自分にしては珍しくここ三日間更新がありませんでした。理由は単純に飲み会が昨日一昨日とあって帰宅がどちらも11時を過ぎてただけで、ネタ不足とかそういうわけではありません。
そういうわけで今日は久々の更新となりますが、まず一つの話から紹介します。その話が載っているのは文芸春秋の1月号で、料亭の京都吉兆で料理長をしている徳岡邦夫氏のコラムです。
そのコラムによると老舗料亭である京都吉兆もバブル崩壊後は経営が悪化し、料理長である徳岡氏は再建のために様々な改革に取り組んだそうです。まず取り組んだのは「人」こと人材採用で、それまで縁故採用が多かった料理人の採用に当たってなけなしの予算五万円をかけて外部に求人広告による募集をかけ、そうして集めた新人三人の教育に当たり以下のようなことをしたそうです。
「その施策の中には、かつての料亭文化ではありえないようなものも多かった。たとえば、「料理は見て盗め」といわれていた厨房の世界だが、新人にもどんどんレシピを教えてしまうようにした。また、料理経験のある人ならば、包丁もすぐに持たせてしまうこともある。これも、従来では考えられなかったことだ。
こうした料亭の常識は、実は百害あって一利なし、先輩料理人が後輩に追いつかれないために存在している悪習でしかないと私は考えて、それらを一掃してしまったのだ。」
(文芸春秋2011年1月号より引用)
正直に言って私は、こういうことを現役の料理人の方が口にするということに非常に驚きました。私は実際にそういう調理の世界に入ったことはないものの新人は皿洗いなど雑用を数年間経て初めて包丁を握らせてもらうものだと聞いていただけに、入ってすぐにレシピから包丁まで、しかも老舗料亭でそういうことが実施されてたなんて思いもよりませんでした。
ただ言われて見ると徳岡氏の言う通りに料理人というのは包丁持ってなんぼのもんだし、雑用を誰かがこなさなければならないとはしても新人料理人の教育に際して早くにそういった直接的な技術は教えた方がいいに決まってます。それにもかかわらず「新人は皿洗い」というイメージが私の中にあったのは、これもまた徳岡氏の言うように先輩料理人による悪習としか言いようがないでしょう。
この京都吉兆は直接関係はないものの例の船場吉兆の事件の際にはとばっちりを受けたそうでいろいろと大変だったそうですが、その後もこうした徳岡氏の改革が功を奏したかミシュランガイドにて三ツ星の評価を得たそうです。この話一つとってもなかなか含蓄があって面白いのですが、ちょっと気にかかったというか先ほどの新人料理人にすぐに包丁を握らせるという話から別に思い当たったエピソードがありました。
そのエピソードというのはほかならぬ田中角栄の生前のエピソードで、以前に鳩山邦夫氏が言っていた話です。兄に鳩山由紀夫元首相がいるのでこれから邦夫氏と表記しますが、邦夫氏は大学卒業後に政治家を志してすぐに田中角栄氏の秘書を始めたのですが、その秘書時代に田中角栄は邦夫氏に対しこんなことを言ったそうです。
「君も将来立派な政治家になろうとするのであれば、今の自分を見てよく反面教師としておきなさい」
当時の田中角栄は絶頂期であったために邦夫氏は一体先生のどこを反面教師とするところがあるのだと聞き返したところ、続けてこう話したそうです。
「確かに俺は今調子はいいが、ここに至るまで相当無理をやってきている。若いうちの苦労は買ってでもしろとは言うが、余計な苦労はしないに越したことはないんだ」
後に田中角栄はロッキード事件など金銭に絡む事件で特捜に逮捕されることになりますが、その時に至って邦夫氏はあの時の田中角栄の言葉はこういうことだったのか、つまり金策のために脱法行為も行っていたということを理解したそうです。
今でこそこういうことは常識はずれですが、当時の政界は工作に当たって何につけても金が必要だったそうですから私はこの点で極端に田中角栄を批判する気はありません。むしろこうした金策に対して田中角栄本人もある程度気にしていたというか、やらずに済むならやらない方がいいと考えていたということが少し驚きで、やっぱり人の子だったんだなとちょっと親近感が湧きました。まぁ逆を言えば邦夫氏の実家が金持ちなんだから無理に金策するなと言っていたんでしょうけど、邦夫氏の兄のことを思うといろいろ複雑です。
すでに大分長いですが久々の更新でテンションがやけに高いのでこのまま一本の記事にまとめてしまいますが、私が上記二つのエピソードからこのところよく思い耽っているのは「余計な苦労」という言葉です。京都吉兆、というよりそれまで料亭の暗黙の文化だった「新人は初め数年間は皿洗い」といい、田中角栄など当時の政治家による「脱法行為による金策」、どちらもやらずに済むのならそれに越したことはありません。
上記の田中角栄の台詞の中にあるように世の中には「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉が流布していますが、一応まだこの言葉をかけられる若者身分の私からするとあまり反抗的では良くないと思いつつも、この言葉は上の連中からすると随分都合のいい言葉だなと生意気にも大体中学生くらいの頃から感じていました。そんな性格ゆえによくパソコンに対して八つ当たりするくらい今でも忍耐力がないままなのですがそれでも敢えて続けて言わせてもらうと、苦労とは言っても『必要な苦労』と『余計な苦労』とではっきりと別れるのではないかと思います。
たとえば大学受験に合格するために長時間の勉強をしたり、体を鍛えるために走り込みを行うなどそれぞれ目的に合致した必要な苦労というものがあると思います。こういった必要な苦労に対してよく運動部などにある上級生の下級生に対するしごき、たとえば野球部における球拾いとか下級生は更衣室を使えないとか(私の実体験)、それぞれのスポーツ技術の向上には全く関係ないと言える余計な苦労も、というかこっちの方が世の中ごくごく溢れかえっております。こういったしごきについてよく指導者や上級生は上下関係を教えたり忍耐力をつけさせるために必要だと主張しますが、では目的に合った苦労では忍耐力はつかないのかと私は逆に問いたいです。
大学の受験勉強然り、長時間の走りこみ然り、言うは簡単ですがこれらをこなすとなるとなかなか大変な苦労で、実行にあたりそこそこの忍耐力が要求されます。しかも先ほどの運動部によるしごきと比べてこれらの必要な苦労はそれぞれの目的に対して学力の向上、体力の向上といった付帯効果があり、その上で私はちゃんと続けることで忍耐力も共に鍛えられるのではないかと思います。忍耐力がどちらでも鍛えられるのであれば、しごきといった余計な苦労はせずに必要な苦労を率先してやっていった方がずっと効率的ではないでしょうか。
私は何も、なんでも苦労を避けて楽な道を選ぶべきだと言うつもりはさらさらありません。きちんと目的を持ち、その目的を達成するために必要な苦労はどんどんとやるべきである一方、その目的達成に対して何の関係もない苦労はやらないに越したことはない、むしろ時間の無駄となるのでそういった余計な苦労は避けた方がいいと私は主張したいのです。
そうは言っても世の中理不尽なことが多いのでそういったことに耐性をつけるためにもある程度は余計な苦労もしておく必要があるのではないかと言われる方もいるかもしれませんが、私はそのような理不尽に対する耐性は必要な苦労でも得られると思いますし、そもそも理不尽に対して何でもかんでも黙っているのもまた問題な気がします。その理不尽を甘受せずに環境を変えるなり対策を行う方がずっと前進的でしょう。ま、多少の我慢はもちろん必要ですが。
私はこのところ自分を取り巻く環境に対し、今自分が負担に感じている苦労は必要な苦労なのか余計な苦労なのかとよく考えています。もちろん必要な苦労だと思えば心情的にも軽くなるし頑張ろうという気持ちも持てますが、余計な苦労だと一体何のために我慢しているのかと考えれば考えるほど余計に辛くなってきます。ただ単に自分が未熟で必要な苦労か余計な苦労か判別も出来ないのかもと思う一方、先ほどの「新人料理人は数年間は皿洗い」など、世の中では一般化されていたとしても明らかに余計だとわかるものははっきりわかる気がします。
何でもかんでも人生思い通りに行くわけではないので多少のことはもちろん我慢するべきです。しかしあまりにも余計過ぎる苦労は周囲から非難を受けるとしてもやはり避けるべきで、きちんと目的を持って必要な苦労を求めていくことが我慢強いとされる日本人に必要なのではないかというのが、今日の結論です。
おまけ
今回の記事内容について先に友人と相談をしたのですが、その友人とはある苦労を共有しておりました。我々が通った大学の一、二回生時キャンパスは辺鄙な田舎にあり、我々二人はそのキャンパス近くに下宿を借りて住んでいたものの本当にシャレにならないくらいの場所の上に中途半端に都会に近いもんだから精神病を起こす学生もいるほどで、ご多分に洩れず我々二人も入学当初にすぐ五月病をリアルに発祥するなど苦労をしたのですがその時の体験について、
花園「あそこでの生活は確かに辛かったけど、今となれば『必要な苦労』だったかな( ´ー`)」
友人「いや、僕にとっては『余計な苦労』以外の何者でもなかった(´д`)」
と、見事に意見が割れました。この後もお互いに『必要な苦労』と『余計な苦労』とこの二つの言葉を使い分けてあれこれ愚痴を言い合いましたが、「社内のお局対応は『余計な苦労』だ」、「あの上司の指導は厳しいが、『必要な苦労』だった」など、使ってて意外に便利な言葉だと思いました。
おまけ2
三日ぶりの更新ですが見事四千字を越える長文、書いててものすごく気持ちよかったです。やっぱり定期的に文章書かないと自分は駄目ですね( ´Д`)
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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。
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