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2008年10月10日金曜日

「~の神」というニックネームについて

 昔に読んだ、確か95年ごろに出たニックネームについての本で、「このところの日本は良いニックネームがつけられることが少ない。特に近年は「大魔神佐々木」くらいしかない」という批評がありましたが、実際そうだと思います。昔のニックネームは意匠が凝っており、「ピストル堤」とか、「強盗後藤」などとみているだけでいろいろ楽しいものがありました。

 しかしそういった数あるニックネームの中で、やはり私が特別だと思うのは「~の神」というような「神」という文字がつくニックネームだと思います。こういったニックネームは結構多そうかなと思いを巡らすのですが、意外に神がつくニックネームというのは思い浮かばず、逆に「王」のつくニックネームばかり浮かびます。

 そうしていくつか浮かんだ「神」がつくニックネームの対象者を改めてその経歴を分析しますと、どうも「王」がつくニックネームの対象者と、畏敬がこめられているのは一緒ですが、いくらか扱いが違うように思えてきました。まず「王」というと「発明王エジソン」とか、「破壊王橋本」とか、果てには「ミナミの帝王」などと、周囲を圧倒するような強さを持つ人間に与えられますが、「神」の場合だと、「漫画の神様、手塚治」、「経営の神様、松下幸之助」などと、確かにその分野の強さが圧倒的なのはもとより、彼らの技術などがその後、一種のスタンダードとなっているように思えます。

 手塚治氏の場合は、彼の作った漫画の手法が現在の主流となっているのは周知の事で、後者の松下幸之助氏も「日本的経営」の礎を築いたとされ評価されています。このように、神という名がつく人は強さだけでなく、後に彼らの手法を模倣する人間が出てくる人に与えられるものなのだと私は考えます。逆に王はその手法が天才的過ぎるゆえに、他の誰もが真似できない人に与えられるものなのかもしれません。
 なわけで、以下に神というニックネームがつく人を上げていきます。そのどれもが、新たな革新的な技術を生み出した人たちばかりです。

・ボクシング界の神、モハメド・アリ
・打撃の神様、川上哲治
・戦国の軍神、上杉謙信
・神算鬼謀、諸葛亮孔明
・広島カープの神、前田智徳

 前田は来年も現役続行が決まったようです。それが非常によかったということが書きたかっただけで、こんな記事を書いちゃいましたフゥー (゚Д゚)y-~~

2 件のコメント:

  1.  前田は確かに神ですよね。カープファンではないけど、前田のスイングは12球団中一番きれいだと思います。

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  2.  前田の偉大さについては君のお兄さんに洗脳されるくらいにとくとくと聞かせられましたよ。実際に広島の人に会うと、みんな前田のすごさについて話し出すと長いです。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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