ストーカー殺人に猟銃許可取消裁判の判決といい気になるニュースが今日もたくさん出てきていますが、やはり一番インパクトあったのはこちらの漫画家のつげ義春の逝去です。かねてから大分お年を召されていることからいつかこういう日が来るとは思っていたものの、水木しげるの時と同様にとうとう……という感傷を覚えました。
私自身はつげ義春の作品をそれほど読んではいないのですが、水木しげるを含め多くの漫画家がその漫画の中で彼を登場させているのを見ています。恐らく実在の人物として自伝マンガなどで登場する回数で言えば手塚治虫に次いで多いのではないかと思うくらいあちこちに頻出しており、そのどれもで「憧れの漫画家に会えた」というような感じで登場しています。
一般読者の間でも高い人気を得ていましたが、どちらかと言えばつげ義春は同業者である漫画家にこそ最も高く評価された漫画家であった気がします。水木しげるは自らアシスタントとして指名しており、水木のアシスタントにやってきた池上遼一氏からは水木以上になつき、水木邸を訪れた矢口高雄からは「あのつげ義春がいる!?」みたいに見られたりと、とにもかくにもいろんな漫画家が彼のことを口にし、その偉大さを物語っていました。
それ以上にすごいと言えるのは、つげ義春の場合は日本国内以上に海外での評価が高いという点でしょう。フランスでも熱心なファンがいて国から賞をもらっており、時代と文化を飛び越えてその価値が認められる点でほかの同時代の作家を大きく凌駕しています。ついでに言えば、いまだにパロディ作品がつくられるなど、その世界間の独自さでも突き抜けているでしょう。
上に引用したまとめ記事でも書かれてましたが、日本漫画史に大きな影響を残した漫画雑誌ガロの主役級の作家が本当にいなくなってしまったというのを、今回のつげ義春の逝去で感じました。つげ義春の場合はちょうど活動期間がガロがあったころに被っていて主要作品もここで発表されていたことから、尚更ガロを代表する人物であったように思え、彼が亡くなって本当にガロの姿形が薄くなってしまった気がします。
私見ながら、現在の日本漫画界の最高大御所はちばてつや氏だとかねてから考えており、それに同格または次ぐ存在がつげ義春とみていました。その一つ下が、本宮ひろ志氏と永井豪氏で。
そんなつげ義春が亡くなり、本当に昭和を代表する、というよりジャンプ、マガジン、サンデーの三大少年漫画誌体制が固まる前の漫画雑誌群雄割拠時代の人がいなくなり、完全に歴史の時代へと入った気がします。元号も昭和から平成、令和と移っているので当然ですが、展開していく時代の流れを大きく感じさせる人物であったと改めて思えます。



















