この連載も既に開始から三ヶ月近くたっていますが、そろそろスパートかけて一気に終わらせにかかろうと思います。大分自分の中で今後の話の整理もついてきたし。
さて失われた十年の間で最も大きな災害というと、それは間違いなく今回のお題となっている阪神大震災においてほかはないでしょう。元々この地震は官公庁が当初は兵庫県南部地震と読んだのですが、メディアなどで阪神大震災という関東大震災にかけたこの名前が浸透するにしたがって、いつの間にか国の方でも正式名称にするようになったちょっと変わった経緯を持っています。
それでこの地震の被害の規模ですが、戦後としては最大規模の被害となり、経済面ではただでさえバブル以前に投機的な投資が他地域より多く行われたために崩壊後の不景気に悩まされていた関西地域がこれで止めを刺される形となって、去年までは全国的に羽振りがいいといわれる中で関西地域だけは未だにずっと深刻な不景気に悩まされ続け、世界景気が悪化した現在に至っては更に問題が大きくなっているといわれています。
企業単位では関西地域に本拠地を持っていた企業はこの地震で軒並み大打撃を受けることとなり、それ以前からも凋落していたダイエーが本格的に経営に行き詰るようになったのも、関西を本拠地として大型店を多数抱えていたものの地震によっていくつか倒壊してしまったことが原因だと言われています。
逆に見事に復活した稀有な例として神戸製鋼の例があります。この辺はプロジェクトXでも取り上げられていましたが、大量の溶かした鉄が入っていた炉の火が地震によって消えてしまい、炉の中に大量の鉄が固まって再建は不可能と言われながらも見事に炉を炊きなおし事業再開にこぎつけています。
こうした経済的な被害はもとより人的被害も四桁にも及ぶ死者数を出し、人生を一変させられた人も数多くいたことでしょう。特に災害時が一月だったことから、大学受験を控えた方などは同時どのように対応したのか考えるだけに重苦しい気持ちになります。もっともこの一月という時期は救助や支援においては比較的めぐまれていた時期で、食料などの支援物資が腐敗することは避けられました。一説によると、もし地震が夏場に起きていたら感染病などが起きるなど二次被害がずっと深刻になったといわれています。
またこうしたことから大規模な救助活動が行わたため、この時期を境に日本の救助、救援活動というものは各方面で大きく見直されることとなりました。まず代表的なのは消防車のホースで、それまでホースの口の規格が各県でバラバラにされており、応援に駆けつけた近隣の都道府県の消防車がなかなか現地で水を放水できなかったという反省から、現在では全国でこの規格が統一されております。そしてこうした救急隊と共に、救助活動で大きく世間の見方を変えたのが自衛隊でした。
私などは当時はまだちっちゃな子供でしたが、やはり子供心に自衛隊は戦争のための軍隊で、日本に本当に必要か疑問を感じていました。しかしこの阪神大震災時の救援活動を見ることにより、自守自衛のためよりこうした大規模災害のために自衛隊は必要なのだと思うようになり、世間一般でも阪神大震災をきっかけに自衛隊への感情を好転させております。
なおこの自衛隊の出動についてですが、震災当時は出動が遅れたために助けられた被害者を助けられなかったとして、当時社会党出身であった村山富一元首相がそのスタンスゆえに出動をためらったのだとして一気に批判が起こりましたが、これは以前の記事でも書きましたがあの一党独裁の中国でさえ去年の四川大地震で人民解放軍が思うように救助活動が出来なかったことを見るにつけ、当時の村山元首相の側近が言っている様に前例のない事態ゆえに村山元首相でなくとも迅速な対応は不可能だったのではと私も思うようになりました。ちょっと前まで激しくこの件で私は村山元首相を批判していましたが、今では逆に擁護する立場に回っております。
もちろんこの時の反省は強く生かされ、現在では各方面の災害救助において日本の自衛隊は出動面での法整備が整えられ、またこの方面で訓練を専門的に行うことで世界でもトップクラスの能力を持つに至っております。私の専門の社会学の中の一分野である災害社会学では、広義で戦争も災害として分類しております。そういう意味でこの際、自衛隊という名前はやめて「国際災害救助隊」という名前にするのもよいのではないかと思っています。PKOとかもあるんだし。
それにしてもこの阪神大震災が起きた95年というのは非常にめまぐるしく事件が起きた年であります。もうあまり記憶していない方が多いかもしれませんが、実はこの年に世界初のバイオテロこと、あの忌まわしい地下鉄サリン事件が起きています。次回はこの地下鉄サリン事件とオウム真理教について解説すると共に、この時代の風潮といった話へつなげていこうと思います。
確か、イチローが200本安打を達成したのもこのころですよね。
返信削除自衛隊の活躍には僕もかなり考え方を好転させました。迅速な行動は取れなかったかもしれませんが、東海大震災の時にはちゃんと動いてほしいものです。僕も他人事ではないので。
私が2003年に国のサイト行ったら、東海地震は2004年までには必ず起こるとか書いていました。この手の話もいろいろかけるんだけど、ちょっとこのところ別の記事で忙しいからなかなか書けないなぁ(^_^.)
返信削除