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2019年8月29日木曜日

日本が中国に卸さない戦略物資

 昨夜知人と夕食していましたがその際、「昔と比べて上海で何でも買えるようになったけど、コンソメだけは何故か売ってないよね(ヽ´ω`)」という会話になりました。実際に、今や日系スーパー加え、閉店を土壇場で取りやめた高島屋などに行けば日本の食材や調味料などは簡単に手に入るものの、何故かコンソメスープの素だけは未だにどこも取り扱っていません。
 私も知人も、「野菜とか中途半端に余った時、コンソメあれば全部ぶち込んでまとめて処理できるからいいのにね(*´・ω・)(・ω・`*)ネー」と話すなど、コンソメが中国で売られていない現状を二人で憂いました。何もこの知人に限らず他の日本人ともよくこういうこと話してて、割と私の周りでは日本から大きい箱サイズで毎回買って持ってくるという人が多いです。

 例の韓国のフッ化水素の件でも色々揉めていますが、これだけ日本人が長く住んでて、今や素麺の「揖保乃糸」やカルピスまでよく売られているというのに、全くと言っていいほど取り扱われないコンソメスープの素はもしかしたら、日本政府から戦略物資に指定されててキャッチオール規制に引っかかっているのかもしれません。じゃないとなんで全く上海で売られることがないのか、マジで理解できません。実際におかずの献立戦略的にはコンソメは戦略物資だし。

 ちなみコンソメは手に入らないものの、クノールのカップスープことコーンクリームスープの素は日系スーパー行けばどこでも買えます。が、そのお値段はなんと一箱三袋入りが30元、日本円に換算すると約450円です。しかも今円高で1元=15円だけど、レートが少し変わると簡単に一箱500円を突破したりします。日本で買うと150円くらいなのに、実質三倍超の値段で中国では取引されていることとなります。
 しかもこの値段、不思議なくらいにどこ行っても30元で売られてて、もしやこいつらコーンクリームスープでカルテル結んでるんじゃないかっていうくらい値段がピッタリ同じで地味にむかつきます。むかつきながらも、あれあると真冬の夜とかに飲むと体も温まっていいので、高いと思いつつたまに買っちゃうのですが。

2019年8月27日火曜日

個人の付き合い、集団の付き合い

 八月も後半に入りそろそろ小中高生は夏休みの宿題に泣き始める頃だと思います。ちなみにうちの姉は中学生になっても限界ギリギリまで一切宿題に手を付けない人間で、はっきり言って見ていてなんで反省しないのか不思議でした。自分は何故か最初の方にある程度やって、終盤に残りをやるという変な処理の仕方をしてました。

 話を替えると、中高生の自殺はちょうどこの頃から増えてくるそうです。原因は宿題というわけではなく夏休み明けに学校に復帰することへのストレスとされ、九月一日は毎年自殺者が続出する魔のセプテンバーと勝手に私は称してます。自殺の原因はもちろん色々あるでしょうが、いじめや勉強、部活諸々を含めると、家庭原因んものを除いた場合、広義では学校そのものが自殺の原因であることが大半だと思います。そう考えると、学校というシステム自体を自殺のシステムを構成するとも捉えられるでしょう。
 無論自殺システムの一部だからといって学校をなくせなんていう気はありませんが、ちょっとこの辺で思い出した話があるのでそれを書きます。

 学生時代にある友人が、「大学に入ってからは個人の付き合いになるから楽でいい」と言ったことがありました。どういう意味かと言うと、小学校から高校までは「集団の付き合い」、つまりグループを単位とした付き合い方となり、同じグループ内に多少合わない人間がいたとしてもグループ間の和を保つために我慢してそいつとも付き合わなくてはならないというようなケースが有るということでした。
 実際そのとおりで、グループの範囲は小さいものであれば三人組程度から、大きければクラス単位や学校単位にもなり、やはりそうしたグループ内で浮かないような付き合い方を小中高では求められてきます。それこそグループリーダーと中の悪い人間がいる別グループと付き合うとリーダーに睨まれたりするとか、体験した方も多いのではないかと思います。

 それに対して大学に入るとまずクラス単位という枠組みはなくなります。一応サークルやゼミといった単位は存在しますが、それでも小中高と比べると派閥の拘束力めいたものは弱まり、友人が言ったとおりに単純に自分自身の好みで付き合う人間を選ぶことができ、また距離を置くこともできます。そういう意味では、私や友人みたくグループ単位で付き合いを強制されることに反発を持つ人間からすれば、大学生活は楽しくなるものでしょう。逆にグループ単位の付き合い方に浸かっていた、というより依存していた人間からすれば、大学での人間関係は考え方が変わらないと苦しくなるかもしれません。

 この個人の付き合いと集団の付き合いですが、どっちが交流方法として優れているかというのはないと思います。理想を言えばどちらにも対応できるというのが良いでしょうが、実社会ではやはり企業に属す人間が多いことを考えると、集団の付き合い方ができる方が器用に生きられるかもしれません。
 なお自分は人の好き嫌いがはっきりしていてどちらかと言えば個人の付き合いを重視しますが、現在の職場だと周りが超個人主義のような人間ばかりのため、理由がなければ職場の催事にはとりあえず参加する自分は周りから、「あの部署の人間にしては協調性がある」と言われており、所変われば評価も変わるものだと自分でもびっくりしてます。まぁ自分の場合は協調性以前に、利他主義的精神が確実に異常者レベルで吹っ切れていることのほうが問題だと思いますが。

 ここで最初の話に戻すと、最初の広義での学校が原因となる自殺に関してはやはり集団的付き合いの強制がストレスとなっているという点が大きいのではないかと思う節があります。無論、自殺しない人はそれでも学校に通い続けているのだからそういった学校のシステムに問題があるわけではないのですが、もしそうやって自殺するくらい悩んだり、学校に通うことへのストレスを抱えるというのであれば、個人的付き合い方ができるような学校とかクラスも用意してもいいのではと思います。
 具体的には授業の出席や選択が自由で、まずクラスという概念がない。でもって運動会や体育祭は完全自由参加で強制をなくし、きちんと単位を取らなかったら無事落第という自己責任性なシステムの学校です。まぁ「個人が羽ばたく学校」とか宣伝してても全然そうでもない学校も珍しくないので、どうやって見分けろと言われると困っちゃいますが。

 真面目な話、指導する教師を選ぶというシステムは一般の学校にも欲しいです。自分もそうでしたが教師と生徒は確実に相性があり、合わない教師とだったらやっぱり学問の習熟は悪くなる気がします。また指導力のない教師を淘汰する上でも、教師選択性はどこの学校でも一定度あったほうが良いように思え、そう考えるとクラスという単位自体がやっぱり邪魔な気がします。

2019年8月25日日曜日

氷河期世代にいつ、どうすればよかったのか

 頭痛いので短くまとめると、結局の所何しても無だったのではというのが私の結論です。
 最近また就職氷河期世代に対して社会支援が必要だと政府が動いてきたという報道がありましたが、すでに氷河期世代は40代に突入しており、これからなにか支援したところで果たしてどうなのかと世代的に該当する人からも指摘されていました。じゃあ逆に、いつ、どの段階でどういう支援策をやっていれば良かったのかという見地に立って見ましたが、たとえば今やっている政策を二十年前(2000年以前)にやってたらどうだったのかと言うと、結局意味なく終わったでしょう。

 そう考えるのも、結局雇用するのが企業だからです。企業側とのマッチングや職業訓練を施したとしても、当時の日系企業はリストラの真っ最中で新規雇用は愚か社員のクビを斬りまくっていた時期に当たり、それこそ即戦力な人材がいたとしても雇うのを見送る企業も少なくなかったでしょう。じゃあ景気が少し増しになった2005年頃にやってたらどうかとなれば、その時点で年齢的な足切りというか、どうせ雇うなら若い人間へと動くでしょう。第一、2005年頃も必ずしも内定率が良かったというわけじゃないし。

 もし仮に予算を無視していいのなら、三年くらいの期間雇用で政府や自治体が直接雇用するという政策をなるべく早くやっていた方が良かったのではないかと思います。やる業務としてはなるべく最先端のIT技術や現在不足の激しい電気工事など、雇ったはいいものの脱落者が絶えないような業種などで職業訓練兼雇用を公費で行い、三年後に自立してもらうようなイメージです。たとえこうした一時雇用をしたところで脱落者モデルし三年後に契約切れとなった後は企業に再就職できないものもいるでしょうが、それでも職業訓練を行うことでやらないよりかはやっておいたほうが死ぬ人間は少なく済んだ気がします。

 なんでこんなこと書いたのかと言うと、地味域になるのはリーマンショック直後の世代が今どうなっているのか気になるからです。第二の就職氷河期世代となっているのか、それなりに自立できているのか。前者であればどんな対策が必要なのかを含め少し考えてみたわけです。

2019年8月22日木曜日

GSOMIA破棄前夜の報道について

 何ていうかもう終わってしまった、DeNAのシーズンがと思うくらい負け続けて巨人おめでとうって感じです。まぁカープがもうちょっと頑張るかもしれませんが。

 また昨日からフライマンタを量産する作業(ゲームの「アクシズの脅威V」)を開始したことから今日はブログ書く気ないので、先程友人に問われて返信したSkypeのやりとりを公開します。なおその友人は私が「小錦LOVE」と三回呟いて、三回目でやっと反応してくれました。


友人、21:10
Gsomia、よく知らんが破棄刷るらしいな

21:10
小錦LOVE
ネットの反応見ても誰も予想出来なかったと書いてるな。
破棄しろとは言ったけど、本気で破棄するとは思わなかったという意見ばかりだ。
俺は昨日の外相会談で何も言及がなかったから、50:50くらいと見込んでたけど。
結論から言うと日本はノーダメージ。監視衛星が完備されているからミサイル発射の兆候は全部把握している。
むしろ日本の情報がもれなくなってプラスかもしれん。
あとは明日米国がどう反応するか。あとウォンがどれだけ下がるかが気になる。

友人、21:12
可能性が報道されてからはやかったな

21:12
むしろメディアは破棄しないという希望的観測が強すぎる。
昨日の外相会談で、もし韓国に継続する意思があるなら、
「日本は交換条件になにをするんだ?」くらいの要求があったはずだ。
仮にこの要求に日本が、ホワイト国に戻すと約束したらめっけもん。
何も対価を出さないと返事したら、「日本に協調する姿勢はない」と揶揄するアリバイが取れる。
これすらなかったから、ああ破棄するつもりだな、っていうかギリギリまで粘る時点でそのつもりだろうと見ていた。
むしろメディアの分析が弱すぎるだろう。
小錦LOVE

友人、21:19
3度目だからきくけどそれは何?


 日本側としても昨日の外相会談で何も触れられなかった時点である程度この事態を想定していたのではないかと思います。私個人が気になるのはメディアの反応で、やはり破棄するという可能性を完全に度外視していた節があり、この点はちょっとレベル低いなと見ています。

 あと一部でも報じられていますが、七月単月の訪日旅行者数は韓国人が減少したものの、全体としてはプラス成長を維持して単月としては過去最高となりました。フッカ材料三品目の輸出を制限して以降、訪日旅行者数への影響を気にする声が当初から出ていましたが、私個人としては現状、日本のホテルを始めとしたインバウンド体制はいっぱいいっぱいもいいところで、むしろ急激な成長を抑制しなければならないと考えていました。
 そういう意味では韓国人旅行者がこのタイミングで減ったのは日本の旅行業者にとってはむしろ一呼吸置くいいチャンスで、見方によってはプラスだと周りには話していました。もっとも当たるかどうか確証なかったからブログには書きませんでしたが、結果を見てやっぱりプラスだったと思えます。

2019年8月21日水曜日

個人情報を買うのではなく売ってはどうか?

 また例のリクルート内定辞退予測データですが、トヨタやホンダ以外にもYKKとか購入した企業の名前がちらほら出てきましたが、言われるまでは謝らないあたりはこれが格差社会とか思ってます。

 それで今日ふとこの個人情報売買について思ったのですが、トヨタやホンダは買うのではなく売ってはどうか、具体的には自社社員の個人情報を外部に売ってみたらどうかなとか思いました。具体的には

・各社員の自己都合退職予測
・各社員の昇進スピード予測
・各社員の年収情報
・各社員の被リストラ予測

 以上の情報を実名とともに販売したら、そこそこの値段でも買う人はいくらかいるんじゃないかと思います。それこそリクルートあたりは喜んで買ってくれるでしょう。収益アップにもつながるし、トヨタやホンダにはぜひ直接プレゼンに行きたいところですが、仮に行ったところで「ふざけるな!」と怒られるのがオチでしょう。

 でも、「ふざけるな!」って怒られるようなデータを買ったのはこいつらです。

 実名入りで内定辞退率予測データが売られ、買われた人たちのことを考えたら、上記データの取引を拒否するなんて、随分と独善的価値観だと思います。こんな売られてほしくない個人情報を本人の同意なく買って、閲覧して、報道があるまでしらばっくれて、報道されるや「迂闊だった」とだけしか言わないなんて、やっぱりどうかなと個人的には思います。最低でも、データを閲覧した各就活生個人には直接謝るのが筋だと私には思います。それをしないってんなら、最も受けに貪欲となって、上記データの一つや二つでも売ってみるか公開するかやれよと言ってみたいものです。

2019年8月20日火曜日

マリオカートでの壮絶な死に方

 なんかいつも暗いことばっか書いているような気がするので、たまには明るい内容を書こうかと思います。

 それは私が中学生だった頃の話です。友人の家に遊びに行って、既にプレイステーションの時代が来ているにも関わらずスーパーファミコンのゲームで遊び倒し、サッカーゲームの「エキサイトステージ95」で「鶴翼の陣」とか言ってゴール前のスイーパーを除き中央がぽっかり空いて、両サイドに選手を並び立てた陣形とか作ってよく遊んでました(全然使えないフォーメーションだったが)。
 このときよく遊んだゲームにマリオカートがあったのですが、その日は何気なくレインボーステージを選んで、私が負けることが多かったもののその日は割と競った展開になって、近距離で私が追いかけ続ける86モードが展開されてました。

 周回もある程度回ったところ、アイテムパネルからたまたまキノコダッシュを得ることが出来ました。レインボーステージはフェンスのないステージであることから、うまく相手の背後についてキノコダッシュで体当たりをかければ、一気に相手を奈落の底に落とせて逆転できるだろうという算段がすぐに立ちました。
 こうした魂胆を抱えながら友人のカートを追いかけ続け、もうこれ以上ないくらいいい感じに張り付けることに成功しました。後は外さないよう軸をしっかり合わせるだけで、こちらの意図を探られないよう直線のコースで慎重に相手の背後に寄せ、「曲がってくれ、俺のハチロク!」と、別に曲がるわけでもないけど心境的にはこんな藤原拓海な感じでアイテムボタンを押しました。押した瞬間、「勝った!」と思うくらいベストなタイミングでした。が、

「えっ?なに?(゜o゜;」

 友人は驚きのあまりに声を挙げたのですが、驚きつつもきちんとカートを操作し続け、コースを走り続けていました。一方、私は声を上げることも出来ず、手に持ったコントローラーがやけに重たいと感じていました。

「今の何?なんか後ろから飛んでってそのまま消えてったんだけど?

 友人の問いに対し、私は重い口を開いて説明しました。

「うんあのさ、後ろからキノコダッシュで君にぶつけて穴に落とそうとしたんだけど、ぶつかる直前にジャンプ板に当たってさ、そのまま君のカートの上を飛び越して奈落へ落ちる羽目となったんだ……」

 そう、私的にはタイミングも軸もバッチリのタイミングでキノコダッシュを仕掛けたのですが、ガチで友人のカートにぶつかる直前、その手前にあったジャンプ板に触れてしまったことでそのままハイジャンプへと突入し、何も知らずに走り続ける友人の真上を私が操作するカートが飛び越してそのまま暗闇の中へ消えていく羽目となりました。
 友人の画面から見れば、突然キノコダッシュの効果音とともに私のカートが猛烈な速度で後ろから頭上を飛び越し、そのまま消えていくというわけのわからない光景が展開されていたことになります。常人には理解出来ない世界、それがアンビリーバボーという展開でしょう。

 正直言って、自分も最初何が起きたのかわかりませんでした。それくらいジャンプ板にぶつかるのがギリギリでもわからないくらいで且つ友人のカートにぶつかる直前というタイミングであり、ハチロクの幻でも見ているような気分でした。っていうか穴に消えてった時点で、完全に戦意喪失しました。
 自分が知る限り、マリオカートで一番意味のわからない展開になったのはこのときのバトルです。

2019年8月19日月曜日

活字と現実のギャップ

 DMMの電子書籍が半額ポイントキャンペーンやってるので、本誌掲載時に既に読んでますが、十年以上前の文藝春秋で行われた半藤一利氏らの二次大戦時の反省対談本のリニュアール版「あの戦争になぜ負けたのか」を買って読み直してました。改めて思ったこととしては、大西瀧治郎の評価はなんか対談時と今とで少し揺れているようなということと、呉市海軍歴史科学館館長の戸高一成氏の増補コメントがやや気になりました。

 戸高氏が若かった頃、周りには海軍参謀本部に出勤していたというガチな上司に囲まれてれて戦時中のかなりディープな話とかもよく聞かされていたそうです。そんなある日、自分の上司(中島親孝)が本を出したので読んでみると、普段ボロクソに貶している元上官に対して軟らかく書かれており、「いつもと違うじゃん」と突っ込んだら、「そりゃ本には書けないよ」とニヤリと返事されたそうです。
 言われることごもっともというか、普段激しく罵倒する人間であっても公共の出版物ともなるとそこまで直接的には書けないものです。ただこの点について戸高氏は、他の軍関係者による戦争体験記などの本も同じ印象というか、現実とのズレを感じていたと言及しています。やはりどの人間も実際に体験した内容を活字に起こす際、ありのままに書くよりかは現実とのズレが微妙に生まれる傾向があると捉え、それ以降は活字と現実のギャップを意識してそういった書籍を読むように心がけるようになったそうです。

 この活字と現実のギャップですが、私自身も思い当たることがあります。よくこのブログについて主張が過激だとたまに指摘を受けますが、ブログには書かないもののプライベートでは、「視界入ったら必ず殺すと伝えておけ」とか、元同僚に対し「あの元上司に機会あったら必ず襲うからクビ洗って待っとけと花園が言ってたと伝えておいてください」などという発言をよくします。
 もっとも実際に襲撃かけることはほとんどないのですが、少し不思議なのは、誰も「口先ばっかじゃん(*´∀`)」っていうフォローを入れてくれません。友人の上海人も物騒な発言ばかりしているせいか、「いつかキミに殺されるような気がする(´・ω:;.:...」と最近言うようになりました。

 話は戻りますが、現実として上記のような傾向、具体的には現実よりも表現はソフトになる傾向というものは確実に存在すると思います。そういう意味で戸高氏の姿勢は理に適っていると思うのですが、恐らく意図してのことだと思いますが、上記の言及の後で戸高氏は特攻についても触れています。具体的には特攻を命じた人間はほぼみんな自分も後を追うと言いながらも、実際にそれを果たしたと言えるのは大西瀧治郎と宇垣纏くらいで、「戦後の復興に力を尽くすべきだった」と言ってのうのうと生きながらえた矛盾を指摘しています。
 この箇所と前半部の活字と現実のギャップを見比べていてふと感じたこととしては、特攻は皆志願して行われていたという戦後の言及は、どう取るべきかと感じました。

 これまでの研究から現実には特攻命令を拒否することは出来ず、意思確認書で拒否を付けながらも同意に書き換えられたなどと言った事例が確認されています。無論、実際に志願者もいたことは事実でしょうが、私が子供だった頃は特攻はほぼ志願者によって行われていたという説明が支配的なくらい強かった気がします。それは何故かと言うと、先程の活字フィルターによるギャップではないかという気がします。
 具体的には、有無を言わさず特攻を命じた人間たちが戦後になって、自らを擁護する目的で「強制ではなかった」、「皆立派に志願してくれた」というように書き残したせいではないかという考えがもたげました。自分が強制したという事実は隠した上で。立場や動機を考えると、むしろこのように事実を捻じ曲げた主張をすることのほうがむしろ自然であるでしょう。

 そう考えると、回顧録や随想録というのはやはり注意して読むべき資料と言えそうです。以前にも書きましたが、戦争リアルタイムの手記と戦後の手記では同一人物が書いたものでも内容が大きく異ることも珍しくはなく、やはり多かれ少なかれ時が経つに連れ自らを美化する傾向は必ずあります。そこをどう峻別するかが、学者としての力量は問われることでしょう。

 なおこのブログもそうした点を考慮して、敢えて昔の記事とかをそのまま残しています。将来的に使う人がいるかわかりませんが、事件発生当時に同時代の人間がどのように感じて見ていたのかを残す記録資料になればいいなとかたまに思ってます。