昨日の今日ですが、昨日書いた「カルテル連続摘発の報道について」で私は何故一斉にカルテル摘発に捜査機関が取り組んだ動機がわからないと述べましたが、今日ひょんなところからその疑問のヒントが出てきて、ある仮説が浮かんだので早速紹介します。
そのヒントというのも、あるメキシコ人からのメールでした。この人は別に私の知り合いでも何でもないのですが彼の英文のメールにて、「値上げっつったって、お前らが理由にしている原油価格はむしろ下がっているじゃないか!」と書いていたのを見て、はっと今回の仮説に気がつきました。
彼がこのメールを寄越した背景には、日本のあるメーカーから原油価格高騰を受けて自社製品の値上げを彼のいる会社に通知したのですが、そのメキシコ人からするとこのところは原油価格は逆に下がっており、原油価格高騰による原材料費の高騰、及びそれがしばらく続くとの予測を理由にした値上げには納得できないということをメールで伝えてきたというわけです。
言われてみるとなるほど、例のリーマンショックのあった9月13日直前に1バレル140円台に達するピークを迎えてから原油価格はその後どんどんと下がり、現在に至っては去年前半に匹敵する1バレル50ドル台をうろつく程に、率にして実に約三分の一になるまで下がっています。しかもそれがここ二ヶ月の落ち込みで起こっているのですから、今年前半の高騰時異常の変動幅で下がっております。
ちなみにあのリーマンショックが起きた頃に雑誌とか読んでいると、エセ経済学者とか相場屋が証券市場は下がる一方だがその分原油や金といった先物市場にお金が回ってくるようになり、逆にどんどん上がっていくといったことを知った風な口をして言ってましたが、市場にあるお金が株価の全面安によってある日突然消えてなくなったんだから私はそんなの上がるはずがないと思って見てましたが、案の定というか金の先物価格を今調べてみたら原油価格ほど極端ではないにしろ、ほぼ同じ形のグラフを作って今も下がり続けています。金に至っては貴金属買取業者がやっぱりこの下落で非常に苦しい経営を迫られており、下に貼ったニュースにあるように違法な出張買取が横行し始めているそうです。うちの近くの古本&中古ゲーム屋もリーマンショック頃から店の前にでっかく金を買い取る看板を出していたけど、多分今頃大損こいてんじゃないかな。まぁあそこはこの前に店舗改装してから店の雰囲気が気に入らなくなったし、この際潰れてもらっても構わないけど。
・「貴金属出張買い取り」に注意! 群馬県内で急増中 知らぬ間に違法行為(YAHOOニュース)
さて例の如く非常に前置きが長くなりましたが、私が今回カルテル摘発が相次いだ背景にあると思う仮説というのは、ずばり値上げです。去年から現在に至るまで昨今の原油高騰によるコスト高のため、おそらく世界中の全産業で値上げの嵐が起こっています。幸いというか日本ではガソリン代を除いて消費者レベルに至るまでその値上げが大きく反映されるものは少なかったのですが、企業間の取引ではどこもかしこも10%程度の値上げは当たり前で、以前に話を聞いた鉄鋼会社の方などは値上げの交渉が多くなり、交渉の場で担当者同士が黙り合うことも非常に増えたと話しておりました。
ここではっきり言いますが、この値上げの嵐に乗じていくつかの企業は必要以上の値上げを行っていることでしょう。もちろん大半の企業では相当に苦労して身を切りながらわずかながらの値上げをやっていることに間違いないでしょうが、今回カルテル事件化した鉄鋼、液晶、ガラスの三産業において摘発された企業などは値上げが目立ちにくいこの機に乗じて相互に協議し、不正に一斉に値上げを行ったために今回摘発の対象となっています。ニュース記事を読んでもらえればわかりますが、摘発理由はどれも「不正な値上げ」です。
それでこれは私の予想ですが、もし原油高があのまま続いていれば今回の摘発は見逃されていたかもしれません。
というのも最初に挙げたメキシコ人の言う通り、現実には原油価格は下がる一方、というより底が見えないほど下落を続けていますが、原油価格が上がっていた頃に達成された企業の値上げは今もそのままの状態です。実質全産業において価格が上積みされたままでコストは高騰以前に戻っているままという、現在の状態は一部の企業にとってかなりおいしい状態といえます。しかし我ながら異様に深読みし過ぎかもと思うのですが、もしこのままの状態が続けば確かに企業間取引において一部の企業の一取引あたりの利益は大きくなるものの、価格の増大によって全体で取引件数は減り、なおかつ一次、二次加工品を扱う、原油価格の下落の恩恵を受けられない中小企業にとってすれば値上げされたままの苦しい状態が続きます。もちろん、こんな状態では全体の景気にも悪影響を及ぼしかねません。
そういった懸念を背景に、すでに繰り返された値上げ価格を現在ではむしろ世界的に引き下げる必要性がある、という具合に国際間の政策決定者たちは認識したのかもしれません。そのためひとまず事件の証拠をすでにある程度抑えており、他の産業も目を引く大規模かつ示威的効果もある国際カルテルによる値上げ事件を一斉に処罰した、というのが今回カルテル摘発が相次いだ原因ではないかと私は考えました。
今回の仮説は過分に私の予想が含まれており、むしろ陰謀論めいた面白おかしい話に仕立て上げた感もあります。しかしこの中で書いた事実は少なくとも現実のものであり、今後の世界経済の動きを見る上でお役に立てるのではないかと思います。特にすでに行われた値上げの問題は非常に根深く、一度上げた価格を原油が下がったからまた皆で一斉に下げ合うことなんてできるはずがないので、ボディブローのようにじわじわと長く効いてくると思います。
今日の参考サイト
・WTIリアルタイム原油価格チャート(商品先物取引ポータル)
・東京金&価格チャート(岡地株式会社)
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2008年11月14日金曜日
2008年11月13日木曜日
カルテル連続摘発の報道について
今まで散々一人で騒いできたこの「ブロガー」のリンク問題ですが、昨日になってみるとなんと以前のように編集画面が戻り、私の使用ブラウザ「Opera」でもまたリンクもできるようになりました。何はともあれ、一安心です。
それで早速今日の記事ですが、まずは直ったばかりの以下のリンク先のニュースをご覧ください。
・めっき鋼板、カルテル容疑 東京地検、大手3社立件へ(asahi.com)
・米司法省、液晶価格カルテルでシャープなど3社に罰金559億円(Yahooニュース)
・旭硝子に制裁金140億円、EUが日欧4社のカルテル摘発(Yahooニュース)
以上三つのニュースはこの一週間、といっても最初の鋼板カルテルの事件がちょっと前なだけで後の二つは昨日から今朝にかけて一挙に報道された事件です。
カルテルというのは一種の談合のことで、複数の企業がある商材に対し価格競争を行わないことを互いに約束し合い、値段を吊り上げて自分たちの利益を引き上げる方法のことを指します。たとえば牛乳を買おうとしてお店に行っても、どこの牛乳屋も1000円で売っていたら消費者は1000円で買うしかありません。こういった状況を恣意的に作り出す談合のことをカルテルといい、基本的に資本主義国では市場が歪む恐れがあるのでどこも独禁法を設けて禁止しております。ま、さっき例に挙げた牛乳は酪農家の苦労している現状を知っているので、もう少し全体で価格を引き上げてもいいと私は思っています。
それで今回明るみになったそれぞれの事件の内容を簡単に説明すると、まず最初の鋼板カルテルの事件は日鉄住金鋼板、JFE鋼板、日新製鋼、淀川製鋼所と錚々たる顔ぶれの大手金属メーカーが住宅用屋根の建材に使う「亜鉛メッキ鋼板」の値段の値上げを、これまでになんと六回も揃い踏んで行っていたということを公正取引委員会によって指摘され、東京地検によって現在捜査と立件の準備が行われています。何気にうちは朝日新聞を取っているのですが、朝日はかなり早い段階からこの事件を一面に持って来て連日報道しており、その甲斐あって後ろ二つの事件への反応もよかったと思えます。
二つ目の液晶カルテルは日本のシャープ、韓国のLGディスプレイ、台湾の中華映管の三社がテレビや携帯電話の画面に使われる液晶パネルの価格に対して国際的にカルテルを結んでいたのを米司法省によって指摘され、三社もこれを認めて制裁金を支払うことに同意しています。
三つ目の今朝報道されたガラスカルテルは、日本の旭硝、日本板硝子の子会社でもあるイギリスのピルキントン、フランスのサンゴバン、ベルギーのソリベールの四社が自動車用ガラスにおいて価格カルテルを行っていたということをEUの欧州委員会に指摘され、こちらも制裁金を課せられています。なお、旭硝子はEUの捜査に協力したとのことで制裁金は50%免除(それでも140億円だが)されていることから、事実上カルテルを行っていたことを認めているようです。
こうして三つの事件を並び立てることで私の意も理解してもらえるでしょうが、一体何故この時期に立て続けに三つもカルテル事件、しかも最初の鋼板カルテルを除いた後ろ二つに至っては国を跨いだ企業同士によって行われた国際カルテルで、それらがほぼ同時期に明るみになったというあまりのタイミングの良さになにか胡散臭さを感じます。また日本国内の事件とはいえ最初の鋼板カルテルについても、こうして日本でカルテル事件が俎上に載るのは91年の包装用ラップでのカルテル以来らしくて実に17年ぶりです。17年ごしに発覚したカルテル事件が何故後ろ二つの国際カルテルと時期を同じくするのか、非常に不思議です。
しかも後ろ二つの国際カルテルでは両方とも非常に大きい額の制裁金が対象の企業に課せられており、液晶カルテルでは三社に対して総額約560億円という米独禁法では史上二番目の高額で、ガラスカルテルでは対象の四社に対して総額約1690億円というこっちもEUの独禁法としては過去最高額の制裁金です。
これがもし一つの機関による捜査で明るみになったというのなら、カルテルを一網打尽に処罰するため時期を合わせのだと解釈できますが、鋼板カルテルでは日本の公正取引委員会、液晶カルテルでは米司法省、ガラスカルテルではEUと、見事なまでに全部バラバラです。また対象となる事件がもし金融機関の手数料などのカルテル(日本の銀行なんか確信犯的にやってただろうな)であれば、昨今の金融不安の背景もありますし、公的資金を注入する代わりに国民へのガス抜きとして制裁を課して経営陣をしょっぴくみたいな話もわかりますが、今回のは老舗メーカーの工業用品ですし、この構図は当てはまるはずがありません。
このように私としても、この一連のカルテル摘発が何故起こったのかという理由の仮説がなかなか浮かんでこないというのが正直なところです。それでも苦しいながら挙げるとしたら、何かしら国際間、というより日米欧の政府間でこうした国際カルテルを含む一連の不正に対して一斉に摘発するという密約があったのかも知れない、という仮説が出てきます。あまりのタイミングの良さに加え、国際カルテルについては捜査対象企業が国境を跨ぐということで、現地の捜査担当者同士で情報を交換し合うことが非常に重要になってきますし、何かしら相互の連携が約束されていたとしてもおかしくありません。そう考えるのならば、この仮説も挙げないよりはマシと思ってここで紹介することにしました。
しかし上記の仮説でもまだ一向に解けない疑問が残っています。一体何故、国際間でそのようにカルテルに対して厳しく取り締まるようになったのかという動機です。言ってしまえば日本国内だけでも、あからさまなカルテル行為が行われている現場はいくらでも有り余っていますし、暗黙の了解となっているのも少なくありません。実際に立件するのが難しいというのはわかりますが、それでもなお今回このように一斉に摘発するように各国の機関が動くようになったのはどんな背景なのかが一番の疑問です。今起こっている経済危機のせいにすれば非常に私としても楽なんですが、捜査がここまで至っていることを考えると、恐らく捜査機関が手をつけ始めたのは公開捜査が今始まった鋼板カルテルを除いて最低でも去年の時点からでしょう。
この点に関しては現状では判断に足る情報が不足していると思うので、続報があればまた何か考えてみることにします。
それで早速今日の記事ですが、まずは直ったばかりの以下のリンク先のニュースをご覧ください。
・めっき鋼板、カルテル容疑 東京地検、大手3社立件へ(asahi.com)
・米司法省、液晶価格カルテルでシャープなど3社に罰金559億円(Yahooニュース)
・旭硝子に制裁金140億円、EUが日欧4社のカルテル摘発(Yahooニュース)
以上三つのニュースはこの一週間、といっても最初の鋼板カルテルの事件がちょっと前なだけで後の二つは昨日から今朝にかけて一挙に報道された事件です。
カルテルというのは一種の談合のことで、複数の企業がある商材に対し価格競争を行わないことを互いに約束し合い、値段を吊り上げて自分たちの利益を引き上げる方法のことを指します。たとえば牛乳を買おうとしてお店に行っても、どこの牛乳屋も1000円で売っていたら消費者は1000円で買うしかありません。こういった状況を恣意的に作り出す談合のことをカルテルといい、基本的に資本主義国では市場が歪む恐れがあるのでどこも独禁法を設けて禁止しております。ま、さっき例に挙げた牛乳は酪農家の苦労している現状を知っているので、もう少し全体で価格を引き上げてもいいと私は思っています。
それで今回明るみになったそれぞれの事件の内容を簡単に説明すると、まず最初の鋼板カルテルの事件は日鉄住金鋼板、JFE鋼板、日新製鋼、淀川製鋼所と錚々たる顔ぶれの大手金属メーカーが住宅用屋根の建材に使う「亜鉛メッキ鋼板」の値段の値上げを、これまでになんと六回も揃い踏んで行っていたということを公正取引委員会によって指摘され、東京地検によって現在捜査と立件の準備が行われています。何気にうちは朝日新聞を取っているのですが、朝日はかなり早い段階からこの事件を一面に持って来て連日報道しており、その甲斐あって後ろ二つの事件への反応もよかったと思えます。
二つ目の液晶カルテルは日本のシャープ、韓国のLGディスプレイ、台湾の中華映管の三社がテレビや携帯電話の画面に使われる液晶パネルの価格に対して国際的にカルテルを結んでいたのを米司法省によって指摘され、三社もこれを認めて制裁金を支払うことに同意しています。
三つ目の今朝報道されたガラスカルテルは、日本の旭硝、日本板硝子の子会社でもあるイギリスのピルキントン、フランスのサンゴバン、ベルギーのソリベールの四社が自動車用ガラスにおいて価格カルテルを行っていたということをEUの欧州委員会に指摘され、こちらも制裁金を課せられています。なお、旭硝子はEUの捜査に協力したとのことで制裁金は50%免除(それでも140億円だが)されていることから、事実上カルテルを行っていたことを認めているようです。
こうして三つの事件を並び立てることで私の意も理解してもらえるでしょうが、一体何故この時期に立て続けに三つもカルテル事件、しかも最初の鋼板カルテルを除いた後ろ二つに至っては国を跨いだ企業同士によって行われた国際カルテルで、それらがほぼ同時期に明るみになったというあまりのタイミングの良さになにか胡散臭さを感じます。また日本国内の事件とはいえ最初の鋼板カルテルについても、こうして日本でカルテル事件が俎上に載るのは91年の包装用ラップでのカルテル以来らしくて実に17年ぶりです。17年ごしに発覚したカルテル事件が何故後ろ二つの国際カルテルと時期を同じくするのか、非常に不思議です。
しかも後ろ二つの国際カルテルでは両方とも非常に大きい額の制裁金が対象の企業に課せられており、液晶カルテルでは三社に対して総額約560億円という米独禁法では史上二番目の高額で、ガラスカルテルでは対象の四社に対して総額約1690億円というこっちもEUの独禁法としては過去最高額の制裁金です。
これがもし一つの機関による捜査で明るみになったというのなら、カルテルを一網打尽に処罰するため時期を合わせのだと解釈できますが、鋼板カルテルでは日本の公正取引委員会、液晶カルテルでは米司法省、ガラスカルテルではEUと、見事なまでに全部バラバラです。また対象となる事件がもし金融機関の手数料などのカルテル(日本の銀行なんか確信犯的にやってただろうな)であれば、昨今の金融不安の背景もありますし、公的資金を注入する代わりに国民へのガス抜きとして制裁を課して経営陣をしょっぴくみたいな話もわかりますが、今回のは老舗メーカーの工業用品ですし、この構図は当てはまるはずがありません。
このように私としても、この一連のカルテル摘発が何故起こったのかという理由の仮説がなかなか浮かんでこないというのが正直なところです。それでも苦しいながら挙げるとしたら、何かしら国際間、というより日米欧の政府間でこうした国際カルテルを含む一連の不正に対して一斉に摘発するという密約があったのかも知れない、という仮説が出てきます。あまりのタイミングの良さに加え、国際カルテルについては捜査対象企業が国境を跨ぐということで、現地の捜査担当者同士で情報を交換し合うことが非常に重要になってきますし、何かしら相互の連携が約束されていたとしてもおかしくありません。そう考えるのならば、この仮説も挙げないよりはマシと思ってここで紹介することにしました。
しかし上記の仮説でもまだ一向に解けない疑問が残っています。一体何故、国際間でそのようにカルテルに対して厳しく取り締まるようになったのかという動機です。言ってしまえば日本国内だけでも、あからさまなカルテル行為が行われている現場はいくらでも有り余っていますし、暗黙の了解となっているのも少なくありません。実際に立件するのが難しいというのはわかりますが、それでもなお今回このように一斉に摘発するように各国の機関が動くようになったのはどんな背景なのかが一番の疑問です。今起こっている経済危機のせいにすれば非常に私としても楽なんですが、捜査がここまで至っていることを考えると、恐らく捜査機関が手をつけ始めたのは公開捜査が今始まった鋼板カルテルを除いて最低でも去年の時点からでしょう。
この点に関しては現状では判断に足る情報が不足していると思うので、続報があればまた何か考えてみることにします。
2008年11月12日水曜日
日中の工事現場スローガンの差異
日本人と中国人は言うまでもなく漢字という文字を共有しています。しかし互いに違う年月を経て、中には両国で全然別の意味となってしまた漢字も少なくありません。代表的なのは「手紙」で、これは中国語では「トイレットペーパー」という意味になります。
こうした意味の違いから、街中を歩いていても互いにぎょっとするものを見ることがあります。私の経験ではある工事作業現場にてでっかく、
「放心工程」
と書かれているのを見て、ちょっと思考が止まったことがあります。少し記憶が曖昧で、「工程」のところが「工事」、もしくは「作業」だったかもしれませんが、どれにしても日本人からしたらそんなたるんだ態度でやっていいの? それともフラットな気持ちで行こうって意味なのかと考えてしまいます。
実は中国語で「放心」と書くと、日本語の「安心」という意味になるのです。なのでさっきの言葉も日本語で言うなら、「安心設計」というような意味合いになるのです。
しかしこうした作業現場の標語はよく漢字四字が使われるため、中国の方も日本に来てはよくびっくりするそうです。その中でもよく聞くのは「注意一秒、怪我一生」と、日本人なら誰でも知っている作業現場標語の王様のような言葉ですが、これを中国語に訳すと、
「もし一秒でも気を抜くことがあれば、一生俺をけなしてくれ!」
という意味になります。中国語で「怪」という字は「責める」などという意味になるので、これを見るたびに中国人は、「さすがは技術大国日本、なんて責任感を持って仕事をしていることだろう」というように寒心するそうです。
なまじっか日中は互いの国について知識や共有する文化が多いため、こうしたとてつもない勘違いを互いにやってしまうのかもしれません。まぁこうしたギャグ程度なら全然構わないので、むしろこうした違いをどんどんと共有していけば互いにいろいろと面白いのかもしれません。
おまけ
昨日ネットで見た笑い話で、ある工事現場に「俺がやらねば誰がやる」というスローガンが張られていたそうですが、「誰が」の「が」の濁点が削り落とされ、「俺がやらねば誰かやる」という風に改められていたそうです。この話でひとしきり笑った後、今回の記事のネタを思い出しました。
こうした意味の違いから、街中を歩いていても互いにぎょっとするものを見ることがあります。私の経験ではある工事作業現場にてでっかく、
「放心工程」
と書かれているのを見て、ちょっと思考が止まったことがあります。少し記憶が曖昧で、「工程」のところが「工事」、もしくは「作業」だったかもしれませんが、どれにしても日本人からしたらそんなたるんだ態度でやっていいの? それともフラットな気持ちで行こうって意味なのかと考えてしまいます。
実は中国語で「放心」と書くと、日本語の「安心」という意味になるのです。なのでさっきの言葉も日本語で言うなら、「安心設計」というような意味合いになるのです。
しかしこうした作業現場の標語はよく漢字四字が使われるため、中国の方も日本に来てはよくびっくりするそうです。その中でもよく聞くのは「注意一秒、怪我一生」と、日本人なら誰でも知っている作業現場標語の王様のような言葉ですが、これを中国語に訳すと、
「もし一秒でも気を抜くことがあれば、一生俺をけなしてくれ!」
という意味になります。中国語で「怪」という字は「責める」などという意味になるので、これを見るたびに中国人は、「さすがは技術大国日本、なんて責任感を持って仕事をしていることだろう」というように寒心するそうです。
なまじっか日中は互いの国について知識や共有する文化が多いため、こうしたとてつもない勘違いを互いにやってしまうのかもしれません。まぁこうしたギャグ程度なら全然構わないので、むしろこうした違いをどんどんと共有していけば互いにいろいろと面白いのかもしれません。
おまけ
昨日ネットで見た笑い話で、ある工事現場に「俺がやらねば誰がやる」というスローガンが張られていたそうですが、「誰が」の「が」の濁点が削り落とされ、「俺がやらねば誰かやる」という風に改められていたそうです。この話でひとしきり笑った後、今回の記事のネタを思い出しました。
失われた十年とは~その九、日本式経営~
久々の連載記事だ(*゚∀゚)=3ハァハァ
さて前回までは主に経済的に、失われた十年の間で行われた政策を中心に解説していきました。実際にこの失われた十年(最近だと一部で「失われた十五年」と言う人も出てきている)は経済学的な意味合いで使われることが多いのですが、社会学士の私からすると経済的というよりは、日本の社会史上における一大転機として取る場合の方が多いです。
そういうわけで今回からようやくこの連載の主題である、この時代における社会的価値観の変容について解説していこうと思います。最初に一回目は、もはやほとんど話題にすら出ることがなくなった「日本式経営」です。
先にこの後に解説するネタを紹介すると、この時代に社会の見方が一気にひっくり返ったのはこの「日本式経営」、「左翼」、「フェミニズム」、「スポーツ」といろいろあって程度も様々ですが、どちらかというと強い権威を持ったものが悉く失墜していく一方で、代わりに力をつけた権威というものはあまり多くない気がします。何かあるのならこの後の記事も非常に書きやすいのですが、
それで日本式経営ですが、この中身というのは言ってしまえば60年代から80年代まで日本の企業で行われた雇用、経営慣行のことを指しています。具体的な中身を言うと「終身雇用」、「年功序列制」の二本柱で組む雇用体制を指しており、ちょっと細かい点を上げると「株式持合い制度」の元で企業投資を社会全体で非常に抑えて内部留保を蓄え、自社投資を繰り返すという経営方法も含まれます。もしリクエストがあるのならこの中身も詳しく解説してもいいですが、長いので今回はちょっと割愛します。
この日本式経営もバブル崩壊までは「これが王道だ!」といわんばかりに世界でも持て囃され高く評価され、アメリカ人経済学者に至っては「ジャパンアズナンバーワン」とまで評していたのですが、バブル崩壊が起きると、「やはり日本のローカルなやり方だった」とか、「いつかこういう日が来ると思ってた」などと、特に株式へと全然投資しない閉鎖的な体制を指摘されて今度は逆に世界から批判されるようになりました。
そこで日本人がいつもの悪い癖で、自分では正しいと思うことでさえ他人に批判されると途端に自信をなくしてしまう癖が出てしまい、この失われた十年の間に日本人の中でも日本式経営について激しく非難するものが次々と現れていきました。
当時を回想をするにつけ思いますが、子供だった私からしてもあの時代の日本式経営への身内からの批判振りは異常過ぎるほどでした。しかも、それらの批判の大半は理論的にどこがどう問題なのかという点は無視して、どちらかといえば感情的な意見が主で、「こんな古いやり方では世界についていけない」など、他国と協調することが一番大事と言わんばかりの批判でした。
中でも私が最も呆れるのは、子供の教育現場にすら「日本式経営は駄目だ!」ということを当時に教えていることです。これなんか私の実体験ですが、中学校の公民の時間で、「年功序列制では、実力ある社員のやる気をそいでしまうから成果主義に変えろ」とか、「終身雇用ではなく、様々な生き方にチャレンジを促すべきだ」などといった言葉を使っては、日本式経営の欠点を教えられました。さらに極端な例だと、私の友人は授業の作文にて日本式経営が駄目だということまでも書かされたそうです。
では何故これほどまでに日本式経営は叩かれたのでしょうか。それにはいくつか考えられる理由があり、まずはなんといってもバブルで浮かれすぎた反動で、急に景気が悪くなったもんだから非常に自分らのやってきたことに対して自信をなくしてしまい、さらにこの時の日本人の後ろめいた気持ちは、物事に対して「どうすれば良くなるか」よりも、「何をしてはいけないのか」ことばかり考えるように思考を持って行ったのではないかと私は睨んでいます。そういうのも、当時のビジネス書のタイトルを思い出すと、「○○が悪い!」とか「××経営の弊害」といったタイトルばかり思い浮かび、ポジティブな本だと大抵が「欧米式△△経営」、「アメリカ人の戦略」などと海外の成功体験ばっかでした。
こうした状況を踏まえてか、かなり昔に(2004年ごろだと思う)読んだ誰かのエッセイでは、「当時の日本人は失敗の理由ばかりを探して成功する方法を探そうとしなかった」とかかれていましたが、この意見に私も同感です。
そうやって日本式経営をたたき出した後に持て囃されたのが、既にもう述べた成果主義です。まぁこれについては賛否両論いろいろあり、特に早くにこれを導入した富士通に至っては元富士通の城繁幸氏に激しく批判されており、私としてもこの成果主義がうまく機能することはほとんどないと思います。何気に最近読んだ、クロネコヤマトの生みの親の故小倉昌男氏も自著にて、とうとう個人ごとに成果を評価する制度だけは最後まで作ることが出来なかったと述べています。
これなんか社会学やってたから私もいろいろ思うところがあり、元々社会学は本来比較し辛い、出来ない人間の心理や行動といった対象を出来るだけ現実にあった形で数値化して比較する手法を持っていますが、これは言うは安しで行なうは難しです。私が去年やった調査なんか、2ちゃんねらーは朝日新聞が嫌いなのかを測ろうと大学生に調査票配ってやりましたが、200人に配ったところで2ちゃんねるをよく閲覧するのは10人にも満たなくて、客観的に足る必要サンプル数が集まらずに断念しました。
成果主義においても、単純な個人売上で測ろうとしてもこの数字も周りの景気の影響やらで簡単に変わりますし、一概に導入すればかえって運のいい人、リスクをとらない人ばかりが評価されて、積極的に仕事をしてリスクを抱える人などは逆に評価が下がりやすくなるので、私としてもこの成果主義には疑問を感じます。それでも当時の日本人からすると、日本式経営と対極にあることからこういった評価制度をどんどんと導入していきました。
しかもなお悪いことに、日本式経営でも部分的に見れば非常に優れた経営方法といえる点は数多くあるのですが、この時代に標的にされて潰されていったものはほとんどがそういった優れた点で、逆に日本式経営で非常に問題な点、たとえば無駄に会議が多くて決断や動きが鈍い点は何故だかよく残ってしまい、実際に会社員の方から話を聞いたりするとまるで成果主義と日本式経営の駄目な点が見事にハイブリッドされているのが今の状況のような気がします。
ここで話が少し変わりますが、確か96年か97年頃に「世界まる見えテレビ」という番組において、あるアメリカの企業が紹介されていました。名前は失念してしまったが、いわゆるIT系の会社で、その会社には社内に託児所から個人用のオフィスまで備えらた、社員にとっては至れり尽くせりという雇用環境で、これについて社長はこうした環境が社員のモチベーションを引き上げるのだと言い、実際にその会社は多くの利益を生み出しているとして紹介が終わりました。見終わったゲストからは、自分達が持っていたアメリカの企業イメージと全然違っていたなどと互いに感想を述べ合っていました。
90年代後半からアメリカの多くの企業は優秀なIT系技術者を囲い込むために、かつての日本よろしく社員への好待遇を行う企業が増え始めてきていたそうです。もちろんそれは一握りのエリート社員だけで、かつての従業員は皆家族という日本式経営とは異なるものでしたが、キャノンの会長であり経団連の会長もやっている御手洗富士夫などはこうした例を挙げては知った振りをして、日本が日本式経営を捨てている頃にアメリカは日本式経営を取り込み成長し、終身雇用制を守ったキャノンやトヨタが今では日本で勝ち組なのだということを言っていますが、ここで反論させてもらうと、キャノンもトヨタも初めから正社員が少なくて非正規雇用が多かっただけに過ぎません。キャノンに至っては会長が社員は家族といいながら、偽装請負までしているのだから盗人猛々しいとはこの事でしょう。
しかし現在の日本のSEことシステムエンジニアの現状を見る限り、先のエリート社員に高待遇を与えるというアメリカのやり方も一理ある気もします。日本でも成果主義が導入されているとは言われながらも、実際に優秀な人間は今でもかなりはじかれているように思えてならないからです。
最後に非常に皮肉な言い方をしますが、日本は失われた十年の間に日本式経営を非難する事によって、企業が社員をリストラできる大義名分を得たのは一つの収穫だったと思えます。それまではリストラは非人道的だと非常に批判されて企業もやり辛かったのですが、成果主義の名の元で不要な人員の解雇が行えるようになり、結果的に経営を一時的に立て直すことが出来たのは事実で、そういう意味ではこうした日本式経営への一連の批判はそれ相応の役割を果たしたといえると思います。
さて前回までは主に経済的に、失われた十年の間で行われた政策を中心に解説していきました。実際にこの失われた十年(最近だと一部で「失われた十五年」と言う人も出てきている)は経済学的な意味合いで使われることが多いのですが、社会学士の私からすると経済的というよりは、日本の社会史上における一大転機として取る場合の方が多いです。
そういうわけで今回からようやくこの連載の主題である、この時代における社会的価値観の変容について解説していこうと思います。最初に一回目は、もはやほとんど話題にすら出ることがなくなった「日本式経営」です。
先にこの後に解説するネタを紹介すると、この時代に社会の見方が一気にひっくり返ったのはこの「日本式経営」、「左翼」、「フェミニズム」、「スポーツ」といろいろあって程度も様々ですが、どちらかというと強い権威を持ったものが悉く失墜していく一方で、代わりに力をつけた権威というものはあまり多くない気がします。何かあるのならこの後の記事も非常に書きやすいのですが、
それで日本式経営ですが、この中身というのは言ってしまえば60年代から80年代まで日本の企業で行われた雇用、経営慣行のことを指しています。具体的な中身を言うと「終身雇用」、「年功序列制」の二本柱で組む雇用体制を指しており、ちょっと細かい点を上げると「株式持合い制度」の元で企業投資を社会全体で非常に抑えて内部留保を蓄え、自社投資を繰り返すという経営方法も含まれます。もしリクエストがあるのならこの中身も詳しく解説してもいいですが、長いので今回はちょっと割愛します。
この日本式経営もバブル崩壊までは「これが王道だ!」といわんばかりに世界でも持て囃され高く評価され、アメリカ人経済学者に至っては「ジャパンアズナンバーワン」とまで評していたのですが、バブル崩壊が起きると、「やはり日本のローカルなやり方だった」とか、「いつかこういう日が来ると思ってた」などと、特に株式へと全然投資しない閉鎖的な体制を指摘されて今度は逆に世界から批判されるようになりました。
そこで日本人がいつもの悪い癖で、自分では正しいと思うことでさえ他人に批判されると途端に自信をなくしてしまう癖が出てしまい、この失われた十年の間に日本人の中でも日本式経営について激しく非難するものが次々と現れていきました。
当時を回想をするにつけ思いますが、子供だった私からしてもあの時代の日本式経営への身内からの批判振りは異常過ぎるほどでした。しかも、それらの批判の大半は理論的にどこがどう問題なのかという点は無視して、どちらかといえば感情的な意見が主で、「こんな古いやり方では世界についていけない」など、他国と協調することが一番大事と言わんばかりの批判でした。
中でも私が最も呆れるのは、子供の教育現場にすら「日本式経営は駄目だ!」ということを当時に教えていることです。これなんか私の実体験ですが、中学校の公民の時間で、「年功序列制では、実力ある社員のやる気をそいでしまうから成果主義に変えろ」とか、「終身雇用ではなく、様々な生き方にチャレンジを促すべきだ」などといった言葉を使っては、日本式経営の欠点を教えられました。さらに極端な例だと、私の友人は授業の作文にて日本式経営が駄目だということまでも書かされたそうです。
では何故これほどまでに日本式経営は叩かれたのでしょうか。それにはいくつか考えられる理由があり、まずはなんといってもバブルで浮かれすぎた反動で、急に景気が悪くなったもんだから非常に自分らのやってきたことに対して自信をなくしてしまい、さらにこの時の日本人の後ろめいた気持ちは、物事に対して「どうすれば良くなるか」よりも、「何をしてはいけないのか」ことばかり考えるように思考を持って行ったのではないかと私は睨んでいます。そういうのも、当時のビジネス書のタイトルを思い出すと、「○○が悪い!」とか「××経営の弊害」といったタイトルばかり思い浮かび、ポジティブな本だと大抵が「欧米式△△経営」、「アメリカ人の戦略」などと海外の成功体験ばっかでした。
こうした状況を踏まえてか、かなり昔に(2004年ごろだと思う)読んだ誰かのエッセイでは、「当時の日本人は失敗の理由ばかりを探して成功する方法を探そうとしなかった」とかかれていましたが、この意見に私も同感です。
そうやって日本式経営をたたき出した後に持て囃されたのが、既にもう述べた成果主義です。まぁこれについては賛否両論いろいろあり、特に早くにこれを導入した富士通に至っては元富士通の城繁幸氏に激しく批判されており、私としてもこの成果主義がうまく機能することはほとんどないと思います。何気に最近読んだ、クロネコヤマトの生みの親の故小倉昌男氏も自著にて、とうとう個人ごとに成果を評価する制度だけは最後まで作ることが出来なかったと述べています。
これなんか社会学やってたから私もいろいろ思うところがあり、元々社会学は本来比較し辛い、出来ない人間の心理や行動といった対象を出来るだけ現実にあった形で数値化して比較する手法を持っていますが、これは言うは安しで行なうは難しです。私が去年やった調査なんか、2ちゃんねらーは朝日新聞が嫌いなのかを測ろうと大学生に調査票配ってやりましたが、200人に配ったところで2ちゃんねるをよく閲覧するのは10人にも満たなくて、客観的に足る必要サンプル数が集まらずに断念しました。
成果主義においても、単純な個人売上で測ろうとしてもこの数字も周りの景気の影響やらで簡単に変わりますし、一概に導入すればかえって運のいい人、リスクをとらない人ばかりが評価されて、積極的に仕事をしてリスクを抱える人などは逆に評価が下がりやすくなるので、私としてもこの成果主義には疑問を感じます。それでも当時の日本人からすると、日本式経営と対極にあることからこういった評価制度をどんどんと導入していきました。
しかもなお悪いことに、日本式経営でも部分的に見れば非常に優れた経営方法といえる点は数多くあるのですが、この時代に標的にされて潰されていったものはほとんどがそういった優れた点で、逆に日本式経営で非常に問題な点、たとえば無駄に会議が多くて決断や動きが鈍い点は何故だかよく残ってしまい、実際に会社員の方から話を聞いたりするとまるで成果主義と日本式経営の駄目な点が見事にハイブリッドされているのが今の状況のような気がします。
ここで話が少し変わりますが、確か96年か97年頃に「世界まる見えテレビ」という番組において、あるアメリカの企業が紹介されていました。名前は失念してしまったが、いわゆるIT系の会社で、その会社には社内に託児所から個人用のオフィスまで備えらた、社員にとっては至れり尽くせりという雇用環境で、これについて社長はこうした環境が社員のモチベーションを引き上げるのだと言い、実際にその会社は多くの利益を生み出しているとして紹介が終わりました。見終わったゲストからは、自分達が持っていたアメリカの企業イメージと全然違っていたなどと互いに感想を述べ合っていました。
90年代後半からアメリカの多くの企業は優秀なIT系技術者を囲い込むために、かつての日本よろしく社員への好待遇を行う企業が増え始めてきていたそうです。もちろんそれは一握りのエリート社員だけで、かつての従業員は皆家族という日本式経営とは異なるものでしたが、キャノンの会長であり経団連の会長もやっている御手洗富士夫などはこうした例を挙げては知った振りをして、日本が日本式経営を捨てている頃にアメリカは日本式経営を取り込み成長し、終身雇用制を守ったキャノンやトヨタが今では日本で勝ち組なのだということを言っていますが、ここで反論させてもらうと、キャノンもトヨタも初めから正社員が少なくて非正規雇用が多かっただけに過ぎません。キャノンに至っては会長が社員は家族といいながら、偽装請負までしているのだから盗人猛々しいとはこの事でしょう。
しかし現在の日本のSEことシステムエンジニアの現状を見る限り、先のエリート社員に高待遇を与えるというアメリカのやり方も一理ある気もします。日本でも成果主義が導入されているとは言われながらも、実際に優秀な人間は今でもかなりはじかれているように思えてならないからです。
最後に非常に皮肉な言い方をしますが、日本は失われた十年の間に日本式経営を非難する事によって、企業が社員をリストラできる大義名分を得たのは一つの収穫だったと思えます。それまではリストラは非人道的だと非常に批判されて企業もやり辛かったのですが、成果主義の名の元で不要な人員の解雇が行えるようになり、結果的に経営を一時的に立て直すことが出来たのは事実で、そういう意味ではこうした日本式経営への一連の批判はそれ相応の役割を果たしたといえると思います。
2008年11月11日火曜日
田母神氏の参考人招致について
本日参議院にて、このところ世間をにぎわせている田母神元航空幕僚長の参考人招致が行われました。細かい内容については他の報道に譲るとしてそこで彼が話した内容を簡単にまとめると、従来の主張を曲げずに自説の正当性、そして今回のこの騒ぎは一種の言論統制に当たると主張しました。
最近は連載記事ばかりでこういう時事問題をあまり取り扱わなかったのですが、ちょっと今回の件は私としても個人的に意見を持つ内容なので、きちんと記事を書いてみようという気になりました。
まず田母神氏の主張に対してですが、やはり私としては同意しかねる問題ある意見だと思います。田母神氏は第二次世界大戦における日本の行動について一切の侵略ではないと主張しました。その根拠として、当時の世界情勢の中では他国に領土を広げるのは当然の行為だったと主張していますが、この点については既に第一次世界大戦後のウィーン会議等でみだりに他国の主権を犯すべきでないということも採択されており、そして何より、あの満州事変はどう贔屓目に考えたところで中国に対する侵略行為においてほかなりません。
この点については右翼の論客……というとちょっと語弊があるかもしれませんが、日本の正当性を強く主張する論者の藤原誠彦氏もアメリカとの戦争はしょうがないとしても中国への進軍は明らかな侵略だったとしており、またこっちは紛れもない右翼雑誌の文芸春秋でも、満州事変については軍部の暴走による侵略だと、よく保坂正康氏と半藤一利氏の昭和史家コンビが対談の度に言っています。
またアメリカとの戦争についてですが、よく日本への貿易禁輸措置によってアメリカは日本を追い込み、極東国際軍事裁判のパール判事の意見を引用しては日本は無理やり戦争に引き込まれた、打って出るしかなかったという主張がなされていますが、私としてはちょっとこの意見にも無理があると思います。というのも、実はこのアメリカの屑鉄などの貿易禁輸措置が取られる直前に日本は、それ以前に進軍していた東南アジアの北部仏印(現在のベトナム)に加え、1941年7月に南部仏印に進軍しております。
ちょっと話はややこしくなりますが、この時既にフランスはドイツ軍によって占領されており、ドイツの傀儡政権であったヴィシー政権が名目上フランス政府を代表してはいたのですが、この仏印地域の一部のフランス軍はイギリスにて亡命政府を作っていたドゴール政権を支持しており、日本はヴィシー政府の許可を得て進軍はしたのですがもちろんそういった軍の抵抗にあって戦闘も起きています。
アメリカやイギリスはもちろんドゴール政権を支持しているので、この南北仏印進駐は日本のフランスへの一方的な侵略だと批判したのですが、日本はそれに耳を貸さずに進軍しています。それでもまだ比較的戦略価値の低かった北部の進駐だけには米英もとやかくは言わなかったのですが、南部仏印の進駐に至ってとうとう侵略行為に当たるとして、禁輸措置などの制裁行為を両国は取るに至りました。
この時の禁輸措置が原因で太平洋戦争に至ったというのなら、逆を言えば南部仏印進駐が太平洋戦争の大きな引き金となったと見てもいいでしょう。実際にこの後の5ヵ月後に日本は真珠湾への奇襲攻撃を実行しています。
そしてこの時の南北仏印進駐の動機についてですが、一般的に言われているのは石油やゴムなどの資源獲得のためらしいですが、結果的にアメリカに禁輸措置を取られて余計に資源に苦しむようになったのですし、はたしてアメリカとの徹底的な関係悪化を起こすことが目に見えていたのにこの地域の占領価値はそこまで高かったのかとなると、今の私からすると非常に疑問です。よく日本の取って引き返せるルビコン川にあたるポイントは日独伊三国軍事同盟の締結前だったと言われていますが、私はそれよりもこの南部仏印進駐の方が大きいんじゃないかと思っています。
こうしたことを考慮し、「中国への進軍は侵略ではない」、「日本はアメリカによって戦争に引き込まれた」という田母神氏の意見は私とは相容れません。そして何より、結果論から言って日本は奇跡的に復興できたからいいものの、あの戦争で失った代償というのは計り知れません。結果的に負ける戦争をしてしまったこと自体が反省すべき歴史であり、奇しくも先月号の東京裁判についての対談記事の中での、これまたタイムリーですが防衛大学教授の戸坂良一氏の発言の、「負けたらこうして(東京裁判のような)仕打ちを受けるのだ。負けるような戦争を始めてはいけない」に尽き、どんな理由であれ当時の日本の行動を正当化するべきではないと思います。
おまけ
何気に高校の日本史期末テスト時、今日書いた南部仏印進駐が絡んだ時系列並び替え問題だけ間違えて、学年一位ではありましたが点数が98点になってしまったのはいい思い出です。なお当時に私は学内の日本史のテストは大体トップか二位で、おまけに受験時に世界史も科目として受けており、日本史と世界史を一緒に受ける河合塾の模試などではさすがに全国トップまでは行きませんが、両方とも結構上位に常にいました。それにしても、日本史はともかく学内で当時に世界史で私より下の点数を取った人間はどうなんだろうかと、他人事ながらちょっと心配になりました。
最近は連載記事ばかりでこういう時事問題をあまり取り扱わなかったのですが、ちょっと今回の件は私としても個人的に意見を持つ内容なので、きちんと記事を書いてみようという気になりました。
まず田母神氏の主張に対してですが、やはり私としては同意しかねる問題ある意見だと思います。田母神氏は第二次世界大戦における日本の行動について一切の侵略ではないと主張しました。その根拠として、当時の世界情勢の中では他国に領土を広げるのは当然の行為だったと主張していますが、この点については既に第一次世界大戦後のウィーン会議等でみだりに他国の主権を犯すべきでないということも採択されており、そして何より、あの満州事変はどう贔屓目に考えたところで中国に対する侵略行為においてほかなりません。
この点については右翼の論客……というとちょっと語弊があるかもしれませんが、日本の正当性を強く主張する論者の藤原誠彦氏もアメリカとの戦争はしょうがないとしても中国への進軍は明らかな侵略だったとしており、またこっちは紛れもない右翼雑誌の文芸春秋でも、満州事変については軍部の暴走による侵略だと、よく保坂正康氏と半藤一利氏の昭和史家コンビが対談の度に言っています。
またアメリカとの戦争についてですが、よく日本への貿易禁輸措置によってアメリカは日本を追い込み、極東国際軍事裁判のパール判事の意見を引用しては日本は無理やり戦争に引き込まれた、打って出るしかなかったという主張がなされていますが、私としてはちょっとこの意見にも無理があると思います。というのも、実はこのアメリカの屑鉄などの貿易禁輸措置が取られる直前に日本は、それ以前に進軍していた東南アジアの北部仏印(現在のベトナム)に加え、1941年7月に南部仏印に進軍しております。
ちょっと話はややこしくなりますが、この時既にフランスはドイツ軍によって占領されており、ドイツの傀儡政権であったヴィシー政権が名目上フランス政府を代表してはいたのですが、この仏印地域の一部のフランス軍はイギリスにて亡命政府を作っていたドゴール政権を支持しており、日本はヴィシー政府の許可を得て進軍はしたのですがもちろんそういった軍の抵抗にあって戦闘も起きています。
アメリカやイギリスはもちろんドゴール政権を支持しているので、この南北仏印進駐は日本のフランスへの一方的な侵略だと批判したのですが、日本はそれに耳を貸さずに進軍しています。それでもまだ比較的戦略価値の低かった北部の進駐だけには米英もとやかくは言わなかったのですが、南部仏印の進駐に至ってとうとう侵略行為に当たるとして、禁輸措置などの制裁行為を両国は取るに至りました。
この時の禁輸措置が原因で太平洋戦争に至ったというのなら、逆を言えば南部仏印進駐が太平洋戦争の大きな引き金となったと見てもいいでしょう。実際にこの後の5ヵ月後に日本は真珠湾への奇襲攻撃を実行しています。
そしてこの時の南北仏印進駐の動機についてですが、一般的に言われているのは石油やゴムなどの資源獲得のためらしいですが、結果的にアメリカに禁輸措置を取られて余計に資源に苦しむようになったのですし、はたしてアメリカとの徹底的な関係悪化を起こすことが目に見えていたのにこの地域の占領価値はそこまで高かったのかとなると、今の私からすると非常に疑問です。よく日本の取って引き返せるルビコン川にあたるポイントは日独伊三国軍事同盟の締結前だったと言われていますが、私はそれよりもこの南部仏印進駐の方が大きいんじゃないかと思っています。
こうしたことを考慮し、「中国への進軍は侵略ではない」、「日本はアメリカによって戦争に引き込まれた」という田母神氏の意見は私とは相容れません。そして何より、結果論から言って日本は奇跡的に復興できたからいいものの、あの戦争で失った代償というのは計り知れません。結果的に負ける戦争をしてしまったこと自体が反省すべき歴史であり、奇しくも先月号の東京裁判についての対談記事の中での、これまたタイムリーですが防衛大学教授の戸坂良一氏の発言の、「負けたらこうして(東京裁判のような)仕打ちを受けるのだ。負けるような戦争を始めてはいけない」に尽き、どんな理由であれ当時の日本の行動を正当化するべきではないと思います。
おまけ
何気に高校の日本史期末テスト時、今日書いた南部仏印進駐が絡んだ時系列並び替え問題だけ間違えて、学年一位ではありましたが点数が98点になってしまったのはいい思い出です。なお当時に私は学内の日本史のテストは大体トップか二位で、おまけに受験時に世界史も科目として受けており、日本史と世界史を一緒に受ける河合塾の模試などではさすがに全国トップまでは行きませんが、両方とも結構上位に常にいました。それにしても、日本史はともかく学内で当時に世界史で私より下の点数を取った人間はどうなんだろうかと、他人事ながらちょっと心配になりました。
世界同時株安の中の中国株価
専門が中国語の癖に、中国の株取引をしていないのであまり細かく中国の株価を見ていないのですが、今日改めて中国株価の一つの指標となっている上海総合指数のチャートを見てみると、去年の12月に5000ポイントだったのが、今年の4月には半分近くの3000ポイントくらいまで下がり、今日に至っては1800ポイント台にまで下がってきています。なんかこれ見ると、日経平均が8000円割れしたのがどうでも良くなってきます。
しかしその一方、世界的にも中国経済はまだ平穏を保っている方だという見方をよく聞きます。ちょっとこの辺は細かく調べていないのでどういう根拠からの見方なのかというのまではわからないのですが、私も向こうのホームページを見ている限り、アメリカや欧州ほど大きな混乱にまでは至っていないような気がします。
では現在、どうして中国は落ち着いていられるかですが、それについては私の中でもいくつか考えられる理由があります。
まず一つは、現在世界で一番外貨保有高、つまり米ドルを持っているのが中国政府であり(二位は日本)、海外との貿易決済の際に少なくとも外貨がなくて不渡りが出るという心配がないから。二つ目は、中国の株価が大きく下落したのは今年の4月頃で、リーマンショック以前にすでに大きく下落していたために今回の世界同時株安における一撃のダメージが少なかったから。そして三つ目ですが、今年の下落は中国政府折込済みの下落だったからというのが、今日ここで解説するネタです。
以前に雑誌の記事で読んだのですが、前述している今年前半の大幅な中国株価の下落は、実は中国政府の壮大な実験の成功だったと言う評論家がいました。この評論家が言うには、中国の主要株の大半は実際にはほとんど市場に流通しておらず政府関係者や共産党幹部たちが握っているらしいです。実際に私が見ていても、「賄賂は社会の潤滑油」とまで公然と言われている中国の主要企業はほとんどがそういった人間に占められているでしょうし、現実に日本以上に政と商が癒着しまくっているので、株もそうした人間によって握られているのがかえって自然な気がします。
にもかかわらず今年の4月に大幅に株価が下落したのは、政府が自分たちで株価をコントロールできるかを実験するため、敢えて下げるように仕向けたというのです。そして実際に株価が下がって自分たちで市場をコントロールできることを確認した中国政府にとって、この大幅な下落は大収穫だったというわけです。
この話が本当か嘘かまでは私も検証できませんが、少なくとも現在の世界同時株安の中で中国は日本と同様にまだマシな国によく数えられています。そういう風に考えてみると、中国の主張する「社会主義市場経済」というものはこうした海外からくる影響に対して、非常に強い抵抗力があるということになります。アメリカは何でもかんでも市場に任せて今回の同時株安を引き起こしましたが、それに対して大分緩んだとはいえ未だに政府の統制が強い中国で混乱が少なかったということは、なかなかに参考に足る現象だと思います。まぁ中国は、これから実体経済も賃金の上昇によってどんどん悪くなっていくと思うけど。
しかしその一方、世界的にも中国経済はまだ平穏を保っている方だという見方をよく聞きます。ちょっとこの辺は細かく調べていないのでどういう根拠からの見方なのかというのまではわからないのですが、私も向こうのホームページを見ている限り、アメリカや欧州ほど大きな混乱にまでは至っていないような気がします。
では現在、どうして中国は落ち着いていられるかですが、それについては私の中でもいくつか考えられる理由があります。
まず一つは、現在世界で一番外貨保有高、つまり米ドルを持っているのが中国政府であり(二位は日本)、海外との貿易決済の際に少なくとも外貨がなくて不渡りが出るという心配がないから。二つ目は、中国の株価が大きく下落したのは今年の4月頃で、リーマンショック以前にすでに大きく下落していたために今回の世界同時株安における一撃のダメージが少なかったから。そして三つ目ですが、今年の下落は中国政府折込済みの下落だったからというのが、今日ここで解説するネタです。
以前に雑誌の記事で読んだのですが、前述している今年前半の大幅な中国株価の下落は、実は中国政府の壮大な実験の成功だったと言う評論家がいました。この評論家が言うには、中国の主要株の大半は実際にはほとんど市場に流通しておらず政府関係者や共産党幹部たちが握っているらしいです。実際に私が見ていても、「賄賂は社会の潤滑油」とまで公然と言われている中国の主要企業はほとんどがそういった人間に占められているでしょうし、現実に日本以上に政と商が癒着しまくっているので、株もそうした人間によって握られているのがかえって自然な気がします。
にもかかわらず今年の4月に大幅に株価が下落したのは、政府が自分たちで株価をコントロールできるかを実験するため、敢えて下げるように仕向けたというのです。そして実際に株価が下がって自分たちで市場をコントロールできることを確認した中国政府にとって、この大幅な下落は大収穫だったというわけです。
この話が本当か嘘かまでは私も検証できませんが、少なくとも現在の世界同時株安の中で中国は日本と同様にまだマシな国によく数えられています。そういう風に考えてみると、中国の主張する「社会主義市場経済」というものはこうした海外からくる影響に対して、非常に強い抵抗力があるということになります。アメリカは何でもかんでも市場に任せて今回の同時株安を引き起こしましたが、それに対して大分緩んだとはいえ未だに政府の統制が強い中国で混乱が少なかったということは、なかなかに参考に足る現象だと思います。まぁ中国は、これから実体経済も賃金の上昇によってどんどん悪くなっていくと思うけど。
2008年11月9日日曜日
100年後の世相について その二、倫理編
久々に昨日は投稿を休みました。久しぶりに勉強したのがよくなかったのか、夜になってえらい頭痛を起こして夜10時には寝ました。まぁほんとのところはきっと、「スパーキン」って名前のカーブ、チェンジアップ、シンカーがそれぞれレベル3で、スタミナB、コントロールA、最高球速150キロの本格派先発投手を作って一喜一憂したからだと思うけど。
さて前回では100年後の世界について主に技術面での世界観の予想を紹介しましたが、今回は倫理面での予想を紹介します。既に前回の記事でのコメント欄に、たとえ寿命が延びたとしても人間は幸せになるのかという疑問が呈されていますが、これは現実においても十分問われている問題です。大体戦後初期くらいまでは働き終わった60代くらいで寿命が来ていましたが、今の日本では平均寿命が80歳にまでなり、60歳で定年を迎えるとしても残り20年間は余生がある時代です。その20年をどうやって生活するかという点ですら現代においても明確なライフスタイルというものは決まっておらず、目的が不明瞭なままただ生き続ける老人世代が多いというのは眼前としてある事実です。
一時は「豊かな年金生活」を謳って趣味に旅行にというライフスタイルが提唱されましたが、どうもこういったライフスタイルは「働かざるもの食うべからず」という日本人の気質に合わなかったのか、お金はあるものの旅行などには費やさない老人が多数派を占めました(今でも老人世代の貯蓄率が高い)。そもそも体力的な面でも、こういったライフスタイルは実現が不可能だった気もします。
にもかかわらず、前回でも書きましたが医療技術は進歩する一方なので、今後も更に「第二の人生」について目的がないまま延長していくでしょうし、本当に老後をどうするか、そういった方面への議論がこれからも必要になってくるでしょう。
その議論の中で、私が今後重要度を増してくるのはこれまで重要に取り扱われてきた「生き方」に代わり、今も尊厳死などで議論される「死に方」だと思います。自分の人生や命を何に捧げるか、どの時点に至ったら自分は死を受け入れるのかというように、どうやって死ぬかというのが一般にも深く浸透していき、場合によってはこれから年々自殺数というのも上がってくるのかもしれません。
しかしそうやって自殺が増えるのは、ある意味世界的にはいいのかもしれません。そういうのも、医療技術の進歩と普及によって何が世界で一番問題になるかといったら、まず間違いなく人口問題です。現在ですら膨張し続ける世界人口なのに、今後は中国だけじゃなくアフリカなどでも人口は拡大するのが目に見え、有り余る人口に対して地球の資源では持たなくなるのが目に見えています。
それこそ宇宙に殖民できるのならともかく、地球の人口に拡大に対してそこまで宇宙開発技術が追いつくかどうか、難しいところです。そうなるとどうなるかですが、まず世界的に取り組まれるのは口減らしでしょう。これなんかガンダムの世界でよく取り上げられますが、地球環境的には人口が少ないに越したことはありません。そのため資源が追いつかなくなる、つまり食料が先進国の人間にすら行きわたらなくなる事態になれば、こうした口減らしが公然と主張されるようになり、恐らくその影響で人権意識も今後低下していくと思います。
何気に私は、米ソ対立によって安定した世界情勢が作られていた1980年代こそが人類史上最も人権意識が高かった時代になると思っています。
こうした人権意識と共に、恐らく今後100年の間に大きく変わっていくだろうという意識はやはり国家意識でしょう。友人なんかがすごい気に入っている言葉ですが、攻殻機動隊の一番最初のプロローグにて、「国家や民族が消えてなくなる程情報化されていない近未来」という言葉が入っていますが、この言葉は裏返すと、情報の公開、共有化が究極的に行われるならば国家という概念は消えてなくなるということを表しています。
細かい理屈までは語りませんが、確かに情報化が進んだことにより一部では国家の壁というか概念を乗り越えた動きや組織が生まれ、その一方でこうした動きに抗うかのような反動も起こっています。まず前者ですが一番大きいのはやはりアルカイダに代表される、国家を跨ぐ国際テロリストでしょう。これなんか当初はまだイスラム教過激派というくくりが通用したのですが、最近ではただ反米であれば何でも取り込むかのようになっており適用範囲は広がっているように思えます。そして反動というのは日本ではあまり大きくならない、アンチグローバリズム運動です。これなんかは思想的というよりは経済的概念で語られることが多いのですが、戦前の過剰な保護貿易体制が国家間で対立を生んで第二次世界大戦が生まれたとの反省から、戦後はGATT(現在のWHO)体制の下で自由貿易が一貫して西側諸国を中心に推し進められてきましたが、ここに来てEU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易同盟)などと、こうした動きに逆行して地域ごとに保護貿易圏を作ろうという動きが進んでおり、自由貿易自体が格差を大きく生むのだという主張のもとで欧州では自由貿易自体に反対する組織も生まれています。
こうした背景から、今後100年間で国家概念はまた乱高下することが予想されます。これなんか私の持論ですが、基本的に世界は歴史的にも互いに開き合う時代と閉じ合う時代が交互にやってきており、近年では2000年代前半が開き合った時代のピークで、今回の世界同時株安を契機に今後はまた閉じ合う時代へとシフトしていくことが予想されます。ただその動きが一貫して続けられるかは怪しく、その閉じ合う時代がある程度続いたらまた今度は開き合う方へ戻ってきます。こんな感じで、三歩進んでは二歩下がるように、徐々にではありますがどっちかと言うのなら世界はオープンな方向へは行くでしょう。情報化は、その一つの起爆剤です。
最後に、確かアインシュタインの言葉だったと思いますが、世界大戦についての言葉を紹介して終えます。
「第三次世界大戦ではどんな兵器が使われるかはわからないが、第四次世界大戦ならはっきりしている。石と棒だ」
さて前回では100年後の世界について主に技術面での世界観の予想を紹介しましたが、今回は倫理面での予想を紹介します。既に前回の記事でのコメント欄に、たとえ寿命が延びたとしても人間は幸せになるのかという疑問が呈されていますが、これは現実においても十分問われている問題です。大体戦後初期くらいまでは働き終わった60代くらいで寿命が来ていましたが、今の日本では平均寿命が80歳にまでなり、60歳で定年を迎えるとしても残り20年間は余生がある時代です。その20年をどうやって生活するかという点ですら現代においても明確なライフスタイルというものは決まっておらず、目的が不明瞭なままただ生き続ける老人世代が多いというのは眼前としてある事実です。
一時は「豊かな年金生活」を謳って趣味に旅行にというライフスタイルが提唱されましたが、どうもこういったライフスタイルは「働かざるもの食うべからず」という日本人の気質に合わなかったのか、お金はあるものの旅行などには費やさない老人が多数派を占めました(今でも老人世代の貯蓄率が高い)。そもそも体力的な面でも、こういったライフスタイルは実現が不可能だった気もします。
にもかかわらず、前回でも書きましたが医療技術は進歩する一方なので、今後も更に「第二の人生」について目的がないまま延長していくでしょうし、本当に老後をどうするか、そういった方面への議論がこれからも必要になってくるでしょう。
その議論の中で、私が今後重要度を増してくるのはこれまで重要に取り扱われてきた「生き方」に代わり、今も尊厳死などで議論される「死に方」だと思います。自分の人生や命を何に捧げるか、どの時点に至ったら自分は死を受け入れるのかというように、どうやって死ぬかというのが一般にも深く浸透していき、場合によってはこれから年々自殺数というのも上がってくるのかもしれません。
しかしそうやって自殺が増えるのは、ある意味世界的にはいいのかもしれません。そういうのも、医療技術の進歩と普及によって何が世界で一番問題になるかといったら、まず間違いなく人口問題です。現在ですら膨張し続ける世界人口なのに、今後は中国だけじゃなくアフリカなどでも人口は拡大するのが目に見え、有り余る人口に対して地球の資源では持たなくなるのが目に見えています。
それこそ宇宙に殖民できるのならともかく、地球の人口に拡大に対してそこまで宇宙開発技術が追いつくかどうか、難しいところです。そうなるとどうなるかですが、まず世界的に取り組まれるのは口減らしでしょう。これなんかガンダムの世界でよく取り上げられますが、地球環境的には人口が少ないに越したことはありません。そのため資源が追いつかなくなる、つまり食料が先進国の人間にすら行きわたらなくなる事態になれば、こうした口減らしが公然と主張されるようになり、恐らくその影響で人権意識も今後低下していくと思います。
何気に私は、米ソ対立によって安定した世界情勢が作られていた1980年代こそが人類史上最も人権意識が高かった時代になると思っています。
こうした人権意識と共に、恐らく今後100年の間に大きく変わっていくだろうという意識はやはり国家意識でしょう。友人なんかがすごい気に入っている言葉ですが、攻殻機動隊の一番最初のプロローグにて、「国家や民族が消えてなくなる程情報化されていない近未来」という言葉が入っていますが、この言葉は裏返すと、情報の公開、共有化が究極的に行われるならば国家という概念は消えてなくなるということを表しています。
細かい理屈までは語りませんが、確かに情報化が進んだことにより一部では国家の壁というか概念を乗り越えた動きや組織が生まれ、その一方でこうした動きに抗うかのような反動も起こっています。まず前者ですが一番大きいのはやはりアルカイダに代表される、国家を跨ぐ国際テロリストでしょう。これなんか当初はまだイスラム教過激派というくくりが通用したのですが、最近ではただ反米であれば何でも取り込むかのようになっており適用範囲は広がっているように思えます。そして反動というのは日本ではあまり大きくならない、アンチグローバリズム運動です。これなんかは思想的というよりは経済的概念で語られることが多いのですが、戦前の過剰な保護貿易体制が国家間で対立を生んで第二次世界大戦が生まれたとの反省から、戦後はGATT(現在のWHO)体制の下で自由貿易が一貫して西側諸国を中心に推し進められてきましたが、ここに来てEU(欧州連合)やNAFTA(北米自由貿易同盟)などと、こうした動きに逆行して地域ごとに保護貿易圏を作ろうという動きが進んでおり、自由貿易自体が格差を大きく生むのだという主張のもとで欧州では自由貿易自体に反対する組織も生まれています。
こうした背景から、今後100年間で国家概念はまた乱高下することが予想されます。これなんか私の持論ですが、基本的に世界は歴史的にも互いに開き合う時代と閉じ合う時代が交互にやってきており、近年では2000年代前半が開き合った時代のピークで、今回の世界同時株安を契機に今後はまた閉じ合う時代へとシフトしていくことが予想されます。ただその動きが一貫して続けられるかは怪しく、その閉じ合う時代がある程度続いたらまた今度は開き合う方へ戻ってきます。こんな感じで、三歩進んでは二歩下がるように、徐々にではありますがどっちかと言うのなら世界はオープンな方向へは行くでしょう。情報化は、その一つの起爆剤です。
最後に、確かアインシュタインの言葉だったと思いますが、世界大戦についての言葉を紹介して終えます。
「第三次世界大戦ではどんな兵器が使われるかはわからないが、第四次世界大戦ならはっきりしている。石と棒だ」
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