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2020年1月29日水曜日

コロナウイルスの細菌兵器研究所流出説について

 わざわざリンクを張るまでもないですが、一部メディアで今回中国で流行しているコロナウイルスは、武漢市の細菌兵器研究所で実験されていたウイルスが流出したものだとする報道が出ています。この件に関する私の意見としては、もっと調べてから言えといったところです。

 この説の根拠としては、多くの感染者が罹患したとされる感染中心源である市場から近いということと、細菌やウイルスを扱っている施設という、この二点しか見当たりません。しかも市場から近いったってその距離は報道によると30キロもあるそうで、なんで研究所から漏れたウイルスが30キロ離れた市場で大量に感染者が出るのか、自分としては腑に落ちません。
 それこそ、研究所の職員が最初の感染源と思しいという情報があればまだ別ですが、今見ている限りだとそうした報道や報告は見当たりません。もっとも陰謀論者からすれば、「中国政府がその事実を隠している」と主張するだけでしょうが。

 正直に言ってこの手の報道は見るだに不快感を覚えます。理由としてはいくつかあり、まずこうした物騒な状況で確たる根拠もなく、単純な連想から感染ルートを推測し、それをそのまま報じるというのは情報の錯綜面からいってよくないと思うからです。こうした報道はひとたび間違えれば妙なパニックや悪意を招きかねず、報道に関しては慎重さが求められます。

 次に、私と同じように考えた人はいるのかやや疑問ですが、河野義之氏の例を思い出すからです。やはり病気や体調不良の感染源というのは人の注目を呼ぶものというべきか、「どこに責任があるのか」という点について世論は追及しがちです。であるからこそ根も葉もない、根拠の薄い説であっても、適当に報じられたら大衆はそれを信じ、糾弾してしまうのだと考えます。
 であるからこそ、こうした感染源に関する情報というのは特段の注意と慎重さが必要であるべきです。なんとなく、他国だから適当なこと言っていいという雰囲気をこの手の報道には感じますが、仮に国内で「30キロ圏内にあるから」という理由だけで、自衛隊の施設を感染源と報じていいのかといったらそれは違うでしょう。

 仮にこの件について報道するというのなら、ちゃんとした根拠や因果関係をもっと詰めるか、安全な所からじゃなく現地取材してから報じるべきでしょう。大体思うけど、事件や事故を無駄に煽る報道をする人というのは現場ではなく、決まって安全なところにいる人間ばかりな気がします。

2020年1月28日火曜日

コンクリート壁に対する断熱対策

 今日は久々に曇りですが雨が止んだこともあり、昼過ぎから行く当てもなくニトリへ行くことにしました。
 なお出がけにアパートの階段降りてたら一階の踊り場で、「ちょっとあんた、WiFiつながんないんだけど助けてよ」と一階の住人の見知らぬおばさんに声かけられ、WiFiのスマホとの接続作業をやらされました。何のことはなくルーターの電源が切れていただけでしたが、おばさん曰く「みんないなくて誰にも頼れず、困ってたのよ」ということでした。こういうところは本当に中国らしい。


 さて上の写真は私の室内にある壁を映したものです。変な感じに次元が湾曲したように見えますが、実際にこの壁は真ん中ほど奥行きが長くなるよう湾曲してます。
 そんな湾曲のことはどうだっていいのですがこの壁、見ての通りにコンクリの地肌がほぼむき出しなため、室内に夏場は昼間あっためた熱を放出し、冬場は外の寒気をガンガン流してきます。夏場はともかく、冬場はこの壁の側にパソコンおいていることもあって、作業中はいつも寒かったです。



 そんな寒々しい壁への対策として今冬から、上記写真のように夏に買ったござを覆い代わりに被せていました。これが結構効果あったというか、寒いっちゃ寒いけど以前みたいに壁からにじり寄るような寒気は大分おさまり、個人的には「これが文明の力だ」などと悦に乗ってました。今朝までは。
 今朝、何気なく頼りがいあるなぁとこのござを眺めてたら、なんか上部の方に埃のようなものが付いているのを見つけました。よくよく見てみると、それは埃じゃなくカビで、ここ数日の窓際の結露によってどうも発生していたようです。慌てて裏面をめくってみると、激しくってほどではないものの表側にはみられないカビの胞子がところどころくっついており、「ござじゃあかんかったんや」と激しく悟りました。


 それで慌ててニトリで買ってきたのが、上の子供用フロアマットです。実はこのフロアマット、今年夏ごろから「次の冬にはこれで行く!」と見定めていた商品でした。ただ前述の通りに夏場に買ったござをおいてみたら意外と効果を発揮したので、購入を見送っていました。
 素材が素材なだけに断熱効果は折り紙付きで、尚且つ値段も600円(40元)くらいと安く、我ながらうまい発想の転換をした気がします。夏場になればばらして保管すればいいんだし。

 なお今日も上海は人気がすくなく、ニトリも一人ではしゃげるくらい閑散としていたのですが、日系スーパーのアピタ行ったらめちゃくちゃ人が来ててびっくりしました。どうも食料とかの買いだめに人が集まっていたようで、日本人店員が話している会話を聞いたら、

「なんでこんなに人多いねん」
「野菜とかもうあらへん」

 と言ってて、実際に野菜売り場は商品がほとんどなくなっていました。一方、肉類は冷凍在庫が多いのか割と余裕があり、あとカップラーメンもなんか極端に少なくなっていました。

 三が日を過ぎて本来なら物流などが動き出す頃なのですが、あちこちでコロナウイルス対策の封鎖、業務停止が段々響いてきているように感じます。差し当たって明日はインドカレー屋でご飯食べようと思いますが、一昨日、昨日、今朝と自作のカレーで食いつないできているので、四日連続カレーデーになりそうです。

2020年1月27日月曜日

公約したZ33


 今日も朝方はやんでいたもののすぐまた雨が降り出したし、上海市にもあんま外出んなと言われているので、Z33型フェアレディZのプラモを作っていました。


 作ったのはタミヤのキットで、前輪が左右に動かず、なおかつマフラーやクランクシャフトなどもシャシーボディにあらかじめ一体化して成型されていたため、組むこと自体は非常に簡単なキットでした。もっとも、ライトのパーツがエッジの聞いたデザインのためはめ込んで接着するのが地味に難しく、この点だけは苦労しました。


 元々このZ33型フェアレディZは日産車の中でも多分一番好きなモデルで、ゲームでもインプ、エボ3、FTOに並んでよく使う車です。もっとも最近、この手の日本車が出てくるゲーム減ってますが。

 今回これ組み立てて改めて思ったこととしては、とにもかくにもスタイリッシュな車で、ボディデザインのカーブは今まで作ってきたプラモの中でも一番優れているように感じます。また写真からも確認できますが、ライト部分のパーツは非常によくできており、はめ込みに苦労はしたものの、フロントもリアも写真の撮り方によっては実車っぽく見せることも出来そうです。特にリアパーツはシンプルな構成ながら、非常に良く再現されています。

 なお塗装は元からやりませんが、仮にボディ色を選べるとしたら迷わずオレンジにしていました。以前スピリチュアリストの方に自分のソウルカラーはオレンジだと言われましたが、そう言われる大分以前に「街道2」というゲームでこのZ33を使っていた際、ボディカラーをオレンジにしていました。またその配色が選べるということもZ33を気にいるようになったきっかけであり、自分とオレンジカラーの因縁を辿ると何気にこの車に行きつくような気がしてなりません。

2020年1月26日日曜日

書評「2050年のメディア」

 昨日朝起きて目覚まし時計を見てみたら、11時を指しててめちゃ慌てました。実際には8時半だったのですが、目覚まし時計が壊れたのか恐ろしい速度で秒数がカウントされるという状態にあり、時間がずれていたようです。
 なので今日新しい目覚まし時計を購入して、元の目覚まし時計の電池を抜こうとしたら2本のうち1本が液漏れしてたのか白い粉にまみれてました。壊れたのもこれのせいだったのかわかりませんが、電池を取り換えても元の目覚まし時計は電源すらつかなくなっていました。

 話は本題ですが、何度か過去の記事でも紹介している「2050年のメディア」という本についてレビュー記事を書きます。

 この本は以前書いたように友人から面白いと言われて勧められたものの、値段が1900円もすることから電子書籍のセールを待つため一旦保留し、年末のセール時に満を持して買いました。大まかな内容を説明すると、インターネット技術の登場により新聞メディアはどのような影響を受けたのかを、実際の企業当事者たちの当時の動向について丹念に取材して、時系列でそのインパクトや変化、対応が追われています。
 元々は慶応大学のSFCで開かれていた著者の講義がベースになっているということから、掲載内容も1つのテーマごとに細かく区切られて載せられています。具体的にはインターネット黎明期における通信インフラ敷設時代、Yahoo発足当初のポータルサイトにおけるニュース掲載契約、読売・朝日・日経の夢のコラボ(であったはず)の「あらたにす」の設立背景、日系電子版の設立経緯などテーマごとに章が区切られており、連載特集記事の様に読むことができて非常に読みやすい構成でした。それでも内容多くて全部読むのに時間かかりましたが。

 この手のネットメディアによる新聞メディア駆逐系の本は、今に始まるわけじゃなくかねてから数多くあります。その手の本とこの「2050年のメディア」の最大の差を挙げるとしたら、「2050年のメディア」は、ネットと新聞、双方の立場からその周辺状況の変化を追っている点でしょう。
 具体的な当事者を挙げるとYahoo Japanことソフトバンク、読売、日経新聞で、中でも読売新聞は恐らく著者にとって最大の取材対象であったことから非常に事細かにその動きが取り上げられています。そのためか、本来はネットメディアとの相克とはあまり関係なにもかかわらず、清武の乱とか2000年前後のプロ野球の暴力団追放運動まで何故か解説されています。

 通常、この手の本はネットならネットメディア、新聞なら新聞メディアの一方向をベースに語られることが多く、どちらかといえば後者の方が多いですが、やや「それでも新聞は滅びない!」的な結論に至ることが多いです。
 それに対してこの本では、先ほども書いた通りにネットと新聞の双方の立場からニュースという者を軸にメディア環境の変化が追われており、非常に示唆に富んでいます。2010年代におけるYahoo Jaopanにおけるニュース配信事業を巡る内部分裂など、こうした取材姿勢だからなこそ終えることのできた代表格とも言えるでしょう。

 また、著者はそれこそネット黎明期からこのテーマを長年取材してきているだけあって、90年代からつい最近の事件まで詳しく追われています。そうした流れを読んでて感じることとしては、以前にも書きましたがこの議論は「ネットVS新聞」なのではなく、結局は「Yahoo JapanVS新聞」であったということも読んでて感じ取れました。

 控えめに言ってもお勧めできる内容で、単純に新聞メディアの90年代以降の動きを追うだけでも読む価値があります。特に私から批判する点はなく、非常に学ぶことの多い内容です。
 最後にこの本の展望にそうならば、この先生き残るのは系列印刷所が少なかったからこそ事業転換を遂げられた日経新聞だけとなるわけですが、いろいろと対策をとってきた読売新聞、というより読売新現社長の山口寿一氏がどういう風に舵を取るのかも個人的には気になります。これまでその名前も知りませんでしたが、この「2050年のメディア」の主人公は誰かとなるとこの山口氏がそうであるように思え、個人的に非常に興味の持てる人物であります。


2020年1月24日金曜日

ゲームレビュー「デイグラシアの羅針盤」

 今日スーパー行ったら、マスクがワゴンに大量に置かれててやたらみんな写メ取ってました。っていうか「写メ」って今でもいうのか?
 上海市内は比較的落ち着いているというか、元々この時期は大量の流入人口が地方に帰るため、街中の人気は少なくなります。そのおかげで自転車も走りやすいのですが、夕方からはまた激しい雨になり、明日は政府に言われなくたってあまり外出できそうもありません。

デイグラシアの羅針盤(公式サイト

 そんなわけでゲームの話ですが、昨夜この「デイグラシアの羅針盤」というゲームをクリアしました。このゲームはアドベンチャーで、大まかなあらすじとしては完成したばかりの深海遊覧船に乗り込んだところトラブルに遭い、水深700メートルの深海で主人公を含む六人が脱出を図るというよくあるパニックものです。
 私はSwitch版を購入しましたがお値段はなんと900円と格安設定でしたが、正直に話すと、あまりにも安いからシナリオが短くてすぐ終わるんじゃないかと当初考えていました。

 しかし、結論から言うと上記の予想は外れました。この作品はエンディングが三つで、分岐選択肢もたった二つしかないものの、盛り込まれたテキスト量は非常に膨大で、ゆっくり遊んでいたのもありますがプレイ時間はそこそこ要しました。
 またアドベンチャーゲームの肝であるシナリオの質も単純に優れており、SF(深海・フィクション)に求められる科学的考証も非常に説得力ある内容がしあげられており、ちょうど深海魚のホウネンエソが状態がいいまま釣り上げられたというニュースが出ていた時期であったことから、シナリオ中に出てくる「生物発光」の話とかが興味深く読むことが出来ました。

 他の人のレビューを見ていると、元々は同人ゲームとして作られたことからBGMや一枚絵がやや乏しい出来という意見が多くみられますが、私個人としてはこちらはそれほど気になりませんでした。BGMがしょぼいったって初代プレステ、いわんやスーファミ時代のアドベンチャーゲームと比べれば質は優れており、その時代を知っているが故か最新のゲームに音質で劣るとしてもそんな気になる程度じゃありません。少なくとも情景に外れたようなBGMはありませんし、一枚絵に関してもそんな頻繁に用意されたところでシナリオが悪ければ無意味です。
 同時にそういったレビューでは、音声が入っていない点を残念点として挙げる声もありました。この点に関しても、確かに最近のアドベンチャーゲームで音声なしはもはやかなりレアとなってきていますが、あったらあったでいいとは認めるものの、必ずしも必要かといったらそうではないと私は思ってます。やはりアドベンチャーゲームはシナリオがほぼすべてといってよく、音声も演技良ければいいけど、ひどい演技の音声入ったらそれはそれでひどい始末であり、そこまで音声の有無はこだわらなくていい気がします。

 さすがにシナリオのネタバレを書くのは良くないのでそこらへんは自重しますが、この作品について制作陣は、今もなおアドベンチャーゲームの傑作として名高い「ever17」をリスペクトして本作品を制作したと語っています。生憎私はマルクス主義的(意味のない、空虚)な理由から「ever17」を遊んだことはないのですが、この作品を作った打越鋼太郎氏のゲームは先日も取り上げた「AI:ソムニウムファイル」などを筆頭にそこそこ遊んでおり、「ever17」がリスペクトされるというのよくわかります。

 ただ全シナリオを読んで率直に感じたことを述べると、「デイグラシアの羅針盤」はむしろ、うみねこのなく頃に」の制作者がその作品で本来やり遂げたかったであろうテーマを正しい意味で見事にやり遂げているように感じました。

 「うみねこ」の方で多少のネタバレを含みながら説明すると、この作品では「シュレディンガーの猫」箱の解釈に対する選択性、いうなれば読者(プレイヤー)の読後における解釈選択における基準なり規範、方向性というものをシナリオに取り込もうとしていたと考えられますが、はっきり言えばこの試みは完全に失敗しています。
 失敗した理由は明白で、本来はSFに属すジャンルをミステリーと無理やり両立させようとしたためです。また制作者は当初プレイヤーに意図を隠す目的もあってか作品についてのコメントでミスリードを仕掛けた節がありますが、これがらさらにかえって逆効果となり、ミステリー性とSF性の相互背反性を余計に際立たせる結果したもたらさなかったように見えました。

 一方でこの「デイグラシアの羅針盤」は、シナリオジャンルとしては徹底的にSFです。「サイエンス・フィクション」なのか「深海・フィクション」なのかはどっちでも取れますが、ミステリーな謎解き要素もないわけではないものの、大別して計三本のシナリオが同じシナリオベースの上できちんと独立構成されていることから、互いに妨害し合うというコンフリクトを起こしていません。さらにその三本のシナリオは舞台設定を除くと、「白い部屋」というある場面のみによって連結しており、この「白い部屋」をどう解釈するかによって、この作品の真実はどれだったのかということが様々に解釈可能です。
 「遭難した深海遊覧船で、本当のところ何が起きていたのか」について、はっきり明示された回答は用意されていませんが、「恐らくこうなんじゃないのか?」という解釈は複数用意されており、それをどうとるかは完全にプレイヤーの自由です。またその複数ある解釈はどれもしっかり構成されているので、どれを選んでもそこそこ納得感があるため、考察や選択においてはストレスめいたものは感じません。そういう意味で、「うみねこ」にあった「本当の正しい結末の答えが得られなくてストレスが溜まる」という、制作者が実質的に回答を放棄したことで起こった最大の問題点を回避しつつ、読後における大きな解釈余地も「デイグラシア」は両立させており、意図的かどうかは図りかねますが、意図的であれば見事な技術だと思わざるを得ません。

 そういう意味で値段も安いことから、この作品に関してはアドベンチャーゲーム好きであれば文句なしに太鼓判を押せます。実際、ほんの少し前に「AI:ソムニウムファイル」をやっていたのでインパクトがやや薄れた感はありますが、「デイグラシア」も近年稀に見るアドベンチャーの傑作だと思います。



 最後に、自分がこの作品で選んだ結末の解釈についてその選択理由について述べると、冒頭に出てくる「大学院生の~」というセリフからでした。まぁこれ以外にもどの単語、どのシーンを真実と捉えるかによって、解釈はいくらでも変わるのですが。

2020年1月23日木曜日

連休中にやること

 既に報じられている通りに武漢がラクーン市みたく封鎖されたそうで、今日は会社でも噂もちきりでした。春節を前にして移動が制限された武漢市民に対しては深く同情しますが、現代においてこのような政策を取れる辺りはさすが中国だという感傷を持ちます。

 で、上海住まいの私としては特に移動が制限されているわけではないですが、この連休中にどっか行く予定とかはありません。っていうか中国で連休中に観光地行くと人が多すぎてえらい事態に巻き込まれることが多く、むしろこういう時は自宅でじっとしているに限ります。
 なので明日からの一週間の連休でぼんやりとやろうと考えていることを書き上げると以下の通りになります。

・ゲーム「デイグラシアの羅針盤」をクリアする
・Z33のプラモを組み立てる
・2019年中国自動車市場の記事を書き上げる
・「2050年のメディア」の書評を書く
・ため記事用の歴史記事を書く(二本立て)
・夏の連載用歴史記事プロットを固める
・中国関連記事ネタを考え出す
・1回はココイチのカレーを食べる
・1回は買っているインドカレー屋のカレーを食べる
・1回は自宅でカレーを作る
・ファーウェイのスマホ購入を検討調査する
・1回は1日12時間は寝る

 なんていか記事書くのとカレー食うのばっかな予定ですが、こうなったのには理由があります。その理由というのも、天気予報では向こうずっと雨予報で外出ができないからです。
 外出できるならまた100キロくらい自転車で走ってこようと考えてたのですが、今の予報だととてもそんなことできるような天気ではなく、実際に今もかなり強めの雨が降ってて、さっき夕食を食べに外出したら靴がずぶ濡れになりました。雨のおかげで気温はやや上がっていますが、多少寒くてもいいから雨やんでほしいです。

 去年の今頃もやばいくらい雨が降り続けて、誇張ではなく1月中に太陽見れたのは3日程度しかなかったため、去年と比べるなら今年はまだマシな天気です。ただそれでも依然として雨が多く、5年くらい前の冬の上海と比べると、現在は明らかに雨や曇りの日が増えています。空気自体はかなりきれいになっていますが。

 なんか日本でも今年は暖冬で雨が多いと書かれていましたが、恐らく関東地方は今上海で雨を降らしている雲が三日後くらいに移動するので、来週いっぱいはほとんど雨になるんじゃないかと予想しています。まぁ東京で雨降っても私にはあまり影響ないのですが。

 ただ、この雨についてちょっと思うところがあります。それは最初の武漢のコロナウイルスに戻るのですが、この新型コロナウイルスの感染は湿気が影響するのかという点です。
 通常のインフルエンザウイルスの場合は寒い気温と乾燥した空気が繁殖の好条件となり、そのため日本では冬場に暖房とともに加湿器がよく備えられ、湿気を高めることで感染予防を行います。それに対し新型コロナウイルスはどのような条件で繁殖し、感染しやすくなるのか、意外とこういう情報が個人レベルの予防や対策において実は大事なんじゃないかなと勝手に考えています。

武漢(Wuhan)の天気(日本気象協会)

 上記ページから過去1週間の武漢の天気情報が見られますが、これ見る限りだと直近の気温は上海と同じく5~10度ですが、ちょっと前までは0度前後で普通に上海より寒いです。一方、湿気の方はほとんど80%以上となっており、上海と同じくかなり蒸れた空気となっているようです。
 となると仮にこの状態でも今後感染が広がるとしたら、湿気が高いという条件は感染に関係がない、若しくは広がりやすいということになります。湿気が高ければあまり広がらないという条件であれば、上海はこの後もずっと雨だからまだマシになるのかなと思ってましたが、武漢の天気情報から見るとあまりそうした効果はなさそうです。

 どちらにしろ、去年といいマジでこの湿気の多さにはうんざりします。私の場合は室内で暖房を全くつけないということも影響しているのでしょうが、マジ冬だけど、っていうかもはや冬だからこそ除湿器が欲しいです。ニトリとか加湿器置いてないで除湿器置いたらすぐ買ってやるのに、いちいち空気読まない店だなと店頭に置いてある加湿器を見る度に思います。

2020年1月21日火曜日

1Q九球

 今日おなかすいて仕方なかったからラーメン屋で味噌ラーメンとチャーハンをそれぞれ1人前ずつ頼んだら、両方食べてやたらおなか一杯になり、昔と比べ胃が小さくなっている気がしました。もっともそれを言ったら学生時代と今を比べたら三分の一、いや四分の一くらいは確実に小さくなっていることになりますが。あの頃は茶碗じゃ小さすぎるからと言ってどんぶりでいつもご飯食べてて、1食で2合食うのが普通でした。

 話は本題ですが書評でも書こうと考えていたところ、あれ書くとなるとかなり長めになり、昨日ほどじゃないけど今日も寒くて指が動かないのでどうでもいいこと書くことにします。

 さて平成時代は既に去りましたが、平成時代で記憶に残る年を挙げるとしたら自分の中では間違いなく1995年が来ます。この年は阪神大震災、オウム事件があり、また刻一刻と失われた十年が本格化し始めて来た時期に当たり、なんというか時代の空気も一種独特な感がありました。
 その次に挙げる場合、変な話ですが1999年が私の中でなんか大きいです。何故この年なのかというと自分でも理由がややはっきりしないのですが、一つはちょうどこのころに中学時代で精神面で受けるところが大きかったことと、次に世紀末とあって時代の分かれ目めいた雰囲気があったように感じるからです。

 世紀末といってもノストラダムスの予言はかえってこの年はあまり盛り上がらず、ひっそりとMMRが終了したにすぎませんでしたが、2000年代に移る狭間故というべきかいろいろと技術面では変革が多かった気がします。
 代表的なものとしては2000年問題で、現場状況は中学生だったので全く分かりませんでしたが、各システムの現場では表に見えないところで実際にはいろいろ動いたいたとのことです。そんな2000年問題以前として、ちょうどこのころからパソコンが一家に一台で普及するようになり、またノートPCも段々と増えていき、それらに伴ってインターネットサービスが本格的に普及してきました。

 モバイルの発達も著しく、90年代半ばに一旦は普及し始めたPHSが2Gの発達により徐々に携帯電話にとってかわられ、モバイルサービスもこのころから本格的になっていきました。調べてみたらまさにこの1999年にiモードサービスが開始されており、今に続く通話以外のモバイルサービスの端緒となりました。
 2Gのサービスは2001年の3Gサービス開始によってこの後から徐々に消えていくこととなりますが、技術というのは新技術との切替え直前にこそ成熟期を迎えるものであり、そう考えると2G末期の1999年にiモードが出たというのもなかなか因果があるように思えます。

 その成熟期を迎えた技術で言うと、私の中ではゲーム機の初代プレイステーションが挙がってきます。ハード性能としては既に立ち遅れが目立つ水準となりつつあったものの、ソフトウェアメーカーの開発はまさに円熟期を迎えており、ちょうどこの時期にハード性能をやや無視したようなオーパーツ的なソフトがいくつか発売されています。覚えているのだと「ヴァルキリープロファイル」、「ファイナルファンタジー8」などがあり、この時期のプレステのゲームはほんと楽しかった気がします。
 まぁ翌2000年には「GジェネF」、「エターニア」などもっと楽しいゲームが激しく出ていますが。

 このほかだと上記のパソコン関連の話につながりますが、秋葉原が一番楽しい頃でした。まだオウムの店もあったし、ジャンクパーツ屋も多かったし、今と比べるとかなりディープなパソコン街で駅前にバスケットコートと穴開き包丁の実演販売もありました。
 そういう風に考えると、やはりPC&インターネットの普及期にあったというのが印象的に大きいのかもしれません。

 このほかプライベートな話をすると、ちょうどこの年に周りの友人を巻き込んで文芸同人誌を作りましたが、あまりに他の連中が役に立たない上に足しか引っ張らないので、「やる気のない奴はかえっていない方がいいんだな。あと何か期待するのは悪いことなんだな」ということが分かり、自分の独立心を凄い高めてくれました。
 この時の経験はよく漫画家になりたいとか作家になりたい、けど技術を教えてくれる人とか、一緒に競い合う仲間が周りにいなくてなかなか踏み出せないという若い子相手に話してました。具体的には、「自分一人で習練積むこともできない時点でもう向いていない。俺は一人で黙々と毎日原稿用紙に向かってたし、表現技法もほとんど一人で開発した」と大物ぶって話したりします。