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2017年7月13日木曜日

伝説の女性飛行士にまつわる報道について

伝説の女性飛行士イアハート、日本軍の捕虜に? 新たな証拠写真
女性飛行士イアハート「生存写真」、消息絶つ数年前に撮影 専門家(AFP=時事通信)

 少し目についた報道だったので触れておきますが、正直言ってどうしてこんな内容を時事もわざわざ報じるのか理解に苦しみました。記事内容は米国で伝説的な女性飛行士であるイアハートが1937年に消息不明となった事実について、遭難ではなく日本軍に捕虜にされていたのではないか、この写真がその証拠だ、と報じているものです。結論からいうと裏取り取材をするまでもなく事実としてはあり得ず、AFPが報じたからと言ってそれをそのまま和訳して報じる時事通信は何を考えているのだと呆れました。

 この報道が明らかに事実でない根拠は行方不明となった時期が1937年であるという点です。この時点で日本は米国はおろか、中国とも戦争を開始しておらず(行方不明から数日後に盧溝橋事件)、わざわざ著名な米国人女性飛行士を捕虜にして監禁する理由なぞ全くないからです。保護したのだったら普通に米国まで送り届けるに決まっており、一体何故捕虜にしたという説が流れたのかまったくもって理解に苦しみます。
 上のリンク先は初期報道、下のリンク先はその報道に疑義を呈すもので、案の定というか写真自体も1937年より以前に撮影されたものであるとほぼ確定のようです。っていうかなんでこんないい加減な主張の裏取りまでしなきゃならないのか、あほみたいな話ですしそんなあほみたいな話を何の注釈もなしに報じる時事も時事でしょう。ここはたまに呆れた報道をすると思っていましたが未だ変わりなくて何よりです。

 ちなみに少し言及した裏取り取材ですが、これは「発表、報じられた内容が本当に真実であるか」を確かめるための取材です。その裏取り取材について今、「『南京事件』を調査せよ」という本を読んでいますが、この本の作者である清水潔氏こそこの方面の第一人者で、まさに取材の鬼だと私は思います。同じく取材が非常に執拗であることに定評ある方として佐野眞一氏もいますが、程度でいえばやはり清水氏の方が明らかに上回っているように思え、その取材に欠ける執念たるや誇張ではなく異常者と言っていいレベルでしょう。
 これまでの経歴からもそうした徹底した取材ぶりの片鱗が見えますが、今読んでる本でも南京攻略戦に従軍した兵士の書いたスケッチ、事件前後の南京周辺を映したとされる写真を手に取るや、その背景に写っている地形や山の尾根が一致する場所を現地で探しだしてしまうという相変わらずの執拗さを見せています。

 ただ清水氏もこの件の取材については正式開始前、その想定される困難さから「こりゃ難しそうですね」と漏らして暗に中止を訴えかけたものの、横でそれを聞いていた上司が翌日ほかのメンバーを前に、「清水君がやる気を出しているからみんなで頑張ろう」的なことを言って梯子を外すどころか補強されてしまったというエピソードが載せられてました。思うに、この上司は清水氏の性格と能力をしっかり把握しているんだろうなという気がします。

2017年7月12日水曜日

自分に記者になるよう勧めた塾講師

新手の新興宗教

 私が学生だった頃、帰省中の私に対しお袋が、「(私の姉が)早く公務員になればいいのにと言っていたよ」と、暗に公務員を目指すよう勧めてきました。これを聞いたとき私は口には出しませんでしたが、(そこそこ長く自分と関わっているのに、自分の本質を何一つ理解してないんだな)というあきらめに近い感情を覚えました。
 直接私を知っている人間なら話は早いですが、リアルに公務員のことを「公僕」といえば警察官に対しても「国家の狗」と言って憚らないくらいに公務員に対するアレルギーめいた反感が強く、なおかつ型にはまった仕事を明らかに苦手としている私に公務員を勧めるなんてちゃんちゃらおかしい話です。実際周囲の友人も、「花園君は公務員だけは絶対になってはダメだ」とおくびもなくいってきました。まぁ中には、「まぁ性格的に大企業も絶対無理だろうけど」という奴までいましたが……。

 そういう意味では記者職、特に今やってるような半ばフリーで活動するような形が自分にはフィットしているのでしょう。この記者というかジャーナリストになろうと思ったのは中学二年の頃で、当時の塾講師に勧められたことがきっかけでした。
 当時から小説を書き始めた私は漠然と会社勤めよりフリーな立場で仕事したいと思い、小説家を目指そうと中一の時点で認識していました。そのことをマンツーマン教室で教えてもらっていた当時の講師に話したところ、「小説家は売れなければ食えないから、文章で書く仕事であり小説を書く機会もあるから記者になれ」と言われてから記者という職を意識するようになりました。。

 当時はまだ中学生で将来やりたい仕事があるとはっきり言えば格好いいというようなイメージもあって周りにも将来は記者になると言って憚りませんでしたが、高校時代も小説を書いて小説家を目指しており、どっちかっていうと妥協的な職業という認識でいた気がします。ただ高校時代から小説の傍ら評論文を書くようになり、やはり小説書くよりも物事をわかりやすく説明する、分析する方面で自分の能力は優れているかもという実感を持ち始め、大学に入ったころには小説家へのあこがれはもうほとんどなくなって記者以外になろうという考えはあまりありませんでした。

 こうして考えると、あの塾講師が記者になれと言わなかったら自分はマジでどうなっていたのかと思えてならず、地味に大きなアドバイスだったと今更ながら思えてきます。それにしてもまさか当時は本当に記者になれるとは思わず、新卒でマスコミ業界に入れてもらえず一度はあきらめたものの、中国で裏技的に編集職を得て経験を積み、環球時報にまで記事が引用されるようにまでなるとは物事というのはわからないものです。
 なおその恩人ともいうべき講師は当時早稲田大学に通う学生で、第一印象は当時流行の茶髪ロン毛だったことからチャラい人かなという感じでしたが、根は割とクソ真面目な人で、実際に自分の将来を考えてああしたアドバイスくれたのだと思います。また早稲田出身はジャーナリストが多いということも教えてもらったのと単純にその講師の後輩になりたかったことから一時は私も早稲田進学を志望しましたが、それからすぐに広末涼子氏の早稲田大学入学事件が起こり、その講師自身が私に、「早稲田には来るな。そんな価値はない」と言って止めるようになりました。本当に変なところでクソ真面目な人だった。

 その講師とは別ですが、高校時代に通った予備校の講師に一回原稿を見せたところ、この講師は小説家をそのまま目指すようにと期待されました。曰く、「坂口安吾の系統だなお前は」で、当時は何とも思いませんでしたが年取るにつれて白痴論が正しいように思えてくるあたり、この講師も私のことをよく理解してくれていたのだと思えてなりません。

2017年7月11日火曜日

冷やし中華はいつ始まったのか

 昨日同僚と一緒に近くのラーメン屋に行ったところ、「冷やし中華、はじめました」という言葉がメニューの上に踊ってたので頼んで食べました。麺を太麺にしたのがやや失敗でしたが一応はおいしかったです。
 その際に同僚と話をしたのですが、一体いつからこの「冷やし中華、はじめました」というキャッチコピーが使われるようになったのかが少し気になったわけです。ちなみに中国で冷やし中華は「冷中華麺」と書きますが、そもそも冷やし中華は日本発祥で中国には存在しなかったのを考えるとこの訳もいろいろ思うところがあります。

 話は戻りますが上記のキャッチコピーは何もこの店に限らず日本全国どこでも使われており、地味に浸透力の高いキャッチコピーの一つとしてみることができます。例えるなら「土用丑の日のウナギ」に匹敵するレベルで、冷やし中華を始めることと本格的な夏シーズンが到来したことを浮かばせるコピーとなっており、誰が言い出したかは知りませんがここまで広まるのだったらついでに自分の名前も平賀源内みたく売り出しておけばよかったのにという気がします。
 このコピーについて同僚とも少し話しましたが、「始まるのはいいんだけど、冷やし中華終わりましたってコピーはねぇよな」などと、始まりがあるものには必ず終わりがあるという自然原則に反しているのが私としては気になります。毎年夏が来るたびに始まってばっかで誰に知られることもなく終わってはまた夏になって始まるという無限のループが、冷やし中華を取り巻いていると思うとなかなかに因果なものを感じます。

 それにしてもやはり食品についてはキャッチコピーが付くと強くなるものだとも覚えます。先ほどのウナギにしろ、季節と絡めればシーズンごとの大幅な出荷が見込めるわけで、そうしたものを促すコピーを作るというのはなかなかに偉大な仕事でしょう。
 なお以前にも少し書きましたが、近年はこうした世間に浸透するようなキャッチコピーが減りつつあるというかほぼ聞きません。昔はゲームソフトなどでいろんな名キャッチコピーが生まれましたが最近だとゲームでもそういうものは聞かれず、一時期は人気職だったキャッチコピーライターも最近は存在しているのかと疑うくらい目にしません。

 なおコピーとは違いますが記者の腕が問われるのは記事文章はもとより見出しのつけ方です。特にネット記事については見出しでアクセス数が決まると言っても過言ではなく、如何に限られた文字数でドキッとしたり目を引くような言葉を盛り込めるかは実力が左右するところです。
 私が書いているJBプレスの記事ではまずは「中国」という単語を入れるようにしていますが、やはり「中国」と書いているだけで間違いなくアクセス数は上がります。その上で比較的刺激的且つ挑発的な言葉を入れるとさらに上がるわけですが、実は最近見出しつけるのが下手になってきてJBプレスの編集部にちょくちょく直してもらってたりします。

 また話が変に戻りますが以前はゲームソフトで名キャッチコピーが良く生まれてました。敢えて自分もこれに乗っかるというか最近非常にはまった「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」にキャッチコピーをつけるとするならば、「魔女と幼女と迷宮と、エロス溢れる人形兵たち」かなぁ。既存のキャッチコピーで一番うまいなと思うのは「サイレン」の「どうあがいても絶望」ですが。

2017年7月9日日曜日

昨日書きそびれた内容

 昨日の記事で小泉進次郎氏を取り上げた際、オチに持ってこようとしていた話を書きそびれていたことに今気が付きました。

 どんなオチを考えていたのかというと、進次郎氏は割とイケメンながらそこそこ年齢も上がってきたこともあって、なんとなくスーツ姿を見ていると「売れずに年齢重ねてしまった芸人」っぽく見える時がたまにあり、演説の際に聴衆を弄る(=客弄り)のも得意なんだからなんかの機会に漫談でもやってくれないかと密かに期待しています。
 漫談の内容は折角議員なのだから身内ネタことやはり政界を茶化す風刺ネタをやってもらいたいところです。それこそ何かにつけて「忖度忖度……」と言い続けて、ツッコミをする際は「違うだろ、このハゲ!」みたいな形で相方を叩いたりしてくれればいうことなしで、真面目に一回でいいからこれ見たら安心して成仏できるような気がします。

 ちなみに政治ネタのコントに関して、最近一部のお笑い芸人がえらく真面目に政治や社会について意見を発信することが増えていますが、個人的に私は非常に不満です。というのも芸人だったら茶化すように風刺し、聴衆に別の観点を見せてなんぼであって、政治や社会について真面目に語るなんて言うのは仕事放棄もいいところではないかと勝手に考えています。如何に真面目な問題について面白いことを言うのが芸人の仕事だというのに、真面目に答えることに違和感ないのかと非常に疑問です。
 そういう意味で昔から政治お笑いコントグループのザ・ニュースペーパーが気に入ってたりします。最近は日本のテレビ見てないから知りませんが、もっと地上波で取り上げられるべき存在なのではないかと思うのですが是如何に。


2017年7月8日土曜日

次の総裁選のキーマン


 市内でシビックType Rを見つけたので撮影。左下に指入ったの撮影当時は気づかなかった。
 微妙にフロントグリルが今度日本で発売するバージョンと異なっていて果たして本物かやや疑念はあるものの、車体やサイズなどは明らかにレースカーです。どちらにしろ、既にこうして中国で納車されているというのがちょっと驚きです。

 話は本題に入りますが、来年行われる自民党総裁選がこれまで通りとはいかない状況になってきました。説明するまでもなく安倍首相への支持率が下がっているだけでなく党内求心力もダダ下がりの状態で、前回は向かうところ敵なしの状態で再選を果たしましたが果たして次回はどうかといえば前回ほど楽にはいかないことは必定です。
 目下のところ総裁選に出馬してきそうな候補としては石破議員と岸田外務大臣で、特に岸田外務大臣は明確安倍首相からも後継候補として目されているものの、安倍首相からの禅譲を待たずに今回打って出るかが注目されています。私個人としては年齢もそこそこだし多少関係を悪くするにしても岸田大臣は一回は出てみた方がいいのではないかと思ってはいますが。

 仮に誰かしら候補が出て投票にもつれ込む場合ですが、その際に地味にキーマンとなるのは私が見る限り小泉進次郎氏です。言うまでもなく彼は党内外を問わず非常に人気があり、特に一般市民からは大人も子供もおねーさんもと言わんばかりに男女問わず幅広い年齢層から指示されていて、仮に彼が特定候補の応援に回るとしたら総得票の2~3割は動くのではないかとすら私は考えています。そしれ彼が応援に回るとした場合、彼が何を要求するのかも重要で、具体的には大臣ポストを狙うのかでしょう。
 そこそこ在任期間もついてきたので私としてはここで進次郎氏が閣僚入りするのもいいと思っています。自民党は恐らく、特に長老連中は彼を次の次の首相にすることを一つの切り札としてみているところがあり、このスケジュールに載せるのであればそろそろ大臣経験を積むべき時期です。速成させるなら官房長官ですが、さすがにこれは任が重いと思うのでその他の大臣で何かやるべきでしょう。

 こうした大臣ポストを総裁選での応援の代わりに要求するか、その逆に候補のどれかがこうしたポストで彼に応援を依頼するか、こう考えると必然的に彼が次の総裁選のキーマンことキングメーカーに近い立場を演じるのではないかと考えるわけです。もっとも、敢えてここで特定候補の応援に回らず中立を保つというのも一つの選択で、この場合ですと大臣ポストがいきなり得られるわけではないものの下手に特定候補につかず政策で選ぶなどという姿勢を示すことで市民からの人気はさらに高まる可能性があるでしょう。まぁこの辺は本人の選択次第なので私がとやかく言うべきものではないのですが。

 敢えて進次郎氏が誰かの応援を行うという前提で話を進めると、安倍首相が取り込みに成功した場合は十中八九で三選が決定でしょう。逆に岸田大臣が取り込んだ場合、真面目にどうなるかわからず、総裁選前後のスキャンダル状況によっては一気に安倍政権が終わる可能性もあるのではと思います。まぁ私としてはそこそこ長くやったのだし、制度疲労も起こしていて、なおかつそろそろ次代の政治家を育成する時期であることを勘がるとここで安倍首相は引くべきだと個人的には考えているのですが。

2017年7月6日木曜日

両足のマメと私の歩き方

 先週、既に革靴の底部と上乗部の一部がはがれるくらいに酷使していたので、古い革靴を捨てて新しい革靴を購入しました。なお中国の革靴についてですが友人曰く、「高くても安くても耐久性は同じ」とのことなので、その友人は安いのを買ってはすぐ履き潰しています。
 私もこれに倣ったというか、前回は200元(約3200円)の革靴でしたが今回は100元(約1600円)のを購入して今秋から履いていますが、何もこの革靴に限るわけじゃないものの新品でなじんでないことから今両足に半端ないマメができて歩行が苦しいです。

 私に限らず新しい革靴だと靴擦れなどで同じようにマメとか擦過傷ができる人もいるでしょうが、私の場合は多分人と違うというか何故か前足、それも足指の付け根辺りに大きなマメができます。こうなる理由というのも歩き方がおかしいせいで、具体的に言えばあまり膝を曲げずに腿も上げず、どちらかといえば足首を左右に動かすことですり足のようにして歩くからで、体重をかけた地面との接触面はかかとよりも前足にかかることが多いです。そのせいか靴下も爪先やかかとが破れることはほぼなく、上記の前足部にしか穴は空きません。

 一体何故こんな妙な歩き方しているのかというと、単純に早いからです。中学時代に様々な歩き方を通学路で研究して最終的にこの歩き方へと至り、その甲斐あって日本人相手に歩行で抜かれることはまずなく、っていうか一緒に歩いた人は悉く、「足が痛いんだけど……」と途中で私の速さについてこれずギブアップします。
 また中国人は平均的に日本人よりも歩行速度が高いですが、ここ上海でも後ろから歩いてきた人間に抜かれることはほぼ皆無です。昔は中国人は足が速いなと思いつつよく抜かれてましたが、今や自分の方が早くなってしまいました。

 ただそんな私でも、香港人にはリアルでガンガン抜かれます。真面目に歩行世界最速は香港人だと思え、次元の違う歩き方で異常なスピードを彼らは維持しています。

 もっとも両足にマメのある今の私の状態ではリアルに歩くことすらおぼつかず、今日なんか通勤中に杖が欲しくてたまりませんでした。オフィスで水をコップに入れに行くのすら辛かったし。
 最後に余談ですが、この前何の気なしにスニーカーの靴底を見たら、何故か前足の一点部だけ深く掘りぬかれており、一体どういう歩き方したらこんな靴底できるんだよと自分で呆れました。

2017年7月5日水曜日

今思うと理不尽だった陸上部顧問

 以前にも書きましたがまた今度書いてもいいなと思うネタとして、日本の教育は突き詰めれば子供の自我を徹底的に破壊した上で従順にさせるところに狙いがあるというものがあります。真面目な話、私は大半の日本人には自我なぞなく、その思考から行動まで自分がどうしたいかよりも周りと同じであるように振舞おうとするところがあり、だからこそ戦前もあんなむちゃくちゃな戦争ムードに流されたと考えています。

 その話にもつながりますが日本では上記の通り自我を取り除くという意識が強いことから、教師の指示には疑うな、ただ従えしかありません。ご多分に漏れず私も子供の頃は「あれ、変だぞ?」と思いながらも渋々従ったことが何度もあるのですが、今思い返すと小学校の頃の陸上部顧問は正常であるかどうか以前に非常にやばい指導してたなと思えてなりません。

 具体的にどんな指導したのかというと、全体練習で何故か片足ケンケンで数十メートル走らせ足りするなど、運動量はともかくとして体のバランスを崩させるような動作を何故か定期練習に組み込んでいました。また当時私は選択種目としてハードルを選んでいましたが、4月生まれとあって人より早く成長痛が来るようになり、ある日あまりの痛みからジャンプすることもままならなくなって顧問に「足が痛いのですが」と伝えたところ、「ハードルやってる人の宿命です」といってそのまま練習を続行させられました。
 今思うと、詳しい痛みの症状も聞かなかったばかりか成長痛起こしている子供にただでさえ足を痛めやすいハードルの練習を続けさせるなど、よくこんな了見で部活の顧問やってたなと甚だ呆れます。ちなみに結構症状ひどかったのでこの時期は病院に通って赤外線治療とか受けていました。

 この私の顧問に限らず、熱中症対策など明らかに把握しておくべき内容を把握していない運動部の顧問は世の中に多いと思います。しかし最近は顧問に対してもいろいろクレーム就くことが増えているは言え基本的に日本の教育は指導者への絶対服従を是とするところがあり、あからさまに間違った、具体的に言えば体を壊すような指導をする人間は本人の自覚もないまま指導を続けてるんだと思います。
 あまり反逆的なことを言うべきではないものの、やはり指導に関しておかしいと感じたらその気持ちは簡単には捨てず、自分の体を守ることを第一に考えて指導者を疑うべきでしょう。どうしてもそのスポーツを続けたければ外部のクラブに入るといった選択肢も入れるべきで、唯々諾々と従うべきではないと主張したいです。