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2024年2月29日木曜日

ビッグサプライズな大谷さん

 今日行われた政治倫理審査会こと政倫審では、現役の首相としては恐らく初となる岸田総理自身が出席し、かねてから取りざたされている自民党派閥の裏金問題について質問に回答しました。色々意見はあるでしょうが、政倫審を公開するか否か、また出席を拒んでいた安倍派議員らに対し岸田総理が自ら出席し、公開すると表明したことにより、会議形態はもとより出席を拒んでいた議員らも出ざるを得なくなり、スムーズに事が運ぶようになった点は評価できると私は思っています。

 といった政治トピックもあった今日でしたが、そんなことよりメジャーリーグの大谷選手です。すでに報じられていますが、結婚していたことを明らかにしました。

 正直言って岸田総理の政倫審出席なんてどうでもよくなるようなビッグニュースで、全然そういう噂も出ていなかっただけに驚くとともに、変な女に騙されたりしないかいろいろ心配していたのもあって非常にうれしいニュースです。率直に言えば、皇室関係者の結婚のニュースなんかよりずっとうれしく思うし、これほど多くの日本人に祝福される結婚というのは近年ないでしょう。同じサプライズだった羽生弓弦氏のケースはその後もああなったというのもありますが、なんか「絶対に触れるな」的な感じがしてここまで盛り上がらなかったし。

 真面目に今の日本にとって大谷選手は国民統合の象徴のような存在であるだけに、変なスキャンダルとか出てほしくないし、また岩手県民にはサイヤ人の遺伝子でも混ざってんのかと思うくらいの恵まれた運動能力を後世に伝える意味でも大谷選手の結婚は意義深く感じます。今シーズンは打者専念ということもあってさらなる記録の達成も期待されるだけに、公私ともに恵まれた1年となるよう陰ながら祈っています。

2024年2月27日火曜日

中国でnoteのアクセスが禁止に

前評判では絶賛の嵐、でも市場で売れなかったトヨタ・iQ(前編)(後編)(ロボティア)

 というわけでまた自分の書いたプロジェクトE(nd)の記事です。書いたの1月で内容をかなり忘れたころにアップされたのでそんな思い入れはないですが、なんか午前だけでPV数は7000行ったと連絡ありました。個人的にはiQのイメージを持たせるためにNボックスなどの全長を細かく書いたのが良かったかなと考えています。

 さて話は本題ですが、直近の日本のブログサービスとしては最も勢いがあると思うnoteが春節の前後から、中国でアクセスできなくなりました。ほかのブログサービスの多くもアクセス禁止となっているので今更感はあるのですが、FC2とかなんかは最近アクセスできるようになってたりしていただけに、何故ここでnoteを禁止するのかがいまいちよくわからない処理に感じます。
 何気に知り合いもこのnoteに、っていうか自分が進めてnoteで記事を書き始めていただけに、自分のせいじゃないけど若干申し訳なさを感じています。

 この手の中国のインターネット規制を自分は自宅でVPNを使うようになってからはあまり意識しなくなり、Yahooのトップページは開くけど検索はできないというのもMSNを駆使することで会社ではどうにかなってしまっているので、この2、3年くらいは本当に気にならなくなっていました。それが今回はnoteで、普通に仕事中とかでもたまに検索にヒットして開くこともあるブログサービスなだけに、否が応でも気になってしまいます。

 なおVPNに関しては年々速度が上がってきており、かつてはどう頑張っても200kbpsが限度だったのに、最近は時間帯によりますが2Mbpsもたたき出すので、ネットに関する快適性は地味に上がっています。ただネット認証を使うサービスなんかはVPNでもどうにもならないケースが多くこの点では不便を感じますが、早く中国も先進国並みにオールフリーなインターネット社会を実現できればいいねと上から目線で思ったりします。
 端的に言って、こうしていろいろ情報を規制して批判を押さえつけるというのはそれだけ政府が自己の政権基盤に自信を持っていない現れでしょう。台湾が議会制民主主義を確立しているのと比較するにつけ、この点で大陸の中国はいったい何年遅れているんだという風に思えます。

2024年2月26日月曜日

商品陳列で疑問を覚えるヨドバシカメラ、見直してきたビックカメラ


 最近よく手が痛くなるのでハンディマッサージャーを購入。上の写真は左手に使ってる時の写真ですが、何となくロックマンになった気分がします。


 それで最近本題ですが、上のまとめ記事ではヨドバシカメラがなんか妙な商品を売っていることが取り上げられていますが、ちょっと自分も最近のヨドバシカメラについては思うことが多いです。具体的には、明らかに品質的におかしな商品を何食わぬ顔で陳列棚に置いているという点です。

 私がこのようにヨドバシカメラに疑問を持ったのは数年前でした。その時に購入したのはバッファローの無線マウスと革張りのマウスパッドでしたが、前者は過去の記事でも触れていますが、無操作が続くとスリープに入り、そこから再び操作するとスリープは切れるものの、何故かマウス操作に対する反応速度が勝手にデフォルトに戻り、カーソルスピードが物凄い変わってしまうという特段の不具合を抱えていました。明らかに普段使いに支障をきたす謎な仕様であり、これ以降はバッファロー製品の品質を疑うようになって何一つ買っていません。
 もう一つの皮張りのマウスパッドはマウスを載せて動かしたところ、マウスパッドごとそのまま動き出すというマウスパッドの機能を何一つ果たさないマウスパッドでした。完全な欠陥商品であり、いったいどうしてこんなものを売ろうと思ったのか、そしてそれを仕入れる業者がいるのかと疑問に感じました。

 どちらもヨドバシカメラで購入したものですが、ヨドバシ側は商品を仕入れる際にこれほどの欠陥商品を認識していたのか。仮に認識していないとしたら、陳列する商品に対して何も確認していないのかとこちらでもまた疑問に感じ、それから徐々に疑うようになりました。

 とはいえ商品陳列数は多いし自転車もプラモも見られることから日本に行った際には立ち寄るのですが、前回立ち寄った際にいろいろ商品を探していて、再び疑問に思う点が出てきました。商品陳列数は多いのですがどれもこれもこれはと思う商品が見当たらず、なんか「何でもあるが欲しいものだけがない」と言われたかつてのダイエーを少し思い出しました。
 また商品陳列数は多いものの似たような商品ばかりで、商品性能で見た場合の幅が異常に狭く、探すのが手間なのに探してもいい具合の商品が見つからないという感覚も覚えました。またその陳列の仕方も、なんか探しづらいというかごちゃごちゃな感じしたし。

 などといろいろ不満を感じつつも夕方に品川で会う予定だった友人らとの約束時間までまだあったことから、その足でビックカメラにもよったところ、こちらは店舗規模の差もあるとはいえ商品陳列数は少なく、小ざっぱりした感じがしました。でもって少ない商品ながら機能や用途ごとにきちんと分かれた商品がおかれてあり、探しやすいし比較もしやすく、何となくこれまでビックカメラのCMソングが好きじゃなくてあんまり寄ってこなかったけど、悪くないじゃんと見直すに至りました。
 特にタブレットPCの新調を考えていたので、タブレットPCコーナーでいろいろサイズなどの種類がしっかり分けられてあるのは非常に助かりました。もっとも散々検討した結果、結局買ったのは不織布貼りのマウスパッドだったけど。お金がかからなくて集めてるだけで楽しいからマウスパッドはついつい買ってしまう(´・ω・)

 言いたいことを端的に述べると、最近のヨドバシカメラは小売店として地味に重要な、いい商品を選別した上で陳列するという機能が欠けてきているような気がします。はっきり言って無駄なくらいに陳列する商品種類を増やしており、中にはクレームを出されても仕方のないような明らかな欠陥商品すらも紛れ込ませており、店側も消費者側も得しない事態を自ら招いているように見えます。
 逆にその点でビックカメラはよく販売する商品を精選しているように見え、今後秋葉原行ってみ淀橋にはいかず、ビックカメラで購入していくつもりです。まぁノートパソコンに関しては、近くのエディオンがやたら高性能なのをえらい安値で売ってくれるのであそこで買うのですが。

2024年2月25日日曜日

外国人投資家比率が高いという懸念について

 このところ絶好調で史上最高値も更新した日本の株価ですが、関連ニュースの反応を見ると外国人の持分比率が30%を超えるなど上昇していることについて、懸念を示す人が多いです。で以ってその手の人たちは政権批判もあるのでしょうが、

「ちょっと株価が落ち込み始めたら外人はすぐ手を引く」
「裏切るような連中に持ち上げられただけの株価」
「最高値といっても全然価値がない」

 などと、外国人投資家比率の上昇が乱高下を引き起こす懸念要因として否定的に語る内容をこのところよく見ます。ただこの手の主張に関して敢えて言わせてもらうと、非常に差別的な主張であり見解であるように見えます。一体何が差別的なのかというと、まるで日本人投資家が市場を読めないかのような前提で語っているという点です。

 結論から言うと、市場が落ち込んだり不安要素が出てきた場合、外国人投資家に限らず日本人投資家だって株を手放すに決まっています。下げ相場で株価を買い支えようとする日本人投資家がいるかと言ったらいるわけなんてありません。もしそんな輩がいるとしたら愛国心とかどうこう以前に、投資家として明らかに終わってるでしょう。
 またファンドなどの機関投資家に至っては顧客から預かった資金で運用しなければならず、クライアントファーストで利益を出すことが何より大事です。にもかかわらず変な愛国心とやらで日本株が下がった際に顧客の金で買い支えようものなら、いろんな面で問題が大きいでしょう。むしろ顧客の資産を保持しなくちゃいけないんだから、速攻で売り抜けるファンドの方が倫理的に正しい気がします。

 そうした観点から、落ちるときには日本人だって売り逃げるんだし、外国人投資家が今の日本株式市場で増えているということについて、特に問題視していません。意図的に日本の株価を貶めようとする輩もいるかもしれないという人もいるでしょうが、その場合起こるのは自爆営業もいいところで、そんな市場主義に反したおかしな行動取る奴なんてどうあがいたって多数派になるわけないんだし、ほっといてあげなよと言ってあげたいです。
 むしろ重要なのは、日本人であろうと外国人であろうと投資家に対し、今後も価格が上昇するという期待を抱かせるような政策と環境を用意し続けるということ、あと予測が困難になるような不安要素を作らないということが、株式市場において求められます。また外国人比率が増えているということは、それだけ外国人の目から見ても日本市場が魅力的と思われているのだから、それ自体はなんも悪いことなんてあるわけありません。

 そういう意味では、外国人比率の上昇に懸念を示す人はその時点でパーな人だと私は思っています。根拠なく勝手に不安を覚えてそれを周りにも煽ろうとする辺り、普段から周りによくない事吹き込んでる人なんだろうと勝手に想像しては無視しています。

墓場に現れる男

 セミの鳴き声が喧しい夏の夜、その日私は友人に誘われて、近くの墓場へと肝試しに行きました。誘ってきたくせに怖がる友人を引っ張りながら墓場の奥へと進むと、ある場所から、一種独特な空気のようなものを感じるようになってきました。

 このままいくと何かが起こる。そのような直感を感じた私は一瞬帰ろうとしたものの、そばにいる友人に弱気を見せまいと、かえって強気なふりをして一歩前に進みました。その瞬間、私の近くにあった墓石の後ろから突然、小太りの男がぬっと現れてきたのです。
 その男はぼろぼろな上着を着ており、私たちを見つけるとにたにた笑いながら近寄ってきて、こう口にしました。






























「ワイルドだろぉ」


 また仕事中、何故か以上の無駄なショートストーリーを思いついたので備忘録代わりに書くことにしました。いったい何故こんなショートストーリーを思いついたのか、真面目に仕事してんのかといろいろ疑いたくなりますが、少なくともいえることとしては私の中で杉ちゃんのマイブームはまだ続いているということでしょう。
 ちなみに興が乗って調べて、「我很狂野」というのが「ワイルドだろぉ」の中国語訳になるということがわかりました。非常に応用が利くというか、仕事でミスったときとかおなか壊したときとかでもこれ言えば何となく場が持ちそうないい言葉だと思え、今度中国人相手にも「我很狂野」と使ってみようかと画策中です。

2024年2月22日木曜日

日経平均が過去最高値を更新

 日本経済にとって超久しぶりに明るいニュースというか、本日日経平均の終値がバブル以来、っていうか史上最高値をついに更新しました。かねてより日本の株価は上昇傾向を示しており、また好材料もそろってて下がる要素もなかったので時間の問題だとは見られていましたが、何となく「楽しみをすぐに取りやがって(´∀`*)モウ」みたいな感じに思ってた以上に早かったという印象があります。

 先日書いた記事、というより去年からずっと私は日本は今景気が絶好調だと書き続けていますが、いまだに「好景気が実感できない」と言っている日本人が多いことに内心呆れています。今日の最高値更新のヤフコメの記事でも「スタグフレーションになってる」などとしたり顔して書いてる人間もいましたが、物価上がって給料下がったというのなら、社会じゃなく自分自身のせいだということに早く気付くべきでしょう。
 その給与に関しても大手企業は軒並みベアアップに応じる姿勢を示しており、中小企業ではなかなか難しいかもしれませんが、周りが上がっていけば上げざるを得ないだろうし、また転職が盛んになるというか人材市場が今後活発化していくと思われ、そうなった場合は時間経過で確実に上昇が見込めるだけに割とこの辺も私は楽観視しています。

 もっとも、生活保護世帯や年金世帯に関しては金額の変動がほぼないだろうから、物価が上がった分は文字通りダメージになってくるでしょう。この点に関しては行政と相談するか、せっかくリモートワークも広がったのだから、自宅などで可能な範囲で対応できる仕事を見つけていくしかないでしょう。

 話を戻すと、いまだ好景気を実感できない日本人ははっきり言えば自分の給与しか見れない近視眼的な人間であるか、そもそも景況感がわからない不感症的な人間じゃないかと私は思います。日本に住んでない分際で言うのもアレだということは百も承知ですが、一昨年秋の段階で私は日本の景気は今後非常に拡大するだろうし、街中の人々の顔も非常に明るくなっていて好景気だと指摘していました。タイムラグを置いて日本に来たからかえってわかったのかもしれませんが、ずっと日本で生活していたらむしろわかるだろうというのが私の正直な気持ちであり、それがわからずただ自分の環境だけで日本は景気が悪いままと考えるのは、さすがにどうかという気持ちを覚えます。

 そのうえで、やはりデフレの時代を経験してきた身からすると相対的にインフレというのはいい環境だと思います。この辺は日本なんかよりずっとインフレの激しかった中国で暮らしてきてもそう感じましたし、何よりインフレだと社会の変化に対応できない旧態依然とした企業が淘汰されやすく、恐らく今後ブラック企業も、転職市場の活発化によって以前に比べ減っていくという期待感も持っています。

 敢えて今後の日本経済の不安点を述べるとしたら、万博の混乱と地方議員の暴走で政権能力のなさを露呈してきている維新の会などの変な野党が政権を取るくらいじゃないかと思います。自民党も派閥裏金問題をはじめ問題が多いですが、野党に比べればずっとマシです。
 その裏金問題も、一応完全無視というわけじゃなく、安倍派を一掃したいのが本音でしょうが岸田総理も森友・加計学園問題に比べればきちんと対応しようという姿勢は感じます。

 そのうえで、改めて考えると安倍元総理は本当にやりたい放題だった上、経済政策も頓珍漢もいいところだったと思います。こう言っては何ですが、いいタイミングで死んだと思いますが、わざわざ政党綱領まで変えて三期目なんかやらず二期目でしっかり引いていればもっと勝ち逃げできたのにとも思います。プーチンとかもそうだけど権力者というのは引き際が本当に肝心で、吉田茂とか岸信介なんかはその辺が非常にうまかったなと感じます。

2024年2月21日水曜日

中国側から見た倭寇

 この前デザインをリニューアルしたヤン坊とマー坊は「ヤクザのヤン坊、マッポのマー坊」で、二人はおいつ終われる関係にあると脳内設定しています。

倭寇(Wikipedia)

 それはさておき今日のお題ですが、この前ふと気になったことから中国語媒体で倭寇について調べてみました。なんで調べようと思ったのかというと、日本側の倭寇に対する見方や解釈で中国側と相違がないかという風に思ったのと、自分の経験からもしかしたら、中国側の方がこの手の解説が充実しているからじゃないかと思ったかからです。結果から言えば、自分の想定通りでした。

 まず日本側の見解、特に前期倭寇は日本人が主体であったのに対し後期倭寇は中国人(当時は明)が主体であったとする学説に関しては、中国側もほぼ全く同じ見解を持っているようです。後期倭寇に関して中国でも具体的な中国人指導者名を挙げ、日本人もいただろうが末端の構成員に過ぎないという風に解説していました。

 次に中国側の解説を見てなるほどと思った点を挙げると、日本人が主体であった前期倭寇に関して、その正体は海賊というよりも南朝方の残党だったのではという説明がありました。
 倭寇が活動した室町時代初期、日本は南北朝の動乱時代にあり、九州は特に南朝の勢力が強い地域でした。その南北朝時代は三代将軍の足利義満によって終止符が打たれますが、敗北して土地を取られたり、中央地域から逃れてきた残党らが海賊となり倭寇となった説を挙げていました。

 この説の真実味がある点として、足利義満が日明貿易を開始するにあたり、明側からの倭寇取り締まりの要請に応じた点が挙げられていました。義満にとってすれば明との貿易で得られる利益は非常に大きいうえに、倭寇を取り締まることは南朝の残党勢力掃討にもつながるだけに、一石二鳥だったからこそ明側の要請に快く応えのではという風に説明されていて、私としては非常に納得感のある説明に思えます。

 一方、この前期倭寇の段階でも中国人主体の倭寇団体が存在していたという風に中国側では説明しています。その勢力というのは明、正確にはその開祖の朱元璋と中国統一前に天下を争った張士誠の残党たちで、彼らも日本人らと組んで海賊行為を行っていたとしています。

 そんな前期倭寇ですが日明貿易の開始とともに幕府の取り締まり、恐らく名将と名高い今川貞世の九州統治が働くようになって一時消失したそうですが、義満が死んで四代目の義持の時代になると日明貿易が打ち切られ、それに伴い倭寇取り締まりもなくなって再び活動するようになったそうです。その後倭寇は後期倭寇へと変わっていくのですが、最終的には豊臣秀吉の九州平定が成ったことで治安が回復され、倭寇の拠点であった九州の島々でも取り締まりが行われて完全に消失したとされています。
 なお中国の歴史書では豊臣秀頼の朝鮮出兵も「倭寇」と表現していたそうですが、単純に当時の日本蔑視からくる言葉で、海賊としての倭寇を表しているわけではないと中国側でも解説されています。

 それでこの倭寇ですが、まぁ単純に食うに困って海賊行為をしていたのはわかるのですが、その実入りはどんなものなのかというのがちょっと前から気になっていました。この点について中国側の解説(百度百科)によると、中国と比べて当時の日本ではまだ工業が発達しておらず、衣類などの軽工業製品が異常に高値で売買されていたそうです。具体的には、恐らく銀本位での価値でしょうが、中国での売値に比べ日本での売値は十倍くらいも差があったそうで、だからこそ中国沿岸で強奪してでも日本に物を売りに行こうという海賊が現れたということになります。

 またこれは倭寇について、日本国内ではあまりその被害について触れられないという理由の裏付けにもなると思います。中国側での倭寇の被害は相当なもので、単純な経済的損失だけじゃなく鎮圧に向かった軍隊が逆襲にあって指揮官が何人も死んでたりするそうです。そうした被害の話は日本国内ではあまり聞かれないだけに、「倭寇を止めて」という明側が室町幕府に要請した話も私は子供の頃、いまいちピンときませんでした。
 倭寇からすると日本は強奪した品物の販売先にあたるため、盗難品を横流しすることはあっても襲うことはなかったのでしょう。むしろ襲うことに何のメリットもなく、また日本側からしたら正規の貿易で仕入れるよりも盗難品を安く手に入れられたであろうことから、倭寇取り締まりに対し抵抗する商人や勢力もいた可能性があります。

 このように考えると倭寇というのは、当時の経済貿易を見るうえでも非常に重要な指標足りうる気がします。また倭寇自体、私は日本人とか朝鮮人、中国人のどれであったかという議論はそもそも大きなトピックだとは思えず、現代のように国家意識がはっきりなかった時代なのだし、もっと単純に環東シナ海系住民として捉え、当時のこの地域における人や物の流動を調べる対象として研究すべきじゃないかと思います。

 しかし日本側において、ほぼ確実に倭寇の根拠地であったと推察される対馬や壱峻島はあまりこうした倭寇関連の研究に熱心ではない、というより博物館などを見る限りだとむしろ隠そうとする傾向すらあります。やはり海賊行為だから後ろめたさがあるのではないかと思いますが、当時のあの一帯がどうであったのかを調べるためにも、ありったけの夢をかき集めて研究を盛り上げてもらいたいです。
 もっともこれは対馬と壱峻島に限るわけじゃありません。色々な解説を読む限りだと、沖縄などの島々も倭寇がいたとされ、恐らく九州の沿岸地域においても倭寇の拠点があったと思われます。こうした地域でも探し物探しに行くように、地域の海賊史を調べてほしいです。

 以上のような後ろめたさからやや乗り気でない日本と比べると、被害記録も残している中国の方が倭寇に関して詳しく調べられる気がします。私自身も結構関心を持っているテーマなだけに、今後も何か中国語媒体で発見があったらどんどんここで書いていくつもりです。

2024年2月19日月曜日

今の日本の株価は高過ぎか?

 最近興味が薄れたこともあって日本経済に関する記事を一切書いていませんでしたが、ぶっちゃけ空前の株価上昇が続いており、トレーダーやファンドからすれば毎日パーティしても物足りないくらいの盛り上がりようじゃないかと思います。あのバブル期に記録した史上最高値にも迫っているのですが、その一方で現在の株価は高過ぎでは、実体経済を反映していないのではないかと警戒する声も見られます。
 結論から言えば、私は今の株価は適正、というよりはもっと上がっても別におかしくはないのではないかと楽観視しています。このように考える理由は主に以下の通りです。

・日本経済に不安要素がほとんどない
・半導体をはじめこれまでなかった外国から日本への投資が増えつつある
・デフレからの脱却が明確ともいえるインフレ傾向が続いている
・それでも諸外国と比べ物価が低く、上昇余地がある
・物価上昇余地があるので、日銀も量的緩和を維持し続けられる
・円安傾向が続いており、疎外する動きはない
・円安が過剰な領域に行きそうになっても、日銀としてはそれを抑える手段がたくさんある
・隣の中国からマジで日本へ投資が移ってきている

 ざっと言えばこんな感じです。敢えて言えば日系企業が海外で稼ぐ能力は確かに20年前と比べると弱まっているでしょうが、その一方でエレキを筆頭とする弱体化した産業はこの10年間の間にほとんど淘汰され、ある意味で失うものがもうほとんどない状態になっているように見えます。そうした見方から一番上の「日本経済に不安要素がない」という判断に至ったのですが、中国での売り上げが大きい日系企業からすれば中国の不景気を受けて打撃を受ける可能性はあるとも見ています。

 で、肝心となるのは最後の中国から投資が日本に移ってきている話ですが、これは周りでも実際よく聞きます。最近の日本の株価上昇を見て、早く日本株買っとけばよかったとか、中国株でやばいくらい損しているという話を周りからよく聞きます。日本とは逆に中国市場は好材料がなく、反対にこれから悪くなっていくという予想も高いだけに、日本に限らず今後中国の投資家はどんどんと海外の株や金融商品を買いに出ていくと思われます。まぁそしたらそしたで、中国政府は海外株購入に制限を書けるんだろうな。

 ちなみに中国では最近、年金に対する不安がこの1年で急激に拡大したように思えます。そもそも少子化もあって子供からの扶養に期待できないというのもありますが、先行きが懸念される経済を受け、急に政府の年金制度に対する信頼が揺らいできています。自分の周りでも、個人年金を購入しようと検討し、自分に相談してくる人がなんか増えてきました。
 ただ中国の場合年金に関してはまだ対応策はあるというか、定年年齢の引き上げ余地があります。現在男性は60歳で、女性は55歳または50歳となっており、日本並みに65歳に引き上げ、年金支給年齢を先延ばしにすることがまだ可能だから、こっちはそこまで心配しなくてもいいかなと勝手に考えています。

2024年2月17日土曜日

女性が恋愛物でカップリングにこだわる理由の仮説

 過ぎ去りし日はもう戻らないけど今日は春節最後の休日です。まぁ人とほとんど会わずにのんびり過ごしたから気力満点というか、いい感じに暇を覚えて仕事したいなという気分なので悪くはないですが。

 それで話は本題ですが、かねてから女性が恋愛物のドラマや漫画などで、恋人同士となる伽rかうたーの組み合わせ、いわゆるカップリングに異常なこだわりを見せるのが気になっていました。正直、この感覚は男の自分からしたら全く理解できず、一体何が楽しいのか、かねてからずっと不思議でした。
 唯一近いなと感じるものとして、ガンダムなどのロボット物の作品でどのパイロットにどんな機体を宛がうのか、この手の組み合わせをあれこれ考えるのは確かに楽しいです。スパロボとかギレンの野望なんかはまさにこの楽しみを反映するゲームといえるのですが、スパロボに関してはあれこれ悩んだ挙句、結局原作通りの機体を宛がうことが自分には多いです。カミーユの乗っていないゼータガンダムなんてゼータじゃないし(´・ω・)

 話は戻しますがこのかねてからの疑問に対し、BL大好きな中国人女性の同僚に思い切って聞いてみました。その同僚によると、カップリングについては自分が考えている通りに確かに大好きだそうで、以前には「前読んだBLでは戦闘機のメインとサブパイロットという組み合わせだった(´・ω・)」という話を聞いてもないのに説明してきました。
 このカップリングを女性が何故好むのかについて単刀直入に聞いてみたところ、「女性は恋愛劇をちょっと距離を置いたところから、観劇するように客観的にみているからでは?」という、ちょっと想定外の答えが返ってきました。でもって、この答えを聞いて自分の中でこれまでのいろんな要素が一気に直列つなぎにつながりました。

 結論から述べると、こと恋愛劇に対して男性は主観的にみるのに対し、女性は客観的にみる傾向が強いのではないかと思います。この違いによって、カップリングで盛り上がるか盛り上がらないかが湧かれるのではないかという仮説を立てました。

 この仮説のヒントとなったのは上記の同僚の証言と、セクシー恋愛漫画の「ToLoveる」の作者の矢吹氏が以前行ったコメントでした。その矢吹氏のコメントは何かというと、「漫画の中で主人公(リト)以外の男性キャラには女性からモテたり、ラッキースケベ的なシーンは作らない。何故なら主人公以外にそのような場面があると、読者は興ざめするから」といったコメントを、確か初代シリーズ単行本のコメントに書いていました。
 この矢吹氏の考えに沿うと、男性は恋愛漫画や小説において男性の主人公や主要キャラクターに自身を投影しているというか、自分がそのキャラクターの目線や立場に立って、それらキャラクターを自らの分身に見立てながら作品を消化していると解釈できます。だからこそ主人公以外の別の男性キャラクターが主要ヒロインとかと仲良くなり始める展開、具体的にはNTRな展開に対して強い拒否感を持つ男性もいるのではないかと思います。
 まぁ、NTRが好きな人も結構多いらしいけど……。

 それに対し女性は、作中のどのキャラクターにも自信を投影していない、没入感を持たずに内容を消化しているのではないかと思います。男性キャラクターはおろか女性キャラクターに対しても自身と同一化せず、さながらオペラを見ているような感じで男性、女性キャラクターの双方が紡ぐ関係性に対し視点を当てているのではないかと思います。前述の通り男性は恋愛劇を自分が作中の男性キャラになった気分でヒロインの女性キャラに恋心を持ちながら主観的に見るのに対し、女性はあくまで客観的に、男性キャラと女性キャラのイチャコラぶり、言い換えると両者の組み合わせや関係性に着目して恋愛を見て楽しんでいるのではないかというのが自分の見立てです。
 もっとも女性の場合、男性×男性の組み合わせの方が盛り上がってそうだけど。

 こうした考えを持つ理由は他にもあり、心理学において男性に比べ女性は共感性が強いということは割と多方面で指摘されています。男は物事を主観的に見るのに対し、女性は相手の立場や視点に立ってみることが多く、だから相手の痛みを考えないシリアルキラーは男性より女性の方が少ないとされています(漫画の「サタノファニ」によると)。

 また男性に関しても、恋愛漫画でも主人公が読者の立場に近いほど男性読者に贔屓にされる傾向があるような気がします。超金持ちな男性主人公と平凡な男性主人公では、やはり後者の方が作品として男性から支持されやすいように思え、かつての「電車男」を例にとると、いわゆるオタクな主人公だと自己同一化しやすいためオタク層により支持されたのではないかとも思えます。
 逆に女性だと、女性が指示する恋愛物で読者の立場に近い女性主人公(ヒロイン)はなんか少ない気がします。代表的なのはお姫様キャラで、そのほかもバリキャリなオフィスウーマンとか、偏見かもしれませんがなんか現実味の少ない女性キャラが多いような気がします。

 以上を踏まえて言うと、恋愛物に求める要素は男性と女性で真逆に近いほど異なっている可能性があります。男性は主観的に見るので、ヒロインはともかくとして男性キャラは身近であればあるほどよいのに対し、女性は客観的に見る、っていうかファンタジーを求めている可能性もあるので、ありえない組み合わせな男性キャラと女性キャラの方が支持されるのではないかと思います。いわゆる王子様と庶民、またはその逆とか。
 そのうえで、男性はキャラに自己を投影するので一つの作品にあまり多くのカップルを成立させると逆に嫌悪感や不信感を持たれる可能性がありますが、女性は逆にウェルカムで、どいつとどいつの組み合わせがベストなのかを意識させるうえで、男性キャラと女性キャラをどちらも複数登場させた方が受けがいいかもしれません。男性向けの場合は主要男性キャラ一人に対しヒロイン多数のハーレム的展開が王道だろうけど。

 以上勝手な仮説を展開しましたが、物事を主観的に見やすい男性と、客観的に見やすい女性という概念でカップリングの謎を自分なりに納得できるところまで解釈することができたと思っています。もちろんこれは大まかな傾向に過ぎず、客観的な男性もいれば主観的な女性もいるだろうし、恋愛物についても個人によって好みは変わるでしょうが、こと女性がカップリングでああも論争する背景理由についてはようやく理解できるようになりました。BLを好む理由についてはまだあまり理解できてませんが。

2024年2月16日金曜日

そのグルガン族の男は静かに語った……

 いきなりわけわかんない見出しですが、これはファイナルファンタジー3の冒頭でいきなり出てくるモノローグの出だし言葉です。モノローグの内容も背景説明もなく急に「これから何か起こる」的な内容で意味不明ですが、それ以前にこのグルガン族が何なのかについて、一切説明なく急に語りだすもんだから、久々にこれ見て「何が言いたいねんお前」と思いました。
 なおそのググガン族はゲーム中、盲目だが未来が見えるという種族として登場しますが、モノローグで存在感満点で出てきたくせにメインストーリーにはほとんどからまず、変な谷の中にいて、「あの塔に行け」としか言ってきません。なんかとってつけたようなキャラクターでした。

 というわけで昨日、Steamで購入したFF3のピクセルリマスター版をクリアしました。FF3自体はファミコン時代に一度遊んでいますがクリアできず、20年ぶりにやり直した今回のピクセルリマスター版で無事クリアとなりました。色々仕様が変わっていましたが一番印象的だったのは終盤のボスの「まおうザンデ」が、ファミコン版では瞬殺されるザコ的なボスだったのに対し、ピクセルリマスター版では少し強くなっていくらか抵抗を見せるようになっていました。それでもそのあとのボスに比べたらくそ弱いけど。

 あとBGMはファミコン版のオリジナルとアレンジされたバージョンを切り替えることができましたが、アレンジ版は正直聞くに堪えないという印象を持ちました。絶望的にテンポが悪く、音源は良くなってるはずなのになんでと思うくらい残念な出来で、結局オリジナル版でずっとプレイしていました。

 春節の休暇も明日がジ・エンド・オブザデイですが、休み中は買いためていたゲームを消化するのに費やしていた気がします。割と暖かい日が続いていたから何度か自転車で遠出、といっても往復50㎞くらいを走っていましたが、なんかあまり追い立てられることがなく、ぼーっとして過ごしていた気がします。まぁこれから夏にかけてずっと忙しくなり、次余裕ある日常を過ごせるのは秋になってからだから、これでいいんだと思うけど。

2024年2月15日木曜日

精神病はもはや社会問題では?

 昨日の記事に引き続いて精神病関連の話題ですが、昨日書いた通り初診もなかなか受けられないほど今の日本は精神病患者があふれているそうです。私自身も確実に増えていると前々から実感しており、特にコロナ前の2019年ごろが顕著でしたが、朝方の駅中を歩いていると明らかに支店の定まっていない人間が大量に歩いており、言い方悪いですがゾンビが当たり前のようにうろついているように感じ、潜在的に鬱病となっている人は想像以上に日本は多いのではないかとそれ以来考えています。
 もっともそれ以上におかしいのは、明らかに患者数などが増えており、また鬱病予備軍的な人が街中に大量にいるにもかかわらず、メディアを中心に日本社会はその点について目を向けない、認知していないという点です。今回改めて現場の人間に確認を取ったうえで言えば、やはり精神病の患者は増えており、なおかつその潜在実数は計り知れない規模に達している恐れがあるだけに、もはや社会問題としてはっきり認識した方がいいのではないかと考えています。

 仮に潜在的精神病発症率を3%と仮定した場合、100万人の労働者の中には3万人の潜在的精神病発症者がいるということになります。これだけでも結構馬鹿にならない数で、3万人もいたら関ヶ原の合戦ですらひっくりかえせるような人数なだけにその社会的損失は無視できません。逆を言えば、この精神病問題を解決することができれば3万人の労働者をフルパワーで活用することができるだけに、労働力不足が叫ばれる世の中なだけに、大量の資金をかけてでも精神病対策を施す価値があるように思えます。

 具体的な精神病予防というか対策に関しては、昨日の記事にも書いたように単純に日光浴がノーコスト且つ手軽、なおかつ外出機会を増やして消費拡大を促す効果もあると思うので、「幸せなら外歩こ♪」みたいな感じで外出、日光浴を普段から推奨するのがいいように思えます。ぶっちゃけ日光浴をプッシュしても誰も困る人いないんだし。
 なお最近よく「幸せならケツ叩こう♪」という妙な替え歌を上海で口ずさんでいます。

 上記の日光浴のほか精神科医など専門従事者が推奨する案があればどんどんとプッシュしつつ、診療体制、特に相談しやすい体制を作って日本社会全体でもっとこの問題に目を向けるべきでしょう。たばこやアルコールの身体的健康管理も重要でしょうが、この手の精神的健康管理も国家として労働力を確保する上で、今後ますます重要になってくると思います。

 そのうえで敢えて一つクエスチョンを入れると、そもそも何故日本で精神病患者の数が増えているのか、根本的原因を追う上でこの問いは避けられないし、この点をはっきりさせることで予防対策もしっかりしてくることになります。
 単純にかつてはほとんど認知されてこなかった精神病が社会に認知され、潜在的患者が治療を受けるようになって統計上、患者数が増加したという点は間違いないでしょう。ただこの手の顕現化効果を考慮しても、近年の日本の増加ペースを見る限りもっと別の要因があると思います。

 敢えて素人としての意見を述べると、最近ドラマでも話題になっていますが、かつてはパワハラセクハラにならなかった行為が現代ではその手の行為だと指摘されるなど、社会全体でタブーというか規制、条件が増加していて、前ほどその手の社会的制限を気にせずにはいられなくなったことも大きいように思います。交通事故一つとっても自分が子供だった頃は飲酒運転なんて、「捕まったら運が悪かっただけ」みたいな感覚で周りの大人でも当たり前のようにしていました。
 なおあだ名がビンラディンだったうちの親父は昔から酒が飲めず、宴会の後の運転手役は決まって親父だったそうです。

 話を戻すとそうした社会的制限がかつてと比べて増えたことに加えもう一つ、単純にストレスに対して現代人が弱くなっているようにも思います。これは根性がなくなかったとかそういうのではなく、学校教育、社会教育などで上記の飲酒運転をはじめとする公衆ルールを破ることの責任の重さを強く教える一方、直面するストレスに対して緩和、回避する方法を一切教えないというのが地味に効いているのではないかという気がします。
 こうした視点を持つのも自分が中国にいることが大きく、さすがに問題を放置するのはあれですが、「解決できない問題なんていつまでも悩んでるだけ損じゃん(´・ω・)」という感じで、どうしようもない問題を中国人はよく視点から外します。逆に日本人は、自分じゃどうしようもない問題をいつまでも記憶し、視点に入れ続け、自らストレスの種をずっと維持し続けているように思え、この点で言えば中国人みたく早く忘れた方がずっとプラスだと思います。

 また一つの問題を重大に取りすぎることも単純にストレスを高めているように思え、年齢を気にするなど、どうでもいいことをストレスにし続けて自滅している人も中には見ます。この手の抱える必要のないストレスを緩和、回避する方法を日本の教育では一切教えず、むしろそれどころか「もっと相手の気持ちになってみろ」などとばかりに必要以上にストレスを感じさせやすくしており、こうしたものが日本で精神病患者を増やしているのではないかと密かにみています。
 っていうか他人の気持ちを理解しろって、表現者たる私に言わせれば甘ちゃんの発想です。理解してほしければもっと自分から発信しろってのに。日本人は概して、かまってちゃんな癖に発進せず、それとなく気付いてほしいという都合のいい発想をする人が多いです。

2024年2月14日水曜日

精神病対策としての日光浴

 今日の上海は昼間に気温が20度を超えるなど春を超えて初夏のような日となり、連休をゲームばかりして過ごす自分も妖気に誘われて昼食がてら家の周りを数キロ散歩していました。WeChatの歩数表を見たら友人も歩数が増えてたので聞いてみたら、やっぱり同じような理由で散歩していました。
 なお今日は天津も15度に達するなど、中国各地で異常に気温が高かったようです。ところが明日から上海は雨で、気温もまた冬の一般的な水準に戻るとの予報が出ています。

 で話は本題ですが、今日散歩に出かけたのは家でゲームばかり(FF3)し過ぎている懸念もさることながら、友人から聞いた話がちょっと頭に残っており、わざと日に当たるようにして外へ出かけました。その友人とは先月に日本へ行っている最中にあった高校の同級生で、紆余曲折あって今精神科医をしている友人です。
 なお敢えて二つ名をつけるとしたら、「最も精神年齢が幼い精神科医」と呼ぶのがその友人には一番合っている気がします。こう言うと冗談っぽく聞こえるかもしれませんがシャレじゃなくマジで精神年齢が異常に幼いのに精神科医やってる変わった奴で、患者たちもどういう風に接しているのか密かに気になっています。

 話を戻しますがその友人に、いい機会だからと前から気になっていたことを一気に尋ねてみました。まず一つ目としては、現在精神科は患者で溢れており、「私、精神病かも?」と思った人が診断を受けようと尋ねても、初診を予約するまで最低1ヶ月くらいかかるくらいの大渋滞になっているという話を聞いたのでその真偽を尋ねたところ、「よく知ってるね(´・ω・)」という回答でした。
 友人曰く、精神科の数も精神科医の数も年々増えてはいるそうなのですが、それ以上に患者の増加ペースのが早く、診断済みの患者への対応だけでもほぼ手一杯になっているそうです。そのため初診までに時間がかかり、実際診断を受けるころには症状を悪化させてしまっているというケースも見られるそうです。

 次に聞いたこととして、鬱や精神病を発症するまでの過程は諸条件が複雑に絡み合っているとは思うけれども、一番トリガーとなる最大の条件というか最後の決め手になるような要素は何かと尋ねたところ、てっきり少しくらい逡巡するのかなと思っていたら「ストレスだね(´・ω・)」と、一瞬で即答してきました。
 基本的にストレスがなければ精神病にはならないとのことで、精神病を発症する人はそのほかの発症条件もそろった上で、高いストレスを抱えた状態に至ると発症しやすくなるとのことでした。いわれてみれば当たり前のように感じますが、単純にストレスが最大の懸念要因だと言われて自分としては得心した思いがしました。

 続いて、「じゃあ精神病を予防するためにストレスを減らすとして、ストレス軽減には何が一番効果的なんだ(。´・ω・)?」と尋ねたら、こちらもまた一瞬で「日光浴だね(´・ω・)」と即答してきました。

 日光浴に関してはかねてからストレス解消とかメラトニンの生成などは聞いていましたが、本職の精神科医から最大のストレス解消方法として挙がってくるとは思ってこず、意外でした。ただ言われてみるとすごく納得できるというか、自分は学生時代によく自殺の統計などを調べていましたが、基本的に冬は雪に閉ざされる北方の雪国ほど自殺率が明確に高く、逆に太陽カンカンな南国ほど低いという傾向が日本国内はおろか、世界単位でも明確に表れていました。
 この背景理由をを「南国育ち」だからで片づけない場合、やはり日照時間こと太陽に浴びた時間の長さは人の精神に大きく影響するのではないかと前から考えていました。そこへきて上の友人の回答で、自分としても至極納得したというか、精神病を予防するための対策として日光浴というのが単純で重要なのではないかと自分も深く納得したわけです。

 そうしたやり取りもあったため、自分のストレス管理として空が晴れていたら敢えて日光を浴びるよう自分も意識するようになりました。元から鬱気味だったというわけではないのですが実際問題として日焼けを気にせず日光を浴びるのは重要だと思えるだけに、今日のように冬にして珍しいくらい暖かい晴天とあってわざわざ袖まくってまでして日光を浴びるよう心掛けました。

 そのうえで実際に入ったことがあるわけじゃないですが、何となく精神病棟、特に重度の精神病患者が入る病院というのは窓がなく、閉ざされた印象があります。実際はどうだかわかりませんが仮にもしそうだとしたら上記の友人の言葉とは真逆の環境で、日光を一切浴びるどころか見ることすら叶わず、なんか余計に精神病を悪化させてしまうような環境に見えます。
 そういう意味ではその手の精神病棟ほど、鉄格子は必要となるかもしれませんが、日の光を入れる窓が非常に重要になってくるかもしれません。なんかYKK APの宣伝文句みたいですが。

 だったらいっそのこと、360度全面ガラス張りで太陽の光から一切逃れることのできない部屋に入れた方が、精神病患者の症状の改善するかもしれません。ただ実際にそんな部屋を創造したところ、夏場に至ってはむしろ一種の拷問部屋のように見えてきたので、やはりほどほどに窓の大きな部屋にするのが無難かもしれません。

2024年2月13日火曜日

原作改変に寛容だった漫画家

 未だに「セクシー田中さん」作者の自殺事件が尾を引いていますが、この問題でドラマの脚本化は原作維持という指示を聞いていなかったといい、小学館の編集者側は原作を改変しないようテレビ局側に伝えていたいう声明を出しています。脚本家に関しては自分を守るために聞いていなかったと主張している可能性もなくもないのですが、どちらにしろ作者の支持を確実に聞いていて、本来グリップを利かせるべき番組プロデューサーこそがこの問題で最も責任が大きいと言って間違いないでしょう。聞いていなかったは通用しないし、それでいてここまで問題を大きくさせたのだから何か言えばいいのに、いまだに何も言ってこないのはやはりその問題を自覚しているからじゃないかと思います。

 そんな原作改変について、今回は変えてほしくないという要望があらかじめ作者側から出されていましたが、過去には映像化にあたって原作から離れたストーリー展開をすることに寛容だった漫画家もいました。とりあえず思いつくあたりで何人かここでピックアップしようかと思います。

・横山光輝
 日本における「三国志」普及の第一人者である横山光輝ですが、「伊賀の影丸」をはじめ実写映像化された作品も非常に数多くあります。中には「六神合体マーズ」の原作の「マーズ」など、原作から大きく離れた作品もあるのですが、横山光輝は原作を改変することにあまり口を出さなかったと言われ、それがためプロデューサーらもこぞって横山作品の映像化に取り組んだと言われます。
 もっとも横山本人も一部作品の改変ぶりには閉口していたと以前に親類が語っていたのを聞いたことがあります。とはいえ大きく口を出さずに現場に任せ、その結果多くの作品が映像化されたことは事実であり、その点で言ってもやはりこの人は大御所であると感じます。

・永井豪
 そもそも原作なんてあったのかと思うくらい、アニメ版と漫画版で全く展開の違うストーリーが展開されることは永井豪氏の作品において最早お馴染みです。彼の場合、マジンガーZをはじめマンガの連載開始前からアニメ化も同時並行で動き出すというメディアミックスをよく仕掛けており、そのため大まかなキャラクターや舞台背景などは共通するも、それぞれのメディアで各担当者が自由に作品を作り、売れる要素があったらあとから別のメディアも追随するというかなり激しいパラレルぶりを見せています。
 その結果、漫画版では衝撃的な結末で半ば伝説化した「デビルマン」も、アニメ版では勧善懲悪な無難なストーリーでまとまっています。っていうか、漫画版の内容をアニメでやっていたらとんでもないことになっていたでしょう……。
 以前に永井氏の半自伝的漫画の「激マン」を読んだことがありますが、この中でアニメ版の脚本を担当したスタッフらに対する強い信頼感が描かれており、こうした関係があったからこそああしたパラレルな展開ができたのだと思います。中でも辻真先氏は、デビルマンの打ち合わせをしながら別作品の脚本を同時に書いていたというエピソードはかなり強烈だったというか、こんな凄いスタッフがいたのならそりゃ任せられるなと納得させられました。

・諫山創
 ご存じ「進撃の巨人」の作者ですが、原作改変に寛容だったというより原作を改変するよう脚本家に要求していたというぶっ飛んだエピソードがよく語られています。「進撃の巨人」の実写映画化にあたってはかねてからファンであった映画評論家の町山智浩氏を自ら指名し、できた映画の評価は非常に低かったものの作者自身は大満足だったという、まさに作者自身が喜ぶために映画が作られたような展開でした。
 中でも本当かどうかわからないけど脚本を書くことを町山氏が当初断ったところ、

「うれしいです。これでまた町山さんを説得するために会いに来れるのだから……」

 という、若干質の悪いストーカーじみた発言を諌山氏はしていたという話を聞きます。まぁそれだけ慕っていた人間に自分が原作の映画作ってもらったんだったらうれしいに決まってるだろうなぁ。

 最後に、今回の原作改変についていろいろ議論が続いていますが、やはり業界内でガイドラインかなんかは作るべきだと思います。その際に自分から提言したいこととして、原作者が死去した後の原作改変についてどのように扱うべきなのかも決めておいた方がいいでしょう。
 生前に原作者が大きな改変を望まないとはっきり言明していた作品に関しては映像化を控えるなど、こうした制限がないと最近ホラー映画とか作られている熊のプーさんのように、作品の尊厳を踏みにじろうとする輩が後年に出てくると思います。そうした改変の幅などに関して、著作権法と絡めつつ議論するなら今であるような気がします。

 なおこの手の議論で一番最初に思い当たったのが、水木しげるの不朽の名作こと「ゲゲゲの鬼太郎」です。この鬼太郎の、作者の死後に制作された第六期アニメでは猫娘がこれまでのデザインから大きく一新され、頭身の高い美少女キャラクターとして描かれたのですが、このデザインについて放映前にいくらか議論となっていました。
 「いくら何でも改変し過ぎ」、「こんなの猫娘じゃない」、「かわいいからこれでいい」といったいろんな意見が飛び交う中、

「いや、水木先生なら『売れりゃそれでいいんです』と言うはずだ」

 というコメントがあり、このコメントを見て私も「我が意を得たり!」という気持ちがしました。どこの誰かは知らないけど、水木しげるの気持ちをかなり理解している人のコメントだと心底思ったし、こうした作者の気持ちというか方針にぶれない改変だったらやっぱアリだなと当時思いました。

2024年2月11日日曜日

中国でツケを払うのはどこか?

 今日は午後からタミヤの370Z(Z34型フェアレディZ)のプラモを作っていましたが、フロントがボンネットとバンパーで分割されており、ボディへのはめ込み時に一番テンションのかかる部分が接合部なため容易に接着箇所が割れるというキットで、作っててずっとストレスためました。デカールも大きめのサイズなのにやばいくらい破れやすいし、インレットシールも経年劣化かもしれませんが異常にはがれやすく、これまで一度も失敗したことがないのに今回は何枚も貼り損ねました。
 ひとつ前のZ33型フェアレディZのキットは車のキットとしては過去最高なくらいに楽しかったし出来合いもよかっただけに、この370Zのキットに関しては強い失望を感じます。っていうかフロントライトのカバーガラス埋め込みって、何考えてこんな仕様にした?

 話は本題ですが前回の記事で自分は、中国の文字通りなバブル崩壊は2020年8月に始まったとしたうえで、現在はいまだに崩壊を認識できず、傷口を広げている段階だと指摘しました。崩壊はすでに始まっており抜本的立て直しが必要だと気付くのは恐らく早くて来年だと私は見込んでいますが、その際に議論となるのは、一体誰が不動産バブルのツケというか不良債権の損失を負担するのかということです。

 日本のバブル崩壊時は主に住専問題で議論され、最終的には住宅金融専門会社の母体行である銀行が主に損失を負担しました。この際、銀行に損失を負担させるにあたって短期的なショックがでかいとして税金から公的資金が注入されたものの、北海道拓殖銀行をはじめ一部銀行は破綻し、また現在の3メガバンク体制に至るその後の銀行業界の大再編にもつながりました。

 当然、中国でも不動産バブルのツケを払うと言ったら、不動産会社に融資を行ってきた銀行が真っ先にやり玉としてあがるでしょう。ただ仮に銀行が主にツケを払うこととなった場合、日本のようにはいかないことはほぼ確実だと思います。何故かというと中国の銀行はアリペイやWeChatペイなどIT系決済企業によって多くの金融関連業務を奪われており、金融決済の手数料収入がかつての日本と比べると極端に細くなっているからです。融資業務に関しては不景気なので言うに及ばずです。
 なおかつ、すでに現時点で中国の銀行の多くは体力を奪われており、多くの銀行で給料カットやリストラが激しく行われていると言われています。中国4大国立銀行の中国銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国工商銀行ならまだマシかもしれませんが、地方銀行や都市銀のレベルでツケを払うこととなった場合、破綻する銀行も確実に出てくると予想され、その場合大規模な取り付け騒ぎも発生することになるでしょう。また銀行だけが負担するという構図が、そのまま認められるかも怪しいです。というのも中国の不動産開発資金は銀行だけではなく、地方政府もリソースとなっているからです。

 日本の感覚からすると理解しがたいですが、中国の地方政府は集めた税金をそのまま財テクに利用しており、普通にデベロッパーに出資したり、場合によっては自らが主体となってマンションとかビルを建てたりしています。税金を原資に不動産開発を行っており、実際地方政府(自治体)が建てたホテルとかもざらにあります。でもって採算が取れなくなったり、建設途中で放棄された不動産とかもこの中にあります。

 こうした地方政府が開発して不良債権となった不動産(資産)はどうするのか。普通に考えれば地方政府がその損失を負担すべきでしょうが、中国の地方政府はここ数年のコロナ対策(検査費、都市封鎖費用)などで財政がすっからかんで、公務員ですら給料の遅配が起こっている状態であり、とても損失を負担できる状態にありません。
 またこうした地方政府の不動産開発には結構というか当たり前に汚職も盛りだくさんなため、表立っての処理を嫌って隠そうとすることから、不良債権化がますます進む恐れもあります。場合によっては、責任を銀行に擦り付けてくることも十分ありうるでしょう。

 このように考えると、バブル崩壊、不良債権を認識したところでそのツケを支払う宛てと原資が、過去の日本以上に中国はないように思えます。分担するにしても銀行、地方政府ともにかなりお手上げな状態であり、国庫が直接負担するにしても、かつての日本は約6兆円だったのに対し、今の中国の不良債権は100兆円を超すと言われていることを踏まえると、文字通り国が傾く規模の金額です。

 順当に行くのであれば、国立銀行ともいうべき中国4大銀行に中国政府が公的資金を注入し、不良債権を引き取らせて処理させるのが最も確実かつ順当な処理法だと思います。ダメージはもちろん大きいですが、地方政府や地銀に負担させるよりは、この方法が最も混乱が小さいように思えます。
 ただこのやり方でも果たして処理しきれるかと言ったら、正直未知数です。また不良債権から免れても、融資の道が閉ざされた地銀がその後も経営を維持できるかと言ったら疑問な点もあり、端的に言えば今は不動産業界で騒いでいますが、数年後は金融業界が混乱の中心になってくるのではないかと予想しています。

 どちらにしろやるなら早い方がいいので、中国政府には早い決断をしてもらいたいものです。決断をしてから最低3年間はかつてないほどの不況に見舞われるでしょうが、対応が遅れれば遅れるほどこの期間は長期化するとみられるだけに、やるなら今でしょと言ってあげたいです。
 唯一、この状況を脱出する方法があるとしたら、自分が考え得る限りで思いつくのは墾田永年私財法じゃないかと思っています。まぁさすがに無理だろうけど。

2024年2月10日土曜日

中国のバブル崩壊はいつ始まったのか?

 春節連休1日目の今日は家で昼寝して過ごそうとしたところ、なんかあんま睡眠の質よく眠れず中途半端な過ごし方となりました。明日から本気出す(´・ω・)

 話は本題ですが絶賛大不況な中国の現況について、これまで「中国のバブルは今すぐはじける、間違いない!」などと過去に話していた人達は今回、あまりこの手の「バブル崩壊」という単語をいつもより使ってない気がします。使わない理由としては彼らが過去に何度も吹聴してはその後も中国経済が成長し続けたため狼少年ケンみたいに扱われたことが何より大きいでしょうが、日本の報道を見る限りだと今の中国の不況感を現場で感じていない、というより中国現地を直接見聞きしていなくて実感を感じていないせいじゃないかと思います。ただはっきり言うと、これま中国バブル崩壊否定論者でしたが、中国のバブルはとっくに崩壊していると言い切っていいでしょう。

 ではここでクエスチョンですが、中国のバブル、具体的には不動産バブルはいつ崩壊したのか。結論から言えば2020年8月、「三つのレッドライン(三道紅線)」が出された時期と断定してもはやいいのではないかと思います。

 この「三つのレッドライン」とは、加熱、高騰化し続ける不動産市場を鎮静化、というより住宅価格を抑えることを主な目的に出された規制策で、大まかな内容としては不動産企業の現金保有高、自己資本比率などに基準を設け、この基準を上回った場合は直ちに新規の借入などを認めないという内容でした。端的に言えば、身の丈を超えた借入を行って過度な不動産開発に没頭する企業を抑えようという目的だったと思いますが、発表当時より「急進的すぎないか?」という声が自分の周りでもよく聞かれました。

 以上の内容を聞いて某錬金術師みたいに勘のいい人なら気づくでしょうが、内容的には日本のバブル崩壊の最大の原因というかきっかけとみられている総量規制と被っている、っていうかほぼ同じ展開といっていいでしょう

総量規制(Wikipedia)

 総量規制について簡単に説明すると、日本国内で加熱していた不動産開発を抑えるため、1990年に銀行を対象に不動産開発向け融資の全体規模を国が基準を設けて規制した行政指導です。この規制をきっかけに日本の不動産市場、ひいては全体景気が一気に後退するようになり、あまりの影響の大きさにこの規制もわずか1年9ヶ月で打ち切られましたが、その後も日本はデフレ不況へと猫まっしぐらな感じで落ちていきました。

 三つのレッドラインも総量規制も、不動産以上の過熱鎮静化を目的に出され、その内容のあまりの急進性ゆえに不動産市場はおろか、若干こじつけもあるかなとは思うものの全体景気すらも大きく落ち込ませた点で共通している気がします。また中国の場合ですと、コロナ規制の真っただ中だった2020年にこの規制を実施したというのも、ただでさえ逆風下だった中国不動産市場を一気に追い詰めた感があります。

 なお総量規制が日本のバブル崩壊のきっかけ、というかバブル崩壊そのものが認識されたのは1994年から1995年にかけてで、それまでは日本人の大半は当時の景気を停滞程度にしか認識していませんでした。中国でも2020年から2022年まではそこまで不況感を感じておらず、不動産市場はともかくコロナ下でほかの国から受注が移って製造業は比較的活発だったため、あんま不景気だと認識していませんでした。
 やはりそれがひっくり返ったのが2022年中ごろより各地で行われた、上海ロックダウンを含む各地での過度なコロナ規制による都市封鎖以降で、2023年に至っては若者の雇用率が下がるなど、目に見えて不況を実感するほどに世の中全体がおかしくなっていました。その元をたどるとすれば、前述の通りコロナ下で堂々と行われた三つのレッドラインの2020年がターニングポイントだったのではないかと思うわけです。

 なお日本では、自分の理解だとバブル崩壊のツケの大半を銀行に負担させたものだと考えています。この時銀行を助けるために公的資金も注入していますが、それでも多くの銀行は経営不振に至って新規融資をためらうようになり、いわゆる貸し渋り問題が90年代後半にかけて起こることとなります。
 何で急にこうして昔話をしだしたのかというと、今後増え続けるであろう不動産会社の破綻に際して、その負債を中国はどう処理するのかがもはや議論の対象になっているのではないかということ言いたいわけです。日本は上記のように、ある意味当然ですが銀行に負担を押し付けて最終的に処理していますが、中国はそれができるかと言ったら実は結構怪しい点があります。この点についてはまた次回にでもまとめていきます。

 ロジカル的にここまで簡単に至れると思うのだけれど、同じこと書いている人がほかにいないという点で若干違和感を覚えます。仕方ないからこうして自分が書いていますが。

2024年2月8日木曜日

三井住友銀行発足時に起きた驚異の逆さ合併

 明日は旧節の大晦日にあたり、例年ならこの日から中国の7日間にわたる春節休暇が始まります。ところが今年は何故かこの大晦日が出勤日に設定され、明後日2月10日の旧節元旦より休暇スタートということで、自分も明日まで出勤しなくてはなりません。
 一応有給はあるけど、チームメンバー全員が先に休暇を取ってきたので自分が出ざるを得なくなりました(´;ω;`)ウッ…

 その代わりというか休暇日数は土日含めて毎年7日間のところを今年は8日間になっています。個人的には日数以前にやっぱり大晦日から休ませてほしいというか買いだめとかしたいのが本音で、なんで今年はこんな変則的なんだと言いたくなり、やはり不況のせいかと勘繰ってもしまいます。

 さてその中国の不況、何度もこのブログでも書いているし日系メディアもいろいろ報じてはいますが、少なくとも自分が見ている限りで日系メディアは中国現地の状況を伝えきれていないと日々感じます。記事に書かれている以上に中国の街中では失望ムードが強く、株価低迷もあって不景気そうな面をみんなでしています。さすがに自分の直接的知り合いではまだいませんが、失業者も増えているといい、大卒者も内定先がなく苦労しており、感覚的には「バブル崩壊」という単語が出始めた1995年くらいの空気感です。
 仮に私の空気感が正しいとしたら、中国は最低5年間はこれから不況に苛むという計算になります。もっとも日本の場合、1995年からの5年間において不良債権に一切手を付けず、無駄に財政出動して借金だけ増やし、景気は一切回復しなかったのですが。

 何度もこの記事でも書いているように、失われた30年という人もいますがやはり小泉政権の前後でいったんは区切るべきだと思うことから私は「失われた10年」という言葉を使うべきだと思います。その失われた10年が一体何故区切りを迎えたのかというと、小泉政権下で竹中平蔵氏が不良債権処理に一気に動かしたことが間違いなく最大の理由です。
 当時、竹中氏は3年で日本の不良債権を半減化すると見えを切り、野党はそんなのできっこないと批判しましたが、実際に2年半でこれを達成しました。これを受け、ちょうどデジカメや大型テレビなどの新たな家電品が登場して消費も上向いていたこともあり、日本の景気は2005年の郵政選挙を皮切りに間違いなく上げ潮に乗りました。

 なおこの時の小泉政権下では財政支出を増やすどころか減らす緊縮財政を取っており、これは金融環境がズタボロ時に、金をいくら市場に投入しても無駄という教訓として非常に重要な例だと勝手に思っています。

 話は戻すと、一応中国もようやく財政出動に動き始めていますが、根本的には社会における不良債権をどうにかしない限りはいくら財政出動しても一時的なカンフル剤にしかならないと思います。というより、完全に日本の失われた10年のトラックを追うことになるので、内心ではやめた方がいい、そんな金あるなら不良債権を削れと私は言いたいです。特に地方債務。

 その不良債権に関連してつい最近知ったのですが、上記の竹中氏が不良債権処理を推し進めて銀行に対し厳しい自己資本比率を設定していた際、三井住友銀行はとんでもない方法でこれを達成していたらしいです。

わかしお銀行(Wikipedia)

 このわかしお銀行がどんな銀行か知っている人は恐らく現代にはいないと思います。じゃあどんな銀行家というと、現在存続する三井住友銀行を買収し、親会社となった銀行です

 わかしお銀行は元々、三井財閥系のさくら銀行の子会社でした。そのさくら銀行も破綻待ったなしな状態になった際、住友銀行と合併することとなったのですが、さくら銀行と住友銀行が合併しても依然として自己資本比率は要求される基準に達しませんでした。
 そこで当時の住友銀行頭取だった西川善文はなんと、

1、住友銀行とさくら銀行が合併して三井住友銀行を作る
2、できたばかりの三井住友銀行をさくら銀行の子会社であるわかしお銀行に吸収買収させる

 という、いわゆる逆さ合併と呼ばれるスキームを当時組んだそうです。これによってどうなるのかというと、文字通り「小が大を飲む」吸収合併となるので、吸収する側のわかしお銀行はその合併時に会計上で大きな資産評価プレミアムを得ることとなります。わかりやすく言うなら、本来の価値よりずっと安い代価で三井住友銀行を買うこととなるため、その本来の価値が上回っている分だけ含み益(のれん)をわかしお銀行が得ることとなります。
 このスキームによって合併再編の完了後に三井住友銀行は大量の含み益を手にすることができ、これを使って不良債権を一掃して、自己資本比率を基準に到達させたそうです。この手法に関しては行内からも邪道だと批判する声も多かったそうですが、当時の待ったなしな状況で最も適切な解決手段であると西川が考えてかなり無理くりして通したそうです。本人曰く、反対は覚悟していたし、信念のある決断だったからこそ、その後の結果も好転したとのことです。

 自分はこの話を西川の「仕事と人生」という本で知りましたが、こんな裏技的手法で不良債権を一掃していたことにマジビビりました。なおこの手法は企業合併には簿価基準で行うようになった現代ではできないそうで、まさにあの時代限りのウルトラCだったそうです。
 敢えて例えるなら、選挙に勝つため子供を政党の党首に据えるようななりふり構わぬ手法であり、そうまでして不良債権を削ろうとした西川の凄みがいまさらになって感じ入ります。しかしこれを見て、今の中国に必要なのはこれくらいの気迫で以って不良債権を削る意志だろうとも思わせられました。

 そんな具合で先の見えない中国でまた年越しですが、連休中はなるべく明るく過ごすようにしようと思います。買いだめしてるプラモも作らないと(´・ω・)

2024年2月6日火曜日

うなりくん

 先日忘年会で育児について語る同僚に対し別の同僚が、「パパ活熱心ですね(´・ω・)」といってました。多分彼は「イクメン」といいたかったんだろう。

 話は本題ですが先々週に日本行ってた際、地元なのにこれまで一度も行ったことがなかったのでまたソ連人民の敵であるうちの親父と成田山新勝寺に行ってきました。相変わらず周辺は千葉特有の雑木林ばかりで景観悪かったですが、新勝寺自体は関東の寺にしては非常に大きく、また境内も手入れされてて思ってたより感動しました。
 その際、興味本位でお土産屋を回っていたところ、「なんだこの珍獣は?」と思うものが目に入りました。


 その珍獣とは上の動画に出てくる、成田のゆるキャラを名乗るうなりくんというキャラクターです。いつ頃から活動しているのか知りませんが、自分が彼を知ったのは今回が初めてでした。

 まず第一印象から語ると、SUICAのペンギンとリアルに見間違えました。っていうかどう考えてもこのペンギンの亜種にしか見えないのですが、キャラクターとしてはうなぎがベースで、それに成田空港があることから無理やり飛行機とくっつけ、元ネタがわかりづらいからまた無理やり「成田」という名札を付けたような感じです。
 なお中国人の同僚にこれ見せたら「鳥?」といわれました。少なくともうなぎよりは鳥に近いと思うし、鳥よりもペンギンに近く、うなぎだと一発で看破できる奴はまずいないでしょう。なおその同僚にはそのあとハゲのAAをまとめたサイトを見せたら爆笑してました。

 このうなりくんで自分が一番奇妙に思った点を述べると、何故今の今まで彼の存在を自分を知らなかったのだろうかという点です。これでも一応千葉県のマッドシティ周辺に実家あるし、長く住んできたし、日本行くときは羽田じゃなくほぼ成田で降りるというのに、このうなり君をこれまで一度も目撃したことがありませんでした。
 成田山の近くの土産物屋であればたくさんグッズを売っているのを見るものの、ここまでマイナーなもんなのかなと思って上海へ帰る前に成田空港を見て回ったのですが、一番のおひざ元である成田空港というのに、うなりくんグッズを売っているお店は第2ターミナル内に1か所しかありませんでした。多分これが、マイナーたるゆえんだと思う。

 ただ明らかにマイナーな存在ではあるものの、そのとてもうなぎには見えないキャラクターと胸の「成田」という漢字のアクセントは強く、変に興味を持ち続けて今これを書いています。中国人も漢字がわかるだけに興味を持つかもしれないので、次回に日本行った際はこの際だからうなりくんの小さいぬいぐるみを大量に買って中国人に配ってみようかなとも検討しています。まぁ中国で人気出たところでなんだって気はしますが。

2024年2月4日日曜日

知られざる北条家のあれこれ

 先々週に日本に行った際、比較的近場ながら一度も行ったことがなかった小田原城と、その先にある戦国時代の北条家のふるさとこと伊豆半島を回ってきました。このうち小田原城に関しては城の中が博物館となっており、なかなかお金をかけてきれいにされている上に展示内容も素晴らしく、一見の価値がありました。中でも解説に関しては、それまで自分でも知らなかったような記述も多く、参考になる点が数多くありました。

 そんな小田原城の解説の中であの三角形を三つ重ねた北条家の家紋について、あの形は「三つ鱗(みつうろこ)」と呼称するという説明がありました。これで何が納得いったかって、いろいろ事業やってていまいち本業がなんだかわからないけど、一応エネルギー事業が本業であろうミツウロコという会社が、何故ミツウロコと呼ぶのかが非常に得心しました。子供のころからよくここのガスボンベを目にしてたけど、北条家と同じ三つ鱗の家紋を会社商標にしているあたり、これがその名用の由来で間違いないでしょう。

 このほか北条家、というより小田原城について知らなかった事実として、よく小田原城は街ごと堀で囲んだ日本にしては珍しく非常に大規模な城郭であった背景がありました。私はてっきり小田原城は初めからそのような総囲い(総構え)だと思っており、だからこそ上杉謙信に攻め込まれても持ちこたえられたんだろうとも思っていたのですが、実はこれは間違いでした。
 小田原城が総構えとなったのは実は秀吉の小田原攻めの直前だったそうです。それまでは確かに敷地の広い城だったけど総構えっていうほどではなく、秀吉が来るってんで防御機能を高めるためあのように総構えになったそうです。

 そんな小田原城を見て学んだあと、そのまま親父と伊豆方面へとドライブに行ったのですが、改めて思ったこととして伊豆半島はやはり交通事情が悪いということでした。熱海までなら割と行きやすいですがそこから伊東に行くならハトヤ、じゃなくて伊東まで行こうとなると海岸沿いの道だと有料道路となって距離の割に結構お金がかかり、海沿いの切り立った崖の道を延々と走ることとなります。
 この崖沿いの道だけでなく、山間部を縫うようにして源頼家も暗殺された修善寺を経由するルートもあるのですがこちらも道が険しく、周りは覆うような山ばかり。なお山の中でもおわん型した大室山は遠目にもわかり一見の価値があります。親父が高所恐怖症のため、上までリフトで上らなかったけど。

 このような伊豆半島を巡ってみて思ったこととして、現在地震の影響で交通が寸断されている能登半島と同じく、半島の交通の険しさというもの改めて感じました。元々、半島というのは地盤が隆起または沈降してできることから、必然的に海側は切り立った崖ばかりとなり、陸地は大小の山々で平地が寸断される形状となりやすいです。能登半島は訪れたことがないのですが、報道や今回の伊豆半島周遊を巡ってみて考えると、その交通手段というか移動路はかなり限定されていたのではないかと思えます。
 それだけに、道が限られていることから源頼家が修善寺に押し込められたのもよく理解できました。道がないので出ようとしても関所に阻まれるし、逃げようとしても山に阻まれるので幽閉にはうってつけだと思います。かのように半島というのは道路において制限が多いと痛感するとともに、北条氏が韮山から小田原へ本拠を移したというのもよく理解できました。

2024年2月3日土曜日

伊東選手を巡る週間新潮報道を見て思いだされる赤報隊事件誤報

 文春の松本人志氏の報道に続こうとしたのか週刊新潮は先日、作家日本代表の伊東純也選手が性加害を過去に起こしていたとする報道を行いました。この報道を受け対応が一時二転三転したものの日本代表チームから伊東選手は離脱することとなり、その影響は彼本人だけでなくサッカー日本代表にも及んでいます。
 一連の報道に関して伊東選手は事実無根だとして被害告発者に対し提訴を行い、これを受けて新潮側は加害を認めず逆に相手を貶める行為だとして、伊東選手への批判を強めています。双方ともに自らの認識に対し強い自身と証拠を持っていると主張しており、今後は報道よりも裁判を通して事実関係を争っていくことになるでしょう。

 その双方の根拠や証拠などを詳しく拝見していないため、現時点ではどちらの言い分が正しいのか、または真実味があるのかについては判断しかねるのですが、今回の報道を見て自分が真っ先に思い出したのは、2009年に週刊新潮がやらかした赤報隊事件に関する誤報です。


 上の記事はまさにその誤報があった当時に自分がまとめた記事ですが、赤報隊事件こと朝日新聞社襲撃事件について犯人が名乗り出たとして、週刊新潮は2009年にこの犯人に対する記事を掲載しました。しかしその実態は全く無関係の人物に新潮側が報酬となる金を渡して犯人に仕立て上げていたにすぎず、荒唐無稽な主張を繰り返し続けたものの当事者である朝日新聞を含む世間の批判を受け、最終的に誤報を認めた事件です。
 なおこの時に犯人と自称した人物はこのすぐ後に自殺しています。

 この事件は初報掲載時より新潮を買って自分も追っていましたが、初報時の時点で違和感のある内容が多く、朝日新聞の批判に反論する形で出した第二報の時点ではっきり誤報というか捏造であることが素人目にもわかる内容でした。自分のブログ記事にもある通り、悪だくみがばれた後に新潮は「自分たちも犯人自称者に騙された」という論調を取り、担当編集者は飛ばしましたが明らかに捏造を主導した立場であったにもかかわらず、新潮側も被害者であるというスタンスを取り、反省から程遠い態度を見せていました。

 言うまでもなく、この赤報隊事件の誤報は今回の伊東選手の報道とは全く無関係であり、結び付けるべき内容でもありません。ただ新潮には上記のような前科があるということは事実であり、それだけに自分も文春と比べるなら新潮の報道に対しては、記事内で明確な根拠が示されない限りは額面通りには受け取れません。
 それにといっては何ですが、伊東選手側の反論に対する新潮の弁明を見ていると、何となく赤報隊事件の時と同様に反論内容を否定するのではなく、被害者に対する配慮がないなどと、論点をずらすような主張のように見え、印象的にもなんか苦しそうな逆反論でした。まぁあくまで私の印象ですが。

 そのうえで、赤報隊事件も射殺された記者の遺族がいるにもかかわらず恥知らずな報道でしたが、今回の伊東選手に関しては現役のスポーツ選手であるということを考えると、ことによっては赤報隊事件の誤報以上に誤報であったら取り返しがつかないほどの事態に発展すると予想します。
 それを踏まえ新潮に対しては、変に世論におもねる(期待する)のではなく、あくまで記事内容で勝負し続ける、即ち論理的根拠を持った報道できちんと勝負すべきだと言いたいです。

2024年2月1日木曜日

映像化され原作改変で揉めた過去の事例

 昨日夜にまた上海の自宅に戻りましたが、霧で飛行機がディレイして予定より帰宅が遅れたためまたブログの更新サボってゲームしてました。どんだけ疲れても、ゲームする気力は残ってる。

 それで本題ですが、せっかく国会が開会したというのに岸田総理の施政方針演説なんてまるでニュースにならず、世間は先日からマンガ「セクシー田中さん」の作者の自殺を巡る騒動でもちきりです。
 この騒動は同作のドラマ化にあたって作者が、未完であることから原作に忠実に従って作成し、改変する場合は事前に話し合うという意向をあらかじめ伝えていたところ、実際にはほぼ無視される形で原作改変が続いていたということを作者自身がネットで明かしたことでヒートアップしました。しかし騒動が大きくなった直後、特定の人物を批判する意図でなかったとする発信を最後に作者自身が自殺をしたことで、映像化にあたり原作が一方的に改変されるという現実と、作品を守りたい原作者の意向がクローズアップされ、その他の漫画家なども声を上げるなど、世間の関心もどんどん高まっています。

 上記の「セクシー田中さん」の騒動に関しては私自身は原作もドラマも見ていない立場ゆえコメントする気もないのですが、この騒動を見た際に映像化の際に原作者と原作改変で揉めた過去の事例でいくつか思い当たるものがあり、それを今回まとめることにします。

・ネバーエンディングストーリー(ミヒャエル・エンデ)
 米独合作で1984年に公開されたこの映画ですが、原作はミヒャエル・エンデの「果てしない物語」となっています。大筋の話としては原作通りでその幻想的な世界を映像化した点は評価されたのですが、作者のミヒャエル・エンデは一部のストーリー改変、特に最後に主人公が竜(モフモフ犬にしか見えないが)に乗っていじめっ子に仕返しするシーンは激しく批判し、映画会社に対し賠償を求め提訴までしています。
 なおエンデの提訴は最終的には棄却され、彼本人も「ヒットした映画によって自分の作品をより多くの人に知ってもらったのはよかった」と態度を軟化させています。

・ヘルシング(平野耕太)
 現在も現役の超人気作家である平野耕太氏の代表作ともいえるヘルシングですが、かつて深夜アニメ枠でテレビアニメが放映された際、作者の平野氏は「アニメは見なくていいです」という発言を当時していました。元々過激な発言で知られる平野氏ですが、自身の作品を原作としたアニメ作品に対しても容赦なく批判していました。
 実際、この時作られたアニメ版は漫画版の内容から大きく逸脱しており、それだけの改変をしておきながら一般からの評価も高いものではなかっただけに、擁護の仕様がなかったと私も思います。っていうか、ナチスの出てこないヘルシングってもはや何の作品だというレベルだし。
 ただ救いだったのは原作が超人気作品で作者自身も強く望んだことから、後に原作に忠実なOVA版が制作され、こちらは作者も視聴者からの評価もともによく、現在でヘルシングのアニメとくればOVA版を指すようになっています・

・いいひと。(高橋しん)
 今回の「セクシー田中さん」の例に最も近い例としては、私が知る限りこの「いいひと。」なのではないかと思います。この作品は元SMAPの草彅氏の主演でドラマ化され、放映当時は非常に高い人気となって草彅氏の出世作にもなったのですが、「主人公とヒロインだけは改変しないでくれ」という作者の意向が無視されて制作されたことにより、作者の高橋しん氏は非常にショックを受けて放映途中に「原作」から「原案」に立場を変えた上、この改変によるショックがきっかけで連載中だった漫画作品も連載を終了させています。
 その後に高橋氏は「最終兵器彼女」で再びヒットを飛ばしますが、「いいひと。」と比べると非常に鬱度の高い作品で、私自身は「最終兵器彼女」をあまり面白いとは思っていません。反対に「いいひと。」はサラリーマン漫画としても十分評価でき、非常に優れた作品だと今でも思うだけに上記の経緯を後年知った際は私も落胆しました。

 映像化にあたって原作者と揉めた例として以上三つを挙げましたが、「いいひと。」のように放映途中で原作から原案へと立場を変えた例としては山田芳裕氏の「へうげもの」もあります。また「スケバン刑事」の和田慎二も、ドラマのシリーズ2は絶賛しつつも、シリーズ3に関しては作品の根幹部分が崩れているとして強く批判していました。
 これらの例を挙げて一体何が言いたいのかというと、古今東西地域を問わず、このように原作改変は過去何度も起こっているということです。もちろん原作に忠実に作ったところで売れなければ話にならないし、映像化にあたって妥協しなくちゃならない点もあるでしょうが、そうした点を事前に作者との間で合意を得るか、得られないなら制作を見送るとかといった対応がこれまでなされているかといえばかなり疑問です。これだけ過去に何度も問題化しているというのに。

 私自身もメディア業界にいた際、これほど契約を舐めた業界はないなと当時思っていました。基本的に口約束で報酬額まで決まってしまうだけに、取り決めや合意に関する意識が非常に希薄で、だからこそ以上のような原作者との紛争が頻発するのだと思います。
 ちなみに今は反対に、普通の業界以上にコンプライアンスや契約意識が厳しい業界に身を置いているので、たまにメディア関連の仕事すると「コンプライアンス的にやばくね(;´・ω・)」などと一人で焦ったりします。

 最後にゲームの「新スーパーロボット大戦」の原作改変例について触れます。この作品ではGガンダムのキャラクターである東方不敗を、原作を無視して宇宙人という設定にしています。この原作改変に関してプロデューサーの寺田氏は勝手な改変だと自覚しつつも、脚本担当の意見を通したことに長年悩んでいたそうなのですが、Gガンダムの生みの親である今川監督はこの原作改変を知った際、

「その手があったか( ゚д゚)ハッ!」

 などと納得した上、むしろこの設定改変に理解を示したそうです。これを聞いて寺田氏もほっと胸をなでおろしたといいますが、こう言っては何ですが改変することに悩むほど人が良くできた寺田氏だからこそ、今川監督も理解を示してくれたんじゃないかと思います。ゲーム業界の人は世間知らずで放言する人が多いですが、マジでこの寺田氏は見るからに温厚で、且つ気配りのできる珍しい人だと密かに評価しています。
 まぁスパロボの原作改変というか、原作の枠を超えて大活躍しているキャラを挙げるとしたらダイモスの三輪長官だと思うけど。出演作品がダイモスではなくダンクーガだと誤解されるのはもはやご愛敬なくらいだし。