・インパール作戦(Wikipedia)
太平洋戦争に通じているものならインパール作戦について説明するまでもなく史上最低の作戦であることを承知でしょう。この作戦は大した戦略目的もないままインド側に対して「借り」を作ることを目的として編成から補給まで何から何まで杜撰極まりない計画で実行され、おびただしい死者だけを生んで失敗した作戦です。
この作戦は功名心を持つ牟田口廉也によって遂行が進められ、途中で食料や弾薬が尽きて戦闘継続が不可能な状態にありながらも強引に継続されたのですが、最終的に撤退が行われた背景にはとある将軍の死刑を覚悟した抗命、つまり命令違反があったためでした。
・佐藤幸徳(Wikipedia)
インパール作戦の現場責任者に当たる師団長を務めた佐藤幸徳は元々統制派の将軍で、皇道派の牟田口とは過去に取っ組み合いの大喧嘩までしているという因縁がありました。牟田口の下に置かれた佐藤は補給を確実に行うよう司令部に約束して出撃したものの司令部はこの約束をあっさりと反故にし、進軍する最中で早くも手持ちの食糧が尽きるという憂き目をみます。
進むも引くも困難な状況にあって積極的な攻勢を控えていた佐藤でしたが、戦況は悪化するばかりで、対峙する英軍は航空機から補給を受け続ける中で日本軍は制空権すら得られず航空機による支援はほぼ全く受けられず、敵軍の補給を「チャーチル支援」などといいながら奪い取ることで食いつなぐ有様でした。
こうした状況を司令部へ何度も報告し佐藤は何度も撤退を提案していたものの司令部は意に介さず、前進のみを命ずるだけでした。このままでは完全なる絶滅すらありうると判断した佐藤は最終的に、恐らく日本陸軍に置いて最初で最後となる、師団長による抗命として司令部に無断で全部隊に対し後退を命じしました。
この佐藤の無断での後退に司令部は直ちに反応し、佐藤以下の現場指揮官一同を更迭にしたものの、抗命による佐藤への処分は行いませんでした。これは佐藤を処分することによって陸軍人事に問題があったということになるのを恐れて、言うなればメンツの問題でしたが、それと共に軍法裁判に置いて作戦の失敗要因について佐藤が陳述することを恐れたためとも言われます。それがため佐藤の更迭理由については「精神異常のため」とされ、後に医者を送って精神鑑定も行わせていますが鑑定医が出した結論は「シロ」だったものの、その後も長く佐藤は「戦地で発狂した将軍」という事実と異なる風説が流布し続けました。
結果的には佐藤の抗命を受け、東南アジア方面軍の間でもインパール作戦の失敗を悟る幹部らが出たため、抗命事件から一ヶ月後の1944年7月に正式に撤退が開始されますが、撤退が決まるまでの一ヶ月間、そして撤退決定後の実際の退却においても餓死者は出続け、その退却路は現在に「白骨街道」とまで呼ばれました。
佐藤の命令違反については色々な意見がありましたが、彼の行動がなければ数千人の命は確実に失われていたとされ、現代においては肯定的な評価が多いように思え私もこれを支持します。一方で佐藤は後退の際に最前線で唯一善戦していた、水木しげるをして陸軍最強の指揮官と言わしめた宮崎繁三郎率いる歩兵第58連隊に対し味方の撤退時間を稼ぐように殿を任せ、これによって58連隊は孤立無援の中で大量の死傷者を出すという自体に追い込んでいます。ただこの時の宮崎繁三郎の戦闘指揮は凄まじく、部隊もよくその指揮に従って大いに善戦して味方の撤退を助けたと言われています。
戦後、佐藤は晩年にいたるまで発狂した挙句に命令違反を犯した将軍のレッテルを張り世間の風当たりもひどかったそうですが、結果から言えば彼の行動によって救われた将兵は少なくなく、死後に精神鑑定で問題がなかったことなどが明らかになるにつれ再評価が進んできました。
現代でも上司の命令に反した行動を取るのは難しいながら、将兵の命を優先して命令違反を犯した佐藤は軍の士官としては確かにその責めから免れえないものの、一人物としてはやはり勇気ある人物だったと言えるでしょうし、反することが難しかった時代故にこうして紹介するべき人物だと私には思えます。
なお最近、インパール作戦に従軍した経験のある人と話をしたという知人からこんな話を聞きました。その従軍者も撤退の最中、何も食べていなかったことから銃や背嚢といった荷物を徐々にすてながら逃げ帰っていたのですが、最後に手放したのは聖書だったそうです。元々、キリスト教の神父をやっていた人物だったそうですが、やはり聖書を手放した際は断腸の思いだったそうで、手放さなければその重みで歩むことすらできない状態だったと悔恨と共に話していたそうです。
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