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2009年10月22日木曜日

グローバル化時代の処方箋

 最近すっかり経済関係の記事を書かなくなって久しいので、今日は久々にこの方面の話を一つ書いておこうと思います。といっても内容は他の記事の紹介で、引用するのは今月の文芸春秋に寄稿されている浜矩子氏の「平成グローバル恐慌の謎を解く」です。それにしても文芸春秋ではこの浜氏に限らず、荻原博子氏など女流経済評論家の経済記事ばかり目に付きます。どちらもいつもすごく面白いのですが。

 浜氏は昨年度のリーマンショックより続く今回の世界的大不況について、まずこの不況を乗り越えて安定した経済に立て直すためには現状をしっかりと分析をして、問題の発端となった原因を洗い出してその対策を行わなければならないとこの記事で強く訴えています。それを踏まえて浜氏は今年始めに配られた定額給付金などはまずお金をばら撒くという結論ありきで進められた政策であって、それが一体どのように景気対策になるのかという根拠などなく、それがゆえに麻生政権はこの政策の意義を説明できなかったのだとチクリと批判しています。

 では今回の不況の根本的原因は何かというと、それは周囲も述べているように浜氏も過剰なグローバル化が原因だと断言しています。クリック一つで大金が国境を越える投資に使われ、トイレットペーパーから衣服までそうした物資がまだ普及しきっていない中国で作られたものが世界中で消費されるなど、二十年前と現在とを比べると世界の距離というのは明らかに縮まりました。こうしたグローバル化は様々な安価な商品が消費者に届くようになった一方、製造業を初めとして企業は世界中の企業と競争相手となり、ほぼすべての国と産業においてその構造が大きく歪められる事となりました。

 そうして出来た歪みの中でも最も目に見える形になって現れたのが労働体系で、安価な中国の労働力の影響を受けた日本でも正社員の給料の削減から派遣労働の実施などが広がり、特に派遣労働ではそれまで聖域とされていた肉体労働現場においても派遣労働者が使われるようになりました。この派遣については私もかつて皮肉りましたが、昔は最低の労働環境と揶揄されていた自動車工業での期間従業員ですらも派遣労働者などよりずっと高待遇であると言われる始末でした。

 と、ここまでだったらそんじょそこらの自称経済評論家などがよく言っている内容なのですが、浜氏の面白いところはこの日本のグローバル化はどのようにして始まったのかを分析している点です。一見すると投資ファンドなどの金融企業を放任して外国企業の買収を次々と繰り返していき、今回のリーマンショックの発信源となったアメリカがグローバル化を世界に推し進めたと思いがちで、事実私もそのように考えていたのですが、浜氏は事実は逆でむしろ日本自らがグローバル化を推し進めていったと評しております。いわば今回の大不況を引き起こした原因となるグローバル化は、外からでなく内からやってきたというわけです。

 浜氏によるとかつての村上ファンドの村上正彰氏やライブドアを率いた堀江貴文氏などむしろ日本人の中から「ハゲタカファンド」と呼ばれるような投資家が次々と現れ、彼らに呼応するかのように他の日本企業も「株主重視」を叫びあうなど、むしろ日本企業は率先してグローバル化を推し進めていたと述べています。
 この浜氏の見方に私も同感で、私も「失われた十年」の連載にて書いていますが、90年代後半の日本企業はどこもこのままでは世界に負けてしまうなどと自ら不安を煽っては、成果主義や株主重視主義、そしてなによりも国内で売り上げを伸ばす事よりも海外での売り上げ向上ばかりを目指すようになっていた気がします。

 浜氏もその点について指摘しており、その代表例としてトヨタ自動車を挙げていました。リーマンショック前は純利益で二兆円以上もの空前の業績を叩き出していたトヨタでしたが、リーマンショック後はまさに天国から地獄とも言うべき四千六百十億円もの赤字に転落し、どうやればここまで業績をひっくり返せるのかと思うくらいの凄まじい落ち込み振りを見せました。このトヨタの失墜原因は分かっている人には自明ですが、かつての空前の利益の大半は日本国外での販売、いわばグローバル化によってもたらされた益であり、日本国内での販売に限ればかねてより赤字であったと言われています。

 つまり日本を代表する企業のトヨタがあれだけの利益を叩き出していたのは、自らが率先して海外進出を図ってグローバル化を推し進めていたからだと暗に浜氏は述べているのだと思います。しかしそうして推し進めたグローバル化はリーマンショックによって文字通り反転し、今度は逆にトヨタを苦しめる原因となっているというのはなかなかに考えさせられる話です。

 浜氏は結論部はややぼかして、

「私はリーマン・ショック以後の世界は、「国破れて山河あり」の時代だと考えている」

 とまとめております。
 ちょっとこの意味は私にもはかりかねるので敢えて余計な当て推量はせずにおきますが、私自身はかねてよりアンチグローバリストを自称しており、今後は如何に「国境」というもの定義するかが重要だと考えております。少なくとも、国家以上に企業が国境を跨ぐというのは今の時代には早いと思います。

3 件のコメント:

  1. いつも楽しく拝読しています。

    >リーマンショック前は純利益で二兆円以上もの空前の業績を叩き出していたトヨタでしたが、リーマンショック後はまさに天国から地獄とも言うべき四千六百十億円もの赤字に転落し、どうやればここまで業績をひっくり返せるのかと思うくらいの凄まじい落ち込み振りを見せました。

    これは、海外販売比率の問題もありますが、それ以上に為替も関係しているのではないでしょうか。
    1円円高になると利益も数十億円変動しますので。昨年末から今年の上半期は円高傾向が強かったですからね。


    >少なくとも、国家以上に企業が国境を跨ぐというのは今の時代には早いと思います。

    というのもやや疑問を感じます。早いといってももう世界のこの流れは押し留められないと思っています。ならば日本は鎖国するしかないのですが、はたしてこの時代にできるか、という問題があるのではないでしょうか。

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  2. >「私はリーマン・ショック以後の世界は、「国破れて山河あり」の時代だと考えている」

    国は借金とかえらいことになるけども、日本人の幸福の源泉である、おいしい食事、安全な交通、安心な水道、下水、きれいな街などが残ってまずまずだと言う感じかなと思います。春望もそんな感じのイメージだったので。

    花園さんは、どんな推量は持ってますか?

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  3. >takedowngateさん
     確かトヨタもソニーもリーマンショック以前は105円くらいで予算作っていて、1円変動するごとにトヨタは600億、ソニーは60億の損になる計算だったそうです。

     言われるとおりにこの二社の業績悪化の主原因は円高ですが、逆を言えばそれだけ海外での販売に経営を依存していたということで、いわばグローバル化の旨みを吸っていた企業ほど今回の損失が大きかったのではないかと言いたくトヨタの例を挙げさせてもらいました。事実自動車会社の中のリーマンショック後の株価の落ち込みは、海外販売の少なかったマツダが一番低かったです。もっとも、マツダはいつも死にかかっていると言われてますが。

     企業が国家以上国境を跨ぐということについてはちょうど書きたかった内容なので、次の記事で詳しく返事します。

    >Sophieさん
     今回引用した浜矩子氏のこの結論の前後では、国民の「豊かさのなかの品行」を軽減するレスキュー隊のような役割が国家に求められていると書いており、額面通りに受け取るなら国民生活の破綻をギリギリのところでもいいからまずは食い止める事が大事だとして、「国」が弱っても「山河」にあたる人々と自然や文化がしっかり残ればいいと書いています。

     しかし私は浜氏は暗に、グローバル化に追従するだけでなくこれからはしっかりと展望を持ち、きちんとした経済体制を日本人は自ら選び取らなければいけないのだと、ちょっと深読みし過ぎかもしれませんが私は考えました。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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