また史記の話ですが、前にも書いたとおりに史記は言ってしまえば「優秀なる敗者たちの物語」です。史記で紹介される人物のそのほとんどは当時としては非常に優秀な人物ばかりですが、最終的にはその才能が理解されなかったり周囲に妬みをもたれたために悲劇的な末路を辿る者ばかりです。
その代表格ともいえるのが今日紹介する呉起と商鞅の二人で、両者はその運命から生前に行った政策までもが全く似通っているので、最近歴史の記事を書いていないのもあるのでこの機会に私からも紹介しようと思います。
まず日本の戦国時代を題材にした本を読むとよく出てくるのが「孫呉の兵法」という言葉ですが、孫呉の孫は孫子の兵法とみんな知っていますが、後ろの呉という文字が何故入ってくるのかとなると意外に知らない人間が多いように思えます。この呉の文字こそ、ここで紹介する呉子こと本名呉起のことで、この人物は中国の戦国時代に軍略から政略に至るまで幅広く活躍した人物です。
呉起は当初いろんなところを流浪し、一時は魏の国にて活躍をしたのですが彼の後ろ盾となっていた当時の魏王が死んだことによりその地を離れ、当時、というより戦国時代全体を通して後に中国をはじめて統一する秦に次ぐ強国だった楚に行きました。そこで呉起は戦争の指揮から内政の指導に至るまで文字通り大車輪のごとくの活躍を見せ、彼がいた時代に楚は大きく躍進しています。
特に戦争についてのエピソードでは面白いものが多く、呉起は最高司令官にあるにもかかわらず在軍中は一平卒と同じ格好をした挙句、馬にも乗らずに徒歩で一緒に進軍していたそうで、更には負傷した兵士を見ると片っ端から自らの口で膿を吸い出すなどして兵士を鼓舞していったそうで、これを見た兵士たちも否応にも士気は高まり連戦連勝を繰り返して行ったそうです。
そして内政面では、これははっきり言いますが当時としては非常に画期的なことに家臣の雇用において俸禄制を実施しています。
それまでに当時の国家は家臣を召抱え場合、功績があった際に恩賞として国王は土地を与えていました。しかし与える土地にはもちろん限りがあり、一旦上げてしまうとその土地は一族に受け継がれていくのでよほどのことがない限りはその土地を再び召し上げることも出来ず、自然と土地は国王の一族だけに独占されていくようになってよほどのことがない限り外部の人間に土地を与えることはありませんでした。これに対して呉起は家臣の土地を一旦全部召し上げて、その代わりに領土で取れる小麦などの農作物を現代の給料のような形で与える方式の俸禄制に切替え、身分の世襲から才能ある人物の活発な登用など固定した環境を流動的に変えていきました。
ちなみに、この俸禄制を日本で本格的に運用したのは織田信長が初めてです。信長はごく限られた一族の人間を除いて家臣へは俸禄で以って雇い続け、浅井、朝倉を打ち倒した後に初めて明智光秀に領国を与えています。なお信長は16世紀の人物に対して呉起は前4世紀の人物で、如何に呉起に先見性があった、もとい当時の日本の制度が遅れていたかがよくわかります。
こうして楚は優秀な人材を揃えた上に役に立たない人物は片っ端から田舎に送って開発を行わせたために強国になりましたが、呉起の後ろ盾となっていた当時の楚王が死んだことにより、かつて土地を有していた元貴族たちがこの時に恨みを晴らさんとばかりに呉起を襲って殺してしまいました。そして呉起の死後に楚は制度を元通りに戻してしまい、横山光輝氏などは呉起の取った政策を「川面に一石を投じただけだった」と評しております。
それに対してもう一人の商鞅はというと、この人は紆余曲折あった後に戦国時代で常に最強国であり続けた秦に入り、最高権力者の宰相となった後に先ほどの俸禄制へと切り替えています。
なおこの商鞅はごく初期の段階で外国人でありながら秦の宰相をやっております。このあと秦は范雎や李斯と、なかば宰相は外国人がやるものとばかりに優秀であれば誰であろうとぼんぼん秦は引き入れています。またこの商鞅は法家の祖先とも言われ、性悪説を前提にすべての人間の行動を法で以って規制しようと片っ端から細かいところまで法律を制定して行ったことで有名です。
ここまで言えばわかると思いますが、商鞅も後ろ盾の当時の秦王が死んだ後はかねてより妬んでいた重臣らに告げ口をされて追われる身となるのですが、逃げようにも自分が作った厳しい法律によってなかなか国外へ脱出できないばかりか、こちらも自分で整備した監視網によってあっさりと捕まり、最後は牛裂きにされて死んでいます。
しかし秦の場合は楚と違い、俸禄制などの商鞅が改革した制度を維持し続けました。改革者の商鞅自体は亡くなったものの、彼の作った制度の元でその後の秦は他国を遙かに凌駕するようになりついには中国を初めて統一するに至るのです。
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