日本の怪談話と来ると現代においても代表作でもある「番町皿屋敷」をはじめ、主な舞台は江戸時代であることが非常に多いです。しかしそのために江戸時代にあって現代にないもの、それこそ宿場町や渡世人、賭場といった概念は現代人には理解しづらく、年浅い子供たちにとっては怪談話を楽しむ上で大きな妨げとなってしまいます。
しかしこうした生活環境、文化の変化によって印象が変わってしまう怪談話は何も江戸時代のものに限らず、水木しげるの漫画に出てくるような妖怪たちも今に至っては随分と居場所をなくしてしまったとこのごろ思います。その中でも一番代表的なのは河童で、まず河童が潜むとされる池自体が以前ほど身近なものでなくなった上に、トイレに忍んで腰をかがめた人間の尻から尻子玉を抜こうにもまず汲み取り式便所がなくなり、その上和式便器も次々と洋式便器に取って代わられいるため、なんとなくこう河童が潜める隙間というか、「もしかしたら中にいるのでは?」と思わせられるようなシチュエーションはほとんど見なくなりました。
しかしそのような河童も昭和の妖怪で、平成という時代から見るならもう随分と古くなってしまったと見てもいいかもしれません。では平成の妖怪、というより現代の怪談やホラーの登場人物たちはどうなのかというとこちらもまた技術革新の煽りを受け、その存在のリアリティが薄れつつある傾向にあります。そのように私が思わせられたのも、ある新商品の告知からでした。その商品というのも、プロジェクター型テレビです。
なんでもこの前、映画館で映像を見るように家庭内でも映写機みたいな機械を使って壁やスクリーンに映してテレビを見られる商品が発売されたそうです。この商品のついてネットの掲示板であれこれ意見が交わされていたのですがその中に、
「これだと、貞子はでてこれないじゃないか」
という、面白い事を言っている人がいました。
貞子というのは私くらいの年なら知らない人はまずいない、鈴木光司氏原作の「リング」、「らせん」に出てくる元超能力者の怨霊で、正式な名前は山村貞子です。ちなみに生前の貞子を演じた事で一気にスターダムに上ったのが、多分今一番CMのギャラが女性芸能人で高いであろう仲間由紀恵氏です。
この貞子は日本人全体に浸透している怨霊、妖怪の類では、恐らく最も新しく世に出てきたキャラクターといってもいいでしょう。そんな貞子が何故それほどまでに知られるようになったのかというと、初登場作の「リング」において砂嵐のテレビ画面から白装束姿にて突然這い出るように現れ、長く垂れ下がった髪の下から恐ろしい目つきで崇り殺す人物を見下ろすワンシーンが非常に怖いと評判になったからでした。そのため一時期はこの貞子の登場シーンがお笑い番組などでよくオマージュされ、また週間少年ジャンプの読者投稿コーナーでも何故か磯野家のテレビから出てきたりと、関連するイラスト投稿が大量に続出したほどでした。
しかしこれが先ほどのプロジェクター型テレビだと、果たして貞子は出てこられるのかということになってしまいます。劇中ではブラウン管から抜け出るように現れましたが、プロジェクターを映すスクリーンや壁からそんな都合よく出てこられるものか、しかもスクリーンが高い位置から垂れ下がっていたら、出てくるなりいきなり地面に落下する恐れがあります。
そんなことをこの前友人に話してみたところ、その友人はプロジェクター以前に、すでにもう大分普及しているワンセグテレビの方が問題だと指摘してきました。
ワンセグというのはわざわざ説明するまでもありませんが、携帯電話やPSPなどで見る画面が小さなアレです。仮に貞子に祟られたとしても、普段からワンセグを見ていれば貞子も出てこようにも出てこれないのでは、出てきたとしてもちっちゃい体で出てくるのではと、その日の晩の遅くまでお互いに深い懸念を出し合いました。
それこそこれからまた十年も経ったりすると、こうしたテレビ画面を見るという生活習慣が現在からかけ離れたものになっていたり、もしくは全くなくなっているかもしれません。最初の河童の例もそうですが、時代の移り変わりとともに彼らが現れる媒介は変化を余儀なくされず、それゆえに怪談やホラーに感じる恐怖のリアリティの度合いは時間の経過とともに薄まっていきます。逆を言えば「リング」は当時にまだ真新しかったビデオデッキを題材にとって世に出た事がブレイクの要因だったように、妖怪たちは時代時代にそのような媒介を新しいものに移しながら存在しているのかもしれません。
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