私が押切蓮介氏を知るきっかけとなったのは、一枚の絵からでした。
ある日いつも通りにネットを見ていると、「ホラー漫画家の押切蓮介氏が綾波レイを描いた」という記事を見つけました。綾波レイというのはいうまでもないでしょうがかつて大ヒットを記録して現在も新劇場版が続々と公開されているアニメ作品、「新世紀エヴァンゲリオン」のヒロインのことで、90年代の日本アニメを代表するヒロインの一人ですが、何でも当時にこのエヴァンゲリオンを製作したガイナックスが定期的に有名な漫画家やイラストレーターにガイナックス作品のキャラクターを書かせてホームページのトップイラストに載せていたそうです。
このガイナックスの企画を押切氏も受けて綾波のイラストを描いたそうなのですが、今でもそのイラストはネットで「綾波 押切」とでも検索すれば出てくるでしょうが、私は押切氏が書いたそのイラストを見てちょっと不思議な感覚を覚えました。押切氏については何も知らず、ホラー漫画家と紹介されていたのでてっきりホラー漫画に特徴的な猫の目のように見開いた目で綾波が書かれているのかと思ったら、畳が敷かれた和室のような部屋で綾波が座り、ふすまの開いた背後に使徒らしきものが立っているという、やや風変わりな構図の絵でした。
そういうわけでホラー漫画家というだけあって奇妙さを感じる絵を描く人だなとは思いはしたもののその時はそれっきりでしたが、それからしばらくしてこれまたどこかのサイトにて、「ミスミソウ」という漫画のレビューを読む機会がありました。この「ミスミソウ」のあらすじを簡単に書くと、田舎の学校に転校したところ転校先のクラス総出でいじめを受け、家族まで焼殺されるという聞いててぞっとするような内容で、一体どんな漫画家がこんな漫画を描いているのだと調べたところ、まさにその漫画家が押切氏だったわけです。
最初の綾波のイラストを見た時期から時間がしばらく経っていたせいで当初は気づかなかったものの、Amazonで「ミスミソウ」の表紙を見ていてなんか引っかかる絵だなとじろじろ眺めて同じ漫画家だと気がついたのですが、それから興味を持つようになってまずは試しにと代表作の「でろでろ」という漫画から買ってみました。ただこの「でろでろ」はホラーはホラーであるものの、霊感体質の強い主人公の日野耳雄がそこらのオバケにしょっちゅう因縁つけては殴り倒すというホラーギャグ漫画で、「ミスミソウ」の暗いあらすじからすると程遠い漫画でした。とはいえこの「でろでろ」もつまらないわけじゃなく、むしろ今時の漫画としては珍しく一話完結のストーリーなので何度も読め、話の構成も妙なところで凝っていてすぐに気に入りました。
そうした前段階を踏んでとうとう「ミスミソウ」にも手を出したわけですが、前評判の通りに本当に救いのない話でした。こちらはホラーはホラーでも「でろでろ」と違って幽霊の類は一切出ないのですが、現実の人間が怖いというサイコホラーに属し、猟奇的描写を含め非常に陰惨な内容に終始していました。先に「でろでろ」を読んでいたせいもあって、「本当に同じ作者が書いているのか?」と疑うくらいだったし。
ただ押切氏の作品を読んでて、やはりほかの漫画家の作品と比べて読者を引っ張りこむ引力が格段に強いように感じました。押切氏自身もホームページの絵日記にて、「なぜ俺には美少女が描けないのだ」と悩む場面が出てきますが、確かにお世辞にも押切氏は今風でなくややレトロな画風ではありますがその分個性が強く、逆に美少女が出てきて当然な今の漫画業界の中では異様な存在感を覚えます。そんな押切氏の画風に対してこれまでどうも自分の中でも表現し切れなかったのですが、「でろでろ」の単行本巻末に寄せられた漫画評論家の話を読んで一気にそれも氷解しました。
その評論家は以前に70~80年代に出た、作者は真面目に書いているつもりなんだろうけど読んでてギャグに見えてしまうとんでもホラー漫画を集めて出版したりした人らしいのですが、その人の出した昔のホラー漫画集を押切氏も読んでいてそれが漫画を描くきっかけとなったそうなのです。実はそのとんでもホラー漫画集ですが私も小学生くらいの頃に手に取っていて、知っている人にはわかるでしょうが「呪われた巨人ファン」とか、なんともいえないくらいに不条理極まりなく、何が怖いのかわからないのが怖いようなホラー漫画だったと今でも強く印象に残っています。
その評論家も言っていましたが押切氏はそのような漫画に影響を受けただけあって過去と現代を繋いでると評しましたが、私も言われてみてすごく納得したというか、押切氏の漫画の妙な存在感というか空気の源泉について合点がいきました。
そんな感じですっかりファンの一員となった私ですが、本日とうとう押切氏の最新作の「サユリ」という漫画の一巻を買ってきました。この漫画のテーマは「いわれなき怨み」だそうで、折角だからWikipediaで書かれているあらすじを引用すると、
高校受験を来年に控えた則雄は、父が購入した郊外の家に家族とともに引っ越した。駅や学校から遠い不便な場所だが、今まで住んでいたアパートよりも広く、家族は喜んでいた。別居していた祖父母と共に暮らす新しい生活が始まった矢先、父が急死する。さらに一家を襲う様々な怪異。何かに怯える祖父。様子のおかしい姉。
この家には何か恐ろしいものが存在する
やがて祖父が死に、弟が、姉が、母が、相次いで姿を消していく。恐怖に打ちひしがれる則雄の耳に、女の狂ったような哄笑が聞こえた…
そんな時、ボケていた祖母が正気に戻った。かつての気丈さを取り戻した祖母は、この家にいる“恐ろしいもの”との戦いを宣言した。
ここで書くのもなんですが、私が考える日本ホラーの真髄というのはこのような不条理とか無慈悲さにあると思います。海外のスプラッター映画とかだと殺される人間には墓を壊したり、誰かをいじめたりといった何かしら"殺される理由"が付与されるのに対して、日本ホラーは割と本当に無関係な人間や力のない女性や子供から祟り殺されたりするところがあるように思え、先ほどの「いわれなき怨み」というものが重要なファクターな気がします。先の「ミスミソウ」でもそうでしたがこの「サユリ」でも遺憾なくその要素が発揮されており、なかなか見ごたえのある漫画でした。
レビューといいながら好き勝手に書きましたが、押切氏自身の特異性、また美少女なしでは通用しづらくなっている今の漫画界への警鐘を含めて書いてみました。個人的にもお勧めの作者なので、興味のある方はぜひ手にとってください。つっても、漫画喫茶にはあまりおいてないんだけど…・・・。
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