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2013年5月6日月曜日

中国バブル崩壊論の誤謬 その一

 先日に書いた「世界終末論と中国経済崩壊論の記事がやけにアクセスを稼いでいるので調子に乗ってもう一本関連した記事を投稿しようと思います内容は前にも一度に多様なのを書いておりますが中国バブル崩壊論者挙げる崩壊する理由に対してそこは違うぞという私なりの主張です


、少子高齢化の進行
 この理由は最近挙げる人が多いですが、要するに「中国では一人っ子政策によって少子高齢化が急激に進んでおり、高齢者の介護負担や年金負担によって遠からず破綻する」といったような主張がよく見受けられます。

 確かに中国ではもうそろそろ終わると何度も言われるつも一人っ子政策が継続されており少子高齢化は進んでおりますが、高齢者に対する社会負担によって中国経済が破綻するのは少なくとも今ではなく、まだずっと先です。このように私が主張する根拠というのも、皮肉にも崩壊論者たちが主張する上海の高齢化率です。
 この辺りの事情は以前にも調べて特集記事を書いたこともあったので詳しい自信があるのですが、人民網の記事によると中国で最も少子高齢化の激しい都市である上海市では2011年末時点、60歳以上の高齢者人口が全体に占める割合が24.5%に達しており、実質的に4人に一人が60歳以上という計算となります。


 一見すると上海の高齢化率は高いのだなという印象を受けますが、日本の高齢社会白書によると、日本は2011年10月1日時点で65歳以上の高齢者人口の全体に占める割合は23.3%に達しており、ほぼ上海と同じく全国規模で4人に1人が高齢者となっております。しかも中国の水準に合わせて60歳以上で計算すると確か30%近い数字にまで引き上がり、今後も上昇することはあっても下がることはありません。

 ここまでの内容を簡単にまとめると、中国で最も少子高齢化の激しい上海ですら日本全国よりも高齢化率は低く、中国全土で見ればさらに低いということです。確かに一人っ子政策は中国の将来的なリスクではありますが、少子高齢化による社会負担が大きな問題となるのはまだまだ先、少なくとも10年以上はかかるでしょう。更に言えば少子高齢化で破綻するというのなら今のままだと中国よりも確実に日本が先に破綻することになるので、人の心配してる場合じゃないってことです。

2、GDP成長率の急激な落ち込み

 このところ中国のGDP成長率が前年同期比を下回ることが多いことから崩壊論者たちは、「中国の成長減速が始まった」、「これから本格的なバブル崩壊が始まる」などという言葉をよく使います。ちなみにGDP成長率が前年同期比で上昇していた頃は、「これはバブルが膨らみ続けいるが中国政府は放置」「もうすぐ経済は破裂する」などと言われており、一体どっちやねんと突っ込みたくなります。

 まず直近こと今年第1四半期(1~3月)の中国のGDP成長率ですが、これは市場予測の8.0%を下回り7.7%となり、前期比の7.9%を2ポイント下回りました。ぶっちゃけ自分も8%台になると予想していたもんだからちょっとショックを受けましたが、少なくとも崩壊論者が主張するほどの急激な落ち込みとは言えないでしょう。

 崩壊論者たちは00年代の頃は10%超の二桁成長が続いていたなどとかなり昔のデータを引用して今の成長率が一桁に留まっていることを揶揄しますが、そもそも絶対値が違うことに気が付いていないのか強い疑問を感じます。確かに以前の中国はGDP年間成長率が毎年二桁に達しておりましたが、そもそも中国のGDP額はこの10年ちょっとで倍以上に増加しております。仮に10年ちょっと前のGDPが100だとすると現在は200ちょっとで、次の年の成長率がそれぞれ10%増、7%増だったとしても、

<GDP増加額の比較>
以前:100×0.10=10
現在:200×0.07=14

 という計算となり、GDPの増加額の絶対値では現在の方が上回っていたりする年もあります。単純に成長率という割合だけで見ては本質を見失うと言ってもいいでしょう。

 第一、中国は現在既に米国に次ぐ世界第二位の経済大国です。これだけ大規模になってもまだ7%超の成長をしているのはやはり大したもので、しかも昨日たまたまテレビニュースで見ましたが、今年第1四半期のGDP成長率では新興国と呼ばれているフィリピンやミャンマー、インドネシアなどアジア各国を中国が全部上回っておりました。もちろん日本に対してもです。

 崩壊論者は「落ち込み方が激しい」と言いますが、じゃあ適正な成長率はどの辺なんだよと深く問いたいです。私からするとこれだけ大規模になったんだから徐々に落ちていくのが当たり前なんだし、仮にいきなり成長率が5%台に落ち込んだら確かに大ごとだけど、少なくとも落ち込み幅が前期比1ポイント以内ならまだアリじゃないというのが私の意見です。


 まだまだあるけど、今日はこの辺で終えときます。続きは……なんかめんどいなぁ。

2013年5月5日日曜日

「写ルンです」を偲ぶ


「お正月を写そう」

 上記のデーモン小暮氏(現デーモン閣下)の動画とキャッチコピーに言いようのない懐かしさを感じることが出来た方はきっと私と波長が合うことでしょう。どちらも富士フイルム発のヒット商品である「写ルンです」の広告に使われたものですが、昭和生まれの人間ならきっと一度は見たり聞いたりしたことがあるでしょう。それにしてもデーモン閣下も若いなぁこの頃。
 なんでまた唐突に「写ルンです」について話し出したのかというと、昨日の記事に書いたように「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」の作者である青木氏とお会いした際にこの商品でも話が盛り上がり、懐かしいのと同時にあのヒットの裏側などについて詳しく教えてもらえたからです。そこで今日は懐古主義に走ってしましますが、「写ルンです」についてあれこれ書いてこうかと思います。

 まず知らない方のためにも簡単に説明すると、「写ルンです」という商品は富士フイルムが発売した「レンズ付きフィルム」というちょっと変わった商標の商品で、簡単に言い換えるなら使い捨てカメラといったところです。一体なんで「レンズ付きフィルム」という商標になったのかですが青木氏によると、「カメラ」という商品では海外に輸出する際にフィルムと比べて割高な関税がかけられるためあくまで「フィルムにレンズが付いたものであってカメラではない」という方便だったそうです。物はいいようだ。
 この商品ですがデジカメのなかった90年代においては絶大な用途があった商品で、1個につき約27枚の写真を撮ることが出来て、すべて撮り終えた後にカメラ屋に持っていくと現像してくれるというような商品でした。使い捨てであることから費用も安く商品自体が軽いことから小中学生の修学旅行などにも大活躍し、日本全国の観光地にあるお土産屋ならどこでも買うことが出来ました。

 この「写ルンです」が登場したのは1986年ですが、青木氏によると富士フイルムの営業の人が使い捨てのカメラを作ってみたらどうだろうということから発案されたそうです。ただ企画当初に搭載されたフィルムは画質が荒く、社内ではあまり売れる見込みがないとして評判はよくなかったそうなのですが、試しに少量生産してギフト市場向けに売ってみたところ意外にもすぐ売り切れ、その後は全社一致団結して販売に向けた体制作りが始められたそうです。フィルムの方も2代目からは一般的な35ミリフィルムが搭載されるようになっただけでなくストロボ装置も加えられ、日本国内はおろか世界中でヒットして富士フイルムの代名詞となったと言ってもいい商品でした。

 大ヒットした要因はその利便性のほか「お正月を写そう」といった効果的なキャッチコピーや有名芸能人を使ったユニークなCMなどがあるのですが、一番上に動画を付けたデーモン閣下のCMに関しては「裏話がある」と青木氏は教えてくれました。その裏話というのも、最初にデーモン閣下を起用した際に富士フイルムの社内上層部では「なんだこの白い奴は?」という感じであまり印象が良くなく、撮影したCMは使うべきではないのではとの声も出ていたそうです。ただ既にテレビ放送枠を取っていたことからこれまた試験的にとりあえず流してみようかとやってみたら視聴者からは大受けで、その後も続編が作られるようになったそうです。

 そんな「写ルンです」ですが、小型ですぐその場で撮った写真を確認できるデジタルカメラが登場してからは徐々に下火となり、今日もうちの親父と浅草に行ったところどのお土産屋にも「写ルンです」は置いてありませんでした。富士フイルムの会社HPをみると一応今でも売っているようですが、一時代を築いたとはいえさすがに過去のものとなりつつあるようです。

 ここで「写ルンです」からは少し離れますが、最近の富士フイルム製品の中で「チェキ」という、撮ったその場で写真を印刷できるプリンタ付カメラことインスタントカメラが売り上げを伸びております。さっきから何度も出ていますが青木氏によると、撮った写真をその場で確認できるという意味では普通のデジカメでもできることから発売当初はそれほど売れ行きも良くなかったものの、海外でテレビドラマなどに使われたことから徐々に売れ始め、その後に詳しくマーケティング調査をしてみると「撮った写真をその場で印刷して、その場で相手に渡せる」という特徴が消費者の好感を得ているそうです。先程の「写ルンです」といい、つくづく富士フイルムという会社は変わった商品を開発する能力に長けているとともに、マーケティングをしっかり行っているんだという印象を覚えます。

  おまけ
 「写ルンです」のデーモン閣下のCMは今見ても新鮮というかなかなかインパクトがあるのですが、見ている最中にふと、「ゴールデンボンバー」が出ているソフトバンクのCMが頭に浮かんできました。こちらのCMにも顔面を白塗りにした人が出てますが、白塗りは見た目にもやっぱりインパクトがある気がします。

2013年5月4日土曜日

書評「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」

 本のタイトルが長いせいもあってこの記事の見出しも長いですが、今日は故あって読んだ「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」という本を紹介します。

 この本の概要を簡単に書くと、富士フイルムの執行役員も務めた著者の青木良和氏が社内研修会で取り上げた割と旬の経営者たちの経歴、業績、特徴を人物ごとにまとめられております。取り上げられている経営者の具体名を挙げるとキヤノンの御手洗冨士夫氏やソフトバンクの孫正義氏などメジャーな人物はもとより、ユニクロの柳井正氏、パナソニックの中村邦夫氏、でもってちょっと古いのだとクロネコヤマトの生みの親と言っていい小倉昌男氏など、主要な人物は一通りカバーされております。

 ほかのビジネス本と比べてこの本の優れているところを私なりに分析すると、一冊の本の中に多くの経営者をまとめて紹介していることもあって各経営者の特徴というか人となりが非常に比較しやすいです。具体的には挙げませんが成功している経営者の共通点や、似たような構造改革をしながら微妙に異なる点などが把握しやすく、敢えて言わせてもらうとビジネス本に読み慣れていない大学生や新社会人などが読むのにちょうどいい本じゃないかという印象を受けました。
 また経営者一人一人が項目別に比較的短くまとめられていることから読みやすく、文章自体もライターらしい文体ではなくわかりやすい書き方がされております。この点は何でも、中見出しなどを除いてほとんどの文章を青木氏自身が書いたということから二度びっくりです。

 そもそもなんでこの本を私が手に取ったかですが、以前から富士フイルムという会社に興味を持っていたことがきっかけです。知ってる人には早いですが昨年に写真フィルムで世界大手の米コダックが経営破綻しましたが、同じく写真フィルム事業を営んでいた富士フイルムは未だに元気いっぱい(?)存続しております。また冷静に自分が所有している富士フイルム製のデジカメを手に取ってみると、「一体なんで写真フィルムを否定するかのようなデジカメという製品を富士フイルムは作っているんだ」と思えてきて、主業を見事に転換させた企業なのではないかと去年末あたりからマークしておりました。
 その辺の顛末というか衰退する写真フィルム事業の一方で医療用フィルムや化粧品事業などへの多角化によって見事「コダックにならなかった」話は下記リンクのダイヤモンドの記事にまとめられています。

【企業特集】富士フイルムホールディングス写真フィルム軸に業態転換新事業を生んだ“技術の棚卸し”(ダイヤモンド)

 ちょうどシャープやパナソニックがテレビ事業で大赤字を出している最中だけに「選択と集中」、というより「捨てる勇気」という経営とはどんなものかと考えおり、何かのヒントになるのではないかと思って青木氏の本を手に取ってみたわけなのですが、富士フイルム内部の経営改革が主題ではないものの(ちらちらは書いてある)複数の経営者をきれいにまとめていることから期待以上に面白い本でした。なもんだから、今日の午前中に著者の青木氏に直接会ってきました。
 我ながら今に始まるわけでもなく唐突なことをまたやらかしましたが、なんか調べてみると青木氏の住んでいる所と自分が住んでる所が近いことがわかり、折角だから接触を試みようと出版社を通じて打診してみると快く応じてくれて、今日のこの書評も直接書いていいとお墨付きを得られました。

 で、肝心の青木氏からのお話ですが、先にも書いてある通りにこの本は青木氏をはじめとしたメンバーが富士フイルム社内で行った社内研修会の内容がまとめられております。そもそもその社内研修会はどんなところから始まったのかと尋ねてみると、社内研修というのはほとんどの会社で人事主導で進められるが、なるべく営業の現場にいる人間が必要な研修を自ら考え自ら組んだやった方がいいのではというところからスタートしたそうです。その上で、企業というかサラリーマンはどうしても視線が内向きというか社内に向きやすい傾向があるから、なるべく社外から講師を招いて会社の枠を超えた視点や論理力を若手社員に付つけさせる目的で実施していったそうです。

 そうやって研修した内容を本にするに当たって意識した点について聞いてみると面白い回答が返ってきて、各経営者の資質よりもそのバックグラウンド、どういった境遇の出身でどんな教育を受けてどういった経歴を歩んできたのか、そういったものが経営者を測る上で重要なのではないかと思って重点的に書いたと教えてくれました。言われてみるとこの点が非常によく書かれてあり、読んでて納得というかあまりこれまでの自分にない視点だったなと思わせられました。

 夢のない話をしてしまいますが世に出るビジネス本の8~9割は経営者などへのインタビューを経てコピーライターによって書かれております。それが決して悪いと言うつもりはありませんが、コピーライターが書くとどうしても「知識のない人間が知識のある人間を通して書く」ためその伝えられる内容にはやはり限界があるように思えます。
 それだけにこの青木氏の本は富士フイルムの営業の現場にいた青木氏が自らの知識と経験によって直接書いてるだけあって、やっぱほかの本と違うような印象があり、自分でもややほめ過ぎな感じもしますが素直に推薦できる本です。そんなわけで興味のある方は若いプータローですら気さくに会ってくれる青木氏を応援する意味合いでも、ぜひ手に取っていただければ幸いです。

2013年5月3日金曜日

駅中施設の増加について

 行楽シーズン真っ盛りですが、日本のレジャー施設についてこのところというか日本に帰ってきてからよく思うことがあります。その思う内容というのもタイトルに掲げた、駅中施設の増加です。

 日本に帰ってきてから東に西にあれこれ移動しておりますが、都市部の駅ではどこも駅内部に食品販売店や雑貨店が出店するようになり、また渋谷のヒカリエや東京スカイツリー駅にあるスカイツリータウンなど駅と連結した複合施設も数多く見るようになり、確実に3年前と比べて増加していると断言できます。その上で今後の展望を述べると、こういった駅中、駅連結施設は今後も増えていくことが予想され、逆に車で行くような郊外型レジャー施設は先細る可能性があるように思えます。

 こう考える理由はいくつかありますが、まず第一に駅中、駅連結施設が確実に増加して話に聞く限りだと比較的好調な売れ行きを続けていると聞くからです。実際に足を運んでみると確かに人が多く、また駅と連結していることからお年寄りなども足が運びやすいようにも思えて将来性が高いどころか確実に伸びる分野だと言ってもいい気がします。二番目の理由ですが、先にも述べた通りに今後は高齢化が進んでお年寄りはますます増えます。お年寄りにとって車でどっか行くよりも、電車に乗ってそのまま買い物し、そのまま電車で帰るパターンは非常にのりやすいと言うべきか、事情にあっている気がします。

 そんなわけだから今後、昔みたいに鉄道の沿線開発がなんとなく進むかもしれません。そしてその逆に車でドライブしていくような郊外型施設は段々と厳しくなって久野ではないかと思うわけなのですが、ただでさえ若者が車に乗らないというか変えない状況でもあるので、道の駅とか苦しくなるんじゃないかなぁ。

2013年5月2日木曜日

漫画レビュー「レッド」

 自分が今年二月に日本に帰国した後、真っ先に買ったのが今回紹介する「レッド」という漫画です。この漫画について簡単に述べると、あさま山荘事件をはじめとした事件を起こした連合赤軍メンバー達の物語です。

レッド (山本直樹)(Wikipedia)

 連合赤軍と言っても自分くらいの年代の人間、さらには下の世代からしたら「何それおいしいの?」と言われるくらいわけのわからないものかもしれませんが、あさま山荘がテレビで中継されていたのを見ていた世代には説明など不要でしょう。一言で言ってしまえばよど号ハイジャックもやらかした過激派社会主義学生グループのことで、まごうことなきテロリスト集団です。この「レッド」はそんなテロリスト集団がまだ学生運動の延長で抗議デモとかしていた時代から始まり、銃砲店を襲ったり銀行強盗をやらかしたりして、挙句の果てには同志を組織防衛や意味の分からない考え方に基づいて粛清し、没落していく姿を描いております。といってもまだ連載中で一番の山場となる山岳ベース事件はこれからだけど。

 この漫画の特徴を挙げるとすると、その徹底した取材ぶりには感心を通り越してあきれてくるほどのものがあります。連合赤軍をテーマに、しかも限りなく真実に基づいて書こうとしているため永田洋子や森恒夫、坂口弘などといった事件の主役たちが出てくるのですが(名前は変えられている)、生き残ったメンバーらの回想録に書かれている通りのセリフが漫画の中でもしっかり、確実に採用されております。
 またちょっと変わった表現方法というか、作中で一部の登場人物にはすべてのコマで1から15までの番号が振られています。この番号は何かというとそのまんま言って死人番号、つまりこれからそのキャラが死ぬ順番を指しており、事実これまでのところ3番まで順番通りに死んでいきました。もっとも作中で「XX、長野県山中で死亡するまであとXX日」と何度もはっきり書いていますが。

 このような作品であることから後輩に「もし全共闘の時代に生まれていたら花園さんはヒーローでしたよ」と、今の時代じゃ俺はヒーローになれんのかと言いたくなるような誉め言葉を受け取った私からするとそれなりに楽しめるというか、過激派左翼がどのように内ゲバに至ったのかがわかって面白いのですが、正直な所ほかの人にはあまり薦められない作品です。理由はいくつかありますが、簡潔に述べてテーマや取材力は申し分ないものの、漫画作品として致命的な欠陥がいくつか存在します。

 まず最も大きな欠陥というのが、話の分かり辛さです。ただでさえ連合赤軍がどのように形成されたのか、何を目的に運動をしていたのかが同時代の人間にすらわかりづらいのに、こういった方面の補足説明が薄すぎます。また序盤から事件に関わる人物が一度に大量に登場させているため、書き分けがしっかりできていないのもあって誰がどんな人物なのかがなかなか覚えられません。事件について詳細を知っている私ですら、一回流し読みした限りだと何が何だかわからないくらいだったし。

 同じ登場人物における欠陥はもう一つ、名前にもあります。先程にも書いたように各人物はすべて実在の人間たちなのでありますが、その名前はすべて変えられており、日本にある山岳の名称が振られています。例を出すと、

永田→赤城
坂口→谷川
森→北

 これが非常にややこしく、また山の名前であることから頭に入ってき辛いです。はっきり言わせてもらえば余計なことなんかせずに実名をそのまま書けばよかったとしか言いようがありません。ついでに書くと組織名も微妙に変えられており「赤軍派」が「赤色軍」となってて、余計すぎる配慮でしょう。

 さっきから問題点ばかり挙げていますがまだ続きます。もう一つ致命的な点ですが、ストーリーの構成があまりにも悪すぎます。作中では主に京浜安保共闘の永田洋子、赤軍派の植垣康博の二者の視点で進みますが、この二者は所属する組織が当初別々であるため、話に全くつながりがなく見ようによっては関係ない話が突然始まったりするようにも見えてきます。その上、取材に力が入りすぎたというべきか詳細に書いているためストーリーのテンポが極端に悪く、なんだか話が堂々めぐりしているような覚えすらします。現在の所、単行本は7巻まで出ておりますが、1から6巻までは3冊くらいの分量に無理やりにでもまとめるべきだったでしょう。

 なんかもうずっと貶すことばかり書いていますが、それでもこうして私自身が取り上げようとしたのはやはりそのテーマ性です。自分自身も中国に興味を持つあたり左翼思想に何か魅かれる傾向があるのかもしれませんが、あの連合赤軍の事件は集団ヒステリーというものを色濃く反映した事件であるだけに興味が尽きず、また内ゲバに至るまでの過程をやっぱり何が何でも知りたいという欲求があります。そうした餓えに対して漫画で応えてくれる、だからこそ私はこの「レッド」を買い続けているわけですが、まぁちょっと妙な漫画が連載されているということを知っておいてもらえれば幸いです。

2013年5月1日水曜日

ロート製薬脅迫事件の判決について

ロート製薬強要事件(Wikipedia)

 あまり知っている人はいないんじゃないかなぁとも思うので、判決も出たことだし昨年起きたロート製薬に対する脅迫事件を取り上げることにします。
 この事件のあらましは上記のWikipediaの記事を読んでもらえれば早いのですが私の方から簡単に説明すると、去年にロート製薬がテレビCMに韓国人女優のキム・テヒ氏を起用しようとしたところ、過去にキム・テヒ氏が竹島は韓国の領土であるというPR活動を行っていたことからネットを中心に起用に対して大きな反発が広がり、直接ロート製薬の本社を訪れ脅迫を行った男らが逮捕された事件です。先程ニュースを見ていたらちょうど判決が出ており、主犯格の男に懲役1年6ヶ月の判決が下りたようです。

ロート製薬脅迫の男に懲役1年6月 韓国女優のCM起用で(産経新聞)

 具体的にどんなふうに脅迫されたのかですが、「右翼紹介したる」とか「竹島はどこの領土や」とか「抗議デモやったるぞ」などと言ったそうですが、なんでこういう時ってみんな関西弁使うんだろ。

 この事件になんで私が注目したのかというと、今回判決が出た主犯格の男の発言に興味を持ったことからです。Wikipediaの記事によると激しく怒鳴り散らしていたことからロート製薬の担当者が「お言葉使い、ご配慮頂けますか」といったところ育ちが原因だと反論した上で、「俺の家、同和やから俺のとこ馬鹿にしてるのか」と散々に同和、同和と繰り返して迫ったそうです。でもってオチというか、その後の警察の捜査によるとこの男は同和地区の出身者でなかったことがわかりました。

 我ながら細かいところを見るなぁという気もするのですが、この男といい、同和問題をやたらと盾にした主張する人というのは実際には同和問題を軽んじている人が多い気がします。ここで取り上げたこのどうにもならない主犯格の男についても、自分は同和地区出身者でもない癖に同和の人間はさも口が悪いかのような言い方をして脅迫の手段に使う辺り、同和差別をしているのはほかならぬお前自身じゃないかと言いたくなるような人物です。

 戦前の天皇崇拝もこれと似たような構造を持っております。戦時中、陸軍をはじめとした軍部関係者は「天皇陛下のために」と言いながら勝ち目のない戦争を無理矢理続けてきましたが、いざ昭和天皇がポツダム宣言受諾を行うと決めるや、クーデターを起こして天皇を退位させ、新たな天皇を立てた上で戦争を続けようと考えるグループが現れ、実際に玉音放送のレコードを奪取しようと行動にまで起こしております。誰のための戦争だと言われれば、彼らにとって天皇というのは建前であって自分自身のための戦争でしかなかったのでしょう。

 翻って現代を見てみると、会社のために、学校のために、地球のためになどと抜かす人間は果たして本当にそういう気持ちを持っているのか、著しく疑問に思う人物が多いです。会社のために損失隠しを行う、学校のためにいじめ事件をなかったことにする、地球のためにペットボトルを再利用する、こういった行為はどれも本末転倒な側面が否めず、はっきり言えば自己弁護以外でも何物でもなく本当に貴様らが守りたいのは自分自身だろといいたくなります。

 こういう価値観を持っているせいか、声高に上記のような発言をする人間を見ると真面目に吐き気がします。別に愛社精神とかを持つことは悪いことじゃないですが、声高にそういったものを主張する人間は八割方そういった精神を持ち合わせておらず、むしろ自己本位な人間と言っても差し支えないでしょう。キリスト教でもイスラム教でも、「やたらと神の名を口にするな」という教えがありますがこの論は至極もっともで、本当に組織に対して尽くす思いがあるのならいちいち口にせず黙って行動に移せと言いたいのが私の意見です。

 最後にこの事件におけるロート製薬に対する私の意見を書きますが、脅迫などを行うことは絶対に許されないことですが、ロート製薬の方ももうちょっとしっかり人選をすればいいのにと思います。問題のキム・テヒ氏ですが、「独島は我が領土」と書かれたTシャツをわざわざスイスまで行って配ったりしてたそうで、日系メディアによるインタビューでは「私は理数系の人間で、歴史や政治のニュースにはウトいので。もっと勉強しなくてはいけないと思います」と答えてますが、こういう風に切り返すあたりガチだろこの人。

韓国の近現代史~その十二、金大中事件

 また時間をおいての連載再開です。朴正煕政権下の話も今回を入れてあと二回ですが、今日は日本とも関係が深いというか、日本もその当事者となった金大中事件について解説します。

金大中事件(Wikipedia)

 この事件は1973年、後に韓国大統領となる金大中が日本国内で拉致され、危うく暗殺されかけたというかなり前代未聞な事件です。逆にこの時に金大中が暗殺されていれば後の彼の大統領就任は有り得なかっただけに、将来に与えた影響は少なくないでしょう。

 まず事件前後の背景を説明しますが、1971年に韓国では大統領選が行われ、当時大統領だった朴正煕の対抗馬に立ったのは民主派の若いリーダーだった金大中でした。軍配は朴正煕に上がったもののその差は僅差だったことから金大中に対する政権の警戒心は高まり、隙あらば今のうちに暗殺しておこうという機運が高まったと言われております。
 こうした中、Wikipedia中ではKCIAの李厚洛部長はちょっとしたことからヘマをしてしまって朴正煕からの評価を下げてしまい、海外に半ば亡命していた金大中を暗殺することで汚名返上をしようと画策したと書いております。ただ私自身はこの事件は朴正煕自身が主導し、李厚洛が指揮したと考えています。

 事件当時、金大中は韓国国内に戒厳令が敷かれたことから帰国すれば暗殺されると考え、日本やアメリカなどへ講演しながら移動するという亡命しているような状態でした。事件直前も自民党グループに呼ばれ、講演を行うために東京へ訪れていましたが、日本国内にも朴正煕政権下の手のものが放たれて暗殺される可能性があるという危険性が伝えられており、偽名でホテルにチェックインするなどして対策を行っていました。

 事件当日、金大中が講演を終えてホテルを出ようとしたところ何者かによって襲われ、麻酔をかがされ気を失います。そのまま荷物に無理やり押し込まれた状態で東京から神戸へ運ばれ、停泊していた工作船に運び込まれました。金大中を拉致したグループはそのまま彼を海上で始末する予定でしたが、金大中が行方不明になったことに気が付いた日米関係者はすぐに捜索を開始したことによって問題の工作船をも海上で発見しました。この時に工作船を追跡したのはなんだったのか、船なのか飛行機なのかもちょっとはっきりしないところがありますが、現在伝えられている内容だと自衛隊の戦闘機であるという説が強いです。

 工作船では一次、金大中を甲板に立たせて海に突き落とする準備までしていたそうですが、自衛隊の追跡を受けて拉致団は殺害を断念。そのまま韓国へと渡り、金大中を彼の自宅近くで解放したことによって事件は終わりを迎えます。

 この事件でまず考えねばならないのは、金大中の拉致を指揮したのはKCIAでほぼ間違いないものの、実行したのは誰だったのかです。KCIAの手がかかっている在日韓国人、または日本に渡ったKCIA工作員などという説もありますが、私が思うにKCIAから依頼を受けた日本の暴力団組員である可能性が高いように思えます。というのも日本国内で暗殺せずにわざわざ海上で殺そうとするあたり、何かやり方が下手というか回りくどい印象を受けるからです。KCIA工作員であれば、殺害した後で韓国に戻ればそれで済むだけなのだし。

 この事件後、日韓関係は前回取り上げた文世光事件と相まって一時悪化しますが、これで悪化しない関係なんて普通はないでしょう。よく朴正煕大統領は親日家だったと言われておりますが、この辺りの歴史を見ていると話してそうだったのか、内心、感情的にはもつものがあったんじゃないかと私は睨んでいます。
 そういうわけで次回は朴正煕編最終回こと、彼自身の暗殺事件を取り上げます。

2013年4月30日火曜日

相手を怒らせたら者勝ちのマスコミの文化


 上記の写真は本題とは何も関係がありませんが、ネットで見つけてインパクトが強かったので自分も紹介しようと思いました。それにしても「まぼろし」って、命名した人は凄いセンスをしている。売れたのだろうか……。

TBSの記者がつまらん質問をしてプーチン大統領がブチギレ呆れる…日露共同会見(痛いニュース)

 久々というか国際政治の話です。先日、安倍総理はロシアを訪問してプーチン大統領と会い、北方領土問題を含めた日露間の平和条約について前向きに交渉を行っていう事で共同声明を出しました。国際政治と社会学が専門ではあるもののロシア情勢についてはあまり詳しくないので、共同声明自体を取り上げようとは思ったのですが実は一回断念しております。にもかかわらず何故今回こうして取り上げるかですが、上記の「痛いニュース」などでも取り上げられている、共同記者会見でのTBS記者の質問を見ていろいろ気が変わったというか、自分からも書ける話があると感じたからです。

 まず今回の騒ぎについて簡単に説明すると、安倍首相、プーチン大統領の共同記者会見でTBSの記者が質問に立ち、「北方領土は現在ロシアが実効支配しており、日本側としては受け入れられない状況下であるのに交渉なんてできるのか」という内容の質問を行いました。これに対してプーチン大統領は質問を行ったTBS記者に対し、「メモを読みながら質問していたがそのメモを書いた人間に言っておけ。北方領土問題は我々が作った問題ではなく先人が作った負の遺産であり、我々はその解決に向けて努力していく方針で、日本側に対してもよき信頼関係を築き上げたいと思っている。そうした我々の姿勢に対してこのようなぶしつけな質問を出すことによって交渉を妨げるという方法もあるだろう」というように回答したと伝えられています。

 これらのやり取りについて日本のメディア、またはネットの掲示板では「TBS記者の質問の仕方は失礼なのでは」という意見が出ているようで、今朝もやけに体調が悪くて体温計で測ったら36.1度(平熱36.6度)でしたが各ニュースを見ていると、「ある記者の質問にプーチン大統領、不機嫌」という見出しなどで報じられておりました。

 まずこのやり取りを見て私が思ったのは、今頃この質問を行ったTBSの記者は高笑いをしているんだろうなってことです。というのも、マスコミの世界では「回答者を質問で怒らせれば勝ち」という妙な文化があります。私自身もメディアの世界に身を置いていた頃に上司から、「もっときわどい質問をぶつけろ。そんな優しい態度でどうするんだ」などと厳しく叱責を受けておりましたが、日本国内での集団質問会見などではこれ以上にレベルが激しく、「そんな回答でどうするんだこの野郎っ!」、「そんなんで記事が書けるかっ!」という罵声の様な怒鳴り声が飛び交うと聞いております。

 一体なんで相手を怒らせたら勝ちなのか、理由を述べると単純に怒らせれば記事が書けるからです。「XXという質問に対しA社の広報は気色ばんだ様子で回答を拒否し……」なんていう風に書ければ、「必死の形相で詳細を隠した」というようにも書けます。また相手を怒らせるほどのきわどい質問をぶつけなければ、核心部の情報が得られないというような哲学もあるようです。

 ここまで読んでもらえればわかるでしょうが、上記のようなメディアの文化に対して私は反感とまではいきませんが疑問を感じております。確かに核心に迫るような質問、それこそ内容によっては相手を怒らせてしまいかねないような質問は重要だと思うし価値があると思いますが、末端の広報に対して非開示の情報、そもそも広報の人が知らされていないであろう内容をしつこく嫌らしく聞き続けることはどんなもんかなぁという風に思えてなりません。また概して相手を怒らせようとする質問は相手を怒らせることに比重が置かれており、内容があまり価値を持っていないことが多いようにも思えます。

 上記のような観点からすると、今回のTBS記者の質問は何が聞きたいのと言いたくなるようなくだらない質問です。プーチン大統領の言っている通りに北方領土問題は日露に跨る懸案事項ではあるが、この北方領土問題を含めて幅広く平和条約締結に向けて今後交渉を続けるという共同声明を出したのに、なんでそれを復唱させるかのような質問を出すのか意味が分かりません。意味が分からないけど、メディアの世界では「いい質問だなぁ」などと思われるんじゃないかなぁ。同じようなことを何度も、しつこく怒らせるほど聞くのがいいというような世界観だし。

2013年4月28日日曜日

世界終末論と中国経済崩壊論

「世界はとっくに終わっているハズだった」

 なかなかキャッチーな上記の言葉ですが、これは一時期私が通っていた「超常現象の謎解き」というサイトにおける、これまでに唱えられた世界終末論をまとめたページに書かれている言葉です。詳しくはリンク先をぜひ見てもらいたいのですが、昨年末に出てきたマヤの予言を含めよくもまぁこれほどまでに終末論を集めた、というよりこんなにも世界の終末を予言した奴がいるもんだと思わせられます。もっとも、今もなお世界は滅びていないということからするとこれらの終末論は見事に空ぶったとしか言いようがないのですが。

 このように終末論というのはこれまで一度も当たった試しがない(当たり前だが)にもかかわらずいつの時代でも「この日に世界は滅ぶんだよ!」とMMRのキバヤシみたいなことを言う人が後を絶たず、そして悉く何事もなく予言された終末日を過ぎてしまいます。このようなことから私は「何度も提唱されるんだけど全く当たらない予想、予言」の比喩表現として、「そんな終末論を誰が信じるの?(´∀`)」という具合でこのところ使用する頻度を上げています。出来れば流行ってほしいなぁと思いつつ……。

 ではそんな終末論という比喩表現を具体的にどの場面で一番多く使うのかですが、はっきり言えば「中国経済はもうすぐ崩壊する!」といった類の主張に最も使います。今なら大抵どこの書店に行ってもこの手の類の書籍がビジネス書のコーナーに平積みされているかと思いますが、それは今に始まらずかなり前からずっとです。いい加減、一体いつになったら中国経済は崩壊するのかちょっと問い詰めたいというか、雨が降るまで雨乞いをやる(的中率100%)わけじゃないんだし、一つここは「超常現象の謎解き」さんを見習って私も、これまでの中国経済崩壊論を取り扱った書籍をひとまとめに集めてみました。すべてAmazonで「中国 崩壊」で検索した書籍ですが、早速下記をご参照ください。

中国経済は崩壊しているハズだった

<2013年>

<2012年>
2014年、中国は崩壊する(宇田川敬介)

<2011年>

<2010年>

<2009年>
中国経済・隠された危機三橋貴明
中国経済がダメになる理由三橋貴明&石平
反日、暴動、バブル 新聞・テレビが報じない中国(麻生晴一郎)

<2008年>
中国の崩壊が始まった! (日下公人&石平)

<2006年>
そして中国の崩壊が始まる(井沢元彦&波多野秀行)

<2005年>

<2004年>

<2001年>
やがて中国の崩壊がはじまる(ゴードン・チャン)

<1998年>

 以上です。はっきり言ってこれだけの書籍タイトル、まとめるだけでも結構疲れました

 ざっと見てもらえばわかりますが、どうも同じ人が手を変え品を変え対談者を変えて何度もこの手の本を出しております。具体的に名前を挙げると、石平氏、宮崎正弘氏、黄文雄氏、 三橋貴明氏の四人です。四人ともこれだけ本を出しているのだからもう言い足りないことなんてないんじゃないのと思うほどなのですが、私なりに予言させてもらうとまだまだこの人たちは中国崩壊論で本を出すことでしょう。

 一体何故これほどまでに中国崩壊論で本が出版されるのかですが、一つのヒントとなる本として、「習近平と中国の終焉」(富坂聰)という本があります。
 この本はぶっちゃけ私は読んだことはないのですが、富坂氏に関しては中国事情に非常に詳しいジャーナリストとしてかねてから、そして今も尊敬している人物です。それだけにどうしてあの富坂氏が「中国の終焉」なんて現実離れしたことを言い出すのかちょっとショックを受けたのですが、この本のAmazonのレビューを読むと、こんなことが書かれています。

→しかし、書名はいただけません。「終焉」までは書かれていません。おそらく編集部の強い要請でこの書名になったのだと思います。

 恐らく、これが真実でしょう。単純に、「中国崩壊」などというタイトルをつけると本が売れるのでしょう。そのためこれほどまでに日本国内でチャイナリスクをけたたましく謳う本が溢れる事態になったのだと私は考えます。
 ここで私は思います。仮に自分も企画を持っていてこの手の本を書いたら売れるのかなぁと。社会学士なだけに統計データを弄ればそれなりに説得力のある本を書く自信もありますが、私自身は予想屋は予想を当ててなんぼ、売れる売れないは意味がないと考えているのでこの流れに乗る選択肢はやはりありません。

 またこれは私個人の意見ですが、「敵にはなるべく侮られたい」という考えを持っております。理由は侮られれば侮られるほどこちらとしては相手の寝首をかきやすいためで、逆に敵と認識している人物に警戒されるということは自身にとっては不利だと感じます。このような視点で中国崩壊論を見るにつけ中国をやや侮り過ぎじゃないかという気がして、仮に逆の立場で中国で日本崩壊論など日本を侮る書籍が並んでいたらきっと私はほくそ笑むでしょう。なんかそう考えると、冗談ではありますが中国崩壊論を主張する人は中国の間諜にも見えてきそうだ。

 以上のような具合で、チャイナリスクを検討することは至極もっともですが、金稼ぎはほどほどにしたらというのが私の意見です。最後にもう一冊本を紹介しますが、圧倒的アウェーの状況下で「中国は崩壊しない」(野村旗守&陳 惠運)という本も出ております。なんか逆に興味が湧くというか、今度買って読んでみようかなという気が起きます。友達にねだって買ってもらおうかな。

2013年4月27日土曜日

USJにおける大学生の迷惑行為について

幼稚、暗愚、無神経…USJ迷惑騒動で判明、今どき大学生の“嫌になるほどの低レベル”(産経新聞)

 このところ関西の大学生が遊園地などのレジャー施設で非常識な行動を自慢げにネットで発表をして炎上するという事件が続発しております。これら大学生の行為は各記事中にも書かれておりますが、非常識極まりないことはもとより「そもそもどうしてこんな幼稚でくだらない行動を自慢しようとするのか」という疑問の方が大きい気がして、はっきり言ってしまえば私もこいつら頭おかしいなと思います。
 なおこれらの非常識な行動は主にツイッターに大学生自身が投稿したことから」明るみに出ましたが、このブログを始めた当初にこちらはMixiですが、何故SNSサイトなどで自らを振りに追い込むような犯罪告白をするのかということを私自身が記事に書いております。若い頃から意味の分からないことを書いてるもんだと思えますが。

ミクシ発の自爆炎上について
続、ミクシ発の自爆炎上について

 ここで話は変わりますが、今回の事件の舞台となったUSJには私も昔行ったことがあり、当時は私も関西の大学生の一人であったということから同じ大学生のメンバーらと行きました。その際に絶叫系の遊具に乗って、一番滑降が激しい所で運営側が写真を取ってくれるのですが、絶叫系の乗り物に乗り慣れている友人がびっくりするくらい無表情(彼にとっては緩かった)で写真に写っていたのが今でもよく覚えております。

2013年4月26日金曜日

故大島渚監督の話

 昨日のNHK放送のクローズアップ現代で、今年亡くなられた大島渚監督についての特集報道がありました。私は大島監督の作品はこれまで見たことがなかったのですが、見ていてなんだかこみ上げるものがあったので折角だから書くことにします。

 まず大島監督について私はこれまで、現場で怒りやすい怖い監督だとしか知りませんでした。そんな大島監督のキャラクターは作品にも現れているようで、一貫して「不条理に対する怒り」というのものがテーマだったようです。以前に読んだ映画批評でも、口にするのもはばかれるような差別階級や社会問題を堂々とカメラに収め、それを視聴者にまざまざと見せつけるということが多かったらしく、若い頃から社会派だったり政治的映画監督だなとと呼ばれていたとのことです。

 あまり長く書いてもしょうがないので今回のNHKの特集でドキッとしたというか心動かされたのは、大島監督の長男である大島武氏(父親によく似ている)が父親の映画について、「これほどまでに不条理が世の中に溢れているのになんで黙ってみていられるんだ、笑っていられるんだ、というようなものを訴えたかったのでは」というようなことを述べておりました。実はこの不条理という言葉、かなり以前ですが私も就活で苦戦している最中に恩人から、「この世の中は不条理でできていると言ってもいいのだから、なかなか思うようにはいかない」と深く諭されたことがありました。それだけに大島武氏の言葉にああそうか、不条理を正せとまでは行かなくても、それを無視すること、目をそらすことは悪いことなんだなんていう事を久々に思い起こされました。

 自分もこのブログでは結構格闘しているつもりではありますが、それでも世の不条理と戦っているとは正直言いづらいです。何も自分がやる気を出せばそれらの不条理を正せるなどとは思いあがってはおりませんが、それでも何かしら、少しずつでも努力はしていきたいと思った次第です。

  おまけ
 昔に自分も世の中の不条理に負けそうになった時、「世の中何も面白いことなんてないよ」と愚痴ったら、「『銀魂(漫画)』があるじゃないか(n‘∀‘)η」などと、友人からわけのわからない慰め方をされたことがあります。まぁ確かに、銀魂は面白いけどさ。
 ちなみに最近、「進撃の巨人」というアニメを見ていますが、この漫画屈指のギャグキャラクターであるサシャ・ブラウスというキャラの声優は小林ゆうという人で、この人は「銀魂」では猿飛あやめというキャラを演じてます。今回(3話)の演技は見事と言えるくらいうまいのですが、それ以上にこの人の絵画のセンスがあのはいだしょうこ氏に負けてないのがすごい。

民主・徳永議員の発言問題について

「靖国参拝で拉致被害者家族が落胆」はウソ? 民主・徳永エリ議員「同僚から聞いた」(JCASTニュース)

 あまり説明する必要はないでしょうが、民主党の徳永エリ議員が先日の安倍首相に対する代表質問において、「閣僚の靖国神社参拝で、拉致被害者の家族が落胆している」と発言したことについて各方面から批判が相次いでおります。安倍首相、ならびに古屋圭司拉致問題相はそのような発言をした拉致被害者家族は確認されないとした上で、平たく言えば靖国神社参拝問題を批判するために拉致被害者家族をダシに使ったとして、徳永氏の発言は事実を捏造したものだと主張しております。

 結論から述べると、私も徳永氏が勢い余って咄嗟にホラを吹いてしまったという見方をしております。そもそも靖国神社問題と北朝鮮の拉致問題は別次元の問題であり、関連性は全くと言ってありません。論理からして徳永氏のこの発言は筋違いもいいところでしょう。また「救う会」の事務局自体は関係のない政治分野でのこととしてコメントを控えているようですが、コメントを控えるという時点でそのような拉致被害者家族は確認されないと言っているようにも見えます。そして何よりもというか、拉致被害者家族の安倍首相に対する信頼の高さを鑑みるにつけこのような点で批判することなんて有り得ないと思います。

 では肝心の徳永議員の方はどのように主張しているかですが、昨晩はアクセスが相次いでいたのか徳永氏のブログが全く見られなかったものの、今日になってようやく閲覧することが出来ました。この問題に対して早速書かれていたのですが、「捏造」という言葉を公共の電波を使って言われたとして自民党の北川委員を非難し、本当に拉致被害者家族がそのような発言を行ったかについてははぐらかしております。ちょっと違うんじゃないかなぁ。

 もうすこしこの問題で敢えて私の方から解説を付け加えると、拉致問題というのは日本でも数少ない国論が統一されている問題です。はっきり言って国民の9割以上、そして拉致被害者家族は安倍首相による拉致問題対策を期待し、信用しており、解決しなければならない問題だという認識を一致して持っております。
 これが何を意味するのかというと、徳永氏は場合によっては日本人ほぼ全員を敵に回すことになりかねないということです。別に帝都物語の加藤保憲みたいになりたいってんなら話は別だけど、問題が大きくなると議員辞職だけじゃなく日本にも住み辛くなるだけだし、「曖昧な認識で発言してしまった」という具合で早く謝罪なり修正した方がいいのではというのが私の意見です。

 それにしても徳永氏のブログはアクセス数が急増してるのだろうが、ちょっとうらやましい( ´ー`)

2013年4月24日水曜日

靖国神社参拝に対する中国の反応

 今日もテンションだだ下がりなので、短くまとめようと中国ネタに走ります。
 昨日辺りから日本の各メディアは安倍政権の主要閣僚が春の例大祭に合わせて靖国神社に参拝したことに対し、中韓が激しく反発していると報じております。韓国に関しては確かにそうかもしれませんが、中国に関しては言うほど反発しているとは私には思えないというのが今日の結論です。

 元々、靖国神社に関する話題は一般の中国人はそれほど意識しておらず、過去に靖国問題で反日デモが起きた際も、「あれは官製デモ(政府のやらせ)だから」と実際に話す人もおり、大半の中国人は参拝しないのであればそれに越したことはないけど目くじら立てて怒るような話題ではないと考えているかと私は思います。
 念のため中国の新華社ホームページも見てみましたが、やっぱりというか靖国問題、並びにそれに対する安倍首相の態度はあまり記事が出ておらず、何故だか知らないけど韓国の朝鮮日報を引用した安倍首相への批判記事くらいしかありません。ほんと、何故韓国紙を引用するのだろうか。

 ただ靖国問題ではなく、尖閣問題に関する話題は絶好調というべきか、恐ろしいくらいの本数で出ております。はっきり言いますが、日本のメディアは靖国問題に対する中国の反応ばかり取り上げていますが尖閣問題の方が中国はどぎつい反応を示しており、何故無視するのだと強い違和感を感じます。

 内容としては昨日に大量の中国の巡視船が日本の領海を侵犯したことなどに触れ、「何故自国の領海を通っただけなのに日本がいちいち批判をしてくるのだ」という論調で語られていることが多いです。それで今回の中国の日本に対する領海侵犯ですが、これは間違いなく中国政府が国内の問題から目をそらさせるために、明確な意図で実施し、敢えて大規模に報じているものでしょう。
 今、中国では四川省で起きた大地震に加え鳥インフルエンザの感染拡大などかなりホットというか、政府に対する批判が鳴りやまない事件が起こっております。中国政府としてはこれらの批判を真に受けるわけには行かず、そこで敢えて大規模な領海侵犯を行い、尖閣問題へ中国国民の目をそらさせようとしているんじゃないかとにらんでいます。

 ちなみに鳥インフルエンザですが、感染拡大がなかなか食い止められず、今日にはとうとう台湾でも感染者が確認されました。地味にこの問題は収拾がつかず、今年の中国経済を占う上でも大きな一石になるかもしれません。

2013年4月23日火曜日

中国における日系家電量販店の現状

 このところテンションローな状態が続きあまりいい記事書けてませんが、ちょっと特殊なネタというかよそではまず見られない記事が書けるニュースが出ていたので今日はこれを取り上げます。

ヤマダ電機、家電量販王者が国内外で苦戦(東洋経済)

 上記リンク先の記事によると、国内家電量販大手のヤマダ電機が国内外で不振が続いていると書かれており、ヤマダ電機の中国事業についても触れられております。ヤマダ電機は現在中国に数店舗を出店しているのですが、業績不振などから去年にオープンさせた南京店を今年5月末で占めるとのことです。ちなみに余談ですが、この南京店オープンの話は自分がデイリー向けライターとして仕事入りしたばかりの頃に直接電話取材して記事を書いたことがあるだけに、ちょっとだけ思い入れがあります。記事ソースが現地新聞だけだったから何も教えてくれないかと思ったら、店舗面積とか意外に熱心に教えてくれて助かりました。

 話は戻りますが、ヤマダ電機はこのほかにも天津など中国の北方地域に出店しているのですが、はっきり言って業績がいいという話はあまり聞きません。何故業績が良くないのかというとヤマダ電機の販売手法とか経営以前に、地元業者からの妨害が大きな要因になっているといううわさを聞きます。

 中国における家電量販店というと蘇寧電器と国美電器というのが二大巨頭で、日本で言えばそれぞれヨドバシカメラ、ビックカメラに当たる存在です。業績的には蘇寧の方が上で最近その差がはっきり出てきましたが、両社とも全国にネットワークを持っていて中国の家電市場を考える上では無視できない存在です。
 それでこの二社なのですが、どうも中国にあるヤマダ電機の店舗に商品を卸さないよう、ローカルの家電メーカーにプレッシャーをかけているそうです。そのためヤマダ電機が取り扱えるのは日系など海外メーカー製しかなく、商品ラインアップで他社の店舗に劣るため苦戦が続いているという、あくまで噂ですがそういう話を聞いたことがあります。

 一方、蘇寧電器に買収された元日系家電量販企業のラオックスは同じ身内であるからか、蘇寧電器が持つネットワークを存分に生かして「やや高級な家電量販店」というブランドで中国でもある程度の知名度を持つに至っております。あとどうでもいいけどこっちは食品スーパーのマルエツですが、ここも蘇寧電器とタッグ組んで中国進出を行う計画を発表しており、向こうの小売業界に参入するにはローカル企業との提携が重要であるように感じます。

 このほか中国の小売業界にはもっとディープなネタも持ってますがさすがにそこまでやると内容が偏るので今日はやめておきます。最後に中国の家電小売業界についてもう少し触れておくと、中国も日本がやったエコポイント制度みたいな優遇策を実施してましたが、それら政策が打ち切られた後は急激に販売量が減って日本と同じような状態になっています。しかも最近はオンラインショッピングサイトで家電を購入する層が増えており、ヤマダ電機に限らなくても中国の家電量販店はそこそこ厳しい状態が続いているような気がします。

2013年4月22日月曜日

暗殺者列伝~文世光

 昨日に事件のあらましを記事にしたばかりですが、朴正煕大統領の暗殺が帰途された「文世光事件」の実行犯である文世光について今日は深く掘り下げていこうと思います。

文世光(Wikipedia)

 事件のあらましに関しては昨日私が書いた記事を読んでもらいたいのですが、この事件の実行犯である文世光は1951年生まれの在日朝鮮人で、日本での通名は南条世光といいます。南条という名字に妙な反応が出来る人はきっと、ペルソナ使いか私と同じくペルソナのゲームで遊んだことがある人でしょう。いやね、「Burn My Dread」を聞きながら書いてるもんだから……。

 そんなくだらないことは置いといて続けますが、文世光は22歳の時分に日本の朝鮮総連から指示を受け大阪市内の派出所内から拳銃を盗んだ上で韓国に渡り、朴正煕の暗殺を企図します。文世光がどのように朝鮮総連から指示を受けたかについては諸説あるようで、文世光自身が暗殺が必要と申し出たとか万景峰号内で工作員から指示を受けたなど言われておりますが、北朝鮮がこの事件を指示したことに関しては2002年、朴正煕の娘である朴槿恵(現韓国大統領)に対して金正日が認めていることから間違いないでしょう。私自身としても、22歳の血気盛んな若者を北朝鮮の工作員が煽って行動させたような気がします。

 昨日の記事では割とさらりと暗殺事件を書きましたがよりその詳細を事細かに書くと、文世光は拳銃を入手した後、知人に成りすまして偽造パスポートなどを作成し、拳銃をトランジスタラジオに忍ばせて韓国へ渡ります。韓国でに渡るとフォードの高級車を借り、正装することによって日本の商社員、または外交官に成りすまして事件現場の国立劇場へと赴きます。本来ならば式典には招待状がなければ入れなかったのですが、文世光が日本語を使っていたことから警備員は外国人VIPと考え、あっさり通してしまったようです。

 こうして潜入した文世光は会場に入場する才を狙って朴正煕の暗殺を図りますが、入場の際は周囲に歓迎の子供たちがついていたことからこの機は見逃します。そして朴正煕が式辞を読むため演壇に立ったその瞬間を狙おうと拳銃を引き抜こうとしたのですが、なんと引き金に触れてしまって恐らくポケットに入れたまま銃を発射してしまい、文世光は自らの左足を撃ち抜いてしまったそうです。ただ会場はスピーカーの音が大きく、発射音は誰にも気取られませんでした。

 この時点で相当な痛みを感じていたでしょうが文世光はそのまま客席から通路へ走り出て、朴正煕目がけて計4発(うち1発は不発)の弾を発射しましたが、軍人出身ということもあって銃弾の音を聞いた朴正煕はすぐさま演壇に隠れ、難を逃れることが出来ました。ただ夫人の陸英修は避けることが出来ずに銃弾が命中し、その後に亡くなっています。

 こうして暗殺が失敗した文世光はそのまま韓国警察に捕まり、4ヶ月後に死刑判決を受けてそのまま執行されております。執行される前に文世光は「朝鮮総連に騙された」などと悔悟の念を示していたといいますが、言い方が悪いですが本当なのかちょっと私は疑問に感じます。その疑問に感じる点も、口ではそうはいっていても本心ではどうなのかという意味です。

 この暗殺の一連の流れを見ていて私が気になる点を挙げると、どうして文世光は暗殺に失敗したのかという点です。文世光が朴正煕目がけて撃った距離は約20メートルとのことですが、もうちょっと近寄れなかったのか、また実行前に誤射して左足を撃ち抜くというミスをどうして犯したのか、これらは言うまでもなく文世光がちゃんとした訓練を受けた工作員ではないことを示唆しているように思えます。
 一応、現在の研究では韓国に渡航する前に文世光は朝鮮総連内で射撃訓練を受けたとされておりますが、それにしたって素人を暗殺者に仕立てようとするのはやや性急な気がします。朝鮮総連が指示したことは間違いないとのことですから、言ってしまえば捨て駒、うまく暗殺してくれたらラッキー、駄目だったとしても日韓関係にくさびを打ち込めるみたいに考えて送り出したのでしょう。

 非常に厳しい言い方をすると、何故自分は捨て駒にされていると文世光は自分で気づけなかったのか、若いからというのは言い訳にはできません。最近プライベートで私はやたらと捨て駒という言葉を用いておりますが、自分が捨て駒にされていると思ったら、抵抗しなければそのまま捨てられるんだぞということを真面目にほかの人たちにも言いたいです。中には自分が捨て駒だと信じたがらない人もいますが、現実はそのまま現実です。そうした一つの教訓に、この事件を使ってもらえれば幸いです。

2013年4月21日日曜日

韓国の近現代史~その十一、文世光事件

文世光事件(Wikipedia)

 ちょっと間をおいての連載再開ですが、いい加減、朴正煕政権期間中の事件は書いてて飽きてきました。まだあと金大中事件もあるというのに……。そういう愚痴は置いといてちゃっちゃと本題書くと、今日は朴正煕大統領を狙ったものの結局は朴正煕夫人の陸英修が暗殺されることとなった、文世光事件を取り上げます。

 事件が起きたのは1974年8月15日。日本の植民地から解放されたこの日を祝う式典に参加するため朴正煕とその夫人の陸英修はソウル国立劇場へと足を運びました。この式典で朴正煕は演壇に立ち祝辞を読み上げたのですが、まさにその瞬間を狙って在日朝鮮人の文世光が拳銃を抜きだし彼目がけて発砲しました。幸いというか弾丸はターゲットである朴正煕は外れたものの傍にいた陸英修に当たり、またたまたまその劇場に居合わせた女子高生に警備が文世光を狙って撃った弾が当たり、二人は病院へと運ばれたもののそのまま息を引き取りました。そして犯人の文世光は現場で取り押さえられ、同年の12月に死刑判決が確定してそのまま執行されております。

 この事件で特筆すべきなのは、文世光は日本の朝鮮総連の指示を受けて暗殺を計画し、そしてこの事件で使われた拳銃というのは大阪市高津派出所から盗まれたものだったという点です。はっきり書いてしまえば、盗まれた拳銃が使用されたことや文世光の偽造パスポートによる出国などを見逃した点で日本側の捜査怠慢も背景にあるということです。
 こうした点から事件後に朴正煕は日本側に強い不信感を持ち、さらに朝鮮総連の関与が疑われながら日本の警察が捜査に慎重な姿勢というか介入をきらったことから日韓関係は大いに冷え込んだそうです。私の個人的な意見を書かせてもらうと朴正煕の怒るのも無理なく、当時の外交関係者は相当な苦労を以って何とか関係をつないだのではないかとも思えます。

 最後にこの事件の帰結というかその後の展開について少し触れると、「在日朝鮮人を日本人に偽装してテロ活動を行う」という方法に北朝鮮が味を占めた感があります。勘のいい人ならわかるでしょうがその後に起きた大韓航空爆破事件などがその典型で、更に言えば第三国をなりふり構わず巻き込むという手法も後のラングーン事件にも通じるように思えます。
 歴史に仮定を持つことは私自身はあまり好きではないのですが、もし日本側がこの事件を未然に、文世光の出国を食い止めるなどできたら、北朝鮮の諜報活動もなにか違ったようになったのではという感慨を持ちます。

2013年4月20日土曜日

四川省の大地震について

 本日朝早く、四川省雅安市付近でM7.0という非常に大きい地震が起きました。被害状況などはまだはっきりしておりませんが、新華社などのニュースによると李国強首相などは早速現地に赴き救援現場で陣頭指揮に当たっていると報じられております。

 四川省では2008年にも雅安市よりやや北にある汶川県でもM8.0の地震が起こっておりますが、今回の地震は当時の地震ほど規模や被害では大きくはないようです。またこちらも中国の報道によると今回の地震は2008年の地震の余震などではなく、独立した地震だそうです。主要都市への影響ですが、四川省の省都である成都市では震度4.3の地震が観測されたものの、インフラ等が大規模に破壊されるほどの被害は出ておらず、道路寸断などもないとされています。

 それにしても今回の地震を見て、改めて四川省は地震が多い地域だと認識させられます。前回の大地震でもたくさんの被害者が出て、また使途不明の義捐金も大量に出て中国政府も激しい批判を受けることとなりましたが、習近平体制となって間もない時期なだけに過去の経験をどう生かせられるかが問われるでしょう。
 あとこれは中国の経済的な話しになりますが、ややタイミングが悪いというか今日から上海モーターショーが開催です。メディアの目もどうしても地震に向いてしまいますし、株式市場も影響を受けざるを得ないだけに、ちょっと痛い時期だったのではというのが私の分析です。

 何はともあれ、被災地で迅速な救援活動が展開されることを陰ながら祈ります。

ボストン爆破事件について

 先日米国のボストン市のマラソン大会中に起きた爆破事件ですが、先ほど犯人が逮捕されたそうです。捕まった犯人の兄で同じく事件を起こしたとみられる人物は警官との銃撃戦の末、既に逮捕されているそうですが、今後はどのような動機でこんな事件を起こしたかに捜査が集中していくことでしょう。

 さすがに予想を外したらカッコ悪いなと思っていたので後出しじゃんけん気味に話しますが、事件が起きた当初からこの事件はイスラム系テロリストグループの犯行だとは私には思えませんでした。その理由というのも複数あって、箇条書きにするとこの二つです。

犯行声明が行われなかった
凶器が圧力鍋

 イスラム系テロリストからすれば犯行によってなんらかの主張をしなければ行動に全く意味がなく、犯行声明が事件前も事件後も起こらないというのは奇妙というかありえないと言ってもいいと思います。そして次というか二番目の理由、これが今日一番に言いたい内容なのですが、あくまで私の個人的な意見としてテロリストというのはやたら「武器」を神格化する傾向があるように思えるのです。イスラム系テロリストであればカラシニコフ銃ことAK-47 や爆弾などで、古くは左翼系過激派団体も強奪した猟銃を神棚に置くといった行為をしており、何かそういう信仰めいた行動が見えるような気がします。

 それに対して今回の爆発事件はベアリングボールを入れた圧力鍋で、殺傷力に関しては紛れもなく高く凶器として劣ることは全くありませんが、神格化するべき対象としてはやや不適格な面が否めません。なら何故使用するのかと考えると、明確な思想を持ったテロリストではなく何かしら社会に不満があってそれを爆発させたい人間が使ったのでは、こんな風に考えてました。二度目になりますが外れていたらカッコ悪いけど。

 ついでに書いてしまうと、私に言わせれば爆弾なんて使ってテロ事件、または無差別殺傷事件を起こすのはややナンセンスだと思います。こういうこと書くからいろんな人に引かれるのでしょうが、単純な威力で言えば硫化水素の方が致死性などで高くてかつ非常にお手頃簡単に作れるという利点があります。
 にもかかわらず硫化水素、並びにバイオテロが自爆テロに比べて少ないのは、上記の武器に対する信仰なり神格化が影響しているんじゃないかなと勝手に考えてます。ガスだと形がないせいで偶像になり得ないところがあり、そういうところが影響しているんじゃないか、暇なせいかこういう妙なことをよく考えてしまいます。

2013年4月19日金曜日

奇を好む

 昨日は李陵を取り上げる傍らで司馬遼太郎がそのペンネームに引用した司馬遷についても少し書きました。この司馬遷という人物に対して「漢書」という歴史書を書いた班固という人は「奇を好む」と評しているのですが、この意味は「ヤクザ物とかアウトロー系が好みだった」というものらしいです。実際に司馬遷は「侠客列伝」みたいな話もたくさん史記に入れていますから、きっと現代に生まれていれば「仁義なき戦いシリーズ」に入れ込んでいたことでしょう。ヤクザ映画にはまる司馬遷、なんかちょっとやだな。

 それはともかくとして、私も司馬遷に負けず劣らず妙なものに興味を持ちやすいです。私を直接知っている人ならいざ知らずこのブログを見ていてもわかるでしょうが、はっきり言って興味のないものの方がきっと少ないです。この前もスピリチュアリストに言われましたがほかの人が興味を示さないものに何故かはまったりすることが多く、多分そういう性格しているから知識量が本人ですら「ちょっとシャレになってないよね……」と思うくらいに膨れ上がっていったのでしょう。なお実感として、知識の絶対量では大学でお世話になった講師一人を除いて今まで誰かに劣っていると感じたことは今までありません。上には上がいるもんです。

 この知識量が多いですが、言葉のきれいな人なんか「花園さんは教養がありますね」という風に言ってくれます。この教養という言葉ですが敢えて私なりに定義を付けると、「一見するとつまらないものですら面白いと感じれる能力」だと私は思います。たとえば能とか歌舞伎がありますが、あれもあらかじめ予備知識というか話のあらすじなり山場なりを把握しているとより楽しめるようになっていますが、なにも知らずに見たらちょっと面白くなく感じてしまうかもしれない代物です。そんな面白くなさそうなものに対しても「面白そう」と感じる、要するに興味を示せるかどうかが非常に試されるんじゃないかと思うわけです。

 翻ってまた私のケースに移りますが、やはりこの点で非凡であったように自分の人生を振り返って感じます。言ってしまえばつまらなくて人気のないギャグ漫画とかもきちんとチェックするような具合で、手に取るものすべてを何かしらの興味の対象につなげて自分の土俵にしてきたように思えます。その一方で、このところとみに感じますがこのような自分の領域の圧倒的な広さ自体が自分の得体の知れなさにも繋がってしまい、初対面の人間からすると誇張ではなく「何なのこの人?」という具合でリアルに警戒される事態を招いてしまったと考えております。言ってしまえば類型に組み込みづらいパーソナリティを持っており、自分も気難しい性格をしていて付き合う人間をかなり選ぶ方ですが向こう側にも同じようにされるということになんだか気づいてきました。

 もっとも気づいたところで私自身を改める気は全くなく、たとえ身を滅ぼすことになってもこのまま「奇を好む」ことを続けていくでしょう。ただ自分ほど極端に走らなくてもいいので一つだけ言いたいことは、一見するとつまらない対象に対しても興味を示すことは人格の幅を広げる上で非常に重要です。高杉晋作の辞世の句は「おもしろきこともなき世をおもしろく」でしたが、つまらなさを日々感じる日常だからこそ面白く感じようとする心、面白いと感じる度量を持つべきではないかと言いたいわけです。

 最近解説ものの記事ばかり書いてたから、なんかこういうひねった文章書きたくなるもんだね。