・8時半:起床、その後ゲーム
・12時:昨夜作ったカレーを食べる
・13時:ゲーム
・14時:お昼寝
・17時:ゲーム
・19時:カレー、その後スタバ
・今に至る
昼寝しすぎたせいか若干肩こりと頭痛がするのですが先ほどスタバで「松吉伝」という漫画を読んできました。この漫画は「風雲児たち」の作者のみなもと太郎がその祖父について書いた漫画で、その本によると祖父は甘粕正彦と憲兵時代に交友があり、甘粕が満州に連れてきた溥儀を最初に匿ったのもこの祖父だったなどということが書かれていました。それ以外にも面白い話がたくさん書かれていたので興味ある人は手に取ることを勧めます。
これ読んで思ったこととして、「うちは児玉誉士夫くらいやな」という感想でした。これは何かというと、自分の祖父が直接会ったというか見たことのある歴史人物だからです。児玉誉士夫の来歴についてはここで細かく語りませんが、戦前に朝日新聞の駐在社員として祖父は今自分が住んでいる上海に来ており、ここで毎日中国人と麻雀売ったり、牛肉食べたりと楽しく過ごしていたそうです。
そんな楽しい上海ライフを送っていた祖父が朝日新聞上海支局内で、「よく児玉誉士夫が来ていた」と話していたそうです。この時期、児玉は大陸浪人として自らの組織(児玉機関)と人脈を活用し、軍の請負を受けて中国国内での物資や人員の調達を請け負っていたとされるのですが、そんな人物が朝日新聞内をうろついていた当たり、当時の新聞社と軍の癒着ぶりが垣間見えます。
残念ながら祖父は自分とあまり話をする間もなく亡くなっており、もしまだ存命なら現在の上海と比較を含め色々聞きたかったものの、父を通して聴いた話はこれくらいしかありません。でもってその父に関しては、何でもなんかの仕事で伊藤忠の役員をしていた瀬島龍三と話す機会があったそうです。その際に父は、
「終戦時とのソ連との密約の話は本当なのか?」
という質問が喉まででかかったそうですが、さすがにこれ言うとマジギレさせるという懸念から飲み込み、当たり障りのない会話で終えたそうです。瀬島の死後も父は度々、「あの時聞かなかったことをいまだに惜しんでいる」とよく自分に言ってきますが、身内贔屓かもしれないけどこれは聞かなくて正解でしょう。記者や学者ならまだしも取引先としての立場なら、さすがに分を過ぎている。
これ以外で自分の父と祖父があった歴史上の人物は特になく、私に至っては一人もいません。将来歴史に残りそうな人もおらず、歴史好きなのになんかそういう機会に恵まれません。私自身、子供の頃は歴史の教科書に載るような業績を作ってやろうと息巻いた時代もありましたが、最近は分をわかってか、あとむやみやたらに責任を負いたくない気持ちが強くなりそういった青雲の志も失いつつあります。どっかでこのブログが再評価されたりすればいいけど、まずそれはないだろうな。






