2026年4月19日日曜日

急に朝倉義景が気になってきた



 先週遊びに行った天津の公園に何故か戦車が置かれていたので写真撮りましたが、二枚目の写真の看板には「軍用機械危険 立入禁止」と書いてますが大人も子供もガン無視していて誰もとがめません。This is 中国。

 話は本題ですが先日ふと、朝倉義景が気になりました。朝倉義景というと浅井長政とともに北陸方面で信長と長く戦った勢力の一角で、事実上、信長包囲網の最前線を担った人物であり、彼らの敗北によって信長は中部から近畿の覇権を確立して事実上天下を射止めたとも言えます。
 そんな朝倉義景ですが世間一般の評価は高くない、というよりほぼ無能という評価で一致しており、信長包囲網が失敗に終わったのは朝倉義景の戦略ミスや判断ミスに起因するとまで言われています。実際に武田信玄をはじめ、「なんでお前肝心な時にばかり撤退すんの?(# ゚Д゚)」と、冬が来るたびに越前こと福井県に引き返すことに詰問した大名は数知れません。そもそもそれ以前に信長が上洛するきっかけとなった足利義昭を最初に保護していたのは朝倉義景でありながら、上洛する意思を見せようとしなかったことから信長の元へ走らせてしまっており、信長と戦うきっかけはここに起因するというのもなかなか味なものがあります。

 どうして朝倉義景が気になったのかというと、少なくとも上記の通り足利義昭が最初に亡命先に選ぶなど、当時としては一定の勢力を持っていたという点です。実際、浅井長政も朝倉家との同盟関係を頼りに六角家と戦っていたともいわれ、当時の滋賀、福井においては大きな勢力を保っていたと考えられます。
 その上で、一体何故浅井長政が信長を裏切り朝倉家についたのかという点でも気になりました。従来は朝倉家寄りである長政の父親の久政によるゴリ押しという説が強かったものの、近年になって長政自身が旗印を変えたともいわれるようになり、この辺の外交というか浅井家にとって朝倉家はどんな存在だったのかという点でも興味を持ちました。

 改めて調べてみたところ前述の通り軍事行動については弁護の余地がなく、姉川の合戦をはじめ戦場ではさしたる戦績は見せず、また牽制として信長に圧力をかけるための軍事行動も本当に肝心な時で勝手に抜け出して包囲網の崩壊を招いています。ただ内政に関してはかなり評価されているようで、当時の敦賀市周辺は京都よりも栄えていたという声もあり、義昭が亡命してきた点からもその通りだったという気がします。
 また失敗の多い軍事行動に関しても、朝倉家家中があまり統一されていなかったという負い目もあったという分析がされています。従兄であり最後に裏切って義景に引導を渡している朝倉景鏡をはじめ、分家筋の勢力の独立心が強く命令にもあまり応じなかったり、義景自身に跡取りとなる息子が夭折しておらず、家中の統制が弱かったことが軍事面の弱点であったと指摘されています。まぁ同じ条件の上杉家では謙信ががっちり統制していたのと比較するとやっぱ義景は無能ってことになりますが。

 あともう一つ弁護するなら、義景の敵勢力であったのが一向一揆だったということでしょう。いまの福井県、石川県に跨るエリアには一向一揆の総本山である本願寺があり、そもそも一向一揆自体が越前から始まっています。この勢力には朝倉義景もかなり手を焼いており、上杉家と組んで挟撃を仕掛けたりもしていますが鎮静化できず、宿敵である信長同様にかなり手を焼いています。もっとも信長包囲網の時に足利義昭の仲介によって和睦していたそうですが。

 以上をまとめると、確かに軍事面での失敗が目に付くものの家中が統一されていなかったなど負い目もあり、また内政に関しては文句なしに大した指導者であった節があります。そう考えると乱世ではなく治世であればそこそこ功績を残せたかもしれない人物で、実際に義景自身も文化振興に対する意識の方が強かったそうです。そういう意味では生まれた時代をやや間違えてきてしまった不幸を彼に対して同情的に覚えます。
 最後に関係ないけど、同じクラスに浅井、朝倉という名字の二人がいたらいいコンビになるような気がしてなりません。音読み順でもかなり近いし。

2026年4月18日土曜日

ロボットに「顔」は必要か?

交換式がカギ?ロボット用マニピュレーターの将来価値

 最近アップロードされた自分の記事が上のリンク先ですが、そこそこロボット関連記事を書いて長くなってきたことでこの業界に対する知見も日経平均並みに上がってきました。とはいえ記事を書く上で意識しているのは素人臭さで、素人でも興味が持てるとか内容が理解できるようなロボット関連記事を書くようにしています。
 これはこの業界の記事がやたら専門的なのが多く、一般読者にとって敷居が高すぎると前から思っているからです。上の記事なんかもかなり素人臭く「手首取り換えられたらめっちゃ便利やん(´・ω・)」という発想から書いただけで、こういう視点が地味に自分の強みだなと感じています。

 それで話は本題に入りますが、人型ロボットなんかも大分出てきていますが現在のところその顔の造形はメカメカしいものばかりで、これはというくらい特徴があったり一発で覚えられるような顔のロボットはまだ見かけません。このロボットの顔ですが、そもそも必要なのかという意見もあるでしょうが、結論から言えばやはり必要だと私は考えます。その理由というのも、


 最近上の、ホビー用ロボットにトーマスの顔をつけた動画を見まくっているせいです。

 仮に戦場で、こんな顔した巨大ロボットに出くわしたら一発で戦意失う気がします。それほどまでに顔の造形というのは人間の心理に深く刻み込むものがあり、この顔のあるなしではロボットも性能以上に印象が変わってくるかと思います。
 なおこのシリーズで地味に好きなのは、


 この英国を代表するキャラクターのトーマスと、英国面を代表する兵器のパンジャンドラムのコラボした奴です。この造形といい発想といい、これ以上なく英国というものを表現した見事な逸品であるように思えてなりません。
 ちなみにマジになって書くと、二次大戦期と違って今では姿勢制御とか段違いに性能上がってきているから現代でパンジャンドラムを作ったら意外と活躍するのではという妙な期待が持ち上げてきています。まぁボビン状にするより、普通にカートに爆薬載せて走らせるほうがいいでしょうが。

2026年4月16日木曜日

再審における検察の抗告禁止案について

袴田さん姉「検察抗告なし、に」 再審制度見直し、修正案を批判(共同通信)

 現在改正案が審議されている再審における抗告の取り扱いについて上記リンクの通り、冤罪を負いながら無罪が認められ釈放された袴田さんの姉が抗告を完全禁止すべきという意見を出しました。自分も全く同感であり、今後に及んで抗告制度を残そうとする検察及び法務省には逆に不信感すら覚えます。

 抗告制度について自分の理解でかいつまんで説明すると、一度判決が確定した案件について冤罪や事実誤認があるという受刑者らの申請によって、三審後にも再び審理を開くことが再審制度であると考えています。この再審の請求に対し検察側は抗告をすることで、再審の開廷を止めることができます。最終的には裁判所側が判断することで抗告があったとしても再審を開くことは可能であるものの、抗告があることで開廷までのハードルは確実に引き上げられることとなり、実際に抗告が出されたことで袴田さんの事件をはじめ、再審開始まで何年もの月日を無為に浪費することとなった冤罪案件が数多く存在しています。

 そもそも検察としては自分たちが起訴した案件に再審、つまり疑義を呈されることから、そんな反論を認めるはずがなく再審請求があれば抗告を出すに決まっています。それこそ勝ち目が薄ければ尚のこと遅延戦術に出るだろうし、受刑者が寿命で死ぬことを期待して延々抗告を出し続けることも十分考えられます。こうした運用というか制度はどう見たって公平とは言えず、検察が自らの不正や失敗を覆い隠すのに有利な制度であるようにしか見えません。
 そもそもこの抗告が制度として、社会にプラスとなる恩恵をもたらした例があるのか疑問です。主だった冤罪案件にはほぼ確実にこの抗告が用いられており、自分が見る限りでは冤罪解明を遅らせるだけしか機能を果たしてないような気がします。今回法務省は抗告の審理期間を1年以内にするという妥協案を出してきていますが、こんなくそみたいな主張をする以前には抗告が社会に対しプラスとなった事例を出してみろと言いたいものです。

 さらに言えば大河原化工機事件や北海道ハンター免許剥奪事件をはじめ、近年の日本の検察に関しては明らかに判断がおかしく、国から与えられた権力を使って社会へ無為に混乱を招いているケースが目につきます。仕事舐めてるんじゃないかと思いたくなるような無能ぶりであり、この抗告制度の廃止を含めその権力を剥ぎ取る必要があると思えるのですが、どうも本人たちは反省がないのか、いまだにこうして抵抗しているのを見るとほとほと呆れてきます。
 以前にも主張しましたが、意図的であることがほぼ明らかな冤罪を引き起こした検察官らに対する刑事罰制度も必要であるように思え、抗告禁止にとどまらず検察に対する規制や制限をもっと増やしていくべきでしょう。

2026年4月15日水曜日

特定キャラに肩入れして台無しとなった作品

 先日「特定キャラへの肩入れはよくない」という見出しで、特定キャラを愛するあまり偏った贔屓とかを作品で見せると作品そのものの価値を損なってしまう危険性について触れました。そこで今回は、個人的にまさにそうなってしまった作品と、贔屓にされたキャラクターを具体的に挙げて冷笑じゃなく例証していきます。

高遠遥一(金田一少年の事件簿)
 このキャラは金田一少年の事件簿に出てくる犯人の一人なのですが、ほかの犯人は基本シリーズごとの使い捨てで、一回登場したら自決するか捕まるかしてその後は出てこないのが定番です。しかしこの高遠は数少ない例外で警察の捜査から逃れ、ほかのシリーズにも登場しては犯人となる人物を唆して殺人を行わせるトリックスター的なキャラクターにされています。
 数ヶ国語を扱う(言語舐めるな)上に犯罪トリックをいくらでも指導するなど滅茶苦茶な天才として描かれ、私に限らず多くの人から原作者などにやたら愛されていると指摘されています。ただその溺愛ぶりについては一読者である自分からみると正直白けるものがあり、話の展開に詰まったからとりあえずなんでもできる天才キャラを配置して、無理やり話し作ってるようにしか見えませんでした。

 それ以前に、この高遠というキャラクター個人に対して私は全く魅了を感じませんでした。いつもなんでもわかっているようなセリフを吐きながら悉く金田一に悪だくみを見抜かれ、警察には捕まるけどすぐ脱獄するなど展開がお決まり過ぎてざらであり、シリーズによっては過去と矛盾することを平気で口にするなど作者にとって「都合のいいキャラ」にしか見えませんでした。
 私の周りでも高遠を評価する人は見たことがなく、またシリーズもこいつが出てくると大体つまらなくなるように見え、むしろいない方がよかったキャラではと思っていました。


 こちらはゲームのキャラクターですが、一時はこのキャラの評価を巡って滅茶苦茶掲示板が荒れていました。詳細は上のゲーム解説に詳しく書かれていますがかいつまんで話すと、作中でこのキャラだけ異常に持ち上げられており、また人を殺そうとすると呪われるような世界観設定に反して殺し屋稼業を営みながら全く呪いを受けなかったり、とにもかくにも特別扱いが極端になされていたことから批判の的となっています。
 そもそもこのゲーム、明らかに当初の発表ではこのロゼではなく別のキャラがヒロインとして紹介されていたにもかかわらず、途中から過去の発表はなかったことにされ、ロゼが作中メインヒロインとしていつの間にか変更されていました。プロデューサーは頑なにこの事実を認めなかったもののさすがにそれを信じるには無理がある状況で、むしろ否定していることからこのロゼの異様なゴリ押しはプロデューサーの意向によるものだったとみられています。

 この見ていて不快に感じるほどの贔屓ぶりにゲームそのもの内容の拙さからゼスティリアの評判は非常に悪く、実際この作品以降、それまでは雨後の筍の如くシリーズ作品が連発されていたテイルズシリーズのリリースが急に止まるようになり、テイルズシリーズそのものに大きな打撃を与えてしまったようにすら見えます。かつてはドラクエ、FFに並ぶ日本三大RPGシリーズとも言われましたが、今やその地位はペルソナシリーズに完全に取って代わられているように見え、ゲームそのものではなくシリーズそのものを貶めたある意味凄いキャラでした。
 なおこのゼスティリア、ゲームは前述の通り評判は悪かったのですが、アニメ版は原作完全無視ともいうくらい内容改変が行われたそうなのですが、その結果がめちゃくちゃ高い評価となっており、「あのガタガタな原作をどうしてここまで立て直せるのか(;゚Д゚)」という妙な評価のされ方されていました。そのゼスティリアのアニメ版監督ってのが「鬼滅の刃」の監督というあたり、大ヒット作を作る片鱗をこの作品で見せていたと言えるでしょう。


 またゲームのキャラクターですが、この夜鳥子(ぬえこ)というキャラクターは「俺の屍を越えて行け2」に出てくるNPCキャラクターです。この作品はとがった作りしていてプレイヤーが使用するキャラクターはすぐ寿命で死んで、死ぬ前に作った子供のキャラクターを次々と切り替えて戦っていかなくてはならないのですが、夜鳥子だけは半永久的に登場し続け、しかも一部のボス戦で必ず使わなければならず、攻略する上で使いたくなくても使わなければならないキャラクターだったそうです。
 このようなゲームシステム面だけでなくシナリオにも食い込む、というかプレイヤーキャラクター以上にストーリーの中心に据えられており、発端となる事件からラスボスとの因縁も全部夜鳥子が担っており、エンディングにおいてはむしろ主人公であるはずのプレイヤーキャラが置いてきぼりで話が進められるような始末でした。

 それほど贔屓にされながらこの夜鳥子というキャラの人気はそれほど高いとは言えず、むしろ必ずしゃしゃりこんでくることからウザいとみられ、「このキャラがいい!」と評価する声はマジで一つも目にしない一方、「こいつさえいなければ……」という怨嗟の声はこのゲームのレビューで必ず入っていました。
 そもそもこのキャラ、このゲームのプロデューサーである桝田省治氏の小説に出てくる登場人物が元となっています。設定はいくらか変えられてはいるものの、自作の小説キャラクターを縁もゆかりもない別のゲーム作品に流用するのはさすがに無理があったのではと思え、またそんな無茶をやらかすくらいこのキャラに入れ込み過ぎた結果、桝田氏の思いとは裏腹に不評を買うだけのキャラとなったのは皮肉な結果でしょう。

 ちなみに自分は前作の1は非常にやりこんでいて2も遊ぼうとしていたものの、あまりの不評ぶりから手を出すのを控え、中古で安くなっているのをみて(確か千円)ようやく手に取りましたが、オープニングを一目見て「あ、これ違うな」と思ってそこで遊ぶのを止めてしまいました。何となく、ゲーム内の美術が前作と根本的に入れ替わっており、趣味の悪いものになってしまっていると直感で感じました。


  番外編
 以上までで特定キャラを贔屓にし過ぎて失敗した作品を紹介してきましたが、それらとは真逆の結果となったのがこのライナー・ブラウンが出てくる「進撃の巨人」じゃないかと思います。

 このライナーは超人気作の「進撃の巨人」で裏主人公ともいえるほど序盤から終盤まで常に登場し続け、物語の核心に居続けたキャラクターです。作者自身も一番のお気に入りキャラクターであることを公言しており、自分が尊敬する先輩をモデルにしていることをはじめ、インタビューで聞かれてもないのにライナーについて語りだす(しかも延々と……)など、ライナーに対する入れ込みぶりは常軌を逸するほどのものとなっています。
 しかしそんな作者の入れ込みようとは裏腹に、作中におけるライナーの扱いは悲惨そのものとしか言いようがありません。蹴ったり殴られたりするのは当たり前なうえ、時折発するストーカーじみたセリフから作中のキャラクターはおろか読者からも気味悪がられるほか、しょっちゅう手足を切られたり拷問されたり殺されかけたりしています。挙句には良心の呵責に悩まされて深刻な精神分裂症らしき症状を起こしたり、自殺を図ったりするなど精神的にも作中で追い詰められています。なお自殺未遂シーンに関して作者は、そのコマを拡大印刷して壁に貼っていたそうです。

 こうしたひどい扱われようから、ライナーについてネットでも「サディスト(作者)に愛された」、「悲しきラブドール」など、その愛着に反した仕打ちぶりに同情する声が非常に根強いです。ただ読者からの評価は決して引くなく、むしろ明らかに人気キャラ(ネタ的な意味でも)に入っており、実際私もこの作品の中で一番好きなキャラクターだったりします。
 前述の良心の呵責に悩むシーンは強いリアリティを感じられ、虐殺と戦争の渦中にある人物の姿を非常に良く描いているとすら感じました。やってることは確実にクズな行為ですが、そのクズぶりを自ら自覚して悩む姿はこの作品のテーマに深く合致するものである気がします。

 何が言いたいのかというと、突き詰めると作者が特定キャラに入れ込むかどうかではなく、明らかに不自然に感じられるほど持ち上げてしまうことの方が作品を損なってしまう行為なのでしょう。作者のライナーへの溺愛ぶりはかなり異常な部類ですが、決してライナーを作中で持ち上げることはなく、その行為の肯定や否定といった評価は理に適っており、読者の共感を得るものだったからこそ彼は人気キャラになったのだと思います。これがきちんとできなかったのが最初の3キャラクターで、単純に作り手の腕が未熟だったゆえに入れ込むキャラクターどころか作品そのものも不人気にさせてしまったと言えるでしょう。
 まぁそれはそうとして、改めてライナーの扱い見ているとマジ泣けてくる。普通に早く死ねた方が多分幸せだったろうな(´;ω;`)ウッ…

2026年4月14日火曜日

北海道のハンター猟銃の検察による廃棄事件

勝訴ハンターの猟銃、返還されず 検察「適正に廃棄」(時事通信)

 他人事ながら見ていて本気でむかっ腹が立つニュースです。詳細はリンク先の記事にありますが、かねてから各方面で注目されていた熊猟に駆り出されたら違法な発砲だったとして猟銃免許を取り上げられたハンターの方が、この度最高裁で処分が違法ということで猟銃の返還を求めたところ、検察が勝手に廃棄していたそうです。
 証拠品として押収しておきながら勝手に廃棄するというこの行為は理解しがたい上に、本来なら最高裁判決後にすぐ持っていく、または廃棄してたなら謝罪に行くべきものを、今日この日まで黙っていつつ、「適正に廃棄した」というこの言い分はなんだ、人を馬鹿にし過ぎじゃないかと思えてなりません。自分が当事者だったら間違いなく椅子で検察殴ってると思うくらい失礼な対応だと思え、勝訴されたハンターの方はよく堪えたものだと感心します。

 というか証拠品として押収していたものを勝手に処分していたとなれば、法律には詳しくないですが証拠の隠滅行為に当たるのではないかと素人目に思います。そもそもこの事件で猟銃の押収が必要だったのかという時点で怪しく、また指摘されているようにこの事件で全国の熊猟ハンターが委縮することとなり、熊対策の上でも大いにマイナスとなっていて、あらゆる方面で北海道の公安、検察はみんなの足を引っ張っているようにしか見えません。

 なお証拠の偽造や隠蔽に定評のある前田恒彦は京都の小学生行方不明事件の記事にはせっせとコメント残しておきながら、本来の自分の専門分野であるこの件に関してはなんもコメント残さないのが見ていて苛つきます。お前の専門性を生かすとしたらまさにここだろと思うのに、一体何をやっているんだか。まぁそういう期待を無視できるくらいずぶとい奴だから、あんな事件起こしておきながら偉そうに法律語ってるんだろうが( ゚д゚)、ペッ

2026年4月12日日曜日

特定キャラへの肩入れはよくない

28年NHK大河ドラマは「ジョン万」 主演は山﨑賢人に決定 ジョン万次郎を描く(ガハろぐ)

 ちょっと日が経ちましたが先日、再来年の大河にジョン万次郎が採用されたことが発表されました。彼については自分も長年あまり把握していませんでしたが、その波乱万丈の人生に日本に対する大きな貢献ぶりにしてあまりにも世間の認知が低いと感じていただけに、今回の採用を歓迎するとともにこれをきっかけにもっと評価が高まればという期待があります。
 上のまとめ記事でもおおむねこうした見方というか歓迎する声が多いのですが、人目に泊まったコメントがありました。


◇ 94: 名無し 2026/04/09(木) 14:38:34.50 ID:IamTIIQY0
幕末は風雲児たち読めば大体把握できるわ
なお未完の模様

◇ 97: 名無し 2026/04/09(木) 14:40:39.05 ID:E/4jPaAE0
>>94
幕末編になるまで面白いけど龍馬でてくると糞なのは草なんだ


 これ見て、「ああ、俺以外もそう思う人いるんだな(;´・ω・)」という感想を持ちました。

 ご多分に漏れずというか、自分もジョン万次郎について詳しく知るしっかけは上のコメントに出てくる「風雲児たち」というみなもと太郎の漫画からでした。これまであまり触れられてこなかった江戸時代の数多くの人物たちにスポットを当てていて文字通り目からうろこの作品で、最上徳内をはじめとしてこれまであまり把握していなかった人物について自分が詳しく知るきっかけにもなりました。
 そうした経緯から個人的にも高く評価している作品なのですが、上のコメントと全く同感というか、何故か龍馬が出てくるシーンは毎回、ヤバいほどつまらなかったりします。作品冒頭でも登場させるなど、明らかに作者は龍馬を贔屓にしていて恐らく幕末の人物の中で最もお気に入りであったのだと感じるのですが、何故か龍馬がこの漫画に出てくるシーンはつまらないというか、正直に言えば吐き気すら催すほど読みたくなくなる仕上がりになっています。

 具体的に説明するのがちょっと難しいのですが、ほかの人物に関してはギャグを挟みつつもわかりやすくその行動や業績を描いているのに対し、何故か龍馬だけは子供向けストーリー漫画のように幼稚な演出とともにしょうもない描かれ方していて、龍馬が出てくるシーンだけまるで別マンガのように見えました。龍馬自身のキャラクターも無駄に、必要以上に幼稚な性格として描かれていてキャラクター的魅力は皆無に等しく、むしろ見ていてイラつくようなキャラとなっています。
 前述の通り、作者は龍馬が一番のお気に入りであるとことあるごとに言っているのですが、この漫画の描かれ方を見る限り、「むしろ、本当は龍馬が嫌いでわざと悪く書いてるんじゃねぇの?(;´・ω・)」とすら思えてきました。ただ実際はそんなことはなく、単純に好きすぎるが故の暴走の結果としてひどい描き方になってしまったのだと思います。

 この漫画に限らず、作者がお気に入りだと公言するキャラクターほど意外と人気が取れないというか読者に嫌われる例はほかにもたくさんあるように見えます。作者が明らかに贔屓に際立たせて描こうとしているのですが、逆にそれが透けて見え、「なんでこいつばかりよさそうに描こうとするんだよ」的に余計に読者から反感を買う結果となるようなパターンです。
 端的に言えば見出しに掲げたように、漫画家や小説家が特定キャラに肩入れすると逆にそのキャラは読者にとって見栄えが悪くなる確率は高くなるように思えます。古典的なメアリー・スーじゃないですがそうしたキャラが出てくると劇中の描写が狂うようになり、創作においてはほぼマイナスにしかならないでしょう。「風雲児たち」に関しては龍馬が完全にそんなキャラとなっており、自分もこの漫画を見返すときは龍馬が出てくるたびにページを飛ばすようになっており、もし生前に作者に会うことがあればこの点をはっきり伝えたかったなとすら思っています。

2026年4月9日木曜日

小学生の時の方が時間なかった(´;ω;`)

ラサール議員、議場を沸かせる「芸能界の人間は住宅ローンをなかなか組めません。だけど“どこでも断られたらスルガ銀行に行け”と言われておりました」(ABEMA TIMES)

 本題と関係ないもののラサール石井氏についてはあまり評価していませんでしたが、芸能界出身という出自から強い納得感のあるコメントだと思いました。これに限らずアベマタイムスは国会内の議論をわかりやすく切り取ってこのところ記事を出しており、政治への国民の関心を高めるうえでよく頑張っていると陰ながら評価しています。


 それで本題ですが、上の記事見て最初に思ったのが「俺も……(´;ω;`)ウッ」でした。自分は小4から塾通いさせられましたが、小5では火曜木曜に授業があり、日曜日にはテストがあってこの時点で週三で塾でした。でもって小6になると月下水に授業、日曜日もテストで週四塾通いとなり、今更ながらまぁよく耐えたもんだという気がします。
 しかも夏休みとかGWなどの長期連休になると特別講習が組まれ、この間の休みの日もほとんど塾通いでした。マジで当時は自由に使える時間がなく、成人した今の方がガチで自由な時間が多いと断言できます。というより、自分の人生の中で最も自由な時間が少なかったのがこの時の小学生時代でした(´;ω;`)ウッ…

 なお今日は仕事少ないから有休使って休み、朝起きてゲームして昼ごはん食べた後は横になり、そのまま夕方まで眠り続ける贅沢な過ごし方しています。記事書こうと思ってたけど書けねぇじゃんこれじゃ(´;ω;`)ウッ…

 話を戻すとたまたまですが、この記事を読むちょっと前から上記の通り「意外と自分の自由時間が一番少なかったのは小学生時代だったのでは?」という疑問を持ち始めていました。そんな矢先に上の記事読んで「わかりみ」などとギャル用語使いながら相槌打ってたのですが、マジで一番問題なのはこの記事の見出しにあるように、「二度と戻ってこない小学生の時間を潰す」ということにある気がします。
 実際、私自身も小6の夏休みなんかほとんど塾通いで、合間合間に友達とも遊んでましたが、もし塾通いがなければもっといろいろできただろうなという後悔が募っています。自分が大学生の頃に金がなかったころ、親に「大学生の自由な時間はこの後ないんだから、金貸してやるから海外とか行け」と言われ、「だったら小学生の時間だってそうだろ、あの時間潰しといて何言ってんだ」という気持ちを当時覚えたりもしていました。

 あくまで自分の実感ですが、塾に通わせようが勉強する奴はするし、しない奴はしない気がします。する奴はほっといても中学などに進学すると自然と勉強するので、小学生の頃に無理強いしなくてもという気がしてなりません。っていうかいい大学に行こうというのなら、変にいい中学や高校に通わせずに浪人とかさせた方が効率いい気がします。
 単純に人生経験の観点でも、小学生の頃の時間を奪うくらいなら勉強を強制させない方がずっと実り多い気がします。小学生の頃にしかできない遊びや体験は意外と多く、逆に中学以降にしかできない体験はそれほどでもなく、成人したあとでもいくらでもできる気がします。極端な話、自分みたいに海外に行けば学歴なんて完全に意味をなさなくなるので、無理してつけなくてもどうとでも生きていけます。

 若干ひがみも入っていますが、受験業界情報で稼ぐAERAらしからぬ上の記事にはすごく共感するとともに、「過剰な自己投影はよくない」というセリフも出てくる「ジェイエム」の各ページがかなりちらつきました。