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2023年10月9日月曜日

ジャニーズ問題に関するテレビ局の自己検証の欺瞞

 このところ「地球防衛軍4.1」が楽しすぎてブログの更新さぼってました。ウィングダイバーのレーザーチェンソーが正直言って強すぎて、空飛んでるドラゴンは次元ごと叩き切るような感覚がしてマジ楽しすぎて、ほかの巨大生物と比べドラゴンの殺害数だけが異常なカウント数にこのところなっています。

 話は本題ですがまたも飽きずにジャニーズ問題で、このところテレビ局が何故ジャニーズ問題を報じてこなかったのかという自己検証の報告を発表しています。既に発表された中身を見ると、文春との裁判で性的虐待を裁判所が認めた際に報じなかった点について、「週刊誌のゴシップだと思った」、「芸能界のうわさに過ぎないと思った」と当時の報道担当者が述べたとしています。その上で、ジャニーズ事務所からの報道圧力や忖度は一切なかったという結論になっているのですが、あくまで私個人の推論で述べると、これはテレビ局の嘘だと思います。

 何故このように思うのかというと、元記者の立場で言えば、この件に関して絶対にこんな意見が出るはずないからです。記者にとって一番の屈辱は、目の前にビッグなネタが転がっておきながらみすみす報じず、よそに抜かれるという出来事で、上記の事件で言えばテレビ局はこぞって文春一人にやられたような構図となります。
 であれば「何故報じなかった」と言われた場合、本当に報道関係者だったら、被害者に向き合えなかったなどという感傷論は一切述べず、真っ先に報道で負けたことの強い悔しさを見せるのが自然だと私は思います。しかしテレビ局の報告書をみると、そうした悔しさを一切見せないばかりか、どこか他人事というか報じなくてもしょうがないじゃんというような投げやりな印象すら覚え、テレビ局が行ったヒアリング対象者は本当に記者なのかと疑いたくなる証言しか載せられていません。

 以上の意見はあくまで私の推論に過ぎませんが、テレビ局が自己検証報告で嘘とまでいかずとも、自らの責任に向き合わず、むしろ真実を隠蔽しているという明確な根拠は別にあります。それは何かというと、どの報告書にも今年3月に英BBCがこの問題を取り上げた際、黙殺したことについて触れていないからです。
 百歩譲って大分昔となる先の文春との裁判を報じなかった理由についてさっきの言い訳を受け入れるにしても、ならなんで今年BBCが報じた際、これほどの大きな事件内容にもかかわらず報道を避け、他のメディアが徐々に報じ出すにつれてテレビ局も重い腰を上げて後追いしたのか、その点について検証しないのは不自然としか言いようがありません。BBCの報道を一切引用したことがないってんならまだわかりますが、そんなことあるわけないでしょう。

 上記のBBC報道を後追いしなかった点について検証しないのは、今の現場の人間に塁が及ぶ可能性があるのと、自らが無能であることを認めることになるかでしょう。その上で、上記のような歪な内容でいけしゃあしゃあと「自己検証しました」として出すあたり、やはり報告書全体で信用性が低いと感じます。言うなれば、忖度どころかジャニーズ事務所からの報道圧力がやはりあったのではという風にしか見えません。

 以前にも書いた通り、この問題に関してテレビ局はジャニーズ事務所を批判できる立場ではないでしょう。むしろジャニーズ事務所とともに被害者救済を行わなければならない共犯とも言うべき立場で、共犯同士で未だにこの問題を矮小化しようとし続けています。
 例のNGリスト問題でジャニーズ事務所に対しまた会見を行うよう求める声が強まっていますが、以上の態度を見るにつけ、テレビ局は次の会見に入れるべきじゃないと私は思います。むしろこの問題にずっと昔から向き合ってきた文春単独取材会見の方が、筋に沿うでしょう。何ならNGリストに入ってた人も加えてもいいですが、例の某記者は具体的な質問をせず自分の主張を延々と述べるだけなので、あの人だけは外すべきかなとは思います。ほかの人も書いてたけど、あの人だけならNGリストに載っていても「そりゃ仕方ねぇな(´・ω・)」とみんな納得したでしょう。

2023年10月6日金曜日

失われた10年時の日本と現在の中国の共通点、相違点

 長かった8連休が今日をもって終了することとなり、明日からは振り替え出勤日を含め7日連続勤務の日々が待っています。どっかで有休使ってもいいけど、さすがに今夜は喪失感を感じずにはいられない(´;ω;`)ウッ…

 話は本題ですが、先日にもこのブログで書いた通りに中国では現在、失われた10年時の日本に対する関心が非常に高くなっています。理由としては様々なメディアから「日本化」と言われるほど状況が酷似してきているのと、不景気の足音が目に見える形で迫ってきているためです。
 私自身も、若干重ね過ぎではないかと自分の認識を疑うこともありますが、確かに社会における共通点は非常に多く、また過去10年以上にわたる中国生活の経験から見ても、今回の不景気はかつてない水準になるという気配を強く感じることから、日本の失われた10年を中国が歩むという見方に関して大きく否定する立場ではありません。

 そこで今回は日本の失われた10年、具体的には1990年代における不況期と、現在の中国の共通点、相違点を簡潔にまとめようかと思います。意外とありそうでまだあんまよそでみないテーマですが、JBpressでの連載が続いていたら多分このネタで3回くらいは記事埋められただろうな┐(´д`)┌ヤレヤレ

<共通点>
・不動産業界が最大の懸念点
・高い経済成長率からの急激な鈍化
・景気対策は個人消費拡大が中心
・若者の間で出世意欲が低下
・国内家電市場が飽和済み
・米国との貿易摩擦を抱えている
・不良債権処理を先送りしている

<相違点>
・地方政府の財政がすでに破綻状態
・不動産の主な債権者が銀行ではない
・人口がすでに減少傾向に入っている
・国内企業の海外進出を制限
・不動産開発に地方政府などの行政が絡んでいることが多い

 以上がまとめとなりますが大半がすでにこのブログで語っている、または外部記事でも指摘されているので、太字としている2点についてのみここで解説します。

 まず共通点の「国内家電市場が飽和済み」について述べると、非常にマイナーそうに見えて結構でかい点じゃないかと密かに考えています。
 仕事柄、各家電のニッチ市場別統計データを毎年見ているのですが、昨年の中国家電市場はほぼすべての品目で販売台数、売上ともに前年比マイナスとなっており、市場はもはやほぼ飽和し切っています。それでも輸出台数がまだ伸びているおかげで業績としてはプラスとなっている家電企業が多くなっていますが、その輸出の伸びも去年は大きく鈍化しており、恐らく今年、来年にかけてさらに鈍化、またはマイナス転換する可能性が高いとみています。

 中国の家電輸出が悪化すると思う理由は以下の通りです。

・コロナ対策が各国で終了し、これまで中国が引き受けた代替生産需要が喪失
・中国の人件費高騰による生産移転の加速

 日本も家電で世界覇権を取った90年代に崩壊の兆しが見られましたが、なんとなく今の中国家電企業も同じような気配というか臭いを強く感じます。蘇寧電器など家電量販店の業績も悪くなってきており、日本のエレキと同じ経過をたどる可能性が高いのではと思え、中国家電企業に関しては密かに警戒感を高めています。

 次に相違点の「不動産の主な債権者が銀行ではない」に関しては、以前でも少し触れましたが中国ではマンション建設などにおけるデベロッパーの資金調達方法が、バブル前の日本と大きく異なっています。日本の場合は、まだREITも一般的でなかったので基本的に銀行から資金が調達されましたが、中国の場合は建設前にもかかわらず、マンション購入予定者から前払いを受けてそれを建設資金に充てる行為がよく見られます。
 建設資金に充てられるならばまだマシというか、実際にはこうした資金は不動産会社の運転資金に使われ、別のプロジェクトに流用されるパターンの方が多いでしょう。その結果として、途中で資金がショートすることによる建設途中での開発放棄が起こり、この際に負債を抱えるのは銀行ではなく一般個人となります。

 購入予定者たちは家を取得することができないばかりか、購入資金という巨額な負債を抱えることとなります。銀行から融資を受けていた場合はこれに金利負担が重なるわけで、今後こうした個人負債が広がった場合、深刻な社会問題になるかと思います。まだ銀行が債権者であれば政策でコントロールすこともできるし、一定の負担能力もありますが、個人の場合だと政策での救済は平等性の観点から難しくもあり、日本の不良債権処理と比べるとその処理も難しくなるでしょう。

 最後に直近の中国における現場の話をすると、周りで毎年当たり前に行われてきた年次昇給が今年は一切なかったという話をよく聞きます。それどころか去年より給与が下がったという話もあり、直接的な人員削減もあちこちで行われているそうです。
 自分なんかは過去にいた日系企業で年次昇給なんてほぼ全く受けたことがなく、中国来て何もしてないのに毎年給料が上がるという事実に逆に驚いたのですが、中国人からしたら毎年物価が上がるのだから昇給しなければむしろ所得的にマイナスだという価値観が強く、年次昇給なしという事実に少なからぬショックを受けている人が多いです。多分、バブル崩壊後の日本もこんな感じだったんだろうなと思ってみています。

 以上のような状況にもかかわらず、中国政府の景気対策の中心は一にも二にも「個人消費の拡大」で、個人消費が如何に大事かを毎日連呼しています。しかし自分の観点からすれば個人消費の拡大は景気の拡大をさらに拡大させることはあっても、不景気からの反転にはほぼ全く寄与しないとみており、また以上のような昇給を渋る各社の状況を鑑みると、現状は拡大どころではなく如何にこれまでの水準を保つかという議論じゃないかとみています。
 その上で重要なポイントとなるのは税金です。個人消費を拡大しようってんなら減税することが一番ですが、今の中国政府は中央も地方もゼロコロナでの無駄な出費でとにかく金がなく、ある直轄市の公共バス運転手はすでに数か月も給料の遅配が起きていると聞きます。そうした状況から見るに今後中国は増税が不可避な状況であり、日本の97年時の消費税の3%から5%への引き上げ時のように、楽観したムードが一気に悲観ムードへと転換するのが増税のタイミングじゃないかと思います。言い換えるなら、本当に火がつくのは増税の実施時じゃないかというのが自分の見方です。

2023年10月5日木曜日

ジャニーズ事務所のNGリスト発覚を見た上での解散是非

 昨夜NHKが報じてからというもの、先日の会見でジャニーズ事務所側が質問させない人物をあらかじめリストアップ(NGリスト)していた問題で日本の話題が持ちきりです。私自身、非常に失礼だなと思うと同時に、「自分たちは知らなかった、コンサル会社が勝手に作ってた」とジャニーズ側がは主張していますが、後に「リストを見せられたが使わないように言っていた」と発言を翻すあたり、これらの主張は全部嘘でしょう。

弊社記者会見に関する一部報道について(ジャニーズ事務所)

 上記リンク先はジャニーズ事務所の本件に関するプレスリリースですが、自分が気になったのは上記のNGリストを使用するかしないかの井ノ原氏のやり取りについて、

「そのやりとりをその場にいた役員全員が聞いております。」

 と述べている点です。

 役員全員が見ているならなおさら最初の「こんなものあるなんて知らなかった」という声明は出るわけがないし、またこんなもの作ってる時点でこのコンサル会社を解任しなかったという点でも役員失格でしょう。真面目に早く解任しておけば、今回の炎上を防げたのにねっていう気はします。

 私個人の印象ですが、今回のNGリストが流出するやメディアのジャニーズに対する空気というか態度が一変したような感じがします。これまでは持ちつ持たれつの関係から今一つ抜け出れず、所属タレント出演番組の打ち切りや自粛についても「そこまでやる必要はない」などと、どちらかと言えば擁護するかのような向きも見られました。
 しかし元々気位だけは高い連中なだけに、今回このNGリストという舐めたものが作られていたことを知り、ジャニーズに対する批判というか攻撃がいよいよもって本気で行われようとするかのような雰囲気になった気がします。即ちNGリストについてきちんと認めない限り、「どうして作成を指示したことを認めないの?」的に延々と攻撃が続くことは明白でしょう。

 その上で、これまでのこの問題の議論は「如何にジャニーズ事務所を再スタートさせるか」という再建プランの中身でしたが、今回のNGリスト問題をきっかけに、「ジャニーズを解散させるか否か」に議論が移ると思います。実際、過去の性的虐待問題にテレビ局への強要などについて反省するどころか、今回のように「どうにかごまかそう」っていうのが本心である証拠が出てきたのですから、少なくとも現経営陣は総退陣しなければ話になりません。東山氏は芸能界を引退すると発表していますが、この期に及んでは芸能界どころか社会人引退に至ることでしょう。
 またかねてから指摘されているように番頭的な元役員を会見には出さずにおきながら未だ追放せず、社員として囲い続けているあたり、性的虐待がもう起きないと判断するには正直無理な体制でしょう。損切りを間違えたというべきか、最初の会見の時点で事務所名改称、社長職に第三者を招聘など、もっと殊勝そうな態度や姿勢を打ち出せておけば解散が議論の俎上に挙がってくることはなかったのにと思います。

 現時点での予想としては、ジャニーズ事務所が事務所名を改称するかに係わらず、解散するかは6:4くらいかなとみています。こう考える根拠としてはこれまでむしろ味方であったメディアを一夜で全員敵に回したことと、現経営陣がわざとジャニーズ事務所を潰そうとしているのかとすら思えるくらいのポカぶりを連発するくらい無能であることから、今後も炎上に関して燃料を投入し続けると予想しているからです。
 電通とかでもそうですが、普段マスコミにでかい顔している連中ほど、いざ自分が守勢に回ると非常にもろい傾向があります。今回のジャニーズもまさにその典型みたいな自爆ぶりを見せていますが、ぶっちゃけ変なコンサル会社噛ませるくらいなら、マスコミに会見が称賛されたキャンドル・ジュン氏でも招いた方がよかったでしょう。まぁこういうときに人を見る目がないのだろうけど。

 今後に関して、私の予想ではジャニーズ事務所はどうせやるだけ叩かれるんだからと恐らくもう会見は開かないとかと思います。運が良ければまたビッグモーターみたいなほかに関心が移るビッグな事件が起きて火中を脱するかもしれませんが、悲観的シナリオではスポンサー離れが今後さらに続き、またテレビ局も番組を打ちきりだし、所属タレントの流出も続いて、単純に経営がいかなくなる事態に陥ると思います。個人的な興味は、誰が最後までこの泥船に残るかかなもはや。

2023年10月4日水曜日

小学生の暴力事件増加について

 また今日も自転車走ってきましたが、道間違えて50㎞の予定が65㎞くらい走る羽目となりました。おなかすくから本当にご飯食べる量も増えるし。それでも一昨日の100㎞に比べたら全然楽で、状態も段違いです。


 話は本題ですが本日出た朝日新聞の記事によると、学校内での暴力事発生数が全体で増加しており、中でも小学生による事件が中学生、高校生をも上回り、世代別で最大となったそうです。増加に関してはこれまで事件として認知されなかった内容が認知されるようになったと考えられるためそれほど気にしていませんが、世代別で小学生が最も暴力事件が多いという事実に関しては少々驚きました。

 感覚的には反抗期を迎え体力も突いてくる中学生が最も多いのではないかと思っていました。しかし実際には小学生が最も多く、なんでやねんという疑問を少々覚えました。
 いくつか見た解説の中で比較的ストンと落ちたのは、中学受験率の上昇によりストレスを抱えることもが増えたという説です。自分も中学受験をやっていますがその体験から述べると、中学受験のために勉強すると変に知恵がつくというか、自分が何でこんな親の虚栄心のために不公平なことやらされているのかなどに気が付きやすくなるような気がします。また出来る子とも露骨に比較されるので、暴力事件を起こす奴もいるっちゃいるだろうという点で納得感があります。

 その上で自分の頃も学校教育が悪化してきていると言われていましたが、それでも今に比べればまだのどかだったなぁと感じます。先日紹介した「誰が国語力を殺すのか」を読んでも、これで授業成立するのかと思うくらい荒れた教育現場も増えてきているとのようだし、マジで教育について真剣に考えた方がいいのではないかと教育関係者でもないのに自分でも思ってきたりします。

 なお「誰が国語力を殺すのか」に書かれてあったことですが、学校の教育現場としては「教えきれない」という状況が現在発生しているようです。それは何かというと、インターネットをはじめかつて存在しなかった「教えなければならない知識」が膨大に増えており、これまでの教育課程では詰め込めきれず、教える側も教えられる側も情報過多によるパンク状態だそうです。
 これについては自分も同感で、ネットリテラシーからプライバシーやハラスメントの概念まで以前とは段違いに情報量が増えているし、それだけ社会も複雑化しています。自分の頃なんて専門的な世界からやや一般化してきた株式取引が追加で教えられるくらいで、まだネットリテラシーについては教えられることはありませんでした。携帯電話マナーとかについても同じです。

 その辺を読んで感じたこととしては、今の教育には「選択と集中」こそが必要で、これだけはガチで確実に教えなければならないことをしっかり選び、余裕のある子には別のことも教えるような体制じゃないかと思います。できれば税金の制度とかについてもせっかくだから中学校辺りでしっかり教えてほしいものですが、国もあんま教えたくなさそうだし、真っ先に除外される分野だろうな。

2023年10月3日火曜日

好きな漫画家(奥浩哉)

 「好きな漫画家は?」と聞かれた場合、大抵相手を見て応えて無難に応えるべき状況であれば「三国志の横山光輝」と答えますが、そうでない場合は「ニビンベンと奥浩哉」と答えます。
 ニビンベンとは弐瓶勉氏のことで、その代表作は「BLAME!」、「シドニアの騎士」ですが、両作品は同じ作者ではあるものの同一人物とは思えないほどデザインが異なっており、自分が好きなのはどちらかと言えば「BLAME!」の方で、同時期の「バイオメガ」も好きです。

 もう一方の奥浩哉氏についてはその代表作はまぎれもなく「GANTZ」ですが、実は先日、セール中だったのと前からずっとほしかったことからその短編集の「赤」と「黒」を購入しました。両方とも、作者の出世作である「HEN」シリーズの短期集中連載版が掲載されているのですが、改めて読むと時代の先取りぶりというか相変わらずタブーのない描き方をしていることにびっくりしました。
 知らない人向けに説明すると、この「HEN」シリーズの内容はバイセクシャル、トランスセクシャル物です。話は大きく分けて3種類あり、

・女の子っぽい男子に求愛する超イケメンの男子の話
・超地味な女子に求愛する超美女な女子の話
・体が女性になってしまった男子の話

 以上三つで、ほかにあるとしたら両刀使いくらいしかないくらい性的価値観が一般とは異なる三者三様のストーリーが載せられています。また「黒」の方には「観察日記」をはじめとした、後の「GANTZ」を彷彿させる残酷で救いようのない、人によっては目をそむけたくなるようなえげつない内容も収録されています。

 自分が奥氏を初めて知ったのは上記の「HEN」の正式連載版で、表紙の女性キャラクターの露出が異常に激しいのと、ほかの漫画家とは一線を画すスタイルのデザインが目を引きましたが、当時は結局手に取ることはありませんでした。実際に初めて手に取ったのは「HEN」の後に連載された「01 ZERO ONE」からで、作者名が「奥浩哉」と書いておきながら、表紙には当時のバーチャファイターのようなフルCGで描かれたキャラクターが載せられており、「え、奥浩哉ってあの漫画家でしょ。なんでゲームCGが表紙なの?」という疑問から漫画喫茶で手に取ったのを今でもよく覚えています。

 この「ゼロワン」は奥氏にとって初めての、コンピューターグラフィックスを多用した漫画作品です。話のあらすじはVR空間で戦う格闘ゲームを巡り中学生の主人公らが仲間を集めて大会に出場し、俺たちの戦いはこれからだ的なところで打ち切りに合うという話です。
 奥氏によると、制作機材の導入やスタッフの育成であれほどの大ヒットを飛ばした「HEN」で築いた財産がこの作品の制作のためにすっ飛び、また人気も得られなかったから連載を中止したとの作品です。ただ結果的にこの作品で得られたノウハウが次の「GANTZ」に使われ、こちらで負けを取り返すかのような大ヒットを手中に収めるわけですが。

 この「ゼロワン」ですが、初めて見た時のインパクトは非常に強いものがありました。当時まだCGを使う作家はほとんどおらず、使うとしても表紙のカラー画程度だったものを、「ゼロワン」では通常のページでもふんだんに使用しており、元々リアル調な奥氏の絵柄と相まってCGで作られた背景が非常に際立っていました。
 その後、「GANTZ」においてもこの手法は受け継がれるのですが、CGを漫画に使うという手法は現代ではごく当たり前と化しつつあるものの、先日亡くなった「コブラ」の寺沢武一と並び、この分野のパイオニアはやはり奥氏であると私は考えています。

 もっとも奥氏に関してはその作画技術もさることながら、前述の「HEN」シリーズのように作中の展開が苛烈過ぎるくらいタブーのない描写を描く点でもほかの作家と大きく異なっています。連載終了から長く日が経つ「GANTZ」に関しては、恐らく現在においてもこれほど残虐描写の激しい漫画は多分ないように思われ、現代世界を背景にリアル寄りの画風であれほど血肉飛び交う作品は自分はまだお目にしたことがありません。実際に連載当時、よくこの本が発禁にならないものだと当時思っていました。同じ時期に「殺し屋1」もあったけど、なんか2000年初頭は堰を切ったかのような残虐描写の激しい漫画が多かった気がする。

 ただ残虐描写だけなら、「GANTZ」はここまで評価される作品にはならなかったでしょう。今回短編集を読んで改めて奥氏は単純に「漫画がうまい」というか、コマの区切り方や描写の見せ方がうまく、読者を引き込む力が元から高いと感じました。描写がわかりやすいせいかページをめくる速度が以上に早く、今回さらに勢いに乗って購入した「ゼロワン」も1時間以内に3巻全部を読み終えてしまいました。
 それでいてCGに頼らない作画能力も桁違いに高く、有名な話ですが「GANTZ」終盤で出てくる巨大ロボットは当初誰もがCGで描かれていると思われていましたが、あれも全部作者自らがいちいち書いていたそうです。っていうかあの「GANTZロボ」も、無駄にかっこよく見せようとしてないのに、ほかの誰にもない独創性を強く感じる凄いデザインに感じます。

 こんな感じで一気に奥氏についてまくしたてましたが、CG作画に関しては本気で彼がいなければ5年は日本漫画界の発展は遅れたのではないかと思います。それだけに、その記念すべき初代作品の「ゼロワン」は今だからこそ連載再開してほしいなと密かに思ってたりします。



  

パンクな自転車

 9月29日から始まった連休中、地球防衛軍などゲームばかりしているので少しは運動しないと思っていた際、「久々にアレやるか」と思いつきました。その内容というのも、隣の昆山への往復100㎞コースのサイクリングです。

 このコースは一時期、毎月やっていたくらい自分にとっておなじみのコースで道に関しても熟知しており、またちょうどほぼ100㎞になるので距離的にも感覚が掴みやすいコースです。ただこの1年くらいは仕事の忙しさを言い訳に100㎞を走っておらず、かなり久々の長距離サイクリングとなりますが、買って見知った道だけに問題ないだろうと当初思っていました。

 決行したのは昨日で、その前夜においては6時半に出発して往路に2.5h、復路に休憩込みで3.5hとし、午前中に行って帰ってくる予定でした。ただ当日朝、「(´ぅω・`)ネムイ」ということから結局出発したのは1時間遅れの7時半で、まぁそれでも昼過ぎには帰ってこれるだろうと予想していました。
 往路においてはやや追い風にもなり調子よく、ブランクなど感じさせないくらい好調に走行してこれました。そのおかげで10時前に昆山市郊外に入り、もう少し深く入ったところで折り返そうと思っていた矢先、なんかケツの方で感じる衝撃が強く感じました。不安とともに振り返ると、見事なほど後輪がパンクしていました。

 なおこの時に後ろを自転車で走ってたおっさんが「一目でわかるくらいパンクしてたよ😀」と楽し気な感じで話しかけてきました。「マジかよクソ(´・ω・)」と自分も返事した後、近くに修理できる自転車店はないかと地図アプリで探したところ、地図上でGIANTのお店が近くに表示されていたので早速そこへ向かったのですが、これがかなりの誤算となりました。
 というのも、上海は比較的コンパクトな街ですがほかの中国の都市は基本的に1ブロックが極端にでかく、地図で見て近くだと思っても、実はとんでもない距離にあったりすることが山ほどあります。この時もまさにそうで、地図で見たら2ブロックくらい先かと思ったら、表示されないだけでその過程の道にはいくつものブロックが分かれており、結局歩いて1時間くらいの距離、約5㎞いったところにお店はありました。

 とはいえお店自体はきちんと営業しており、店の人も故障内容を伝えたところすぐ対応してくれて無事にパンクも修理することができました。ほっと一安心してケンタッキーで飯食った後、それじゃあ上海へと帰るかと自転車に乗り込んで約10分、なんか後輪から音がしてきました。不安とともに振り返ると、見事なほど後輪がパンクしていました。
 一体何ごとと思いつつ、再び自転車を引っ張って先のGIANTのお店を訪れ経過を伝えたところ、タイヤの外皮に問題があるのではと調べてくれました。そしたら案の定というか鉄片が内部深くに食い込んでおり、チューブもそれにやられたのか突き刺されたような穴の痕がくっきり残っていました。

 この際店員から「もしかしてあの道通ってきたんじゃないの?」と、まさに自分が通過してきた道をぴたりと指摘してきました。その道(沿沪大道)は上海と昆山の境目で工場が多く、トラックがたくさん往来する道でこうした金属片がよく落ちており、パンクしやすい道だと教えてくれました。
 実際にというか、過去に自分もあそこで一度パンクしたことがありました。ただあそこ通らないと道に迷うってんで、結局この日の帰り道もこの道を通りました。

 以上のような経過を経て、2回目の修理費(35元=約700円)もしっかり払って再び動き出したのは午後1時でした。二度のパンクで長く歩いて時間もロスしたこともさることながら、時間の経過によって体への負担が徐々に出てくるようになり、既に体力的にフラフラな状態にありました。
 ぶっちゃけ身体の痛みとかだるさは我慢できますが、疲労になって頭痛を起こすのが何より辛いです。もっともその頭痛も、昆山市を出て上海市に入ったあたりから収まっていったのですが、今回初めて気が付きましたがもしかしたら昆山市の道路は整備されておらず凸凹しており、その振動で頭痛起きているのではないかと疑っています。

 結局そんなこんだで、帰宅できたのは午後4時でした。そこからシャワー浴びて夕食を約束していた友人に時間をどうすると尋ねたところ午後5時40分を指定され、もうちょい休められるかと思っていたら結局すぐまた自転車に乗って待ち合わせ場所へ向かわざるを得ませんでした。友人に事の経緯を話したら「昆山まで行くなよ(´・ω・)」と呆れられました。
 そして一夜明け、脚の方は筋肉痛はないものの膝の反応がやや鈍くなっています。意外だったのは左手の手の平で、恐らくハンドルを握り過ぎたせいか手の平に筋肉痛が起きていました。まぁ午後になったら全く感じなくなったけど。

 さすがに今日は自宅でカレー作ってゲームしかしないだらけた1日を過ごしましたが、やはり100㎞走ると結構負担がでかいな、毎日はできないなとか思います。ただ夏の間は仕事忙しくて、あと暑すぎて危険だったために本当に運動不足となっているため、また明日も自転車乗りに行くつもりです。行先はまた勝手見知った上海市内のある観光スポットにする予定です。

2023年10月1日日曜日

歴史の転換点

 歴史関連の議論で翌「歴史の転換点」という言葉が出てきますが、実際の現実においてはリアルタイムでその時点が「転換点」だと気づくことは少なく、後になってあれが転換点だったと気づくパターンの方が多いです。日本のバブル崩壊に関しても、確か95年頃に当時の大蔵省の出したレポートに「バブル崩壊」という言葉が出て、初めて日本人は大規模な景気の転換点を認識するに至っています。

 では近年における歴史の転換点はいつなのか。先ほどは「気づき辛い」と言っておきながらですが、近年においてはむしろ気づきやすい大事件が頻発して起こっています。
 まず直近で言えば2022年のロシアによるウクライナ侵攻でしょう。仮に今後奇跡的にロシアがウクライナに有利な条件で和睦したとしても、ロシア、素子tプーチンの世界に対する影響力は戦前と比べ激減することには変わりなく、またその余波としてロシアと反米で共同歩調を取ってきた中国の影響力もそがれることが確実です。中国に至っては景気も減速してきており、まさにダブルパンチの衝撃でしょう。

 このウクライナ侵攻より一つ前の転換点はというと、こちらも非常にわかりやすい2020年のコロナ流行でしょう。各国の防疫体制だけでなく、同じ読みの貿易ことグローバルビジネスに与えた影響もさることながら、リモートワークをはじめとするライフスタイルでも大きな転換を促しており、これ以前と以後でITの活用の幅は大きく違ってきています。またその変化に対応し切れなかった企業らは廃業に迫られており、コロナはネガティブな面ばかり言われていますが、社会に対しポジティブな影響も十分及ぼしていると私は感じます。
 また2020年は長く続いた安倍政権が終わり、「すがっち」こと菅内閣も誕生しています。安倍政権は長く続いたことで日本への影響が大きいこともさることながら、翌年の暗殺事件とそれに伴う統一教会問題事件など安部元総理が居座ったことにより蓋をされていた出来事も少なくなく、政治的な転換点であったとみていいかと考えています。

 これ以前はしばらく転換点はありませんが、世界的にはともかく、日本にとってはやはり2011年の東日本大震災は転換点となり得るでしょう。世界的で言えば2008年のリーマンショックで、これにより金融や会計業界は規制が強化され、それ以前と以後では全く世界観が異なってきます。
 そのリーマンショック以前の転換点と言えば、自分が間を見落としているだけかもしれませんが2001年の米国における同時多発テロだと考えています。この事件がなければアフガン、イラクの戦争はなかったということと、ソ連崩壊に始まる90年代における米国全盛期の転換点にもなっていて、以上に挙げた転換点の中でも最も大きな影響力を持つように感じます。

 以上の通りざっと列記してみましたが、自分が転換点と感じる出来事が2021年のコロナ流行、2022年のウクライナ侵攻が非常に短いラグで起きています。あまりシンギュラリティというのを信じてはいませんが、何か一つの出来事をきっかけに、影響が波及して大きな事件が連続で起こるということは現実にもありえ、それを踏まえるとウクライナ侵攻はコロナ流行がなければ起きたのか、起きなかったのかは後々研究テーマとして成立するような気がします。
 同様に、ウクライナ侵攻が今後どのような事件を波及して起こすのか、今世界史を俯瞰する上ではこの点を最も注目すべきでしょう。端的に言えば東欧と北欧のほぼ完全なNATO入りが、EUことヨーロッパ統合の行く末にどう影響するのか、ロシアの影響力ダウンによる中国や北朝鮮への影響は、近年に社会の分断が激化している米国は今後どうなるのか、この点が論点になってくるでしょう。