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2021年6月29日火曜日

日本に必要なのは行動力を育てる教育?

 今日は締切にあんま追われてないからすぐ帰ってきたけど、明日当たりからなんか仕事やばそうで、ブログ書く機会も減るだろうからもうこのネタ放出します。最初にネタと関係ないけど、今日のJBpressで出てた「逃走事件のヘビより巨大だった我が家の4メートル『アナコンダ」の記事を見て、「こんな見出し反則だろ」と思いました。こんなの見たら読むしかないじゃん。

 結論から言うと、今の日本の教育で最も足りておらず、最も必要なのは「行動力」を育てる教育なのではとう気がします。

 私がこのように思ったきっかけは結構ありますが、一つはあるゲーム専門学校の話です。その学校の講師によると、就職率はほぼ0%で誰もまともに就職できないのですが生徒はやってくるそうです。で、何故卒業後に就職できないのかというと、とにもかくにも生徒らが無気力だそうで、あれこれ熱心に教えようとしても全然反応がないということだそうです。厳しく指導しても、「なんでこんな風に怒られてんだろう」みたいなキョトンとした顔されるとのことで、講師たちとしても指導しあぐねるという話を以前みました。
 また今回記事を書くきっかけとして、最近の子供がゲームを遊ばなくなってきた原因の一つとして、「ゲームを起動させるのが面倒だから」という理由があるという話をネットで見ました。ほんとかどうかわかりませんが、私個人としては実際ありうるのではないかと思え、そう思うくらい確かに最近の日本の若い世代は何事にも無気力で、何か自分が求めることを追うよりも、すべてめんどくさいからとりあえず生きていけるレールになった人生を消極的に選ぶ人が多いように見えます。

 突き詰めると、日本全体でこのところ盛り上がらないのは日本人がみんなして無気力化していて、特に若い世代で深刻だからではないかという結論に至りました。では何故若い世代ほどこの傾向が顕著なのか、理由はいくらでも挙げることができて、PCやインターネットの発達で社会の利便性が高まったから、日本全体の経済と社会が縮小しているから、苦労しなくても死なない程度に生きられるようになったからという風に、理由づけしようってんなら無限にできます。
 ただ一つだけ強めにいうこととして、「裕福になったから」というのは確実に理由として当てはまらないでしょう。90年代くらいなら通用したかもしれませんが、2000年以降の日本は相対的に貧困化が進んだ一方、無気力な子供はこの間も増加しているように見えるからです。むしろ近年は「金持ちの子供は無気力」というよりは逆に、「金持ちの家ほど行動力がある」ように見えます。逆は私に言わせちゃなりません。

 私の見立てでは無気力化は先ほどに上げた理由がそれぞれ一部ずつ当てはまって、複合的に作用した結果ではないかと見ています。その上で、同じく無気力化の原因でもあるものの、歯止めをかけられるスイッチ部分に当たるのが教育だと思え、やっぱこの点で「行動力」、「ガッツ」というものを根本的に教え込むことが日本、ひいてはアレフガルドを救うことになるのではという風に思えてきました。
 自分で言っててなんですが、今のちびっこはもうアレフガルドと言ってもわからないんだろうな。

 私が小学生だった頃は数年ごとに起きる自殺問題が盛り上がってて「ゆとり教育」とともに「生きる力」が教育の重点に掲げられましたが、結局それは何だったのか未だにわかりません。どうせ教えるんならメタルギアソリッド3ばりにサバイバル能力とか教えればよかったのに。
 話を戻すと、中途半端に知識を授けるから無気力になっているのではと思う節があります。失敗する未来が見えると誰もが歩みを止めますが、それが見えなければ誰もがそのまま突っ込みます。そうした無謀のような行動力こそが今の日本に絶対的に足りてないように思え、「ダメかと思っても何も考えず取りえずやってみよう」的な精神こそ、教育で教えるべきでしょう。

 実際にというか、社会においては知能よりもこの手の体力と行動力に溢れた人の方が頼りになります。また学生においても、片っ端から手を出していろいろなことを経験している人間の方が、やはり伸びしろがあるように思います。まぁそれくらい行動力あって、知能も備わっていればさらに強いわけですが、少なくとも知能だけの人よりは行動力のある馬鹿の方がずっと社会には有益です。

 そんな感じで考えていって何かしらモデルとなる人物像はないかと考えてみたところ、最終的に行きついたのが「こち亀」の主人公の両津勘吉でした。彼みたく後先考えず目先の欲だけで無限ともいえる行動力を発揮できるような人こそ、現代日本においてもっと増やすべきタイプの人間だと思います。まぁああいうのが多すぎても問題で、ちょっと前の中国がそれに近かった気がしますが。
 以上を踏まえて日本の義務教育、特に小学校くらいでは「両さんみたくとりあえず何も考えず、自分がやりたいと思ったらとにかく行動しろ」みたいに教えるのが今の日本には一番いいのではと密かに考えてます。真面目に。

 かくいう自分もどちらかと言えば無気力な方で、あんま旅行もしないし、休日も家でゲームばかりですが、この方面で自慢できるとしたら興味を持った後の動き方は明らかに他の人より早く、粘り強い気がします。マジで。
 記事の取材なんかでその手の行動力が発揮されることが多いですが、そういう意味では本当の意味で自分は記者が天職だったのかもしれません。


  追記

 書きそびれていましたが、行動力がなく無気力になってきていると思う一方、上のニュースのように変なところで行動力を発揮してしまう人も最近増えてきているような気がします。そういう意味では行動力を高めるだけでなく、その正しい方向性も養う必要があるかもしれません。ってかあるだろ。

2021年6月28日月曜日

元寇二発目

元寇「神風のおかげで日本がミラクル大勝利」は本当か(JBpress)

 というわけで元寇二発目。一発目が大谷のホームラン並みにヒットしたので二発目も大丈夫と信じつつ、配信されるまでは結構不安でした。というのも、当初書こうと考えていた内容が執筆直前に自分の事実誤認だったということに気が付き、慌ててプロットを練り直していたからです。
 そうしたせいもあり、一発目は大体3時間くらいですぐ書けたのに対し、こっちの二発目は確か6時間くらい書き上げるまでかかった気がします。そのため内容もぐでんぐでんだろうと今回の連載三本の中では一番自信がありませんでした。

 ただ編集部に提出後に帰ってきたゲラを見ると、

神風の被害の実態→高麗船は神風に堪えられたか→神風の後に残された捕虜たち

 と言った感じで、割と流れは一本筋が通っており、読み返してみると意外なほど読みやすいという風に感じてやや自信を取り戻しました。

 そんな感じで迎えた今日ですが、アクセス数は一発目に及ばないものの、1日を通してJBpress内のランキングでは常に1位か2位にあり、全日ランキングで2位以上は確定だと思われます。できれば前回記事もアクセス引き上げてワンツーフィニッシュを決めたかったですが、さすがにそれは高望みし過ぎました。
 にしても、何故今日に限って中国軍脅威論記事が2本も出てきて、この2本に挟まれる形で元寇記事で順位を争ってるんだろうと、なんか妙な感じを覚えました。

 次回の三発目はまた来週月曜配信予定ですが、これまでのと比べるとやや毛色の異なる記事なため受けるかどうかは未知数です。ただ情報の新規性で言えば随一の記事で、アクセス取れなくても初めてその事実を報じるという点では自分的には十分納得のいく記事です。

2021年6月27日日曜日

両津勘吉とウルヴァリンの類似性

 割とこのブログは自分の普段の状況をよく反映するというか、更新回数が多いということはヒマしてて、少ない時は忙しいって場合が多いです。昨日も今日も自宅作業してましたが、同僚は「毎日深夜2時まで頑張ってるよ(´・ω・)」とか言ってきて、あんまり辛い辛いアピールできなくなったのが辛いです。

 そんな感じで疲れているのか、なんか先日ふと「両津勘吉とウルヴァリンって似てね?」とか思いました。言うまでもないですが両津勘吉はこち亀の警官、ウルヴァリンはXメンの黄色い奴です。具体的な共通点は以下の通りです。

・粗暴
・毛深い
・不死身
・うるさい
・女好き
・酒好き
・おっさん臭い

 まるで絵に描いたような類似性で、ウルヴァリンはこれから「アメコミ版両津勘吉」と呼んでもいいのではないかとすら考えています。そのウルヴァリンですが、90年代のアニメシリーズでは準主役のジュビリーというミュータントの女の子が相棒役となり、この子と疑似的な親子関係が出来ていると公認されています。
 ただ「こんな両津勘吉みたいなおっさんが父親だなんていやだな(;´・ω・)」とかジュビリーに思われてるんじゃないかって気がします。年頃の女の子からすると一番嫌悪の対象に近いというか。っていうか他のミュータントとの戦いよりも、アパートで一緒に暮らすウルヴァリンとジュビリーのコメディとかのが見てみたい。

 少し話を戻すと、最近改めて両津勘吉というキャラクターに着目しつつあります。今考えてみるとなかなか特殊なキャラクターと言うか、日本人はもっと彼のようになるべきじゃないかと思う節があり、それはまた今度解説します。

 さてメガテン3で遊ぼ。

2021年6月24日木曜日

もう一つの満州王朝

 最近歴史記事はこのブログではあまり取り扱わなくなっていますが原因ははっきりしており、歴史を語れる相手が周りにいないに尽きます。それでもまだ日本国内だったら何らかの書籍を手に取ってインスピレーション刺激されて書くこともありますが、中国だと電子書籍をそんな探すようなこともなく、やはり歴史的刺激がやや弱めです。基本的に何か知らない分野学んで、面白いと思って書くことが多いですし。
 ただこの前、何の気なしに南宋王朝を調べていたところ面白そうだ思ったトピックを見つけて、落ち着いたころにまた勉強してみようかなと思う分野がありました。それは見出しにも掲げたもう一つの満州王朝こと金朝のことです。

 金朝とは何かですが、ちょうど日本の平安朝後期の12世紀にできた王朝で、作ったのは女真族の完顔阿骨打(ワンヤンアクタ)です。この女真族ですが後に合算離合を繰り返し、16世紀にヌルハチによって再統一された後に名称を「満州族」に改めていますが、女真族も満州族も名前が違うだけで同じ部族です。言うまでもなく満州族はその後ラストキングダムこと清朝を設立した部族です。
 あまり知られてないというか意識されていませんが、満州族は清朝を作る前に12世紀の時点で金朝を作り、皇帝も出しています。この金朝は元々は万里の長城の向こうにいた部族ですが、当時の王朝だった宋(北宋)と組んで、北京周辺(燕雲十六州)を占領していた遼という国を挟撃しています。当初は遼を叩き潰したら領土は山分けみたいな約束でしたがこれを宋に反故にされ、なめんなこらとばかりに怒って攻撃して、宋の皇帝一族を丸ごと捕虜にするほどの大勝を挙げます。その後、金朝は宋をガンガンと南に追いやり、あっという間に中国の北半分を占領してしまいました。

 この時代、華北を金朝が、華南を宋(南宋)が治め、実質的に中国は南北朝ともいうべき時代を迎えます。体制が固まった当初はどちらも「絶対殺す(# ゚Д゚)」ムードでガンガンやり合っていましたが、途中から双方ともに割と現実主義な皇帝が立ち、宋が臣下という立場を受け入れることで和平が成立して、そこそこ落ち着いた時代を迎えるに至っています。意外とこの時の皇帝が面白いというか、北伐を主張する家臣らを皇帝自ら説得して和睦に至り、その上で「俺が決めた」と強い責任感見せる人で、単純に魅力を感じます。

 一方、金朝の方もそこそこ英邁な皇帝を輩出する一方、ローマで言えばコンモドゥスみたいな「色狂いの馬鹿」と呼ばれる皇帝も出たりと波乱があります。またその滅亡に関しても、かつて宋の求めに応じて遼を挟撃しましたが、今度は宋がモンゴル帝国と組んで襲ってきたため、金朝は滅亡するに至ります。なおそのモンゴル帝国は言うまでもなく、後の元です。

 この辺しっかり勉強すればまた別にJBpressで記事書けそうなのですが、最近忙しくて取材できないこともあり歴史記事に逃げること多いなとちょっと反省気味です。今の連載終わったら記事ネタないのにまた取材する時間もないから、多分前打ったチャイナワクチン体験記でも書いて逃げようと考えています。
 言い訳じみてますが、この手のネタに困っての逃げのネタほど当たりやすいです。芸術というのは苦しめば苦しむほどいいものができると一部言われますが、これはマジで、本当にあれこれ考えあぐねてもうこれしかないと追い詰められたところで光るものが最後に出てくると思います。そういう意味では自分を追い込むことが創作においては何より大事だと内心考えてるし、その追い込みにどれだけ耐えられるかという体力とメンタルの分厚さがその振り幅を左右すると思ってます。

2021年6月23日水曜日

立花隆の逝去について


 かなり久々に月間1位取ったので記念にキャプチャーしておきました。今年の自分は割と大谷並にホームラン連発している気がします。

 話は本題ですが本日の報道で今年四月に評論家の立花隆氏が亡くなられていたことがわかりました。年齢的には妙齢と言っては何ですが死に臨むに相応しい時期で、恐らく本人としても納得感のある逝去だったのではと勝手に想像しています。

 立花隆の著作と言ったら「田中角栄研究」が代表格ですが、私自身は時代が異なることもあってこちらは読んでいません。逆に読んだものと言ったら以前読んでた文藝春秋に寄稿された評論が主ですが、やはり読んでてただ者ではないと感じる内容が多かったです。逝去報道にもある「知の巨人」という異名は伊達ではなく、とにもかくにもあらゆる方面に造詣が深くて戦後から平成において日本屈指の知識人であったと自分も考えています。

 その立花隆のちょっと特殊なエピソードとして私が知っているものとして311直後の諮問会議があります。この会議では主催した菅直人首相(当時)が原発に代わる新たなエネルギーを出席者に尋ねたところ、ほぼ全員が太陽光発電を挙げたそうです。それに対し立花隆ただ一人のみが、「ヒートポンプ」を挙げたとされ、このエピソードを出して半導体産業新聞の当時のトップは「わかっているの立花隆のみ」とべた褒めしていました。

 エネルギー方面には私はあまり造詣は深くないのですが、少なくとも太陽光発電に関しては菅直人氏だけが悪いわけでなくその後の制度設計に起因するところも多いものの、現状で成功したという人はまずおらず、失敗したと断言してももはやよいでしょう。
 私自身、今でもはっきり覚えていますが2012年の日本行きの飛行機で窓から眺めたところ、丘の上のあちこちにまるで切り抜いたかのように太陽電池パネルが見境なく置かれてあるのをみて、警官的に見ていて強い不快感を感じるとともに、豪雨などの土砂時とかどうするのだなどと疑問に感じました。ただ良かったことに、数年経ったらそれらは一切全部なくなりました。ついでに、太陽光発電関連のネット広告も完全に見なくなりました、よかったよかった。

 私自身もどちらかというと知識量を武器にして記事を書くことが多いですが、やはりこの方面だと立花隆とは雲泥の差があり、遠く見上げる存在でありました。今年初めには半藤一利もなくなり平成に活躍した言論人が今年なくなることが多いと感じる一方、やはり彼らの下の世代、具体的には今60代くらいの世代でもっと代表的な論人が続いてほしいという願望があります。知識人というのは多すぎてもよくないですが、少なすぎるのもまたよくないと私は考えており、一人の巨人が亡くなった今だからこそ、新たな世代の台頭を願わずにはいられません。

2021年6月21日月曜日

元寇一発目


 というわけでまた自分の記事紹介ですが、朝自宅出る際に確認してからこれまでずっとJBpressのサイト内アクセスランキングでずっとトップですので、終日1位はもらったも同然でしょう。過去2回の記事は外してたのでほっと一息ですε-(´∀`*)ホッ
 もっとも今日は新着記事が少なかったという幸運に恵まれたということが大きいでしょう。宿敵ムンジェインも出張ってこなかったし。

 記事解説に移ると、例によって夏の歴史特集をどうするかと4月ごろから真剣に考え始め、これまでの経験から最低でも教科書で基礎知識を覚える範囲の内容じゃないとアクセス稼げないと思え、尚且つ中国が絡んでくる歴史ネタだと自分の強みが発揮できるのではという風に絞っていったところ、ちょうど去年にゲームの「ゴーストオブ対馬」がヒットして、知名度が上がりつつある元寇がいいのではと思いつきました。割とこの辺の発想は我ながら見事だったと思います。

 そもそもこの元寇、記事にも書いていますが近年になって新発見が相次いでおり、実際に乗り入れられた高麗船とかも海底から見つかったりしているなど地味にホットな話題です。尚且つ中国が絡む、っていうか攻め込んできた当事者でもあるので、その辺の事情はこの後の第3回でまとめています。

 記事を書くに当たってはやはり根拠づけできる資料が必要だと考え、前々からターゲットに入れていた服部英雄氏の「蒙古襲来」を読もうと決めたものの、誤算だったのはこの本の電子書籍版がなかったということです。仕方ないのでハードコピー版をわざわざ日本の親父に連絡して取りよせ、読み込んだうえで執筆に臨みました。
 なお親父はなか卯の牛丼パック詰め合わせセットのダンボール箱に本を入れて送ってきましたが、これがびっくりするくらい「蒙古襲来」のサイズにぴったりはまっててびっくりしました。

 こうして資料を揃えて万端とばかりに記事を書こうとしたのですが、読んだ人ならわかるでしょうがこの本はガチの学術本で、記事に仕立てるためのストーリー立てで苦しみました。最終的には目立つトピックとして第1回は一騎打ちと残虐行為に絞って書きましたが、思ってた通り後者の残虐行為に対するヤフコメが多くなりました。
 記事にも書いていますが、モンゴル軍が対馬などの住民の手のひらに穴開けて、数珠つなぎにして船のへりに並べたという表現は私は事実ではないと考えています。根拠としてはこの証言をしているのが日蓮だけなのと、はっきり言ってこの行為を行うには以上に手間がかかるし、戦場でわざわざやるのかと思うとあまりそんな気しません。そもそも手のひらに穴を開けて鎖を通して吊るしたら、多分体重で肉そげて落ちると思うし。

 この数珠繋ぎに関してですが、自分が認識する限りだと何故か3年くらい前あたりから急にネットで言われるようになりました。ついでに書くとそのつなげられた捕虜に日本兵は構わず矢を射かけたとか、腐乱した牛馬の死体をモンゴル軍の船に投げ込んできたという説もネットに見られますが、どれもこれも原典史料は明記されておらず、「元側の記録」としか書かれていません。どの元の史料かもわからず、また内容もなんかコピペっぽさを感じるだけに、現時点で自分は上記の説に対して疑念を持っています。

 以上を踏まえてこの記事では徹底して「史料の信憑性」をテーマに書いているところがあります。八幡愚童訓の信憑性については服部氏の指摘に沿いましたが、数珠つなぎに関しては自分の意見として日蓮だけの証言で事実認定はどうかとはっきり書きましたが、後悔はありません。やはりこの元寇関連の史実に関しては、「史料にあるから」だけで事実認定してはならないでしょう。少なくとも複数リソースを比較して、その史料が他の部分でどれだけ整合性を持つかを前提に語る必要があり、そういう主張もできたということでこの記事にも満足しています。

 もっとも次の第2回は苦しみながら書いたので内容にあまり自信がないです。第3回は盛り上がりに欠けるけど、多分日系メディアとしては初の事実を盛りだくさんで載せているからまぁアリだと思うのですが。

2021年6月20日日曜日

東芝の株主総会調査報告書の概要

 先週は月曜が中国だと祝日だったので土曜は1日しっかり休養を取り、日曜と月曜に頑張って仕事してもあまり影響ありませんでしたが、今週土日は2日合わせて6時間程度しか働いて無いものの、疲労からか目が痛いです(´;ω;`)ウッ…

 話は本題ですが、誰もが知る不適切会計という言葉を生み出した東芝において先々週、去年の株主総会の疑義に対する調査報告書が出ました。各メディアでも大きく取り上げられましたが情報がやや断片的なのと、内容が実際かなり複雑ということもあって、いまいち核心が掴めなかったため、合計121ページある公開された調査報告書を先週から徐々に読み進めていました。
 同じように核心掴めていない人もいるのではないかと思うので、あくまで自分が理解した範囲内でこの調査報告書の内容をここで簡単にまとめることとします。

1、提起された疑義は二つ
 まず今回の調査は東芝の株主である、旧村上ファンドの幹部が起ち上げたエフィッシモというファンドが提案したことにより実施されました。調査対象は2020年7月末の東芝株主総会の運営が構成であったのかについてで、具体的な疑義として以下の通りです。

1、投票締切日間際にきちんと郵送された議決権行使書が無効とされたのは意図的な処理か
2、大口株主に対し株主提案を退けるため経産省と組んで非合法な圧力をかけていなかったか

 このうち1に関しては東芝は無罪で、議決権集計業務を請け負っていた日本株主データサービス会社の不手際によるものだと断定しています。一方、2に関しては提起された疑いの通り、何の法的根拠もなく経産省職員が実質脅迫とも取れる恫喝を行って一部大口株主の議決権行使を妨げ、東芝側関係者もこれを把握していたと断じています。

2、議決権集計問題
 先ほどの二つあるうちの一つ目の疑義についてまず解説すると、株主総会後、発送した議決権行使書の一部が票に反映されていなかったことに一部株主が気付き、東芝にとって不利となる株主提案の賛成票を意図的に「締め切りまでに届かなかった」ことにして、無効票としたのではないかと指摘されました。
 この点について今回の調査チームが調査したところ、集計業務を日本株主データサービス会社が会社が作業負担の軽減、迅速化のため、行使書の郵送を請け負う地元郵便局と協議して、通常の配送方法ではなく、特定の時間帯に前後に届いた行使書をまとめて配送するという手段を取ったことで、本来なら有効とされる票が一部無効とされていたことがわかりました。

 詳しい経緯については報告書に書かれていますが、確かに締め切りまでに届かなかった票も混ざってはいたものの、一部には通常の配送方法なら締め切りまでに間に合っていた票も含まれていて、この件に関しては完全に業務請負側の処理によるミスであったとしています。
 また東芝側についてもこの処理ミスに関しては全く把握していた素振りは見られないそうです。その上というか、仮に無効票が有効となっていたとしても、東芝側に有利となる会社側提案の票比率がむしろ増える結果となるため、意図的に無効とする動機も見当たらなかったそうです。
 そのためこの件に関しては東芝は無罪であるとしており、私もこの見解に同感です。

3、きっかけは東芝ITサービス株式会社の循環取引
 続いて二つ目の株主総会への経産省による干渉案件ですが、すべてのきっかけは小見出しに掲げた東芝ITサービス株式会社の循環取引です。ここでは先ごろ2015年から2019年にかけて24件も架空の循環取引をしていたことがわかり、この件に関して東芝も調査して報告書を出しています。しかしこの報告書に対し株主のエフィッシモが内容が不十分であるとして再調査を要求し、どうしても聞かないってんなら株主権の行使も辞さないと伝えてきました。
 こうしたエフィッシモ側の態度に警戒感を強めた東芝経営陣は、「そうだ、日本政府を使って奴らを叩き潰そう」的な結論にどうも至ったようで、その手段として改正外為法が選ばれ、泣きつき先に経産省が選ばれました。

4、改正外為法
 地味に本件でキーワードとなるのはこの、2020年6月に改正された改正外為法です。これは外資の日系企業に対する投資をより円滑にして誘致することを目的に改正された内容となっていますが、一部の重要産業、また軍需関連産業(コア業種)に対しては、外資投資比率の制限、または投資の事前承認制とすることを定めています。
 東芝とエフィッシモが揉め始めたのは2020年3月で、6月ごろに改正が予定されていたこの改正外為法にかこつけてエフィッシモを株主から排除することを画策します。具体的には、外資であり東芝そのものの支配を画策しているなどとして、保有している東芝株式を日本政府の命令で強制売却させるということも目論んでいたようです。また強制売却に至らずとも、それをちらつかせることで上記の循環取引再調査に関する株主提案を取り下げさせようとしていました。

5、話違うじゃん(;´・ω・)
 ただ、このような東芝の期待を一身に背負った改正外為法でしたが、可決前に出てきた具体的内容はどちらかというとこれまでよりソフトで、外資による日本向け投資ルールをよりはっきりさせるという内容が中心で、外資排除的な文言は思ってたより少なかったそうです、東芝にとっては。正直、この内容だとエフィッシモに強制売却を命令するには無理がある(実際無理がある)ということが分かり、どうしたもんかなとやたら東芝に肩入れする経産省職員(K1課長)と相談し始めます。

6、K1課長
 本件のキーワードが改正外為法なら、キーパーソンはこのK1課長(けーいち課長)です。報告書を読む限り異常なほど東芝に肩入れしており、上記の改正外為法による外資排除案について省内で同案件を統括する部署にわざわざ確認しに行ったりしてくれています。結果から言うと、「(外資排除命令は)いや無理だろ」、「むしろエフィッシモの意見に他の株主も同意じゃね?」的に担当部署から言われちゃいます。
 ここで何故かけーいち課長は妙なやる気を出し始め、自らエフィッシモに面談を行って再調査の株主提案を取り下げさせると言い出してきました。でもってそれを実行しました。

7、マジビビる(;´・ω・)
 何故か突然面談を要求してきたけーいち課長(とその仲間の経産省職員)に対しエフィッシモもひとまず受けて話を聞き、コロナがどーたら、余計な混乱は避けるべきだなどといろいろ言われ、エフィッシモ側も東芝絡みで日本政府が動いてきていると感じちょっとビビり始めます(けーいち課長談)。そのため妥協策としてエフィッシモは、再調査提案は取り下げないものの、東芝を丸ごと支配しようというつもりがないという気持ちの証として取締役の推薦人数を減らす用意があることを経産省職員に伝えますが、言われた経産省職員は「それじゃダメダメ(ヾノ・∀・`)ナイナイ」と、あくまで提案内容を丸ごと変えるよう要求しました。

8、嫌味を言って喧嘩別れ
 上記やり取りを経てエフィッシモ側は態度を硬化させ、当初の計画通りに再調査を提案した上で、取締役も3人を推薦することを経産省職員に伝えます。これに対し対応した経産省職員は、エフィッシモ側が直前に東芝側の役員候補指名決議日程を伸ばしてくれと言っていたのに結局元の内容を維持してきたことを槍玉にあげて、「なんで延期しろっつったの?」、「一社会人としてどうなの?」的な嫌味を言ったそうです。
 なお一連のやり取りに係った経産省職員は、このような外資投資に関して外資企業を指導する部署に属しておらず、このような行為を行う権限も一切なく、上記行為は越権行為だと報告書では指摘されています。一社会人としてどうなの?

9、3Dインベストメントへの脅し
 エフィッシモについて細かく書きましたが、やはり論点はエフィッシモの再調査提案にあるからです。東芝と経産省職員はエフィッシモが出す再調査提案、並びに推薦する取締役の当選を非常に恐れ、これを何としてでも阻止するために他の大口株主にも根回しをするようになります。その一つが3Dインベストメントです。
 例のけーいち課長がまた変なやる気を出して、エフィッシモと本格的に揉め始めた2020年6月に3Dインベストメントにも面談を申し出ます。この面談でけーいち課長は「悪い投資家も世の中に入るもんだよね」的に説明し始め、3Dインベストメントが「うちに問題あるわけじゃないならもう帰りたいんだけど。他の投資家の話なんて聞きたくない(´・ω・)」と言ったら、

「隣が大火事になっている隣でバーベキューをしていると、それでは済まなくなることもある」

 という、多分関連ニュースで一番引用されている名言を発したそうです。
 この「隣」というのはエフィッシモを指すとみられ、発言の意図としては「エフィッシモの提案に賛成したらどうなるかわかっているよな?」という恫喝で間違いないでしょう。このように解釈できない奴は空気読めないと言われて日本じゃ生きてけないでしょう。

 結論を述べるとこの恫喝は3Dインベストメントの意思決定に影響を及ぼしたとされ、エフィッシモ側の提案に細かくは覚えていませんが完全賛成を取らないようにしたようです。経産省の作戦勝ちとなりまいた。

10、HMCへの脅し
 HMCとはハーバード・マネジメント・カンパニーという米国のハーバード大学系のファンドで、かねてからの東芝の大口株主です。
 HMCは2020年3月、循環取引問題で東芝の株価が下落した際に、もう少し株価対策を行うようレターを送っています。ただこのレターで、「うちの出資者の目もあるからこういうこと言うけど、東芝のことは応援してるよ(^_-)-☆」的な文言も入っていたそうです。そして東芝はこのHMCからのレターに対し、約3ヶ月間無視して返信を送らずにいました

 こうした東芝側の不遜な態度にカチンときたHMCは202年5月、東芝が要求した電話会議を拒否し、レターでやり取りするよう要求してきます。友好的だと思っていたHMCのこの態度に慌てた東芝は経産省に泣きつき、けーいち課長らとHMCのレターを共有し合って、最終的にHMCにコネのある経産省のM氏を通してコンタクトを取ることとしました。
 どうもこのM氏を通して、HMCにも3Dインベストメントみたく脅しをかけたみたいです。特に株主総会直前に一部議決権行使票が集まって票読みが始まってきた辺りからは猛烈にやり取りが繰り返され、エフィッシモ提案の阻止に動いていたことが報告書内で細かく書かれています。

11、提案阻止も……
 最終的にエフィッシモ、3Dインベストメント、HMCは互いに互いの提案や推薦取締役への投票を控えることとなり、会社(東芝)側提案が強く反映された取締役選任に至ることが出来ました。
 しかし総会後、HMCが東芝役員に対し、「うちが議決権を行使しなかったのは日本のある人物から圧力を受けたせいだ。そいつは正式な業務権限を持つ者じゃなかったことが後でわかり、非常に悔しい。次は投票するから待っていろ(ΦωΦ)フフフ…」的な連絡をしてきました。

 この圧力問題がフィナンシャルタイムズ、ロイターなどの記事が徐々に取り上げて疑惑が立ち込めていきます。ある意味決定的となったのは2020年12月に出たロイター記事にHMCに接触してきた経産省職員のM氏がツイッターで「脅したわけじゃない(;´・ω・)」と、接触を認めるかのようなツイッターを寄せたことだと思います。
 ロイター記事が出る直前にはエフィッシモなどを含む複数株主が圧力問題に関して東芝に調査を要求しており、2021年1月に監査委員会がこの件について調査を開始し、A法律事務所(匿名になっているけど大体わかる)に委託して調査が行われました。結果は、

1、HMCへの圧力はなかったよ
2、東芝は無関係だよ
3、HMCに怪しい人物が東芝の総会直前にいろいろ言ってきたけど関係ないよ

 というかなり凄い内容の報告書を出してきました。それどころか東芝関係者は、「これ(HMCが出した疑惑)は東芝を陥れようとするブラフだ!」などとメールに残しており、今回の報告書でも槍玉にあげられています。いい仕事するよね。
 なおA法律事務所はこの最初の調査時において、エフィッシモに関する東芝と経産省の生々しいやり取りメールを見ていますが、それらはガン無視しています。調査範囲じゃない言うつもりでしょうが、コーポレートガバナンスを失墜させかねない行為を見て見ぬ振りするその姿勢には頭が上がりません。

 無論こんな報告になっとする馬鹿は普通いないので、2021年3月の臨時株主総会にて当初の提案通りに調査担当者に今回の調査チームが選任され、こうしてこの事件が明るみに出たわけです。

 既にへろへろなためこれ以上の言及は避けますが、敢えて一言だけ言うと、この会社を生かすことが果たして日本にとって有意義なのか、強い疑わしさを覚える内容です。また社内にあまりにも人材がいないというか、この際だからソフトバンクにでも買われて血を入れ替えてもらった方がいいんじゃないかという気持ちしか覚えません。

2021年6月18日金曜日

酒類提供の緩和について

 毎年のことながらこの時期忙しく今日もヘロヘロ(ヽ´ω`)になって帰ってきたのでブログ書くつもりなかったけど、一言いいたいので書きます。


  上の記事見出し見て、「馬鹿じぇねぇの」と思いました。一応言っときますが、毎日と朝日のことじゃないですよ。

 酒類提供の緩和はまず間違いなくオリンピックが近づいているが故の「日本は安全です」的な五輪シフトでしょう。このタイミングだと気の緩みを誘発しかねないように思え、案外来週あたり新規感染者数は増えるような気がします。
 それ以上に馬鹿だと思ったのは、何故これを有効に活用しないのかという点です。結論から言うと、「ワクチン接種者なら夜遅くまで飲んでもOK!」みたいにしちゃえば、酒飲みはみんな一気にワクチン接種に殺到して業務がスムーズにいくように思ったからです。さらにこの理論を伸ばして、いわゆる夜の店界隈の人も夜遅くまで酒類を提供するに当たってはワクチン接種を義務化するようにすれば、リスクの高いゾーンから真っ先にワクチン接種者を増やせるような気がします。

 以上のように、折角ワクチン接種の世論と熱意を高める材料なのに、何故こうも無駄にしてしまうのか日本政府のセンスを疑います。ちなみに自分は昨日2発目打って、「あんたはエライ!」的なワクチン接種証明書をもらいました。あと中国はパノプティコンだから、健康管理アプリを見たら速攻でワクチン接種記録のページに接種した履歴がついていました。多分今後、中国国内の移動とかにはこの記録のあるなしで大きく制限されそうです。

2021年6月17日木曜日

児童、生徒へのパソコン配布について

 コメント欄でリクエスト来たので小学校や中学校、と言うより児童、生徒一人ひとりへのパソコン配布計画について所感を述べます。

 この計画自体は数年前から始まっており、数年後から開始する予定だったとのことですが、コロナ流行を受けて計画が早まったそうです。その際、文部科学省が例によって使用できるパソコンのスペックを決めたせいで各メーカーやブランド側がその基準をギリギリ満たすやや歪なノートパソコンやらタブレットパソコンをこのところ乱発しており、一部界隈で「こりゃねぇだろ」的な話題を振りまいています。

 本題と関係ないですが今日午前中にひたすらパソコン業界に関するレポートを翻訳していたのに、何故家帰ってもまたパソコン関連記事書いてんだろうという疑問が一瞬よぎりました。やっぱコロナのおかげで世界中でパソコン、特にノートパソコン業界は甦った的に景気のいい内容のレポートでした。
 なおそのレポートによると、中国でも学習用の子供向けノーパソが売れてて、しかも今後毎年同じような量が吐けていくという風に書かれてました。日本もそうなるかもしれませんが、少子化だから毎年量は減ってくな。

 話を戻すとこのパソコン配布政策ですが、一見して思ったのは「時期が悪い」でした。というのも例の半導体不足でパソコン関連製品はどれも値段が高騰しており、何もこの時期に一斉にこんなことしなくってもなぁという感じがせずにはいられません。まぁこれはけち臭い価値観からの見方ですが。

 次に気になったのは学習効果です。率直に言って、パソコンのあるなしならあった方が学習効果は高いと思いますし、また日々の学校側とのやり取りに関してもメール機能があれば圧倒的にプラスです。またテストなども選択式であれば授業中にパソコンを通して行わせることで、教師の採点負担は劇的に減らすことができます。まぁ計算機とか漢字変換使われないように対策しないといけないでしょうが。

 上記のようなメリットは確かに感じる一方、果たして本当に子どもがパソコンを役立てられるのかという懸念もあります。自分自身もそうですがこの手の電子機器持っても勉強とかに使うのはほぼ稀で、やっぱりゲームとかそういう方面に使っちゃいがちです。やるなとは言わないものの、それだったら汎用PCとかじゃなく、日本お得意のガラパゴス技術でフィーチャーPC、メール機能と学習機能に限定された奴とか作って配った方がいいんじゃねとか思います。むしろそういうのだったら任天堂辺りに作らせた方がコミュニティ機能的にもいいかも。

 結構場当たり的に書いていますが、この一連のパソコン配布政策を見ているとなんとなく思い付きっぽい、というか詳細がきちんと練られてないのではと感じる節があります。あまり細かく内容を見ていないだけなのかもしれませんが、予算や配布方法、機能、将来的な検証ポイントとかが報道だとほとんど触れられていないし、子供や親側の意見ばかりしか取り上げられていません。私個人としては費用的にも安価だし、最低限のリモート授業を成立させるためだけに通信機能に絞った格安スマホの方がかえっていいんじゃないかと内心では思っています。それこそ、もう使われなくなったPHS用周波数とか使って。

 最後に、これで日本のIT能力が底上げされるかとなるとは、それはまた別の話というか、少なくとも何も貢献はしないと思います。大抵ITに入ってくる人って自分で独学するタイプが多く、教えられて伸びる者かと言ったらそういうのじゃない気がするし。

2021年6月15日火曜日

スマホを落としただけなのに(中国編)

 先日友人とチャットしている最中、タイトルに「中国」とつければ何でも壮大になることに気が付いて、「インデペンデンスデイ(中国)」とか「それでも僕はやっていない(中国)」、「サマーウォーズ(中国)」などといくつか浮かぶ中、友人には「スマホを落としただけなのに(中国編)」を提示したら結構受けました。受けたどころか、「探してみたらもうあったわ」と下記リンクまで送ってきました。


 上のリンクには、実際に中国でスマホを落とした日本人の方がその体験をまとめています。面白いのは見出しの通り、ほんとRPGみたく一つずつ手がかりを追って行って、その先々で次のヒントが出されていくという経過です。教えてくれた友人は監視カメラの映像を警察が出してくれたという点で、自分は警察に厄介になったことはないけど、実際この手の捜査で監視カメラ映像の確認を警察がやってくれるというのは聞きます。
 真面目に日本も警察の手が足りないというのなら、こういうところでIT化による効率化を進めるべきなんじゃないかと思います。監視カメラで事件解決案件も日本国内で増えてるのだし、顔認証システムくらいは早く入れろよと本気で思います。中国なら安くで売ってくれそうだけど、そもそも日本は自前じゃ作れないかもなもはや。

 話は脱線しましたが、真面目に自分も今の中国でスマホなくしたとしたら生きた心地がしないです。以前にシムカードが壊れてWIFIは使えるもののモバイル通信が出来なくなったことがありましたが、あの時もお店で決済できなくなり、めちゃくちゃ焦りまくりました。2日くらいして通信キャリアのアンテナショップですぐシムカード交換してもらえましたが、それまで不安だったからお店の人の手を取って「感谢您!( ;∀;)」とお礼言ったほどでした。

 一応言っておくと、私は配車アプリも出前アプリも一切使わないほどローテクで、スマホ依存度は現代中国においてはかなり低い部類だと自分では考えています。それでも今の中国は成人の誰もがスマホを持つこと前提で社会が成り立っており、スマホがないと身分証がないくらいの厳しい生活が要求されます。

 その上で地味に気になるのが、これから電子マネーがさらに普及した場合、子供のお小遣いとかどうなるのかとなんか気になりました。小遣い渡して自由に買い物できず、密かにお金貯めて漫画とかゲーム買うとかもできなくなるのかもと考えたら少しさびしさを覚えます。
 しかしこのまま電子決済が流行ったら、スマホなしでは一切決済ができなくなります。敢えて妥協点作るならプリペイドカード使うってのもありますが、私個人の想定では今後は子供一人ひとりにも機能を制限したスマホを持つ時代が来るような気がします。

 さらにその上で、そうした時代においては本人認証が今以上にまた重要になってくると思え、手軽で且つ安心、それこそ紐づけたらその本人しかスマホが使えなくなるような本人認証手法が出来たらかなり使われるのではないかと思え、金になる気がします。一時期出てた静脈認証はなんか最近見なくなったけどどうしたのかなあれ。

2021年6月14日月曜日

金額でクオリティの差がつかない日本

 つい先ほど、夕食がてら時計屋で電池を交換してもらってきました。電池交換した時計はカシオの1000円で売っているゴムバンドのスポーツウォッチで、薄くてゴムバンドだから夏場自転車乗る時とかに良くて数年前に購入しました。あとで知りましたがうちのソ連人民の敵である親父も文字板が違うだけの同じ時計買っててなんやねんとか思いました。
 ちなみに買ったのはヨドバシで、調べてみたら「MQ-24-9ELJF」という型番で、今も1000円のままでした。

 その電池交換の際、店員から「50元(850円)と80元(1360円)のどっちだ?」と聞かれ、迷わず「80元」と答えました。これは何かというと電池の料金のことで、50元の方は約1年、80元の方は約2年もつ電池だと前に同じ店で聞いていたので、迷わず80元を選んだわけです。
 っていうか今書いてて気が付いたけど、電池の方が時計本体より高くなってんじゃねーか。これじゃ本体買いなおした方が安かったじゃん……。

 話を戻しますが、かつての自分だったらこういうところで変なケチ意識を出して50元の電池を選んでたと思います。しかしいくらかお金に余裕ができたのと、あと中国で暮らす期間が長くなったことから、こういう二者択一の際は高い金額の方を選ぶようになってきています。一体何故かと言うと、価格が品質に直結しているからです。

 中国の場合、安い商品を探そうとしたら本当に底がないくらい安い商品がいくらでもあります。しかしその手の安い商品、それこそ例えば布団シーツとかだと本当に質が悪く、選択したら一瞬で色落ちしたり、肌触りが悪かったり、経年劣化が激しかったりと不都合な事実が後からどんどん湧いて出てくるので、一番安い商品は基本買わないようにしています。
 一方、高けりゃいいってわけじゃありませんが、ある程度値段で差別化されている商品は差別化されるだけの要因をきちんと兼ね備えており、少なくと同じ店の商品であれば品質面で「安価<効果」の図式が成り立つため、単発ではなく比較的長く使う耐久消費財であれば意図的に高いものを購入するようにしています。そっちの方が明らかに生活上のストレスは小さいし。

 これが日本だと逆で、私も日本だったら一番安い商品を手に取る確率が上がると思います。何故かというと高い商品であっても安い商品とほとんど品質や機能面で差がなく、また安い商品でも全く使えないということはほぼなく、下手すりゃ高い商品を1回買うよりも、安い商品を買い換えていく方がコスパで上回ることも少なくないでしょう。

 そんな風に電池交換した後ですき家の焼肉キムチ丼を食べながら考えていると、案外こういう金額でクオリティに差がつかない、言い換えると最低価格製品に対する手厚い保障が日本のデフレを加速させているんじゃないかとふと思いました。
 前述の通り、中国だったら価格と品質がかなり相関してくる、感覚的には価格が2倍なら品質は4倍という具合で乗数的に正比例してくるのですが、日本の場合は加算的、価格が2倍なら品質はプラス2くらいな正比例に留まるため、安い商品でいいやと選ばれてしまうことがある気がします。っていうか企業側も、そうした感覚で価格を設定しているようにすら見えます。

 その結果と言うか、高価格帯よりもエコノミーな低価格帯商品が売り上げの中心となってデフレが加速しているというのが私の見方です。ついでに言うと、消費者もその感覚に慣れてしまって高価格帯商品をほとんど選ばない、というより低価格帯商品であっても高価格帯商品並みのクオリティと保障(アフターサービス)を当たり前のように求めてくるのが習慣となってきているようにも見えます。この辺もデフレに悪い意味で貢献しているでしょう。

 なお金額とクオリティが一致しないという点に関してかつて、関西人の知人が東京の飲食店がそうだと言っていました。曰く、高いお店でもおいしいとは限らないそうで、関西は高いお店だったらきちんとうまい店が多いとのことです。味音痴な自分はあんまその辺気にしたことはないです。
 逆にい自分が金額とクオリティが一致しないと思うのは主にゲームで、アホみたいなクソゲーに高い金額で買ってしまった後は悔しさでいっぱいになります。特に最近はインディーズゲーが増えており、単価自体は全体的に低いものの、アクセル踏むだけで軸線が勝手にまっすぐ向くレースゲーとか、ほんとなめんなよとやたら怒り狂ったことがあります。

2021年6月13日日曜日

和歌山カレー事件に関する所感

和歌山カレー事件 林眞須美死刑囚の娘と孫が関空連絡橋で飛び込み自殺(ガハろぐ)

 既に一部で報じられていますが、先日の関空連絡橋での母娘心中事件で亡くなった母親の方が、和歌山カレー事件の林死刑囚の娘だったと知り、非常に驚いています。そもそもの投身事件自体、自宅では虐待と疑わしき別の娘の遺体があるなど全容が掴めない異常さがあって興味を覚えていましたが、事件とは恐らく関係ないものの、関係者が林死刑囚の係累だったという事実が加わったことでなおさら衝撃を覚えました。
 こっちの事件に関しては関係者の多くが亡くなっているのでこの後全容が解明されるかは、正直難しいでしょう。尼崎事件といい、闇入りする事件が最近多い気がします。

 話を変えると、今回の事件を受けて和歌山カレー事件に関する言及がネットを中心にまた増えてきているような気がします。一時期冤罪事件を調べまくっていたこと、また事件発生時にリアルタイムで報道を見ていた自分としても気になる事件なのですが、私自身の所感を述べると、やはりこの事件は有罪とすべきでなかったという見解を持ちます。

 一部で報じられていますが、犯人とされた林死刑囚は過去に保険金詐欺を繰り返していたことは事実であり、善良な一市民とはとても言えない人間であることは間違いありません。しかしこのカレー事件に関しては有罪の根拠とされた証言があやふやであり、また証拠とされた混入ヒ素の同一性に関しても強い疑いが残されています。確実に林死刑囚が犯人であるという証拠はなく、事件当時に際立って怪しいかというとまたそうでもない立場であるというのが私の見方です。
 では何故犯人視されたのかというと、やはり前述の保険金詐欺という経歴からでしょう。この過去の経歴から容疑者扱いされるという点に関して幾分仕方のない点もあると思いますが、しかし事件の有罪性となると話は別で、確実な証拠がないのであれば無罪とすべきだった、少なくとも死刑ではなく将来の再審を考慮して無期懲役にすべきだったと自分は思います。

 なおこの和歌山カレー事件に関して昔中国で職場に不満を持った中国人が食堂の料理に毒入れたというニュースを話題にしたら、「日本でも前あったじゃん」と中国人の友人に言われました。年代的に事件発生当時に日本にはいなかったはずですが、そんな彼でもこの事件のことを知っているほど有名な事件だったのだなと当時に認識しています。

2021年6月12日土曜日

ゴルゴ13の資産は大丈夫なのか?

 先日、同僚に「経済小説とか好きならば」と薦められたことから、「清武の乱」の首謀者こと清武氏の「プライベートバンカー」という本を読んでみました。この本はタイトルの通りプライベートバンカー、つまり金がうなるほど有り余っている個人の富裕層客に対し相続対策を含めた様々な資産運用サービスを提供する金融関係者を取り上げた内容となっています。
 舞台となるのは、近年富裕層優遇政策を採りその誘致に成功したシンガポールで、シンガポール内の銀行の日本人客担当部署に勤めることとなった元証券屋の日本人が主人公です。時期的には311前後、つまり2010年前後の話ですが、文庫版の「完結版」にはその後的なエピソードも加筆されています。

 この本は一見すると小説仕立てなのですが、実はノンフィクションで、登場人物もごく一部を除いてほぼ全員が実名というかなりとんがった内容となっています。特に後半にかけては警察が介入することとなったある事件も取り上げており、本当に小説じゃないのかと見まごうような展開を見せます。読後感としては非常によく、同僚同様に自分もこの本を薦められます。

 ここで話は変わりますが、この本の肝は富裕層の資産もろともの国外脱出、作中では「オフショア」
と呼ぶ行為が中心なのですが、割と自分もこの方面では知識があり、そういった面からも興味が持てました。ただその資産の国外移転ですが、実はここ数年で急激にハードルが高くなってきており、前ほど気軽には行えなくなってきています。
 その理由は何故かというと、タックスヘイブン対策としてOECD参加国が推進している反租税回避運動によります。近年、企業を含め事業などで得た所得を所得税の低い国(タックスヘイブン)に移すことによる課税逃れが深刻化してきたことにより、お互いフェアに自国民から税金を取ろうぜ的なノリで始まったのがこの運動です。

 ポイントとしては、税率競争の回避と、情報共有が主な内容となっています。前者は、それこそさっきのシンガポールのように、企業や富裕層を誘致するために国同士で税率を引き下げ合っていると結局必要な税収が得られなくなって、企業や富裕層だけ漁夫の利を得ることになるから、もうそういうのはやめようぜという合意です。先日のG7の税率15%下限案などはまさにこの流れのものでしょう。
 次の情報共有ですが、CRS(共通報告基準)と呼ばれる制度で、口座金額が一定額以上の非居住者情報を、その非居住者の国籍のある国の税務当局に毎年1回通知し合うという制度です。2018年くらいに合意されて、直近の報告は2月に行われたことが日経新聞も報じています

 このCRSで相続税などの租税逃れを図っていた富裕層はかなりダメージを受けるとみられ、先の「プライベートバンカー」でも「最初の執筆時とかなり状況が変わってきており、対策が強まっている」と言った言及がなされています。
 この辺に関し、インターネットの普及による国際送金の手軽化によって2000年くらいからタックスヘイブンの存在が段々と一般化してきましたが、実は今、若しくは過去がピークだったのかもと思うようになってきました。前述の通り、国際間で租税回避に対する取り組みや条約はどんどん強まってきており、現時点においても前ほど楽々には行えなくなってきています。個人資産のグローバル化という意味では、今後はやや狭まるのではという風に見ています。

 以上を踏まえて言うと、ゴルゴ13の資産はどうなのかというのが気になってくるわけです。言うまでもなくゴルゴの暗殺依頼の1件当たり報酬は莫大で、案件ごとに巨額の現金が毎回スイス銀行に送られていきます。各国の税務当局関係者からすれば、伝票に記載されないこれらのお金は、マネーロンダリングにしか見えないでしょう
 おまけに、かつては顧客情報は一切外部に漏らさず、プライベートバンクの中のプライべートバンクと言われたスイス銀行(=スイス銀行連盟に加盟している全部の銀行でどこか一つの銀行というわけじゃない)ですが、近年は上記のような国際的圧力の高まりを受け、結構顧客情報を政府関連部門など外部にも出すようになってきています。まぁだからこそ、ケイマンなどのタックスヘイブンが躍進するきっかけにもなったのですが。

 そのように考えると、ゴルゴのスイス銀行にあるゴルゴ資金ことG資金の保全は大丈夫なのかと見ているこっちが不安になってきます。それこそ不正な送金と判断されたら送金元の国の税務当局によって没収される可能性も十分あるわけです。もっとも、暗殺費用が不正なのか公正なのかは倫理的な議論が必要になりそうです。一応、仕事に対する正当な報酬であることには間違いないけど。

 その上で、あんまゴルゴの話は細かく読んでるわけじゃないのですが、ゴルゴにはこのG資金を保全、運用するパートナー、つまりプライベートバンカーはいるのだろうかと気になりました。まさかゴルゴ自身がやってるとは思えないし。
 このように考えると、富裕層への租税回避の取り締まり強化によって暗殺もおちおち依頼できなくなってきており、世知辛い世の中になってきたなぁという感じもします。暗殺が頻繁な世の中が世知辛くないかどうかはこの際置いといて。

  追記
 やはり税務専従者もゴルゴの税対策について気になるのか、以下のコラムを書いてる人がいました。このコラムの通り、ゴルゴは確定申告とか絶対してないから国税庁とか怒り心頭だろうなぁ。


2021年6月10日木曜日

進撃の巨人の完結について

 時事ネタというか漫画「進撃の巨人」の最終巻が昨日発売されて自分も読んだので軽く感想を書きます。

 ネットで見るとその結末に不満を感じたなどとするコメントも多く、作者も作者でそれを自虐ネタにして巻末おまけ漫画にまでしています。私自身の感想はさにあらず、一応伏線はすべて回収していて、尚且つ改めて連載初期の場面を見返すと実はそうだった的な解釈をすることができるだけに、結末も非常によくできているという印象を覚えます。
 ただ、盛り上がりで言えば前半から中盤にかけて、それがために上記の不満のような声が出て切るのだと思います。というのもこの漫画、世間的にはジャンルはファンタジーとして認知されているようですが、私自身はむしろミステリーに属すと考えており、そのジャンル属性故に上記評価につながったのだと思います。

 あらすじが分かっている人には説明するまでもありませんが、この漫画冒頭から正体不明の巨人と意味が分からないまま戦っていくことになり、その戦いの過程で世界の真実が徐々に明らかになっていくという筋道になっています。そのため、後半になればなるほど世界の真実が分かった状態に近づいていき、最終巻に至っては残された謎はもはや主人公の意図くらいしか残んなくなり、謎が解けることによるカタルシスがどんどん薄まっていったというのは否めません。
 そういう意味で、一番盛り上がったと思われる中盤における最大のネタバレと言うか、ライナーというキャラクターのある告白の場面こそがこの漫画のミステリーとしての最大の見せ場だったと思います。なおそのシーンは日本漫画史上において歴史に残る1コマと言っても過言じゃなく、多分リアルタイムで見ていた人は誰もが二度見したことでしょう。

 一応、後半はミステリー色がやや薄まったものの人類の普遍的テーマをストーリーに織り込むことによって文学性的な面白さはどんどん増していったと思うのですが、やはり前半から中盤にかけてのミステリー要素を好む読者からしたら何か物足りなさを感じるのも自然でしょう。私自身は後半の話も好きで、主人公とライナーの対話シーンなんかはほんとよくできたと思うのですが。

 繰り返しになりますが、私はこの漫画のジャンルは究極的にはミステリーだと思っています。その上で、これまでの日本のミステリー漫画というと「MONSTER」が最高傑作とよく言われてきましたが、私自身は「進撃の巨人」の方が上だと考えています。それだけこの漫画の伏線の張り方やプロットは見事この上なく、10年代を代表する漫画として歴史に残るでしょう。

2021年6月8日火曜日

一方通行でしか暴力が報じられない世界

20代の看護師、胸ぐらつかむ 病院で暴行、患者軽傷(神戸新聞NEXT)

 上記事読んですぐ思ったのは、「逆パターンで患者が看護師に暴行しても、絶対に報じられないよな」ということでした。でもってそうだからこそ、調子に乗る人もいるよなぁと内心思います。

 なんか最近の日本はSUICA並になんでも間で非接触型な社会で、一部でも報じられましたが何をやってもパワハラになるというか、「次から気をつけようね」という優しい感じで言っても部下から訴えられたらいろいろ終わるとかいう話を聞くだに、いろんな意味で社会がおかしくなってるなという感じがします。
 それこそ恋愛においても、最近は告白メールを送るだけでも相手の意にそぐわなければセクハラ認定されるという、ほんとかどうかよくわからない話すら聞きます。そりゃ確かに断ってるのに何度も付き合えとかいうメールを送ってきたらセクハラというかストーカーとして扱ってもいいと思いますが、1回送るだけでもアウトと言うのならそんな国で少子化対策とかしても無意味でしょう。

 話を戻すと、上記のように暴力に関して一方通行でした報じられない、処罰されない例はほかにも多いでしょう。代表格は駅員で、このほかコンビニ店員とかもそこそこ暴力を受けているのではないかと思います。また仮に駅員が乗客に殴られて、反撃で殴り返したら、乗客に殴り返した事実のみが報じられるでしょう。これが現実。
 このほか警官が同じく、市民に向かって殴ったらもうえらいこっちゃでしょう。駅員同様、殴られたので制圧ではなく殴り返したりしたら、それが正統な公務であっても悪く報じられる可能性は十分あり得ます。そう考えるとフェアじゃないです。

 そう思うと、こち亀の世界はめちゃくちゃフェアと言うか、警官同士もさることながら主人公の両さんが市民だろうが老人だろうが気にせず殴り合ったりしていて、大人になって読み返すと別な意味で笑えるかもしれません。ただ昔作者が破天荒な警官を描いているつもりだったが段々と変な警官が増えてきて、前ほど破天荒にならなくなったと言ってたことがあったように覚え、そう思うと世の中なかなか因果なものです。

 私個人の印象を書くと、人間いろいろあるんだから多少はお互い致命的な怪我を与えない程度に殴り合う社会の方が健全だと思います。冒頭でも書きましたが今の日本は非接触型SUICA社会(PASMOも可)で、恐らくこの流れは今後さらに進展していき、対面すら互いに拒否し合う時代が来るのではと想定しています。果たしてそれでいいのか、この辺をもうちょっとみんなで考えてもらいたいトピックです。

2021年6月7日月曜日

ハード信仰記事の反省会

成功体験が足かせに、日本のDXを妨げる罪深き「ハード信仰」(JBpress)

 ハイというわけでヤンマガ風の自分の記事紹介ですが、今回は残念ながら反省会で、アクセスは振るいませんでした。記事内容については見てもらえばわかる通り、近年露呈してきた日本のIT開発力不足問題の根底は、日本社会のソフトウェア軽視の風潮、言い換えればハードウェアにこだわるハード信仰にあるという主張をまとめましたが、結果はご覧の有様だよ的になりました。
 自分で言っててなんですが、古い言葉を使うもんです。

 失敗した理由としては、見出しに「中国」が入ってないことが大きいかなと思うのと、やはり読み返してみて、記事全体でまとまりがやや薄いという印象を覚えます。とはいえ、前半で具体例を出さないとこの辺の主張ってのは実感が持ちづらいこともあるので、言い訳じみてますがこのようにまとまりを欠くことになったのもいくらか仕方ないのではと思う節があります。
 この記事の主張自体は前から自分が言いたかった内容で、こうして世に出せたこと自体は個人的にはうれしいのですが、世間の耳目を引けなかったのは自分の技量不足として重ね重ね情けなさを感じます。おにぎりの具材なんかよりこういう内容のが発表したいところですが、やっぱアクセス稼げるのはおにぎりだったりするので、この辺の塩梅は本当に難しいです。

 ただ、今回全く収穫がなかったというわけでもないです。ヤフコメはアクセスの悪さを反映してそんな伸びなかったのですが、その中の一つのコメントにハード信仰について、「日立に富士通、NECといったハードウエア企業がソフトウェアをやってるから仕方ないよ。」というコメントがあり、ああなるほどと手を打ちました。
 実際にその通りで、さらに付け加えるとNTTも元インフラ屋です。日本の代表的ソフトウェア、というかシステム開発企業は確かに母体というか源流がガチガチのハードウェアメーカーであり、そうした背景がハード話絵振興につながっているという意見は個人的に感銘を受けました。

 逆を言えば、生まれながらのソフトウェア企業がシステム開発にまで行きつかない点が、日本のシステム開発のウィークポイントなのかもしれません。一応、ソフトバンク、楽天などのほか、ゲームソフトウェアメーカーが生まれながらのソフトウェア企業ですが、国の大手システムを受注するなんて話は聞きません。
 一方、中国ではネット通販大手のアリババ、ゲームパブリッシャー出身のテンセントが、産業向けではなく個人向けが主とは言え、国家レベルのアプリを開発、運営したりしています。さっきゲームソフトウェアメーカーと私が書いて、「ゲーム屋はシステムなんて作らないだろう」と思った方もいるでしょうが、実際にはテンセントのように作ってるところもあります。

 そういう意味では、生まれてこの方ソフト屋さんこそ日本は強化すべきなのかもしれません。この点に気が付いただけでも、この記事は出してよかったと負け惜しみ的に考えるようにしてます。

2021年6月6日日曜日

ミツカンの相続問題について

ミツカンのトップ交代と相続問題 創業家・中埜家から初の女性社長(日刊ゲンダイ)

 大手メディアは広告費惜しさにほぼ全く報じませんが、ミツカンの相続問題はある意味現代において希少な、それこそ皇族くらいにしか見られなくなった古い価値観を見せててかなり面白いことになっています。

 詳細については他に開設されているサイトもあるのでそちらを見た方がいいでしょうが、簡単に説明すると、今回ミツカンは創業家一族の中埜家出身で長女の裕子氏が社長に就任しましたが、肝心な人事はその次の副社長に就任した次女の聖子氏の方です。というのも聖子氏とその夫の間には2019年に男児が生まれたのですが、生まれた直後、聖子氏の父親で現会長の中埜和英氏がいきなり「この子は私の養子にする」といって、海外赴任中だった聖子氏の旦那に何の相談もなくいきなり引き離したことが伝えられています。
 この件について聖子氏の旦那は裁判を起こしており、現在も係争中です。

 何故おじいちゃんに当たる中埜和英氏が娘の長男、つまり孫を養子に取ったのか。想像するに昔の武家的価値観で養子であっても男系を継続させるという目的と、外戚をこの際排除するという目的があると思われます。

 このような「何時代?」と聞きたくなるような事件もありながら、巣ごもり需要でミツカンの業績は好調のようで、友人と一緒にこの前もビビってました。とはいえこんなやり方は人道的にもあまり好ましくなく、ミツカンの製品はしばらくボイコットしようと思い立ったものの、中国だとあんま身近にミツカン製品がなくてやりようがないということに後から気が付きました。

 上記の相続問題について、いまいちこれまでの報道だと子供と引き離された夫婦の母親側、つまり中埜聖子氏の立場はどうなのかが見えてこなかったのですが、今回の副社長就任を見ると父親の中埜和英氏の立場にあるのかと思われます。別にどっちにつこうが個人の勝手でしょうが、せめてお子さんのために配慮ある鼓動を取ってもらいたいと個人的には見ています。

2021年6月4日金曜日

台与は誰?

 先日、DMMの電子書籍セール時に、前からちょっと興味あった「雷火」という藤原カムイ氏の漫画を1巻だけ購入しました。この漫画の舞台は邪馬台国で、ヒロインは台与(壱与)という、中国の歴史書において卑弥呼の後を継いだ巫女です。

台与(Wikipedia)

 卑弥呼に関しても謎は少なくないですが、それ以上に謎の多いのがこの台与です。中国の歴史書に日本の統治者として名前は出るものの、若干13歳で卑弥呼の後を継いだという事実以外はほぼなにも紹介がなく、そうしたファンタジーを感じさせる経歴から先ほどの「雷火」を始めそこそこ漫画に登場する機会も少なくない気がします。
 なおその場合、大抵卑弥呼はクソババアみたいな描かれ方するけど。

 一部で古事記に出てくる皇后を台与に当てはめようとする歴史学者も少なくないですが、大分昔にも書いた通り、同じように類推しようとする卑弥呼同様にそうした行為は無意味だと私は考えています。まだ関連記述資料のある倭王武を雄略天皇に比定することはもっともであるものの、卑弥呼や台与に至っては資料がないことをいいことに無理やりなこじつけ論ばかりしかなく、正直言ってその手の議論は嫌いです。そういう意味では卑弥呼も台与もファンタジーな存在としてあるべきでしょう。

 しかしそれでも気になるのは台与はその後どうなったのかです。前述の通り、中国の資料では13歳で女王となったそうですが、そんな若さで大丈夫かとやたら心配になってきます。また何故古代日本で二代続けて女王が出たのか、この辺も興味が尽きません。女性に相続権があったのかもしれませんが。

2021年6月1日火曜日

ダンバインのようなラリーカー

 なんか急に思い出して先ほどからアニメ「聖戦士ダンバイン」関連の動画を見まくってます。なおこの手の動画だと「農耕士コンバイン」が珠玉です。

 ダンバイン自体はスパロボ経由で知りアニメは初めて地上に出るところまではビデオ借りてみてましたが、なんか途中で見なくなってそれきりとなってしまいました。そういうわけで知識はかなり中途半端な作品なのですが、この作品というか設定の上手いところは前半の主役機である「ダンバイン」に関する設定だと思います。
 そのダンバインはごく初期に作られたロボット兵器(オーラバトラー)なのですが、初期型なためにエンジンというか動力が搭乗者のオーラ力に大きく左右されるという特徴があります。そのためオーラ力が半端なかった主人公のショウ・ザマが乗ると無双の活躍をする一方、オーラ力がない搭乗者だったらてんで動かず、下手すりゃ起動すらできないという代物でした。

 この設定の妙は何かというと、最初から登場する初期の機体ながら続々と出てくる新型機にも性能で負けないという根拠となる点です。逆に他のロボットアニメだと、初期型の機体が新型機に負けないくらい互角に戦えるというのは普通におかしく、パイロットの腕がいいといっても限度があります。
 実際この辺は非常に残酷というか、どんだけ腕のいいパイロットでも機体性能で劣れば実際の空戦でもほぼ全く勝てないと言われます。逆を言えば、性能で劣る機体で撃ち落とすことが優秀なパイロットの証明となるのですが。

 なおオーラバトラーの話に戻ると、初期のダンバインがそうした特徴から一般兵だと乗りこなせない代物だったため、後に出てくる新型機には搭乗者のオーラ力を引き上げるオーラコンバーターが搭載されます。しかしその結果、搭乗者のオーラ力にあまり左右されなくなり、オーラ力の高い搭乗者が乗っても飛躍的に性能が高まるということもなくなり、先のダンバイン無双にまたつながってきます。

 さてこのダンバインの設定ですが、これを見ていて地味に「ランチアかな」と少し思いました。ランチアというのは言うまでもありませんがイタリアの自動車メーカーで、初期のWRCではまだ一般的でなかった4WD仕様のラリーカーを投入し、圧倒的実力で他車をねじ伏せ続けたラリーカーにおける名門ブランドです。
 ただ当時の4WDは技術的にも低く、高いトラクションによる加速力を確保できた一方、カーブ時に動力をタイヤごとに分散させて回頭をアシストするLSDのような装備はつけられていませんでした。その結果、他のFRやFF車と比べて直線ではバリ早い一方でカーブ性能が極端に低く、直線ですっ飛ばして曲がりかごで大きく減速して曲がり、また直線でぶっ飛ばすというイノシシみたいな車になってました。

 そうした走行性能であったことから、もうカーブの曲がりの良さはあきらめて、直線を一気に飛ばすだけのパワーだけ追い詰めた結果、出来上がったのがランチア・デルタS4です。
 この車がどういう車かというと、馬力が456~650PSに対し、車重はわずか890kgしかないという恐ろしいスペックの車です。
 一体これがどれほど恐ろしいのか比較対象として現行のR-35GTRと比べると、こっちは馬力が480~600PSであるのに対し、車重は大体1700kg前後です。つまり、GTRの約半分の重量で馬力はほぼ同等がその上を行くというのがデルタS4でした。ちなみに他の車種の車重は

アルト:610~740kg
ヤリス:940~1180kg
N-BOX:890~1030kg

 と言ったところで、イメージ的には軽自動車の車重でGTR並のパワーといったところでしょう。

 はっきり言ってスペック見るだけでも恐ろしさこの上ない車ですが、実際に扱いの非常に難しい車だったと言われ、レースにおいてドライバーが事故死するなど重大事故を何度も起こしています。ただ実際の戦闘力は非常に高かったとされ、文字通り乗り手によっては無双してのけることも可能だったそうです。
 そうした経歴を見るにつけ、乗り手によっては無双もするがまともに動かなくもなるというダンバインを見るにつけ、このデルタS4のことが頭をよぎります。じゃあダンバインの後継機であるビルバイン的なものは何かってなると、4WDの完全熟成という意味ではやはりインプレッサWRX STIが来ると思います。ランエボだと、オーラコンバーター(AYC-アクティブヨーコントロール)的にやはり敵役のオーラバトラーでしょう。