その東野圭吾作品について、映像作品を含め実は私はあまり触れたことがないのですが、唯一強く印象に残っているものとして映画の「天空の蜂」があります。これは原発事故に関連する作品なのですが、昔見た解説によると原作は1995年に出され、その後の東日本大震災の福島原発の事故を見るに非常に先見の明のあった作品であったと評されていました。実際に映画が公開されたのは東日本大震災の後なのですが、よくこんな内容を90年代に出していたものだと強く感心させられた覚えがあります。
話は戻りますが自分の友人の中国人も東野圭吾をよく讃えており、「ああしたミステリー作品は中国人には作れない」と感銘しっぱなしでした。東野圭吾に限らずコナンを含め日本のミステリー作品は中国で高く評価されているのですが、その要因はやはり中国人の手によるああしたロジカルなミステリー作品が少なく、需要に対し国内からの供給が圧倒的に不足しているためと断言できます。
ネット小説なんかは中国でも多いのですが、ことミステリーとなるとトリックを作るのが苦手なのか、すぐ心霊に逃げてしまうためなのか日本のミステリー作家ほどの人気を得る人はまだあまり見ない気がします。
そんな日本のミステリー作家の中でも東野圭吾は特に人気で、理由としてはやはり比較的多作であること、映像化も多くされてとっつきやすかったことが大きいような気がします。先ほどにも書いた通り私自身はあまり東野作品に触れていないためその内容の分析ができないのでありますが、何かしら中国人読者の琴線に触れるような内容的特徴ももしかしたらあるかもしれません。
一方で近年、大ヒットと呼べるようなミステリー作品がやや減ってきている気がします。ただでさえ出版不況もあるのですが人気作家がやや出づらくなっていて余計悪循環となっている節があり、そこへきて東野圭吾が亡くなられたことでちょっとこの先の日本ミステリー業界への不安がややもたげます。
なお既に潰れた分野としてはジャパンホラーことホラー小説業界が挙げられます。90年代から00年代初頭までは今年亡くなられた鈴木光司のリングをはじめ、多くの日本ホラー小説を原作とした映画が欧米などでヒットを飛ばしましたが、それももはや過去の話です。これら作品を輩出してきた角川ホラー文庫も往時ほどの勢いはなく、こっちの分野も前から色々と心配しています。
何か盛り返すため、「魔の集う街、松戸」をキャッチフレーズに松戸を舞台にしたホラー小説でも書こうかな。延々と上りきることのできない松戸の坂とかリアルさあって怖い気がするし。











