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2025年5月23日金曜日

大政奉還の公式最速記録

 「えん、すん、さん」と聞いて、どんな意味を持つ言葉かすぐわかる人はまずいないでしょう。いたら確実にエスパーです。この言葉が出てきたのは1862年のことで、島津久光が上京して幕府に政治改革を迫り、その運動の甲斐あって徳川慶喜と松平春嶽が内閣入りというか政治に参画した頃でした。
 この際、松平春嶽は攘夷に向けた海岸警備を各藩に命じ、軍備費負担をかける代わりに金のかかる参勤交代を廃止しようと動いていました。この改革案に対しある幕閣は反対して抵抗するも埒が明かなかったことから、松平春嶽のブレーンであった横井小楠を説き伏せたほうが早いと考え横井と会見しました。

 その幕閣は軍備費用捻出のため参勤交代を廃止することは確かに合理的であるものの、徳川幕府の祖法である参勤交代を廃止すれば権威に傷がつき、政権に影響を及ぼすとして横井に再考を促しました。これに対し横井はその意見は実よりも建前を優先する意見のように見えるが、参勤交代の廃止こそ建前を重視した政策だと言い返してきました。その意は如何にとさらに問われると横井は、

「仮に薩摩や長州などの雄藩が今この時代に参勤交代を勝手に放棄した場合、幕府は彼らに強制することはできるのか?討伐することはできるのか?言うまでもなく今の幕府にはもはやそんな力はなく、もしそんな事態が起きたらそれこそ幕府の権威は完全になくなる。そんな事態が起きないよう、今の段階で幕府の側から参勤交代なんてしなくていいよと命じる方が、権威を保つ上でも有用である」

 という風に説得し、この説明を受けてその幕閣も深く納得し、参勤交代廃止派へと回ったそうです。その後は完全には廃止とはならず、年一のペースを年三に伸ばしただけでしたが、この後から明治新野動乱期に入ったため実際にはほとんどの藩がやらなくなったそうです。

 以上の顛末ですがこの時の幕閣、参勤交代議論で考えを改めたどころか、横井の影響を受けてなのかとんでもない意見を他の幕閣に言うようになりました。それが冒頭の「えん、すん、さん」で、それぞれ現在の静岡県と愛知県岡崎市にまたがる遠江、駿府、三河の地域名を表す言葉なのですが、この三つの地域を挙げてこの幕閣は、

「元々、徳川家が江戸に来るまでの領地はこの三地域(約70万石)であった。この際徳川家は、その領地をこの三地域に限定し、他の領地(=数百万石)はすべて放棄して、一大名に身を落とした方がお家安泰のためにはいい

 という、のちの大政奉還と呼ばれる方針を1862年の時点で、自らが幕閣(旗本)という身分ながら主張していたそうです。もちろん言うまでもなくこんな意見を言えば周りから顰蹙を買うのは当たり前で、そのあとすぐに左遷され、左遷先でもこの主張を繰り返したことからさらに左遷されることとなりました。
 ただこの方針はその後、大政奉還どころかその先の江戸城無血開城で徳川家が飲んだ和睦案そのものと言ってよく、結果的にはそのまま実現することとなります。まぁそれもそのはずというか、この幕閣こそが大久保忠寛こと大久保一爺で、勝海舟の才能に目をつけてその地位を引き上げるとともに、幕末においては勝とともに江戸城無血開城を推し進めた張本人だったりします。

 自分は上記事実をついこの間、例によって漫画の「風雲児たち」を読んで知ったのですが、坂本龍馬の大政奉還の案は彼オリジナルのものではなく、当時多くの人間がすでに構想、言及していたものという事実自体は前から知っていました。しかし数年差とは言え1862年という早い時期において、しかも旗本という身分でありながら空気を読まずというか周りを気にせず大政奉還案を大久保は口にしていたというこの事実にはかなり衝撃を受けました。実際、公式記録に残っている中で、大政奉還を最も早く口に出したのはこの大久保だそうです。

 逆を言えば、この事実から言っても龍馬が大政奉還を最初に企画したというのは明らかな間違いであり、徳川慶喜の大政奉還実施時にはもっとたくさんの人が口にしていたことでしょう。実際にこの手の「最初に提唱した」系の多くは否定されることが多く、戦前の石原莞爾の世界最終戦争論も当時の日本はおろかほかの国でもやたらと口にされた構想で、特に珍しくとも何ともなく、石原が天才であったわけでもなく、独創性に優れていたというわけでもありません。独走性は優れていたけど。

 なお超大国同士の世界最終戦争が終わった後、きのこたけのこ戦争がようやく始まると私は考えています。

 こんな具合で当時の幕閣の中にもすさまじく予見性を持った人材がいたのだと驚くとともに、改めて「倒幕」という言葉の意味というか、何故薩長は徳川家が大政奉還しても許さず、徹底的につぶそうとしたのかという点が少し気になるようになりました。この辺についてはまた次回に書きます。

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