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2026年9月14日月曜日

天津飯失踪事件

 書くネタがあんまないのにロボステップ向け記事も書いたりゲームもまだログインしてないというかなり切羽詰まった状況にあるので、今日は懐ゲーネタとしてファミコンの「ドラゴンボールZ 強襲サイヤ人」に関するある思い出を語ります。

 このゲームはドラゴンボールのRPGゲームとしては続編の「激神フリーザ」と並びシステムが程よく整備され、文句なしに名作と呼べるゲームでした。なお私はクリスマスに「激神フリーザ」を頼んでたのに親が間違えて「強襲サイヤ人」を買ってきてしまったため、しばらく「激神フリーザ」の方はしばらくお預け食らう羽目となりました。

 話を戻しますがこのゲームでは途中で悟飯とピッコロ、ヤムチャとクリリン、天津飯とチャオズの二人組でチームを組み、それぞれでピラフ一味と戦うステージに放り込まれます。難易度自体はそれほど凶悪ではないため普通にやれば問題なくクリアできるのですが、天津飯とチャオズのステージを勧めていたある日にゲームをコンテニューしたら、何故か天津飯がいなくなっていました。
 このゲームでは戦闘中に戦闘不能となったキャラは死亡扱いされ、シェンロンのイベントが起こるまでは使えなくなるシステムとなっていました。もしかしたらコンテニュー前に天津飯が戦闘で死亡していたことを子供だったので忘れていただけかもしれませんが、少なくとも当時の私の記憶ではコンテニュー時に「あれ何で、死んでなかったはずなのに!?」とめちゃくちゃ焦ったことしか覚えていません。

 さてこのステージ、言わなくてもわかるでしょうが二人一組で片方がなくなりゃまともに戦闘することすら厳しくなります。それ以前に天津飯とチャオズでは天津飯が絶対的な主力であり、彼無きチャオズではどうやってクリアすればいいんだよと思いたくなる状況です。
 しかしそこそこ話も進んでいる時期のため、また一からゲームをやりなおすとなると精神的にも来るものがあります。とはいえチャオズ一人ではどうしようもない。こんな厳しい状況に確か6歳くらいだったけど私は追い込まれていました。

 最終的に私が出した結論は、「チャオズを徹底的に鍛える」という、如何にも米国のマッシブ主義的な結論でした。チャオズ一人でもまだ勝てる相手とのエンカウントをひたすら狙って経験値を貯め続け、いつしか天津飯を超えるくらいの実力を身につけたチャオズを用いて見事そのステージのピラフ一味ボスを撃破することに成功しました。
 さらっと書いていますが当時かなり時間をかけて経験値稼ぎをしたのは覚えています。この頃から私は飽きっぽい癖になんか無駄なことにはやたら根気をもってやり続ける片鱗が見え隠れしていた気がします。

 そんな苦心を経て見事ストーリーを進めてサイヤ人との決戦前のシェンロン召喚イベントまでくることができました。このイベントでは悟空だけでなく途中で死んだキャラも復活すると聞いていたので天津飯もここで復活し、ようやくあの「ししんのけんきこうほう」も使えるなどとワクワク感でいっぱいでした。しかし……このイベント後に天津飯が入るべきだったキャラ枠にはなんかよくわかんないサイヤ人戦闘服を着た謎の敵キャラアイコンが入っていました。
 今思い返してもマジ意味わかんないですが、このゲームはバグが多いことも有名だったのと、まだ幼かったことから「こういうもんなんだろうな」と勝手に納得して、そのまま進めることにしました。ぶっちゃけ最終ステージのサイヤ人どもはチャオズの超能力で完封できるので途中よりも簡単だったし。

 なおそのわけわかんない敵キャラは確かちゃんと味方として使えた気がしましたが、強かったかどうかまでは覚えていません。

 この、負けたわけでもないのにある日突然天津飯が消え、シェンロンイベントの後に謎の敵キャラと入れ替わっていた失踪事件は未だに私の心の中で未解決事件として残っています。一体何故天津飯は消えたのか、そして何故敵キャラと入れ替わったのか、真実が明らかになる日は来るのでしょうか。

2026年9月10日木曜日

ロマサガ3のフルリメイク!

 一昨日は知人と飲み会があり、昨日はまた知人にテープ文字起こしを頼まれあんまゲームする時間がありませんでした。スターレイルでキャストリスがメインのシーンに差し掛かってたのに。
 なお文字起こしは今回初めてやってみましたが、タイピング早いから余裕と思っていたところ約50分の録音に対し5時間かかりました。文字数では13000字くらいいったのでそれでもほかの人よりは早い気はしますが、もうちょいタイム短くしてみたいものです。

 デモって話は本題ですが、前々から噂が出ていたロマサガ3についてついに今日フルリメイクが発表されたようです。

「ロマサガ3」フルリメイクが発表!(ガハろぐ)

 先にフルリメイクされたロマサガ2はスーファミ時代に遊んだ古参も新規も大絶賛する出来でセールスもよかったことから、今回の3もかねてよりリメイクの期待が寄せられていました。そこへきて先日ロマサガ3の新たな商標登録が報じられていたためとうとう来るのかと見守ってきましたが、来年2月の発売と想像以上に早いリリースでマジで予約しようかとちょっと自分も興奮してきました。
 なおロマサガ2のフルリメイクはまだ遊んでいませんが、これを機にまとめて買おうかなとも思っています。

 なんだかんだ言いつつ、ロマサガの2と3はかなりやりこみ、1に関してはミンストレルソングで5周くらいしました。ロマサガの良い所は仲間キャラや武器がたくさんあるので繰り返しプレイしやすい点だと思うのですが、2に関しては年代を継承していく関係から(主にルドン高原)ほかのシリーズと比べるとやや再プレイがしづらくありました。まぁ2は2でいいのですが。
 それに対し3は効率的にプレイすれば割と1周が短く、また2以上に最初からどこでも行ける自由度が高いため、実際にスーファミ時代に私もやりこみました。相変わらずラスボスが異常に強いのと、ほかのゲームの魔法に当たる術がクソ弱いのが不満でしたが、それでもプレイの仕方に幅があったのでかなり入れ込み、当時カレンダーも何故か購入するほどでした。なので2のフルリメイクを見た時も3だったら即買うのにと思っていました。

 あとこのフルリメイクが何故待ち遠しかったのかというと、3はほかのロマサガシリーズと比べても没要素が多いと言われていたからです。実際、ストーリーでキーとなるキャラに聖王がいますが、このキャラの性別が女性だと分かったのは発売から20年近く経過してからで、このほかにも裏設定があるキャラがかなり多く、リメイクでそこら辺のシナリオが補填されるだけでもかなり楽しみだったりします。なおYoutubeのコメント欄には、

「ついにあのキドラントの町長を美麗画面で叩きのめせるのか」
「逃さん……貴様だけは……」

 という書き込みもありました。

 また今回発表されたPVでは主人公キャラの声優も入っていますが、多分屈指の人気キャラであるエレンには女性声優の中でもいま一番の出世頭ともいえる長谷川育美氏が入っており、力入っているなと感じました。長谷川氏の演技は自分もうまいと思っているから主人公に選ぶとしたらやっぱりエレンかなと思っていたらカタリナ役が瀬戸麻沙美氏で、こっちの方が実は好みなだけにやっぱカタリナでやり逃げダイナミックし気合で髪伸ばすことになりそうです。

2026年9月3日木曜日

「みいちゃんと山田さん」のアニメ化を巡る物議についての意見

 なんか中国でも人気を得ているというアニメ放映中の「スーパーの裏でヤニ吸う二人」のタイトルを見るたびに、「スーパーの裏でカニ食う二人」という作品を出したら売れるのではという妙な期待を毎回抱きます。なんかセリフが極端に少ない作品になる気がするけど。

 話は本題ですが過去にこのブログでも何度か書いた「みいちゃんと山田さん」という作品についてですが、こちらアニメ化が発表されたところ障碍者を題材にした作品であるがゆえ議論となっており、障碍者団体からは知的障碍者に対する誤解を広げる可能性があると声明が出されるなど賛否両論が出ています。
 やや皮肉な言い方をすると、この作品は先日公開された最終話の結末があまり評判がよくなかったのですが、それ故にこうしたアニメ化に反対であったり懸念を示す声に抵抗するようなアニメ化を推すファンの声が若干少ないような気がします。もし結末がよければもうちょい肯定派も多かったように思うものの、締まりの悪さから「このままアニメ化されなくてもいいんじゃね(´・ω・)」的に反応する人も少なくない気がします。

 なお私自身もあの結末を面白いとは感じず、中盤までの目覚ましい表現力が何故こうなったと残念に感じました。ぶっちゃけ漫画太郎氏がやるようなオチで、ギャグマンガならともかくこの漫画のジャンルでやるオチじゃない気がします。「チェンソーマン」第二部もそうだったけど、最近結末が悪くてそれまでの作品全体の評価すら落としてしまう作品が多いです。

 話を戻しますが上記の通りみい山のアニメ化についてはやや否が多めの賛否両論となっていますが、結論から言えば自分はアニメ化すべきではという立場を採っています。何故この立場を採るのかというと、一に表現の自由、二に人を傷つけずして名作なしという観念があるからです。

 一つ一つ説明していくと、まずこの作品の否定派における最大の主張は知的障碍者に対する差別を助長するというものです。知的障碍者という機微なテーマ故に避けられない議論ではあるものの、仮にこの主張を通してしまうなら、周りに迷惑をかける知的障碍者のキャラクターは一切描けなくなる気がします。もちろん出てくる知的障碍者キャラ全員がトラブルを起こすような性格最悪なキャラクターに描かれているなら話は別ですが、すくなくともみい山では温厚な知的障碍者キャラも出ており、知的障碍者全員が社会にとって害をなす存在とまでは描いていません。
 加えて言うなら健常者であろうと知的障碍者であろうと、周りに迷惑をかけまくるトラブルメーカー的な人間は現実に存在します。そうした現実に存在するという事実がありながらそのようなキャラクターを描いてはならないとするのは現実を否定するような行為であるし、表現の自由も大きく制限してしまう価値観です。みい山をみて知的障碍者はみんなトラブルメーカーだと誤解する人が出てくるかもという人もいるかもしれませんが、そんな人間は何にだって誤解するでしょうし、いちいちそんなのに付き合っていたら何の創作も行えなくなります。

 仮に知的障碍者は社会にとって害悪で淘汰すべしみたいな主張を作品を通して出されていたら、私もアニメ化とかするのに反対の立場を採ります。しかしみい山はそこまでのレベルではなく、また実際に存在するレベルの人間像を描いているように見え、現実を描写することを否定するというのは上記の誤解を防ぐよりも危険なことのように見ます。アニメ化について望ましくないという意見を主張することは自由だし何も問題ないとは思いますが、絶対に放映してはならないといった差し止めを求める主張は逆に行きすぎであるように思います。

 第二の意見に話を移しますが、こちらに関しては誰か言う人が出てくるだろうと思ったものの誰も出てこなかったので言えば、さっき口に出した「チェンソーマン」作者が書いた「さよなら絵梨」に出てくる主張です。この作品で自作映画を公開して「傷ついた」、「むかついた」などと観衆から不評食らった主人公についてその父親が、

「創作って受け手が抱えている問題に踏み込んで笑わせたり泣かせたりするモンでしょ?作り手も傷つかないとフェアじゃないよね」

 というセリフを言いますが、これは本当に創作における肝といえる部分で「さよなら絵梨」においても核心的なテーマだと私は考えています。

 みい山についてその知的障碍者の描き方に不快感や傷ついたと感じることを理由にアニメ化に反対する声も見られますが、この点に関してはそれは違うように思います。上記のセリフのように創作で人の心を打つためにはそかなり深く踏み込まなければならず、人によっては作品に触れたことで傷つくと思うくらい心を抉る必要があります。逆に人の心を全く傷つけない無害な内容というのは基本駄作で、その後記憶にも全く残らないでしょう。ある意味で賛否両論となるのは、それだけその作品が優れている証拠でもあります。
 過去の名作と呼ばれる作品、それこそダンテの「神曲」なんか当時の宗教関係者からすれば腹立たしいことこの上ない内容だったでしょうが、だからこそ名作となっています。またドリフの番組も俗悪番組などと大人から言われましたが、現代において否定する人は逆にいなくなっています。

 前述の通り、みい山を見て面白いか以前にその描き方に「傷ついた」という人はそこそこいるようで、そうした人たちがさっきの「さよなら絵梨」のセリフのように作者を批判したりするのも自由だし、それもまた必要なことだと思います。しかし傷ついたことを理由にアニメ化差し止めを求めるというのはちょっと飛躍しすぎであるようにもみえるし、人を傷つけない作品ばかりを見て何が楽しいのかと私には思え、「人の心を傷つける作品」だからという理由でその作品を全否定してはならない気がします。
 もっとも、先日の小学館のマンガワン問題はさすがに別です。あれは明確な犯罪行為による被害者がいるにもかかわらず、その事実を隠したうえで被害者の意向を完全に無視し、社会的制裁からも回避しようとするような行為であり非難されて連載打ち切りとなったのも当然だと思っています。

 以上がみいやまアニメ化についての自分の大まかな意見で、いろいろ意見はあるし全く理解できないないわけではないものの、アニメ化を差し止めるほどの問題とまでは感じないため、アニメが売れるというのならアニメ化すればいいのではという風に考えています。ただ自分の中でもこの作品について否定的な見方がないわけでもなく、それは作者の亜月ねね氏の過去問題です。
 アニメ化否定論者の意見の中でも大きな部類に入ると思いますが、この漫画の作者は以前にツイッターで水商売万歳などといったやや過激な主張をしており、知的障碍者を差別しているという意見もこの時のツイッター漫画が主な槍玉となっています。私としてはこういう意見が出ても確かに仕方ないかもと思ってみていましたが、作者の意見もまた一つの意見だとみて、そこまで否定的には見ていませんでした。当初は。

 そしたら作者と編集部の方が上記の意見に怯んだか、過去のツイッター漫画で作者は作画だけしかしておらず、原作者は別にいるなどと責任回避ともとれる発表をしてきました。この主張はそれまでの発言とも整合性が取れておらず、はっきり言ってしまえば嘘としか思えない内容で、責任を回避するため咄嗟に言いつくろった虚言だと私は思っています。この発表を見て、どうしてこんな誰も信じるわけでもない虚言をここにきて弄すのか、また自分自身の過去を否定するというのはどういうことかと感じ、批判に耐える度胸がないというのなら目立たぬようアニメ化もやめたらどうだというような感情を覚えました。
 前述の通り知的障碍者の描き方について私はそこまで気にしませんでしたが、上記の作者と編集部の対応には呆れたというか根性のない連中だと思え、この点に関しては私もみい山について否定的に見ています。また「さよなら絵梨」のセリフを引用しますが、いい作品を描こうとしたら多少なりと観衆を傷つけることとなりますが、その傷つけた観衆から来る批判に耐えられないというのなら初めから創作なんてするなと言いたいです。

 最後にちょっとベクトル違うかもしれませんが、上記の通りみい山は作品そのものより作者の人間性に対する批判も大きい、っていうか多分こっちのが強いです。これを見ていて思ったのが漫画家の平野耕太氏で、彼の作品もよくアニメ化されていますが以前に平野氏はよく「江川達也が死刑にならねぇかな」といったことを平気で何度も口にしていましたが、アニメ化に際して彼の人間性を問う声は全く聴かれませんでした。なにゆえ(´・ω・)

2026年8月19日水曜日

中古ゲーム屋の今昔物語

 今日発売された「ブラック・ラグーン」の最新刊はいつもながら楽しめましたが、おまけ漫画のケモ子のインパクトが強すぎてそれしか覚えていません。っていうかなに、ケモミミ流行ってんのいま?

 話は本題ですが最近ネットでよく懐ゲー特集とか見ています。2000年ごろはファミコンソフトが懐ゲーと呼ばれていましたが今ではプレステのソフトもどれも20年以上前の作品となり、懐ゲーに分類されてよく特集されています。思えばちょうど自分の子供時代はゲーム技術が急発達した事態で、ドット絵からアニメーション、3Dとグラフィックがどんどん進化するとともに、ゲームデザインもそれまでになかった新たなジャンル、たとえば対戦格闘ゲームの草分けとなったスト2などが初めて世に出てくるなど、世代的にゲームの発達や開拓をリアルタイムで体験できたいい世代でした。

 そんな昔のゲームについて語るに外せないのが、地味に中古ゲーム屋です。先に現代の中古ゲーム屋について触れると、もはや絶滅危惧種でブックオフなど総合古物品販売店を除くと中古ゲームだけを取り扱う店はほぼないと言っていいでしょう。これは説明するまでもないですがゲームの販売方法がパッケージ販売からダウンロード販売が徐々に主流となり、中古品として出回るハード形態のソフトウェアが市場に前ほど出回らなくなったためだと断言できます。
 先日、ソニーが今後はソフトウェアのパッケージ販売をもうやめると発表したことから、恐らく今後中古ゲーム屋はますます減ることでしょう。ただゲームの制作販売会社にとっては非常に追い風になるとともに、ダウンロード販売でもしょっちゅうセールや価格改定が今では行われるようになっているので消費者にとってもプラスなんじゃないかという気がします。

 話を戻すと、ダウンロード販売なんて形式のなかった昔において中古ゲーム屋は小中学生が少ないお小遣いでゲームを買える唯一の手段でした。スーファミ時代なんか新品ソフトが1万円前後もしていただけに、中古ゲーム屋がなければ購入できるソフトは本当に限られていたことでしょう。また中古ゲーム屋にとっても、新品ゲームソフトがそれだけ高額であったことから利ザヤを得やすい価格設定を行うことができ、皮肉な言い方をすると中古ゲーム屋をのさばらせたのはゲーム価格高騰を許容した当時の任天堂だったと私は思います。サードパーティ製ソフトウェアに対し、当時の任天堂が取っていたマージン率はかなりえぐかったと聞くし。

 そのため、90年代においては本当に中古ゲーム専門店と言えるお店が各地にたくさんありました。私の近所でも山ほどあり、金のなかった小学生時代の私は各店舗を一つ一つ訪れては欲しいゲームソフトの価格を逐一比較して最安値の店を探すという、価格コムのようなことをよくやってました。また当時のゲーム屋では試遊台を設けていることもあり、ゲームセンターと違って金がなくても遊べることから夏休みでやることなく時間が余っている時なんかは無駄に入り浸っていました。
 比較的記憶に残っている試遊したゲームを挙げると、プレステで出たΖガンダムのゲームで、これは試遊で楽しかったからその後きちんと買って遊びました。このほか同じガンダムゲーなら「戦慄のブルー」をよく遊んでいたような。その影響からかガンダムブレイカー3では「先日のブルー」という機体名でブルー1号機使ってたな。

 そんな中古ゲーム屋に変化が起きだしたのは大体2000年前後だった気がします。この辺りからマジックザギャザリングや遊戯王などのカードゲームが普及するのに伴い、トレカも一緒に販売する店が増えていった気がします。店によっては鞍替えするようにトレカに注力するようになり、結果的にはトレカへの注力が遅れた中古ゲーム屋ほど早く潰れていった気がします。
 PS2辺りまではまだ中古ゲーム屋も元気してましたが、PS3の時代辺りから日本国内のゲーム市場の縮小が影響してかどんどん店が減るようになり、ダウンロード販売が一定のシェアを得るようになったPS4時代になるともはや冒頭にも書いたようにブックオフなどの総合古物販売店を除き中古ゲーム専門店は消え失せた気がします。トレカの店はまだ元気なの見ると、やはり2000年あたりから商売替えに踏み切ったかどうかが生き死にの分かれ目だったのかもしれません。

 実際、実家近くの中古ゲーム屋もほかの店と比べてトレカの取り扱いがやや遅く、2005年くらいからやり始めたもののもはや遅く、確か2013年に潰れました。家から近くて比較的安価だったためよく使ってましたが、PS3であのクソゲーとして名高い「機動戦士ガンダム戦記」を買ってからはとんと通わなくなってしまいました。
 まぁ通わなくなったのは中国に行ったからで、「機動戦士ガンダム戦記」が何か悪さしたわけじゃないですが。

 このほか中古ゲーム屋ときたら思い浮かぶのはワゴンセールで、箱や説明書がなくソフト本体のみで人気のないソフトはワゴンにひとまとめにして売られるのが常でした。一時期、大量に出荷されてモノ余りとなったロマサガ3もワゴンにびっしり敷き詰められていましたが、つまらなくて売れないゲームを「ワゴンゲー」と呼ぶなど、当時のワゴンには一種の呪いめいた雰囲気がありました。
 記憶している実際に購入したワゴンゲーでは「三国志3」があり、既に5も出ている時代だったので990円くらいで購入しましたが初めての三国志ゲーだったのでかなり遊び倒しました。確か新君主で初めて蘆江でスタートしてクリアまで行きましたが、まさか後年その近くの上海で暮らすことになるとは。

 このワゴンという言葉も、ただ聞いてないだけかもしれませんが一時期と比べるとめっきり耳にしなくなった気がします。ゲーム屋に限らず小売店ではワゴンセールという単語が使われますが、少なくともワゴンゲーという単語は今後消えゆく運命にある可能性が高く、文化の消失というものが今まさに目の前で起きている気がします。
 恐らく今後懐ゲーはコレクター向けの骨董品店みたいになり、小学生が少ない小遣いを手にしてやって来るお店ではなくなるだろうし、既にそうなっているのかもしれません。そう思うと、自分はまだそういうお店があった時代に子供時代を過ごせただけにまだ幸せだったのかもしれません。

 最後に急に思い出したけど、大学入って最初の夏休みにバイトでプレステ版の「真・女神転生1」を中古で購入し、面白かったから2もやろうとしたけど何故か買わずじまいでした。ただそのプレステ版の2はバグで有名だったので買わなくて正解でした。

2026年8月17日月曜日

「NHKスペシャル 硫黄島の白い旗」から続いた偶然

水木しげる「白い旗」を「NHKスペシャル」内でアニメ化 硫黄島の軍人を描く(コミックナタリー)

 昨夜NHKでは水木しげるの「白い旗」を基軸に、この作品でモデルとなった海軍士官らを追うドキュメンタリー番組が放映され、自分を含む全国の水木しげるファンはテレビの前で座視したことでしょう。まぁぶっちゃけていうと、放映日間違えてて8/17の今日に放映すると自分は勘違いしており、親父に呼ばれなきゃ見そびれていました。
 この番組についても語ってもいいのですが、この番組を見た後に何気なくネットの掲示板を見ていると、お盆だから祖父母などに聞いた戦争のことをみんなで語ろうというスレッドがあり、興味深く見ていました。その中で「あしたのジョー」でおなじみのちばてつや氏が現在、ビッグコミックで「ひねもすのたり日記」という漫画を連載しており、その中で現在の日々に織り交ぜながら満州から引き揚げてきたときの苦労話が書いてあるということを目にしました。

 実はこの時、DMMのセールで1万円以上購入すると15%オフになるというクーポンがあり、あらかじめ購入を予定していた本を全部足しても8000円くらいであと2000円くらい足りない状態にありました。上記の説明から「ひねもすのたり日記」に興味を持ち、試すのを兼ねて2巻までを購入リストに加えて無事1万円を突破したので、ほかの本と一緒に購入しました。
 でもって今日この漫画を読んでみたのですが、上記の説明の通りに老後の穏やかな日常に織り交ぜる形で満州での日々や、引き上げ後の子供時代の話がふんだんに盛り込まれていました。ただそれ以上に驚いたのは冒頭の話で、この連載を始めるのを年齢も年齢だからと渋っていたら、親族から「水木先生だって書いてるじゃん」といって、「わたしの日々」という漫画を手渡されるシーンが入っていました。このシーンを見てびっくりしたというか、実は「わたしの日々」も今回の購入リストに入っていました。

 「わたしの日々」は水木しげるの遺作と言っていい作品で、その最終回は便秘のところ看護婦に浣腸を刺されるところで終わるというのは前々から知っていました。しかしこれまでなんか購入するところには至らず、ほかの水木作品を優先して買っていたのですが、今回たまたままとめ買いの購入リストにあらかじめ入れており、期せずして「ひねもすのたり日記」と一緒に購入していました。
 なお「ひねもすのたり日記」は連載開始のいきさつを書いた次の回で、水木が亡くなった当時の心境についてちばてつや氏も漫画化しています。さいとたかをのパーティでの元気そうな姿から突然の訃報に驚くさまが描かれてあって、この時点でなんか「白い旗」から色々続くなと感じていました。

 その後も読み進めていくと、満州引き上げの直前にちば四兄弟の末弟が混乱の中で生まれたエピソードが書かれてあるのですが、これを見て、「あれ、もしかして七三太郎?」という言葉が口をつきました。
 七三太郎はちばてつや氏の末弟で、クレジットには出ていないもののちばてつや氏の作品の脚本に大きくかかわっていたとされています。またちばてつや氏以外の作品でも漫画原作者として活動し、こちらははっきりとそのペンネームがクレジットに乗っているのですが、実はそんな七三太郎作品も今回の購入リストに入っていました。

 その作品は「担ぎ屋どおも」で、自分が高校時代くらいに週刊誌で連載していたゴルフ漫画です。作画が「風のシルフィード」の本島幸久氏で、床屋とかで週刊誌を手にとっては読んでて印象に残っていたものの通しで読んだことは一度もなく、前から大人買いして読んでみたいなと思っていた作品でした。
 そのため今回の購入リストにあらかじめ入れていたのですが、マジで気づかなかったのですが長兄のちばてつや氏のエッセイ漫画と今回一緒に購入していました。若干こじつけめいていますが、なんか漫画つながりの偶然が昨日今日で異様に重なったことに自分もマジビビっています(;´・ω・)

2026年7月18日土曜日

ヒカルの碁の原画展


 今日は朝早くから池袋に行って、現在開催中のヒカルの碁の原画展に行ってきました。
 このヒカルの碁の原画展は昨年に全国各地で開かれておりその存在を知ってはいたのですが、開催期間中に日本に滞在しておらず行くことはありませんでした。そしたら今回自分が滞在しているこのタイミングでリバイバル開催といってまた池袋で開いていることを知り、それをヒカルの碁が大好きな友人の中国人に話したら「グッズのお使いお願いね(´・ω・)」と言ってきたので、こうして足を運ぶこととなりました。

 なお新松戸出身の友人にも「一緒に行こうぜ!(・∀・)」と誘っていたのですが、「俺はいい」と断られてしまったので、一人で行く羽目となりました(´;ω;`)ウッ…


 各原画はフラッシュなしなら撮影可ということでバンバン撮影してきたのですが、見ての通り写植を貼った後がそのまま残っているのが見ていてかなり新鮮でした。今だと漫画原稿はほとんどデジタル化されているので、こうした写植を貼る作業ももうほとんど行われていないのかもと思うとまた珍しく思えてきます。


 登場シーンは少ないのに一部で熱烈なファンの多かった三谷の姉ちゃんのシーンがあったので気づいたら撮影していました。今こうしてみても人気出そうなデザインと性格しています。


 会場には前の写真のシーンで出てくるインターネット碁で使われた端末の現物モデルが展示されていました。


 掲載版ではわからない絵の特殊効果の処理とかも原画だとこうして見られました。っていうかこの漫画、本当にキャラクターの描き方がどんどん変わっていくのも改めて見て取れます。


 上のベタのシーンも掲載版だと真っ黒ですが、原画だと上の写真のように濃淡が少し出ています。これも未だとPC上で一括処理だろうから、もう見られないのかも。


 改めて上の写真のコマを見ると、一本一本の線が本当にキレイに描かれていて思わず見入りました。なおこのキャラこと伊角さんは連載中の人気投票で1位も飾っただけあって、自作のデスノートの主役である夜神月と造形がかなり近いと指摘されています。それ知ってからは伊角さんが闇落ちして月になったように思えてきました。


 見開きのカラー画ですが、中央部は色が塗られていません。これは恐らく漫画で綴込みされる個所を考慮した処理なのではないかと思うのですが、こういうのも初めて見たので結構新鮮でした。

多分この作品で一番の名シーン

連載終了以降に描かれたと思われるカラー画もたくさんありました

 最初は30分くらいでさっと見終わるかなと思いましたが、出てきたときには1時間経っていました。元々作画力では現役作家の中でもトップクラスといわれる小畑健氏なだけにやはり見ていてその一つ一つの線に見入ったほか、連載開始から終わりまでの原画がダイジェストで並べられていて当時の思い出も色々浮かんできたことから、意外なほど時間かけてみていました。

 なおグッズ販売コーナーは撮影禁止なため写真は一切ないのですが、よくあるアクリルスタンドとかならともかく、それ以外にもこの原画展のためだけに作られたと思うグッズが大量に用意されていて、どれも値段がかなりえぐかったです。公式サイトにそれらグッズと値段が描かれていますが、友人に頼まれた日めくりカレンダーも2200円と入場料と同じ分だけ取ってきます。
 ちなみに会場で中国語を話す女の子二人組がいたので話しかけたら、やっぱり中国からわざわざ見に来たと言っていました。その二人組に自分は無駄に「俺も、天津の友人にお使い頼まれてきたんだよσ(゚∀゚ )我」とよくわからない自己紹介しました。

会場のある池袋サンシャインシティ

 たまたまでしたがこの日同じ展示会場で漫画雑誌アフタヌーンの展示会も今日からスタートしていました。原画展を出てきた直後が開場直前だったのですがそこそこ行列出来てて、さっきのグッズストアを見ていても思ったのですが、この手の作品ファンというのはかなり根強いし金払いも凄いなという気がします。

サンシャインシティ前

 あと普段自分は東京を出歩かない、っていうか日本にいないので今まで知りませんでしたが、このサンシャインシティ周辺は上の写真のようにちいかわ専門店やアニメイトの大型店などサブ関連ショップがやたら多く立ち並んでいて、この手の中心地なんだなという印象を覚えました。
 また1月に渋谷を歩いていますが、やっぱ渋谷と比べると池袋は歩きやすいというか街が整備されているように思え、駅前にヨドバシ出来てそこそこ客は言っている点からも、池袋の方が将来性も高いのではないかという気がしてきました。っていうか渋谷が再開発でいろいろこけてると聞くし、自分自身もあんま寄り付きたくない街です。

 そんなわけで今日この日はヒカルの碁原画展、新松戸まつり、イオンスタイル新松戸店と三つも一気に回る忙しい日でした。普段在宅ワークで家から一歩も出ない生活してたので、今日家帰った後は疲れて昼寝してました。まぁ上海でも土曜は毎週昼寝してるけど( ˘ω˘)スヤァ

2026年7月16日木曜日

漫画レビュー:ミライライフライ(未来来不来)


 何かと話題のヤニ猫ですが、場面場面で見ていると切羽詰まったヤニ中とかヤク中の声優の演技がやたらうまいように思えて不思議と何度も同じ場面を見ています。でもってなんか中国でも流行ってるみたいな噂きいたので中国人の友人に周りで見ている人いるかと聞いたら、

「ヤニ猫は聞かないけど、スーパーの裏でヤニ吸う二人は流行ってるって聞くな(´・ω・)」

 と、何故か煙草つながりな別作品を上げてきたのでちょっと驚きました。まぁでもどっちの作品も中国で流行りそうな感じは自分も思います。

ミライライフライ(アフタヌーン公式)

 それで本題ですが、先日セールをしていたのとちょっと気になる絵柄していたので上記「ミライライフライ」という漫画を買って読んでみました。あらすじを簡単に説明すると、中国最高学府の北京大と清華大が合体したような北清大の学生たちの、不況でまともなところに就職できない事情を描いた漫画です。作者も中国人ということなので、かなりディープな中国ネタが多いです。

 最初に言っておくと漫画としては非常に拙いです。コマの動きでうまく説明できないためかセリフ量が非常に多く、単純に漫画的表現力が足りていません。自分も最初は単純に読みづらいと思ったほどでした。
 ただ作画は非常に精密というか、推薦している「無限の住人」の沙村広明氏のような細い線をいくつも重ねたような独特な絵柄を持っています。作画時間とかめちゃかかりそうだけど、この画風で連載続けてるようです。

 この漫画で描かれているように、マジで今の中国は就職難もひどい所で、漫画にも描かれていますが一時期はウーパーのような食品宅配サービスを行うバイク配達人に有名大学の学生がこぞって集まったほどです。ただこれまた漫画でも描かれているように、そのバイク配達人の給与もこのところ下がってきており、これまで以上に大卒の若者は追い詰められていると聞きます。
 こうした内容は中国ではほとんど報じられません。全くないわけじゃないですがやはり中国政府もあまり報じてもらいたくないようで、どちらかというと個人同士の伝聞で漏れ聞こえる程度です。それだけに報道をすっ飛ばしてこうした中国の若者事情を漫画化する試みには驚くとともに、中国人ならどう描くのかという点で興味を持っています。

 ただ上記の中国ではあまり報じられないという点ですが、これはあながち中国に限らないのかもと思うところがあります。というのも日本でも就職氷河期絶頂期だった00年前後、大卒の就職がないとは報じられていたものの、実際の衆力先のない若者の悲惨さに迫った報道はあまり多くなかったと思います。むしろ数十年経った現代の方が就職氷河期世代特集として、当時若者だった人があの時の苦労を語る場面を多く見るようになり、当時よりも今の方が報道が充実しているのではないかと思う節すらあります。
 そういった背景もあるためこの漫画(なお中国語名は「未来来不来」で「未来は来るの?」という意味)を読んでて、就職氷河期の日本の若者もこういう状況だったのかなどと言った気持ちが芽生えてきます。幸い自分は就職氷河期とリーマンショックの間の好況期に当たって無事に新卒で就職できましたが、やはり人生のスタートでつまづくとかなり精神に来ていたと思うだけに、改めて当時の若者だった人たちに強い同情を覚えます。そうした気持ちを芽生えさせただけでもこの漫画は読む価値がありました。

2026年6月11日木曜日

中国製ゲームを1ヶ月ほどやってみて(崩壊スターレイル)

 以前にも記事を書いていますが先月からミホヨの「崩壊スターレイル」を遊んでいます。ソシャゲ業界を制したこの会社のゲームということもありますが、前々から興味を持って市場調査を兼ねて遊んでみましたが、正直言うとこのまま継続すべきか悩んでいます。決してつまらないというわけじゃないですが、死ぬほどはまるかと言ったらそれほどでもなく、若干プレイを強制されているような面倒くささを感じるところがあり、やや重荷になっています。
 そこで今回は、1ヶ月ほど遊んでみた感想を書いていきます。

・キャラデザ、グラフィックはいい
 まず感じた特徴としては、遊ぶ前から感じていましたが各キャラクターのデザイン子と造形は間違いなくいいです。どのキャラも個性よく、また衣装に関してもよく考えて作られているなと感じ、キャラだけでなく背景も非常に書き込まれてあってこの点は文句なしに太鼓判を推せます。

・BGMは三流
 逆に、最も目立った欠点はBGMです。音源なんかはちゃんと高級で品質いい奴使っていますが、肝心の曲はどうしようもないです。どれも悪い曲というわけではないのですが、プレイ中に記憶や印象に残る曲が一切なく、この点で言えばゲームボーイで出ていた「ナイトガンダム ラクロアンヒーローズ」の方がまだ記憶に残っています。めちゃ懐かしい。
 なんで記憶に凝らないのかは明白で、まず曲数が無駄に多いと思います。サガフロ2なんかでも提唱されていますが、ゲームBGMは多ければ多いほどいいというわけではなく、むしろ場面場面で同じ曲を何度も聞かせる方がプレイヤーの記憶にも残っていいように思えます。そうした繰り返して同じ曲を聴く場面がスターレイルには少なく、戦闘曲も同じステージで複数あるというのは正直疑問でした。
 またどの曲も雰囲気に合ってないように思えました。ボスとの戦闘が近づく中でもあまり切迫感のないBGMが流れたりと、場面にあっていないため記憶にも残らず、この点は誰が何と言おうがこのゲームの最大の欠点であると私は言い切ります。

・世界観の説明が下手
 このゲーム、銀河鉄道999よろしくいろんな星を回るために世界観もそれぞれの星ごとに異なります。ある星では中国風な世界が広がれば別の星では西欧ファンタジー風な世界になっていてあまり世界観が統一されていないのですが、これはこれで多くの世界観を体験できるので欠点だとは思いません。
 問題なのは各星に入る際にその星や住人の特徴を、導入部でうまく語れないという点です。例えばさっきの中国風な世界では住人は千年くらい生きたりと長寿なのですが、その星で大分話が進んでからこの事実がわかるようになっており、それまで途中途中でかみ合わない会話を見せられたりします。その世界観に没入できるよう導入部でうまく認識を合わせないといけないのに、この点のストーリーテーリングは相変わらずというか下手なんだなぁという印象を覚えました。話のオチも大体まとまってないし。

・クエストが多すぎる
 このゲームではメインストーリーを進める傍らでお使いなどの小さなイベントことクエストをこなしていくのですが、このクエスト数が無駄に多すぎて、いちいち処理していたらメインストーリーがなかなか進まないとかざらです。一つメインストーリーを進めたらたくさんのミニクエストが発生するため、自分の感覚ではこのミニクエストを処理してメインストーリーを進めるまで毎回3日間くらいかかる気がします。
 でもってその肝心のミニクエストもあまり面白くなかったりします。中には登場キャラクターを掘り下げるようなイベントストーリーとなっていてこれらはまだ価値があるものの、中にはしょうもない内容のイベントを延々と見させられ、セリフ読むの嫌だから連打し続けてクリアするのも少なくありません。もう少し数を絞るかわりにもっと内容を練ればいいのにと思えます。

・戦闘は面白い
 このゲームのジャンルはRPGで4人パーティとなっており、ストーリー進行で使えるようになるキャラのほか、ガチャで引き当てたキャラクターを編成して戦えるようになっています。でもって戦闘では各キャラクターの役割がはっきりしているというか、アタッカー、タンク、回復、サポートなどそれぞれに特化したキャラをバランスよく編成する方が有利となっており、またキャラごとに特殊能力が異なっていてそれぞれに好相性のキャラが存在していてそれらを考慮して編成するのは楽しいです。
 ちなみに自分は比較的序盤にゼーレというキャラを引き、どの戦闘でも目が回らないのと言いたくなるくらいこのキャラがクルクル回りながら敵をなぎ倒していってくれます。何気に声優が中原麻衣氏で、ユグドラユニオンとか思い出しながら必殺技のセリフを聞いています。

・男性キャラに魅力がない
 これはほかの中国系コンテンツでも同様ですが、女性キャラはまだ個性ある一方、男性キャラは基本的にどれも細面の耽美系、言い換えるとBL系なキャラばかりで個性が薄いです。FFでもそうですがイケメンだけ揃えても逆にダメになってしまうというか、三枚目やごつい系などいろんな男性キャラが揃ってイケメンもイケメンとして価値を持つ気がします。それでいて、三枚目キャラであっても描き方によっては十分に魅力を持つというのに、あいにくこのゲームではそういうキャラが出てきません。
 具体的にはドラクエのハッサンみたく、人を見たらすぐせいけんづきするようなキャラとかが致命的に足りていません。逆を言えばこういうハッサンやヤンガスを登場させて人気キャラにさせるあたり、ドラクエはこの辺よくできている気がします。ハッサンもテリーより人気ありそうだし。

・戦闘演出は見事
 先ほど戦闘は面白いと書きましたが、戦闘時の各キャラクターの攻撃演出は見事というよりほかないです。カメラワークやエフェクトの使い方がよく、この辺の魅せ方はむしろ日系メーカーも見習うべきだと思います。

 以上、ポイントごとに自分の感想を書いていきましたが、中国のゲームユーザーはグラフィックと戦闘にこだわるとかねてから聞いており、実際この二方面に関してスターレイルはよくできているなと感じます。逆を言えばそれ以外のところは物足りなく感じ、女性キャラのデザインこそかなりよくなっているものの、まだまだおざなりな点が多いなという感じです。
 プレイの快適性に関してはUIはいいものの前述の通り膨大なクエスト量には辟易するよりほかなく、同じく大量のクエストがゲーム内で用意されている「龍が如く」と比べると、あっちはどのクエストも楽しみながらこなせていただけに、スターレイルのクエストの徒労感はやっぱ大きく感じてしまいます。プレイ時間稼ぐためとはいえ、逆効果なんじゃないかなぁ。とりあえずもう少し続けるつもりですが、何か気になるほかのゲームができたら一気にやらなくなるような気がします。

2026年5月24日日曜日

新海誠作品と細田守作品における二つのテーマの相性

新海誠と細田守の“作家性”はなぜ差が出た? オリジナルアニメ映画がSNS時代に直面する壁(リアルサウンド)

 ちょっと古いけど上の記事見て思ったことあったので、ほかに書くこともないのでこのネタで今日記事書きます。にしてもこの記事、何故かページタブに表示される見出しとページ内の見出しが違うんだけど、途中で変えたのだろうか?
 あと今日は雨なのでずっとスターレイルやっていたけど、クエスト多すぎて何時間もプレイしても全然メインストーリーが進まない。このテンポの悪さは明確にマイナス点だと思う。あと商業原稿書かずにずっとプレイしてたので、このブログ書いた後にまた書かなきゃ。

 話は本題に移りますが、上の記事では現代日本を代表するアニメ監督の新海誠氏と細田守氏についてその作品のテーマ性を比較しています。正直言ってその記事中の比較内容については「で、結局何が言いたいねんお前?」と言いたくなる程度でそんな勧められるものではないのですが、この二人が複数作品を通して堅持するテーマはそれぞれ二つあるという点には着目しました。
 具体的には、新海作品は「都市と田舎」、「すれ違い」に対し、細田作品は「リアルとバーチャル」、「家族」です。

 新海作品ではほぼ必ず都心と田舎のシーンが出てきて、その色遣いの鮮やかさもあって二つの風景の差を明確に表現しています。その上で主人公とヒロインのすれ違いというか、以前の作品の方が顕著ですが関係がうまくいかなかったり、「君の名は」では実時間のすれ違いを使ってたりなど、一貫してテーマとして使われ続けています。
 それに対し細田作品は一番はやはり「リアルとバーチャル」で、自分は見てないけどデジモンの作品とかでも顕著だったようですが現実世界と電脳世界を出して、「現実のようなバーチャル」と「嘘みたいな現実」をよく比較として出している気がします。その上で頑なに「家族」テーマも出し、家族は大事だというストーリーを展開して近年の作品ではかなり滑っています。

 この両氏がそれぞれ持つ二つのテーマですが、結論から言えば新海作品では相乗効果があるのに対し、細田作品ではそれが全くないような気がしました。都市と田舎ではそれぞれの生活意識や価値観は異なり、それこそ「すれ違い」というものが生じるというのもごく自然に受け取れますし、またそれをうまくストーリに組み込んでいると感じます。それに対しリアルとバーチャルが家族とどうつながっていくかと聞かれたらつながりようがないとしか言いようがなく、なんでこの二つのテーマを一つの作品の中でいつもやろうとすんのかなと疑問に思うほどです。
 特にスカーレットのダンスシーンは、見ていて共感羞恥覚えましたマジで。

 世間の評判を見ると、あと代表作の「サマーウォーズ」を見ると細田氏はどちらかというと「リアルとバーチャル」テーマの方が強いように思うのですが、近年の作品ではむしろ「家族」の方に肩入れする傾向があり、こっちの方は逆にそうでもないような感じします。まぁ「ケモナー」っていうテーマも、彼にの作品では共通してますがこれは今回は無視します。
 何が言いたいのかというと、分ければいいテーマを無理して一つの作品に突っ込むことで、ワサビと唐辛子を一緒に入れるかのように、作品としてよくない影響を自ら作り出しているのではという風に言いたいわけです。なんで寄りによってこの二つのテーマを頑なに入れようとするのか、もっといいテーマとか探してくればいいだろと思うのと、いっそこの二つのテーマを排除した作品もやってみたらという気すらします。

 「サマーウォーズ」がヒットした頃に出ていた記事をまだ覚えていますが、当時やたらと細田氏を持ち上げる記事が出ていたのに対し辛口の評論家が、「アニメ界は彼をポスト宮崎のように祭り上げて、名前だけで作品が売れるような環境にしたいだけ。彼の作品本質に迫る評価をみんなおざなりにしている」という風に書かれていました。この表現ははっきり言って私も同感で、個人的には「時をかける少女」は面白かったけど、「サマーウォーズ」については何が面白いのか、なんで売れたのかが全く分からない作品でした。海外の評価通りに、「謎に権力持ったババァが力技で騒動を解決する作品」というのが一番しっくりきますが、こうした批評を日本ではついぞ見ることありませんでした。

 一方、新海作品はかつてこそ「すれ違い」のテーマを男女の恋愛に据えていましたが、「すずめの戸締り」では親子間にもっていくなど、最初の記事のように時代によってうまくカスタマイズしている感があります。変えるもの、変えないものをうまく取捨選択できるというのは重要で、この辺でやっぱり彼の方が上手だったなというのが自分の印象です。

2026年5月17日日曜日

自分の人生を変えたマンガ




 なんか楽プラのAE86ことハチロクのプラモでこの赤色だけいつも使ってるプラモ屋でずっと売れ残っていたので、自分が引き取ることとしました。決して作りたくて買ったわけじゃないんだからね。
 作ってみた感触としてはあまり推薦できないキットだったというか、明らかにパーツの整合性が悪く、特に車体左側の穴がやたら嵌め込みづらく万力のような力を駆使せざるを得ませんでした。またほかのキットと異なりシャシーとキャビンを直接接合させるわけではなく、フロントバンパーとリアバンパーを使って嵌め込むようになっていますがこれがまた具合が悪く、両バンパーもきちんとはまんないし、なんでシャシーとキャビンをくっつけなかったのか理解に苦しみました。

 話は本題ですが仮に自分の人生に深く影響を与えたマンガを選ぶとしたらやはり、横山光輝の三国志が真っ先に自分の中で挙がってきます。何度もこのブログに書いていますが小学生の頃、ゴミ捨て場で捨てられていた三国志1巻を手に取ったことがきっかけで中国史、ひいては中国に興味を持ち、その後中国語を学んでこうして中国で働き続けることとなりました。マジで三国志がなければ中国に係わることはなく、自分の人生は一介の松戸戦士として終わっていたことでしょう。

 そんな三国志に次ぐ影響を与えた漫画はほかにないかと考えた際、すぐ浮かんできたのは何を隠そう頭文字Dでした。頭文字Dは言うまでもなく冒頭のハチロクを主役車種に選んだ日本のカーレース漫画の金字塔で、現在の世界各国におけるJDM人気を作ったほか、各方面の日系自動車業界やファンに影響を与えたとされ、連載開始時期から30年以上経っているにもかかわらず未だその人気に衰えは見えません。
 私自身も大体ステージ4が放映されていた当たりにたまたまステージ1のアニメを見たことがきっかけではまったのですが、実はこの頭文字Dに触れるまで、自動車に対して一切何の興味もありませんでした。それどころか車に金をかける行為自体が無駄だと考え、スポーツカーとか買う奴は頭おかしいのではないかと本気で信じていました。

 しかし頭文字Dにはまってからは自動車の名前も覚えるようになり、またその性能や動力方式なども徐々に学ぶようになって、作品への興味から自動車に関する知識がどんどんと深まっていきました。これが活躍したのが記者時代で、自動車関連の記事を書くにあたってこうした知識が大いに役立ち、あんま自動車に関する興味が高くなかった職場仲間からも実際に高く評価してもらいました。また記者を辞めた後も、やはり自動車産業は日本の主力産業ということから、外部の人間と関わる際に自動車関連知識があると話しやすく、後輩にも頭文字D見るよう指導していました。

 ただ頭文字Dの影響は車にとどまりませんでした。というのもある日インプレッサのボンネットにあるでかい空気穴について気になり調べたところ、こうした空気穴はエアインテークと呼ばれ、自動車よりも航空機の方が性能への影響がでかいということを知りました。実際、エアインテークは空力性能、動力性能を直接作用し、機体によってほぼ確実に異なっていてエアインテークだけで機種を判別できたりします。
 この記述を見てからやけに航空機が気になるようになり、たまたま職場にプラモに詳しい同僚がいたためにその人から話を聞いて上海のプラモ屋を尋ね、F-16のプラモを作ったことが今のプラモ生活の始まりだったりします。このおかげでプラモ技術というか手先の器用さを身に着けただけでなく、ミリタリー分野全般に興味を持つようになってこの方面の知識も蓄えるようになり、世界観がかなり広がった気がします。

 以上のように、頭文字Dがきっかけで自動車、ミリタリー(特に航空機)への知識を大きく広げることができました。また戦闘機などの形状の違いにも意識が向くようになり、工業デザインへの関心と造詣も深まり、この辺の感覚も頭文字Dの影響がなかった目覚めることがなかった気がします。
 私の中で頭文字Dは名作だとは思うもの決して順位がトップランクの漫画というわけではなく、弐瓶勉氏の「BLAME」などと比べるとその評価は下がるのですが、こと自分の趣味や知識範囲、そして仕事への応用に対する影響度で考えると、マジで三国志に次ぐほど強い影響を与えた漫画だということに、ハチロク作りながらなんか気が付きました。マジで頭文字Dがなければ、自分の趣味は、歴史、政治、茶碗、相撲、自転車にとどまっていたでしょう。これでも十分広い気がするが(;´・ω・)

2026年5月14日木曜日

ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について

 相変わらず「崩壊スターレイル」やっていますが、なんかプレイしていてやたら目が痛くなります。俺だけ?σ(゚Д゚;)
 それで本題ですがコメント欄に問い合わせ来たので、ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について今日は紹介、解説します。

 まずガンダムの中国語は「高達(ガオタァ)」に統一されており「〇〇ガンダム」ときたら間違いなく「〇〇高達」と表記されます。ただその詳細な機体名に関しては大まかに意訳と音訳に分かれており、前者は文字通り元々の日本語表記の意味に近い漢字が発音を無視して当てはめられます。後者については日本国内の「武者頑駄無」のように、意味よりも発音に合わせて漢字を当てはめる訳し方で、この意訳と音訳が入り混じって各機体名が中国語表記されています。
 そもそも論でいうと、同じ機体でも中国語表記が異なるというか複数あることも珍しくなく、これは海賊版ごとに字幕の表記が異なっていることが原因です。かつては非公式に中国語表記が勝手に決められており、先ほどの意訳と音訳の二種類あることもあってややこしい時期がかつてありました。最近はバンダイとかが公式声明を出すようになって大分統一されてきていますが。

 それではさっそくコメント欄で質問が来たガンダムWに登場する機体の中国語表記を引っ張ってきます。今回参照したのはビリビリゲーム内の「高達WIKI」というページです。

・ウィングガンダム:飛翼高達
・ガンダムデスサイズ:死神高達
・ガンダムヘビーアームズ:重装高達
・ガンダムサンドロック:砂漠高達
・シェンロンガンダム:神龍高達
・ガンダムデスサイズヘル:地獄死神高達
・アルトロンガンダム:双頭龍高達
・ウイングガンダムゼロ:飛翼零式高達

 上記表記を見てやはり気になるのはサンドロックでしょう、「砂漠ガンダム」ってなんやねんとか思います。あと字面的にはデスサイズヘルの「地獄死神ガンダム」はかなりインパクトあるのですが、死神じゃなくて死鎌じゃねという気もしないでもないです。

 続いてSEEDに出てくる機体をまとめるとこんなんになります。

・ストライクガンダム:強襲高達
・フリーダムガンダム:自由高達
・デュエルガンダム:決闘高達
・バスターガンダム:暴風高達
・ブリッツガンダム:迅雷高達
・イージスガンダム:聖盾高達
・プロヴィデンスガンダム:神意高達
・モビル・ジン:金
・インパルスガンダム:脈衝高達
・セイバーガンダム:救世主高達
・デスティニーガンダム:命運高達
・レジェンドガンダム:伝説高達
・アカツキガンダム:払暁高達

 こうしてみるとガンダムの表記は基本的に意訳で統一されているんだなと思います。個人的にツボったのはジンが発音から取られて「金」になってるのと、質問されてたアカツキガンダムが「払暁ガンダム」になってて、なんか仏教系キャラに見えてくることです。

 このほかで個人的に好きなのはサイコガンダムで、表記は「精神感応高達」となっています。意味的にあってはいるけどなんか違う気がします。またガンダム以外はやはり音訳されることが多く、アッシマーも「亜希瑪」、ジ・オも「鉄奥」など日本人からしたらぱっと見分からない表記が多いです。まぁ百式はそのまんま「百式」で、発音も「パイシィ」なので意味的にも音的にも近いというかそのままです。
 あとターンエーガンダムは「逆A高達」と「倒A高達」と二種類用意されてます。どっちもなんか弱そう。さらにGガンダム系は「曼荼羅高達」など割とそのまんまなキャラが多い中、マスターガンダムは「尊者高達」と分かりやすい表記になっています。部隊も香港がメインだし、やっぱ親和性高いんだろうな(´・ω・)

2026年5月13日水曜日

中国のよくわからないガンダムグッズ

 昨日までやや重めの案件にずっと取り掛かっていたのですが、無事決着した直後から急に体が重く感じたので今日は有休を取得して昼寝していたら、夢の中で北京留学中にルームメイトだったルーマニア人の前で姉貴に怒鳴り続ける妙な夢見ました。意識はなかったけどストレス抱えてたのだろうか。


 話は本題ですが上の写真は淘宝の商品説明ページですが、たまたまこれ見て「ガンキャノン」は中国語で「鋼加濃」と書くことを知りました。なかなかうまいネーミングというかセンスに納得いくものでまた一つ発見したのですが、中国でもガンダムは人気で、こんな感じでよくプラモとかグッズが売られています。
 ただ中にはよくわからないグッズもあり、


 これなんか誰が買うんだよと本気で疑問に思います。わからない人向けに説明すると、これはZガンダムでコロニー住人を皆殺しにするために使われたG3ガスのガスタンクで、なか3Dプリンタで作ったとか書かれてあります。ジオラマ用だとは思うけど需要のわからないものに手を出す当たりはチャレンジ精神を存分に感じます。

2026年5月3日日曜日

ゲームレビュー:パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語


 結論から書くと、超面白かったです。ここ数年遊んだ中で最高の出来だと思えるアドベンチャーゲームで、興味ある人は迷わず遊ぶことをお勧めします。

 このパラノマサイトですが、シリーズ第1作目で前作に当たる「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」も当然遊んでおり、こちらも非常に楽しめたのですが、それが故に2作目のFile38を購入する際は実は結構悩んでいました。というのも前作が面白過ぎたので自分の中で勝手に期待値を上げてしまい、2作目をつまらなく感じてしまうのではないかと懸念してました。
 これは同じアドベンチャーの「AIソムニウムファイル」で起きた現象で、1作目が非常に気に入っていたため2作目もうきうきで買ったところ、「なんやこれ(# ゚Д゚)」と思うくら面白さを感じられず、めっちゃ買って後悔したことがありました。まぁ実際、ソムニウムファイルの2作目は続編物として失敗していたように思え、次の3作目で主人公を1作目のキャラに戻しているし。

 そんなわけでパラノマサイトも続編購入を悩んだものの、元々の定価が三千円以下と安く抑えられているし、ネットの評判見ると前作に負けない高いものであったため連休前に購入して休み入ってから遊び始めましたが、本当に前作に負けない面白いゲームで、一気にエンディングまで突き進みました。アドベンチャーゲームの肝心要となるシナリオはもちろん、デザイン、音楽、演出のあらゆる面でハイレベルであり、UIもよくできててプレイ中に不満を覚えることはありませんでした。最後の方の謎解きはやけに難しくて自分も攻略サイトに頼りましたが、途中の謎解きはカタルシスを得るのにちょうどいい塩梅でした。

 でもってシナリオに関してですが、「伊勢」、「人魚」、「平家」の脈絡のない三単語が見事に組み合わさって九鬼水軍など歴史事実を絡めながら重厚な内容に仕上げられており、バラバラだった要素が終盤に行くにつれて一気に統合されていく展開はマジ鳥肌ものでした。基本的に読み進めるだけで攻略できるのですが、展開の運び方がうまいもんだから推理小説を読んでいるような謎解きをなしたかのような満足感があります。
 キャラクターに関しては前作同様、複数いる各主要キャラにパートナーキャラが一人つくツーマンセル体制を維持しており、これが話の運びというかボケツッコミをよくしているように見えました。特に外国人作家とエクソシスト少女の組み合わせは前者が常にオーバーアクションで反応して後者がすぐツッコむ掛け合いが非常によく、前作同様顔芸が生きるキャラでした。

 ファミ通による製作者へのインタビューによると、続編ながら前作キャラクターは一人も続投させず、システムや世界観だけ流用する並行的な続編にしたそうですが、この措置は英断だったという気がします。前作を遊んだことのない人も入りやすいし、また設定の齟齬を意識しなくてもよく、特に東京都三重県と舞台が異なっていることからお互いに独立したシナリオにするのがやはり正解だったでしょう。
 まぁ前作の人気キャラである黒鈴ミヲの再登場に若干期待してはいたんですが……。

 これ以上書いてもほとんど蛇足にしかならないのでここで切りますが、いや本当に楽しめるアドベンチャーゲームを作ってくれたものだと感心しました。あと一つだけ付け加えると、アドベンチャーゲームにもはやおなじみの声優による音声がこの作品にはついていないのですが、逆にパラノマサイト遊んでみて、この手のゲームに音声ってかえって蛇足ではないかと思うようになってきました。
 やはり音声が入ってしまうとそのキャラクターの特徴が少し固められ、プレイヤーのイメージから外れてしまう可能性がある気がします。今作も全く目立たないキャラが実は重要キャラだったりすることもあり、そうした予断を防ぐ上でも音声なしの方が意外と正解だという気がしてきました。

2026年4月15日水曜日

特定キャラに肩入れして台無しとなった作品

 先日「特定キャラへの肩入れはよくない」という見出しで、特定キャラを愛するあまり偏った贔屓とかを作品で見せると作品そのものの価値を損なってしまう危険性について触れました。そこで今回は、個人的にまさにそうなってしまった作品と、贔屓にされたキャラクターを具体的に挙げて冷笑じゃなく例証していきます。

高遠遥一(金田一少年の事件簿)
 このキャラは金田一少年の事件簿に出てくる犯人の一人なのですが、ほかの犯人は基本シリーズごとの使い捨てで、一回登場したら自決するか捕まるかしてその後は出てこないのが定番です。しかしこの高遠は数少ない例外で警察の捜査から逃れ、ほかのシリーズにも登場しては犯人となる人物を唆して殺人を行わせるトリックスター的なキャラクターにされています。
 数ヶ国語を扱う(言語舐めるな)上に犯罪トリックをいくらでも指導するなど滅茶苦茶な天才として描かれ、私に限らず多くの人から原作者などにやたら愛されていると指摘されています。ただその溺愛ぶりについては一読者である自分からみると正直白けるものがあり、話の展開に詰まったからとりあえずなんでもできる天才キャラを配置して、無理やり話し作ってるようにしか見えませんでした。

 それ以前に、この高遠というキャラクター個人に対して私は全く魅了を感じませんでした。いつもなんでもわかっているようなセリフを吐きながら悉く金田一に悪だくみを見抜かれ、警察には捕まるけどすぐ脱獄するなど展開がお決まり過ぎてざらであり、シリーズによっては過去と矛盾することを平気で口にするなど作者にとって「都合のいいキャラ」にしか見えませんでした。
 私の周りでも高遠を評価する人は見たことがなく、またシリーズもこいつが出てくると大体つまらなくなるように見え、むしろいない方がよかったキャラではと思っていました。


 こちらはゲームのキャラクターですが、一時はこのキャラの評価を巡って滅茶苦茶掲示板が荒れていました。詳細は上のゲーム解説に詳しく書かれていますがかいつまんで話すと、作中でこのキャラだけ異常に持ち上げられており、また人を殺そうとすると呪われるような世界観設定に反して殺し屋稼業を営みながら全く呪いを受けなかったり、とにもかくにも特別扱いが極端になされていたことから批判の的となっています。
 そもそもこのゲーム、明らかに当初の発表ではこのロゼではなく別のキャラがヒロインとして紹介されていたにもかかわらず、途中から過去の発表はなかったことにされ、ロゼが作中メインヒロインとしていつの間にか変更されていました。プロデューサーは頑なにこの事実を認めなかったもののさすがにそれを信じるには無理がある状況で、むしろ否定していることからこのロゼの異様なゴリ押しはプロデューサーの意向によるものだったとみられています。

 この見ていて不快に感じるほどの贔屓ぶりにゲームそのもの内容の拙さからゼスティリアの評判は非常に悪く、実際この作品以降、それまでは雨後の筍の如くシリーズ作品が連発されていたテイルズシリーズのリリースが急に止まるようになり、テイルズシリーズそのものに大きな打撃を与えてしまったようにすら見えます。かつてはドラクエ、FFに並ぶ日本三大RPGシリーズとも言われましたが、今やその地位はペルソナシリーズに完全に取って代わられているように見え、ゲームそのものではなくシリーズそのものを貶めたある意味凄いキャラでした。
 なおこのゼスティリア、ゲームは前述の通り評判は悪かったのですが、アニメ版は原作完全無視ともいうくらい内容改変が行われたそうなのですが、その結果がめちゃくちゃ高い評価となっており、「あのガタガタな原作をどうしてここまで立て直せるのか(;゚Д゚)」という妙な評価のされ方されていました。そのゼスティリアのアニメ版監督ってのが「鬼滅の刃」の監督というあたり、大ヒット作を作る片鱗をこの作品で見せていたと言えるでしょう。


 またゲームのキャラクターですが、この夜鳥子(ぬえこ)というキャラクターは「俺の屍を越えて行け2」に出てくるNPCキャラクターです。この作品はとがった作りしていてプレイヤーが使用するキャラクターはすぐ寿命で死んで、死ぬ前に作った子供のキャラクターを次々と切り替えて戦っていかなくてはならないのですが、夜鳥子だけは半永久的に登場し続け、しかも一部のボス戦で必ず使わなければならず、攻略する上で使いたくなくても使わなければならないキャラクターだったそうです。
 このようなゲームシステム面だけでなくシナリオにも食い込む、というかプレイヤーキャラクター以上にストーリーの中心に据えられており、発端となる事件からラスボスとの因縁も全部夜鳥子が担っており、エンディングにおいてはむしろ主人公であるはずのプレイヤーキャラが置いてきぼりで話が進められるような始末でした。

 それほど贔屓にされながらこの夜鳥子というキャラの人気はそれほど高いとは言えず、むしろ必ずしゃしゃりこんでくることからウザいとみられ、「このキャラがいい!」と評価する声はマジで一つも目にしない一方、「こいつさえいなければ……」という怨嗟の声はこのゲームのレビューで必ず入っていました。
 そもそもこのキャラ、このゲームのプロデューサーである桝田省治氏の小説に出てくる登場人物が元となっています。設定はいくらか変えられてはいるものの、自作の小説キャラクターを縁もゆかりもない別のゲーム作品に流用するのはさすがに無理があったのではと思え、またそんな無茶をやらかすくらいこのキャラに入れ込み過ぎた結果、桝田氏の思いとは裏腹に不評を買うだけのキャラとなったのは皮肉な結果でしょう。

 ちなみに自分は前作の1は非常にやりこんでいて2も遊ぼうとしていたものの、あまりの不評ぶりから手を出すのを控え、中古で安くなっているのをみて(確か千円)ようやく手に取りましたが、オープニングを一目見て「あ、これ違うな」と思ってそこで遊ぶのを止めてしまいました。何となく、ゲーム内の美術が前作と根本的に入れ替わっており、趣味の悪いものになってしまっていると直感で感じました。


  番外編
 以上までで特定キャラを贔屓にし過ぎて失敗した作品を紹介してきましたが、それらとは真逆の結果となったのがこのライナー・ブラウンが出てくる「進撃の巨人」じゃないかと思います。

 このライナーは超人気作の「進撃の巨人」で裏主人公ともいえるほど序盤から終盤まで常に登場し続け、物語の核心に居続けたキャラクターです。作者自身も一番のお気に入りキャラクターであることを公言しており、自分が尊敬する先輩をモデルにしていることをはじめ、インタビューで聞かれてもないのにライナーについて語りだす(しかも延々と……)など、ライナーに対する入れ込みぶりは常軌を逸するほどのものとなっています。
 しかしそんな作者の入れ込みようとは裏腹に、作中におけるライナーの扱いは悲惨そのものとしか言いようがありません。蹴ったり殴られたりするのは当たり前なうえ、時折発するストーカーじみたセリフから作中のキャラクターはおろか読者からも気味悪がられるほか、しょっちゅう手足を切られたり拷問されたり殺されかけたりしています。挙句には良心の呵責に悩まされて深刻な精神分裂症らしき症状を起こしたり、自殺を図ったりするなど精神的にも作中で追い詰められています。なお自殺未遂シーンに関して作者は、そのコマを拡大印刷して壁に貼っていたそうです。

 こうしたひどい扱われようから、ライナーについてネットでも「サディスト(作者)に愛された」、「悲しきラブドール」など、その愛着に反した仕打ちぶりに同情する声が非常に根強いです。ただ読者からの評価は決して引くなく、むしろ明らかに人気キャラ(ネタ的な意味でも)に入っており、実際私もこの作品の中で一番好きなキャラクターだったりします。
 前述の良心の呵責に悩むシーンは強いリアリティを感じられ、虐殺と戦争の渦中にある人物の姿を非常に良く描いているとすら感じました。やってることは確実にクズな行為ですが、そのクズぶりを自ら自覚して悩む姿はこの作品のテーマに深く合致するものである気がします。

 何が言いたいのかというと、突き詰めると作者が特定キャラに入れ込むかどうかではなく、明らかに不自然に感じられるほど持ち上げてしまうことの方が作品を損なってしまう行為なのでしょう。作者のライナーへの溺愛ぶりはかなり異常な部類ですが、決してライナーを作中で持ち上げることはなく、その行為の肯定や否定といった評価は理に適っており、読者の共感を得るものだったからこそ彼は人気キャラになったのだと思います。これがきちんとできなかったのが最初の3キャラクターで、単純に作り手の腕が未熟だったゆえに入れ込むキャラクターどころか作品そのものも不人気にさせてしまったと言えるでしょう。
 まぁそれはそうとして、改めてライナーの扱い見ているとマジ泣けてくる。普通に早く死ねた方が多分幸せだったろうな(´;ω;`)ウッ…

2026年4月12日日曜日

特定キャラへの肩入れはよくない

28年NHK大河ドラマは「ジョン万」 主演は山﨑賢人に決定 ジョン万次郎を描く(ガハろぐ)

 ちょっと日が経ちましたが先日、再来年の大河にジョン万次郎が採用されたことが発表されました。彼については自分も長年あまり把握していませんでしたが、その波乱万丈の人生に日本に対する大きな貢献ぶりにしてあまりにも世間の認知が低いと感じていただけに、今回の採用を歓迎するとともにこれをきっかけにもっと評価が高まればという期待があります。
 上のまとめ記事でもおおむねこうした見方というか歓迎する声が多いのですが、人目に泊まったコメントがありました。


◇ 94: 名無し 2026/04/09(木) 14:38:34.50 ID:IamTIIQY0
幕末は風雲児たち読めば大体把握できるわ
なお未完の模様

◇ 97: 名無し 2026/04/09(木) 14:40:39.05 ID:E/4jPaAE0
>>94
幕末編になるまで面白いけど龍馬でてくると糞なのは草なんだ


 これ見て、「ああ、俺以外もそう思う人いるんだな(;´・ω・)」という感想を持ちました。

 ご多分に漏れずというか、自分もジョン万次郎について詳しく知るしっかけは上のコメントに出てくる「風雲児たち」というみなもと太郎の漫画からでした。これまであまり触れられてこなかった江戸時代の数多くの人物たちにスポットを当てていて文字通り目からうろこの作品で、最上徳内をはじめとしてこれまであまり把握していなかった人物について自分が詳しく知るきっかけにもなりました。
 そうした経緯から個人的にも高く評価している作品なのですが、上のコメントと全く同感というか、何故か龍馬が出てくるシーンは毎回、ヤバいほどつまらなかったりします。作品冒頭でも登場させるなど、明らかに作者は龍馬を贔屓にしていて恐らく幕末の人物の中で最もお気に入りであったのだと感じるのですが、何故か龍馬がこの漫画に出てくるシーンはつまらないというか、正直に言えば吐き気すら催すほど読みたくなくなる仕上がりになっています。

 具体的に説明するのがちょっと難しいのですが、ほかの人物に関してはギャグを挟みつつもわかりやすくその行動や業績を描いているのに対し、何故か龍馬だけは子供向けストーリー漫画のように幼稚な演出とともにしょうもない描かれ方していて、龍馬が出てくるシーンだけまるで別マンガのように見えました。龍馬自身のキャラクターも無駄に、必要以上に幼稚な性格として描かれていてキャラクター的魅力は皆無に等しく、むしろ見ていてイラつくようなキャラとなっています。
 前述の通り、作者は龍馬が一番のお気に入りであるとことあるごとに言っているのですが、この漫画の描かれ方を見る限り、「むしろ、本当は龍馬が嫌いでわざと悪く書いてるんじゃねぇの?(;´・ω・)」とすら思えてきました。ただ実際はそんなことはなく、単純に好きすぎるが故の暴走の結果としてひどい描き方になってしまったのだと思います。

 この漫画に限らず、作者がお気に入りだと公言するキャラクターほど意外と人気が取れないというか読者に嫌われる例はほかにもたくさんあるように見えます。作者が明らかに贔屓に際立たせて描こうとしているのですが、逆にそれが透けて見え、「なんでこいつばかりよさそうに描こうとするんだよ」的に余計に読者から反感を買う結果となるようなパターンです。
 端的に言えば見出しに掲げたように、漫画家や小説家が特定キャラに肩入れすると逆にそのキャラは読者にとって見栄えが悪くなる確率は高くなるように思えます。古典的なメアリー・スーじゃないですがそうしたキャラが出てくると劇中の描写が狂うようになり、創作においてはほぼマイナスにしかならないでしょう。「風雲児たち」に関しては龍馬が完全にそんなキャラとなっており、自分もこの漫画を見返すときは龍馬が出てくるたびにページを飛ばすようになっており、もし生前に作者に会うことがあればこの点をはっきり伝えたかったなとすら思っています。

2026年4月5日日曜日

ただただ気持ち悪かった

ヤクルトがスゲー!七回一挙7得点で大逆転に成功!1死も奪われない圧巻猛攻 池山監督がベンチで狂喜乱舞 神宮球場も大盛り上がりの大逆転勝利!(デイリースポーツ)

 開幕前の評論家の予測ではヤバすぎるくらい不動の6位だったヤクルトが、開幕よりこの1週間で八区の連勝と首位を維持しています。今日の試合も7回まで0-5から1アウトも取られずに一挙7-5へとひっくり返す展開で、打線の勢いというか負ける気がしない雰囲気が凄いです。
 ちなみに日ハムもそうですが、なんか今年はやけにホームランが出まくる試合が多い気がします。去年まで飛ばないボールとか言われてて私自身はそんな変わってないのではと思っていましたが、今年に関してはなんかボール変えたのではないかと思うくらいの変貌ぶりです。

 話は本題ですが、ちょっと日が経ってはいるものの2月に漫画の「だんドーン」10巻が発売されました。購読していることから自分もすぐ買って読んだのですが、読み終わった後にすぐデータを消去しました。なんでかというと見出しにも書いている通り、読んだ後にただただ気持ち悪く感じたからです。
 この間では薩英戦争の場面が描かれているのですが、これの何が気に入らなかったのかというと主人公の奥さんを含め何故か女性キャラをやたら前面に出してヒロイックに書いていたからです。これらの女性キャラの場面は作者の創作で史実ではないもの、明らかに誇張されて描かれており、その誇張ぶりが異常だとはっきり感じました。

 歴史物の作品だからと言って必ずしも史実通りに書く必要はないし、合間合間に創作を入れることもどんどんやるべきだと普段から思っているのですが、そんな自分からしてもこの「だんドーン」10巻に関しては度し難いものを覚えました。明らかに作者の贔屓というか好みで特定の女性キャラをさも英雄っぽく描こうとしているように見え、なんでそこまでして目立たせようとするのか意図が全く読み取れませんでした。しかもその度を超えた扱い方から史実部分も捻じ曲げるようなものすら感じられ、これまでそんな風に思ったことはなかったものの、なんかこの作者は女性の立場とかそういうものを強く引き立てたいと思っているのという疑問を覚えました。
 そもそも根本的なところを突っ込めば、そうまでして描かれた女性キャラの活躍ぶりが単純に読んでてつまらないというか白ける内容でした。「だからなんなの?」と言いたくなるような展開ぶりで、重しさを感じるわけもなく、意図の読めない描き方に吐き気を感じるだけでした。

 これまで私はだんドーンを発売前に予約して買ってはいましたが、ちょっとこの10巻読んでものすごい気持ち悪さを覚えたことから、今後はもう購読を止めようと思っています。一つ前の巻でも若干そういう気配を感じていましたが、徐々に贔屓のキャラを史実を捻じ曲げてでも際立たせたい、活躍させたいというような描き方になってきており、多分今後読み続けても面白いと感じられないと思うからです。こんな感情覚えたの、マジで今までなかったかもしれないともくらいこの10巻は別な意味で衝撃的でした。

2026年3月28日土曜日

作画最強の漫画家は誰だ?

 昨日につげ義春の逝去記事を書いたので、前から温めていた漫画家ネタで今日も記事を書くことにします。

 さてマンガとは何かというとストーリーと絵の共同芸術だとも言えます。音楽もつく映画ほどには総合芸術でないにしろ、本来は別々の表現であるストーリと絵の組み合わせであることから、漫画家には両方向でのセンスが求められてきます。ただ実際に両立させるとなると難しく、そこで作画と原作を分けたりするような展開もこれまでに数多く行われてきていますが、仮に作画だけに絞った場合、どの漫画家が最高峰と言えるのでしょうか。敢えてここで三人候補を選ぶと、私の中では池上遼一氏、三浦建太郎、小畑健氏はこの議論に必ず入ってくると思います。


1、池上遼一氏
 まず池上遼一氏については言わずもがなの劇画界の超大物で、つい最近までも原作付きで「トリリオンゲーム」の連載を行っているなど大御所でありながら現役でもある人です。ほかの多くの著名漫画家から憧れの対象として名を挙げられているだけでなく、原作者の間でも「あの人に描いてもらいたい」というオファーが絶えないと聞きます。
 そのうち実際に描いてもらったのが、「北斗の拳」の原作もやった武論尊氏です。かねてから池上氏を熱望していてついに「サンクチュアリ」という作品でコラボしたものの、武論尊氏曰く「不完全燃焼」だったとし、引き続いて描いてもらった「HEAT 灼熱」では見事漫画賞を受賞して、「池上氏に報いることができた」と以前インタビューで話していました。

 池上氏の作画能力の高さは若いころから有名で、ガロの編集者から矢口高雄に「あいつを見ておけ、きっと大物になる」と言われ、その他多くの人間がその才能の高さを認めていました。アシスタントにかなり条件を課す水木しげるですらも、池上氏を指名してアシスタントにしていますし。
 そんな若いころから嘱望されながらも、田中圭一氏の取材マンガでも触れられていましたが、池上氏は年齢を重ねて大御所となってもその絵が進化しているというか、これまでになかったタッチで描いてくる点が何よりも凄いと感じます。実際、「トリリオンゲーム」なんかかなり砕けたタッチで描かれており、これまでの池上氏には見られない作風でした。一体いつまで進化するんだこの人と思うくらい、底知れぬ作画能力です。

2、三浦建太郎
 すでに故人ですがこの手の議論では必ず出てくるのがこちらの三浦建太郎でしょう。実際私も、単純な作画能力としてだけ見るなら間違いなく日本漫画家史上最強と言えると思います。
 その細密画のような綿密な描写のみならず、大剣やクリーチャーと言ったデザイン能力も突出しており、三浦と同級生だった森恒二氏が一時漫画家の夢をあきらめたというのも、この人が空いてだったらしょうがないでしょう。イチローの横でバット振るようなもんですし。

 この三浦のエピソードとしてちょっと前にYoutubeで聞いた話によると、「はじめの一歩」の森川ジョージ氏が若い頃に三浦に一度アシスタントに来てもらったことがあったそうです。その時、まだ漫画を描きはめたばかりの美大生でしたが、作業をやらせてもてんでお粗末で役に立たなかったそうです。仕方ないので森川氏が描き方を教えてみたらものすごい勢いで吸収していくので、普段何書いているのかスケッチブックを見せてもらったらものすごい絵が描かれていて、「君はこんなところにいるべきじゃない」的に1日で帰したそうです。
 以上のように池上氏同様エピソードに事欠かない人ですが、そのこだわり故に連載ペースが遅く、代表作の「ベルセルク」も未完で終わることとなってしまいました。この点はややマイナス評価とせざるを得ないのですが、それを推しても作画最強という評価に行き着く可能性が十分あると感じます。

3、小畑健氏
 言わずと知れた「デスノート」の作者で、何気にデビュー作の「サイボーグじいちゃんG」を「あやつり左近」が連載されていた当たりに読んでいました。原作付きで漫画を描く作家としては現代最高のヒットメーカーで、「ヒカルの碁」、「バクマン」などどれも歴史的な大ヒットをかましています。
 ただ小畑氏についていえば、そのヒット打率もさることながら以上の作品を全て週間連載で対応しているという点で、ほかの作画エリートマンガ家と比べると作業速度の高さが抜きんでています。それ以上に週間連載であれほどのクオリティを維持しているという点でも驚愕に値し、漫画家としての生産性込みでの評価で言えば小畑氏も作画最強と言われる価値を十分持っていると考えています。

 この小畑氏ですが、つい最近セールだったので小説が原作の「オールユーニードイズキル」の漫画版を読んだのですが、これ見てはっと思ったこととして近年一大ジャンルとなっている「なろう系」の漫画の多くが、小畑氏の絵の特徴が色濃くあるような気がしました。具体的には人物の顔の輪郭を濃い線ではっきり描くなどです。
 実際そうなのかは別として、現在漫画家を目指そうとする人のうち小畑氏の絵を参考にしている人は間違いなく少なくはないでしょう。それほどまでに「上手な絵」のスタンダードとなっているし、さらには漫画家を目指す少年を描いた「バクマン」を見ていない漫画家志望者はいないと思え、ひょっとしたら現代少年漫画界で最も強い影響力を残しているのかもしれません。

 まぁぶっちゃけ、自分としては「アラビアンランプランプ」をもうちょっと長く読みたかったな。あれはリアルタイムでジャンプで読んでた。

2026年3月27日金曜日

つげ義春の逝去

【訃報】漫画家のつげ義春さんが逝去 88歳

 ストーカー殺人に猟銃許可取消裁判の判決といい気になるニュースが今日もたくさん出てきていますが、やはり一番インパクトあったのはこちらの漫画家のつげ義春の逝去です。かねてから大分お年を召されていることからいつかこういう日が来るとは思っていたものの、水木しげるの時と同様にとうとう……という感傷を覚えました。

 私自身はつげ義春の作品をそれほど読んではいないのですが、水木しげるを含め多くの漫画家がその漫画の中で彼を登場させているのを見ています。恐らく実在の人物として自伝マンガなどで登場する回数で言えば手塚治虫に次いで多いのではないかと思うくらいあちこちに頻出しており、そのどれもで「憧れの漫画家に会えた」というような感じで登場しています。
 一般読者の間でも高い人気を得ていましたが、どちらかと言えばつげ義春は同業者である漫画家にこそ最も高く評価された漫画家であった気がします。水木しげるは自らアシスタントとして指名しており、水木のアシスタントにやってきた池上遼一氏からは水木以上になつき、水木邸を訪れた矢口高雄からは「あのつげ義春がいる!?」みたいに見られたりと、とにもかくにもいろんな漫画家が彼のことを口にし、その偉大さを物語っていました。

 それ以上にすごいと言えるのは、つげ義春の場合は日本国内以上に海外での評価が高いという点でしょう。フランスでも熱心なファンがいて国から賞をもらっており、時代と文化を飛び越えてその価値が認められる点でほかの同時代の作家を大きく凌駕しています。ついでに言えば、いまだにパロディ作品がつくられるなど、その世界間の独自さでも突き抜けているでしょう。

 上に引用したまとめ記事でも書かれてましたが、日本漫画史に大きな影響を残した漫画雑誌ガロの主役級の作家が本当にいなくなってしまったというのを、今回のつげ義春の逝去で感じました。つげ義春の場合はちょうど活動期間がガロがあったころに被っていて主要作品もここで発表されていたことから、尚更ガロを代表する人物であったように思え、彼が亡くなって本当にガロの姿形が薄くなってしまった気がします。

 私見ながら、現在の日本漫画界の最高大御所はちばてつや氏だとかねてから考えており、それに同格または次ぐ存在がつげ義春とみていました。その一つ下が、本宮ひろ志氏と永井豪氏で。
 そんなつげ義春が亡くなり、本当に昭和を代表する、というよりジャンプ、マガジン、サンデーの三大少年漫画誌体制が固まる前の漫画雑誌群雄割拠時代の人がいなくなり、完全に歴史の時代へと入った気がします。元号も昭和から平成、令和と移っているので当然ですが、展開していく時代の流れを大きく感じさせる人物であったと改めて思えます。

2026年3月12日木曜日

悪魔城ドラキュラにあの人は出てこないの?

 悪魔城ドラキュラと言ったらメトロイドヴァニアというジャンル名の由来にもなった名作横スクロールアクションRPGです。最近、Steamでこの悪魔城シリーズのGBA三作品をまとめたコレクションを購入して結構楽しんでおり、既にサークルオブムーン、白夜のコンチェルトをクリアして、今は暁のメヌエットを遊んでいます。
 ちなみにクリアしたら満足するのでクリア後の別キャラプレイとかはやっていません。「ムッムッホァイ」とか少し興味あるけど。

 で、この作品をプレイしていて思ったことというか妄想というか、「デミトリとか出てこないかな?」というのをこの前よぎりました。デミトリというのはデミトリ・マキシモフこと、カプコンの名作格闘ゲームのヴァンパイアシリーズに出てくるキャラクターのことです。ご多分に漏れずこいつも吸血鬼で、主役級ということから波動昇竜系の使いやすいキャラとなっており、ヴァンパイアハンターで自分はこいつとサスカッチをメインで使っていました。

 このデミトリですがカプコンの2D格闘ゲームキャラということでグリグリ動くしゲーム上の表示もすごくいいキャラで、何となく悪魔城遊んでいるうちにこいつも敵の吸血鬼として出てきたらいいんじゃね、コラボとかしたらいいんじゃねなどと思うようになってきました。衣装もなんか悪魔城シリーズとも合っている気がするし。
 もっともヴァンパイアから悪魔城にゲストキャラ出すなら、デミトリよりもお色気キャラとして未だに圧倒的人気を誇るモリガン・アーンスランドの方が盛り上がること間違いないでしょう。こっちは吸血鬼じゃなくてサキュバスだけどその衰えぬ人気ぶりには一目置くとともに、過去にガンバードをはじめいろんなゲームのコラボ出演果たしており、令和のこの時代においてもまたコラボ作品を見てみたかったりします。

2026年3月9日月曜日

何故日本でロボットアニメが発達したのか?

 なんか最近「何故~」から始まる見出しが多い気がする。直近はインド人スパイ映画ですが。

 話は本題ですが先日漫画家の山田怜司氏のガンダム、というか富野御大に関してトークする動画を視聴したのですが、その中で何故ガンダムというかロボットアニメが日本で発達したのかについて言及する場面がありました。
 私の理解で要約すると、基本的に男の子は力というものに憧れるものであり、ほかの国では必然的に最大の暴力装置である軍隊に対しある年齢まで憧れを持ちやすい傾向があります。ところが日本は憲法などの制約で自衛隊を公然と持ち上げることができず、特に昭和期においては尚更その傾向が強かったため、子供たちが憧れる力の象徴としてロボットアニメが入り込み、大きな支持を得たからではないかという見方でした。

 上記の見方について私も全く以って同感というか、私自身も「強い」ことからガンダムなどのロボットアニメを子供の頃に追っかけていた気がします。ウルトラマンやドラゴンボールについても同様ですし。さらにロボットの場合はその大きさから拡張的要素、つまりパイロットがもやしでも大暴れできるという要素があり、これが余計に子供心に刺さったというか支持される要因だったのではとも思えます。

 ただこれは逆を言えば、自衛隊が子供から憧れる存在になればなるほど日本ではロボットアニメが指示されなくなる可能性も示唆しています。実際、平成期に日本の自衛隊アレルギーは徐々に収まっていきましたが、それに合わせるかの如くロボットアニメやゲームも徐々に人気が盛り下がり、ガンダムシリーズこそ売れ続けていますがバーチャロンとかもう見なくなりました。
 そうした観点を含めると、「女の子だって暴れたい」というコンセプトの下でいまだにシリーズが量産されるプリキュアシリーズのように、女性にとっての力の象徴の方が今後も人気が拡大し続けるかもしれません。もしくは中高年向けに「おっさんだって殴りたい」というコンセプトでおっさんが暴れ回る作品とか出たら、コンプラの厳しい今の世の中だと逆に売れるかもしれません。何が言いたいかっていうと、欲望というのは抑えられればられるほど爆発するということで、こうした抑え込まれた欲求を解消するコンセプトほど売れる要素が詰まっているのかもしれないってことです。もはやロボット関係ねぇな(´・ω・)