2019年3月31日日曜日

日本の人手不足はいつから始まったのか

 つい最近、それこそここ2年位で人手不足が大きく日本で騒がれるようになりましたが、結論から言えば日本の人手不足はバブル期途中の90年代からすでに始まっていたと私は思います。

 何故そういうのかと言うと、90年台において既に労働力を国外から補充していたからです。具体的には悪名高き技能実習生制度、それと日系ブラジル人移民の受入です。後者は血統主義の観点から日系ブラジル人に限定されましたが実際には審査は曖昧で、旧日本国籍の血縁者でない人間も少なからずいたといいますがそれは置いといて、このように国外から度々労働力を補充し、いわゆる3K労働を支えていました。
 加えて言えば、90年代当時に置いて仮に大学生アルバイトがいなかったらどうなっていたのか。検証するまでもなく、ほぼすべての小売、サービス業は店舗運営が成り立たなくなっていたでしょう。日本では大学生がアルバイトに従事することはさも当たり前のように扱われますが、中国にいる身からすると、大学生すら労働力として扱わなければならないというのはむしろ異常に思え、彼ら大学生に依存していた時点で日本は大幅な労働力不足が続いていたと思うようになってきました。

 またポスト大学生こと90年代中盤からはフリーターという職業が生まれ、定職ではなくアルバイトを継続、点々とし続けるライフスタイルも生まれましたが、これは単純に労働単価の切り下げの末に生まれた結果と言えるでしょう。その上で、アルバイト故に職業訓練の継続、定着が悪化したことで、労働生産性をこれ以降大幅に下げることとなったのではと思う節があります。
 ここ数年でデービッド・アトキンソン氏の指摘により労働生産性の向上の重要性が二本でも叫ばれるようになりましたが、本来この議論は90年代初頭より行い、人口減少の背景を考慮に入れて向上策を忠実に実行するべきだったでしょう。しかし実際はさにあらず、むしろ逆に弥縫策とばかりに外国人労働者を一貫しないまま導入するなどして労働生産性を下げた上、労働生産性の向上に取り組まない業者を延命させ続けました。その結果が現在だと私は見ています。

 要するに何が言いたいのかと言うと、人手不足を議論する時代はもう既に終わっているのではないかということです。じゃあ何を議論するのか、生産性向上なのかという意見もあるでしょうが私の意見は異なり、そういうのはもういいから生き残りだけを考えたほうがいいのではという結論に落ち着きます。

2019年3月30日土曜日

仲間を呼ぶ中国人アルバイト

新入社員時代の「恥ずかしい思い出」、変な敬語で笑いもの、大遅刻…(ダイヤモンド)

 この記事で無駄に過剰な敬語を使った女性社員に「A式部」ってあだ名を付けた会社はいいセンスをしていると思います。

 話は本題に入りますが、先月日本に帰った際にとあるところで中国人アルバイトについて話を聞きました。その商工関係者によると同じ中国人アルバイトでも、国立大学などに通う留学生は非常に物覚えもよく優秀なのに対し、語学専門学校通いだとか、その多目的での来日者は留学生と比べてポテンシャルで落ちるようです。留学生であれば日本人をも上回るくらいのポテンシャルを発揮することもあり、地方の商工関係者からしたら非常に望ましい人材だとして重宝されていると教えてくれました。

 それともう一つ、中国人留学生をアルバイトに雇う上での地味に大きなメリットとして、彼らはドラクエのマドハンドよろしく仲間を沢山呼んでくれるそうです。
 アルバイト経験者ならわかるでしょうが基本どの現場でも人手は不足し、また退職者などが出るとその穴埋めには苦労します。その点、中国人アルバイトであれば友人知人の横のつながりが強いだけに一人雇うとガンガン仲間を呼んでくれるそうで、これが雇用側としては非常にありがたいオプションとなっているという現状を教えてくれました。

 論理的にもよく分かる話だし、中国人留学生がそのネットワークでアルバイト先を紹介し合うという話は自分もかねてからよく聞いていました。またこの話を聞いた直後に私が世話している中国人留学生にも話を振ったところ、「自分もこれまでに何度も紹介したことがある!」と胸を張って主張してきました。
 そういう意味では今に始まるわけではありませんが、外国人留学生の日本の労働現場における重要性を改めて示された感じがします。それと同時に、改めて考えるにつけ、日本の人手不足はいつから始まったのかという点が少し気になりました。この点についてはまた次回にて書きます。

2019年3月28日木曜日

講談社元編集次長裁判の保釈→中止の決定について

東京高裁が保釈取り消し=妻殺害、一審実刑の講談社元編集次長(時事通信)

 個人的に上記の過程が少し気になりました。

 はじめに書いておくと、私は裁判過程やそのやり取り、開示された証拠などは閲覧しておらず、事件当初と第一審判決、そして今回の件に関する報道のみしか見ていませんが、その上で述べると上記の保釈→やっぱり中止という過程は日本の司法史上でも珍しい流れだと強く感じます。
 簡単に経緯をまとめると、自宅で妻を殺害したとして講談社社員(当時)の被告が殺人容疑で逮捕されたのですが、裁判ににて同被告は容疑を否定し、妻は自殺だったと主張しました。第一審では検察側の主張が認められて被告には懲役刑が課されたものの被告は控訴し、第二審(高裁)へと突入したところ、保釈金納付と一定の行動の制限付きで第一審を行った地裁から被告の保釈が本日発表されました。しかしこの発表が出された直後、っていうか今日、第二審を行う高裁は保釈を認めず、結果的には被告の保釈は中止となったわけです。

 敢えて言うとしたら、異例の上に異例が続いたとも言うべき状態です。そもそも殺人罪で勾留されている容疑者が保釈されるなんていうことはほぼなく、あるとしても足利事件や袴田事件など判決が一旦は確定したものの控訴審で冤罪がほぼ確実視されたケースくらいで、今回の事件のように二審の真っ最中でこうした判断が出ること自体は異例中の異例でしょう。
 その上で、そうして異例な保釈決定が有罪だと判決を下した地裁から出されたあと、審理中の高裁がストップをかけるというのも、法曹業界には詳しくないのでよくあるのかどうか実際にはわかりませんが、傍目には奇妙なやり取りのように思えます。特に何故地裁が今回保釈決定を出したのか、この辺の訴訟プロセスについて詳しい人がいたらぜひ教えてもらいたいくらいです。

 冒頭でも書いたように、この裁判についてはその過程や主張、証拠などを細かく見ていないので被告の容疑が真実であるかどうかについては私は判断しかねます。しかし今回の保釈決定、そして中止の流れに関しては異例というか明らかに通常とは異なっており、どうしてこのような流れとなったのか、そもそも地裁はどのような判断で保釈を認めたのかが気になります。
 また、何度も言うように真実を検証する材料は手元にないものの、仮にこの事件で冤罪の可能性があるとしたら、やはり注意深く見ていく必要があるでしょう。正直に語れば今回のこの異例すぎる地裁の判断を見て、この事件には冤罪と思しき理由や背景があったのではと私は思いました。無論、これは地裁の判断を見ただけのもので、証拠などを見ての判断ではありませんが。

 なお裁判絡みでいうと、以前というかかなり前に私が取り上げた大津の欠陥マンション訴訟の第二審で、最初の提訴から9年もの長き時間を経て裁判が結審し、来月4月12日に判決が出される予定とのことです。長くフォローしてきた案件でもあるのでこの判決には興味があり、その結果についても注目しています。

2019年3月27日水曜日

横審はヘイト団体か?

 昨夜お腹の調子が悪いから胃に優しいサンドイッチでもと思ってサブウェイのサンドイッチ買ってきたら、なんかやけにマスタードをたくさんかけられてて、食べ終わってからお腹の調子が余計悪くなりました。っていうか中に入っているハムの味が一切わからなかったし。
 そのおかげで今朝も調子悪かったけど、トイレ行ってからは少しは落ち着いたものの、どことは言いませんが座っててしばらくはヒリヒリしました。

また白鵬にダメ出し、横審の苦言に相撲協会も困惑(JBpress)

 本題に入りますが、結論から言えば私も前々から横綱審議委員会は人種差別を行うヘイト団体だと思っています。

 詳しくは上記記事に書かれてありますが、ここ数年の横審は明らかに白鵬や鶴竜などモンゴル人横綱に対する指摘が異常に厳しく且つ細かく、常軌を逸するレベルにまで達しています。
 特にひどかったのは横綱の休場に関する指摘で、稀勢の里が横綱になるまではまだ在籍していた元日馬富士ことダワーニャミーン・ビャンバドルジ氏を含め一回休むごとに「横綱としての自覚が足りない」などと厳しく詰問していたのが、稀勢の里が横綱となって休場しまくってた間は一切言及しなくなりました。それが稀勢の里が引退するやすぐさま白鵬や鶴竜の休場に対して「横綱としての自覚が足りない」とまた言い始め、何故稀勢の里には同じようなことを一切言わずに「激励」などを出していたのか理解できません。

 今回の白鵬の三本締めに関しても、観客も一緒になって手を叩いていることでもあるのだし、「あんまり勝手にやりすぎちゃだめだよ」と注意するくらいならともかく、相撲協会に処分を促してたというのはいくらなんでもおかしいでしょう。第一、記事にも書かれている通り暴行事件などで低迷していた時代を一人横綱で支えてきた白鵬に対する礼儀や経緯が全く感じられず、上記の稀勢の里の一件を考慮に入れると何かしら外国人に対する差別的感情を持っているのではとすら疑えます。少なくとも、これまでの発言に関しては確実に差別的とも言えるほどの温度差があると断言できます。

 こう思うと、朝青龍の最大のライバルと言われた内館牧子氏がいた頃はまだまともだったなぁと思えてなりません。ただ内舘氏にも、朝青龍に話しかけられると途端に彼に甘くなる点もあり、必ずしも独立性がたもられていたかっていうとそうでもありませんでしたが。

2019年3月26日火曜日

新元号について

渋谷JK「新元号?う~ん…タピオカw!」(暇人速報)

 上のまとめ記事見ていて、案外「タピオカ」でも悪くないのではないかと私も思えてきました。語呂もいいし、省略形もコメントにあるように「タ」であれば、「明 大 昭 平 タ」で違和感がありません。

 それはそうとしてイギリスだったらブックメーカーも立っているであろうくらい盛り上がっている震源号ですが、私個人としてはあんまり興味はなく、「ああ、そういえば来月発表だったのか」と上記のまとめ記事見て思い出したくらいでした。前からも主張していますが元号自体を作るのは構わないけど、流石に現代社会で公文書や履歴書などで元号暦を使い続けるというのは時代にあっているとは思えず、そういうのはもう西暦でも構わないと言う風に整理してから新元号についても話を進めてほしかったのが本音です。
 日本人本人とかはまだ対応するけど、留学生をみているとやはりこの元号対応で苦労するとよく聞きます。ついでに書くと日本に来た留学生は印鑑もいちいち作らなきゃいけないそうで、印鑑文化に関しては維持している方が偽造リスクなどを高めるだけに早く葬るべきでしょう。

 話は戻って元号ですが、ぱっと考える範囲で述べると、私の中では「文」の字を頭に入れればそれなりに決まるし、無難でもあるのでいいんじゃないかと思ってましたが、さっき検索かけたらやっぱり人気の一文字だったようで、二文字目にいろいろ試してみましたがどれも既に使われていました。このほか斬新に行くなら「鹿」とか「熊」など動物系、ニルヴァーナ的なら「蓮」、好みでいくなら「葉」の字がありますが、多分これらはまず採用されないでしょう。

 っていうか自分の免許証の期限は平成表記のままというのが内心嫌です。海外にいると通知も来ないし、っていうか更新のためだけに帰るのとか地味に面倒だったりするので、この辺も現地大使館とかでできるようにしてもらいたいのが本音です。

2019年3月25日月曜日

夫婦別姓訴訟の初期判決について

サイボウズ青野社長「棄却は最高裁まで来いというメッセージ」 夫婦別姓訴訟、控訴へ(弁護士ドットコム)

 前から気になっていた裁判でしたが今日判決が出て、上記の通り夫婦別姓を求めたサイボウズ社長らの主張は棄却されました。詳細な内容は論点はすべて上記記事に書かれてあるので私から言うことは特にありませんが、私としては原告らが主張するように選択式の夫婦別姓は早く認めるべきであり、女性の社会進出を促す上でも重要な一手だと考えております。
 それにしても法律条文で明らかな矛盾があるのに違憲判決出さない裁判所も見ていてどうかと思う一方、今更日本の司法にそういう期待自体するのもどうなのかもしれません。

 ちなみに自分は本名の名字とかもそんなにこだわりはなく、変わるなら変わるでそんなに気にしないし、姓名判断がどう変わるのかがとかで期待を膨らますと思います。あと本名で姓名判断したら人間関係について、

「円満な家庭に育ち、争いごとを好まず、平和主義です。人を思いやる心も深く、信頼関係のある友人が集まります。目標達成への意志もしっかりしているので、人の上に立つ素質を充分もっています。」

 って出ましたが、読んでてこれ嘘だなとか自分でも思いました。闘いのない世界では生きていけないというのに。

2019年3月24日日曜日

平成の大横綱

「黒い山の黒猫」と町を救った猫伝説(JBpress)

 私事ながら密かに上記記事を始めとする新美敬子氏の記事にハマっています。それにしても今回の「暴君ネロ」に例えられている黒猫の写真は本当に面白い。
 新見氏の猫写真を見ていてよく思いますが、やっぱり国によって猫の顔つきもなんか変わってきます。どういうところが影響するんだろうか。

平成最後の優勝は白鵬!全勝で決めた 3場所ぶり42度目(スポニチ)

 で本題、といってもバンザイ言うだけの内容ですが、平成最後の場所にて白鵬関が全勝優勝を果たしました。周囲から衰えも指摘される中で全勝、そして史上最多を更新する42度めの優勝と文句のない成績で、これでも片腕を怪我されているとのことですから恐ろしい以上の何者でもない実力ぶりです。
 「平成の大横綱」とくれば先日相撲協会から完全に引退した元貴乃花氏がかつては持ち上げられていましたが、やはり平成という時代でくくるとしたらやはり白鵬こそこの呼名が最もふさわしいでしょう。私も彼が関脇の頃からずっと見ており、何気に関脇の頃の左手で前みつ掴む相撲とか今も見てみたいと思ったりしますが(対策取られてからやらなくなった)、これだけなガキに渡り横綱の地位を最前線で守ったということは偉大以外の何ものでもありません。それだけにこの平成最後の場所でもきっちり優勝を取ってくれたことは個人的には非常に嬉しく思います。

 なおあまり関係ありませんが、平成時代で最も角界を騒がせた力士となるとそれはやっぱり朝青龍以外いないでしょう。その朝青龍の伝説の一番と来たら、お互いほぼ全盛期における白鵬との優勝決定戦ともう一つ、下の琴ノ若戦が挙げられるでしょう。改めて見なおしたけど本当にこれはすごい一番だ。


真の都構想

都構想で真っ向対決=「市存続を」「二重行政なくす」-統一選・大阪(時事通信)

 大阪で選挙の真っ最中ですが、正直まだこの議論続いているのかと思うといろいろうんざりします。大阪都構想については過去に何度も記事にまとめ、メリットもまったくないわけでもないものの正直小さく、むしろ制度改正によるデメリット、具体的には区毎の行政庁舎・部署の整理設置によるコストを考えると現在の体制のまま業務効率化を進めるほうが合理的と思え、私自身はやるよりはやらないほうがいいと判断しています。
 またこうした判断理由として、やはり大阪維新の会の説明や主張にそれほど論拠があるように思えず、またピンポイントなところがやや曖昧に聞こえるというのも大きな根拠となっています。むしろその幾分曖昧な説明の仕方を見ると、なにか別の思惑があるのではと思うところさえあります。

 で、本題ですが、どうせ都構想やるなら奈良でやるべき、奈良都構想にすべきじゃないかと内心考えています。

画像は奈良ポスター

 何故奈良なのかと言うと、奈良はかつて奈良時代は都で、南北朝時代も南朝が本拠をおいた歴史的にも由緒ある地で(難波宮はスルーしよう!)、東京都になにかあったときに首都機能を代替するような意味でも奈良を都にしておくのはいいのではないかと思ったからです。
 奈良だと土地も余ってるので再活溌もいけますし、あと鹿もいます。もう大阪都なんてやめて奈良に都を作ろうじゃないかと無駄に奈良推しな気分で一人で真剣に考えていました。

 ただね、真面目なことも考えると大阪都構想と奈良都構想、両者にどれだけの違いがあるのかな、っていうことも内心考えてほしいです。そりゃ人口とか経済機能で大きな差があるのは間違いありませんが、極端な話、何故奈良じゃなく大阪を都に格上げしなければならないという絶対的な理由は正直見当たりません。先程も述べた通り、人口などの相対的な理由しかなく、二重行政が問題だというのなら全都道府県で何故同じような政策を打ち出せないのかというのが論点になってきます。
 細かいレベルで話をすれば大阪市と大阪府の歪な関係は間違いなく是正すべき課題ではあるものの、都への格上げで全部解決されるのか、解決するのに都への格上げは必要なのかといったところです。奈良を県から都にすると奈良の二重行政は解消されるのか、真に考えるべきはこの点じゃないかと地味に思います。

 制度、権限上の問題であれば、大阪に限って言えば「府」の行政区分に関する権力構成を変える方がよっぽど近道だと思います。ちょうど同じような問題を抱えている京都府しか他に府はないだけに、都にこだわるのではなく府の改革をもっと目指すべきだったのではと、今更ながら思います。
 そういうわけで奈良はまず府を目指すべきで、今後私の中では勝手に「奈良府」って呼ぶつもりです。果たして定着するだろうかこの呼び方。

2019年3月23日土曜日

漫画レビュー「腸よ鼻よ」

 今日四本目の投稿ですが特に意味はなく、書きたいネタがただたくさんあるからだけです。あと面倒くさい取材とその記事の執筆が終わってハッピー状態なのと、これまで夜遅くまで毎日記事書きまくってた反動からか、「なんでもいいから文章書いていたい」という妙な欲求に今突き動かされています。

腸よ鼻よ(GANMA)

 で、本題ですが、上記リンク先のアドレスは「chohana」ってのはどうかなって気がします。それ以上に内容というか、これ連載していて大丈夫なのと主に作者の病状についていろいろ考えさせられました。

 簡単に内容を説明すると、この漫画は作者の闘病記(現在進行系)です。何がすごいかと言うと第一話目冒頭にして、「あたし、大腸ないのよ」というインパクトマックスなセリフに始まり、その後の展開も怒涛の衝撃の事実ラッシュで、最初に読み出した時はページをめくる手が止まりませんでした。
 作者である島袋氏の病気とは潰瘍性大腸炎という、私のような政治マニアからすれば一発で安倍総理の病気と同じものだとすぐわかるはずです。この病気にかかった作者は初期診断で誤診を受け、その後の治療も完全寛解には至らず(安倍総理に効いた新薬は効かなかった)、作中見ている限りだと一年を通して半年以上は入院しているんじゃないかというくらいのすさまじい闘病ぶりが非常に明るいタッチで描かれています。

 単純に漫画家としてのセンスはすごくあると思え、その内容のハードさに対して展開がわかりやすくつぶさに描かれており、非常に読みやすい作品となっています。一方で所々に「体重が20kg落ちた」とか「注射針太っ!(布団針より)」などドキッとするワードが並べられており、潰瘍性大腸炎が如何に恐ろしい難病であるか、あとなんでこんな体の弱い人が漫画書いているんだろうかと、かつて「球界のスペランカー」と呼ばれた虚弱体質だった元プロ野球選手の多村仁志氏を思い出しました。

 少し真面目な話を最後にすると、先にも述べたとおりにこの潰瘍性大腸炎という病気がここまで恐ろしいものだとはこれまで全く知りませんでした。それだけに同じ病気を抱えていた安倍総理に対して本気で同情を覚えるとともに、治って本当に良かったと心から祝福したくなりました。
 安倍総理が自民党下野後に再び総理の座に返り咲いた際、確かあるコメンテーターがテレビで、「下痢ピーでやめた人がまたなにをやろうっての?」という風に批判する発言があったことを私は覚えています。政治家に関しては健康も重要な資質であり、病弱な人間は総理、政治家としてふさわしくないと判断するのは決して間違いではなく、私自身もそうした視点をもって政治家をいつも見ています。しかし安倍総理はこの時点ですでに新薬によって寛解を得ていたことと、なによりも同じ病気を抱えている人たちのことを考えると、「下痢ピー」という下品な表現を使うのは当時としても疑問に感じましたが、今回「腸よ鼻よ」を読んで、改めて不謹慎すぎる発言だったと思い出しました。過激な発言を気にしない私ですらそう感じるほどに、本気でこの病気は恐ろしいと思えました。

 そういう意味でこの作品は非常におすすめで、興味があればぜひ手に取られるよう願います。後マジで作者の島袋氏については休載とか気にしないでいいから(現在手術後で休載中)、もっと体を大事にしてほしいと心から思います。

ゲームレビュー「特殊報道部」

 大阪には「くいだおれ人形」があるけど、「貸倒れ人形」というのはないのかなと仕事していていつも思います。あったらどんな姿しているんだろうと期待に胸が弾み、イメージ的にはパンツ一丁素寒貧な姿を想像しています。

特殊報道部(ゲームカタログ)

 さて本題ですが、結構前に上記の「特殊報道部」というゲームがセールされていたので購入し、つい昨日にコンプリートしました。何故このゲームを買ったのかと言うとアドベンチャーで遊びたかったのと、ちょっと前から気になってた「流行り神」というシリーズのスタッフが作っていてその系譜にあると聞いていたからです。
 遊んでみた感想としては悪くはない作品であるものの、やはりゲーム性の低さは否めず続編が出ないのも無理がないという印象でした。

 このゲームはタイトルの通りにテレビ局を舞台にしており、メーテレが製作に協力しています。それだけに作中でもテレビ局の雰囲気などはシナリオによく反映されてて、ディテールも非常にしっかり作られていることは太鼓判を押します。
 シナリオは「流行り神」の系譜を引いているだけに怪奇、特にXファイル系のUFOとかアブダクションなどSF系怪奇の真相を追っていくというテーマでした。シナリオの質に関しては最終話を覗いてどれもよく、遊んでいる間はそこそこシナリオで楽しむことができました。

 声優に関してはヒロインにクール系美少女やらせたら恐らく当代随一の瀬戸麻沙美氏が演じており、その他の面々もキャラクターに合った人がきちんと選定されていて私の中ではパーフェクトな人選だと思います。特に主人公の上司役のバブル期時代にいたようなテレビプロデューサーは藤原啓治氏、そう野原ひろし役の彼が演じていて、見事にこの癖のあるキャラクターを演じてました。
 ただ、上記の二人以上に目を見張ったのが主人公の先輩ディレクター役の沢城みゆき氏でした。もともとこの人の芸達者ぶりは他の作品でも十分にわかっていましたが、この作品ではハイテンションなキャラを演じていることも合ってかとにもかくにも声の出し方でほんのちょっとの溜めとか、伸ばし、音量の変化など、「こんな風にしてセリフをしゃべることができるのか?」という具合で、作品を通して聞き惚れていました。ガチな話、沢城氏の声を聴くだけでも買う価値はあります。

 と、以上まで褒める点をズラッと並べましたが、マイナス点も少なくない作品です。中でも一番のマイナス点はゲーム性で、はっきり言って無きに等しいレベルです。
 ゲーム中ではシナリオを進める途中で写真や音声の怪しい箇所を指摘する場面がありますが、これがまた非常にチープ且つ簡単で、ほぼすべての質問で正解が一つしかなく、ゲームを遊ぶと言うよりかはほぼずっとシナリオを読んでいるだけとなってしまいます。この他にもシナリオの方向性を選ぶ企画書選択(二択)というのもありますが、シナリオ内容が変化するのはこの選択肢のみで、実質的に1シナリオに付き2つのルートしかありません。その分かれるルート内容も、実質的にはほぼほぼ同じ内容だったりするし。
 最後に取材した内容をTV番組の進行とともに画像を選ぶミニゲームもありますが、これもまた簡単すぎて、ミスる方が難しいくらいです。なのでゲームとして操作する場面がほとんどなく、実質的にほんの少し変化する電子小説と言っても差し支えないものでした。

 あと他の人は指摘していませんが、オープニングは最悪の一言に付きます。特に主題歌は、「でーれでっで、でーれでっで、でーれでーれでーれでっで……」とやたら低音の大きな前奏が流れ、しかも音質もおかしいくらい悪いものでした。音楽にあまりこだわりのない私が気になるほどで、聞いててPSVitaのスピーカー性能をディスるためにこんな音質の悪い音を流しているのかと正直思ったほどでした。

 このほかシナリオは悪くはないと言いましたが、最終話に関しては「ひどい」の一言です。むしろないほうが良かったレベルで面白くなく、他のシナリオはなかなか良かっただけに、ゲームの締めくくりとするにはちょっと惜しいところでした。
 なお個別のシナリオに関しては第4話が一番よく、というのも瀬戸麻沙美氏が演じるクールな女子高生がポルターガイスト現象真っ盛りなハイオクに閉じ込められて怖がりまくるというシナリオで、マジで遊んでてなんか変な性癖に目覚めそうでした。でもって、「ああホラーでこういう風に楽しむ要素もあるんだ」と、妙な納得感を得ました。

ここにきて祝日変更しチャイナ

2019年劳动节假期调整为5月1日至4日(人民網)

 上のリンク先は中国語で書かれていますが、この内容に昨日度肝を抜かれた中国人は多かったと思います。というのも、既に発表済みの五月頭の祝日日程を、約一ヶ月前にして変更するとの通知が出されたからです。

 中国では毎年5/1は労働節(メーデー)ということでお休みなのですが、中国では祝日をなるべく連休とするために、前後の土日を出勤日にして、祝日前後に振替休日を持ってきて連休とすることがよくあります。こうした祝日及び振替出勤日の日程に関しては毎年年末に翌年のスケジュールが発表されてそれに伴ってカレンダーとかも作成されるのですが、今年の5/1は水曜日と週の真ん中にあったことから、振替出勤日などの調整はせずに5/1のみお休みと既に発表されていました。

 それが昨日、中国政府は突然、「1日休みじゃ物足りねぇ、やっぱ四連休にするわ」と、約一ヶ月前にしてジャイアンもびっくりなジャイアニズム的決断を下して発表してきました。私からすれば、「ああ、今年はカレンダー通りで余計な振替出勤とかなくて楽だな」と思っていたのに、その前後の4/28(日)、5/5(土)を振替出勤日に設定されて、気分的にはあまり嬉しくない結果となりました。

 ただ、ある意味こうした決断を出せるのはさっきも言った通り中国的ジャイアニズムによるもので、それはそれですごいなとも思います。昨日同僚ともこの件で話していましたが、年号を変えるだけでもやれカレンダー業者が、システムが、レオパレスが(これは関係ない)と上から下まで大騒ぎしているというのに、当日を約一ヶ月前に控えて祝日日程を大胆に変えてしまうとは、少なくとも日本は真似することは不可能でしょう。
 最近周りの人ともよく話ししますが、日本と中国社会の地味に一番大きな違いはこの点、要するに変化・応用への対応の差にあるのではないかと私もだんだんと思えてきました。やはり中国は変化が早いのですがそれに対する国や企業、一般国民の変化への対応が非常に早く、且つ恐れがありません。一方、日本はちょっとした制度変更でも「困る人がこんなにいる!」などと主張する人がいて抵抗されたり、そうした抵抗をくぐり抜けて変更したところ、初期トラブルに合って普及が進まず、行政も初期トラブルへの対応を放置してよくわかんないまんまマイナンバーが運用され続けるなどといった事例がよく見られます。

 あまり指摘はされませんが、この差は徐々に大きなものになっていくと思います。やはり世界や社会は常に変化し続けるものであり、変化に対応するというのは何よりも行政や市民には求められてきます。

ある特攻兵器を作った男の一生

人間爆弾・桜花を発案した男の「あまりに過酷なその後の人生」(現代ビジネス)

 先程ニュース一覧を眺めていて目に止まったのが上記リンク先ですが、その内容には驚きを通り越した恐怖のようなものすら感じ、読み終わった後にはしばしの脱力感を覚えました。どんな内容かと言うと見出しの通り、悪名高き特攻兵器「桜花」の発案者の一生についてです。

 二次大戦末期、進退窮まった日本軍は零戦による特攻に始まり、特攻用潜水艦「回天」など搭乗員の帰還を顧みない特攻そのものを目的とした兵器を開発し始めますが、桜花はその設計段階から特攻用兵器とした現時点においても唯一の航空兵器で、実際に実戦投入までなされています。
 桜花についての詳しい説明は省きますが、この度戦後行方不明とされていた桜花の発案者が実はその後も生きていたというのが記事内容です。その取材内容は見事というよりほかなく、記事中で提示されている資料などからも間違いなく真実だと認められるものですがそれ以上に当該人物、大田正一の秘されていた生涯には強い驚きを覚えるのみでした。

 触りだけ述べると、大田はポツダム宣言受諾から間もなく、偵察機で出撃した後に不時着して行方不明とされてきましたが、実際には漁船にて救出を受けており、その後無戸籍のまま偽名で平成の時代まで生きていたとのことです。無戸籍故に仕事を転々とし、晩年は医療費の補助が一時受けられないといったこともあったそうですが、公にその正体が明るみとなることはなく逝去しています。
 詳しい内容は非常に長い記事であるものの本文でつぶさに書かれているのでぜひ読んでほしいのですが、まさか現代においてもこうした戦中秘史とも言うべき内容が発掘されるとは驚きで、こういう事があるだけに歴史というのは面白いと思います。その上で、今回この歴史事実を発掘され記事を寄稿されている神立尚紀氏には強い敬意を覚えます。

2019年3月21日木曜日

賛成の多い意見よりも反対の少ない意見

 今日戦友と久しぶりに会って、戦友がこの前書いた記事について少し話してきました。単刀直入に言うと、「日本人は賛成の多い意見よりも反対の少ない意見を取ろうとする」ということを言ってきました。
 具体的に述べると、例えば100人で採決を取る場合、50人が賛成するけど40人が反対する意見よりも、30人が賛成するけど10人が反対する意見のほうを最終的には選びやすいのではと話しました。理由は何故かと言うと、反対者もそこそこいる前者の意見を採用した場合は採用後に対立が起きることが恐れるためで、それならばと賛成数は少ないけど反対者も少ない意見を取るんじゃないかと思ったからです。

 あくまで私の印象ですが、日本人は全体として自分がいいと思う意見よりも、波風の立たない意見の方を優先する気がします。またこれは意見表明しない段階においてより顕著ですが、意見のぶつからない議論や意見の方に傾くように見えます。良い意見を採用するよりも、意見によって分裂するのを避けようとすると言うべきか。
 なお、私についてはこういうことは余り気にしないと言うか、自分が少数派に回ろうとも、意見がこじれようとも反対意見があればはっきり言って、採決で別意見が取られたら素直に従うようにしています。というのも議論においては自分の意見を採用させるよりも、意見を比較しあうことが大事だと思うからですが、まぁこんな行動取ってれば目をつけられるのも自然の成り行きでしょう。

2019年3月19日火曜日

選定の理由

 泡で出るハンドソープをそろそろ買わないとと思っているものの、メイソウで売られているハンドソープが百合の匂い版しかなく、なんとなく百合っぽくて買いづらいなと思う日々が続いています。

屈辱の涙に濡れた戦国時代のお兄ちゃんたち(JBpress)

 ブログで取り上げるのを忘れてましたが、昨日にまたJBpressで歴史記事を出しました。これはいざって時用に出していたため記事で、提出自体は確か12月くらいだった気がします。内容は以前子のブログでも取り上げた戦国時代に家督を継げなかった長兄たちの話ですが、結城秀康と伊達秀宗はこのブログでも取り上げてはいるものの、細川忠隆はこの記事のために追加しました。
 内容は歴史事実なので特に触れる必要はないですが、そこそこ記事文章は気に入っており読み物としては悪くなかったと思います。あいにく日間アクセスランキングでは5位にとどまりましたが、ヤフコメでは「おもしろかった」とコメントしてくれる人がいて素直に嬉しかったです。

 そのヤフコメですが、「上杉謙信の兄は?」という意見がいくつか寄せられてて、これは私自身も多分来るだろうと予想していました。その謙信の兄とは長尾晴景のことですが、彼をこの記事で出さなかったのは複数理由があり、並べると以下の通りです。

1、対象とする時代を安土桃山~江戸時代初期に限定したから
2、長尾晴景は一旦は家督を継いでいるから
3、時代背景がやや異なる

 3について補足すると、いわゆる安定した時代へと移り変わってきた江戸時代初期と比べると、晴景の時代は一にも二にも腕力が物を言う下剋上の時代で、家督を継ぐという意味合いで今回取り上げた三人とは大きく異なった状況でした。有名所ではあるものの、やはりそうした背景を考えるとこの三人組がいいと考えたことから、晴景は今回除外したわけです。

 ちなみに取り上げた三人の順番にはちょっと仕組みがあり、

1、結城秀康:庶子で最初から後継者扱いされていない
2、伊達秀宗:庶子だが最初は後継者扱いされてた
3、細川秀隆:嫡男で最初から後継者扱いされてた

 という風に、その当初の後継者としての立場が段々強くなっていく順番となっています。仮にこの順番が逆だったら、読んでる方も読んでて違和感を感じたでしょう。細かい工夫に見えるかもしれませんが、こうした文章構成の流れはやっぱり重要だと日頃考えています。

2019年3月18日月曜日

バッファローのマウスについて

『レスポンス最悪』のクチコミ掲示板(価格コム)

 先日、日本で買ってきたマウスがクソだったと愚痴を漏らしましたが、まさに上記ページで語られているバッファローのマウスで、症状についてもこちらもまさにここで議論されているとおりでした。

 議論内容を見る限り、どうもバッファローのマウスは省電のためにしばらく操作がされないと自動でスリープに入る余計な機能があるようです。そのため省電モード(スリープ)から立ち直る際に動作が遅くなるというか規定のカーソルスピードにはならず、っていうか私の場合なんか電源を一回はオンオフ切り替えないとスリープから立ち直らないということも多々ありました。
 はっきりいいますが不良品もいいところで、それこそちょっとキーボードでメールや文章を打つためにマウスから手を離すとすぐこうなる有様でしたから、普通のマウスとしての機能を期待すること自体高望みかもと言いたくなるようなひどい仕様です。真面目に言いますが、バッファローのマウスだけは買うべきではないでしょう。

 なので 先週末にまたマウスを買いに遠くまで自転車で行きましたが(往復40km)、買ってきたマウスはサイズや形は良かったものの、動作がやや微妙なのと、ボディのプラスチックがやけに透光率が高く、使っていると赤いレーザー光によってマウスの持ち手部分まで光り、無駄に気になるためすぐに使うのやめました。
 翌日、もともとデザイン性が悪くてあまり好きじゃなかったのですが、あまりにもマウスとしての普通の機能を果たさないマウスが多すぎるため、結局老舗のロジテックの99元(約1600円)のマウスを購入して昨日から使っています。やや高さの低いマウスですが昨日の一日ですっかり慣れて、違和感は今や全くありませんし動作自体もきちんと動き、あと無駄に光りません。

 それにしても最近のマウスは普通の機能ですら怪しいレベルのものがこんなに多いとは思いもよりませんでした。去年の11月くらいからひたすらいろんなマウスを買っては試してみたものの、サイズ嗜好はともかくとして、クリックやカーソル移動などもちょっと微妙なものが多く、こんなに粗悪なものが多くなっている事自体が自分にとっては驚きでした。
 最後に、去年の11月以来私が購入したマウス一覧を紹介します。

・rapooの有線マウス
 クリック音が完全無音で手応えがなく、使い慣れず新入社員にあげた。

・赤い有線マウス
 サイズ、動作ともにすごく良く会社で気に入って使っていたが、マウスが壊れた同僚に譲った。

・青白の超でかい無線マウス
 大きいのがいいだろうと思って買ったがあまりにも大きく、特に手のひら部分から手首にかけての違和感が半端じゃなかったため封印。

・ロジテックの有線マウス
 白黒のデザイン性がマックスに良くサイズもいいものの、右クリック部分のパーツが押した際に中央部パーツとたまにぶつかり変な感触があるが、会社で今使っている。

・メイソウで買った15元の無線マウス
一般的なサイズと形で握り心地は良かったが、誤作動でワンクリックしたらダブルクリックになるこ とが頻発したため封印。

・日本で買ってきたバッファローの無線マウス
 消費者センターにクレーム入れてもおかしくないくらいの不良品、マウスとしての存在価値すら疑わしい。

・一見普通の無線マウス:光る、あとPC上の動作がやや怪しい。

・ロジテックの99元無線マウス:なんだかんだ言って全体的に及第点、ロジテックのマウスはデザインが悪くて嫌いだったが、これは指の当たる部分が斑点上に加工されてて見た目にも悪くない。

 何故こんなにマウスにこだわるのかと思われるでしょうが、こうしたPCのサプライパーツは安くていろいろ種類が多いので、実はこういうのを買い集めるのが昔から好きでした。一度も使ったことのないUSBメモリスティックも結構ありますが、お金のかからない趣味というのが何よりもいいところです。

2019年3月17日日曜日

ピエール瀧事件を見て

 説明するまでもないですが俳優のピエール瀧氏のコカイン容疑での逮捕を受け、その事件内容はもとより、彼の出演していた映画、ドラマ、ゲーム作品の取扱が大きな議論となっています。一部ゲームは既に配信が中止されていますが、ちょっとラリった感じの自衛隊員役で彼が出ていた「SIREN2」というゲームが俄に話題となったのを見て、ああちゃんとこのゲーム遊んでおけばよかったと今後悔しています。なおその前作の「SIREN」は完全クリアしており、「SIREN2」で闇人(やみんちゅ)と戦いたかった……。

 なにも今回のピエール瀧氏の事件に限らず、出演者がほぼクロな犯罪事件容疑で捕まったことで出演作がお蔵入り、黒歴史化する事例はこのところ相次いでおり、その影響額も天文学的な数字というか年々でかくなっている気がします。なおこうした処置というか対応を見て私が真っ先に思い出したのは、安達祐実氏の映画初主演作である「REX 恐竜物語」で、こちらでは監督していた角川春樹氏が今回の件と同じくコカインで逮捕されたことで延長予定だった興行が延長なしで打ち切られています。
 ちなみに今回の事件を受けてNHKでは、ピエール瀧氏の出演部分のみ再録した上で、今後代役を立てるとしていますが、そもそも今年の大河自体あまりにも受けがよくないのだから、今回の事件を口実に打ち切りにするのではないかと実は予想してました。このまま続けるより、篤姫とか再放送したほうがいいんじゃないかな。

 話は戻りますが、こうしたある意味作品の頒布自粛について果たしてここまでやる必要があるのかという議論がいま一番激しくなっているように見えます。さっきも書いたとおりに近年はほんのちょっとでも出演していたらアウトという風潮で、なまじっか人気脇役であったことから関連作品が膨大ということで、対応を見逃してほしいのか「作品に罪はない」などという主張も見られるようになってきています。
 また舛添要一氏の主張ですが、こうした芸能人というのは特殊な価値観や世界にある人達で、一般常識のくくりで見るべきではなく、こうした犯罪行為も芸の上での一つの特徴として寛容に見るべきという声もあり、私なんかは割りとこの意見に同感するとともに、歌舞伎界なんかやっぱりそういう気風があるという気がします。ただ、なんかこのまま行くと「不倫」ですら出演作全部排除という風に今後なりかねないという気もしますが。

 長引かせずに私の意見を言うと、まず一つは出演作を排除するか否かはあくまでその関係者が自由意志で決めることであって、外野がとやかくいうべきではないと思います。販売や公開をつづけたところで外野が「不謹慎だ!」などと思うことは問題ないですが、そうであればそうした作品を見たりしなければいいだけなので、排除を要求するのは流石にやりすぎだと思います。
 その上で、仮に私が排除するべきかどうかを判断する立場にあるとしたら、問題となった俳優の作品中の重要度で判断します。例えばさっきの「REX」みたく最高責任者の監督や主演者がやらかしたのなら排除に前向きとなりますが、一脇役程度であれば排除することでむしろ他の出演者やスタッフの負担のほうが圧倒的に大きくなることを考えると、そのまま再録とかせずに気にせず作品の公開を続けるでしょう。

 逆にと言うか、そうしたスタンスで望まなければ今後、作品を崩壊させる裏切り者とかも出てくる可能性があるように思えます。一端役として出演した後で、わざと犯罪を起こすことで作品そのものを沈める最近のバイトテロみたいなことを意図的にやる人間とか出てくる恐れを考えると、何でもかんでも排除すべしというのはちょっと危険に感じます。

 最後にもう一つの意見を述べると、あの田代まさし事件以降、芸能人の麻薬絡みの逮捕や捜査は跡を絶ちません。たしか「アッコにおまかせ」で出演者が言っていましたが、「こうした事件が起きる度に芸能界全体で麻薬が氾濫しているかのように見えるのが一番困る」という発言がありましたが、それならもっと対策を講じるべきと言うか、最低年1回くらいのペースで全芸能人が麻薬検査すりゃいいじゃんという気がしてなりません。
 映画やドラマ出演にあたってはそうした検査を事前に受けていることを必須条件とすれば、少なくとも今後こうした事件の発生は限りなく抑えられるでしょう。出演、公開後に使用が発覚したとしても、「このときはシロだった」という根拠にもなりますし。

 なお今調べたら一応こういう簡易検査キットは販売されているようです。値段次第ですが、リスク予防を考えたら導入もありなんじゃないかな。楽天ならポイントもつくし

 自分が見ていないだけかもしれませんが、上記のような意見がこれまでどこからも出てこないのがなんか不思議でしょうがないです。自分がずれてるのかなぁ。

2019年3月14日木曜日

相性の悪いタイプ

 学生時代はよく下宿が同じだった友人と夜な夜なあれやこれやと議論をしていましたが、当時この友人との議論となると大抵自分が言い負かされる結果に終わっていました。実際にこの友人との議論を経て、私の死刑に対する考えは廃立派から肯定派に変わっています。
 ただいくらか言い訳がましいですが、友人の方でも自分と議論している最中は別の意見を主張していたのに、後々自分が主張した意見のとおりに考え方が変わってきていることが多々あったと話していました。とにもかくにも当時かなり激しく議論し続けましたが、勝率は7:3くらいで友人のほうが圧倒的に自分を上回っていました。

 その友人について最近勝手に分析を始めたのですが、改めて思うにつけやはり自分と最も相性の悪いタイプだったなという結論に落ち着きました。というのも議論に置いて私が攻め一辺倒であるのに対し、その友人は完全な防御型、将棋で言えば穴熊に籠もって一切出てこないようなタイプだったからです。

 実際に私と話したことがある人間からすれば想像しやすいと思いますが、こと議論における攻めの激しさで言えば私は比類ないほど強力です。何故そこまで自信満々に言えるのかと言うと、頭の回転はそこそこしかないものの、知識量については常人を圧倒するレベルであるため、どんな状況においても相手の言葉尻一つからどこでも反撃を仕掛けられる自信があります。
 基本的に相手のもっている情報はほぼ全て把握しているのは当たり前で、更にそれ以上の情報すら抱えているのも私にとっては珍しくなく、相手が主張してきた意見に対して先回りを仕掛けるような形で反撃したり、相手にとって未知の情報を出して置いてきぼりにして議論を進めたりというようなこともよく行います。

 また私自身の性格からも攻めに重きをおいており、特に一撃死については美学があり、「一撃で殺せなければ即ち死」という示現流みたいな価値観を持っています。そのため小出しの反撃を控えて相手を泳がせた上、ここぞというところで一撃を加えて議論を終わらせることもありますが、大抵は相手の防御諸共突き崩して倒そうとします。
 また、私の主張につられて相手も積極的に反論してくる殴り合いのような議論ともなれば、もう私にとっては怖いものなしです。前述の通り知識量でいくらでも圧倒できることと、攻めに重きをおいていることもあって一撃が重くなおかつ早口でもあることから、議論がヒートアップしてスピードが上がってくれば九割方勝利を確信できます。

 そんな自分にとって、前述の友人は最悪の相性とも言うべきタイプでした。先程にも述べた通り超がつくほどの防御型で、議論において私の主張にほとんど反応や返答すらせず黙って聞き、ひとたび穴のある部分を見つけるや的確に突いてくるというようなタイプでした。
 それこそこっちの意見につられて相手も反論を出してくるなどして殴り合いに発展すれば私としてはしめたものですが、この友人はなかなか乗ってこないと言うか、本当にある段階まで無言でずっと聞くだけというのが多かったです。それだけに、こっちが意見を出し尽くして右往左往し始めたところで弱いところを的確に突かれると、こっちも反撃のしようがなくなり、その後は向こうに一方的に言いくるめられるだけとなってしまいます。

 今回なんでこの友人のタイプを分析できたのかと言うと、一回だけ友人も私の主張につられて激しく何度も反論してきたことがあったのを思い出したからです。このときの議論は私にとっても非常に意外だったというか印象深く、珍しく言い合いが激しくなったと思ったのと、終了時に友人が完全に自分の意見を肯定し認めたからです。私としてはこの友人が相手だということもあって本当に最後の最後まで「この後どんな風に逆襲されるのやら……」と戦々恐々のまま議論を進めていたところ、思っても見ないところで、「あー、そうか……。確かに花園くんの言うとおりだ」と、いきなり白旗上げてこられて、「騙し討ちか!?」などと逆にこっちが混乱する事態となりました。
 それで何故この時友人は私の意見に同調したのかと思い返すと、やはり「積極的に反論してきた」というのが一番のポイントだったことに気が付きました。やはり殴り合いになると自分は極端に強いなと思うとともに、「途中まで全く反論してこないからこいつはこれまで手強かったんだ」という結論に至ったわけです。

 以上をまとめると、こと議論において私は超がつくほどの攻め型であり、一切打って出てこないような防御型には相性が悪いということとなります。逆に、攻撃と防御のバランス型や、やや攻めに重きをおいているタイプなどは私にとっては与し易い相手と言えるでしょう。
 なお議論における私の必殺技をもう一つ挙げると、相手の発言を最初から最後までほとんどすべて暗記できるというのがあります。議論が白熱してきたところで急にそれまでの相手の発言を諳んじてみせると大抵相手は大きく動揺し始めるので、他の人にもおすすめしたい必殺技です。

2019年3月12日火曜日

戦国アルピニスト

佐々成政(Wikipedia)

 佐々成政とは織田家の武将で、信長の親衛隊から出世して本能寺の変の頃には柴田勝家とともに北陸に拠点をおいて対上杉家討伐軍の一翼を担っていました。しかし本能寺の変の後、影響力を拡大する豊臣秀吉との間で対立を深めていき、賤ヶ岳の合戦で同僚の柴田勝家が滅んだ後も抵抗を続けたものの、最終的には秀吉に屈服させられ領地を没収されることとなります。
 その後、秀吉の九州制圧が完了すると肥後(熊本県)の支配を任されることとなりますが、国人勢力の強い肥後とあって一揆が頻発することとなり、最終的には統治不行の門で切腹を申し付けられています。この切腹に関しては秀吉が敢えて支配の難しい肥後に追いやって、意図的に成政を抹殺したとも、成政自身の統治能力欠如による結果とも説が出ています。

 以上のような経歴から割と通好みというか、私の友人を含め彼を気に入っている歴史好きはそこそこいるのですが、そうした見方の他に戦国武将としてではなく登山家、そうアルピニストとして彼を評価する声があることに最近気が付きました。

佐々成政(ニコニコ大百科)

 詳しくは上記リンク先によくまとめられていますが成政がまだ秀吉勢力に抵抗していた頃、同じく抵抗していた徳川家康と織田信雄は小牧・長久手の戦いを経て秀吉と和睦したと知ると、「成政は両者に抗戦を続けるよう説得するために自ら出向いたと言われています。出向いた事自体はあちこちの文献から確認でき、秀吉に対する飽くなき抵抗者としての成政の性格を示すエピソードとして高く評価されているのですが、問題なのはその行程です。
 このときの成政の行程は「さらさら越え」と言われ、越中富山から家康のいる三河遠江(浜松)までを、真冬の日本アルプスを踏破して会いに行ったと言われています。具体的には立山連峰を突破したと言われいますが、ここは登山装備の発達した現代においても難所とされる場所で、安土桃山時代に、真冬のシーズンに、しかも御年49歳と当時として十分高齢な成政が突破できたのかについて疑問が出ているそうです。

 そのような難所を踏み越えてでも秀吉への抗戦を呼びかけたものの、結局家康からは承諾が得られなかったという点でもこのエピソードは悲劇性を高めているのですが、そもそもそれ以前の話というか、もし成政が本当に走破していたとしたら、ビカール・サンもびっくりな登山マイスターであり登山史的にも空前の記録を刻んでいたということになります。それだけに、「成政は本当に冬の立山連峰を突破したのか?」は議論となっており、なんと江戸時代においても加賀藩が「マジかよ?」ってことで五回も調査をやってたそうです。
 現代においてもこの論争は続いており、実際に当時の装備を勘案した上で冬の立山連峰に登った人たちからは「絶対無理」と断言され、恐らくは別ルートを取ったのではという説が現代としては強くなっています。そしてこの別ルートに関しても複数候補があり、また協力者もいたのではと何故か村上義清の息子が出てきたりと、非常に活発に議論されています。

 無論、私としては成政がどのようなルートを辿ったかについて判断する材料はなく、今後もこの議論を見守っていきたいという立場を取りますが、なんていうか夢のある議論であるように感じます。というのも僅かな手がかりから当時の状況、そして現代でも検証可能な地形など、探っていくことに強い価値を感じる議論のようです。
 それにしてもこの話聞いて成政に対しては武将というより登山家のイメージが一気に強くなりました。人間、何がきっかけで評価されるかわかったもんじゃない。

2019年3月11日月曜日

気違いの所業

Comlocation 企業居点

 上記リンクは私が一応運営している、日系企業の海外拠点情報を集めたサイトです。このサイトにはWordpressというブログソフトを使っており、これはPHPというパーフェクトリバティーではないC言語が使われているそうなのですが、当初使っていたPHPのバージョンが古く、「いい加減更新しろ!」という表示が出てきたため、昨日腹をくくって案内に従ってさくらサーバーにアクセスした上で更新を試みました。

 結果……意外とあっさりPHPの更新が済みました(5.6→7.2)。

 実際にはあっさりというほどではなく、切り替え自体はさくらサーバーのユーザーインターフェース上でワンクリックするだけという恐ろしく手軽化されてはいたものの、切り替え直後にホームページが表示されなくなりました。といっても古いバージョンに戻せばまたすぐ表示できたので、恐らく導入している「プラグイン」というソフトの何かが悪さ働いているのだと思い、近年更新されていないプラグインを思い切って削除して切り返し直したところ、今度はすんなり表示されました。
 ところが、メインページは問題なく表示されたものの、今度は個別企業情報ページはなぜだか真っ白のまま何も表示されなくなりました。日本にいる友人にも試してみてもらったところ、友人の方では問題なく表示されたとのことでしたが、なんとなく心配というか、前からこういう懸念はありました。

 というのも、ホームページに使っているテンプレートが非常に古く、最新のシステムやソフトに対応しなくなるのではという風に前から感じていました。通常、テンプレートもプラグイン同様に更新されていくのですが、私の使うテンプレートは人気もなかったこともあってかずっと更新されておらず、このままじゃまずいという懸念は前から持っていました。
 そこで、友人の方では問題なく閲覧できるとはいっても少なくとも自分のPCからじゃ見れないのだし、思い切ってテンプレートの更新もそのまま突入しました。条件は「右サイドバー」タイプのテンプレートで、これ一本でいくつか探したところ割とすんなりいいのが見つかり、広告欄を含めて意外とあっさり移行に成功することができました。と言っても、この時点で5時間位対応し続けていましたが。

 直接サイトを見てもらえばわかりますが、割と以前のテンプレートのように青を基調とした企業情報サイトらしくシンプルな構成になっており、デザイン的には前より良くなっていると思え気に入っています。ただ、これは今朝気が付きましたが一部図表のサイズが勝手に変更されて変なふうになってしまってたので、こちらはサイズ調整して先程直し、現時点では以前のテンプレートからの移行が完璧に近いくらい達成されています。

 それにしても今回は久々にモノを作る楽しさに触れたと言うか、先程も書いたとおりに5時間位ずっと向き合って作業し続けました。今日もさっきまで2時間位あれやこれやと試しており、以前もそうでしたが、なんだかんだ言いつつこうしたサイト構築はやってて時間を忘れるくらい楽しい作業だと思います。

 ただ、今回改めてこちらの企業居点はメンテナンスが遅れているということを痛感します。情報の追加自体はほぼ2週間にいっぺんのペースで新規拠点を追加し続けているものの、一部社名の変更された会社や組織変更などへの対応はずっとお座なりになっており、いつかやらなきゃと思いつつもプラモ作ったりゲームで遊んでたりとサボったり、もといJBpress用の記事書いたり、このブログ書いています。
 友人曰く、このブログだけでもほぼ毎日更新されており、異常者に近い執拗さを十分感じるとのことですが、私自身としてはやはり企業居点の方こそ、自分で作っておきながら気違いの所業だと感じます。先程述べたとおりにメンテナンスがおざなりとはいえ、二万件超の海外拠点データを集めるだけでなく整理、アップロードまでしており、普通の神経ではやろうと思っても実行する奴なんていないだろうと思うような頭のおかしい作業をやってのけたという気がします。

 実際に情報収集、アップロードまでは多大な時間をかけており、今同じことをやれといっても他の仕事とかで多分無理というのが本音です。なおアップロード作業中はずーっと左手をキーボードに固定して叩き続けたせいか、アップロード作業依頼、左半身の神経がそれ以前と比べて痛むなど、なんかおかしくなったという自覚があります。
 作業を主にやっていたのは2013年ですが、当時は環境的にも自分の人生の中で非常に苦しい時期でしたが、改めてよくそんな時期にこんな頭のおかしいサイトを作ったものだという気がします。ただ作ったはいいけど、もうちょっと稼いでくれたらなぁ。

 このブログも今の構成にしてからだいぶ経つし、そろそろ変えようかな。今色んな意味でクソ忙しいというのに……。

日本製食器の中国市場の可能性




 いきなり商品画像からですが、これは今欲しいノリタケのマグカップです。現時点でも縁が緑色したマグカップを使っていますがこれが非常によく、一発でノリタケが気に入るようになりました。

 さてそのノリタケですが、先日実は工場直売店に行ってペアのマグカップを選び、この前友人の上海人にあげてきました。友人も一目見るなり非常に気に入り、「高かったでしょ?いくら?」と聞くので予想値段を先に尋ねたところ、「うーん、5000円はいくでしょ?」と答えました。恐らく私がケチだということを知っているので、5000円以上は出さないだろうとの目測からこの数字を出したのではと思います。
 答えはと言うと実は2個で2500円と、友人の予想値の半額でした。「また安いものを人に贈って……」と少し文句を言われましたが、改めてその品質に比してリーズナブルな値段に驚いていました。

 その上で私は友人に、「やはり中国人は純白、それも光沢のない食器を好むから、割りとこのノリタケの食器と相性が良いと思う」と話し、中国市場でもアピール次第でまだまだ売れるようになるのではないかという腹づもりを明かしました。友人も現物を見てか非常に乗り気で、「代理店、いややはり直接仕入れて直売するべきか……」などと、何年ぶりかと思うような起業を含めた商売の話を自らしてきました。
 現実には会社作ってどうこうするほどの時間も体力もないのですが、やはりノリタケを含む日本の洋食器メーカーの商品は中国で多大なポテンシャルを秘めている気がします。日本通の友人ですら「ノリタケ」や「ナルミ」といったブランド名は全く知らず、その商品と価格についても何も知識がありませんでした。もっともも上海人の友人に限らず、日本人でもノリタケの名前に反応できるのは少ないだろうという気がしますが。

 以前にもこのブログで書いていますが、中国の陶器は割と驚くくらい質がよくありません。見ていて如何にも質感がダメそうな皿でも割と高い値段で売られたりしていて、その値段だったら日本ならもっといいのを変えるのにとこれまでに何度も思い浮かべていました。
 ただ、日本の陶器や焼物でも、中国人向けの好みは日本人向けとは異なっています。具体的にはやはり絵付けを好まない傾向があり、無地純白系が非常に好まれ、私も好きな黒い茶碗とかはあまり興味を示しません。なお色彩については、なんか光沢のない色を強く好むような気がします。

 話は戻しますが、そういう意味でノリタケを始めとする洋食器メーカーの商品は相性がよく、また百度で軽く検索してみましたが、やっぱりと言うかあまり中国でこうした日系洋食器メーカーを紹介するサイトは少なく、そもそも知名度が少なくてその質と価格の良さに気づいていない節があります。
 それだけに非常にもったいないと感じるというか、やはり日系洋食器メーカーにはPRを含め中国市場での展開をもっと頑張って欲しいと思います。私自身もこれから中国人土産にはこうした洋食器などを使おうと考えており、孤軍奮闘であってもアピール活動を続けていこうと考えています。

2019年3月8日金曜日

見えないものを見ようとして

 「何故記者になろうとしたの?」という質問をこれまでに何度も受けてきましたが、私の答えは決まって文章を生業とする職業として適切だったからと濁してきましたが、それは生業上の理由であって、期待のような動機ではありません。ではその動機はなんだったのかというと、死ぬまでに情報の最前線に立って、なるべく真理に近いところで倒れたいというのが齢十五以来一貫していだき続けてきた動機です。
 この心理に近い場所に立つ手段が何故学者ではなかったのかは、そもそも学者という職業自体目指して到達するものとは考えず、実業界において実績と経験を積むことで周囲に求められて果たすもの、自分で望んでなろうとするものではないという風に考えていたことが大きいです。もっともそれ以前に、あの権威じみたアカデミックな空気が初めから嫌いだったことのほうが大きいですが。

 控えめに言っても、霊能力者やUFO愛好家を除けば、他の人が見えないものを見ようとする意欲、知識欲について自分は明らかに高いと自負しています。その視線の矛先は単体というよりかは群体、システム全体の仕組みや動きに対するものが強く、やはり私自身も大きなひとかたまりのまとまりでもって捉えることを得意としています。

 ではそういったものを捉えるのに何が必要か。結論から言えば感覚をとにもかくにも研ぎ澄ませることが一番大事だと思えます。具体的には常に思考を巡らせ、目や耳手を伝わる感覚を解剖して分析し、そうした過程で自分がこれまでに経験していない断片を全神経をもって探すという作業を毎日ずっと繰り返すことに尽きます。また使いすぎて鈍ってきた感覚を取り戻すために、定期的に刺激を与えるというか、日常から離れた体験や芸術的な対象に定期的に触れさせることも重要でしょう。

 こうして研ぎ澄ませていった私の感覚ですが、大体二年くらい前からこれ以上研ぎ澄ませては逆に危険ではないかと思うようになっていきました。というのも相手の声色やちょっとした仕草の変化をすぐ感じ取ったり、社会の気づきづらい変化や本人らが自覚していない癖などを自分でも異常なくらいに自然と見抜くことが多くなり、内心もう十分じゃないかと考え、それ以降はあまり自分の成長を望まなくなりました。

 その甲斐あってか以前と比べると最近は感覚が鈍っているという自覚もあり、以前より目には見えないものに気づくことが減っています。その一方、自己内の分析というか思考回転数は上がり続けているのか、前より何も考えない時間が減ってきている気がします。ほんのちょっとの瞬間ですら次の記事に書くネタやその分析、直近のスケジュールや予測などを考えだし、本読みながらでも別の内容について分析し続けていることすらあります。
 なんとなくインプットが減った分、内部の回転数が逆に上がっているように思え、ちょっとまた感覚を研ぎ澄ませる必要があるのではとまた考え始めています。自分の手垢のついていない知識分野をまたぞろ一気に広げるべきかと悩みどころです。

 そうした経験を踏まえて言うと、見えないものを見ようとすることは恐らく大半の人にとっては苦痛にしかならないと思います。逆に苦痛じゃない人は現時点で既に旺盛に知識をため込んでおり、いまさら言うまでもないでしょう。
 この辺のメカニズムを軽く述べると、普通人間は自分の考え方や知識を固めていこうと考えるはずです。自分の場合は逆で、自分の考えをどう崩し、壊し、再構築していくかばかり考えています。まだこんなもんじゃない、もっと上があるはずだと考え続けています。

2019年3月7日木曜日

中国の今年の景気に関する所感

 ネス湖に現れたUMAはネッシーと呼ばれるのなら、揚子江に現れたらヨッシーと呼ぶのか気になっています。

 さて今年に入ってから日系各紙で「中国の景気減速の影響で」という表現がやたら見られるようになりました。経済成長率の鈍化は何も最近に始まったわけではないのになんで後も急に増えるんだろうかと内心冷ややかに見ています。なお個人的にガチでビビったのは、今もやっている全人代で目標成長率の引き下げが発表されたところ、「中国の経済が縮小されるわけだから~」と書いているヤフコメがあったのですが、どこから突っ込むべきだろうかとしばし悩みました。

 関係ないけど日本で買ってきた無線マウス、長時間触らずにキーボードで叩くとほぼ100%反応しなくなり、電源を入れ直す必要がある欠陥品と判明しました。またマウス買うのか、去年末から既に6個も買ってるのにどれも使えないなんてな……。

 それで本題というか結論を言うと、特に具体的な調査データなどなくあくまで私個人の所感として述べると、今年の中国の景気は製造方面はともかくとして消費に関しては非常に好景気になるのではないかという予感が強くします。

 ほんの二分くらい手を離しただけでまたマウスが反応しなくなったし……。

 何故こう感じたのかというと先週末、友人に日本土産を渡すために繁華街で待ち合わせたのですが、その日はいつもながらまたザーザー雨が降っていたにもかかわらず、買い物に来ている人の数が明らかに普段より多かったからです。また買っているものも割と値の張るようなものを買ってる人が多く、飲食店も混んでてなんでこんなに人多いんだろうと不思議に感じるほどでした。
 背景としてはちょうど月初の週末で、給料を受け取ったばかりの人が多かったこともあるでしょうが、なんか去年と比べても消費が活発に動いている印象を覚えました。

 またこの消費に関してもう少し述べると、中国では今年から個人所得税が減税されており、また日本の消費税に当たる増値税も一般商品が17%から16%に引き下げられています。特に2月末給与(1月勤務分)で初めてこの所得税減税が得られた給与が支給されるため、実質的にほぼすべての就労者がそれまでより多い給与額となっているはずで、これで消費が増えないほうがむしろ変でしょう。
 なお増値税に関しては更に引き下げようとする案が今の全人代(中国の国会)で出ており、多分これも通るでしょう。消費者にとってはありがたいけど、税額計算する方にとってはしょっちゅう変えられると溜まったもんじゃないんですが……。

 あとこれは江南地方限定ではありますが、昨年12月から現在まで、誇張ではなく2日連続で晴れとなったことは一度もありません。っていうか太陽がちゃんと見られるくらい晴れた日なんて10日ちょいくらいしかないだろうと思うくらい、今年の冬は極端に天気が悪かったです。
 天気の消費への影響は言うまでもなく非常に強く、仮にこれから春になるに連れて天候が良くなるとしたら、多分それだけでも直近三ヶ月よりも、というよりこの三ヶ月間抑えられていた分だけ消費が増えると思います。他の地域は知りませんが、それくらい今年の上海周辺地域の冬は異常な天候でした。

 以上のような感じ方から、日本の予想とは裏腹に今年の中国の景気は案外かなり良くなるんじゃないという気がしますが、年末にかけては消費が落ち込むだろうと見ています。何故かと言うと、知ってる人には早いですが減税に伴って個人所得税の制度が代わり、所得税の計算方法が月次計算ではなく年間包括計算方式となったからです。
 簡単に説明すると一年間で毎月同じ給与をもらっていても所得税額が毎月変わるようになり、年末に近づくに連れ手取り額が段々少なくなるような仕組みになりました。やっぱこの辺の心理的影響は消費に影響するでしょう。

 最後に、「中国の景気減速で~」という表現には気をつけて見るべきだと断言します。いってしまえばスケープゴート的な理由として使われる可能性が高く、業績悪化する企業についてはもっと別の理由があるかもという視点をもって発表を見るべきでしょう。

2019年3月5日火曜日

「怒ってる人ばっかり」な日本の番組

山里亮太、最近のテレビに物申す「怒ってる人ばっかり出てる」(Smart Flash)

 本当は昨日に書きたかったけど、昨日は仕事の疲れから頭痛を起こして夜九時半にはもう寝ていました。最近こうやって体調悪い日は極端に早く寝るようにしてますが、やはり睡眠量はだいじだとやってて思えてきます。
 なお昨日出した記事は一昨日の夜に暇だったから書いたもので、予約投稿してたものです。

 話は本題ですが上記のリンク先は昨日見た記事で、南海キャンディーズの山ちゃんこと山里氏が昨今の日本のTV番組について述べた内容をまとめたものです。一読して私もまさにその通りだと同感するとともに、意外と鋭い視点を持っている人なのだなと山里氏に対する味方を改めさせられました。
 私自身は中国にいて日本のTV番組は普段殆ど見ないのですが、最近どこのネットニュースも放映されたTV番組のコメンテーターの発言をそのまま文字に起こして報じることが多くてそれをよく見て入るのですが、山里氏の指摘のとおりというか、何か事件が起こるたびに「こういうのは良くない」、「(当事者について)問題がある」といった内容ばかり目にします。昔からそうだったかもしれませんが、なんとなく私の肌感覚で言えば今のほうがなにかに文句をつけるコメンテーターが番組内に前より多い気がします。ハリーは昔からだけど。

 また、今回この山里氏の指摘を見て真っ先に思い浮かべた番組があります。それは何かと言うと今流行りの「チコちゃんに叱られる!」で、実は先日日本に帰っている際にうちの親父に何本か録画を見させられていたからです。
 はっきり言えば、流行ってるとは言うけどあまり流行ってほしくない番組だなというのが正直な感想でした。また、流行ることは間違いない、それも特に主婦層に受けるだろうという印象を覚えましたが、番組コンセプト的には私自身は好ましいとは思えず、できることなら早くなくなってほしいとすら思っています。

 なんでこんなに気に入らないのかと言うとまさに上記の通りで、番組の進行が、決して本気ではないにしろやたら怒りまわる内容で、質問に答えられない度に「ふざけんなボケ!」みたいな感じで番組キャラクターに言われるのが個人的には癇に障ります。単純に、何もこうした怒りの感情を出さなくてもいいのではと思えてならず、また番組内の解説も特に知的好奇心を動かされるものはなく、ただ目の前で放映されるだけで正直不快でした。

 この番組に限らずとも、視聴者やニュースの人物に対して怒りをぶつけるような番組が確かに最近多いのではないかと思います。その逆にというか、お笑い番組以外で、性別や年齢層にかかわらず誰もがのんびり見られて楽しめるような、そういう毒のない番組がないようにも思います。
 具体的には「アタック25」みたいなクイズ番組とか、今はなき徳川埋蔵金発掘番組とかああいうので、時間を潰すのに見るのにいい番組がなんか減った気がします。UFO特集ももう見ないし。

 で、最後に言わせてもらうと、やはりテレビに「怒ってる人ばっかり」出るのはやっぱり理由があるからでしょう。明らかに今の日本社会は10年くらい前と比べるとやはりそのへんがギスギスしているのではないかとも思え、そういう意味でもこの指摘はなかなか見事なものだと感じ入ります。

2019年3月4日月曜日

日本土産




 上の画像は誰がどう見ても不動明王ですが、これは先々週の日本滞在中、予め注文して取り寄せていたものです。前にもこのブログで書いていますが、上海高島屋でこれと同じ不動明王像を見つけひと目見て気に入り、黄色とか赤とかある中、戦慄のブルーことこの青色を選んで購入し、上海に持ってきました。
 写真ではわかりませんが購入時、右手の利剣は柄より上の部分は分解されて梱包されてたので、接着剤で上記のようにくっつけました。また背中の炎部分も別パーツで、おそらくははじめから接着されていた痕跡はあったものの、開梱時には外れていたのでこれも接着剤でつけ直しました。
 置いてある場所は他の戦闘機プラモともども冷蔵庫の上で、何故ここにしたのかというと目線の位置にちょうどいいからです。

 さて、実はこの写真には一部奇妙なものが映り込んでいます。搭載しなかったミサイルパーツとかプラモの組立説明書ではなく、お気づきになられるでしょうか?





















 そう、写真左側に映っていたのは信楽焼のたぬきのひょうたんでした。一緒に買ってきたのでセットにしておいていますが、なんかこの組み合わせも気に入っています。なんとなく従者っぽい感じ出てるし。

 さてそんな日本のお土産ですが今回購入した不動明王は確かAmazonで1.2万円くらいでした(たぬきは700円位)。これもそこそこ値段が張っていますが、実はそれ以上に高い買い物となったお土産が今回ありました。もったいぶらずに言うとそれは、同僚から頼まれた化粧品でした。

 今回、中国人の女性同僚に自分の留守中の業務対応などをお願いし、代わりに日本でなにかお土産を買ってくると伝えたところ、化粧品を買ってきてほしいと頼まれました。その同僚からは代金は自分で払うと言われたものの、「いつも頑張ってくれてるし、俺にまかせとけσ(゚∀゚ )オレ」といってしまったのが運の尽きでした……。
 後日、同僚からは買ってきてほしいフェイスクリームの写真が送られてきたので早速渡航前にネットで値段を調べたところ、なんと1万円/個する代物でした。っていうかこんな高いフェイスクリームが存在すること自体びっくりです。

 頼まれた量は計2個で、金額はかける2して2万円です。てっきり自分はせいぜい5千円、いっても1万円くらいだろうと踏んでただけに、この出費は痛くつきました。と言っても今更、「やっぱ後日精算でもいい?(;´Д`)」なんて後から言うのもかっこ悪く、吐いた唾を飲めないため結局自分が負担することにしました。
 手渡し時に同僚からは改めて、「高かったでしょ、私が払います」といってくれましたが、「いいっていいって。でも、本当に高かった゚(ヽ´ω`)」と、思わず本音が出ました。

 なおこの顛末を友人に話したところ、「友蔵のローラースルーゴーゴー状態だな」とうまく例えてくれました。

2019年3月3日日曜日

長篠の戦いに関する考察

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/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|.....||__|| (     )  どうしてこうなった・・・
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
|    | ( ./     /
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/ || ̄ ̄|| ∧_∧
|.....||__|| ( ^ω^ )  どうしてこうなった!?
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/
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/ || ̄ ̄|| r( ^ω^ )ノ  どうしてこうなった!
|.....||__|| └‐、   レ´`ヽ   どうしてこうなった!
| ̄ ̄\三  / ̄ ̄ ̄/ノ´` ♪
|    | ( ./     /
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             ♪ ∩/ || ̄ ̄||♪ ∩∧__,∧
               _ ヽ|.....||__|| 7 ヽ( ^ω^ )7 どうしてこうなった!
               /`ヽJ   ,‐┘/`ヽJ   ,‐┘   どうしてこうなった!
| ̄ ̄\三  / ̄ ̄ ̄/  ´`ヽ、_  ノ   ´`ヽ、_  ノ
|    | ( ./     /      `) ) ♪    `) ) ♪

                  ___
               ♪ || ̄ ̄|| ;ヽ∩ ♪
       ∧_∧      r||__||.....| ノ     どうしてこうなっ・・・
       (     )     └‐、    レ´`ヽ
| ̄ ̄\三⊂/ ̄ ̄ ̄/      y   __ノ´`     ・・・ってアレ??
|    | ( ./     /       ( ( ̄  ♪

 
 現在、上記AAのような議論が最も交わされている戦国の合戦を挙げるとすれば、それは恐らく長篠の合戦ではないかと見ています。具体的な論点は以下の通りです(カッコ内は私の意見)。

一、織田軍の鉄砲三段撃ちは本当に存在したのか(一部存在したと思う)
二、武田騎馬軍団は存在したのか(部隊レベルで、軍団レベルでは存在しない)
三、何故武田軍は撤退せず野戦に踏み込んだのか(単なる判断ミス)
四、何故武田は主力武将が軒並み戦死したのか(この後すぐ)

 ざっと上記のような論点に絞られますが、このところよく議論に上がるのは四番目です。何故かと言うと、武田軍は宿将を始め多くの武将がこの戦いで戦死しているのに対し、織田軍はほとんど誰も死んでいないほどの完勝を収めています。その一方、兵力の損耗で言えば武田軍が一万以上に対し、織田軍はほとんど戦死しなかったとする説もあれば、数千単位で実は発生していたとして実際には言われるほどの完勝ではなかったとする説もあります。
 実際、織田軍も戦死傷者がそこそこ出ていたと思われる要素はないわけでなく、というのも武田の武将の多くは織田・徳川軍の陣内で討たれており、これは味方を変えると武田軍は相手陣内にまで進軍して戦闘が起こっていたと示唆されます。論点一の鉄砲三段撃ちの疑義もあり、多量の鉄砲を運用したことは事実であっても一方的な掃射戦ではなく、実際には切合いも多かったとする意見も見受けられ、戦争の経過について議論が賑やかです。

 結論から言うと、自分は織田・徳川陣内でも激しい切合いが起こっていたとする説を支持します。何故このように考えるのかというと、陣形図と戦争結果、そして武田軍が取った戦術を考慮するとそれが適当だと思うからです。

 自分が改めてこの長篠の合戦を考えたところ、まず最初に疑問に感じたのは武田軍は何故中央突破しなかったのかという点です。武田軍は長篠城を包囲していたところ、織田・徳川の援軍が近づいてきた事に気が付き、迎撃するか撤退するかを議論して迎撃を選んだことで合戦が発生しました。
 この決断について、島津の退き口じゃないですが何故武田軍は中央突破してそのまま撤退という戦術を取らなかったのだろうかという疑問を持ちました。これなら相手に一発食らわせた上、安全な撤退も確保できるので一石二鳥になるように思え、また実際存在したか怪しいけど騎馬隊があるんだったら中央突破のほうが戦術として実行しやすいように感じたからです。

 こうした仮定を持った上で改めて武田の陣形を見ると、実は真逆だったというか武田軍は左右両翼に主力を配置して織田・徳川軍に包囲を仕掛けるような陣形を作っていました。この時点で非常に意外というか素人目的にも戦術としてありえないと感じたのですが、何故そう感じたのかというおと兵力差的におかしいからです。
 かなり意見が分かれていますが、兵力比較だと織田軍が3.8万~7.2万だったのに対し、武田軍は1.5万~2.5万です。ハンニバルのカンネーの戦い見たくうまく包囲隊形に持っていければそりゃしめたものですが、実際には兵力で大きく勝る相手に包囲戦を仕掛けるのは難しく、ましてや山間の川を挟む平地でそんなのやろうったって普通できるとは思いません。それこそ、相手兵力がまだ2.5万~3万くらいならまだ望めるでしょうが、種々の状況から察するに織田・徳川軍は武田軍の倍以上の兵力があったとされ、それほどの兵力差では包囲なんて望めるはずもなく、普通に戦ったって実際に勝てるのはフランスのダブー元帥くらいでしょう(アウエルシュタットの戦いで倍の兵力差がある敵軍とばったり遭遇し、自軍の倍以上の損耗を食らわせて完勝している)。

 ここに至りもう一つの疑問が出てきました。おわかりでしょうが、何故武田軍は包囲攻撃を仕掛けようとしたのかです。ちょっとくらいの兵力差ならともかく、現在類推される実際の兵力差からすれば包囲なんて仕掛けるべくもないほど離れているのにどうしてこうなった♪のか。考えられる理由としては、武田軍が織田・徳川軍の兵力を見誤ったからではないかと自分は思います。
 恐らく、武田軍としては相手は多くても自軍より少し多い、下手すりゃ自軍よりも少ない兵力ではないかと考えたのではないかと思います。実際にそのように判断したと思う節はあり、というのも織田軍は敢えて丘陵地帯に陣取り、野戦築城をした上で、後方の部隊を武田軍の視界に入らないようにしたと記録されています。実際に山間の地形であることを考えれば不可能ではないように思える上、こうした兵力を敢えて過小に偽装する戦術は古来から珍しくもありません。そう考えると、野戦築城も騎馬隊対策の防護柵というよりは、兵力を隠すための仕掛けだった可能性もあります。

 それ以上に、織田軍が敢えてそのように兵力を過少に見せる動機がいくらでもあることも見逃せません。鉄砲の多量配備、野戦築城を始め、明らかに織田軍は救援に来ておきながら武田軍を戦場で迎え撃つ体勢を取っており、如何に武田軍を誘引、というか攻めてこさせるかが肝心であり、そのため兵力を過小に見積もらせる戦術も意識的、というか最重要で実行されたとしても不自然ではありません。
 また過去の三方原の合戦でも、織田家は徳川家に援軍を送っていますが、連合軍の兵力は武田軍に劣っていたこともあって徳川家は大敗しており、そうした過去の成功体験も武田軍に影響したかもしれません。

 以上をまとめると、武田軍の真の敗因は鉄砲三段撃ちでもなく、騎馬隊の不在でもなく、相手兵力の過小見積りに伴い包囲攻撃を選択したという判断ミスではないかと自分は考えます。ある意味で織田軍は伏兵に近い戦術を取り、攻めかけてきた武田軍を自陣に誘い込んで鉄砲運用を含め余りある兵力で袋叩きにした、つまり自陣付近(陣内含む)でボコボコにしたのではないかという推察に自分は至りました。
 なお言うまでもないですが、武田騎馬軍団についてはその存在をかねてから疑問視しているため、騎馬突撃という戦術ははじめから考慮していません。武田軍は普通に部隊を動かして攻めかかってきたという前提で考察しています。

 ポイントを改めて述べると、やはり何故中央突破ではなく包囲攻撃を武田軍は選んだのかという点がキーです。何気に、中央には織田信長も結構前線に近いところに陣取っており、武田軍は位置をつかめなかったかもしれないけど中央突破を仕掛ける理由はあったかもと思ったのに全くそういう素振りが見えないことから、今回の考察に至りました。
 その上で、長篠の戦いにおける織田軍の最大の勝因は何かと言うと、やはり鉄砲というよりは伏勢、兵力の過小偽装による誘引にあると思います。武田軍の武将が数多く戦死したのも、敵陣深くに誘い込まれたと考えれば納得できるし、また通説より織田・徳川軍の損耗も多かったとする説も、伏兵攻撃を仕掛けたと考えれば自然でしょう(それでも完勝といえるくらい一方的だが)。

 今回、何故このような考察に至れたのかというと、やっぱり漫画の「ナポレオン-覇道進撃」を読んでるせいだと思います。この漫画だと包囲戦に持ち込むための駆け引きが非常に事細かく書かれており、何故成功したのか、失敗したのかがよく分かるように描かれています。でもって丘陵地帯での伏勢ですが、これが一番効果的に作用したと思えるのがあのワーテルローで、まさに決勝点となった箇所でもあるだけに、織田と武田の布陣図からみてはっとひらめきました。

2019年3月2日土曜日

言語を介さない思考

 「外国語のできないやつは母国語もできていない」というのはゲーテの言葉ですが、これはあながち偏見の入ったセリフではありません。人間、たとえ人生にどんな出来事があったとしても幼児期に最初に習得した言語が思考する際に使われる言語として使われ、生涯それが変わることはないと各実験などからも証明されています。逆を言えば、母国語が充実していなければ思考言語も未熟なままとなり、思考能力もある一定の段階で限界を迎えそれ以上は発達しないというか、ハイレベルでの思考処理を行うことはまず不可能となります。

 もっとも、それはあくまで「言語を介して思考」する場合に限ります。「言語を介さずに思考」する場合はその限りではありません。

 そもそも言語を介する思考とはなにかといいますが、普通に言葉を喋ったり文字に起こしたりせずに黙って頭の中で考える作業がこれに当たります。例えば無言で「今日のご飯は何にしようか」とか、「ヒナまつりの15巻は絵がものすごく荒れてて心配だったが16巻はやや持ち直したものの、かつて程の勢いはもうない」などと、文字スクリプトを起こすような感じで頭の中で考えることがこれです。
 恐らく思考の99%くらいはこうした「言語を介する思考」に当たると思いますが、残り1%の範囲に「言語を介さない思考」が存在すると私は考えています。

 では「言語を介さない思考」とはなにか。そもそも言語にならない思考作業を言ってるんだから表現のしようもありませんが、いくつか実例でいうと、やはりめちゃくちゃ賢い人ほどこうした思考をやってのけていると私は思います。
 これまで私が見てきた中でも何人かいますが、ものすごい早口で喋りながら説明している最中、突然ピタッと言葉が止まるようなタイプがまさにこういった言語を介さない思考をやっている用に見えます。いわゆる、「頭の回転が早すぎて、考える内容に口が追いつかない」ような説明をする人がこれで、こうした人は大概にして、聞いてる側からすれば説明内容が意味不明なのに本人はやたら納得したように説明していて、説明を終えるとドヤ顔かましたりします。

 思うにこうした人達は、思考言語以上に頭の中の情報の連結や分解速度が早く、そのため言葉足らずとなったり、発声が遅れたりするのだと思います。この場合、彼らの頭の中では情報処理は実際に行われているものの、その情報処理において各情報は頭の中で言語化というプロセスを経ておらず、本来なら「カレー+ごはん=カレーライス」となるところを「情報A+情報B=情報Z」という風に処理して、それからしばらくしてから「情報Z=カレーライス」みたいに判別しているのでしょう。
 まぁ中には思考言語能力自体が低くて、こうした情報のラベリングがただ単に拙く、「あれがそれでこうなってな」みたいに元阪神・オリックス監督の岡田氏みたいな話し方になってる人も少なくはないでしょうが。

 と、ここまで説明しておきながらなんですが、上記のように「思考言語能力が追いつかないから言語を介さず思考する」パターン以外にも、言語を介さない思考は存在すると考えています。端的に言えばそれは、ひらめきです。

 自分においては、多分思考言語能力が人よりは高いこともあって、言語を介さず思考する際は圧倒的にこっちのパターンが多いです。ではどういう風に思考処理しているのかというと、はっきり言えば「問題Aに遭遇した→対処法を検索→対処法BとCを発見→BとCを比較→対処法Bを選択して実行」となるべき処理を、「問題Aに遭遇→対処法Bを実行」みたいに、主に「比較」に当たる箇所をすっ飛ばして対処法Bを選んで実行し、その後で、「そういえばCもあったけど比較するに値しないな」と思い起こすというようになります。
 もっともこうした思考処理は「反応」とも取れるので純粋にひらめきと言えるかは微妙です。自分の中で真にひらめきだと思うのは、問題と対応がセットで思い浮かんで、最後に過程が出てくるようなものがそれです。

 ではこうしたひらめきパターンの処理はどう行われているのかですが、私なりの仮説を述べるとやっぱり二次方程式のような代数計算パターンが一番適当な気がします。大体、変数が二つか三つくらいあって、それら変数が含まれる代数式が5、6個ある状況、具体例を挙げると日本の賃金問題を考える資料や材料を5、6例暗記、同時想起した段階で代数比較が自動実行され、それら5、6例に共通する変動要因(=変数)が一気に導き出される感じです。
 なので本人としては代数比較を行っている自覚はなく、ぽんと変数X、Y、Zに当てはまる数字が出され、むしろその数字を見てこれらの数字が何に影響を及ぼしているのかという風に帰納的に考えることが多いです。この段階にいたり、初めて先程の5、6例の材料の代数式が認識できているような気がします。

 なんでこんな訳のわからないことを突然書き出したのかというと、突き詰めると推理や推測、分析における思考は代数式のように頭の中で処理されていると日々強く感じるからです。真面目な話、人と議論する際に私は常に代数式のようにして論点を整理し、議論で結論に当たる部分を変数と仮定してその変数を解き明かすようにして話を進めています。で、この代数式ですが実際には計算するよりも、途中でぽんとひらめいた答えを軸というか仮定にして途中式を分解するパターンが多く、総じて帰納的に処理しており、どうしてなぜそれがファンクションするのかという、言語化した論の組み立ては後回しにしていることが多いです。はっきり言ってそんなの、喋りながらゆっくりやればいいだけですし、総じて説明というか理由は後付であるとも考えているからです。

 最後に何が言いたいのかというと、一定の段階、自分の中では変数が二つの二次方程式モデルまでは言語を介した思考でも間に合うものの、変数が三つとなる三次方程式モデル、つまり三つくらいの要素(=論点)を同時並行で分析思考する場合、思考内容をいちいち言語化処理しようと思っても間に合わず、それこそさっきのように「情報A、B、C」のように敢えて言語化しないまま、言語を介さずに思考していかなければ処理が間に合わないと思います。
 なので非常に複雑かつ大量な要因が絡みつく問題を議論、分析する際は、こうした言語を介さない思考がどれだけできるかにある程度かかってくると私は考えます。とはいっても、意識してトレーニングしている人はほぼいないので、主張するだけ無駄ですが。

 さらに言えば変数三つで議論について来れる人間はほとんど限られているので、敢えてこの三次方程式モデルを使うとしたら意図的に論点を三つに増やして、議論相手を大混乱に陥れようとするケースくらいです。これはこれで、非常に物足りなさをこの頃感じるわけですが。

2019年3月1日金曜日

睡眠時間

 やはりちょっと神経がやられておかしくなっているのか、この二日間の睡眠時間がヤバイことになっています。具体的には、一昨日は夜九時、昨日は夜十時に布団に入り、翌日朝七時に起床しています。なお昨日は寝入ったのは夜十時ですが、実際には九時くらいから布団入ってゴロゴロしてました。

 後自分でもちょっと驚いたのが今日の昼。いつも会社で30分位昼休みに仮眠していますが、今日は完全に意識すっ飛ぶくらい寝入ってました。時間にしてほんの十分程度ですが、目が覚めた際に今自分がどこにいるのか、何をしていたのか完全に記憶が飛び、はっと時計と周囲を見て会社にいることを思い出すくらい寝入ってました。今までたくさん昼寝してきましたが、こんなの初めてです。

 やはり体調が悪いことからやる気も起きず、ゲームもこの一週間全く手を付けていません。っていうかやる気起きない。食事も、今時分がお腹空いているのかいないのかがはっきりわからず、とりあえず時間が来たから食べるようなのが続いていて正直面倒くさいとすら覚えます。
 昨日、一昨日に長く寝た甲斐もあって今日はやや元気ですが、明日とか郵便局とかを多分雨の中回らなきゃいけないので今から気が重いです。っていうかさり気なく一昨日、スーツのズボンの内股部分の接合部が破けててショックでした。多分太ももが確実に学生時代よりでかくなっているせいでしょうが。