決してこの方面に知識があるとは言い切れませんが、日本であまり大きく報道されていないことを考慮して紹介をしておこうと思います。
日本で麻薬事件というとここ数年で起きている著名な芸能人への取り締まり事件が真っ先に思い浮かぶかと思いますが、現実問題として日本はそういった一部の人間が使用こそしているものの麻薬全体の流通量は少なく、取り締まり状況においても他国と比較しても悪くはない環境です。しかしその目を国外に向けると、マリファナなどに限り使用を合法化しているオランダやイギリスを除くとその弊害は凄まじく、現在私が在住している中国でも南部を中心に汚染が広がっている状態です。それゆえに中国では麻薬の使用のみならず所持だけでも死刑になるというほど厳罰で臨んでいますが、その広がりに歯止めをかけるには未だ到れておりません。
そんな麻薬の取り締まりにおいて、現在最も大きな抗争とともに悲劇が繰り広げられているのがメキシコです。メキシコと聞くと私くらいの世代ならポンチョ来たおっさんが陽気にギターを弾きながら「ドンタコス」って言うシーンをイメージするかもしれませんが、以前ならいざ知らず現在のメキシコは治安が大いに悪化し、そのような牧歌的なイメージは薄れてきていると言われております。
一体何故それほどまでに治安が悪化したのかというと原因はすべて麻薬にあります。2006年に就任したフェリペ・カルデロン現職メキシコ大統領は就任するや麻薬を取り扱うマフィアとの全面抗争を宣言し、この方面への取締りを全国で強化しました。日本で麻薬の取締りというと吸引者や密売人の摘発、もしくは空港での手荷物チェックや暴力団へのがさ入れなどが主に行われるのでしょうが、メキシコの場合はマフィア映画さながらに本来取り締まるべき警察官などもマフィアと利益供与していることが多く、またマフィア自体が多くの構成員を擁するとともに多くの非合法な武器を所持しているために軍隊に近く、それゆえにカルデロン大統領による取り締まりは「麻薬戦争」と呼ばれることになりました。
現実に、事態は犯罪を通り越して内戦のような状態に到りました。
取締りが始まってすでに四年が経ちますが、この間に政府側、マフィア側双方の取り締まりに関わる死者は三万人を超えており、マフィアの首領や自治体首長など要人の暗殺も頻繁に起こっています。またカルデロン大統領自身にも暗殺計画が企図されていたことが発覚するなど、どちらかが完全にくたばるまで終結の見通しが立たないほど事態は泥沼の様相をなしています。
私は在学中、大学の講師に戦争というものは鳥瞰的にではなく匍匐的に見よと何度も教えられました。このメキシコ麻薬戦争についても字面では犠牲者を三万人と書かれていますが、その一人一人の犠牲者についてつぶさに見てみると目を覆いたくなるような事実に溢れております。
マフィアとの抗争の激しい地域では警察官はおろか知事などもマフィアに協力しているところも多く、なまじっか中央から取り締まりのために新たな捜査官が派遣されたり取締り推進派の人物が新たな知事が就任するや暗殺されることも多いそうです。特に警察官の犠牲については数限りなく、先日も22人いた同僚が皆すべて殺されたにもかかわらずただ一人で活動していた女性警官が誘拐される事件が起こりました。誘拐と文字で書けばただ二文字ですが、その後の運命は他の犠牲者の末路を見るにつけ推して知るべしです。マフィアという組織だけに大抵はその後任への脅迫が伴うため、遺体には凄惨な拷問の痕が残され、切断された状態で各所へ送りつけられていると聞きます。
犠牲者は本当に女性や子供を問わず、また加害者も女性や子供を問わないとされ、14才にも関わらずマフィアの指示の元に殺人、遺体処理を行っていた少年が逮捕される事件もこの前に起こっています。
麻薬吸引は犯罪だが、周りに迷惑さえかけなければ逮捕される可能性を含めて自己責任で吸いたい奴が勝手に吸えばいいという言葉をたまに聞きます。吸わないし興味のない人間からすれば確かにそのような感想を持つのも不思議ではありませんが、その誰かが吸っている麻薬の入手経路でどこかのマフィアが利殖を稼ぎ、このような非道を行う源泉となっていることを考えると果たしてそれでいいのかという疑問がもたげます。そういう意味で私は麻薬を吸わない人も興味を持たない人もこの麻薬問題に対して無関心でいるのではなく、特別に何かをする必要まではありませんが麻薬とその常習者を憎み、社会的な防圧を作る一石となるべきではないかと考えるわけです。
麻薬を悪だというのは簡単です。本当に憎悪するには国内にとどまらず国外の事実に目を向ける必要があるでしょう。
最後にメキシコの麻薬事情についてもう少し述べると、麻薬以外にほかに生産手段の乏しい南米諸国が一大消費地であるアメリカへ輸出する過程でマフィアが発達していったと言われています。それゆえに今のメキシコの麻薬問題の主犯はアメリカだ、むしろアメリカがマフィアを応援しているなどという話も聞きますが、その一方で近年はカルデロン大統領を支援するアメリカ要人もおり、クリントン国務長官などはメキシコを訪問するなど取締りを応援しているそうです。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2011年1月2日日曜日
2011年1月1日土曜日
フランスの人口の歴史
普段はケチな癖して、今日お茶の専門店にてやや高価な急須を150元(約2250円)で購入しました。内心どんなものかとはらはらしていましたが、お茶を入れてみるとしっかり注げてなおかつ質感もかなりよく、こっちきてから一番満足する買い物になったとほくほくしてますが、先週買った毛布(170元)と同じくらい急須にお金をかけるあたりが自分らしい気がします。
ちょっと別の内容のことについて思索に耽ってた際に思い出したので、今日はフランスの人口について話をしようと思います。
現在、日本は少子化の一途を辿っている事から早くに少子化対策を行って成功を収めたフランスの政策を見習うべきだと各種評論家から政治家まであちこちで発言しております。ではそんなフランスの出生率は実際どんなものかというと、ネットで簡単に検索をかけて見たところ2008年時点でぴったり2人で、去年はさらにこの数字から上昇していると報告されております。対する日本の出生率は同じ2008年だと1・3人で、確かにあちこちで言われる通りにフランスと比較すると歴然たる差があります。
その一方でそもそもの話、それぞれの国の人口はどれくらい差があるのでしょうか。こちらもお手軽簡単のGoogle publicdateでちょちょいと調べて見ると、なんと日本が約1億2700万人に対してフランスはその約半分の約6200万人しかありません。
こうして比べて見ると確かにフランスは出生率において日本を遥かに凌駕しておりながらも、母体の人口となると約半分というちょっと心もとない数字をしていることがわかります。参考までにほかの欧州先進国のデータと合わせて出すと、
日本:約1億2700万人
フランス:約6200万人
イギリス:約6100万人
ドイツ:約8100万人
イタリア:約6000万人 (出典:www.google.com/publicdata)
私自身も高校生くらいのころは日本は労働力が足りないとよく言われるから人口が少ないと勘違いしていましたが、実際には日本は欧州先進国と比較すると非常に人口の多い国で世界中で比べても第十位に入る国です。どうでもいいけど今Wikipediaで国別人口の順位調べようとしたら、一瞬開いて急に閉じました。恐らく中国政府がまたアクセス禁止をしているんだろうけど、国別人口順位の何が中国にとってまずい情報なのだろう?
話は戻ってフランスの人口の話ですが、まぁ確かに出生率が高いからといって人口も多いとは限らないので決しておかしな話ではありませんが、歴史を紐解くとフランスはかねてより人口が低く、その対策に苦慮してきたという経緯があります。
中世までフランスは早くに絶対王政を確立させたことからヨーロッパの中でイギリス、オーストリアと争う一等国で当時は他国と比較しても国力も人口も多い国でしたが、18世紀にフランス革命が起こり、その中で台頭してきたナポレオン・ボナパルトがヨーロッパ全土を舞台にした俗に言うナポレオン戦争を引き起こしたことからこれが暗転することとなります。一説によるとナポレオン戦争全体の犠牲者は200万人を超えるとされ、現在においてもこの数字は膨大ではありますが当時の人口は現在より数段階低かったことを考慮すると、もはや致命的といっていいほどの喪失といっていいでしょう。特にナポレオンが君臨したフランス本国での人口減少は著しく、それまで勝っていたイギリス、ドイツに追い抜かれることとなり、確か20世紀を通して一度もフランスはこの二国に人口が上回ることがなかったと思います。
現在は社会保障負担などがあるので一概に言い切れませんが、当時の国家にとって人口が多いか少ないかは国力を左右する上で重要な要素の一つでした。労働力はもとより戦争の兵隊要員など、これらの点において人口は多ければ多いほど有利となるわけですがフランスはその人口でナポレオン戦争後はライバル二カ国に水を空けられる形となったわけです。
そこでフランスが取った政策が、1831年に創設されたLégionことフランス外人部隊です。これは現在でも存在し続ける文字通りフランス国籍でない外国人によって編成される部隊のことで、最近は厳しくなっていますが適格さえあれば少し前までは多少の犯罪歴なら黙認されて誰でも入隊でき、一定の契約期間を兵役で過ごすことによってその隊員にはフランス国籍が与えられる制度です。
フランスは自国の不足する兵員を補うためにこのような外人部隊を創設したわけですが、これ以外にも二次大戦後は復興のために旧植民地の国々から移民を受け入れたりなどと人口に関する政策を比較的早い時期からあれこれと取り組んでいます。現下の出生率対策もこの移民政策と連動しており、いうなればそのルーツは昨日今日始まったものではなく相当な期間を経て形作られたのではないかと私は考えています。
ここで私が何を言いたいのかですが、また随分と回りくどくなってしまいましたが日本は少子化対策をどうするかと現在あれこれ議論をしていますが、参考対象として挙げられているフランスは人口問題に対してこのように長い期間かけて作られた問題に対するベースがあります。また現時点においてもフランスは日本と比べて人口が大いに少なく、その人口に対する意識というか危機感というか、その価値観は日本とは比べ物にならないくらいに強いのではないのではないかと個人的に思います。
これは逆を言えば今の日本人がフランス人のように人口問題を意識しているか怪しいということで、一部の人は真剣かもしれませんが日本人全体となるとこの少子化問題にそこまで真剣に考えることは難しいんじゃないかという気がします。
もちろんフランス人がどれだけ人口について考えているか私には推し量る余地もないですし本当かどうかは全くわかりませんが、少なくとも歴史的背景を考えると概念に違いがあるのではないかと思います。
よく歴史は何の役にも立たないといわれますが、現実の問題を考える際にその根本を探る上で重要なツールになると考えています。今回のフランスの人口問題はその好例だと考えており、こうして紹介してみることにしました。
ちょっと別の内容のことについて思索に耽ってた際に思い出したので、今日はフランスの人口について話をしようと思います。
現在、日本は少子化の一途を辿っている事から早くに少子化対策を行って成功を収めたフランスの政策を見習うべきだと各種評論家から政治家まであちこちで発言しております。ではそんなフランスの出生率は実際どんなものかというと、ネットで簡単に検索をかけて見たところ2008年時点でぴったり2人で、去年はさらにこの数字から上昇していると報告されております。対する日本の出生率は同じ2008年だと1・3人で、確かにあちこちで言われる通りにフランスと比較すると歴然たる差があります。
その一方でそもそもの話、それぞれの国の人口はどれくらい差があるのでしょうか。こちらもお手軽簡単のGoogle publicdateでちょちょいと調べて見ると、なんと日本が約1億2700万人に対してフランスはその約半分の約6200万人しかありません。
こうして比べて見ると確かにフランスは出生率において日本を遥かに凌駕しておりながらも、母体の人口となると約半分というちょっと心もとない数字をしていることがわかります。参考までにほかの欧州先進国のデータと合わせて出すと、
日本:約1億2700万人
フランス:約6200万人
イギリス:約6100万人
ドイツ:約8100万人
イタリア:約6000万人 (出典:www.google.com/publicdata)
私自身も高校生くらいのころは日本は労働力が足りないとよく言われるから人口が少ないと勘違いしていましたが、実際には日本は欧州先進国と比較すると非常に人口の多い国で世界中で比べても第十位に入る国です。どうでもいいけど今Wikipediaで国別人口の順位調べようとしたら、一瞬開いて急に閉じました。恐らく中国政府がまたアクセス禁止をしているんだろうけど、国別人口順位の何が中国にとってまずい情報なのだろう?
話は戻ってフランスの人口の話ですが、まぁ確かに出生率が高いからといって人口も多いとは限らないので決しておかしな話ではありませんが、歴史を紐解くとフランスはかねてより人口が低く、その対策に苦慮してきたという経緯があります。
中世までフランスは早くに絶対王政を確立させたことからヨーロッパの中でイギリス、オーストリアと争う一等国で当時は他国と比較しても国力も人口も多い国でしたが、18世紀にフランス革命が起こり、その中で台頭してきたナポレオン・ボナパルトがヨーロッパ全土を舞台にした俗に言うナポレオン戦争を引き起こしたことからこれが暗転することとなります。一説によるとナポレオン戦争全体の犠牲者は200万人を超えるとされ、現在においてもこの数字は膨大ではありますが当時の人口は現在より数段階低かったことを考慮すると、もはや致命的といっていいほどの喪失といっていいでしょう。特にナポレオンが君臨したフランス本国での人口減少は著しく、それまで勝っていたイギリス、ドイツに追い抜かれることとなり、確か20世紀を通して一度もフランスはこの二国に人口が上回ることがなかったと思います。
現在は社会保障負担などがあるので一概に言い切れませんが、当時の国家にとって人口が多いか少ないかは国力を左右する上で重要な要素の一つでした。労働力はもとより戦争の兵隊要員など、これらの点において人口は多ければ多いほど有利となるわけですがフランスはその人口でナポレオン戦争後はライバル二カ国に水を空けられる形となったわけです。
そこでフランスが取った政策が、1831年に創設されたLégionことフランス外人部隊です。これは現在でも存在し続ける文字通りフランス国籍でない外国人によって編成される部隊のことで、最近は厳しくなっていますが適格さえあれば少し前までは多少の犯罪歴なら黙認されて誰でも入隊でき、一定の契約期間を兵役で過ごすことによってその隊員にはフランス国籍が与えられる制度です。
フランスは自国の不足する兵員を補うためにこのような外人部隊を創設したわけですが、これ以外にも二次大戦後は復興のために旧植民地の国々から移民を受け入れたりなどと人口に関する政策を比較的早い時期からあれこれと取り組んでいます。現下の出生率対策もこの移民政策と連動しており、いうなればそのルーツは昨日今日始まったものではなく相当な期間を経て形作られたのではないかと私は考えています。
ここで私が何を言いたいのかですが、また随分と回りくどくなってしまいましたが日本は少子化対策をどうするかと現在あれこれ議論をしていますが、参考対象として挙げられているフランスは人口問題に対してこのように長い期間かけて作られた問題に対するベースがあります。また現時点においてもフランスは日本と比べて人口が大いに少なく、その人口に対する意識というか危機感というか、その価値観は日本とは比べ物にならないくらいに強いのではないのではないかと個人的に思います。
これは逆を言えば今の日本人がフランス人のように人口問題を意識しているか怪しいということで、一部の人は真剣かもしれませんが日本人全体となるとこの少子化問題にそこまで真剣に考えることは難しいんじゃないかという気がします。
もちろんフランス人がどれだけ人口について考えているか私には推し量る余地もないですし本当かどうかは全くわかりませんが、少なくとも歴史的背景を考えると概念に違いがあるのではないかと思います。
よく歴史は何の役にも立たないといわれますが、現実の問題を考える際にその根本を探る上で重要なツールになると考えています。今回のフランスの人口問題はその好例だと考えており、こうして紹介してみることにしました。
2010年12月31日金曜日
自分の今年を振り返って
年末最後の記事ということもあって、ちょっと今年を振り返ることでも書こうかと思います。
中国で正月とくれば二月初旬の旧正月なので西暦での年末年始はあまり大きなイベントではなく、実際に今日も私は客先の日本企業は全部閉まってて暇でしたが会社に出勤してきました。それでも日系企業ということもあって明日から三ヶ日の三日間はお休みですが、土日を挟むのでなんか損をしているような気分がすごくします。
それにしてもちょうど一年前の去年の12月頃、恐らくこうして中国で一人で年を越すなんて私は想像だにしていなかったでしょう。転職を考え始めたのはまさにその頃ではありましたが、内心ではどうせ今回も計画倒れで実行までは行かないだろうと思っていました。
私に限って今年一年を振り返れば、やはり最大の事件は中国への転職に尽きます。決断する前から転職したら転職したで後悔するだろうと考えていましたがやらなかったらそれ以上の後悔をするだろうと思って最終的に決断に至りましたが、案の定というかこっちに来てからはほぼ毎日、「日本に残ってさえいれば」という考えが頭をよぎります。ただ人間、基本的に少し辛いと思うくらいの状況が本人にとっていい環境だと私は考えているので、死ぬほど辛い状況ではないので今くらいの環境が一番自分にとっていいのだと納得するようにしてます。
幸いというか最近はこっちの生活とこっちの南方訛りにも徐々に慣れてきて、またひどく汚れてて電気もほとんどつかなかった自分の部屋もあちこちいじくった甲斐あって住みやすくなり、二週間前と比べると随分と生活に余裕を感じるようになってきました。
ただこうして次のステージへの第一歩は踏んだものの、今年一年間で見ると自己研鑽が少なかったという反省があります。資格も何も取らなかったし運動も自転車乗り回すだけで必殺技とか何も編み出さなかったし、何かしらテーマを決めた勉強もあまりやってきませんでした。唯一少し勉強したと言えるのはホームページの「陽月旦」をリニューアルする際にスタイルシートとか簡単なHTMLを覚えなおした位ですが、こっちだとFC2にアクセスできないからまた放置することになるかもしれません。アップロードはできるのだろうか。
執筆活動というかブログの方は他サイトにて取り上げてもらう記事がいくつかあり、またそこそこ固定読者を獲得できたと実感することも増えてきたのでそんなに悪くなかったと思います。ただ大学時代の貯金が減ったと言うか何か知られていない話題や知識を解説することがはっきり自覚するくらいに減って、やはりこのところの勉強不足が徐々に響いてきており再勉強の必要性を感じる一年でした。
ただそうやって育ててきたブログの「陽月秘話」を中国のアクセス禁止の壁に阻まれてまたこのgooブログで一からやり直す羽目となってしまいましたが、こうして中国で再スタートを切るという意味では心機一転のいい機会だったかもしれません。必然的にこの「陽月秘抄」は前の「陽月秘話」以上に中国関連の記事が増えるでしょうし、ブログの方向性もややか違ってくることになるでしょう。
逆に来年に対して抱負を述べると、もっと中国国内のニュースをこのブログの中で配信できるようになれるのと、中国人に直接インタビューできるくらい語学を伸ばして人脈も作れればいいかなと思ってます。
今に始まったわけじゃないですが、このブログを中心に生活上の物事を組み立てることが増えてきました。来年はもっと固定読者が増えるといいな。
中国で正月とくれば二月初旬の旧正月なので西暦での年末年始はあまり大きなイベントではなく、実際に今日も私は客先の日本企業は全部閉まってて暇でしたが会社に出勤してきました。それでも日系企業ということもあって明日から三ヶ日の三日間はお休みですが、土日を挟むのでなんか損をしているような気分がすごくします。
それにしてもちょうど一年前の去年の12月頃、恐らくこうして中国で一人で年を越すなんて私は想像だにしていなかったでしょう。転職を考え始めたのはまさにその頃ではありましたが、内心ではどうせ今回も計画倒れで実行までは行かないだろうと思っていました。
私に限って今年一年を振り返れば、やはり最大の事件は中国への転職に尽きます。決断する前から転職したら転職したで後悔するだろうと考えていましたがやらなかったらそれ以上の後悔をするだろうと思って最終的に決断に至りましたが、案の定というかこっちに来てからはほぼ毎日、「日本に残ってさえいれば」という考えが頭をよぎります。ただ人間、基本的に少し辛いと思うくらいの状況が本人にとっていい環境だと私は考えているので、死ぬほど辛い状況ではないので今くらいの環境が一番自分にとっていいのだと納得するようにしてます。
幸いというか最近はこっちの生活とこっちの南方訛りにも徐々に慣れてきて、またひどく汚れてて電気もほとんどつかなかった自分の部屋もあちこちいじくった甲斐あって住みやすくなり、二週間前と比べると随分と生活に余裕を感じるようになってきました。
ただこうして次のステージへの第一歩は踏んだものの、今年一年間で見ると自己研鑽が少なかったという反省があります。資格も何も取らなかったし運動も自転車乗り回すだけで必殺技とか何も編み出さなかったし、何かしらテーマを決めた勉強もあまりやってきませんでした。唯一少し勉強したと言えるのはホームページの「陽月旦」をリニューアルする際にスタイルシートとか簡単なHTMLを覚えなおした位ですが、こっちだとFC2にアクセスできないからまた放置することになるかもしれません。アップロードはできるのだろうか。
執筆活動というかブログの方は他サイトにて取り上げてもらう記事がいくつかあり、またそこそこ固定読者を獲得できたと実感することも増えてきたのでそんなに悪くなかったと思います。ただ大学時代の貯金が減ったと言うか何か知られていない話題や知識を解説することがはっきり自覚するくらいに減って、やはりこのところの勉強不足が徐々に響いてきており再勉強の必要性を感じる一年でした。
ただそうやって育ててきたブログの「陽月秘話」を中国のアクセス禁止の壁に阻まれてまたこのgooブログで一からやり直す羽目となってしまいましたが、こうして中国で再スタートを切るという意味では心機一転のいい機会だったかもしれません。必然的にこの「陽月秘抄」は前の「陽月秘話」以上に中国関連の記事が増えるでしょうし、ブログの方向性もややか違ってくることになるでしょう。
逆に来年に対して抱負を述べると、もっと中国国内のニュースをこのブログの中で配信できるようになれるのと、中国人に直接インタビューできるくらい語学を伸ばして人脈も作れればいいかなと思ってます。
今に始まったわけじゃないですが、このブログを中心に生活上の物事を組み立てることが増えてきました。来年はもっと固定読者が増えるといいな。
2010年12月30日木曜日
日本の司法が変わった年
自分は見ていないのですが、友人が先日日本で放送されたタレントのビートたけし氏が司会する今年を振り返る番組で死刑制度が取り上げられてなかなか興味深い内容だったそうです。死刑制度については二年前に鳩山邦夫氏が法務大臣だった頃にそれまでなかなか執行されなかった案件を一挙に処理したことから朝日新聞に死神呼ばわりされましたが、この前もインタビューにて鳩山邦夫氏は大量執行したことに後悔はなく、むしろもっと執行命令を出すべきだったと息巻いていました。
ただこうした死刑の問題以上に、今年はいろんな面で日本の司法が大いに変革を迫られた年だったように思えます。恐らく今後語られる日本の司法史において、このに、三年間は大きな転換の年として取り扱われるのではないかと早くも私は予想しています。
具体的にどのような点で変革が起きたのかを挙げるとすれば、まず筆頭となるのは裁判員裁判でしょう。開始前でこそ適正に裁判が行われるのか、秘密やプライバシーなどは守れるのか、法律知識のない一般人に何が出来るなどと非難轟々ではありましたが、いざ実際に始まってみると思ってた以上に裁判員に選ばれた方々が真摯に裁判に対応し、また裁判所など司法側も法律知識の少ない裁判員にも理解してもらうためそれまで難解な法律用語を飛び交わせて専門家同士にしか通じない議論だったものを平易な言葉に切りかえ、裁判員のみならず傍聴者、または当事者である被告や原告にも内容が伝わりやすくなったそうです。
裁判員裁判は去年から始まりましたが今年には早くも大きな節目があり、数件の裁判において死刑判決が議決されました。最初に裁判員裁判で死刑判決が下りた裁判では判決後に裁判長が被告に対し控訴を促すという前代未聞の発言があり各所で批判がありましたが、私は逆にこのときの裁判官のこの発言を高く評価しております。
普通に考えれば中立を保つべき裁判官がこのように被告に控訴を促すというのは許されないことですが、仮に裁判員裁判の一審にて刑が確定した場合、裁判員らがその被告に直接死刑を議決して死に追いやったと心的負担を抱えることが大いに予想され、結果は同じだとしても裁判員の負担を考えるなら二審、三審で刑が確定させるべきだろうと私も思います。実際に死刑判決に関わる裁判に関わった裁判員らは会見などで強いストレスがあり、死刑に関わる裁判は専門の裁判官のみがやるべきではとも発言しています。
こうした制度面での変革の一方、司法のあり方というか存在意義についても今年は大いに議論というか事件が起こりました。まずその前兆とも呼べるのは去年に起きた足利事件における菅谷さんの冤罪発覚事件で警察の捜査はもとより裁判において菅谷さんが無罪を主張していたにもかかわらずどうして見抜けなかったのかと、それ以前から一部で批判が起きていた国策操作などとあいまって司法への国民の信頼が大きく揺らいだ事件となりました。
そんな中で起きたのが今年の郵便不正事件裁判における村木さんの裁判で、言うまでもありませんがこの事件では村木さんが無実だと明らかにわかっていたにもかかわらず検事が証拠を偽造し、無理やり罪に落とそうとしたという前代未聞の不祥事が発覚しました。この事件では証拠偽造を直接行い逮捕された前田容疑者に続き、村木さんの事情聴取を行った国井検事についても検察官適格審査会において罷免すべきかどうかが議論されていますが、前に見た村木さんのインタビューによるとこの国井検事は全く村木さんの話を聞かないばかりか暴言も多く、文面から村木さんが相当に怒りをもっていた人物なのだろうという印象を受けました。
この証拠偽造事件を受けてか早くも各所で影響が出ていると思える事例があり、どこかの刑事裁判では警察による被告が自白を行ったという主張に対して裁判所側が自白は強要によるものとして退けたり、警察の要請を拒否して検察が立件を見送るなど司法側が捜査に対して慎重になっている節があります。
私としてはかねがね日本の司法に疑問を持っていたので、ここ最近の事件などによるこのような影響を歓迎して見ています。また市民も司法に対して注目をするようになり、司法の壁というか閉じきった変な世界が徐々に開かれてきているようにも思えます。
今、立法府においては小沢氏の裏金疑惑が訴状に上っておりますが、行政を含めて三権がきちんと機能するためには司法が独立性と正当性を保たねばなりません。今後も司法改革というか清浄化がいっそう進むことを切に願います。
スカイプチャットしながら書いたから、えらく時間かかったな。
ただこうした死刑の問題以上に、今年はいろんな面で日本の司法が大いに変革を迫られた年だったように思えます。恐らく今後語られる日本の司法史において、このに、三年間は大きな転換の年として取り扱われるのではないかと早くも私は予想しています。
具体的にどのような点で変革が起きたのかを挙げるとすれば、まず筆頭となるのは裁判員裁判でしょう。開始前でこそ適正に裁判が行われるのか、秘密やプライバシーなどは守れるのか、法律知識のない一般人に何が出来るなどと非難轟々ではありましたが、いざ実際に始まってみると思ってた以上に裁判員に選ばれた方々が真摯に裁判に対応し、また裁判所など司法側も法律知識の少ない裁判員にも理解してもらうためそれまで難解な法律用語を飛び交わせて専門家同士にしか通じない議論だったものを平易な言葉に切りかえ、裁判員のみならず傍聴者、または当事者である被告や原告にも内容が伝わりやすくなったそうです。
裁判員裁判は去年から始まりましたが今年には早くも大きな節目があり、数件の裁判において死刑判決が議決されました。最初に裁判員裁判で死刑判決が下りた裁判では判決後に裁判長が被告に対し控訴を促すという前代未聞の発言があり各所で批判がありましたが、私は逆にこのときの裁判官のこの発言を高く評価しております。
普通に考えれば中立を保つべき裁判官がこのように被告に控訴を促すというのは許されないことですが、仮に裁判員裁判の一審にて刑が確定した場合、裁判員らがその被告に直接死刑を議決して死に追いやったと心的負担を抱えることが大いに予想され、結果は同じだとしても裁判員の負担を考えるなら二審、三審で刑が確定させるべきだろうと私も思います。実際に死刑判決に関わる裁判に関わった裁判員らは会見などで強いストレスがあり、死刑に関わる裁判は専門の裁判官のみがやるべきではとも発言しています。
こうした制度面での変革の一方、司法のあり方というか存在意義についても今年は大いに議論というか事件が起こりました。まずその前兆とも呼べるのは去年に起きた足利事件における菅谷さんの冤罪発覚事件で警察の捜査はもとより裁判において菅谷さんが無罪を主張していたにもかかわらずどうして見抜けなかったのかと、それ以前から一部で批判が起きていた国策操作などとあいまって司法への国民の信頼が大きく揺らいだ事件となりました。
そんな中で起きたのが今年の郵便不正事件裁判における村木さんの裁判で、言うまでもありませんがこの事件では村木さんが無実だと明らかにわかっていたにもかかわらず検事が証拠を偽造し、無理やり罪に落とそうとしたという前代未聞の不祥事が発覚しました。この事件では証拠偽造を直接行い逮捕された前田容疑者に続き、村木さんの事情聴取を行った国井検事についても検察官適格審査会において罷免すべきかどうかが議論されていますが、前に見た村木さんのインタビューによるとこの国井検事は全く村木さんの話を聞かないばかりか暴言も多く、文面から村木さんが相当に怒りをもっていた人物なのだろうという印象を受けました。
この証拠偽造事件を受けてか早くも各所で影響が出ていると思える事例があり、どこかの刑事裁判では警察による被告が自白を行ったという主張に対して裁判所側が自白は強要によるものとして退けたり、警察の要請を拒否して検察が立件を見送るなど司法側が捜査に対して慎重になっている節があります。
私としてはかねがね日本の司法に疑問を持っていたので、ここ最近の事件などによるこのような影響を歓迎して見ています。また市民も司法に対して注目をするようになり、司法の壁というか閉じきった変な世界が徐々に開かれてきているようにも思えます。
今、立法府においては小沢氏の裏金疑惑が訴状に上っておりますが、行政を含めて三権がきちんと機能するためには司法が独立性と正当性を保たねばなりません。今後も司法改革というか清浄化がいっそう進むことを切に願います。
スカイプチャットしながら書いたから、えらく時間かかったな。
2010年12月28日火曜日
中国の外交が強硬化した理由
中国の正月は二月なのと、新しい仕事に未だ慣れないためにいまいち年末気分で盛り上がれずにいますがそれにもめげずに今日もブログを更新します(つД`)
さて今年も残りわずかとなってきましたが、今年一年を振り返ってみると中国関係では何よりもあの尖閣諸島沖漁船衝突事故が日本にとって一番大きな事件だったでしょう。いろいろ細かい事件はありましたが小泉政権が終わってから日中は割と波風少なく経済交流が進んできていたのですが、あの衝突事件以降はそれ以前からも徐々に輸出枠は減らされてきていましたが報復としか思えないレアアースの輸出差し止め(実際には他の貨物も止められてたけど)を始めとしていろんなところで無理難題を中国は日本に要求するようになって来ました。
ただこのような中国の態度は日本に限らず先日のノーベル賞授賞式に平和賞を受賞した劉暁波氏の問題から他国に参加しないようにと斡旋したり、スウェーデンとの通商交渉をひっくり返すなど目に見えて近頃は強気な姿勢を出してきています。さらには同じ漁業の問題だとつい少し前にお隣韓国でも同じような漁船事故が起こって、日本の時同様に例の謝罪と賠償を強く請求しているようです。
正直に言って漁船衝突事故が起きた際も私は最初は強気なことを言うけれども適当な落とし所で中国も引いて、事を余計に荒立てないようにするだろうと考えていました。しかし予想は見事に外れて中国は最初から最後まで強気な姿勢を崩さずにきたわけですが、どうも去年と比べて今年の中国は外交に対して一切の妥協を示さず我が物顔に振舞うように転換してきたように思えます。もちろんこれまでも十分わがまま放題な国ではありましたが今年はそれに輪をかけたというくらいの変貌振りで、何か内部に変動でもあったのかと疑うくらいでした。
では一体何故中国の外交が強硬化したのかですが、いくつか考えられる理由がありますがまず第一に考えられるのは今年の十月で上海万博が閉幕したからです。中国は08年の北京オリンピックと今年の上海万博と、ごく近い期間に世界の注目が集まる国際イベントを連続して開催しました。無論中国としてもこれらのイベントは何が何でも成功させたいイベントだっただけに、北京五輪開会式での口パク少女、上海万博テーマソングが岡本真夜氏の曲のパクリだったなどいろいろ騒動はあったものの必死で押さえ込みにかかって何とか大過なく終わらせることが出来ました。
この二年間は中国にとってまさにそんな慎重にならざるを得ない期間であり、事実私の目からも中国は地のわがままな性格を必死で抑えているなぁと感じる場面が少なからずあったのですが、今回上海万博が終わったことでようやく抑えるものがなくなったというかまた元の性格が出てきたのではないかと考えることが出来ます。そ
こうした国際イベントの開催という理由ともう一つ、中国共産党内部で権力移動が起きているのではないかという疑いがあります。
中国共産党は事実上中国政府と言ってかまわないのですがこの内部の権力ルールというのは割合にはっきりしていて、現在胡錦濤氏が務めている総書記職の任期はきっかり十年で、任期が切れるのは2012年なので実質胡錦濤氏の任期は残り二年間です。それだけに早くも胡錦濤政権の次についてはいろいろと慌しい動きがあり、元上海市長でこの前日本に来て天皇に謁見をした習近平氏が事実上ポスト胡錦濤に内定しております。
元々胡錦濤氏が総書記に就任した際もその前の総書記であった江沢民氏の派閥が内部に多くいるためにあまり胡錦濤氏は好き勝手出来ないだろうと言われていましたが、習近平氏も江沢民派の流れを受ける人物であるために早くも胡錦濤氏が残り少ない任期という足元を見られて発言力が弱まっているのではないかと一部で報じられています。
こういっては何ですが胡錦濤氏はこれまで日本に対し、あくまで損得勘定の上でしょうが割と好意的に対応してくれていたと私は思います。仮に江沢民時代、もしくは現在の状況で小泉元首相のように菅首相が靖国神社に参拝でも行おうものなら中国は官民揃って物凄い反応を示すでしょうが、小泉氏の参拝時はまだ胡錦濤氏らが中国国内を抑えてくれたおかげかその混乱のレベルもまだ知れていました。
それだけに今回の漁船衝突事故時も適当なところで落とすだろうと私も踏んだのですが、結果はこのざまでした。江沢民派は元々対日強硬派が多いとの事で、2012年以降はこれまでのように日中がやっていけるかとなると少し雲行きが怪しいです。
さて今年も残りわずかとなってきましたが、今年一年を振り返ってみると中国関係では何よりもあの尖閣諸島沖漁船衝突事故が日本にとって一番大きな事件だったでしょう。いろいろ細かい事件はありましたが小泉政権が終わってから日中は割と波風少なく経済交流が進んできていたのですが、あの衝突事件以降はそれ以前からも徐々に輸出枠は減らされてきていましたが報復としか思えないレアアースの輸出差し止め(実際には他の貨物も止められてたけど)を始めとしていろんなところで無理難題を中国は日本に要求するようになって来ました。
ただこのような中国の態度は日本に限らず先日のノーベル賞授賞式に平和賞を受賞した劉暁波氏の問題から他国に参加しないようにと斡旋したり、スウェーデンとの通商交渉をひっくり返すなど目に見えて近頃は強気な姿勢を出してきています。さらには同じ漁業の問題だとつい少し前にお隣韓国でも同じような漁船事故が起こって、日本の時同様に例の謝罪と賠償を強く請求しているようです。
正直に言って漁船衝突事故が起きた際も私は最初は強気なことを言うけれども適当な落とし所で中国も引いて、事を余計に荒立てないようにするだろうと考えていました。しかし予想は見事に外れて中国は最初から最後まで強気な姿勢を崩さずにきたわけですが、どうも去年と比べて今年の中国は外交に対して一切の妥協を示さず我が物顔に振舞うように転換してきたように思えます。もちろんこれまでも十分わがまま放題な国ではありましたが今年はそれに輪をかけたというくらいの変貌振りで、何か内部に変動でもあったのかと疑うくらいでした。
では一体何故中国の外交が強硬化したのかですが、いくつか考えられる理由がありますがまず第一に考えられるのは今年の十月で上海万博が閉幕したからです。中国は08年の北京オリンピックと今年の上海万博と、ごく近い期間に世界の注目が集まる国際イベントを連続して開催しました。無論中国としてもこれらのイベントは何が何でも成功させたいイベントだっただけに、北京五輪開会式での口パク少女、上海万博テーマソングが岡本真夜氏の曲のパクリだったなどいろいろ騒動はあったものの必死で押さえ込みにかかって何とか大過なく終わらせることが出来ました。
この二年間は中国にとってまさにそんな慎重にならざるを得ない期間であり、事実私の目からも中国は地のわがままな性格を必死で抑えているなぁと感じる場面が少なからずあったのですが、今回上海万博が終わったことでようやく抑えるものがなくなったというかまた元の性格が出てきたのではないかと考えることが出来ます。そ
こうした国際イベントの開催という理由ともう一つ、中国共産党内部で権力移動が起きているのではないかという疑いがあります。
中国共産党は事実上中国政府と言ってかまわないのですがこの内部の権力ルールというのは割合にはっきりしていて、現在胡錦濤氏が務めている総書記職の任期はきっかり十年で、任期が切れるのは2012年なので実質胡錦濤氏の任期は残り二年間です。それだけに早くも胡錦濤政権の次についてはいろいろと慌しい動きがあり、元上海市長でこの前日本に来て天皇に謁見をした習近平氏が事実上ポスト胡錦濤に内定しております。
元々胡錦濤氏が総書記に就任した際もその前の総書記であった江沢民氏の派閥が内部に多くいるためにあまり胡錦濤氏は好き勝手出来ないだろうと言われていましたが、習近平氏も江沢民派の流れを受ける人物であるために早くも胡錦濤氏が残り少ない任期という足元を見られて発言力が弱まっているのではないかと一部で報じられています。
こういっては何ですが胡錦濤氏はこれまで日本に対し、あくまで損得勘定の上でしょうが割と好意的に対応してくれていたと私は思います。仮に江沢民時代、もしくは現在の状況で小泉元首相のように菅首相が靖国神社に参拝でも行おうものなら中国は官民揃って物凄い反応を示すでしょうが、小泉氏の参拝時はまだ胡錦濤氏らが中国国内を抑えてくれたおかげかその混乱のレベルもまだ知れていました。
それだけに今回の漁船衝突事故時も適当なところで落とすだろうと私も踏んだのですが、結果はこのざまでした。江沢民派は元々対日強硬派が多いとの事で、2012年以降はこれまでのように日中がやっていけるかとなると少し雲行きが怪しいです。
2010年12月27日月曜日
就職情報の嘘と本当
今年の大学生の内定率はかつて失われた十年と呼ばれた90年代の氷河期を越すほど悪化したと各所で報じられているのを筆頭に、不況ゆえかあちこちで週所気宇に関するいろいろな情報を目にします。それらの情報の全部とはいいませんが、私の見ている限りでもいくつか怪しいデータというか報道内容に疑問を感じる情報も少なくないので、今日はちょっと気になる就職に関するいくつかの情報について私の意見を述べようと思います。
検証情報その一、「今年の大学生の内定率は57.6%」
はっきり言えばこの57.6%という数字は嘘でしょう。
日本、というより中国や韓国を含むアジア諸国は欧統計数字に感情を込めたがる傾向があり、数字に対して徹底的に冷徹になる米に比べて何かと数値がゆがむ事が多いです。特に日本においてこの就職率の数値ほど当てにならないものはありません。失業率についても同じことが言えますがなるべく数値をいい方向に持っていこうとするところがあって実態を把握する数字とはとても言い切れません。
それではこの内定率算定のどこが問題かというと結論から言えばこの数字は、
内定を得られた÷就職を希望する学生
という計算式で算出されるため、全学生のうちの57.6%が内定を得られたという意味ではないのです。
詳しく解説すると当初は就職活動を行ったものの内定が得られずにやむなく大学院に進学、もしくはまた別の専門学校に進学という選択を行った学生は母数に数えられず、そのほか就職自体をあきらめてしまった学生も加えられていない可能性もあります。
なので実際のところ、私の勝手な予想を言わせてもらうと本当は就職したかった学生を含めれば今年の内定率は四割前後というのが関の山ではないかと見ております。
検証情報その二、大企業はともかく中小企業は人手不足で新人が欲しい
これも学生の内定率が悪いというニュースとともによく、「中小企業は人材が欲しいのに採用のミスマッチが……」という風に報じられますが、半分正解で半分はずれというのが私の見方です。
そもそも大企業が採用を絞っているのは新たに新人を雇うだけの財務的余力がないということに尽きます。大企業ですら不況でそんな状態なのに、中小企業が新人を雇えるだけの余力があるかというと普通に疑問を感じずにはいられません。
実際に私もまだ景気が良かった頃に就職活動をしてましたが、大企業と比べて中小企業は本当にいい人材を探そうとしているのか不思議になるくらいぞんざいでいい加減な募集をしているところが多く、「後で面接日などを連絡する」と言ったきりで何の連絡も来ないというのもざらでした。逆にこっちからまだ日程は決まらないのかと聞いたらもう採用は終わったと返事が来るし……。
ただ人手不足というのは大企業を含めて当てはまる事実で、これも細かい説明は省きますが人手が足りなくて忙しいのに人員を増やせないという負の連鎖が今の日本社会の問題点の根幹であり、その原因はほかでもなくデフレにあるのが私の考えです。
検証情報その三、企業は即戦力を欲しがっている
わざわざ書くまでもないですがこれは事実でしょう。先にも言った通りに企業はどこも余力がなくて雇ってすぐに結果を出す人員しか求めていません。実際にはそんな即戦力な人間はそうそう転がっているわけじゃなくて言うこと信じて拾ったら実際とは違っていたというのが多いような気もしますが、社会経験のない新卒の学生にこんなことを要求する自体が間違いでしょう。
これは逆に言えば学問に対して通常生活では役に立たないと価値を見出せなくなってきているとも取れ、無形の物を評価することができなくなるほど退廃してしまったとも取れるように思えます。今の学生が必ずしも勉強をしているとは私も言い切れませんが、私の就職活動中に大学でどのようなことをしたのかと聞く面接官はいても、どのような学問を学んだかという質問をした面接官はついぞ一人たりともいなかったという事実が如実に現わしているでしょう。
検証情報その一、「今年の大学生の内定率は57.6%」
はっきり言えばこの57.6%という数字は嘘でしょう。
日本、というより中国や韓国を含むアジア諸国は欧統計数字に感情を込めたがる傾向があり、数字に対して徹底的に冷徹になる米に比べて何かと数値がゆがむ事が多いです。特に日本においてこの就職率の数値ほど当てにならないものはありません。失業率についても同じことが言えますがなるべく数値をいい方向に持っていこうとするところがあって実態を把握する数字とはとても言い切れません。
それではこの内定率算定のどこが問題かというと結論から言えばこの数字は、
内定を得られた÷就職を希望する学生
という計算式で算出されるため、全学生のうちの57.6%が内定を得られたという意味ではないのです。
詳しく解説すると当初は就職活動を行ったものの内定が得られずにやむなく大学院に進学、もしくはまた別の専門学校に進学という選択を行った学生は母数に数えられず、そのほか就職自体をあきらめてしまった学生も加えられていない可能性もあります。
なので実際のところ、私の勝手な予想を言わせてもらうと本当は就職したかった学生を含めれば今年の内定率は四割前後というのが関の山ではないかと見ております。
検証情報その二、大企業はともかく中小企業は人手不足で新人が欲しい
これも学生の内定率が悪いというニュースとともによく、「中小企業は人材が欲しいのに採用のミスマッチが……」という風に報じられますが、半分正解で半分はずれというのが私の見方です。
そもそも大企業が採用を絞っているのは新たに新人を雇うだけの財務的余力がないということに尽きます。大企業ですら不況でそんな状態なのに、中小企業が新人を雇えるだけの余力があるかというと普通に疑問を感じずにはいられません。
実際に私もまだ景気が良かった頃に就職活動をしてましたが、大企業と比べて中小企業は本当にいい人材を探そうとしているのか不思議になるくらいぞんざいでいい加減な募集をしているところが多く、「後で面接日などを連絡する」と言ったきりで何の連絡も来ないというのもざらでした。逆にこっちからまだ日程は決まらないのかと聞いたらもう採用は終わったと返事が来るし……。
ただ人手不足というのは大企業を含めて当てはまる事実で、これも細かい説明は省きますが人手が足りなくて忙しいのに人員を増やせないという負の連鎖が今の日本社会の問題点の根幹であり、その原因はほかでもなくデフレにあるのが私の考えです。
検証情報その三、企業は即戦力を欲しがっている
わざわざ書くまでもないですがこれは事実でしょう。先にも言った通りに企業はどこも余力がなくて雇ってすぐに結果を出す人員しか求めていません。実際にはそんな即戦力な人間はそうそう転がっているわけじゃなくて言うこと信じて拾ったら実際とは違っていたというのが多いような気もしますが、社会経験のない新卒の学生にこんなことを要求する自体が間違いでしょう。
これは逆に言えば学問に対して通常生活では役に立たないと価値を見出せなくなってきているとも取れ、無形の物を評価することができなくなるほど退廃してしまったとも取れるように思えます。今の学生が必ずしも勉強をしているとは私も言い切れませんが、私の就職活動中に大学でどのようなことをしたのかと聞く面接官はいても、どのような学問を学んだかという質問をした面接官はついぞ一人たりともいなかったという事実が如実に現わしているでしょう。
2010年12月26日日曜日
この週末の過ごし方
昨日今日は中国に来て二回目の週末でしたが、まだ生活が安定していないのとのんびり過ごしたかったのとであまり家から離れずに過ごしました。
まず昨日は早朝八時に家を出て先週に買った380元(約4,560円)の自転車でサイクリングに出かけました。走った距離は土地勘もないためにいまいちはっきりしませんが大体15キロ前後で、買った自転車性能を試す意味で走ってみたのですが結果はあまり芳しいものではありませんでした。
一応中国の自転車メーカー(風鳳自行車)純正だと言われて買ったのですがまずギアがほとんど噛み合っておらず、前輪三段後輪七段であるものの前輪ギアは動かすとカタカタ鳴りだしてなかなか噛まず、後輪は多少は融通が利くもののペダル一回転ではギアが変わらず、三、四回転してから突然ガチャンと比較的強い衝撃とともに変わるので乗ってて非常に怖いです。多分普通の人と比べても私は自転車のギアを変える回数が明らかに多いのですが、この自転車ではそうそう変えてたら絶対にすっ転びます。しかもその後輪七段のギアのうち感覚的には表示は変わってもペダルの重さが変わらないギア段があり、実質三段くらいしか変速できません。
こうしたギアの不調に加えてハンドルのパイプがきちんとフレームにはまっていないのか、ブレーキの度にハンドルが前のめりに少し動いては「ガッ」って金属がぶつかる音がします。動くといっても本当にミリ以下ではありますが乗ってると結構気になるし、故障の原因になるならなるでかまわないけど乗っている時に折れたらすごく嫌です。
あと私にとって致命的だったのは、サドルを限界ギリギリまで上げたにもかかわらず私の体幹に合わずペダルを強く漕げない点です。手首足首がリアルに女性並みに細く(骨自体が細い)てお世辞にも体格には恵まれなかった私ですが、こと背筋に関しては子供の頃から群を抜いててこれだけは明らかに恵まれていました。その背筋を自転車を漕ぐ際に使う場合、自転車のサイズ(サドルからペダルの距離)と体が合うか合わないかでその使える範囲が大きく変わってくるのですが、比較的小柄な私にも関わらず今回買った自転車はやや小さ過ぎた気がします。自転車屋を眺めていた際にも思いましたがどうもこちらの自転車は全体的に小さいサイズが多く、その中で大きめのサイズを選んだつもりでしたがこれでもだめだったようです。通常ならそれほど苦労せずに時速30キロ以上の速度を出せるのですが、立ち漕ぎすれば無理じゃないけど全然スピードが出ない……。
まぁ文句ばかり言ってもしょうがないので三ヶ月くらいは我慢して乗るとして、それ以降はもっと高くていいやつに乗り換えようかなと早くも検討中です。唯一褒める点があれば、ブレーキだけは利きがいいです。ほんとこれだけだけど、こんな自転車にブランドつけるあたりはさすが中国だな。
と、自転車の話ばかりしてもしょうがないのでここらでやめて、そんな風にしてひとしきり走った後はちょっと優雅にケンタッキーで軽食を取り、そのまま近くのショッピングセンターに行って200元(約2,400円)の三洋製炊飯器を買いました。普段の食事は基本的に外食なのでそれほど必要でもないのですが、一応炊飯器があれば米をたいて小原がすいたときにおにぎりが食べられると考えて思い切って買うことにしました。ちなみにこのほか日本製ではパナソニック製も売ってましたが値段はどれも700元(約8,400円)を下らず、中国国内メーカーで最低価格が100元(1,200円)のと比べるとやはり割高でした。
で、今度からブランド自体なくなる三洋の炊飯器ですが、敢えて規定されている水の量で炊いたところどうもパサパサした感じに炊き上がりました。米自体が中国米なのでその特性かもしれませんが、どうも日本と比べて水の量が少なめに規定されている気がするので今度はもう少し多めに入れて炊いてみようと計画中です。
土曜日はその後だらだらとネット見たりPSPしたりして過ごしましたが、今回中国に持ってきたPSPソフトの「ガンダム バトルユニバース」が非常に面白くて助かっています。正直に言ってこんなゲームが存在したのかというくらいに面白くて、この感動は初めてPS2で「真・三国無双」をやった時以来です。
そうして今日の日曜日。今朝はゆっくり起きて部屋の掃除などを午前中に行い、早めの昼食の後の正午ごろに家を出てまた自転車で近くの市場に向かいました。中国には築地みたいな市場があちこちにあって、屋根つきの広い建物の中で違法DVDやら服やら鞄やらそれぞれ様々なものを売る露天商が集まっています。
今回私がそんな市場に行って探したのは掛け布団の下に使うような毛布で、近くのショッピングセンターにちょうどいい感じの毛布が売ってないので怪しい所だけどわざわざ探しに来たわけです。結果から言うと意外とちゃんとしたものを売っているおばちゃんがいて、180元のところを170元(2,040円)まで交渉して一枚の毛布を買いました。家で広げてちょっと横になった感じは悪くなく、値段的にも納得の金額ですが土曜の炊飯器といいちょっとお金を使い過ぎているような気がします。
毛布を買ってきた後はちょっと買い物をしておにぎり用の塩を買い、家でごろごろした後の夕食は粗食で行こうとご飯一合のおにぎりのみを食べました。そうしてブログを書く今に至るわけですが、日記くらいでこんなみっちり書くものかとちょっと思います。
まず昨日は早朝八時に家を出て先週に買った380元(約4,560円)の自転車でサイクリングに出かけました。走った距離は土地勘もないためにいまいちはっきりしませんが大体15キロ前後で、買った自転車性能を試す意味で走ってみたのですが結果はあまり芳しいものではありませんでした。
一応中国の自転車メーカー(風鳳自行車)純正だと言われて買ったのですがまずギアがほとんど噛み合っておらず、前輪三段後輪七段であるものの前輪ギアは動かすとカタカタ鳴りだしてなかなか噛まず、後輪は多少は融通が利くもののペダル一回転ではギアが変わらず、三、四回転してから突然ガチャンと比較的強い衝撃とともに変わるので乗ってて非常に怖いです。多分普通の人と比べても私は自転車のギアを変える回数が明らかに多いのですが、この自転車ではそうそう変えてたら絶対にすっ転びます。しかもその後輪七段のギアのうち感覚的には表示は変わってもペダルの重さが変わらないギア段があり、実質三段くらいしか変速できません。
こうしたギアの不調に加えてハンドルのパイプがきちんとフレームにはまっていないのか、ブレーキの度にハンドルが前のめりに少し動いては「ガッ」って金属がぶつかる音がします。動くといっても本当にミリ以下ではありますが乗ってると結構気になるし、故障の原因になるならなるでかまわないけど乗っている時に折れたらすごく嫌です。
あと私にとって致命的だったのは、サドルを限界ギリギリまで上げたにもかかわらず私の体幹に合わずペダルを強く漕げない点です。手首足首がリアルに女性並みに細く(骨自体が細い)てお世辞にも体格には恵まれなかった私ですが、こと背筋に関しては子供の頃から群を抜いててこれだけは明らかに恵まれていました。その背筋を自転車を漕ぐ際に使う場合、自転車のサイズ(サドルからペダルの距離)と体が合うか合わないかでその使える範囲が大きく変わってくるのですが、比較的小柄な私にも関わらず今回買った自転車はやや小さ過ぎた気がします。自転車屋を眺めていた際にも思いましたがどうもこちらの自転車は全体的に小さいサイズが多く、その中で大きめのサイズを選んだつもりでしたがこれでもだめだったようです。通常ならそれほど苦労せずに時速30キロ以上の速度を出せるのですが、立ち漕ぎすれば無理じゃないけど全然スピードが出ない……。
まぁ文句ばかり言ってもしょうがないので三ヶ月くらいは我慢して乗るとして、それ以降はもっと高くていいやつに乗り換えようかなと早くも検討中です。唯一褒める点があれば、ブレーキだけは利きがいいです。ほんとこれだけだけど、こんな自転車にブランドつけるあたりはさすが中国だな。
と、自転車の話ばかりしてもしょうがないのでここらでやめて、そんな風にしてひとしきり走った後はちょっと優雅にケンタッキーで軽食を取り、そのまま近くのショッピングセンターに行って200元(約2,400円)の三洋製炊飯器を買いました。普段の食事は基本的に外食なのでそれほど必要でもないのですが、一応炊飯器があれば米をたいて小原がすいたときにおにぎりが食べられると考えて思い切って買うことにしました。ちなみにこのほか日本製ではパナソニック製も売ってましたが値段はどれも700元(約8,400円)を下らず、中国国内メーカーで最低価格が100元(1,200円)のと比べるとやはり割高でした。
で、今度からブランド自体なくなる三洋の炊飯器ですが、敢えて規定されている水の量で炊いたところどうもパサパサした感じに炊き上がりました。米自体が中国米なのでその特性かもしれませんが、どうも日本と比べて水の量が少なめに規定されている気がするので今度はもう少し多めに入れて炊いてみようと計画中です。
土曜日はその後だらだらとネット見たりPSPしたりして過ごしましたが、今回中国に持ってきたPSPソフトの「ガンダム バトルユニバース」が非常に面白くて助かっています。正直に言ってこんなゲームが存在したのかというくらいに面白くて、この感動は初めてPS2で「真・三国無双」をやった時以来です。
そうして今日の日曜日。今朝はゆっくり起きて部屋の掃除などを午前中に行い、早めの昼食の後の正午ごろに家を出てまた自転車で近くの市場に向かいました。中国には築地みたいな市場があちこちにあって、屋根つきの広い建物の中で違法DVDやら服やら鞄やらそれぞれ様々なものを売る露天商が集まっています。
今回私がそんな市場に行って探したのは掛け布団の下に使うような毛布で、近くのショッピングセンターにちょうどいい感じの毛布が売ってないので怪しい所だけどわざわざ探しに来たわけです。結果から言うと意外とちゃんとしたものを売っているおばちゃんがいて、180元のところを170元(2,040円)まで交渉して一枚の毛布を買いました。家で広げてちょっと横になった感じは悪くなく、値段的にも納得の金額ですが土曜の炊飯器といいちょっとお金を使い過ぎているような気がします。
毛布を買ってきた後はちょっと買い物をしておにぎり用の塩を買い、家でごろごろした後の夕食は粗食で行こうとご飯一合のおにぎりのみを食べました。そうしてブログを書く今に至るわけですが、日記くらいでこんなみっちり書くものかとちょっと思います。
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