2026年5月4日月曜日

ライトノベル作家の意外な正体(;゚Д゚)

 またすごい古い話となるのですが、今から約30年ほど前に「ブリザードプリンセス」シリーズというライトノベルを当時読んでいました。作者は矢神涼氏で、作品作家ともにWikipediaなんてものはないのですがAmazonに当時の本が中古品として出品されています。一体なぜ自分がこの本を手に取ったのかというと、特にさしたる動機もなくたまたま本屋で見かけて表紙が目に入ったことから1冊目を買い、その後も続巻が出るたびになんか惰性で購入して読んでました。

 シリーズを通してのあらすじを書くと、雪女の霊を生まれながらに宿して常人離れした体力を持つこととなった女子高生の主人公が、あれやこれやとトラブルに巻き込まれつつ解決していくという、如何にも90年代にありがちなライトノベルでした。またこの作品では作者自身が登場することもあり、「きょうと、「さがの……」というダイイングメッセージから京都市の嵯峨を訪れて捜査する主人公に対し、「嵯峨と嵯峨野は別々にあるんやで」と教える京都市内の医者として登場してきます。このくだりはなんか妙に印象に残り、自分が大学進学で京都に行ったときに「嵯峨と嵯峨野は違うんやな」などとこの本のことを思い出したりしていました。
 なおこの自分の作品にわざわざ自分を登場させる当たり、子供心に「出たがりなんやなぁ(´・ω・)」などと当時から思っていました。

 そんな30年くらい前の作品を何故急に言及するのかというと、先日ふと上記の嵯峨と嵯峨野のくだりを思い出し、「せや、あの作家はその後ほかに本出しとったんかなぁ」という点が気になり、検索をかけて調べてみたからです。割とライトノベル作家は一時期作品が売れてもその後フェードアウトして、行方知らずになることも多いからどうせ検索してもなんも出てこないだろうと大した期待もしていなかったのですが、想定外なことに作者名の「矢神涼」で調べたら一発でヒットしてきました。


 一目見て「(;゚Д゚)?」という気になりました。でもってリンク先のページを探っていったところ、この松本クリニックの院長である松本浩彦氏が、あの本の作者だったということがわかりました。小説内での立場同様、マジで医者やってたという事実にかなりビビったわけです。
 っていうかプロフィール欄を見るとそれ以外にも、

・2種免許を6つ所持する日本稀有の再生医療認定医
・大学時代は剣道三段の体育会主将
・同時期にジャズピアニストとしてプロ活動
・日本推理作家協会会員の小説家

 というお腹いっぱいになりそうな経歴載せているし、病院に金本来てるし、自分の想定以上に現在も活躍されていたという事実に二度びっくりさせられました。っていうか医者しながら小説書いてたのかよ(;´・ω・)
 といった具合で、行方知らずになっているだろうと思っていたら想定外な作家の正体に一人ビビる羽目となりました。にしても自分の作品内で本業としての姿で登場させているあたり、自分も将来小説を書くとしたら本業の松戸戦士として登場させなければならないのかと、妙なプレッシャーを覚えます。ちなみに一度でいいから松戸市の境界に立ってやって来る人に「やあ、ここは松戸の街だよ!」ってセリフを言ってみたいです。

上海の宝山寺


 昨夜たまたま地図を見てたら見つけたので、上海市内にある宝山寺に片道約30キロの道のりを自転車で走って行ってきました。


 
 ここは上海市内で唯一の唐風寺院とのことなのですが、実際見てみてほかの中国のお寺と違う印象がありました。この写真のように建物内装は基本的に漆塗りがベースで、余計な彩色が一切ありません。


 割と中国の寺院は柱や天井などに色塗る傾向があるのですがそういうのは一切なく、また境内のレイアウトもほかの寺院は奥へ奥へと細長いのに対し、宝山寺は横幅が広く正方形な敷地してました。

狙ったつもりじゃないが自分が撮影しているような形になってしまった

近くの道路から目立っていた唐風の塔


 上の写真のように境内両端を石畳の回廊が通っており、この辺は見ていて京都や奈良の寺っぽいなと感じました。ほかの中国のお寺にはこういう回廊は見ません。

真下からみた唐風の塔

敷地内には整備された庭園も




 こちらの猫は境内の中で寝ていたので撫でていたところ、起き上がって自分の靴の上に寝転んできました。しばらく撫でていましたが起きる気配なかったので、そっと足を移動させて去りました。


 その後、昼食を食べた後にスーパー銭湯に寄っていきましたが、運動後に風呂入って血圧上げたせいかまた頭痛起こして吐きそうになってました。片道30キロで往復60キロ程度だからそんな大した運動しているつもりないのですが。

2026年5月3日日曜日

ゲームレビュー:パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語


 結論から書くと、超面白かったです。ここ数年遊んだ中で最高の出来だと思えるアドベンチャーゲームで、興味ある人は迷わず遊ぶことをお勧めします。

 このパラノマサイトですが、シリーズ第1作目で前作に当たる「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」も当然遊んでおり、こちらも非常に楽しめたのですが、それが故に2作目のFile38を購入する際は実は結構悩んでいました。というのも前作が面白過ぎたので自分の中で勝手に期待値を上げてしまい、2作目をつまらなく感じてしまうのではないかと懸念してました。
 これは同じアドベンチャーの「AIソムニウムファイル」で起きた現象で、1作目が非常に気に入っていたため2作目もうきうきで買ったところ、「なんやこれ(# ゚Д゚)」と思うくら面白さを感じられず、めっちゃ買って後悔したことがありました。まぁ実際、ソムニウムファイルの2作目は続編物として失敗していたように思え、次の3作目で主人公を1作目のキャラに戻しているし。

 そんなわけでパラノマサイトも続編購入を悩んだものの、元々の定価が三千円以下と安く抑えられているし、ネットの評判見ると前作に負けない高いものであったため連休前に購入して休み入ってから遊び始めましたが、本当に前作に負けない面白いゲームで、一気にエンディングまで突き進みました。アドベンチャーゲームの肝心要となるシナリオはもちろん、デザイン、音楽、演出のあらゆる面でハイレベルであり、UIもよくできててプレイ中に不満を覚えることはありませんでした。最後の方の謎解きはやけに難しくて自分も攻略サイトに頼りましたが、途中の謎解きはカタルシスを得るのにちょうどいい塩梅でした。

 でもってシナリオに関してですが、「伊勢」、「人魚」、「平家」の脈絡のない三単語が見事に組み合わさって九鬼水軍など歴史事実を絡めながら重厚な内容に仕上げられており、バラバラだった要素が終盤に行くにつれて一気に統合されていく展開はマジ鳥肌ものでした。基本的に読み進めるだけで攻略できるのですが、展開の運び方がうまいもんだから推理小説を読んでいるような謎解きをなしたかのような満足感があります。
 キャラクターに関しては前作同様、複数いる各主要キャラにパートナーキャラが一人つくツーマンセル体制を維持しており、これが話の運びというかボケツッコミをよくしているように見えました。特に外国人作家とエクソシスト少女の組み合わせは前者が常にオーバーアクションで反応して後者がすぐツッコむ掛け合いが非常によく、前作同様顔芸が生きるキャラでした。

 ファミ通による製作者へのインタビューによると、続編ながら前作キャラクターは一人も続投させず、システムや世界観だけ流用する並行的な続編にしたそうですが、この措置は英断だったという気がします。前作を遊んだことのない人も入りやすいし、また設定の齟齬を意識しなくてもよく、特に東京都三重県と舞台が異なっていることからお互いに独立したシナリオにするのがやはり正解だったでしょう。
 まぁ前作の人気キャラである黒鈴ミヲの再登場に若干期待してはいたんですが……。

 これ以上書いてもほとんど蛇足にしかならないのでここで切りますが、いや本当に楽しめるアドベンチャーゲームを作ってくれたものだと感心しました。あと一つだけ付け加えると、アドベンチャーゲームにもはやおなじみの声優による音声がこの作品にはついていないのですが、逆にパラノマサイト遊んでみて、この手のゲームに音声ってかえって蛇足ではないかと思うようになってきました。
 やはり音声が入ってしまうとそのキャラクターの特徴が少し固められ、プレイヤーのイメージから外れてしまう可能性がある気がします。今作も全く目立たないキャラが実は重要キャラだったりすることもあり、そうした予断を防ぐ上でも音声なしの方が意外と正解だという気がしてきました。

2026年5月2日土曜日

自分の祖父、父が会った歴史人物

 連休二日目の今日のスケジュールは以下の通りでした。

・8時半:起床、その後ゲーム
・12時:昨夜作ったカレーを食べる
・13時:ゲーム
・14時:お昼寝
・17時:ゲーム
・19時:カレー、その後スタバ
・今に至る

 昼寝しすぎたせいか若干肩こりと頭痛がするのですが先ほどスタバで「松吉伝」という漫画を読んできました。この漫画は「風雲児たち」の作者のみなもと太郎がその祖父について書いた漫画で、その本によると祖父は甘粕正彦と憲兵時代に交友があり、甘粕が満州に連れてきた溥儀を最初に匿ったのもこの祖父だったなどということが書かれていました。それ以外にも面白い話がたくさん書かれていたので興味ある人は手に取ることを勧めます。

 これ読んで思ったこととして、「うちは児玉誉士夫くらいやな」という感想でした。これは何かというと、自分の祖父が直接会ったというか見たことのある歴史人物だからです。児玉誉士夫の来歴についてはここで細かく語りませんが、戦前に朝日新聞の駐在社員として祖父は今自分が住んでいる上海に来ており、ここで毎日中国人と麻雀売ったり、牛肉食べたりと楽しく過ごしていたそうです。
 そんな楽しい上海ライフを送っていた祖父が朝日新聞上海支局内で、「よく児玉誉士夫が来ていた」と話していたそうです。この時期、児玉は大陸浪人として自らの組織(児玉機関)と人脈を活用し、軍の請負を受けて中国国内での物資や人員の調達を請け負っていたとされるのですが、そんな人物が朝日新聞内をうろついていた当たり、当時の新聞社と軍の癒着ぶりが垣間見えます。

 残念ながら祖父は自分とあまり話をする間もなく亡くなっており、もしまだ存命なら現在の上海と比較を含め色々聞きたかったものの、父を通して聴いた話はこれくらいしかありません。でもってその父に関しては、何でもなんかの仕事で伊藤忠の役員をしていた瀬島龍三と話す機会があったそうです。その際に父は、

「終戦時とのソ連との密約の話は本当なのか?」

 という質問が喉まででかかったそうですが、さすがにこれ言うとマジギレさせるという懸念から飲み込み、当たり障りのない会話で終えたそうです。瀬島の死後も父は度々、「あの時聞かなかったことをいまだに惜しんでいる」とよく自分に言ってきますが、身内贔屓かもしれないけどこれは聞かなくて正解でしょう。記者や学者ならまだしも取引先としての立場なら、さすがに分を過ぎている。

 これ以外で自分の父と祖父があった歴史上の人物は特になく、私に至っては一人もいません。将来歴史に残りそうな人もおらず、歴史好きなのになんかそういう機会に恵まれません。私自身、子供の頃は歴史の教科書に載るような業績を作ってやろうと息巻いた時代もありましたが、最近は分をわかってか、あとむやみやたらに責任を負いたくない気持ちが強くなりそういった青雲の志も失いつつあります。どっかでこのブログが再評価されたりすればいいけど、まずそれはないだろうな。

2026年5月1日金曜日

苦しみから逃れようとするのが人の本質

 二ヶ月くらい前に何かの記事で読んだのですが、あるお坊さんが「人間はお腹がすくと食べ物を求め、お腹がいっぱいになって苦しくなると食べなくなる。このように人の行動は苦しみから逃れようとすることがすべての基本となっている」という法話が書かれてあり、なるほどなぁと深く納得しました。

 これまであまり仏教の苦に対する概念に気を払ってこなかったのですが、「四苦八苦」をはじめ、仏教にはこの手の苦に対する解釈が確かに多く、私はこの苦をどう克服するかという風に仏教は考えていると思っていました。
 ただ上の法話を読んだ後、そもそも釈迦が正式に布教を始める前のジャイナ教では苦行に耐えることを重要な修行としていたものの、釈迦は「苦行を積んだからと言って悟りを開けるわけじゃない」とこれを否定したと言います。このエピソードも改めて考えると、苦に対し「耐える」のではなく「避ける」という方針に根差しているかのように思え、ちょっと仏教の見方が変わってきました。

 さしたるオチもないですが、「将来の苦しみを避けるために今努力する」などという論法ならこの苦から逃れようとするのが人のあらゆる行動の本質という風に解釈できる気がします。逆を言えば、今努力しても将来の苦しみから逃れられない場合はどうなのか、この辺をなんか仏教に詳しい人いたら今度聞いてみようかと思います。

サンバー作った(´・ω・)


 例によってまたアオシマの楽プラでサンバーを作ってました。これ作る決め手はやはり、このインプレッサをほうふつとさせるWRカラーがバージョンに入っていたからです。


 自分も全く把握していなかったのですが、サンバーの最終バージョンが出された際にこの色がオプションに入っていたそうで、実車でもマジで存在するカラーバージョンだったそうです。実際に中古車で検索してみたらマジで流通していて、こんなんも農道のポルシェじゃなくて田舎のWRXじゃん。


 なんかガレージのペーパークラフトもついていて、最初はその気はなかったけどなんか創作意欲が続いたのでそのまま作ってしまいました。

 
 あと軽トラという形状から、色々物載せて写真撮りやすかったです。


 このようにドイツ戦車兵ともマッチします。


 こっちはソ連戦車兵。


 これだけ見ると農家のおっさんにしかマジ見えない。なおこのサンバーは実寸の1/32、戦車は1/35なので寸法的にも割と近いというか体格の誤差として十分無視できます。

2026年4月30日木曜日

熊と戦ったプロレスラー

「いいお嫁さん」論が波紋...周庭さんが訴え「怖いですね」 「多様性」の意味「改めて考えて」(JCASTニュース)

 本題と関係ないですが上の記事見て確かに悪意はないんだろうけど時代の変化によって不快に感じる人もいる言葉だろうなと感じました。でもってじゃあどんな風に言ったら失礼にならないんだろうと考えて何故か、「いい半魚人になれますね」というフレーズが真っ先に浮かんできました。多分「パラノマサイト」を今遊んでいるせいでしょう。でも海女さん相手なら誉め言葉になるような気がする。


 それで本題ですが最近組長こと藤原喜明氏のコラムがよく見かけるようになりました。藤原氏はゲームの「龍が如く」にも初期から出演するなど露出の多い人で自分も昔から好きな人ですが、これらコラムを見るにつけ非常にユーモアがありプロレス関係なしに面白い人なんだろうなと密かに感じています。

 そんな藤原氏のエピソードの中でも特に出色のあるものとして、上のコラムにも書かれてある熊との対決でしょう。詳細は記事本文を読んでもらいたいのですが、昔テリー伊藤氏の企画でテレビ番組で熊と戦う羽目になったそうです。テリー伊藤氏には相手の熊は飼われていて人に慣れている安全な熊だと聞いていたそうですが、実際に現場に行ったら飼い主が血だらけで熊を連れてきており、話が違うじゃねーかと思ったそうです。
 そしていざ実際に対決するとやはり猛獣との力の差は歴然であり、数発タックルを食らって負傷し、続行不可能ということで終了しました。ただ藤原氏によると日本で再戦する予定だったそうですが、


 その舞台は、なんと千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)。特番で話が進んでいたが、結局は企画自体がお蔵入りとなった。

 「日本でもう一度やるって決まったあと、準備を進めている途中で動物愛護団体からクレームが来てな。それで中止になったんだ。

 『クマをいじめちゃいけません』っていう抗議だったんだけど、馬鹿野郎、俺のほうが殺されかけてるんだよ!って(笑)。

 クマの心配だけして、人間の心配はしないんだからな。俺もなんとか死なずにすんだけど、クマとの闘いは、どんなプロレスラーとのケンカマッチより怖い。これだけは間違いないよ!(笑)」


 とのことで、昔も今もちょっとずれたこと言う愛護団体がいたということが示唆されています。っていうか藤原氏はマジキレていいと思う。
 なんてことを今日記事に書こうと思っていたら……



 なんと当時の映像がアップロードされていました。何気にこの対決、当時子供でしたが私も見ていて、藤原氏が「うおー!」っていうのをはっきり覚えていました。それだけに上のコラムも「あの時戦っていたプロレスラーは組長だったのか」という感慨を覚えていたのですが、改めてこの映像を見ると企画自体相当おかしいというかやばいとしか思えず、数百年後に「昔の人は人間とクマが戦うのを見せものにする気が狂ったことをやっていたんだよ」と語り継がれそうな映像に思えてきました。つうかマジでローマの剣闘士とか笑えない。