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2009年9月7日月曜日

田中角栄的なるもの

 この記事は友人のSOFRANが寄稿してくれた記事です。自分とはまたいろんな面で表現方法が違うので、自分からすると読んでて面白いです。内容などについてコメントとかしてあげれば喜ぶので、よかったら皆さんもあれこれコメントしてあげてください。

  執筆者 SOFRAN

 前の土曜日に朝日新聞の「be」を読んでいると、歴代首相の人気投票なる小さな記事がありました。そのアンケートの結果はというと、、、一番人気のあった歴代首相は誰だと思いますか?

 みなさん各々、様々な顔が浮かぶと思いますが、結果は断トツで田中角栄氏がトップでした。私にはこの結果が意外で、確かに彼の首相就任当時は支持率が当時最高の70%を越え、その経歴から今太閤ともてはやされました。しかし、その後の地価上昇、物価上昇、そして自身の金脈問題を追及され退陣し、1976年にはロッキード事件によって逮捕されるまでに至りました。しかし、その後も自民党内での権力を握り、闇将軍として長く君臨しました。
 その田中角栄が、何故人気投票一位なのでしょうか? その記事の中では、政治学者が「古き良き日本人への憧憬ではないか」と分析していました。良きにつけ悪しきにつけ、昔の日本人らさを体現した人物であったということでしょうか? 

 また同じく朝日新聞が今年、「昭和といえば何を思い浮かべますか?」という質問でアンケートした際、人物項としては一位が昭和天皇、二位が田中角栄で、三位が美空ひばりだったとのことです。かくいう私も最初のアンケートの結果には意外だと感じるものの、田中角栄がそんなに嫌いではありません。

 時代は流れ、2001年4月には小泉純一郎が総裁選に出馬し、今までの首相とは異なる特異なキャラクターと「自民党をぶっ壊す」といった過激な発言もあって、小泉旋風を巻き起こし、首相の座を射とめました。この時の異常ともいえる熱狂の背景には、前の首相である森喜朗の不人気(最低支持率5,3%)があったと思います。
 当時私は15歳で、その頃から政治にも興味を持ち始め、テレビの政治ニュースを結構見ていました。その頃のテレビの論調は、とにかく森は史上最低の首相であり、このままでは日本は駄目になってしまうというもので、テレビ画面からもその沈滞ムードが漂ってくるようでした。その頃はいわゆる失われた10年に該当し、この閉塞感を打ち破る手立てはないのかというムードもありました。 

 ここでその頃の森首相に対する評価を表したかのようなエピソードを紹介します。かつてからその英語力の低さを指摘されていた森喜朗は、当時のクリントン大統領との会談を控え、外務省の秘書官からこうアドバイスされます。

「まずクリントン大統領に【How are you?】と話しかけ、相手の返事には【Me too!】と答えるように。」

 しかし、森は最初の呼びかけを「Who are you?」と間違えてしまい、それを言われた当のクリントンはジョークだと思って、「I am Hillary`s husband.」と答えた。森はすかさず「Me too!」と返事をし、クリントンを驚かせたというものです。
 また、これから会談をしようとする外国の要人に「See you again!」と挨拶をしたこともあったとのことです。前者のエピソードは作り話とも言われていますが、こんな話が出回るぐらいの状況であったことは伺えます。

 そんな閉塞感が漂う中、2000年11月には、いわゆる加藤の乱がおこります。これは、野党の提出した森内閣不信任案に加藤紘一、山崎拓が同調の動きをみせたことに対し、執行部による強烈な切り崩し工作を受け、倒閣が失敗に終わった政争です。当時、YKKとして並び称されていた小泉純一郎は森派会長(現町村派)として、加藤らの動きには反対の意をしめし、森を守る役目を果たしました。
 これによって、次期首相とも目されていた加藤紘一が失墜しましたが、この一件も翌年の小泉首相誕生の一因であったと捉えられています。

 2001年、4月、小泉純一郎は首相に就任し、2006年9月までその任を果たしました。この文章では、舌足らずで伝えきれませんが、小泉は「自民党をぶっ壊す」と絶叫していましたが、その発言はイコール「田中派から続く経世会支配をぶっ壊す」ではなかったのではないかというのが私の解釈です。

 小泉の政治家としての出発点は、清和会の祖であり、田中角栄のライバルであった福田赳夫の秘書からであり、自派閥に対する思いは、加藤の乱に対する対応から分かるように、非常に強いものであったと見てとれます。小泉構造改革の全てがそうだったとは言えませんが、経世会支配の源泉となっている(その多くは田中角栄が作り上げた)利権を解体するという目標も彼にはあったのではないでしょうか?

2009年9月6日日曜日

社会における時間の速度~ゆっくり江戸時代編

 久々に手のかかる内容だけに、書く前からいろいろとうんざりした気分になります。さすがにこういうものは週末じゃないと書く気が起きないので、頑張ってまとめてみようと思います。

 以前に書いた「クレヨンしんちゃん、モーレツ大人帝国の逆襲の私的解釈」の記事の中で私は、「もしその瞬間が楽しい時間であるのであれば、敢えてその時間を停止をさせることでずっと楽しくいられるのでは」という解釈を主張しました。この時間を停止させるという意味は言うなれば時間を進めさせないこと、つまりは現状を維持するという意味であります。個々人であればそれこそ音楽を聴き続けたり、ゲームをやり続けたりで部分的に時間を停止させるという行為を実行することができますが、これが万博のあった高度経済成長時代のように、集団における社会の時間を停止させるとなるとほとんど夢物語になってしまいます。

 しかしこの解釈は後付ですが、敢えてそのように時間を停止させるよう、もしくは進めさせないようにした時代が全くなかったわけではありません。恐らく世界中どこでも多少なりともそういった時代はありましたが、日本の中で言えばその時代というのも江戸時代です。

 私が説明するまでもなく江戸時代というのは羽柴秀吉が農民から武士になることが出来た戦国時代とは違って、基本的には身分制社会でほとんどの日本人は生まれた時点でその後のライフコースが定まっていました。このような社会になったのは当時の支配者階級であった武士のトップに当たる幕府がその設立初期に厳しく法制化し、またそのような社会を幕藩体制化において定着させたからであります。
 この身分制社会こと封建制社会の特徴は何かと言うと、やはり一番に大きいのは社会変動がほとんど起こらない点にあります。それこそ福沢諭吉が目の敵にしたくらい、いくら才能があろうとなかろうと身分によって割り振られる仕事や役職はあらかじめ決まっており、自然災害や転封などといった小規模な変動はあっても、現代と比べるなら江戸時代の日々というのは非常に変化が小さく、個人が感じる時間の流れもずっと緩やかであった世の中だったでしょう。

 とはいえ、そんな江戸時代が必ずしも現代みたいになんでもかんでもめまぐるしく動く世の中に勝っているわけではなく、やはりこの時代にはこの時代なりの弊害も数多くありました。
 そんな弊害の中で最も顕著なのは、社会学士がこんな使い方しちゃ本当はいけないんだけど、勝ち組と負け組の優劣の差です。江戸時代において上級武士は週休六日くらいの勤務でたくさんの俸禄がもらえていたのに対し、下級武士や農民は安月給で毎日飲まず食わずの生活を強いられていました。またそんな苦しい生活を抜け出そうとしても出世、転職する機会は彼らに全くなく、先ほど挙げた福沢諭吉の父親のようにどれだけ頭がよかったとしても負け組みから抜け出すことが出来なかったそうです。

 ここまで読んでもらっていればもう気づかれるかもしれませんが、私はこの記事の中で、「社会変動=時間の進行」と定義して先ほどから説明しております。今回の記事は社会単位というマクロな視点での時間の速度について解説していますが、私は個人単位のミクロな視点での時間の速度もひっくるめ、人間が時間が流れたと感じるのは物事や対象が変化したと認識した瞬間だと考えております。この記事で言えば江戸時代のように社会変動の少ない時代では人間は時間がゆっくりと過ぎていくと感じるのに対し、現代のように大ブレイクした芸人がすぐに一発屋として次々と消えてなくなるほど社会変動が多い時代だと、現代人は時間の流れを早いと感じるのではないかと考えています。

 このまま一本にまとめて記事にしようかと思いましたが、内容をやや飛ばし気味に書いているので一旦ここで区切り、次回の記事で現代の社会が如何に社会変動が激しいかを江戸時代と比較しようと思います。
 それにしても、なんかこの記事書いてたら胃が痛くなってきました。もう少し自分の中で整理してから書けばよかったかもと後悔半分、ひとまず片は付けたと安心半分です。

2009年9月5日土曜日

内部進学についておもうこと

中高一貫九段校で1割が高校段階進まず 転学勧められる(朝日新聞)

 上記のリンクは今日の夕刊に掲載されたニュースですが概要を説明すると、区立九段中等教育学校にて中学段階を終えた生徒のうち、全生徒の約一割に当たる18人の生徒が付属の高校に進学せず他の高校に進学していたことを報じているニュースです。
 この区立九段中学というのは公立学校のレベルアップを目的に中高一貫教育制度の学校として2006年に開校した学校なのですが、学校側の説明によると今回明らかになった内部進学しないで他校に進学した生徒たちは学力面や態度などに問題があると学校側が判断し、去年の中学三年の段階で保護者を交えて面接して外部進学を勧めたそうです。この事実に対して夕刊に寄稿している国際基督教大学の藤田英典教授は学校側の対応を批判し、問題のある生徒を最後まで面倒を見ずに外に放り出して学校側の責任放棄でしかないと述べていますが、私はというとこのケースでは生徒に外部進学を勧めた学校側の判断を支持します。

 記事によると外部進学を勧められた生徒らは授業中にノートを取らなかったり、学校が求める補習に参加しなかったりなど学習面で問題があり、高校での授業についていけず進学しても留年する可能性が高いとして学校側は外部進学を勧めたそうです。まだノートを取らなかったことについては私もほとんど取らないことで有名だったのでそれほど気にしませんが、参加するよう求められた補習にも参加せず成績が振るわないのであれば外部進学を勧めた学校の判断も適当かと思います。先ほどの藤田教授は責任放棄と学校側を批判していますが、補習などを組んでも生徒が参加しないのであれば責任もなにもあったものじゃないでしょう。

 また私は私立の中高一貫校に通っておりましたが、やはり私の学校でも高校に内部進学したものの高校での授業についてこれず、最終的には追試やら何やらをこなして卒業にこぎつけたものの在学中にずっと成績面で悩んでいた同級生を何人か見ております。そうした同級生を見てきた私からすると、無理してレベルの高い学校に通い続けるくらいならある程度自分のレベルに合った学校で授業を受けるのが生徒らにとって一番いいのではないかと思います。
 特に最近は高校での勉強についていけず、途中で転校するならまだしもそのまま退学して引きこもりになってしまう子供たちが社会問題化しております。そうならない前に身の丈にあった学校を勧めるというのは結構酷な役割ではあるものの、それも教師の仕事の内だと私は考えます。

 なおこの区立九段中学については、私は生徒の選抜方法にも大きな問題があった気がします。この学校は公立の中高一貫校ということで当初より注目が集まっていたのですが、募集する生徒数はこの学校のある千代田区民の「区民枠」と区民以外の都民である「都民枠」の二枠に分け、それぞれ80人ずつの計160人を募集したところ前者の入学者選抜の倍率が1.7倍に対して後者は10.0倍だったそうです。そして案の定と言うか、今回高校に進学しなかった18人の生徒のうち16人が区民枠の出身だったそうです。

 これはこの前に友人から借りた三浦展氏の「下流大学が日本を滅ぼす!」(ベスト新書)にて書かれていますが、現在の私大における入学者の約半分は指定校推薦枠、付属高校からの内部進学、面接などで決まるAO入試など学力試験を行わずに入学する者で占められるそうです。それでこちらも案の定と言うか、学力試験を伴う一般入試選抜に合格してきた入学者に対して先の入学者たちは留年率などが高い傾向がはっきりと出ており、前に一回私もこのブログで書いたと思いますがAO入試については廃止する大学が近年増えてきております。

 私の経験からしても、高度な授業を受けるにはやはりそれ相応の学力や知識が必要になります。逆を言えばそうした学力がないのに授業がハードな大学や高校に入学するのはその学生や生徒にとって不幸を生むだけで、そんな不幸をわざわざ生まないためにもきちんとした選抜方法でもって学校は入学者を選ばなければならないと思います。
 今回の区立九段中学については言うまでもなく、区民枠を80人も取ったというのがそもそもの問題だったと思います。といっても、この学校は出来たばっかだからあれこれ言うのも野暮ですが。

 なお私は大学は一般入試を経て入学しました。進学したのは関西で唯一受けた大学でしたが、関東より関西の大学の方が国語の古文は難しいとうわさには聞いていましたが、あまりの難しさに試験中に目を丸くしたのを今でも覚えています。いやでも、ほんと受かってよかったよ(〃´o`)=3 フゥ

2009年9月4日金曜日

電気自転車への憧れ

 先月の夏休み中、広島に左遷されたうちの親父を慰めるために中国の大連へ一緒に旅行してきましたが、その際に私が心底中国人がうらやましいと思うあるものと再会することが出来ました。

「おう祐、ありゃなんや?」
「何や親父、見て分からんか。ありゃ電気自転車や」

 これは現在連載中の留学記の本文(2006年製作)にも書いているのですが、中国での主な個人用の乗り物は90年初期までは自転車で、私らより上の世代であればかつての中国の二つ名が「自転車大国」であったことが記憶にあると思います。それが2000年に入ってからは個人でも自動車が所有しやすくなり、現在では世界で一番自動車販売台数を計上するほどの自動車大国となったのですが、その過程たるややはりいびつなモータリゼーションの進化を遂げております。

 通常、というより日本やアメリカのモータリゼーションは、

・徒歩→自転車→オートバイク→自動車

 というように変化していったのですが、中国はこの進化の過程でオートバイクをすっ飛ばして一挙に自転車から自動車へと発展してしまい、そのせいで交通法規やドライバーのマナーなどが置き去りになったままで、自動車大国の一方で交通事故大国という汚名も持つこととなりました。また自動車を購入できる高所得層はあまり影響がないものの、購入することの出来ない下位層は一方的に交通事故の弊害を受けるだけとなっているのが現状です。
 ともかくこのように非常にテンポの速い進化をした中国ですが、その過程で日本にはないある乗り物への進化の分岐が起きています。その分岐というのが表題にある、電気自転車です。

 近年のうちに中国を訪問したことのある方ならみんな記憶していると思いますが、中国の街ではそこらかしこで漕いでもいないのにスーっと独りでに走る自転車がよく走っています。あれはどれもモーターを動力とした電動自転車ならぬ電気自転車で、それこそレバーやスイッチ一つで充電してさえあればいくらでも前に自走してくれます。
 日本では最近になって街中でもよく電動自転車を見かけるようになりましたが、中国では日本でこれらが普及する以前から自動車にあまり乗れない市民が電気自転車をよく買い、現在においても普及度の高い乗り物として日々使われているのです。

 このブログを長く見てもらっている方ならわかるでしょうが、私も趣味としてよく自転車に乗っております。それだけにこうした自走する中国の電気自転車が非常にうらやましくて、使い方次第で非常に面白い乗り方が出来るのではと思い、実は先月から内緒でカタログとか調べていました。
 しかしかねてから親父に、日本では面倒な規則が非常に多くてあまり自由にこうしたものは作られていないと聞いてはいましたが、改めて調べてみると親父の言うとおりでどれも半端な代物ばかりで購入計画を今回は見送ることにしました。

 どういった点が半端なのかと言うと、さっきから文章中で敢えて、「日本の電動自転車」と「中国の電気自転車」と表現を分けていましたが、日本のモーターを組み込んだ自転車は基本的に走行を補助することしかできず、中国の電気自転車みたいに運転者がペダルを漕がずとも自走することは出来ないそうです。しかもその走行を補助する範囲が時速20kmくらいまでで、普段の走行速度が平均で25kmある私にすればモーターの分だけ車両が重くなるだけにしかなりません。

 親父によるともしモーター付きの自転車が自走できてしまうと、法律上で「原動機付き自転車」という扱いになってしまうため、原付免許が必要になるやら安全基準での規制を守れないとかで事実上販売することは不可能に近いようです。昔ヤマハが一回だけこうしたものを作ったそうですが、やっぱり軌道に乗らず失敗したとも言っていました。

 なにもこうした電気自転車に限らず、中国では実はもう一つ、こちらは日本だとほぼ全く見ることの出来ない乗り物があります。その乗り物と言うのも、オートバイクならぬモーターバイクです。
 このモーターバイクというのは日本で通常見られるバイクがエンジンを動力にしているのに対して、ハイブリッドエンジンの四輪車の始動時に使われるようなモーターを動力にしております。そのためオートバイクと違って音が出ず、かつ始動時もプリウスみたいに非常に滑らかに速度調整もスムーズに決まります。今回の大連への旅行ではスクーター型のモーターバイクを近くで見たのですが、乗り心地も良さそうだったし30万円くらいならぜひとも欲しくなるような乗り物でした。

 例によって随分と前置きが長くなりましたが、結論を述べると私はこうした変な規制を取っ払ってこのような乗り物を日本にもどんどんと普及させるべきだと思います。決して私の趣味のためじゃなく。
 というのも先にも述べたとおりにモーターバイクは騒音がせず、かつこの前三菱自動車が出した「i-MIEV」みたいに100%電力で動くので走行中にはCO2を全く出しません。しかも使用目的や範囲がそれこそ日常の買い物などの移動であるのであれば、一人乗りという形状や仕様、エネルギーバランスからも非常に日本に合った乗り物ではないかと思うからです。

 近年日本の自動車市場ではセダンが売れずに軽自動車やコンパクトカーばかりが売れていますが、こうした傾向について今日の記事によく出てくるうちの親父は、

「小型の車が道路幅の狭い日本の風土に合っているからだろう」

 と述べていますが、私もまさにその通りだと思います。
 更にいうなれば、もっと小さくとも体力を消費せず、かつ中距離を移動できる乗り物があればもっとそちらに乗り換える要素があるのではないかとすら思います。そういう可能性を探る上で、もう少し国はこの方面の規制とかどうにかしてもらいたいのが私の本音です。

 第一、原付の速度制限が30kmなのに誰も守っちゃいないんだし。私なんて自転車でも普通に30km超えて走ってたりするし。

2009年9月3日木曜日

景気の二番底は起こるのか?

 最近ほとんど経済系の記事を書いていないので、ちょっと補充分とばかりに投下しておきます。

 昨日今日と株価は下がりましたがそれでもなお現在日経平均株価は一万円台を維持しており、一時期は七千円台にまで落ち込んだことを考えると随分と復調しており、選挙中も自民党の麻生総裁が何度も主張していたように多くの人も景気も大分回復しつつあると思っているかもしれません。しかし結論から言うと私と私の友人は未だ景気が回復したとは言えず、今の株価も仮初めの、というよりは実態に即していない上昇振りを見せていて手を付けるには非常に危険な状態ではないかという見方をしております。

 我々がなぜこのように考えるのかというと、確かに株価だけを見れば最悪期から随分と回復したように見えるもののその他の判断材料がどれも先行きが暗く、今以上に景気が悪化するのではないかとうかがわせるような傾向しか見せていないからです。一つ一つ例を挙げていくと、まず最も顕著なのは小売業界の今年上半期における売り上げの低さです。この前心斎橋のそごうが閉店をしましたが、そごうに限らず百貨店はどこも現在経営が苦しく、百貨店ほど店舗規模が大きくない大型スーパーもどこも苦戦が続いており、なおかつ広範囲に広がっている小売店の中で最小単位ともいうべきコンビニにおいてもこれまで一貫して成長を続けてきたのが去年辺りから売り上げの低下が起こり、なおかつ見切り品の販売がセブンイレブンで認められたのでこれからもっとこの傾向に拍車がかかることが予想されます。

 小売業界というのは最終的な消費者である個人が商品を購入する場面であるため、植物で言うのなら言わば根っこにあたる部分です。この業界が不振では木全体が成長を望めるわけでなく、今後の景気を見極めるうえで現状はあまりいい状態とは言えません。
 その上消費者単体で見ても、七月の失業率が過去最低の5.7%を記録しております。日本の統計は非常にいい加減でこの失業率も求職者の内から算定されないので実際には低く見積もられており、恐らく実数的には10%くらいにまで日本の失業率は上昇していると私は見ております。先ほど小売業界が植物の根っこに当たるのであればその根っこに水を与えるのはまさにこの消費者で、その消費者自身が賃金を得られない失業状態にあればこれまた植物に水を与えられないのも同然で、こちらでも今後の景気を見るうえで現状はあまりよくありません。

 それにも関わらず、どうして株価は上昇しているのだと疑問に思う方も恐らくおられると思います。それは単純に言ってしまえば、去年から麻生政権が無駄なバラマキを続けてきたからだと友人が教えてくれました。いくら無駄なバラマキと言えどもさすがに数十兆円ものお金がばら撒かれれば全体での景気は良くなるものの、それは所詮はバラマキ(借金)が行われている間だけであって、そのバラマキが底辺の雇用や新産業の育成につながらないのであればすべて無駄に終わるとのことで、言われて私もその通りだと思いました。

 実際に過去にも日本は、バブル崩壊直後にもまさにそのような状況を体験しております。崩壊直後に大きく下がった株価が政府の積極的な財政によって一時は大きく盛り返したものの、結局それは一時的なものに終わってその後「景気の二番底」とも言うほど再び株価は大きく下がり、その後十年近くも一時的に上昇した株価を一度も追い抜くことがなかったそうです。
 現在のイギリスは日本と同じく株価が最悪期を脱したものの、政府はまさにこの日本の二番煎じを踏むものかとこの景気の二番底に対して非常に警戒をして対策を練っているそうです。

 ではこの景気の二番底は日本にも起こるのかと言えば、私はやはり先ほどの失業率などのデータを見ると起こる可能性が高いと見ております。今回の世界的大不況は不動産バブルという原因からその後の傾向まで日本のバブル崩壊と非常に酷似しており、今後を予想する上では何よりも当時の情報が参考に足ると考えております。
 私もそれほど強く言える身分ではないものの、すでに20年近く前の話ですが今でこそあのバブル崩壊についてあれこれ日本人は検証して、今後の対策を考えるべきでしょう。そして景気の二番底に対しても、「まだ慌てるような時間じゃない(*゚▽゚)ノ」としっかり腹を据えて冷静に対処することが一番だと思います。

日本漫画キャラ傑作選~亀仙人~

 数ある魅力的なキャラクターが登場する「ドラゴンボール」において、私が最も好きなキャラクターはと言われれば亀仙人をまず第一に挙げます。ピッコロさんも捨て難いけど。
 別にドラゴンボールに限るわけじゃなく、どの漫画作品でも主人公らからちょっと距離を置いて見守り助言する後見人とも言うべきキャラクターは非常に貴重でもあり、かつ物語を盛り上げる上で重要な存在だと私は考えております。その中でも白眉とも言うべき、かつ他の作品においてもこの手のキャラにおける一種のオリジナルパターンになったのがこの亀仙人だと私は思います。

 作中の詳しい亀仙人の活躍はここで細々説明しませんが、武天老師と言われながらも普段はスケベジジイそのままの行動と発言で、そのくせ実力は物語初期においては最強というものだから当初からそのギャップに強く引きつけられました。確かこれは「ヘルシング」の作者である平野耕太氏がイラストとともに、スケベジジイというキャラクターを確立させたのは亀仙人だろうとコメントしていましたがまさにその通りでしょう。

 そんな亀仙人ですが、子供の頃はそうでもなかったけど年を取ってから読み返してみて当時とは違った見方になった場面として、ピッコロ大魔王との直接対決のシーンがあります。
 この場面では悟空が死んだと勘違いし、最早ピッコロ代魔王を止められるのは魔封波を使える自分だけだと天津飯とともに向かいますが、それでももし自分が敗北した時のために戦闘の直前に麻酔薬で天津飯を動けなくさせた上で亀仙人は一人で挑みます。

 この悲壮な決意もむなしく結果的には亀仙人は敗北してしまいますが、その姿は物語り当初にあったスケベジジイの姿は一切なく、後事を若者に託した上で自分の命と引き換えにしてでも戦いを挑んで死亡する顛末は今こうして読み返すといろいろな思いが湧いてきます。

 このピッコロ大魔王戦の後は亀仙人には目立った活躍はなくなりますが、個人的に今思うとすばらしい演出だったと思うのはアニメ版のドラゴンボールの演出で、アニメの次回予告時のナレーションは代々の亀仙人役の声優が勤めていました。改めて考えるとドラゴンボールの次回予告ほど未だにはっきり覚えている予告シーンはなく、なんでそれほど印象が強かったのかと言えば予告のナレーションが亀仙人という後見役とも言うべきキャラクターの声優だったからではないかと今思います。

2009年9月2日水曜日

出版業界の値段に関する慣習

 今現在、私が一番ハマっている漫画は何かというと、ヤングジャンプにて連載している岡本倫氏の「ノノノノ」という漫画です。前にもこの「ノノノノ」は一回取り挙げたことがありますが、岡本倫氏の前作「エルフェンリート」に負けず劣らず読者の期待をことごとくいい意味で裏切ってくれる内容で、なおかつ昨今の漫画にしては非常に展開のテンポが良いのでまだ読んだことがない人にも自信を持ってお勧めできる漫画です。なお最新刊の7巻はいろんな意味ですごい内容でした。

 そんな「ノノノノ」の最新刊の巻末の作者コメントにおいて、ちょっと気になる内容が書かれていたのでここで紹介しようと思います。全文を引用するのなんなので内容だけを抜粋すると、今回の7巻はこれまでの単行本と比べて一話多く収録したそうです。なんでも話の展開上区切りが良かったのでこのようにしたそうなのですが、作者の岡本氏が言うには単行本のページ数を増やした場合はその分本の値段も上げなければいけないそうなのですが、仮にそうやって単行本の値段を上げた場合、次の巻からページ数を元に戻しても値段を下げることが出来ないのがきまりになっているそうなのです。
 そのため岡本氏はいろいろ悩んだ挙句、これまでの単行本では一ページ目にカラーのイラストページを挟んでいるのですが、それを今回取っ払うことでこれまでのお値段据え置きでページ数を増やしたそうです。

 この作者の岡本氏は男性ですが、かねてより妙に謙虚なコメントの中にさりげなく「貧乏で○○が買えません」などと混ぜてはよく作者萌えする人だと言われていましたが、今回のコメントでもやっぱり読者のことをいろいろ考えている人なのだと改めて感心しました。ちゃんと私みたいに単行本読者のことも考えてあれこれ気を回すなんて、普通の作家じゃまずやらないでしょう。

 ただこうした岡本氏の配慮の一方、個人的に気になったのが出版社の妙な決まりごとです。あまりこの業界に詳しくないのに言うのもなんですが、ページ数を増やした場合に値段を上げるというのはまだわかるにしても、一度値段を上げたら元のページ数に戻しても値段を下げることが出来ないというのは私の常識ではちょっと理解できません。
 実際に本屋を周って見ているといくつかの漫画ではまさにその通りとも言うくらいに、以前と値段は一切変わっていないにも関わらず巻数を重ねるごとに大幅にページが減っている単行本を見かけたりします。いくつか例を挙げると、藤島康介氏の「ああっ、女神様」と岩明均氏の「ヒストリエ」です。特に「ヒストリエ」に至っては4巻くらいから急激にページ数が減少したのでびっくりして、それまで単行本を買い続けていましたが馬鹿馬鹿しくなってそれ以降は買うのをやめてしまいました。

 どうして一度の値上げ後に値下げができないかについて私の友人は、恐らく「再販制度」が影響しているのではないかと教えてくれましたが、値段を小幅に動かすことすらできず、しかも一方通行な値上げしかできない出版社の慣習だか制度にはそれが存在すること自体に私は呆れてしまいます。また先ほどに挙げたページ数が減っているのに値段が変わらない二つの漫画については別の友人が、恐らくそれでも売れるほどの人気作だから通用するのだろうと感想を述べましたが、私からするとそんな売り方をしていて出版社は商売人として恥ずかしくないのかとすら思えます。

 私が以前にアルバイトをしていた喫茶店でマスターの奥さんから何度も聞かされた言葉としてこんなものがあります。

「曲がりなりにもお客様からお金を頂くのだから決して、一杯のコーヒーでも手を抜いてお出ししてはいけないし、体調が悪かろうが忙しかろうがもてなす側はそれを理由に接客の態度を怠っては駄目よ」

 確かに漫画家は当たればでかいものの売れなければ非常に苦しい生活を強いられるということはよく聞いており、それでも売れるのだったらページ数を多少減らしてもいいのではないかという意見が全く理解できないわけではありません。しかしそれでも読んでくれる読者がいて、漫画家はその読者に支えられる立場であることを考えると私はやっぱりそうした売り方に対しては好ましくないものだと考えます。
 それだけに「ノノノノ」の最新刊にて値段を上げず、話を区切りよく終えようと気を回してくれた作者の岡本倫氏にはいろんな意味で頭が下がります。

 私のこの「陽月秘話」もネットにさえ繋がっていればいくらでも無料で見れる一ブログではありますが、せっかく時間を使って見に来てくれるのだから読者の方には可能な限り質の高い情報や内容をお見せできるように日々意識しております。こうした価値観を持つようになったのはやはり喫茶店でのアルバイト経験があったからこそで、こう思うにつけ人間の出会いが本当に重要だと感じます。そういっておきながら、誤字が多いのはなかなか直らないのですが。