特攻作戦というと二次大戦時に旧日本軍が行った作戦として日本人なら誰でも知っているかと思いますが、二次大戦時であればその決死性と共に特殊さが際立っていたものの現代ではイスラム過激派などの自爆テロが横行し、以前よりはこういった面の特殊性は薄れているかもしれません。
そうした特殊性は置いておいて、この特攻作戦の価値や意義については未だに議論が強くなされております。戦後から60年以上経ったことでようやく感情的な議論は少なくなってきておりますが、それでも一部の前大戦賛美者からは日本の優れた精神性から生まれた作戦であったなどと反吐が出るような意見が出てくる事もあります。
結論から言えば、私は特攻作戦は人間性と効率性を無視しただけの意味のない自己破滅的作戦であったと考えております。
特攻が作戦としての戦術的価値がなかったことについては現在でも一般的な意見になりつつありますがこれについては調べれば調べるほど呆れた事実が出てきて、まず数百キロの爆弾を機体に括りつけて敵艦隊に対して胴体突撃を敢行すること自体が無茶もいい加減にしろというような内容です。これなんか私の後輩が昔に言っていましたが、二次大戦当時に日本は他国と比べて「弾幕」という無数の銃弾で壁を作る事によって攻防一体となす概念が薄かったといわれ、事実当時の日本陸軍参謀の堀栄三がパイロットらの意見を聞いた上で実際の戦闘を視察した際、上層部よりの敵艦に接近した上で攻撃せよという命令が現場ではほぼ実行不可能な意見であるものだと断じた上で報告しております。
そんな銃弾の雨の中をただでさえ重たい爆弾を持って突っ込むなんて冗談もいいところなのですが、そんな無茶な作戦に対してただでさえ戦争後半に少なくなっていた訓練されたパイロットの命を消費するという発想自体も非常に馬鹿げております。
通説、というより一部の礼賛者の意見では特攻作戦はすべて志願者によって行われたと言われておりますが、文芸春秋10月号の記事によると特攻隊の生き残り、または特攻隊員を指名した下士官らの意見を聞くと、実際の現場では志願を強制されたというのが実態だったようです。また私個人の意見としても、今も残る特攻隊員の遺書を見るととても自発的に特攻隊員が集められたとはとても思えません。
その上で自分がこの作戦に腹立たしさを感じる点として、この作戦を指導した軍上層部自体がそもそもこの作戦に戦術的価値を見出していなかったという点です。はっきり言いますが、太平洋戦争は日本がサイパンをアメリカに奪取された時点でほぼ勝敗は決していました。ドイツもドイツで国土が蹂躙されるまで最後まで降伏しませんでしたが、賢明な指導者であれば、開戦はともかくサイパン陥落の時点で日本が降伏すべきだという事を十分に理解できたはずです。
そんな劣勢下の中、特攻作戦は終戦の最後の最後の日まで実行されました。聞くところによると玉音放送のあった8/15に降伏宣言を知らずに出撃した特攻隊は、目標の沖縄上空に現れるや米軍基地へは突入せず次々と岩礁地帯へ突っ込んだそうです。好意的解釈を行うならば、上空から見下ろした米軍の様子を見た特攻隊員らは日本の降伏を察知し、自分達の攻撃が後に影響を及ぼさないように自決したとされています。
さらにこの特攻作戦は終盤ともなると、通常戦闘使用機だけでなく性能の劣る訓練用機でも行われるようになります。ただでさえ正規機より突入が難しいと言われていながら訓練機も作戦に導入されたのは、一説では米軍の本土上陸時に特攻作戦がどれほど有効であるかを試すためだけであったとも言われています。
これは太平洋戦争全般、特に沖縄戦において言えることですが、本来国民の生命や財産を守るべき軍隊が国民の生命や財産をないがしろにしてでも軍という組織を守ろうとしたのがあの戦争だったと私は考えています。因みに天皇制についてはポツダム宣言受諾を巡って争点となったと言われておりますが、私が見ている限りだとどうもそれはうそ臭い気がします。陸軍の過激派などはもし昭和天皇が降伏を受け入れようとする素振りを見せようならば強制的に退位させ、別の皇族を天皇を立てればいいと主張していたグループもありました。
そういった意味ではこの特攻作戦も、国家が国民の命を弄んだ愚行以外の何者でもないと思います。なお今回ちょっと調べなおしていて意外だったのは、通説では特攻の生みの親とされている大西瀧治郎海軍中将は実際には特攻作戦を起案していないという意見が現代では強まっていたという事です。まだはっきりしないのでこの点については今後の研究を期待します。
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