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2025年12月11日木曜日

やっぱ中国は焦ってる?

 このところ毎夜、セールで買った悪魔城ドラキュラゲームボーイアドバンスコレクションを夜な夜な遊び続けています。Steamでキャッスルバニア系のゲームを遊びだしてからこの手のゲームが急に好きになり、満を持して本家キャッスルバニアこと悪魔城ドラキュラに手を出しましたが、やっぱ相性いいのかもしれません。
 ちなみにこれ以前に遊んだことのあるこのシリーズのゲームは、ゲームボーイのタイトルだけだった気がします。「月下の夜想曲」とか遊んでおけばよかったのに。


 上のニュースは今朝の時点で報じられてて出勤前に眺めたのですが、一見して「ああ、中国は相当焦ってるな」という気がしました。何故かというとすでに中国は日本への渡航注意報を何度も出しており、また政府が圧力かけて旅行会社の団体ツアーを中止させるなどあの手この手で日本の観光業に嫌がらせを続けているのですが、にもかかわらず再びこのような誰が見ても効果のない注意報を出した当たりよほど手に詰まっていることの顕れでしょう。それでもわざわざ出したのはやはり、当初期待していた結果や効果が得られないゆえの焦りとみています。

 そもそも中国政府の一連の嫌がらせの目的は、高市政権の支持率低下を狙ったものとみて間違いありません。まず観光業でダメージを与えて日本国内の政権批判を高めるという目論見だったのでしょうが、現時点で日本の観光業に目立った影響は出ておらず、株価も全く下がっていません。そして肝心の高市政権の支持率もほぼ変化なく、各所で指摘されているように中国国内の旅行会社を干し殺す結果しか生んでいません。
 中共ともなると数値目標の達成が厳しく求められる組織なだけに、上記株価と支持率の不動は担当者にとってかなり堪えるものだと思います。それゆえに、もはや意味をなさないと思うけど地震に絡めてまた注意報を出してみたのでしょうが、かえって中国側にもう手がほとんどないという手の内を明かすだけにしかなっていないように見えます。

 まぁ最初に出した、「クマ出没注意」の渡航警報に関してはなんも間違っていなかった気がしますが。

 私の予想だと、かなり手段が狭まってきている中国が今後採り得る手段としては、日本への送金規制かなと考えています。と言っても一般企業の送金ではなく中国人個人の日本国内における不動産購入資金や会社設立資金の送金で、中国国内に金を回す目的もかねて今後何かこの辺で規制してくるかもしれません。
 もっともこのところ中国人の日本の不動産購入には日本人もかなり懸念しているので、やったところで高市政権への支持率には響かず、それどころか日本人の習近平に対する支持率も跳ね上がるかもしれません。私個人としても、このところの日本の不動産価格高騰は若干懸念しており、冷えピタみたく熱を冷ますためにも中国側で金融規制やってくれたらむしろ助かる思いがします。

 あと蛇足かもしれませんが、今回の一連の嫌がらせで中国側の最大の誤算は日本と台湾の関係がむしろ前より良くなってきている点じゃないかと思います。そもそも中国と台湾の関係を邪魔していると中国が最初に主張してきたのですが、結果的には一連の嫌がらせで日本と台湾の関係をより結び付けてる節があり、これは普通に中国にとってもかなりの痛手な気がします。
 その上でもし中国に対し日本も嫌がらせしようってんなら、日台関係の好調ぶりを見せつけることに尽きる気がします。さすがに頼清徳総統の日本招待をやると中国もマジギレするでしょうが、日台の実業家によるビジネスフォーラムとか盛大に開いたら、中国側もこのところの無駄な嫌がらせを思い直すかもしれません。

 なおもしこのフォーラムを開くとしたら、私だったら東京でも台北でもなく、敢えて広東省広州市でやるでしょう。実業家同士のフォーラムを規制するのは景気の悪い中国にとってもかなりダメージが大きく、且つ香港に近い広州で日台関係の充実ぶりを見せつけるというのが、中国側の視点に立った場合に私が一番嫌だと思う事態です。
 この際だから中国でコンサート開けない芸能人たちも、代わりに台湾でコンサート開きまくったりすればいい気もしてきました。

2025年12月10日水曜日

ファッションリーダーが消えた(´・ω:;.:…

 漫画「へうげもの」の作者はなんでも織田信長はあの時代のファッションリーダーだったのではと考えたことも、この漫画を描くきっかけになったと話しています。実際、信長が一から流行らせたわけではないものの、安土桃山時代の茶道ブームをはじめ、南蛮渡来の衣装や小物などの流行に信長はかなり貢献しており、その見立て通りに戦国のファッションリーダーであったと見ることに私も同感です。
 なんていうことをまた通勤中に考えていた最中にふと、「そういえば、日本でファッションリーダーと呼ばれる人がいなくなって久しいな」ということに気が付きました。


 試しにネットで「ファッションリーダー」と検索して軽く調べてみたところ、上位にヒットしたのが上の記事でした。一見すると今もファッションリーダーは誰かという熱い議論で盛り上がっているように見えますが、記事の日付は2022年で、2025年のファッションリーダーについては誰も言及していません。
 それこそ平成の中頃なんかは男性女性を問わず、モードを代表するアイコンのような人間が存在して、多くの人がそのファッションを模倣するなどして関連衣類やグッズが巷に溢れていました。それこそシブタク、じゃなくてキムタクなんかはドラマでバタフライナイフを使うシーンが出るや中二病男子の間でこのナイフを持ちたがる人間が続出し、実際に使った殺傷事件も起きるなどしたほどでした。あの犯人の中学生いまどうしてんだろ。

 話を戻すとかねてからこのブログで私は、直近5年間だけで見ても日本人のファッションに対する関心の低下ぶりは非常に激しく、ジーンズですら街中で着ている人をあまり見ないほど衣類にこだわりを持たなくなっていると主張しています。男性だけならまだしも女性に至っても、かつてはエビちゃんなど売れっ子モデルの名前が嫌でも耳に入ってきたのに、前述の通り現代のファッションリーダーは誰なのかという議論すらほとんど見られません。このファッションリーダーとされる人物がいない点一つとっても、日本人のファッション意識が低下していることの証明になりうるという気がします。
 だから何だと言われたオチはなかったりするのですが……。強いて言えば、ファッションリーダーを作れないほど日本のアパレル業界も弱っているというのと、また別に書くつもりだけどマスマーケティング自体がもはや廃れ気味で、時代はもうダイレクトマーケティングが中心となっている証左だとも言えます。

 なお自分はかねてからそれほど衣類に金をかけないものの、そこそこ生きてきて自分に合うスタイルは何なのかという自覚はある程度持てています。学生時代は「ダブルデニムの花園」と呼ばれるほど上下デニムでほぼずっと行動してましたが、これは周りからも好評だったというか、どうも表情がややいかついためか堅牢そうなファッションが似合うと実際言われたことがあります。
 その上で現在はやや年齢を重ねたこともあり、変に攻撃的な人物に見られたくないことから落ち着いた色合いや柄の服を選ぶようにしています。ただ落ち着いた色合いと言いながらもやはり顔がいかついというか濃い傾向にあるため、服も濃い色だと釣り合いが取れるのか来てると周りに褒められます。そのため最近は濃いめの茶色か灰色系をよく選ぶのと、柄は日本人がやたらとチェック柄ばかり切るので、これだけは避けるようにしています。

2025年12月8日月曜日

技能実習制度こそ外国人犯罪の諸悪の根源

 前回記事で「カレー移民の謎 日本を制覇する『』インネパ』」というネパール人移民に関する書籍を紹介しましたが、これ読んで改めて昨今にぎわかしている日本国内の外国人犯罪の諸悪の根源はやはり、技能実習制度にあると思うようになりました。

 技能実習制度そのものについては説明を省きますが、この制度で日本にやって来る外国人は少なくない比率で借金を抱えていると言われています。というのも、実習生の斡旋屋にビザ手続きや受け入れ先探しなどの代行費用をかなり取られ、人によっては日本円で数百万円単位の費用を借金で賄って日本にやってきているそうです。もちろんこれらの費用の大半はピンハネで斡旋業者の懐に入るものなのですが、ほとんど利益を取らない良心的な代行業者もいるものの、「値段が安くて怪しい、人身売買されるのでは」と怪しまれてかえって利用してくれないそうです。

 そのような多大な借金を抱えて日本にやってきても技能実習生には労働法が適用されず、最低賃金を下回る時給で酷使されるケースが大半です。雇用主によっては前時代的な扱いをする人もいると言われます。こうした状況、特に大きな借金を抱えて低賃金で不当に酷使されるとなれば、私自身も犯罪を犯してでも一発当ててみようかという思いがよぎると思います。こうした環境でなければ善良な人でも、この状況なら犯罪を企図することは十分あり得るでしょう。

 そもそも私が今回ネパール人について興味を持ったのは、日本での犯罪報道がほかの国の人に比べて極端に見られないことがきっかけでした。実際の統計データで見ても在留人口に比べて犯罪発生率は他国出身者に比べて極端に低くなっています。
 ネパール人が何故日本であまり犯罪を起こさないのかというと、ネパール人元々の気質もあるかもしれませんが、一番の要因はやはり日本での生計手段が比較的確立されていることに尽きるでしょう。多くのネパール人は技能実習生ではなく「調理師」の技能ビザで入国しており、入国後は日本のカレー屋から生活をスタートする人が多いです。インネパカレーは既に日本で一般化していて利用者も多く、専攻して日本にやってきたネパール人も彼らを雇う形で生活を保障しており、技能実習生と比べるならその生活の安定度は大違いです。

 最も冒頭に挙げた書籍によると、ネパール人の中でもあくどい斡旋屋がおり、こちらも数百万円単位の日本渡航費用をむしり取って日本に同胞を送る人もいるそうです。また日本に着いても書類上では正常な給与を支払っているように見せ、実際には最低賃金以下で酷使する人も同じくいるそうです。
 それでもまともな雇用主に当たれば技能ビザで来たネパール人は最低賃金以上の給与を得られ、また同胞らの支援を受けて生活することができます。変な職場にあたっても、運の良さにも左右されますが別のカレー屋に移るなどの自由が技能実習生に比べあります。逆を言えば、技能実習生は最初にいい斡旋屋、雇用主に当たらないと逃げ場がありません。

 以上を踏まえると、日本での外国人犯罪の増加というか懸念の広がりはそもそも、外国人が増えていること以上に技能実習生の制度的問題にあると思います。かねてから私はこのひどい制度は早く廃止すべきだと唱えてきましたが、今回改めてこの制度の問題点を強く感じ、日本における外国人犯罪対策、そして外国人への偏見を防ぐためにも廃止すべきだと感じました。
 恐らく多くの技能実習生は苦しい環境の中でも頑張って日本に溶け込もうと努力しているかと思います。しかし犯罪事件が少しでも起きるとやはり偏見というものは広がり、せっかく日本に貢献してくれている外国人にもよくない目が広がってしまいがちです。これは味方を減らすような行為であり、こうしたお互いに不幸になるすれ違いを防ぐうえでも、犯罪に走らせかねない技能実習生制度は廃止すべきで、少なくともあくどい斡旋屋の取り締まりだけでもすぐやるべきです。

2025年12月6日土曜日

書評:カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」

カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」(集英社新書)

 以前にこのブログで外国人犯罪に関する報道が増える中、何故かネパール人による日本での犯罪事件報道をあまり見ないことについて触れました。在日ネパール人口は年々増加しており、その規模は既に大きな比率を占めるにもかかわらず実際に犯罪認知件数は他の外国人と比べ低く、いい感じに面白いデータに気づけたと思いました。
 この記事を出した後に友人から、「いいブツがある……」として紹介されたのが上記リンク先の「カレー移民の謎 日本を制覇する『インネパ』」でした。結果から言うと今年読んだ中で一番面白い本で、そのまま社会学の授業の教本にしてもいいくらい着眼点、取材、文章のすべてで素晴らしい本でした。日本にいるネパール人について知りたいなら、この本を読むだけでほぼすべての疑問が解けるでしょう。

 それで簡単にこの本の内容を紹介すると、タイトルの通りにカレーを中心テーマに置きながらどうしてネパール人が日本で増えているのか、そして彼らの日本での生活や今後についてが詳しく書かれています。
 特に面白いのがやはりの増えたきっかけなのですが、何でも1980年代に外交官向けレストランを皮切りにナンカレーを出す本格インドカレー店が現れたことで、日本で本格インド料理店が増えてき始めたそうです。それまでの日本のカレーは英国経由で伝来してきたライスカレーで、カレーにパン(ナン)をつける文化もなければ味付けもインド本国の物から遠ざかっていたようです。それが本場のインド料理が登場したことと、カレー自体が日本人の生活に浸透していたこともあって、インドカレーブームが起きることとなります。

 当初、日本で増え始めたインドカレー店では日本での成功を聞きやってきたインド人らの手で広がっていき、折も折で技能職を持つ外国人へのビザが日本で下りやすくなっていたことが後追いとなりました。こうして順調に日本全国でインドカレー店が増えていく中で、インド人経営者はお店の従業員として本国からインド人を連れてくるのではなく、徐々にネパール人を採用して連れてくるようになったそうです。
 ここが自分にとって一番面白いと感じたところなのですが、何でもインド人はカースト制の影響からか、調理なら調理、掃除なら掃除で、決まった仕事以外の仕事は暇でも一切手伝おうとしなかったそうです。そのため空いた時間に掃除させようとしても、「俺の担当は調理だから」と言っては断わるインド人従業員が多く、店長自らが掃除などの雑務をやる店もあったそうです。

 それに対しカースト制の縛りがほとんどないネパール人はきちんと指示を聞き、臨機応変に立ち回るという点で従業員としての価値が高かったそうです。元々、ネパールは海外出稼ぎ者が多い国でインドにも普段から大量に来ており、言語や文化面でもインド人に近いため「だったらネパール人に来てもらおう」と、インドなどから大量に日本へ連れてきたことが日本におけるネパール人社会が作られるきっかけだったそうです。
 この際、日本に入ってくるネパール人はほぼ例外なく「調理師」の技能職ビザで入ってきていましたが、現実には日本に来るまで料理なんて一度もしたことがないネパール人が多かったそうです。ただ受け入れ先の職場とインドカレーという独自性の強みからか、日本の生活への定着性は比較的よく、また日本での成功例が伝わると後を追う人が現れ、定着した人の中には家族も呼び寄せるなどして、どんどん拡大していったそうです。それからさらに年月が経つと、日本のでの生活方法やインドカレー店の経営を学んだネパール人の中から独立して店舗を構える人もどんどん合われるようになり、現代のようにネパール人によるインドカレー店が大量に存在するに至ったそうです。

 以上の流れがこの本の中では非常に整理されて説明しており、一読するだけで深い合理性を感じるとともに、実際に独立して日本で店を構えるようになったネパール人らのインタビューも載せられていて、疑問を挟む余地は一切ありませんでした。むしろ、よくぞここまで取材したものだと恐れ入る情報量でした。
 ただいいことばかりではなく、家族移住を果たすも子女教育を受け入れる施設が日本だとまだ少なく、今後在日ネパール人二世、三世が在日中国人子弟のようにマフィア化することは避けられないとする意見も載せられています。その上でこうした言語、生活教育面での受け入れ施設の拡充などの問題点も提起されています。

 読んでみた私の感想としては、やはりネパール人は日本との相性が比較的いいのではないかという印象を覚えました。話を聞いてると「日本で働いていてお金も自然にたまっていったから、じゃあ独立しようかと思った」というセリフがよく見られ、何となくコツコツ働く真面目な人が非常に多い印象を受けました。
 またインド人従業員との比較にもあるように宗教にまつわる文化的衝突も日本人とは少ないように見え、教育問題こそ残されてはいるものの日本に来てもらって定住してもらう移民としては、まだ定着可能性が高いバックグラウンドを持つようにも見えます。

 また別に記事を書くつもりですが、外国人移民の受け入れに対して今日本人はややピリピリしているというか非常に警戒しています。ただその議論を見ると基本的に0か1かという話で、フルオープンかフルクローズかという極端な意見同士を無駄にぶつけ合っています。
 私個人の意見としては規模や地域、職業を限定して移民を受け入れることで、移民受け入れによる犯罪や摩擦はかなりそぎ落とせるという自信があります。その上で受け入れる移民に関してはあらかじめ出身国や民族を絞る、つまり日本人と親和性の高い人たちをあらかじめ選定してきてもらうだけで、懸念される問題の大半はクリアできるはずです。もちろん、教育施設などの投資も必要になりますが。

 そうした目線で見ると、やはりネパール人なら日本との親和性も高いと思え、何よりカレー文化で共通している時点で自分もめっちゃ身近に感じます。まぁタンドリーチキンをはじめとするインドカレー屋のメニューをネパール人は実際にはあまり食べないそうですが。
 逆を言えば、今日本で起きている外国人犯罪問題の諸悪の根源はやはり外国人技能実習生に端を発するとしか思えません。これがあるせいで変な斡旋屋に引っかかり、渡航前から莫大な借金を持ってしまって犯罪に走りやすい人を招いている節すらあり、移民議論以前に早くこれを廃止することこそが日本の治安問題、外国人に対する偏見の撲滅につながるでしょう。その上で、双方が得をする、納得のできる透明な移民受け入れ政策をもっと議論すべきというのが私の意見です。

2025年12月4日木曜日

この際、高市首相はもっと中国を怒らせた方がいいかも

 いくつか書きたいネタがありますが基本的にいつもその時に一番書きたいネタを書くようにしてこのブログのモチベーションを高めているので、今日は若干自分でも書き過ぎじゃないかと思っているまた中国ネタです。

 かねてよりこのブログで私は、日系メディアの中国経済に関する悲観的報道は間違っているということを主張してきました。どう間違っているのかというと、彼らが報じている以上に今の中国経済はずっとヤバく、その危険性や問題性をきちんと伝えきれていないと感じるからです。
 何気に凄いおいしいネタだと思うのにどこも取り上げないなと思う点として、中国は四半期ごとにGDPを発表して順調に数%ずつ成長していることをアピールしていますが、その一方で税収はこのところ右肩下がりに減少しており(非税収入を含む歳入はプラス)、GDP成長しながら税収減も果たすノーベル賞級な奇跡を実現しています。狙ったって普通出来ないだろうこんなの。

 一応言い訳としては減税しているからなどといえますが、この2年くらいは大規模な減税政策はなく、一応控除しきれなかった税金資産を期末とかに還付する政策の範囲を広げてはいますが、この政策自体は以前からやっており拡大範囲もそこまで広くなく、単純に既存税制の収入が落ちているだけです。

 こんな点一つとってもかなりヤバいのですが、それ以上に問題なのがかねてから主張しているように不動産業界の不良債権です。ここで正直に書くと、私は今年初めくらいに覚悟きめてこの不良債権処理に本気で取り掛かっていたら、まだ3、4年くらいの不況で何とかなるという希望を抱いていました。
 しかし今年も既に年末に至っていますが、現時点においても不動産業界の不良債権対策は何一つ実施されませんでした。日本人にもわかる恒大不動産の問題が明るみに出た2020年から既に5年も経過していますが、問題ある大手不動産会社の破綻処理は一つも行わず、また抜本的制度改革も実施しないまま無為に時間を過ごすだけでした。この間、恒大だけでなく碧桂園や万科などのほかの大手不動産会社でも社債償還が期日通り果たせなくなるなど債務懸念が拡大しており、事態は刻一刻と悪化しています。

 前述の通り、私は今年がある意味中国にとってラストチャンスの年だと考えていました。しかしここに至っても中国は何一つ対策を打たなかったことから、中国経済の完膚なき破綻はもうほぼ確定したと考えています。本気で対策すれば3、4年の苦境で済んだ問題を放置した結果、最低でも10年以上の不況期をこれから迎えることが今年にほぼ確定したようなものだとみています。
 何故放置したのかというと、恐らく中国人は「不況」というものを体験したことがなく、実感が湧かないからだと思います。実際、「恐らく今年が中国人が笑っていられる最後の年だ」と友人の中国人に話しても、「これ以上失うものなんてないじゃないか。既にもう不況の底だよ」と言われました。悪気はないというのはわかりますが、恐らく本当の意味の不況を体感したことがないからさらに底が割れるという事態を想像できないのだと思います。こんな具合に、どれだけ経済がおかしくなるかが理解できなかったからこそ放置したと私は見ています。

 その上で話を高市総理にもっていくと、このところずっとワイドショーを独占しているように中国は高市総理に対し「嫌なこと言った(# ゚Д゚)」と難癖付けて日本にたくさん嫌がらせしています。ただこの際だし、高市総理はもっと中国を逆なでして、それこそ頼清徳総統を日本に招待するくらいしてもっと中国に対日制裁や在中日系企業への嫌がらせを増やしてもらうように仕向けた方がいいのではないかと思うようになってきました。
 このような嫌がらせをされれば言うまでもなく在中日系企業の業績は悪化し、ここで働く私の仕事や給与にも影響しますが、これから底なしの不況に沈む中国から今のうちに離れた方が、死ぬ人間は少なくて済むのではと思う節があります。中国事業の縮小や撤退は確かに大きな痛手を伴いますが、このまま下手に中国事業を残すよりは総合的に見てマシじゃないかと本気で思っています。よほどの奇跡でも起きない限り、今後中国は製品ではなく不況を輸出する立場になると思え、中国と関係が薄いほどその影響も薄められると予想しています。

 その中国の不況が本格化するのは来年か再来年かと私は見ており、そのきっかけは日本と同じく証券会社を含む大手金融機関の破綻か増税かのどちらかだと思っています。可能性的に高いと思うのは増税で、冒頭にも書いたように既に中国の税収は落ち込み始めているのに対し、年金を含む社会保障費用は今後ますます増大ペースを歩むことから、早く増税しないとこっちでもヤバくなります。何か象徴的な一手がきっかけとなってダムが崩壊するような事態が来ると予想しています。

2025年12月3日水曜日

歴史に人間臭いエピソードを挟む価値

 「ようけん」と言っても、多分普通の日本人で誰を指すのかわかる人はまずいないでしょう。ただ「隋の煬帝のパパ」と言えば、反応できる人は増えると思います。煬帝は言うまでもなく日本の聖徳太子が送った小野妹子を含む遣隋使に対応した皇帝で、その影響もあって日本でも知名度が高い人物です。もっとも中国でも彼は知名度が高く、暴君として名高いのですが。
 そんな煬帝のパパの楊堅(隋の文帝)は隋朝を切り開き、長く混乱の続いた五胡十六国時代を終わらせて数百年ぶりに中国全土の統一王朝を築いた偉大な皇帝で、その優秀さから歴代皇帝の中でも特に評価が高い人物です。大運河や大遠征を繰り返して金遣いの荒い煬帝とは対照的に、非常に質素で自ら倹約に努めて清廉さで知られています。

 そんな楊堅ですが、彼に負けず劣らず有名なのがその夫人の独孤伽羅という人です。男顔負けの胆力を持っていたと言われ、旦那の政治を横で聞いてはガンガン口を挟んでくるのですが、自分の従兄が法を犯し処刑されることとなり、さすがに妻に悪いと思った煬帝が罪を許そうとしたところ、「そんなことしたら示しがつかなくなる」といって、逆に従兄の処刑をプッシュしたそうです。ただ単にその従兄が嫌いなだけだったかもしれませんが。

 こんな具合に横から口を挟むけど判断は比較的的確だったことから、当時の宮廷には「皇帝は二人いる」とまで言われたそうでした。ただそんだけ気が強いこともあって嫉妬心もすごく、旦那の楊堅に「よそで女と遊んで来たら殺す(^ω^)」とマジで常日頃から言ってたそうです。
 実際、楊堅が内緒で別の女性と浮気したことがばれたことがあったのですが、独孤伽羅は刺客を差し向けてその浮気相手の女性を殺したそうです。さすがにこの処置には楊堅も怒ったのですが嫁には逆らえず、やり場のない怒りからなんと一人で家出して、山の方に行ったことがあったそうです。多分、在任中に家出した皇帝はこの楊堅くらいでしょう。しかも迎えに来た家臣が「一緒に謝ってあげるからそろそろ帰ろうよ(´・ω・)」と諭してようやく帰ってきたそうです。

 自分はこの楊堅の家出エピソードが好きで、彼がどうして隋朝を開いたかは覚えてないけど「家出した皇帝」としてははっきり覚えています。なんでこんなに覚えられるのかというとやっぱり人間臭いエピソードだからで、このエピソードから楊堅のことを一人の人物として捉えられるようになったからだと思います。

 前回の記事で私は伊能忠敬が17歳にして年上の子連れシンママと結婚したエピソードを紹介しましたが、多分こういうエピソードがある方が歴史上の人物について覚えやすくなると思います。偉人についてただ功績だけ書き連ねたとしても、学ぶ側からすればそれはただの記号に過ぎず、教科書の上に乗った文字の羅列にしか見えません。しかしひとたび人間臭いエピソードが入り込めば、その瞬間から歴史人物は人格が形作られ、記憶にも定着しやすくなるものだと私は考えます。
 そういう意味では歴史の授業においてはこういう人間臭いエピソードをどんどん盛り込む方が、情報量が増えるけどもかえって覚えやすくなること間違いなしでしょう。ただ実際にこれをやるとなると教師の負担は増えるし、授業時間も足りなくなることから、現実的ではないと私自身思います。

 それならば歴史人物のなるべくくだらない、人間臭いエピソードを箇条書きにした副教材とかを用意してみるのもありかもしれません。1人1ページくらいで何らかのエピソードを読み物風にまとめ、暇な時間に読んでおけという風に渡せば教育効果も上がるんじゃないかという気がします。それこそ時間があれば私が書いてもいいですし。

 仮に戦国武将で書くなら、

徳川家康:三方ヶ原の敗走中にうんこ漏らした
武田信玄:「浮気してごめん、でも本当に好きなのは君だよ」と高坂昌信に手紙送ってた
日笠陽子:ゴムホースでカレーうどんを食べたことがある

 こんな具合でエピソードを紹介していくことでしょう。

2025年12月1日月曜日

伊能忠敬の結婚がカオス過ぎ(;´・ω・)

 大分昔にタモリが好きな偉人はと聞かれた際に伊能忠敬と答えて妙に渋いなと感じましたが、あまりまとまりのない千葉県の中で唯一胸張って出身偉人と呼べるのはこの人くらいだったりします。実際、自分も小学校の頃に千葉出身の偉人として社会科で教わっており、「なんで武田信玄みたいな戦国大名はいないんだろう」と当時不満に思ったのも覚えています。

 そんな伊能忠敬について今日通勤途中にまた「風雲児たち」を読み返してたら、彼の結婚に至る過程がかなりカオスだったことに気が付きました。伊能忠敬は元々伊能家の出身ではなく別の有力町人の一族だったのですが、少年時より聡明であったことから親戚を介して紹介される形で、伊能家に婿入りすることとなりました。ただ、その婿入りの経緯がかなりカオスだったりします。

 というのも伊能家では何故か男ばかり次々と亡くなり、先代の一人娘のミチが迎えた跡取り予定だった婿も結婚後にすぐ亡くなりました。そこで新たな跡取りとして白羽の矢が立ったのが忠敬だったわけですが、その指名時の忠敬の年齢はなんと14歳という、現代では中二という年齢でした。
 しかもお気づきでしょうがその相手はミチで、この時は忠敬より三つ上の18歳でいて未亡人という設定てんこ盛りな相手でした。ところがこれだけではなく、なんとこの時ミチは前の夫の子供を身ごもっていたということでした。

 以上のような経緯から、さすがの忠敬も「いやこれ無理だって(;゚Д゚)」と言ったこともあり、結婚自体は3年置いてから執り行うこととなりました。そのため、忠敬が17歳、ミチが21歳、でもって前の夫の子供が2歳半くらいの時に正式に結婚して伊能家の跡取りとなりました。っていうか17歳で子連れの年上シンママ娶るなんて、この時点で忠敬は偉人じゃんとか思ってしまいます。

 その後、忠敬は周囲の期待に見事にこたえて伊能家の事業を拡大させ、飢饉が起きるや迅速に食料を買い集めて周辺に安く供給し、あまりにも有能で地域の顔役にもなったことから名字帯刀も許されるなど完璧超人かのように活躍します。その後、妻ミチとは死別し、二人目の妻を取るもその人もすぐ亡くなり、三人目の奥さんも迎えていますが、生前のミチとは非常に夫婦仲が良かったと伝えられています。

 伊能忠敬というと「老いてますます盛ん」とばかりに年取ってからのことばかり取り上げられていますが、若い時からも地元佐原で多方面で活躍しており、そこら辺を取り上げられないのは若干不公平な気すらします。そもそも、上記の結婚の経緯そのものの方が面白く、もっとこういうエピソードをみんな発信すべきでしょう。