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2019年12月26日木曜日

弱気となる世論

 どうでもいいですが以前「アクシズの脅威」というゲームでうかつに敵支配地域に攻め込んだら、思ったより部隊揃えてこられて思わぬ反撃に遭い、「ここは俺に任せて早く逃げろ」的にGP-03デンドロビウムに乗ったレビル将軍が拠点に陣取り、迫りくる敵軍相手にひたすらMAP兵器撃ちまくった記憶が何故か離れません。まぁすぐ落とされて病院送りされたけど。

 話は本題ですが、以前私はこのブログで日本人の中国に対する見方が「嘲り」から「恐怖」に変わりつつあると書きましたが、今はもはや「諦観」に近くなっているような気がします。もっとも中国にいる人間だったら、十年くらい前の時点でこの境地に至っていたかもしれませんが。
 また中国に対する見方だけでなくても、経済や政治、文化に対する見方もすっかり意気消沈している感があります。例えば音楽曲の年間トップ20などについて、私同様に「どの曲も知らない」と書く人が多く、単純に売れる歌がないというのか、誰も記憶に残る歌が出てこないというのか、かえって判断の難しい状況のように見えます。

 景気のいい話と言ったらZOZOの元社長の成金行動くらいな気がしますが、あれは私から見るとなんか必死感があり過ぎて逆に笑えません。なんとなくですが、ああいう行動しないともう生活できないというような追い詰められたようにも見え、下手な気持ちからではなく無理しないでいいよと誰か声かけた方がいいのではと思ってます。

 ではそもそも何故、日本全体でこんなにも世論が消沈しているのか。一発目に浮かぶものとしては「貧しくなったから」がトップに来るでしょうが、昭和の日本は今よりずっと貧しくても社会の空気はもっと明るかっただろうし、中国も2000年代はそんな昭和の日本でした。
 次に来るのは「成長しなくなったから」でこれには確かに納得できる部分もありますが、一方で「成長しているところ」には日本人はあまり目を向けず、そちらへ進出してやろうという意気込みが感じられず、何か別に根本的な理由があるのではないかと思えてきます。

 結論から言うと、地味に弱っているのは日本人の意思ではなく、その意思を報じる連中が弱っているからではないかと、密かに考えています。はっきり言えばマスコミが自分自身の勢いの衰えをはっきり自認してきたから、伝える世論やニュースも後ろ向きなのばかりやるようになってきたのではないかと実は少し考えています。
 先日友人から「これは面白い」と言われて「2050年のメディア」という本を紹介され、「高いからまた今度ね」とスルーして、ようやく年末セールに入ったので先週購入しましたが、この本であのナベツネですら「もうあかん」的なこと言いだした辺り、確かにやばいんだなという実感が私にも湧いてきました。

朝日新聞、「本業」の不動産が利益の8割まで上昇 リストラと非正規社員の活用で高収益 2019年3月期(ダイアログニュース)

 上のような記事にも出ている通り、現代の日本のメディア業は基本不動産なしでは成立しないところまできています。それにしても稼いでこないメディア事業部社員の給与が高いことが、この記事で一番笑える箇所です。

 こういう点を考えると、メディアが実質国営・公営で、どんだけ状況悪くても強気なニュースしか流さない中国はそりゃ世論も明るくなるよなという気がします。無論それはそれで別の問題を孕んでくるわけですが、なんとなく日本人のやる気を奪っているのは、実はほかならぬメディアじゃないのか、なんでかっていうと彼ら自身がものすごい後ろ向きになりつつあるからというのが今日の言いたかったことです。

 何も考えてなくても、こうやって記事にできるいい例になりそうだこの記事。半分まで書いたところで「2050年のメディア」について触れようと思いついたくらいだし。


夜なべした和牛記事

18年ぶりに輸入解禁、中国で和牛の実力は火を噴くか(JBpress)

 っていうわけで今日、正確には日本時間で昨日配信されたのが上の記事です。本当はこのブログ記事も早く書く予定でしたが、Steamのゲームで遊んでて今頃書いています。

 この記事は本来、来年一発目用の記事として準備していました。構想を立てたのは先週土曜、たまたま昼飯に寄った日本食屋で別の日本人が仲間に、「中国ではあまり牛肉はメジャーじゃない」というような会話を耳にして、十分記事ネタとして通用すると考えたことがきっかけでした。
 早速、年末とあって次回分の締め切りが早く設定されていたことから翌日曜日にはリサーチ、執筆を始めたのですが、自動車や家電などと比べると牛肉関連のデータはあまり調査、公開されておらず、思っていた以上にリサーチで苦労しました。特に日本のデータは経済産業省、農水省で消費量から輸入量までバラバラで、正直あまり信用できないデータもあって思い切って切り捨てました。

 特に一番疑問に感じたのは、日本人の一人当たり年間牛肉消費量を約6kgとするデータを多く見ましたが、中国ですら約5.2kgであることを考慮すると、やや少なすぎるような気がします。こんな具合で、意外と市場調査のなってない分野だと今回気が付きました。

 そんなこんだで日曜夜までずっと記事書いて、次の月曜に見直して提出すればいいと思って朝を迎えたら、その月曜に中国が日本国産牛肉の輸入解禁を発表したことでひっくり返りました。
 それまでの想定では解禁は来年になると各所で見込まれていたことから、私の記事でもそのように書いた上で、どちらかと言えばマクロデータ中心の記事としてまとめていました。そしたらいきなり解禁されてしまったので、こりゃヤバイと思って内容を書き換えるとともに、時期を合わせた方がいいと考えて編集部に連絡を取り、繰り上げて掲載することとしました。

 書き直した内容としては、マクロ中心からミクロ意見も取り入れて、あと解禁ニュースに合わせて出てきた追加のマクロデータも加えました。上記の通り牛肉消費関連のデータはあまり公開されておらず、また信用度も低いデータも少なくないだけに、比較的確実なデータを記事内でうまくまとめられたかと思っています。
 ただこの記事、経済記事としては比較的よくまとまっているものの、内容が地味故かアクセスはあまり良くなかったです。この点は私も想定していたとはいえ、業界関係者にうまく届いてくれればいいと願いながら出しています。果たして届いてくれただろうか。

2019年12月24日火曜日

忘年会議論について

ネットに蔓延する怪しい海外ニュースの見分け方(JBpress)

 昨日配信された自分の記事ですが、昨夜は忙しすぎてとても紹介する暇がありませんでした。っていうかキーボードの叩き過ぎなのか右肩が本当に上がらず、上げようとしたらマジ痛い(´・ω・`)
 記事自体も書いててそれなりに楽しかったけど、想定通りではある者のあまり評判は良くありませんでした。ただ今後どっかで何かがきっかけで検索には引っかかるとは思うんだけどね。

中国では10年前から当たり前「忘年会スルー」(JBpress)

 でもってこちらは近藤氏の今日配信された記事です。記事内容の通り中国では会社ぐるみの忘年会はそんな多くないものの、一点だけ補足すると中国人は大勢集まってわいわい騒ぐこと自体は嫌ってはいません。もっとも、地方と都市部でこの考えには差がありますが。

 今日この記事を引用したのは何故かというと、未だに日本で忘年会に出る、出ないの議論があることに強い違和感を感じたからです。出たくなきゃ出なきゃいいだけじゃねーかと私は思うのですが、それでも世間体とか、あと出席させようとする上司が多いとかいろいろあって「忘年会スルー」という言葉が出来たようですが、はっきり言えばこの手の風習自体がもはや滑稽です。

 いろいろ言いたいことあるけどマジで右肩やばくなってきたので一気にまとめると、若手が忘年会に出たがらないというのは少なからず、年配層と距離感を強く感じている、いうなれば話が合わないと思ってるし親近感が持たれていないということです。なので今後参加してもらうには、普段からこの距離感を縮めることが大事だし、それ以前に距離置かれるほど嫌われてるのだから忘年会うんぬんよりそっちをどうにかすることをまず先に考えろよと言いたいです。
 それでも敢えてこの距離感の問題から目を背けて忘年会に参加させたいってんなら、仲が良く上下のない取引先などとの合同忘年会などにして、若手は若手、年配は年配で他社間交流の場の様にすればいいのではないかと思います。若干合コン入ってもいいし、こういう会の方が有意義でいいと思います。

 さて、肩痛いけどゲームするか。

2019年12月22日日曜日

ベヨネッタとニンジャガ

 昨夜アクションゲーム「ベヨネッタ」のSwitch版を、途中までノーマル、後半だけイージーモードでクリアしました。感想は、「買わなきゃよかった」と後悔する出来でした。しかも2も既に買ってるだけに後悔後先に立たずです。
 そもそもなんでこのゲームを買ったのかというと、アクションゲームの傑作として評価されていたからです。しかし実際にプレイしてみたところ不満点が非常に多く、なんでこのゲームが傑作扱いされるのか非常に疑問に感じたため今こうやって記事書いています。

 まずアクションについては、確かにウリとしているだけあってつまらなくはないです。しかしこのゲームの場合、相手の攻撃を直前でよけることで相手の動作が止まり、こちらが一方的に攻撃を仕掛けられる(ウィッチタイム)ようになるのですが、こうした状況を利用することを前提に作られていることが非常に不満でした。具体的に言えば、相手が攻撃してくるのを待って、それを敢えて避けることが非常に重要であり、そのため戦闘では基本「受け身」にならざるを得ません。
 もちろん他のアクションゲームでも相手の攻撃を見切って、攻撃後の隙を一気に叩くというプレイは珍しくありません。しかしベヨネッタの場合、全編にわたってそれが求められ、体力が少なかったら素早い相手に対しこちらから先制的に仕掛けて倒すといったプレイがしづらくなっています。また複数の敵に囲まれると上記のような状況を作らない限りはまともに攻撃できず、最初にともかく避ける、それから殴るというのが非常に強制されます。いわば、戦闘における戦術の幅が非常に狭いです。

 それでも上記の点はそういうゲームデザインだと思って割り切ることはできます。ただどうしても私が割り切れなかったのはこのゲームのストーリー、ひどすぎるというか感性が一体どれくらい古いんだと非常に不満に感じました。
 実際、プレイしていてもちんぷんかんぷん意味わからずで、そもそもなんで天使どもに一方的に攻撃されなきゃいけないのか、でもってなんでこっちは天使を一方的に殴り続けなきゃいけないのか、あと悪魔がなんで味方になってやってこないのかと、この点一つとっても不満この上ありません。

 そうした背景をゲームの合間のストーリームービーで説明しようという意思は感じるのですが、とにもかくにも見せ方が下手で、感覚的にはゲームの合間にクソみたいなサメ映画を無理やり見させられているような感じでした。黒幕にしたって如何にも過ぎる展開で、もうちょっとひねろうとはだれも思わなかったのか、その登場シーンを見て「ああ、やっぱり……」みたいな感じでげんなりしました。

 こんな具合で非常に不満が高く、正直このゲームが売れたのは主人公のビジュアルが良かっただけなんじゃないかと本気で疑っています。敵キャラの天使のデザインにしても、統一しているように見せかけて実は統一感がなく、意匠の美は私には感じられません。また発売自体がやや古いこともあって、当時流行っていた悪名高きQTE(クイックタイムイベント)が豊富に用意されており、クソみたいなサメ映画のようなムービーをスキップ出来ず無理やり見させられ、ほぼ初見殺しなコマンド入力が求められで、このゲームを評価してた人には本気でもっといいゲームがあることを紹介したいです。

 その場合、仮に紹介するとしたら私の中では「ニンジャガ」こと「ニンジャガイデン」です。正確には私がプレイしたのはPS3版の「ニンジャガイデン∑1、2」ですが、未だにこのゲームを我ながらよくクリアできたものだと今でも思います。というのもこのゲーム、非常に難しいことで有名で、あまりの難しさにある人がクレームを入れたら「練習してください」と言い切られたこともある曰く付きのゲームです。
 実際に私もご多分に漏れず非常に苦労したのですが、プレイしていくうちに自然に上達していき、途中進行ルートで迷うところがあることは不満であったものの、ことアクションに関してはどんどんうまくなって、どんどん見栄えが良くなり、非常に難しかったけどノーマルで一応全クリは達成できました。

 特にアクションに関しては使用武器が豊富にあり、状況や相手によって使い分ける楽しさもあれば、受け身中心で戦う敵もいれば、率先して切りかかりすぐに距離を話す一撃離脱が重要な敵もおり、そうした戦術の使い方も楽しかったのを覚えています。
 もっとも中盤のボスの「アルマ重鬼卿」と初めてかちあった時は、何もわからないまま一瞬で殺され、どうすればいいのか軽く絶望しましたが。

 またストーリー(1)に関しても非常に単純明快で、

忍の里を襲ったやつらをぶっ殺しに行く

ついでに復活した魔神もぶっ殺す

最後唐突に出てきたおっさんもついでにぶっ殺す

 という、これ以上説明の必要がないくらい凄いわかりやすさで、アクションゲームに余計な裏設定とか因縁は不要であるというのをまざまざと見せつけてくれました。なお最後に出てくるラスボスのおっさんに至っては、実は1面に出て来た時の方が強いというシュールな設定のされ方がされてあって、最後倒した後はあまりの歯応えのなさに「え、なんなんこいつ(゚Д゚;)」と唖然としたのを覚えています。
 ちなみにこのおっさんに限らなくても、実はこのゲームは1面が最も難しいという変な難易度設定になってます。まぁその分、1面で大分鍛えられるというのはあるけど。

 こんな感じで似たような3Dアクションゲームとしてみた場合、ニンジャガの方がベヨネッタよりはるかに上を行くと私は感じます。もっとも私は遊んでないけど、続編の「ニンジャガ3」はひどい出来だったと酷評されていますが。

2019年12月21日土曜日

ビッグディール

 今朝、何故か朝四時に目が覚めたのでそのままベッドから起き、パソコンに向かいました。そしてDMMの電子書籍サイトを訪れ、そのままビッグディールを敢行しました。

 どういうことかというと、DMMで年末年始セールを開始したのでこれを機に前から花王音持っていた電子書籍を一気にまとめ買いしました。既に二ヶ月前から購入する商品をお気に入りに選んでいたこともあり、購入金額が一瞬で1万円近くにまで上ってちょい焦りました(;´・ω・)
 買った本は漫画以外だと友人に勧められたメディア業界本、あと山岳遭難本で、漫画だと鬱になるマンガとして挙げられていた「さくらの唄」と「人形の国」の最新刊、それと「ファイアパンチ」全巻等です。早速ファイアパンチを少し読みましたが冒頭の、「あらゆる苦痛を受け入れてでも、死だけは受け入れてはならない」に続く「生きて」のセリフは衝撃を受け、改めて作者の藤本タツキ氏はとんでもない作家になると感じました。

 その後早速ダウンロードを始めましたが、時間帯もあってめっちゃ早かったです。中国だと国内回線はともかく国際回線を介した通信だと国策もあってあまりケーブルが強化されておらず、夜の8時から12時くらいなんか全く接続できなくなったりするのですが、こういう朝方だと物凄く回線が良く、大きいファイルをダウンロードする際はこの時間帯を使っています。

 このほかSwitchも年末ということもあってたくさんセールを行っており、「戦国エース/ブレード」の彩京シューティングを買おうか悩みましたが、そっちはさておき「スカイギャンブラー アフターバーナー」という戦闘機ゲーを買いました。時間なくてまだ遊んでないけど、こういう戦闘機ゲームで「秋名の86」と名乗って「F-86セイバー」に乗って登場したらみんなどんな反応すんだろうとか勝手に想像しています。
 ちなみにこの前うちの名古屋に左遷された親父とその従弟が、子供の頃に親戚の田舎に帰省したところ近くの軍事基地でF-86のコックピットに乗せてもらったという自慢話されて、うらやましくて悔しかったです。

2019年12月20日金曜日

在籍する会社によって変わる意見や立場

奈良エアプ「奈良の南部は橿原とかあの辺でしょ?ww」ワイ「はぁ…(クソデカため息)」(アルファルファモザイク)

 どうでもいい奈良南部の特殊事情はいいとして先日、会社で研修を受けさせられました。研修内容自体はよくあるものだったのですが、この中で行われた性格診断がなかなか面白く、周りに話してもなんか評判がいいです。
 具体的にどういう性格診断だったのかというと、意見や主張に対してその人がどのような態度を取るかを測る心理テストで、自分の意見を通そうとする積極型、相手の意見を受け入れようとする受動型、指標や分析を重視する分析型の三タイプそれぞれでスコアを測り、最終的にどのタイプがどの程度強いのかを出すのですが、面白いのは「平常時」と「衝突時」の二つに分けてスコアが測定される点でした。

 最終的に私のスコアは、平常時は分析型で、衝突時は受動型へと振れるという結果になりました。この結果には私も非常に納得がいくというか、質問に答えている際にまさにこういう態度をイメージしていたこともあって意図した結果に落ち着いたと思います。
 ただこのブログを読んでいる方からすれば、平常時の分析型という結果はともかく、衝突時の受動型という結果については「(。´・ω・)?」と思われるのではないかと思います。むしろ私だったら、意見が衝突したら相手を言い負かせようとするタイプに思われているかもしれません。実際に友人にはまさにそう言われました。

 そうした見方というか評価に対して私自身も否定しません。ただ現在在籍している会社に限れば、恐らくは上記の結果通りの態度を私は取ることでしょう。というのも、今の会社にいる人がまともだと考えているからです。

 このテストを受けている最中、やはり意見衝突時にどのような態度を取るのかという質問がいくつか見られたのですがこうした質問に回答する際、「まぁこの会社にいる人はまともで優秀な人が多いから、自分と意見が異なるとしても滅茶苦茶な方針ではないはずだろう。むしろ自分より賢い人も多いんだし、彼らの意見の方が自分より正しい可能性も高い」という風に考えながら、回答していました。
 ただ、もしこれがスチール棒で殴られて顔面からダラダラ流血しているのに、警察に通報しないばかりか病院にもつれていかず、「お前が悪い」と言い切ってきた上司のいた前の会社だったら、恐らく真逆の態度を取っていたと思います。実際にというか前の会社ではほとんど必要性がないにもかかわらず多くの人間を路頭に迷わせるような意思決定が出され、実行に移させないよう実際に激しく抗弁するなどして私は抵抗していました。

 なおほんの少し顛末を書くと、私が去った後に問題のある上司が飛ばされ、代わりにまともな人が来たことで前の会社の中国法人は毎月数百万円の利益を出すようになったのですが、「もう潰すこと決めているのになんで黒字を出すんだ」などと、代わりに来た人は本社役員に怒られたそうです。でもって赤字から黒字に転換してんのに、そのままその中国法人は潰されたそうです。

 仮にこうした前の会社、っていうか実際には今いる会社以外に過去私が在籍した会社だったらどこも、ガチで気が狂ったかのような意思決定が日常的にバンバン出されていたので、「それはおかしい!」などと激しく抗弁し続けていたでしょうし、実際そうしてました。そうした状態で先の心理テストを受けていたら、恐らく平常時であっても積極型という結果に落ち着いていたと思います。
 そのように考えるとこうした性格判断型の心理テスト、特に企業内部で行われるものについては、一体どんな会社に勤めているかによってもその結果は大きく左右されることになると思います。それこそブラック企業で「受動型」と診断されるのと、ベンチャー企業で「受動型」と診断されるのは大きく意味合いが変わるでしょう。まぁそもそも、ブラック企業の一般社員に「積極型」はいないかもしれませんが。

 逆を言えば、やはり今思い返しても以前に在籍していた会社では自分の判断の方がまともで、周りはほぼ全員がもう判断というか価値観から思考力を含め全体でおかしくなっていたという気がします。初めからそうだったのか段々とそうなっていったのかはわかりませんが、少なくとも判断力がおかしくなっている時点で意思決定を行う立場にいるべきでないのに、そういう立場に居続けられるということ自体が日系企業の問題点かもしれません。
 何も自分の価値判断は優れていて問題ないとまでは言うつもりは全くありませんが、やはり誰がどう見ても明らかに右左すらわからないくらいおかしくなっているのに、本人がそのことに気付いていないという人間は少なからずいると思います。昔も同じこと書いていますが、そういう人間を社会から淘汰できないというのが、日本社会の最大の問題点でしょう。

2019年12月19日木曜日

郵政はいつ、誰がおかしくしたのか

 今日会社で眠いと呟いたら、「どうせまた夜遅くまでゲームしてたんでしょ」と年下の女性社員に突っ込まれ、事実その通りなだけにシュンとなってしまいました_( _´ω`)_ペショ

怒号飛び交う中、会見強制終了 かんぽ問題(産経新聞)

 かんぽの契約不正問題で揺れる日本郵政ですが、上記記事ではさも郵政側が会見での態度が良くなかったように報じていますが、コメントにもある通り二時間超も会見に応じているのにも関わらず核心に迫る質問を行えなかったメディアの側の方が問題があるでしょう。どこかしこもいますが、何かあるとよく人のせいにする人は多いとはいえこうして公でそれやるってのはどうかなと個人的に思います。
 このように考える理由として、私自身がこの問題でキーポイントと思える点についてどこも報じていないからです。もったいぶらずに言うとそれは「かんぽの契約不正問題はいつ頃から始まり、増えだしたのか?」ということなのですが、私の視点がおかしいのか、メディアがどこも気づいていないのかがと言いたいところですが、この件に関しては気づかなかったメディアはもうこの問題は追うべきではないと断言できます。何故ならこの点が経営者の責任問題に直結するからです。

 今回の郵政の問題と絡めて、「そもそも小泉改革の郵政民営化改革自体が問題だった」という人がいますが、結果論で言えばその通りと認めるものの、果たして郵政改革そのものがこの問題の原因と指摘するに当たっては、「郵政再国有化」という経緯を踏まえていなければ相手にする議論ではありません。
 日本郵政とその関連会社は2005年の郵政選挙後の政策により民営化されましたが、その後2009年に自民党が下野して民主党が政権を取った後、民主党の連立相手である国民新党の強い意向を受けて民営化政策は骨抜きにされており、市場で売却する予定だった株式も売却が取りやめられるなどして、実質的に再国有化されています。

 特に見逃せない点として、ラストバンカーと呼ばれた初代郵政社長の西川善文氏がまさにこの民主党政権時代に更迭されています。この更迭について亀井静香が、「別に恨みはないが、小泉政権に立てられた人物だから追放した」と一部記事で報じられていましたが、実際その前後の経過を見ているとそうとしか思えません。
 その後の記事などを見ると、やはり実質的に政府による追放劇だったと述べる証言者が数多く出ており、また西川氏が民営化を見据え育てた、引っ張ってきた人材も合わせて追い出されていったそうです。

 その後、斉藤次郎氏が社長に就くも自民党の政権返り咲きを前に自ら辞め、後任には斉藤と同じ元官僚の坂篤郎氏が就任するも菅官房長官の逆鱗に触れてわずか半年で辞め、ここで満を持して東芝をむちゃくちゃにした張本人ともいえる西室泰三が社長に就任します。
 他の歴代社長に関してはまだ擁護余地があるものの、西室泰三に関しては約6000億円でオーストラリアの物流会社(トール)を買収した上に不良債権化させていることから擁護の余地は全くありません。その後体調不良で辞めましたが、あのまま残っていたらもっと郵政は面白いことになってたことでしょう。
 以上の経緯を経て現社長の長門正貢氏に至りますが、ここまでの経緯は下記記事によくまとめられています。

政治に翻弄 「日本郵政」歴代4人の社長が選ばれた理由(ニュースイッチ)

 何も社長一人で全部変わるわけではないものの、役員の組閣などを考えると社内に及ぼす影響は決して小さくありません。ましてや今回の郵政の契約不正問題はかんぽ全社に蔓延しており、いつどの段階からこうした問題行為が行われ、内部告発も握りつぶされ、社内で当たり前の光景となったかは、どの経営者に問題があったのかを追求する上で最も重要なポイントであると私は見ています。現在までに報じられている内容では契約不正行為が何件あったのかしかなく、いつ頃から、どの地域からこうした行為が行われたのか、郵政発足以来なのか民営化以来なのか、こうした点については全く触れられていない上に、メディアもどこも突っ込んでいないという点でいろんな意味で暗澹たる気持ちにさせられます。

 あくまで状況のみをみて推測意見を述べると、民営化直後にこうした契約不正はなかったのではないかと私は見ています。理由はいくつかあり、民営化直後は粗を探そうとするメディアの監視が目に見えて厳しかったのと、仮に不正があったとしたら西川氏を追放する際にその理由に使われた可能性が高いとみているからです。
 また記憶の限りで述べると、郵政のかんぽ契約が押し売りのようになっているなどとその問題性についての噂はかねてから聞いていましたが、そうした噂を私が聞き始めたのは2013年くらいだったように思います。調べてみたらちょうど西室の時期にあたり、東芝の「チャレンジ」的な何かを郵政でもやっていたのかもしれません。

 恐らくですがメディアは今後もこの点については触れず、また報告書でも「過去三年間の~」などと直近年度しか調べず、どうしてこのような空気や営業手法が蔓延したのかについてはスルーすると思います。正直、私としては我慢ならないだけに来年記者会見あったら職を賭してでもこの質問をぶつけたいところですが、JBpressにでも頼んで自分の代わりに質問してもらおうかな。