2026年4月30日木曜日

熊と戦ったプロレスラー

「いいお嫁さん」論が波紋...周庭さんが訴え「怖いですね」 「多様性」の意味「改めて考えて」(JCASTニュース)

 本題と関係ないですが上の記事見て確かに悪意はないんだろうけど時代の変化によって不快に感じる人もいる言葉だろうなと感じました。でもってじゃあどんな風に言ったら失礼にならないんだろうと考えて何故か、「いい半魚人になれますね」というフレーズが真っ先に浮かんできました。多分「パラノマサイト」を今遊んでいるせいでしょう。でも海女さん相手なら誉め言葉になるような気がする。


 それで本題ですが最近組長こと藤原喜明氏のコラムがよく見かけるようになりました。藤原氏はゲームの「龍が如く」にも初期から出演するなど露出の多い人で自分も昔から好きな人ですが、これらコラムを見るにつけ非常にユーモアがありプロレス関係なしに面白い人なんだろうなと密かに感じています。

 そんな藤原氏のエピソードの中でも特に出色のあるものとして、上のコラムにも書かれてある熊との対決でしょう。詳細は記事本文を読んでもらいたいのですが、昔テリー伊藤氏の企画でテレビ番組で熊と戦う羽目になったそうです。テリー伊藤氏には相手の熊は飼われていて人に慣れている安全な熊だと聞いていたそうですが、実際に現場に行ったら飼い主が血だらけで熊を連れてきており、話が違うじゃねーかと思ったそうです。
 そしていざ実際に対決するとやはり猛獣との力の差は歴然であり、数発タックルを食らって負傷し、続行不可能ということで終了しました。ただ藤原氏によると日本で再戦する予定だったそうですが、


 その舞台は、なんと千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)。特番で話が進んでいたが、結局は企画自体がお蔵入りとなった。

 「日本でもう一度やるって決まったあと、準備を進めている途中で動物愛護団体からクレームが来てな。それで中止になったんだ。

 『クマをいじめちゃいけません』っていう抗議だったんだけど、馬鹿野郎、俺のほうが殺されかけてるんだよ!って(笑)。

 クマの心配だけして、人間の心配はしないんだからな。俺もなんとか死なずにすんだけど、クマとの闘いは、どんなプロレスラーとのケンカマッチより怖い。これだけは間違いないよ!(笑)」


 とのことで、昔も今もちょっとずれたこと言う愛護団体がいたということが示唆されています。っていうか藤原氏はマジキレていいと思う。
 なんてことを今日記事に書こうと思っていたら……



 なんと当時の映像がアップロードされていました。何気にこの対決、当時子供でしたが私も見ていて、藤原氏が「うおー!」っていうのをはっきり覚えていました。それだけに上のコラムも「あの時戦っていたプロレスラーは組長だったのか」という感慨を覚えていたのですが、改めてこの映像を見ると企画自体相当おかしいというかやばいとしか思えず、数百年後に「昔の人は人間とクマが戦うのを見せものにする気が狂ったことをやっていたんだよ」と語り継がれそうな映像に思えてきました。つうかマジでローマの剣闘士とか笑えない。

2026年4月28日火曜日

国旗損壊罪については岩屋氏の意見に完全賛成


 いま議論されている国旗損壊罪についてですが、結論から述べると上の記事で語られている岩谷氏の意見に自分も賛成で、日本国旗の損壊については一切の刑罰を設けず、外国の国旗損壊には設けるのが一番いいと考えています。余計な前置き抜きでその理由をつらつらと書いていくと以下の通りとなります。

 まず国旗というのはそもそも国籍の所属を示すマークの描かれた布に過ぎないというのが自分の根本的意見です。これが破かれようが燃やされようが誰かを物理的に傷つけるわけではなく、むしろこのような行為で国の埃や誉れが汚されたと考える方が逆におかしい気がします。言い方変えるとそう考える人はただの布に国体やらなんやら余計なものを勝手に重ねているように見え、ちょっと無駄に意識を高め過ぎているのではないかというのが私見です。
 さらに述べるとたかが旗如きにむやみやたらと感情を上乗せして過剰に反応するからこそ、実際に国旗損壊行為を行う人間たちの思う壺となっているのが現実でしょう。損壊行為を行う人たちはそうした行為にいちいち反応したり嫌がったりする人がいるからこそやるわけで、皮肉な言い方をすると国旗損壊行為に刑罰をつけようとする人がいればいるほど、そうした行為を助長させている節すらあります。

 逆にというか国旗が燃やされたりしても「だからなんやねん(´・ω・)」というような白けた態度をみんなで取っていれば、やってる方も馬鹿らしくなって段々損壊行為を続けなくなっていくと思います。大体こういうことする連中は怒ったり嫌がる反応する人間をわざと煽るためにやるわけで、刑罰なんてつけたりしたら逆に「俺は日本が禁止している行為を敢えてやるぜぇσ(゚∀゚ )オレ」みたいに余計にそういう連中を増やしてしまう気すらします。

 その上で外国の国旗に関しては、何らかの意図をもって日本国内で損壊行為が行われているのに日本人が誰も止めなければ、当事国の人の中には「なんやねん日本人は(# ゚Д゚)」と思う人も出てくると思います。そもそも他国の紛争とかを日本に持ち込ませるべきではないし、そういうことは第三国ではなく自国でやれという意味合いも込め、岩谷氏の言う通りこちらには罰則を設けてもいいと思います。
 中には前述の日本国旗との対応の違いに矛盾があるという人もいますが、日本国旗の場合には日本人は当事者となるのに対し、外国国旗の損壊ならば第三者という立場になります。その第三者の立場で外交や融和を推進するということを考慮するなら、やはりこっちには罰則を設けるべきでしょう。

 さらに話を進めるなら私は日本国旗の損壊を禁止する法律なんて作ったら、逆に日本の国家体制を弱めてしまうとすら考えています。これは何故かというと恐らく中国にいるからだと思いますが、自国に対する批判を制限する国というのは制限しない国に比べ国家体制が弱いことを逆に示すことになると考えているからです。

 先日、米国在住の中国人の方が「中国にも言論の自由はあるよ、但し一回だけどね」というブラックジョークを言っていましたが、あながち間違いではありません。中国は自国政府に対する批判は基本認めず、汚職が発表された者以外の政権幹部への批判はマジで収監するくらい平気でやってのけますし、国の制度や体制への批判にも敏感です。
 これは逆を言えば、こうした言論統制を取らなければ国家体制が維持できないことの顕れでもあります。逆に日本は政治家だろうと国家体制だろうと、果てには天皇制についても批判したところで罰されることはないし、そうした批判が表に出ても国家体制が揺らぐことはまずありません。こうした批判に対する日本と中国の態度を比べてみて、どっちの国家体制の方が盤石であるかと問われるなら答えは一目瞭然でしょう。

 今回話題の国旗損壊は民族ヘイトの手段として用いることが大半だと思いますが、国や政府に対する批判として行われることも考えられます。そうした政府批判とかの手段をいちいち刑罰つけて制限しようというのなら、そうした制限がない国と比べると国家体制が弱いのではと思えてしまうし、こうした法律を追加する時点で揺らいでいるのではと逆に思えてきます。むしろ国旗を燃やそうが破こうが「やりたいなら勝手にやれば、無駄なことが好きなんだねぇ(´・ω・)」という風に大衆が鷹揚に構えていられる国の方が、敵としてみたら国家体制が固くて手ごわいと相手国も覚えるように見えます。

 さらに言えば、戦前の軍部政権のように常に政府が正しい方針であり続けるとは限りません。そうした状況に至らぬためにも政権批判の手段を制限してはならないし、一定の批判手段の余地を残す方が国としてはより安定すると私は考えます。もちろん無関係の人を傷つけたり殺害するテロ行為のような批判手段は絶対に認めてはなりませんが、旗を燃やす程度なら失火に気を付ける規定さえ付けておけば認めておいてもいいんじゃないかと思います。まぁ下品だし全く生産的じゃないからやらない方がいいと思うけど。

 以上のような自分の考え方は岩谷氏に非常に近いと思え、実際上のインタビューを見て我が意を得たような感覚を持ちました。そのため日本国旗の損壊には刑罰なし、外国国旗の損壊には刑罰ありにすべきというのが私のこの議論における結論です。途中でも述べていますが、刑罰なんてつけると余計にやる連中を増やしてかえって逆効果にしかならないだろうし。

2026年4月27日月曜日

Meizuのスマホ市場撤退報道に触れて


 本題と関係ないですが上のイラン人が質問に答える動画で、

「日本での暮らしは辛くないですか?」
「この時期は花粉症が辛いんやで」

「イランの人たちは今何をしているんですか?」
「解体屋たちは自分たちが解体を請け負った建物を政府幹部の家だと嘘ついて米軍にリークし、米軍にミサイル撃たせて破壊させとるで」

 というやり取りが妙に面白かったです。


 本題に入りますが上の記事を見て、色々思うところがありました。というのもこの記事で特集されている中国スマートフォンブランドのMeizu(魅族)なのですが、自分も4年くらい使っていました。

 このMeizuは中国代表的な山塞メーカー、つまりiPhoneを模倣したスマートフォンを生産するメーカーから始まり、比較的お手頃な値段でそこそこの品質を保っていたことから中国市場で一定のシェアを獲得していました。確か2015年とか2016年くらいならアップル、サムスン、ファーウェイ、小米に続く形でシェアで4位とか5位とかに入っていた気がします。自分が使用していたのもまさにこの頃でした。
 使い心地は悪くなく、この記事でも触れられていますがOSが今使っているvivoよりも確実にわかりやすく、痒い所に手が届く使用でした。またメーカーが運営するサイトでは着信メロディとかでそこそこいいコンテンツが配信されており、多分ライセンス払ってないだろうけど何故か「恋愛サーキュレーション」とかも入手できました。まぁさすがに着メロにしなかったけど。

 そんなMeizuですが何故購入を続けなかったのかというと、単純にもうこれ以上買うことができなかったからです。確か2020年くらいだったと思いますが、上海市内の中心部から一切の販売店舗がなくなり、実質的にネットでしか購入できなくなりました。
 2018年くらいに機種交換した際はまだ専門店舗もあったのでそこで買い替えましたが、その際に店員に「景気はどうだい?」と尋ねたら「悪くない、と言わなきゃいけない」と正直な答え方してきたのをよく覚えてます。

 というのも2016年くらいから今も中国シェアで4位か5位くらいに常連のvivoやOPPOが猛烈なマーケティングを展開し、Meizuのシェアをどんどん奪い始めていたからです。よく覚えていますが、この両者はほんと街中のいたるところで販促活動を常に展開していて、それほどこの業界に興味なかった自分も一瞬でブランド名覚えるくらい激しくやっていました。
 またこの頃より中国の消費者でもコスパより品質、高級感を重視するトレンドが始まり、多くのスマホメーカーがそうしたやや値段高いモデルを用意していったのに対し、Meizuのみ安価なコスパモデルがラインナップの中心のままであり、明確に安っぽく見える存在となっていました。ここらへん、大体2018年ごろに勝負あった感があります。

 私自身も上海市内に店舗がマジでなくなりいざという時のサポートが受けられないという懸念からvivoに鞍替えし、現在も機種交換しつつ使い続けています。もしMeizuがまだ店舗を残していたら、レアなマイノリティブランド好きもあるため多分使い続けていた気がします。

 そんなMeizuについて上の記事では自動車ブランドの吉利傘下に入ったもののその後も経営は改善せず、スマホ事業から完全撤退が噂されていることを報じています。一時は愛着を持ったブランドだけに寂しい限りですが今後は車載OS事業に集中するとも書かれてあり、Yahooの記事ではそちらではそこそこ評価されているというコメントも見られるので、そっちの事業で今後も活躍し続けてほしいと密かに祈る次第です。
 Meizuを初めて使う前はサムスンの安いスマホを使ってましたが、決して悪くなかったものの、Meizuに切り替えたら電池がえらい長持ちだしOSも使い勝手よいことにビビり、中華スマホの威力を初めて体感した機種でした。その点に気づかせてくれた点でも深く感謝しており、値段も確か700元(当時で10500円くらい)と超安く、本当にいい思い出しかないブランドでした。

2026年4月25日土曜日

初等教育の重要性、特に国語

 昔友人が、「米国は初等教育に金をかけず、大学などの研究機関の高等教育に金をかける。何故なら世界から優秀な青年が米国の大学に留学するからだ。初等教育を外国政府に負担させ、自分たちはおいしいとこだけをいただいている」と評しましたが、実際その通りだと思いました。ただその結果として、今のトランプ政権が生まれたのではないかと思う節があります。
 偏見かもしれませんが、今「トランプに裏切られた」と言っている米国民はただのアホでしかないと内心思っています。トランプ大統領が耳障りのいいことを口先だけしか言わないことは彼の経歴からも明らかで、また単純に政治実務能力がなく、関税をはじめ余計なことばかりに実行力を発揮するのは目に見えていました。それでも彼を支持して投票したというのは単純に人を見る目、未来を見る目がなかったとしか言いようがなく、アホでしかない結論に至ります。

 まぁあの選挙当時、相手がカマラ・ハリス氏だったことから自分も米国民ならトランプに票入れたかもしれませんけど。

 そもそも彼のような人間が党内の予備選挙に勝つこと自体が色々あれだと思うのですが、その背景として米国の初等教育の低さがあるのではないかと勝手に思っています。初等教育に金をかけてこなかったからこそああした人を担ぎ上げてしまい、尚且つその結果がどうなるのかを見れなかったのではないかという気がします。
 少なくとも庶民層とエリート層の分断はかなり激しくなっていると聞き、この初等教育に金をかけず高等教育にのみ注力することで、米国は選挙方面でかなりおかしな状態に至ってきているように見えます。

 ただこれは米国だけを笑っていられるかというとそうでもない気がします。日本もこのところ闇バイトなどの犯罪犯した若者が「これで捕まるとは思わなかった」、「懲役期間は半年くらいだと思った」などというコメントをよく残しており、どことなく、何をしたらこうなるという想像力に欠けた人が増えているような気がしてきています。その想像力の減少ですが、突き詰めると初等教育、特に国語教育の劣化が原因ではと疑っています。

 昔の記事にも書きましたが、実際に現在の日本の小学校では英語などの科目を増やしたせいで国語の時間が減らされており、その影響から国語や日本語能力が劇的に落ちてきていることが各所より指摘されています。教育関係の仕事をしている友人も同じことを言っており、国語力の低下による想像力の低下が地味に大きくなっているように見え、米国みたく投票した結果がどうなるかがわからず勝手に「裏切られた」という人が今後出てくるのではないかと懸念しており、マジこの辺の初等教育をどうにかしてほしいと思っています。
 結論を言えば初等教育は大事で、高等教育のように目に見える国への恩恵はないものの、ベースラインを維持するためにももっと日本全体で初等教育の充実を図っていくべきな気がします。

アオシマの楽プラはマジいい




 例によってまたプラモの話ですが、このところ量産している接着剤不要のアオシマの楽プラにはまっています。価格が安く(大体2000円以下)1時間程度の空き時間でサクッと作れて、着色済みなので見栄えもいいし小さいので置き場所にも困らないというのもありがたいです。
 上の三枚の写真は先週作ったVWのビートルで、なんかやたら女性受けが良かったです。



 でこっちが今日作ったトヨタのC-HRです。先日誕生日を迎えたので自分へのご褒美としてサクッと買いました。まぁ誕生日関係なく買いまくってますが。
 このキットを買うきっかけにもなったのですが、リアのライト部分の表現は本当に見事だと思います。これ、二つのクリアパーツとシールだけでこの赤色の立体感を出しており、アオシマのこうした技術にはマジで舌を巻きます。また車の模型で白だとあまり映えないのですが、このC-HRはシールが就くとちょうど黒との対比が目立つようになるので、敢えてこの白色を選択して購入しました。

 真面目にプラモに興味ない人も楽プラは1回作ってみるのをお勧めします。安くて短時間で組み立ての達成感が得られるし、インテリアとしても部屋の中にこの手のプラモが1個だけあるとなかなか様になります。これが二桁行くとやばい奴の部屋になるのですが……。

2026年4月24日金曜日

自分が見た大人の発達障碍者

 多分今一番話題になっている漫画だと思う「みいちゃんと山田さん」ですが、先日発売された最新刊によると次巻で完結予定とのことで、フルスロットルのまま一気に幕引きまで突っ走る模様です。この漫画の内容は知ってる人には早いですが知的障碍者の女の子が普通平凡を目指すも叶わず、本人の特性以上に家族を含む周囲の人間に恵まれずに死んでいくというお話です。
 個人的にはこのあらすじ以上に作者の亜月ねね氏の漫画表現の上手さを自分は評価しており、主人公が前を向いて話す→振り向いて話す→また前を向いて話すというたった1ページ3コマのシーンながらキャラクターの動きをすごく感じ取れるシーンがあり、余計なコマを挟まず描写を描くのが本当に上手いと考えています。


 話を戻すと、そんなみいちゃんの中でも一番印象に残ったのが上のニナというキャラクターが出てくる話です。このキャラは大学を卒業して一般企業にも勤めたことがあったものの長続きせず、再び夜職ことキャバクラに戻ってくるのですがここでもうまくいかず、遅刻や忘れ物を繰り返し、最終的には店側に叱責されたことをきっかけに連絡もせず勝手に退職してしまうキャラクターです。
 このキャラについてははっきりと大人の発達障碍者であることが作中で語られており、知能こそ健常者並みにあるものの、他人の気持ちをうまく理解できなかったり、指示された行為を指示通りにできない、集中が続かない、ストレスにさらされるとすぐ逃げてしまう、部屋の片づけができないなどといった特徴を持たされています。本人も自分が並の人よりも劣っているという自覚があり、何もわからない人と比べ自分が無能であることが理解できてしまうことに悩むように描かれていました。

 ただ作中で10年後は一般企業に勤め、理解者にも恵まれ、相変わらずミスすることが多いもののおおむね幸せに生きている結末が描かれており、この作品の中では読後感の良い結末が用意されていました。

 この大人の発達障害ですが、ADHDや境界性知能などいくつか種類があるものの、作中でも言われている通り2012年頃はまだあまり認知が広がっておらず、自分の感覚でも2015年くらいから徐々に社会で認知されてきたように思います。逆を言えばそれまでこの手の人は迂闊だとか責任感がないなどと批判され、当事者たちも肩身の狭い思いしつつ自らの特徴とうまく付き合えない社会生活を送っていたと言われています。現在も世間の目は決してやさしくはないですが、以前と比べれば診断が下りていればその特性に合わせた働き方などを用意してくれる職場も出てきており、以前よりは改善していると思われます。

 なんでこんな大人の発達障害を急に語りだしたというかニナちゃんが気になったのかというと、見出しにも掲げている通り明らかに「きっとこれだったんだなぁ」という人間を自分が以前見たことがあったからです。具体的には同じ大学のゼミ仲間でしたが、そこそこいい大学に通ってはいるものの一番重要な授業であるゼミに何故か毎回遅刻してきて、最初は許していた講師もさすがに途中で怒り教室に入れなかったことがありました。それからは遅刻癖は少し収まったものの、その後も何度かやらかしていました。
 こんな具合なので大学卒業に必要な単位もかなりギリギリだったのですが無事卒業し、卒業直前に何とか得た内定先に就職もしたのですが、伝え聞く話によるとその後もかなりヤバかったそうです。自分も一度彼のSNSを見たのですが、何でも入社から1週間くらいで3回くらい遅刻したほか、勤務先が自動車部品メーカーだったので会社からお金を借りて車を買うもすぐに事故って廃車させ、その後なんと自ら借金してまたもう一台買っていたそうです。本人も借金で首が回らないと言っていたそうですが、なら何故買うと言いたくなります。

 それから数年して結局その勤務先を辞めるのですが、彼を支援する目的もあり簡単なデータ入力作業の仕事を私から回したことがあったのですが、最初はノリノリでやる気を見せる返事をしていたものの、何故か途中から一切連絡をせずに勝手に仕事を放棄していました。こちらが進捗を尋ねてもうんともすんとも言わず、学生時代を見ていただけに私も「まぁ彼だからな」と深く追求せずにそのままなかったことにして処理しました。
 その後何度かあったものの付き合いは薄れ、共通の知人から話を聞くに再就職した会社もすぐに辞め、その後うつ病になりなんか今は保育士をしているという噂を聞きました。何となくその仕事も大丈夫なのかなと思うと同時に、自分の特性を理解した上でそれとうまく付き合う生き方をもっと早く模索できなかったのかなという気持ちを覚えました。悪い奴ではないのですが、正直私も背中を預けられないというか一緒に仕事したくはない奴でした。

 はっきり言ってしまえば彼もニナちゃん同様、大人の発達障害を明確に抱えた人間だったと考えています。知能こそ平均水準より上であるものの、普通の人が「これ以上言ったらまずい」と考えるボーダーをあっさり超えてしまうというか、むしろ重要度が高くプレッシャーが上がると逆に放棄しようとする傾向が強くなり、言うなれば重要度の高いタスクほど実行、実現をあきらめる人間でした。でもってニナちゃん同様、本人も先ほどの遅刻を含めこうした逃避行為にいくらか負い目を感じてこういうことはよくないと自覚はしているものの、それを直そうとする実行力には乏しく、友達付き合いならともかく業務付き合いとなるとまるで信用がなくなるところがありました。

 私としてはあくまで友人関係で、前述の作業も代替がきくものだったために深く咎めませんでしたが、仮に雇用側や上司として接するとなるとどんな風な態度になったかわかりません。学生時代の時点で「ちょっとこの人は普通の人とは違う」とは感覚的に理解してはいたものの、正しい付き合い方となると正直今でもわかりません。
 などとグダグダ書いたうえで何が言いたいのかというと、冒頭のニナちゃんのような人間は決して漫画の中だけではなく普通に存在しているというのを自分自身、はっきり経験しているということです。だからこそニナちゃんの話が一番印象に残っているとともに、こうした人たちを社会でどう活用するか、付き合っていくかを少しは考えるべきだし、排除だけはしてならないという実感も持っています。

 もっともここでは綺麗事をいくらでも言えますが、いざその立場になったら私も良識的な行動を取れるか自信がないです。ぶっちゃけSNSマナーが病的に悪く、何度も拒否しているにもかかわらず不快なメッセージや画像を送り続けてくる友人に公衆の面前で罵倒したことが何度かあり、若干その友人にも何かしらの心理的起因があるのではないかと疑っています。中国だと街中で大声で怒鳴っても誰も気にしないからやってしまえるというのもありますが。

2026年4月23日木曜日

イラン戦争で完全に打つ手がなくなったトランプ政権

生かされた原点を見つめ糧に 最後の生存者と救った医師が再会 尼崎JR脱線事故21年(神戸新聞)

 本題とは関係ないですが上の記事で取り上げられている尼崎脱線事故の生存者の方については、事故当時の報道で見たのをはっきり覚えていました。ネタバレすると当時同じ大学に通っており、スポーツをしていたもののこの事故で両足を切断する羽目となった顛末に深い同情心を当時覚えていました。その方がこうして頑張っておられる近況をこうして見られたことは素直にうれしく感じます。

トランプ氏の威嚇発言が裏目に出てイラン優位に ボルトン元大統領補佐官の見解 停戦延長の背景(飯塚真紀子)

 それで本題ですが上の記事で飯塚氏などが指摘してる通り、もう完全にトランプ政権はイラン戦争について打つ手を失っているように見えます。これは言い換えるとイラン側からすれば粘れば粘るほど有利になる状況で、ホルムズ湾通過については今後妥協案が出てくるかもしれませんが、米国にとってはベトナムに次ぐ敗戦という結果になっていくのではないかと思えてきました。

 私自身、先日にトランプ大統領が「停戦延長はない」と発表したのを見て、「ああつまり停戦延長するってことね」と判断していました。というのもここ数週間の彼の発言は事実と真逆の結果にしかならず、具体的には、

・イラン軍は既に壊滅している
・米国は最良の結果を得ている
・ホルムズ湾はもう解放されている
・バンスは既にパキスタンへ出発している

 などと、どれも現実とは異なる発言を繰り返しています。こうした発言については飯塚氏の言う通り、有効な手段がないからこけおどしを言うより仕方ない状態だと私にも思え、今後も近い未来について彼が何か述べるとしたら現実には8割がた真逆の結果になると思っていい気がします。さらに言えばこんな風に現実から乖離した発言を繰り返していることから米政権内で方針が定まることはなく、対イラン交渉でも今後何度も話がひっくりかわり何もまとまらない状態が続くように思えます。
 イラン側もこうした米政権内の混乱、そして追加の攻撃を含め何ら有力な手段を持ち合わせていないことを見抜いているように見え、粘れば確実に有利になると見越していることから、ホルムズ湾でプレッシャーをかけつつ停戦を延長し続けたり、周辺国への攻撃を続けることでしょう。トランプだけにポーカーで言えば、何の役もないカードを常に見せているような状態です。

 皮肉なことを言えば、この戦争が終わるとしたらイラン側がイスラエル側に手痛い打撃を与えたときになるような気がしてきました。この戦争を始めて主導しているのはイスラエルであり、そのイスラエルがこれ以上の継戦を望まなくなった時に初めて終わるような気がするからです。そう考えると関係国は、イスラエルに圧力をかけることが一番この戦争を終わらせる手っ取り早い手段になる可能性があり、まじめにこの方針をもっと検討してもらいたいものです。