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2026年9月29日火曜日

大手コンサルは人材を独占し過ぎでは?

 今自分がやっている日本での仕事では大手コンサルの人と関わることが多いのですが一言で言うと、「こいつらなんでこんなに優秀なんだろう(;´・ω・)」と本気で思う人ばかりでマジ驚いています。二十代の若手でも堂々としているうえにやたら周囲にも気遣いでき、実務能力も高く受け答えがはっきりしています。初対面の相手でも問題なく打ち解けて気さくな会話もできるうえ、英語もやたら上手で専門的な会話もこなしてくるので自分も負けじと「中国語なら負けないぞ(# ゚Д゚)」と無駄に対抗心燃やして言ったりしましたが、日本での仕事で中国語使わないので完全に負け犬の遠吠えでした。

 この大手コンサルの人材の優秀ぶりは、かねてから日本の就活ランキングでコンサル系企業が上位を占めるようになっていることからある意味自明なのですが、改めて実際に接してみてその優秀さの度合いに目を見張ります。同時に思ったこととして、日本の優秀な若手人材を大手コンサルが独占しており、ほかの業種の企業で人材の質が低下してはいないかという懸念も抱きました。

 その仕事で関わっている大手コンサルの人によると、何でもそこでは毎月入社式があり、1回の新入社員数はなんと100人前後に及ぶそうです。出入りが激しい業界なのでやめてく人も多いと思いますが、毎月100人くらいの人員を採用していながらあれだけの優秀な人材を揃えるとかまるでチート機能付きガチャみたいで、ちょっといい加減にしろよと思ったりもします。
 このようにその優秀ぶりと採用規模から、ほかの企業や業態における人材の質が下がっているというか優秀な人材が減っているのではないかと思ったわけです。あんまほかの企業と関わらないので実態はどうかわかりかねますが、いい人材が極端にコンサルという一つの業界に集中するというのはちょっと考えものではないかと思ったわけです。

 ただ同時に、果たしてあれだけの優秀な人材がほかの日系企業、特に中小企業にいたところでその才能を発揮できるかという疑問もあります。私自身も経験ありますが基本的に従業員の能力は職場の部門長の能力以上には発揮できないことが多いというか、上司が無能だったら部下がどれだけ優秀でも何もできないことが多いです。要するに一部企業では優秀な若手が入ってもそれを活用できないパターンが多く、ましてや日系企業だと無駄な業務も多いだけに、大手コンサルにいる優秀な人材がほかの企業に行ったところでこれまでのように活躍できるかという懸念もあります。

 今に始まるわけじゃないですが日系企業における人材問題は優秀な若手とかにあるのではなく、経営者と中間管理職の無能ぶりこそが最大の問題点で、こうした人間の排除または教育こそ今経済界に求められている喫緊の課題です。そういう意味では一部の企業は優秀な人材の採用に努力するのではなく、経営者の再教育、または手っ取り早くAI化に努力するべきかもしれません。

2026年9月28日月曜日

今の中国にある日系企業数は2010年の水準

・ミスタードーナツ、中国に再進出 7年ぶり、オープンの上海店に列

 本題と関係ないですが2019年の撤退前はチャリで10分くらいの距離にあったから、上海でミスドのドーナツを買ってきてはよく一人でムシャムシャ食べてました。上海ではコロナ前後からミスドを含めてやたら外資系のドーナツ屋が撤退して何故かドーナツを食べる機会が極端に低くなっていたので、このミスドの再上陸は素直にうれしいです(´~`)モグモグ

・中国進出の日本企業 ピークから 3 割減「中国離れ」進む(帝国データバンク)

 話は本題ですが帝国データバンクがかなりいいレポート挙げてくれました。リンク先を見てもらえば早いのですが中国に進出している日系企業数をグラフにまとめてくれており、そのデータによると現在の在中国日系企業数はなんと16年前の2010年の水準まで減っているとのことです。この水準は2012年の尖閣諸島国有化に伴う反日デモ、2020年から数年間のコロナ期よりも少ない水準で、特に2024年から2年間で約1/4に相当する約3000社も減少していたそうです。私自身の肌実感でも日系企業数は大きく減少しているとは感じていましたが、改めて具体的な数字をこうしてみてみると結構びっくりな数字でした。

 この手データを見てまず思ったこととしては、中国の地方政府の税収への影響です。一時は上海の税収の約半分を日系企業が納付していたと言われており、上海に限らずとも比較的コンプライアンスを守る日系企業がこれほど減少したとなると、各地の税収に大きく響いているのではないかという気がします。まぁ税収以前に、雇用の受け皿としての役割の方が今としては思いかもしれませんが。

 次に気になったのが、2010年という年代です。この時期に中国へ進出してきていたのは圧倒的に自動車関連で占められていました。しかしレポートでも触れられているようにその後に人件費が中国でも上昇してくると工業系企業は減っていき、徐々に小売などのサービス系企業が進出企業としては増えている感触だったのですが、今回のこの結果を見ると思ったよりサービス系企業の進出は増えていなかったようにも見えます。
 まぁこの辺はもしかしたら増えていたのかもしれませんが、コロナをきっかけにみんな撤退してしまっていたのかもしれません。私が取材したラーメン屋の方も、2020年のコロナ流行とともに店の権利ともども売却して撤退を決めていました。その後の2022年に起こった上海ロックダウンを考えると早めに引いて正解だったと思え、逆を言えば上海ロックダウンを経験した小売企業はもうだめだとみんな撤退したとしてもそんな不思議じゃないです。

 見方を変えて今中国に進出する価値のある業態は何かとなると、アニメをはじめとするファンシーグッズ系の企業くらいしか思い浮かびません。住宅や車への消費を控える一方でこうしたホビー系消費は増えており、今後も伸び続けるという見方からトイグッズ系企業はまだ大丈夫と思うものの、それ以外だともはや中国に進出するメリットは私ですら思い浮かびません。逆に、撤退した方がいいと思う業種はいくらでもあるけど。
 敢えて言えば、不動産系企業はこれから中国に来た方がいいかもしれません。今後大手デベロッパーのどこかが恒大に続いて破綻したら一気に信用収縮起こって物件の叩き売りが始まる可能性があり、安値でいい物件なり土地を取得できる可能性があります。しばらくは売れないでしょうが数年寝かせればまだ利益が出るように思います。

2026年9月27日日曜日

中国が何故敵国条項にこだわるのか

・旧敵国条項、新たな火種か 日中関係の立て直し課題―高市政権(時事通信)

 大まかな説明は省略しますがここ1年くらいで急に中国は上記リンク先記事にある国連の旧敵国条項についてやたらこだわり、言及することが増えてきています。実質的に死文化している内容である上に中国がアプローチを続けているドイツも適用対象になることから、見ていて国際法に対する中国の理解の低さをさらけ出す行動にしか見えないのですが、それにもかかわらず中国が何故この敵国条項にこだわって持ち出そうとするのか、この辺について深く突っ込んだ記事はあまり見ない気がします。

 結論から述べると、多分中国が日本を批判するにあたってほかに口実を見つけることができないからこそ、こんな死文化した内容にすらすがらざるを得ないのではないかとみています。

 私が説明するまでもなくこの旧敵国条項は二次大戦時の状況を踏まえたものであり、その時期は現在とは既に80年以上も前のものです。80年以上前の内容を持ち出す時点でどうなのかというところですが、これは見方を変えると戦後80年間において、日本が軍国主義だと中国が批判する口実がほかにないという証左という風に見ることができる気がします。
 というのも普通の感覚なら直近における事象を口実に批判するものなはずです。しかし中国がそれこそ直近10年間における日本の外交や行動で批判することはなく、わざわざ大昔の内容を飽きもせず引っ張ってくることしかしてきません。直近における出来事を引っ張ってくるとしたら、せいぜい日本の軍事費増額くらいで、それも中国の増額ペースと比べると大人しいもんで小泉防衛相の逆批判を受けてからは急に口にしなくなってきました。

 仮に戦後80年間において日本が軍国主義ととられかねる行動なりがあったとすれば、中国はそれをネタに日本を批判していたことでしょう。しかし現実にはそのようなことはなく大昔の内容しか引っ張ってくることしかしないあたり、日本の戦後80年間はその国家方針の通りに平和的、民主的なものであったことをある意味裏付けているようなもので、中国が今やっている大昔の出来事しか批判できない状況は、私の目からすれば戦後における日本の平和的姿勢や戦前の反省を補強するもののようにも見えます。
 それこそ中国が今やっているフィリピンや尖閣諸島付近での船舶での衝突行為とかを仮に日本がやっていたら、鬼の首を取ったかのように日本をしつこく批判していたことでしょう。ただそういう事例が中国と違って日本にはないので、こうして大昔の話を未だに引っ張ってこざるを得ないだけです。

 ちなみに古い内容をいちいち引っ張って批判するということは国家観に限らず、個人間でも「ほかに非の打ち所がない」というのを暗に示すものだと私は思っています。実際私も長年にわたり子供の頃の出来事で一方的に批判され続けた経験がありますが、今思うとほかに罵る口実がなかったが故のさもしい行為だったんだろうなと相手に対してみています。

 以上をまとめると今の中国の旧敵国条項を口実にした批判は逆説的に、戦後の日本の歩み方は間違っていなかったことの証左であると日本人はもっと胸を張って誇るべきだと思います。それでも中国に何か言い返すとしたら、「中国が軍国主義だと罵る日本からODAを受け取りながら軍事費を増大させている悪どい国がいるらしいぞ」と国際社会で言えばいいと思います。前々から言っていますが、日本は他国に対する批判や弁明のセンスが極端に低い気がします、中国を除いて。

2026年9月26日土曜日

コンビニとスーパーで価格差が拡大

 今日、三井記念美術館に行ってきた帰りに秋葉原寄ってきましたが、あれだけ外国人観光客がいるのに飲食店が相変わらず少ないなという印象を受けました。飲食店をたくさん用意すればもっと観光客増えると思うのにな。
 話は本題ですが結論から言うとインフレの影響でコンビニからスーパーに消費者が今後大量に移動するのではないかとみています。原因は両者で広がる価格差です。

 資金になって気が付いたのですが、コンビニとスーパーの価格差が激しいです。飲料一つとってもコンビニでは170円くらいするのにスーパーだと110円くらいで売られていることが多く、その他のカップ麺などもえぐい価格差となっています。そのため私も最近は夜に何か飲み物欲しくなったら、距離もそんなに変わらないのでコンビニにはいかずにヨーカドーまでチャリで走って買うようになってきました。自販機も減ってきているし。

 では何故価格差がえぐくなっているのかというと、単純にインフレが原因でしょう。デフレにぎやかなりし頃ならコンビニで100円くらいの商品はスーパーだと95円くらいで価格者5円程度だったと思いますが、いとインフレたる現代においてはこれがコンビニ150円に対しスーパー110円くらいで、全体の物価高騰に伴ってコンビニとスーパー間の価格差も開くようになったのではないかとみています。そのためデフレの頃なら価格差が気にならずコンビニの利便性が優先されたものの、ここまで価格差が開くと飲料一つとってもより安いスーパーで購入しようという人が私以外にも出てくるのではないかという気がします。
 そのため今後はコンビニの売り上げが伸び悩み、代わりにスーパーが伸びてくると言いたいところですが、多分本格的に勢いを増してくるのはドラッグチェーンじゃないかという気がします。

 ドラッグチェーンと言っても現代では薬以外にも化粧品や飲料など多品種を取り扱う店が大半ですが、コンビニほど24時間営業ではなくても営業時間は長く、その一方で店舗や売場面積が広く卸からの仕入でより割引を得やすい立場から、コンビニより安い価格を武器に躍進してくるような気がします。もちろん既存の小規模スーパーも追い風でしょうが、本格的に伸びてくるのはドラッグチェーンであるように思えます。

 そんなわけでさっきドラッグチェーンの市場調査関連記事を読みましたが、一応市場自体は伸びており、上位企業は満遍なくどこも売上を伸ばしているようです。っていうかココカラファインとマツキヨって合併してた初めて知った。
 コンビニの対抗策としては価格戦を仕掛けるか別の新たなサービスで価値を生むかしかないのですが、鈴木敏文なき現代においてコンビニで新規サービスを作れる人がいるかとなると疑問です。またこの価格差は小売店側というより卸業者やメーカーの意向も大きいように見え、仮にそうだとするとコンビニが価格を引き下げる余地はやや厳しいのではないかと思います。

 最後に個人的な話をすると、私自身はあんまりドラッグチェーンを利用することはなく、これまでも利用することは中国人の同僚に頼まれてあれこれ日本の薬を調達するくらいでした。ただこの前ブルーレットを買いに行った際に案外家の近くにあって価格も安いと気が付き、今後は利用頻度が高まるかもしれません。ポイントカードはうっとうしいから絶対作らないけど。

2026年9月24日木曜日

レジ補助金に異議


 なんか最近文句ばっかいう記事とマッドシティ記事ばかり書いている気がしますが、上の記事見て「まずレジ捨てろよ」と思いました。

 中国だと大きめのスーパーとかを除くとマジでもうレジという端末そのものがありません。決済はみんなスマホで処理するのですが、お店側は専用のQRコードリーダーを1台だけ持つことが多く、カウンターもすっきりしているもんです。
 でも消費税がなどという人がいるかもしれませんが、中国では日本の消費税に相当する増値税というものがあり、日本以上に小売商品によって税率はバラバラです。日本と一番違うのはあらかじめ値札には税込価格しか書かれていないことで、税額の計算などはお店側で恐らく在庫管理システムと連動した会計システムでやっているものとみられます。

 何が言いたいかというと、この辺の自動で税額を計算するシステムこそ日本政府は開発して無料で国内事業者、特に中小企業経営者に配るべきなんじゃないかということです。今に始まるわけじゃないですが日本は前からソフトには金をかけず、ハードにやたら金をかけようとする悪癖があり、それが今回のレジ補助金でも浮き彫りとなっているように見えます。
 かつては妖怪のように目には見えないものを大事にした日本人ですが、今では目に見えるハードばかりを意識してソフトへの意識が疎かになっているようです。書いてて思ったけど、そういう意味では初代の女神転生は悪魔をソフトウェアプログラムに見立てたのはなかなか慧眼だった気がします。幼稚園の頃にファミコンで遊んだけど、当時は全くわかんなかったし3Dダンジョンも理解できなかったけど。

共働きが増えてるのに夫婦別姓はまだか?

 先ほどちょっと気になったので専業主婦世帯の割合を調べてみたところ、どこも総務省データを引用して約3割弱としていました。1992年くらいに共働き世帯に初めて逆転されたとしながらもなんかこのデータは若干実感がないというか、フルタイムかパートタイムか、自営業か被雇用者なのかもっと細かくデータを出してくれないと判断しきれないような気がします。
 少なくとも自分の周りでは専業主婦の方はほぼ見ず、もはや絶滅危惧種ではないかとすら思っています。それに伴ってか寿退社とか「家庭に入る」という言葉も見なくなり、この10年ちょいでもかなり女性の社会進出や勤務がそれ以前に比べて進んだ気がします。

 もっともこの辺、自分の友人も言いますが日本の歴史的には今のライフスタイルの方が平常運転であり、むしろ昭和後期にあれだけ専業主婦がいたという時代の方が特別であったとみるべきです。なお家庭内で女性が弱い立場にあったとする意見についても都市部では当てはまらないことが実際には多いという研究もあり、女房に尻に敷かれる男が意外に多いと戦後すぐに日本に来た外国人学者が報告しています。

 話を戻すとこれほど女性の社会進出が進んでいるにもかかわらず、日本の法的制度は昔のままです。具体的には見出しの通り夫婦別姓が認められておらず、これはいい加減何とかしろよと言いたくなります。
 結婚して名字を変えるとなると銀行やクレジットカードなど、多くのサービスで本人確認を含め登録をやり直さなくてはなりません。また企業役員などの立場にあれば公的登録もし直さなくてはならず、この手の手続きがマジ大嫌いな自分からしたら結婚で名字が変わる方は本当に大変だと思え同情を禁じ得ません。

 中国では初めから夫婦別姓(子供は父親の名字を名乗ることが多い)ということもあってかねてから私は日本でも夫婦別姓にすべきだと主張してきています。一時はこの手の議論も盛り上がったように見えたのですが、現在の高市政権は女性人気が高くないこともあってかこの手の制度改正には冷淡というか消極的です。
 しかし現実的には前述の通り女性も働くのが一般化しており、またウェブサイトをはじめ本人確認や登録がどんどんと複雑になってきており、SSOが今後さらに普及して少しは手軽になるかもしれませんが、やらなくてもいい余計な負担や管理は排除すべきだという立場を採ります。

 そもそも論で言えば、私は日本の戸籍制度そのものをこの際廃止すべきだと考えています。あったところで何かの足しになるとも思えないし、マイナンバーで血縁者を紐づける設定にしてマイナンバー一つで行政管理を行う方が効率的でしょう。よく日本経済がよくないからと色々案を出す人がいますが、経済効率を高めるうえでこうした制度面の無駄な管理をなくすことが非常に重要だと思うのに、この辺に言及する人はほとんど見ません。
 何でもかんでも効率重視でどんどん変えるべきだとは言いませんが、名前はアイデンティティに及ぶし夫婦別姓を認めるだけでかなり効率跳ね上がると思うだけに、もっと関心持ってこの問題をみんな見てもらいたいものです。

2026年9月23日水曜日

千葉のマッドシティ~新松戸のじゃんけんトンネル



「問おう、新松戸で一番闇深き場所とは?」

 と聞かれたら、私なら間違いなく新松戸駅近くにあるこのじゃんけんトンネルを挙げます。

 そのトンネルとは多分正式名称は「幸谷第二ガード」と言われる、新松戸駅そばにある常磐線をくぐるためのトンネルで、上の写真を見ての通り車線は片側1車線しかありません。かといって一方通行というわけではなく、信号を使って片側の車の進行を止め、反対側の車を通すという仕組みとなっています。この仕組みから、じゃんけんで勝った方が通れるようなトンネルという解釈からか地元の人からは先に述べた通り「じゃんけんトンネル」などと呼ばれています。

 一応、車だけでなく自転車も通ることは可能ですが道幅は狭く、入り口前の看板には気を付けるように書いていますが実際に自転車で通る人はほとんど見たことありません。私は何度か通ったことありますが率先してこのトンネルを通ることはせず、必ず通過しなければならないわけじゃなければ少し距離の離れた歩道橋なりを使って反対側に出るようになっています。


 また上のサイトでも紹介されているように、見た目がやや不気味に見えることからかよく心霊スポットとして挙げられ、実際私もそういううわさ話を聞いたことがあります。ただぶっちゃけて言うと、幽霊なんかよりこのトンネルを自転車でくぐる方が怖いように思え、仮に幽霊出てきたとしても「邪魔だからどけアホ!」としか思えないのではないかという気がします。
 上のリンク先では男の幽霊が立っていることがあると書かれていますが、正直これだと怪談として弱い気がします。せっかくトンネルなんだからくぐる時にアトラクション的な何かが起きないと地の利が生かせないように思えこれでは怪談スポットとしても片手落ちでしょう。

 ではどんな怪談にすればいいのか。「魔の集う街、松戸」を推進する私が手掛けるなら、こんな感じの噂話にします。

「このトンネルを1回くぐるごとに財布の中身が10円減る。これはトンネルに潜むカレーの妖精が盗んでおり、回収されたお金は松戸の緑地整備費用に使われているとされ、カレーの妖精は松戸市役所と手を組んでいると言われている。松戸市役所はこの事実を把握しているが公にはせず、また問題として扱おうとしていない」

 こんな具合にカレーの妖精が「一体何故?」的な行動を行うからこそ怪談として成立するのであり、男の幽霊が立っててもあまりも害がなさすぎます。むしろ幽霊よりも変なおっさんが立ってる方が怖い。

 ただ少し真面目な話をすると、トンネル絡みの怪談というと異次元に繋がっていたり、抜けた先が過去の世界だったとか、トンネル内火災で死んだ霊が取りつくなどと昔はたくさんあった気がします。しかし近年はトンネル系の怪談話はとんと聞かなくなり、なんか世間のトンネルに対する恐怖心が年々薄れてきているような気がします。まぁそれを言ったら怪談話自体が昔に比べて減ってきており、河童とかも絶滅危惧種になりつつあるのですが。

2026年9月22日火曜日

千葉のマッドシティ~ハチピー模型店


 松戸でプラモ屋といったら私の中ではずっとわらそうだったのですが、先月ふと「ほかにプラモ屋ないのかな?」と思い地図検索をしたところ、こちらのハチピー模型店が出てきたためこの前行ってきました。

 最初にこのハチピー模型店の存在を知った時に思ったこととしては、「何故自分は今までこの店のことを知らなかったのだろうか」という疑問でした。そこそこプラモ作っている身からすると近所のプラモ屋をスルーするなんてありえず、これまでノーマークだったことが逆に不思議でした。
 そこで地図を眺めてみてようやく納得したのですが、確かに近所ではあるもののこの店があるのは常盤平で、松戸をサイクリングすることが多い自分でも普段はあまり足を運ばないエリアにありました。しかもこの店があるのはかなり細い路地が入り組んだ住宅街で、ナビなしでは多分たどり着けなかったことでしょう。

 そんなこともあって折角だから行ってみようと思って訪れたわけですが、まずお店に関しては上の写真の通りにザ・昭和のプラモ屋感が強い店構えをしていました。お店の方に話を聞いたところ開店してから半世紀、つまり50年以上をすでに経過しており、年季の入ったプラモ屋だそうです。なおわらそうについて話を振ったら「あったねぇ」みたいに言われました。
 店内は如何にもプラモ屋らしくたくさんの箱が積まれており、通路が狭いことから店内に入れる客は三人が限界じゃないかと思います。ただその分品揃えはいいように思え、プレミアついている古いキットもあれば売れ筋のキットも一通り揃えられており、私の目から見て「あ、これ欲しい」と思うキットがかなり多くありました。

 なお最初に訪れた日にかなり悩んだけどKV-2は購入を見送りました。まだ作る覚悟ができていない。

 話を戻すと最近プラモを買うとしたら家電量販店に行くことが多いですが、やはり専門店なだけあってこちらのハチピー模型店の方が製作道具を含めて品揃えがいいように思えます。セールやポイント制の割引券なども用意されており、松戸でプラモ屋を探している人にはかなりおすすめです。行くまで道に迷いやすいけど。

例によって楽プラのFC(頭文字D仕様)

先月買ったM3スチュアート

2026年9月21日月曜日

ハリウッドの政治的影響力は低下していないか?

 このところ例の台風の影響もあり、家で昨日はプラモでで今日はゲームしてました。こう言っては何だが中学生男子より中学生男子らしい毎日を送っている自身がありますσ(゚∀゚ )オレ
 なお遊んでいるのは例によって「崩壊スターレイル」ですが、相変わらずキャラデザはいいのにストーリーがクソ過ぎて思うところが多いです。よくこんなクソみたいな脚本で金もらえるなとある意味感動します。

 話は本題ですが現地にいるわけでもなく外信を見ての判断に過ぎませんが、ハリウッドこと米国映画界の政治や政権に対する発言や影響について、ここ数年マジで何も見ていないような気がします。かつては大衆と接点の多いハリウッドセレブの発言は米国政治に対しても影響力が強いとされ、大統領選とかで各スターがどの候補を支持すると表明するかが大きく報じられていたように感じます。
 ただ前回の大統領選では一部のハリウッドセレブが民主党のカマラ・ハリス候補を支持すると表明したものの、選挙では周知のとおりトランプが勝利しました。まぁこれはハリウッドセレブというよりハリス候補の問題が多過ぎた気がしますが。自分でもあの人には投票したくない。

 今回改めてハリウッドスターの直近における米国政治への影響度を調べようといくつか検索をかけてみたのですが、大体2024年以降においてはこれという記事がヒットせず、ほぼ全く関連記事を見つけることができませんでした。冒頭にも書いた通り米国現地では違うのかもしれませんが、かつてを思うにつけなんかハリウッドの政治的影響力が落ちているように見えます。
 こう考えるのも、直近においてトランプ政権を批判するハリウッドスターがほぼ全く見ないからです。日本でもそうですが演劇界というのは大衆を相手にするだけあってとかくリベラルに偏りがちです。一般的なリベラルの価値観に照らすとトランプ政権の政策なんか許容できるものであるはずがないのに、激しくトランプ批判を繰り返すハリウッドスターも見ないし、そうした姿勢を支持する声も見られません。

 それ以前というかハリウッドの社会に対する影響力もなんか全体的に落ちている気がします。少なくとも日本ではハリウッドスターが来日してきても前ほどテレビ番組とかには出演しないし、また追っかけするファンも見なくなったように思います。唯一の例外はトム・クルーズ氏で、彼のみ昔と変わらず来日がニュースになっています。
 日本におけるハリウッドの影響力低下理由は非常に簡単で、単純に映画を見る人の数が減っているということに尽きるでしょう。映画人気が落ちてきていることに加え、インターネットの動画サービスといった新たな娯楽やそれに伴うネットインフルエンサーの登場により、前ほど大衆娯楽を映画が独占する状況でなくなったのが原因とみています。仮に日本と同じことが米国でも起きているというのであれば、ハリウッドの政治的影響力が低下しているのは同じ根源かもしれません。

 この辺、政治影響力という言葉を突き詰めるとしたら結構深く掘り下げられます。というのもかつて最も影響力のあった新聞はそれ自体が影響力や社会的地位を失っており、実際今月から家で取り始めた読売新聞の1面を見てもネットニュースで既にみた物ばかりで、あんまり関心が湧きません。
 では現代において何が最も政治的影響力があるのかですが、この辺は詳しく分析してみたら色々面白いかもしれません。層によって変わるは当然でしょうがその層の数がかつてとは比べ物にならないほど多様になっていると予想され、どの層にはどのメディアが最も政治的影響力があるのか詳しく分析したレポートとかあれば紹介してもらいたいものです。

 ちなみに自分は政治に対する姿勢を決める際は基本外部情報に頼らず自分で判断することが多いです。判断材料の情報は意外と雑誌系メディアの方が多い気はしますが。

2026年9月19日土曜日

ユナイテッド・シネマ テラスモール松戸にはもう行かない

 少し遅れましたが先週から公開されている映画の「オデュッセイア」を見に行きました。上映時間が二時間半と長いながらも集中力が途切れず、また場面場面のBGMが重低音響き迫力があり非常に見ごたえのある映画でした。
 少し本題から外れますが日本の時代劇映画は何故かどれも似たようなBGMばかり使う傾向があり、また和楽器にこだわるためか場面にそぐわぬBGMを平気で鳴らすことも少なくありません。別に時代劇でもハードロック調のBGM使っても問題ないと思え、マジこの辺で殻を破る人が出てくることを願っています。

 話を戻すとこのオデュッセイアを見に行くため早朝よりテラスモール松戸に入っているユナイテッド・シネマに行ったのですが、ついて早々に私が見ようとしていた時間回が実は存在しないことに気が付きました。一体なんでだと思いながら怒りとともに去り、仕方ないので昼前からの上映となる流山おおたかの森の東宝シネマズに行ってみてきました。なんか早朝からやたら自転車で走り回っていました。

 このオデュッセイアは字幕版、吹替版、IMAX版と三種類で上映されているためただ単に私がどれかと時間帯を見間違えただけかもしれませんが、若干納得いかない点が多いです。というのも今回私は3階も上映時間を確認しており、そうなったのも情報が二種類あったからです。
 昨日、上映時間を調べるために私はYahooでユナイテッド・シネマを検索したのですが、Yahooの検索画面に表示される上映時間は夜遅くの回しかありませんでした。これでは時間が合わないなと思いつつ念のためユナイテッド・シネマのホームページも確認しようと見に行ったら午前中の上映回があり、これならいけると思いました。

 しかし上映回の情報が二種類あったことから本当にこれであっているのかと懸念があったため、その後さらに2回も確認したうえで今日出たわけですが、結果は御覧のありさまというか見事に空ぶったわけです。何度も書きますが自分がただ単に見間違えていただけである可能性もありますが、上記の敬意を考えると本当にそうかと思うところもあり、どちらにしろ今回の一件で八つ当たり気味にこの映画館に悪印象を覚えたので今後二度と行くことはないと思います。流山の東宝シネマズも内装が映画館らしくないというか雰囲気悪いのであんま好きじゃないのですが、それでも今回のような一件がないだけまだマシです。

2026年9月18日金曜日

実感なき景気回復

・企業収益に伸びも…実感なき景気回復 背景にある二つの「格差」(毎日新聞)

 ここ数日、景気指標で歴史的な長期間にわたり景気拡大が続いていることから上の記事をはじめ、見出しのような言葉を引っ提げて「本当にそうなの?」的な記事が数多く出ています。確かに景気拡大とはいっても物価は高騰しているし生活も不安定だし……なんていう言葉もテレビのインタビューとかでよく見ますが、はっきり言ってしまえば、これで実感ない奴はヤバいレベルで空気感読めないか、景気拡大の恩恵を受けられないほど無能か、昨日のことですらコロっと忘れる程度の人間だと断言できます。

 以前からこのブログに書いているように、自分の目から見て今の日本の景気の良さと社会の明るい雰囲気は空前絶後にしか見えず、まさか日本でこんな時代が来るなんてとひとしきり感動するレベルです。確かに賃金の伸びに対し物価の上昇率が高いことは肌感覚的にも指標的に間違っていませんが、少なくとも生活を破綻させるレベルではなく、非常に厳しい貧困に追い込むほどではないように見えます。
 仮にガソリン補助金がなかったら結構まずい状況には行っていたかもしれないとは思いますが。

 では具体的な事例を挙げると、2020年のコロナ発生前の時期と比べて今の日本では以下のような世論や社会の変化があると言い切れます。

・誰も失業率、失業を問題視しない
・ブラック企業がいなくなったのか誰も語らない
・派遣社員の貧困どころか派遣社員という単語自体見なくなった
・ボーナスが減ったという会社を見なくなった

 以上の内容は2018年ごろまでは確実に見ていました。またコロナ期は飲食店などの廃業は相次ぎましたが当時統計を見ていたものの劇的に失業者が増える傾向は全くなく、現在に至っては人手不足の方が問題視され、雇用は高いレベルで充足されています。また単純にコロナ期(2020~2022年)と比べても、今の方が圧倒的に社会の空気は明るいし経済的にも上昇傾向にあるのは誰も否定しないと思います。

 またこれは個人的見解ではありますが、週末にショッピングモールとか歩いているとこのところいつもびっくりしています。というのも昼時を過ぎた1時半くらいでも多くの飲食店が満席のままで、喫茶店で本読もうと思っても席空いてないことも少なくなく、なんか以前と比べても飲食店を利用する人の数が増えているような気がします。都内ならまだしもマッドシティこと松戸(テラスモール)ですらこんな具合で、一番単価が上がっていると思う飲食店になんでこんなに人が来るんだとよく驚いています。

 それ以上何よりも街を歩いている人の顔が本当に日本は明るくなっています。2015年くらいなんか半分くらいがうつ病を心配するくらい暗い顔して歩いていましたが、今の街中では本当にみんな顔明るいし、コロナ期と比べても声もやや大きくなっている気がします。まぁ中国人に比べたら全然小さいけど。
 対照的なのが今の中国で、以前の日本ほどではないにしろ暗い顔する人が増えてきています。でもって毎日失業問題が話題になるし、自殺とかのニュースも増えてきたなと感じてきています。今気づいたけど自殺も今の日本だと問題視する人が減っているような気がします。

 普段外国で暮らしているという立場ではありますが、それでもずっと日本にいてもこの景気回復の実感を持てないというのはちょっとおかしいのではないか、自分たちがどれだけ恵まれているかを理解せずに文句ばかり言うおかしい連中じゃないかとはっきり言って思います。今の中国と比べたら、どれだけ日本社会はいい状況なのかと問い詰めたくなってくるほどです。

 そうは言いながらも業界によって不景気なとこも確かにあるというか、上の記事書いた新聞メディア、あとテレビメディア業界は確かに不景気です。先日も読売の新聞店から営業に来た大学生も「いやほんと活字メディアはきついですよ」というので「俺はウェブメディアの人間やで( ・´ー・`)」といったらやたら持ち上げてきたので3ヶ月契約してあげることにしました(親父が)。
 そういう状況なので新聞メディアが「不景気だ」と自分たちのことを言うのは理解できます。実際収入とかかなり落ちてきていると聞きますし。しかし彼らが自分たちの状況だけに基づいて日本社会全体が不景気だ、景気回復の実感がないなどというのはおこがましいもいいところだし、前述の社会問題に対する関心の低下や変化にも気づかずあんなこと言っているとしたら、記者の仕事が向いていないのではないかと思います。

 この辺、自分と社会を客観視できるメディアの人間がかなり減ってきているとは前から感じますが、私は今回は貧困や雇用といった社会問題の軸と統計データに基づいて判断していますが、なんかそういう軸を彼らは持たないし、持とうとしないなとよく思います。まぁ軸のない人間が多くないのは今に始まるわけじゃないですが。

2026年9月17日木曜日

今日の内閣改造について

 今日飲食店の割引券を見て、「シャンハイラオティエントゥン?どんな中華料理だ?」とマジで10秒くらい考えたのですが、そこでようやく「上海老天丼(じょうえびてんどん)」と読むことに気が付きました。マジで最初わかんなかった。

 話は本題ですが今日の内閣改造、といっても主だった顔ぶれはほぼそのまま留任で、箸にも棒にもかからない役職だけの交代なので高市政権の方針としては大きな変化はないとみられています。個人的に残念だったのはデジタル大臣で、就任した古川俊治氏についてはあまり存じ上げないものの年齢は63歳と聞き、思い切って若い人を採用してほしかったというのが本音です。

 以前にも書きましたが、高市内閣は高市総理本人よりも各大臣の優秀さは目を見張るものがあり、適材適所という意味では過去にあまりないレベルの良い陣容だと評価していました。そうした目線から今回留任が多かったのは当然の結果だと思ってはいたものの、顔ぶれが発表するまでどうしても留任してほしいと思っていた人が二人います。一人は外務相の茂木氏で、もう一人は経産相の赤澤氏です。
 どちらもトランプ外交やイラン戦争など不確実要素の多い状況で堂々たる仕事ぶりで、特に茂木氏についてはこんなに外交能力がある人だったのかと感心しきりでした。赤澤氏も同様というか石破政権のトランプ外交から、この状況下では彼以外考えられないと思っていたので今回の留任発表にはほっとしました。


 唯一、重鎮の中で今回交代となったのは上記リンク先にあるリンこと林総務相です。関テレは高市総理との対立などを原因として報じていますがこの考えにははっきり承服できず、その見方ならむしろ小泉防衛大臣が放逐されるはずだと思います。むしろ逆にというか、私は発表前からリンは党役員に移されて大臣は外れると思っていました。
 こう考えるのは先に週刊誌などで報じられていた買収疑惑があったためです。実際にあったかどうかはもちろんわかりませんが内政の中心となる総務大臣ともなると、さすがにこの疑惑がある中でそのまま続けるには無理があるでしょう。また大臣を移そうにも疑惑逃れとみられる可能性もあるだけに、今回は閣僚から外れる可能性が高いと考えていました。まぁ党役員人事もなかったのですが。

 個人的にはリンは好きなので頑張ってもらいたいものの、さすがに年齢的にも次の総裁選はきついと思うしここで世代交代も必要だと思うので、今後は党の重鎮として支える側でいてほしかったりします。少なくとも現状では先の小泉防衛大臣が水を得た魚、スターを得たマリオみたいな状況で人気が高まっており彼が次の総裁候補としてはやはり有力である気がします。彼が総裁になれば自民党内で一気に世代交代が進みそうで、まず麻生氏に引退を迫ってもらいたいなと密かに願っています。


 その麻生とくれば見ているこっちが恥ずかしくなる記事が出ていました。マジでこの人、財政出動で日本は景気回復できたと考えているのだろうか。

2026年9月16日水曜日

辺野古抗議団体の謝罪が何故このタイミング?

・みゆちゃんはずっと友達(カドコミ)

 最近この漫画を描いている英貴氏の漫画をよく買って読んでます。正直に言うと「1年A組のモンスター」は表紙の絵が媚びた感じで目は引くけどどうなの的に疑問持ってましたが、読んでみたら意外というか面白くてはまりました。この人の作品全体に言えるけど、ちゃんと一貫した行動理由はあるんだけど一見して本心がわからず、何考えているのかわからないキャラクターを作るのがうまいと思います。


 さて大きくニュースになった沖縄知事選が冷めやらぬ中でこのニュース、一見して「なんでこのタイミングというかどんな力学?」という感想を覚えました。

 初めに沖縄知事選ですが、若干興味はあったものの詳しい現地事情も知らないし妙な主張も飛び交っていたのであんま関わらない方がいいと思ってこのブログでは敢えて取り上げませんでした。書くのがめんどかったとかそういうのはないです、多分。
 結果は現職のデニー知事が破れ自民党などが推す古謝氏が当選したのですが、その三日後になってこれまでどれだけメディアが「謝罪は?」と聞いても一切謝ろうとしなかった辺野古抗議団体が、上記報道の通りに急に謝罪を表明してきました。まぁなんやねんとみんなも思うのか、トレンドランキングでも急浮上してましたが。そもそも論でいうとあの同志社国際の高校生も亡くなった事故発生直後にきちんと謝罪を表明しない時点でおかしいのですが、それだけ頑なに謝罪を拒んでいたあの団体がこのタイミングで何故謝罪したのかがやはり疑問に覚えました。

 まず一番思い当たるのが、時期的にも近い沖縄知事選でこの団体が応援していたデニー氏が落選したことがきっかけではという推測です。デニー氏が謝罪するなと指示していたのではなどというつもりはありませんが、この知事選で団体における内部または外部の力関係の変動を受け軟化路線へと切り替わったのではないかという風にまずは思いました。


 もう一つ可能性を感じた出来事として、先週に上記リンク先の通りデイリー新潮が報じたあの事件のもう一つの当事者である同志社国際高校の教師による「刑事告訴中なので謝らない」発言です。最初この報道を見たときは私も猫みたいに開いた口が閉じず、一体何考えてるんだと他人事ながらこの学校に対して怒りを覚えました。
 決して法律や司法に詳しいわけではないですが、この事故の内容を鑑みると謝罪するかしないかが裁判にどうすれば影響するんだと逆に聞きたいほどです。強いて言えば、反省の態度が薄いとしてより刑罰が重くなる可能性しか浮かばないのですが。

 それこそ仮に私が辺野古抗議団体の人間だったら、上の同志社国際の姿勢を見たらこれはチャンスだと思い、知事選も終わったしこのタイミングで謝罪を出すのがまさに好機だと思って行動します。いち早く謝罪を表明することで、少なくとも同じ穴の狢だった同志社国際よりはかなりマシに見えるからです。そういう見方から、沖縄知事選よりも同志社国際の先の発言の方が、辺野古抗議団体の謝罪表明をより促したのではないかという風に見ています。
 逆を言えば同志社国際は孤立無援になったというか、謝罪しない発言によってますます立場を悪くしています。既に教師1名も自殺されたと報じられており、この期に及んで何故こんなわけのわからない態度をとるのか理解できず、私ですらこの際だからこの学校は廃校にした方がいいのではないかと思えてきました。

 なお実際に同志社国際出身の知り合いも、「あそこは人をダメにする」とよく言っていました。基本的に規律のない学校なため行動のおかしい人間が多く、その知り合いも高校時代までPC室のコピー用紙は盗んで当たり前だったと言っていました。私も貧乏だった学生時代は学校のトイレのトイレットペーパーを盗もうかという考えが一瞬よぎりましたが、さすがに盗んだところで節約できる金額があまりに少ないことに気づき実行には移しませんでしたが。

2026年9月14日月曜日

天津飯失踪事件

 書くネタがあんまないのにロボステップ向け記事も書いたりゲームもまだログインしてないというかなり切羽詰まった状況にあるので、今日は懐ゲーネタとしてファミコンの「ドラゴンボールZ 強襲サイヤ人」に関するある思い出を語ります。

 このゲームはドラゴンボールのRPGゲームとしては続編の「激神フリーザ」と並びシステムが程よく整備され、文句なしに名作と呼べるゲームでした。なお私はクリスマスに「激神フリーザ」を頼んでたのに親が間違えて「強襲サイヤ人」を買ってきてしまったため、しばらく「激神フリーザ」の方はしばらくお預け食らう羽目となりました。

 話を戻しますがこのゲームでは途中で悟飯とピッコロ、ヤムチャとクリリン、天津飯とチャオズの二人組でチームを組み、それぞれでピラフ一味と戦うステージに放り込まれます。難易度自体はそれほど凶悪ではないため普通にやれば問題なくクリアできるのですが、天津飯とチャオズのステージを勧めていたある日にゲームをコンテニューしたら、何故か天津飯がいなくなっていました。
 このゲームでは戦闘中に戦闘不能となったキャラは死亡扱いされ、シェンロンのイベントが起こるまでは使えなくなるシステムとなっていました。もしかしたらコンテニュー前に天津飯が戦闘で死亡していたことを子供だったので忘れていただけかもしれませんが、少なくとも当時の私の記憶ではコンテニュー時に「あれ何で、死んでなかったはずなのに!?」とめちゃくちゃ焦ったことしか覚えていません。

 さてこのステージ、言わなくてもわかるでしょうが二人一組で片方がなくなりゃまともに戦闘することすら厳しくなります。それ以前に天津飯とチャオズでは天津飯が絶対的な主力であり、彼無きチャオズではどうやってクリアすればいいんだよと思いたくなる状況です。
 しかしそこそこ話も進んでいる時期のため、また一からゲームをやりなおすとなると精神的にも来るものがあります。とはいえチャオズ一人ではどうしようもない。こんな厳しい状況に確か6歳くらいだったけど私は追い込まれていました。

 最終的に私が出した結論は、「チャオズを徹底的に鍛える」という、如何にも米国のマッシブ主義的な結論でした。チャオズ一人でもまだ勝てる相手とのエンカウントをひたすら狙って経験値を貯め続け、いつしか天津飯を超えるくらいの実力を身につけたチャオズを用いて見事そのステージのピラフ一味ボスを撃破することに成功しました。
 さらっと書いていますが当時かなり時間をかけて経験値稼ぎをしたのは覚えています。この頃から私は飽きっぽい癖になんか無駄なことにはやたら根気をもってやり続ける片鱗が見え隠れしていた気がします。

 そんな苦心を経て見事ストーリーを進めてサイヤ人との決戦前のシェンロン召喚イベントまでくることができました。このイベントでは悟空だけでなく途中で死んだキャラも復活すると聞いていたので天津飯もここで復活し、ようやくあの「ししんのけんきこうほう」も使えるなどとワクワク感でいっぱいでした。しかし……このイベント後に天津飯が入るべきだったキャラ枠にはなんかよくわかんないサイヤ人戦闘服を着た謎の敵キャラアイコンが入っていました。
 今思い返してもマジ意味わかんないですが、このゲームはバグが多いことも有名だったのと、まだ幼かったことから「こういうもんなんだろうな」と勝手に納得して、そのまま進めることにしました。ぶっちゃけ最終ステージのサイヤ人どもはチャオズの超能力で完封できるので途中よりも簡単だったし。

 なおそのわけわかんない敵キャラは確かちゃんと味方として使えた気がしましたが、強かったかどうかまでは覚えていません。

 この、負けたわけでもないのにある日突然天津飯が消え、シェンロンイベントの後に謎の敵キャラと入れ替わっていた失踪事件は未だに私の心の中で未解決事件として残っています。一体何故天津飯は消えたのか、そして何故敵キャラと入れ替わったのか、真実が明らかになる日は来るのでしょうか。

2026年9月12日土曜日

対中国外交としての災害対策ネットワーク


 上の曲は「悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印」のBGMですがこの1年くらいで聞いた曲の中では一番印象深く残っており、コラボゲームの「ヴァンパイアサバイバー」でもシャノア使ったらこの曲流れてきたときはかなり感動しました。こういう印象に残る曲が今やっている「崩壊スターレイル」には1曲たりともないというのが書いてて寂しい限りです。
 なおサムネ絵にある犬の首が飛び出す攻撃ですが、ビジュアル的には強そうなのに実際使ってみたらびっくりするくらい弱かったため、自分はこのゲームで鎌ばっか使ってました。このワンワン攻撃は弱いけどやっぱ印象に残るのかヴァンサバでも再現されててなんか色々複雑でした。

 話は本題ですが、かねてから書いているように中国の外交を見ているとこっちが不安に感じるくらいにヘタな外交が展開されまくってます。先日の太平洋へのミサイル実験もオセアニア島嶼国の反発を無駄に招き、金で黙らすナオエロ以外の国々が非難決議を出すなど、日本が何もしてないのに中国は自ら中国包囲網を作っているのが逆に不思議です。
 こちらも以前から書いていますが領土問題でも普通は敵を絞るのが常道なのに、何故か日本、フィリピン、ベトナムと全方面でケンカ売っており、このおかげか日本とフィリピンでは防衛連携が進んできています。ざっと見た限りだとインドネシア以外とは東南アジア諸国との外交がうまくいっていないように見えるだけに、日本はもっと東南アジア諸国との連携を深めていくべきでしょう。

 こうした国々への外交アプローチですが、パッと浮かぶものだと災害対策としての国際連携組織みたいなのを立ち上げてみるといいかもしれません。具体的には自身や津波などの大規模災害が起きたら加盟国同士が連携してサポートし合うという枠組みを作り、この枠組みを通して中国包囲網を作るというものです。
 先のネパールでの土石流もあってか、国際河川などにおける中国への反発は関連国でも高まっていると聞きます。こうした災害情報の迅速な共有や対策の連携、発生後の救急体制などで中国をのけ者にしつつ太平洋島嶼国、東南アジア諸国と日本で地域連携組織を立ち上げるというのが狙いです。また中国が参加する場合は情報の透明化を強要し、これをてこに中国の怪しい動きも監視するという形にしてしまうのも手でしょう。

 まぁ中国をのけ者にしようってんなら、台湾を正式にメンバーに入れればそれだけでことが済みます。仮に中国が文句言ってきたら、災害対策の連携に文句言うとは何事だと言い返せばいいでしょう。

2026年9月11日金曜日

ソニー生命の金銭詐取事件をみて


 先日に顧客からお金をだまし取っていたことが発覚したソニー生命ですが、また新たに社員による詐取案件が発覚したようです。日経新聞の報道によるとこれで合計詐取金額は5640万円に上るそうで、ヤフコメとか見ると色々批判コメントが多いですが、実は密かに一連の発表を見て自分はソニー生命を評価しています。というのも、今も絶賛ソニー生命に加入してたりするからです。

 自分がソニー生命の保険商品を買ったのは新卒1年目で、この手の生命保険は何も病気しておらず、加入期間が長くなる若いうちに入っておくべきだと前から思っていたのと、当時居た会社に元従業員でソニー生命に転職した人が営業に来ていたので、渡りに船とばかりにすぐ加入しました。
 その後、一時無職になるなど魔女の宅急便のキキ並みに空元気を振り絞る時期もありましたが、今も安定した収入を保って保険金を支払い続けています。何気に自分が中国に渡ってからは担当社員との連絡がうまくつながらない時期もありましたが、こっちからメールアドレスや中国で働いていることなどを伝えてどうにかこうにか関係を維持しています。

 そんなわけで身内贔屓にも聞こえるかもしれませんが、一連のソニー生命の案件発覚についてはソニー生命の自主調査によるものだろうと推測しています。というのも案件が発覚する前、契約者である自分のところにソニー生命から、「担当社員に怪しい話を持ち掛けられていない?」という確認書が来ていたからです。
 恐らくこれは先のプルデンシャル生命の事件発覚を受け、ソニー生命が独自に調査を始めたものによるものだと考えています。でもって確認書には「何も問題なければ返信しなくてもいいよ」的に書いていたのですが、大体届いてから1週間くらいしてからソニー生命より電話があり、「確認書は届いていますでしょうか」とわざわざ電話でも確認されました。っていうか電話来るなら確認書は必ず返送してって書けばいいのにとちょっと思いましたが……。

 そうしたことがあってからすぐ、ソニー生命から最初の詐取案件の存在が発表されました。時期的にもあの自主調査を経て発覚した案件とみて間違いないとみています。そして今回の新たな案件も、こうした調査の末に至ったものだとみています。
 もちろんこうした事件なんてないに越したことがないですが、金融機関では多かれ少なかれこうした社員の不祥事案件はつきものです。銀行なんかは社員に1週間休みくれてやり、その間に机や口座などを徹底的に調べるという制度があるそうですが、これくらいやっても例の貸金庫事件をはじめ行員による顧客に対する詐欺事件とかはたまに報じられます。

 そうした実態を踏まえると若干身内贔屓であることは自覚していますが、プルデンシャルの事件を受けて自主調査を始めてこうして自ら事件を調べ当て、きちんと内容を発表している点をソニー生命についてはまだ評価してもいいのではないかと思います。


 そもそもプルデンシャル生命のケースでは最初の発表で約31億円、その後の調査で約8億円の詐取が発覚しており、ソニー生命とは金額が文字通り桁違いのレベルです。五千万というと高いように見えますがプルデンシャルの前ではまだまだ小さい金額で、この金額レベルで事件の拡大を防いだ点を自分はまだある程度評価しています。
 まぁプルデンシャルがヤバすぎてあんま比較対象になってない気もしますが……。

2026年9月10日木曜日

ロマサガ3のフルリメイク!

 一昨日は知人と飲み会があり、昨日はまた知人にテープ文字起こしを頼まれあんまゲームする時間がありませんでした。スターレイルでキャストリスがメインのシーンに差し掛かってたのに。
 なお文字起こしは今回初めてやってみましたが、タイピング早いから余裕と思っていたところ約50分の録音に対し5時間かかりました。文字数では13000字くらいいったのでそれでもほかの人よりは早い気はしますが、もうちょいタイム短くしてみたいものです。

 デモって話は本題ですが、前々から噂が出ていたロマサガ3についてついに今日フルリメイクが発表されたようです。

・「ロマサガ3」フルリメイクが発表!(ガハろぐ)

 先にフルリメイクされたロマサガ2はスーファミ時代に遊んだ古参も新規も大絶賛する出来でセールスもよかったことから、今回の3もかねてよりリメイクの期待が寄せられていました。そこへきて先日ロマサガ3の新たな商標登録が報じられていたためとうとう来るのかと見守ってきましたが、来年2月の発売と想像以上に早いリリースでマジで予約しようかとちょっと自分も興奮してきました。
 なおロマサガ2のフルリメイクはまだ遊んでいませんが、これを機にまとめて買おうかなとも思っています。

 なんだかんだ言いつつ、ロマサガの2と3はかなりやりこみ、1に関してはミンストレルソングで5周くらいしました。ロマサガの良い所は仲間キャラや武器がたくさんあるので繰り返しプレイしやすい点だと思うのですが、2に関しては年代を継承していく関係から(主にルドン高原)ほかのシリーズと比べるとやや再プレイがしづらくありました。まぁ2は2でいいのですが。
 それに対し3は効率的にプレイすれば割と1周が短く、また2以上に最初からどこでも行ける自由度が高いため、実際にスーファミ時代に私もやりこみました。相変わらずラスボスが異常に強いのと、ほかのゲームの魔法に当たる術がクソ弱いのが不満でしたが、それでもプレイの仕方に幅があったのでかなり入れ込み、当時カレンダーも何故か購入するほどでした。なので2のフルリメイクを見た時も3だったら即買うのにと思っていました。

 あとこのフルリメイクが何故待ち遠しかったのかというと、3はほかのロマサガシリーズと比べても没要素が多いと言われていたからです。実際、ストーリーでキーとなるキャラに聖王がいますが、このキャラの性別が女性だと分かったのは発売から20年近く経過してからで、このほかにも裏設定があるキャラがかなり多く、リメイクでそこら辺のシナリオが補填されるだけでもかなり楽しみだったりします。なおYoutubeのコメント欄には、

「ついにあのキドラントの町長を美麗画面で叩きのめせるのか」
「逃さん……貴様だけは……」

 という書き込みもありました。

 また今回発表されたPVでは主人公キャラの声優も入っていますが、多分屈指の人気キャラであるエレンには女性声優の中でもいま一番の出世頭ともいえる長谷川育美氏が入っており、力入っているなと感じました。長谷川氏の演技は自分もうまいと思っているから主人公に選ぶとしたらやっぱりエレンかなと思っていたらカタリナ役が瀬戸麻沙美氏で、こっちの方が実は好みなだけにやっぱカタリナでやり逃げダイナミックし気合で髪伸ばすことになりそうです。

2026年9月7日月曜日

「それでもボクはやってない」のプロデューサーが巻き込まれた冤罪解雇

 周防正行氏が監督した映画の「それでもボクはやっていない」を自分は公開時に映画館で見ていました。このところ盛り上がりを見せている邦画は当時は氷河期そのもので、ハリウッド映画に完全に負けていたこともさることながらテレビ局主導で有名事務所のタレントを入れるキャスティングありきの駄作が目白押しだったこともあり、私自身も邦画という時点でその映画を見るのをやめていたほどでした。
 そんな中、この映画に関しては当時痴漢冤罪が問題になっており、私自身もその他の冤罪事件への関心を持っていたことから興味を持ったため確か友人と一緒に見に行ったのですが、映画として単純に面白い作品であるとともに社会的啓発内容も多く、ああこうして映画でここまで打ち出せるのかと強く感心したのを覚えています。辛口で評点が80点を超えることがほとんどない超映画批評の前田有一氏もこの映画に対しては98点という好評価をつけており、その評論コメントは私も見ていて納得するまとめ方となっています。


 そんなこの映画、並びに「Shall we ダンス?」などでプロデューサーを果たした関口大輔氏が冤罪事件に巻き込まれて解雇され、あのワーナーブラザーズ相手に裁判をしていたという事実は目を疑うものでした。

 事件の詳細は上のフラッシュの記事リンク先を見てくれる方が手っ取り早いですが簡単にまとめると、関口氏は根も葉もない経費流用の疑いをかけられて問答無用で解雇されたのですが、その後に解雇事由となった事実がそもそも存在しなかったにもかかわらず解雇が取り消されなかったどころか、業界関係者にワーナー関係者自らが悪評を振りまいていたため裁判を起こし、2年の歳月を経て不当解雇が認められたことが報じられています。本人も語っていますが、冤罪がテーマの映画のプロデューサーがまさか冤罪に巻き込まれたという冗談のような出来事があったようです。

 この記事を見るまでこんな事件が起きていたとは全く把握しておらず、また結審を経て寄せられた周防監督などのコメントからも本来このような冤罪と関口氏は無縁のような人物に見えるのですが、こんな人ですらこのような災難がふりかかるという事実に驚きを覚えました。同時に、これほど悪意に満ちた濡れ衣にすらワーナーはまともな対応もできないのかと呆れ、だからパラマウントに買収されるほど落ちぶれたのだという妙な納得感を覚えました。

 以前私はある友人に、「こっちが何もしなければ絶対に殴られたりしないとか思ってないよな?」ということを口にしたことがあります。何が言いたかったのかというと、たとえこちらが手出しせず、敵対的態度をとらなくてもトラブルに巻き込まれることがあり、そうならないためにも、というよりそうなったときには好むと好まざるになく闘わなければならず、そうした覚悟を常日頃より持っておけと伝えたかったためです。
 今回の関口氏の例はまさにこの典型で、どれだけ善人であろうとこのような無用な騒動に巻き込まれるものかと改めて感じました。ただ報道内容が事実なら、そのような不幸に屈さず戦い抜いた関口氏には敬意を覚えるとともに、本当に排除すべき人間は誰なのかを問うためにこそこの記事がもっと読まれることを望んでいます。フラッシュの人もいい取材するなぁ。

2026年9月6日日曜日

神殺しの手段

 昨日今日は雨模様の天気でありほとんど外出せず、今日親父と車で松戸市内のプラモ屋を開拓しただけでした。土日に処理しなきゃならない仕事もないため家でゲームばかりしていましたが、相変わらず「崩壊スターレイル」を続けています。

 このスタレで私は現在第4部に相当するオンパロス編をプレイしています。第3部のピノコニー編がほかのレビューとかでも「ストーリーが超クソ」と書かれていて私も深く同意していただけに、比較対象となる前編が悪すぎただけにこのオンパロス編はまだ楽しめて遊ぶことができます。
 なお何故ピノコニー編が超クソなのかはいくらでも理由を挙げられますが、敢えて端的に述べればそれまで登場してきた主人公一味キャラをほとんど使わず、ストーリー展開をほぼ全て新キャラで行おうとしたのが主因じゃないかとみています。決して魅力がないわけではないもののぽっと出の新キャラにストーリーを牽引させ従来から登場していたキャラをほぼガン無視するあの展開だとプレイヤーがついて行けるわけなく、開発者がストーリーテーリングの基本を如何に理解していないかが伺える内容でした。

 話を戻すとオンパロス編は前の話がひどすぎたためすっごくマシに見え、またキャラクターの作り方はこれまで通りよく、個性も魅力もきちんと兼ね備えている気がします。中でも現在ゲーム内でも最強キャラの呼び声高いキャストリスに関しては、演じている声優がベテランの斎藤千和氏ですが明らかにほかのキャラと演技のレベルが段違いで、声の面でも最強キャラではと思えてきます。以前から評価してましたがやっぱりうまい。
 以上、いくつか感想を述べていますが、このオンパロス編のストーリーの主軸は神殺しとなっています。大まかに述べると、危機に瀕した世界で死にかけている神を人が殺して新たな神となって世界を救う的なあらすじで展開されます。神様をたくさん登場させる関係もあってか美術はギリシャ、ローマ風の衣装や建築で統一されており、登場キャラもそれにちなんだ名前や役割を持たせられています。

 この神殺しですが、実はかなり昔に一人で色々考えたことがあります。基本的にどの世界の神話においても神殺しは同じ神性を持った別の神によって行われることが多く、人の手による神殺しは神話の中ではほぼ見られません。フィクション作品では昔あった「エデンズボゥイ」という作品で主人公の少年が神殺しの一族としてテーマにしてましたが、ぶっちゃけ読んでて詰まらなかったので結末とか知らないです。

 それでその神殺しの方法ですが、例えば相手が悪魔というかイシュタルをはじめとする別宗教の神だったら自分とこの宗教が調伏したとか得意技の火とか雷で倒した敵に描かれます。ただ同族の神となると結構手の込んだ殺し方をすることが多く、パッと浮かぶのだと北欧神話のバルドルの例があります。

・バルドル(Wikpedia)

 このバルドルは不死の神様である日の宴会で不死なのをいいことにみんなでいろんな凶器をバルドルに投げようって遊びをしていたところ、盲目の神であるヘズがロキにたぶらかされて、バルドルの不死性が唯一通じないヤドリギを投げつけられて直撃して死ぬという話になっています。
 なおこのエピソードからデビサバってゲームでバルドルにはマジでヤドリギを装備したキャラしかダメージを与えられなくなっててめちゃ辛かった。

 このバルドルのエピソードというか、不死身だけど致命的な弱点が実は存在する系はほかの神話にも見られます。代表的なのはギリシャ神話のアキレウスで、生まれたときに不死身となる泉につけられて不死身となったものの、その際に足首を掴んで泉につけていたことからかかと部分は浸っておらず、俗に言うアキレス腱とよばれる部分だけは不死身でなくそこを射られて死んでいます。
 こんな具合に、基本的に神様は不死だけど致命的な弱点を突けば一発で死ぬ的な話がやっぱり面白がられるためかよくあります。現実的な宗教における神の死とは議員同様に信仰を失うことであり、信仰者を失い語られなくなった宗教の神こそ死んだ神だと思いますが、信仰途中で死んでく神となるなと何かしら条件を付けて死んでいます。

 個人的にはこの神殺しの手段のあたりが創作において人間の創意工夫が生かされる場面だと思うのですが、これはという王道パターンはいまだ確立されていないように見えます。魔王の倒し方はたくさんあるけど神殺しの手段は少なく、個人的にはもっといろいろ出てきてほしいというか以前に考えた疑似神話の中でも実はあれこれ悩んでいました。
 なおその疑似神話の中では、神を殺そうとする研究者が神殺しの手段を必死で研究するが、神からしたらそんなの認めるわけじゃなくこの研究者を殺そうとするような話を練ってましたが、絶対的な存在に立ち向かうという意味ではある意味ヒロイックかもと当時思っていました。なおなんでそんな疑似神話を作ろうとしたのかというと、クトゥルフ以降はこれという神話が生まれておらず、何かしたら新しい概念を取り込んだ神話話が読みたいな、なら自分で作ろうかと思ったためです。

2026年9月5日土曜日

はてなの11億円流出事件について

 先日、松戸フレンズ(左投げ左打ち)の友人から「ヤバい報告書がある……」というメッセージを受け取りました。その時点で当事者がはてなブログなどでおなじみのはてなだと聞いてはいたのですが、ニデックなどとは違いここで会計事件とか起きている話をそれまで全く聞いておらず、最初ピンときませんでした。何気に知り合いの会計士も「そんなのあったの?」という感じでした。

 そんなわけで見てみたのが上のニュース記事と実際にはてなが出した報告書です。概要は上の記事にあるようにはてなの経理部長が詐欺師に騙され会社の流動資金の約1/3に相当する11億円をそのまま詐欺師に流したというもので、下のリンク先の報告書にその経緯が細かく書かれています。報告書については正直に言って、書き出しがあんまいいと思えなかったのでそれほど期待していなかったのですがニデックの報告書よりもずっと面白い、というかこの一、二年くらいに読んだ報告書の中で一番面白かったです。書き出しだけで書き手を評価しちゃだめだと思うくらい、全部で56ページと少ないことから中盤からはハラハラしながら一気に読めました。


 事件の詳細については上のうちの親父も大好きなカカチャンネルの解説動画に詳しく紹介されていますが私の方から説明すると、ある日はてなの経理部長に「警察です、マネーロンダリングの疑いがかかっています」というよくある電話がかかってきて、言われるままに資金を移動させて11億円流失させてしまっています。事件の背景として報告書では、上場前から長年経理業務を担当していた二人だけの経理社員が数年前に引継ぎもせずに辞めてしまい、流失させた経理部長は一時休職に追い込まれるなど経理現場が大変混乱しており、関係者同士のコミュニケーション不足もあったことなども遠因として挙げています。

 ただそうした経理部内のゴタゴタも理解できますがそれ以上に直接的な原因として、上場企業が最低限持つべき内部統制の仕組みがはてなには全く存在していなかったことも指摘されています。具体的には普通、認可されていないソフトウェアは業務用PCにはインストールできなくさせるのにはてなにはそれがなく、今回の詐欺事件でも遠隔操作ソフトを入れられて詐欺師に送金を許しています。
 また送金に関する承認システムも明確な不備があり、具体的には経理担当と出納担当を分ける職務分掌がなされず、経理部長本人が振込指示と承認が行えるようになっていたため巨額な資金の流失を招いています。さすがにこれは経理業務における基本中の基本であり、これが疎かだったということは多方面のガバナンスに問題があるのではと疑ってしまうレベルです。っていうか、この職務分掌すら果たされずに上場維持しているという時点でかなり疑問ですが。


 実際この事件を受けて、事件発生の報告をした4月と報告書を発表した7月ではてなの株価は二段オチとなっています。間の上昇時期に株買った人がちょっと悲惨というか……。
 なおコメント欄にある「株主には配当せず詐欺師に配当」っていう一言は面白かったです。

 ただこの事件、リンク先動画のコメント欄にもありますが完全に他人事だと思って笑ってみられる事件という風にも思えないというか、どこでも起こりうる可能性がある事件のように感じます。はてなほど極端な結果にならずとも詐欺の手口の巧妙化に伴い、他山の石にはすべきでない内容に思えてなりません。特に報告書にあるように権限の分割や送金上限額の設定などの対策はもっと周知するなどして、他山の石とすべきでないように思えます。

 話を戻すと冷静な状態だと騙されない内容でも弱ってるときだところっと騙されるというのは自分でも経験あり、私自身もこの経理部長に対して他人事に感じませんでした。そうしたいろんな感情を一度に持てるエンタメ性でもかなり優秀だと思うので、興味を持った人はこの報告書をぜひ読んでほしいです!

オッカムの剃刀?

 先日「ブラックラグーン」の最新刊が発売されましたが、これ見て急に「そういやオッカムの剃刀ってなんだ?」と急に思い出しました。この単語は大分前のブラックラグーンの中で映画俳優そっくりの張さんが「オッカムの剃刀って奴か」というセリフで出てくるのですが、そもそもこの単語の意味が分からず前から気になりながら調べることなく無為に月日を過ごしていました。

 そこで急に思い出したことから調べてみたところ、予測に当たり余計な仮定はつけずにそぎ落としていくべきだという考え方だということがわかりました。そぎ落とすという行為から「剃刀」と、この論を提唱したオッカムという学者にちなんでこのような名称となったことです。

 こうして長年の疑問が解消された一方、昔と違ってブレード型の剃刀を使う人は現代では少ないという現状にちょっと疑問を覚えました。なお余談ですが半年くらい前、馴染みのコンビニでアラブ人っぽいい人が英語で店長になにやら尋ねていたので代わりに自分が対応してみたところ、安全カミソリではなくブレード型の剃刀ないかと聞いていました。生憎コンビニ店内になかったので購入することはできませんでしたが。

 話を戻すと剃刀そのものがほとんどない現代においてオッカムの剃刀という名称は如何にと思い、ならどんなのがいいのかと考えたら真っ先に思い浮かんできたのは「オッカムの鼻毛カッター」、「オッカムの耳毛カッター」という単語でした。もはや元の意味が分からないけどとにかく毛剃り美容品にオッカムつければ何となくそれらしく聞こえるような気がします。家電メーカーはこの自分の意見を参考に、この手の製品に「オッカム」というブランドを立ち上げるべきでしょう。

2026年9月4日金曜日

思ったよりインパクトなかったニデックの品質不正報告書


 先に会計不正で揉めに揉めて未だに有価証券報告書も発行していないニデックですが、既に報じられていた品質不正について本日報告書が発行されました。内容について一通り目を通しましたが、正直思っていたほどインパクトはなかったのと同時に、この内容を批判できる大メーカーが日本にいるのかという点で疑問でした。

 すでに報じられている通り今回カウントされた品質不正は2012年以降で844件ということですが、これ見て「え、これだけなのにこんな大騒ぎしたの?」という印象を覚えました。内容的には顧客に無断で規格や仕様を変更したとかが大半で、明確な不良品事故とかは発生してるかもしれませんが少なくとも報告書上では確認されませんでした。重大事態が懸念される案件は書かれていたものの、かつて死人も出していたタカタのエアバッグのようなレベルの内容は少なくとも見受けられません。
 でもって、こうした外部には知らせない社内基準に関してはぶっちゃけどのメーカーもやっているという確信があります。まだ欧米系や中国系に比べれば日系はこの辺ちゃんと守る所が多いけど、それでも内部基準を設けるメーカーの方が大半で、彼らの言い分としては「条件を緩くしても性能には問題ない」です。まぁ実際それで回っているところは否定できませんが。

 そういう事情から「何も罪を犯していないという人からこの人を石で打て」とイエスが言ったら誰も叩けなかったように、多分この報告書の内容でニデックを猛烈に叩こうというメーカーもメディアもいないんじゃないかなという気がします。正直、品質不正で言えば先のタカタや三菱電機、東洋ゴムの過去事例の方が悪質性が高いように見え、三菱自動車のリコール隠しと比べればニデックは何でもないようにすら思えてきます。

 私個人としてはニデック内部で上司が品質担当に「てめぇこれやらないとわかってんだろうな」的に恫喝して品質不正を黙認させたようなエピソードを今回の報告書に期待していたのですが、前回の会計不正報告書とは異なりそういう記述は一切なく、なんか一人でがっかりしました。
 あとこの会社、正直会計不正や品質不正以上に下請けいじめやハラスメントの方が抱えている闇は深いと考えています。仕入先にリベートを強制するのは当たり前でその点は会計不正報告書にも書かれていましたが、それ以上に強引な値下げや購買担当者による恫喝なんて日常茶飯事であり、私自身も経験していますがニデックの人間は基本的に日本語が通じません。この点について誰もが知っているのに誰もがスルーしているという今の状況の方が見ていて逆に怖いです。

2026年9月3日木曜日

「みいちゃんと山田さん」のアニメ化を巡る物議についての意見

 なんか中国でも人気を得ているというアニメ放映中の「スーパーの裏でヤニ吸う二人」のタイトルを見るたびに、「スーパーの裏でカニ食う二人」という作品を出したら売れるのではという妙な期待を毎回抱きます。なんかセリフが極端に少ない作品になる気がするけど。

 話は本題ですが過去にこのブログでも何度か書いた「みいちゃんと山田さん」という作品についてですが、こちらアニメ化が発表されたところ障碍者を題材にした作品であるがゆえ議論となっており、障碍者団体からは知的障碍者に対する誤解を広げる可能性があると声明が出されるなど賛否両論が出ています。
 やや皮肉な言い方をすると、この作品は先日公開された最終話の結末があまり評判がよくなかったのですが、それ故にこうしたアニメ化に反対であったり懸念を示す声に抵抗するようなアニメ化を推すファンの声が若干少ないような気がします。もし結末がよければもうちょい肯定派も多かったように思うものの、締まりの悪さから「このままアニメ化されなくてもいいんじゃね(´・ω・)」的に反応する人も少なくない気がします。

 なお私自身もあの結末を面白いとは感じず、中盤までの目覚ましい表現力が何故こうなったと残念に感じました。ぶっちゃけ漫画太郎氏がやるようなオチで、ギャグマンガならともかくこの漫画のジャンルでやるオチじゃない気がします。「チェンソーマン」第二部もそうだったけど、最近結末が悪くてそれまでの作品全体の評価すら落としてしまう作品が多いです。

 話を戻しますが上記の通りみい山のアニメ化についてはやや否が多めの賛否両論となっていますが、結論から言えば自分はアニメ化すべきではという立場を採っています。何故この立場を採るのかというと、一に表現の自由、二に人を傷つけずして名作なしという観念があるからです。

 一つ一つ説明していくと、まずこの作品の否定派における最大の主張は知的障碍者に対する差別を助長するというものです。知的障碍者という機微なテーマ故に避けられない議論ではあるものの、仮にこの主張を通してしまうなら、周りに迷惑をかける知的障碍者のキャラクターは一切描けなくなる気がします。もちろん出てくる知的障碍者キャラ全員がトラブルを起こすような性格最悪なキャラクターに描かれているなら話は別ですが、すくなくともみい山では温厚な知的障碍者キャラも出ており、知的障碍者全員が社会にとって害をなす存在とまでは描いていません。
 加えて言うなら健常者であろうと知的障碍者であろうと、周りに迷惑をかけまくるトラブルメーカー的な人間は現実に存在します。そうした現実に存在するという事実がありながらそのようなキャラクターを描いてはならないとするのは現実を否定するような行為であるし、表現の自由も大きく制限してしまう価値観です。みい山をみて知的障碍者はみんなトラブルメーカーだと誤解する人が出てくるかもという人もいるかもしれませんが、そんな人間は何にだって誤解するでしょうし、いちいちそんなのに付き合っていたら何の創作も行えなくなります。

 仮に知的障碍者は社会にとって害悪で淘汰すべしみたいな主張を作品を通して出されていたら、私もアニメ化とかするのに反対の立場を採ります。しかしみい山はそこまでのレベルではなく、また実際に存在するレベルの人間像を描いているように見え、現実を描写することを否定するというのは上記の誤解を防ぐよりも危険なことのように見ます。アニメ化について望ましくないという意見を主張することは自由だし何も問題ないとは思いますが、絶対に放映してはならないといった差し止めを求める主張は逆に行きすぎであるように思います。

 第二の意見に話を移しますが、こちらに関しては誰か言う人が出てくるだろうと思ったものの誰も出てこなかったので言えば、さっき口に出した「チェンソーマン」作者が書いた「さよなら絵梨」に出てくる主張です。この作品で自作映画を公開して「傷ついた」、「むかついた」などと観衆から不評食らった主人公についてその父親が、

「創作って受け手が抱えている問題に踏み込んで笑わせたり泣かせたりするモンでしょ?作り手も傷つかないとフェアじゃないよね」

 というセリフを言いますが、これは本当に創作における肝といえる部分で「さよなら絵梨」においても核心的なテーマだと私は考えています。

 みい山についてその知的障碍者の描き方に不快感や傷ついたと感じることを理由にアニメ化に反対する声も見られますが、この点に関してはそれは違うように思います。上記のセリフのように創作で人の心を打つためにはそかなり深く踏み込まなければならず、人によっては作品に触れたことで傷つくと思うくらい心を抉る必要があります。逆に人の心を全く傷つけない無害な内容というのは基本駄作で、その後記憶にも全く残らないでしょう。ある意味で賛否両論となるのは、それだけその作品が優れている証拠でもあります。
 過去の名作と呼ばれる作品、それこそダンテの「神曲」なんか当時の宗教関係者からすれば腹立たしいことこの上ない内容だったでしょうが、だからこそ名作となっています。またドリフの番組も俗悪番組などと大人から言われましたが、現代において否定する人は逆にいなくなっています。

 前述の通り、みい山を見て面白いか以前にその描き方に「傷ついた」という人はそこそこいるようで、そうした人たちがさっきの「さよなら絵梨」のセリフのように作者を批判したりするのも自由だし、それもまた必要なことだと思います。しかし傷ついたことを理由にアニメ化差し止めを求めるというのはちょっと飛躍しすぎであるようにもみえるし、人を傷つけない作品ばかりを見て何が楽しいのかと私には思え、「人の心を傷つける作品」だからという理由でその作品を全否定してはならない気がします。
 もっとも、先日の小学館のマンガワン問題はさすがに別です。あれは明確な犯罪行為による被害者がいるにもかかわらず、その事実を隠したうえで被害者の意向を完全に無視し、社会的制裁からも回避しようとするような行為であり非難されて連載打ち切りとなったのも当然だと思っています。

 以上がみいやまアニメ化についての自分の大まかな意見で、いろいろ意見はあるし全く理解できないないわけではないものの、アニメ化を差し止めるほどの問題とまでは感じないため、アニメが売れるというのならアニメ化すればいいのではという風に考えています。ただ自分の中でもこの作品について否定的な見方がないわけでもなく、それは作者の亜月ねね氏の過去問題です。
 アニメ化否定論者の意見の中でも大きな部類に入ると思いますが、この漫画の作者は以前にツイッターで水商売万歳などといったやや過激な主張をしており、知的障碍者を差別しているという意見もこの時のツイッター漫画が主な槍玉となっています。私としてはこういう意見が出ても確かに仕方ないかもと思ってみていましたが、作者の意見もまた一つの意見だとみて、そこまで否定的には見ていませんでした。当初は。

 そしたら作者と編集部の方が上記の意見に怯んだか、過去のツイッター漫画で作者は作画だけしかしておらず、原作者は別にいるなどと責任回避ともとれる発表をしてきました。この主張はそれまでの発言とも整合性が取れておらず、はっきり言ってしまえば嘘としか思えない内容で、責任を回避するため咄嗟に言いつくろった虚言だと私は思っています。この発表を見て、どうしてこんな誰も信じるわけでもない虚言をここにきて弄すのか、また自分自身の過去を否定するというのはどういうことかと感じ、批判に耐える度胸がないというのなら目立たぬようアニメ化もやめたらどうだというような感情を覚えました。
 前述の通り知的障碍者の描き方について私はそこまで気にしませんでしたが、上記の作者と編集部の対応には呆れたというか根性のない連中だと思え、この点に関しては私もみい山について否定的に見ています。また「さよなら絵梨」のセリフを引用しますが、いい作品を描こうとしたら多少なりと観衆を傷つけることとなりますが、その傷つけた観衆から来る批判に耐えられないというのなら初めから創作なんてするなと言いたいです。

 最後にちょっとベクトル違うかもしれませんが、上記の通りみい山は作品そのものより作者の人間性に対する批判も大きい、っていうか多分こっちのが強いです。これを見ていて思ったのが漫画家の平野耕太氏で、彼の作品もよくアニメ化されていますが以前に平野氏はよく「江川達也が死刑にならねぇかな」といったことを平気で何度も口にしていましたが、アニメ化に際して彼の人間性を問う声は全く聴かれませんでした。なにゆえ(´・ω・)

2026年8月31日月曜日

突き詰めると、自我とは何か?

 最近書くことは減っていますがこのブログではこれまで自我に関する記事をたくさん量産してきました。主に教育関連の内容で、エリートには膨大な知識だけでなくそれをどう運用するかという判断力こと自我も育成する必要があるとか、日本の教育の究極目的は個人の自我を叩き潰すことにあり組織に埋没する人間を育成することが大方針などと、やたら物騒なことも書いていました。
 なんでこんなに自分が自我について固執するのかというと単純に自分が日本人としては異様なほど自我が強いゆえです。子供のころからこの傾向ははっきりしており、異口同音に周囲の考えに染まることを良しとせず、自分が納得しないものには徹底的に拒否することが多くありました。そのためよく頑固だなとと指摘を受けることが多いですが、私個人としてはむしろ人の意見に耳を傾ける方であり、また自分の決断を変えないのも自分なりに変えない理由を確実に持っているため、そうした変えない理由が合理性を持たないことをきちんと説明できずに頑固だと批判する人間の方に問題があるといつも考えています。

 なお自分の自我が強く育ったのは先天的なものが強かったと思いますが、後天的な影響としては周囲に極端に理解者が少なく、周りから否定されることが多かったため防衛反応的に自我が強くならざるを得なかったせいだとも考えています。そういう意味ではいわゆる差別階級に属すグループほど自我を強く持ちやすいとも考えています。

 話を戻しますがそんな風に自我について長年考えてきましたが、そもそも自我とは何かということについても長く考えてきました。試しにネットでこの問いについて検索してみると自己認識とか欲求規範とかやたら難しく書く人が多く一見して理解し辛いものが多いのですが、私に言わせればその説明は一言で事足ります。もったいぶらずに述べると、自我とは究極的には「不文律」において他ならないと考えています。

 わかりやすいたとえを一つ出すと、自我のない子供は万引きなど盗む行為を悪いことだとは思わないとよく言われます。一方、自我が成熟して分別のある大人は盗みは悪いことだと認識して実際に窃盗行為を働く率で言えば万引きする子供に比べれば低くなるでしょう。この自我のない子供と自我のある大人を分けるものは何かといえば、「盗んではならない」という、ちょっとやそっとでは変わらない価値観や判断基準があるかないかという一点以外にないと思います。
 もちろん大人でも餓えや借金などのっぴきならない事情があれば窃盗を行う確率は高まります。ただそうでない場合に窃盗行為を抑えているのは「盗んではならない」という価値観や意識がそこに存在するからで、多少の欲求や周囲の誘いがあっても影響されずにこの価値観が守られ続けるという状態が「自我のある」状態と言えるでしょう。

 上記の例はわかりやすく社会倫理にもとった価値観を出しましたが、これに限らず「周囲が何と言おうと、どんな状況だろうと影響されずに貫かれる価値判断基準」となる各人における不文律こそが、その人が持つ自我を形成する構成要素であり、それらの集合体が自我だと私は考えています。言い換えるなら、こうした不文律が多ければ多いほど自我が発達している人と言え、逆に少ないほど自我が弱く、周りに流されやすい人になるということになります。

 もう少し自我と呼べる不文律の例を挙げると、目玉焼きにかける調味料について誰に何と言われようと醤油を選ぶ嗜好のような価値観も当てはまります。また仏像を粗末に扱ってはならない、地球は反時計方向に自転する(絶対的科学知識)、緊急時は弱い女性や子供の安全を優先するなど、周囲の意見に左右されずに一貫して持ち続ける嗜好や価値観、こういったものが多ければ多いほど個性というものははっきりしてきて、自我というのも形成されていきます。
 最も根源的な不文律はやはり生存欲求で、誰しも自分が死ぬような選択肢よりは生存につながる選択肢を選ぼうとします。こんな具合に、実際の選択や価値判断に際して優先する、または絶対に曲げようとしない不文律というものが自我の正体で、それがどのようなラインナップになっているかによって各人の個性も分かれ、個別の性格も生まれるるものだという風に考えています。

 以上の観点に立ったうえで述べると、一般的に自我が強い集団はなにかというなら、一番はっきりしているのは信仰者こと特定の宗教を信じている人です。宗教というのはいわば不文律のハッピーセットであり、神は正しいとか世界はどのようにできているかなどの不文律を信者にまとめて与え、また信者もそうした教えを周囲に否定されようがそうそう簡単には曲げないため、宗教をやっていない人に比べたら確実に多くの不文律を抱えていて自我が強い人が多い傾向があると言えます。
 この影響なのか、実際海外勤務において強いのも宗教やっている人だという統計結果がはっきり出ており、私の目から見ても中国で活発に活動する人はキリスト教徒の人が多い印象があります。不文律が多くて自我が強い分、周囲の環境や雑音に流されず自分を保っていられるため、これまでとは価値観の異なる環境においても自我の弱い人と比べあまりストレスを受けないのだと思います。
 なお日本人においては無宗教者だと自認する人が多く、だから他国と比べても自我が弱い傾向にあるのかなとも穿ってみています。

 注意として書いておくと、不文律が多くて自我が強い人間が必ずしも優れているとは限りません。男性に比べ女性は劣るとか陰謀論などの偏った価値観を持ち続けるのは周囲のみならず当人も不幸にすることが多く、また前述の通り不文律は価値判断基準とも言え、それが無数にあることで優先すべき基準を見失って誤った判断に至ることも十分考えられます。不文律がなさすぎるのも問題ですが多すぎるのもまた問題であり、優れた自我というのは優先すべき価値判断基準(不文律)を必要十分に持っている状態だと私は考えます。
 敢えて最重要となる不文律を挙げるなら、私はやはり合理性だと思います。自分にとっての合理性と集団のための合理性のどっちを優先するかでまた変わってきますが、個人か集団か内容が変わるものを除くと、単純にどっちが長期視点でプラスなのかという判断基準が一番安定的且つ害がないと考えます。

 具体例を挙げるとさっきの盗みで言えば、短期的にはノーコストで物を得られますが長期的には信用を無くす、前科がつく、賠償に迫られるなどでマイナスとなり、このプラスかマイナスかの計算をちゃんと長期視点で行うという不文律こそ一番重要な気がします。もちろん盗まなければ飢え死にするような状況においては短期的にも長期的にも盗む一択であり、盗んででも生きるべきだと考えますが。

2026年8月30日日曜日

日本であんま見ない日系日用品を上海で使っている件

 最近、家のトイレ内の自ら若干変なにおいがするので便器タンクに問題があるのかと思い小林製薬の定番商品であるブルーレットを買い求めようとしました。そこで早速家の近くにある店舗が大きめのドラッグストアにサイクリングの帰りによって探したところ、どうも自分の求めているブルーレットがなかなか見つからず無駄に時間食いました。かれこれ30分近くトイレ洗剤コーナーで探し続けたのですが、そこでようやく以下の商品が現在のブルーレットだということに気が付きました。


 マジで今の今まで知らなかったのですが、最近のブルーレットはこんなクラゲ型のパッケージしてトイレの水受け皿にセットするものだということを今日初めて知りました。自分が今までブルーレットだと思っていたのはこちらの「ブルーレット ドボン」で、トイレタンクの中に放り込むこちらしか存在しないと本気で信じていました。
 何故かというと、上海ではずっとこれ使ってたからです。

 割と掃除は細かくする方なのですが、上海でトイレタンクの黒ずみがある日気になってからトイレタンクには常にブルーレットをタンク内に放り込む習慣ができていました。ブルーレット自体は日本でもなじみがあり、また上海でもニトリとかに行くと確実に手に入るしネットでも類似品がよくあるので入手には困らないのですが、上記のトイレタンクの水受け皿に設置するタイプのは今日初めて見たというか上海では少なくとも見たことがありませんでした。
 ただその理由も若干わかるというか、トイレの形状が日中で異なるせいじゃないかと思います。日本の家庭用トイレでは基本的に便器タンク上部に水受け皿があり、その上にある蛇口からタンクへ水を流す形状を採っています。しかし中国の家庭用便器にはそのような水受け皿は見ないというかタンク上部は完全に陶器製の蓋となっており、密閉される形となっています。そのため置く方のブルーレットは中国ではそもそも市場に合わないから売られず、タンクにぶち込む形式のドボンしか流通していないのでしょう。

・SENKA パーフェクトホイップ(ファイントゥデイ)

 このブルーレットとちょっとジャンルが違うかもしれませんが、日本の日用品売り場を見ていてよく不思議に思うというか「なんでないの?」と思う商品として、上記のパーフェクトホイップがあります。これは上海で自分が愛用している洗顔クリームで、日本にいる間もこれがいいと思ってあちこちの日用品売り場を見て回っているのですが、現在に至るまで1個たりとも見つけたことがありません。
 仕方がないのでなめらか本舗の「豆乳イソフラボン」を今使っていますが、こっちも悪いわけではないもののやはり自分にはパーフェクトホイップがあっているような気がして、可能ならばあっちを使いたいです。でもどこにも売ってないです(´;ω;`)ウッ…

 このパーフェクトホイップも中国の日系スーパーでは定番商品のように確実にどこでも置いてあり、入手に困ることがありません。豆乳イソフラボンも同じように上海でも買えるのですが、自分はパーフェクトホイップを選んで買っています。上海であれだけどこでも見られることからてっきり日本でも簡単に手に入る商品だと思っていたのですが、想像とは異なりなんか手に入らないという事実に驚いているとともに、何故上海ではこのパーフェクトホイップがやたら売られているのかと気になり始めています。

2026年8月29日土曜日

中国の皇帝の正当性

 以前に歴史のわかる中国人の同僚と皇帝談義した際、日本では永楽通宝の影響とその事業の壮大さから明の永楽帝は認知されていると話したところ、「僕は彼嫌いですね(´・ω・)」といきなり否定してきました。なんでかと聞くと、彼には正当性がないからだと説明してくれました。

 永楽帝は明朝の二代目皇帝ですが、その継承は父の朱元璋(洪武帝)に指名されたものではありませんでした。元々、後継として指名されていたのは洪武帝の長男でしたが早世したため、洪武帝は長男の息子、つまり孫を二代目として指名していました。構図的には本能寺の変の後に信長の長男である信忠の息子である三法師が継いだような形です。
 にしても三法師は成人後の名前より幼名の方が通りがいいという稀有な存在な気がします。

 そして洪武帝の死後にその孫、永楽帝からみて甥っ子が継承したのですが(建文帝)、北京にいた永楽帝は反乱を起こしてこの甥っ子を追い出し(行方不明となったが殺害されたとみられる)、自らが帝位に就き、首都も南京から自分の本拠地である北京へ移しました。その後、明の最盛期を築くなど皇帝としての手腕は確かでしたが、以上の簒奪行為から中国人の同僚は正当性を欠くとしてあまり評価していませんでした。
 以上のやり取りを通じてたまたまその同僚だけなのかもしれませんが、意外と中国人は正当性というか大義を大事にするのだなという風に感じました。日本なんか明治維新をはじめ昔から「勝てば官軍」的なところがあり、天皇制も「南朝が正当」などと北朝系で続いた天皇家を自己否定するような主張を平気でする当たり、中国人と比べてこの辺の正当性に対する意識が緩いのかもしれません。ぶっちゃけ血筋さえつながっていれば「ヨシ!」としている気がする。

 興が乗ってきたこともありその後もその同僚と中国の皇帝について議論を重ねたのですが、その同僚が最も正当性が高くて且つ優秀だった皇帝として挙げたのは、後漢の光武帝(劉秀)でした。
 光武帝についても知ってる人には早いですが、ぶっちゃけ少年漫画の主人公みたいなキャラです。先祖は確かに漢室の皇帝の血筋ですが彼の代には完全に庶民に落とされており、三国志の劉備と同じような立場でした。それが兄貴とともに漢朝を簒奪した王莽に反旗を翻し、緑林軍という軍閥に加入したものの、実力と人気を兼ね備える兄が同じ緑林軍の幹部に謀殺されます。にもかかわらず光武帝は謀殺を非難せず黙々と働き、緑林軍で内部抗争が始まるやうまいこと出し抜いて中国を再び統一します。光武帝に関してはこのほか部下に締め出されるなど色々エピソードが多いのですが、確かに正当性という点では漢室の血筋を引き、誰も裏切ることなく世の中の混乱を正した点でピカイチでしょう。

 次に正当性が高いとして挙げたのは、先ほど出てきた洪武帝です。当時はモンゴル系による元朝が支配する時代で、政治がおかしく世の中が混乱しており、そうした悪政による支配を正して漢民族による支配を復活させたという点で評価されてました。この点について私も納得で、その同僚自身は支配層がモンゴル族でも満州族でも気にしないが、閥族政治による混乱の責任があるとして洪武帝に追いやられたのはいいことだと言ってました。
 このほか自分の方から宋朝を立てた趙匡胤はどうかと聞いたら、彼も先代皇帝の遺児から簒奪しているとしてきちんと非難していました。もっとも趙匡胤はその遺児を殺さず保護していた点はちゃんと評価していましたが。

 日本、中国に限らず歴史の移り変わりは突き詰めると簒奪の繰り返しですが、改めて上のやり取りを経て正当性というのをちゃんと意識するのは大事だなと当時思っています。現在の日本の政権は民主主義で主権在民であり、特定の一族や団体に支配されているわけではないため簒奪は起こりにくいですが、やはり簒奪を認めてしまうと世の中が不安定になるような気がします。そういう意味では日本ももっと正当性という観点で秀吉、家康の行為についてもう少し議論した方がいいかもしれません。

2026年8月26日水曜日

事故や災害報道に年齢情報は必要か?

 さっきニュースを見たら交通事故の報道があり、その中で「被害者は20代の女性と70代の女性で……」と読み上げられたのですが、正直なんでそこで年齢必要なのかと疑問に覚えました。普通に二人怪我したとだけ言えばいいものをいちいち年齢まで読み上げており、果たしてそれは必要な情報なのかという疑問を覚えました。

 例えば死亡者がおり、その人の身分確認ができないような状況だったらおおよその年齢情報を出す価値はあると思います。そうした情報がきっかけで本人確認につながると思いますし、何も出さないより出した方がいいでしょう。しかし今回の事故のように怪我して意識があるような被害者の場合は本人確認は必要ではなく、またどの年齢層の人が事故に遭ったなんて情報ははっきり言って無価値です。年間での被害者数の年齢層を統計に出すっていうのなら話は別ですが、個別の事故で年齢情報を出す必要なんて皆無でしょう。
 事故報道に限らず、日本は何でもかんでも年齢情報を出し過ぎではないかという気がします。例えば遭難から救助された人に関しても男性か女性か、あと未成年(子供)であるかどうかの情報はまだ報じる価値を覚えますが、いくつの年齢の人が救出されたとかは果たして必要かと言えばこれもどうかと思います。

 以前にも書きましたが、自分は中国にいるとよく自分の年齢がいくつであったかを忘れたりします。何故かというと日常で自分の年齢を意識することがないというか、何か書類に身分情報を書く時に年齢情報を求められることはほぼないからです。
 逆に日本はちょっとしたアンケートでも細かく実年齢を書かされ、中には生年月日を聞きながら「で、あんた何歳?」と二重に聞いてくることも多く、なんでそんなに人の年齢聞きたいんだよと逆にこっちが聞きたくなってきます。でもってこういうことするから日本人は社会の中で年齢数を異常に意識し、三十路やアラフォーなどと言う言葉で無駄に年齢で階層化し、ステレオタイプも作ろうとするのではないかとみています。

 そうした延長ゆえか上記の事故報道の年齢の読み上げも、若干過剰ではないかと思うわけです。プライバシーだなんだと言いながらこうしていちいち年齢を公共の電波で飛ばしてくるのはダブルスタンダードもいい所だと思います。

2026年8月24日月曜日

風呂のパイプはたまに掃除した方がいい(ヘドロトルネード)

 日本滞在中は実家にいますが、こっち来てから地味に気になっていたのは風呂のパイプでした。うちの風呂には大分一般的となった追い焚き機能がついているのですが、その追い焚きした湯が出入りする追い焚き口がいつも明らかに汚れていました。具体的には追い焚き口付近にぬめりがあり、3日くらい追い焚きして使った後に水を抜けば赤い斑点めいたものもはっきり目視でき、明らかに中のパイプが汚れきっていると感じていました。
 なので先月に400円くらいのパイプ洗浄剤を使ってみましたが、確かに使う前より効果はあったというか汚れは減ったもののそれでも完全になくなるには至っておらず、そもそもその洗浄剤も半年ごとに使うようなものであり、10年以上もパイプ洗浄したことないうちの風呂にはさすがに効果は薄いと感じていました。


 そこで前から芽をつけていたのがこちらの「ヘドロトルネード」という商品。強い洗剤におなじみの「まぜるな危険」という単語が妙に目を引くのと、小売店で3000円以上もする価格から、本気で洗うにはこれくらいの洗剤使わないと無理じゃないかと考えていました。
 しかしそれでも値段は3000円。Steamのセール期間ならゲーム2本、「探偵・癸生川凌介事件譚」なら6本は買えてしまう金額ゆえになかなか決断が付かなかったのですが、昨日のマッドシティの霊感穴場スポットこと相模台公園行った帰りにヨーカドー寄ったら、なんか「広告の品」という表示とともに2700円で売っていたので迷わず購入しました。

 早速家に帰って使ってみたのですが、結論から言うと凄かったです。洗剤放り込むや工場の廃水かってくらい濁った水がどっと溢れ、予想を超えるレベルでパイプの中が汚かったのを思い知りました。元々、上海でも配管は定期的に洗浄剤を放り込むほどメンテナンスを欠かさぬ私ですが、こんな汚れまくってた配管見るのは初めてでした。
 そんでもって翌日の今日、早速風呂を追い焚きして入ってみましたが追い焚き口のぬめりは全くなく、確実に以前よりも配管がキレイになっているという実感を覚えました。確かに高い洗浄剤ではあったもののその効果は認めざるを得ず、またこういう配管はちゃんと定期的に掃除しないと駄目だなと思い知らされました。

 それで本題なのですが……このヘドロトルネードを使ったときの写真もちゃんと残してあります。ただ明らかにグロ画像なので、見たい人だけこのままスクロールしてください。










































 マジこれ見て真っ先に浮かんできたのはバイオハザードという単語でした。ヘドロトルネードは時間をおいて二種類の洗浄剤を放り込むようになっていますが、1発目はまだそうでもなかったものの、本チャンの2発目を放り込むや緑色した廃液がドバっと溢れてマジ引きました。まぁそれだけ効果が実感できるんだけれども。
 ほかの人のレビュー見ていても大体同じというか、みんなそのあまりの汚れの噴出具合にビビっています。メントスコーラ並みだよこのバズり方。

2026年8月23日日曜日

千葉のマッドシティ~相模台公園


 以前にコメント欄で「相模台公園はヤバい」というコメントが来たのと、先月入り口前を通った時に「相模台公園はヤバい」と感じたので、今日昼過ぎにまた自転車で行ってきました。


 まず相模台公園の何がヤバいかっていうと、公園の入口から公園敷地内に入るまで物凄い高低差があり、見ての通り入口にはやたら長い階段しか映りません。でもってその入り口付近ももののけ姫かよと思うくらいやたら植物が氾濫していて、この一点で以ってもただの公園じゃないと判断できます。

時間帯によって木の幹が上下して出入りできなくなるトラップにしか見えない


 マジ心臓が少し痛くなるくらいの坂を上り詰めてようやく公園本体に入ることができました。この日公園にいたのは自分以外だと中国人の親子連れだけで、写真のように殺風景な廃墟っぽい場面を簡単に撮影できました。

なんかニーアオートマタの廃墟にありそうなブランコ

ニーアオートマタのゲーム画面にしか見えない

遊具の撤去後だろうけど古墳にしか見えない

 以上の通りどれをとっても廃墟アートにしか見えない公園で、この公園に訪れる人は1日にどれほどいるのだろうかと非常に疑問でした。でもって前述の通り入口付近は植物によって密閉されたような感じで、正直に言って夜中に廃墟行くよりこの公園に行く方が自分は怖い気がします。


 改めて敷地を眺めると、入ってきた入口とは別にまた下界へと続く出入口を見つけました。こちらは写真左の団地敷地へと直通する出入り口となっていました。

長い階段

トリックアートのようにも見える階段

階段を降り切った先

 こんな感じで相模台公園を見て回りましたが、そこまで不気味さを覚えなかったもののこの公園を利用する人はいるのかと思うくらい変な空間でした。そもそもこの近くには松戸中央公園がありあっちは常に人がいるのと比べると、こっちの公園に来る人はいないという気すらします。っていうか植物が育ち過ぎなので、もう少し整理した方がいいのではないかと思いました。
 まぁ怪談スポットとしてなら今のままの方がいいんだけれど。

2026年8月21日金曜日

拡大著しい中国のBL市場

・中国の人気BL小説、日本でのコミカライズ中止 漫画家の過去の発言が物議 出版社と本人が謝罪(スポニチ)

 上の記事をBL好きの中国人の友人にリンクつけて送ったところ、「私もこれ読んだことある(´・ω・)」とすぐ返事してきました。しかも「四度は読んだ(´・ω・)」と聞いてもないのに教えてくれた上に、推しキャラも画像付きで送ってきました。上の記事の詳細は把握しかねますが、漫画化が企画された原作は中国でもかなり人気の高いBL小説であるのは間違いなさそうです。

 真面目な話、今中国のBL市場はかなりヤバいくらいでかくなっている気がします。中国は同性愛について比較的厳しい国でBLなどのコンテンツ作品に対してもしょっちゅう規制をかけているのですが、網の目をかいくぐるかのようにして今もなお多数のBL作品が作られ(主に小説)、私の友人のように口を開けばBLについて語る女性も珍しくありません。

 なお「耽美」というと日本では優雅な美しさなどを表しますが、中国だとそのまま「BL」という意味になります。同じ単語で日本語と中国語で近年、急激に意味に差が出てきた単語です。

 話を戻すと、実際中国で暮らしていてBL市場が拡大しているという実感を強く覚えます。サブカル系のショップばかりを入居させる大悦城というショッピングモールが上海にもあるのですが、たまに別の男性の友人とここに飯食いに行くとそのBLショップの多さとコスプレして来店する女性客数によく驚かされています。
 なおその男性の友人はファンシーショップかと思って入居しているあるお店に入ったら、ファンシーな、女性向けの大人のおもちゃを売る店だったらしく赤っ恥をかいたと以前話していました。

 この中国のBL市場拡大の実際の市場規模データとか見ていませんが、表に出ないだけで実際かなりデカいように見えてならず、しかも今後も拡大を続ける超有望市場として密かに注視しています。こう思う理由としてはまず中国では女性も社会で働くことが一般的で、日本も働く女性が増えてきてはいるもののそれでも収入面で行ったら中国の女性の方が稼いでいる印象があり、成人女性の消費力がかなり高いです。その上、中国でも独身を続ける若者が増えており、金を持て余した独身女性が金を使うところと言ったらやはりBLはかなり有力候補になってきます。

 またこのところの発展ですが、若干思うところとして規制されているからこそ逆に燃え上がっている印象があります。前述したように中国では同性愛に対する規制が強くBL小説のライターとかも当局の命令で連載を中断することがよくあるのですが、そうした規制に「なんで規制すんねん(# ゚Д゚)」と怒りつつ、BLへの欲望をさらにたぎらせる中国人女性が見ている限りかなり多いように思えます。風俗とかもそうですが、規制すればするほど性犯罪が増えると言われているだけに中途半端な規制が中国のBLファンをより継投させているように見えます。

 もっとも市場が拡大しているのは中国だけでなく日本も同じでしょう。大きめの本屋に行けばかつてはなかったBL専門の本棚やコーナーが設けられており、中国人のBLファンも「さすが先進国日本(^ω^)」と無駄に誉めてくれてます。日中それぞれで作家同士の交流も今後増えるのではないかと思っており、国を跨いでBL市場が今後拡大し続けるのではないかという期待もあります。
 その上で中国が規制しているのならこのチャンスを独占するためにも、やる気のある中国のBL作家、漫画家をどんどん日本に呼び集め、日本で出版させてネットで中国語版を出すといった手段が考えられ、実際見ている限りだとそうした取り組みを日本の出版社もやり始めているそうです。BLのために規制だらけの中国を脱出する中国人を日本が支援し、匿うのは孫文以来なのではないかと思え、こうした思想持った人というのは本当に裏切らないだけに日本はBL特区でも作ってこの手の中国人クリエイターをどんどん呼び寄せるべきだと密かに思ってます。

2026年8月19日水曜日

中古ゲーム屋の今昔物語

 今日発売された「ブラック・ラグーン」の最新刊はいつもながら楽しめましたが、おまけ漫画のケモ子のインパクトが強すぎてそれしか覚えていません。っていうかなに、ケモミミ流行ってんのいま?

 話は本題ですが最近ネットでよく懐ゲー特集とか見ています。2000年ごろはファミコンソフトが懐ゲーと呼ばれていましたが今ではプレステのソフトもどれも20年以上前の作品となり、懐ゲーに分類されてよく特集されています。思えばちょうど自分の子供時代はゲーム技術が急発達した事態で、ドット絵からアニメーション、3Dとグラフィックがどんどん進化するとともに、ゲームデザインもそれまでになかった新たなジャンル、たとえば対戦格闘ゲームの草分けとなったスト2などが初めて世に出てくるなど、世代的にゲームの発達や開拓をリアルタイムで体験できたいい世代でした。

 そんな昔のゲームについて語るに外せないのが、地味に中古ゲーム屋です。先に現代の中古ゲーム屋について触れると、もはや絶滅危惧種でブックオフなど総合古物品販売店を除くと中古ゲームだけを取り扱う店はほぼないと言っていいでしょう。これは説明するまでもないですがゲームの販売方法がパッケージ販売からダウンロード販売が徐々に主流となり、中古品として出回るハード形態のソフトウェアが市場に前ほど出回らなくなったためだと断言できます。
 先日、ソニーが今後はソフトウェアのパッケージ販売をもうやめると発表したことから、恐らく今後中古ゲーム屋はますます減ることでしょう。ただゲームの制作販売会社にとっては非常に追い風になるとともに、ダウンロード販売でもしょっちゅうセールや価格改定が今では行われるようになっているので消費者にとってもプラスなんじゃないかという気がします。

 話を戻すと、ダウンロード販売なんて形式のなかった昔において中古ゲーム屋は小中学生が少ないお小遣いでゲームを買える唯一の手段でした。スーファミ時代なんか新品ソフトが1万円前後もしていただけに、中古ゲーム屋がなければ購入できるソフトは本当に限られていたことでしょう。また中古ゲーム屋にとっても、新品ゲームソフトがそれだけ高額であったことから利ザヤを得やすい価格設定を行うことができ、皮肉な言い方をすると中古ゲーム屋をのさばらせたのはゲーム価格高騰を許容した当時の任天堂だったと私は思います。サードパーティ製ソフトウェアに対し、当時の任天堂が取っていたマージン率はかなりえぐかったと聞くし。

 そのため、90年代においては本当に中古ゲーム専門店と言えるお店が各地にたくさんありました。私の近所でも山ほどあり、金のなかった小学生時代の私は各店舗を一つ一つ訪れては欲しいゲームソフトの価格を逐一比較して最安値の店を探すという、価格コムのようなことをよくやってました。また当時のゲーム屋では試遊台を設けていることもあり、ゲームセンターと違って金がなくても遊べることから夏休みでやることなく時間が余っている時なんかは無駄に入り浸っていました。
 比較的記憶に残っている試遊したゲームを挙げると、プレステで出たΖガンダムのゲームで、これは試遊で楽しかったからその後きちんと買って遊びました。このほか同じガンダムゲーなら「戦慄のブルー」をよく遊んでいたような。その影響からかガンダムブレイカー3では「先日のブルー」という機体名でブルー1号機使ってたな。

 そんな中古ゲーム屋に変化が起きだしたのは大体2000年前後だった気がします。この辺りからマジックザギャザリングや遊戯王などのカードゲームが普及するのに伴い、トレカも一緒に販売する店が増えていった気がします。店によっては鞍替えするようにトレカに注力するようになり、結果的にはトレカへの注力が遅れた中古ゲーム屋ほど早く潰れていった気がします。
 PS2辺りまではまだ中古ゲーム屋も元気してましたが、PS3の時代辺りから日本国内のゲーム市場の縮小が影響してかどんどん店が減るようになり、ダウンロード販売が一定のシェアを得るようになったPS4時代になるともはや冒頭にも書いたようにブックオフなどの総合古物販売店を除き中古ゲーム専門店は消え失せた気がします。トレカの店はまだ元気なの見ると、やはり2000年あたりから商売替えに踏み切ったかどうかが生き死にの分かれ目だったのかもしれません。

 実際、実家近くの中古ゲーム屋もほかの店と比べてトレカの取り扱いがやや遅く、2005年くらいからやり始めたもののもはや遅く、確か2013年に潰れました。家から近くて比較的安価だったためよく使ってましたが、PS3であのクソゲーとして名高い「機動戦士ガンダム戦記」を買ってからはとんと通わなくなってしまいました。
 まぁ通わなくなったのは中国に行ったからで、「機動戦士ガンダム戦記」が何か悪さしたわけじゃないですが。

 このほか中古ゲーム屋ときたら思い浮かぶのはワゴンセールで、箱や説明書がなくソフト本体のみで人気のないソフトはワゴンにひとまとめにして売られるのが常でした。一時期、大量に出荷されてモノ余りとなったロマサガ3もワゴンにびっしり敷き詰められていましたが、つまらなくて売れないゲームを「ワゴンゲー」と呼ぶなど、当時のワゴンには一種の呪いめいた雰囲気がありました。
 記憶している実際に購入したワゴンゲーでは「三国志3」があり、既に5も出ている時代だったので990円くらいで購入しましたが初めての三国志ゲーだったのでかなり遊び倒しました。確か新君主で初めて蘆江でスタートしてクリアまで行きましたが、まさか後年その近くの上海で暮らすことになるとは。

 このワゴンという言葉も、ただ聞いてないだけかもしれませんが一時期と比べるとめっきり耳にしなくなった気がします。ゲーム屋に限らず小売店ではワゴンセールという単語が使われますが、少なくともワゴンゲーという単語は今後消えゆく運命にある可能性が高く、文化の消失というものが今まさに目の前で起きている気がします。
 恐らく今後懐ゲーはコレクター向けの骨董品店みたいになり、小学生が少ない小遣いを手にしてやって来るお店ではなくなるだろうし、既にそうなっているのかもしれません。そう思うと、自分はまだそういうお店があった時代に子供時代を過ごせただけにまだ幸せだったのかもしれません。

 最後に急に思い出したけど、大学入って最初の夏休みにバイトでプレステ版の「真・女神転生1」を中古で購入し、面白かったから2もやろうとしたけど何故か買わずじまいでした。ただそのプレステ版の2はバグで有名だったので買わなくて正解でした。

2026年8月18日火曜日

択捉島に来るほど追い詰められているプーチン

 本題と関係ないですが今も続けている「崩壊スターレイル」(ピノコニー編のストーリは超クソ)には飛霄や停雲をはじめとした獣耳キャラが数多く登場しますが、今アニメ放送中の「ヤニねこ」の影響から、「こいつらも裏でタバコ吸いまくってんじゃねーのか?」などと、ケモミミに対しあらぬ偏見を持ち始めてきています。


 さて話は本題ですが先日から今日に至るまでまだ関連ニュースが出され続けているプーチンの択捉島訪問ですが、なんか見ていてメディアや知識人と呼ばれている人の見方がはっきり言っておかしいと思えて仕方ありません。みんな高市総理批判につなげたりロシア外交がどうこうとかいろいろ言っていますが、はっきり言えばこれらはどれもこれも全く意味のない議論としか言いようがありません。
 というのもプーチンが急に択捉島を訪問して日本批判をしたのは単純に自分が追い詰められてきているからで、ロシア国民の目をそらすために無駄に択捉島くんだりまで来て意味のない領土アピールをせざるを得なかっただけだと断言できます。なのでこれまでの日本の対露外交がどうだったかは全く関係なく、どれだけ日本がロシアに対し過去に協力的な態度を採っていたところで多分同じ結末を迎えていたことでしょう。

 そのプーチンが何故追い詰められているのかと言えば言うまでもなくウクライナ戦争です。これまではドンパス地方の掌握という目標こそ達成できずとも前線では優勢を維持していましたが、今年に入ってからば演習で米軍部隊を打ち負かしたほどドローン戦術が卓越してきたウクライナ軍にイニシアチブを握られるようになり、最前線こそ侵攻を続けているものの、南部地域では一部領土を奪還されているほかロシア本土にもほぼ毎日のように空襲を仕掛けられるなど明らかにロシアの劣勢へと転換してきています。
 またロシア国内の兵員不足も顕著となってもはやこれ以上補充できないところまで来ており、今後よほど革命的な戦術転換や新兵器が登場しない限りはもうロシアに勝ち目はないでしょう。クリミアも兵糧攻めがかなり効いていると聞くし、一度制圧した領土からも今後撤退する事態も起きるような気がします。

 そうしたわけだから今回遠く択捉島までプーチンも出ざるを得なかったのでしょうが、これに対しある意味ロシアの思う壺というかなんか日本は無駄に自虐的な大騒ぎをしている気がします。領土外交の失敗だとか対応ミスなどと、そうした理屈や過去の積み重ねはあの国には無価値だと私は思うのですが、何となくロシア批判より日本政府批判の方が多い気がします。
 その日本政府も一応ロシアに対し抗議や批判をしていますが、もっと上手に皮肉交じりに批判する人はいないのかと内心呆れています。具体的には、

「領有権が不確定で不安だからわざわざ来たってことでしょ?」
「プーチンがくればロシア領土になるというのなら、ウクライナの最前線こそプーチンはいくべきなのでは?」
「日本政府総理も過去に何度もモスクワを訪れている」
「北方領土問題に手を付けるより、ウクライナ戦争をもっとどうにかしたらどうか?」
「自国の領土をわざわざ声高に宣言する首脳はいない。わざわざ訪問して領土宣言をする時点で、ロシアは北方領土に対する領有権が完全にあると思っていない証拠だ」
「ウクライナが大変だから、こういう無駄なことでもやらなきゃいけないほどプーチンは追い詰められている」

 といったような皮肉交じりな批判の一つでもしたら、かえってロシアのその後どんな態度を採るのかが楽しみになるのですが、あいにくそういうことをする首脳はいませんでした。ユーモアないなぁみんな。

 ただ今回自分がちょっと気になったのは、中国の態度でした。かつて中国は中露対立から「北方領土は日本のもの」という立場を採っていたのですが、今回は思い切りロシアの立場に立ちました。これを吉とみるか凶とみるかで言えば断然吉で、台湾問題にいろいろ口出しするなと中国は何度も言いますが、今後はこの件を引っ張り出して「お前前に北方領土に口出ししたよな」という口実を日本は得たような気がします。
 また同時に、ロシアと日本の領土問題に中国が口出しするメリットなんてほとんどないのですが、わざわざこうして口出しする当たりロシアに対し中国が過剰なまでに外交的にコミットしているのではないかと思いました。言い方変えると何も考えずにともかくロシアの見方に回ろうとしているようにも見え、外交的な冷静さがもはや見られません。希望的観測ですがこうした異常な肩入れはどっかで大きなミスを招くのではと思え、他人事なら外交大丈夫かと中国のことが今回逆に心配になってきました。

2026年8月17日月曜日

「NHKスペシャル 硫黄島の白い旗」から続いた偶然

・水木しげる「白い旗」を「NHKスペシャル」内でアニメ化 硫黄島の軍人を描く(コミックナタリー)

 昨夜NHKでは水木しげるの「白い旗」を基軸に、この作品でモデルとなった海軍士官らを追うドキュメンタリー番組が放映され、自分を含む全国の水木しげるファンはテレビの前で座視したことでしょう。まぁぶっちゃけていうと、放映日間違えてて8/17の今日に放映すると自分は勘違いしており、親父に呼ばれなきゃ見そびれていました。
 この番組についても語ってもいいのですが、この番組を見た後に何気なくネットの掲示板を見ていると、お盆だから祖父母などに聞いた戦争のことをみんなで語ろうというスレッドがあり、興味深く見ていました。その中で「あしたのジョー」でおなじみのちばてつや氏が現在、ビッグコミックで「ひねもすのたり日記」という漫画を連載しており、その中で現在の日々に織り交ぜながら満州から引き揚げてきたときの苦労話が書いてあるということを目にしました。

 実はこの時、DMMのセールで1万円以上購入すると15%オフになるというクーポンがあり、あらかじめ購入を予定していた本を全部足しても8000円くらいであと2000円くらい足りない状態にありました。上記の説明から「ひねもすのたり日記」に興味を持ち、試すのを兼ねて2巻までを購入リストに加えて無事1万円を突破したので、ほかの本と一緒に購入しました。
 でもって今日この漫画を読んでみたのですが、上記の説明の通りに老後の穏やかな日常に織り交ぜる形で満州での日々や、引き上げ後の子供時代の話がふんだんに盛り込まれていました。ただそれ以上に驚いたのは冒頭の話で、この連載を始めるのを年齢も年齢だからと渋っていたら、親族から「水木先生だって書いてるじゃん」といって、「わたしの日々」という漫画を手渡されるシーンが入っていました。このシーンを見てびっくりしたというか、実は「わたしの日々」も今回の購入リストに入っていました。

 「わたしの日々」は水木しげるの遺作と言っていい作品で、その最終回は便秘のところ看護婦に浣腸を刺されるところで終わるというのは前々から知っていました。しかしこれまでなんか購入するところには至らず、ほかの水木作品を優先して買っていたのですが、今回たまたままとめ買いの購入リストにあらかじめ入れており、期せずして「ひねもすのたり日記」と一緒に購入していました。
 なお「ひねもすのたり日記」は連載開始のいきさつを書いた次の回で、水木が亡くなった当時の心境についてちばてつや氏も漫画化しています。さいとたかをのパーティでの元気そうな姿から突然の訃報に驚くさまが描かれてあって、この時点でなんか「白い旗」から色々続くなと感じていました。

 その後も読み進めていくと、満州引き上げの直前にちば四兄弟の末弟が混乱の中で生まれたエピソードが書かれてあるのですが、これを見て、「あれ、もしかして七三太郎?」という言葉が口をつきました。
 七三太郎はちばてつや氏の末弟で、クレジットには出ていないもののちばてつや氏の作品の脚本に大きくかかわっていたとされています。またちばてつや氏以外の作品でも漫画原作者として活動し、こちらははっきりとそのペンネームがクレジットに乗っているのですが、実はそんな七三太郎作品も今回の購入リストに入っていました。

 その作品は「担ぎ屋どおも」で、自分が高校時代くらいに週刊誌で連載していたゴルフ漫画です。作画が「風のシルフィード」の本島幸久氏で、床屋とかで週刊誌を手にとっては読んでて印象に残っていたものの通しで読んだことは一度もなく、前から大人買いして読んでみたいなと思っていた作品でした。
 そのため今回の購入リストにあらかじめ入れていたのですが、マジで気づかなかったのですが長兄のちばてつや氏のエッセイ漫画と今回一緒に購入していました。若干こじつけめいていますが、なんか漫画つながりの偶然が昨日今日で異様に重なったことに自分もマジビビっています(;´・ω・)

2026年8月15日土曜日

マジでセブンイレブンに行かなくなってきた


 上の記事は痛いニュースでも取り上げられていましたが、自分も至極同感というか納得感ある記事でした。実際にうちから一番近いのはセブンイレブンなのですが、敢えてセブンに行かずより離れたファミマに通うようになってきました。
 セブンを忌避する最大の理由はほかならぬレジで、説明不要でしょうがあの支払方法をいちいち押したうえで細かい操作が強要されるあのレジに触りたくないというのが偽らざる本心です。私自身が操作しなくても前に決済する人がいたらあのレジのせいで流れが悪く、決済時に待つことも多くなるように思えます。

 このレジ問題が一番というのは変わりありませんが、もう一つ大きな理由としてセブンイレブンの食品の味に辟易しているというのもあります。以前から書いていますが今回日本で滞在していて一番マジビビっているのはその食品の味の濃さで、関西地方なんかは元々薄味がベースなので自分の舌にも会っていたのですが、関東地方においてはどの飲食店に行っても味が濃すぎてびっくりしています。なんていうか、舌だけでしか味わっておらず香りというか鼻の嗅覚による味わいを忘れているように見えます。
 この濃い味問題はセブンにも当てはまっており、おにぎりやサンドイッチなどでもまずくはないけど味が濃すぎて、素直においしいと感じられない食品が多いように思います。まぁこれはコンビニという業態を考えたらどこも同じでそんな大差はないだろうと思っていたのですが、先日ファミマでサンドイッチ食べたらそうでもなく、濃いっちゃ濃いけどセブンほどではなくてこっちはおいしいと感じられました。

 元々、コンビニの食品ではかねてよりセブンが開発力で上とみられており、私の認識もその通りでした。しかし近年、上の記事にもある通りセブン初のヒット商品もなければ新規サービスもなく、シェアでは依然トップではあるもののやはりその勢いの低下ぶりは目に余ります。

 コンビニビッグ3の中で現況、やはり一番安定しているとみられるのはファミマです。商品ラインナップはそこそこで無駄なレジもありません。もう大分前ですがファミマ工法に電話取材掛けた時、こっちが聞きたかった回答を適切にくれる広報社員のあまりの優秀さにこれから伸びると感じましたが、実際その予想の通りになってきている気がします。
 もう一方のローソンに関しては、現在商品開発力で言えばここがトップだという気がします。中国では家から一番近く店長と仲が良くて一番通っているのですが、新商品の投入ペースが最も早く、また季節ごとのオリジナル商品も多くて飽きがこないです。ただ敢えてここの欠点を言えば、デザインセンスが絶望的であるという点です。


 同じジェイキャストの記事を引用すると、少し前ですがセルフで注ぐコーヒーカップの真ん中にでっかくLAWSONの「L」と記載し、Lサイズカップと誤解する人が続出した事件を起こしています。これ以前の2020年にも、ユニバーサルデザインを謳ったプライベートブランド商品のデザインの見分け辛さが問題となって差し替えられていたことがあり、なんかローソンに関しては定期的にパッケージデザインで問題を起こしている印象があります。
 こんな紛らわしいデザインを出すデザイナーもデザイナーですが、内部にこれで承認する人間が居るということが一番疑問です。まぁそれでもセブンより今はマシって気がしますが。

2026年8月14日金曜日

昨日の千葉県豪雨

 昨日、千葉県北西部を中心に史上初となるレベル5の大雨洪水警報が出ました。千葉県北西部というと松戸戦士である自分(本当は流山市民)がまさに住んでいるエリアで、昨日も一日中家で仕事してたからリアルタイムでその状況を見てたりしました。
 自分の目線で語ると、3時くらいまでは雨が降ったりやんだりを繰り返し、午前10時ごろなんかは強い日差しも出ていました。ただ一昨日に台風が通常とは逆コースで通過しており、本来なら台風一過で晴れ間が出やすいものの今回は逆コースであり、また関東から東側の太平洋には別の台風が発生していたことから、むしろ通常とは逆に天気が荒れるのではないかという見立ては立てていました。

 にもかかわらず何故か、「新松戸のイオンにあるバーガーキング食べに行こうぜ(・∀・)」とうちの親父を誘い、夕方5時ごろに新松戸のイオンへと向かいました。ちなみにこの時間帯は既にヤバいくらいの豪雨でした。
 早速街に出ると、全道路ではなかったものの起伏のある場所なんかではすでに冠水が始まっていました。とはいえ降ったりやんだりが続いていたのでこの豪雨も長くは続かないだろうと思ってそのまま新松戸に行きましたが、新松戸駅前の流山鉄道が通る高架下のトンネルは避けました。あそこはこの辺で一番冠水しやすいエリアで、確実に通行不能と予想していたからです。

 そんなかんだで途中で水をこぐように進みながらイオン(ダイエー)着いてバーガーキング食べてきましたが、本当の戦いはそれからでした。夕食中も予想と違って雨は降り続け、これ以上降らないうちに帰ろうとしましたが既に多くの道路は水が溢れ、最初通ってきた道も水かさが増していました。特に新松戸のけやき通りの流山寄りのところはかなり深くなっており、横で親父が車が止まらんか焦りながら運転してました。
 そうした状態でもあり行きとは違って江戸川方面にある県道に出てから帰宅するルートを取りましたが、結論から言えばこの判断は正解でした。県道では一切冠水しておらず、それまでの苦労とは打って変わって問題なく家までたどり着くことができました。逆に帰宅後にベランダから見たら、反対側のルートはかなり冠水してたので行きと同じルートだったらヤバかったかもしれません。

 そして今日、平日で少し安いので朝から漫画喫茶(馬橋の快活クラブ)へと出かけましたが、行きしなに道路上にたくさん動かぬ車を見かけました。恐らく昨日の冠水により故障した車とみられ、特に自分らも苦しんだけやき通りに沿いには4台も静止していました。自分たちが通った6時前後にはこうした止まった車を見なかったことを考えると、冠水のピークはそれ以降の時間帯だったのだとみられます。
 改めて昨日はかなり紙一重だったと思うと同時に、大雨の日にバーガーキング行くのはもうやめようと心に誓いました。まぁイオンの中にあるバーガーキング、ゴミ箱満杯なまま放置してたのも気になったし。

2026年8月12日水曜日

中華料理屋が増えてない?

 最近街中を歩いていてとみに思うこととして、なんかやたらあちこちで中華料理屋が増えている気がします。ここでいう中華料理屋とはラーメン屋ではなくラーメン以外に麻婆豆腐とかを提供するお店を指しますが、なんかどこ行っても比較的外装のきれいな中華料理屋があちこちにある気がします。

 増えている背景としては去年流行ったという麻辣湯ブームが一つの影響になったと思いますが、恐らくこれ以外にも要因があって増えているのではないかと思います。敢えて推測で言えば中華料理は日本にもかねてから普及していてほかのエスニック料理に比べ認知度が高く、またボリュームのある料理が多いのもこのところ人気を得ている要因に見えます。食材も、日本国内ならほとんど手に入るし。

 その上で予想として述べると、今後麻辣湯とは異なるまた別の中華料理が何かしらブームになるかもしれません。個人的には辣子鶏あたりが日本ではやや認知度が低いのと、つまみに食べるのにちょうどいいから何かきっかけがあれば一気に人気出る気がします。あと餃子も、日本の餃子と比べるとやっぱ中国の餃子の方が種類が圧倒的に多く、まだ認知されていない種類の餃子辺りが何かの拍子に流行るかもしれません。

 なお今朝見た記事では麻辣湯にかわりビャンビャン麺が流行りつつあるというニュースを見ましたが、自分は日本だと汁なしつけ麺はあんまり流行らない傾向があると考えており、ビャンビャン麺はそうは簡単には来ないとみています。自分もたまに食べたくなるけど、結構特徴的な味と食感しているから1週間おきには食べられないし。
 あと自分が中国で一番食べているものを挙げるとしたら、何気にマクドナルドだったりします。

2026年8月11日火曜日

レアアースよりも中国が禁輸してきたらヤバい物

・住宅業界、ナフサ不足で明暗 大手は戸数伸び・中小工務店は倒産増加(日経新聞)

 一時期は毎日のように報じられたナフサ不足油地獄ですが最近トンと耳にしなくなったので状況はどうなっているのか軽く調べたら、どうやらまだ不足状況が続いているようで、特に住宅建築業界で強く影響が残っている模様です。イラン戦争の開戦時、政府を含め日本は原油をどう確保するかが大きな焦点となってその調達に急ぎましたが、原油以上にその派生品のナフサの方が不足するという事態を恐らく誰も予想していなかったでしょう。
 ただ今回のナフサ不足を見て思ったこととして、仮に中国が日本に対し建材の輸出を止めたら、正直レアアースなんかよりも社会のダメージがでかいのではないかという気がしてきました。

 前述の通りナフサはプラスチックなどの原料として使われ、特にバスタブをはじめとする建材はナフサがないと全く仕事にならないそうです。そして建材が不足すると、たとえ一つの建材といえでも住宅工事が全部ストップすると言われ、たった一つの建材を止めるだけで最大の苦痛を与えられたりします。
 で、その建材ですが実のところ日本は中国にかなり依存しています。代表的なのは便器で、TOTOなんかももはや日本国内ではほぼ生産せず、中国で生産したものを日本に持ってきて供給しており、かつての上海ロックダウンの時なんかも調達できず各地で住宅工事を止めていたという報道を見ています。

 便器に限らず、聞いてる限りだとかなり多くの建材を日本は中国からの輸入に頼っていると聞きます。実際分かるというか、中国はこれまで不動産ブームで住宅や商業施設の建設がヤバいくらい活発で、建材メーカーの立場に立つなら中国現地で生産する方が原価も抑えられるうえに中国国内にも供給、販売できるのだから、日本で生産なんかしていられる場合じゃないでしょう。
 一例を出すと、建材とは違いますがエレベーターは一時期、中国だけで世界の供給量の半分を占めていた時期があったそうで、多分この比率は今もあんま変わらないと思います。

 ここで話を戻すと、仮に中国が環境問題とか国内供給を理由に日本への建材輸出を急に止めてきたらどうなるのか。恐らくガチで建設業界は一瞬でストップし、工事も何もかも止まる恐れがあります。誇張抜きで、日本の建設業界を一撃で潰しそうです。その影響はレアアースなんかよりでかくなるのではないかと思え、マジでレアアースなんかよりも大体供給先、または国内生産回帰を政府主導で進めた方がいいのではないかと今日ふと思いました。

2026年8月10日月曜日

人権教育に意味あるの?

 前回記事で小学館のマンガワン問題に関する報告書の感想を述べましたが、多分私だけだと思うけどあの報告書の「人権意識が足りなかった」という結論には正直疑問を持ちます。というのも人権意識といいますがこれは教育とかで高まるものではなくどちらかと言えば社会の価値観に左右されるものであり、組織として内部人員にあれこれ教育したところで、社会の常識がその基準に至っていなければ多分誰も守らないと思うからです。

 一例を挙げると、セクハラパワハラの概念は昭和時代になく、平成初期も非常に薄いものがありました。漫画とかの中でもおっさん社員が女性の尻をなでるシーンは当たり前のようにありましたが、今現在ではそのようなシーンは「ToLoveる」をはじめとするお色気漫画にしか存在しません。まぁ「ToLoveる」も大分古いけど。
 このような描写の減少は漫画出版社が人権教育を高めた結果というよりは、日本社会全体で女性に対する性的接触はよくないという概念の普及によるものだと断言できます。ここで重要な点は、社会の常識を上回るレベルまで人権意識を教育で高めることはできず、その逆もほぼ然りという点です。

 前述の通りセクハラパワハラの類は今ではやっちゃいけないし、やったら社会的制裁を受ける暗黙の了解が存在します。ではそれ以上の基準、セクハラパワハラ以上に高次な人権的対応や意識を持てるかと言ったら多分持つことはできません。逆に人権意識が低い所ではセクハラパワハラが横行しているかと言ったら、まぁぶっちゃけ横行している企業はたくさんあるっちゃありますが、そういう組織の人員に人権教育いたところで何か変わるかと言ったら多分何も変わらないと思います。
 なぜならそういった組織が置かれている環境ではそれらセクハラパワハラは悪いことではなく、何にもとがめられない一般的行為だからです。これがもし咎められる行為となる場合、具体的には事案があれば指名や取引停止にまで発展するのであれば改める可能性もあるでしょうが、そうじゃなければ多分辞めないでしょう。

 こんな具合で法律で明確に禁止して刑事罰などが設けられている場合を除けば、社会的制裁がなければ案外誰も高い人権意識をもって行動に移すことはないと私は考えています。そもそも人間は自らが自らを定義するのではなく、ほかの人を含む周囲の環境によって定義され、その性格や行動も変化させる存在です。確かに教育も外部からの働き掛けによるものですが、周辺環境がその教育が求める水準に達していなければすぐ周囲の基準に合わせてしまうでしょう。ましてや人権への配慮など面倒で手間のかかるものであれば尚更です。

 なので今回の小学館も「こういうことはだめですよー」と言っても、それが禁止を裏付ける罰が規定されていなければ多分誰も守ることはないというわけです。そもそも誰が問題ある原作者の連載開始を決定したのかという意思決定根拠すら残さず、責任忌避の余地が多大にある組織では人権意識なんてない物ねだりもいい所です。なので私はあの事件に関しては人権云々以前にガバナンスの問題で、意思決定プロセスや責任配分をはっきりさせなきゃだめだろうと言ったわけです。

 人権教育そのものが全く無価値ではないと私は思いますが、私は人権以上に経済的合理性を追求する方が従業員の不祥事リスクを下げ、経営安定に結びつくものだと思います。具体的には問題ある原作者を採用し、それがバレることによるリスクをきちんと計算出来ていたら、こんなことには小学館はならなかったでしょう。組織としての利益追求姿勢、そして従業員が保身のため逸脱しないかを見張る体制の欠如こそが、今回の問題の核心でしょう。

2026年8月8日土曜日

小学館のマンガワン問題の調査報告書を読んだ見解


 平日はマジで仕事でずっと忙しく、夜もそのストレス抜くために必死でゲームし続けているため、例の小学館が出したマンガワン問題の報告書を読むのも今日まで遅れてしまいました。この報告書ですがてっきり、作者が性犯罪者だった「常人仮面」問題だけ取り扱っているのかと思っていましたが、同時期に連鎖的に暴露されたマツキタツヤの別ペンネームによる連載問題、週刊ポスト編集者のセクハラ問題も一緒に調査報告されていました。

 はっきり言えばあまりいい報告書だとは思えません。編集上では既述内容を引用する際にしょっちゅう「上記(1)イ(イ)c」などとどこやねんと言いたくなるような章付けをしていて単純に読みづらいです。自分ならこれ「2-4(A)」などとハイフンつなぎの数字+アルファベット、または「2-2-3-1」などすべてハイフンつなぎの数字で章の構成を表示します。また小学館組織や関係者の在任期間などをまとめた第2章も、自分なら別添または付録形式で末尾にもっていきます。日本語文章自体はまだ読みやすさはあるものの、まとめ方がやたら下手だと強く感じました。
 あと評価結論に関してもやたら「人権」という言葉を使って人権教育や意識が足りないなどと指摘していますが、私は今回の問題の根本的原因は人権意識ではなく統制ことガバナンスにあると考えています。そもそも人権意識なんてものはいくら教育機会を設けようが全社員に徹底させるのは不可能だと思うし、社内よりも社会の意識程度に左右される幅が大きく、人権講座を社内で設けても何の対策にもならないと思っています。

 それで話を本題に戻すと、問題の詳細は割愛しますがまず「常人仮面」問題に関しては当初の見込み通り、性犯罪を犯した漫画家の直接の担当編集者(報告書中の「G」)が一番問題と責任があると感じます。問題発覚時の編集長に関して敬意を見る限りこの漫画家がどんな問題を抱えていたかを知っていたとは思えず、起用に関しては前編集長、前々編集長にこそ責任があるように見えました。
 問題発覚時の小学館及びその編集部門の対応は比較的迅速だったし常識的だったと思え、逆を言えば末端の人間であるGに問題があり過ぎて、こいつさえこの世にいなければ小学館は何も失うことはなかったと断言できます。

 以前から主張していますが、問題の根本的原因をなくして再発を防ぐにはやはりこのGを切ることが最善手で間違いありません。一応「人権侵害等に関する再発防止策」にて「従業員の責任に関しては、就業規則に基づき厳格な対応をとります。」と書いてはいますが、このGに関しては問題発覚直後にも果断に解雇するのが普通の企業の対応である気がします。確実を期すとしても、一旦は謹慎処分とし報告書の完成後に解雇するのが常道だと思うのですが、Gの処分内容を未だ発表していない点で小学館はやはりちょっとおかしい組織だと思わざるを得ません。

 その上で先ほどこの問題の根幹は人権とかではなくガバナンスだと言いましたが、その根拠は連載起用の判断を下した責任者がはっきりしないし、性犯罪という問題を抱えていることがきちんと法務や役員まで報告されていなかったからです。報告書によると問題の漫画家がペンネームを変えて別の連載を立ち上げる際、当時のマンガワン編集部では編集長の交代引継ぎ中で、現在からみて前編集長、前々編集長がどちらも、

「起用の最終判断を下したのは自分ではない」
「向こうが起用を決めたと思っていた」

 などと、如何にも現場猫的な無責任な証言を調査に対して行っています。もしかしたらどっちかが保身のため嘘をついている可能性がありますが、少なくとも起用の最終判断を裏付ける証跡なり文書が残されておらず、また上位部門である編集部門も作家の起用や連載開始の決定は担当編集部に一任しているとのことで、承認システムや報告ライン、そして記録管理の面でこの組織は本当に杜撰だという印象を受けました。
 また担当編集であったGは問題の漫画家が性犯罪事件を起こし、訴訟も抱え、その行為の内容について被害者からの訴えも直接受けていたにもかかわらず法務部などへ積極的に報告しておらず、むしろその行動経緯を見ている限りだと、なるべく連載開始にもっていこうと敢えて詳細を隠していた節すら感じました。調査での証言も保身に走った内容が多く、こうした人間が混ざりこんでも承認システムでカバーするシステムがなかったということが本件の最大の問題点であると私には思います。

 以上が「常人仮面」問題の感想で、もう一つのマツキタツヤの別ペンネームでの連載問題についても以下に書きます。

 報告書によるとマツキタツヤに関しては本人も編集部も過去の性犯罪については被害者と示談が済み、執行猶予も終えたことから禊は済んだと思い、ずっと追放し続けるのもよくないとの判断から新連載を開始したとのことです。また「常人仮面」の件とは異なり、作画担当には原作を担当するマツキタツヤがどういう人物であるかをあらかじめ説明していたとのことで、ここまでの対応や判断に関しては私も理解できなくもなく、特段問題もない気がします。

 ただマツキタツヤが連載開始に当たり、ペンネームを変更した判断に関しては正直理解に苦しみます。連載開始前に小学館側が「マツキタツヤ」名義で連載してはと提案したのに対しマツキタツヤ本人が、「自分が元のペンネームで再び連載をしているのを見たら被害者を精神的に苦しめることになるのでは」ということを理由に、ペンネーム変更を決めたとしています。問題はこの後で、「仮に改名後のペンネームでもその正体がマツキタツヤだと指摘する声が出たとしても、自らは認めず、しらばっくれてれば特に問題はない」と考えていたそうです。
 個人的意見ですが、仮に自分が被害者だったとした場合、自分を傷つけた人間が何の連絡もなく(実際、マツキタツヤも編集部も被害者に連載開始を伝えていない)別名でまた連載していることを知ったら、ちゃんと謝罪文を出しながら元のペンネームで連載をするよりも余計気分が悪い気がします。また本人がいくら反省したと言っていても別人の振りして同じ仕事していたら疑うのが当然で、被害者を傷つけないためのペンネーム変更という主張も本気かどうかわからないし、むしろ保身に走っているようにしか見えません。
 少なくとも言えることとしては、マツキタツヤのこのペンネーム変更は、被害者と読者を明確に欺く行為であったことは揺るがぬ事実でしょう。

 その上でマツキタツヤの被害者を慮っての判断という主張を信じるとしても、前述の通り「この原作者はマツキタツヤではないか?」という指摘が出ても認めなければ問題はないとした彼の判断は私には理解できません。
 というのも身バレした場合に小学館、作画担当が受ける評判への影響(レピュテーションリスク)は計り知れないと簡単に予想できるからです。実際に、「常人仮面」の問題と重なった点もありますが、このペンネームを変更して連載していたという事実がバレて大事となってなり、連載も打ち切られる結果となっています。
 そのためマツキタツヤのこの「しらばっくれてればいい」という判断は、そのリスクや影響度合いを考えるとあまりにも浅いし幼過ぎるように思え、またそれを認めて連載開始を決めた小学館側もリスク予測がザル過ぎて「仕事舐めてない?」と問いたくなるレベルです。言い方悪いが、関係者全員があまりにも幼稚過ぎる。

 以上から、なんか調査報告書は初めから「人権ガー」っていう結論にもっていこうとしているようにみえ、実際にその通りに報告してきていますが、私に言わせれば意思決定、承認システムの不備こそが小学館の最大の問題点で、人権どうこうを議論してもなんも意味ない気がします。この報告書を受けて再発防止策とか人権委員会を立ち上げると小学館言っていますが、なんか対策が的外れに見え、そう遠くない内にまた何か統制問題を引き起こす気がしてなりません。

 人権に対する意識を否定するつもりはないですが、私は人権という概念は組織に何の改善ももたらさないと考えています。前述の通り、人権に対する考え方は組織風土や制度以上に社会の認識に左右されることが多く、時代によってセクハラが問題となるかも簡単に変わるからです。
 今回のマンガワンの問題に関しては爆弾抱えた人物の連載開始に対する事前リスク予測が的外れだったのと、また実際に開始するまでの意思決定、審査、承認システムがきちんと働かなかったことが原因であるようにしか見えず、この点に報告書はあまりフォーカスしているように見えないため、冒頭にも書いたようにあまり質のいい報告書に見えないと思えました。

2026年8月7日金曜日

スパイダーマン・ブランニューデイを見てきた

 一昨日の話ですがスパイダーマンの最新作となる「ブランニューデイ」を見てきました。狙ったわけじゃなかったけど水曜なので映画料金が少し安くて得したのと、夕方5時からの回だったので割と席は空いてました。と言っても、自分が普段上海で朝一で見る映画の観客は自分を含めていつも二、三人なので、それと比べるとかなり混んでる印象ではありましたが。
 それで映画の感想ですが、結論から言うと前作の「ノーウェイホーム」を超えることはないものの面白いが、ぶっちゃけスパイダーマンというよりピーター・パーカーの映画に見えました。

・【レビュー】『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』歴代最高傑作か?あえて「描かない」ことで広げた世界観(Joshua Connolly)

 映画を見終わった後に見たのが上の批評でしたが、自分が思ったことを全部描いてくれていたのでこれで満足し、ほかの批評は一切見ず終わりました。それだけよく書けているので正直、上の記事見てくれた方が早いような気がするのですが、少しだけ補足することとします。

 まずアクションに関しては日本のしょっぱい映画と比べるとやはり段違いによく、特に終盤の忍者軍団との戦闘は見事なものでした。狭い空間でいかにもスパイダーマンらしい戦い方を見せてくれています。
 一方、ストーリーに関しては上にも書いた通り、正直スパイダーマンの映画というよりかはその中の人ことピーター・パーカーの物語であるように思え、スパイダーマンの映画を見た気があまりしませんでした。実際この作品はスパイダーマンとして悩むピーター・パーカーではなく、ピーター・パーカー自身が人として思い悩み行動する映画であるように見え、上の記事の人同様にあまりヒーロー物の映画であるように感じませんでした。むしろ、一緒に出てきたパニッシャーの方がヒーロー要素が強かった気すらします。

 もちろんそのような構成でも悪くはないのですが、前作の「ノーウェイホーム」が歴代スパイダーマン勢ぞろいという反則級の手段に出てきたせいもあり、日本で仮面ライダー大集合的なヒーロー物として異様な大作であったことからどうしても今作と比べることとなってしまい、さすがに前作を超えることは無理だろうと初めからわかってはいたものの、かといって次作に対する期待感を大きく持たせてもらえるような終わり方でもなかったため、見終わったときは「まぁこんなもんかな」的な満足感で終わりました。
 もっとも、本作の最大のカタルシスは多分自分以外の人にとっても最後の最後のラストシーンであると思います。あの最後のシーンは多分これまでトムホ版スパイダーマンを追いかけてきた人にとって一番待ち望んでいたシーンであり、あれを見るためだけにこの映画を見る価値があるでしょう。逆を言えば、あのシーンもあってヒロインが若干空気となっている気もします。

 あと、先ほどは次作に対する期待感は大きく持てないとは書きましたが、それはスパイダーマンに限る話で、マーブル映画全体で言えば「え、次は誰出してくんの?」という疑心暗鬼のような期待感は持たせられました。それというのもネタバレを回避して書くと、今回の悪役が名前を読み上げられるところで「え、マジ?(;´・ω・)」と思わざるを得ないビッグネームで、この人の参戦で今後どうなるか一気に読めなくなったからです。それだけインパクトあるキャラが本作ではいきなり登場してきます。
 ちなみに「V-Max」という単語を聞いてレイズナーを思い浮かべたのは自分以外にもきっといると信じています。

 なお中国人の友人も何故か日本より公開が早かったため先々週に既に見ていて、自分が見終わった後に感想を言い合ったのですが、「スパイダーマンはいいけどマーブル映画は最近ダメだよね。次の期待作は『オデュッセイ』かな(´・ω・)」と言っていたので、「話の元のオデッセイは中国で言えば『封神演義』だよね」と言ったら、「めっちゃ的確( ゚Д゚)」とやたら褒めてくれました。
 実際、オデッセイも封神演義も実際の史実をベースに神々や仙人が介入するというファンタジーとなっているので、とっさに出たとはいえいい例え方でした。っていうか映画の「オデュッセイ」にスパイダーマンの主人公とヒロインの夫婦が二人とも出演してくるの笑える。

2026年8月5日水曜日

奈良のコイン式日本酒試飲機

 今日あたりから少し暑くなりましたが、昨日一昨日と関東は冷房効かせているのかと思うくらい涼しく、よく眠れたことからなんか今元気です。土曜の朝は物凄い湿気で暑かったと記憶しているのですが、日曜の夕方に戻ってきたら新幹線の中より涼しいんじゃないかと思うくらいの気温でびっくりしました。
 そんなわけで土曜の朝から日曜の夕方まで、例によってまた関西地方に行っていました。日曜は例の奈良おじさんと合流して奈良公園を歩いたりしたのですが、当日の奈良の気温と湿気は半端じゃなく、普通に露天で歩いたらまずいと考え奈良公園の木陰道を歩いていました。

 なお木陰道を越えた先に志賀直哉が住んでいた屋敷があってみてきたのですが、途中で道教えてくれたおばあさんが聞いてもないのに「モンベルの社長の家はあそこですよ」と教えてくれました。そのおばあさんが教えてくれる前からも奈良おじさんが「モンベルの社長の家はこの近くや」と度々発言しており、なんか奈良の住民の自慢の種になっているような気がします。
 そんな具合で楽しく散策していたもののやはり暑く、お昼前に休憩がてらで「なら和み館」という施設に入ったのですが、そこでちょっと面白いものを見つけました。
 

 それがこの上の写真。なんとこれ、コインを入れることでボックスの中に入っている日本酒を一口試飲できる機械です。敢えてなづけるなら見出しに入れたコイン式日本酒試飲機といったところでしょう。

 仕組みを説明すると店員にお金払うとコインがもらえ、そのコイン1枚につきお猪口一杯分の日本酒がボタンを押すと出てくるという仕組みです。コインさえもらえばいちいち店員に言って酒を注いでもらう必要はなく、またいろんな銘柄を楽しめるということで唯一酒が飲める奈良おじさんが喜んで使っていました。
 なおその奈良おじさん曰く、お酒の販売所でも試飲はできるが何度ももらっていると段々お店に対して罪悪感を持つが、ここならお金払ってるので気兼ねなく試飲できると上機嫌でした。値段は確か200円で1コイン、550円で3コイン、1000円で6コインという風に設定されています。

 自分としてもこの機械の仕組みは面白く、それこそ値段を少し引き上げて試飲と言わずコップ一杯分で提供するのもありなのではないかと思います。いろんな銘柄のお酒をセルフで好きに飲める形なら面白がる人いっぱいいると思うし、また写真のように入れることでお酒も普通に次ぐより劣化し辛いようにも見えます。

 あと今回初めて気が付きましたが、奈良の日本酒はそれほど有名ではありませんが酒蔵は結構多く、銘柄も意外に多かったりします。奈良おじさん曰く、「日本酒は奈良が発祥なんや」と真偽の怪しい主張もしてましたが、供給力的には全国に流通させられる酒蔵はなく、奈良ではないと飲めない銘柄が多いそうです。酒が飲めないのでほかの地方の酒とどう違うかはわからないけど、この試飲機と銘柄の多さは将来武器になるのではないかと密かに見ています。

2026年8月3日月曜日

小学館のマンガワン問題報告書


 大分時間が経って風化しかけてた小学館の漫画ワン問題ですが、どうも今日第三者委員会の報告が出たそうです。ちょっと時間なくて報告書内容は読めてないのですが結論は小学館が悪いとのことで、こんな小学生でもわかる結論出すために安くない金額と長い時間かけてる時点で呆れます。
 まぁ小学館の狙いは、第三者委員会調査を入れることで時間を稼いで一時的に風化させることにあったので、目的はほぼ達成されていますが。

 この第三者委員会ですが成否がはっきりしない、例えばリュウとケンのどちらが強いかなど判定の難しい問題を担当させたりするのには大賛成ですが、今回の小学館のように結論がはっきりしている問題を調査、判定させるというのは茶番もいい所でしょう。はっきり言えば小学館の役員連中はこの程度の正邪すら判断できないというのであれば今後もトチ狂った決断を下すリスクが高いと言わざるを得ず、第三者に調査を依頼した事実をもって即刻退任すべきじゃないかと思います。こうはっきり言えるくらい、もはや一般的判断すら久我瀬ないほど人として劣ると私は思います。

 あとこの問題で一番肝心なのは、問題の漫画家を連載させた担当、そして編集長の処分はどうしたかという点です。編集長に関しては連載を決断をしたのは確か前任者だったというような報道があったと記憶していますが、組織としてみるなら直接的責任は負わずとも管理責任を問うのが当然で、最低でも降格、もし事実を知っていたというのなら更迭または解雇もやむを得ないのではないかと思います。共同通信なら間違いなく更迭してるでしょうし。
 この辺、明日辺り報告書読んで編集長は事実を知っていたかを読み込んでみようかと思いますが、これも逆を言えばこの点について第三者報告書がノータッチだったらこの調査そのものがいい加減だったということになるでしょう。

2026年8月2日日曜日

日米の円買い介入について

 すでに報じられている通り、先週金曜の日本での取引終了後辺りから日米が市場への共同介入を行い、円高方向へ誘導する円買い介入を行ったとみられています。それまでの1米ドル160円超は確かに異常な水準で、また以前に日本政府が単独で介入しても157円くらいまでしか上がらず、その後また戻ったことを考えると今回の共同介入は自分としても歓迎したいものです。
 内心、米国も共同で介入してくれるとは思っていたなかったのでうれしい誤算のようなものを感じています。やはり米国側も米ドル高が続くことを望んでいなかったようで、仮にそうだとしたらこの共同介入は日米双方にメリットのあるもので波風も立たず、またこれにより日銀の利上げにも追い風となり、このまま利上げを実施して不動産をはじめとする物価高騰に歯止めがかかることを期待しています。

 という風に優等生めいたコメントはいれましたが、個人的に一番気になるのは明日の列車です。なんか電車に飛び込むFXトレーダーが続出しそうで、フルリモートなので自分は影響ないですがもし通勤する立場ならいつもより早く出勤していた気がします。
 このほか個人的に思うこととして、かなり市場に影響を与える市場介入にもかかわらずネットの報道を見ているとあんまり解説なり分析する記事が出ておらず、なんじゃこりゃとかなり疑問を持ちました。もしかしたら自分が見ていない日経新聞なんかではいろいろ解説していたのかもしれませんが、これだけのインパクトあるニュースをどこも積極的に解説しないというのは日本の知性にかなり疑問を持つレベルであり、今後こうした議論を深めるような人がもっと出てほしいと願っています。

2026年7月31日金曜日

中国の対倭寇戦闘マニュアル

 最近ずっとブログに仕事の愚痴ばかり書いていますが、逆を言えばそれまでの仕事はかなり恵まれていたんだろうなとこのところ思います。まぁ日本の仕事もようやく要領分かって自分のペースで進められるようになってマシにはなってきてますが。

 それで話は本題ですが、数年前より個人的にまとめようと倭寇について密かに研究を続けています。その倭寇ですが知ってる人には早いですが室町時代前半の前期倭寇と、後半の後期倭寇でその系統や成り立ち、活動内容は大きく変わってきます。日本人が歴史の教科書で習うのは基本的に前期倭寇ですが、中国側の歴史で語られる倭寇としては後期倭寇の方が存在感が大きく、今でも後期倭寇との戦いをテーマにしたドラマとかも作られるくらいです。

 基本的に後期倭寇は中国人が主体だったと言われますが、頭目に関しては間違いなくそうです。ただ構成員に関しては中国沿岸部や日本の長崎県出身者などかなり混在していたのではないかと思え、具体的にどの国の人だったかと断定すること自体が間違っていると思っています。よく言われる境界人という言葉が一番合っているように思え、中国と九州の海の民の一部というくらいがいいと思います。
 ただ国籍は断定できないものの、その戦闘方法はほぼ日本式だったそうです。具体的には槍よりも刀をメインウェポンに使用し、特に日本刀は中国でも倭刀と呼ばれ、その切れ味の鋭さから戦闘の際には非常に警戒されたと言われています。
 なおちょっとここで突っ込んでおくと、明代でも中国は日本のことを倭と呼ぶ習慣が残っていたと倭刀という表現から伺えます。

 話を戻すとこの倭寇対策の責任者として中国で一番有名なのは威継光という将軍で、彼は中国沿岸部を荒らしまわっていた倭寇の討伐で大きく功績をあげ、今でも倭寇退治の英雄として中国でも知られています。といっても、多分歴史好きの間だけでしょうが。
 その威継光なのですが、彼が倭寇討伐で名を挙げたのは自らが訓練した部隊が活躍したため、その訓練では倭寇相手の戦闘対策がなされていたと言われています。具体的には狼筅という、枝葉が付いたままの竹を柄にした槍を集団で用い、倭刀で切りかかられないよう接近戦を避ける戦術を採用しています。この狼筅を使った陣形を「鴛鴦陣」と称して、大きな戦果を叩き出したと言われています。

 このエピソードからみても、当時の中国にとって日本刀はかなり脅威となる武器だったようです。もっとも日本国内での戦闘で日本刀はほとんど使われず、合戦のメインウェポンはやはり弓矢だったという声もあるので日本刀の凄さに関しては若干尾ひれがついているのではと思う節があるのですが、外国の目から見てこのような話があることもある程度考慮が必要でしょう。

2026年7月29日水曜日

今回あまり広がらなかった自粛ムード

 昨日夕方の熊本の地震、またその後のイオンの爆発事故で今日のニュースはほぼそれ一色でした。実際に視聴者も気になり注目するだけにメディアが関連ニュースの報道に集中することは問題なく、炎天下で避難を余儀なくされる被災者への支援を広げる意味でも集中的な災害報道は今後しばらくは続ける必要があるでしょう。

 ただ今回の報道や世論を見ていて思ったこととして、過去の大地震と比べると自粛を口にする人を全く見なかったし、自粛ムードも広がっていないような気がしました。以前は誰が言うまでもなくイベント事は中止や縮小され、またそうした自粛を暗に求めるような世論も大きかった気がします。
 ただ以前からも被災地はともかくその他の地域でも必要以上に自粛を行うべきかという逆批判も起こり、経済的にも心理的にもかえってほかの地域は日常を維持することこそが被災地のためにもなるという意見も出ていました。私自身もこの意見に賛成で、被災者に寄り添う気持ちは大事であるものの、予定されていたイベント事を中止にするなど必要以上な自粛は誰のためにもならない不要な自己満足に過ぎないと考えていました。

 それだけにプロ野球のオールスターをはじめ、大規模イベントに対して「自粛しろ」みたいな声がほとんど聞かれず、また勤務など勤めて日常を維持しようとする人が多いことは非常にプラスで、過去と比べると大きく前進しているような気すらします。むしろスポーツイベントなどで被災地への応援メッセージなどを発信する方が重要であるし、特に今回は熊本出身であるホワイトソックスの村上選手にはさらなる活躍を見せてぜひ勇気づけてもらいたいものです。
 何気に現地ホワイトソックスの実況が今回の熊本の地震に言及してくれたのは私としてもうれしく感じました。

 そんなわけで必要以上な自粛は避けるべきといった過去の主張というか反省が、しっかりと現在において実現していると感じた次第です。なお311の時に私は上海にいましたが、やはりあの時の上海の日本社会でも自粛ムードが広がって居酒屋とか人が少なくなっていたのを思い出します。ちょうど自分は311に杭州のくそみたいなハーネス工場やめて次の週から上海の新聞社に移ったからよく覚えていますが、無理に明るく振る舞う必要はなくても必要以上に暗くなるのはやはりよくないなと思います。