横山光輝以前にも藤子F不二雄など著名な漫画家の死を既に見ていましたが、衝撃度で言えば横山光輝の比ではありませんでした。いまだに亡くなった2024年の4月にサンデーモーニングでその訃報を初めて知ったことすら覚えているほどです。
横山光輝の漫画は「時の行者」が初めての本でしたが、小学生のその時点で歴史が好きになっており、この「時の行者」で事件ごとに紹介するストーリーテーリングに大きく感銘を覚えました。その後、家の近くのごみ捨て場に捨てられていた横山光輝の漫画を見つけ、横山光輝だからと拾って読んだのが三国志の1巻でした。
散々このブログでも語りつくしていますが、自分が中国に興味を持ったのは三国志がきっかけで、その三国志に触れるきっかけとなったのは上記のゴミ捨て場で拾った横山光輝の三国志の漫画でした。真面目にこの時の体験がなければ今こうして中国で働きながら暮らす人生もなかったのではないかと思え、こと人生に対しては親以上に横山光輝の影響を受けている気すらします。
そうした体験もあってその後も「史記」とか「水滸伝」、「隻眼の竜」など横山光輝作品に触れ続けるようになり、私淑していた人物の突然の訃報を受けたときは本当に大ショックでした。三国志マニアが高じてここまで中国に入れ込んだ人物というのも、自分を除けばかなり珍しいのではという気すらします。
その横山光輝に続いて衝撃を受けた漫画家は、このブログの読者なら言わずと知れた水木しげるです。その訃報当日にはまるで太陽が消えてなくなったかのような衝撃を受け、ちょうど前のヤバい会社を辞めた当日というごたごた期でもあり、なんか激しく動揺したのを覚えています。
水木しげるに関しては学生時代、学内のパンフレットコーナーでたまたま拾った京都大丸で開かれていた「大水木しげる展」のチケットを持って友人と訪れ、戦時中のエピソードを描いたイラストを見て気になり始め、その後「水木しげる伝」を購入してから明確にはまりました。なお「大水木しげる展」で売られていた一反木綿の携帯電話カバーを買わなかったことをいまだに悔いています。
また当時購読していた文芸春秋でも、恐らく編集者にファンがいたのかよくエッセイを載せており、そのエッセイを読みながら「睡眠は大事」と言って、当時は自分も毎日10時間くらい寝ていた気がします。学生で頭使うことが多かったから、睡眠が深くなったのでしょう。
水木しげるの何がいいかというと、「たくさん食べてよく眠れるのが幸せ」という、人間の欲求を単純化した人生観が一番胸に応えた気がします。欲求というのは複雑性を増せば増すほど逆に重みが下がるように思え、余計な実現願望とか持たず、単純な食欲と睡眠欲を満たすことに集中することでかえって本来自分がやりたいことにも手中出来るような気がします。要は雑念を持たない方が幸せみたいな感じで、こうした価値観にひかれたのもあり水木しげるも尊敬していて、その死を深く嘆く羽目となりました。
この二人以外にもこの前亡くなった鳥山明や三浦建太郎など訃報に驚いた漫画家はいますが、上記二人に比べればその衝撃ははるかに小さいものでした。その差はやはり作品の面白さ以上に人生への影響の差にあるように思え、上記二人は文字通り自分の人生を変えるほどの影響力があったために自分も大きな衝撃を受けたのだと思います。
っていうか漫画家以前に、この二人以上に人生に影響を及ぼした人はもはやいない気すらします。今考える限りこのほか影響を受けたのは、アニメ「lain」の小中千秋氏くらいかなぁ。
水木しげる氏が睡眠を大事にしたのは、それが彼にとっての唯一の健康法兼体力回復手段だったからかもしれません。水木ファンなら周知の事実ですが彼は低収入の時代が長く続きました。栄養価のある旨い物をたらふく食う余裕はなかった。そんな彼にとって金がかからず体力を回復する唯一の手段は「睡眠」でした。だから彼は売れっ子漫画家になっても睡眠を重視したのでしょう
返信削除そんな貧乏時代にも水木しげるは奥さんと一緒にひたすら艦隊プラモを作ってたあたり、やはりプラモは疲労回復につながるのだと思います。自分もこれに倣って上海でプラモを黙々と作り続けています(`・ω・´)ゞ
削除