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2008年7月10日木曜日

グローバリズムによる弊害

 コメント欄に質問がきたので、今日はちょっと気合入れた内容を取り扱います。その内容というのも、グローバリズムの弊害についてです。

 この問題については私と友人のツッチー、二人の恩師のK先生が詳しく取り上げていた内容で、その影響もあって今じゃ私は立派なアンチグローバリストです。前回にも書きましたが、日本ではグローバリズムは肯定的にしか使われないので、「何でアンチグローバルなの?」と疑問に思われることが多いのですが、グローバリズムというのは一見すると、世界中がつながりあえる、平和的な発達と取られがちですが、実際には経済的な概念が強く、その内実も搾取とも取られかねないものです。

 このグローバリズムの弊害がもっとも事件化したのは、多分日本人はほとんど知らないでしょうが、90年代末に起きた「アジア通貨危機」です。この事件の中身はウィキペディアかなんかで見ると早いのですが、一番生々しい話が身近で聞きたいというのなら、韓国人留学生に話を聞くのがいいと思います。
 簡単に話のあらましをすると、タイの通貨であるバーツは今の人民元レートみたくドルと連動した固定相場でした。そんな中、折悪くもドルの値段が上がり、それに伴ってバーツの通貨価格もどんどん上昇してきました。これに目をつけたのがアメリカのヘッジファンドたちで、簡単に言うと彼らはどんどんバーツを買っていき、みんなが買うもんだからバーツの値段もさらにどんどん上昇していき、あるところまで高くなったところで、一気に書いためたバーツを売り払ったのです。ちなみに、値段が上昇していく過程は今の原油高と同じです。

 その結果何が起こったかというと、一ドル当たりのバーツの値段が急落し、それによってタイの株式の価格もドル換算で一気に低下し、通貨の信用不安が起こりました。これも簡単に言うと今の原油高みたいなもんで、どんどん原油の値段が高くなって売れなくなったところで、一気に値段が下がって売っても儲からなくなって、さらに追い詰められるようなもんです、強引なたとえだけど。
 そしてこの信用不安はタイだけにとどまらず日本を除くアジア各国に波及し、韓国に至っては、現在も続く経済問題のすべての原因となっています。

 このように、今では何十兆円という資金がパソコンを通してボタン一つで動くようになりました。ミクロな話をすれば、いきなりヘッジファンドが株式を購入することによってその企業に十兆円あげるから、これを使って大きな工場を建ててもっと儲けなよと言い、それを信じた企業が工場を建築すると、いきなり「今の話はなしね」といって、株式を一気に売り、その十兆円を再び持ち去ってしまい、あとには工場を作る費用の借金だけ残るということも、大いに起こりうる話です。

 また多国籍企業の問題も、このグローバリズムとは切っても切れない関係です。この前なんてアメリカのウォールマートが国際条約で禁止されている児童労働を南米で行っていると非難されたら、「彼らは自主的に、ボランティアで我々の仕事を手伝っている。それに対して、我々は彼らにおこづかいをやっているだけだ」と言い訳していました。このように、本国では違法な労働でも他国では平然と行われ、その結果他国の経済格差を広げ、混乱を引き起こすと言われています。中には、「それでも仕事を与えてやっているじゃないか」という人もいますが、それは明らかな詭弁です。言ってしまえば、大きなスーパーがその地域になければ、小さな商店でもそれぞれやっていくことができ、雇用だって大きな差は起きません。仕事を与えるからといって、その国の人間を奴隷のごとく働かせる理由にはなりません。

 このように、書き出したら延々と続く内容なので、続きはまたおいおい書いていきます。ひとまず、これらのグローバリズムの弊害を読み解くのにいい本として、少し古い本ですが、内橋克人氏の「悪夢のサイクル」(文芸春秋社)をおすすめします。文字通り、この問題に理解を広げていないと、日本の学生は世界の流行から取り残されると思います。

2008年7月9日水曜日

洞爺湖サミットについて

 今日はちょっと気合の入るネタを書こうとしていたところ、デスクトップのパソコンがネットにつながらなくなり、しょうがなくこのノートパソコンで書いている始末なので短いネタを扱います。それにしても、また怒鳴って声が枯れちゃったな。

 さて今日で洞爺湖サミットは終了しましたが、私の評価は全くの無価値です。環境についてあれこれ話すとか言ってた割には具体的な目標がアメリカの反対によって何も決まらず、挙句の果てに拉致問題も言及こそしたものの、あまり大きな議題にならず拉致家族の会同様に残念な結果に終わったと思います。

 それよりも、以前にも書いた「日本語にならないアンチ・グローバリゼーション」でも触れた、反グローバリズムの概念がまたも取り上げられませんでした。一部のメディアではそのような反グローバリゼーション団体によるサミット妨害の懸念が取り上げられましたが、その運動内容や精神については誰も何も解説してませんでした。さすがに、今回は日本でやるんだから多少は報道されるんだろうと思ってましたが、個人的に一番残念な点です。

2008年7月8日火曜日

最近の近況

 涼しいので、今日はもう一本書きます。私の近況です。

 もともと、私は英語が大嫌いで、あのセンテンスの魂のなさといい、それで反発とばかりに中国語に執心していたところもあったのですが、現在はとある理由で毎日英文のメールを打っています。もちろん、自発的にじゃないですよ。こういうのもなんですが、すごい私にとって苦しいです。これならまだロシア語を無理やり勉強させられる方がマシ、ってか逆にロシア語は大好きなんだけどね。

 このところの週末には何故だか高校時代に知り合った人間とばかり会っています。ここで書くのもなんですが、清流派か濁流派かを二者択一的に言うなら、確実に私は清流派の人間で、友人も比較的おとなしい人間を選びがちです。その影響なのか、このところ会っている友人を思い浮かべると、非常に自分の好みのタイプを体現しているおとなしい人間ばかりです。そりゃまぁ、濁流派の友人もいることはいるけど。

 ちなみにこの清流派と濁流派の話で、三国志の英雄である曹操は濁流派ではあるが、彼の参謀の荀彧は清流派の代表格で、曹操ではなく彼を慕って数多の清流派の人間が曹操の下に集まり、彼は天下を取る事ができたという評論がありましたが、なるほどと私もそう思いました。かといって曹操も、現代に残るほど中国古代詩を残しており(古代詩は曹操親子で以って完成されたとされる)、全く濁流一辺倒というわけではないですが。

「利益分配」の時代から「負担分配」の時代へ

 もう三日も続けて田原総一朗氏の講演内容をやっていますが、多分今日当たりが最期の話で、一日目に話した内容の復習です。

 田原氏は、高度経済成長の頃は日本が得た利益を如何に分配するかが主な政治課題で、そのために「バラ撒き財政」の仕方に長けた人間ほど政治家の資質があった時代と評した上で、もうあの頃以上に成長が望めない、それどころか少子化のため逆に経済力が下がる可能性の方が高い現代では、誰がどれだけ社会の負担を抱えるか、「負担分配」を考えなければならない時代だと述べました。
 その上で年々上がる社会保障や取り沙汰される消費税の増税議論についても、しっかりと国民を含めて考えねばならないとし、今の政治家にはその負担の分配理由をきちんと説明できる資質が問われると断言しました。

 この田原氏の意見について、私も基本的に同意見です。それこそ消費税が二桁に増税するとしても、結果的に今の子供たちの世代の負担が軽くなるというのなら、甘んじて高い税金を受けるつもりです。しかし現状では上げた分の税金が効率的に使われる可能性が低いため、ただ財政難だから税金を上げるという理由だけでは賛成しかねる立場です。テレビなどでも多くのコメンテーターが述べてますが、税金を上げる前にすることがある、つまり予算の無駄使いをまず国からやめてもらわなければとても国民の側としては承服しかねます。田原氏も、まずは国が血を流さねばならないとして、自分の見積もりとして国家公務員はあと10万人はリストラできるとまで言いました。具体的な数字は別として、社保庁の問題からしていらない公務員の首切りは今すぐにでも必要な処置だと私も感じます。

 こっから別ネタになるのですが、この田原氏の話を聞いた際に思い出したのが、数ヶ月前の文芸春秋の記事でした。その記事の内容というのも、豊臣政権から徳川政権への移り変わりの話で、豊臣政権では朝鮮半島に侵攻するなど、あくまで収入を大きくするための拡張路線を採ったのに対して徳川政権では、今ある収入、要は日本国内の全石高の中で、如何に皆で耐え忍んで食っていくかを考える、持久力をもつ路線を採ったと書かれていました。江戸時代は確かに何度かの新田開発を経て石高は上昇したものの、領地という点ではほんの少しも広がりませんでした。土地がすべての資本であったあの時代、これは成長が全く見込めないも同然です。そのために徳川政権は大名や武士の身分を固定し、外国との交流を閉じるといった政策を採り、結果的に二百年以上に及ぶ長い統治に成功したのだろうと、その記事にはまとめられていました。

 ここまで話せばわかると思いますが、田原氏の言う「負担分配」の時代に必要な政策モデルに当たるのが、まさにこの徳川政権の政策だと私は思いました。成長はないが、持続できる社会。それは人口抑制かもしれませんし共産制かもしれません。ですが、こういった観点で議論を行えば、何かしら新たないいアイデアも生まれるのではないかと期待しております。

2008年7月7日月曜日

田原総一朗が評価する政治家

 昨日に引き続き、田原総一朗氏の話です。

 昨日は田原氏の講演の後、この地域の候補者であるさいとう健氏との対談時間も設けられていました。ちなみにさっきコメントにも書きましたが、国家公務員である官僚が選挙に打って出るというのは非常に覚悟のいることなのです。というのも、公務員は規定により、選挙に立候補した時点で当落にかかわらず職を辞さねばならないからです。それこそただ黙って安穏と過ごしていれば安定した生活が保障されるにもかかわらず、勝てるかどうかわからない選挙に官僚が出るというのその点だけでも評価に値すると思っています。ちなみにさいとう健氏も言っていましたが、公務員は「失業保険」には入っていないので、選挙で落選してから文字通り無収入になったらしいです。

 話は戻りますが、その対談の際にさいとう健氏から、田原氏が今までに評価した政治家というのはどんな人かという質問がありました。その質問に対してすぐに田原氏が挙げてきたのは、あの岸信介でした。
「あの安保改定の際、私も反対するデモに加わっていましたがね」
 と前置きした後、吉田茂が最初に結んだ日米安保条約というのはアメリカが日本を守る義務がなく、しかも日本側に何の相談もなく日本国内に基地を建設する権利がありました。それを岸信介は有事の際に日本を守る義務を明記させ、基地の建設においても日本と事前協議することを盛り込むなど、それまでの安保条約からすると画期的な改正を行い、今の日本の繁栄に貢献したと評価していました。
 その上で田原氏は、恐らく岸は安保改定を行った後、憲法改正も行う予定だったと言っていました。もっとも世論の強い反対の元に辞任を余儀なくされ、その孫の安倍晋三が祖父の仇とばかりに改正を図ったものの、こっちも討ち死にあったとまとめました。

 そして最期に、なぜ岸がもっとも偉大なのかで、戦前に東条内閣を倒閣させたのはほかでもなくこの岸であることを指摘しました。この事実は私も知っており、東条内閣に閣僚として岸は名を連ねていましたが、戦局の悪化と事態の打開を図るため、閣僚である自分が東条に対し、閣内不一致を脅迫材料として退陣を迫ったといいます。詳しい経過はウィキペディアでも確認できますが、東条内閣を倒した岸がその後にA級戦犯になったのはこれまた皮肉な結果でしょう。

 この岸の次に田原氏が挙げたのは、まぁ大体予想がついてましたが田中角栄氏でした。田原氏によると、田中氏は常々、「福田赳夫は30いくつもの団体に加盟している。それに対して私はたった二つの団体しかない。新潟県人会と、小学校の同窓会だけだ」と言っていたらしく、楽しそうに話していました。

 そして最期に挙げた三人目の政治家は中曽根康弘氏でした。
「今にして思うと、彼は国鉄、電電公社、日本専売公社(今のJT)という、非常に壁の厚い組織の民営化をよくやった」と言い、その手腕と現在のサービスのよくなったJRを誉めるとともに、中曽根氏の行った靖国神社参拝について言及しました。
 なんでも、中曽根氏は靖国参拝を行う前に、あらかじめ中国政府に打診したようなのです。その時の返事は、「我々は靖国参拝を肯定はしないが、否定もしない」という返事だったので、それを確認してから中曽根氏は参拝したものの、予想以上に中国国内で中国国民が反発したせいで中国政府としても非難声明を発表せざるを得なくなったらしいのです。それに対して中曽根氏は、この例を前例として今後は控えるべきだとぴたりと参拝をやめたらしいのですが、その判断の切り替えは早くて正しかったと田原氏は評価しました。逆に、中国に内緒でこそこそと参拝した小泉氏には辛口でしたけど。

2008年7月6日日曜日

田原総一朗に凝視された日

 今日は超々といえるような特ダネをブログに書きます。はっきり言うけどさ、こんなの書いてもいいのかとすら私も思います。
 今日は某所、ってか簡単にわかるのでもう書きますが千葉県流山市で行われた、さいとう健氏と田原総一朗氏の対談会に友人と行ってきました。いつもどおり結論から言わせてもらうと、めちゃくちゃ面白かったです。自分で言うのもなんですが、私は結構生意気な性格をしておりまして、人の講演会に行ってもいっつも、「はっ、知ったかぶりしやがって。俺のが絶対この問題に詳しいはずだ」なんて思っちゃったりするのですが、今回のこの田原総一朗氏は今まであまり番組などよく見ておらずどういった人かなども知らなかったのですが、正直舌を巻きました。話の構成から内容まで、今まで見てきた中でトップクラスに面白い講演会でした。

 今回、この会で田原氏はいきなりえらいネタを披露してくれました。そのネタというのも、何でもこのところ毎年の大学新入生の一割が行方不明になるという話です。なんでも先日に田原氏が東京でいろんな大学の学長達と一同に集まり、その際に出てきた話というのがこれらしいです。このところ大学の新入生は何故だか授業に来ず、かといって実家に帰っているわけでもないらしく、下宿に引きこもっているか、もしくは文字通り行方不明になる学生が増えてきているそうです。この点について田原氏は、単純に日本の若者の力が落ちていると断言しました。

 その次に話したのは日本の政治問題についてです。日本は高度経済成長期の頃は「如何に利益を分配するか」という課題の元に政治が行われていたのですが、現在のように少子高齢化のであの頃ほどの経済成長が望めない時代には逆に、「如何に負担を分配するか」が政治の主な課題となっていると言及していました。
 田原氏はそういうと、単純に日本政府の歳入を約50兆円として、支出は80兆円現在あると説明し、50-80=30の30の部分はどっから今出しているかといい、それは国債、つまり借金から出ていると話し最低でもあと15兆円なければ、借金の返済より増える額が上回り、借金がどんどん増えてしまうと解説しました。ではその15兆円はどこが負担するのか、そういったことを考えて、そしてそれを政治家がきちんと説明責任を果たして国民に納得してもらわねばならない時代が来ていると言い、私もこの意見に非常に同じくします。

 さっきから話が断片的なのが続きますが、なんもメモ取らなかったし、なぜ今の政治がこれだけ混乱して悪循環が続いているのかという点について、それは自民党が官僚頼りに政策を作りすぎるからだと指摘しました。それこそ昔は吉田茂以降の総理大臣で世襲で政治家をやっている人はほとんどいなく、宮沢喜一が初めて世襲政治家の中で戦後初めて総理大臣になったそうです。それまでの大臣はというとやはり元官僚の人間が多く、いわゆる官僚の「政治家を騙す手口」というものがよくわかっており、官僚が自分たちの利権を確保するための政策を持ってきたとしても、「お前、何を言っているんだ」と問題点をすぐ指摘、修正することができたそうです。しかしその後の橋本龍太郎以降の小渕、森、小泉、安倍、福田はすべて世襲の政治家であり、こうした官僚の手口もなにもわからず、彼の言うままに国益を台無しにしていると指摘していました。

 さらに続けて、この「世襲」という制度自体が自民党を駄目にしているとも指摘していました。というのも、自民党は世襲の議員がこのところ候補として選挙に上げられるため、それこそ叩き上げで新たに政治家になろうとする人間が排除される傾向にあるそうです。その例として田原氏が挙げたのは民主党の前原誠二氏と、長妻昭氏です。二人とも官僚出身の民主党議員ですが、政治家へと転身する際、本音としては自民党から選挙に出たかったそうらしいです。事実、この二人の普段からの発言を聞いていると、どっちかというと自民党寄りの政策的発言が多いように私も感じています。しかし彼らのようなやる気のある人間を自民党は世襲候補を贔屓するあまり排除し、しょうがないから民主党から出て議員となり、現在のテレビの討論番組で長妻氏に自民党の若手議員がとっちめられるという、無様な結果を生んでいるとまで言っていました。このように、世襲については終始批判的でした。

 その上で、官僚出身の政治家はこのところ批判が多いものの、彼らだと先ほどに言及した官僚の「政治家を騙す手口」というものが非常によくわかっており、官僚を真にコントロールするには彼らの力の必要だと強く主張し、現在元官僚の政治家などで作られている、「脱藩官僚の会」に大きな期待をしていました。ちなみに、今回の会のもう一人の主役のさいとう健氏も元官僚で、この脱藩官僚の会に所属しています。
 田原氏が言うには、官僚が官僚の世界から飛び出すことによって、彼らの国民を騙す手口が明らかになるという効果があると言います。これについては私も同感であり、外務省と縁を切った鈴木宗男氏によって外務省の問題点が次々と明らかにされた例もあり、今回の話を聞いてなおさらその必要性を感じるようになりました。

 このほかいくらでも面白い内容はあったのですが、これ以上書くとシャレにならないほど長くなるので、もうひとつだけネタを書いておきます。これはさいとう健氏との対談で出た内容でしたが、北朝鮮のテロ国家指定解除の問題について、田原氏は今年二月の時点で読んでいたそうです。その理由というのも、アメリカの権威あるフィルハーモニー楽団が北朝鮮で演奏を行うことを当時に決定したことにあり、これを見て田原氏はアメリカは北朝鮮に本気で譲歩すると読み、見事にそうなりました。逆を言えばその時点で日本政府は拉致問題で国際的に孤立しないように、今年二月から指定解除を行った六月までの間に、アメリカに翻意を促すべきだったと言っていました。具体的な方法としては、拉致問題において最大のタカ派でもある安部晋三元首相を特使として派遣し、北朝鮮問題をこれで片付けたがっているライス国務長官は無視し、まだ迷いのあったブッシュ大統領に掛け合うべきだったと話していました。

 以上のように、なかなかほかでは聞けない話が多くてとてつもなく面白く、二時間という講演時間が非常に短く感じるほどに充実した会でした。このほかの話しは何か関連する話題とともに、今後も折に触れて書き足してゆきます。中には絶対に書けないのもありますが……。
 最期に、今回の記事のタイトルの意味ですが、今回のこの会で集まった人たちというのは、こういうのもなんですが比較的年齢層の高い人ばっかりでした。そんな中で私と友人みたいにえらく若い人間が二人、しかも最前列に座ってたもんだから、公演中の田原氏がずっとこっちを見ていたように思えました。時間にすると約八割くらいじゃないかなぁ、正面とこっちをちらちらと視線を変えてみてましたが、めっちゃ目と目が合ってました。友人も、「こっち見すぎだろ……」って、言ってたし。

 最初の大学生の話のほかにも、いろいろ現代の若者について田原氏は語っていたので、恐らくは、
「君たちに奮起を促したい」
 というような意味での私たちへの視線だったと思います。その期待に応えるよう、これからはサンデープロジェクトを私も見るようにします。

2008年7月5日土曜日

小渕元総理の評価

 結論から言います。私は今の日本の社会問題となっている原因の大半を作ったのは、ほかでもなくこの小渕敬三元総理だと考えています。

 まず前回にも話した派遣業法の拡大についてですが、確かに小泉政権でも派遣業法の拡大が行われましたが、一番決定的な部分である、労働現場、つまり工場などの作業現場への派遣を決定したのはこの小渕政権時でした。
 なんかこう書くと、「あれっ、このまえグッドウィルが摘発されたのは、禁止されている労働現場へ派遣したからじゃなかったっけ?」と考える人もいるかもしれませんが、一応文面上は禁止されているのですが、この小渕政権時の改正によって解釈次第では派遣が可能となったのです。事実、私自身もやめてって言ってたのに、いきなり佐川急便の配送所へ派遣されました、でもって一発で退場。なのでいうなればグッドウィルの摘発は、皆がやっている赤信号での横断をやってたら、何故か一人だけ逮捕されたようなものです。

 さらに、財政赤字の面でも大きな責任があります。90年代、日本の経済政策の中で最大の失敗と呼べるのが、ケインズ主義政策の下で行われた公共事業策、例のばら撒き財政です。この政策の中身は恐らく歴史の時間に中学校で教わった、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領によって行われたニューディール政策と同じで、ダムやら道路を作る公共事業を行い雇用を増やすという財政出動策のことです。すでに経済学上でも、これらの公共事業策は一時的な雇用の安定や経済の回復を促す作用があっても、結果的には何も後に残さないことが証明されています。事実、ルーズベルト時代のニューディール政策では、こうした公共事業の裏で行った銀行への信用政策が効果を発揮したとも言われています。

 しかし、この小渕政権時ではそれまでの政策を引き継ぎ、「景気刺激策」の名の元に国債を大量に発行した上、無駄な道路や建築物へと予算が使われました。こうした結果、一時的に土建屋を潤わせただけで、現在の日本に残ったのは無駄な道路と大量の借金、それに政府の言うように予算を作って無駄な建物を作ってしまい荒廃した地方だけでした。あまり学校などで教えないのでここで説明すると、地方で公民館などを建てる際には地方政府が中央の政府に対して申請し、それを許可した上で「地方交付税交付金」という資金が国から地方へ出されます。これによって、公民館の設立費用の一部は実質国負担で払われるのですが、なにも一年で一気に払うわけではないので、今のように徐々に交付金額を減らされると地方政府が払う毎年の費用が増大し、予算を圧迫していくというわけです。今の地方の予算問題の多くはこれが原因ですが、交付額を減らした中央と、適当な見込みで申請した地方とを比べると、私はやはり地方の側に問題があると考えます。

 よく小泉元総理のことを、格差を広げた大臣という表現がなされますが、これは昔文芸春秋で見た記事の受け売りですが、小泉氏自体は格差を「放置」したのであって、実際に「作った」のは、はっきりと言明してこそなかったものの、小渕氏であると示唆していましたが、まさにその通りだと思います。「放置」するのももちろん悪いけど。

 小渕政権の経済政策が失敗に終わり、確かにいろいろ問題はあったものの、その後の小泉政権での竹中平蔵による不良債権処理によって平成不況がひとまず終わりを告げたのは、それまでの政策の意味のなさを証明するものだったと思います。竹中氏の政策は付随するものにはいくつか問題のあるものがあったものの、ことマクロ経済政策における、銀行対策では非常的を得たものだったと私は考えています。

 にもかかわらず、小渕氏の現在の評価は高いものとされています。はっきり言いますが、彼は無能でした。特にこれといったものを何も残さず、日本の借金を増やしただけです。しかし死に際があんなだったので、情緒深い日本人ゆえに高評価を与えてしまっているのかと思いますが、これはあまりよくない評価だと思います。せいぜい彼が残したものというのは、公明党との連立くらいでしょう。
 しかし私の好きな佐藤優氏は逆に小渕氏を高評価しています。彼が言うんだから、何か実際にすごいんじゃないかなぁと思ったりすることもありますが、それでも私は小渕政権の失政を非難する側でいようと考えています。

  追伸
 You TubeでⅤガンダムの2曲目のED「もう一度THENDERNESS」を聞いてたら、この記事書くのに一時間もかかってしまった。この曲を聴いてた頃を思い出したり、Vガンダムの内容を思い出したりで、えらい涙と鼻水が出てきて書くどころじゃなかったなぁ。