2026年6月8日月曜日

現地採用の若者がいなくなった中国

 あくまで自分が見ている限りですが、かつてと比べると中国で一山当てようと現地採用しに来る日本人の若者はここ数年、マジで全く見なくなりました。現地採用者は自分を含め今でも多いですが、若くても30代中盤以上で、20代の現地採用となるともはや雀並みの絶滅危惧種です。

 やはり一つの潮目だったのはコロナで、これ以前と以後で海外転職のハードルは大きく変わったとともに、当事者である若者の間でも見方が変わったんじゃないかと思います。また近年は通貨格差もあって欧米、具体的にはオーストラリアやカナダの方が渡航先として人気で、経済も落ち目な中国にわざわざ来るのは昔ながらの中国の歴史や文化にロマン持ってる奴くらいになってる気がします。

 真面目な話、2010年ごろは自分のように中国にわたってみようという若者はいまとは比べ物にならないくらい多くいました。どちらかと言えば自分はロマン派で一山派ではなかったものの、上海の街中を歩けば現地採用らしき日本人の若者はよく目についたし、日本人会とか出入りするとかなりの人数が集まっていました。それが今だと単純に在住日本人が減っており、日本人向けスーパーもいくつか古参の店が閉まるほどで、日本人が多かったのも今は昔と感じます。

 まぁ当時と比べると今の日本は雇用が豊富でわざわざ海外に行かなくても仕事にありつけることから、現地採用者も以前ほど多くはないのかもしれません。また、やっぱり2008年のリーマンショックの頃がある意味で最も経済のグローバル化が激しかった時代で、当時と比べると全体的に海外勤務に対する見方やワクワク感も今はあまり強くなさそうな気がします。
 逆を言えば今この時代に海外で働こうとする若者はどういう考えでそうしようとしているのか、機会があればその辺を聞いてみたいものです。

2026年6月7日日曜日

突撃、松戸七不思議ツアー

 日本での業務を開始するにあたり、所属している会社から健康診断を受けるように言われていました。ちょうど自分も日本の病院で一回健康診断を受けたいと思っていたので渡りに船だと思い早速地元流山市の病院に予約を打診したところ、「8月まで予約いっぱいです」と断れてしまいました。
 仕方ないのでならば職業も松戸戦士だし松戸の病院で健康診断を受けようと適当にネットで検索して対応している病院を探したところ、ドクターランド松戸がいい具体に引っかかり、またネット予約も手軽にできたのでこちらで昨日6/6に健康診断を受けることとしました。ただ予約を決めた時点でこのドクターランド松戸がどこにあるのか全く把握しておらず、まぁ松戸ならどこでもチャリで行けるだろうという過信で予約したのですが、改めて調べてみたら北松戸駅に近い上本郷にあることがわかりました。そう、以前取り上げた松戸(上本郷)七不思議の舞台です。

  この時点で私は、「ああ、つまり俺に松戸七不思議を回ってこいという天の啓示か……」と悟りました。そんなわけで、松戸七不思議を実際に見て回ってきたので一挙紹介しようと思います。

上本郷の七不思議(松戸よみうり)

 松戸(上本郷)七不思議とは以前の記事でも紹介しましたが、JR北松戸駅近くの上本郷で伝えられている七つの伝承です。と言っても伝承の元となった木とか既になくなってたり、八尾比丘尼の話は伝承のみで特にランドマークもなかったりするのですが、それぞれゆかりのある地域を松戸市のHPでも地図にしてまとめられていたので、この地図をもとに健康診断を受けた後にチャリで回っていきました。
 関係ないけど昔にも書きましたが、やっぱり自転車でもロードバイクは本当に体に悪い気がします。日本でノーマルのチャリに乗ると「なんでこんなに進まないんだ(ヽ''ω`)」というぐらいに体を酷使する印象を覚えます。

1、風早神社の大杉

 そんなわけで一発目はこの風早神社です。七不思議によるとなんかでかい杉があったそうですが今はもうないとのことでいきなり出オチなのですが、割とキレイなところでした。


 境内回りは綺麗にされており、参拝者は自分以外いませんでしたが静かなところでした。このほかの七不思議ポイントもそうですが、車が侵入し辛い細い路地が入りくねっている丘の住宅街にあり、人知れず自転車乗るなら悪くない場所です。

風早神社参道

2、斬られ地蔵(本福寺)

 エピソード的に一番七不思議らしい斬られ地蔵があるというのがこの時宗のお寺の本福寺です。ここは吉田松陰が東北旅行した際に逗留したお寺でもあり、入り口にはその碑文もありました。


 でもって下の写真が件の斬られ地蔵です。自分もこの前にネットで写真見てましたが、生で見るのはこれが初めてでした。

右の車輪回したら小吉だった


 一見すると袈裟斬りまたは唐竹割りに切られているように見えるのですが、よくよく頭部を上からみると側面部にも傷があります(下の写真参照)。この側頭部の傷からみて、斬られたというよりかはなんか落として割っただけというのが本当のところなんじゃないかと思えました。

頭部側面部の傷


本福寺本堂


 こちらは七不思議じゃないですが上本郷に昔からあったカンスケ井戸の跡地です。本福寺脇の階段を下りたところにあり、今では小さな池となっています。

コイもいた

3、富士見の松(本覚寺)

 こちらも不思議エピソードはなんもなく、なんか日蓮宗本覚寺にでかくて富士がバックに見える松が昔あっただけという話です。しかもその松は昔に枯れ、切株もがけ整備で除去されたとのことなのでなんも残っていません。


 方角的に富士見の松があったのはこの南側の崖付近だったのではないかと思います。見ての通り急峻な崖で下には住宅もあるので、土地整備があってしかるべきでしょう。

本覚寺本堂

 なお本福寺も本覚寺も墓地が併設されており、この後のゆるぎの松探しでも別の墓地を回らされており、なんか七不思議ツアーというより墓場ツアーやってるような気がしました。途中から自分も「おさかな天国」を「お墓場天国」と言い換えて、「墓場は僕らを待っている~♪」などと歌いながら回ってました。

4、宮女の化物(明治神社)


 この宮女の化物の伝承の舞台は雷神社となっているものの、雷神社がどこにあったのかというのはわかっておらず、この明治神社に雷神社と刻まれた石が奉納されているというだけです。一応行ってみましたがこの明治神社自体は普通の神社でこれというイベントはなく、自分も写真だけとって帰ってきました。

5、ゆるぎの松

 このゆるぎの松はなんか昔、ゆらゆら揺れるでかい松があっただけで、ほかのエピソード同様に「なんかでかい木があった」というだけの不思議でも何でもないエピソードです。場所はJA東葛からやや南に下ったところを左折した坂の途中にそんな松の木があったという句碑だけ残っていると書かれてありましたが、残念ながらそれらしい句碑は見つけることができませんでした。
 なお前述の通りこの付近にも墓地があり、上本郷という場所そのものが一体としての墓地なのではないかと思うくらい墓ばっかこの日見ていました。

6、二ツ井戸

 この二ツ井戸は昔そこに二つ井戸があり、常に片方は澄んでるけど片方は濁っていて、どちらか片方を埋めてはならないと言われていたというエピソードです。なお現代では二つとも埋められるという一休さん的オチに落ちついています。
 井戸そのものは既にないのですが、その跡地は北松戸駅東口から南東にまっすぐ伸びるメインストリートのとうかえで通り沿いにあり、下記写真のように碑文もしっかり残されています。


 前述の通り、7つ目の八尾比丘尼の話は具体的なランドマークがないため以上の6つで七不思議スポットを全部回ったこととなります。動いた時間は自転車移動で約30分と非常に近距離間に集中しており、この辺りの散歩で回るにはルートじゃないかという気がします。
 なお最後の二ツ井戸を探している際、気になる和菓子屋がありました。


 気になったのはこの竹和というお店で、店の正面にある「生クリーム入りコーヒー大福」という商品名でした。マジ気になったのでそのままお店入って「例のブツを頼む(´・ω・)」と言ってこのコーヒー大福(170円)を買って帰りました。
 ちなみに買う際に店員さんに「やけに攻めた商品名だけど売れ行きはどうか?」と聞いたら、まぁまぁ買っていく人はいると教えてくれました。あとブログに書いていいと聞いたら「いいよ(´・ω・)」とのことでした。


 こちらがそのコーヒー大福で、実際食べてみた感じとしてはチョコレート大福と言った方がむしろイメージしやすい味だったと思います。実際にはチョコレートよりはややビターな味ですが、同じカカオ系ということでチョコレート菓子っぽい印象でした。決してまずくはなく、むしろ何も言わず「大福です(´・ω・)」と言って差し出し、あんこをイメージさせつつ客に食べさせたら軽いサプライズを起こせる気がします。

 こんな具合で七不思議ツアーをしてきましたが、結論を書くと上記の通りに上本郷はやたら墓場が多いというのが最大の感想です。自分は墓場が近くでも気にならないけど気にする人なんかは敬遠する土地なのかもと思ったのですが、実際にはかなりの住宅街で、住んでる人もそんな気にしてない気がします。諸々含めてアピールすために、やっぱり北松戸はテーマソングを「お墓場天国」とするべきなのではないかと思いました。

2026年6月5日金曜日

食品のブランディングは難しい?

 結論から書くと、昨日の記事のコメントを読んでふと思ったのですが、どれだけおいしい物でもたくさん食べると飽きられるということが食品のブランディングにおいて大きな課題であるような気がしました。

 順を追って話をしていくと、私自身もかつてはいっぱい食べたいと思っていながらもいざ実際にたくさん食べてみたら、あっという間に飽きて、その後一切食べなくなった食べ物が結構あります。

 この手の飽きるのが早かった事例で一番思い出深いのは2022年の上海ロックダウンの時で、丸二ヶ月軟禁させられていたことから仕事中に同僚に「俺、このロックダウンが終わったら、コーラ百本くらい飲むんだ……」という死亡フラグみたいなセリフを口にしていました。しかし実際にロックダウンが終わってコーラをたくさん買ってきて飲み始めたところ、大体2リットルくらい飲んだところで意外と早く「もういいや(;・∀・)」となって飲むのをやめてしまいました。その後は全く飲まなくなったわけではないものの、ロックダウン中の意欲はどこに行ったのやらと思うくらい落ち着き、それ以前と同じ水準で摂取しています。

 以上はやや極端な例かもしれませんが、食品というのは基本的にどれだけおいしくても割とすぐ飽きが来てしまうものだと思います。これをマーケティングで考えると、ある名物商品を売り出すために無料試食や低価格などのキャンペーンを打ち出して大々的に売り出すと、味や広告が良かったりすればそのまま売れるでしょうが、恐らく一過性のブームに終わってその後は存在自体忘れ去られることになるでしょう。要するに大量に売り出してみんながたくさん消費すると、あっという間に飽きられて売れなくなるっていう話です。

 では上記のような飽きられる事態を避けるにはどうすべきか。食品の認知度を一定まで高めて維持することは当然ですが、その先は長い時間をかけて定期的に「あ、あれ食べたい」と思うくらいの定番商品にまで引き上げる。または敢えて供給量を絞り、普段なかなか食べられないレアな食品として認知させるというのが、食品のブランディングにおける大きな分かれ道になってくるように思えます。
 やはり一般的に「おいしい」と指される食品はどれも、値段が高かったり食べられるシーズンが限定されるなどして常にたくさん食べられるものではないものが多い気がします。レアリティとも言うべきか、なかなか食べられないからこそ価値があり、おいしいと思われているところがあるように思え、極端な話、ごく限られた時期、限られた人にしか食べられないという風に言えば何故かおいしい食品という評判が立つんじゃないかという気がします。

 ただこのように供給量を絞るとなると、もちろん販売量も低下するわけです。相応に単価を引き上げて高級食品として扱うことができるなら採算は取れるかもしれませんが、仮に高価格少量販売路線で行くとなると、そもそもその食品自体の認知が広がらず、誰も食べたことがなくておいしいという評判も経たなくなるかもしれません。
 ならばと認知度を上げるために大量供給すると最初に述べたシチュエーションとなり、一気に流行る可能性はありますがすぐに廃れる現実に直面する可能性も出てくるわけです。

 この点、マツタケなんかは昔はよく取れたため初めから認知度が高く、その後収穫量の低下によって激レア化して高価格となったから、かなりおいしい食品にうまく変貌したなという気がします。

 話を戻すと、食品を売り出す場合は価格と供給量、そして消費者の関心をどう制御するかが求められ、一概にブランディングするといっても高度な戦略が求められてくる気がします。ただおいしいと宣伝して広げるだけでいいのかではなく、どうやって定番化する、または供給量を抑えるかといった戦略が必要で、そう考えると普通の耐久消費財なんかより難しいと思えてきます。

2026年6月4日木曜日

焼き魚食べられる飲食店が思ってたより少ない(;´・ω・)

 密かに先週末から日本に潜入して裏工作を続けていますが(今回は長い)、昨日は急に「なんかサンマとかサバの焼いたの食いたい」と思い立ち、ソ連人民の敵であるうちの親父とそういうのが食える店を自宅近くで探しました。しかし改めて考えるとこういう焼き魚を売ってそうな飲食店が思ってたより浮かばず、居酒屋を除くとファミレスとかでは和食チェーンでもほぼ期待できないということに気が付きました。刺身メニューとかなら出すところは多いけど、サンマ定食みたいな感じで出すお店はマジで見つけられませんでした。
 最終的に夢庵いって、金目鯛の煮付け定食食って帰ってきました。意外とこういう煮付けは上海でも食べる機会少ないからありがたかった。

 話を戻すと、改めて考えるとなんか魚料理を食べられるお店というのが居酒屋以外だとかなり少なくなっているような気がします。以前はもっと焼き魚に溢れていたように思えるし、自分が学生だった頃は500円でマジサンマやサバ定食をよく食べていました。焼き鮭定食なんかはまだ朝食メニューとかで見られますが、頭の付いた魚を焼いて提供するところは本当に限られるように思え、なんか日本の漁業衰退が進んでいるような妙な恐怖感を昨夜覚えました。

 なおその後いくつかのファミレスのメニューを色々見てみましたが、やはり物価高の影響なのか鶏肉系のメニューが増えているような気がします。から揚げやチキン南蛮、チキンステーキなど鳥盛り沢山なかんじなのと、鶏肉に限らずメインのおかずはやはり肉類である印象があります。
 何も魚好きというわけではないですが、もっと魚のメニューが多くてもいいのではないかとちょっと疑問に思います。上海でも魚は食べようと思えば食べられますが、日本よりも価格がやや割高で味も落ちることから今回の日本滞在中はいい魚をたくさん食べたいと思っていたのですが、上記のような状況でやや出鼻をくじかれています。

 思えば「おさかな天国」がスーパー内で鳴り響いていたのも今は昔。あの時も散々言われていましたがあの時以上に日本人の魚離れが進んでいるように思え、折角いい漁場をたくさん持つ国なんだから、もっと魚を食べればいいのにと思わざるを得ません。農水省も「魚メニューを3品以上出さなければ飲食業を認めない」などという規制出してもっと日本人に魚食わせるべきだと思うのですが、突き詰めると日本の飲食店における魚メニューの減少は、セントラルキッチン方式にあるような気もします。
 やはり肉類と比べると魚をレンチンだけですぐ出すのはやや難しく、こうした手間とコストから魚メニューが嫌われているのかもしれません。ならば農水省はレンチンで気軽に食べられる魚メニューを鮭以外にもっと増やすべきで、ともかく何でもいいからもっと魚を日本人に食わせるべきでしょう。ただでさえ円安で輸入食材の価格が上がっているだけに、魚による自給自足戦略を加速すべきです。

 ここまで書いてなぜここまで魚に熱くなれるのか自分でも意味不明です。それはともかくマジ焼きさんま早く食いたい。

2026年6月2日火曜日

人材派遣大手5社のカルテル疑惑について


 わざわざ友人もリンクつけて送ってきましたが、かつて派遣業界に対して結構記事書いてた身からすると、時代を経たなという印象を覚えました。

 記事中の会社で気になった会社を挙げると、一番はパーソルテンプスタッフだったりします。というのもマージン率を調べていた最中、当時はテンプスタッフ単体でしたが大手の中でほぼこの会社のみ各種マージン率を事務所ごとにはっきりと公開しており、コンプライアンスに対し真摯な会社だと思っていたからです。あと何気に中国での転職で自分がお世話になったのもここだったりします。
 逆に全く驚かなかったのはスタッフサービスで、マー=ジン率調査の時の態度も最悪で「最寄りの事業所に来たら見せてやんよ(・∀・)」って回答してきました。上海から最寄りの事業所ってどこだよと言いたくなりましたが、なんかYahoo記事のコメント見るとなんかここだけ名指しでで「ひどい目に遭わされた」と書いている人が嫌に多い気がします。

 反対に名前がやはり載っていないと思ったのはメイテックです。ここはマージン率の公開にあまり積極的でなかったものの、問い合わせに対しては非常に真摯に回答してもらい、また知り合いの派遣会社の人も「スピリッツが違う」と話して絶賛しており、実際私自身もそう感じました。そういう会社なだけに今回カルテル容疑がかけられていないことに安心とともに納得しています。

 現段階ではあくまで容疑段階ですが、ここまで報道が出ていることはつまり、読売側も間違いだったら逆に訴訟起こされる水準なので記事の信頼性はかなり高い気がします。割とこの業界はやっぱりダーティなところもあるのでこういうことやってることにあまり驚きはないのですが、私以来マージン率を調査する人もいなくなり、なんか社会の監視の目は弱くなってきている気がします。そうした矢先なだけにこれを機に派遣業界の問題点とか改善点についてみんなで考え、自分の過去記事のアクセスもまた伸びてくれればいいなとか勝手に思っています(´∀`*)ウフフ

2026年5月31日日曜日

現在の日本経済の課題

 大体2013年ごろ、日本経済の最大の課題と私がみなしていたのは雇用不足です。雇用の引受先が不足しているから労働者は転職をせず今の会社にしがみつく結果、雇用の流動性が下がり、従業員をこき使い社会全体の効率を下げるブラック企業が氾濫する事態を招いているとみていました。
 この見立ては現在においてやはり間違っていなかったと思っており、人手不足が叫ばれる現代においてブラック企業の報道は完全になりを潜め、また退職代行が横行するなど転職も活発化し、その結果としてデフレも克服しつつあるのではないかと思います。そういう意味でかつて最大の課題とみなしたこの雇用不足はもはや克服できたと言っていいでしょう。

 では現代においては何が日本経済の最大の課題か。結論から言えば中小企業の存在じゃないかと思います。かねてより日本は中小企業は大事という音頭とともにやたら支援し続けたものの、その結果デフレを招き、また明らかに人としてヤバいレベルな中小企業経営者を存命させてきたように思えます。幸いというかデフレからインフレに切り替わり異常者レベルの経営者というか中小企業の淘汰は進んできているのですが、それでも中国とかと比べると日本は中規模で、口先だけはいっちょ前ながら実際は社会全体の効率を下げている企業が異様に多い気がします。

 またそのような中小企業が多いことから、大企業も外注業務を発注する際に多くの選択肢を持ち、その結果として発注単価を競わせることで価格上の優位を得ている気がします。仮にある業務っを任せられる企業の数が10社ある場合とと2社ある場合を比較したら、後者の方が必然的に発注単価が上がり、中小企業側の利益も増加するでしょう。さりげなく言いましたが日本では某自動車最大手を筆頭に、中小企業から吸い上げる形で大企業が利益の大半を得てしまうのもそろそろ是正する必要がある気がします。

 何が言いたいのかというと要するに、日本は中小企業が多すぎるばかりに限られた数の大企業が異様に有利な状況になっているのではと思う節があります。また中小企業の経営者にはかなりヤバい人物も少なくなく、これらを踏まえると中小企業を減らすことが富の再分配にも、社会効率の向上にもいいのではないかと思え、中小企業を意図的に減らす方針こそがいま求められているのではと考えるわけです。
 具体的には一方的につぶすのではなく、統廃合が望ましいです。同じ業種の企業同士でどんどん合併や事業譲渡するなどして中小企業を減らし、準大企業を育成、増加していくべきじゃないかと思います。こうすることによってそれまで中小企業に勤めていた労働者の所得増加につながり、大企業の寡占を崩し、経済や企業の新陳代謝も促せるのではないかと思います。

 もちろん中小企業を減らせとは言っても、中小企業支援、特に起業支援なんかは怠るべきではありません。減らすのは既存中小企業であり、新興企業支援は今後も必要かと考えています。

 最近、というか数年くらい前からなんか日本の報道や文物を読んでいてもこの手の日本経済の改善提案というものを見なくなってきており、こういう議論を自分もできなくなってきています。そういう寂しさから久々にこういう記事書きましたが、もう少し経済活性について日本人はいろいろ議論すべきでしょう。マジで今の経済学者とか何やってんだ?

2026年5月29日金曜日

スリの消えた中国


 これはさっき食べてきたウイグル系料理店のスマホミニプログラムでの注文画面ですが、スマホのシステム言語読み取って勝手に翻訳してくる(しかも変更きかない)ようになっており、かえってメニューとか「伝統的ビーフラーメン」などと意味が分からなくなっています。今回もメニュー名の「ダーパンチー(大盘鸡)」はまだしも「口に合わない(複数選択可)」は元言語でどう書いてあったのかが想像できません。多分、フレーバーとかトッピングみたいな意味だと思うのですが。

 そんな楽しい中国について先日、友人の上海人とあった時に以前にこのブログで書いた「防犯意識が下がってきた中国人」の話を聞かせました。ここでも簡単に説明すると、以前と比べ中国はさらに治安が良くなったのかこのところ泥棒を警戒しなくなり、各集合住居の1階入り口にあるドアの施錠をしなくなったことを書いています。
 この自分の見解に友人も同意するとともに、「そういえばスリも全くいなくなった」ということを口にしました。

 スリというと日本でもそんなに意識しないと思いますが、十年くらい前なら中国の大都市部ではよく「スリに気を付けろ」、「あそこはスリが多い」などということを口々に言うほどスリの存在感が強くありました。圧倒的監視カメラの多さによって強盗などの凶悪犯罪こそ以前から少なかったものの、スリや泥棒のような目立たず小銭を稼ぐ犯罪は上海でも以前は多く、住民もそれなりに防犯意識というか警戒感を持っていました。
 それが現在、確かに友人の言うとおりにスリの存在を意識するどころか注意報なども聞かなくなりました。まぁそれもそのはずというか、現代中国人はスリに盗まれる以前に、盗まれる財布を誰も持ち歩かなくなっています。盗もうにも盗む対象がないという状況で、別に治安が良くなったとかそういう以前にスリという商売が成り立たなくなっているのが今の中国です。

 携帯電話であればまだ換金性がありますが、中の情報や決済機能を使おうにもパスワードでロックされているし、中国のことだから下手に電波出すとあっという間に位置特定されるので下手に起動させることはできません。本体だけ売り払おうにもちゃんとした買取業者なんかだと身分証明書の提示を求められるためこれまた迂闊に売ることができず、前述の通り財布は存在自体消え失せており、現代中国でスリで生きてこうとなるとかえって難しいでしょう。

 その代わりというか騙して送金させる通信詐欺は中国でもめっちゃ流行っており、フィッシングメールもよく飛んできます。もっとも中国だと通信キャリア側でこの手のフィッシングメール対策をしっかりやっており、複数のユーザーが「詐欺」と番号を登録したらほかのユーザーにも一斉にフィルターかけてくれるので、Yahooよりも実際煩わされる機会は多くありません。前にも書いたけど、今日本で通信詐欺多いのは対策の弱いYahooのせいだと思う。

 なお先日同僚が別の同僚に電話をかけたところスマホの表示画面に、「この番号は複数のユーザーから『詐欺』と登録されています」と表示されたそうです。押しの強い営業が武器な同僚だったから妙に納得しました(´∀`*)ウフフ

2026年5月28日木曜日

密かに評価しているロッキング・オン・ジャパンの情報流出対応

 本題と関係ないですが先日の上海の日本人切り付け事件の舞台となった日本食店が、ある予約サイトの調査で「接待に使いたい店」ランキングで1位になっていたのがなんか見ていて笑えました。皮肉か。

ロッキング・オン・ジャパン、元従業員が個人情報をUSBメモリで持ち出し 退職時に(ITmedia NEWS)

 話は本題ですが、あんまり話題になっていないですが上のニュースに昨日一際注目していました。事件内容を簡単に説明すると、音楽雑誌などを発行しているロッキング・オン・ジャパン社で先日、退職した従業員が持ち出しが禁止されている顧客情報などをUSBメモリに入れて持ち出していたそうです。
 これだけ聞くとよくある情報流出事件のように見えますが、注目すべきはその時系列です。件の従業員の退職日は3月19日に対し、この不正データ処理を同社が検知したのは3月19日と当日だったそうです。でもって翌営業日の3月23日には外部専門家と検証を行って容疑内容を確認し、3月26日には元従業員を詰めて同行為を認めさせるに至っています。その後、二次被害はないかの確認を経た上で今回の発表を行っていますが、その対応の速さには舌を巻くし、二次被害の有無も確認してのこの発表文はあらゆる方面でパーフェクトです。

 一見すると情報流出を起こしたというとマイナスな印象ですが、私に言わせればどんだけ対策しようがこういうものは起きるものであり、起きた後に果断に対応できるかの方が重要だと思います。そうした観点に立つと今回ROJの反応速度と元従業員をとっちめて被害を最小限にした対応は驚異的というべき迅速さであり、むしろ普段からサイバーセキュリティが徹底されてあると評価すべき内容であるように見えます。

 またこの手の情報流出事件というのは、起きたとしても「そんな事件はなかった、いいね」的に外部へ発表しない圧倒的に多いです。何気にこの業界には結構詳しく、えぐい事件起きているにもかかわらず内々で処理してあとからコンサル呼んで対策こくというのがお決まりのパターンです。今回のROJの事件は恐らく本人らもドヤ顔決めて自慢できるものだからこそ発表に至ったのではないかと思いますが、逆説的にこういう情報流出事件の発生をきちんと発表する会社というのはサイバーセキュリティ意識がしっかりしているという証左にもなると思います。少なくとも、何もこういう発表がない会社よりは私は信用します。

 言うまでもなくROJはIT関連企業というわけではないですが、ことサイバーセキュリティと情報管理に関しては大した実力と意識のある会社だと今回私は認知しました。こういう風に、事件というかインシデント発生を発表する会社をきちんと評価することが社会全体のサイバーセキュリティ向上につながると思え、そういう意味でぜひこの一件は紹介したいと思ったわけです。

2026年5月27日水曜日

最近の中国の景況感

高校生の命が奪われたのに、抗議船転覆から2週間ほぼ沈黙…元共産党員の"党・しんぶん赤旗"への強烈な違和感(プレジデント)

 ほんとこういう記事を見ていると社会主義系の政党やメディアが「子供の命が大事」というのは完全な方便で、本音では虫けら程度の命と思っているんだろうなと思います。漫画の「みいちゃんと山田さん」の影響からかこのところ露悪と偽善の議論が高まっていますが、私は子供のころから露悪主義で、本音を隠さないことこそが結果的に正しくなると思っており、偽善を気取るこいつらは昔から大嫌いです。
 にしても「人が亡くなっているんだぞ!」という記述を見るたびに、何故かカミーユが浮かんでくる。

 話は本題ですが、最近の中国の景況感は悪くないです。私の家の近くでも長らく放置されていた建物で再工事が行われ飲食店が新たに開いたり、同じく放置されていたビルも解体工事が進められています。ショッピングモールとかでも前よりは空きテナントが減り、街の明るさで言えば以前よりかなり良くなっています。一度閉店したビジネスホテルとかも、改修して再オープンしているし。
 そんな状況について中国人たちは、「どうせ一時的なもので、すぐ潰れるよ」と、何故か冷ややかな目で見ています。というより、以前は「今まできつかったけどこれからはきっとよくなるよ」と前向きだったのに、なんかここにきて急に後ろ向きになっています。でもって、その見方は私も同感だったりします。

 前述の通り、以前と比べると気温も上がってきていることもあってか街中の人通りも増えて、お店も増えて好調そうに見えますが、マクロ経済というかB2B方面は全く改善しておらず、特に高額の耐久消費財の売れ行きとかあまりよくない印象があります。何よりも不動産業界の不良債権に誰も手を付けようとせず、今も負債は拡大し続けていてどんどん手が付けられなくなってきており、今後破綻する不動産会社大手もまた出てくると思います。
 またイラン戦争の影響で原油価格は中国でもある程度上昇しており、これが中小製造業をかなり直撃していると聞きます。実際にB2B業界の会社にいる友人に話聞いてもそれは事実だと言われ、あまり報じられないものの中国の現場製造業は戦争の影響でかなり苦しいし、日本ほどナフサに困ってはいないが原料価格高騰は間違いなく影響していると言われました。

 冷静に考えれば簡単なことですが、日本国内の製造産業は既に大部分が海外に移転しており、王子と比べると既にかなりスカスカとなっており、原料が高騰しようがそもそも原料を使う人間や企業がもはやあんまいなくなっています。反対に製造大国となった中国はこれら原料をどかどか使うわけで、価格高騰のダメージがどっちがでかいと言ったら中国に決まっています。
 その中国も現在は国内市場が飽和しており、製造業はかなり輸出頼みな状況となっています。企業目線で立つと国内市場はもう伸びないから海外進出して海外で売り上げを伸ばすしかないのですが、なんかここにきて中国政府は資本の海外流出を懸念してか、海外送金とかを規制しようとするような動きを見せています。いいぞもっとやれと言いたくなりますが、中国は天邪鬼なので言わないようにしています。

 ぎゃに日本は本人らは築いていないでしょうが、かなり景気がいいように見えます。やはり人手不足で雇用が充足されていることが大きいのと、観光産業がぐんぐん伸びているのが何よりでしょう。もっとも観光産業は景気に左右されやすいため、今後も安泰とみるのはやや浮かれ過ぎだと思います。ただまだ成長余地があり、安価で長期滞在できるような体制をもっと強化することでこの弱点も克服できる気がします。
 ただ欲を言うと観光以外にもう一つ新興産業が欲しい所です。製造業はこの際捨てるべきだと思っているのでそれ以外で、あまり手あかのついていない産業がいいような気がします。

 なお農業に関しては今知り合いが以下の記事を書いてます。

2026年5月26日火曜日

巨人・阿部元監督逮捕騒動を見て

 なんか昨日はニュースが目白押しだったというか、日本、いや世界のコンビニの祖ともいうべき鈴木敏文の訃報に始まり、北海道の二件の若者による殺人事件の裁判開幕と一日中ニュース見ていて飽きませんでした。特に後者に関しては犯罪都市の地位を松戸から旭川が奪いつつある事件の代表格も含まれているのですが、なんでわざわざこの二件の事件の裁判を同日に開催したのかがちょっと勘繰ってしまいます。多分、北海道の記者はこのせいで両方の裁判をリアルタイムで追いかけなきゃいけないから、この1週間くらいはずっと大変なんじゃないかという気がします。

 なんていう感じで昨夜はロボステップの原稿書くのに注力してブログは書かず静観してましたが、そしたら夜中に「阿部監督逮捕」という見出しが入って来るじゃないですか。正直言って、最初見たときはフェイクニュースか何かか疑ったくらい衝撃的で、その後の報道で事実と分かるとえらいこっちゃと恐れおののいた次第でした。

 一夜明けた今日はより詳細がはっきりするとともに、本人の申し出もあって監督を辞任することが報じられました。この辞任への素早い判断は阿部氏、巨人ともに迅速であったと評価しており、どっかの伊東元市長に見せてやりたいくらいなのですが、さすがに逮捕まで行ったとなるとこの決断は仕方ないという気がします。仮にこれで留任したらよくない前例を作ることになるし、逆にここでスパっとやめたことで逮捕即退団という、将来の戒めを作ったと思えます。
 その逮捕に至るきっかけですが、現在最も議論されているように通報した阿部氏の娘さんも意図下に物だったようです。これは警察を含む関係者の証言が一致していることから信じられると判断していますが、私個人としては批判の対象は娘さんというより警察じゃないのかなという気がしています。

 さすがに常習的だったり、骨折など明確な怪我を負うほどの暴行だったら話は違いますが、少しひっぱたくくらいなら家庭内の教育の一環であるように思え、公権力が過剰に介入すべきじゃないかと思います。実際、過去にも少し叱っただけで親を困らせてやろうと子供が警察に過剰な内容で通報し、親が逮捕されるという事件も過去に起きていますが、家庭内への必要以上の介入は避けるべきだと思います。
 そんなこと言って及び腰だと本当の虐待事件を防げないという人もいるでしょうが、言うほど虐待と教育のボーダーはあいまいではなく、むしろ明確です。前述の通り骨折とまではいかずとも大きなあざや近所の評判を聞けば虐待かどうかはすぐわかるもので、少なくとも今回の阿部氏の事件ではその後の影響や騒動を考えるに逮捕するべきだったのかというと正直疑問です。そんな巨人をかばうつもりはありませんが、無駄に騒動をでかくして泣かずに済む多くの人たちを泣かしてしまったように見えます。そしてそのボーダーは、警察が逮捕するかしないかにあり、説諭でとどめておくのがベターだったんじゃないかと思うわけです。

 以上のような見方から、ややオーバーに児相に伝えたかもしれませんが娘さんを批判するべきではなく、むしろ逮捕まで持っていった警察の方こそ自分は批判の対象だと思います。大体、家に来たときは誰も逮捕しなかったくせに( ゚д゚)、ペッ

2026年5月24日日曜日

新海誠作品と細田守作品における二つのテーマの相性

新海誠と細田守の“作家性”はなぜ差が出た? オリジナルアニメ映画がSNS時代に直面する壁(リアルサウンド)

 ちょっと古いけど上の記事見て思ったことあったので、ほかに書くこともないのでこのネタで今日記事書きます。にしてもこの記事、何故かページタブに表示される見出しとページ内の見出しが違うんだけど、途中で変えたのだろうか?
 あと今日は雨なのでずっとスターレイルやっていたけど、クエスト多すぎて何時間もプレイしても全然メインストーリーが進まない。このテンポの悪さは明確にマイナス点だと思う。あと商業原稿書かずにずっとプレイしてたので、このブログ書いた後にまた書かなきゃ。

 話は本題に移りますが、上の記事では現代日本を代表するアニメ監督の新海誠氏と細田守氏についてその作品のテーマ性を比較しています。正直言ってその記事中の比較内容については「で、結局何が言いたいねんお前?」と言いたくなる程度でそんな勧められるものではないのですが、この二人が複数作品を通して堅持するテーマはそれぞれ二つあるという点には着目しました。
 具体的には、新海作品は「都市と田舎」、「すれ違い」に対し、細田作品は「リアルとバーチャル」、「家族」です。

 新海作品ではほぼ必ず都心と田舎のシーンが出てきて、その色遣いの鮮やかさもあって二つの風景の差を明確に表現しています。その上で主人公とヒロインのすれ違いというか、以前の作品の方が顕著ですが関係がうまくいかなかったり、「君の名は」では実時間のすれ違いを使ってたりなど、一貫してテーマとして使われ続けています。
 それに対し細田作品は一番はやはり「リアルとバーチャル」で、自分は見てないけどデジモンの作品とかでも顕著だったようですが現実世界と電脳世界を出して、「現実のようなバーチャル」と「嘘みたいな現実」をよく比較として出している気がします。その上で頑なに「家族」テーマも出し、家族は大事だというストーリーを展開して近年の作品ではかなり滑っています。

 この両氏がそれぞれ持つ二つのテーマですが、結論から言えば新海作品では相乗効果があるのに対し、細田作品ではそれが全くないような気がしました。都市と田舎ではそれぞれの生活意識や価値観は異なり、それこそ「すれ違い」というものが生じるというのもごく自然に受け取れますし、またそれをうまくストーリに組み込んでいると感じます。それに対しリアルとバーチャルが家族とどうつながっていくかと聞かれたらつながりようがないとしか言いようがなく、なんでこの二つのテーマを一つの作品の中でいつもやろうとすんのかなと疑問に思うほどです。
 特にスカーレットのダンスシーンは、見ていて共感羞恥覚えましたマジで。

 世間の評判を見ると、あと代表作の「サマーウォーズ」を見ると細田氏はどちらかというと「リアルとバーチャル」テーマの方が強いように思うのですが、近年の作品ではむしろ「家族」の方に肩入れする傾向があり、こっちの方は逆にそうでもないような感じします。まぁ「ケモナー」っていうテーマも、彼にの作品では共通してますがこれは今回は無視します。
 何が言いたいのかというと、分ければいいテーマを無理して一つの作品に突っ込むことで、ワサビと唐辛子を一緒に入れるかのように、作品としてよくない影響を自ら作り出しているのではという風に言いたいわけです。なんで寄りによってこの二つのテーマを頑なに入れようとするのか、もっといいテーマとか探してくればいいだろと思うのと、いっそこの二つのテーマを排除した作品もやってみたらという気すらします。

 「サマーウォーズ」がヒットした頃に出ていた記事をまだ覚えていますが、当時やたらと細田氏を持ち上げる記事が出ていたのに対し辛口の評論家が、「アニメ界は彼をポスト宮崎のように祭り上げて、名前だけで作品が売れるような環境にしたいだけ。彼の作品本質に迫る評価をみんなおざなりにしている」という風に書かれていました。この表現ははっきり言って私も同感で、個人的には「時をかける少女」は面白かったけど、「サマーウォーズ」については何が面白いのか、なんで売れたのかが全く分からない作品でした。海外の評価通りに、「謎に権力持ったババァが力技で騒動を解決する作品」というのが一番しっくりきますが、こうした批評を日本ではついぞ見ることありませんでした。

 一方、新海作品はかつてこそ「すれ違い」のテーマを男女の恋愛に据えていましたが、「すずめの戸締り」では親子間にもっていくなど、最初の記事のように時代によってうまくカスタマイズしている感があります。変えるもの、変えないものをうまく取捨選択できるというのは重要で、この辺でやっぱり彼の方が上手だったなというのが自分の印象です。

2026年5月22日金曜日

松戸(上本郷)七不思議(ΦωΦ)

 最近松戸ネタを全然書いてないし、パラノマサイトやった影響もあるでしょうが適当に「松戸七不思議」というものを捏造して記事書いて流行らせようかなということを思いつきました。ネタなんてないけど捏造すれば何とかなると思い、差し当たって以下のような風説を流行らせようかと企んでいました。

・松戸ダイエー跡地周辺を歩いているとどこかからか「Dマート……」というささやき声が聞こえてくる。
・キテミテマツド周辺を歩いているとどこかからか「伊勢丹……」といううめき声が聞こえてくる。
・松戸市内のどこかの地下で、プラモ屋の「わらそう」が今も密かに営業を続けている。

 なんていう風に妄想を働かせていて興が乗ってきたので先行研究はないかと検索かけたら、完全に想定外でした松戸には既に七不思議が存在していたことを今週初めて知りました。

上本郷の七不思議(松戸よみうり)

 正確には松戸というより北松戸駅周辺の上本郷での七不思議ですが、どれも江戸時代当たりの背景を感じさせるエピソードで、それなりに読ませられる内容が集められています。割とほかの地域でもよく見られますが人魚の肉を食べて不老不死となった八尾比丘尼も七不思議に入っています。
 なお「七不思議」、「人魚」が揃っているので、パラノマサイトの次の舞台として制作陣にプッシュしないといけないでしょう。

斬られ地蔵(さんたつ)

 個人的に上本郷七不思議の中で一番印象に残るのが上の斬られ地蔵の話です。内容を簡単に説明すると、ある祭りの日にやたら踊りの上手い見知らぬ男がいて周囲の注目をかっさらうので、酔った男が嫉妬もあって切りかかると突然煙のように消えたそうです。翌日、近所の地蔵に刀傷が入っており、あの男はこの地蔵だったのかとみんなびっくりしたというお話となっています。
 その地蔵はリンク先にあるように「斬られ地蔵」として今でも残っているそうで、刀傷というか修復痕もバッチリ残っているようです。もっとも私は踊りの上手かった男は地蔵の化身ではなく、身代わりの術を駆使する忍者で間違いないと考えていますが。

 何気に北松戸は将来住むかもしれないかと普段から色々中古マンションなどの物件情報を調べていますが、来月からしばらく日本にいるのでフィールドワークかねて歩いてみようかな。なお最近調べた感じだと取手の周辺はめちゃ価格下がっているとはっきり感じ、広い家でひきこもるにはいいかなとちょっと惹かれています。

2026年5月20日水曜日

上海の日本人切り付け被害事件について

 ぶっちゃけ詳細知らないし書くまでもないかと思うけど、一応上海に住んでるしほかに書くネタも松戸七不思議しかないので書くことにします。

 すでに大きく報じられているように、昨日上海市内の昼時に日本食店で日本人を含む数名が通り魔によって切り付けられたと報じられています。場所は浦東にある森ビルこと上海環球金融中心の中にある飲食店とのことで、私はこの店に直接訪れたことはないものの、上海市内にいくつか支店があってその前を何度か通ったことがあるため看板にははっきり見おぼえありました。
 幸いながら被害に遭われた方の命に別状はないとのことですが、病院で治療を受けるほどの怪我を負ったとされ大変心配されます。今日私の周りの日本人の間でもこの事件が話題になりましたが、やはりほかの地方都市ならまだしも上海でもこういう通り魔事件が起きるのかという感想が聞かれました。

 犯人に関しては高齢男性とされ精神疾患の経歴があるとされますが、日本人を狙ったかどうかについては言明されていません。まぁはっきり日本人を狙ってないと犯人が言うならそう発表されるわけで、何も動機について中国政府が発表しないということは、刃物を持って入口で暴れるわけでなく日本料理店を訪れているあたりも、日本人を狙った犯行である確率は高いと私は見ています。

 それで肝心の中国側の反応ですが、結論から言えばこの事件についてほとんどの中国メディアは沈黙しています。地元上海メディアの澎湃新聞なんかは報じていますが扱いは明らかに小さく、ぶっちゃけこの前のカルビーのモノクロ包装ニュースなんか大々的に各所が報じていたのと比べると、ニュース価値逆だろと言いたくなるような落差です。
 以前の蘇州での襲撃事件なんかは中国人女性が亡くなられたこともあってしばらく経ってからは大きく報じられましたが、今回の上海の事件はそれとは異なることから、今後も大きく報じられることはないでしょう。日本国内でのしょうもない中国人被害事件を中国は大々的に報じるのにね。

 ほかのメディアが書いていない話を書くと、マジな話、この数ヶ月間における上海のこうした通り魔対策は日に日に強化されています。かつてはいい加減だった地下鉄の荷物チェックが今年の1月くらいから急に厳しくなり、すり抜けようとする人がいたらマジで怒鳴って止めようとするなど、荷物チェック機を通過させるよう駅員が厳しく指導されているように見えます。また駅内や街中に立つ警官の数もなんか毎月増えているように見え、特に今週なんか「なんでこんな多いねん」と私が思うくらい増えていました。
 何が言いたいのかというと、今回日本人が被害を受けましたが、中国人が被害を受ける通り魔事件も見えないところで既に何度も発生しているんじゃないかということです。日本人被害の事件を報じないのだから、いわんや中国人被害の事件もという具合に、報じられていないだけで既に数多くの通り魔事件があちこちで起きており、そのため街中の警官動員数も増えているのではないかとはっきり疑っています。

 実際、中国の地方都市では車で突っ込むなどといった通り魔事件がいくつか確認されているものの、中国国内でそれら報道は完全に封じ込められています。だから尚更とばかりにこうした事件が見えないところで起きているという疑念も持つわけで、警官数の増加もそれを裏付けるものだと考えています。

 まぁ日本も人のこと言えないというか、尼崎なんかは死亡者が一人だけなら殺人事件は報じられないし、バラバラ殺人も月一ペースと聞くので、感覚の問題なのかもしれません。ただ今回の事件は比較的警備員もいる森ビルで起きたことから、恐らく今後はビル入口にX線の荷物チェック機を置くよう指示が飛んで、またゼロコロナの時みたくめんどくさい手間が増えていくのだろうなと予想しています。

2026年5月19日火曜日

社会の複雑化に伴う境界知能の顕現

あと少しIQが低ければ支援が受けられるのに…日本人の7人に1人が抱える「境界知能」という“見えない生きづらさ”(痛いニュース)

 以前に発達障害の大人について記事を書きましたが、これに深く関連してくるのが上のまとめ記事に書かれている境界知能です。境界知能というのは主にIQが健常者(100)と知的障碍者(約70)の間である80前後にある人で、健常者より劣るものの知的障碍者とは認定されないカテゴリです。知的障害とは認められないものの健常者に比べ知能が劣ることから社会での生活で本人が意識しないままトラブルを起こすことがあり、このカテゴリに入る人たちにも支援が必要ではないかと言われています。
 そもそも境界知能という言葉が一般にも広がるようになったのはごく最近で、自分の感覚では2018年くらいから段々と広がってきたような気がします。逆を言えばそれまでは「要領の悪い人間」としか見られず、本人らの能力以上に社会が高い要求を行い、どちらも損するような状況にあったと言われています。

 そんな境界知能について上の痛いニュースの記事を見たのですが、こうした境界知能の人たちにも知的障碍者向けの教育プログラムや社会のアファーマティブアクションが必要なのではといった内容が議論されています。全体としては否定的な声が多いように見え、現在の知的障碍者のラインのように、どっかで基準を区切らないと話が終わらない、知能の低い人向けに社会が合わせ続けることには限界があるなどという意見が見られ、私自身もこうした意見は否定できない気がします。
 ただそれを踏まえた上で言うと、知的障害のラインを少し引き上げるべきなのではないかと思います。具体的には80前後まで引き上げ、支援の対象範囲を広げるべきという考えです。何故こう考えるのかというと、社会がどんどん複雑化しており、かつては適応できた人でも現代では適応できなくなっているのではと思うからです。

 例えば就職一つとっても、昭和から平成初期にかけて就職した後に使い方を覚えなければならない危機と言えば、せいぜいコピー機、FAX、出勤カード機くらいだったでしょう。しかし現代ではパソコンや携帯電話をはじめ様々な電子機器の使い方を覚えなければならず、さらにはパソコン内のメールをはじめとするあらゆるソフトウェアの使用に、かつては技能とされたタイピングもマスターしなければなりません。またそれら機器周りのあらゆる情報管理も徹底しなければならないし、社内行為もハラスメントにならないよう気を配る必要があります。

 仕事だけでなく生活面でも、インターネットやアプリなどあらゆるツールに対する一定の使い方も把握していなければなりません。また契約も携帯電話をはじめ複雑なものが増えており、クレジットカードなども管理する項目は膨大に膨れ上がってきています。
 またこれはギャンブル中毒者に言えることですが、資金調達手段も増加しています。かつては街金の窓口でしか借りられなかったお金が、現在はネットを介してあちこちから借りられるようになり、賭け事にのめりこんだ場合に出来る借金額も増えやすいように思えます。

 以上のように、日本を含む世界の世の中は各種サービスや機器の発達によってどんどん複雑化しており、スマホなどによってアフター5以降も無限に働けるというか働かされるようになってきています。単純に言えば世の中が複雑化していて、社会で生きる人々に要求される水準や知識もうなぎ登りというか増大化していて、実際私も世の中の先進サービスに追いついていくのが段々辛いと感じてきました。ゲームだって、最近はネット接続がデフォで毎日ログイン要求されるし……。
 こうした状況を考えると、以前のもっと単純な世の中だったら境界知能であることが目立たなかったというか気にされずに生きられたのではと思うようになってきました。以前ならそこまで制度やシステムが複雑でなく、知識のアップデート頻度も少なく済んだだろうし、健常者より知能が劣ったとしても読み書きや計算がある程度できれば、周囲とそれほどトラブルを起こさずに暮らせていた気がします。言い換えるなら、社会が複雑化してきたからこそ境界知能者が目立つようになってしまったのではないかと言いたいわけです。

 なんかまとめ方が下手ですが、要するに社会の複雑化に伴い社会が大衆に求めるあらゆる水準が引きあがり、以前は問題なく暮らせていた人たちも知識などで追いつかなくなり、トラブルや問題が増えているのではないかということです。仮にそうだとしたら、社会の要求水準に合わせて従来の知的障碍者のラインを引き上げ、これまで対象外だった人も対象に入れて対策すべきでは二課と思うわけです。そうしたことが社会全体のプラスマイナスで言えばプラスに傾くのではないかと言いたいわけです。

 ちなみにこの要求水準の引き上げですが、意識している人はいないでしょうが漫画界でも同じことが起きていると思います。平成初期と比べて新人漫画家の画力は現代の方がはるかに高く、昔の漫画見ると「この絵で連載できたんだなぁ」と思ったりします。その分全体の品質が向上していて競争力も上がっているわけですが、こういった社会の高度化が今後も無限に進むとなると、なんかついていくのがおっくうに感じてきます。
 多分こういう感情がレトロゲーにはまる人たちを生んでるんだろうな。

2026年5月17日日曜日

自分の人生を変えたマンガ




 なんか楽プラのAE86ことハチロクのプラモでこの赤色だけいつも使ってるプラモ屋でずっと売れ残っていたので、自分が引き取ることとしました。決して作りたくて買ったわけじゃないんだからね。
 作ってみた感触としてはあまり推薦できないキットだったというか、明らかにパーツの整合性が悪く、特に車体左側の穴がやたら嵌め込みづらく万力のような力を駆使せざるを得ませんでした。またほかのキットと異なりシャシーとキャビンを直接接合させるわけではなく、フロントバンパーとリアバンパーを使って嵌め込むようになっていますがこれがまた具合が悪く、両バンパーもきちんとはまんないし、なんでシャシーとキャビンをくっつけなかったのか理解に苦しみました。

 話は本題ですが仮に自分の人生に深く影響を与えたマンガを選ぶとしたらやはり、横山光輝の三国志が真っ先に自分の中で挙がってきます。何度もこのブログに書いていますが小学生の頃、ゴミ捨て場で捨てられていた三国志1巻を手に取ったことがきっかけで中国史、ひいては中国に興味を持ち、その後中国語を学んでこうして中国で働き続けることとなりました。マジで三国志がなければ中国に係わることはなく、自分の人生は一介の松戸戦士として終わっていたことでしょう。

 そんな三国志に次ぐ影響を与えた漫画はほかにないかと考えた際、すぐ浮かんできたのは何を隠そう頭文字Dでした。頭文字Dは言うまでもなく冒頭のハチロクを主役車種に選んだ日本のカーレース漫画の金字塔で、現在の世界各国におけるJDM人気を作ったほか、各方面の日系自動車業界やファンに影響を与えたとされ、連載開始時期から30年以上経っているにもかかわらず未だその人気に衰えは見えません。
 私自身も大体ステージ4が放映されていた当たりにたまたまステージ1のアニメを見たことがきっかけではまったのですが、実はこの頭文字Dに触れるまで、自動車に対して一切何の興味もありませんでした。それどころか車に金をかける行為自体が無駄だと考え、スポーツカーとか買う奴は頭おかしいのではないかと本気で信じていました。

 しかし頭文字Dにはまってからは自動車の名前も覚えるようになり、またその性能や動力方式なども徐々に学ぶようになって、作品への興味から自動車に関する知識がどんどんと深まっていきました。これが活躍したのが記者時代で、自動車関連の記事を書くにあたってこうした知識が大いに役立ち、あんま自動車に関する興味が高くなかった職場仲間からも実際に高く評価してもらいました。また記者を辞めた後も、やはり自動車産業は日本の主力産業ということから、外部の人間と関わる際に自動車関連知識があると話しやすく、後輩にも頭文字D見るよう指導していました。

 ただ頭文字Dの影響は車にとどまりませんでした。というのもある日インプレッサのボンネットにあるでかい空気穴について気になり調べたところ、こうした空気穴はエアインテークと呼ばれ、自動車よりも航空機の方が性能への影響がでかいということを知りました。実際、エアインテークは空力性能、動力性能を直接作用し、機体によってほぼ確実に異なっていてエアインテークだけで機種を判別できたりします。
 この記述を見てからやけに航空機が気になるようになり、たまたま職場にプラモに詳しい同僚がいたためにその人から話を聞いて上海のプラモ屋を尋ね、F-16のプラモを作ったことが今のプラモ生活の始まりだったりします。このおかげでプラモ技術というか手先の器用さを身に着けただけでなく、ミリタリー分野全般に興味を持つようになってこの方面の知識も蓄えるようになり、世界観がかなり広がった気がします。

 以上のように、頭文字Dがきっかけで自動車、ミリタリー(特に航空機)への知識を大きく広げることができました。また戦闘機などの形状の違いにも意識が向くようになり、工業デザインへの関心と造詣も深まり、この辺の感覚も頭文字Dの影響がなかった目覚めることがなかった気がします。
 私の中で頭文字Dは名作だとは思うもの決して順位がトップランクの漫画というわけではなく、弐瓶勉氏の「BLAME」などと比べるとその評価は下がるのですが、こと自分の趣味や知識範囲、そして仕事への応用に対する影響度で考えると、マジで三国志に次ぐほど強い影響を与えた漫画だということに、ハチロク作りながらなんか気が付きました。マジで頭文字Dがなければ、自分の趣味は、歴史、政治、茶碗、相撲、自転車にとどまっていたでしょう。これでも十分広い気がするが(;´・ω・)

2026年5月16日土曜日

「オタク」という単語を見聞きしなくなった( ゚Д゚)マジ

 ただ単に自分が日本に住んでいないからかもしれませんが、ふと気が付いてみたらこの数年か、「オタク」という単語をマジで見聞きすることが亡くなった気がします。かつてはそれこそ毎日どこかで聞きしていたのになんか気がづくと死語になっているかのように使われる機会が減っているように思います。

 そもそもこの「オタク」という言葉ですが、90年代までは完全に侮蔑語でした。アニメや漫画ファンを指して陰気な人たちといったようなネガティブな意味で使われており、漫画家の山田怜司氏の番組に出演したオタクの帝王こと岡田斗司夫氏もはっきりと「受難の時代」といったように表現していました。
 なお岡田氏は新作アニメ映画が公開されるたび、当時のオタク界隈で伝統となっていたのでコスプレして映画館に繰り出していたそうです。ある時は大魔神のコスプレで顔にもしっかりペイントしていったところ、「お前らのような奴が来るからまともな客が来なくなるんじゃねーか!」と映画館の人にマジ怒られそうです。これは映画館の人が確かに正しいでしょう。

 話を戻すとオタクという言葉の価値が明確に変わってきたのは00年代に入ってきた辺りです。段々と日本産アニメが海外でも高い評価を得ているということが伝わり始めたことと、オタク男性を主役においた「電車男」がヒットしたことで徐々に市民権を得るようになり、それまではやや日陰者でアピールの少なかったアニメファンなどが「オタクで何が悪い」という大上段を切れるようになっていきました。
 10年代に入るともはやオタクという言葉でアニメ、漫画ファンを馬鹿にすることは逆批判されるようにもなっていき、この辺りで侮蔑語としてのオタクという言葉は完全になくなり、率先していう言葉とまではなってなかった気がしますが普通にアニメ、漫画ファンを指すようになったほか、その他の趣味にも「〇〇オタク」みたいな具合に気軽に使いやすくなっていったように感じます。まぁ本来の使い方がそのはずなんですが。

 ところがこの3、4年間を振り返ると、マジでこのオタクという言葉を全く目にも耳にもしなくなったように思います。そもそもこの事実に気が付いたのは先ほど挙げた山田氏の番組の岡田氏出演回をみたためで、この時を除くとマジで全くオタクという単語を見聞きしていません。実際のところはどうかははっきり言えませんが、少なくとも使用頻度はかつてと比べると劇的に落ちていると言ってもいいでしょう。

 ではなぜオタクという単語は使われなくなったのか。一番の理由はアニメ、漫画を趣味とすることに周囲の目を気にしなくなったことが大きいでしょう。子供だけでなく大人もアニメ好きと言ってもそんなキモがられることもなくなり、さらには侮蔑的な意味も消え去って侮蔑語としての価値も失いました。そのため使用者、使用場面自体がなくなり、死語化しつつあるのではないかと思います。
 次に、代替語ができたことも大きいと思います。具体的には「陰キャ」、「チー牛」の二つで、あまり積極的にコミュニケーションとりたがらず風采の上がらないナイーブな人物に対するこの二つの侮蔑語がそっくりそのままオタクに取って代わり、オタクという単語を使わなくなりました。このポイントはかなり自信があるというか非常に大きな要素だと考えています。

 このほか深読みすると、オタクという言葉を侮蔑語として使ってきた層、またはオタクとは対照的な人物像とされていた、欧米風に言うなら「ジョック」こと体育会系の権威低下も要素として挙げられる気がします。かつてのスポ根的な風土は現代ではとうに昔となり、それどころか日大の体育会をはじめ、かつては握りつぶされていたであるものの、世間にも大きく注目される事件が報じられるようになり、以前ほど体育会の人間が偉そうにする空気が今の日本にはない気がします。
 そもそもオタク自体が若干文化部とかに所属する男子を揶揄するような意味合いもあったように思え、体育系との比較として使われることが多かった気がします。しかし対抗馬たる体育系が弱まったことでこの比較もあまり意味をなさなくなり、結果的にオタクという単語自体も埋もれていったのではないかと思うわけです。

 ちなみに自分は漫画はともかくそんな言うほどアニメとか見ていないのですが、メガネかけた見た目からなんかやたらと周りからオタク扱い(侮蔑語としての意味)されていた気がします。周囲の評価をあまり気にしないためか否定したりすることもなかったですが、当時自分をオタク扱いしていた連中の誰よりも積極性、行動力、ポジティブさで当時も今も上回っていると信じて疑いません。
 ぶっちゃけ自分を構成する要素の中で最も目立つのは圧倒的な記憶力(知識量)と暴力性だと思え、もし当時自分を見てこの二つの要素を見いだせなかったとしたら、その時点で人を見る目がないとしか言いようがないと勝手に思っています。

2026年5月14日木曜日

ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について

 相変わらず「崩壊スターレイル」やっていますが、なんかプレイしていてやたら目が痛くなります。俺だけ?σ(゚Д゚;)
 それで本題ですがコメント欄に問い合わせ来たので、ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について今日は紹介、解説します。

 まずガンダムの中国語は「高達(ガオタァ)」に統一されており「〇〇ガンダム」ときたら間違いなく「〇〇高達」と表記されます。ただその詳細な機体名に関しては大まかに意訳と音訳に分かれており、前者は文字通り元々の日本語表記の意味に近い漢字が発音を無視して当てはめられます。後者については日本国内の「武者頑駄無」のように、意味よりも発音に合わせて漢字を当てはめる訳し方で、この意訳と音訳が入り混じって各機体名が中国語表記されています。
 そもそも論でいうと、同じ機体でも中国語表記が異なるというか複数あることも珍しくなく、これは海賊版ごとに字幕の表記が異なっていることが原因です。かつては非公式に中国語表記が勝手に決められており、先ほどの意訳と音訳の二種類あることもあってややこしい時期がかつてありました。最近はバンダイとかが公式声明を出すようになって大分統一されてきていますが。

 それではさっそくコメント欄で質問が来たガンダムWに登場する機体の中国語表記を引っ張ってきます。今回参照したのはビリビリゲーム内の「高達WIKI」というページです。

・ウィングガンダム:飛翼高達
・ガンダムデスサイズ:死神高達
・ガンダムヘビーアームズ:重装高達
・ガンダムサンドロック:砂漠高達
・シェンロンガンダム:神龍高達
・ガンダムデスサイズヘル:地獄死神高達
・アルトロンガンダム:双頭龍高達
・ウイングガンダムゼロ:飛翼零式高達

 上記表記を見てやはり気になるのはサンドロックでしょう、「砂漠ガンダム」ってなんやねんとか思います。あと字面的にはデスサイズヘルの「地獄死神ガンダム」はかなりインパクトあるのですが、死神じゃなくて死鎌じゃねという気もしないでもないです。

 続いてSEEDに出てくる機体をまとめるとこんなんになります。

・ストライクガンダム:強襲高達
・フリーダムガンダム:自由高達
・デュエルガンダム:決闘高達
・バスターガンダム:暴風高達
・ブリッツガンダム:迅雷高達
・イージスガンダム:聖盾高達
・プロヴィデンスガンダム:神意高達
・モビル・ジン:金
・インパルスガンダム:脈衝高達
・セイバーガンダム:救世主高達
・デスティニーガンダム:命運高達
・レジェンドガンダム:伝説高達
・アカツキガンダム:払暁高達

 こうしてみるとガンダムの表記は基本的に意訳で統一されているんだなと思います。個人的にツボったのはジンが発音から取られて「金」になってるのと、質問されてたアカツキガンダムが「払暁ガンダム」になってて、なんか仏教系キャラに見えてくることです。

 このほかで個人的に好きなのはサイコガンダムで、表記は「精神感応高達」となっています。意味的にあってはいるけどなんか違う気がします。またガンダム以外はやはり音訳されることが多く、アッシマーも「亜希瑪」、ジ・オも「鉄奥」など日本人からしたらぱっと見分からない表記が多いです。まぁ百式はそのまんま「百式」で、発音も「パイシィ」なので意味的にも音的にも近いというかそのままです。
 あとターンエーガンダムは「逆A高達」と「倒A高達」と二種類用意されてます。どっちもなんか弱そう。さらにGガンダム系は「曼荼羅高達」など割とそのまんまなキャラが多い中、マスターガンダムは「尊者高達」と分かりやすい表記になっています。部隊も香港がメインだし、やっぱ親和性高いんだろうな(´・ω・)

2026年5月13日水曜日

外より内に敵を求める中国

 先週末、中国のゲーム会社であるmiHoYoがリリースする「崩壊 スターレイル」をプレイ開始しました。このゲーム、というより会社は前から興味があり、崩壊シリーズのデザインの高さに注目していた矢先、先日ふとスターレイルに出てくる阮・梅のデザインが日本人には絶対に出来ないデザインだと思うようになってから俄然興味が湧いてきました。
 また昨今のスマホゲー業界ではもはや中国勢に支配され日本勢がウマ娘やブルアカなどを除けばほぼ撤退状態になっていることからも、中国製ゲームやらないとこの業界もうわかんないなという懸念もあり、プレイ開始を決意しました。

 そんなかんだで早速遊んでみたところ、前評判通りにデザインや音楽などの作りこみがすごく、またテキスト量も豊富で世界観にもかなり力を入れているという印象を受けました。ただまだプレイ開始から間もないこともあるかもしれませんが、明確に気にある点がありました。それは何かというと、戦闘目的です。
 このゲームは何もわからぬまま宇宙ステーションに主人公が放り出されてそこに現れる反物質と呼ばれる敵と戦うのですが、具体的に戦う理由が明確でないように感じました。一応、ステーションがこの反物質によって壊され研究者たちも逃げ出すのですが、何故襲われるのかも分からないし、また逃げ出す人たちも機材が壊れて大変だとは抜かすものの、なんかあまり切迫感がないというか、具体的に思想の対立や戦う理由がないのに主人公は戦わされているような感じがしました。でもってこれは何もスターレイルに限らず、中国製コンテンツにおいてほぼ共通の問題点であるように感じました。


 上の以前の記事にも書いていますが中国のアニメ作品のおいてはほぼ全て、最初は仲良くしてたりした味方っぽい奴が実は黒幕だたっというストーリーがワンパターンなくらいに共通しています。またスターレイルをはじめ、ほかの戦闘を伴う中国製ゲームでもなんかよくわからないまま敵と戦わせられて、結末を迎えてもなんで戦っていたのかはっきりしないで終わることが非常に多かったです。
 今回改めてスターレイルを初めて見て、この「よくわからないまま戦う」というのはつまり、単に魅力的な敵キャラを作ることができないのではと思うようになってきました。

 この魅力的な敵キャラですが、はっきり言えば作るのは難しいです。成功しているのだとスターウォーズのダースベイダー(実は主人この父親)、ガンダムのシャア(敵勢力にいるが実は敵勢力への復讐をたくらむプリンス)、ラピュタのムスカ(三分待ってやろう)などがいますが、セリフなどの性格異常に主人公らと敵対する動機なり背景、思想信条が人気を左右すると思います。ただそうした魅力ある敵キャラがいてこそ主人公らの立ち位置もはっきりするわけで、いい作品こそこういう魅力的な敵役がいるものです。

 それが前述の通り中国系コンテンツにはこれが全くおらず、味方の振りした黒幕がワンパターンなくらいに量産され続けています。なんで味方の振りした黒幕ばかり作られるのかというと、起承転結の転こと視聴者に意外性を与えられる展開パターンがこれしか持っていないからだと思います。
 その上で更に深読みすると、敵キャラというより敵との対立軸を作れないのかなというところまで至ったところで、なんか中国は外よりも内に敵を見出そうとする傾向があるような気がしてきました。

 というのも、中国の実写映画というとそのほとんどがスパイ映画で、多分恋愛映画よりも確実にスパイ映画の方が多いです。そうしたスパイ映画で出てくる敵役も基本的に外国(米国など)の内通者が多いのですが、機密情報盗んだり破壊工作したりしますが、そもそも何故敵対するのかという思想や価値観の衝突はまず描かれません。なんせ手引きする外国勢力があんまり表に出てこないのだから、対立軸自体が実はなかったりします。
 ではなぜそんな状態でもバトルするのかというと、これまた深読みすると「中国政府の方針に逆らう」というのが根本的戦闘理由になっていきます。

 ここらへんで浮かんできたのが日本の極左を含む社会主義勢力です。古今東西国籍問わず、何故か社会主義勢力は内ゲバが激しく、思想の異なる外部勢力よりも内部で殺し合った人数の方がどこも多いです。かねてから社会主義勢力は内部抗争が激しくなりやすいという見解は持っていたのですが、以上の中国系コンテンツの「思想や価値観で対立する明確な敵が実は存在しない」という傾向を見て、なんか外よりも内に敵を求めようとする社会主義の影響がコンテンツにも出ているのではないかと思うようになってきました。

 なぜ社会主義勢力がこのように内向きに対立を起こそうとするのかと言えば端的に、綱領絶対主義こと異論や議論を許そうとしない体制が最大原因です。そのため資本主義をはじめとする外部勢力以上に内部勢力の異論を潰そうとする方に神経を尖らせ、外部よりも味方内の異分子を締め出そうとするなど強く敵視する傾向が強く、抗争も外部以上に内部で激しくなりがちです。いわば、「大きな違いよりも小さな違いにこだわる」といったところでしょうか。

 こうした中国の社会主義的価値観はコンテンツ作品にも明らかに影響しているように思え、前述の通りスパイ映画では内通者や、味方の振りした黒幕とばかり戦い、資本主義の権化的な敵役は見られません。まぁ中国も資本主義だから対立要素内だけかもしれませんが。
 映画だけならまだしもゲームやアニメでもこうした傾向が強いというのははっきり言ってウィークポイントでしょう。前述の通り、この思想に囚われ明らかに対立軸を作るのがうまくなく、魅力的な敵役を作るのを苦手そうに見えます。

 とはいえスターレイルの主要キャラの作りこみや世界観はかなりしっかりしており、主人公キャラに関しては自前でも魅力的なキャラを作れるようには至っています。この点もかつては中国系コンテンツの弱点と言われていたところですが見事克服してきているので、対立軸も将来的には克服してくる可能性があると思います。

 なお日本の敵役に関して最後に少し触れると、「思想信条は正しいが手段が暴力的で焦りがち」系なキャラがやや多い気がします。まぁ戦うんだから暴力性を持たせなきゃならないんでしょうが。
 個人的に評価している敵役を上げるとラングリッサー4に出てくるギザロフで、斎藤道三のように徹底して国を乗っ取ろうとする野心だけで主人公の家族を殺害し足り虐殺したり、他国と戦争起こしたり、自国の将軍を死に追いやったりというゲス行為を繰り返しますが、野心と実力は本物で実際に国の乗っ取りに成功するという首尾一貫ぶりがよかったと評価しています。

中国のよくわからないガンダムグッズ

 昨日までやや重めの案件にずっと取り掛かっていたのですが、無事決着した直後から急に体が重く感じたので今日は有休を取得して昼寝していたら、夢の中で北京留学中にルームメイトだったルーマニア人の前で姉貴に怒鳴り続ける妙な夢見ました。意識はなかったけどストレス抱えてたのだろうか。


 話は本題ですが上の写真は淘宝の商品説明ページですが、たまたまこれ見て「ガンキャノン」は中国語で「鋼加濃」と書くことを知りました。なかなかうまいネーミングというかセンスに納得いくものでまた一つ発見したのですが、中国でもガンダムは人気で、こんな感じでよくプラモとかグッズが売られています。
 ただ中にはよくわからないグッズもあり、


 これなんか誰が買うんだよと本気で疑問に思います。わからない人向けに説明すると、これはZガンダムでコロニー住人を皆殺しにするために使われたG3ガスのガスタンクで、なか3Dプリンタで作ったとか書かれてあります。ジオラマ用だとは思うけど需要のわからないものに手を出す当たりはチャレンジ精神を存分に感じます。

2026年5月12日火曜日

高市政権の目立たぬ凄い閣僚たち

 発足当初と比べるとやや減った感じはするものの、それでも過去の政権と比べ現高市政権、というより高市総理へのメディアの批判の仕方は自分からみて異常なくらい激しく感じます。内容を伴っていれば話は別ですが、中傷動画の配信にしてもなんか聞いてて確とした根拠に欠けるように見えるし、その他の批判も政策内容ではなく高市総理の人間性批判に終始している感じがします。
 断わっておくと私自身もどちらかと言えば高市氏に対しそこまで応援していないというか、なるべくなら総理やらないでいてほしいと思う立場です。そんな自分ですら大手メディアの政権批判は目に余ると感じるほどで、この辺の見方が一般大衆がどんなのを持っているかが今後徐々に出てくる気がします。

 さらに付け加えると、今の日系メディアが完全に公平を欠いていると思うのは高市政権の閣僚たちについての評価です。はっきり言って現政権の閣僚たちはどれも優秀で、近年稀にみる布陣だと密かに評価しています。
 その筆頭は外務大臣をやっている茂木氏で、米国やイランとの交渉やフィリピン、オーストラリアなどとの中国を念頭に置いた外交展開など、功多くして失敗なしともいうべき成果を果たしています。正直言って、賢そうだけど頭でっかちな人なのではと思っていましたが、これほど実務に長けているとはいい意味で驚きでした。何より、イラン戦争でメディアの目が厳しい中でも失言一つしないのは大したものでしょう。

 同様に一目置くのは経済再生担当大臣をしている赤澤氏です。赤澤氏については石破政権での対米交渉の時点から評価していましたが、今ナフサ問題で騒がれていますが、それでも原油懸念が強まる中で日本国内をこれだけ落ち着かせた状態を維持しているのは彼の功績でしょう。原油備蓄放出のタイミングもブレがないというかしっかりした判断で行っているように見え、もし彼がいなければ今どれだけ混乱が広がっていたのだろうかとも思えます。

 その他の大臣もお約束の失言が一切見られず、これまたメディアの集中攻撃を受けやすい小泉防衛大臣も様々な批判をうまく返し、反対に政権の方針をメディアを通して上手く伝えているように見えます。総じて各大臣がそれぞれの分野でしっかりと仕事を果たしており、高市総理ばかり取り上げられがちですが、この政権で真に評価すべきは閣僚の布陣にある気がします。
 逆を言えば高市総理はそうした閣僚らに支えられているとも言え、誰かが抜けたら急に力をなくす可能性があります。この辺を意識しつつ、今の難局をこのまま持ちこたえていってもらいたいものです。

2026年5月10日日曜日

映画レビュー:モータルコンバット ネクストラウンド

モータルコンバット ネクストラウンド(公式サイト)

 なんも見る映画がなくとりあえずアクションだから時間潰しにはなるだろうと思って見に行ったのですが、意外や意外に結構面白かったのがこちらの「モータルコンバット ネクストラウンド」です。日本では6月公開のようですが、なんで中国だと前の「リターン・トゥ・サイレントヒル」のように日本よりも早く公開されるんだろう(。´・ω・)?

 このモータルコンバットの映画ですが、知ってる人には早いですが格闘ゲームが原作です。「米国のスト2」というくらい米国でヒットしたゲームなのですが、ゴア表現が激しくてあまり日本では普及せず、スーパーファミコンなどに移植された2を除けばシリーズ作品はほとんど出回っていなかった気がします。
 自分は何故か姉がこのゲームをやりたがって買ってきたので遊びましたが、スト2と比べるとキャラの動きがごてごてしていたのであんま楽しめず、怪鳥の鳴き声のようなキャラ音声聞いて笑ってたくらいです。世界観的にもゲーム中でも今日からの雷電のミサイルアタックはなんかツボにはまってました。

 そんなわけで世界観にある程度理解をもってこの映画を見てきたのですが、主人公はアクション俳優という設定のジョニー・ケイジだったりします。このキャラはほかが竜の生まれ変わりとか絶対零度忍者とか化物揃いの中で普通のまっとうな人間として登場してくるので場違い感が強いキャラであり、実際そうした特徴からか2021年公開の前作では登場させられなかったそうです。
 それが今回は主役として登場してくるのですが、なんとその役柄は「売れなくなったアクション俳優」で、ゲーム内の設定以上に一般人要素が強められており、実際に俳優も若干年取ったおっさんっぽい外見で、無理やりモータルコンバットに参加させられめちゃ焦る様子を見せています。結果的にはこの演出は見事だったと思え、このキャラの素人っぽさがモータルコンバットの異常性を際立たせていた気がします。

 映画全体に話を戻すと、一応ハリウッド映画に属すでしょうが俳優のアジア人比率が異常に高く、中国系俳優のみならず浅野忠信氏、真田広之氏が前作からそのまま続投していて、彼らを含め格闘ゲーム原作なだけあってアクションは申し分ない出来でした。
 ちなみにここだけの話、また姉貴がビデオ借りてきたので1995年に作られた映画も見ているのですが、あっちの方はそんなアクションよくなかった気がします。

 俳優の中で一際抜きんでていたのは、クン・ラオ役の黄又亮(マックス・ホアン)氏です。明らかに彼だけ動きが違っており、刃の付いた帽子を投げつける特殊なアクションと相まって彼がリュウ・カンと戦うシーンは一見の価値があると断言できます。傍目にも強そうだと感じる動きぶりを見せており、こんないいアクション俳優がいたのかと仰天させられました。
 ちなみに特徴的な顎と演じたキャラの近さからか、何となく帝都物語で加藤保憲を演じた嶋田久作氏が浮かんできました。

 最近だと本当に見に行く映画が少なく、先日もともかく時間潰しタイから「我、許可!」という口コミがいい中国映画を見に行ったものの、ウーマンリブ的な話で男の自分からみてあんま楽しめませんでした。来週以降もこれという映画はないためしばらくお休みになりそうで、スパイダーマンの公開が待ち遠しいです。

Yahooこそ通信詐欺の加担者

Yahoo!メールさん、やっと最近届きまくる迷惑メールについての注意喚起を出す(ガハろぐ)

 いやこれほんと同感というか、なんで国や警察は福生市のハンマーおじさん逮捕してYahooの責任者逮捕しないのかと前から疑問に思っていました。

 複数のメールを使っていますが、詐欺メールの受信数で言えばYahooがぶっちぎりです。このブログにアドレスを公開しているGmailと比較したら1:1000くらいの割合でYahooの方が詐欺メールをどんどん受信し、騙されたことはないものの、ほかの正規メールと区別して処理するのが非常にめんどくさいです。っていうかYahooのアドレス公開してないのにな。
 しかもこのYahooメール、上のまとめ記事に書いていますが詐欺メールのフィルタリングサービスを有料しているのが見ていて腹立ちます。自分が知る限りフィルタリングで金とるのはYahooくらいなもので、こんな企業姿勢だから詐欺メールに騙される被害者が生まれているようにしか見えず、通信詐欺事件の流行と拡大の一翼をYahooが担っていると信じて疑っていません。

2026年5月8日金曜日

地域によって差のある地元大名への意識

 このGW中はなんか電子書籍をはじめやたらと金を使い過ぎました。どうする(;´・ω・)

 話は本題ですが以前に福岡市を訪れた際、この地を長く治めた黒田家に対するお土産なりグッズなりがあんま見当たらないなと感じました。実際に福岡出身の人に黒田家の話を聞くと、「あんま意識してない(´・ω・)」と返事され、そんなに地元に浸透していないなという印象を覚えました。
 反対にというか同じ九州の熊本県では、現在に至っても加藤清正を神の如く崇めており、関連グッズもくまモンには負けるけどたくさんあります。まぁ加藤家が熊本治めてた期間は実は短く、逆に長く治めた細川家に対する意識は低かったりもするのですが。

 こんな具合に江戸時代までその地を支配したり輩出した各地元大名への意識は地域によってかなり変わります。千葉や埼玉のように主に旗本が支配して支配者も変わりやすかった地域に関してはこの手の意識は全くないのですが、熊本以外にも石川県なんかは今でも加賀百万石を強い誇りとしており、何かにつけて百万という単語をお土産につけてきますし、前だけに対する意識も外から見る限り強そうに感じます。
 また江戸時代に佐竹家が支配した秋田県でも、こちらも外から見る限り佐竹家当主が県知事になったりと今でも現地には強い影響力が残っているように見えます。あと岐阜県は江戸時代は天領だったところも多いですが、戦国時代にこの地を支配した信長への関心が高く、お土産も信長グッズが中心です。

 マムシの道三も輩出してんだから、マムシ酒も出せばいいのに……。

 このほか九州に戻ると、鹿児島県の島津家に対する意識も高いものがあります。何気に鎌倉時代からの守護大名で最後まで生き残ったのは島津、伊達、佐竹の三家のみで、このうち伊達、佐竹は江戸時代初期にお国替えで出身地から動いているため、鎌倉時代からずっと同じ場所を支配し続けたという意味では島津が一番長かったりします。
 ただ鹿児島の場合、西郷隆盛が島津家を上回るほどの尊敬を集めているため、島津家に対する意識もその分弱まっている感があります。まさか身内に追いやられるとは……。

 一方、徳川家が支配した水戸や紀伊はなんか外から見ている限りだとそれほど地元民の意識が強くない気がします。明治維新で徳川家が追放されたということが大きいように思えるのですが、名古屋のみ尾張徳川家に対する意識や信頼が例外的に未だ強いと感じ、実際関連グッズもよく見ます。
 この辺、熊本もそうですがお城が残っているというのが地味に大きな要素である気がします。名古屋も徳川家への意識の半分以上は名古屋城というシンボルの影響であるように思え、やはり城が残っているとそれが街のシンボルとなり、そのまま地元大名への意識向上につながっている気がします。まぁ和歌山城も残っているんですがね。

 最後に山口県に関しては、毛利家よりも幕末に輩出した維新志士の方が数も多くて有名で、現代にも直接影響を残しているため、鹿児島同様に若干割食っている気がします。こうしたライバルの存在やお城などのシンボリックな遺産の有無が、地元大名への意識を決定づけていると言っていいでしょう。

2026年5月6日水曜日

贅沢を人目につかないところで行う日本人

 本題と関係ないですが一昨日に自転車で遠乗りして帰宅した後、なんかメガネが臭くて石鹸で洗いました。何故だ(。´・ω・)?

 話は本題ですが昨日の記事で私は日本人は江戸時代から続く清貧思想が強いため贅沢行為にやや負い目を感じる人が多いと書き、割とこの主張は自信を持っています。その一方、気晴らしとしての贅沢行為自体は日本人もやっているのですが、そのやり方というのも人目につかないところで贅沢するという形が結構根強い気がします。

  歴史を辿れば江戸時代からこの手の「隠れ贅沢」行為は盛んだったというか、幕府が倹約令を出して派手な着物を着てはならないとお触れが出た後、町娘の間では外からは見えない裏地に豪華な反物をあしらった着物を着る人がいたそうです。また神社仏閣でも、何故か普通には見えない天井の奥とか柱の一部に金をかけた装飾を施したりするところがあるほか、現代でも「プチ贅沢」という単語とともに見えないところにお金をかけて贅沢欲求を満たす行為が見られます。
 こうした行為は単純に贅沢欲求と清貧思想を両立させるための手法だと思いますが、中国人的思想が強くなっている自分に言わせると、他人に贅沢を見せつけないで何がいいのかという感想を持ちます。まぁこれも一種の日本人のメンタリティと言えばそれまでですが。

 実際、一見そうと見えなくても、実は価値があるものにこそ日本人は飛びつきやすい気がします。でもってそういうものをあからさまに見せびらかさず、さりげなく見せることこそ醍醐味的な人は確実にいる、っというか確実に多いです。
 そう考えると、日本人も贅沢が嫌いというわけじゃなく贅沢の仕方が凝っているという風に見るべきかもしれません。この辺の贅沢行為に対する特徴や傾向を詳しく調べてみたらなんか面白い結果が出てくる気がしてきました。

2026年5月5日火曜日

贅沢に負い目を感じる日本人

 感覚的に2024年ごろからそれまで猛威を振るっていた日本人礼賛記事が減ってきたような気がします。若干妙な自意識過剰が減ったのは何よりなのですがそれに伴い「外国人と比べて日本人は?」という日本人的な話題が減り、これはこれで少し寂しい思いがします。
 そんな思いが募ったのか先日チャットで日本の友人とこの手の話題になり、その際に「日本人って贅沢に負い目感じるよね(´・ω・)」という意見が出てきて、私もこれに全肯定しましたし、多分否定する日本人はイケイケ系を装っている人以外ほぼいないという気がします。

 一例を挙げると、「バブル文化」という単語一つとっても若干悪趣味な時代や行為という意味を現代では持っているように見え、金に飽かした贅を尽くす行為に対して若干低めに見て、高尚な行為や文化とはまず見ていないでしょう。やりたい人がやる分には否定しないものの、やってる人もやっぱり負い目があるのか自分をでっかく見せたいとき以外は隠すという人も少なくない気がします。
 ではなぜ日本人は贅沢に負い目を感じるのか。結論から言うと侘び寂びこと千利休の影響がやはりでかいのではないかという気がします。

 戦国、というより安土桃山時代においては安土城や大阪城といった 絢爛豪華で華美なスタイルが非常に流行しており、傾奇者文化もこれらに通ずるように感じます。しかし秀吉の時代に千利休が詫び寂びの概念を打ち出し、素朴で質素な茶碗に価値を見出して自らプロデュースしていくのに伴い、華美とは対照的なものにこそ価値を見出すスタイルが日本を支配するようになっていきます。
 この傾向は江戸時代も続いた、というか続かざるを得なかったと私は考えています。というのも江戸時代の武士は大名を含めて基本貧乏で、派手に金を使うことができませんでした。そのため質素な家屋や調度品とかを「こういうのがええんや(^ω^)」とひたすらセルフフォローし、余計な出費を抑えつつも自己満足感と権威を守っていくスタイルがそのまま続くことになった、というか華美な美術品や工芸品を生み出す資本がなかったとみています。

 なお日本文化史に残る最大の華美美術品とくればやはり金閣寺がトップで、その次に出てきた銀閣寺は詫び寂びを代表する存在として好対照であるというのはなかなか趣深い所です。そのほか思い浮かぶのを上げると平家納経、日光東照宮が自分の中で浮かんできて、江戸中期以降はマジでゼロである気がします。
 もっとも江戸中期においては資本力が最も高い豪商を中心に華美な行為や創作が行われ、確かどっかの豪商では床下に金魚の水槽を張ったとかいうのを聞いたことがあります。

 話を戻すと、まじめに江戸時代の特権階級である武士層は世界的に見ても実権を持ちながらも異常なほど貧しく、これが日本の贅沢に負い目を感じる清貧思想の固定化につながったと思います。質素な権力者は清廉であるというイメージは世界共通ながらも、実際にそれをきちんと体現できていた日本はかなり珍しい部類にあると言っても過言ではないでしょう。
 なんせ将軍家でも吉宗が率先して倹約に励み、天皇家に至っては天皇自ら和歌を売ったりしなきゃならないほどだったそうですし。まぁ大奥にはかなり金かかってたとは聞くけど(´・ω・)

 この清貧思想は明治以降も若干弱まったとはいえ生き残ったというか、やはりというか金持ちは「いけ好かない」という価値観が今でも根強い気がします。金持ちでも篤志家にはもちろん尊敬が集まりますが、頑張って働いて金持ちになったとしても、その富裕ぶりを誇示するようなライフスタイルをしたらまずもって日本では「よくがんばったねぇ( ;∀;)」という感じで評価されることはまずなく、「成金が( ゚д゚)、ペッ」みたいに反感しか買いません。むしろたくさんの資産がありながらも、慎ましい生活をしている人にこそ尊敬が集まります。

 プラスかマイナスかで言えば、この日本を包む清貧思想(西欧と比べて強いという意味で)は社会にとってはプラスだと私は思います。やはり米国を見ていると富裕層と貧困層の分断と対立が年々激化しているように思え、それと比べると日本も以前よりは収入格差が広がっているとはいえ、「奴らは別世界の人間だ」などと言う人はいません。
 なお松戸戦士こと千葉県北西部を出身とする自分にとって、木更津市をはじめ房総半島方面の千葉県民は別世界の住民だと考えています。はっきり言って仮想敵国の埼玉県民の方が自分らにまだ近いとすら思う(´・ω・)

 話を戻すと、清貧思想が強いゆえに日本では収入による社会の分断が抑えられていると思う節があるとともに、資産家や政治家の腐敗行為も抑えられているのではないかという気がします。やる奴はやりますが、それでも諸外国、特に中国と比べると権力者が自らの贅を尽くすために腐敗行為に手を染める人の数や比率は圧倒的に少ないし、また政治家をはじめ日本の権力者の多くはそれほど資産を蓄えておらず、能力はともかくクリーンなライフスタイルをしている人が多いです。
 これらは自然の結果というより、清貧思想があるゆえに当事者も贅をあまり求めない傾向があるとともに、市民をはじめとする社会の贅を尽くす行為への厳しい目というか監視が効いているおかげであるように思えます。

 この辺、繰り返しになりますが中国と比較すると本当に歴然です。中国は資産が増えたらそこで満足せずに「もっと欲しい!(; ・`д・´)」とほとんどの人が考え、さらなる利殖を追求します。でもって稼いだお金を日本人みたく貯金だけするのではなく、これでもかっていうくらいでかい家買ったり、無駄にラグジュアリーカー買ったり、わけのわかんない仏像とか買ったりと、欲望のままに自らの富裕を誇示してきます。社会主義国なのに……(´・ω・)
 もちろん中国の一般庶民も、「そんな無駄に使う金あるなら俺にくれよ(´・ω・)クレ」とばかりにこうした金持ちの贅を尽くす行為に反感を覚えたり眉をひそめますが、それでも日本と比べるとその反発ぶりは非常に小さい気がします。少なからず、「金持ってる奴がえらいんだ」という前提観念が中国人にはあるように見え、ひがむ暇あったら自分も稼げるよう努力しろ的な個人主義的価値観も影響している気がします。

 以上のようにつらつらと日本の清貧思想について書いてきましたが、冒頭にも書いた通りにバブル時代は日本近代史において例外的に贅を尽くす行為が社会で奨励されていた特殊な時代でした。ただ今現在においてこれらが悪趣味な文化として扱われているのを見ると、当時の日本人たちも内心、罪悪感を感じつつもそうした行為に明け暮れていたのではと思う節があります。
 江戸時代から続いてきた強固な価値観がほんの数年で一気に転換するとは思えず、やってた人たちも疑問を感じていたのではと、今現在の評価からみていて少し思います。まぁ当時バブルに乗れなかった層が現代で否定的に言っているだけかもしれませんが。

 オチを付けると、前述の通り日本の清貧思想は社会にとって有益な要素が強いように思え、贅を尽くしたいって人には若干申し訳ないですが、そうした行為はなるべく見えないところでやってもらい、日本全体としてはこの清貧思想を守っていく方がプラスだと私は考えています。

 最後に、ちょっと誰かは忘れましたが幕末か明治のころに来た外国人が日本人の暮らしぶりを見て、「彼らはお金をかけずに人生を楽しむ方法に長けている。我々は日本に文明をもたらしてやろうとやってきたが、果たして今の彼らのライフスタイルを壊すことが正しいのかわからなくなってきた」というコメントを残している人がいました。実際今のネットカルチャーを見ていても、余計なお金や資本をかけずに楽しむコンテンツをみんなで作って共有し合っており、この点はもっと日本人も自覚して誇ってもいい気がします。

2026年5月4日月曜日

ライトノベル作家の意外な正体(;゚Д゚)

 またすごい古い話となるのですが、今から約30年ほど前に「ブリザードプリンセス」シリーズというライトノベルを当時読んでいました。作者は矢神涼氏で、作品作家ともにWikipediaなんてものはないのですがAmazonに当時の本が中古品として出品されています。一体なぜ自分がこの本を手に取ったのかというと、特にさしたる動機もなくたまたま本屋で見かけて表紙が目に入ったことから1冊目を買い、その後も続巻が出るたびになんか惰性で購入して読んでました。

 シリーズを通してのあらすじを書くと、雪女の霊を生まれながらに宿して常人離れした体力を持つこととなった女子高生の主人公が、あれやこれやとトラブルに巻き込まれつつ解決していくという、如何にも90年代にありがちなライトノベルでした。またこの作品では作者自身が登場することもあり、「きょうと、「さがの……」というダイイングメッセージから京都市の嵯峨を訪れて捜査する主人公に対し、「嵯峨と嵯峨野は別々にあるんやで」と教える京都市内の医者として登場してきます。このくだりはなんか妙に印象に残り、自分が大学進学で京都に行ったときに「嵯峨と嵯峨野は違うんやな」などとこの本のことを思い出したりしていました。
 なおこの自分の作品にわざわざ自分を登場させる当たり、子供心に「出たがりなんやなぁ(´・ω・)」などと当時から思っていました。

 そんな30年くらい前の作品を何故急に言及するのかというと、先日ふと上記の嵯峨と嵯峨野のくだりを思い出し、「せや、あの作家はその後ほかに本出しとったんかなぁ」という点が気になり、検索をかけて調べてみたからです。割とライトノベル作家は一時期作品が売れてもその後フェードアウトして、行方知らずになることも多いからどうせ検索してもなんも出てこないだろうと大した期待もしていなかったのですが、想定外なことに作者名の「矢神涼」で調べたら一発でヒットしてきました。


 一目見て「(;゚Д゚)?」という気になりました。でもってリンク先のページを探っていったところ、この松本クリニックの院長である松本浩彦氏が、あの本の作者だったということがわかりました。小説内での立場同様、マジで医者やってたという事実にかなりビビったわけです。
 っていうかプロフィール欄を見るとそれ以外にも、

・2種免許を6つ所持する日本稀有の再生医療認定医
・大学時代は剣道三段の体育会主将
・同時期にジャズピアニストとしてプロ活動
・日本推理作家協会会員の小説家

 というお腹いっぱいになりそうな経歴載せているし、病院に金本来てるし、自分の想定以上に現在も活躍されていたという事実に二度びっくりさせられました。っていうか医者しながら小説書いてたのかよ(;´・ω・)
 といった具合で、行方知らずになっているだろうと思っていたら想定外な作家の正体に一人ビビる羽目となりました。にしても自分の作品内で本業としての姿で登場させているあたり、自分も将来小説を書くとしたら本業の松戸戦士として登場させなければならないのかと、妙なプレッシャーを覚えます。ちなみに一度でいいから松戸市の境界に立ってやって来る人に「やあ、ここは松戸の街だよ!」ってセリフを言ってみたいです。

上海の宝山寺


 昨夜たまたま地図を見てたら見つけたので、上海市内にある宝山寺に片道約30キロの道のりを自転車で走って行ってきました。


 
 ここは上海市内で唯一の唐風寺院とのことなのですが、実際見てみてほかの中国のお寺と違う印象がありました。この写真のように建物内装は基本的に漆塗りがベースで、余計な彩色が一切ありません。


 割と中国の寺院は柱や天井などに色塗る傾向があるのですがそういうのは一切なく、また境内のレイアウトもほかの寺院は奥へ奥へと細長いのに対し、宝山寺は横幅が広く正方形な敷地してました。

狙ったつもりじゃないが自分が撮影しているような形になってしまった

近くの道路から目立っていた唐風の塔


 上の写真のように境内両端を石畳の回廊が通っており、この辺は見ていて京都や奈良の寺っぽいなと感じました。ほかの中国のお寺にはこういう回廊は見ません。

真下からみた唐風の塔

敷地内には整備された庭園も




 こちらの猫は境内の中で寝ていたので撫でていたところ、起き上がって自分の靴の上に寝転んできました。しばらく撫でていましたが起きる気配なかったので、そっと足を移動させて去りました。


 その後、昼食を食べた後にスーパー銭湯に寄っていきましたが、運動後に風呂入って血圧上げたせいかまた頭痛起こして吐きそうになってました。片道30キロで往復60キロ程度だからそんな大した運動しているつもりないのですが。

2026年5月3日日曜日

ゲームレビュー:パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語


 結論から書くと、超面白かったです。ここ数年遊んだ中で最高の出来だと思えるアドベンチャーゲームで、興味ある人は迷わず遊ぶことをお勧めします。

 このパラノマサイトですが、シリーズ第1作目で前作に当たる「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」も当然遊んでおり、こちらも非常に楽しめたのですが、それが故に2作目のFile38を購入する際は実は結構悩んでいました。というのも前作が面白過ぎたので自分の中で勝手に期待値を上げてしまい、2作目をつまらなく感じてしまうのではないかと懸念してました。
 これは同じアドベンチャーの「AIソムニウムファイル」で起きた現象で、1作目が非常に気に入っていたため2作目もうきうきで買ったところ、「なんやこれ(# ゚Д゚)」と思うくら面白さを感じられず、めっちゃ買って後悔したことがありました。まぁ実際、ソムニウムファイルの2作目は続編物として失敗していたように思え、次の3作目で主人公を1作目のキャラに戻しているし。

 そんなわけでパラノマサイトも続編購入を悩んだものの、元々の定価が三千円以下と安く抑えられているし、ネットの評判見ると前作に負けない高いものであったため連休前に購入して休み入ってから遊び始めましたが、本当に前作に負けない面白いゲームで、一気にエンディングまで突き進みました。アドベンチャーゲームの肝心要となるシナリオはもちろん、デザイン、音楽、演出のあらゆる面でハイレベルであり、UIもよくできててプレイ中に不満を覚えることはありませんでした。最後の方の謎解きはやけに難しくて自分も攻略サイトに頼りましたが、途中の謎解きはカタルシスを得るのにちょうどいい塩梅でした。

 でもってシナリオに関してですが、「伊勢」、「人魚」、「平家」の脈絡のない三単語が見事に組み合わさって九鬼水軍など歴史事実を絡めながら重厚な内容に仕上げられており、バラバラだった要素が終盤に行くにつれて一気に統合されていく展開はマジ鳥肌ものでした。基本的に読み進めるだけで攻略できるのですが、展開の運び方がうまいもんだから推理小説を読んでいるような謎解きをなしたかのような満足感があります。
 キャラクターに関しては前作同様、複数いる各主要キャラにパートナーキャラが一人つくツーマンセル体制を維持しており、これが話の運びというかボケツッコミをよくしているように見えました。特に外国人作家とエクソシスト少女の組み合わせは前者が常にオーバーアクションで反応して後者がすぐツッコむ掛け合いが非常によく、前作同様顔芸が生きるキャラでした。

 ファミ通による製作者へのインタビューによると、続編ながら前作キャラクターは一人も続投させず、システムや世界観だけ流用する並行的な続編にしたそうですが、この措置は英断だったという気がします。前作を遊んだことのない人も入りやすいし、また設定の齟齬を意識しなくてもよく、特に東京都三重県と舞台が異なっていることからお互いに独立したシナリオにするのがやはり正解だったでしょう。
 まぁ前作の人気キャラである黒鈴ミヲの再登場に若干期待してはいたんですが……。

 これ以上書いてもほとんど蛇足にしかならないのでここで切りますが、いや本当に楽しめるアドベンチャーゲームを作ってくれたものだと感心しました。あと一つだけ付け加えると、アドベンチャーゲームにもはやおなじみの声優による音声がこの作品にはついていないのですが、逆にパラノマサイト遊んでみて、この手のゲームに音声ってかえって蛇足ではないかと思うようになってきました。
 やはり音声が入ってしまうとそのキャラクターの特徴が少し固められ、プレイヤーのイメージから外れてしまう可能性がある気がします。今作も全く目立たないキャラが実は重要キャラだったりすることもあり、そうした予断を防ぐ上でも音声なしの方が意外と正解だという気がしてきました。

2026年5月2日土曜日

自分の祖父、父が会った歴史人物

 連休二日目の今日のスケジュールは以下の通りでした。

・8時半:起床、その後ゲーム
・12時:昨夜作ったカレーを食べる
・13時:ゲーム
・14時:お昼寝
・17時:ゲーム
・19時:カレー、その後スタバ
・今に至る

 昼寝しすぎたせいか若干肩こりと頭痛がするのですが先ほどスタバで「松吉伝」という漫画を読んできました。この漫画は「風雲児たち」の作者のみなもと太郎がその祖父について書いた漫画で、その本によると祖父は甘粕正彦と憲兵時代に交友があり、甘粕が満州に連れてきた溥儀を最初に匿ったのもこの祖父だったなどということが書かれていました。それ以外にも面白い話がたくさん書かれていたので興味ある人は手に取ることを勧めます。

 これ読んで思ったこととして、「うちは児玉誉士夫くらいやな」という感想でした。これは何かというと、自分の祖父が直接会ったというか見たことのある歴史人物だからです。児玉誉士夫の来歴についてはここで細かく語りませんが、戦前に朝日新聞の駐在社員として祖父は今自分が住んでいる上海に来ており、ここで毎日中国人と麻雀売ったり、牛肉食べたりと楽しく過ごしていたそうです。
 そんな楽しい上海ライフを送っていた祖父が朝日新聞上海支局内で、「よく児玉誉士夫が来ていた」と話していたそうです。この時期、児玉は大陸浪人として自らの組織(児玉機関)と人脈を活用し、軍の請負を受けて中国国内での物資や人員の調達を請け負っていたとされるのですが、そんな人物が朝日新聞内をうろついていた当たり、当時の新聞社と軍の癒着ぶりが垣間見えます。

 残念ながら祖父は自分とあまり話をする間もなく亡くなっており、もしまだ存命なら現在の上海と比較を含め色々聞きたかったものの、父を通して聴いた話はこれくらいしかありません。でもってその父に関しては、何でもなんかの仕事で伊藤忠の役員をしていた瀬島龍三と話す機会があったそうです。その際に父は、

「終戦時とのソ連との密約の話は本当なのか?」

 という質問が喉まででかかったそうですが、さすがにこれ言うとマジギレさせるという懸念から飲み込み、当たり障りのない会話で終えたそうです。瀬島の死後も父は度々、「あの時聞かなかったことをいまだに惜しんでいる」とよく自分に言ってきますが、身内贔屓かもしれないけどこれは聞かなくて正解でしょう。記者や学者ならまだしも取引先としての立場なら、さすがに分を過ぎている。

 これ以外で自分の父と祖父があった歴史上の人物は特になく、私に至っては一人もいません。将来歴史に残りそうな人もおらず、歴史好きなのになんかそういう機会に恵まれません。私自身、子供の頃は歴史の教科書に載るような業績を作ってやろうと息巻いた時代もありましたが、最近は分をわかってか、あとむやみやたらに責任を負いたくない気持ちが強くなりそういった青雲の志も失いつつあります。どっかでこのブログが再評価されたりすればいいけど、まずそれはないだろうな。

2026年5月1日金曜日

苦しみから逃れようとするのが人の本質

 二ヶ月くらい前に何かの記事で読んだのですが、あるお坊さんが「人間はお腹がすくと食べ物を求め、お腹がいっぱいになって苦しくなると食べなくなる。このように人の行動は苦しみから逃れようとすることがすべての基本となっている」という法話が書かれてあり、なるほどなぁと深く納得しました。

 これまであまり仏教の苦に対する概念に気を払ってこなかったのですが、「四苦八苦」をはじめ、仏教にはこの手の苦に対する解釈が確かに多く、私はこの苦をどう克服するかという風に仏教は考えていると思っていました。
 ただ上の法話を読んだ後、そもそも釈迦が正式に布教を始める前のジャイナ教では苦行に耐えることを重要な修行としていたものの、釈迦は「苦行を積んだからと言って悟りを開けるわけじゃない」とこれを否定したと言います。このエピソードも改めて考えると、苦に対し「耐える」のではなく「避ける」という方針に根差しているかのように思え、ちょっと仏教の見方が変わってきました。

 さしたるオチもないですが、「将来の苦しみを避けるために今努力する」などという論法ならこの苦から逃れようとするのが人のあらゆる行動の本質という風に解釈できる気がします。逆を言えば、今努力しても将来の苦しみから逃れられない場合はどうなのか、この辺をなんか仏教に詳しい人いたら今度聞いてみようかと思います。

サンバー作った(´・ω・)


 例によってまたアオシマの楽プラでサンバーを作ってました。これ作る決め手はやはり、このインプレッサをほうふつとさせるWRカラーがバージョンに入っていたからです。


 自分も全く把握していなかったのですが、サンバーの最終バージョンが出された際にこの色がオプションに入っていたそうで、実車でもマジで存在するカラーバージョンだったそうです。実際に中古車で検索してみたらマジで流通していて、こんなんも農道のポルシェじゃなくて田舎のWRXじゃん。


 なんかガレージのペーパークラフトもついていて、最初はその気はなかったけどなんか創作意欲が続いたのでそのまま作ってしまいました。

 
 あと軽トラという形状から、色々物載せて写真撮りやすかったです。


 このようにドイツ戦車兵ともマッチします。


 こっちはソ連戦車兵。


 これだけ見ると農家のおっさんにしかマジ見えない。なおこのサンバーは実寸の1/32、戦車は1/35なので寸法的にも割と近いというか体格の誤差として十分無視できます。

2026年4月30日木曜日

熊と戦ったプロレスラー

「いいお嫁さん」論が波紋...周庭さんが訴え「怖いですね」 「多様性」の意味「改めて考えて」(JCASTニュース)

 本題と関係ないですが上の記事見て確かに悪意はないんだろうけど時代の変化によって不快に感じる人もいる言葉だろうなと感じました。でもってじゃあどんな風に言ったら失礼にならないんだろうと考えて何故か、「いい半魚人になれますね」というフレーズが真っ先に浮かんできました。多分「パラノマサイト」を今遊んでいるせいでしょう。でも海女さん相手なら誉め言葉になるような気がする。


 それで本題ですが最近組長こと藤原喜明氏のコラムがよく見かけるようになりました。藤原氏はゲームの「龍が如く」にも初期から出演するなど露出の多い人で自分も昔から好きな人ですが、これらコラムを見るにつけ非常にユーモアがありプロレス関係なしに面白い人なんだろうなと密かに感じています。

 そんな藤原氏のエピソードの中でも特に出色のあるものとして、上のコラムにも書かれてある熊との対決でしょう。詳細は記事本文を読んでもらいたいのですが、昔テリー伊藤氏の企画でテレビ番組で熊と戦う羽目になったそうです。テリー伊藤氏には相手の熊は飼われていて人に慣れている安全な熊だと聞いていたそうですが、実際に現場に行ったら飼い主が血だらけで熊を連れてきており、話が違うじゃねーかと思ったそうです。
 そしていざ実際に対決するとやはり猛獣との力の差は歴然であり、数発タックルを食らって負傷し、続行不可能ということで終了しました。ただ藤原氏によると日本で再戦する予定だったそうですが、


 その舞台は、なんと千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)。特番で話が進んでいたが、結局は企画自体がお蔵入りとなった。

 「日本でもう一度やるって決まったあと、準備を進めている途中で動物愛護団体からクレームが来てな。それで中止になったんだ。

 『クマをいじめちゃいけません』っていう抗議だったんだけど、馬鹿野郎、俺のほうが殺されかけてるんだよ!って(笑)。

 クマの心配だけして、人間の心配はしないんだからな。俺もなんとか死なずにすんだけど、クマとの闘いは、どんなプロレスラーとのケンカマッチより怖い。これだけは間違いないよ!(笑)」


 とのことで、昔も今もちょっとずれたこと言う愛護団体がいたということが示唆されています。っていうか藤原氏はマジキレていいと思う。
 なんてことを今日記事に書こうと思っていたら……



 なんと当時の映像がアップロードされていました。何気にこの対決、当時子供でしたが私も見ていて、藤原氏が「うおー!」っていうのをはっきり覚えていました。それだけに上のコラムも「あの時戦っていたプロレスラーは組長だったのか」という感慨を覚えていたのですが、改めてこの映像を見ると企画自体相当おかしいというかやばいとしか思えず、数百年後に「昔の人は人間とクマが戦うのを見せものにする気が狂ったことをやっていたんだよ」と語り継がれそうな映像に思えてきました。つうかマジでローマの剣闘士とか笑えない。

2026年4月28日火曜日

国旗損壊罪については岩屋氏の意見に完全賛成


 いま議論されている国旗損壊罪についてですが、結論から述べると上の記事で語られている岩谷氏の意見に自分も賛成で、日本国旗の損壊については一切の刑罰を設けず、外国の国旗損壊には設けるのが一番いいと考えています。余計な前置き抜きでその理由をつらつらと書いていくと以下の通りとなります。

 まず国旗というのはそもそも国籍の所属を示すマークの描かれた布に過ぎないというのが自分の根本的意見です。これが破かれようが燃やされようが誰かを物理的に傷つけるわけではなく、むしろこのような行為で国の埃や誉れが汚されたと考える方が逆におかしい気がします。言い方変えるとそう考える人はただの布に国体やらなんやら余計なものを勝手に重ねているように見え、ちょっと無駄に意識を高め過ぎているのではないかというのが私見です。
 さらに述べるとたかが旗如きにむやみやたらと感情を上乗せして過剰に反応するからこそ、実際に国旗損壊行為を行う人間たちの思う壺となっているのが現実でしょう。損壊行為を行う人たちはそうした行為にいちいち反応したり嫌がったりする人がいるからこそやるわけで、皮肉な言い方をすると国旗損壊行為に刑罰をつけようとする人がいればいるほど、そうした行為を助長させている節すらあります。

 逆にというか国旗が燃やされたりしても「だからなんやねん(´・ω・)」というような白けた態度をみんなで取っていれば、やってる方も馬鹿らしくなって段々損壊行為を続けなくなっていくと思います。大体こういうことする連中は怒ったり嫌がる反応する人間をわざと煽るためにやるわけで、刑罰なんてつけたりしたら逆に「俺は日本が禁止している行為を敢えてやるぜぇσ(゚∀゚ )オレ」みたいに余計にそういう連中を増やしてしまう気すらします。

 その上で外国の国旗に関しては、何らかの意図をもって日本国内で損壊行為が行われているのに日本人が誰も止めなければ、当事国の人の中には「なんやねん日本人は(# ゚Д゚)」と思う人も出てくると思います。そもそも他国の紛争とかを日本に持ち込ませるべきではないし、そういうことは第三国ではなく自国でやれという意味合いも込め、岩谷氏の言う通りこちらには罰則を設けてもいいと思います。
 中には前述の日本国旗との対応の違いに矛盾があるという人もいますが、日本国旗の場合には日本人は当事者となるのに対し、外国国旗の損壊ならば第三者という立場になります。その第三者の立場で外交や融和を推進するということを考慮するなら、やはりこっちには罰則を設けるべきでしょう。

 さらに話を進めるなら私は日本国旗の損壊を禁止する法律なんて作ったら、逆に日本の国家体制を弱めてしまうとすら考えています。これは何故かというと恐らく中国にいるからだと思いますが、自国に対する批判を制限する国というのは制限しない国に比べ国家体制が弱いことを逆に示すことになると考えているからです。

 先日、米国在住の中国人の方が「中国にも言論の自由はあるよ、但し一回だけどね」というブラックジョークを言っていましたが、あながち間違いではありません。中国は自国政府に対する批判は基本認めず、汚職が発表された者以外の政権幹部への批判はマジで収監するくらい平気でやってのけますし、国の制度や体制への批判にも敏感です。
 これは逆を言えば、こうした言論統制を取らなければ国家体制が維持できないことの顕れでもあります。逆に日本は政治家だろうと国家体制だろうと、果てには天皇制についても批判したところで罰されることはないし、そうした批判が表に出ても国家体制が揺らぐことはまずありません。こうした批判に対する日本と中国の態度を比べてみて、どっちの国家体制の方が盤石であるかと問われるなら答えは一目瞭然でしょう。

 今回話題の国旗損壊は民族ヘイトの手段として用いることが大半だと思いますが、国や政府に対する批判として行われることも考えられます。そうした政府批判とかの手段をいちいち刑罰つけて制限しようというのなら、そうした制限がない国と比べると国家体制が弱いのではと思えてしまうし、こうした法律を追加する時点で揺らいでいるのではと逆に思えてきます。むしろ国旗を燃やそうが破こうが「やりたいなら勝手にやれば、無駄なことが好きなんだねぇ(´・ω・)」という風に大衆が鷹揚に構えていられる国の方が、敵としてみたら国家体制が固くて手ごわいと相手国も覚えるように見えます。

 さらに言えば、戦前の軍部政権のように常に政府が正しい方針であり続けるとは限りません。そうした状況に至らぬためにも政権批判の手段を制限してはならないし、一定の批判手段の余地を残す方が国としてはより安定すると私は考えます。もちろん無関係の人を傷つけたり殺害するテロ行為のような批判手段は絶対に認めてはなりませんが、旗を燃やす程度なら失火に気を付ける規定さえ付けておけば認めておいてもいいんじゃないかと思います。まぁ下品だし全く生産的じゃないからやらない方がいいと思うけど。

 以上のような自分の考え方は岩谷氏に非常に近いと思え、実際上のインタビューを見て我が意を得たような感覚を持ちました。そのため日本国旗の損壊には刑罰なし、外国国旗の損壊には刑罰ありにすべきというのが私のこの議論における結論です。途中でも述べていますが、刑罰なんてつけると余計にやる連中を増やしてかえって逆効果にしかならないだろうし。

2026年4月27日月曜日

Meizuのスマホ市場撤退報道に触れて


 本題と関係ないですが上のイラン人が質問に答える動画で、

「日本での暮らしは辛くないですか?」
「この時期は花粉症が辛いんやで」

「イランの人たちは今何をしているんですか?」
「解体屋たちは自分たちが解体を請け負った建物を政府幹部の家だと嘘ついて米軍にリークし、米軍にミサイル撃たせて破壊させとるで」

 というやり取りが妙に面白かったです。


 本題に入りますが上の記事を見て、色々思うところがありました。というのもこの記事で特集されている中国スマートフォンブランドのMeizu(魅族)なのですが、自分も4年くらい使っていました。

 このMeizuは中国代表的な山塞メーカー、つまりiPhoneを模倣したスマートフォンを生産するメーカーから始まり、比較的お手頃な値段でそこそこの品質を保っていたことから中国市場で一定のシェアを獲得していました。確か2015年とか2016年くらいならアップル、サムスン、ファーウェイ、小米に続く形でシェアで4位とか5位とかに入っていた気がします。自分が使用していたのもまさにこの頃でした。
 使い心地は悪くなく、この記事でも触れられていますがOSが今使っているvivoよりも確実にわかりやすく、痒い所に手が届く使用でした。またメーカーが運営するサイトでは着信メロディとかでそこそこいいコンテンツが配信されており、多分ライセンス払ってないだろうけど何故か「恋愛サーキュレーション」とかも入手できました。まぁさすがに着メロにしなかったけど。

 そんなMeizuですが何故購入を続けなかったのかというと、単純にもうこれ以上買うことができなかったからです。確か2020年くらいだったと思いますが、上海市内の中心部から一切の販売店舗がなくなり、実質的にネットでしか購入できなくなりました。
 2018年くらいに機種交換した際はまだ専門店舗もあったのでそこで買い替えましたが、その際に店員に「景気はどうだい?」と尋ねたら「悪くない、と言わなきゃいけない」と正直な答え方してきたのをよく覚えてます。

 というのも2016年くらいから今も中国シェアで4位か5位くらいに常連のvivoやOPPOが猛烈なマーケティングを展開し、Meizuのシェアをどんどん奪い始めていたからです。よく覚えていますが、この両者はほんと街中のいたるところで販促活動を常に展開していて、それほどこの業界に興味なかった自分も一瞬でブランド名覚えるくらい激しくやっていました。
 またこの頃より中国の消費者でもコスパより品質、高級感を重視するトレンドが始まり、多くのスマホメーカーがそうしたやや値段高いモデルを用意していったのに対し、Meizuのみ安価なコスパモデルがラインナップの中心のままであり、明確に安っぽく見える存在となっていました。ここらへん、大体2018年ごろに勝負あった感があります。

 私自身も上海市内に店舗がマジでなくなりいざという時のサポートが受けられないという懸念からvivoに鞍替えし、現在も機種交換しつつ使い続けています。もしMeizuがまだ店舗を残していたら、レアなマイノリティブランド好きもあるため多分使い続けていた気がします。

 そんなMeizuについて上の記事では自動車ブランドの吉利傘下に入ったもののその後も経営は改善せず、スマホ事業から完全撤退が噂されていることを報じています。一時は愛着を持ったブランドだけに寂しい限りですが今後は車載OS事業に集中するとも書かれてあり、Yahooの記事ではそちらではそこそこ評価されているというコメントも見られるので、そっちの事業で今後も活躍し続けてほしいと密かに祈る次第です。
 Meizuを初めて使う前はサムスンの安いスマホを使ってましたが、決して悪くなかったものの、Meizuに切り替えたら電池がえらい長持ちだしOSも使い勝手よいことにビビり、中華スマホの威力を初めて体感した機種でした。その点に気づかせてくれた点でも深く感謝しており、値段も確か700元(当時で10500円くらい)と超安く、本当にいい思い出しかないブランドでした。

2026年4月25日土曜日

初等教育の重要性、特に国語

 昔友人が、「米国は初等教育に金をかけず、大学などの研究機関の高等教育に金をかける。何故なら世界から優秀な青年が米国の大学に留学するからだ。初等教育を外国政府に負担させ、自分たちはおいしいとこだけをいただいている」と評しましたが、実際その通りだと思いました。ただその結果として、今のトランプ政権が生まれたのではないかと思う節があります。
 偏見かもしれませんが、今「トランプに裏切られた」と言っている米国民はただのアホでしかないと内心思っています。トランプ大統領が耳障りのいいことを口先だけしか言わないことは彼の経歴からも明らかで、また単純に政治実務能力がなく、関税をはじめ余計なことばかりに実行力を発揮するのは目に見えていました。それでも彼を支持して投票したというのは単純に人を見る目、未来を見る目がなかったとしか言いようがなく、アホでしかない結論に至ります。

 まぁあの選挙当時、相手がカマラ・ハリス氏だったことから自分も米国民ならトランプに票入れたかもしれませんけど。

 そもそも彼のような人間が党内の予備選挙に勝つこと自体が色々あれだと思うのですが、その背景として米国の初等教育の低さがあるのではないかと勝手に思っています。初等教育に金をかけてこなかったからこそああした人を担ぎ上げてしまい、尚且つその結果がどうなるのかを見れなかったのではないかという気がします。
 少なくとも庶民層とエリート層の分断はかなり激しくなっていると聞き、この初等教育に金をかけず高等教育にのみ注力することで、米国は選挙方面でかなりおかしな状態に至ってきているように見えます。

 ただこれは米国だけを笑っていられるかというとそうでもない気がします。日本もこのところ闇バイトなどの犯罪犯した若者が「これで捕まるとは思わなかった」、「懲役期間は半年くらいだと思った」などというコメントをよく残しており、どことなく、何をしたらこうなるという想像力に欠けた人が増えているような気がしてきています。その想像力の減少ですが、突き詰めると初等教育、特に国語教育の劣化が原因ではと疑っています。

 昔の記事にも書きましたが、実際に現在の日本の小学校では英語などの科目を増やしたせいで国語の時間が減らされており、その影響から国語や日本語能力が劇的に落ちてきていることが各所より指摘されています。教育関係の仕事をしている友人も同じことを言っており、国語力の低下による想像力の低下が地味に大きくなっているように見え、米国みたく投票した結果がどうなるかがわからず勝手に「裏切られた」という人が今後出てくるのではないかと懸念しており、マジこの辺の初等教育をどうにかしてほしいと思っています。
 結論を言えば初等教育は大事で、高等教育のように目に見える国への恩恵はないものの、ベースラインを維持するためにももっと日本全体で初等教育の充実を図っていくべきな気がします。

アオシマの楽プラはマジいい




 例によってまたプラモの話ですが、このところ量産している接着剤不要のアオシマの楽プラにはまっています。価格が安く(大体2000円以下)1時間程度の空き時間でサクッと作れて、着色済みなので見栄えもいいし小さいので置き場所にも困らないというのもありがたいです。
 上の三枚の写真は先週作ったVWのビートルで、なんかやたら女性受けが良かったです。



 でこっちが今日作ったトヨタのC-HRです。先日誕生日を迎えたので自分へのご褒美としてサクッと買いました。まぁ誕生日関係なく買いまくってますが。
 このキットを買うきっかけにもなったのですが、リアのライト部分の表現は本当に見事だと思います。これ、二つのクリアパーツとシールだけでこの赤色の立体感を出しており、アオシマのこうした技術にはマジで舌を巻きます。また車の模型で白だとあまり映えないのですが、このC-HRはシールが就くとちょうど黒との対比が目立つようになるので、敢えてこの白色を選択して購入しました。

 真面目にプラモに興味ない人も楽プラは1回作ってみるのをお勧めします。安くて短時間で組み立ての達成感が得られるし、インテリアとしても部屋の中にこの手のプラモが1個だけあるとなかなか様になります。これが二桁行くとやばい奴の部屋になるのですが……。