ちょっとこのところこそこそと動いているので、これからしばらく記事の投稿がまた減ってくるかもしれません。今週末にはうちのお袋が例の茨城空港発上海行き春秋航空格安チケットをどうやったかは知らないが取ってこっちに遊びに来る予定なので、日曜は書くだろうけど土曜日は早くも休業予定です。
そういうわけで今日もちょっとやることがあって本当は休みにする気だったのですが、短くてもいいから何か書こうかと思い直していたら折角の機会なのでちょっと自分の遍歴について簡単な感想でも書いてみようかという気になりました。
率直に言って、自分はあらゆる面で王道を外れた生き方をこれまでしてきたかと思います。私の簡単な略歴を書くと、
・鹿児島県で生まれ、千葉県で育つ
・千葉市内の中高一貫の私立校に進学する
・何故か大学は京都にある私大にいく
・途中休学して北京に一年留学する
・大学卒業後、新卒で東京の会社に就職する
・数年の勤務後に退社し、中国の日系企業に転職する
たまに知り合いからこのような私の略歴を見て、「パーフェクトやん」と言われることがありますが、内実は決してそんなもんじゃなく結構途中途中にどろどろした過程が色々含まれております。細かくは書きませんが略歴で見るほど私はこれまで順風満帆に来ている訳でなく、要所によっては山中鹿之助ではありませんが敢えて苦労することがはっきりわかっている道を自分で選んでいることがあります。
ちょっと前に「必要な苦労、余計な苦労」という記事を書きましたが、その記事で余計な苦労はしないに越したことがないと主張しながらもこれまでの私の人生の中では妙なプライドが邪魔してわざわざ余計な苦労を抱え込んだりすることが非常に多かったです。今思い返すとあそこまで無茶しなくともよかったんじゃないかというようなことも数多いのですが、それはそれで若い自分が正しいと信じて取った行動なのだから今となってとやかく言うべきではないと自らに言い聞かせています。
そうした私の天邪鬼的な行動で最も根幹となっているのは、この記事の題にもしている王道を外れることです。昔からやや目立ちたがりな性格ゆえにほかの人がやっていることは逆のこと、ほかの人があまりしない行動をとかく好んで取る傾向があり、たいした理由もないのに「ほかの人がやらないから」という理由だけで行動して失敗したことが本当に多々あります。
こうした王道を外れることのメリットを挙げるとするなら、やはりほかの人間にない経験や技術を得られることにつきます。その一方でこれはほかのどの人間も持つ経験を得られないということと同義で、はっきり言えば確かに大きなメリットを得られる可能性がないわけではないがそれはほとんどなく、むしろ共通体験が得られなくて余計な苦労を負う可能性の方が明らかに高いです。
ここまでわかっていながらも私は未だに王道を外れた道を追おうとすることが多いです。もちろん実際に激しい活動をしていたりする人からしたら少し外れる程度でへたれもいいところですが、朱に交わって赤くなるまいとわざとはずれっぽい選択肢を選んでは自滅するようなことが今でも多々あります。一体何故そのような行為を繰り返すのか、この問いに対して答えようとするのは我ながらなかなか難しいのですが、敢えて答えるとしたらやっぱり自分は高みを目指していきたいと考えており、王道はまだ後からでも体験しやすいもののそれを敢えて外れた道は意識しないと経験が出来ないと思うゆえだという気がします。
たまにふと、自分が安全策を図って王道をひたすら歩もうとしていたらどうなっていたかという気がします。それこそ公務員試験対策やお金になりやすい資格の取得、ほかの人がやっているようなサークルやコンパへの参加などを積極的に行っていたらという仮定ですが、多分今よりあまり物事を考えない人間になってるだろうなという気がしてやっぱり自分は今の方がいいという結論にいつも落ち着きます。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
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2011年2月27日日曜日
国の教育レベルについて
「あと1元ありませんか?」
中国でレジにて会計を済ます際、必ずと言っていいほどこのように聞かれます。
たとえば購入金額が合計16元のところで20元札を渡すと上記のように1元があるかどうかを聞かれ、言われた通りに1元を追加して合計21元を渡すと5元札でおつりが返ってきます。
何もこのようなことは中国に限らず日本でも951円の会計の際に1051円を渡すような形で日常茶飯事のように行われておりますが、中国の場合だとこれがより顕著というか店員の側が客に強く要求してくるところがあり、この前なんか私の前で会計を済ましているおばさんが小銭はないと答えたにもかかわらず、「あんたのかばんからさっきからチャリチャリ音するから、本当は持ってるんでしょ」と店員が追求してきたことがありました。おばさんもおばさんで、「ばれたか(∀`*ゞ)テヘッ」といってかばんから小銭出すし。
このような会計時の額合わせというか簡単な暗算は日本や中国ではごく当たり前に行われていますが、実際のところこういう行為が行われている国はそれほど多くはない気がします。というのも私がかつてイギリスに訪れた際に売店で買い物時にいつものように金額を合わせて余計に小銭を足して支払ったところ、「こんなにいらないよ」といって小銭分だけ返されました。このようなことはほかの店も同様で、店員の反応を見ている限りですと、イギリスではこのように額を合わせるという習慣がないだけなのかもしれませんが、どうも瞬時の暗算が出来ないのではないかという気がします。同様のことはアメリカでもあり、このような経験から日本人というのはほかの国の人と比べて暗算をぱっとできるのかと妙な感心をした覚えがあります。
そう考えるなら日本同様に金額を瞬時に暗算しておつりを自然にまとめる中国人も相当な計算力を持っていることになります。実際に私の目から見てもこのような計算を初めとした中国人の教育水準は決して低くなく、国際レベルでは比較的高いレベルにあるのではないかという気がします。ただこれはあくまで中国の都市部の話で、地方となるとまだ学校も整っていない地域も数多くあるということから国単位ではまだ未知数ではありますが。
その一方、現在の日本は国全体で義務教育が徹底されててこうした生活上の暗算はもとよりかつて海外遊説中に小泉元首相が、「日本人はホームレスですら新聞が読める」と述べたように漢字が混ざる複雑な文字系統にもかかわらず識字率も世界屈指の高さを誇っております。教育崩壊が叫ばれて久しいものの、他国と比較するなら日本は未だ高い教育水準にあると言っていいと私は思います。
聞くところによるとアメリカやフランスでは移民が多くいることからそれぞれ英語、フランス語を理解できない労働者が数多くおり、工場などではそうした労働者に対してマルチ言語で作業手順所を作ったりなどあれこれ対策が必要だそうです。それに比べると日本は移民が少ないというのもありますが誰もが皆日本語を理解でき、なおかつそこそこの計算力を持っているのですから他国と比較するなら人件費を抜きにすると日本の労働者は優秀と言えるでしょう。経営側がそれに甘えている気もしないでもありませんが。
こういう風なことを考えるにつけ、国を支えていく上で教育というものは本当に重要なんだという気がします。今でこそ当たり前と考えてしまいますがたとえば日本人の30%程度が文字が読めない文盲だったとすると、自治体の処理から雇用現場の対策など様々な点で現在よりも手間と苦労が必要となります。またこうした基礎教育はもとより、医療や工業技術といった専門的な知識についても各分野で今よりも人材が少なくなってしまえば途端に経済が回らなくなるのも目に見えてます。もっとも医療現場は今人手不足で問題となってますが。
私は以前の陽月秘話にて、経済を拡大させるのに何が一番必要かといったら人口以上に教育が最も必要だと主張しました。この考え方は今でも変わりがなく、むしろこうして海外に出る度に基礎教育の重要性などについて気づかされます。この点で私が非常に英断だったと思うのは明治維新期のメンバーたちの決断です。
明治維新後の日本はお世辞にも財政状況は良いというわけでなく、国の予算のほとんどは大商人からの借金によるものでした(その代わり払い下げなど見返りがあったが)。それにもかかわらず非常に早い時期から学制を整備して全国各地に尋常小学校を作る一方、当時の最高権力者であった岩倉具視の給与以上の金額で外国人教師を招聘して高等教育も整備するなど、教育を非常に重視していたことがわかります。現代で考えてもこの時の明治政府の教育施策が後の日本の急成長に大きな貢献をしていることははっきりしており、このときに徹底させた基礎教育があったからこそ二次大戦後も急速な復興を果たすことも出来たかと思われます。
これは京都の人から聞いた話ですが、昔から京都は戦乱が多かったために京都人は燃えて島可能性のある家や家財といった財産にはあまりお金をかけずに形のない教育にお金をかける傾向があるそうです。現実に京都は市内にかつての教育施設から発展した数多くの大学があり、また私立中高などを見ていると教育熱が比較的高いと感じられます。生憎公立校は学区制のために人気がないですが。
国敗れて山河ありとは言いますが、教育さえしっかり施しておけば国は滅んでもすぐに建て直すことは可能なのかもしれません。逆を言えば教育が駄目になればどれだけよいインフラがあったとしても後々国は滅んでしまうかもしれません。
自分は個人として主義主張が強すぎるために教師にはなるべきでないとかなり早い時期に考えて実際になろうともしませんでしたが、なにかしら教育に貢献できるような活動は今後しなきゃならないなぁとは思ってます。具体的に何するかまでは未定ですが、このブログから何か発展することが出来ればそれに越したことはないのですが。
中国でレジにて会計を済ます際、必ずと言っていいほどこのように聞かれます。
たとえば購入金額が合計16元のところで20元札を渡すと上記のように1元があるかどうかを聞かれ、言われた通りに1元を追加して合計21元を渡すと5元札でおつりが返ってきます。
何もこのようなことは中国に限らず日本でも951円の会計の際に1051円を渡すような形で日常茶飯事のように行われておりますが、中国の場合だとこれがより顕著というか店員の側が客に強く要求してくるところがあり、この前なんか私の前で会計を済ましているおばさんが小銭はないと答えたにもかかわらず、「あんたのかばんからさっきからチャリチャリ音するから、本当は持ってるんでしょ」と店員が追求してきたことがありました。おばさんもおばさんで、「ばれたか(∀`*ゞ)テヘッ」といってかばんから小銭出すし。
このような会計時の額合わせというか簡単な暗算は日本や中国ではごく当たり前に行われていますが、実際のところこういう行為が行われている国はそれほど多くはない気がします。というのも私がかつてイギリスに訪れた際に売店で買い物時にいつものように金額を合わせて余計に小銭を足して支払ったところ、「こんなにいらないよ」といって小銭分だけ返されました。このようなことはほかの店も同様で、店員の反応を見ている限りですと、イギリスではこのように額を合わせるという習慣がないだけなのかもしれませんが、どうも瞬時の暗算が出来ないのではないかという気がします。同様のことはアメリカでもあり、このような経験から日本人というのはほかの国の人と比べて暗算をぱっとできるのかと妙な感心をした覚えがあります。
そう考えるなら日本同様に金額を瞬時に暗算しておつりを自然にまとめる中国人も相当な計算力を持っていることになります。実際に私の目から見てもこのような計算を初めとした中国人の教育水準は決して低くなく、国際レベルでは比較的高いレベルにあるのではないかという気がします。ただこれはあくまで中国の都市部の話で、地方となるとまだ学校も整っていない地域も数多くあるということから国単位ではまだ未知数ではありますが。
その一方、現在の日本は国全体で義務教育が徹底されててこうした生活上の暗算はもとよりかつて海外遊説中に小泉元首相が、「日本人はホームレスですら新聞が読める」と述べたように漢字が混ざる複雑な文字系統にもかかわらず識字率も世界屈指の高さを誇っております。教育崩壊が叫ばれて久しいものの、他国と比較するなら日本は未だ高い教育水準にあると言っていいと私は思います。
聞くところによるとアメリカやフランスでは移民が多くいることからそれぞれ英語、フランス語を理解できない労働者が数多くおり、工場などではそうした労働者に対してマルチ言語で作業手順所を作ったりなどあれこれ対策が必要だそうです。それに比べると日本は移民が少ないというのもありますが誰もが皆日本語を理解でき、なおかつそこそこの計算力を持っているのですから他国と比較するなら人件費を抜きにすると日本の労働者は優秀と言えるでしょう。経営側がそれに甘えている気もしないでもありませんが。
こういう風なことを考えるにつけ、国を支えていく上で教育というものは本当に重要なんだという気がします。今でこそ当たり前と考えてしまいますがたとえば日本人の30%程度が文字が読めない文盲だったとすると、自治体の処理から雇用現場の対策など様々な点で現在よりも手間と苦労が必要となります。またこうした基礎教育はもとより、医療や工業技術といった専門的な知識についても各分野で今よりも人材が少なくなってしまえば途端に経済が回らなくなるのも目に見えてます。もっとも医療現場は今人手不足で問題となってますが。
私は以前の陽月秘話にて、経済を拡大させるのに何が一番必要かといったら人口以上に教育が最も必要だと主張しました。この考え方は今でも変わりがなく、むしろこうして海外に出る度に基礎教育の重要性などについて気づかされます。この点で私が非常に英断だったと思うのは明治維新期のメンバーたちの決断です。
明治維新後の日本はお世辞にも財政状況は良いというわけでなく、国の予算のほとんどは大商人からの借金によるものでした(その代わり払い下げなど見返りがあったが)。それにもかかわらず非常に早い時期から学制を整備して全国各地に尋常小学校を作る一方、当時の最高権力者であった岩倉具視の給与以上の金額で外国人教師を招聘して高等教育も整備するなど、教育を非常に重視していたことがわかります。現代で考えてもこの時の明治政府の教育施策が後の日本の急成長に大きな貢献をしていることははっきりしており、このときに徹底させた基礎教育があったからこそ二次大戦後も急速な復興を果たすことも出来たかと思われます。
これは京都の人から聞いた話ですが、昔から京都は戦乱が多かったために京都人は燃えて島可能性のある家や家財といった財産にはあまりお金をかけずに形のない教育にお金をかける傾向があるそうです。現実に京都は市内にかつての教育施設から発展した数多くの大学があり、また私立中高などを見ていると教育熱が比較的高いと感じられます。生憎公立校は学区制のために人気がないですが。
国敗れて山河ありとは言いますが、教育さえしっかり施しておけば国は滅んでもすぐに建て直すことは可能なのかもしれません。逆を言えば教育が駄目になればどれだけよいインフラがあったとしても後々国は滅んでしまうかもしれません。
自分は個人として主義主張が強すぎるために教師にはなるべきでないとかなり早い時期に考えて実際になろうともしませんでしたが、なにかしら教育に貢献できるような活動は今後しなきゃならないなぁとは思ってます。具体的に何するかまでは未定ですが、このブログから何か発展することが出来ればそれに越したことはないのですが。
2011年2月26日土曜日
日本の天才たち
大分前にも陽月秘話で似たような記事を書きましたが、よく日本人は欧米と比べて平均的な人材が多く、天才が少ないと言われているような気がします。しかし私の見方だと決して日本人に天才が少ないわけでなく、むしろ同じ日本人同士で評価してあげられないためにノーベル賞を受賞して一気に注目を浴びた田中耕一氏のように海外から評価されて始めてその才能や功績に気がつくことが多いだけなのではないかと常日頃考えています。そういう意味では日本は天才が少ないのではなく伯楽が少ないと思われ、日本において人材不足というのも優秀な人材がいないのではなくて優秀な人材を見分ける人間がいないがゆえに起こる現象ではないかとすら思います。
さて先日、ネットの掲示板にてこれまでの日本人で誰が一番の天才かというテーマで議論されているのを見つけたのですが、そこでは本当に数多く有名な人物が挙げられていました。一言で天才といっても、「どんなことでも卒なくこなせる万能の天才」と「何か一つに極端な才能を持つ一方でほかの多くの面で欠落が見られる天才」と大極して二種類に分かれます。海外の天才で言うと前者はレオナルド・ダヴィンチ、後者はアインシュタインが典型例ですが、以前にこのような解説を行っていたコラムニストによると野球選手で言えば前者は走攻守すべてに秀で調子の波が少ないイチロー選手、後者は打撃に関しては天才的ながらも「失敗は成功のマザー」などといった独特の話法を持つ長嶋茂雄氏がそれぞれ挙げられていました。長島氏についてはこの前見た、「いやー、昨日は疲れててシャワー食べてうどんを浴びたらすぐに眠ってしまいましたよ」という話が個人的にツボに入りました。
そういうわけで今日はちょっと私が思い当たる日本の天才たちをリストアップしようかと考えたわけですが、普通にリストアップするのでは芸がないので上記二種類の天才の型ごとに分けて挙げてこうかとも考えましたが、実際にこれをやるとなると業績以外にもいろいろ私生活ぶりとかも考慮しなければならないためにちょっと今回は見送ります。これ以上前置きは無用なので、早速ご覧ください。
<私の考える日本人の天才>
・南方熊楠(植物学者)
・黒田官兵衛(軍師)
・永田鉄山(軍人)
・大村益次郎(軍人)
・八木秀次(物理科学者)
・田沼意次(政治家)
・関孝和(和算学者)
・平賀源内(発明家)
・手塚治虫(漫画家)
・大友克洋(漫画家)
・写楽(画家)
・空海(僧)
・岡本太郎(芸術家)
・秋山真之(軍人)
・安藤百福(経営者)
・華岡青洲(医師)
・土井利勝(政治家)
・親鸞(僧)
・太田道灌(武士)
・藤堂高虎(武士)
・横井軍平(ゲームクリエイター)
・松本清張(作家)
・原敬(政治家)
・
かなり私的な基準でなおかつ時代も職業も順不同ですが、ざっとこんなもんです。
さすがに一人ひとりの解説は出来ないので大雑把な解説を行うと、日本で天才の代名詞となっているのはまず間違いなく平賀源内で、その次に来るとしたら南方熊楠ではないかと思います。今回ここで挙げた人物らは功績もさることながら私から見てやや知名度が低すぎるのではないかと思う八木秀次や花岡青洲を敢えて入れていますが、その一方で戦国時代では何故織田信長を差し置いて藤堂高虎がいるのかと思う方がおられるかと思います。信長については確かに先進性といいその後スタンダードとなる考えを編み出していて十分に天才の名に恥じないと思いつつも、彼の才能は天才性というよりは革新性に富んでいるように思え、それゆえに私の中の評価は天才ではなく革新者であるため今回リストからはずしました。逆に藤堂高虎を何故入れたのかというと、彼は和歌山城を初めとして数多くの日本の名城を築城しており、日本の城郭建築に大きな影響を与えていると判断したゆえです。
大体30分くらいで考えたリストなので多分しっかり考えればもっと色々いるでしょうが、猛将列伝に続いて天才列伝みたいな感じでこれから一人ひとりを詳しく記事にしていった方が案外面白いかもしれません。
ちなみに私は昔、というよりは今でもたまにこれだけ毎日長文の記事を更新していて文章については天才的だと友人らから褒めてもらえることがありますが、私自身としては自分の文章は誤字脱字もさることながら流麗さが感じられず、なおかつ文字量の割には内容がやや軽薄すぎるように思えてあまり評価しておりません。その分、これは意図してのことですが読んでてストレスを感じることが少なく理解しやすい文章には仕上がっているとの自負はあり、天才からは程遠い、ただ文章に手馴れている程度の才能ではないかと考えています。
むしろ私自身の能力に限れば、記憶に関する能力の方が先天的な才能があるように感じます。このブログでもたまに突拍子もないことから過去の小さな事件を掘り出しては一緒に解説することがありますが普段でも友人らから、「本人が言った事を忘れていることをよく覚えている」といわれることが多く、先ほどもこの記事書きながら友人と、
花園「そういえば前に君がファブリーズで除霊もできると言ってたよね。あれ、テクモというゲーム会社の人が『零』というホラーゲーム作っている時に怪奇現象に遭い、そういえば幽霊はじめじめとしたカビっぽいところにいるようなと思ってファブリーズかけたら途端に現象が止んだことから出た噂なんだって」
友人「あー、そういえばそんなん言ってたかも。てか、なんでそんなの覚えてるの?」
花園「覚えてるも何も、確か五年前の冬くらいに君の部屋で話してる時に出た話だよ。自分もファブリーズ使い出してこの前思い出したから調べて見たんだ」
たまに自分でも、なんでこんなくだらないことをいつまでも覚えてるんだろうという気になります。
さて先日、ネットの掲示板にてこれまでの日本人で誰が一番の天才かというテーマで議論されているのを見つけたのですが、そこでは本当に数多く有名な人物が挙げられていました。一言で天才といっても、「どんなことでも卒なくこなせる万能の天才」と「何か一つに極端な才能を持つ一方でほかの多くの面で欠落が見られる天才」と大極して二種類に分かれます。海外の天才で言うと前者はレオナルド・ダヴィンチ、後者はアインシュタインが典型例ですが、以前にこのような解説を行っていたコラムニストによると野球選手で言えば前者は走攻守すべてに秀で調子の波が少ないイチロー選手、後者は打撃に関しては天才的ながらも「失敗は成功のマザー」などといった独特の話法を持つ長嶋茂雄氏がそれぞれ挙げられていました。長島氏についてはこの前見た、「いやー、昨日は疲れててシャワー食べてうどんを浴びたらすぐに眠ってしまいましたよ」という話が個人的にツボに入りました。
そういうわけで今日はちょっと私が思い当たる日本の天才たちをリストアップしようかと考えたわけですが、普通にリストアップするのでは芸がないので上記二種類の天才の型ごとに分けて挙げてこうかとも考えましたが、実際にこれをやるとなると業績以外にもいろいろ私生活ぶりとかも考慮しなければならないためにちょっと今回は見送ります。これ以上前置きは無用なので、早速ご覧ください。
<私の考える日本人の天才>
・南方熊楠(植物学者)
・黒田官兵衛(軍師)
・永田鉄山(軍人)
・大村益次郎(軍人)
・八木秀次(物理科学者)
・田沼意次(政治家)
・関孝和(和算学者)
・平賀源内(発明家)
・手塚治虫(漫画家)
・大友克洋(漫画家)
・写楽(画家)
・空海(僧)
・岡本太郎(芸術家)
・秋山真之(軍人)
・安藤百福(経営者)
・華岡青洲(医師)
・土井利勝(政治家)
・親鸞(僧)
・太田道灌(武士)
・藤堂高虎(武士)
・横井軍平(ゲームクリエイター)
・松本清張(作家)
・原敬(政治家)
・
かなり私的な基準でなおかつ時代も職業も順不同ですが、ざっとこんなもんです。
さすがに一人ひとりの解説は出来ないので大雑把な解説を行うと、日本で天才の代名詞となっているのはまず間違いなく平賀源内で、その次に来るとしたら南方熊楠ではないかと思います。今回ここで挙げた人物らは功績もさることながら私から見てやや知名度が低すぎるのではないかと思う八木秀次や花岡青洲を敢えて入れていますが、その一方で戦国時代では何故織田信長を差し置いて藤堂高虎がいるのかと思う方がおられるかと思います。信長については確かに先進性といいその後スタンダードとなる考えを編み出していて十分に天才の名に恥じないと思いつつも、彼の才能は天才性というよりは革新性に富んでいるように思え、それゆえに私の中の評価は天才ではなく革新者であるため今回リストからはずしました。逆に藤堂高虎を何故入れたのかというと、彼は和歌山城を初めとして数多くの日本の名城を築城しており、日本の城郭建築に大きな影響を与えていると判断したゆえです。
大体30分くらいで考えたリストなので多分しっかり考えればもっと色々いるでしょうが、猛将列伝に続いて天才列伝みたいな感じでこれから一人ひとりを詳しく記事にしていった方が案外面白いかもしれません。
ちなみに私は昔、というよりは今でもたまにこれだけ毎日長文の記事を更新していて文章については天才的だと友人らから褒めてもらえることがありますが、私自身としては自分の文章は誤字脱字もさることながら流麗さが感じられず、なおかつ文字量の割には内容がやや軽薄すぎるように思えてあまり評価しておりません。その分、これは意図してのことですが読んでてストレスを感じることが少なく理解しやすい文章には仕上がっているとの自負はあり、天才からは程遠い、ただ文章に手馴れている程度の才能ではないかと考えています。
むしろ私自身の能力に限れば、記憶に関する能力の方が先天的な才能があるように感じます。このブログでもたまに突拍子もないことから過去の小さな事件を掘り出しては一緒に解説することがありますが普段でも友人らから、「本人が言った事を忘れていることをよく覚えている」といわれることが多く、先ほどもこの記事書きながら友人と、
花園「そういえば前に君がファブリーズで除霊もできると言ってたよね。あれ、テクモというゲーム会社の人が『零』というホラーゲーム作っている時に怪奇現象に遭い、そういえば幽霊はじめじめとしたカビっぽいところにいるようなと思ってファブリーズかけたら途端に現象が止んだことから出た噂なんだって」
友人「あー、そういえばそんなん言ってたかも。てか、なんでそんなの覚えてるの?」
花園「覚えてるも何も、確か五年前の冬くらいに君の部屋で話してる時に出た話だよ。自分もファブリーズ使い出してこの前思い出したから調べて見たんだ」
たまに自分でも、なんでこんなくだらないことをいつまでも覚えてるんだろうという気になります。
2011年2月23日水曜日
私生活を切り売りすることについて
このところ以前の陽月秘話で見受けなかったハンドルネームの方々からよくコメントを戴きます。コメントの内容を見ている限りですとどうも以前から読んでてもらっている方々のようで、よくもまぁこんな駄々長いブログを読んでてもらえるなとうれしく感じるとともに、潜在的な固定読者はなかなかに多いのだと身が引き締まる思いがします。
さてその陽月秘話改め現在の陽月秘抄ですが、やはり住所が日本国内から中国国内に移り変わった影響から日本の社会批評などが減ってきて、その分中国関係や歴史関係の話がこのところ多いと自分でも自覚しております。この辺をもう少し何とかならないものかと色々考えてて、中国のテレビはケーブルテレビなので契約次第によっては日本のテレビ局の海外放送も受信することが出来るのでちょっと今検討しております。
その分中国のニュースをどんどん翻訳して書いていけばという案も考えてはいるのですが、なんというかただ翻訳して載せるだけだと芸がないような気がしてどうもプライドがそれを許しません。もうすこし経ってこっちのニュース情報を加工できるくらいに物知りになれば話は別ですが、現時点ではまだ手を出す気にはなれずにおります。
話は変わってブログについてですが、私のブログは社会系ニュースや思想に関することばかりで明らかに他の一般のブログとはやや趣が異なっておりますが、基本的にブログというものはその運営者の私生活を切り売りするものだと私は考えております。私生活を切り売りするとは読んで字の如くその執筆者の普段の生活や考えたことなどを敢えて外に公表するということで、書籍の形ではいわゆる私小説というものがこれに当たります。
私が知る限りではこの私小説を日本で始めて大々的に発表したのは明治の文豪森鴎外で、処女作の「舞姫」自体もこの私小説の要素を過分に含んでて公表当初から色々周囲に言われたそうですが、「舞姫」以上に凄いのが後年の作品に当たる「イタ・セクスアリス」です。こちらは本当に鴎外の私生活というか、自分の嫁と実母の嫁姑抗争をありのままに書いたことで公表時にはこんなものが文学としてなりうるのかといろいろ議論となったそうです。その一方で抗争を暴露された嫁と姑はその後何故だか仲良くなっていったそうですが。
私のこのブログでもたまにプライベートなことを書いたりしますが、やはり書いてる側からするとこのような私生活を切り売りする記事は書きやすいです。内輪ネタのような感覚というか、大抵自分で面白いと思うことを書くので気分的にも舞い上がり、なおかつ情報の加工が一切必要なくただ記憶に従って書くだけなのですぐにすんなり書き終わってしまいます。それこそちょっと珍しいことをやったり見たりしたことなどを書けば記事としての体裁は出来上がってしまいますし、読者の反応もこれまで書いたそのような記事からするとそれほど悪くない気もします。
その一方で、書いてあることは本当に私生活の暴露に当たる内容のためこうして文字情報として残ってしまうインターネットに記述してしまえば、その後気が変わったとしてもその情報を秘匿することは難しくなります。それこそ書いた当初はどうでもいい愚痴のつもりで書いたものが後年になって何かの禍根になるかもしれませんし、変な形で揚げ足を取られる事態を自ら招くことにもなりかねません。
似たような内容で陽月秘話のごくごく初期に確かネットにおける犯罪告白について書いた覚えがありますが、やはりこういうブログとかミクシとかだとあまりにも手軽すぎてついつい余計なことを書いてしまいやすく、注目を集めたいと思ってしまうものなのか先日の中学生による新宿通り魔予告事件など自らを破滅に追いやることまで書いてしまう人も少なからずおります。
現在までのところ私のこのブログでは書いた後で「しまった!」と思うようなことはありませんが、政治や思想というやや機微な内容が多いことを考慮して比較的に慎重に書いているつもりです。そのためいろいろと準備してそこそこいい内容になると確信を持った記事についても、余計な批判を受ける可能性や一部の無関係な人間を傷つける恐れがあると踏んで結局没にしてしまったことも何度かあります。
そういう意味で私生活を切り売りするというのは非常に手軽な分、ある種の危険性をはらんでいるということになります。しかもそうやって公表する私生活というのは無限に存在するわけでなく、極論を言えば公表を続けていればいつの日かネタ切れになって切り売りする私生活がなくなってしまうことになります。
では切り売りする私生活ネタがなくなった人間はどうするのか。別にそれで生計を立ててるわけでなければ極端な影響はないでしょうが、一部の芸能人などにおいては敢えてスキャンダルを起こす、もしくは以前のものを暴露してまで世間の注目を浴びるように仕向けて命脈を保とうとする人がいます。ただそうそう何度もスキャンダルなんて起こせるものではないですし、何度かそういうことを繰り返しているうちに周囲からも飽きられてしまうのが大抵のオチです。
わざわざ実名までは挙げませんが、女性に多いですがいくつかの芸能人では本当にこういう風になって今じゃすっかり世間から忘れられてしまっている人も少なくありません。切り売りするような私生活もすでになく、スキャンダルを起こしてもまたかと相手にされず、元々の芸も評価されずと一体あんたは今まで何やってきたんだと言いたくなってくる程です。
このように考えるのなら、私生活というものはある意味その人個人にとって有限の財産という風に見ることが出来ます。もちろんその財産価値は人によって違いますが、公表するという形で消費してしまうと二度と取り返せなくなる可能性を持っており、普段意識しないけどこういう自分とその周囲だけの秘密というものは案外大事なんじゃないかとこのごろ思います。
お金というものは持ってると使いたくなりますが、一回使ってしまうとなくなってしまいます。私生活も同様で、ついつい珍しい体験などは誰に聞かれることもなく自分から話してしまいがちですが、それをある程度秘密として持つことにもまだ価値があるんじゃないかと思います。まぁどんだけ聞かれようとも話したくない秘密も誰にでもあるでしょうが。
さてその陽月秘話改め現在の陽月秘抄ですが、やはり住所が日本国内から中国国内に移り変わった影響から日本の社会批評などが減ってきて、その分中国関係や歴史関係の話がこのところ多いと自分でも自覚しております。この辺をもう少し何とかならないものかと色々考えてて、中国のテレビはケーブルテレビなので契約次第によっては日本のテレビ局の海外放送も受信することが出来るのでちょっと今検討しております。
その分中国のニュースをどんどん翻訳して書いていけばという案も考えてはいるのですが、なんというかただ翻訳して載せるだけだと芸がないような気がしてどうもプライドがそれを許しません。もうすこし経ってこっちのニュース情報を加工できるくらいに物知りになれば話は別ですが、現時点ではまだ手を出す気にはなれずにおります。
話は変わってブログについてですが、私のブログは社会系ニュースや思想に関することばかりで明らかに他の一般のブログとはやや趣が異なっておりますが、基本的にブログというものはその運営者の私生活を切り売りするものだと私は考えております。私生活を切り売りするとは読んで字の如くその執筆者の普段の生活や考えたことなどを敢えて外に公表するということで、書籍の形ではいわゆる私小説というものがこれに当たります。
私が知る限りではこの私小説を日本で始めて大々的に発表したのは明治の文豪森鴎外で、処女作の「舞姫」自体もこの私小説の要素を過分に含んでて公表当初から色々周囲に言われたそうですが、「舞姫」以上に凄いのが後年の作品に当たる「イタ・セクスアリス」です。こちらは本当に鴎外の私生活というか、自分の嫁と実母の嫁姑抗争をありのままに書いたことで公表時にはこんなものが文学としてなりうるのかといろいろ議論となったそうです。その一方で抗争を暴露された嫁と姑はその後何故だか仲良くなっていったそうですが。
私のこのブログでもたまにプライベートなことを書いたりしますが、やはり書いてる側からするとこのような私生活を切り売りする記事は書きやすいです。内輪ネタのような感覚というか、大抵自分で面白いと思うことを書くので気分的にも舞い上がり、なおかつ情報の加工が一切必要なくただ記憶に従って書くだけなのですぐにすんなり書き終わってしまいます。それこそちょっと珍しいことをやったり見たりしたことなどを書けば記事としての体裁は出来上がってしまいますし、読者の反応もこれまで書いたそのような記事からするとそれほど悪くない気もします。
その一方で、書いてあることは本当に私生活の暴露に当たる内容のためこうして文字情報として残ってしまうインターネットに記述してしまえば、その後気が変わったとしてもその情報を秘匿することは難しくなります。それこそ書いた当初はどうでもいい愚痴のつもりで書いたものが後年になって何かの禍根になるかもしれませんし、変な形で揚げ足を取られる事態を自ら招くことにもなりかねません。
似たような内容で陽月秘話のごくごく初期に確かネットにおける犯罪告白について書いた覚えがありますが、やはりこういうブログとかミクシとかだとあまりにも手軽すぎてついつい余計なことを書いてしまいやすく、注目を集めたいと思ってしまうものなのか先日の中学生による新宿通り魔予告事件など自らを破滅に追いやることまで書いてしまう人も少なからずおります。
現在までのところ私のこのブログでは書いた後で「しまった!」と思うようなことはありませんが、政治や思想というやや機微な内容が多いことを考慮して比較的に慎重に書いているつもりです。そのためいろいろと準備してそこそこいい内容になると確信を持った記事についても、余計な批判を受ける可能性や一部の無関係な人間を傷つける恐れがあると踏んで結局没にしてしまったことも何度かあります。
そういう意味で私生活を切り売りするというのは非常に手軽な分、ある種の危険性をはらんでいるということになります。しかもそうやって公表する私生活というのは無限に存在するわけでなく、極論を言えば公表を続けていればいつの日かネタ切れになって切り売りする私生活がなくなってしまうことになります。
では切り売りする私生活ネタがなくなった人間はどうするのか。別にそれで生計を立ててるわけでなければ極端な影響はないでしょうが、一部の芸能人などにおいては敢えてスキャンダルを起こす、もしくは以前のものを暴露してまで世間の注目を浴びるように仕向けて命脈を保とうとする人がいます。ただそうそう何度もスキャンダルなんて起こせるものではないですし、何度かそういうことを繰り返しているうちに周囲からも飽きられてしまうのが大抵のオチです。
わざわざ実名までは挙げませんが、女性に多いですがいくつかの芸能人では本当にこういう風になって今じゃすっかり世間から忘れられてしまっている人も少なくありません。切り売りするような私生活もすでになく、スキャンダルを起こしてもまたかと相手にされず、元々の芸も評価されずと一体あんたは今まで何やってきたんだと言いたくなってくる程です。
このように考えるのなら、私生活というものはある意味その人個人にとって有限の財産という風に見ることが出来ます。もちろんその財産価値は人によって違いますが、公表するという形で消費してしまうと二度と取り返せなくなる可能性を持っており、普段意識しないけどこういう自分とその周囲だけの秘密というものは案外大事なんじゃないかとこのごろ思います。
お金というものは持ってると使いたくなりますが、一回使ってしまうとなくなってしまいます。私生活も同様で、ついつい珍しい体験などは誰に聞かれることもなく自分から話してしまいがちですが、それをある程度秘密として持つことにもまだ価値があるんじゃないかと思います。まぁどんだけ聞かれようとも話したくない秘密も誰にでもあるでしょうが。
2011年2月22日火曜日
中東での革命の連鎖について
このところ連日報道されているように、中東諸国において革命を求むデモが起こり次々と政権が崩壊しております。初めはチュニジアにて起こり、その後エジプトにて長く軍事政権を続けてきたムバラク政権が崩壊し、そしてついにはリビアにおいて数十年にも渡って独裁を保ち続けたカダフィ大佐にすらも引退を要求するデモが起こり目下内戦のような状態へと発展しております。正直に言って、チュニジアでデモが起こった当初にこれほどまで大衆運動が波及するとは誰が予想したでしょうか。デモがエジプトにまで波及した際は現在のエジプトの経済状況が悪かったことから多少は仕方ないとしても、リビアこそが独裁国の代表ではあるものの比較的豊かな国だけにこちらまでは波及しないだろうという予想をあちこちで見受けましたが、私もそういった情報から判断するに恐らくエジプトでこの大衆運動は止まるのではと見ておりました。
それにしても革命というものはこうも波及するものかと、かつてトルーマンが社会主義のドミノ化を恐れたというのも今こうして現在になって見ると理解できるような気がします。
一応国際政治を専門と掲げてはいるものの、実は中東の情勢については私はあまり詳しくないのが本音です。元々日本は中東諸国とは距離もあることから交流が少なく、ホメイニ氏によるイラン革命の頃まではビジネスライクな関係で紐帯が強いわけではないものの貿易量が多く、親しくないもののお互い利益を分かち合うような関係でした。特に革命前のイランはプロ野球選手のダルビッシュ選手の父親を初めとして数多くの留学生が日本にやってきていたようで、90年代中ごろまでは東京都内の至るところで見つけられたそうです。そのせいで一時社内のあだ名が「ビンラディン」だった中東系の顔しているうちの親父は当時はよくイラン人に間違えられたそうですが。
そういうわけでちょっと今回の一連の事件を契機に勉強をして見ようかといろいろ、特にエジプト関係を中心に調べて見たのですが、やはり中東史を語る上でははずせないのは中東戦争です。この戦争については一般的にはアラブ諸国対イスラエルという二次大戦後のこの地域における領土問題だと一般的には教えられていますが、改めて調べて見るとそれ以外にスエズ運河をめぐる英仏とエジプトの争い(第二次中東戦争)も含まれており、その最中に頭角を現した各軍人らが後に国の最高権力者となるくだりなどを見ていると現代に直結する歴史であったのだと、自分の不学を嘆く羽目となりました。
個人的に気になった人物を挙げるとエジプトにおけるムバラク大統領の一代前の、イスラエルと電撃的和解を行って暗殺されたアンワル・サダト元大統領が一番興味を引きました。このほかは中東戦争で活躍してその後首相になり、殺人者とまで呼ばれたアリエル・シャロン元イスラエル首相とかかな。
それで今回のこの革命について一つ予想というか分析を行うと、正直なところはこの辺に詳しいだろうカイロ大卒の小池百合子氏の意見とか聞いてから判断したいのですが、やはり今後もしばらく革命の影響が中東に及ぼすのではないかと思います。特にこれはすでに言及されていますが、これまでのエジプトのムバラク政権は比較的イスラエルに対して和平的であったのですが今度成立するであろう新政権はイスラム主義色の強い政権が予想されており、親パレスチナを掲げてイスラエルと衝突する可能性が高いといわれております。
またその一方で、これまでそうしたイスラエルとの対立ゆえに軍人出身者の多い政権で運営されてきた各国は今後民主化の波を受けて非軍事政権が新たに作られる可能性があります。それはそれで歓迎したいものの、その間の混乱を縫ってこの地域に多く潜伏する国際テロリストらが暗躍して経済や国家体制により大きな混乱を生み出す可能性も全く否定することは出来ません。
特に日本にとって一番懸念しなければならないのは、今日の東証でも影響が出たように原油価格の高騰です。かねてからドバイやカタールなどは近年の原油高を受けて高層ビルが数多く建設されるなど原油バブルが起こっていると指摘されてきましたが、今回の革命の余波を受けてそのバブルに歯止めがかかることもありえ、その一方で原油の輸送などが止まって世界はますます原油価格が高騰し、多方面に大きな影響が及ぶことも考えられます。
ただあまり心配をしすぎるのも問題なので、やや距離のある日本としてはこの歴史的一大事に立ち会えるのだと考えてしっかりと見ておくというが一番必要なのかもしれません。私自身も小学生の頃に何度も、「後三年早く生まれていれば」とソ連崩壊に立ち会えなかった(生まれてはいるが意識して見ることは出来なかった)のを悔しがったことがあるだけに、こうした大きな革命劇を見る世代に入れたのは幸運だと感じております。
最後にこの革命とアジアについてすこし書いておくと、タイでも先年にタクシン政権が崩壊して以降はなかなか政治が安定しておりません。まぁ今回の中東の革命とは無関係なのであまり影響はないでしょうが、それ以上によくこの手の話題に上ってくるのが今私がいる中国です。
中国も距離が離れているとはいえやはり気になるのか、どうもあちこちでピリピリしているそうです。そのためか昨日の報道によると街中にいた日本の外交官を何かのデモに参加していると勘違いして一時拘束したそうですが、日本側が抗議するやあまり大事になってもらいたくないのか素直に認めて謝罪までしてきました。普段が普段なだけに、こうも下手になってくるとかえって気味が悪いです。
もっとも中国は今のところは右肩上がりで、またこのところのこちらの主要な話題となっている各都市における最低賃金についても経済界からの反発を抑えて地方政府らは大きく上昇させるなど底辺の労働者対策も全くしていないわけではないので、中東の影響は恐らくないかと私も思います。
こんな風にリビアも言われながら、今のような状況になってることを考えるとあまり口を開くべきではないかもしれませんが……。
それにしても革命というものはこうも波及するものかと、かつてトルーマンが社会主義のドミノ化を恐れたというのも今こうして現在になって見ると理解できるような気がします。
一応国際政治を専門と掲げてはいるものの、実は中東の情勢については私はあまり詳しくないのが本音です。元々日本は中東諸国とは距離もあることから交流が少なく、ホメイニ氏によるイラン革命の頃まではビジネスライクな関係で紐帯が強いわけではないものの貿易量が多く、親しくないもののお互い利益を分かち合うような関係でした。特に革命前のイランはプロ野球選手のダルビッシュ選手の父親を初めとして数多くの留学生が日本にやってきていたようで、90年代中ごろまでは東京都内の至るところで見つけられたそうです。そのせいで一時社内のあだ名が「ビンラディン」だった中東系の顔しているうちの親父は当時はよくイラン人に間違えられたそうですが。
そういうわけでちょっと今回の一連の事件を契機に勉強をして見ようかといろいろ、特にエジプト関係を中心に調べて見たのですが、やはり中東史を語る上でははずせないのは中東戦争です。この戦争については一般的にはアラブ諸国対イスラエルという二次大戦後のこの地域における領土問題だと一般的には教えられていますが、改めて調べて見るとそれ以外にスエズ運河をめぐる英仏とエジプトの争い(第二次中東戦争)も含まれており、その最中に頭角を現した各軍人らが後に国の最高権力者となるくだりなどを見ていると現代に直結する歴史であったのだと、自分の不学を嘆く羽目となりました。
個人的に気になった人物を挙げるとエジプトにおけるムバラク大統領の一代前の、イスラエルと電撃的和解を行って暗殺されたアンワル・サダト元大統領が一番興味を引きました。このほかは中東戦争で活躍してその後首相になり、殺人者とまで呼ばれたアリエル・シャロン元イスラエル首相とかかな。
それで今回のこの革命について一つ予想というか分析を行うと、正直なところはこの辺に詳しいだろうカイロ大卒の小池百合子氏の意見とか聞いてから判断したいのですが、やはり今後もしばらく革命の影響が中東に及ぼすのではないかと思います。特にこれはすでに言及されていますが、これまでのエジプトのムバラク政権は比較的イスラエルに対して和平的であったのですが今度成立するであろう新政権はイスラム主義色の強い政権が予想されており、親パレスチナを掲げてイスラエルと衝突する可能性が高いといわれております。
またその一方で、これまでそうしたイスラエルとの対立ゆえに軍人出身者の多い政権で運営されてきた各国は今後民主化の波を受けて非軍事政権が新たに作られる可能性があります。それはそれで歓迎したいものの、その間の混乱を縫ってこの地域に多く潜伏する国際テロリストらが暗躍して経済や国家体制により大きな混乱を生み出す可能性も全く否定することは出来ません。
特に日本にとって一番懸念しなければならないのは、今日の東証でも影響が出たように原油価格の高騰です。かねてからドバイやカタールなどは近年の原油高を受けて高層ビルが数多く建設されるなど原油バブルが起こっていると指摘されてきましたが、今回の革命の余波を受けてそのバブルに歯止めがかかることもありえ、その一方で原油の輸送などが止まって世界はますます原油価格が高騰し、多方面に大きな影響が及ぶことも考えられます。
ただあまり心配をしすぎるのも問題なので、やや距離のある日本としてはこの歴史的一大事に立ち会えるのだと考えてしっかりと見ておくというが一番必要なのかもしれません。私自身も小学生の頃に何度も、「後三年早く生まれていれば」とソ連崩壊に立ち会えなかった(生まれてはいるが意識して見ることは出来なかった)のを悔しがったことがあるだけに、こうした大きな革命劇を見る世代に入れたのは幸運だと感じております。
最後にこの革命とアジアについてすこし書いておくと、タイでも先年にタクシン政権が崩壊して以降はなかなか政治が安定しておりません。まぁ今回の中東の革命とは無関係なのであまり影響はないでしょうが、それ以上によくこの手の話題に上ってくるのが今私がいる中国です。
中国も距離が離れているとはいえやはり気になるのか、どうもあちこちでピリピリしているそうです。そのためか昨日の報道によると街中にいた日本の外交官を何かのデモに参加していると勘違いして一時拘束したそうですが、日本側が抗議するやあまり大事になってもらいたくないのか素直に認めて謝罪までしてきました。普段が普段なだけに、こうも下手になってくるとかえって気味が悪いです。
もっとも中国は今のところは右肩上がりで、またこのところのこちらの主要な話題となっている各都市における最低賃金についても経済界からの反発を抑えて地方政府らは大きく上昇させるなど底辺の労働者対策も全くしていないわけではないので、中東の影響は恐らくないかと私も思います。
こんな風にリビアも言われながら、今のような状況になってることを考えるとあまり口を開くべきではないかもしれませんが……。
2011年2月21日月曜日
弟キャラの特徴とは
それほど詳しいというわけでもないですが、よくある美少女キャラのカテゴリに「妹キャラ」というものがあると聞きます。私は読んだことはないのですがライト小説で「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」という本がよく売れていると聞きますし、一時は年上に当たる姉御キャラが流行っていると聞いていましたがやはり未だに妹属性というものは強いようです。
どうでもいいですがPixivにて、「俺の壬がこんなに可愛いわけがない」というネタイラストを見た時は久々に腹を抱えて笑いました。滅茶苦茶濃い二瓶氏のマンガ「バイオメガ」が元なだけに、そのギャップが凄まじい。
さてこういう女性キャラの姉妹属性というかそういうものはよく見ますが、逆に男の兄弟はどういう風な属性を持つのかちょっと考えて見ました。無論兄弟たっていろいろあるでしょうが話的に妹キャラにはどちらかというと保護欲というか弱弱しさみたいなものが求められる一方、弟キャラは逆に「しっかり者」というような印象が浮かんできます。
私がまず代表的な弟キャラとして考えた際に真っ先に思い浮かんだのは、歴史上の人物ではありますが羽柴秀長です。苗字からわかるとおりにあの豊臣秀吉の父親違いの弟で、目立たない人物ながらも陰で兄の覇業を助けたとして彼の早世が豊臣政権の崩壊を生んだとまで言われるほど評価の高い武将です。96年に放映された大河ドラマ「秀吉」では堺屋太一氏の「豊臣秀長」が原作の一つとして組み込まれ、このドラマで秀長役をした高嶋政伸氏の好演とともに一気に知名度が上がりましたが私自身も非常に好きな武将で、出来る弟といったら日本史中では随一でしょう。
同じく歴史上の人物で秀長とともに戦国時代で活躍したとなると、武田信玄の弟の武田信繁も優秀な弟として挙がって来ます。この信繁の何が凄いかって言うと元々信玄の父親は信玄を疎んで信繁を跡継ぎにしたがっていたそうですが、兄の信玄が業を煮やして父を追放するやその兄の行動を支持して実質その片腕として縦横無尽に活躍していることです。惜しくも川中島の戦いで戦死しますが、こちらもまた存命していれば長篠の戦での敗戦はなかったとまで言われております。
こうした歴史上の人物に対してマンガの中の弟キャラとなるとこちらで最初に思い浮かんだのは「北斗の拳」における主人公のケンシロウですが、北斗三兄弟はいろいろと比較対象にするのはどうかと思う兄弟なのであまり参考にならないような気がします。
そんなケンシロウの次に浮かんできたのはキャラクターのスヌーピーでおなじみの「ピーナッツ」に出てくるライナスです。ライナスには身勝手で口うるさいルーシーという姉がいるのですがあるシーンでそのルーシーが珍しく思い悩み、人生はかなくて生きる価値なんかあるのかなどとつぶやいていると、「少なくとも、いなくなってしまったら寂しがる弟はいるよ」と女殺しもいいところなやさしいフォローをかますようなキャラです。身勝手でわがままな姉と打って変わって冷静で心優しいキャラで、しっかり者の弟キャラとしてはまさに典型でしょう。
ただこうしたしっかり者な弟キャラがいる一方、しっかりしすぎというか突き抜けすぎて上にあたる兄や姉が困るという関係もいくつかあります。こちらの代表例はまた歴史の人物になりますが真田幸村で、実際に徳川方についた兄の真田信幸は徳川陣営の中でおおいに苦心したそうです。また信幸自身も名将と名高いものの弟の武名が高すぎるがゆえかどうも劣った武将のように思われる傾向もあり、本当に死んでからも弟に苦しめられてるようで可哀想です。
ちなみに私も姉がいる弟キャラの一人ですが、こうして中国でふらふらしているあたりはとてもしっかり者とは言えるレベルではありません。あと友人に三人男兄弟の一番上とか真ん中がいますが、彼らに聞いたりすると弟は可愛いと思うもののやはり時折鋭い一言を言われたりするので空恐ろしさを感じることがあるそうです。
近年の中国は一人っ子政策によって兄弟がいるという人自体が非常に少ないですが、こっちの人にこういう兄弟関連の話は理解できるのかな。
末筆ながら、ニュージーランド大地震の被災者の方々へご無事をここでお祈りさせていただきます。
どうでもいいですがPixivにて、「俺の壬がこんなに可愛いわけがない」というネタイラストを見た時は久々に腹を抱えて笑いました。滅茶苦茶濃い二瓶氏のマンガ「バイオメガ」が元なだけに、そのギャップが凄まじい。
さてこういう女性キャラの姉妹属性というかそういうものはよく見ますが、逆に男の兄弟はどういう風な属性を持つのかちょっと考えて見ました。無論兄弟たっていろいろあるでしょうが話的に妹キャラにはどちらかというと保護欲というか弱弱しさみたいなものが求められる一方、弟キャラは逆に「しっかり者」というような印象が浮かんできます。
私がまず代表的な弟キャラとして考えた際に真っ先に思い浮かんだのは、歴史上の人物ではありますが羽柴秀長です。苗字からわかるとおりにあの豊臣秀吉の父親違いの弟で、目立たない人物ながらも陰で兄の覇業を助けたとして彼の早世が豊臣政権の崩壊を生んだとまで言われるほど評価の高い武将です。96年に放映された大河ドラマ「秀吉」では堺屋太一氏の「豊臣秀長」が原作の一つとして組み込まれ、このドラマで秀長役をした高嶋政伸氏の好演とともに一気に知名度が上がりましたが私自身も非常に好きな武将で、出来る弟といったら日本史中では随一でしょう。
同じく歴史上の人物で秀長とともに戦国時代で活躍したとなると、武田信玄の弟の武田信繁も優秀な弟として挙がって来ます。この信繁の何が凄いかって言うと元々信玄の父親は信玄を疎んで信繁を跡継ぎにしたがっていたそうですが、兄の信玄が業を煮やして父を追放するやその兄の行動を支持して実質その片腕として縦横無尽に活躍していることです。惜しくも川中島の戦いで戦死しますが、こちらもまた存命していれば長篠の戦での敗戦はなかったとまで言われております。
こうした歴史上の人物に対してマンガの中の弟キャラとなるとこちらで最初に思い浮かんだのは「北斗の拳」における主人公のケンシロウですが、北斗三兄弟はいろいろと比較対象にするのはどうかと思う兄弟なのであまり参考にならないような気がします。
そんなケンシロウの次に浮かんできたのはキャラクターのスヌーピーでおなじみの「ピーナッツ」に出てくるライナスです。ライナスには身勝手で口うるさいルーシーという姉がいるのですがあるシーンでそのルーシーが珍しく思い悩み、人生はかなくて生きる価値なんかあるのかなどとつぶやいていると、「少なくとも、いなくなってしまったら寂しがる弟はいるよ」と女殺しもいいところなやさしいフォローをかますようなキャラです。身勝手でわがままな姉と打って変わって冷静で心優しいキャラで、しっかり者の弟キャラとしてはまさに典型でしょう。
ただこうしたしっかり者な弟キャラがいる一方、しっかりしすぎというか突き抜けすぎて上にあたる兄や姉が困るという関係もいくつかあります。こちらの代表例はまた歴史の人物になりますが真田幸村で、実際に徳川方についた兄の真田信幸は徳川陣営の中でおおいに苦心したそうです。また信幸自身も名将と名高いものの弟の武名が高すぎるがゆえかどうも劣った武将のように思われる傾向もあり、本当に死んでからも弟に苦しめられてるようで可哀想です。
ちなみに私も姉がいる弟キャラの一人ですが、こうして中国でふらふらしているあたりはとてもしっかり者とは言えるレベルではありません。あと友人に三人男兄弟の一番上とか真ん中がいますが、彼らに聞いたりすると弟は可愛いと思うもののやはり時折鋭い一言を言われたりするので空恐ろしさを感じることがあるそうです。
近年の中国は一人っ子政策によって兄弟がいるという人自体が非常に少ないですが、こっちの人にこういう兄弟関連の話は理解できるのかな。
末筆ながら、ニュージーランド大地震の被災者の方々へご無事をここでお祈りさせていただきます。
伝記にまつわるエピソード
子供に対してどんな本を読ませたらいいかと問われるなら、私は迷わず伝記を勧めます。「事実は小説より奇なり」と言われるだけに、空想の物語と言えども多かれ少なかれ実際に起こる事実や展開に依拠せざるを得ず、そういう意味では現実の人間の話以上にオリジナル性の高いストーリーはないということになります。
私は小学生くらいの頃からいわゆる歴史マンガを通して人物の伝記を読み漁り、中学生くらいになると歴史小説や人物伝など徐々に文字だけの伝記も読むようになっていったのですが、やはり当時の自分にいい影響を与えて今でも思い出すことのある本のジャンルとなると決まって伝記物になります。聞くところによると世界で一番多く伝記が書かれたのはフランスのナポレオンだそうで、日本は大正期くらいまでは西郷隆盛が一番多かったそうですが恐らく現代では織田信長か坂本竜馬と言ったところでしょう。
さてこういった伝記ですが、教育的な効果云々について長々と語っても仕方がないのでいくつか伝記にまつわるエピソードを紹介しようかと思います。基本的に伝記というものはヒトラーなどその時代ごとに批判される対象を除いてその人物をどちらかと言えば持ち上げて書かれる傾向があるのですが、中には持ち上げられすぎと言うべきか本質を失って世に誤解を生み続ける伝記も少なくありません。
その代表格と言うべきか、世間では立派な人物だと言われつつも実際にはすごいダーティだと私が感じる最筆頭の人物はほかでもなくトーマス・エジソンです。
エジソンときたらアメリカの発明王という認識で一致するかと思いますが、確かに彼は数多くの発明を生み出して千を越える特許を取得しましたが、彼の本当に評価すべきところは発明という才能よりも特許商法とも言うべき経営手腕にあると私は思います。エジソンは自ら発明をする一方で細かな技術を権利者から特許権を買取り、それらを集合させて一つの商品を作って売り出すということで現在のゼネラル・エレクトリックス社を盛り上げました。そのため商品全体で見れば確かにエジソンの発明に見えなくもないのですが、その商品を構成する様々な技術はいろんな人が持つ特許をかき集めたもので実際にエジソンが一から発明したものとなると実際にはほとんどないそうです。
そのくせ自分の特許権のこととなるとほかの人間には一切つかわせまいとばかりに度々訴訟を起こしてたり、また有名な「天才とは99%の努力と1%のひらめきが必要」という言葉も、実際の意味は「たとえ99%努力したって1%のひらめきもなければすべて無駄」という内容だったそうです。インタビューを行った記者がこれじゃちょっとあんまりだと思って努力が報われるという意味の最初の言葉に改変したそうですが、まさかそれが100年以上も流布されるとは本人も思わなかっただろうな。
こうしたエジソンに対して、同時代の日本人にも伝記にまつわるあるエピソードがあります。その日本人とは黄熱病の研究で有名な野口英世ですが、彼はその死後に研究結果はほとんど否定されているために実際の功績となると梅毒の研究くらいで、どちらかといえば生前の方が知名度が高かった人物でありますが、そうした生前の知名度の高さが影響してかなんとまだ生きている間に日本で伝記が出版されていたそうです。
そんなわけで野口英世は出版された自分の伝記を読んだそうですが、一読するや「こんな完璧な人間、いるわけないだろ」といって投げ捨てたそうです。本人ですら否定するくらいなのですから相当持ち上げられた内容だったのでしょう。
このほか近年で持ち上げられすぎだなと私が感じる人物だと、ちょっと前にブームとなった白洲次郎です。この人はいろいろエピソードがあるのですが生憎ほとんどがはっきりとした根拠のない噂ばかりで、本当にそのエピソード通りの人物かとなると非常に怪しいです。
特に一番有名なエピソードとしてGHQ統治時代にマッカーサーへ昭和天皇からの贈り物を持って言った際にマッカーサーから、「ああ、そこにでも置いといてくれ」といわれたことに対してふざけるなと抗議したというエピソードですが、これは歴史家からはっきりとありえないと指摘されています。プレゼントを直接渡すなぞ暗殺すら起こりうる事態で、実際にマッカーサーへ届け物がされる際はGHQの係官が受け取ってから中身を確認し、かわりに渡すのが実情だったそうです。ま、そりゃそうでしょう。
最後に伝記というわけじゃないですが、元阪急の野球選手である福本豊氏のWikipediaのページは下手なギャグマンガよりずっと面白いです。
私は小学生くらいの頃からいわゆる歴史マンガを通して人物の伝記を読み漁り、中学生くらいになると歴史小説や人物伝など徐々に文字だけの伝記も読むようになっていったのですが、やはり当時の自分にいい影響を与えて今でも思い出すことのある本のジャンルとなると決まって伝記物になります。聞くところによると世界で一番多く伝記が書かれたのはフランスのナポレオンだそうで、日本は大正期くらいまでは西郷隆盛が一番多かったそうですが恐らく現代では織田信長か坂本竜馬と言ったところでしょう。
さてこういった伝記ですが、教育的な効果云々について長々と語っても仕方がないのでいくつか伝記にまつわるエピソードを紹介しようかと思います。基本的に伝記というものはヒトラーなどその時代ごとに批判される対象を除いてその人物をどちらかと言えば持ち上げて書かれる傾向があるのですが、中には持ち上げられすぎと言うべきか本質を失って世に誤解を生み続ける伝記も少なくありません。
その代表格と言うべきか、世間では立派な人物だと言われつつも実際にはすごいダーティだと私が感じる最筆頭の人物はほかでもなくトーマス・エジソンです。
エジソンときたらアメリカの発明王という認識で一致するかと思いますが、確かに彼は数多くの発明を生み出して千を越える特許を取得しましたが、彼の本当に評価すべきところは発明という才能よりも特許商法とも言うべき経営手腕にあると私は思います。エジソンは自ら発明をする一方で細かな技術を権利者から特許権を買取り、それらを集合させて一つの商品を作って売り出すということで現在のゼネラル・エレクトリックス社を盛り上げました。そのため商品全体で見れば確かにエジソンの発明に見えなくもないのですが、その商品を構成する様々な技術はいろんな人が持つ特許をかき集めたもので実際にエジソンが一から発明したものとなると実際にはほとんどないそうです。
そのくせ自分の特許権のこととなるとほかの人間には一切つかわせまいとばかりに度々訴訟を起こしてたり、また有名な「天才とは99%の努力と1%のひらめきが必要」という言葉も、実際の意味は「たとえ99%努力したって1%のひらめきもなければすべて無駄」という内容だったそうです。インタビューを行った記者がこれじゃちょっとあんまりだと思って努力が報われるという意味の最初の言葉に改変したそうですが、まさかそれが100年以上も流布されるとは本人も思わなかっただろうな。
こうしたエジソンに対して、同時代の日本人にも伝記にまつわるあるエピソードがあります。その日本人とは黄熱病の研究で有名な野口英世ですが、彼はその死後に研究結果はほとんど否定されているために実際の功績となると梅毒の研究くらいで、どちらかといえば生前の方が知名度が高かった人物でありますが、そうした生前の知名度の高さが影響してかなんとまだ生きている間に日本で伝記が出版されていたそうです。
そんなわけで野口英世は出版された自分の伝記を読んだそうですが、一読するや「こんな完璧な人間、いるわけないだろ」といって投げ捨てたそうです。本人ですら否定するくらいなのですから相当持ち上げられた内容だったのでしょう。
このほか近年で持ち上げられすぎだなと私が感じる人物だと、ちょっと前にブームとなった白洲次郎です。この人はいろいろエピソードがあるのですが生憎ほとんどがはっきりとした根拠のない噂ばかりで、本当にそのエピソード通りの人物かとなると非常に怪しいです。
特に一番有名なエピソードとしてGHQ統治時代にマッカーサーへ昭和天皇からの贈り物を持って言った際にマッカーサーから、「ああ、そこにでも置いといてくれ」といわれたことに対してふざけるなと抗議したというエピソードですが、これは歴史家からはっきりとありえないと指摘されています。プレゼントを直接渡すなぞ暗殺すら起こりうる事態で、実際にマッカーサーへ届け物がされる際はGHQの係官が受け取ってから中身を確認し、かわりに渡すのが実情だったそうです。ま、そりゃそうでしょう。
最後に伝記というわけじゃないですが、元阪急の野球選手である福本豊氏のWikipediaのページは下手なギャグマンガよりずっと面白いです。
2011年2月20日日曜日
清末期に争われた立憲君主制と共和制
先日に中国の歴史参考書を購入したと書きましたがその参考書中で近代のページを見るにつけ、中国近代史においてこれまで着目していなかったある点に目がいくようになりこのところそのあたりをやけに詳しく調べています。具体的に何を気にするようになったかというと、本記事の表題に当たる清朝末期における立憲君主制支持派と共和制支持派の争いです。
現在において立憲君主制国家の代表格と来れば今度ウィリアム王子が結婚することで早くも盛り上がっている大英帝国ことイギリスで、基本的にこの立憲君主制という政体は憲法をベースに議会が実際の政治を切り盛りするものの最高権力者として世襲制の王を戴くという形で、実質の権力はイギリスと比べると小さく、なおかつ議論も少なからずあるものの天皇制を持つ日本も広義では間違いなくこの立憲君主制国家に含まれます。
それに対して共和制というのはこれの反対で、いうなれば国王や皇帝といった世襲の権力統治者や象徴が存在せず議会や内閣、大統領が最高権力者となる国のことを指しており、現在でしたらやっぱりアメリカやフランスが代表格です。
そこで本題に戻りますが、現在の中国は中国共産党の一党独裁による国で君主制か共和制かといえば一応は共和制ではあります。あくまで一応だけど。
ではそれ以前の中国はどうだったのかというとほかの国同様に君主制こと、王朝が政体をなしておりました。そんな中国における最後の王朝は少数民族である満州族が設立した清朝ですが、その末期において、具体的には1900年前後の日清、日露戦争の時代に中国では今後の政体を立件君主制とするか共和制とするかで知識人内で激しい対立があったようです。
清朝は日清戦争以降、それ以前のアヘン戦争は言わずもがな日本にも敗戦したことでようやく西洋技術を取り入れなければ最早どうにもならないという認識が各界に根付いたようです。日本も幕末は薩英戦争など当初は攘夷思想が強かったもののそれ以後は率先して西洋技術を取り入れてきたことを考えると今更かという気がしますがその辺は中華思想ということで、とにもかくにもそういったプライドをかなぐり捨ててようやく光緒帝の頃に変法運動といい、政体の革新などを図ったようです。
その頃に光緒帝の元で活躍し、この変法運動を大いに推進したのは康有為と、その弟子の梁啓超なのですが、どちらも恐らくは漢民族だとは思いますが満州族の清朝を盛り立てて中国の独立を保とうとしています。彼らが目指したのはそれまでの権力を皇帝一人に集中させる専制性ではなくそれこそ明治期の日本のような立憲君主制を目指していたようですが、彼らのこういった革新行動はかの有名な西太后ら清朝保守派のクーデターによって阻止され、光緒帝は幽閉され、康有為と梁啓超はそれぞれ日本に亡命することになります。
そうした立憲君主制を目指す勢力がいた一方、西洋技術の取入れなどといった点は共通していながらもこの際清朝を打倒し、新たに政体を共和制にして一から構築しなおすべきだと主張する勢力もこの時期に現れております。このような共和制を目指す勢力の代表格は孫文や後に中国共産党初代総書記となる陳独秀らですが、これらの共和制支持派は主に海外に拠点を持って中国国内に革命を呼びかけるなどして清朝打倒を目指していたようです。
結論から言うと西太后の死後にまだ幼い宣統帝溥儀ことラストエンペラーが即位したこともあり、当時軍権を握っていた袁世凱があっさりと孫文らに裏切って清朝は崩壊して共和制支持派の面々が権力を握ることとなりました。もちろんその後、梁啓超など立憲君主制支持派だった面々も議会に参加するなどして活動を行っておりますが、なんとなくこの争いを日本の薩長を始めとした統幕派、会津藩を中心とした佐幕派の争いのように見てしまいます。
明治維新期の日本も大きくこの二派に分かれて内戦を起こしましたが、戊辰戦争以後は幾度か内戦が起こったものの、清朝崩壊後の中国ほど激しい混乱にはならず徐々に統一国家への道を歩んでいきます。逆に中国は清朝崩壊以後は各地で軍閥が台頭し、目立った勢力を挙げるだけでも袁世凱の後釜を争って勝ち残った張作霖、中国共産党を引っ張った毛沢東、財閥のコネクションから上海で軍権を得た蒋介石などなど、文字通り群雄割拠の時代が訪れて統一ともなると蒋介石による北伐完了までまたなければなりません。
何故中国がこれほどまでに混乱を続けたのかとなると一次大戦など当時の世界情勢も影響しますが、むしろ逆に日本の方が異常な速度でまとまったと見るべきかもしれません。日本は明治維新から約30年後に国会を開設し、未だ薩長閥が勢力を握った上での制限選挙ではあったものの、憲法を制定した上で形なりには民主制の開放を達成しています。然るに中国は共産党が実験を握って70年程度経ちますが、未だに全国で一般市民選挙というものは実施されておらず、この点では日本が大いに優れていたと考えてもいいでしょう。
あと敢えて中国に対して苦言を呈すならば、清朝崩壊後にどうしてここまで混乱したのかといえばその一つの原因はほかならぬ孫文に大きな原因があるような気がします。孫文についてはWikipediaのページを見てもらえばわかる通りに何かと時代時代で手段を選ばずに交渉を行っては後の火種を自ら作っており、もうちょっと革命後の方針について確固たるビジョンを持って取り組んでたら全然歴史が違ったのではないかと思わざるを得ません。そういう意味では日本も、案外幕府をあくまで打倒しようとした薩長の考え方が正しかったのかもしれません。
現在において立憲君主制国家の代表格と来れば今度ウィリアム王子が結婚することで早くも盛り上がっている大英帝国ことイギリスで、基本的にこの立憲君主制という政体は憲法をベースに議会が実際の政治を切り盛りするものの最高権力者として世襲制の王を戴くという形で、実質の権力はイギリスと比べると小さく、なおかつ議論も少なからずあるものの天皇制を持つ日本も広義では間違いなくこの立憲君主制国家に含まれます。
それに対して共和制というのはこれの反対で、いうなれば国王や皇帝といった世襲の権力統治者や象徴が存在せず議会や内閣、大統領が最高権力者となる国のことを指しており、現在でしたらやっぱりアメリカやフランスが代表格です。
そこで本題に戻りますが、現在の中国は中国共産党の一党独裁による国で君主制か共和制かといえば一応は共和制ではあります。あくまで一応だけど。
ではそれ以前の中国はどうだったのかというとほかの国同様に君主制こと、王朝が政体をなしておりました。そんな中国における最後の王朝は少数民族である満州族が設立した清朝ですが、その末期において、具体的には1900年前後の日清、日露戦争の時代に中国では今後の政体を立件君主制とするか共和制とするかで知識人内で激しい対立があったようです。
清朝は日清戦争以降、それ以前のアヘン戦争は言わずもがな日本にも敗戦したことでようやく西洋技術を取り入れなければ最早どうにもならないという認識が各界に根付いたようです。日本も幕末は薩英戦争など当初は攘夷思想が強かったもののそれ以後は率先して西洋技術を取り入れてきたことを考えると今更かという気がしますがその辺は中華思想ということで、とにもかくにもそういったプライドをかなぐり捨ててようやく光緒帝の頃に変法運動といい、政体の革新などを図ったようです。
その頃に光緒帝の元で活躍し、この変法運動を大いに推進したのは康有為と、その弟子の梁啓超なのですが、どちらも恐らくは漢民族だとは思いますが満州族の清朝を盛り立てて中国の独立を保とうとしています。彼らが目指したのはそれまでの権力を皇帝一人に集中させる専制性ではなくそれこそ明治期の日本のような立憲君主制を目指していたようですが、彼らのこういった革新行動はかの有名な西太后ら清朝保守派のクーデターによって阻止され、光緒帝は幽閉され、康有為と梁啓超はそれぞれ日本に亡命することになります。
そうした立憲君主制を目指す勢力がいた一方、西洋技術の取入れなどといった点は共通していながらもこの際清朝を打倒し、新たに政体を共和制にして一から構築しなおすべきだと主張する勢力もこの時期に現れております。このような共和制を目指す勢力の代表格は孫文や後に中国共産党初代総書記となる陳独秀らですが、これらの共和制支持派は主に海外に拠点を持って中国国内に革命を呼びかけるなどして清朝打倒を目指していたようです。
結論から言うと西太后の死後にまだ幼い宣統帝溥儀ことラストエンペラーが即位したこともあり、当時軍権を握っていた袁世凱があっさりと孫文らに裏切って清朝は崩壊して共和制支持派の面々が権力を握ることとなりました。もちろんその後、梁啓超など立憲君主制支持派だった面々も議会に参加するなどして活動を行っておりますが、なんとなくこの争いを日本の薩長を始めとした統幕派、会津藩を中心とした佐幕派の争いのように見てしまいます。
明治維新期の日本も大きくこの二派に分かれて内戦を起こしましたが、戊辰戦争以後は幾度か内戦が起こったものの、清朝崩壊後の中国ほど激しい混乱にはならず徐々に統一国家への道を歩んでいきます。逆に中国は清朝崩壊以後は各地で軍閥が台頭し、目立った勢力を挙げるだけでも袁世凱の後釜を争って勝ち残った張作霖、中国共産党を引っ張った毛沢東、財閥のコネクションから上海で軍権を得た蒋介石などなど、文字通り群雄割拠の時代が訪れて統一ともなると蒋介石による北伐完了までまたなければなりません。
何故中国がこれほどまでに混乱を続けたのかとなると一次大戦など当時の世界情勢も影響しますが、むしろ逆に日本の方が異常な速度でまとまったと見るべきかもしれません。日本は明治維新から約30年後に国会を開設し、未だ薩長閥が勢力を握った上での制限選挙ではあったものの、憲法を制定した上で形なりには民主制の開放を達成しています。然るに中国は共産党が実験を握って70年程度経ちますが、未だに全国で一般市民選挙というものは実施されておらず、この点では日本が大いに優れていたと考えてもいいでしょう。
あと敢えて中国に対して苦言を呈すならば、清朝崩壊後にどうしてここまで混乱したのかといえばその一つの原因はほかならぬ孫文に大きな原因があるような気がします。孫文についてはWikipediaのページを見てもらえばわかる通りに何かと時代時代で手段を選ばずに交渉を行っては後の火種を自ら作っており、もうちょっと革命後の方針について確固たるビジョンを持って取り組んでたら全然歴史が違ったのではないかと思わざるを得ません。そういう意味では日本も、案外幕府をあくまで打倒しようとした薩長の考え方が正しかったのかもしれません。
2011年2月19日土曜日
必要な苦労、余計な苦労
自分にしては珍しくここ三日間更新がありませんでした。理由は単純に飲み会が昨日一昨日とあって帰宅がどちらも11時を過ぎてただけで、ネタ不足とかそういうわけではありません。
そういうわけで今日は久々の更新となりますが、まず一つの話から紹介します。その話が載っているのは文芸春秋の1月号で、料亭の京都吉兆で料理長をしている徳岡邦夫氏のコラムです。
そのコラムによると老舗料亭である京都吉兆もバブル崩壊後は経営が悪化し、料理長である徳岡氏は再建のために様々な改革に取り組んだそうです。まず取り組んだのは「人」こと人材採用で、それまで縁故採用が多かった料理人の採用に当たってなけなしの予算五万円をかけて外部に求人広告による募集をかけ、そうして集めた新人三人の教育に当たり以下のようなことをしたそうです。
「その施策の中には、かつての料亭文化ではありえないようなものも多かった。たとえば、「料理は見て盗め」といわれていた厨房の世界だが、新人にもどんどんレシピを教えてしまうようにした。また、料理経験のある人ならば、包丁もすぐに持たせてしまうこともある。これも、従来では考えられなかったことだ。
こうした料亭の常識は、実は百害あって一利なし、先輩料理人が後輩に追いつかれないために存在している悪習でしかないと私は考えて、それらを一掃してしまったのだ。」
(文芸春秋2011年1月号より引用)
正直に言って私は、こういうことを現役の料理人の方が口にするということに非常に驚きました。私は実際にそういう調理の世界に入ったことはないものの新人は皿洗いなど雑用を数年間経て初めて包丁を握らせてもらうものだと聞いていただけに、入ってすぐにレシピから包丁まで、しかも老舗料亭でそういうことが実施されてたなんて思いもよりませんでした。
ただ言われて見ると徳岡氏の言う通りに料理人というのは包丁持ってなんぼのもんだし、雑用を誰かがこなさなければならないとはしても新人料理人の教育に際して早くにそういった直接的な技術は教えた方がいいに決まってます。それにもかかわらず「新人は皿洗い」というイメージが私の中にあったのは、これもまた徳岡氏の言うように先輩料理人による悪習としか言いようがないでしょう。
この京都吉兆は直接関係はないものの例の船場吉兆の事件の際にはとばっちりを受けたそうでいろいろと大変だったそうですが、その後もこうした徳岡氏の改革が功を奏したかミシュランガイドにて三ツ星の評価を得たそうです。この話一つとってもなかなか含蓄があって面白いのですが、ちょっと気にかかったというか先ほどの新人料理人にすぐに包丁を握らせるという話から別に思い当たったエピソードがありました。
そのエピソードというのはほかならぬ田中角栄の生前のエピソードで、以前に鳩山邦夫氏が言っていた話です。兄に鳩山由紀夫元首相がいるのでこれから邦夫氏と表記しますが、邦夫氏は大学卒業後に政治家を志してすぐに田中角栄氏の秘書を始めたのですが、その秘書時代に田中角栄は邦夫氏に対しこんなことを言ったそうです。
「君も将来立派な政治家になろうとするのであれば、今の自分を見てよく反面教師としておきなさい」
当時の田中角栄は絶頂期であったために邦夫氏は一体先生のどこを反面教師とするところがあるのだと聞き返したところ、続けてこう話したそうです。
「確かに俺は今調子はいいが、ここに至るまで相当無理をやってきている。若いうちの苦労は買ってでもしろとは言うが、余計な苦労はしないに越したことはないんだ」
後に田中角栄はロッキード事件など金銭に絡む事件で特捜に逮捕されることになりますが、その時に至って邦夫氏はあの時の田中角栄の言葉はこういうことだったのか、つまり金策のために脱法行為も行っていたということを理解したそうです。
今でこそこういうことは常識はずれですが、当時の政界は工作に当たって何につけても金が必要だったそうですから私はこの点で極端に田中角栄を批判する気はありません。むしろこうした金策に対して田中角栄本人もある程度気にしていたというか、やらずに済むならやらない方がいいと考えていたということが少し驚きで、やっぱり人の子だったんだなとちょっと親近感が湧きました。まぁ逆を言えば邦夫氏の実家が金持ちなんだから無理に金策するなと言っていたんでしょうけど、邦夫氏の兄のことを思うといろいろ複雑です。
すでに大分長いですが久々の更新でテンションがやけに高いのでこのまま一本の記事にまとめてしまいますが、私が上記二つのエピソードからこのところよく思い耽っているのは「余計な苦労」という言葉です。京都吉兆、というよりそれまで料亭の暗黙の文化だった「新人は初め数年間は皿洗い」といい、田中角栄など当時の政治家による「脱法行為による金策」、どちらもやらずに済むのならそれに越したことはありません。
上記の田中角栄の台詞の中にあるように世の中には「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉が流布していますが、一応まだこの言葉をかけられる若者身分の私からするとあまり反抗的では良くないと思いつつも、この言葉は上の連中からすると随分都合のいい言葉だなと生意気にも大体中学生くらいの頃から感じていました。そんな性格ゆえによくパソコンに対して八つ当たりするくらい今でも忍耐力がないままなのですがそれでも敢えて続けて言わせてもらうと、苦労とは言っても『必要な苦労』と『余計な苦労』とではっきりと別れるのではないかと思います。
たとえば大学受験に合格するために長時間の勉強をしたり、体を鍛えるために走り込みを行うなどそれぞれ目的に合致した必要な苦労というものがあると思います。こういった必要な苦労に対してよく運動部などにある上級生の下級生に対するしごき、たとえば野球部における球拾いとか下級生は更衣室を使えないとか(私の実体験)、それぞれのスポーツ技術の向上には全く関係ないと言える余計な苦労も、というかこっちの方が世の中ごくごく溢れかえっております。こういったしごきについてよく指導者や上級生は上下関係を教えたり忍耐力をつけさせるために必要だと主張しますが、では目的に合った苦労では忍耐力はつかないのかと私は逆に問いたいです。
大学の受験勉強然り、長時間の走りこみ然り、言うは簡単ですがこれらをこなすとなるとなかなか大変な苦労で、実行にあたりそこそこの忍耐力が要求されます。しかも先ほどの運動部によるしごきと比べてこれらの必要な苦労はそれぞれの目的に対して学力の向上、体力の向上といった付帯効果があり、その上で私はちゃんと続けることで忍耐力も共に鍛えられるのではないかと思います。忍耐力がどちらでも鍛えられるのであれば、しごきといった余計な苦労はせずに必要な苦労を率先してやっていった方がずっと効率的ではないでしょうか。
私は何も、なんでも苦労を避けて楽な道を選ぶべきだと言うつもりはさらさらありません。きちんと目的を持ち、その目的を達成するために必要な苦労はどんどんとやるべきである一方、その目的達成に対して何の関係もない苦労はやらないに越したことはない、むしろ時間の無駄となるのでそういった余計な苦労は避けた方がいいと私は主張したいのです。
そうは言っても世の中理不尽なことが多いのでそういったことに耐性をつけるためにもある程度は余計な苦労もしておく必要があるのではないかと言われる方もいるかもしれませんが、私はそのような理不尽に対する耐性は必要な苦労でも得られると思いますし、そもそも理不尽に対して何でもかんでも黙っているのもまた問題な気がします。その理不尽を甘受せずに環境を変えるなり対策を行う方がずっと前進的でしょう。ま、多少の我慢はもちろん必要ですが。
私はこのところ自分を取り巻く環境に対し、今自分が負担に感じている苦労は必要な苦労なのか余計な苦労なのかとよく考えています。もちろん必要な苦労だと思えば心情的にも軽くなるし頑張ろうという気持ちも持てますが、余計な苦労だと一体何のために我慢しているのかと考えれば考えるほど余計に辛くなってきます。ただ単に自分が未熟で必要な苦労か余計な苦労か判別も出来ないのかもと思う一方、先ほどの「新人料理人は数年間は皿洗い」など、世の中では一般化されていたとしても明らかに余計だとわかるものははっきりわかる気がします。
何でもかんでも人生思い通りに行くわけではないので多少のことはもちろん我慢するべきです。しかしあまりにも余計過ぎる苦労は周囲から非難を受けるとしてもやはり避けるべきで、きちんと目的を持って必要な苦労を求めていくことが我慢強いとされる日本人に必要なのではないかというのが、今日の結論です。
おまけ
今回の記事内容について先に友人と相談をしたのですが、その友人とはある苦労を共有しておりました。我々が通った大学の一、二回生時キャンパスは辺鄙な田舎にあり、我々二人はそのキャンパス近くに下宿を借りて住んでいたものの本当にシャレにならないくらいの場所の上に中途半端に都会に近いもんだから精神病を起こす学生もいるほどで、ご多分に洩れず我々二人も入学当初にすぐ五月病をリアルに発祥するなど苦労をしたのですがその時の体験について、
花園「あそこでの生活は確かに辛かったけど、今となれば『必要な苦労』だったかな( ´ー`)」
友人「いや、僕にとっては『余計な苦労』以外の何者でもなかった(´д`)」
と、見事に意見が割れました。この後もお互いに『必要な苦労』と『余計な苦労』とこの二つの言葉を使い分けてあれこれ愚痴を言い合いましたが、「社内のお局対応は『余計な苦労』だ」、「あの上司の指導は厳しいが、『必要な苦労』だった」など、使ってて意外に便利な言葉だと思いました。
おまけ2
三日ぶりの更新ですが見事四千字を越える長文、書いててものすごく気持ちよかったです。やっぱり定期的に文章書かないと自分は駄目ですね( ´Д`)
そういうわけで今日は久々の更新となりますが、まず一つの話から紹介します。その話が載っているのは文芸春秋の1月号で、料亭の京都吉兆で料理長をしている徳岡邦夫氏のコラムです。
そのコラムによると老舗料亭である京都吉兆もバブル崩壊後は経営が悪化し、料理長である徳岡氏は再建のために様々な改革に取り組んだそうです。まず取り組んだのは「人」こと人材採用で、それまで縁故採用が多かった料理人の採用に当たってなけなしの予算五万円をかけて外部に求人広告による募集をかけ、そうして集めた新人三人の教育に当たり以下のようなことをしたそうです。
「その施策の中には、かつての料亭文化ではありえないようなものも多かった。たとえば、「料理は見て盗め」といわれていた厨房の世界だが、新人にもどんどんレシピを教えてしまうようにした。また、料理経験のある人ならば、包丁もすぐに持たせてしまうこともある。これも、従来では考えられなかったことだ。
こうした料亭の常識は、実は百害あって一利なし、先輩料理人が後輩に追いつかれないために存在している悪習でしかないと私は考えて、それらを一掃してしまったのだ。」
(文芸春秋2011年1月号より引用)
正直に言って私は、こういうことを現役の料理人の方が口にするということに非常に驚きました。私は実際にそういう調理の世界に入ったことはないものの新人は皿洗いなど雑用を数年間経て初めて包丁を握らせてもらうものだと聞いていただけに、入ってすぐにレシピから包丁まで、しかも老舗料亭でそういうことが実施されてたなんて思いもよりませんでした。
ただ言われて見ると徳岡氏の言う通りに料理人というのは包丁持ってなんぼのもんだし、雑用を誰かがこなさなければならないとはしても新人料理人の教育に際して早くにそういった直接的な技術は教えた方がいいに決まってます。それにもかかわらず「新人は皿洗い」というイメージが私の中にあったのは、これもまた徳岡氏の言うように先輩料理人による悪習としか言いようがないでしょう。
この京都吉兆は直接関係はないものの例の船場吉兆の事件の際にはとばっちりを受けたそうでいろいろと大変だったそうですが、その後もこうした徳岡氏の改革が功を奏したかミシュランガイドにて三ツ星の評価を得たそうです。この話一つとってもなかなか含蓄があって面白いのですが、ちょっと気にかかったというか先ほどの新人料理人にすぐに包丁を握らせるという話から別に思い当たったエピソードがありました。
そのエピソードというのはほかならぬ田中角栄の生前のエピソードで、以前に鳩山邦夫氏が言っていた話です。兄に鳩山由紀夫元首相がいるのでこれから邦夫氏と表記しますが、邦夫氏は大学卒業後に政治家を志してすぐに田中角栄氏の秘書を始めたのですが、その秘書時代に田中角栄は邦夫氏に対しこんなことを言ったそうです。
「君も将来立派な政治家になろうとするのであれば、今の自分を見てよく反面教師としておきなさい」
当時の田中角栄は絶頂期であったために邦夫氏は一体先生のどこを反面教師とするところがあるのだと聞き返したところ、続けてこう話したそうです。
「確かに俺は今調子はいいが、ここに至るまで相当無理をやってきている。若いうちの苦労は買ってでもしろとは言うが、余計な苦労はしないに越したことはないんだ」
後に田中角栄はロッキード事件など金銭に絡む事件で特捜に逮捕されることになりますが、その時に至って邦夫氏はあの時の田中角栄の言葉はこういうことだったのか、つまり金策のために脱法行為も行っていたということを理解したそうです。
今でこそこういうことは常識はずれですが、当時の政界は工作に当たって何につけても金が必要だったそうですから私はこの点で極端に田中角栄を批判する気はありません。むしろこうした金策に対して田中角栄本人もある程度気にしていたというか、やらずに済むならやらない方がいいと考えていたということが少し驚きで、やっぱり人の子だったんだなとちょっと親近感が湧きました。まぁ逆を言えば邦夫氏の実家が金持ちなんだから無理に金策するなと言っていたんでしょうけど、邦夫氏の兄のことを思うといろいろ複雑です。
すでに大分長いですが久々の更新でテンションがやけに高いのでこのまま一本の記事にまとめてしまいますが、私が上記二つのエピソードからこのところよく思い耽っているのは「余計な苦労」という言葉です。京都吉兆、というよりそれまで料亭の暗黙の文化だった「新人は初め数年間は皿洗い」といい、田中角栄など当時の政治家による「脱法行為による金策」、どちらもやらずに済むのならそれに越したことはありません。
上記の田中角栄の台詞の中にあるように世の中には「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉が流布していますが、一応まだこの言葉をかけられる若者身分の私からするとあまり反抗的では良くないと思いつつも、この言葉は上の連中からすると随分都合のいい言葉だなと生意気にも大体中学生くらいの頃から感じていました。そんな性格ゆえによくパソコンに対して八つ当たりするくらい今でも忍耐力がないままなのですがそれでも敢えて続けて言わせてもらうと、苦労とは言っても『必要な苦労』と『余計な苦労』とではっきりと別れるのではないかと思います。
たとえば大学受験に合格するために長時間の勉強をしたり、体を鍛えるために走り込みを行うなどそれぞれ目的に合致した必要な苦労というものがあると思います。こういった必要な苦労に対してよく運動部などにある上級生の下級生に対するしごき、たとえば野球部における球拾いとか下級生は更衣室を使えないとか(私の実体験)、それぞれのスポーツ技術の向上には全く関係ないと言える余計な苦労も、というかこっちの方が世の中ごくごく溢れかえっております。こういったしごきについてよく指導者や上級生は上下関係を教えたり忍耐力をつけさせるために必要だと主張しますが、では目的に合った苦労では忍耐力はつかないのかと私は逆に問いたいです。
大学の受験勉強然り、長時間の走りこみ然り、言うは簡単ですがこれらをこなすとなるとなかなか大変な苦労で、実行にあたりそこそこの忍耐力が要求されます。しかも先ほどの運動部によるしごきと比べてこれらの必要な苦労はそれぞれの目的に対して学力の向上、体力の向上といった付帯効果があり、その上で私はちゃんと続けることで忍耐力も共に鍛えられるのではないかと思います。忍耐力がどちらでも鍛えられるのであれば、しごきといった余計な苦労はせずに必要な苦労を率先してやっていった方がずっと効率的ではないでしょうか。
私は何も、なんでも苦労を避けて楽な道を選ぶべきだと言うつもりはさらさらありません。きちんと目的を持ち、その目的を達成するために必要な苦労はどんどんとやるべきである一方、その目的達成に対して何の関係もない苦労はやらないに越したことはない、むしろ時間の無駄となるのでそういった余計な苦労は避けた方がいいと私は主張したいのです。
そうは言っても世の中理不尽なことが多いのでそういったことに耐性をつけるためにもある程度は余計な苦労もしておく必要があるのではないかと言われる方もいるかもしれませんが、私はそのような理不尽に対する耐性は必要な苦労でも得られると思いますし、そもそも理不尽に対して何でもかんでも黙っているのもまた問題な気がします。その理不尽を甘受せずに環境を変えるなり対策を行う方がずっと前進的でしょう。ま、多少の我慢はもちろん必要ですが。
私はこのところ自分を取り巻く環境に対し、今自分が負担に感じている苦労は必要な苦労なのか余計な苦労なのかとよく考えています。もちろん必要な苦労だと思えば心情的にも軽くなるし頑張ろうという気持ちも持てますが、余計な苦労だと一体何のために我慢しているのかと考えれば考えるほど余計に辛くなってきます。ただ単に自分が未熟で必要な苦労か余計な苦労か判別も出来ないのかもと思う一方、先ほどの「新人料理人は数年間は皿洗い」など、世の中では一般化されていたとしても明らかに余計だとわかるものははっきりわかる気がします。
何でもかんでも人生思い通りに行くわけではないので多少のことはもちろん我慢するべきです。しかしあまりにも余計過ぎる苦労は周囲から非難を受けるとしてもやはり避けるべきで、きちんと目的を持って必要な苦労を求めていくことが我慢強いとされる日本人に必要なのではないかというのが、今日の結論です。
おまけ
今回の記事内容について先に友人と相談をしたのですが、その友人とはある苦労を共有しておりました。我々が通った大学の一、二回生時キャンパスは辺鄙な田舎にあり、我々二人はそのキャンパス近くに下宿を借りて住んでいたものの本当にシャレにならないくらいの場所の上に中途半端に都会に近いもんだから精神病を起こす学生もいるほどで、ご多分に洩れず我々二人も入学当初にすぐ五月病をリアルに発祥するなど苦労をしたのですがその時の体験について、
花園「あそこでの生活は確かに辛かったけど、今となれば『必要な苦労』だったかな( ´ー`)」
友人「いや、僕にとっては『余計な苦労』以外の何者でもなかった(´д`)」
と、見事に意見が割れました。この後もお互いに『必要な苦労』と『余計な苦労』とこの二つの言葉を使い分けてあれこれ愚痴を言い合いましたが、「社内のお局対応は『余計な苦労』だ」、「あの上司の指導は厳しいが、『必要な苦労』だった」など、使ってて意外に便利な言葉だと思いました。
おまけ2
三日ぶりの更新ですが見事四千字を越える長文、書いててものすごく気持ちよかったです。やっぱり定期的に文章書かないと自分は駄目ですね( ´Д`)
2011年2月15日火曜日
小沢氏の党員資格停止について
・「党員資格停止」を議決=反対論押し切る―民主常任幹事会(時事通信)
昨日一昨日と力の入った記事を連日投下したので、今日はさらりと流せるニュース解説です。
ようやくこの問題に一つの目処がついたというべきか、上記リンク先のニュースで書かれている通りに強制起訴された民主党の小沢氏に対して本日民主党幹事会は裁判が確定するまで党員資格停止するという決議を行いました。この決定に対する私の意見は、まぁ当然といえば当然だけどこれまでの対処期間を考えるとやや決断が遅かったかなといったところです。
小沢氏に対する評価は色々ありますが、先日産経のニュースにてやや高所ぶった目線で書かれていましたがこんな記事がありました。その記者がタクシーに乗った際に政治ついて運転手と会話したというのですが、そのタクシー運転手はこんな世の中だからこそ豪腕の小沢氏が政治を主導した方が何か変わるのではというものの、その記者は小沢氏は豪腕とよく言われるもののこれまでの日本の政治史において何か政策を主導したことはなく、また具体的な政策目標を何も持ってないとしてそのタクシー運転手の意見を否定したというないようです。
この記事の内容が、小沢氏についてよく言い表していると私は思います。小沢氏は確かに細川連立内閣を作って55年体制に終止符を打つのを主導したことは間違いなく、またその後の小選挙区比例代表制制への以降も彼の強い希望で行われました。この二つを功績と取るならば確かに功績ですが、しかしその後の彼の政治キャリアはというとただ政党を作っては壊し、無駄に日本の政権を不安定にさせてきただけとしか私には思えません。しかも何故政党を何度も壊し続けたのかというとこれも、どう見ても彼が主導して実現した政党交付金制度を悪用して私服を肥やすためでしかないでしょう。
特に一番罪業が重いというか、公明党とともに連立を組んでいた小渕政権時に自民党の立場が苦しい時期を見計らって無理難題を吹っかけ、要求が通らないとわかるや連立を離脱したことです。実質このときのショックが引き金となって小渕元首相は脳梗塞を起こして死去しており、政治に駆け引きは必要だとは思いますが不必要な要求のために無駄に権力を不安定化させた小沢氏の行動には疑問を持ちます。
とはいえ今回のこの民主党の決議にてようやく小沢騒動もひと段落しそうです。民主党内の小沢派が反旗を翻して分裂するとも言われておりますが、マルチ商法の親玉である山岡氏はともかく日教組のドンである輿石氏は意外にも早くに見限って菅首相や岡田幹事長側に寄って行っていますので、小沢派の動きはそれほど大きな影響は及ぼさないと思います。どうせすでに参院で過半数割ってるんだし。
本来ならば小沢氏の強制起訴が決まった段階ですぐにこれくらいの処分は行うべきといえばそうなのですが、曲がりなりにもシンパが多い人なので時間がかかったのはしょうがないのかもしれません。願うことならこれに続いて、勝手にしゃしゃり出ては北方領土などに関して問題発言を繰り返している鳩山前首相も処分してもらいたいのですが。
あと本件と関係のないニュースですが、ちょっと驚いたというか思うところがあるニュースがあります。
・中国の米10%がカドミウム汚染、イタイイタイ病発生(サーチナ)
内容は中国のお米の10%はあの四台公害病の一つであるイタイイタイ病を引き起こすカドミウムに汚染されているという、実際に中国で生活している私からするとちょっと気が気でないニュースなのですが、実はこのニュースは昨日の中国版Yahooにて載っていたニュースです。たまたま自分も読んでて翻訳してブログで取り上げて見ようかとも思っていたのですが、先を越されたというかまるまんま翻訳しただけのニュース記事に、あまりケチをつけるべきではないと思うもののなにやら釈然としないものをちょっと感じました。
ちなみに元記事では「イタイイタイ病」のことをそのまま「痛痛病」と書かれており、多くの患者から聞かれる悲鳴から当時の医師が名づけたという由来もきちんと紹介されてます。またその中国の村の土壌が何故カドミウムに汚染されているのかというと、近くに鉱山があってその発掘の際に出る泥などが川を経由して汚染されているのではと書かれていました。よその村から来た女性が言うには、昔からその村にはあまり嫁に来たがる人はいなかったと言うほど曰く付きの土地だそうで、収穫物を国が徴収していた時代(人民公社時代?)もその村は免除されていたとまでいうほどブラックな土地だそうです。
昨日一昨日と力の入った記事を連日投下したので、今日はさらりと流せるニュース解説です。
ようやくこの問題に一つの目処がついたというべきか、上記リンク先のニュースで書かれている通りに強制起訴された民主党の小沢氏に対して本日民主党幹事会は裁判が確定するまで党員資格停止するという決議を行いました。この決定に対する私の意見は、まぁ当然といえば当然だけどこれまでの対処期間を考えるとやや決断が遅かったかなといったところです。
小沢氏に対する評価は色々ありますが、先日産経のニュースにてやや高所ぶった目線で書かれていましたがこんな記事がありました。その記者がタクシーに乗った際に政治ついて運転手と会話したというのですが、そのタクシー運転手はこんな世の中だからこそ豪腕の小沢氏が政治を主導した方が何か変わるのではというものの、その記者は小沢氏は豪腕とよく言われるもののこれまでの日本の政治史において何か政策を主導したことはなく、また具体的な政策目標を何も持ってないとしてそのタクシー運転手の意見を否定したというないようです。
この記事の内容が、小沢氏についてよく言い表していると私は思います。小沢氏は確かに細川連立内閣を作って55年体制に終止符を打つのを主導したことは間違いなく、またその後の小選挙区比例代表制制への以降も彼の強い希望で行われました。この二つを功績と取るならば確かに功績ですが、しかしその後の彼の政治キャリアはというとただ政党を作っては壊し、無駄に日本の政権を不安定にさせてきただけとしか私には思えません。しかも何故政党を何度も壊し続けたのかというとこれも、どう見ても彼が主導して実現した政党交付金制度を悪用して私服を肥やすためでしかないでしょう。
特に一番罪業が重いというか、公明党とともに連立を組んでいた小渕政権時に自民党の立場が苦しい時期を見計らって無理難題を吹っかけ、要求が通らないとわかるや連立を離脱したことです。実質このときのショックが引き金となって小渕元首相は脳梗塞を起こして死去しており、政治に駆け引きは必要だとは思いますが不必要な要求のために無駄に権力を不安定化させた小沢氏の行動には疑問を持ちます。
とはいえ今回のこの民主党の決議にてようやく小沢騒動もひと段落しそうです。民主党内の小沢派が反旗を翻して分裂するとも言われておりますが、マルチ商法の親玉である山岡氏はともかく日教組のドンである輿石氏は意外にも早くに見限って菅首相や岡田幹事長側に寄って行っていますので、小沢派の動きはそれほど大きな影響は及ぼさないと思います。どうせすでに参院で過半数割ってるんだし。
本来ならば小沢氏の強制起訴が決まった段階ですぐにこれくらいの処分は行うべきといえばそうなのですが、曲がりなりにもシンパが多い人なので時間がかかったのはしょうがないのかもしれません。願うことならこれに続いて、勝手にしゃしゃり出ては北方領土などに関して問題発言を繰り返している鳩山前首相も処分してもらいたいのですが。
あと本件と関係のないニュースですが、ちょっと驚いたというか思うところがあるニュースがあります。
・中国の米10%がカドミウム汚染、イタイイタイ病発生(サーチナ)
内容は中国のお米の10%はあの四台公害病の一つであるイタイイタイ病を引き起こすカドミウムに汚染されているという、実際に中国で生活している私からするとちょっと気が気でないニュースなのですが、実はこのニュースは昨日の中国版Yahooにて載っていたニュースです。たまたま自分も読んでて翻訳してブログで取り上げて見ようかとも思っていたのですが、先を越されたというかまるまんま翻訳しただけのニュース記事に、あまりケチをつけるべきではないと思うもののなにやら釈然としないものをちょっと感じました。
ちなみに元記事では「イタイイタイ病」のことをそのまま「痛痛病」と書かれており、多くの患者から聞かれる悲鳴から当時の医師が名づけたという由来もきちんと紹介されてます。またその中国の村の土壌が何故カドミウムに汚染されているのかというと、近くに鉱山があってその発掘の際に出る泥などが川を経由して汚染されているのではと書かれていました。よその村から来た女性が言うには、昔からその村にはあまり嫁に来たがる人はいなかったと言うほど曰く付きの土地だそうで、収穫物を国が徴収していた時代(人民公社時代?)もその村は免除されていたとまでいうほどブラックな土地だそうです。
2011年2月14日月曜日
TPPに日本は加盟すべきか 後編
昨日の前編に引き続きTPP関連の記事です。昨日は主にTPP加盟反対派が強く主張する日本の農業保護を中心に解説した上で私はTPPと農業はこの際一緒に考えるべきではなく、むしろTPPに限らずもっと攻めの農業を考えていかねばならないと主張しました。しかしだからといってTPPに加盟をするべきというわけではなく、現段階ではもっと多方面に渡って議論を行ってTPPに加盟する価値について全体で考えていくべきだという立場だと説明しました。今日は何故私がTPPに対してこのような慎重な立場を取るのかということについて書いていきます。
まず単純に、何故TPPに加盟する必要があるのかという点でいくらか疑問を感じます。菅首相を始めとして肯定派の人々が決まって主張する理由は、「今加盟しなければ日本は取り残される」という、どちらかといえば消極的な理由ばかりです。もう少し具体的に書くと日本はリーマンショックから未だに不況が続いていますが隣国韓国は自由貿易を推進して目覚しく躍進しているとして、今ここでTPPに加盟して日本も自由貿易化を進めなければ中国の躍進といい、グローバル化に遅れてずるずると衰退を続けてしまうというシナリオをこの手の議論でよく見かけます。
しかしこうした肯定派の意見に対して反対派の代表的論客である中野剛志氏を始めとした方々からは、TPPに加盟しなければ日本が取り残されるという意見は間違いだという意見が出されており私もこれに同感します。まず先ほどの韓国との比較ではさも日本が自由貿易化に遅れているような印象を与えますが、実際のところ日本は農業を除くと世界的にも関税が低い国で、EUなどと比べるとよっぽど自由貿易国家であります。私も貿易事務をしていた時代に何度か経験しましたがヨーロッパから物を輸入する際には消費税にやられ、輸出する際は関税にやられて商品価格がけたたましく上がるのには面食らいました。
また韓国は自由貿易を行っているから景気がいいというわけでなく、これも私に限らず多数の方々が指摘しておりますが今の韓国の好景気はウォン安という為替効果以外の何者でもなく、それは逆に日本の不景気は円高以外の何者でもないということです。TPPに加盟しなければ経済は停滞したままと肯定派は主張しますが、仮に加盟したところで現在の円高が解消されない限りは何も変わらないと私も断言します。ではTPPに加盟すれば為替は動くのかといえばこれも結びつく理由は見当たらず、何かすれば都合よく物事が動くなんて信じるのは馬鹿の妄想に尽きるでしょう。
さらに外交上の観点からも今加盟しておかねば東南アジア諸国の中で孤立する恐れがあるという意見もあり、私の見たところ菅首相はこの意見に一番ほだかされてやけにTPPを推進していると思えますが、これも正直なところ疑問です。現時点において東南アジア地域で影響力が強いのは言うまでもなく日中韓の三カ国ですが日本を除く中国や韓国は今のところTPPに加盟するそぶりは見せておらず、この論法で行くのなら中国や韓国は東南アジアの中で孤立していくはずです。また自由貿易によって東南アジア地域との結びつきを強くして経済的連携を強めるべきだという意見も見えますがすでにTPPに加盟している四カ国は経済規模もそれほど大きくなく、さすがに中国やインドみたいに馬鹿でかい人口を抱えていれば話は別ですが、経済的連携を強めたところで得られるメリットというものはほとんど見えてきません。
もちろん現在ベトナムやオーストラリアなどの国々も参加を議論しており将来的にはまだわかりませんが、ほかの国がやっているから日本もというのは昔からの悪い癖で、よそはよそでうちはうちなのですからしっかりとメリットとデメリットを計算した上で参加は決めるべきでしょう。少なくとも、「ほかの国が入るから……」という理由だけで参加を考えるというのは大きな間違いです。日独伊三国軍事同盟もそんな感じだったし。
そして一番肝心な点が、TPPに加盟して日本は輸出を増やすことが出来るかです。これに関しては現時点で私はほとんど増えないと考えております。
前回の記事でも書いたようにもしTPPに日本とアメリカが加盟した場合はこの二カ国で生産高の九割を占めることになるため、この輸出について考える場合もやはりアメリカを相手に見なければなりません。これはいろんなところで引用されているので試しに私も引用して見ますが、日米間の関税で大きなものといったら日本の農作物に対する関税とアメリカのトラック車に対する関税です。アメリカは海外からのトラック車の輸入に対して25%の関税をかけており普通乗用車の5%と比べると確かに高い印象がありますが、それ以外となると自由の国というだけあってアメリカの関税は日本以上にどれも低いです。また件のトラック車においても日本の自動車会社はどこも米国工場を持っており、現地生産してしまえば関税どころか輸送費用もいらないためトラック車の25%という関税がなくなるからといって何か日本の自動車会社に影響があるかといったらはなはだ疑問です。
このように私は現時点でTPPに対するメリットをあまり感じません。逆にデメリットについて言えば関税がなくなることでいくつかの部門で安い商品が入り、さらにデフレが悪化する可能性が挙げられます。
だからといって私はTPPをすべて否定するわけでなく長期的な視点で考えれば大きな経済圏を作り、発展途上国の成長も織り込んで自由貿易は徐々に進めていくべきだと考えています。ただ現時点で日本は円高不況の上にデフレも抱えているため、もう少し体調を整えた上で目指すべき方向をしっかりと定めてからこういったものに参加するべきだと考えており、議論を深めないままほかの国に乗り遅れるなとばかりに急いで参加しようとするのはたとえ鈍亀と罵られるようとも反対です。
本音を言えば私はTPPよりもEUに参加し、アジアの中のヨーロッパの尖兵として周りから集中砲火を食らおうとも独自性の強い国として日本はやっていく方が面白いんじゃないかと考えています。ただどうもEUは日本を目の敵にしているところがあるのかこうした議論に対して一蹴に付すところがあり、血は水より濃いわけじゃないですが腐ってもEUはアジアを受け入れないかと見ていて実現性は低いと思っています。
そんなEUもリーマンショック前はユーロの導入など割と順調にやって来れていましたが、リーマンショック後のアイスランドやギリシャの金融危機を受けてでかけりゃなんでもいいというわけじゃないんだなという証明をしてくれました。TPPもこういう点で、うかつに参加したばかりに余計な荷物を抱えないよう、日本はしっかりと議論を深めて考えていくべきでしょう。
参考サイト
・慶応大学教授・竹中平蔵 TPP参加で政権公約も見直せ(産経新聞)
・中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる(ニュース・スパイラル)
まず単純に、何故TPPに加盟する必要があるのかという点でいくらか疑問を感じます。菅首相を始めとして肯定派の人々が決まって主張する理由は、「今加盟しなければ日本は取り残される」という、どちらかといえば消極的な理由ばかりです。もう少し具体的に書くと日本はリーマンショックから未だに不況が続いていますが隣国韓国は自由貿易を推進して目覚しく躍進しているとして、今ここでTPPに加盟して日本も自由貿易化を進めなければ中国の躍進といい、グローバル化に遅れてずるずると衰退を続けてしまうというシナリオをこの手の議論でよく見かけます。
しかしこうした肯定派の意見に対して反対派の代表的論客である中野剛志氏を始めとした方々からは、TPPに加盟しなければ日本が取り残されるという意見は間違いだという意見が出されており私もこれに同感します。まず先ほどの韓国との比較ではさも日本が自由貿易化に遅れているような印象を与えますが、実際のところ日本は農業を除くと世界的にも関税が低い国で、EUなどと比べるとよっぽど自由貿易国家であります。私も貿易事務をしていた時代に何度か経験しましたがヨーロッパから物を輸入する際には消費税にやられ、輸出する際は関税にやられて商品価格がけたたましく上がるのには面食らいました。
また韓国は自由貿易を行っているから景気がいいというわけでなく、これも私に限らず多数の方々が指摘しておりますが今の韓国の好景気はウォン安という為替効果以外の何者でもなく、それは逆に日本の不景気は円高以外の何者でもないということです。TPPに加盟しなければ経済は停滞したままと肯定派は主張しますが、仮に加盟したところで現在の円高が解消されない限りは何も変わらないと私も断言します。ではTPPに加盟すれば為替は動くのかといえばこれも結びつく理由は見当たらず、何かすれば都合よく物事が動くなんて信じるのは馬鹿の妄想に尽きるでしょう。
さらに外交上の観点からも今加盟しておかねば東南アジア諸国の中で孤立する恐れがあるという意見もあり、私の見たところ菅首相はこの意見に一番ほだかされてやけにTPPを推進していると思えますが、これも正直なところ疑問です。現時点において東南アジア地域で影響力が強いのは言うまでもなく日中韓の三カ国ですが日本を除く中国や韓国は今のところTPPに加盟するそぶりは見せておらず、この論法で行くのなら中国や韓国は東南アジアの中で孤立していくはずです。また自由貿易によって東南アジア地域との結びつきを強くして経済的連携を強めるべきだという意見も見えますがすでにTPPに加盟している四カ国は経済規模もそれほど大きくなく、さすがに中国やインドみたいに馬鹿でかい人口を抱えていれば話は別ですが、経済的連携を強めたところで得られるメリットというものはほとんど見えてきません。
もちろん現在ベトナムやオーストラリアなどの国々も参加を議論しており将来的にはまだわかりませんが、ほかの国がやっているから日本もというのは昔からの悪い癖で、よそはよそでうちはうちなのですからしっかりとメリットとデメリットを計算した上で参加は決めるべきでしょう。少なくとも、「ほかの国が入るから……」という理由だけで参加を考えるというのは大きな間違いです。日独伊三国軍事同盟もそんな感じだったし。
そして一番肝心な点が、TPPに加盟して日本は輸出を増やすことが出来るかです。これに関しては現時点で私はほとんど増えないと考えております。
前回の記事でも書いたようにもしTPPに日本とアメリカが加盟した場合はこの二カ国で生産高の九割を占めることになるため、この輸出について考える場合もやはりアメリカを相手に見なければなりません。これはいろんなところで引用されているので試しに私も引用して見ますが、日米間の関税で大きなものといったら日本の農作物に対する関税とアメリカのトラック車に対する関税です。アメリカは海外からのトラック車の輸入に対して25%の関税をかけており普通乗用車の5%と比べると確かに高い印象がありますが、それ以外となると自由の国というだけあってアメリカの関税は日本以上にどれも低いです。また件のトラック車においても日本の自動車会社はどこも米国工場を持っており、現地生産してしまえば関税どころか輸送費用もいらないためトラック車の25%という関税がなくなるからといって何か日本の自動車会社に影響があるかといったらはなはだ疑問です。
このように私は現時点でTPPに対するメリットをあまり感じません。逆にデメリットについて言えば関税がなくなることでいくつかの部門で安い商品が入り、さらにデフレが悪化する可能性が挙げられます。
だからといって私はTPPをすべて否定するわけでなく長期的な視点で考えれば大きな経済圏を作り、発展途上国の成長も織り込んで自由貿易は徐々に進めていくべきだと考えています。ただ現時点で日本は円高不況の上にデフレも抱えているため、もう少し体調を整えた上で目指すべき方向をしっかりと定めてからこういったものに参加するべきだと考えており、議論を深めないままほかの国に乗り遅れるなとばかりに急いで参加しようとするのはたとえ鈍亀と罵られるようとも反対です。
本音を言えば私はTPPよりもEUに参加し、アジアの中のヨーロッパの尖兵として周りから集中砲火を食らおうとも独自性の強い国として日本はやっていく方が面白いんじゃないかと考えています。ただどうもEUは日本を目の敵にしているところがあるのかこうした議論に対して一蹴に付すところがあり、血は水より濃いわけじゃないですが腐ってもEUはアジアを受け入れないかと見ていて実現性は低いと思っています。
そんなEUもリーマンショック前はユーロの導入など割と順調にやって来れていましたが、リーマンショック後のアイスランドやギリシャの金融危機を受けてでかけりゃなんでもいいというわけじゃないんだなという証明をしてくれました。TPPもこういう点で、うかつに参加したばかりに余計な荷物を抱えないよう、日本はしっかりと議論を深めて考えていくべきでしょう。
参考サイト
・慶応大学教授・竹中平蔵 TPP参加で政権公約も見直せ(産経新聞)
・中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる(ニュース・スパイラル)
2011年2月13日日曜日
TPPに日本は加盟すべきか 前編
先日に来た友人からのメールに今の日本は大相撲の八百長問題とTPPのことばかりと書かれてあったので、ちょっと今日は調べる時間もあったのでTPPについて私の意見を紹介しようと思います。
・環太平洋戦略的経済連携協定(Wikipedia)
このTPPの正式名称は「Trans-Pacific Partnership」で、日本語だと「環太平洋戦略的経済連携協定」になります。この協定は2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドで結ばれたもので、協定締結国内同士では原則関税をすべて撤廃して自由貿易を行うという内容です。一体何故このTPPが急に日本で取りざたされるようになったのかというと去年頃からこのTPPの締結国拡大議論にアメリカが参加するようになり、それに対して日本の菅首相が十月の会見にて参加を目指す方針を述べたことから各業界入り乱れての議論となったようです。すでにあちこちのサイトやニュースにても報道されておりますが、仮に日本やアメリカが参加するとなるとTPP内の総生産高はこの二カ国が九割を占めることになるため、この議論は実質日米のFTA(自由貿易協定)議論であると指摘されております。
そういうわけでTPPとはアメリカと自由貿易協定を結ぶかどうかという話になるのですが、結論から言うと私はまだ時期尚早で、将来的にはともかく今急いで加盟するべきではなくもっと多方面で議論を重ねた上で決断するべきだという立場を取ります。
まずこのTPPで一番槍玉に上がっているのは農業です。自由貿易をするとなるとアメリカ産を始めとした安価の農作物が日本に大量に入り込んで日本の農業は衰退を超えて絶滅すると農林水産省を始めとした各団体が主張していますが、率直に言ってこの意見は逆にどうかと私は思います。
一体何故そう思うのかというとそもそも高い関税障壁の上に税金の保護を行っている現時点でも日本の農業は年々衰退しており、TPPに参加しなくてもこのまま行けば結局駄目になるのがはっきり目に見えているからです。簡単に調べたところ米には700%もの関税がかけられていますがそれでも農家は減少の一途を辿っており、さらに国は減反政策まで取って自ら減らそうとしている始末です。
確かにTPPで関税がなくなることで大豆(自給率6%)を始めとしたいくつかの品種については国産農家はさら苦しむことになるかもしれませんが、現在農業が衰退している一番大きな原因は現金収入が少なく生計が立て辛いからです。何故収入が少ないのかといえば米が作りすぎてあまってしまうほどそれを食べる人間がいない、つまりは販路がないということや、日本産の作物だと価格が高すぎて市場で売れないなどありますが、その一方できちんと黒字を出している農業法人なども確かに存在します。そういった黒字を出している農業法人からすれば自由貿易による国内価格低下で痛手を被る可能性もありますがその一方でTPPは世界に販路を持つチャンスにもなり、どうせ失うものなどほとんどないのだから挑戦するだけしてみた方がかえって日本の農業振興にはよいのではないかという気がします。
また外国産の流入によって自給率が下がって大変になるという意見もよく聞きますが、これついても以前に書いた「書評:日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」の記事の中でも引用しているように、そもそもの日本の自給率の捉え方、対策が問題で、このTPPの議論以前の問題でしょう。
さらに穀物に限れば仮に安い外国産が入ってきたとしても私はあまり影響はないのではないかと見ています。そう思うのもかつて冷害でミニマムアクセスとしてタイ米が一時出回った時の体験で、やはりお米については高かろうとも国産を食べ続けたいと小学生ながら当時は心底思いました。またこうして海外で生活していてもやはり日本産の米が欲しいといつも思え、多分10キロ5000円であろうとも売っていたら私は間違いなく買います。特にいろいろと問題が起こっている中国にいるだけに……。
元々、日本人は食にはやけにうるさい民族です。かつての米国でのBSE騒動の際も同じ日本人でありながらどうしてここまで拘るのだろうかと思うくらいの反発を見せましたし、食料ナショナリストとでも言うべきか、穀物に限らなくとも安いからといってそうそう外国産を信用することがなく簡単に乗り換えるようなことはないんじゃないかと思います。
ただ唯一の懸念としては価格の安さから外食産業が外国産を仕入れるようになるというケースが考えられますが、これの対抗策として前もって「全国産使用販売店」などといったお墨付きや臨検を行うことで国産食材使用店のブランドイメージを意図的に高めるような手を使うのもありなんじゃないかと思います。まぁ吉野家は米国産牛肉使用しているから、関税がなくなればますます価格が下がるだろうけど。
その上で日本は水や南北に長く伸びた国土といった農業上の利点がありますが、耕作可能面積が狭いという難点があります。それゆえに無理にどの作物についても何でもかんでも無理に自給しようとするのではなく、工業についても最近はこの流れですが農業は少量高品質生産を中心に行い、世界で購買力のある層へ販売していくという戦略をとる方が現実的です。元々日本一国で今の人口を全員食べさせるだけ耕地はないのだし、それならば農業を如何に産業として育てていくかという視点でこのTPPを考えていくべきでしょう。
幸いにも近年の日本食ブームで日本でしかほとんど消費されない食材を世界で販売するチャンスは増えてきております。また今の日本人もそうですが食というものは一回おいしいものを食べてしまうとなかなかそれより味の劣る同じ食材を選びづらくなる所があるので、日本の高品質で味のよい食材を日本食ブームに乗って口にさせて二度とほかの食材を口に出来なくさせてしまえば日本の農業としてはしめたものです。なんか麻薬の売り方みたいだけど。
こんな具合で私はこのTPPを考える上では農業保護はあまり考えなくともよいのではないかと考えています。むしろTPPによって日本の農業は発展する可能性もあるので、こと農業については私は加盟を検討すべきだと思います。
現在農業保護を理由にTPP加盟に反対しているのは農水省と全農ことJAですが、私はこれまでこの二組織が日本の農業に対して何をやってきたのかという点で疑問を持っており、特にJAについてその運営から世界的にもあまりに高い日本の農作物流通コストを考えると日本の農業を駄目にしている張本人ではないかとすら疑っています。なんか聞くところによると、市場価格の十分の一程度しか生産者の手元には来ないというくらいだし。
・落選させようTPP反対派議員-関税で農業は救えない!!(アゴラ)
中には上記リンク先の北村氏のように結構激しい意見を言う方もいますが、農業についてはもっといろいろな意見を議論させて見る必要があるものの現時点では農水省の言い分を私は信用しません。
ではそれにもかかわらず何故今回のTPPについて慎重にするべきだと最初に言ったのは、実はTPPによって好影響があるといわれている工業方面において疑問があるからです。すでに大分長いので、続きはまた次回にて。
それにしても狙ったわけじゃありませんが、リンク相手のリュウマの独り言さんと見事に記事内容がTPPでかぶってしまいました。なんていうか街中で同じTシャツを着た人に会ってしまったような気まずさですが、これはこれで参考になったりお互いに意見を見比べあったり出来るので歓迎しようと思います。リュウマの独り言さんのところでもTPPについていろいろ書かれているので、もしよければこちらも一緒にご閲覧をお願いします。
参考サイト
・のらくり
・環太平洋戦略的経済連携協定(Wikipedia)
このTPPの正式名称は「Trans-Pacific Partnership」で、日本語だと「環太平洋戦略的経済連携協定」になります。この協定は2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドで結ばれたもので、協定締結国内同士では原則関税をすべて撤廃して自由貿易を行うという内容です。一体何故このTPPが急に日本で取りざたされるようになったのかというと去年頃からこのTPPの締結国拡大議論にアメリカが参加するようになり、それに対して日本の菅首相が十月の会見にて参加を目指す方針を述べたことから各業界入り乱れての議論となったようです。すでにあちこちのサイトやニュースにても報道されておりますが、仮に日本やアメリカが参加するとなるとTPP内の総生産高はこの二カ国が九割を占めることになるため、この議論は実質日米のFTA(自由貿易協定)議論であると指摘されております。
そういうわけでTPPとはアメリカと自由貿易協定を結ぶかどうかという話になるのですが、結論から言うと私はまだ時期尚早で、将来的にはともかく今急いで加盟するべきではなくもっと多方面で議論を重ねた上で決断するべきだという立場を取ります。
まずこのTPPで一番槍玉に上がっているのは農業です。自由貿易をするとなるとアメリカ産を始めとした安価の農作物が日本に大量に入り込んで日本の農業は衰退を超えて絶滅すると農林水産省を始めとした各団体が主張していますが、率直に言ってこの意見は逆にどうかと私は思います。
一体何故そう思うのかというとそもそも高い関税障壁の上に税金の保護を行っている現時点でも日本の農業は年々衰退しており、TPPに参加しなくてもこのまま行けば結局駄目になるのがはっきり目に見えているからです。簡単に調べたところ米には700%もの関税がかけられていますがそれでも農家は減少の一途を辿っており、さらに国は減反政策まで取って自ら減らそうとしている始末です。
確かにTPPで関税がなくなることで大豆(自給率6%)を始めとしたいくつかの品種については国産農家はさら苦しむことになるかもしれませんが、現在農業が衰退している一番大きな原因は現金収入が少なく生計が立て辛いからです。何故収入が少ないのかといえば米が作りすぎてあまってしまうほどそれを食べる人間がいない、つまりは販路がないということや、日本産の作物だと価格が高すぎて市場で売れないなどありますが、その一方できちんと黒字を出している農業法人なども確かに存在します。そういった黒字を出している農業法人からすれば自由貿易による国内価格低下で痛手を被る可能性もありますがその一方でTPPは世界に販路を持つチャンスにもなり、どうせ失うものなどほとんどないのだから挑戦するだけしてみた方がかえって日本の農業振興にはよいのではないかという気がします。
また外国産の流入によって自給率が下がって大変になるという意見もよく聞きますが、これついても以前に書いた「書評:日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」の記事の中でも引用しているように、そもそもの日本の自給率の捉え方、対策が問題で、このTPPの議論以前の問題でしょう。
さらに穀物に限れば仮に安い外国産が入ってきたとしても私はあまり影響はないのではないかと見ています。そう思うのもかつて冷害でミニマムアクセスとしてタイ米が一時出回った時の体験で、やはりお米については高かろうとも国産を食べ続けたいと小学生ながら当時は心底思いました。またこうして海外で生活していてもやはり日本産の米が欲しいといつも思え、多分10キロ5000円であろうとも売っていたら私は間違いなく買います。特にいろいろと問題が起こっている中国にいるだけに……。
元々、日本人は食にはやけにうるさい民族です。かつての米国でのBSE騒動の際も同じ日本人でありながらどうしてここまで拘るのだろうかと思うくらいの反発を見せましたし、食料ナショナリストとでも言うべきか、穀物に限らなくとも安いからといってそうそう外国産を信用することがなく簡単に乗り換えるようなことはないんじゃないかと思います。
ただ唯一の懸念としては価格の安さから外食産業が外国産を仕入れるようになるというケースが考えられますが、これの対抗策として前もって「全国産使用販売店」などといったお墨付きや臨検を行うことで国産食材使用店のブランドイメージを意図的に高めるような手を使うのもありなんじゃないかと思います。まぁ吉野家は米国産牛肉使用しているから、関税がなくなればますます価格が下がるだろうけど。
その上で日本は水や南北に長く伸びた国土といった農業上の利点がありますが、耕作可能面積が狭いという難点があります。それゆえに無理にどの作物についても何でもかんでも無理に自給しようとするのではなく、工業についても最近はこの流れですが農業は少量高品質生産を中心に行い、世界で購買力のある層へ販売していくという戦略をとる方が現実的です。元々日本一国で今の人口を全員食べさせるだけ耕地はないのだし、それならば農業を如何に産業として育てていくかという視点でこのTPPを考えていくべきでしょう。
幸いにも近年の日本食ブームで日本でしかほとんど消費されない食材を世界で販売するチャンスは増えてきております。また今の日本人もそうですが食というものは一回おいしいものを食べてしまうとなかなかそれより味の劣る同じ食材を選びづらくなる所があるので、日本の高品質で味のよい食材を日本食ブームに乗って口にさせて二度とほかの食材を口に出来なくさせてしまえば日本の農業としてはしめたものです。なんか麻薬の売り方みたいだけど。
こんな具合で私はこのTPPを考える上では農業保護はあまり考えなくともよいのではないかと考えています。むしろTPPによって日本の農業は発展する可能性もあるので、こと農業については私は加盟を検討すべきだと思います。
現在農業保護を理由にTPP加盟に反対しているのは農水省と全農ことJAですが、私はこれまでこの二組織が日本の農業に対して何をやってきたのかという点で疑問を持っており、特にJAについてその運営から世界的にもあまりに高い日本の農作物流通コストを考えると日本の農業を駄目にしている張本人ではないかとすら疑っています。なんか聞くところによると、市場価格の十分の一程度しか生産者の手元には来ないというくらいだし。
・落選させようTPP反対派議員-関税で農業は救えない!!(アゴラ)
中には上記リンク先の北村氏のように結構激しい意見を言う方もいますが、農業についてはもっといろいろな意見を議論させて見る必要があるものの現時点では農水省の言い分を私は信用しません。
ではそれにもかかわらず何故今回のTPPについて慎重にするべきだと最初に言ったのは、実はTPPによって好影響があるといわれている工業方面において疑問があるからです。すでに大分長いので、続きはまた次回にて。
それにしても狙ったわけじゃありませんが、リンク相手のリュウマの独り言さんと見事に記事内容がTPPでかぶってしまいました。なんていうか街中で同じTシャツを着た人に会ってしまったような気まずさですが、これはこれで参考になったりお互いに意見を見比べあったり出来るので歓迎しようと思います。リュウマの独り言さんのところでもTPPについていろいろ書かれているので、もしよければこちらも一緒にご閲覧をお願いします。
参考サイト
・のらくり
2011年2月12日土曜日
戦争における殺人
通常、どの社会においても殺人行為は処罰の対象となります。これは法律とかそういうもので決められているからではなく生物は基本的にメスの奪い合いなどといった例外事態を除くと同属を殺害する際には強いストレスを感じるように出来ているので、いわば本能に根ざした禁止、自然法的な概念だと私は考えております。しかし人間社会において唯一殺人が奨励され、処罰がなされないのが戦争です。
国際法やら戦争法で決まっているのかどうかまではわかりませんが、基本的に戦争中における兵卒同士の殺人は処罰がなされないこととなっております。もちろん軍属が民間人を殺害した場合は軍法会議などで処罰対象となりますが、双方戦争を行うという合意に基づいての殺人は責任を問われないということになっているそうです。もっとも実際のところは太平洋戦争後のB、C級戦犯などのように戦勝国側に敗戦国側の兵士や仕官が一方的に裁かれることが多く、近年もイラク戦争でもあのアブグレイブ刑務所の捕虜虐待事件とかを見ているとやはりこういったことが行われているのではないかという気がします。
さてこの戦争における殺人ですが、どのように捉えるかは非常に難しいものです。上記のように捕虜や民間人を殺さないという戦争のルールに則っていれば許されるものなのか、それともいくら戦争とはいえ殺人は殺人として許すべきではないのか、人によって意見は様々です。中には日本の自衛隊が影響しているのか自衛戦争において侵略者を殺害するのであれば許されるという意見もたまに見受けられますが、これは戦争には正しい側と正しくない側が存在するという前提があっての意見になり、そうなると戦争に正義はあるのかという議論にまで色々と発展していきそうです。
先日元ライブドア社長の堀江氏がツイッターか何かで、「殺人は犯罪、しかし戦争で人を殺すのは無罪。両者にどんな違いがあるのか?」と書いたそうでなんか一部で議論となっていましたが、この意見を聞いて少し思い出した本があります。その本は加藤尚武氏による「戦争倫理学」という本で、よく人から「戦争に倫理もクソもあるかよ」とタイトルを教えるたびに言われるのですが、戦争という倫理が最も吐き捨てられる場所において最低限どのような概念を持つべきかという内容が書かれているのですが、読んではみたもののいかんせん個々の話がそれぞれ脈絡が少なく覚えている部分が少ないのが正直な感想です。
ただこの本の中で名指しで批判されていたのが「ゴーマニズム宣言」の小林よしのり氏で、小林氏が自著の「戦争論」において、「戦争とは一種のカーニバルみたいなもので、平時は抑えられている欲望とかそういうものを一挙に開放する場所だ」というように描いた内容についてまさに上記の堀江氏のように加藤氏が、「そうだとすると戦争で殺された人間は平時に殺された人間と比べて運がなかったと言うしかないのか」と、同じ殺人として区分すべきというように批判をしていました。
実際のところ、この辺をどのように考えるかは非常に難しいです。戦争における殺人を平時における殺人のように個々に裁いていたらとてもじゃないですが裁判や補償が追いつくわけもなく、かといってそれを戦争だからで全部無視していいのか、また戦争を指示した国家が賠償なりに責任を持てばいいのか、考えてたらはっきり言ってこちらも切りがないです。
実際に「戦争」ということで殺人罪を許された例として、ここで挙げるべきかどうか少し悩みますが小野田寛郎氏の例があります。小野田市は終戦後も29年にわたってフィリピンにてゲリラ戦を行い、この間に現地の警察、米兵を殺害しておりますが、戦争中における行為としてフィリピン政府から特赦を受け帰国しております。
もちろん小野田氏は上官から命令された行為を行っていただけで今現在の日本でも起きている通り魔や強盗といった自己本位による殺人とは動機や目的において一線を画しますし、彼の過酷な潜伏体験を考えると私もとても責任を求める気にはなりません。ですが戦争での殺人ということで何でもかんでも特別視をすることは本当に正しいのか、それともこういうことを考えること自体が馬鹿馬鹿しいのかという点で悩みは尽きません。
名前は出しませんがこれは誰かが言っていた台詞で、国家に対して個人というものは非常に弱く、運命なぞ簡単に翻弄されてしまうといって特攻隊やインパール作戦の犠牲者の悲劇を語る人がいますが、戦争における殺人は個人単位ではなくやはり主体となる国家単位で考えるべきなのかもしれません。国家の殺人となると私の中で真っ先に思い浮かぶのはミドリ十字の薬害エイズ事件ですが、そのミドリ十字の設立者たちには731部隊の面々が関わっていることを考えると同じ殺人をする人間はまた同じ殺人をするのかと考えさせられます。
国際法やら戦争法で決まっているのかどうかまではわかりませんが、基本的に戦争中における兵卒同士の殺人は処罰がなされないこととなっております。もちろん軍属が民間人を殺害した場合は軍法会議などで処罰対象となりますが、双方戦争を行うという合意に基づいての殺人は責任を問われないということになっているそうです。もっとも実際のところは太平洋戦争後のB、C級戦犯などのように戦勝国側に敗戦国側の兵士や仕官が一方的に裁かれることが多く、近年もイラク戦争でもあのアブグレイブ刑務所の捕虜虐待事件とかを見ているとやはりこういったことが行われているのではないかという気がします。
さてこの戦争における殺人ですが、どのように捉えるかは非常に難しいものです。上記のように捕虜や民間人を殺さないという戦争のルールに則っていれば許されるものなのか、それともいくら戦争とはいえ殺人は殺人として許すべきではないのか、人によって意見は様々です。中には日本の自衛隊が影響しているのか自衛戦争において侵略者を殺害するのであれば許されるという意見もたまに見受けられますが、これは戦争には正しい側と正しくない側が存在するという前提があっての意見になり、そうなると戦争に正義はあるのかという議論にまで色々と発展していきそうです。
先日元ライブドア社長の堀江氏がツイッターか何かで、「殺人は犯罪、しかし戦争で人を殺すのは無罪。両者にどんな違いがあるのか?」と書いたそうでなんか一部で議論となっていましたが、この意見を聞いて少し思い出した本があります。その本は加藤尚武氏による「戦争倫理学」という本で、よく人から「戦争に倫理もクソもあるかよ」とタイトルを教えるたびに言われるのですが、戦争という倫理が最も吐き捨てられる場所において最低限どのような概念を持つべきかという内容が書かれているのですが、読んではみたもののいかんせん個々の話がそれぞれ脈絡が少なく覚えている部分が少ないのが正直な感想です。
ただこの本の中で名指しで批判されていたのが「ゴーマニズム宣言」の小林よしのり氏で、小林氏が自著の「戦争論」において、「戦争とは一種のカーニバルみたいなもので、平時は抑えられている欲望とかそういうものを一挙に開放する場所だ」というように描いた内容についてまさに上記の堀江氏のように加藤氏が、「そうだとすると戦争で殺された人間は平時に殺された人間と比べて運がなかったと言うしかないのか」と、同じ殺人として区分すべきというように批判をしていました。
実際のところ、この辺をどのように考えるかは非常に難しいです。戦争における殺人を平時における殺人のように個々に裁いていたらとてもじゃないですが裁判や補償が追いつくわけもなく、かといってそれを戦争だからで全部無視していいのか、また戦争を指示した国家が賠償なりに責任を持てばいいのか、考えてたらはっきり言ってこちらも切りがないです。
実際に「戦争」ということで殺人罪を許された例として、ここで挙げるべきかどうか少し悩みますが小野田寛郎氏の例があります。小野田市は終戦後も29年にわたってフィリピンにてゲリラ戦を行い、この間に現地の警察、米兵を殺害しておりますが、戦争中における行為としてフィリピン政府から特赦を受け帰国しております。
もちろん小野田氏は上官から命令された行為を行っていただけで今現在の日本でも起きている通り魔や強盗といった自己本位による殺人とは動機や目的において一線を画しますし、彼の過酷な潜伏体験を考えると私もとても責任を求める気にはなりません。ですが戦争での殺人ということで何でもかんでも特別視をすることは本当に正しいのか、それともこういうことを考えること自体が馬鹿馬鹿しいのかという点で悩みは尽きません。
名前は出しませんがこれは誰かが言っていた台詞で、国家に対して個人というものは非常に弱く、運命なぞ簡単に翻弄されてしまうといって特攻隊やインパール作戦の犠牲者の悲劇を語る人がいますが、戦争における殺人は個人単位ではなくやはり主体となる国家単位で考えるべきなのかもしれません。国家の殺人となると私の中で真っ先に思い浮かぶのはミドリ十字の薬害エイズ事件ですが、そのミドリ十字の設立者たちには731部隊の面々が関わっていることを考えると同じ殺人をする人間はまた同じ殺人をするのかと考えさせられます。
2011年2月9日水曜日
財政再建には増税が必要なのか
今日もまたネットニュースにて国の借金が増え、国民一人当たりどれくらいの借金を担っているかというニュースが配信されていました。私が小学生の頃の日本の国債発行高は確か400兆円くらいでしたがあれよあれよという間に現在はすでにその時の額から二倍以上にまで膨れ上がり、現今においてこの借金をどう返すかという財政姿勢が主要な政治課題となりつつあります。
そんな財政再建議論において最前面にいる政治家を挙げるとするなら、それはほかでもなく与党民主党の代表である菅首相が挙がって来ます。菅首相は総理就任後の参議院選挙において消費税の増税を掲げ(批判されるやすぐ引っ込めたけど)て財政再建を強く訴えたことから、それ以前からもなかったわけではないですが俄然この問題が前面に出てきた感があり、そこで今日は財政再建に増税が必要かどうかを含め現況を整理するとともに問題提起を行おうかと思います。
まず菅首相の増税論については現状で数多くの批判がなされているのは事実です。理由はいくつかありますが主に財界からの批判としては増税を行うと消費が冷え込み、余計に経済が悪化して税収が落ちるというような批判がされておりますが、実際に97年に当時の橋本政権が消費税率を従来の3%から現在の5%に増税した際は増税したその年こそ税収は増加したもののすぐに景気が悪化し、二年後にはそれ以前より少ない税収となって「失われた十年」の最悪期を引き起こしたと現在でも指摘されております。
では財政再建のためには増税は行うべきではないのかということになってしまいますが、実は私は増税に対しては肯定派の立場を取ります。その理由としては現状でも予算が足らず国債を発行し続けているのに税収を増やさずしてどうしてプライマリーバランスを回復できるのかという考えと、日本の景気を回復させるためにもこうした財政再建を行うという強い姿勢を見せることが必要だと感じるからです。
そもそも何故現在の日本が不況なのかといえば、一つの大きな理由としてはやはり消費が低い水準のまま維持してデフレが続いているからです。では何故消費が少ないのかといえばいろいろ理由はありますが、その中でも将来の社会保障があまりにも不透明ゆえお金を使おうにも使えないということが特に大きな原因ではないかと私は考えております。
将来の社会保障というのは単純に年金や医療保障のことで、若い時分であればまだ働くことが出来るけれども老齢時にはただでさえ就職口がないだけに、自分の身は自分で守れとばかりに現在四十代から五十代の方々はうちの両親同様に老後の蓄えを一定度確保するのに執心しているかと思います。
もし仮に年金など将来の社会保障がしっかりとしていて国民も安心できるのであれば、壮年層もそこまでお金を貯めようとせずに使える時、まだ元気なうちに使ってしまおうと消費に回ってくる可能性があるとかねてから評論家などに言われております。私自身もこの意見に同感なのですが、現在そういった社会保障に何故信頼が置かれないのかといえば杜撰な年金管理はもとより将来基金が枯渇することが確実な欠陥制度に加え、それを担保する国の財政が借金漬けにあることなどが原因でしょう。
そのため確かに97年度の増税時には景気は悪化したものの現時点の増税は国民の側も多少は理解を示すようになっており、こうした将来への不安を多少なりとも和らげる効果があるのであれば私は当時ほどの景気悪化は招かずに税収は増加するのではないかと見ております。
しかし、だからといって私は現時点の菅首相の増税論については真っ向から反対です。先ほども述べた通りに私は増税には賛成ではありますが、菅首相の増税論は日本の借金を返すためというよりはマニフェストに掲げた子供手当てなどといった新たな政策を実行するための資金稼ぎにしかなっておらず、プライマリーバランスの回復にはほとんど寄与しないと断言してもいいです。また仮に増税を行って得た税収をすべて社会保障に回すとしても膨大な借金が残ったままでは福祉がいくら充実したところで国民はやはり安心感が持てず、壮年層の貯蓄傾向と若年層の年金離れは変わらないままでしょう。
ではどうすればいいかですが、ごくごく単純に増税しつつ支出を減らしていくという、徳川吉宗の享保の改革以来の方法を踏襲するよりほかはないでしょう。
これまでの財政再建議論は90年代においてはもっと国債を発行してお金を集め、そのお金で公共事業などを行って景気を回復させれば税収が増えて円満解決だという、まるでばくちで作った借金をばくちで取り返すというようなやり方でしたが、こんなの通用するわけもなく結局景気は回復しないまま余計に借金を増やしただけに終わりました。その後小泉政権において積極財政政策は否定され、「聖域を設けない」という言葉通りに社会保障費などドラスティックに削減した緊縮財政政策が行われましたが、恐らく最低限の支持率を確保するためでしょうがとうとう小泉政権は増税には踏み切りませんでした。
そして今度の菅政権では社会保障+αを増額する代わりに増税を行って財政再建をすると主張していますが、はっきり言いますが論理破綻もよいところです。本気で財政再建を行うというのであれば小泉元首相同様に聖域を設けずに支出を削減した上で増税しなければいけませんが、菅政権、というより民主党には下記のような聖域が明らかに存在します。
・議員定数
・公務員の人件費
・子供手当て
・外国人
・道路
小泉政権の頃も全く聖域がなかったわけではありませんが、それでも国土交通省関連の予算を大幅に削減するなど従来の常識では考えられない領域に手をつけたのは評価に値します。また小泉政権は社会保障を削減して復旧不可能な水準まで破壊したと私も当時に批判を行いましたが、今思うと本当にそれくらいのことをしなければ財政再建なんて夢のまた夢なのではないかと、たとえ現在が破壊されようとも未来に芽を残せるのであれば耐えなければならないのではとやや考え方が変わってきました。
ややもするとこの財政議論は増税か、支出削減かの二択で争われる傾向がありますが、私は最早待ったなしで増税もしつつ支出削減もしなければ財政再建など出来ないところまで来ているのではと考えています。もちろんこんなことしたら享保の改革時同様に不況がさらに悪化するかもしれませんが、私はもともとの不況の原因はデフレで、デフレを克服するためにはプライマリーバランスの回復が何よりも重要だと考えており、財政再建政策を執ることは一時的には大きなダメージを日本に残すかもしれませんが長期的な視野に立てば日本にとって最もよい道ではないかと見ております。
享保の改革時、巷にて一連の改革は確かに厳しいけれども後で効果が出てくるお灸のようなものだと思って我慢するしかない落首が流行ったそうです。人間誰しも痛い目や苦しい思いはしたくはありませんが、それが本当に将来につながるのであれば私は我慢をしてみようという覚悟があります。ほかの人まではわかりませんが。
追伸
つい以前まで増税はせずに緊縮財政、景気回復によって財政再建を主張する竹中平蔵氏を始めとした小泉改革のメンバーのことを「上げ潮派」と読んでましたが、なんだかいつの間にかこの言葉は死語になっていたような気がします。リーマンショック以降は景気回復なんて現実味がなくなったからかな。
追伸2
このところ自分でもしょうもないと思う記事ばかり書いてて悶々としてましたが、敢えて久々にややこしいテーマを選んで書いたところなかなか気持ちよかったです。人間、高いところ目指してそこに立ってないと駄目になりますね。
そんな財政再建議論において最前面にいる政治家を挙げるとするなら、それはほかでもなく与党民主党の代表である菅首相が挙がって来ます。菅首相は総理就任後の参議院選挙において消費税の増税を掲げ(批判されるやすぐ引っ込めたけど)て財政再建を強く訴えたことから、それ以前からもなかったわけではないですが俄然この問題が前面に出てきた感があり、そこで今日は財政再建に増税が必要かどうかを含め現況を整理するとともに問題提起を行おうかと思います。
まず菅首相の増税論については現状で数多くの批判がなされているのは事実です。理由はいくつかありますが主に財界からの批判としては増税を行うと消費が冷え込み、余計に経済が悪化して税収が落ちるというような批判がされておりますが、実際に97年に当時の橋本政権が消費税率を従来の3%から現在の5%に増税した際は増税したその年こそ税収は増加したもののすぐに景気が悪化し、二年後にはそれ以前より少ない税収となって「失われた十年」の最悪期を引き起こしたと現在でも指摘されております。
では財政再建のためには増税は行うべきではないのかということになってしまいますが、実は私は増税に対しては肯定派の立場を取ります。その理由としては現状でも予算が足らず国債を発行し続けているのに税収を増やさずしてどうしてプライマリーバランスを回復できるのかという考えと、日本の景気を回復させるためにもこうした財政再建を行うという強い姿勢を見せることが必要だと感じるからです。
そもそも何故現在の日本が不況なのかといえば、一つの大きな理由としてはやはり消費が低い水準のまま維持してデフレが続いているからです。では何故消費が少ないのかといえばいろいろ理由はありますが、その中でも将来の社会保障があまりにも不透明ゆえお金を使おうにも使えないということが特に大きな原因ではないかと私は考えております。
将来の社会保障というのは単純に年金や医療保障のことで、若い時分であればまだ働くことが出来るけれども老齢時にはただでさえ就職口がないだけに、自分の身は自分で守れとばかりに現在四十代から五十代の方々はうちの両親同様に老後の蓄えを一定度確保するのに執心しているかと思います。
もし仮に年金など将来の社会保障がしっかりとしていて国民も安心できるのであれば、壮年層もそこまでお金を貯めようとせずに使える時、まだ元気なうちに使ってしまおうと消費に回ってくる可能性があるとかねてから評論家などに言われております。私自身もこの意見に同感なのですが、現在そういった社会保障に何故信頼が置かれないのかといえば杜撰な年金管理はもとより将来基金が枯渇することが確実な欠陥制度に加え、それを担保する国の財政が借金漬けにあることなどが原因でしょう。
そのため確かに97年度の増税時には景気は悪化したものの現時点の増税は国民の側も多少は理解を示すようになっており、こうした将来への不安を多少なりとも和らげる効果があるのであれば私は当時ほどの景気悪化は招かずに税収は増加するのではないかと見ております。
しかし、だからといって私は現時点の菅首相の増税論については真っ向から反対です。先ほども述べた通りに私は増税には賛成ではありますが、菅首相の増税論は日本の借金を返すためというよりはマニフェストに掲げた子供手当てなどといった新たな政策を実行するための資金稼ぎにしかなっておらず、プライマリーバランスの回復にはほとんど寄与しないと断言してもいいです。また仮に増税を行って得た税収をすべて社会保障に回すとしても膨大な借金が残ったままでは福祉がいくら充実したところで国民はやはり安心感が持てず、壮年層の貯蓄傾向と若年層の年金離れは変わらないままでしょう。
ではどうすればいいかですが、ごくごく単純に増税しつつ支出を減らしていくという、徳川吉宗の享保の改革以来の方法を踏襲するよりほかはないでしょう。
これまでの財政再建議論は90年代においてはもっと国債を発行してお金を集め、そのお金で公共事業などを行って景気を回復させれば税収が増えて円満解決だという、まるでばくちで作った借金をばくちで取り返すというようなやり方でしたが、こんなの通用するわけもなく結局景気は回復しないまま余計に借金を増やしただけに終わりました。その後小泉政権において積極財政政策は否定され、「聖域を設けない」という言葉通りに社会保障費などドラスティックに削減した緊縮財政政策が行われましたが、恐らく最低限の支持率を確保するためでしょうがとうとう小泉政権は増税には踏み切りませんでした。
そして今度の菅政権では社会保障+αを増額する代わりに増税を行って財政再建をすると主張していますが、はっきり言いますが論理破綻もよいところです。本気で財政再建を行うというのであれば小泉元首相同様に聖域を設けずに支出を削減した上で増税しなければいけませんが、菅政権、というより民主党には下記のような聖域が明らかに存在します。
・議員定数
・公務員の人件費
・子供手当て
・外国人
・道路
小泉政権の頃も全く聖域がなかったわけではありませんが、それでも国土交通省関連の予算を大幅に削減するなど従来の常識では考えられない領域に手をつけたのは評価に値します。また小泉政権は社会保障を削減して復旧不可能な水準まで破壊したと私も当時に批判を行いましたが、今思うと本当にそれくらいのことをしなければ財政再建なんて夢のまた夢なのではないかと、たとえ現在が破壊されようとも未来に芽を残せるのであれば耐えなければならないのではとやや考え方が変わってきました。
ややもするとこの財政議論は増税か、支出削減かの二択で争われる傾向がありますが、私は最早待ったなしで増税もしつつ支出削減もしなければ財政再建など出来ないところまで来ているのではと考えています。もちろんこんなことしたら享保の改革時同様に不況がさらに悪化するかもしれませんが、私はもともとの不況の原因はデフレで、デフレを克服するためにはプライマリーバランスの回復が何よりも重要だと考えており、財政再建政策を執ることは一時的には大きなダメージを日本に残すかもしれませんが長期的な視野に立てば日本にとって最もよい道ではないかと見ております。
享保の改革時、巷にて一連の改革は確かに厳しいけれども後で効果が出てくるお灸のようなものだと思って我慢するしかない落首が流行ったそうです。人間誰しも痛い目や苦しい思いはしたくはありませんが、それが本当に将来につながるのであれば私は我慢をしてみようという覚悟があります。ほかの人まではわかりませんが。
追伸
つい以前まで増税はせずに緊縮財政、景気回復によって財政再建を主張する竹中平蔵氏を始めとした小泉改革のメンバーのことを「上げ潮派」と読んでましたが、なんだかいつの間にかこの言葉は死語になっていたような気がします。リーマンショック以降は景気回復なんて現実味がなくなったからかな。
追伸2
このところ自分でもしょうもないと思う記事ばかり書いてて悶々としてましたが、敢えて久々にややこしいテーマを選んで書いたところなかなか気持ちよかったです。人間、高いところ目指してそこに立ってないと駄目になりますね。
漫画家の北条司氏について思うこと
私が現役の漫画家の中で個人的に最も高く評価をしているのは、「シティーハンター」を代表作として持つ北条司氏です。
「シティーハンター」自体がもう大分昔の作品なのでもしかしたらどんな作品かわからない方もいるかもしれませんが、多分私と同い年くらいの人間なら夕方五時半からよくやっていたアニメの再放送などで見ていた経験があるかと思います。内容については主題ではないのここではあまり解説しませんが、一回このブログにて「男がかっこいいと思う男性キャラクター」というテーマで記事を書こうとした際にまず真っ先に思い浮かんだのがこのマンガの主人公である冴羽獠でした。結局この企画はほかに出てくるのが「ルパン三世」のルパンくらいだったので企画倒れとなってしまいましたが。
私はこの「シティハンター」を幼児ながら当時同じジャンプで連載されていた「ドラゴンボール」を読む傍ら、放映されていたアニメとともによく読んでいました。とはいってもさすがに幼児の時分で後年になると大まかなあらすじは知っているものの内容についてはほとんど覚えてなかったのですが、大学生時代にブックオフ内で古本が売られているのを見つけ、思うところがあって改めて単行本を買い集めて改めて読んでみたところ、あの「もっこり」という表現を始めとして暗殺などを生業とする主人公が出るなど、よくこんな大人向けのマンガがジャンプで連載されていたなと感心するとともに、そんなマンガを幼児であった自分も楽しんで読んでいたという事実に驚きました。
その上である程度年齢の乗った状態で読み返してみると、子供の頃にはわからなかった部分がわかるようになってか当時とは違った感覚で読み返すことが出来ました。また買い集めた単行本を部屋に置いていたところ私の部屋に遊びにくる友人らがことごとく見つけては、「シティーハンターや!Σ(゚∀゚ノ)ノ」といっては勝手に読み出し、私の部屋の漫画本の中では「鬼切丸」を越えて貸し出し回数No.1でした。
北条氏のマンガの特徴を挙げると、何を置いてもまず描かれるキャラクター絵の秀麗さに尽きます。デビュー作の「キャッツアイ」を始めとして女性キャラクターを描かせたら天下一品だとよく言われていますが、私は女性キャラクターももちろんのこと男性キャラクターにおいてもそれぞれの特徴がしっかりと現れているので注目に値するかと思います。
その上で私なりの着目点を述べると、北条氏のマンガは写実的な背景など現代世界を舞台にしていることが多く、頭身が高くデフォルメの少ないキャラクター絵とあいまってほかのマンガと比べてテレビドラマや映画のような観点で読めるものが多いです。このような現実感の強いマンガは北条氏に始まるわけでなく、それ以前にこちらも私が大好きな池上遼一氏のマンガでも展開されていますが、少年漫画においてこれほどまでスタンダードを作ったという意味では北条氏の功績は高いかと思います。
さらに言うと、これは私も最近知ったのですが北条氏のアシスタント経験者には「スラムダンク」の井上雄彦氏、「BØY」の梅澤春人氏がいたらしく、二人とも北条氏同様に現代世界を舞台に頭身の高いキャラクターが出る作品を多く書いているだけにそれぞれの初期の作品には北条氏のマンガの匂いがします。両者ともに90年代中盤のジャンプを引っ張る連載作品を出しているだけに良将は良兵を生むといったところですが、どっちももう大御所といっていいくらいの大物なのでこの言い方は失礼かもしれません。
これは漫画家に限るわけじゃないですが、後藤新平ではないですが人を評価する上でその人物がどれだけの仕事を成し遂げたということよりも、どれだけ後世への影響を与えたかで見るべきだと私は考えています。90年代最大、というより日本のマンガが始まって以来の最大のヒット作は間違いなく「ドラゴンボール」ですが、良くも悪くも「ドラゴンボール」はあらゆる点で突き抜けていたためにその表現技法などを引き継いだ漫画家はほとんどいないのではないかと見ています(しいて挙げれば尾田栄一郎)。
それに対して北条氏ですが、私は現代の少年漫画は多かれ少なかれ彼の影響を受けているのではないかと考えています。北条氏の後進の漫画家が活躍していることもそうですが、マンガの技法やストーリー展開などで地味に強い影響力を残しているのではないかと思います。
もちろん厳密にみればもっと影響力の強い漫画家がほかにもいるでしょうが、北条氏を「シティーハンターの漫画家」ではなく、「少年漫画に一石を投じた漫画家」として見てはいかがかと思ってこうして記事にまとめました。
「シティーハンター」自体がもう大分昔の作品なのでもしかしたらどんな作品かわからない方もいるかもしれませんが、多分私と同い年くらいの人間なら夕方五時半からよくやっていたアニメの再放送などで見ていた経験があるかと思います。内容については主題ではないのここではあまり解説しませんが、一回このブログにて「男がかっこいいと思う男性キャラクター」というテーマで記事を書こうとした際にまず真っ先に思い浮かんだのがこのマンガの主人公である冴羽獠でした。結局この企画はほかに出てくるのが「ルパン三世」のルパンくらいだったので企画倒れとなってしまいましたが。
私はこの「シティハンター」を幼児ながら当時同じジャンプで連載されていた「ドラゴンボール」を読む傍ら、放映されていたアニメとともによく読んでいました。とはいってもさすがに幼児の時分で後年になると大まかなあらすじは知っているものの内容についてはほとんど覚えてなかったのですが、大学生時代にブックオフ内で古本が売られているのを見つけ、思うところがあって改めて単行本を買い集めて改めて読んでみたところ、あの「もっこり」という表現を始めとして暗殺などを生業とする主人公が出るなど、よくこんな大人向けのマンガがジャンプで連載されていたなと感心するとともに、そんなマンガを幼児であった自分も楽しんで読んでいたという事実に驚きました。
その上である程度年齢の乗った状態で読み返してみると、子供の頃にはわからなかった部分がわかるようになってか当時とは違った感覚で読み返すことが出来ました。また買い集めた単行本を部屋に置いていたところ私の部屋に遊びにくる友人らがことごとく見つけては、「シティーハンターや!Σ(゚∀゚ノ)ノ」といっては勝手に読み出し、私の部屋の漫画本の中では「鬼切丸」を越えて貸し出し回数No.1でした。
北条氏のマンガの特徴を挙げると、何を置いてもまず描かれるキャラクター絵の秀麗さに尽きます。デビュー作の「キャッツアイ」を始めとして女性キャラクターを描かせたら天下一品だとよく言われていますが、私は女性キャラクターももちろんのこと男性キャラクターにおいてもそれぞれの特徴がしっかりと現れているので注目に値するかと思います。
その上で私なりの着目点を述べると、北条氏のマンガは写実的な背景など現代世界を舞台にしていることが多く、頭身が高くデフォルメの少ないキャラクター絵とあいまってほかのマンガと比べてテレビドラマや映画のような観点で読めるものが多いです。このような現実感の強いマンガは北条氏に始まるわけでなく、それ以前にこちらも私が大好きな池上遼一氏のマンガでも展開されていますが、少年漫画においてこれほどまでスタンダードを作ったという意味では北条氏の功績は高いかと思います。
さらに言うと、これは私も最近知ったのですが北条氏のアシスタント経験者には「スラムダンク」の井上雄彦氏、「BØY」の梅澤春人氏がいたらしく、二人とも北条氏同様に現代世界を舞台に頭身の高いキャラクターが出る作品を多く書いているだけにそれぞれの初期の作品には北条氏のマンガの匂いがします。両者ともに90年代中盤のジャンプを引っ張る連載作品を出しているだけに良将は良兵を生むといったところですが、どっちももう大御所といっていいくらいの大物なのでこの言い方は失礼かもしれません。
これは漫画家に限るわけじゃないですが、後藤新平ではないですが人を評価する上でその人物がどれだけの仕事を成し遂げたということよりも、どれだけ後世への影響を与えたかで見るべきだと私は考えています。90年代最大、というより日本のマンガが始まって以来の最大のヒット作は間違いなく「ドラゴンボール」ですが、良くも悪くも「ドラゴンボール」はあらゆる点で突き抜けていたためにその表現技法などを引き継いだ漫画家はほとんどいないのではないかと見ています(しいて挙げれば尾田栄一郎)。
それに対して北条氏ですが、私は現代の少年漫画は多かれ少なかれ彼の影響を受けているのではないかと考えています。北条氏の後進の漫画家が活躍していることもそうですが、マンガの技法やストーリー展開などで地味に強い影響力を残しているのではないかと思います。
もちろん厳密にみればもっと影響力の強い漫画家がほかにもいるでしょうが、北条氏を「シティーハンターの漫画家」ではなく、「少年漫画に一石を投じた漫画家」として見てはいかがかと思ってこうして記事にまとめました。
病苦自殺の一般化について
最近中国語をまたしっかり勉強しなおそうとmsnやYahooの中国サイトにあるニュースをよく読んでます。中国のニュースは日本みたいにこざっぱりまとめることは少なくどれも全力力一杯の長文ばかりで読んでて嫌になることが多いのですが、自分が習ってきた中国語とはまた異なる記事用の中国語が使われるので勉強のしがいがあります。
また読む際に大概の単語は読み取れますが一部はっきり理解できないのも少なくなく、「フランスの日々」のSophieさんが紹介している「Goggle Chroma」のアドオンを使い、マウスオーバーによって手軽に単語の意味を確認したりしています。私は普段使うブラウザは「Opera」なのですが、Operaだとなんか使っているOSの相性やバージョンの違いによって簡体字が表示されないことがあり、私のパソコンも自宅用は表示しないくせに会社用は表示したりします。そういう対処も含めてChromaと併用というのもまた妙な話です。
さてそんなわけで今日もまたニュースを読んでたわけですが、ちょっと気になるというか思うところがあるニュースとしてこんなのがありました。
・长沙77岁患病老太不愿给家人添负担投江自杀(红网)
例によって記事を書いている私のOperaのブラウザ上だと嫌味な位に簡体字部分は空白となっておりますがそれはまぁ置いといて記事の内容を簡単に翻訳して説明すると、中国の長沙という場所で77歳のおばあさんが河に身を投げて投身自殺を図るも警察らによって救出されて自殺理由を尋ねたところ、おばあさんは病気となったものの治療するお金がなく、家族に負担をかけられないとして自殺を図ったと証言したと報じられております。
これは私の造語ですが、病を苦にした安楽死を含む自殺をそのまま「病苦自殺」として表題に掲げましたが、この中国のおばあさんの自殺も典型的な病苦自殺の一種です。日本で病の治療費や家族の負担を気にする原因とした自殺ときたら森鴎外が「高瀬舟」に書いた話が代表的ですが、現実の話として今現在の日本でもこのような自殺は少なからずあると思います。ただでさえ少子高齢化で医療費の負担が大きく響く時代で、きちんと知識があれば保険適用範囲内の治療であれば年間約十万円の負担で日本は済みますが保険適用外の治療や、こういった医療費還付の法令を知らないあまり、自殺を行う老人の話を日本でもたまに耳にしたりします。
私が今回何が言いたいのかというと、この中国の病苦自殺未遂のニュースを見て、日本だったらもしかしたらニュースにならないかもと思ったわけです。2009年の年末に、年の瀬ということもあって毎朝東京都内の列車が人身事故で遅延が発生しているもにもかかわらずどの報道機関も何も取り上げず、何か日本は知らないところで感覚がおかしくなっていないかということを記事に書きましたが、総じて日本では自殺関係だとちょっとやそっとの内容ではもう注目されないために件数は増えているにもかかわらずニュースとして取り上げられる数は減ってきているように思えます。一時は大きく取り上げられた硫化水素自殺も、自分が言うのもなんですがもうなんか一般化してしまっている気がしますし。
病苦自殺も同様で、それ自体は不幸なケースとして見られるかもしれませんがニュースとしての価値は日本ではもうほとんどないかもしれない、中国とは違ってニュースとして報じられていない裏で相当な件数が起きているのではないかと思ったわけです。
人間何が一番怖いかって、無意識にとんでもないものに感覚が慣れてしまうことほど怖いものはないです。そういう意味で海外ニュースというものは自国人が気づかない一面を気づかせる一助となることが多く、和む外国人の話とか見ていて色々と飽きないものです。
また読む際に大概の単語は読み取れますが一部はっきり理解できないのも少なくなく、「フランスの日々」のSophieさんが紹介している「Goggle Chroma」のアドオンを使い、マウスオーバーによって手軽に単語の意味を確認したりしています。私は普段使うブラウザは「Opera」なのですが、Operaだとなんか使っているOSの相性やバージョンの違いによって簡体字が表示されないことがあり、私のパソコンも自宅用は表示しないくせに会社用は表示したりします。そういう対処も含めてChromaと併用というのもまた妙な話です。
さてそんなわけで今日もまたニュースを読んでたわけですが、ちょっと気になるというか思うところがあるニュースとしてこんなのがありました。
・长沙77岁患病老太不愿给家人添负担投江自杀(红网)
例によって記事を書いている私のOperaのブラウザ上だと嫌味な位に簡体字部分は空白となっておりますがそれはまぁ置いといて記事の内容を簡単に翻訳して説明すると、中国の長沙という場所で77歳のおばあさんが河に身を投げて投身自殺を図るも警察らによって救出されて自殺理由を尋ねたところ、おばあさんは病気となったものの治療するお金がなく、家族に負担をかけられないとして自殺を図ったと証言したと報じられております。
これは私の造語ですが、病を苦にした安楽死を含む自殺をそのまま「病苦自殺」として表題に掲げましたが、この中国のおばあさんの自殺も典型的な病苦自殺の一種です。日本で病の治療費や家族の負担を気にする原因とした自殺ときたら森鴎外が「高瀬舟」に書いた話が代表的ですが、現実の話として今現在の日本でもこのような自殺は少なからずあると思います。ただでさえ少子高齢化で医療費の負担が大きく響く時代で、きちんと知識があれば保険適用範囲内の治療であれば年間約十万円の負担で日本は済みますが保険適用外の治療や、こういった医療費還付の法令を知らないあまり、自殺を行う老人の話を日本でもたまに耳にしたりします。
私が今回何が言いたいのかというと、この中国の病苦自殺未遂のニュースを見て、日本だったらもしかしたらニュースにならないかもと思ったわけです。2009年の年末に、年の瀬ということもあって毎朝東京都内の列車が人身事故で遅延が発生しているもにもかかわらずどの報道機関も何も取り上げず、何か日本は知らないところで感覚がおかしくなっていないかということを記事に書きましたが、総じて日本では自殺関係だとちょっとやそっとの内容ではもう注目されないために件数は増えているにもかかわらずニュースとして取り上げられる数は減ってきているように思えます。一時は大きく取り上げられた硫化水素自殺も、自分が言うのもなんですがもうなんか一般化してしまっている気がしますし。
病苦自殺も同様で、それ自体は不幸なケースとして見られるかもしれませんがニュースとしての価値は日本ではもうほとんどないかもしれない、中国とは違ってニュースとして報じられていない裏で相当な件数が起きているのではないかと思ったわけです。
人間何が一番怖いかって、無意識にとんでもないものに感覚が慣れてしまうことほど怖いものはないです。そういう意味で海外ニュースというものは自国人が気づかない一面を気づかせる一助となることが多く、和む外国人の話とか見ていて色々と飽きないものです。
2011年2月8日火曜日
80年代生まれと70年代生まれのお金の価値観の違い
中国は二月に入ってから旧正月休暇のためどこの企業も休みで、大体明日くらいからまた業務再開のところが多いです。私のいる会社はメーカーのため休暇前と休暇後の土日を出勤日とする代わりにまとまって休日を作っており、私自身も休暇は明日までで明後日からまた出社する予定となっております。
あまりプライベートなことを書いても仕方がないですが、先ほどネットで見た「日本の嫌な慣習」というテーマの掲示板内にて日本企業における「飲みニュケーション」を挙げている方がいましたが、こういったことは日本に限らずというか中国は日本以上にアルコールの強制が多く、私の親父の知り合いであるレクサスのハイブリッドエンジン搭載車を乗り回している(ちょっとうらやましい)社長も中国に商談で訪れた際に無理やり酒を飲まされ、なんでも入院までしたそうです。となるともちろん中国で働いている私も例外ではなく、休暇に入る前に何度もあった忘年会の度に紹興酒やワインの一気飲みを何杯も強制され、元々アルコールに弱いのもあって幾度となく吐かされては肺気胸を起こすくらいの痩せ型なのにさらに体重を大きく落としたため、この休暇中はともかく体重を増やすために出来るだけ多く食べてはよく眠ることに努めました。
体重計が家にないために具体的に測定することは出来ませんが鏡で見る限りは一時は大きくこけた頬が大分戻り、食欲も一食にご飯二合を食べた上に夜食にインスタントラーメンやらおやつもバリバリ食えるくらいに順調で、健康状態は現在すこぶる良好です。ただ早朝にランニングを行ったところ、息が切れるより早く足が痛んで走れなくなるというのが我ながらちょっと不思議でした。足腰は自転車でそこそこ鍛えているのに。
話は本題に入りますが、体調がいいということもあって久々に挑戦的な内容を記事にまとめようと思います。
このブログで何度か書いておりますが、私は80年代の生まれです。この世代の特徴を挙げるとすれば物心ついたときから日本は不況であったため、割と世の中を斜めにというか悲観的に見る人間が多いと一部で言われております。これについては私の在学中、リーマンショック直前の日本の景気がやや持ち直して好況だと言われた時期にある授業で講師が、「最近好況だと言われているもののどうも君たち学生の反応が薄いように前々から感じてましたが、考えてみたら君たちは生まれてこのかた好況というものを一度も経験していなかったですね」と授業中に話したことがありますが、私はこの講師の発言こそが我々の世代と別の世代を比較する上で重要なファクターだと考え、よく周りにも話しております。
私の専門は社会学だったために学生時代はこのような世代間の認識の違いことジェネレーションギャップについていろいろと友人と議論したり自分で勉強していましたが、同じ80年代生まれでもこの世代の青春期に当たる90年代後半から2000年代前半において携帯電話など小型通信機器が異常に発達したため、一年や二年の差でポケベルとかPHSを見た、触ったなどといった経験が変わってくるために一緒くたにすべきではないのですが、敢えて十年タームで区切ってその一つ前の70年代生まれの世代と比較すると、あくまで私自身の感覚でですがお金に関する価値観が真逆とも言っていいくらい違いがある気がします。
具体的にどのようにお金に対する価値観が違うのかというと、どちらの世代も月給でいくら稼いでいるのかはもちろん気にはするのですが、私を含む80年代生まれはその上でどれだけお金を貯蓄しているかに価値を重く置いているように感じます。実際に私と周囲の友人も、さすがに中国みたいに「月給いくら?」とストレートに聞くことはしませんが(中国人はすぐ聞くし教えてくれる。これはこれでいいんだけど)、毎月どれくらい貯蓄に回して一年間でどれくらい貯金を貯めたかについては割合によく尋ね合い、節約方法や支出の抑え方についてよく話し合っています。
それに対して70年代生まれですが、あくまで私の実感としてよくこの世代の人からは、「旅行に三十万使ったんだ」、「一晩で十万使った」などと、自分の感覚からすると何かと消費した金額を周囲にやや自慢げに話すことが多く、80年代生まれと比べてどれだけお金を消費したのか、貯蓄に対して消費することに強く価値を置いているように感じます。
そのため学生時代からケチで鳴らした私はこの世代からよく、「もっとお金は使わなきゃ駄目だ」、「そんなに貯めてどうする」などと言われるのですが、ちょっと不思議というか同じ年長の世代でも60年代生まれの人からはあまりこういうことは言われることがありません。接点が少ないというのが一番大きいでしょうが。
恐らくほかの世代とも比べると、我々80年代生まれは明らかに貯蓄傾向が強く物事に対して慎重な人間が多いように思います。何故そうなったのか仮説を挙げるとすればやはり生まれ育った環境というか、生活は物質上豊かでも世の中は不況一色で中高年のリストラや就職氷河期を見ているだけに、人生何が起こるかわからない(+レールから外れたらもう戻れない)というのを強いレベルで意識しているのではないかと私は考えます。
それに対して70年代生まれは、こちらは私自身がその世代に属していないためにはっきりと言い切る自信はありませんが、やはりバブル期を見た、経験したというのが一番大きいかと思います。また自分の実感で話させてもらえば、自分は一度失ったお金は二度と返ってこないと思うのに対して70年代生まれの人の話を聞いていると、使ったお金はまたすぐに自分に帰ってくる、すぐに稼ぎなおせばいいというような考えを持っている方が多いように感じます。
くれぐれも言っておきますが、私は80年代生まれの貯蓄傾向と70年代生まれの消費傾向のどちらが正しくてどちらが悪いと区別するつもりはなく、どっちもどっちでいい面もあれば悪い面もあると考えていますし、またそれぞれの世代の中には反対の傾向を持つ人間も少なからずいると思います。ただ今回の記事で私が言いたいのは、世代別で見ると全体としてこのような傾向があるのではということと、バブル時代を見ているかいないかは日本の世代別傾向を探る上で非常に大きなファクターであるということを強く主張しておきたく思います。
あまりプライベートなことを書いても仕方がないですが、先ほどネットで見た「日本の嫌な慣習」というテーマの掲示板内にて日本企業における「飲みニュケーション」を挙げている方がいましたが、こういったことは日本に限らずというか中国は日本以上にアルコールの強制が多く、私の親父の知り合いであるレクサスのハイブリッドエンジン搭載車を乗り回している(ちょっとうらやましい)社長も中国に商談で訪れた際に無理やり酒を飲まされ、なんでも入院までしたそうです。となるともちろん中国で働いている私も例外ではなく、休暇に入る前に何度もあった忘年会の度に紹興酒やワインの一気飲みを何杯も強制され、元々アルコールに弱いのもあって幾度となく吐かされては肺気胸を起こすくらいの痩せ型なのにさらに体重を大きく落としたため、この休暇中はともかく体重を増やすために出来るだけ多く食べてはよく眠ることに努めました。
体重計が家にないために具体的に測定することは出来ませんが鏡で見る限りは一時は大きくこけた頬が大分戻り、食欲も一食にご飯二合を食べた上に夜食にインスタントラーメンやらおやつもバリバリ食えるくらいに順調で、健康状態は現在すこぶる良好です。ただ早朝にランニングを行ったところ、息が切れるより早く足が痛んで走れなくなるというのが我ながらちょっと不思議でした。足腰は自転車でそこそこ鍛えているのに。
話は本題に入りますが、体調がいいということもあって久々に挑戦的な内容を記事にまとめようと思います。
このブログで何度か書いておりますが、私は80年代の生まれです。この世代の特徴を挙げるとすれば物心ついたときから日本は不況であったため、割と世の中を斜めにというか悲観的に見る人間が多いと一部で言われております。これについては私の在学中、リーマンショック直前の日本の景気がやや持ち直して好況だと言われた時期にある授業で講師が、「最近好況だと言われているもののどうも君たち学生の反応が薄いように前々から感じてましたが、考えてみたら君たちは生まれてこのかた好況というものを一度も経験していなかったですね」と授業中に話したことがありますが、私はこの講師の発言こそが我々の世代と別の世代を比較する上で重要なファクターだと考え、よく周りにも話しております。
私の専門は社会学だったために学生時代はこのような世代間の認識の違いことジェネレーションギャップについていろいろと友人と議論したり自分で勉強していましたが、同じ80年代生まれでもこの世代の青春期に当たる90年代後半から2000年代前半において携帯電話など小型通信機器が異常に発達したため、一年や二年の差でポケベルとかPHSを見た、触ったなどといった経験が変わってくるために一緒くたにすべきではないのですが、敢えて十年タームで区切ってその一つ前の70年代生まれの世代と比較すると、あくまで私自身の感覚でですがお金に関する価値観が真逆とも言っていいくらい違いがある気がします。
具体的にどのようにお金に対する価値観が違うのかというと、どちらの世代も月給でいくら稼いでいるのかはもちろん気にはするのですが、私を含む80年代生まれはその上でどれだけお金を貯蓄しているかに価値を重く置いているように感じます。実際に私と周囲の友人も、さすがに中国みたいに「月給いくら?」とストレートに聞くことはしませんが(中国人はすぐ聞くし教えてくれる。これはこれでいいんだけど)、毎月どれくらい貯蓄に回して一年間でどれくらい貯金を貯めたかについては割合によく尋ね合い、節約方法や支出の抑え方についてよく話し合っています。
それに対して70年代生まれですが、あくまで私の実感としてよくこの世代の人からは、「旅行に三十万使ったんだ」、「一晩で十万使った」などと、自分の感覚からすると何かと消費した金額を周囲にやや自慢げに話すことが多く、80年代生まれと比べてどれだけお金を消費したのか、貯蓄に対して消費することに強く価値を置いているように感じます。
そのため学生時代からケチで鳴らした私はこの世代からよく、「もっとお金は使わなきゃ駄目だ」、「そんなに貯めてどうする」などと言われるのですが、ちょっと不思議というか同じ年長の世代でも60年代生まれの人からはあまりこういうことは言われることがありません。接点が少ないというのが一番大きいでしょうが。
恐らくほかの世代とも比べると、我々80年代生まれは明らかに貯蓄傾向が強く物事に対して慎重な人間が多いように思います。何故そうなったのか仮説を挙げるとすればやはり生まれ育った環境というか、生活は物質上豊かでも世の中は不況一色で中高年のリストラや就職氷河期を見ているだけに、人生何が起こるかわからない(+レールから外れたらもう戻れない)というのを強いレベルで意識しているのではないかと私は考えます。
それに対して70年代生まれは、こちらは私自身がその世代に属していないためにはっきりと言い切る自信はありませんが、やはりバブル期を見た、経験したというのが一番大きいかと思います。また自分の実感で話させてもらえば、自分は一度失ったお金は二度と返ってこないと思うのに対して70年代生まれの人の話を聞いていると、使ったお金はまたすぐに自分に帰ってくる、すぐに稼ぎなおせばいいというような考えを持っている方が多いように感じます。
くれぐれも言っておきますが、私は80年代生まれの貯蓄傾向と70年代生まれの消費傾向のどちらが正しくてどちらが悪いと区別するつもりはなく、どっちもどっちでいい面もあれば悪い面もあると考えていますし、またそれぞれの世代の中には反対の傾向を持つ人間も少なからずいると思います。ただ今回の記事で私が言いたいのは、世代別で見ると全体としてこのような傾向があるのではということと、バブル時代を見ているかいないかは日本の世代別傾向を探る上で非常に大きなファクターであるということを強く主張しておきたく思います。
2011年2月7日月曜日
昨日の過ごし方
昨日はまた友人に会うため、朝早くから家を出て上海中心部まで出かけました。すでに上海には何度も行っているし去年は一ヶ月も滞在したのでめぼしい場所はほとんど観光し終わっているのですが、改めて調べて見たところ「新天地」と呼ばれる、外国人向け観光街周辺にある共産党関係の旧跡に行ってなかったことに気がついたので今回その辺を歩いて見ました。
まず最初に行ったのは新天地のすぐそば、ってか新天地と呼ばれる一画の中にある、陳独秀らが中心となって中国共産党が始めて会合を行った建物でした。入場料はタダで素晴らしいことこの上ないのですが入り口ではX線による手荷物検査が行われるなど通常の博物館として見たらやはり党の建物だということを意識させられるものの、展示内容は初期の中国共産党の動きと上海市の関わりについてパネルで説明されており、展示されている写真には若い頃の毛沢東や周恩来の写真もあってなかなか新鮮でした。
館内の売店では例の赤い旗やらバッジやらが売っていたのですが、その中には私も以前にほかの土産物屋で購入して日本で見せびらかしては好評を得ていたこんな時計も売っていました。
通称「毛沢東ウォッチ」と呼ばれるこの代物ですが何がすごいかというと秒針に合わせて左右に手を振るところで、しょうもないと思いつつも意外な発想が受けてか私の友人らにはぜひ譲ってほしいという声が多いものの未だ譲らずに持ち続けております。画像は時計表面が赤いですが、青いバージョンと合わせて私は二つも持っております。
それにしてもこの時計はこういう共産党関係の施設内で売られているということは、てっきり商魂たくましい連中が勝手に造って売っていると思っていましたがどうやら党公認の代物だったようです。あとこの画像は楽天のサイトから取ってきましたが、楽天もこんなもんまでいちいち輸入して販売するなよとちょっと思います。
話は戻って昨日の話です。そうして博物館を見終わると中国人の友人と合流し、今度は新天地からやや離れた孫文と周恩来の、それぞれの旧宅跡を尋ねました。このうち孫文の旧宅は入場料がいたので外から見ただけですが、周恩来の方は入場無料でした。両方とも思念路という通り沿いにあるのですが友人曰く、この地域は旧フランス租界で別荘が多い高級住宅地だそうで、言うだけあってレンガや石造りの洋館などおしゃれな建物が立ち並んでいました。
ちなみに友人は上海に子供の頃からずっと住み続けておりますが、この日に私と来るまで周恩来の邸宅跡が上海にあるとは知らなかったそうです。この邸宅は日中戦争後に国民党と共産党が今後について協議を行った際に周恩来が拠点として使っていた邸宅だそうですが、京都市民もよく京都にこんな史跡があったとは知らなかったとは言うことがありますが、案外世界中どの都市でも似たようなことがあるのかもしれません。
そんな風にして最後はジーパン一枚買って家路に着いたわけですが、上海に来る際の列車のチケットを買う際にこんなことがありました。
私が上海に赴く際は高速鉄道に乗っていつも行っているのですが、ほかのチケットと違って高速鉄道においては一部区間で児童券売機が設置されているものの、まだこのような券売機に慣れていない中国人が多いために駅員の販売するチケット売り場に乗客が集中して大混雑しているにもかかわらず、自動券売機の前に列が作られることはほぼありません。私としてはこっちの方がすぐ買えるので重宝しているのですが、昨日私がチケットを買うや後ろから老夫婦が私に話しかけ、同じ上海行きの列車のチケットをどのようにして買えばいいのかと尋ねてきました。
比較的聞き取りやすい中国語だったのでもしかしたらその老夫婦は北方から来ている旅行者だったかもしれませんが、話が通じやすいのもあって券売機の操作方法を教えて夫婦二枚分のチケットを購入させてあげたところ、発券前に指定座席を見てみると二枚のチケットで座席の位置が大きく離れておりました。
座席位置は購入時に券売機が自動で決めるのですが、ほかに二人並んで空いている席が少なかったのかばらばらで席が決められていたようです。そこで直前に買った私のチケットを見てみると、やはりというか夫婦の持っているチケットの片方と隣り合った席番号だったので、内容を説明して隣り合って座れるように私のチケットと夫婦の持っている離れている席のチケットを交換してあげました。
夫婦からはもちろんお礼を言われて、「聞き慣れない発音だけどどこの出身?」と聞かれて「日本人だよ」といって別れましたが、大したことではないもののやらないよりは矢っていいことをしたと思えてなかなか気分よく出発することが出来ました。
多分どの人間も、自分が他人に対してよいと思われる行動を取った際は多少なりともこの時の私のように気分がよくなったり得意になったりするかと思います。これは子供においてもそうであるために後天的な教育によるものというよりは人間は先天的に他人への協力を喜んで行う面があると私は考えており、そういう意味では性善説を多少は信じていいかなという気がします。
まず最初に行ったのは新天地のすぐそば、ってか新天地と呼ばれる一画の中にある、陳独秀らが中心となって中国共産党が始めて会合を行った建物でした。入場料はタダで素晴らしいことこの上ないのですが入り口ではX線による手荷物検査が行われるなど通常の博物館として見たらやはり党の建物だということを意識させられるものの、展示内容は初期の中国共産党の動きと上海市の関わりについてパネルで説明されており、展示されている写真には若い頃の毛沢東や周恩来の写真もあってなかなか新鮮でした。
館内の売店では例の赤い旗やらバッジやらが売っていたのですが、その中には私も以前にほかの土産物屋で購入して日本で見せびらかしては好評を得ていたこんな時計も売っていました。
通称「毛沢東ウォッチ」と呼ばれるこの代物ですが何がすごいかというと秒針に合わせて左右に手を振るところで、しょうもないと思いつつも意外な発想が受けてか私の友人らにはぜひ譲ってほしいという声が多いものの未だ譲らずに持ち続けております。画像は時計表面が赤いですが、青いバージョンと合わせて私は二つも持っております。
それにしてもこの時計はこういう共産党関係の施設内で売られているということは、てっきり商魂たくましい連中が勝手に造って売っていると思っていましたがどうやら党公認の代物だったようです。あとこの画像は楽天のサイトから取ってきましたが、楽天もこんなもんまでいちいち輸入して販売するなよとちょっと思います。
話は戻って昨日の話です。そうして博物館を見終わると中国人の友人と合流し、今度は新天地からやや離れた孫文と周恩来の、それぞれの旧宅跡を尋ねました。このうち孫文の旧宅は入場料がいたので外から見ただけですが、周恩来の方は入場無料でした。両方とも思念路という通り沿いにあるのですが友人曰く、この地域は旧フランス租界で別荘が多い高級住宅地だそうで、言うだけあってレンガや石造りの洋館などおしゃれな建物が立ち並んでいました。
ちなみに友人は上海に子供の頃からずっと住み続けておりますが、この日に私と来るまで周恩来の邸宅跡が上海にあるとは知らなかったそうです。この邸宅は日中戦争後に国民党と共産党が今後について協議を行った際に周恩来が拠点として使っていた邸宅だそうですが、京都市民もよく京都にこんな史跡があったとは知らなかったとは言うことがありますが、案外世界中どの都市でも似たようなことがあるのかもしれません。
そんな風にして最後はジーパン一枚買って家路に着いたわけですが、上海に来る際の列車のチケットを買う際にこんなことがありました。
私が上海に赴く際は高速鉄道に乗っていつも行っているのですが、ほかのチケットと違って高速鉄道においては一部区間で児童券売機が設置されているものの、まだこのような券売機に慣れていない中国人が多いために駅員の販売するチケット売り場に乗客が集中して大混雑しているにもかかわらず、自動券売機の前に列が作られることはほぼありません。私としてはこっちの方がすぐ買えるので重宝しているのですが、昨日私がチケットを買うや後ろから老夫婦が私に話しかけ、同じ上海行きの列車のチケットをどのようにして買えばいいのかと尋ねてきました。
比較的聞き取りやすい中国語だったのでもしかしたらその老夫婦は北方から来ている旅行者だったかもしれませんが、話が通じやすいのもあって券売機の操作方法を教えて夫婦二枚分のチケットを購入させてあげたところ、発券前に指定座席を見てみると二枚のチケットで座席の位置が大きく離れておりました。
座席位置は購入時に券売機が自動で決めるのですが、ほかに二人並んで空いている席が少なかったのかばらばらで席が決められていたようです。そこで直前に買った私のチケットを見てみると、やはりというか夫婦の持っているチケットの片方と隣り合った席番号だったので、内容を説明して隣り合って座れるように私のチケットと夫婦の持っている離れている席のチケットを交換してあげました。
夫婦からはもちろんお礼を言われて、「聞き慣れない発音だけどどこの出身?」と聞かれて「日本人だよ」といって別れましたが、大したことではないもののやらないよりは矢っていいことをしたと思えてなかなか気分よく出発することが出来ました。
多分どの人間も、自分が他人に対してよいと思われる行動を取った際は多少なりともこの時の私のように気分がよくなったり得意になったりするかと思います。これは子供においてもそうであるために後天的な教育によるものというよりは人間は先天的に他人への協力を喜んで行う面があると私は考えており、そういう意味では性善説を多少は信じていいかなという気がします。
2011年2月5日土曜日
大相撲の八百長問題について
今日の記事は書こうかどうか少し迷いましたが、書いておくべきだろうと考え書くことにしました。
・大相撲 春場所が中止へ 65年ぶり(産経新聞)
恐らく日本ではこのところのワイドショーはこの相撲界の八百長問題で持ちきりかと思います。前回の野球賭博問題で膿を出し切るといった言っていた傍からまだこのような問題を相撲協会は放置していたなどと考えると、一相撲ファンとしては悲しい限りです。
さてこの八百長問題ですが現時点では幕内、十両の一部の力士に限って行われていたと報じられているようですが、私個人の意見を述べさせてもらうとこの八百長はとてもそんな小さい身内の話ではなく、もっと広範囲で行われていたように感じます。そう思うのもかねてから相撲の中継を見ていて、場所中の千秋楽を七勝七敗で迎えた力士が最後の取組みで勝ち越しを決めるというパターンが異様に多いように感じていたからです。実際にアメリカの学者がこの件に関して統計を取っていたようで、七勝七敗で迎えた力士が勝ちやすいという有意な勝率結果が出ているそうです
・八百長驚かない 7勝7敗力士勝率80%(日刊スポーツ)
この記事によると過去の対戦成績から出した通常の対戦勝率が48・7%であるのに対し、実際に七勝七敗で迎えた際の取組みの勝率はなんと79・6%に跳ね上がるとして八百長が行われているのではないかと著者は疑義を呈しているそうです。今回の問題を受けてかこの統計が紹介されている本は問い合わせが相次いで早くも増刷がかけられることとなっているそうですが、実際によく調べているもんだという気がします。
私個人の意見を言わせてもらうと、あらかじめシナリオが立てられているプロレスならともかく見ている観客は真剣勝負をしているものだと思っていた大相撲で八百長が行われていたなど言語道断で、しかも金銭が動いていたとなれば決して許される行為ではありません。これは野球賭博の問題と比べても問題性は劣らず、関わっていた力士はどのような理由があれ全員角界から追放されても仕方がないかと思います。
その上でこの問題が発覚後、野球賭博のようにヤクザの間では相撲賭博も行われており、その相撲賭博と今回の八百長が何らかの形で関わっていたのではないのかという疑義が一部で呈されておりますが、全く懲りることのなく不祥事の芽を摘み取らなかった今の相撲協会を見ていると私としてもそのようなものがあるのではないかという気がしてきます。どちらにしろ、恐らく今回の不祥事で相撲協会は公益法人資格剥奪はやむを得ないでしょう。
くれぐれも言っておきますが、私は相撲を愛しております。しかしこう何度も問題を起こして形ばかりの対応策を取ってうやむやにしているようでは、とてもこれ以上応援する気にはなれません。もちろん真面目に取組みを行っている力士らには今後もがんばってもらいたいのですが、こういった通常の感覚では考えられない行為をいつまでも野放しにしている体質では見ている我々としても非常に複雑な気分にさせられます。
さてここからが今日の記事の本番ですが、私の視点から見て率直に八百長が疑われる力士とそうでない力士をいくつか挙げることにします。
まずは横綱白鵬ですが、この人は間違いなく八百長はしていないと思います。どの取組みを見ても正攻法とも言うべき勝ち方をしており、去年は歴代二位の63連勝を達成していることから一部で「話題づくりのための出来レース」ではとも囁かれましたが、皮肉にも連勝記録更新を目の前にして稀勢之里に阻まれたあたり、彼自身の不断の努力によってこの偉大な記録が作られたのだということに真実味を持たせる結果となりました。また白鵬についてもう少し付け加えるとテレビで見ていてもあっと言わせるような恐るべき反応速度で取組みで相手を負かしており、とてもじゃないですがあれが八百長による相撲だとは思えない内容です。
同様に去年引退した朝青龍についても、この人の持ち味も桁違いの反応速度で、特に出足に失敗して相手に一時押し込まれてから巻き返す際の動きの俊敏さは人間離れしており、彼自身の荒々しい取組みぶり(土俵を割っている力士に平気で駄目押しする)などから八百長らしさは全く感じられませんでした。
朝青龍については現役時、週刊現代に八百長を行っていると報じられ裁判にまでなりましたが、最終的に裁判で記事には信用性がないと判決が下され、発行元の講談社に取り上げられた力士らへ損害賠償が課されました。今こうして八百長が取りざたされてみるとこの週刊現代の記事は方向性はともかくとして取り上げる力士を間違えており、私自身としても朝青龍叩きに便乗していたようなおかしな記事だったなという気がします。ただこの記事が出た際に私は、「取り上げる力士が違うだろ」と周りに言い回っていたのですが、今回の八百長騒ぎが起きる前から私が八百長を強く疑っていた力士がおります。
その力士についてはまだしっかりとした証拠も出ていないので実名は挙げませんが日本人大関で、これまでに何度も負け越して何度も角番を迎えているものの何故か角番の場所だけは毎回のように勝ち越しを続けて現在もなお大関の地位に就いております。ではその取組みはどうかというとはっきり言って明らかに不自然な動きをしており、対戦相手を含めて見ていて「あれっ?」と思うような動きでいつも勝ち星を得ております。
さらに場所ごとの勝敗も見て見ると明らかに不自然だと思えるくらいに「八勝七敗」で終えることが多く、同じ大関でも琴欧州などは十勝を上げないとしょっちゅうNHKのアナウンサーや解説者に、「二桁勝利は大関としての義務」だなどと毎場所ではないものの二桁勝利をあげることもあるにもかかわらず批判されるのですが、その日本人大関は実に三年間も二桁勝利をあげていなかったにも関わらず誰にも咎められることはありませんでした。
実際にある掲示板でここ数年間、ほかの力士を含む七勝七敗で千秋楽を迎えた数人の日本人大関の対戦成績がまとめられておりましたが、見事といっていいくらいに皆勝ち星を挙げて最後の最後で勝ち越しを決めております。ただ二例ほど例外があり、その例外時の対戦相手がどちらも朝青龍で相手となった日本人大関に負け越しを決めさせているのを見ると、先ほどの琴欧州の話といい相撲会は未だに外国人差別を行っているのではないのか、朝青龍叩きはこの八百長問題の延長上にあったのではないかと疑わざるを得ません。それは同時にこの八百長問題は日本人力士の間で広く行われているのではないかという疑念にもつながります。
ここで書いたことはあくまで私個人の意見で、データ面などはともかくとして推論については各自でご判断ください。
それにしても野球賭博問題で後がないと言われていただけに、もう相撲界は駄目かもしれません。これは記事にしていませんが先の野球賭博問題では元琴光喜の追放は仕方がないと私も当初は主張しましたが、後になって詳しく調べて見るとどうも追放になった元琴光喜と元大嶽親方は先の理事選で慣例に反して貴乃花親方に投票を行ったことからかねてから目をつけられており、ほかにも野球賭博に関与し、発覚後も関与を隠していた力士がいたにもかかわらずこの二人のみ始めからこの問題にかこつけて追放するという算段があったようです。
相撲界は何が悪かったのか、何を正せばよかったのかですが、今となってはそれすらも考えることが馬鹿馬鹿しいほどです。
・大相撲 春場所が中止へ 65年ぶり(産経新聞)
恐らく日本ではこのところのワイドショーはこの相撲界の八百長問題で持ちきりかと思います。前回の野球賭博問題で膿を出し切るといった言っていた傍からまだこのような問題を相撲協会は放置していたなどと考えると、一相撲ファンとしては悲しい限りです。
さてこの八百長問題ですが現時点では幕内、十両の一部の力士に限って行われていたと報じられているようですが、私個人の意見を述べさせてもらうとこの八百長はとてもそんな小さい身内の話ではなく、もっと広範囲で行われていたように感じます。そう思うのもかねてから相撲の中継を見ていて、場所中の千秋楽を七勝七敗で迎えた力士が最後の取組みで勝ち越しを決めるというパターンが異様に多いように感じていたからです。実際にアメリカの学者がこの件に関して統計を取っていたようで、七勝七敗で迎えた力士が勝ちやすいという有意な勝率結果が出ているそうです
・八百長驚かない 7勝7敗力士勝率80%(日刊スポーツ)
この記事によると過去の対戦成績から出した通常の対戦勝率が48・7%であるのに対し、実際に七勝七敗で迎えた際の取組みの勝率はなんと79・6%に跳ね上がるとして八百長が行われているのではないかと著者は疑義を呈しているそうです。今回の問題を受けてかこの統計が紹介されている本は問い合わせが相次いで早くも増刷がかけられることとなっているそうですが、実際によく調べているもんだという気がします。
私個人の意見を言わせてもらうと、あらかじめシナリオが立てられているプロレスならともかく見ている観客は真剣勝負をしているものだと思っていた大相撲で八百長が行われていたなど言語道断で、しかも金銭が動いていたとなれば決して許される行為ではありません。これは野球賭博の問題と比べても問題性は劣らず、関わっていた力士はどのような理由があれ全員角界から追放されても仕方がないかと思います。
その上でこの問題が発覚後、野球賭博のようにヤクザの間では相撲賭博も行われており、その相撲賭博と今回の八百長が何らかの形で関わっていたのではないのかという疑義が一部で呈されておりますが、全く懲りることのなく不祥事の芽を摘み取らなかった今の相撲協会を見ていると私としてもそのようなものがあるのではないかという気がしてきます。どちらにしろ、恐らく今回の不祥事で相撲協会は公益法人資格剥奪はやむを得ないでしょう。
くれぐれも言っておきますが、私は相撲を愛しております。しかしこう何度も問題を起こして形ばかりの対応策を取ってうやむやにしているようでは、とてもこれ以上応援する気にはなれません。もちろん真面目に取組みを行っている力士らには今後もがんばってもらいたいのですが、こういった通常の感覚では考えられない行為をいつまでも野放しにしている体質では見ている我々としても非常に複雑な気分にさせられます。
さてここからが今日の記事の本番ですが、私の視点から見て率直に八百長が疑われる力士とそうでない力士をいくつか挙げることにします。
まずは横綱白鵬ですが、この人は間違いなく八百長はしていないと思います。どの取組みを見ても正攻法とも言うべき勝ち方をしており、去年は歴代二位の63連勝を達成していることから一部で「話題づくりのための出来レース」ではとも囁かれましたが、皮肉にも連勝記録更新を目の前にして稀勢之里に阻まれたあたり、彼自身の不断の努力によってこの偉大な記録が作られたのだということに真実味を持たせる結果となりました。また白鵬についてもう少し付け加えるとテレビで見ていてもあっと言わせるような恐るべき反応速度で取組みで相手を負かしており、とてもじゃないですがあれが八百長による相撲だとは思えない内容です。
同様に去年引退した朝青龍についても、この人の持ち味も桁違いの反応速度で、特に出足に失敗して相手に一時押し込まれてから巻き返す際の動きの俊敏さは人間離れしており、彼自身の荒々しい取組みぶり(土俵を割っている力士に平気で駄目押しする)などから八百長らしさは全く感じられませんでした。
朝青龍については現役時、週刊現代に八百長を行っていると報じられ裁判にまでなりましたが、最終的に裁判で記事には信用性がないと判決が下され、発行元の講談社に取り上げられた力士らへ損害賠償が課されました。今こうして八百長が取りざたされてみるとこの週刊現代の記事は方向性はともかくとして取り上げる力士を間違えており、私自身としても朝青龍叩きに便乗していたようなおかしな記事だったなという気がします。ただこの記事が出た際に私は、「取り上げる力士が違うだろ」と周りに言い回っていたのですが、今回の八百長騒ぎが起きる前から私が八百長を強く疑っていた力士がおります。
その力士についてはまだしっかりとした証拠も出ていないので実名は挙げませんが日本人大関で、これまでに何度も負け越して何度も角番を迎えているものの何故か角番の場所だけは毎回のように勝ち越しを続けて現在もなお大関の地位に就いております。ではその取組みはどうかというとはっきり言って明らかに不自然な動きをしており、対戦相手を含めて見ていて「あれっ?」と思うような動きでいつも勝ち星を得ております。
さらに場所ごとの勝敗も見て見ると明らかに不自然だと思えるくらいに「八勝七敗」で終えることが多く、同じ大関でも琴欧州などは十勝を上げないとしょっちゅうNHKのアナウンサーや解説者に、「二桁勝利は大関としての義務」だなどと毎場所ではないものの二桁勝利をあげることもあるにもかかわらず批判されるのですが、その日本人大関は実に三年間も二桁勝利をあげていなかったにも関わらず誰にも咎められることはありませんでした。
実際にある掲示板でここ数年間、ほかの力士を含む七勝七敗で千秋楽を迎えた数人の日本人大関の対戦成績がまとめられておりましたが、見事といっていいくらいに皆勝ち星を挙げて最後の最後で勝ち越しを決めております。ただ二例ほど例外があり、その例外時の対戦相手がどちらも朝青龍で相手となった日本人大関に負け越しを決めさせているのを見ると、先ほどの琴欧州の話といい相撲会は未だに外国人差別を行っているのではないのか、朝青龍叩きはこの八百長問題の延長上にあったのではないかと疑わざるを得ません。それは同時にこの八百長問題は日本人力士の間で広く行われているのではないかという疑念にもつながります。
ここで書いたことはあくまで私個人の意見で、データ面などはともかくとして推論については各自でご判断ください。
それにしても野球賭博問題で後がないと言われていただけに、もう相撲界は駄目かもしれません。これは記事にしていませんが先の野球賭博問題では元琴光喜の追放は仕方がないと私も当初は主張しましたが、後になって詳しく調べて見るとどうも追放になった元琴光喜と元大嶽親方は先の理事選で慣例に反して貴乃花親方に投票を行ったことからかねてから目をつけられており、ほかにも野球賭博に関与し、発覚後も関与を隠していた力士がいたにもかかわらずこの二人のみ始めからこの問題にかこつけて追放するという算段があったようです。
相撲界は何が悪かったのか、何を正せばよかったのかですが、今となってはそれすらも考えることが馬鹿馬鹿しいほどです。
2011年2月4日金曜日
K先生の授業
昨日書いた「発言に対する制裁」の記事の中で私は、よく日本人は没個性的であまり独自の意見を持たないという風にも言われますがそうではなく、個々人でそれぞれ意見を持っていながらも発言や主張をすると制裁を受けやすい日本の社会性ゆえに日本人はそれをあまり出そうとしないのではという意見を主張しました。私が何故このような考え方を持つに至ったかについて、今日はその理由となったK先生の授業について思い出話をしようと思います。
K先生というのは私の大学に来ていた外部講師で、関西の私大を中心に結構いろんなところで現在も講義を行っております。詳しい来歴についてはここでは書きませんがとにもかくにも顔が広い人間で、関西の経済学系の教授名を出せば大抵はどんな人物で業績があるかすぐに答えられるほどでした。
私がK先生の授業を初めて受けたのは二回生の頃でしたが、そのK先生の授業は二コマ続きの計180分授業で、授業時間の長さが嫌われてか私の周りではそれほど一緒に受けようという学生はいませんでした。
そんなK先生の授業ですが、具体的にどのようなことをしたのかというとまず最初の一コマ目の授業では教科書として指定されている本をいくつかに分割し、担当の学生が割り当てられた箇所をレジメなどを利用して内容を解説します。そしてその解説に対してK先生がいくらかの補足をして一コマ目を終え、続く二コマ目においては解説された箇所に対して授業に参加している学生それぞれが持った感想を発表するというような具合で毎週進行していました。
この授業で肝心だったのは言うまでもなく二コマ目で、通常意見や感想発表ともなると挙手による指名制なのですがこの授業ではなんと端っこの学生から順番に一人ずつ、完全に強制で何かしら意見を言わされていました。あらかじめ全員発表されるとわかっているのでそれほど熱心でない学生も何かしら言おうと、ほかの人が意見を言っている間に自分の意見を考えさせられて主張させられるような授業でした。
この意見発表を行う二コマ目ですが、実は当初は私も警戒をしていました。別に何かしら意見を作って発表するのは苦手でもなんでもないのですが教科書を指定してきているのはK先生だし、下手に本に書かれた内容を否定したらあまりいい感情を持たれないだろうと思い、わざわざ喧嘩してまで意見を言う場所ではないと思って当初は当たり障りのない意見をお飾り程度に発表してました。しかしこの授業を二度三度受け続けているうちに、学生が発表する意見に対してK先生が何も言わないことに気づきました。
学生の意見に対して意見の中に出てきた事項の周辺情報を補足することはあっても、学生の意見それ自身に対しては否定も肯定もK先生は一切していませんでした。授業を受けているうちにこのことに気がついた私は、案外この先生なら何言ったところで許してもらえるかもしれないと思ってその日から本当に思ったこととして、解説の終わった後に下記のような発言を行いました。
「言っては何ですがこの本の作者は悪い人じゃないんだろうけど、なんか考え方に偏りがあるというか主張に現実味がないような気がします」
もちろんこの日も、K先生は私に対して何も言いませんでした。
するとこのようなK先生の態度にほかの学生も徐々に気がついてきたのか、私以外にも結構激しい主張をしたりほかの人の意見に対して鋭い質問を行ったりと、段々と授業内で活発な議論が起こるようになって来ました。それこそ最初の授業の方ではせいぜい単位をとるくらいにしかやる気が見えず遅刻も多かったほかの学生も、終盤になってくると「この人はこんな意見を持っていたのか」と思うような面白い意見を出してくるようになったりして、授業後も親交を持つ仲になった学生も何人かおります。
そんな具合で学期最後の授業を終えて記述式のテスト日、ほかの先生にはしたことはありませんがこのK先生に対しては答案提出後に深々と頭を下げて授業のお礼まで言いました。あとどうでもいいですがこの日このテスト前に教室前で待ってたところ、教室番号の確認のために声をかけてきたのが今も親交が続く一学年下の友人です。あまりに顔が老けてるから最初は年下だと思わなかったし。
こうしてK先生の最初の授業は終えたのですが、その後単位にはならないとわかりつつも三回生、四回生時にも同じK先生の授業を受け続け、都合三年間もK先生からいろいろ教えを乞いて現在においても時折メールを交換する程度に親交を続けております。授業内容は二回生、三回生時はほとんど同じで四回生時には教科書も変わった事からそれまでと大幅に内容が代わりましたが、授業に参加する学生は私を除いてどれも別々で意見もまた人によって変わるためにそれほど退屈することはありせんでした。
確か三回生の終わり頃、直接K先生に対してどうしてこのような授業方法を行うのか聞いてみたことがあります。するとK先生は中にはやっぱり生意気だと思う学生の意見もあるそうですがそれを敢えて何も言わずに好きに発言させ続けていると、自然と学生自身が問題に対していろいろ考えるようになって面白い意見を言い出すようになるのだと答えてくれました。このK先生の意見を聞いて私自身も深く納得するとともに、学生から意見を引き出すには沈黙は金なのだななどと考えました。
それ以降、私もK先生を見習って後輩を指導する際には後輩の出す意見に対してそれが明らかに間違っているとわかっている意見だとしても、最初の段階では強く否定することは控えるようになりました。そうは言っても私はよく人から、「プレッシャーが半端じゃない」、「意見を求められるのが恐い」などと言われてしまいますが。
ちなみに前ブログの「陽月秘話」における労働関係の話のほとんどはこの時に受けたK先生の授業内容がベースとなっております。今回このK先生の授業のことを書こうと思ったのは日本人が意見を発言することについて思うのを解説するのと同時に、たまたま中国に来る前に四回生時のK先生の授業で一緒だった友人と久しぶりに会話したことがきっかけでした。その友人は控えめに言っても頭の回る友人で、高い志を持てばそれに見合う環境を得、それに見合う友人も得られるのだと考えております。
K先生というのは私の大学に来ていた外部講師で、関西の私大を中心に結構いろんなところで現在も講義を行っております。詳しい来歴についてはここでは書きませんがとにもかくにも顔が広い人間で、関西の経済学系の教授名を出せば大抵はどんな人物で業績があるかすぐに答えられるほどでした。
私がK先生の授業を初めて受けたのは二回生の頃でしたが、そのK先生の授業は二コマ続きの計180分授業で、授業時間の長さが嫌われてか私の周りではそれほど一緒に受けようという学生はいませんでした。
そんなK先生の授業ですが、具体的にどのようなことをしたのかというとまず最初の一コマ目の授業では教科書として指定されている本をいくつかに分割し、担当の学生が割り当てられた箇所をレジメなどを利用して内容を解説します。そしてその解説に対してK先生がいくらかの補足をして一コマ目を終え、続く二コマ目においては解説された箇所に対して授業に参加している学生それぞれが持った感想を発表するというような具合で毎週進行していました。
この授業で肝心だったのは言うまでもなく二コマ目で、通常意見や感想発表ともなると挙手による指名制なのですがこの授業ではなんと端っこの学生から順番に一人ずつ、完全に強制で何かしら意見を言わされていました。あらかじめ全員発表されるとわかっているのでそれほど熱心でない学生も何かしら言おうと、ほかの人が意見を言っている間に自分の意見を考えさせられて主張させられるような授業でした。
この意見発表を行う二コマ目ですが、実は当初は私も警戒をしていました。別に何かしら意見を作って発表するのは苦手でもなんでもないのですが教科書を指定してきているのはK先生だし、下手に本に書かれた内容を否定したらあまりいい感情を持たれないだろうと思い、わざわざ喧嘩してまで意見を言う場所ではないと思って当初は当たり障りのない意見をお飾り程度に発表してました。しかしこの授業を二度三度受け続けているうちに、学生が発表する意見に対してK先生が何も言わないことに気づきました。
学生の意見に対して意見の中に出てきた事項の周辺情報を補足することはあっても、学生の意見それ自身に対しては否定も肯定もK先生は一切していませんでした。授業を受けているうちにこのことに気がついた私は、案外この先生なら何言ったところで許してもらえるかもしれないと思ってその日から本当に思ったこととして、解説の終わった後に下記のような発言を行いました。
「言っては何ですがこの本の作者は悪い人じゃないんだろうけど、なんか考え方に偏りがあるというか主張に現実味がないような気がします」
もちろんこの日も、K先生は私に対して何も言いませんでした。
するとこのようなK先生の態度にほかの学生も徐々に気がついてきたのか、私以外にも結構激しい主張をしたりほかの人の意見に対して鋭い質問を行ったりと、段々と授業内で活発な議論が起こるようになって来ました。それこそ最初の授業の方ではせいぜい単位をとるくらいにしかやる気が見えず遅刻も多かったほかの学生も、終盤になってくると「この人はこんな意見を持っていたのか」と思うような面白い意見を出してくるようになったりして、授業後も親交を持つ仲になった学生も何人かおります。
そんな具合で学期最後の授業を終えて記述式のテスト日、ほかの先生にはしたことはありませんがこのK先生に対しては答案提出後に深々と頭を下げて授業のお礼まで言いました。あとどうでもいいですがこの日このテスト前に教室前で待ってたところ、教室番号の確認のために声をかけてきたのが今も親交が続く一学年下の友人です。あまりに顔が老けてるから最初は年下だと思わなかったし。
こうしてK先生の最初の授業は終えたのですが、その後単位にはならないとわかりつつも三回生、四回生時にも同じK先生の授業を受け続け、都合三年間もK先生からいろいろ教えを乞いて現在においても時折メールを交換する程度に親交を続けております。授業内容は二回生、三回生時はほとんど同じで四回生時には教科書も変わった事からそれまでと大幅に内容が代わりましたが、授業に参加する学生は私を除いてどれも別々で意見もまた人によって変わるためにそれほど退屈することはありせんでした。
確か三回生の終わり頃、直接K先生に対してどうしてこのような授業方法を行うのか聞いてみたことがあります。するとK先生は中にはやっぱり生意気だと思う学生の意見もあるそうですがそれを敢えて何も言わずに好きに発言させ続けていると、自然と学生自身が問題に対していろいろ考えるようになって面白い意見を言い出すようになるのだと答えてくれました。このK先生の意見を聞いて私自身も深く納得するとともに、学生から意見を引き出すには沈黙は金なのだななどと考えました。
それ以降、私もK先生を見習って後輩を指導する際には後輩の出す意見に対してそれが明らかに間違っているとわかっている意見だとしても、最初の段階では強く否定することは控えるようになりました。そうは言っても私はよく人から、「プレッシャーが半端じゃない」、「意見を求められるのが恐い」などと言われてしまいますが。
ちなみに前ブログの「陽月秘話」における労働関係の話のほとんどはこの時に受けたK先生の授業内容がベースとなっております。今回このK先生の授業のことを書こうと思ったのは日本人が意見を発言することについて思うのを解説するのと同時に、たまたま中国に来る前に四回生時のK先生の授業で一緒だった友人と久しぶりに会話したことがきっかけでした。その友人は控えめに言っても頭の回る友人で、高い志を持てばそれに見合う環境を得、それに見合う友人も得られるのだと考えております。
2011年2月3日木曜日
発言に対する制裁
私と会った方の私に対する第一印象は十中八九、「大人しそうで真面目そう」という印象でしょう。その一方、私と親しくしている友人に私の人物像を尋ねるとこちらも十中八九、「考え方が突飛でやや過激」というような内容に終始するかと思います。
私の地の性格はともかく、私の見かけは人に聞くとやはり「大人しそう」に見えるそうです。それだけに知り合ったばかりの人間とは徐々に話をしていく中で、「こんな人だとは思わなかった」と、褒められてるのか貶されているのかよくわからない感想が度々聞かされ、挙句の果てにはインド旅行の際にインド人占い師に、「あなたは見かけで誤解されることが非常に多い」などとお墨付きまでもらう始末です。
そのため集団の中にいると最初はよく黙ってただ従っているような人間に私は思われるのですが、面従腹背のつもりは始めからないものの空気を敢えて読まずしょっちゅう文句や意見を言うので人によっては次第に煙たがられていきます。ただそれでも日本人は意見をあまりにも言わな過ぎてその価値を落としているとかねてから信じているのもあり、自分が正しいと思ったことについては敢えて発言するように日ごろから心がけています。
そんな自分と比して、一般の日本人はあまり公に強く意見を主張しない民族だと自分たちでも自認している様に見えます。そういう中で言えば文句の多い私は異端といえば異端でしょうが、ほかの日本人は意見を主張しないものの内心ではきちんと人それぞれ意見を持っているのではないかと私は考えており、意見を言う言わないはその人を取り囲む環境が左右しているだけなのではないかと見ています。
たまに日本人は意見をあまり主張しないために朱に交われば赤くなる、大きな意見に迎合しやすいなどという意見を聞きますが、私はこれは率直に言って間違いだと思います。あまり引っ張らずに結論を述べると日本人が意見をあまり主張しないのは本人らが意見を持っていないのではなく、意見を主張した際に待ち受ける制裁を強く意識しているからだと私は考えており、これを私は勝手に「二重の暗黙の掟」と読んでおります。
通常の意味での「暗黙の掟」というのは皆言わずとも認識されている規定やルールのことを指しますが、私の主張する「二重の暗黙の掟」にはこれに加え、何があっても意見を主張せずに暗黙を突き通さねばならないというルール内容を含んでおります。
一体これはどういうことかというと、今に始まるわけじゃありませんが日本社会は今の自民、民主の政治ともども何事も結論ありきで行動や指針が決められることが多いです。そのため日本で行われる会議は割とあらかじめ決められた結論に対して承認するだけというのが多いのですが、そういった場面で意見を主張するのは基本的に決められた結論に対して反対ということになり、当然結論を考えた人からするとあまり楽しくはなく主張者は目をつけられることになるのが既定でしょう。
自分がこの日本の会議における問題が相当根が深いなと感じるのは、こういったことが中学高校レベル、場合によっては小学校の学級会レベルでも行われており、新意見を提案すること自体が身の危険を招くと考え、内心では別意見を持っていてもそれが賛同されるか反対されるかは別としても結局その意見を主張せずに押し黙っていたという経験は日本人なら誰もがあると思います。文句言いの私ですらさすがにここはまずいと思って何も言わないことだってあるんだし。
これは逆を言えば、意見を主張したところで何も制裁が起こらないという安心感さえもてれば日本人は意見を主張するようになるということになります。そんなことが実際に起こるのかと思う方もいるかもしれませんが、私自身も驚きましたがある大学の授業にてそのような場面を目撃した経験があります。その授業については次回から詳しく紹介しようと思いますが、意見を募集する会議などで何も意見が集まらない場合、その会議では発言に対する制裁への恐怖感をほぼ間違いなく会議参加者が持っていると考えていいと思います。その場合会議主催者は意見が集まらないことを会議参加者が何も意見を持っていないと考えるのではなく、サクラでもなんでも使うなりして会議主催者はまずその制裁への恐怖感を取ることを第一に考えるべきでしょう。
私の地の性格はともかく、私の見かけは人に聞くとやはり「大人しそう」に見えるそうです。それだけに知り合ったばかりの人間とは徐々に話をしていく中で、「こんな人だとは思わなかった」と、褒められてるのか貶されているのかよくわからない感想が度々聞かされ、挙句の果てにはインド旅行の際にインド人占い師に、「あなたは見かけで誤解されることが非常に多い」などとお墨付きまでもらう始末です。
そのため集団の中にいると最初はよく黙ってただ従っているような人間に私は思われるのですが、面従腹背のつもりは始めからないものの空気を敢えて読まずしょっちゅう文句や意見を言うので人によっては次第に煙たがられていきます。ただそれでも日本人は意見をあまりにも言わな過ぎてその価値を落としているとかねてから信じているのもあり、自分が正しいと思ったことについては敢えて発言するように日ごろから心がけています。
そんな自分と比して、一般の日本人はあまり公に強く意見を主張しない民族だと自分たちでも自認している様に見えます。そういう中で言えば文句の多い私は異端といえば異端でしょうが、ほかの日本人は意見を主張しないものの内心ではきちんと人それぞれ意見を持っているのではないかと私は考えており、意見を言う言わないはその人を取り囲む環境が左右しているだけなのではないかと見ています。
たまに日本人は意見をあまり主張しないために朱に交われば赤くなる、大きな意見に迎合しやすいなどという意見を聞きますが、私はこれは率直に言って間違いだと思います。あまり引っ張らずに結論を述べると日本人が意見をあまり主張しないのは本人らが意見を持っていないのではなく、意見を主張した際に待ち受ける制裁を強く意識しているからだと私は考えており、これを私は勝手に「二重の暗黙の掟」と読んでおります。
通常の意味での「暗黙の掟」というのは皆言わずとも認識されている規定やルールのことを指しますが、私の主張する「二重の暗黙の掟」にはこれに加え、何があっても意見を主張せずに暗黙を突き通さねばならないというルール内容を含んでおります。
一体これはどういうことかというと、今に始まるわけじゃありませんが日本社会は今の自民、民主の政治ともども何事も結論ありきで行動や指針が決められることが多いです。そのため日本で行われる会議は割とあらかじめ決められた結論に対して承認するだけというのが多いのですが、そういった場面で意見を主張するのは基本的に決められた結論に対して反対ということになり、当然結論を考えた人からするとあまり楽しくはなく主張者は目をつけられることになるのが既定でしょう。
自分がこの日本の会議における問題が相当根が深いなと感じるのは、こういったことが中学高校レベル、場合によっては小学校の学級会レベルでも行われており、新意見を提案すること自体が身の危険を招くと考え、内心では別意見を持っていてもそれが賛同されるか反対されるかは別としても結局その意見を主張せずに押し黙っていたという経験は日本人なら誰もがあると思います。文句言いの私ですらさすがにここはまずいと思って何も言わないことだってあるんだし。
これは逆を言えば、意見を主張したところで何も制裁が起こらないという安心感さえもてれば日本人は意見を主張するようになるということになります。そんなことが実際に起こるのかと思う方もいるかもしれませんが、私自身も驚きましたがある大学の授業にてそのような場面を目撃した経験があります。その授業については次回から詳しく紹介しようと思いますが、意見を募集する会議などで何も意見が集まらない場合、その会議では発言に対する制裁への恐怖感をほぼ間違いなく会議参加者が持っていると考えていいと思います。その場合会議主催者は意見が集まらないことを会議参加者が何も意見を持っていないと考えるのではなく、サクラでもなんでも使うなりして会議主催者はまずその制裁への恐怖感を取ることを第一に考えるべきでしょう。
残飯について
先日日本の自給率について記事を書きましたがその中で日本は食べ残しこと食品の廃棄率が高いことに触れ、仮に日本人がすべて食べ残しをなくしたら現時点で自給率は15%ほど上昇し、農水省の目標とする自給率を達成すると記述しました。この食品廃棄こと食品ロスについてですが、聞くところによると日本で一番多くの食べ残しを生んでいるのはほかでもなく結婚式だそうです。
記憶が曖昧ですが昔テレビか何かで見た統計だと食べ残し量の一位に結婚式が来て、確かその次位に公立学校での給食があったような気がします。何故結婚式が一番食べ残しを生むのかといえばあまり深く考えることではない気もしますがやはりイベントごとであり、足りないよりも余る方がいいということで実際必要量よりも多めに作るのが通常だそうです。また結婚披露宴に限らずこういった催事が行われるホテルは通常でも食品廃棄が多いとも聞きます。
この残飯について、いい機会なので前に読んだ本で書かれていた内容を一つ紹介します。この話が書かれているのは佐野眞一氏の「新忘れ去られた日本人」で、この本は毎日新聞で佐野氏が連載していた一人一話形式のコラムを集めた本でいろいろと興味深い人物らが載っており、消え行く業界紙の中でただ一人の人間によって編集が続けられていた蒟蒻新聞の話など佐野氏らしい微に入り細に入りな取材が各ルポごとに行われております。その中で私の興味を引いたというか読み終わった後もなんとなく覚え続けた話というのが今日の残飯に関する話で、佐野氏が東京都内の残飯回収業者の方を取材した話です。
生憎手元に原書もなくその残飯回収業者の方の名前は失念してしまったのですが、佐野氏の取材に対してその業者の方は、
「残飯と一口で言ってもいい残飯と悪い残飯がある。肉類や野菜類まできちんと分けられて捨てられる残飯もあれば宴会で出されていたまま紙などほかのごみと混ぜ合わされて出される残飯もあり、同じ扱いをすることは出来ない」
基本的に集められた残飯は牛や豚といった家畜の餌として販売されるのですが残飯の種類によってはそうそう満足売ることも出来ず、そういった上でその業者の方は佐野氏によると「皮肉たっぷり」に、ホテルの宴会で騒ぐ若い女性らの裏ではこういった残飯が数多く生まれているなどと話したそうです。
私は何も残飯をすべて根絶しろとまでは言いませんが、出るものは仕方がないとしてそれを再利用するためには最善を尽くすべきだと思います。それこそちょっとした工夫で家畜用の餌や農場の肥料として使えるのなら、そういった廃棄方法ももう少し検討して見るのも手かもしれません。
記憶が曖昧ですが昔テレビか何かで見た統計だと食べ残し量の一位に結婚式が来て、確かその次位に公立学校での給食があったような気がします。何故結婚式が一番食べ残しを生むのかといえばあまり深く考えることではない気もしますがやはりイベントごとであり、足りないよりも余る方がいいということで実際必要量よりも多めに作るのが通常だそうです。また結婚披露宴に限らずこういった催事が行われるホテルは通常でも食品廃棄が多いとも聞きます。
この残飯について、いい機会なので前に読んだ本で書かれていた内容を一つ紹介します。この話が書かれているのは佐野眞一氏の「新忘れ去られた日本人」で、この本は毎日新聞で佐野氏が連載していた一人一話形式のコラムを集めた本でいろいろと興味深い人物らが載っており、消え行く業界紙の中でただ一人の人間によって編集が続けられていた蒟蒻新聞の話など佐野氏らしい微に入り細に入りな取材が各ルポごとに行われております。その中で私の興味を引いたというか読み終わった後もなんとなく覚え続けた話というのが今日の残飯に関する話で、佐野氏が東京都内の残飯回収業者の方を取材した話です。
生憎手元に原書もなくその残飯回収業者の方の名前は失念してしまったのですが、佐野氏の取材に対してその業者の方は、
「残飯と一口で言ってもいい残飯と悪い残飯がある。肉類や野菜類まできちんと分けられて捨てられる残飯もあれば宴会で出されていたまま紙などほかのごみと混ぜ合わされて出される残飯もあり、同じ扱いをすることは出来ない」
基本的に集められた残飯は牛や豚といった家畜の餌として販売されるのですが残飯の種類によってはそうそう満足売ることも出来ず、そういった上でその業者の方は佐野氏によると「皮肉たっぷり」に、ホテルの宴会で騒ぐ若い女性らの裏ではこういった残飯が数多く生まれているなどと話したそうです。
私は何も残飯をすべて根絶しろとまでは言いませんが、出るものは仕方がないとしてそれを再利用するためには最善を尽くすべきだと思います。それこそちょっとした工夫で家畜用の餌や農場の肥料として使えるのなら、そういった廃棄方法ももう少し検討して見るのも手かもしれません。
2011年2月2日水曜日
中国の歴史参考書に出てくる日本人
今日は中国の大晦日に当たる日で、先ほどから戦地かと思うくらいあちこちで爆竹の音が鳴り響いております。一応住んでいるのは都市部で規制があるからあまり派手なことは出来ないと中国人らからは聞いてはいるのですが、それでも結構驚くような音が聞こえてきたりして、農村とかだととんでもない量の爆竹を鳴らすそうですから日本人の静かな正月の感覚からすると隔世の感があります。
すでに私の会社は昨日から正月休みに入っており、昨日はちょっと都市中心部に出かけてバーガーキングで昼食取ったりと優雅に過ごしました。昼食の最中に先日お袋から送ってもらった文芸春秋を読んでいたら隣にいた中国人男女二人組が私を日本人だと思い声をかけてきてしばらく雑談をしましたが、これに限るわけじゃないですが本当に中国語は相手によって通じる通じないがはっきり別れる言語だと感じます。
その時に話をした相手は私と比較的年も近くしっかりと教育を受けていそうな感じがしてそれほど会話に苦労はしなかったのですが、現在いる会社内だと地方から来ている人もいて、場合によっては私の発音だと全く通じない(聞いてるこっちは多少はわかるが、それでもほとんど聞き取れない)人もおり、特に私は北京で中国語を学んだこともあって南方に属する現在の居住地域だとしょっちゅう、「ごめん、北方語で聞き取り辛い」と言われたりします。こっちに来る前から恐らくこういう事態になるだろうなという気はしてましたが、めげずに南方の発音もしゃべれるようにとまでは行かずとも聞き取れるようになれればとこのところ願ってます。
そうした個人的な中国事情はさておき、昨日そうやって街中を歩いた際に寄った本屋にて、中国の高校生向け歴史参考書を購入しました。前から中国の歴史教育はどのような内容なのか興味があったのですが、なんかどこいってもおいてある参考書は問題集ばかりで、日本の「日本史 一目でわかる○○解説」見たいな予備校講師が出版しているような項目ごとの解説本をなかなか見つけられずにいたのですが、昨日行った本屋(新華書店)ではうまい具合にさらっとまとめていてくれる解説本を見つけることが出来ました。
もちろん文芸春秋も読み終わっていない昨日今日で中国語のこの本を読みきることは出来ていないのですが、ちょっと今日紹介がてらにこの参考書に出てくる日本人名だけをちょっと調べて見ました。
結論を述べるとこの参考書に出てくる日本人名は明治天皇と田中角栄の二人だけでした。明治天皇については明治維新を指導し日本を資本主義、軍事封建的帝国主義の国に変えたと人物だとして、田中角栄については日中国交正常化を実現させた人物で世界とアジアの平和と発展に貢献したと書かれております。
中国人の明治天皇の評価については以前の陽月秘話の記事でも取り上げましたが、日本人からすれば「神輿の上の人物」であって、ちょっとこの評価は違うんじゃないかなぁとという気はしますが無理もないところで、田中角栄は外交史的には中国にとって出てきてもおかしくはない人物です。逆にこの二人以外でほかに中国が取り上げるべき人物といったら後は昭和天皇とくらいですし、まぁ無難なチョイスなんじゃないかと思います。
それにしてもこの参考書、教科書は違うのかもしれませんがざらっと見る限りですと日本みたいに昔から現代へ編年体のようにして徐々に教えていくのではなく、なんか時代順序ばらばらでトピックごとに解説がされています。社会主義の発展の順番とか現代の科学技術の進歩、世界情勢の成り立ちなど、出来ることなら歴史の授業風景も直接見て見たいものです。
あと読んでて気になる点として、西欧人の名前も全部漢字に変えられててなかなか判読し辛いです。折角だからこれも一部紹介すると、
・馬克思=マルクス
・甘地ーガンディー
・猛徳斯鳩=モンテスキュー
・亜力士多徳=アリストテレス
・斯大林=スターリン
スターリンについては一行目にて、「偉大なマルクス・レーニン主義者」と書かれております。レーニンはスターリンを後継者にしてはならないと遺言していたのを知っての記述なのか編集者に聞いてみたいものです。
すでに私の会社は昨日から正月休みに入っており、昨日はちょっと都市中心部に出かけてバーガーキングで昼食取ったりと優雅に過ごしました。昼食の最中に先日お袋から送ってもらった文芸春秋を読んでいたら隣にいた中国人男女二人組が私を日本人だと思い声をかけてきてしばらく雑談をしましたが、これに限るわけじゃないですが本当に中国語は相手によって通じる通じないがはっきり別れる言語だと感じます。
その時に話をした相手は私と比較的年も近くしっかりと教育を受けていそうな感じがしてそれほど会話に苦労はしなかったのですが、現在いる会社内だと地方から来ている人もいて、場合によっては私の発音だと全く通じない(聞いてるこっちは多少はわかるが、それでもほとんど聞き取れない)人もおり、特に私は北京で中国語を学んだこともあって南方に属する現在の居住地域だとしょっちゅう、「ごめん、北方語で聞き取り辛い」と言われたりします。こっちに来る前から恐らくこういう事態になるだろうなという気はしてましたが、めげずに南方の発音もしゃべれるようにとまでは行かずとも聞き取れるようになれればとこのところ願ってます。
そうした個人的な中国事情はさておき、昨日そうやって街中を歩いた際に寄った本屋にて、中国の高校生向け歴史参考書を購入しました。前から中国の歴史教育はどのような内容なのか興味があったのですが、なんかどこいってもおいてある参考書は問題集ばかりで、日本の「日本史 一目でわかる○○解説」見たいな予備校講師が出版しているような項目ごとの解説本をなかなか見つけられずにいたのですが、昨日行った本屋(新華書店)ではうまい具合にさらっとまとめていてくれる解説本を見つけることが出来ました。
もちろん文芸春秋も読み終わっていない昨日今日で中国語のこの本を読みきることは出来ていないのですが、ちょっと今日紹介がてらにこの参考書に出てくる日本人名だけをちょっと調べて見ました。
結論を述べるとこの参考書に出てくる日本人名は明治天皇と田中角栄の二人だけでした。明治天皇については明治維新を指導し日本を資本主義、軍事封建的帝国主義の国に変えたと人物だとして、田中角栄については日中国交正常化を実現させた人物で世界とアジアの平和と発展に貢献したと書かれております。
中国人の明治天皇の評価については以前の陽月秘話の記事でも取り上げましたが、日本人からすれば「神輿の上の人物」であって、ちょっとこの評価は違うんじゃないかなぁとという気はしますが無理もないところで、田中角栄は外交史的には中国にとって出てきてもおかしくはない人物です。逆にこの二人以外でほかに中国が取り上げるべき人物といったら後は昭和天皇とくらいですし、まぁ無難なチョイスなんじゃないかと思います。
それにしてもこの参考書、教科書は違うのかもしれませんがざらっと見る限りですと日本みたいに昔から現代へ編年体のようにして徐々に教えていくのではなく、なんか時代順序ばらばらでトピックごとに解説がされています。社会主義の発展の順番とか現代の科学技術の進歩、世界情勢の成り立ちなど、出来ることなら歴史の授業風景も直接見て見たいものです。
あと読んでて気になる点として、西欧人の名前も全部漢字に変えられててなかなか判読し辛いです。折角だからこれも一部紹介すると、
・馬克思=マルクス
・甘地ーガンディー
・猛徳斯鳩=モンテスキュー
・亜力士多徳=アリストテレス
・斯大林=スターリン
スターリンについては一行目にて、「偉大なマルクス・レーニン主義者」と書かれております。レーニンはスターリンを後継者にしてはならないと遺言していたのを知っての記述なのか編集者に聞いてみたいものです。
2011年2月1日火曜日
書評:日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率
私は以前のブログの陽月秘話にて度々日本の農業問題を取り上げては現在の自給率をどうにかして向上させなければならないと主張してきましたが、実はそうやって主張をする一方で日本の自給率は本当に問題なのかという疑問が常にもたげていました。一体何故そんな疑問を持ち続けたのかというと一つの原因は堺屋太一氏の主張で、戦後初期に日本は土地という土地でサツマイモを植えていたにもかかわらず食料に不足したのだから国内の作物だけで時給がまかなえるはずもなくどの道輸出に頼らなければならないという主張と、そもそもの自給率の根拠となるカロリーベースという計算方法が信用性を持つのかという疑問があったからです。日本の自給率はカロリーベースで計算されていると聞いていたのですが、詳しい計算方法は知らなかったまでもカロリーで計算するのであれば諸々の条件ですぐ結果は変わるのでは、たとえば野菜などはカロリーが低いですがサツマイモや米だと比較的カロリーが高く、作る作物の種類によって容易に変動しうるのではないかと前々から感じていました。
こうした疑問にすべて答えてくれたのが、今日紹介する「日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」という本です。
・日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率(講談社プラスアルファ新書)
この本は中国に来る前に買って読んできたのですが、なかなかに衝撃的な内容で農業行政に対する価値観を一変させられました。
まず先ほどの自給率についてですが、著者の浅川氏によると先ほどのカロリーベースで自給率を算出しているのは実は日本だけだそうで、他国は生産額ベースというやり方で自給率を算出しているのですがそれぞれの計算方法をWikipediaから引用すると、
・カロリーベース総合食料自給率
国民1人1日当たりの国内生産カロリー÷国民1人1日当たりの供給カロリー
※なお、国民1人1日当たりの供給カロリーとは国産供給カロリー+輸入供給カロリー+ロス廃棄カロリーの合計である。
・生産額ベース総合食料自給率
国内の食料総生産額÷国内で消費する食料の総生産額
※生産額=価格×生産量で個別の品目の生産額を算出し、足し上げて一国の食料生産額を求める。
両者を大まかに説明すると、カロリーベースは国内で生産されるカロリーを国民一人が一日に必要なカロリーで割って算出します。生産額ベースは国内で生産される作物の金銭的価値の合計に対し消費される作物の金銭的価値で割るという、いうなれば食料の輸入割合を調べるようなやり方です。
浅川氏によると、そもそもカロリーベースで自給率を算出する価値はほとんどないそうです。その理由をいくつか挙げると、
・仮に食糧の輸入をすべてストップすれば国内でいくら餓死者が出ようとも自給率は100%になってしまう
・現時点で日本の食料廃棄率は高く、仮に残さず余さず食べて廃棄率を0にすれば日本の自給率は15%前後上昇する(40%→55%)
上記のような理由に加え、私が懸念したように作る作物の種類によってもカロリーベース自給率は大きく変動するそうです。それこそ現在野菜を作っている土地で米を作れば野菜と米のそもそものカロリー数の違いによって自給率は向上するのですが、農水省は片方では自給率の低さを問題視し対策を主張する一方、自給率を下げかねない減反政策を取っていることを浅川氏は激しく批判しております。その上で浅川氏は農水省が何故日本が世界で唯一カロリーベースで自給率を計算しているかという理由について、敢えて低く見せることで国民を煽り、自給率対策の予算を獲得するためではないかと指摘しています。
こうした自給率の問題に加えこの本では今話題となっている民主党の農家への個別補償政策も批判しており、日本の農家の大部分は自産自消、つまり自分で作った作物を家族や近所間で消費するだけで市場に出さない農家ばかりでこうした農家に所得を補償しても生産量の向上につながらないばかりか、非効率な経営で所得補償を受ける農家が続出すると市場に流入する作物が増えて価格が下がり、現在利益を上げている経営効率のよい農家や農業法人が赤字化する可能性があるとも述べて批判しています。
実際に私もこれには思い当たる節があり、私の友人は家が畑と田んぼを持っているのですが米は買うものじゃなくて作るものだと豪語しており、市場へ販売こそしていないもののいろいろ自分ところで作っているそうで、個別所得保障精度が出来るとそうした農家が形ばかり市場に作物を流して補償金を受け取るケースが続出するのではと指摘しております。
このほか日本の農業についていろいろ書かれていますが全体を通して浅川氏が主張しているのは、農水省は日本の農業のためといいながら無駄な事業に予算を獲得して使用していることへの批判と、日本の農業は一見すると弱い産業と思われがちだが決してそうではないというこの二点にあると私は判断しました。浅川氏によると日本の農業生産額は世界五位で、輸入制限などで保護しようとすればするほど歪んだ構造となるばかりかすでに効率的な経営で利益を上げている農家の所得が今後は増えず、農水省は自給率100%を目指していますが真の食料行政は100%を越えた後に如何に輸出して外貨を稼ぐかで、守ることよりも攻める重要性を何度も説いています。
また日本は土地が狭く農業には不向きな土地だと思われがちですが浅川氏は日本は南北に長く伸びた国で、南はサトウキビなど熱帯の作物が作れる一方で北はさくらんぼなど寒冷な土地の作物が作れるという利点があるとし、これに私から付け加えると他国と比して日本は圧倒的な水資源があり、耕作地面積では劣るものの決して農業に恵まれていないわけじゃないとも主張しており、真に農業を産業として育てるつもりであれば農作物の輸入開放が必要であるとも述べられております。
全般的に読んでてなるほどと思うことが多く読んでて非常にためになった一冊ですが、残念というべきか私にはこの本に書かれている事実が本当かどうか確認する術がありません。実際の農家の声を聞いているわけもなく、また他国の農業政策がどのように行われているのか、日本の実態はどうなのかとすべての面において情報が不足しており、この本のほかの人のレビューを見ていても果たしてどちらが正しいものか判断はしかねます。
ただこうした農業の実態については工業などと比べて日本はどうも議論が一部の間だけで行われているような印象が以前からあり、この本のように曲がりなりにも一つの主張、根拠が外に向けて発信されたという意味では価値が高いと思います。そういう意味では今後農業を考えるためにもいろんな方がこの方面に情報を発信し、公で議論し合う必要性が高いでしょう。その叩き台にする上で浅川氏のこの本は個人的にはお勧めです。
中途半端な昼寝に加え真冬なのにダニが出てきてかゆくなったため、なんか筆の悪い記事になりました。
こうした疑問にすべて答えてくれたのが、今日紹介する「日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率」という本です。
・日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率(講談社プラスアルファ新書)
この本は中国に来る前に買って読んできたのですが、なかなかに衝撃的な内容で農業行政に対する価値観を一変させられました。
まず先ほどの自給率についてですが、著者の浅川氏によると先ほどのカロリーベースで自給率を算出しているのは実は日本だけだそうで、他国は生産額ベースというやり方で自給率を算出しているのですがそれぞれの計算方法をWikipediaから引用すると、
・カロリーベース総合食料自給率
国民1人1日当たりの国内生産カロリー÷国民1人1日当たりの供給カロリー
※なお、国民1人1日当たりの供給カロリーとは国産供給カロリー+輸入供給カロリー+ロス廃棄カロリーの合計である。
・生産額ベース総合食料自給率
国内の食料総生産額÷国内で消費する食料の総生産額
※生産額=価格×生産量で個別の品目の生産額を算出し、足し上げて一国の食料生産額を求める。
両者を大まかに説明すると、カロリーベースは国内で生産されるカロリーを国民一人が一日に必要なカロリーで割って算出します。生産額ベースは国内で生産される作物の金銭的価値の合計に対し消費される作物の金銭的価値で割るという、いうなれば食料の輸入割合を調べるようなやり方です。
浅川氏によると、そもそもカロリーベースで自給率を算出する価値はほとんどないそうです。その理由をいくつか挙げると、
・仮に食糧の輸入をすべてストップすれば国内でいくら餓死者が出ようとも自給率は100%になってしまう
・現時点で日本の食料廃棄率は高く、仮に残さず余さず食べて廃棄率を0にすれば日本の自給率は15%前後上昇する(40%→55%)
上記のような理由に加え、私が懸念したように作る作物の種類によってもカロリーベース自給率は大きく変動するそうです。それこそ現在野菜を作っている土地で米を作れば野菜と米のそもそものカロリー数の違いによって自給率は向上するのですが、農水省は片方では自給率の低さを問題視し対策を主張する一方、自給率を下げかねない減反政策を取っていることを浅川氏は激しく批判しております。その上で浅川氏は農水省が何故日本が世界で唯一カロリーベースで自給率を計算しているかという理由について、敢えて低く見せることで国民を煽り、自給率対策の予算を獲得するためではないかと指摘しています。
こうした自給率の問題に加えこの本では今話題となっている民主党の農家への個別補償政策も批判しており、日本の農家の大部分は自産自消、つまり自分で作った作物を家族や近所間で消費するだけで市場に出さない農家ばかりでこうした農家に所得を補償しても生産量の向上につながらないばかりか、非効率な経営で所得補償を受ける農家が続出すると市場に流入する作物が増えて価格が下がり、現在利益を上げている経営効率のよい農家や農業法人が赤字化する可能性があるとも述べて批判しています。
実際に私もこれには思い当たる節があり、私の友人は家が畑と田んぼを持っているのですが米は買うものじゃなくて作るものだと豪語しており、市場へ販売こそしていないもののいろいろ自分ところで作っているそうで、個別所得保障精度が出来るとそうした農家が形ばかり市場に作物を流して補償金を受け取るケースが続出するのではと指摘しております。
このほか日本の農業についていろいろ書かれていますが全体を通して浅川氏が主張しているのは、農水省は日本の農業のためといいながら無駄な事業に予算を獲得して使用していることへの批判と、日本の農業は一見すると弱い産業と思われがちだが決してそうではないというこの二点にあると私は判断しました。浅川氏によると日本の農業生産額は世界五位で、輸入制限などで保護しようとすればするほど歪んだ構造となるばかりかすでに効率的な経営で利益を上げている農家の所得が今後は増えず、農水省は自給率100%を目指していますが真の食料行政は100%を越えた後に如何に輸出して外貨を稼ぐかで、守ることよりも攻める重要性を何度も説いています。
また日本は土地が狭く農業には不向きな土地だと思われがちですが浅川氏は日本は南北に長く伸びた国で、南はサトウキビなど熱帯の作物が作れる一方で北はさくらんぼなど寒冷な土地の作物が作れるという利点があるとし、これに私から付け加えると他国と比して日本は圧倒的な水資源があり、耕作地面積では劣るものの決して農業に恵まれていないわけじゃないとも主張しており、真に農業を産業として育てるつもりであれば農作物の輸入開放が必要であるとも述べられております。
全般的に読んでてなるほどと思うことが多く読んでて非常にためになった一冊ですが、残念というべきか私にはこの本に書かれている事実が本当かどうか確認する術がありません。実際の農家の声を聞いているわけもなく、また他国の農業政策がどのように行われているのか、日本の実態はどうなのかとすべての面において情報が不足しており、この本のほかの人のレビューを見ていても果たしてどちらが正しいものか判断はしかねます。
ただこうした農業の実態については工業などと比べて日本はどうも議論が一部の間だけで行われているような印象が以前からあり、この本のように曲がりなりにも一つの主張、根拠が外に向けて発信されたという意味では価値が高いと思います。そういう意味では今後農業を考えるためにもいろんな方がこの方面に情報を発信し、公で議論し合う必要性が高いでしょう。その叩き台にする上で浅川氏のこの本は個人的にはお勧めです。
中途半端な昼寝に加え真冬なのにダニが出てきてかゆくなったため、なんか筆の悪い記事になりました。