと思う口なので、こうした制度があるだけめっけもんだと思っています。でも先週は本当に忙しく、家帰って左耳痛くなった時はマジビビりました。
 このように最近は残業が多くブログの更新もやや滞りがちだったわけですが、上司からはやたらと「遅くまでありがとう」と声をかけられています。これについて別の上司が、「最近の若い人は残業をあまりやりたがらない人が多いから率先して残業しようとする花園さんのことを単純にありがたがってるんだよ」と話していましたがそれについて私は、「間違ってはないでしょうが、多分会社が残業代をフルに払うとなれば若い連中でもいくらでも残業しますよ。残業代を払ってくれないのをわかってるからみんな残業をやりたがらないだけでしょう」と返しました。

 敢えて先程から話題を頻繁に切り替えていますが、私が一方的に敵視している団塊の世代辺りがよく私たちの世代について必死で働こうとしないとかすぐ会社から帰ろうとするなどと言っている声が耳に入ってくるのですが、やる仕事があり、残業代を払うというのならいくらだって残って働くに決まっています。こういうと上の世代から、よっぽどおかしい会社じゃない限り最近は厳しくなってもいるんだから残業代くらいきちんと払うだろという返答が帰ってきますが、断言しますが現在の日系企業の9割は残業代を規定通りに支払っていません。変な言い方ですがあの電通ですら満額を支払うどころか、人によっては既定の半分も出しておらず、ほかの企業に関しても大小を問わずまともに払ってないでしょう。
 なおこの議論で一番揉めたのは何を隠そう名古屋に左遷されたうちの親父でした。何故か大半の企業は残業代をきちんと払っていないという事実をなかなか信じなかったのですが最終的には私が、「数多くの中小企業を渡り歩いた俺が言うんだ。おっきい会社一つしか経験してへん親父と俺の認識のどっちが正しいか、そんなんきまっとるやろう」といって押しこみましたが、誇張ではなく私はこれまでアルバイトを含め一度も残業代というものを受け取ったことがなく、また周囲の友人もみなし残業として月30時間分を固定給に加える一方で月間200時間の残業を強いられるなど、満額の支払いを受けたという話はただの一度も聞いたことがありません。

 さてここで冒頭の電通の議論へ戻るわけです。私は本当に、電通が真摯に、真面目に反省しているというのであればこれまでの残業時間の過少申告状況を全て、洩れなく洗い直し、過少分について全額を直ちに支払うのが筋じゃないかと思っていますが、そんな話は一切出てこないし反省しているような素振りすら見せず、元役員がまさに指摘した通りに箸にも棒にもかからない「鬼十則」の撤回という象徴的で無意味な対応しかまだ見せていません。そしてマスコミを含めた外野もまた、残業代はもらえないのが当たり前というのが身に沁みついているのか、遡及支払いについて誰も何も指摘しません。私にとってこの状況は不思議この上なく、電通社内の労働組合に至ってはこれ以上の好機はないんだから弱みに付け込んでガンガン攻めればいいというのに何故やらないのか、本当に鬼十則読んでんのかてめぇらと見てるこっちが言いたくなります。

 恐らく経営側、労働側はどっちも及び腰になって明確な算定証拠がなく現実的でないとかいうでしょうが、こんだけの事やらかしたんだから自己申告で払ったればいいと私は思うしそうあるべきだと思います。過去に食品で問題が起きたレストランではレシートなしで返金に応じた例もあるのだし、反省する気があればまず真っ先にこの残業代の遡及支払いに取り掛かるべきでしょう。逆を言えばこれすらやろうとしない辺り、場当たり的にごまかす気で、労働担当役員とかどうでもいいポスト作ってる当たり反省する気などまるでないことが見て取れます。
 ただ仮に、これがモデルケースとして定着したら日本の世の中はすごく楽しくなると思います。未払い期間の金利を上乗せするようにすればさらに楽しいし、補完会社にも広がれば日本経済の血栓こと企業の内部留保も一気に吐き出せ、駄目な会社も一緒になって消えてもらえます。だからこそこの遡及支払いは非常に重要だと思え、真面目に日本で誰も指摘しようとしないことが不思議を通り越して異常というか間抜けな気がしてならないわけです。

  おまけ
 これまで数多くの中小企業を渡り歩いた私ですが、先日友人から何社経験したのかといわれて数えてみたところ既に6社に達してました。「武士は七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と戦国切っての転職プレイヤーの藤堂高虎は言ってましたが、まさかその七つ目にもうリーチかかっているとは自分でも驚きでした。

日本漫画における責任感ある大人の欠如

 昨夜の鹿島VSアントラーズ戦は私も後輩と一緒に日本食屋で見ていましたが、2対2で後半が終わりそうになった時にその後の展開が延長戦なのかPK戦なのかわからず、

後輩「PKやるくらいやったら入れるか入れられたいですね」
花園「それゲイが言ったらすごいセリフになるよな」

 そんな後輩とは先週にも会っており、その際にまだ出たばかりの漫画「進撃の巨人」21巻の電子書籍版を私が先にダウンロードしていたので彼にも見せてあげてましたが、この最新巻になってようやくタイトルの「進撃」の意味が少し明かされるなど、相変わらずその伏線の見事さに後輩と二人で誉めまくっていました。
 私自身、この漫画は近年にない傑作で今後もずっと語り継がれる作品だろうと確信していますが、その伏線やハードなストーリー展開の見事さはもとより、個人的に評価していてるのは登場する大人の存在で、具体的に言うと責任感ある大人がきちんと出てくる点が他と一線を画すと密かに考えています。

 あまり大きく指摘される点ではありませんが、日本の漫画の大きな特徴の一つとして「出てくる大人はみんな揃って無責任」であるポイントがあると考えています。何故このような特徴を持つのかというと漫画の主な購買層は少年~青年層であり、主人公も大抵の作品でおっさんではなく少年少女が据えられ、ストーリー展開で少年少女が敢然立ち向かっていく対比として成人した大人が無責任な姿を見せるというパターンが非常に多くあります。具体例を出すと見方にも寄りますが星一徹などが典型で、アニメでもガンダムシリーズでは基本的に大人は足を引っ張る存在として描かれることが多いです。

 それに引き換えと言ってはなんですが「進撃の巨人」では、確かに無責任な大人も出てくる一方で他の漫画と比べるなら責任感というか強い信念を持った大人がまだ多く登場し、人気キャラのリヴァイ兵長(中国人に聞いても男女ともに圧倒的な人気)を筆頭に少年少女である主人公らに冷徹な決断を迫ることもあれば、彼らの失敗を自分たちの指導不足だと慮る態度などが通常の大人キャラと大きく異なる姿に感じられます。

 個人的な好みかもしれませんが、やはりこうした責任感ある大人のキャラクターが絡むかどうかで作品の良し悪しは大きく変わるように思え、こうした大人のキャラにもっと注目すべきなのではないかと思うところがあります。その一方で、このように日本の漫画には無責任な大人が多数出てくるというのは社会性を反映しているのではないかと思え、大分以前に日本のサラリーマンの行動原理は責任回避だと述べ、責任から最も逃げてきた人間が最終的に企業トップに就くことが多いと指摘したことがありますが、そうした世相を反映しているからこそ漫画の中でもそうなっているのかもしれません。

  おまけ
 最近小銭を得ることが多くなったのでやたらとKindleで電子書籍を購入し回っており、最近買ったのだと「波よ聞いてくれ」、「新装版BLAME」、「中間管理職 利根川」、「私の少年」を立て続けに購入し、先程書いた「責任感ある大人」という意味で利根川のことを思うと複雑になりつつこれまで単行本を買っている「干物妹!うまるちゃん」は最新刊の9巻を買おうか考えていた所、レビューが酷評の嵐で埋まっているので結局やめることにしました。この漫画、最初の方は確かに半端なく面白かったけどほかでも言われている通り7巻辺りから急激にトーンダウンしてるし……。

2016年12月17日土曜日

2016年の私的新聞大賞

 昨夜は忘年会だったのですが部署の最高責任者が酒の飲めるメンバーを集めビール(350ml缶)一気飲み大会を催してました。私は酒が飲めないので外されましたが、最初に3人3人の2チームに分かれて一気飲みの速さを競い、次は勝った方のチーム内で優勝者決定戦を行った後、さらに負けた方のチーム内でも順位決定戦を行いだして、「負けてもさらに飲むのかよ」と同僚が少しぼやいていた上、ビール缶を配る同僚女性が鬼に見えたと話してました。しかも冬なのにキンキンに冷えたビール缶だったので、飲み終えた後みんな凍えてました。

 話は本題に入りますが年も暮れということもあって今日は部屋の中を大掃除して、ベランダがなく拭き辛いにもかかわらず身を乗り出して窓拭きまでやっておりました。普段から部屋は掃除しているので室内はともかく、窓は上記の通りベランダがないため今まで放置して汚かったのもあり明日もまた拭く予定ですが、年末ということもあって今年私が読んだ記事の中で一番だと思う記事を紹介しようと思います。

もしゴジラが上陸したら?現役自衛官たちが真剣に考えてみた(上)(下)(ダイヤモンド)

 普段は記事内容に批判することの方が多いダイヤモンドですが、この記事に関しては別格で、年内に読んだ記事の中で最も感動を覚えた共にその取材の熱意に深く脱帽させられました。記事内容は見ての通り今年ヒットした映画「シンゴジラ」を受けてゴジラが出たら自衛隊はどう出るかというテーマですが、他社の記事では大抵どこも防衛出動の法的問題にしか触れていないにも拘らず、ダイヤモンドだけは統幕だけでなく陸・海・空それぞれの広報に問い合わせて取材しており一つ頭が抜けていました。
 しかもその取材して聞き取った内容というのも、陸・海・空それぞれが「もし出現したらうちがイチニシアチブを取る」と、どこもやる気満々というか「うちは負けない」的な根性を発揮するセリフを聞き出しており、恐らくかなり粘って勝ち得た取材内容だと思えるだけに記事内容の面白さもさることながら取材力に強い感銘を覚え、今年ナンバーワンの記事を選ぶとしたらこれを選んだわけです。

【おとり捜査】新宿で「おいしいラーメン屋知りませんか?」と声をかけ『個人情報を聞きだす』事案が多発 → 体を張って待ち伏せた結果
【真剣調査】「おいしいラーメン屋を知りませんか?」と尋ねるヤツを見つけるために夜の新宿に張りこんでみた(ロケットニュース)

 次点として評価した記事は上のロケットニュースの記事です。正直言ってこのロケットニュースは普段から平気で嘘記事を書いたりするので(今年は産経が「自衛隊、中国機と創設以来初のドッグファイト」という盛大な誤報記事流したが)唾棄すべきメディアだと普段から激しく批判していますが、上の記事に関しては何故だかハマって何度も読んでたりしました。
 記事内容は今年春ごろに東京・新宿駅周辺で、「おいしいラーメン屋さん知りませんか?」と妙な声掛けをして連絡先を聞き出そうとする変な人間が出没していたとのことで、おとり捜査をして犯罪を未然に防ごうとここの編集員が体を張った体験が描かれています。具体的にどう体を張ったのかというと、新宿駅前で「おいしいラーメン屋さん教えます」と書かれたプラカード(っていうかただの紙)を持ってひたすら立ち続けるという方法で、長い時間立っていたにもかかわらず伊勢志摩サミット前でたくさんいた警官にすら声かけてもらえなかったという顛末が書かれています。下の記事は、「あんな怪しい格好するからだ」といって別の編集員がストリート系ファッションで再度おとり捜査を張ったものの、妙なアラブ系の人にしか声かけてもらえなかったそうです。

 個人的にこういう体張る系の記事とか企画が昔から好きなのもありますが、「おいしいラーメン屋~」という妙な声かけないようと相まって、「ガチでいいラーメン屋教えてやろうじぇねぇか」と言わんばかりのノリで書かれた記事文章が非常によく出来ており、ゴジラ記事に続いて今年の新聞大賞副賞としてはこの記事を推薦したいところです。

 最後に大賞とは逆に「なめているで賞」的に今年ワーストだった記事も紹介します。

超セレブ“ヒラリー”を嫌った非セレブ女性のいらだち(毎日新聞)

 一読して、よくこんな恥ずかしい記事を署名入りで出せるものだなと思うとと同時に、出す前に誰も止めなかったのかと毎日新聞の異常性を強く感じた記事です。
 あんまり解説もしたくないのですが頑張ってすると、ヒラリーは非セレブの女性に嫌われたから落選して「ガラスの天井が―」っていう感じで書かれてますが、何故非セレブ女性がヒラリーを嫌ったのかという理由について、自分で全く取材せずによりによって「週刊ポスト」の記事内容の引用しかしていません。しかもその引用箇所というのも、

「セレブ向けファッション誌の『VOGUE』が異例のヒラリー支持を表明するなど、彼女の周囲は成功したセレブな女性たちで固められていました。そうした面が『鼻につく』と、シングルマザーなど一般の女性たちの強烈な反感を買ったのです」

 見ればわかりますが完全な主観に基づいて書かれてあり、真偽がどうだか全く分かりません。まだ非セレブ層の女性のインタビューなどあればまだ一考に値しますが、雑誌「VOGUE」に支持されたことが鼻につくって、聞いててなにそれとしか思えない突飛な意見です。っていうか現地報道の引用だけでもいいから取材しろよ。
 あと細かい点つくと、ワシントンポストの出口調査結果では女性全体のクリントンへの投票率は54%だったものの非大卒の女性に限れば34%しかなかったとまた引用していますが、多分これ、確か非大卒の男性も同じくらいの低い投票率だったと思え、非セレブ女性だからどうこうではなく社会階層的な影響の方が大きかったように思います。記事全体を通して如何にこの記事書いた人が妄想に満ちて現実を直視せず、まともな取材や分析もせずにおかしなことしか言わないっていう事実しか読み取れません。しかもこれで紙面審査委員になれるんだから毎日はある意味すごいよなぁ。

2016年12月15日木曜日

水戸藩は何故幕末に失墜したか

 見出しつけるのに悩んだけどインパクトを狙うとしたらやはり失墜を選ぶべきだと思ってこうしました。何気に新聞記事ならまだしもネット記事なら見出しでアクセスが決まると言っても過言ではなく、前にJBpressで書いた記事でも「中国バブル崩壊」という言葉を敢えて入れたからその記事はアクセスよかったんだろうなと思いますし。

 さて話は本題に入りますが、この前則天武后書いたついでに水戸光圀の「圀」という文字が側転文字だと言及したところかなり久々にコメントもらえました。最近少コメントなかったから寂しかったのもありちょっと心が動いたのですが、幕末の尊王攘夷運動で当初は最も主導的であって水戸藩が最後は全く明治維新に関わらず終わってしまったことを解説していなかったことを思い出したので、今日はそのテーマについて解説します。結論から述べると、内ゲバで内部崩壊したことが原因です。

水戸藩(Wikipedia)

 水戸藩といえば水戸黄門でお馴染みの例のあれですが、幕府の開幕当初から徳川本家とはやや距離を置いていたというか、親藩の中でも割と独自路線を突き進み続けた藩であります。なんでそうなったのかというと一つは御三家の中で最も江戸に近い位置に属し必然的に「永遠のナンバー2」的な役割を背負わされたこと(本家相続に一切絡まなかったし)、もう一つとして水戸光圀以降に始まる水戸学という独自の思想・歴史観を持つ学問が盛んだったためだと私は考えます。
 水戸学について簡単に述べると、水戸光圀が独自に日本史をまとめあげようと「大日本史」という歴史書籍の編纂を始めたことがきっかけで過去の歴史や思想について本家のことをお構いなしに収集、議論するようになり、一種独特の思想が形作られまとまったものを指します。具体的に述べると石田三成に対して初めて好意的な評価を行っていたとも言われ、この点一つとっても反中央的な思想も少なからず持っていたのでは想像させられます。

 そんな水戸藩ですが、九代目の徳川斉昭が割とカッカした人物だったというか政治参画意識が高い人間で、折しも黒船来航の時代とあって幕府に対して公然と異論を唱えたり生温いなどと文句言うなどして江戸の本家との対立を深めました。こうした斉昭の姿勢は藩士も同様で、水戸学の中で国学が勢いあり、徳川家の癖に天皇家への意識も高かったもんだから自然と尊王攘夷論が藩の主論となっていきます。
 こうした水戸藩を危険と考えた幕府は猛然と抑えにかかり、将軍の後継争いで斉昭の実施であり一橋家に養子に出された慶喜が負け紀伊藩出身の家茂が選ばれ、大老に井伊直弼が就任すると本格化し、直弼の主導した安政の大獄で水戸藩士が片っ端から処刑されたほか斉昭も隠居を強要され、徹底的に叩かれます。逆にこうした弾圧によって水戸藩内では尊王攘夷論がますます高まり、自藩だけでなく長州や薩摩といった他藩の攘夷志士たちにすらも水戸藩士が指導を行うなど全国的なリーダー役を務めるようになり、直弼が暗殺された桜田門外の変の頃に一つのピークを迎えます。

 しかし、全体的に尊王攘夷で過激な思想を持っていた水戸藩ですが、全体的に過激であることは間違いないのですがその集団中でもいくらか温度差があり、その温度差から過激派の天狗党と、穏健派(つってもかなり過激)の諸生党に内部分裂し、なかなか攘夷が実施されないことにしびれを切らした天狗党が挙兵して起こったのが天狗党の乱です。

天狗党の乱(Wikipedia)

 はっきり言ってこの天狗党の乱は完全な内ゲバで、同じ水戸藩士同士でガチの戦争をやり合って双方ともに多大な犠牲を出します。またここまで大事でなくても、水戸藩内の攘夷派同士でちょっとした路線の違いとかで暗殺とかも普段からやり合ってたことも想像に難くなく、そうこうしているうちに任期と実力を兼ね備えた指導者らがどんどんと消え去り、全国的にも水戸藩出身の攘夷志士の発言力はみるみる落ちていきました。
 敢えてもう一つ水戸藩の内部抗争が激しくなった理由を挙げると、桜田門外の変の後で一橋慶喜が謹慎から解放された上に幕政に参画するようになり、水戸藩と幕府との距離が縮まったことからそのまま佐幕路線を歩むか、あくまで幕府と袂を分かって独自路線を歩むかで水戸藩内が割れるようになったのではと勝手に想像しています。

 一方、維新の立役者となった長州や薩摩は早くから藩内の意見統一を図り、また大勢が決まるや余計な内部抗争は行わず一丸となって行動したこともあって、維新を主導しただけでなく次の明治の時代にあっても重鎮を成すに至りました。特に薩摩藩においては意見統一を図るため、藩内の過激な譲位論者を寺田屋騒動でまとめて粛清するという冷徹な決断も行っており、そうした甲斐あって長州以上にガチッとした組織を維持できていたと思います。同様に土佐藩も、武市半平太率いる土佐勤王党を粛清して意見統一を行い、薩長以上に余計な血を流さず漁夫の利を得て戦後のキャスティングボードを握るに至りました。

 私自身は組織なんてクソ食らえで頼りになるのは自分の腕力のみだと公言するほど自他ともに認める個人主義者でありますが、この幕末期においては藩という組織力の差がその後の趨勢を明確に決めた時代であったと考えています。水戸藩は当初は全国をリードするほどの影響力を持ちましたがその後の内部抗争を見る限りだと全体としてやはり個が先立ち過ぎており、それによって自ら滅んでいったと思え、単純に惜しいことをしたと感じさせられます。
 なおこのサイトで茨城の県民性について調べたら、「怒りっぽい性格に、桜田門外の変、血盟団事件、五・一五事件、二・二六事件など、歴史上のテロ事件にすべて絡んでいる茨城県人の過激な血を認識することがある。」と書いてあり、水戸学のスピリッツは現代にも続いているのかとなんか妙にビビりました。

 最後おまけですが、江戸時代における徳川家の各分家と本家との距離感について個人的な見解を下記にまとめておきます。

<遠い~>
・水戸藩:常に距離を置き、むしろ反逆的
・越前藩:藩祖の結城秀康の頃からやや距離感がある

・尾張藩:吉宗の時を除けば常に中立的で、無関心に近い

・紀伊藩:本家継承者を出すなど関係が強いが、明治維新の際はあっさり裏切った
・会津藩:ガチのシンパで、発足当初から崩壊まで本家との結びつきが最強に強い
<~近い>

2016年12月13日火曜日

中国で唯一の女帝

 作家の塩野七生氏がヒラリー・クリントンの大統領選敗退について、「自分でガラスの天井がどうとかだなんて言うからだよ」って具合で辛辣に言ってて笑えました。でもこの発言、男が言ったら言ったで問題になる辺り、ガラスの天井がってとこなんでしょう。
 なお中国では女性の社会進出はかなり当たり前で、企業の経営者とかでも確実に日本より多くいます。政治の世界では男性が依然とメインですが、私が見る限りだと恐らく米国よりかは最高権力者に女性が来ても中国人は抵抗感を覚えないのではという気がします。ただ過去の歴史で言えば日本は何人も女性天皇が出ているのに対し、中国で女性の皇帝はただ一人だけです。

武則天(Wikipedia)

 上のリンク先は武則天と書いていますが変換が面倒くさいので則天武后でこの記事は通します。

 則天武后とは唐の時代、「王の中の王」とまで言われた中国屈指の名君と謳われる二代目皇帝太宗の側室として歴史の表舞台に出ます。元々、隋唐時代の貴族の娘として生まれ幼いころから機転が効く美人だったため側室となったのですが、どういうわけか後宮入りした後で皇太子に見初められ、太宗が死んだ後は太宗の側室は全員尼にならなければならないところをどうにかこうにか書類とかをごまかすことで尼にはならず、帝位を継いだ皇太子こと三代皇帝の高宗の側室にクラスチェンジします。

 当初はあくまで数ある側室の中の一人という立場でしたが、ちょうどそのころに高宗の正室である皇后と寵姫が後宮内で対立しており、皇后側が寵姫に対抗するため則天武后を自分の派閥に引き入れたことで寵姫陣営は徐々に勢力を失って行ったのですが、頭の回る則天武后は皇后をも追い落とし、自らが高宗の皇后の座に取って代わってしまいました。
 なお元皇后を追い落とした際のエピソードとして真偽不明ながらも、則天武后が生んだ子供を元皇后が見に行った直後、則天武后は自ら自分の子供を殺し、子供が死んだのは元皇后が毒殺したせいだと訴えたためという話があります。本当にこんな話があったのかはまだわかりませんが、則天武后が気が強く野心深い性格であったのはその後の人生を見る限り間違ってはいません。

 話は戻り見事皇后の座についた則天武后は自分の生んだ息子を皇太子に据え、政治に興味のなかった高宗に代わって摂政のように政治を自らが動かしていきます。この則天武后が治めた時代に大和朝廷が朝鮮半島で行った最後の決戦の白村江の戦いが起こっており、この戦いを制して朝鮮半島の支配権を唐が確立しています。
 その後、旦那の高宗が死に息子の中宗が継ぎますが頼りないので一旦廃位させ、その後は下の息子の睿宗を帝位に継がせますが、やっぱり途中で頼りなくなったのでこの際だからといって自らが皇帝となり、国号も「唐」から「周」に変えさせました。

 こうした則天武后の専横に皇族などからも反乱がおきますが片っ端から鎮圧され、でもって危険だと思った奴は片っ端から処刑していき、権力を固めていきました。しかし則天武后の場合、刑罰や粛清は苛烈ではあったもののこれと思う人材は出自を問わず採用していき、その中からは名臣、名将と呼ぶに相応しい人物が何人も現れたため、宮廷内はおどろおどろしながらも国全体で言えば政治的にも非常に安定して平和を保ち続けました。
 よくコップの中の嵐と言いますがまさにこの時の唐の宮廷がそうで、コップの外の国全体は平穏を保っていたため、女性でありながら簒奪を行ったにもかかわらず則天武后に対しては比較的中立的な評価がなされることが多く、現代においても主人公のドラマがよく撮影されるほど、「性格はあれだけど政治家、皇帝としては有能だった」という評価は揺るぎません。

 最終的には重臣らに半ば脅迫される形で一度は自ら廃した中宗を次の皇帝に指名したことで「周」は一代限りの国として終わりますが、それ以前もその後も中国には女帝が出ていないことからも、彼女が中国史においても稀有な人物であったことは間違いないでしょう。

 なんで今日にこんなメジャーな人物を取り上げようかと思ったのかというと、もし則天武后をわかりやすい例えに持ってくるとしたら何がいいかなと思い、京都の和菓子屋辺りがいいのではと思いついたからです。
 話としては、老舗の和菓子屋で正妻と内縁の妻が対立を起こし、先代の当主が手を付けていた頭のいい女中を正妻が自陣に引き入れて見事内縁の妻を追い出したところ、今度はその女中が現当主に取り入り、引き入れた正妻すらも追放した上で女中が正妻となり、その後は自らが店を切り盛りして腕のいい職人や番頭を集め、現当主の死後も和菓子屋を拡大し続けた……的な話を考えていました。考えているうちになんか朝ドラ辺りでこういうドロドロした話をやってもらいたいなぁと思ったとさ。

  おまけ
 則天武后は在位中、やたらと名称改変を好んで新しい漢字を作らせまくってました。そうしてできた漢字は「則天文字」と言われるのですが、日本人に一番有名なのとなると「水戸光圀」の「圀」という漢字で、これは「国」を意味なく変えたものです。中国に住んでて「圀」という漢字は今まで見たことがないだけに、則天文字は多分中国よりも日本の方がよく使っているような気がします。

  おまけ2
 やたらと名称改変を好んだ当たり、日本の称徳天皇とダブります。

2016年12月11日日曜日

トヨタが作った超名車「セラ」


 先程、Yahooのトップページの広告欄らしき箇所で、「セラを55万円安く購入するには?」という文章が表示され、気になってしまい開けたページに表示されていたのが上記ページです。画像はないですがページをそのままロールすると、よれよれのプリウスを下取りに出してセラを表示価格の55万円引きで購入したと書いててその秘訣はこちら的にリンクが貼られていましたが、結論から言えば、「舐めたことぬかしてんじゃねぇこのボケ!」と同時に、いろいろな面で狂った文章だなと思いました。というのもセラを買おうとする人なんて、よっぽど頭がおかしい人か、よっぽど車の醍醐味がわかってる人か、サポート対策のため回収に急ぐトヨタ関係者しかいないからです。

トヨタ・セラ(Wikipedia)

 そもそも一体何故こんな広告と出会ってしまったのかというと、恐らくつい最近に友人へこの「トヨタ・セラ」という車を解説した際に検索をかけたからだと思います。その際友人には、「トヨタは十年に一回くらいとんでもなく凄い車を出す。このセラもその一つだ」と言って紹介しました。そんな「セラ」とはどんな車かですが、百聞は一見に如かずなので上記ウィキペディアのサイトを開いて画像をみてもらった方が早いので、是非とも一回は見てください。
 文章で説明するとこの車は1990年にトヨタが発売した3ドアクーペなのですが、何がすごいかってその造形です。なんとドアがランボルギーニやカウンタックといった超高級車と同じ「ガルウィング」という縦に開く構造をしている上、ルーフは全面ガラス張りという、素直に言えばとてもトヨタが作ったとは思えない感じする車です。しかもこれ、百万円台で売っていたというからなお驚きです。

 私個人の印象で述べれば、この車の得意なデザインは現代においても十分通用するように思え、現に私も新車で売られていれば利便性を度外視しても確実に購入を検討していたかと思います。スターレットがベースってのもいいし。
 またガルウィングという特殊な形状を一般量産車に採用したという点も見逃せず、一品物で作るならともかくこれを量産車で実現したというのは技術的にすごい、っていうか普通有り得ないとすら思える水準で、一体この時のトヨタはどんだけすごい工程技術持っていたのかと目を見張りました。販売されていた当時はさすがに私も小さくてこの車の存在を全く知りませんでしたが、後年になってその存在を知り、トヨタの地味に高い技術力に畏怖感すら覚えたほどです。

 そんなセラという車を、55万円引きで買おうなんてはっきり言ってふざけるなというお話です。試しに中古車サイトで見てみたら二台がそれぞれ58万円と67.5万円で売られており、55万円差っ引いたらほとんどタダ同然です。まぁ年数が年数だしほぼスクラップに近い状態もあり得るのですが、プリウスを下取りに出してセラを買おうなんて気違いもいい水準で、恐らくいろんな車種名を登録して同じテキストを表示する広告の類なのでしょうが、よりによってこのセラを表示してしまうと全体的に狂った文章にしかなり得ません。それだけに写真の女性も頭のおかしい人にしか見えなくなるという恐ろしさを含んでいます。

 このセラについて実際に乗車したことはないものの実車は生で見たことはありますが、単純に美しい車だと感じました。小型の車体ながら全体が整っており、何よりガラスでできたルーフが未来的なイメージを感じさせ、もっかいこんなのトヨタ作ってくれないかとすら思ったほどです。もっとも現代でこんな車作ろうものなら確実に衝突安全テストは突破できないでしょうし、コストも跳ね上がって300万円台に乗る可能性すらあります。バブル期だから作れた車の一つですが、こういう面白味のある車を今後もトヨタには期待したいです。

「BLMAE」のPVについて

 誰かとは言いませんが、引退すると発表したからといって既に撮影済みのCMなどが放映を打ち切られることは普通ないと思うだけに、あの報道は真実だったんだろうなと見ています。



 上記動画は「シドニアの騎士」でブレイクした漫画家の弐瓶勉(にへいつとむ、通称ニビンベン)氏のデビュー作である「BLAME(ブラム)」が来年劇場アニメ化されることが決まり、公開に先立って配信されたプロモーション映像です。このBLAMEという作品は連載当時から私も読んでおり、日本漫画の基準を大きく凌駕した圧倒的なスケールの世界観と桁違いに巨大な構造物、そして全く詳細を明かさないストーリー展開と相まって強い衝撃を覚え、つい先日に愛蔵版全6冊も購入するほどはまっていました。この作品が元で弐瓶氏の後続の作品である「バイオメガ」、「シドニアの騎士」も即購入を決断したほどです。

 そんなBLAMEの映像化ですが、正直言ってこのPVを見る限りだと全く期待できないというかスタッフはBLAMEの世界を全く理解してないのではと思うほど落胆させられました。まずキャッチコピーの「生き延びろ!」ですが、私の感覚だとBLAMEの世界では主人公を始め大半のキャラクターが遺伝子改造、もしくはサイボーグ化されててびっくりするくらい不死身な連中ばかりで、生身の人間に至ってはそれこそゴミ屑のように片っ端からミンチになる以外の運命しかありません。ヒロインのシボというキャラに至っては登場する度に身体が消滅しては別の身体に乗り移り、「内臓のない体は慣れないわね」などと言いつつ見事な七変化かましており、こうした世界観からすると「生き延びろ」というよりは「死んでも蘇る」という方が合っている気がします。

 ヒロインに負けず劣らず主人公の霧亥(キリイ)の不死身っぷりもぶっ飛んでおり、自慢の武器の「重力子放射線射出装置」を撃つたびに片腕がもげますが全く意に介さないし数ページしたらまたくっつくし、溶解した金属にくべられてもほっとけば五体満足で復活するしで、そんなキャラ達を前にして「生き延びろ」なんていわれてもなんだかなぁって感じです。
 またPVの中でその霧亥が「俺は人間だ」というセリフを言っていますが、これにも強い違和感を覚えます。というのもこの主人公、「森田さんは無口」という漫画の主人公と並び全くセリフをしゃべらない極端に無口な主人公で、セリフをしゃべるのも後半に至っては数話につき一回あるかないかで、たまに喋るセリフも「おい」とか、「あれは珪素生物だ」しかなく、作中の全セリフをリストアップしようとしてもあっという間に終わっちゃうくらいの人物です。

 そんな霧亥がわざわざ自分が人間だなんていちいち主張するとは私にはとても思えず、むしろ映像化するならこの無口な個性を極端に生かして一切セリフを言わないでほしいと思うくらいなのになんなんだこのPVはと、あくまで一ファンの立場ではありますが納得いかない点が多々あり、こんな感じで映像化されるくらいならいっそ作ってもらいたくないとすら覚えます。

 なお漫画についてですがこれは文句なしに絶賛できる作品で、敢えてこの漫画に比肩するとしたら大友克洋氏の「AKIRA」くらいではないかとも思います。何故かというと背景に移る構造物が極端に精密且つ巨大であり、「真の主人公は構造物」とすら言われ、極端なセリフの少なさと相まって漫画というよりは画集と呼ぶ声もあり、背景ひとつで漫画作品を成立させた大友氏に通ずるところがあるからです。このBLAMEの背景の特徴ですが、作者の弐瓶氏は元々ゼネコンで現場監督をやっていたという漫画家としては特殊な経歴を持つこともあって、人物と構造物の対比に関しては間違いない当代随一の人物でありその特徴が最大限に生かされているのもこのデビュー作であるBLAMEです。
 そうした背景の美しさ(畏怖さ?)もさることながらSFチックでありながらどこか猛烈なグロテスクさを覚える珪素生物、セーフガードといった敵役の造詣も非常に素晴らしく、特に作品中で屈指の人気を誇る「サナカン」という敵役についてはあれほど冷たい目をした漫画キャラクターを誇張ではなく私は知りません。しかも紙切れをばらまくように片っ端から人間を惨殺していくもんだから、このキャラには恐怖を通り越した何かを感じたと共に、終盤になって再登場した時の立ち位置が後年までも強烈に印象に残っています。

 ただ印象に残った箇所ですが、やはり一番「えっ?」とさせられたのは連載終了後、作者のセルフパロディ作品として公開された「ブラム学園」に尽きます。知ってる人には早いですがめちゃくちゃハードで慈悲のかけらも何もないSF作品なのにこのパロディ作品ではグロテスクな造形そのままで作中キャラクターの歪な学園生活が繰り広げられ、読んだ人間全員が「どうしちゃったの弐瓶先生!?」と、軽く作者の心理状態を心配したことかと思われます。ちなみにこのブラム学園は読み切りで三作品が公開されましたが、三作中で主人公の霧亥が喋るシーンは一つもなく毎回肘鉄とかビーム撃たれて〆られています。

2016年12月9日金曜日

ウェブメディアの炎上騒動について

 昨日の昼食時の議題は、「ベジタリアンは虫食ってもいいのか?」でした。まぁ仮にOKだったとしてもカブトムシなんか食べたくない人のが大半だろうけど。

炎上中のDeNAにサイバーエージェント、その根底に流れるモラル無きDNAとは(ヨッピー)

 DeNAを筆頭とするIT企業のウェブメディアが信用性のない記事を公開しまくって炎上している問題について述べている記事ですが、今まで知りませんでしたがなかなか見識の高い人だと思う記事です。文章もうまいから長くても読んでて全然ストレス感じませんでした。

 さてこの問題についてですが、記事を公開停止している会社は倫理観がないなど盗用や著作権に対する意識が低いなどとあちこちで論じられているので今更私が同じようなこと言ってもつまんないと思います。唯一この方面で言うとしたら、DeNAは社長がでてきてこんにちは、じゃなく今回の騒動について謝罪していましたが、私が見る限り「悪い」と思って謝罪したのではなく「マズイ」と思って謝罪しただけでほとぼりが冷めたらすぐまた似たようなことをすると思います。

 ほかの人と同じこと言ってもつまらないと思うので私の目線でこの問題について敢えて切り込むとすれば、一番気になったのは「ウェブ記事の質」についてで、単刀直入に言うと、Web上ではどれだけ記事の質が良くてもその記事が読まれるとは限らず、むしろ記事の質がどれだけ悪かろうと工夫次第で膨大なアクセスが得られちゃうってことです。それで何が起こるかと言うと、質の悪い記事に質のいい記事が埋もれてしまうことが大いにあると言いたいわけです。

 そもそも今回のDeNAの問題が何故公になったのかと言うと、医療情報という生命と健康にも関わる敏感な分野に手を出したこともさることながら、そうした根拠のない記事がウェブ検索で片っ端から上位に来てたことがきっかけでした。一体何故そうしたカス記事が上位に来たのかというとDeNAの検索対策、やや専門的に言えばSEO対策が非常に充実していたためで、繰り返し言いますが記事内容の質がよかったためではありません。
 ウェブにおいては実質、検索で上位に来るかどうかですべてのアクセスが決まると言っても過言ではありません。なので記事の質が悪くともその方面の対策や技術に長けていればアクセスを稼ぐページは作れてしまい、逆にどれだけ質がよくともその辺の対策が悪ければアクセスはどうやっても伸びないわけです。

 でここだけの話、やはり質の悪い記事の方が量産されることも多くなおかつSEO対策もそこそこ出来てるため、そうしたカス記事によって良記事が埋められてしまうことで、折角存在する良記事が見えなくなってしまうという弊害があります。私自身も調べ物とかしていて検索上位に何の参考にもならずどうでもいいことしか書いてない記事ばかりで辟易していた所、検索下位にこれはと思う記事を見つけ感動したことが何度もあり、何故これほどいい記事が上位に来てもっと読まれないのかと他人事ながら歯がゆい思いをしたことすらあります。

 このブログに関しても、少し強気に出れば同じ内容を論じているほかの記事に比べてもそこそこ面白い切り口で書いている自信がありますが、ホットな話題とかで検索上位に来ることはまずなく、大勢の人間に読まれることなくほかのカス記事に埋もれてしまうことも少なくない気がします。もっともその代わり、定期的に読んでくれている読者の方々は相当の猛者揃いというかコメントとか見ていてもいい読者を得たなと思えるだけに少数精鋭なブログであるという自負もあります。

 今回、DeNAや便乗したサイバーエージェント、リクルートなどもウェブメディアを閉鎖する動きが広がっていますが、個人的にはこの動きはもっと続き、ウェブ上からカス記事がなるべく少なくなるに越したことはないと思います。それと同時に、本当に価値のある良記事がもっと人目につくようガイドラインとかその方面のまとめ・評論サイトなんかがもっと広がればウェブメディア全体にとっても価値が高まるのではないかという風にも考えており、ただ倫理観の低い連中を叩いているだけではウェブメディア業界全体の底上げにはつながらないということを今回は主張したかったわけです。

 最後にまた自分語りすると、このブログは徹頭徹尾記事の質だけで勝負しています。大勢に読まれることに越したことはありませんがいい書き手もいればいい読者もおり、その逆に悪い書き手もいれば悪い読者もいるだけに、しょうもない読者はむしろ遠ざける様な書き方を敢えてやっている所もあります。自分自身が必ずしもいい書き手であるなどと自惚れてはいませんが、いい読者を囲うということは読者の方々にとっても大きなメリットがあると思うだけにこの方面はかなり意識してやっています。

2016年12月7日水曜日

オバマ大統領の総括

 最近の米国情勢記事はどれもこれもトランプ次期大統領に関する報道ばかりですが、トランプの就任とともに大統領職から降りるオバマ大統領についてそろそろ総括するような記事が欲しいのでもう自分で書きます。

 結論から言えば近年稀に見る傑出したリーダーだったというのが私の評価です。毎日新聞のアホが最近何でもかんでも「トランプ現象」と言ってトランプと結びつけた誤った報道を展開しておりますが、米国の大統領選が始まるずっと前、具体的には二年くらい前から世界各地でリーマンショック以前のグローバル化に逆行するブロック化は勢いを増してきており、北欧やフランスでの移民排斥運動は前から盛んになり始めてて因果関係がまるで逆です。世界がそのようにブロック化へ突き進んでいったのがこの八年ですが、この八年に米国大統領としてほぼ一貫として国際協調路線をオバマ大統領は取り続けていました。

 面倒くさいですが一応その根拠と言うか国際協調路線と言える行動を挙げるとTPP推進、イラクやアフガニスタンからの段階的撤兵、キューバ訪問、冷戦末期以来の核兵器削減などで、細かい点を挙げればもっといくらでも出てくるでしょう。先にも言った通りにこの八年間、世界はほぼ一貫してブロック化の流れを突き進みましたがその中でオバマ大統領は協調路線を崩さず、仮に彼が逆の立場だったら世界のブロック化の程度はもっと激しかっただろうと私は考えます。
 もっともそうした協調路線が外交上で成功したとは必ずしも言い切れないところがあり、一番大きな失敗はイラクからの撤兵を急いだあまりISISをのさばらせたこと、次にシリアでの内戦激化で、ロシアのウクライナ割譲はまぁプーチンが上手だっただけでオバマ大統領のせいとは言い切れないでしょう。

 上記に上げた外交政策の中で唯一私が全く分からないのはシリア内戦への介入です。基本的には国際協調路線を取りわざわざ広島に訪問してくるなど反戦思想も強い人間であるにもかかわらず、シリアのアサド政権に対しては初めから強硬な態度を取り続け、中国やロシアの反対で実現こそしなかったものの国連で多国籍軍を組織してまでも攻撃を仕掛けようとしていました。一体何故オバマ大統領はシリアにだけはこれほど強硬だったのかがその背景が全く分からず、また日系メディアもその辺をきちんと分析したり解説しないので私の手元にすら全く情報がありません。オバマ大統領のそれまでの姿勢を考えると明らかに逸脱した行動であるにもかかわらず、所詮は遠く離れた中東の事情は日本人にとっては関心が薄いのかもしれません。

 外交の話ばかりしてきましたがオバマ大統領個人の資質に関してもやはり傑出していたと私は考えています。特に優れているのは演説で、就任時や最初の大統領選時の「Yes, we can!」を筆頭にどこでもいつでも見事な演説で、プレゼンに対し比較的厳しい見方を持つ米国人ですらオバマ大統領に対しては手放しで誉めるくらいです。先の広島訪問時の演説も自らが起草したそうですが一言一句に至るまで非常に丁寧でしっかりした作りであるだけに、地頭の良さを強く感じさせられます。

 しかしそうした能力が在任中に生かされたかとなると判断はやや難しく、こと内政に関しては発足当初からの念願であった国民皆保険制度、通称オバマケアの実現は不完全に終わり、トランプ次期大統領も就任後は廃案にすると述べていることから事実上、未達成に終わりました。
 それ以外の面でも米国内の経済についてなりふり構わない金利政策を取り、就任当初はリーマンショックの影響もあったとはいえなかなか好転しない経済に批判も多かったです。もっとも現状において米国経済は比較的安定しているので、政権の経済運営能力は決して低くなかったと私は見ていますが。

 エネルギー政策に関しては専門外のため適当なことしか言えませんが、米国に限らず世界全体でここ数年は主役の変動が激しく、具体的に述べると今年においてシェールガスに関する大きな報道を私は一度も見ませんでした。実際、シェール関連業者の破綻が米国内で相次いでおり、バイオエタノールみたいに一過性の存在で終わってしまうんじゃないかと今考えています。っていうかここでシェールガスを思い出せるだけでも自分はそこそこしっかりしてるなとすら思えてきますが、変動が激しかった分、米国も一貫した政策が取れずどちらかと言えば自国利益よりも対ロシアの嫌がらせに原油価格を動かしてきた、っていうか米露関係で原油価格がずっと動いていたような気もしないでもありません。

 軍事面についても触れるとくと、基本はハト派であったもののビンラディンの暗殺を達成したり、ドローンに代表される無人兵器の活用を広げたりと黒い面も見ようと思えばいっぱい出てきます。後者の無人兵器については映画の「キャプテンアメリカ2 ウィンターソルジャー」でも暗に揶揄されていますが、彼がただのハト派なだけではないということを示す大きな指標と言えるでしょう。

 アジア政策に関しては民主党出身であることから対日関係はブッシュ政権時より冷え込むと当初は予想されたものの、さすがに小泉×ブッシュ時の関係を築くまでには至らなかったとはいえ案外対日政策はそれほど冷遇されてはいなかった気がします。むしろ在任中、中国との通商問題や人権問題が両国間で槍玉に上がることが多く、北朝鮮問題も絡んでオバマ大統領は国内をなだめる火消しに忙しかったような印象を受けます。そう考えると次のトランプ政権では米中関係は恐らくですが今よりずっと先鋭化する可能性が高いように思えてくるわけです。

 以上が私のオバマ大統領評ですが、やはり前任のブッシュ、前々任のクリントンと比べても優秀な大統領だったように思え、黒人初の大統領という点でも十分歴史に残る人間だと思います。ただ個人的に可哀相だったのは同じ時代にロシアのプーチン大統領がおり、ウクライナやシリア問題では完全に相手のペースに乗せられてしまったということで、一矢を報いようという意思は感じたものの、原油価格でのチョーク攻撃は退任が近くなったこともあり先週に終わりを迎えてしまいました。
 逆に考えればオバマが去った後、プーチンが国際政治で更に無双状態になる可能性もあるということです。その辺は次のトランプ政権によりますが、外交力で考えるとオバマ大統領は比較的掲げる旗が国際協調ではっきりしていた分、次の政権はやや厳しくなるのではと個人的に思います。

 今週クソ忙しいからブログ書くのやめようかと思ったけど、政治ネタなだけに何も前準備なしにここまで書いてしまう当たり自分がよくわかりません。

好きなことを仕事にすべき?

 今年の忘年会の場所がカラオケ屋となり歌うたうのは好きだけど下手だから行くのやめようかと思ってたら、そのカラオケ屋には猫がいるとわかり今非常に悩んでいます。なお昔、上海の居酒屋で厨房の奥から猫の鳴き声が聞こえるもんだから店員に、「お宅の猫を見せ給え」という無茶なオーダーをかましたことがあります。店員の返答は、「また次回に」でしたが。

 話は本題に入りますが、私はかなりガチなレベルで歴史科目に強く実際に歴史は好きなのですが、大学受験の際に史学科への進学は一応一か所で受験したもののそれほど希望しておらず、初めから社会学を希望していました。何故かというと歴史は好きだけれどもそれを学問として取り扱うとなると別で、むしろ嫌いになりそうだと思ったからです。

 それで今度は仕事の話ですが、私は中学生の頃から新聞記者を目指して実際に新聞記者になるためだけに文章技術を高め続けてきました。しかし新卒で就活を行っていた際、果たして新聞社にこのまま入ってもいいものか、特に希望する政治部や社会部に行ったら破綻するのではという妙な警戒感を持っていましたが、結果から言えばこの予感は間違ってなかったと思います。
 結局新卒では新聞社はおろか100社以上からお祈りメールを喰らう羽目となったものの中国でどうにかこうにかだまくらかして経済新聞社の記者になることが出来ましたが、その新聞社が経済紙で本当によかったと当時思いました。何故かと言うと、政治や社会関連の記事を書くとなると必ずしも私の思想信条と会社の思想信条が一致するわけでなく、仕事していて多分苦しい思いするのが目に見えたからです。逆に経済記事だと、それほど思い入れがないから言われた通り書くことに何も抵抗がなく、自分の記者としての才能があるとしたら、この分野に対する適応性が最も高かったことでしょう。

 こっから真の本題に入りますが、よく世の中で「自分が好きなことを仕事にすべきだ」というような言質が出ていますが、これは私に言わせれば絶対的に間違っている言葉のような気がします。漫画家やライター、流しの首切りなどフリーな立場であれば話は別ですが、基本的に現代の世の中では会社組織に属さなければまともな収入や生活が立たず、そうした会社組織の中で「好きなこと」を仕事にしてしまうとその好きなことに多かれ少なかれ制限が加えられ、大抵の場合は歯がゆい思いをせざるを得ないからです。
 たとえば先程の新聞記者の場合だと、本人は自民党支持だとしても社の方針が朝日新聞みたいであれば自分の思っていることと真逆の内容の記事を書き続けなければなりません。またこれ以外にも車が好きだから大手自動車メーカーに入ってしまいますと、基本的に所属するメーカーの車しか購入することが許されなくなり、結果的にいろんなメーカーの車を乗り比べる機会は確実に減ります。この前日本に帰ったトヨタグループの人も、「選択肢がトヨタ一択」と言ってましたし。

 一言でいえば、好きなことを仕事にすると確かにそれに関わる時間は増えるものの、その好きなことに何かしら制限がつくケースが多くなると言いたいわけです。私に言わせれば好きなことこそ本業からは遠ざけ、むしろ副業でやるべきものだと思います。
 実際に私はなんだかんだ言いつつ報道と思想探究が何よりも好きでこうしてほぼ毎日ブログであーだこーだ好き放題に言っていますが、恐らく普通のメディアではこんな情報発信はまず間違いなくやることは無理です。またこれ以外にも姉妹サイトでやっている日系企業の海外拠点データ収集も、ああした作業が好きだからやっているという面もあり、私本人としては敢えて真面目な仕事にしたくはないという思いがあります。

 もちろん好きなことして金稼げたらそりゃ万々歳ですが、世の中そんなにおいしい世の中ならもっとみんなハッピーです。そうは上手くいかないからみんなストレスフルに生きてるわけで、返って好きなこと語を仕事に重ねようとするとそこそこ苦労があるし、また上記のような制限に伴う微妙なずれによってそれまで好きだったことが嫌いにすらなる可能性もあると思います。だからこそ好きなことは誰にも邪魔されないプライベートな所で、副業みたいにしてやるべきだと私は主張したいわけです。

 ちなみに最近の私は、本業は一応世を忍ぶ仮のサラリーマンとして普通に勤務し、プライベートタイムの副業と言うか趣味としてこのブログを展開するほか、海外拠点データの収集管理、JBpressで月二回程度の記事執筆、週末のサイクリングをやりつつゲームもやり込み、友人から最近無理してないかとなんか心配されてきました。実際、ブログやめたら毎週7時間くらい自由に使える時間が増えると考えると結構頑張ってるなと思いますが、書いてて全くストレス感じないので辞める理由は見当たりません。

2016年12月4日日曜日

薩摩示現流の系譜

中国における新会社設立に関するお知らせ(シャープ)

 本題と関係ありませんが上記のシャープが出したプレスリリース中にある「当社の幅広い事業や技術、商品企画力を活かし、オールシャープの総合力を発揮すべく」という文言について友人が、「ワン・オブ・ホンハイの間違いじゃね」と身も蓋もない事言ってました。間違っちゃないしむしろこっちの方が正しいけど、こんなの聞いたらシャープ社員泣いちゃうぞ。

示現流(Wikipedia)

 そんなわけで本題に入りますが多少剣道や時代劇にかじった者なら「示現流」という言葉を聞いてすぐピンと来るでしょう。示現流とは薩摩藩だったころの鹿児島で主流となった剣法で、その特徴はとして「初太刀にすべてを懸ける」、というより「二発目なんて甘い事言ってんじゃねぇ、一撃で殺せ!」と言わんばかりに一撃にすべてを懸けるという流派で、それだけに斬撃の威力が凄まじく受け太刀した人間が受け止めた自分の刀ごと切られたり、受けた自分の刀の峰や鍔が頭蓋にめり込んで死んだこともあるという信じ難いエピソードもあります。実際に他流派からも恐れられ、新撰組ですら示現流相手には警戒するよう隊内で訓示を出していたそうです。

 そんな示現流の歴史について軽く説明すると、元々は九州地方で盛んだったタイ捨流から独立して成立し、開祖が薩摩藩の初代藩主島津忠恒の師範役に就いたことから薩摩で正統流派として普及するようになります。当主は代々開祖の東郷重位に端を発する東郷家が継承して藩内に多くの門弟を抱えていましたが、四代目の東郷実満は父親が中風にかかったことによって満足な指導を受けられないまま当主となってしまい、高弟たちからはその実力を軽んじられどんどんと門弟は減り、一時は師範役の人も解かれた上に困窮する羽目にもなりましたが東郷家に忠を尽くす高弟たちの努力もあって再び師範役に返り咲いて東郷家のピンチを乗り切ます。

 しかしこの四代目実満の後を巡り、後継者争いが勃発します。後継者には人格も実力も周囲から高く評価されていた長男の東郷位照(たかてる)が継ぐと見られていましたがこれに対し異母弟の実勝が猛烈に抵抗して家督への執着を見せたことにより、位照を脱藩に追いやった上に遠島への流罪に処されるまで追い込むことに成功します。しかし兄を追いやったものの家督は位照の息子の実昉(さねはる)が継ぐこととなり、若年で未熟な実昉に代わって高弟の薬丸兼慶が師範役となりました。
 面白くないのはもちろん実勝で、彼は甥であり当主の実昉をないがしろにして自らが当主のように振る舞ったことから藩主の怒りを買い、兄と同じく遠島へ流刑されます。時を経て家督を争った位照も実勝も罪を許されて城下に戻ってきますが、何故か実昉は最初は実の父親である位照を受け入れたにもかかわらず叔父で自分をないがしろにした実勝が帰ってくると位照を追放して叔父を受け入れたそうです。なにか弱みでも握られたのか?

 しかし道場内では実力も人格も備えた位照を支持する層が常にいたそうで、また生活に困窮した位照は町人などに剣を教えることで生活していたため、真に実力を求めようとする者は位照の元で学ぼうとしたそうです。
 そんな位照の元で学んだ者の中に先程出てきた薬丸兼慶の孫の薬丸兼富という人物がおり、この兼富の才能を見出した位照は「俺に教えさせろ」とわざわざスカウトした上で弱冠二十歳前後で免許皆伝まで与えてしまいます。これにより、「示現流の本当の奥義を知る位照から伝授されたのは薬丸家だ」という風に見られ、兼富の養子となり跡を継いだ兼武の代になってついに示現流から独立し、薬丸自顕流という分派が成立することとなります。

 ただ薬丸自顕流が独立した際、本流である東郷家の示現流からも弟子が大量に移動するなどして一悶着があり、開祖の薬丸兼武は怒りを買った藩主から遠島に処せられ刑地で没する羽目となっています。しかし時代を経て子の薬丸兼義の代にその実力が藩から認められた薬丸自顕流も剣術師範として認められ、下級武士を中心に大勢が門を叩いたそうです。
 そのため、幕末における主な示現流の使い手は薬丸自顕流を学んでおり、騒動や暗殺が起こる度に名声が高まり薬丸自顕流には弟子がどんどんと集まったそうです。しかし弟子の多くは寺田屋騒動、戊辰戦争、西南戦争で大半が亡くなったとも言われます。

 前回の「首切り浅右衛門」こと山田浅右衛門とその一族と合わせて何故示現流を取り上げたのかと言うと、やはりこういう武術系は血筋だけでは継承はどうにもならない所があると言いたかったからです。事務作業ならともかく武術ともなれば実力がなければお役目を果たすことが出来ず、だからこそ山田家は優秀な弟子を養子に取るという方法で継承しましたが、示現流の東郷家の場合はなまじっか高い実力を持った位照を放逐したがゆえに薬丸自顕流の分派を招いており、継承でトラブルを起こしています。
 現代においてはそんな武術家の継承などはそんな気にするほどでもないですが、何気に「優秀な部外者を養子に取る」というのは最も安定的で効率的な継承方法かもしれません。現代では自動車のスズキが毎回これで継承してきましたが、もっと他の会社でもこういうことあってもいいんじゃないかという気がします。

2016年12月2日金曜日

江戸幕府の死刑執行人一族

 これから書く記事はほかの人もたくさん書いているので正直私が書くべきなのか非常に悩みましたが、悩むくらいなら書いた方がいいという結論と、この次に各記事と合わせれば独自性が出せるからありかと割り切り書くことにしました。独自性これ大事。

山田浅右衛門(Wikipedia)

 フランスの死刑執行にはギロチンが使われ、その執行に当たってはサンソン家という一族が代々になっていました。もっとも有名なのはルイ16世を処刑した四代目のシャルル=アンリ・サンソンという人物で、彼に対してパリの人々は畏怖を込めてムッシュ・ド・パリと呼んでいたとされます。
 一方、日本の江戸時代においても代々死刑を執行する執行人の一族がおり、それが上記リンク先の山田浅右衛門と呼ばれる一族です。

 山田家は元々は刀剣の鑑定を兼ねた試し切りを専門に行う一族でした。当時の試し切りは木や動物ではなく人を直接斬って鑑定することに価値があると見られ、試し切りの対象には斬った所で差しさわりのない罪人が使われるようになり、転じて山田家は死刑執行の業務を担当するようになります。
 ただ死刑を執行しておきながらですが山田家は幕府の直参、直接雇用される立場ではなく身分上は浪人のままでした。何故こうだったかについては諸説あり、死刑執行人を直接抱えることが幕府に忌避されたというのが一番有力な説ですが、現代で言えば死刑執行の度に呼ばれるフリーの首切り請負人と言ったところで、なんでもフリーつければいいもんじゃないと書いてて思います。

 山田浅右衛門が歴史の舞台に登場するのは八代将軍徳川吉宗の代で、それまで試し切り、死刑執行を担当していた鵜飼十郎右衛門(この人は幕臣)という人物が逝去した後、試し切りの技術を後世に伝えたいと申し出た鵜飼の弟子が山田浅右衛門でした。吉宗は山田の実力を認めたことからその後、山田家が試し切り、死刑執行を専門的に担当するようになり、当主の山田浅右衛門が執行できない際はその弟子が代わりに行うというスタイルが確立されることとなります。
 山田家は浪人の家とはいえ生活は武家の中でも非常に裕福であったとされ、その理由としては幕府お抱えの試し切り鑑定家であったため他の大名家からも試し切り、並びに刀剣の鑑定依頼が殺到したことと、死刑を執行した罪人の遺体から肝臓などを持って帰り、漢方の材料として売却して得る収入が大きかったためとされます。この辺はフランスのサンソン家が医師も兼ねていたというところと共通しています。

 死刑の執行は山田家が任されていましたが山田家では代々、後継者は当主の子ではなく弟子の中から選ばれていました。やはり当時としても死刑執行人という職への風当たりは強かったらしくどの当主も子供へと継がせることに抵抗を示し、弟子の中から優秀な者を後継者に選ぶというパターンが多かったそうです。
 こうした継承の唯一の例外となるのは幕末期、あの吉田松陰や橋本佐内を処刑した七代目山田浅右衛門吉利で、彼だけは自分の長男である吉豊を後継者に指名しています。しかし世の中面白いもんだと言うべきか、真に首切りの才能を持っていたのはこの長男ではなく三男の吉亮だったとされ、八代目当主である兄に代わって明治の時代にあってもバスバスと首を切っていったことからこの三男の吉亮を「九代目」もしくは「閏八代」と呼ぶ声も多いです。そして長男の方は1882年に逝去した一方、件の三男は首切りによる処刑が廃止されてから1911年まで存命して山田家についての証言も残していることから歴代の中でも彼がとりわけ重要な人物であると見て十分でしょう。

 彼ら山田浅右衛門一族、ひいてはサンソン家の話から得られる教訓としては、いつどの場所であっても死刑執行人は世間から忌避される存在であったということでしょう。だからこそ一程度の収入や身分が保証された一族が一身に担う必要があり、その死刑に対する技術も脈々と受け継がれていったと考えられます。
 現在の日本では絞首刑が行われていますが、件数もそれほど多くないんだし、誰もやりたくないかもしれませんが何だったら専門に刑の執行を行う一族が現代にあってもいいような気もします。ただ死刑執行に限らずとも一族が代々と同じ仕事を受け継ぐということが現代においてはどの分野でも薄れており、そうした所が家族意識にも影響を与えているのでしょう。

 なお私の家系は曽祖父の代から何気に代々メディア企業に勤める一族ですが、メディアの中で記事を書く仕事についたのは私一人です。そんなもんだから親父の従弟からは、「君はうちの一族で唯一と言える直系の男子だから、爺さんもおった新聞社に記者として勤めてほしかった」と言われたことがありましたが、多分あの新聞社は思想信条的に私とは相容れないため難しいとやんわり断りました。

2016年12月1日木曜日

日本の霊能者


 なんか歴史ネタ書いてないのですぐかけるオカルトを混ぜた話として、日本における著名な霊能力者を頭に浮かぶ傍から書いてこうと思います。
 まず全体的な傾向として日本の霊能者は仏教関連に集中しており、著名な宗派の改組は多かれ少なかれ神秘体験じみた話を持っています。中でも日本屈指というか山岳信仰の開祖である役小角、陰陽道でお馴染みの安倍清明と並んで三大霊能力者に数えられている空海に至っては中国へ渡航するや真言宗の一番偉い人から、「お前を待っていた」と、真言宗の経典から秘儀まで全部伝授されました。この一件によって真言宗の本流は中国から日本に移ったわけですがこれ以外にも空海は敵対する宗派の人間と呪い合戦を繰り広げ、なかなか決着つかないから敢えて自分が死んだという噂を流して相手の気が緩んだスキに呪い殺して「してやったり」と言ってのけたという、宗教者としてそれでいいのかと思うエピソードまであります。

 同じく仏教者で私が思い当たる人物としては鎌倉時代に華厳宗を盛り立てた明恵という人がおり、この人は潔癖な人で自分が欲望に負けやすいなどと打ちひしがれて決意の証に片耳を切ってしまうという熱情家でした。空海みたいにぶっ飛んだエピソードこそないものの、「入り口の水がめの中に虫が落ちたから救ってあげなさい」と弟子に行かせたら本当に虫が入ってたとか、自分の死期を正確に予想して当てて見せたというエピソードがあります。
 同じく鎌倉時代で言えば日蓮を外すわけにはいかず、この人は行動も発言も過激ですが「国家に大難がやってきて法華経を大事にしない幕府は滅ぶ」という予言は残念ながら外してしまいました。そのかわり国政批判の門で斬首されかけたさいには辺り一円に雷が鳴り響いて刑を執行することが出来ずやむなく遠島に刑を変えられたという話はあり、多分探せばこの人はまだまだ出てくるでしょう。

 仏教者以外で霊能者を挙げるとすれば戦国時代の果心居士が有名ですが自分はあまり好きじゃないし実在を疑うので省略します。それ以降の時代、江戸時代だと私の印象では女性に多く、大体が巫術系というか神様や霊を宿してイタコみたいに口寄せするという話が増えてきますが、大体こういう話に出てくる女性霊能力者は早死にすることが多く、大正時代に有名になった御船千鶴子を代表にみんな夭折しています。

 西洋における霊能力者だとよく空中浮遊する話が伝わりますが、近現代はともかく近代以前の日本だとあんまりそういう系統の話は聞きません。私が思うに日本で空中浮遊するのは霊能力者ではなく忍者であるためそういった方面の能力開発を霊能力者はやってこなかったのだと思います。まぁ忍者が空飛ぶ能力開発してたか私も知りませんが。
 逆に日本だとやはり呪殺とか千里眼系が多く、遠隔地にある出来事や人物を見たり知ったりするような話が霊能力者のエピソードに多いです。一方で物理的に何かを曲げたり発火させたりするような話はほとんどなく、やっぱりこちらも忍者の領域でしょう。

 結論として何が言いたいのかと言うと、西洋における霊能力者は日本の霊能力者とはやや異なっているというか、むしろ忍者の概念に近いのではと言いたいわけです。西洋では曲げたり燃やしたり空飛ぶ力を神霊力と称しますが日本の場合は忍術というか修行の成果であって霊的な能力は一切皆無であり、神霊に頼るのはむしろ邪道で西洋の霊能力者はまだまだ修行が足りないのでしょう。
 最後にどうでもいいことですが、奈良県の柳生の里近くに忍術学院というのがあり、ホームページは更新されていませんが前に近く言ったら看板があって近所の人曰く結構本格的だとのことで、なんか親父が親父の従弟と共にやってみようかと真剣に検討してました。