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2021年11月17日水曜日

パワーカップルは本当に存在するのか?

 不動産業界関連ニュースを見ていると相も変わらずタワマンが売れて価格が高騰しているという情報ばかり見るのですが、オリンピックも終わったにもかかわらず一体何故高等が続いているのかという理由に関して、「パワーカップル」という単語をよく見ます。っていうか、ほぼこれしかありません。
 パワーカップルの定義はややばらけていますが、夫婦共働きで世帯年収が約1000万~1500万円に家庭や夫婦のことを概ね指しています。この手の夫婦は社内結婚した大企業社員で、そのため夫婦そろって高い年収を維持し、且つ共働きによってその年収は約倍となるため高い購買力を有し、数年前からずっとタワマン関連で出てきました。っていうか、不動産業界から出てきた単語であるように思います。

 率直に結論を述べると、実はこのパワーカップルが本当に存在するのか、やや訝しんでいます。

 ネットでいくつかの検証、試算関連記事では、日本の全世帯のうちパワーカップルが占める比率はこちらもややばらけているものの、ざっと見た感じでは0.5~1.0%と推算されており、私の実感でも大体こんなもんじゃないかという気がします。多めにとって1%のパワーカップル世帯ですが、東京周辺に集中していることは理解でき、世帯年収が高く比較的若年夫婦都内易いことからタワマン購買層というかメインのターゲット顧客となるのも理解できます。では一体何に私が訝しんでいるのかというと、タワマンの価格高騰をけん引するほどの購買力と規模を持つのかという点でやや合点がいかないからです。

 前述の通り、タワマン価格は高騰が続いているという報道を見ます。詳しい価格調査統計などは見ていませんが、少なくとも価格が下落、横ばいと言った報道は一切見たことがないため、これも正しいと仮定します。
 その価格を釣り上げている要因として解説記事に出てくるのが前述の通りパワーカップルで、この層がタワマンをよく買うため価格が高騰していると書かれてあるのですが、タワマンの主な購買層という説明なら納得いくものの、価格高騰をけん引するほどパワーカップルが世の中に溢れているのかという点で疑問を感じます。

 なんか同じ言い回しが続きますが前述の通り、パワーカップルの世帯数比率は多くても大体1%です。無論、年数とともに大企業内で再生産されてはいますが、日本全体で平均所得が下がり、東芝やJALなどの大手企業の業績が深刻に落ち込んでいること、あと根本的なところとして出生率と婚姻率の低下などを考慮すると、単一年代においてパワーカップルと呼ばれる世帯比率は拡大よりも縮小しているのではないかと推測しています。少なくとも、拡大しているとは到底思えません。
 そうした再生産環境で、タワマンの価格を高騰させるほどの購買力と世帯規模が本当に日本で存在するのか。このからくりがどうにも納得できないのです。端的に言い換えると、タワマン高騰がパワーカップルによるものという説明が腑に落ちません。それだったらむしろ、コロナでほかに金の使い道のない資産家が投資目的で買い漁っているという説明の方がまだ納得いきます。

 しかもこのタワマン高騰パワーカップル理論は、私の実感では3年くらい前から延々と言われ続けているように思います。直近1年間など短期的なブームとかならまだわかりますが、数年にわたり価格高騰要因として挙げられるには何度も書いている通り規模的に変じゃないかと思います。何もパワーカップルは存在しない等というつもりはなく、確かに大手企業の社内結婚夫婦なら世帯年収が1000万オーバーも十分あると思いますが、パワーカップルだけでタワマン高騰がこれほど続くというのが妙に思えてなりません。

 となると、じゃあ何故タワマンの価格高騰が続いているのかとなります。仮に私の見方が正しいとしたら、パワーカップルを背景理由とする多くの不動産業界解説記事は分析を見誤っているということとなります。
 ぶっちゃけいうと、この手の解説記事でタワマン購入層の世帯分析統計は一切見たことがないです。ちゃんと調べりゃあると思うんだけどな。

 何故が続きますがなら何故分析を見誤っているのか。最悪のシナリオを述べると、何故タワマンの価格が高騰しているのか業界の中でもわからなくなっているのではという可能性を今疑っています。なんでわからないのかというと、そもそも理由がない高騰だからになるでしょう。言うなれば、需要とは無関係に価格が先行して上昇するバブルになっている可能性もあるんじゃないかってことです。


 夕刊フジの記事は基本信じないのですが、上の記事というか寄稿に関してはちょっと目を引きました。それくらい最近の価格推移は妙だと感じています。

 それこそコロナ前であれば都内への人口集中が続いていましたが、今も集中化しているとはいえコロナ以降は前ほどではなくなっている気がします。学生アパートでこの辺は顕著だそうですが、こうした点を考えると、やはりこの1年間のタワマン価格の変動はこれまでなされているパワーカップル理論だけでは説明がつかない気がします。誰か詳しい人いたら教えてほしいのですが、中国の不動産問題をいちいち報じたり、知らない分際で偉そうに解説している暇あったらむしろこっちのほうを解説してもらいたいものです。

2021年11月15日月曜日

細木数子VSレイザーラモンHG

 今年も終盤に入り物故する人も多く出てきて、漫画界からは白土三平とさいとうたかをという大物も逝去されました。ただこうした有名人の物故者においては、その知名度や業績以上に「殺しても死ななさそうな人」のほうがやはり印象としては強くなる気がします。そういう意味では、先日報じられた細木数子なんかは自分でも意外というかびっくりしました。そしてその細木数子逝去の報以降、以下のような話題をよくネットで見るようになりました。


 上のまとめ記事ではかつて放送されていた細木数子の冠番組こと「ズバリ言うわよ」で、当時一発屋として最盛期を迎えていたレイザーラモンHGが出演した際の回が話題となっています。見出しの通りあの回は神回だったとして、ぜひともまた見たいから再放送してほしいという話題なのですが、非常に同感というかやれるものならやるべきだと私も思います。

 というのもこの回、私もリアルタイムで放映されたいたのを見ていました。「ズバリ言うわよ」は毎回見ていたわけじゃなかったものの当時最盛期にあったレイザーラモンHGが出るということで見てみるかと久々にテレビの前で待ち構えてみていましたが、想像を絶する内容に驚愕したのをよく覚えています。
 詳しい内容については上のまとめ記事にも書かれていますが、例の如くハイテンションでレイザーラモンHGが登場して大騒ぎしたことに対し細木数子が苦言を呈したところ、

「謝ってくださいよ!」

 と、何故かレイザーラモンHGが逆ギレするかのように細木数子へ詰め寄り、謝罪を要求してたりしました。

 一体これは何なのかというと、細木数子の苦言に合わせて番組スタッフがレイザーラモンHGに対し「(細木数子に)謝ってください」とカンペを出したところ、幾らかテンパってたレイザーラモンHGが曲解して、細木数子に対し「謝ってくださいよ!」と逆に謝罪を要求し出したというのが裏側だったそうです。
 当時テレビで見ていた感じとしては、品行方正とは見た目からして言えないものの、それまで極端に常識に欠けた人物だとは思えなかったレイザーラモンHGがあの細木数子に対し横柄にも謝罪を要求し出したの見て、なんか変だなという違和感は強く感じました。それこそ当時も何か番組側で仕込んでいるのかと疑ったのですが、それにしたって細木数子とレイザーラモンHGの会話が全く噛み合っておらず、何がどうなっているのかが見ていて一切わかりませんでしたが、雰囲気がどんどん険悪化していくのは画面越しからもはっきりわかり、何故だかわからないけど目が離せない展開ではありました。

 その後、「謝罪しろ→何を?→僕を否定していることを→あんたなんか否定していない」などという噛み合わない会話を繰り広げた後、さぁ占いへと行こうとしたところでまたも会話が噛み合わなくなって、結局番組史上初の占いNGとなってレイザーラモンHGはスタジオから退場することとなりました。番組後にカンペのミスマッチがあったことを知ってレイザーラモンHGは楽屋で細木数子に文字通り謝りに言ったそうですが、「あんたも大変ね」と細木数子からは声をかけられたと後の報道で見た気がします。

 この時の放送回の何が凄いかって、番組に仕込みを入れようとスタッフが動いたところ、出演者が全く想定外の行動を採り、誰も一切先が読めないくらい仕込みゼロなカオスな展開になったってところでしょう。まさにトラブルがトラブルを呼ぶような展開で、そこへきて細木数子とレイザーラモンHGというビジュアル的に激しい二人が画面上で「謝ってくださいよ!」などと激しく言い合いするもんだから、画面映えの良さと言ったら桁違いでした。
 結果的には放送トラブルに近い回でしたが臨場感はすさまじく、お蔵入りさせずに放送した当時の番組スタッフは大したものだったと今更ながら思います。そういう意味ではやはり、番組というのは仕込み一切なしの予想の付かない展開こそが一番面白いと思え、この辺は「たかじんのそこまで言って委員会」で生前のたかじんも同じこと言っていました。

 なおこのほかで「ズバリ言うわよ」で記憶に残っているものとしては、元琴光喜が出演して、ライバルと言われた朝青龍相手に延々と負け続けるVTRを流した回を覚えています。今思うとこうした著名人から話引き出すのは細木数子は上手かった気がします。

2021年11月14日日曜日

反ワクチン派と極左の共通性


 上の記事は今をときめく(?)反ワクチン派だった女性の後悔をつづった記事ですが、これ読んで感じたこととしては、赤軍派をはじめとする全共闘時代の極左の人たちと話し方、考え方、行動の仕方が非常によく似ていると感じました。具体的には、

1、実証的観点を一切持たない
2、人の言うことを聞かない
3、他人を大きく見下している
4、やたら攻撃的
5、他人にも自分の考えと行動を強制してくる
6、金持ちを目の敵にしている

 最も代表的なのは1番の「実証的観点を一切持たない」ところで、基本的に社会主義、共産主義の人たちは「社会主義の皮を被った超資本主義」の中国人を除き、頭の中の理論だけで完結して実証、再検証の段階は一切踏みません。頭の中で全部完結していてその理論を無理やり現実に当てはめようとし、上手くいかなかったら統計を弄ったり情報統制をして上手くいっているように仕立てるのですが、反ワクチン派に関しては自らに都合の悪い情報はシャットアウトするか、「隠蔽されている」などと割り切っている節があり、敢えて自分の言葉で言うと「頭だけで考えて、体で考えていない」連中です。直感的、常識的におかしいと感じること(=気づき、体で考える)を一切無視するところがあり、はっきり言えばこの辺は生物として大きな欠陥を持った人たちに見えます。

 その上で、極左ともども「自分たちは高等で社会大衆は下等」という前提も完全に共通しています。そのため2番、3番のような行動につながってきます。もっとも自己完結するならそれでいいですが、この手の輩って4番の通りむやみやたらに攻撃的で、自分たちの意にそぐわぬ行動を採る人間に対してよせばいいのに激しく突っかかってくるし、直接的な攻撃(海外で相次いでいるワクチン接種妨害)までやってくるので迷惑この上ないです。
 でもって最後の6番に関しては、上の記事で反ワクチン派はコロナとワクチンのことを人口を減らすこと目的とした資本家の陰謀と取っているようで、他の反ワクチン派は知りませんがなんでここで金持ちを敵にしようとするのかが極左ともども意味が分かりません。金持ちの中にも反ワクチン派の人はある程度いる気がするのですが。

 あくまで与太話程度ですが、案外今の反ワクチン派の人間は時代が違えば赤軍派みたいな極左に加入して活動していたのではないかという気がします。それはつまり、どの時代においてもこの手の輩は存在し、その時代ごとに形を変え、姿を変え、いつでもそばにいるよ敵な存在であるということになります。彼らが拠り所とするのはその時々の思想や概念であり、根本的には社会に反逆する、したいという心理が初めからそこに存在するのかもしれません。
 この辺、もう少し詰めて共通性や行動の起因要素とか調べたら、反逆者になりやすい人間とか特定しやすくなるかもしれません。無論、この手の人間には反ワクチン派ではありませんが戦ってなんぼ的な主義の私も入る可能性が高いのですが、きちんと研究とかすべきだと思います。

2021年11月13日土曜日

日本企業がしてきた言い訳のツケ

日本の製造業「技術はあるのに売り方がヘタ」は本当か? 数字から見えた「意外な真実」(現代ビジネス)

 上の記事は自分が密かに尊敬している加谷珪一氏の記事ですが、見出しの「技術はあるのに売り方がヘタ」というのは10年くらい前は飽きるくらい使われてきましたが、この数年間はあまり見当たらず、割とデジャビュ感のある言葉となっています。
 この言葉と同時期によく使われていたものに、「日本は人件費が高すぎる」というのもよくありました。結論から言うと、両者ともに的を外れた言い訳であり、その結果が今の現状に直結している気がします。

 特に後者の人件費に関しては、最近やたらあちこちのメディアで見られるようになりましたが、今の日本の人件費は先進国中最低クラスにまで落ち込んでおり、且つ直近10年間で一切成長していない唯一の国となっています。無論、東南アジアなどの発展途上国と比べれば人件費に格差はありますが、同じ条件である先進国と違ってどうして一切成長がないのかって話にもつながってきます。
 はっきり言えば、途上国への生産移転は今や一般的であり、日本国内の人件費が高いから経済が好転しないという理由にはつながりません。また前述の通り日本はむしろ先進国としては人件費が安い国となっており、その上で、ハイクラス職種に関しては正直もう中国のが上に来ている職種も多い気がします。でも商売に勝てないわけです。

 ではなんで勝てないのか。単純に競争力、能力がないに尽きます。突き詰めれば10年前によくわからない言い訳をしていた時点で競争力を失っており、自身が頼みにしていた技術力も実際存在しなかったと私は見ています。
 この辺は当時の記事にも書いていますが、自分がこうしたからくりに気が付いたのは当時やたら日本が自慢していた環境対応技術です。実際にこの手の博覧会とか回ってみて思ったこととして、日本が世界的に高い技術があるという省エネ・環境技術の大半は金をかければ誰でもできる程度の水準で、際立ったパフォーマンスはごく一部を除いて感じられませんでした。日本はこれらの誰でもできる技術を国内の環境規制で導入しているだけで、技術そのものはほとんど空洞だと気が付き、言うほど日本は技術はなく、商売がうまくいないことを上記の言い訳で逃げているに過ぎないと感じていました。

 この辺の実態が段々と自分たちでも理解できて来たのか、この数年は加谷氏の記事を読むまですっかり見なくなってきていたのですが、ふと気が付くと人件費云々の言い訳も鳴りを潜めてきています。
 特に人件費関連の言い訳については、本来人件費の介在要素が低い設備型製造業企業もアホみたく言ってて、あの矛盾に当時誰も突っ込まなかったことが非常に不思議です。具体的にはプシャーっぽい会社とかその類です。

 今更かもしれませんが、負けを認めるところから始まるものも少なくない気がします。もっともそこまでに至るには、あと10年の時間が必要だろうと私は見ています。

ニートを生む教育法

天才なんJ民「過干渉な母親には、ある日"子育ての大変換"が起きる」(暇人速報)

 上のまとめ記事は先月見たものですが、非常に納得感があるというか金言だと感じる内容が書かれてあります。直接抜粋すると、

32 風吹けば名無し 2018/10/17(水) 04:34:04.69 ID:fBdqdJ6Yd
子供をいつまでも幼児扱いする過保護過干渉な母親と、寡黙で子育てに無関心な父親
ことあるごとに母親が口を出してくるので、子供はどんなことでも母親に意見を仰ぐようになる

入る部活から、家庭科で使う裁縫道具のケースのデザインまで何でも口出しされる
母親に反対されそうなことは怖くてできないので、行動力の無い子供になる

また、こういう母親は往々にして他人の悪口を平気で子供の前で言うため、子供も人嫌いになったり、対人関係における好き嫌いが激しくなり友達もできない
しかし、人生の出来事において全て母親が過保護とはいえしっかり面倒を見切れるのならニートになることはないかもしれない

問題は、高校大学受験や就活などの人生の大きな節目になると、母親がビビって急に口出しをやめることである

それまで何においても干渉してきたくせに、子供の人生を大きく左右するそれらのイベントに直面すると途端に怖じ気づき、「自分の人生なんだから自分で決めなさい」と一切の口出しをやめてしまう(子育ての大転換)

突然母親という羅針盤がなくなった子供は、どうすればいいかわからず受験や就活に失敗し、ニートになる
ここに来て、ようやく重い腰を上げた間抜けな父親が叱責を始めるが、自分に無関心だった父親が今更何を言い出すのか、と子供は反発し、更にニートの地位にしがみつくようになる

というわけや

 簡単に言いなおすと、子供の進学や進路について小さい頃から細かく口出す母親の元で育つと、子供は自らの方向性や将来について考えられなくなるのに、大学神学者就職などの重要なシーンになって母親が怖気づいて急に指示しなくなると、子供はニートになりやすくなる、といったところです。この主張ですが上にも書いてある通り私としてはまさにその通りだと感じるとともに、まさにこういうケースだと感じる人を実際に何度か見ています。それまで過干渉だったのに突然干渉をやめ、ある意味悪い場所で突き放されることで躓くような人がまさにそういう人でした。

 先日に私は「日本人の自我形成における大学教育の重要性」という記事も書いていますが、実はこの記事を書くきっかけとなったのも上の書き込みです。上の書き込みを読んで、またかねてより日本の教育は大学を除いて自我を叩き潰すことが目標になっているという前提を掛け合わせたところ、結局のところ日本人の自我はどこで形成されるのかというと大学在学シーンで、だからこそ各大学の学風というかスクールカラーも成人において比較的わかりやすくみられるのではという結論になりました。

 話を戻すと、仮にニートになる人の一部原因がまさに上の書き込みの通りであるとしたら、その対策はやはり子供の節目節目で、自らに自分の生き方や価値観を自己決定させ、自らが判断する重要性とその責任をはっきり自覚させることに尽きると思います。具体的にはまとめ記事にも書いてある通り習い事や高校などの進学先については強制はせず、本人が望むものを取捨選択させたり、誤った選択であることをわかっていながら本人が望むのなら敢えて選択させて、失敗の経験を敢えて積ませるなどが対策となりうるのではないかと思います。

 その上で、前の記事で主に取り上げた自我について、地味に日本人とその教育を分析する上でかなり重要なワードじゃないかとこのところ思うようになってきました。突き詰めれば自我が未発達の状態で突き放されるということが上の書き込みの内容で、自我をどのように形成させるか、またその自我が暴走しないようにどう抑えるかをもっと日本は考えるべきだと思います。
 具体的には、小中高の自我を叩き潰す教育は早くやめるべきだと思います。この教育法の中で自我を発達させるには既存権力(両親や学校)への反抗しかほぼないように見え、仮に家庭教育の中で自我が育成されなければ本当にもうどうしようもなくなります。

 一方で、現在の大学教育はやはり日本だと非常に重要だと思います。カリキュラムに関してはもっとどうにかしてほしいという気持ちがありますが、授業出席を強制せず、本人の自主性にある程度委ねる姿勢はやはり維持されるべきでしょう。真面目に日本の自我教育における最後の砦な気がします。

2021年11月9日火曜日

中国のケンタッキーのオーダーの取り方


 上の写真はみんな大好きケンタッキーの店内ですが、友人に「这个在日本也有吗?」と聞いたら「ない」と言われました。なんでいきなり中国語書いているのかというと今日いきなり日本語から中国語の翻訳やらされて色々疲れてるからです。

 話を本題に戻すと、現在の中国でケンタッキーをはじめとするチェーン系飲食店では、店員に直接オーダーすることの方がもはや珍しくなっています。基本はテーブルや壁などに貼られているQRコードを読み取ってアプリを起動した後、そこから注文、決済まで済ませます。テーブルのQRコードはテーブル番号と連動しているため、店員も注文来て品物が用意できたら運ぶだけで、決済はオンラインで既に済んでるためレジすら動かしません。

 でもって上の写真ですが、ケンタッキーの場合はアプリか店内のタッチパネル式注文機械に注文出すと上の表示パネルに書かれてある番号がアプリに表示、若しくは感熱紙で出されます。左の画面が準備中を意味するのですが、自分の番号が右側の「出撃可」に表示されたら、手前のロッカーについているQRコード読み取り機にアプリか感熱紙についているQRコードを読み取らせると自分のが入ったロッカーだけがパカッと開く仕組みになっています。
 これデリバリー業者も同様で、自分が運ぶ品物に連動しているQRコードを読み取らせることで間違いなく自分の運搬対象だけ持って行くことができます。むしろこっちの方が本命な気がします。

 なんでこんなの紹介したのかというと、日本ではこういうのはないと聞いたからです。友人によるとアプリで注文して番号を店頭で言って品物を受け取る店はあるそうですが、上海だとむしろそれがデフォで、その機能がない店の方がもはや少なくなっています。
 何が言いたいのかというと、地味にこういう草の根の現場における技術差は笑えないということです。ロケットとかステルスなどのごく一部の最先端分野の技術以上に、市井に溢れている技術力の差の方が本当の実力差を示すものだと自分は考えており、この辺で日中間の差が先ほどにも書いたように笑えなくなってきていることを示すのが上のケンタッキーの写真だと私は考えています。

2021年11月8日月曜日

新エネ車ベンチャー記事の裏側

この4社に注目せよ! 中国EV市場を牽引する新興メーカー(JBpress)

 いつものように自分の記事紹介ですが、前回の第3四半期中国自動車統計記事で新エネルギー車のベンチャー企業がかなり大きくなっており、こうした存在を知らない日本人にも紹介しておこうと思ってこの記事書きました。書いてる間、というより4社について調べている間は興味ある分野であるだけに楽しく、また写真も、自宅からチャリで10分の距離にどのショールームもあったので撮影しやすく、尚且つ被写体の車がどれもいい感じなので撮ってて楽しかったです。

 こんな具合で楽しいこと尽くしでしたが、アクセスはあんま伸びてないようです。その辺は想定内でしたが、アクセスがないとはいえこの記事はまさに今日本が必要とする情報をまとめたという自負があり、読んでくれた人の一助になればと考えています。

 記事内容に少し付け加えると、読んでみてわかるかもしれませんが一番肩入れして書いたのは3番目の哪吒汽車です。記事でも触れている通りこれまでは蔚来汽車、小鵬汽車、理想汽車がベンチャービッグ3と呼ばれていたのですが、突然この3社に割って入るかのように哪吒汽車が今回のし上がってきました。自分も先月までこの会社の存在すら知らず、改めて調べてみたらこの業界には珍しくプロパーの自動車業界エンジニアで、しかも昔から新エネ車を研究していた人だと知って興味が湧きました。

 その創業者の経歴についてはたまたま見つけた中国語記事に細かく書かれてありましたが、2000年頃に試作したEVが途中で止まってしまい、20キロくらい仲間とともに車を押して帰ってきたとか、大学で研究したりとかそういう話が載っていました。中でも面白かったのは出身の奇瑞汽車から独立する際に奇瑞汽車のトップから、「この恩知らずめ!」と言われたそうなのですが、「あなたは40歳近くで独立して奇瑞汽車を作りました。私の年齢は今それに近く、あなたに学んだだけです」と言い放ったセリフなどからも人間的魅力を感じます。


 なお哪吒汽車のホームページ行くと、上記の「魔童版」と称する電動カートも紹介されています。お値段2999元(約5.5万円)で一瞬「買ってみようかな?」とか思いました。iPhoneより安いし。

 勝手な想像ですが、やはり自動車業界出身なだけあって資金調達では他のベンチャーに後れを取ったものの、開発から量産に至るまでの過程は経験者なだけに早いと感じます。また量産中のコストダウンにおいても知見があるのではと期待されるだけに、個人的にはこの哪吒汽車はかなり推したい会社です。

 なお今回ショールームを回っていて感じた点として、どのメーカーも自動車のショールームというより、なんとなく高級家電のショールームみたいな雰囲気を感じました。唯一、これまた哪吒汽車だけ狭いスペースにおばちゃん一人で案内していて、街のディーラーっぽい雰囲気を感じましたが、やはりこの辺は会社の成り立ちがはっきり出ている気がします。