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2021年1月13日水曜日

半藤一利氏の逝去について

 いちいちリンクを貼ったりしませんが、元文芸春秋の編集長にして昭和史研究の第一人者であった半藤一利氏が先日、逝去されたことが報じられました。90歳の大往生ということですが、各界からはその功績を改めて称賛するとともに、亡くなられたことを惜しむ声が数多くみられます。

 つい一昨日の記事でも私は半藤氏の名前を出していますが、昨年末に書いた日本の歴史観をまとめる連載において改めて半藤氏の経歴を確認した際、既に日本の平均寿命を超える高齢であったことを確認して、同じ娑婆にいられるのも長くて数年、下手すれば明日かもしれないなと考えていました。そうした考えがよぎったこともあって五湖十六国関係の本を読み終えて手持無沙汰だった際、半藤氏の本を何か読もうと思い、先日にも新たに買い増した矢先でした。
 突然でない人の死はないというのが私の持論で、今回の半藤氏の逝去についても上記の年齢に対する前意識があったためそれほど突飛性は感じませんが、その遠からぬ逝去を感じた矢先だったというのは妙なタイミングのかちあいを感じます。

 敢えてもう少し書くとしたら、私が半藤一利氏のことを知ったのは文藝春秋の特集記事からで、「佐藤賢了とかと巣鴨プリズンで話聞いてた」などと、歴史の教科書に出てくるような人物名がポンポン出てくるのを見て、こんな人がいたなんてと確か2006年くらいにびっくりしたのを覚えています。その後、戦前の軍部に関する対談記事を見てまた更に感銘を受けて、半藤氏が手掛けた本などを読むようになりましたが、学者ではなく文藝春秋の編集者であったと知ってさらにびっくりしました。

 このブログを見てわかる通り、私自身も歴史に対する興味はかなり強く、JBpressとかでもネタに困った時なんかは歴史コラムを普通に書いたりしています。個人的に半藤を見て影響を受けたというか感じ入った点として、歴史を学問として専門的に学んでいなくても、ライターの立場でこうした歴史の事実探求に迎えるのだという点に凄く憧れを感じました。現在においても私は歴史を専門的に研究する立場になりたいとは思わないものの、ライターとしてどう歴史に向かうか、またそれをどう表現するかにおいては、今後もずっと半藤氏が憧れの立場に居続けると思います。

 今回の訃報に初めて触れた際、実は次のJBpress記事に半藤氏の追悼記事を書こうかと正直思いました。しかし直接会ったわけでもないし、中途半端に歴史を紹介しているだけの自分がそんなもの書いても蛇足にしかならないと思ってすぐそんなことはやめようと思いなおしました。ただ、書けるものなら書きたかったというのは偽らざる心情です。自分がここまで人の死を惜しむのも、水木しげる以来です。

 歴史観の連載でも書きましたが、現在の戦前の歴史評価に関しては半藤氏と保坂氏の考えや主張がベーシックになりつつあります。私自身もこれを支持する立場ですが、今回の半藤氏の逝去によって、完全な定着に至るかの分岐点を迎えると思います。
 同時に、定着というか完成に至った場合、次はいよいよ平成史に対する解釈議論が今後始まってゆくことになると思います。自分が関わるとしたら、恐らくこちらになるでしょう。

 末筆として、改めて半藤氏の冥福をこの場にてお祈りします。

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