2026年5月6日水曜日

贅沢を人目につかないところで行う日本人

 本題と関係ないですが一昨日に自転車で遠乗りして帰宅した後、なんかメガネが臭くて石鹸で洗いました。何故だ(。´・ω・)?

 話は本題ですが昨日の記事で私は日本人は江戸時代から続く清貧思想が強いため贅沢行為にやや負い目を感じる人が多いと書き、割とこの主張は自信を持っています。その一方、気晴らしとしての贅沢行為自体は日本人もやっているのですが、そのやり方というのも人目につかないところで贅沢するという形が結構根強い気がします。

  歴史を辿れば江戸時代からこの手の「隠れ贅沢」行為は盛んだったというか、幕府が倹約令を出して派手な着物を着てはならないとお触れが出た後、町娘の間では外からは見えない裏地に豪華な反物をあしらった着物を着る人がいたそうです。また神社仏閣でも、何故か普通には見えない天井の奥とか柱の一部に金をかけた装飾を施したりするところがあるほか、現代でも「プチ贅沢」という単語とともに見えないところにお金をかけて贅沢欲求を満たす行為が見られます。
 こうした行為は単純に贅沢欲求と清貧思想を両立させるための手法だと思いますが、中国人的思想が強くなっている自分に言わせると、他人に贅沢を見せつけないで何がいいのかという感想を持ちます。まぁこれも一種の日本人のメンタリティと言えばそれまでですが。

 実際、一見そうと見えなくても、実は価値があるものにこそ日本人は飛びつきやすい気がします。でもってそういうものをあからさまに見せびらかさず、さりげなく見せることこそ醍醐味的な人は確実にいる、っというか確実に多いです。
 そう考えると、日本人も贅沢が嫌いというわけじゃなく贅沢の仕方が凝っているという風に見るべきかもしれません。この辺の贅沢行為に対する特徴や傾向を詳しく調べてみたらなんか面白い結果が出てくる気がしてきました。

2026年5月5日火曜日

贅沢に負い目を感じる日本人

 感覚的に2024年ごろからそれまで猛威を振るっていた日本人礼賛記事が減ってきたような気がします。若干妙な自意識過剰が減ったのは何よりなのですがそれに伴い「外国人と比べて日本人は?」という日本人的な話題が減り、これはこれで少し寂しい思いがします。
 そんな思いが募ったのか先日チャットで日本の友人とこの手の話題になり、その際に「日本人って贅沢に負い目感じるよね(´・ω・)」という意見が出てきて、私もこれに全肯定しましたし、多分否定する日本人はイケイケ系を装っている人以外ほぼいないという気がします。

 一例を挙げると、「バブル文化」という単語一つとっても若干悪趣味な時代や行為という意味を現代では持っているように見え、金に飽かした贅を尽くす行為に対して若干低めに見て、高尚な行為や文化とはまず見ていないでしょう。やりたい人がやる分には否定しないものの、やってる人もやっぱり負い目があるのか自分をでっかく見せたいとき以外は隠すという人も少なくない気がします。
 ではなぜ日本人は贅沢に負い目を感じるのか。結論から言うと侘び寂びこと千利休の影響がやはりでかいのではないかという気がします。

 戦国、というより安土桃山時代においては安土城や大阪城といった 絢爛豪華で華美なスタイルが非常に流行しており、傾奇者文化もこれらに通ずるように感じます。しかし秀吉の時代に千利休が詫び寂びの概念を打ち出し、素朴で質素な茶碗に価値を見出して自らプロデュースしていくのに伴い、華美とは対照的なものにこそ価値を見出すスタイルが日本を支配するようになっていきます。
 この傾向は江戸時代も続いた、というか続かざるを得なかったと私は考えています。というのも江戸時代の武士は大名を含めて基本貧乏で、派手に金を使うことができませんでした。そのため質素な家屋や調度品とかを「こういうのがええんや(^ω^)」とひたすらセルフフォローし、余計な出費を抑えつつも自己満足感と権威を守っていくスタイルがそのまま続くことになった、というか華美な美術品や工芸品を生み出す資本がなかったとみています。

 なお日本文化史に残る最大の華美美術品とくればやはり金閣寺がトップで、その次に出てきた銀閣寺は詫び寂びを代表する存在として好対照であるというのはなかなか趣深い所です。そのほか思い浮かぶのを上げると平家納経、日光東照宮が自分の中で浮かんできて、江戸中期以降はマジでゼロである気がします。
 もっとも江戸中期においては資本力が最も高い豪商を中心に華美な行為や創作が行われ、確かどっかの豪商では床下に金魚の水槽を張ったとかいうのを聞いたことがあります。

 話を戻すと、まじめに江戸時代の特権階級である武士層は世界的に見ても実権を持ちながらも異常なほど貧しく、これが日本の贅沢に負い目を感じる清貧思想の固定化につながったと思います。質素な権力者は清廉であるというイメージは世界共通ながらも、実際にそれをきちんと体現できていた日本はかなり珍しい部類にあると言っても過言ではないでしょう。
 なんせ将軍家でも吉宗が率先して倹約に励み、天皇家に至っては天皇自ら和歌を売ったりしなきゃならないほどだったそうですし。まぁ大奥にはかなり金かかってたとは聞くけど(´・ω・)

 この清貧思想は明治以降も若干弱まったとはいえ生き残ったというか、やはりというか金持ちは「いけ好かない」という価値観が今でも根強い気がします。金持ちでも篤志家にはもちろん尊敬が集まりますが、頑張って働いて金持ちになったとしても、その富裕ぶりを誇示するようなライフスタイルをしたらまずもって日本では「よくがんばったねぇ( ;∀;)」という感じで評価されることはまずなく、「成金が( ゚д゚)、ペッ」みたいに反感しか買いません。むしろたくさんの資産がありながらも、慎ましい生活をしている人にこそ尊敬が集まります。

 プラスかマイナスかで言えば、この日本を包む清貧思想(西欧と比べて強いという意味で)は社会にとってはプラスだと私は思います。やはり米国を見ていると富裕層と貧困層の分断と対立が年々激化しているように思え、それと比べると日本も以前よりは収入格差が広がっているとはいえ、「奴らは別世界の人間だ」などと言う人はいません。
 なお松戸戦士こと千葉県北西部を出身とする自分にとって、木更津市をはじめ房総半島方面の千葉県民は別世界の住民だと考えています。はっきり言って仮想敵国の埼玉県民の方が自分らにまだ近いとすら思う(´・ω・)

 話を戻すと、清貧思想が強いゆえに日本では収入による社会の分断が抑えられていると思う節があるとともに、資産家や政治家の腐敗行為も抑えられているのではないかという気がします。やる奴はやりますが、それでも諸外国、特に中国と比べると権力者が自らの贅を尽くすために腐敗行為に手を染める人の数や比率は圧倒的に少ないし、また政治家をはじめ日本の権力者の多くはそれほど資産を蓄えておらず、能力はともかくクリーンなライフスタイルをしている人が多いです。
 これらは自然の結果というより、清貧思想があるゆえに当事者も贅をあまり求めない傾向があるとともに、市民をはじめとする社会の贅を尽くす行為への厳しい目というか監視が効いているおかげであるように思えます。

 この辺、繰り返しになりますが中国と比較すると本当に歴然です。中国は資産が増えたらそこで満足せずに「もっと欲しい!(; ・`д・´)」とほとんどの人が考え、さらなる利殖を追求します。でもって稼いだお金を日本人みたく貯金だけするのではなく、これでもかっていうくらいでかい家買ったり、無駄にラグジュアリーカー買ったり、わけのわかんない仏像とか買ったりと、欲望のままに自らの富裕を誇示してきます。社会主義国なのに……(´・ω・)
 もちろん中国の一般庶民も、「そんな無駄に使う金あるなら俺にくれよ(´・ω・)クレ」とばかりにこうした金持ちの贅を尽くす行為に反感を覚えたり眉をひそめますが、それでも日本と比べるとその反発ぶりは非常に小さい気がします。少なからず、「金持ってる奴がえらいんだ」という前提観念が中国人にはあるように見え、ひがむ暇あったら自分も稼げるよう努力しろ的な個人主義的価値観も影響している気がします。

 以上のようにつらつらと日本の清貧思想について書いてきましたが、冒頭にも書いた通りにバブル時代は日本近代史において例外的に贅を尽くす行為が社会で奨励されていた特殊な時代でした。ただ今現在においてこれらが悪趣味な文化として扱われているのを見ると、当時の日本人たちも内心、罪悪感を感じつつもそうした行為に明け暮れていたのではと思う節があります。
 江戸時代から続いてきた強固な価値観がほんの数年で一気に転換するとは思えず、やってた人たちも疑問を感じていたのではと、今現在の評価からみていて少し思います。まぁ当時バブルに乗れなかった層が現代で否定的に言っているだけかもしれませんが。

 オチを付けると、前述の通り日本の清貧思想は社会にとって有益な要素が強いように思え、贅を尽くしたいって人には若干申し訳ないですが、そうした行為はなるべく見えないところでやってもらい、日本全体としてはこの清貧思想を守っていく方がプラスだと私は考えています。

 最後に、ちょっと誰かは忘れましたが幕末か明治のころに来た外国人が日本人の暮らしぶりを見て、「彼らはお金をかけずに人生を楽しむ方法に長けている。我々は日本に文明をもたらしてやろうとやってきたが、果たして今の彼らのライフスタイルを壊すことが正しいのかわからなくなってきた」というコメントを残している人がいました。実際今のネットカルチャーを見ていても、余計なお金や資本をかけずに楽しむコンテンツをみんなで作って共有し合っており、この点はもっと日本人も自覚して誇ってもいい気がします。

2026年5月4日月曜日

ライトノベル作家の意外な正体(;゚Д゚)

 またすごい古い話となるのですが、今から約30年ほど前に「ブリザードプリンセス」シリーズというライトノベルを当時読んでいました。作者は矢神涼氏で、作品作家ともにWikipediaなんてものはないのですがAmazonに当時の本が中古品として出品されています。一体なぜ自分がこの本を手に取ったのかというと、特にさしたる動機もなくたまたま本屋で見かけて表紙が目に入ったことから1冊目を買い、その後も続巻が出るたびになんか惰性で購入して読んでました。

 シリーズを通してのあらすじを書くと、雪女の霊を生まれながらに宿して常人離れした体力を持つこととなった女子高生の主人公が、あれやこれやとトラブルに巻き込まれつつ解決していくという、如何にも90年代にありがちなライトノベルでした。またこの作品では作者自身が登場することもあり、「きょうと、「さがの……」というダイイングメッセージから京都市の嵯峨を訪れて捜査する主人公に対し、「嵯峨と嵯峨野は別々にあるんやで」と教える京都市内の医者として登場してきます。このくだりはなんか妙に印象に残り、自分が大学進学で京都に行ったときに「嵯峨と嵯峨野は違うんやな」などとこの本のことを思い出したりしていました。
 なおこの自分の作品にわざわざ自分を登場させる当たり、子供心に「出たがりなんやなぁ(´・ω・)」などと当時から思っていました。

 そんな30年くらい前の作品を何故急に言及するのかというと、先日ふと上記の嵯峨と嵯峨野のくだりを思い出し、「せや、あの作家はその後ほかに本出しとったんかなぁ」という点が気になり、検索をかけて調べてみたからです。割とライトノベル作家は一時期作品が売れてもその後フェードアウトして、行方知らずになることも多いからどうせ検索してもなんも出てこないだろうと大した期待もしていなかったのですが、想定外なことに作者名の「矢神涼」で調べたら一発でヒットしてきました。


 一目見て「(;゚Д゚)?」という気になりました。でもってリンク先のページを探っていったところ、この松本クリニックの院長である松本浩彦氏が、あの本の作者だったということがわかりました。小説内での立場同様、マジで医者やってたという事実にかなりビビったわけです。
 っていうかプロフィール欄を見るとそれ以外にも、

・2種免許を6つ所持する日本稀有の再生医療認定医
・大学時代は剣道三段の体育会主将
・同時期にジャズピアニストとしてプロ活動
・日本推理作家協会会員の小説家

 というお腹いっぱいになりそうな経歴載せているし、病院に金本来てるし、自分の想定以上に現在も活躍されていたという事実に二度びっくりさせられました。っていうか医者しながら小説書いてたのかよ(;´・ω・)
 といった具合で、行方知らずになっているだろうと思っていたら想定外な作家の正体に一人ビビる羽目となりました。にしても自分の作品内で本業としての姿で登場させているあたり、自分も将来小説を書くとしたら本業の松戸戦士として登場させなければならないのかと、妙なプレッシャーを覚えます。ちなみに一度でいいから松戸市の境界に立ってやって来る人に「やあ、ここは松戸の街だよ!」ってセリフを言ってみたいです。

上海の宝山寺


 昨夜たまたま地図を見てたら見つけたので、上海市内にある宝山寺に片道約30キロの道のりを自転車で走って行ってきました。


 
 ここは上海市内で唯一の唐風寺院とのことなのですが、実際見てみてほかの中国のお寺と違う印象がありました。この写真のように建物内装は基本的に漆塗りがベースで、余計な彩色が一切ありません。


 割と中国の寺院は柱や天井などに色塗る傾向があるのですがそういうのは一切なく、また境内のレイアウトもほかの寺院は奥へ奥へと細長いのに対し、宝山寺は横幅が広く正方形な敷地してました。

狙ったつもりじゃないが自分が撮影しているような形になってしまった

近くの道路から目立っていた唐風の塔


 上の写真のように境内両端を石畳の回廊が通っており、この辺は見ていて京都や奈良の寺っぽいなと感じました。ほかの中国のお寺にはこういう回廊は見ません。

真下からみた唐風の塔

敷地内には整備された庭園も




 こちらの猫は境内の中で寝ていたので撫でていたところ、起き上がって自分の靴の上に寝転んできました。しばらく撫でていましたが起きる気配なかったので、そっと足を移動させて去りました。


 その後、昼食を食べた後にスーパー銭湯に寄っていきましたが、運動後に風呂入って血圧上げたせいかまた頭痛起こして吐きそうになってました。片道30キロで往復60キロ程度だからそんな大した運動しているつもりないのですが。

2026年5月3日日曜日

ゲームレビュー:パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語


 結論から書くと、超面白かったです。ここ数年遊んだ中で最高の出来だと思えるアドベンチャーゲームで、興味ある人は迷わず遊ぶことをお勧めします。

 このパラノマサイトですが、シリーズ第1作目で前作に当たる「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」も当然遊んでおり、こちらも非常に楽しめたのですが、それが故に2作目のFile38を購入する際は実は結構悩んでいました。というのも前作が面白過ぎたので自分の中で勝手に期待値を上げてしまい、2作目をつまらなく感じてしまうのではないかと懸念してました。
 これは同じアドベンチャーの「AIソムニウムファイル」で起きた現象で、1作目が非常に気に入っていたため2作目もうきうきで買ったところ、「なんやこれ(# ゚Д゚)」と思うくら面白さを感じられず、めっちゃ買って後悔したことがありました。まぁ実際、ソムニウムファイルの2作目は続編物として失敗していたように思え、次の3作目で主人公を1作目のキャラに戻しているし。

 そんなわけでパラノマサイトも続編購入を悩んだものの、元々の定価が三千円以下と安く抑えられているし、ネットの評判見ると前作に負けない高いものであったため連休前に購入して休み入ってから遊び始めましたが、本当に前作に負けない面白いゲームで、一気にエンディングまで突き進みました。アドベンチャーゲームの肝心要となるシナリオはもちろん、デザイン、音楽、演出のあらゆる面でハイレベルであり、UIもよくできててプレイ中に不満を覚えることはありませんでした。最後の方の謎解きはやけに難しくて自分も攻略サイトに頼りましたが、途中の謎解きはカタルシスを得るのにちょうどいい塩梅でした。

 でもってシナリオに関してですが、「伊勢」、「人魚」、「平家」の脈絡のない三単語が見事に組み合わさって九鬼水軍など歴史事実を絡めながら重厚な内容に仕上げられており、バラバラだった要素が終盤に行くにつれて一気に統合されていく展開はマジ鳥肌ものでした。基本的に読み進めるだけで攻略できるのですが、展開の運び方がうまいもんだから推理小説を読んでいるような謎解きをなしたかのような満足感があります。
 キャラクターに関しては前作同様、複数いる各主要キャラにパートナーキャラが一人つくツーマンセル体制を維持しており、これが話の運びというかボケツッコミをよくしているように見えました。特に外国人作家とエクソシスト少女の組み合わせは前者が常にオーバーアクションで反応して後者がすぐツッコむ掛け合いが非常によく、前作同様顔芸が生きるキャラでした。

 ファミ通による製作者へのインタビューによると、続編ながら前作キャラクターは一人も続投させず、システムや世界観だけ流用する並行的な続編にしたそうですが、この措置は英断だったという気がします。前作を遊んだことのない人も入りやすいし、また設定の齟齬を意識しなくてもよく、特に東京都三重県と舞台が異なっていることからお互いに独立したシナリオにするのがやはり正解だったでしょう。
 まぁ前作の人気キャラである黒鈴ミヲの再登場に若干期待してはいたんですが……。

 これ以上書いてもほとんど蛇足にしかならないのでここで切りますが、いや本当に楽しめるアドベンチャーゲームを作ってくれたものだと感心しました。あと一つだけ付け加えると、アドベンチャーゲームにもはやおなじみの声優による音声がこの作品にはついていないのですが、逆にパラノマサイト遊んでみて、この手のゲームに音声ってかえって蛇足ではないかと思うようになってきました。
 やはり音声が入ってしまうとそのキャラクターの特徴が少し固められ、プレイヤーのイメージから外れてしまう可能性がある気がします。今作も全く目立たないキャラが実は重要キャラだったりすることもあり、そうした予断を防ぐ上でも音声なしの方が意外と正解だという気がしてきました。

2026年5月2日土曜日

自分の祖父、父が会った歴史人物

 連休二日目の今日のスケジュールは以下の通りでした。

・8時半:起床、その後ゲーム
・12時:昨夜作ったカレーを食べる
・13時:ゲーム
・14時:お昼寝
・17時:ゲーム
・19時:カレー、その後スタバ
・今に至る

 昼寝しすぎたせいか若干肩こりと頭痛がするのですが先ほどスタバで「松吉伝」という漫画を読んできました。この漫画は「風雲児たち」の作者のみなもと太郎がその祖父について書いた漫画で、その本によると祖父は甘粕正彦と憲兵時代に交友があり、甘粕が満州に連れてきた溥儀を最初に匿ったのもこの祖父だったなどということが書かれていました。それ以外にも面白い話がたくさん書かれていたので興味ある人は手に取ることを勧めます。

 これ読んで思ったこととして、「うちは児玉誉士夫くらいやな」という感想でした。これは何かというと、自分の祖父が直接会ったというか見たことのある歴史人物だからです。児玉誉士夫の来歴についてはここで細かく語りませんが、戦前に朝日新聞の駐在社員として祖父は今自分が住んでいる上海に来ており、ここで毎日中国人と麻雀売ったり、牛肉食べたりと楽しく過ごしていたそうです。
 そんな楽しい上海ライフを送っていた祖父が朝日新聞上海支局内で、「よく児玉誉士夫が来ていた」と話していたそうです。この時期、児玉は大陸浪人として自らの組織(児玉機関)と人脈を活用し、軍の請負を受けて中国国内での物資や人員の調達を請け負っていたとされるのですが、そんな人物が朝日新聞内をうろついていた当たり、当時の新聞社と軍の癒着ぶりが垣間見えます。

 残念ながら祖父は自分とあまり話をする間もなく亡くなっており、もしまだ存命なら現在の上海と比較を含め色々聞きたかったものの、父を通して聴いた話はこれくらいしかありません。でもってその父に関しては、何でもなんかの仕事で伊藤忠の役員をしていた瀬島龍三と話す機会があったそうです。その際に父は、

「終戦時とのソ連との密約の話は本当なのか?」

 という質問が喉まででかかったそうですが、さすがにこれ言うとマジギレさせるという懸念から飲み込み、当たり障りのない会話で終えたそうです。瀬島の死後も父は度々、「あの時聞かなかったことをいまだに惜しんでいる」とよく自分に言ってきますが、身内贔屓かもしれないけどこれは聞かなくて正解でしょう。記者や学者ならまだしも取引先としての立場なら、さすがに分を過ぎている。

 これ以外で自分の父と祖父があった歴史上の人物は特になく、私に至っては一人もいません。将来歴史に残りそうな人もおらず、歴史好きなのになんかそういう機会に恵まれません。私自身、子供の頃は歴史の教科書に載るような業績を作ってやろうと息巻いた時代もありましたが、最近は分をわかってか、あとむやみやたらに責任を負いたくない気持ちが強くなりそういった青雲の志も失いつつあります。どっかでこのブログが再評価されたりすればいいけど、まずそれはないだろうな。

2026年5月1日金曜日

苦しみから逃れようとするのが人の本質

 二ヶ月くらい前に何かの記事で読んだのですが、あるお坊さんが「人間はお腹がすくと食べ物を求め、お腹がいっぱいになって苦しくなると食べなくなる。このように人の行動は苦しみから逃れようとすることがすべての基本となっている」という法話が書かれてあり、なるほどなぁと深く納得しました。

 これまであまり仏教の苦に対する概念に気を払ってこなかったのですが、「四苦八苦」をはじめ、仏教にはこの手の苦に対する解釈が確かに多く、私はこの苦をどう克服するかという風に仏教は考えていると思っていました。
 ただ上の法話を読んだ後、そもそも釈迦が正式に布教を始める前のジャイナ教では苦行に耐えることを重要な修行としていたものの、釈迦は「苦行を積んだからと言って悟りを開けるわけじゃない」とこれを否定したと言います。このエピソードも改めて考えると、苦に対し「耐える」のではなく「避ける」という方針に根差しているかのように思え、ちょっと仏教の見方が変わってきました。

 さしたるオチもないですが、「将来の苦しみを避けるために今努力する」などという論法ならこの苦から逃れようとするのが人のあらゆる行動の本質という風に解釈できる気がします。逆を言えば、今努力しても将来の苦しみから逃れられない場合はどうなのか、この辺をなんか仏教に詳しい人いたら今度聞いてみようかと思います。