2026年5月28日木曜日

密かに評価しているロッキング・オン・ジャパンの情報流出対応

 本題と関係ないですが先日の上海の日本人切り付け事件の舞台となった日本食店が、ある予約サイトの調査で「接待に使いたい店」ランキングで1位になっていたのがなんか見ていて笑えました。皮肉か。

ロッキング・オン・ジャパン、元従業員が個人情報をUSBメモリで持ち出し 退職時に(ITmedia NEWS)

 話は本題ですが、あんまり話題になっていないですが上のニュースに昨日一際注目していました。事件内容を簡単に説明すると、音楽雑誌などを発行しているロッキング・オン・ジャパン社で先日、退職した従業員が持ち出しが禁止されている顧客情報などをUSBメモリに入れて持ち出していたそうです。
 これだけ聞くとよくある情報流出事件のように見えますが、注目すべきはその時系列です。件の従業員の退職日は3月19日に対し、この不正データ処理を同社が検知したのは3月19日と当日だったそうです。でもって翌営業日の3月23日には外部専門家と検証を行って容疑内容を確認し、3月26日には元従業員を詰めて同行為を認めさせるに至っています。その後、二次被害はないかの確認を経た上で今回の発表を行っていますが、その対応の速さには舌を巻くし、二次被害の有無も確認してのこの発表文はあらゆる方面でパーフェクトです。

 一見すると情報流出を起こしたというとマイナスな印象ですが、私に言わせればどんだけ対策しようがこういうものは起きるものであり、起きた後に果断に対応できるかの方が重要だと思います。そうした観点に立つと今回ROJの反応速度と元従業員をとっちめて被害を最小限にした対応は驚異的というべき迅速さであり、むしろ普段からサイバーセキュリティが徹底されてあると評価すべき内容であるように見えます。

 またこの手の情報流出事件というのは、起きたとしても「そんな事件はなかった、いいね」的に外部へ発表しない圧倒的に多いです。何気にこの業界には結構詳しく、えぐい事件起きているにもかかわらず内々で処理してあとからコンサル呼んで対策こくというのがお決まりのパターンです。今回のROJの事件は恐らく本人らもドヤ顔決めて自慢できるものだからこそ発表に至ったのではないかと思いますが、逆説的にこういう情報流出事件の発生をきちんと発表する会社というのはサイバーセキュリティ意識がしっかりしているという証左にもなると思います。少なくとも、何もこういう発表がない会社よりは私は信用します。

 言うまでもなくROJはIT関連企業というわけではないですが、ことサイバーセキュリティと情報管理に関しては大した実力と意識のある会社だと今回私は認知しました。こういう風に、事件というかインシデント発生を発表する会社をきちんと評価することが社会全体のサイバーセキュリティ向上につながると思え、そういう意味でぜひこの一件は紹介したいと思ったわけです。

2026年5月27日水曜日

最近の中国の景況感

高校生の命が奪われたのに、抗議船転覆から2週間ほぼ沈黙…元共産党員の"党・しんぶん赤旗"への強烈な違和感(プレジデント)

 ほんとこういう記事を見ていると社会主義系の政党やメディアが「子供の命が大事」というのは完全な方便で、本音では虫けら程度の命と思っているんだろうなと思います。漫画の「みいちゃんと山田さん」の影響からかこのところ露悪と偽善の議論が高まっていますが、私は子供のころから露悪主義で、本音を隠さないことこそが結果的に正しくなると思っており、偽善を気取るこいつらは昔から大嫌いです。
 にしても「人が亡くなっているんだぞ!」という記述を見るたびに、何故かカミーユが浮かんでくる。

 話は本題ですが、最近の中国の景況感は悪くないです。私の家の近くでも長らく放置されていた建物で再工事が行われ飲食店が新たに開いたり、同じく放置されていたビルも解体工事が進められています。ショッピングモールとかでも前よりは空きテナントが減り、街の明るさで言えば以前よりかなり良くなっています。一度閉店したビジネスホテルとかも、改修して再オープンしているし。
 そんな状況について中国人たちは、「どうせ一時的なもので、すぐ潰れるよ」と、何故か冷ややかな目で見ています。というより、以前は「今まできつかったけどこれからはきっとよくなるよ」と前向きだったのに、なんかここにきて急に後ろ向きになっています。でもって、その見方は私も同感だったりします。

 前述の通り、以前と比べると気温も上がってきていることもあってか街中の人通りも増えて、お店も増えて好調そうに見えますが、マクロ経済というかB2B方面は全く改善しておらず、特に高額の耐久消費財の売れ行きとかあまりよくない印象があります。何よりも不動産業界の不良債権に誰も手を付けようとせず、今も負債は拡大し続けていてどんどん手が付けられなくなってきており、今後破綻する不動産会社大手もまた出てくると思います。
 またイラン戦争の影響で原油価格は中国でもある程度上昇しており、これが中小製造業をかなり直撃していると聞きます。実際にB2B業界の会社にいる友人に話聞いてもそれは事実だと言われ、あまり報じられないものの中国の現場製造業は戦争の影響でかなり苦しいし、日本ほどナフサに困ってはいないが原料価格高騰は間違いなく影響していると言われました。

 冷静に考えれば簡単なことですが、日本国内の製造産業は既に大部分が海外に移転しており、王子と比べると既にかなりスカスカとなっており、原料が高騰しようがそもそも原料を使う人間や企業がもはやあんまいなくなっています。反対に製造大国となった中国はこれら原料をどかどか使うわけで、価格高騰のダメージがどっちがでかいと言ったら中国に決まっています。
 その中国も現在は国内市場が飽和しており、製造業はかなり輸出頼みな状況となっています。企業目線で立つと国内市場はもう伸びないから海外進出して海外で売り上げを伸ばすしかないのですが、なんかここにきて中国政府は資本の海外流出を懸念してか、海外送金とかを規制しようとするような動きを見せています。いいぞもっとやれと言いたくなりますが、中国は天邪鬼なので言わないようにしています。

 ぎゃに日本は本人らは築いていないでしょうが、かなり景気がいいように見えます。やはり人手不足で雇用が充足されていることが大きいのと、観光産業がぐんぐん伸びているのが何よりでしょう。もっとも観光産業は景気に左右されやすいため、今後も安泰とみるのはやや浮かれ過ぎだと思います。ただまだ成長余地があり、安価で長期滞在できるような体制をもっと強化することでこの弱点も克服できる気がします。
 ただ欲を言うと観光以外にもう一つ新興産業が欲しい所です。製造業はこの際捨てるべきだと思っているのでそれ以外で、あまり手あかのついていない産業がいいような気がします。

 なお農業に関しては今知り合いが以下の記事を書いてます。

2026年5月26日火曜日

巨人・阿部元監督逮捕騒動を見て

 なんか昨日はニュースが目白押しだったというか、日本、いや世界のコンビニの祖ともいうべき鈴木敏文の訃報に始まり、北海道の二件の若者による殺人事件の裁判開幕と一日中ニュース見ていて飽きませんでした。特に後者に関しては犯罪都市の地位を松戸から旭川が奪いつつある事件の代表格も含まれているのですが、なんでわざわざこの二件の事件の裁判を同日に開催したのかがちょっと勘繰ってしまいます。多分、北海道の記者はこのせいで両方の裁判をリアルタイムで追いかけなきゃいけないから、この1週間くらいはずっと大変なんじゃないかという気がします。

 なんていう感じで昨夜はロボステップの原稿書くのに注力してブログは書かず静観してましたが、そしたら夜中に「阿部監督逮捕」という見出しが入って来るじゃないですか。正直言って、最初見たときはフェイクニュースか何かか疑ったくらい衝撃的で、その後の報道で事実と分かるとえらいこっちゃと恐れおののいた次第でした。

 一夜明けた今日はより詳細がはっきりするとともに、本人の申し出もあって監督を辞任することが報じられました。この辞任への素早い判断は阿部氏、巨人ともに迅速であったと評価しており、どっかの伊東元市長に見せてやりたいくらいなのですが、さすがに逮捕まで行ったとなるとこの決断は仕方ないという気がします。仮にこれで留任したらよくない前例を作ることになるし、逆にここでスパっとやめたことで逮捕即退団という、将来の戒めを作ったと思えます。
 その逮捕に至るきっかけですが、現在最も議論されているように通報した阿部氏の娘さんも意図下に物だったようです。これは警察を含む関係者の証言が一致していることから信じられると判断していますが、私個人としては批判の対象は娘さんというより警察じゃないのかなという気がしています。

 さすがに常習的だったり、骨折など明確な怪我を負うほどの暴行だったら話は違いますが、少しひっぱたくくらいなら家庭内の教育の一環であるように思え、公権力が過剰に介入すべきじゃないかと思います。実際、過去にも少し叱っただけで親を困らせてやろうと子供が警察に過剰な内容で通報し、親が逮捕されるという事件も過去に起きていますが、家庭内への必要以上の介入は避けるべきだと思います。
 そんなこと言って及び腰だと本当の虐待事件を防げないという人もいるでしょうが、言うほど虐待と教育のボーダーはあいまいではなく、むしろ明確です。前述の通り骨折とまではいかずとも大きなあざや近所の評判を聞けば虐待かどうかはすぐわかるもので、少なくとも今回の阿部氏の事件ではその後の影響や騒動を考えるに逮捕するべきだったのかというと正直疑問です。そんな巨人をかばうつもりはありませんが、無駄に騒動をでかくして泣かずに済む多くの人たちを泣かしてしまったように見えます。そしてそのボーダーは、警察が逮捕するかしないかにあり、説諭でとどめておくのがベターだったんじゃないかと思うわけです。

 以上のような見方から、ややオーバーに児相に伝えたかもしれませんが娘さんを批判するべきではなく、むしろ逮捕まで持っていった警察の方こそ自分は批判の対象だと思います。大体、家に来たときは誰も逮捕しなかったくせに( ゚д゚)、ペッ

2026年5月24日日曜日

新海誠作品と細田守作品における二つのテーマの相性

新海誠と細田守の“作家性”はなぜ差が出た? オリジナルアニメ映画がSNS時代に直面する壁(リアルサウンド)

 ちょっと古いけど上の記事見て思ったことあったので、ほかに書くこともないのでこのネタで今日記事書きます。にしてもこの記事、何故かページタブに表示される見出しとページ内の見出しが違うんだけど、途中で変えたのだろうか?
 あと今日は雨なのでずっとスターレイルやっていたけど、クエスト多すぎて何時間もプレイしても全然メインストーリーが進まない。このテンポの悪さは明確にマイナス点だと思う。あと商業原稿書かずにずっとプレイしてたので、このブログ書いた後にまた書かなきゃ。

 話は本題に移りますが、上の記事では現代日本を代表するアニメ監督の新海誠氏と細田守氏についてその作品のテーマ性を比較しています。正直言ってその記事中の比較内容については「で、結局何が言いたいねんお前?」と言いたくなる程度でそんな勧められるものではないのですが、この二人が複数作品を通して堅持するテーマはそれぞれ二つあるという点には着目しました。
 具体的には、新海作品は「都市と田舎」、「すれ違い」に対し、細田作品は「リアルとバーチャル」、「家族」です。

 新海作品ではほぼ必ず都心と田舎のシーンが出てきて、その色遣いの鮮やかさもあって二つの風景の差を明確に表現しています。その上で主人公とヒロインのすれ違いというか、以前の作品の方が顕著ですが関係がうまくいかなかったり、「君の名は」では実時間のすれ違いを使ってたりなど、一貫してテーマとして使われ続けています。
 それに対し細田作品は一番はやはり「リアルとバーチャル」で、自分は見てないけどデジモンの作品とかでも顕著だったようですが現実世界と電脳世界を出して、「現実のようなバーチャル」と「嘘みたいな現実」をよく比較として出している気がします。その上で頑なに「家族」テーマも出し、家族は大事だというストーリーを展開して近年の作品ではかなり滑っています。

 この両氏がそれぞれ持つ二つのテーマですが、結論から言えば新海作品では相乗効果があるのに対し、細田作品ではそれが全くないような気がしました。都市と田舎ではそれぞれの生活意識や価値観は異なり、それこそ「すれ違い」というものが生じるというのもごく自然に受け取れますし、またそれをうまくストーリに組み込んでいると感じます。それに対しリアルとバーチャルが家族とどうつながっていくかと聞かれたらつながりようがないとしか言いようがなく、なんでこの二つのテーマを一つの作品の中でいつもやろうとすんのかなと疑問に思うほどです。
 特にスカーレットのダンスシーンは、見ていて共感羞恥覚えましたマジで。

 世間の評判を見ると、あと代表作の「サマーウォーズ」を見ると細田氏はどちらかというと「リアルとバーチャル」テーマの方が強いように思うのですが、近年の作品ではむしろ「家族」の方に肩入れする傾向があり、こっちの方は逆にそうでもないような感じします。まぁ「ケモナー」っていうテーマも、彼にの作品では共通してますがこれは今回は無視します。
 何が言いたいのかというと、分ければいいテーマを無理して一つの作品に突っ込むことで、ワサビと唐辛子を一緒に入れるかのように、作品としてよくない影響を自ら作り出しているのではという風に言いたいわけです。なんで寄りによってこの二つのテーマを頑なに入れようとするのか、もっといいテーマとか探してくればいいだろと思うのと、いっそこの二つのテーマを排除した作品もやってみたらという気すらします。

 「サマーウォーズ」がヒットした頃に出ていた記事をまだ覚えていますが、当時やたらと細田氏を持ち上げる記事が出ていたのに対し辛口の評論家が、「アニメ界は彼をポスト宮崎のように祭り上げて、名前だけで作品が売れるような環境にしたいだけ。彼の作品本質に迫る評価をみんなおざなりにしている」という風に書かれていました。この表現ははっきり言って私も同感で、個人的には「時をかける少女」は面白かったけど、「サマーウォーズ」については何が面白いのか、なんで売れたのかが全く分からない作品でした。海外の評価通りに、「謎に権力持ったババァが力技で騒動を解決する作品」というのが一番しっくりきますが、こうした批評を日本ではついぞ見ることありませんでした。

 一方、新海作品はかつてこそ「すれ違い」のテーマを男女の恋愛に据えていましたが、「すずめの戸締り」では親子間にもっていくなど、最初の記事のように時代によってうまくカスタマイズしている感があります。変えるもの、変えないものをうまく取捨選択できるというのは重要で、この辺でやっぱり彼の方が上手だったなというのが自分の印象です。

2026年5月22日金曜日

松戸(上本郷)七不思議(ΦωΦ)

 最近松戸ネタを全然書いてないし、パラノマサイトやった影響もあるでしょうが適当に「松戸七不思議」というものを捏造して記事書いて流行らせようかなということを思いつきました。ネタなんてないけど捏造すれば何とかなると思い、差し当たって以下のような風説を流行らせようかと企んでいました。

・松戸ダイエー跡地周辺を歩いているとどこかからか「Dマート……」というささやき声が聞こえてくる。
・キテミテマツド周辺を歩いているとどこかからか「伊勢丹……」といううめき声が聞こえてくる。
・松戸市内のどこかの地下で、プラモ屋の「わらそう」が今も密かに営業を続けている。

 なんていう風に妄想を働かせていて興が乗ってきたので先行研究はないかと検索かけたら、完全に想定外でした松戸には既に七不思議が存在していたことを今週初めて知りました。

上本郷の七不思議(松戸よみうり)

 正確には松戸というより北松戸駅周辺の上本郷での七不思議ですが、どれも江戸時代当たりの背景を感じさせるエピソードで、それなりに読ませられる内容が集められています。割とほかの地域でもよく見られますが人魚の肉を食べて不老不死となった八尾比丘尼も七不思議に入っています。
 なお「七不思議」、「人魚」が揃っているので、パラノマサイトの次の舞台として制作陣にプッシュしないといけないでしょう。

斬られ地蔵(さんたつ)

 個人的に上本郷七不思議の中で一番印象に残るのが上の斬られ地蔵の話です。内容を簡単に説明すると、ある祭りの日にやたら踊りの上手い見知らぬ男がいて周囲の注目をかっさらうので、酔った男が嫉妬もあって切りかかると突然煙のように消えたそうです。翌日、近所の地蔵に刀傷が入っており、あの男はこの地蔵だったのかとみんなびっくりしたというお話となっています。
 その地蔵はリンク先にあるように「斬られ地蔵」として今でも残っているそうで、刀傷というか修復痕もバッチリ残っているようです。もっとも私は踊りの上手かった男は地蔵の化身ではなく、身代わりの術を駆使する忍者で間違いないと考えていますが。

 何気に北松戸は将来住むかもしれないかと普段から色々中古マンションなどの物件情報を調べていますが、来月からしばらく日本にいるのでフィールドワークかねて歩いてみようかな。なお最近調べた感じだと取手の周辺はめちゃ価格下がっているとはっきり感じ、広い家でひきこもるにはいいかなとちょっと惹かれています。

2026年5月20日水曜日

上海の日本人切り付け被害事件について

 ぶっちゃけ詳細知らないし書くまでもないかと思うけど、一応上海に住んでるしほかに書くネタも松戸七不思議しかないので書くことにします。

 すでに大きく報じられているように、昨日上海市内の昼時に日本食店で日本人を含む数名が通り魔によって切り付けられたと報じられています。場所は浦東にある森ビルこと上海環球金融中心の中にある飲食店とのことで、私はこの店に直接訪れたことはないものの、上海市内にいくつか支店があってその前を何度か通ったことがあるため看板にははっきり見おぼえありました。
 幸いながら被害に遭われた方の命に別状はないとのことですが、病院で治療を受けるほどの怪我を負ったとされ大変心配されます。今日私の周りの日本人の間でもこの事件が話題になりましたが、やはりほかの地方都市ならまだしも上海でもこういう通り魔事件が起きるのかという感想が聞かれました。

 犯人に関しては高齢男性とされ精神疾患の経歴があるとされますが、日本人を狙ったかどうかについては言明されていません。まぁはっきり日本人を狙ってないと犯人が言うならそう発表されるわけで、何も動機について中国政府が発表しないということは、刃物を持って入口で暴れるわけでなく日本料理店を訪れているあたりも、日本人を狙った犯行である確率は高いと私は見ています。

 それで肝心の中国側の反応ですが、結論から言えばこの事件についてほとんどの中国メディアは沈黙しています。地元上海メディアの澎湃新聞なんかは報じていますが扱いは明らかに小さく、ぶっちゃけこの前のカルビーのモノクロ包装ニュースなんか大々的に各所が報じていたのと比べると、ニュース価値逆だろと言いたくなるような落差です。
 以前の蘇州での襲撃事件なんかは中国人女性が亡くなられたこともあってしばらく経ってからは大きく報じられましたが、今回の上海の事件はそれとは異なることから、今後も大きく報じられることはないでしょう。日本国内でのしょうもない中国人被害事件を中国は大々的に報じるのにね。

 ほかのメディアが書いていない話を書くと、マジな話、この数ヶ月間における上海のこうした通り魔対策は日に日に強化されています。かつてはいい加減だった地下鉄の荷物チェックが今年の1月くらいから急に厳しくなり、すり抜けようとする人がいたらマジで怒鳴って止めようとするなど、荷物チェック機を通過させるよう駅員が厳しく指導されているように見えます。また駅内や街中に立つ警官の数もなんか毎月増えているように見え、特に今週なんか「なんでこんな多いねん」と私が思うくらい増えていました。
 何が言いたいのかというと、今回日本人が被害を受けましたが、中国人が被害を受ける通り魔事件も見えないところで既に何度も発生しているんじゃないかということです。日本人被害の事件を報じないのだから、いわんや中国人被害の事件もという具合に、報じられていないだけで既に数多くの通り魔事件があちこちで起きており、そのため街中の警官動員数も増えているのではないかとはっきり疑っています。

 実際、中国の地方都市では車で突っ込むなどといった通り魔事件がいくつか確認されているものの、中国国内でそれら報道は完全に封じ込められています。だから尚更とばかりにこうした事件が見えないところで起きているという疑念も持つわけで、警官数の増加もそれを裏付けるものだと考えています。

 まぁ日本も人のこと言えないというか、尼崎なんかは死亡者が一人だけなら殺人事件は報じられないし、バラバラ殺人も月一ペースと聞くので、感覚の問題なのかもしれません。ただ今回の事件は比較的警備員もいる森ビルで起きたことから、恐らく今後はビル入口にX線の荷物チェック機を置くよう指示が飛んで、またゼロコロナの時みたくめんどくさい手間が増えていくのだろうなと予想しています。

2026年5月19日火曜日

社会の複雑化に伴う境界知能の顕現

あと少しIQが低ければ支援が受けられるのに…日本人の7人に1人が抱える「境界知能」という“見えない生きづらさ”(痛いニュース)

 以前に発達障害の大人について記事を書きましたが、これに深く関連してくるのが上のまとめ記事に書かれている境界知能です。境界知能というのは主にIQが健常者(100)と知的障碍者(約70)の間である80前後にある人で、健常者より劣るものの知的障碍者とは認定されないカテゴリです。知的障害とは認められないものの健常者に比べ知能が劣ることから社会での生活で本人が意識しないままトラブルを起こすことがあり、このカテゴリに入る人たちにも支援が必要ではないかと言われています。
 そもそも境界知能という言葉が一般にも広がるようになったのはごく最近で、自分の感覚では2018年くらいから段々と広がってきたような気がします。逆を言えばそれまでは「要領の悪い人間」としか見られず、本人らの能力以上に社会が高い要求を行い、どちらも損するような状況にあったと言われています。

 そんな境界知能について上の痛いニュースの記事を見たのですが、こうした境界知能の人たちにも知的障碍者向けの教育プログラムや社会のアファーマティブアクションが必要なのではといった内容が議論されています。全体としては否定的な声が多いように見え、現在の知的障碍者のラインのように、どっかで基準を区切らないと話が終わらない、知能の低い人向けに社会が合わせ続けることには限界があるなどという意見が見られ、私自身もこうした意見は否定できない気がします。
 ただそれを踏まえた上で言うと、知的障害のラインを少し引き上げるべきなのではないかと思います。具体的には80前後まで引き上げ、支援の対象範囲を広げるべきという考えです。何故こう考えるのかというと、社会がどんどん複雑化しており、かつては適応できた人でも現代では適応できなくなっているのではと思うからです。

 例えば就職一つとっても、昭和から平成初期にかけて就職した後に使い方を覚えなければならない危機と言えば、せいぜいコピー機、FAX、出勤カード機くらいだったでしょう。しかし現代ではパソコンや携帯電話をはじめ様々な電子機器の使い方を覚えなければならず、さらにはパソコン内のメールをはじめとするあらゆるソフトウェアの使用に、かつては技能とされたタイピングもマスターしなければなりません。またそれら機器周りのあらゆる情報管理も徹底しなければならないし、社内行為もハラスメントにならないよう気を配る必要があります。

 仕事だけでなく生活面でも、インターネットやアプリなどあらゆるツールに対する一定の使い方も把握していなければなりません。また契約も携帯電話をはじめ複雑なものが増えており、クレジットカードなども管理する項目は膨大に膨れ上がってきています。
 またこれはギャンブル中毒者に言えることですが、資金調達手段も増加しています。かつては街金の窓口でしか借りられなかったお金が、現在はネットを介してあちこちから借りられるようになり、賭け事にのめりこんだ場合に出来る借金額も増えやすいように思えます。

 以上のように、日本を含む世界の世の中は各種サービスや機器の発達によってどんどん複雑化しており、スマホなどによってアフター5以降も無限に働けるというか働かされるようになってきています。単純に言えば世の中が複雑化していて、社会で生きる人々に要求される水準や知識もうなぎ登りというか増大化していて、実際私も世の中の先進サービスに追いついていくのが段々辛いと感じてきました。ゲームだって、最近はネット接続がデフォで毎日ログイン要求されるし……。
 こうした状況を考えると、以前のもっと単純な世の中だったら境界知能であることが目立たなかったというか気にされずに生きられたのではと思うようになってきました。以前ならそこまで制度やシステムが複雑でなく、知識のアップデート頻度も少なく済んだだろうし、健常者より知能が劣ったとしても読み書きや計算がある程度できれば、周囲とそれほどトラブルを起こさずに暮らせていた気がします。言い換えるなら、社会が複雑化してきたからこそ境界知能者が目立つようになってしまったのではないかと言いたいわけです。

 なんかまとめ方が下手ですが、要するに社会の複雑化に伴い社会が大衆に求めるあらゆる水準が引きあがり、以前は問題なく暮らせていた人たちも知識などで追いつかなくなり、トラブルや問題が増えているのではないかということです。仮にそうだとしたら、社会の要求水準に合わせて従来の知的障碍者のラインを引き上げ、これまで対象外だった人も対象に入れて対策すべきでは二課と思うわけです。そうしたことが社会全体のプラスマイナスで言えばプラスに傾くのではないかと言いたいわけです。

 ちなみにこの要求水準の引き上げですが、意識している人はいないでしょうが漫画界でも同じことが起きていると思います。平成初期と比べて新人漫画家の画力は現代の方がはるかに高く、昔の漫画見ると「この絵で連載できたんだなぁ」と思ったりします。その分全体の品質が向上していて競争力も上がっているわけですが、こういった社会の高度化が今後も無限に進むとなると、なんかついていくのがおっくうに感じてきます。
 多分こういう感情がレトロゲーにはまる人たちを生んでるんだろうな。