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2012年3月9日金曜日

東日本大震災から一年経って思うこと

 明後日が3月11日ということもあって今頃日本のテレビなどでは震災特集がたくさん組まれているかと思います。私は震災後の日本のムードというか空気について以前に「震災後の作ったようなムードについて」という記事で、如何にも作ったようなお仕着せの感じがしてあまりいい気分がしないと批判しましたが、この感覚は現在においても全く変わりありません。はっきり言ってしまえば合意か不合意かまでは特定できませんが、まるで国と主要メディアはタッグを組んでプロパガンダを展開しているようにしか見えず、被災者を悼むことは大事ではありますが必要以上にそのような気持ちを煽ったり、不必要なところで震災をイメージさせるというのは意識操作以外の何物でもないでしょう。しかもそのやり方は稚拙そのもので、やるならもっとうまくやれよと言いたくなるくらいです。

 何気に、去年の3月11日はひとつ前の会社を辞めた日で、偶然重なっただけですが恐らくこの日付は今後一生覚えていくことになるかと思います。私は去年のこの日、正直にひどいことになったと思うと同時に、この震災をきっかけに日本全体で危機感と責任感が芽生えて好転していく一歩になるかもしれないと内心期待しました。然るに現時点の日本を見る限りだと全く逆で、政財界は東電を筆頭に互いに責任を擦り付け合うばかりか、以前にこのブログでも指摘しましたが直接的な因果関係が明らかにないにも限らず、売上げが落ちたり悪いことが起きると全部「震災の影響で……」と主張する輩も増えています。
 そのため反発を買うことを覚悟で主張しますが、私は東日本震災をきっかけに日本は直接的な被害はもとより日本人全体の意識レベルも低落したように思います。物事を良くしようという考えがほとんど感じられないばかりか、悪くなるのが自然でしょうがないという意識が少なからず共有されているような気がします。

 震災の復興対策も、ある程度は予想していましたがここまでひどいものになるとは想像していませんでした。原発事故に伴う除染作業はかつてと同じ、下手すりゃ以前以上に複数の仲介業者が介在(=中抜き)して労働者を募集するありさまで、これが国や東電が直接雇用するのであればどれだけ違ったのかと腹立たしい限りです。さらにこれもようやく一部で報じられるようになりましたが、仙台市の歓楽街は今、工事を受注したゼネコン関係者によって大いに栄えているそうです。
 この状況を政治の責任、ひいては民主党のせいにするのは非常に簡単です。ただ自民党が上記のような状況を是正させようという話は聞ききませんし、抜本的な改革案から修正案を出しているという話も聞きません。さらに言えば、ここら辺は政治というより行政で、官僚の管轄じゃないかと思います。じゃあ何を責めればって話になるでしょうが、それをここで私に言わせるのは野暮でしょう。

 さらに言えば、社会全体で何か物事に対する感覚がおかしくなっているような気もしてなりません。この前もAIJの事件が起きましたが、オリンパスほどの経済事件が海外で起きたなら関係者は10年は刑務所に入ることになるかと思います。一応逮捕はされましたがあれで上場が維持されるなんて、一体何をすれば東証で上場廃止となるのか理解に苦しみます。
 なんか自分でも今日嫌なことでもあったのかと思うくらいに後ろ向きなことばかり書きますが、今のような状況が続くようであればもう日は上らないんじゃないかと思います。ここまで言うのもひとえに日本人全体に危機感が呆れるくらいに不足しているように感じるためで、震災一周年でお悔みムードを作るくらいなら崖っぷちムードをもっと作るべきじゃないかというのが今日の私の意見です。

2012年3月8日木曜日

精神年齢は若返るのか

 先日、友人とこんな会話をしてました。

「ビキニ水着ってあるだろ。あれ、ビキニ環礁が語元らしいぜ」
「マジかよ」

 いい年してこんな中学生みたいなくだらない会話したことはほっといて、以前に私は「寿命の尽きない時代に向けて」という記事で肉体が不老となる時代について簡単な考察を書きました。現時点ではまだ実現こそしていないもののこの辺の技術はかなり発達していて下手すりゃあと百年くらいで実現するかもしれないのですが、この前ふとしたことで「じゃあ精神年齢は若返ることがあるのか」という問いを持ったので今日はちょっとこの辺について解説します。

 まず先ほどのビキニ水着について語った友人に、「仮に不老の肉体が手に入るとしたら受け取るか」と聞いてみたところ、やっぱり「いらない」と返されました。その理由というのも肉体はともかくとして精神を永遠に保たせることがきっとできないと思うからだそうで、よくあるSF小説のように本人が不老不死となっても周りが年老いて死んでいくのに耐えられず、最後は発狂するような悲劇的な結末をこの友人の回答から私は思い浮かべました。
 私自身も基本的に友人と同じ意見で、というかそんなに長く生きたくない、さらにぶっちゃければ20歳を超えてるんだしもう長生きしすぎなんじゃないかとすら思っててそろそろ遺書でも書こうかと思ってるくらいなのですが、話は急に飛びますがじゃあ精神年齢が若返りすることはあるのかという考えがふと頭をもたげました。

 例えば今の私の肉体年齢は二十代後半ですが、精神年齢についてはちょうど二十歳の頃にインドの占い師に、「もう30歳近くに達している」と言われたことがありもしかしたらもう40歳くらいに至っているかもしれないのですが、このように精神年齢とは必ずしも肉体年齢とは必ずしも一致しません。ほかにも同じ中学三年生のクラス内で比較しても、大人びた子もいれば小学生みたいな子もいるなど人によって明確な個人差があるでしょう。
 この精神年齢単体についてもいろいろ突っ込めば肉体年齢と近ければいいのか、それとも高ければ高いほどいいのか、もしくはある基準となる年齢に近いほどいいのかなど、これだけでもそこそこの記事が書けるのですがそれは今回置いといて、繰り返しになりますが一度引き上がった精神年齢を後で引き下げることは可能なのかというのが今日の疑問です。

 明日休みだけど再来週にまた武漢出張を言い渡されたせいか今日の文章の調子はやけに悪いのですが、ここで結論を述べると私は精神年齢を引き下げることはある程度は可能だと考えております。
 こう考える根拠として、ちょっと古いアニメ映画ですが「千年女優」という作品で年老いた主人公が、「好きな人を追いかけている時、私は少女だった頃の自分に戻ることが出来る」というセリフがあります。このセリフはそのまんまな意味で、どれだけ肉体年齢が年老いてても恋焦がれている時は気分的には十代の頃と同じ感情になるということを示しているのですが、別に恋に限らなくとも昔に住んでいた場所とか古い友人と会ったりすると「童心に帰る」というように、それぞれその場所に立ち会った年齢のような感情が惹起することは誰にでもあると思います。

 ただこうした精神年齢の若返りは基本的には一時的な現象にとどまる例が多いとも言えます。先程の例でも古い友人と久しぶりに会って話をしている間は若返っても、家に帰って普段見慣れている家族と話してたらまた一気に老け込んでしまうでしょう。もちろん状況次第、やり方次第では若返った状態を維持することも可能でしょうが、そもそもそこまでして精神年齢を若返らせたいという人はいないと思うのでやる人は少ないでしょう。
 そんなことを言っておきながらですが、今現在の私は三年くらい前の日本で働いていた頃より現時点の方が精神年齢は若い気がします。何故精神年齢が若返ったのかというとひとえに中国で働いているから以外にほかなく、経済も右肩上がりであることから社会の空気が前向きで、かつ街中を歩いている人間の平均年齢が少子高齢化の日本と比べると明らかに低く、以前と比べて自分の思考に攻めの姿勢が強くなってきております。

 最後にこれは蛇足かもしれませんが、もう一つ精神年齢が若返ったと思う要素として今現在の自分は失うものが少ないというのも当てはまるかもしれません。やはり日本にいた頃と比べると現職に対する執着(なんとしてでも残らなければ)というものが全くないですし、何が何でも今の状態を維持しようという意識が希薄となっております。変化を求めるのが若者というのであれば、ある意味これがど真ん中なのかもしれませんが。

2012年3月7日水曜日

プラモデルに見る技術力

 先程、同僚らと夕食をしている最中にふとしたことからプラモデルの話題に及びました。ちなみにこの席は男三人に女一人のテーブルでしたが、一度火が付いたら何とやらで女性をほっぽって男三人であれこれプラモのディテールについてなんかやけに熱く盛り上がってしまいました。なんていうか悪いことをした……。

 このプラモデルですが、私もご多分に漏れず他の一般の男の子同様に子供の頃はガンダムを中心によく作っておりました。一番最初は簡単に作れるSDガンダムで、その後小学校の高学年になると何故だか日本の城のプラモに凝りだし、姫路城を始め大阪城、松山城、安土城とかを確か作ってたかと思います。
 ただこうした趣味は中学生に入ると途端に熱が冷めて作らなくなったのですが、何故か一昨年のちょうど中国に行く直前辺りに車のプラモが急に作りたくなり、アマゾンで頭文字Dの岩瀬恭子乗っている黒いRX-7を購入して作ったのをきっかけに、立て続けにランサーエボリューション5、初期型インプレッサWRX-STIなどを一気に作ってしまいました。次に作るとしたらFTOかコペンだろうな。

 こうしたプラモ製作で何がいいのかというと、作っている最中の脳の思考が完全に指先と一致するのが快感です。これは昔に読んだ論文の引用ですが、人間は普段生活する上で複数の内容を思考しながら行動することが多く、たとえば横断歩道を渡る際は信号を気にしつつ右足から踏み出しなおかつ手荷物があればそちらにも気を配るという、このように同時並行で複数の処理をするのが当たり前です。
 これがプラモ製作、まぁこれに限らず料理とか裁縫とかでもそうですけど、これらの作業は指先の動き=脳の思考というくらいに完全に全神経が集中するため、人によっては凄いリラックスできるようです。さすがに子供の頃はこんなこと考えませんでしたが、成人後にプラモを作っているとなるほどと思うことが多く、なにか一点にだけ集中するのがすごい気持ちがいいです。

 話は変わりますが以前にうちの親父がプラモ製作について、「これが日本の技術力を生んだんや」と言っていました。その心というのも子供の頃からこうした手先のいる作業に慣れ親しむことで、複雑な工程にも対応できる人材が育ち世界に誇る技術力が生まれたというものなのですが、あながち嘘ではないんじゃないかと私も思います。私自身も車のプラモを作っている最中に、「ああシャシーってこういう構造してるんだ」とか、外から見るだけでは絶対に思うことのない感想を持ちますし、指先もやるのとやらないのとでは明らかに反応が変わってきます。ここだけの話、最初のRX-7を作った時とインプを作った時ではシール貼りとか精度が段違いでした。
 そんな陰で日本の技術を支えたプラモ業界ですが、昨今の少子化の影響からかやはり売上げとかが落ちているそうです。プラモ屋自体が減ってきていますし地元の友人とも、

「昔はあそこのプラモ屋によく通ってたんだけどなぁ」
「あそこで俺の兄貴もバイトしてたんだよなぁ」

 とかいう会話に時たまなったりします。
 実際のところ最近でプラモを買おうと思っても専門店はもうほとんどないため、アマゾンで買うかヨドバシカメラなど家電小売店で買うしかありません。日本の技術力向上のためにも、こうした小売店にはぜひ頑張ってもらいたいと思う次第です。

  おまけ
 これは余談ですが、太平洋戦争中に日米はお互い必死で軍艦を作り続けましたが、アメリカは同じ設計の軍艦を規格大量生産の如く何隻も作ったのに対し、日本海軍は何を思ったのか効率性を全く無視して一艦ごとに設計が異なった軍艦を作ってました。普通に、あくまで常識的に考えれば同じ用途に使う船だったら部品の共通化とか生産工程の面で同じ設計の船を作った方がいいとわかるはずなのに、こんな調子だから戦争にも負けたんだと真面目に思います。
 ただこうした日本海軍の無駄な努力は戦後になって実を結んだというべきか、半藤一利氏の対談本で書かれてましたが「結局得をしたのは、何十種類も商品をそろえることが出来たプラモ屋だ」と結ばれてました。

2012年3月5日月曜日

議員歳費削減案について

歳費削減、年間300万円=民主、各党に提案へ(時事通信)

 ついさっき帰ってきたので短くまとめます。野田首相は先ほど、普段からの持論の消費税増税を国民に納得してもらうためとして国会議員の年間歳費を300万円、率にして14%をカットする案を発表したようで、野党とも協議を重ねていきたいという姿勢を示しています。この案に対する私の意見を述べると、心意気は悪くはないのですがやっても仕方ないことをしても……といったところです。

 まず徴税の基本的な価値観として「広く浅く」というものがあります。意味はごくごく簡単で10人から10万円ずつ集めて100万円にするよりも、1万人から100円ずつ集めて100万円にする方が個々人に対する影響も反発も少なくいろいろ都合がいいという内容です。今回の国会議員歳費削減案は先程のたとえば前者に当てはまり、確かに実行することで多分20億円以上のお金が浮くことになるでしょうが国全体から見たらやはり微々たる数字です。
 また国会議員歳費はそのまま国会議員の収入となるわけではなく、実際には半分以上が秘書などの給与に使われると聞きます。もちろん秘書なんて雇わなくていいという言い方もできますが、それだと政治家が育たなくなる可能性もある上、国会議員歳費が減ることによって収入の大半をこれに頼る若手銀はますます活動しづらくなり、鳩山元首相みたいな脱税王のような連中がますます有利になる可能性すらあります。

 とはいえ、消費税増税に対する国民の反発を和らげるためにはやはりやらざるを得ないのかもしれません。ただこういう削ったところで限りがあるものを削るくらいなら先ほどの例えの後者こと、公務員給与をもっと一律に引き下げた方がいいのではないかと思います。さらに言うと、国会議員より高いとされて数もやたら多い地方議員の給与も、こっちは国家財政とは別ですが個人的に削る余地は限りなく広いし価値がある気がします。

2012年3月3日土曜日

完璧を求め過ぎるが故の弊害

 去年に香港に出張する直前、よく通っていた自宅近くの日本食屋が閉店しました。移り変わりの激しい上海ならではなのですが、週に一度、そこの定食を食べるのが楽しみだっただけに出張が終わった後の休日はなんだか物足りなさを感じておりました。そこで先週からまた別の日本食屋を見つけ、毎週金曜にそこで昼食を取るのが習慣となってきているのですが、昨日に訪れた際に唐揚げ定食を頼んだところ、ご飯が盛られた茶碗が少し欠けているのを見つけました。

 欠けていると言っても本当にごく一部分で、食べるに当たっては全く問題のない程度です。この欠けた茶碗を見て私は、「欠けたからと言ってすぐに捨てたりせず、物を大事に使うお店なのだな」と感心したのですが、こう思うと同時にほかの日本人が見たらどう思うのかがやや気になりました。
 恐らく日本人みんながそうだとは信じたくはないですが、一部の日本人は間違いなく、「欠けた茶碗を客に出すなんて、なんて失礼な店なんだ」と憤慨した気持ちを持つかと思います。何をどう思おうがそれこそ人の勝手ですが、こうした価値観が社会全体で持たれるというのは私にとってはあまり好ましくありません。言うなれば完璧であること、欠損のないことが当たり前だと信じられる社会は面倒だということで、今日はその辺について少し批評を書きます。

 まず大前提として、あくまで私の目からですが日本人というのはやはり完璧主義がほかの国より強いという印象を受けます。製品の品質はどれも画一的に高い上、少しでも欠点があろうものなら改善していこうという意識が自然と持たれているように見えます。このような「ものつくり」に対する完璧主義は美徳この上ないのですが、これが社会意識、というか人間自体にまで適用されるというのは面倒この上ありません。
 一気に核心を突いた内容を書くと、今の日本の雇用は障害や病気を持った人間はおろか、「出来て当たり前」という慣習に対応できない人間に対してあまりにも冷たすぎる気がします。具体例を挙げると「深夜まで残業が出来ない」、「仕事より家庭優先」、「業務外の会社行事に顔を出さない」ような人たちは採用面接であまりいい目で見られないでしょう。またそれこそ慢性病を持ってて数ヶ月に一回程度の診察が必要だと言ったら、たとえその人がどれだけ優秀であろうともこの時点で不採用とする企業もあるかもしれません。

 さっきの欠けた茶碗についても同様です。道具としての機能に問題がないとしてもほんの一点がほかの完成品と異なるがゆえ、それ全部を廃棄してしまうのは無駄なことこの上ありません。さらに言えばサービスの質だって、どうでもいいようなミスを完璧じゃないからと言って激しく憤慨するなど以ての外でしょう。
 以上のように完璧を自己に求めるのならともかく、外に求め過ぎなところが日本人にはあるかと思います。無論、こうして外に対しても強く求め続けてきたことで高い品質と信頼を培ってきたとも言えますが、その一方で大きな弊害も生んでしまい、現時点では意外と弊害の方が大きくなっているのではないかとこの頃感じます。

 ただこう感じる一方、改善されつつあるのではないかと思う節があります。一つはアルコールに対する社会認識で以前であればそれこそ飲めない社会人は人じゃないという認識が強かったようですが今はそれほどでもなく、またB反市などのように「使う分に問題がないのなら安いものでいい」と買い求める人も増えております。
 しかしハンデを持つ人間の就労についてはまだ議論する、対応する余地がかなり広いかと思います。言ってしまえば健康で一通り何でもできる人間だけの職場にハンデを持つ人間を入れようものなら、普通の人を雇うのと比べて高いコストを支払うこととなります。しかしる一点を以ってハンデを持つ人間を雇用しなければ、その人ひとり分の労働力を丸々捨てるようなもので、これが社会全体でやってるとすれば無駄遣いこの上ないのではないのかと、食後に出されたまずいコーヒーを飲みながら考えていたわけです。

2012年3月2日金曜日

上越新幹線「とき325号」脱線事故を振り返る

 金土休みなので今日は朝はゆっくり眠ろうと思ったら、なんかやけに早く目が覚めて9時から始動してました。ちなみにこのところ毎週どちらかの休みに取材が入っていたので、明日からまた上海で日本系物産展が開かれるという情報がありましたが敢えて黙殺し、取材拒否しました。先週も同じの、というより日中国交正常化40周年記念の物産展に出て行ったし、内容被るのもあれなんで。
 ちなみにその40周年記念の物産展ですが、やっぱり南京市で開く予定だった催しは例の河村市長の発言が原因で中止になったようです。ちょこっとだけ書くと、仮に日本側が何らかのアクションを足らずに正常通りに開催していたら南京市政府が地元住民にシャレ抜きで襲われてしまうので私は中止も仕方ないと思います。まぁこれも煽る材料になるのでしょうが。

上越新幹線脱線事故(Wikipedia)

 話は今日の本題に移りますが、思うところがあるので2004年に起きた上越新幹線脱線事故を取り上げます。この事故は営業中の新幹線としては初の脱線事故となり、ウィキペディアの記事中にも書かれていますが「安全神話崩壊」、「地震に新幹線は弱い」などと当時のメディアには散々に騒がれましたが、私はこの事故はアポロ13に次ぐ程の偉大なる事故だと考えております。

 まず事故当時の状況について簡単に説明しますが、「とき325号」が上越新幹線の浦佐駅~長岡駅間を走行中だった最中に最大深度7の新潟県中越地震が襲い、6・7号車を除き計8両が脱線しました。ただ脱線した車両は軌道を大きく外れず、また街頭路線がカーブのない直線で対向車もすぐに運転を停止したことから衝突は起こらず、奇跡的にも死傷者は一人も出ることはありませんでした。
 さらっと事故状況について書いてみましたが、改めて読み直すと実に凄まじい快挙としか言いようがありません。というのも155人の乗客を乗せた列車が時速200キロで走行中に最大震度7の地震を直撃しておきながら、車両が大破しなかったことはおろかけが人を一人も出さないなんて、SF小説でもこんな大げさな内容を書いてもいいのかと思うくらいです。さらに言えば軌道を支える高架橋もこの地震で崩壊しなかったというのも見逃せない事実です。

 実はこの事故について、失敗学の権威である畑村洋太郎氏の寄稿文を事故後に発行された雑誌で読んだことがあります。これも読んだのは8年前のことか、よく覚えてるな……。
 畑村氏もこの脱線事故について「まさに安全工学の勝利」としか言いようのない快挙だと褒め称えており、早期地震検知警報システム「ユレダス」によって非常ブレーキがすぐ作動したことや、脱線を防ぐレール構造、ほかの車両がすぐに運行を止めたシステムなど快挙の要因を素人の自分にもわかるほど丁寧に説明しておりました。ただその一方で、「単純に運が良かった点も見逃せない」として、事故車両の特徴について指摘がありました。畑村氏によると事故の起きた車両はやや古い車両で、最新の新幹線車両と比べて重心が低い構造だったらしいです。仮に車重が少ない最新型の車両であればこうもうまくいったかとなると議論の余地があるとして、今後はこの点にも注意して車両設計などを進める必要があると、勝って兜の緒を締めるようなすごくかっこいいセリフと共に文をまとめておりました。

 私が今回何故この事故を取り上げようかと思ったのかですが、自宅で暇な時間にネットサーフィンしている最中にこの事故に関連する記事を読んだとの共に、普段からの安全対応においてJRと東電に大きな乖離を感じたからです。JRは地震に対してこれほどまでに対策を備えてバッチリな対応をしたのに対し、東電は確実に予想された津波に対して、下手すればまだはっきりしていないものの地震を受けた時点で駄目になっていた可能性すらあります。
 あとこれは人づてに聞いた話ですがベント解放の一件についても、管元首相と東電の実態について明確な認識の違いがあったと聞きます。ベント解放は放射能を十分に含んだ蒸気を開放する最後の手段であるため他のパイプとは独立したパイプで用意した上、作業員が被爆しないように遠隔操作で出来るようになっているのが世界の原発の標準だそうです。東工大出身の管元首相はそういう認識でベント解放を指示したそうですが、福島原発のベント用パイプは独立しておらず、かつ手動で開放しなければならない代物でそれで東電が躊躇したのではという話を聞きました。仮に事実であればこの一件でも、如何に東電の事故対応が甘かったのかと思い知らされます。

 またさらに言うと、これは今回記事を書くに当たって調べ直している最中に感じたことですが、仮に東日本大震災時の首相が小泉元首相だったらどうだったのか、少し気になりました。というのも新潟県中越地震の際は確かに規模は東日本大震災ほど大きくなかったものの、私の記憶では目立った混乱はなく政府の対応なども極端に的外れなものはありませんでした。私が東日本大震災の政治対応で何より許せなかったのは自民もそろって不信任下決議をしたり、民主党内で内紛をやったりとあんな時期に権力争いをしてたことで、なんていうか8年前と比較してがくっと元気なくなります。

2012年3月1日木曜日

マスコミ業界人の態度について

 かなり以前に官邸記者会見での質問を巡って、「記者の態度が横柄過ぎる」という議論がありました。この態度というのは質問する際の態度を指してて、いくら報道を追及するためとはいえ回答者に対して「何で答えないんですか」などと脅迫するような言い口がやり玉に挙がったものです。この議論が起きている最中に今回書く内容を書いても良かったのですが、ちょっと思うところがあるというか敢えて先延ばしにして、書くネタに困った今日に書くこととなったわけです。

 話をする前に自分の話をしますが、私は経歴としてはかなり変わった過程を経て現在マスコミ業界に身を置いております。別に隠す必要もないので自ら明かしますが、最初は日本で商社に入って、次に中国でメーカー、そして現在の経済紙記者となったわけですが、取材先とかで他のメディアの人たちと世間話する際に自己紹介すると、決まって私の経歴には驚かれます。まぁ向こうとしたらなんで中国語を使う専門的なメディアに未経験者が……ってな感じに見えるのでしょうが。
 そういうこともあるので日々働いている中でたまに、ある種の間隔のズレというものを感じます。もう結論から言ってしまえば、やはりマスコミ業界の人たちには横柄な輩が多いと私は感じます。一例を挙げると、ある式典で運営側がカメラ撮影の制限について説明したところ、まだその人が話をしている最中だというのにある日系国営メディアのカメラマンは、「それでどうやって撮影しろってんだよ!」と、かなりドスの利いた文句を聞こえよがしに言い始めました。それこそもし自分が運営側だったら、「だったらお帰りいただいて結構です」と言いたくなるくらい嫌味な言い方でした。なおその撮影制限は私の目からすると大したものではなく、この際はキヤノンのカメラでしっかり主賓らの撮影に私は成功しております。

 この例に限らず何かと相手を脅かすような言い方で質問したりとか、こっちは取材して取り上げてやるんだからと明らかな上から目線で迫るような人も多いです。記者魂とか記者根性とかいくらでもきれいな言い方をすることが出来ますが、イギリスのことわざの「いい弁護士は悪い隣人」のように、あまりそばにいてもらいたくないような人も少なくないです。
 私の場合は媒体が媒体であることと、年齢がまだ低いこともあるのでどちらかというと下手に出て同情を引くように話を引き出すことが多いです。ちなみにここだけの話、相手が話す内容を既に知っているかのような素振りをするとその先の話を聞き出しやすいです。

 書こうと思えばかける内容はまだとってありますが、このところ友人らが忙しいのかコメントを書いてくれないのでちょっとニーズが汲み取りづらい状況が続いています。何かこのテーマで書いてほしいものがあれば、どなたでも構わないのでコメント欄に書いていただくと幸いです。