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2023年8月19日土曜日

買いたいものがほぼなくなってきている中国人

 このところ中国経済の批判ばかり繰り返していますが、ちょっと重ね過ぎだと思うものの日本の失われた十年にやはり状況が酷似している気がします。特にほかの誰も言っていない点として、もはや今の中国人に借金してでも買いたいものがほぼないという点です。

 日本は失われた10年こと1990年代、幾度も消費刺激策と言っては公共工事などでお金をばらまいたものの、そのお金は大半が預貯金に積み上がり、銀行も預かったお金を振り向ける投資先もなかったことから(郵貯についてはやや別腹)、市場にお金がだぶついて不況に拍車をかける結果となりました。
 この時何故日本人はお金を使わなかったのか。結論から言えば、将来への不安ももちろん大きいですが、物に溢れて既に新たに買いたいものなぞなかったためという見方もあり、自分もこの説を支持します。

 具体的には冷蔵庫や掃除機などの家電はほぼ全世帯フル装備となっており、テレビに関しても液晶テレビが出るまではブラウン管の技術革新は弱く、特に大型ブラウン管テレビに至っては重量も増すため明確なデメリットも存在しました。やはり消費というのは新規商品が出ないと動かないもので、MDプレイヤーやデジカメ、あとインターネット開始とともにパソコンなんかは90年代においても消費が非常に活況を呈していました。

 ここで目線を中国に向けると、中国も00年代ならともかく現在の20年代においては、日本同様に生活家電はほぼフル装備状態であり、冷房のない家の方がもはや珍しい状態です。また冷房がある家でも2台、3台あっても珍しくなく、購入があっても買い替え需要くらいしかなくなっています。
 一応、車に関しては今でも書いたがる中国人もいますが、やはりそれも以前と比べると購入意欲は明らかに落ちてきている気がします。若者世代などはそこまで車を欲しがってもおらず、今後雇用状況が悪化するにつれこうした見方はより広がることでしょう。

 女性に関して言えば、化粧品やバッグなどの高級品に対する需要はまだ強いものの、家族単位で欲しがられるものとくればほぼ全くなくなっており、敢えて言えば住宅需要はなんだかんだ言いつつ根強いものの、例の住宅市況不安から「今買うべきなのか?むしろこれから下がるんじゃないの?」という意識が広がっており、買い控えがますます広がるでしょう。
 また旅行こと観光需要はなくはないですが、それでも10年前と比べるとかなり落ちてきている気がします。10年前はそれこそ初めて海外旅行に行く人ばかりでしたが、現代では海外旅行経験はそれほど珍しくなく、日本人よりはまだ意欲はあるものの、海外旅行のためにお金をためてバーっと使う感覚はもはやないと思います。

 もっとも、団体旅行が解禁された日本旅行に関しては、これまで行けなかった思いもあってかつてほどではないものの日本国内での爆買いは一定程度起こると自分は予想します。というのも、「花園さんはいつ日本に行くの?(^ω^)」と、同僚の中国人女性からお土産を期待する打診を既に結構受けているからです。中国でも同じもの買えるらしいですが、日本の方が安いので日本で買ってきてほしいとのことです。

 以上のような感じで、もはや中国人もお金があっても使う先がない状態になりつつあることから、中国政府が行おうとしている消費拡大政策は、農村などの貧困地域を除けばそこまで大きな効果を生まない、特に富裕層ほどその傾向が激しくなるとみています。
 それでも敢えて逆転打を打とうというのなら、数年前に禁止した予備校ビジネスを再び認めることです。教育費というのはある意味、消費の果てがないというか、使おうと思えばいくらでも使えるけど必ずしも使った分だけ効果があるわけではなく、とは言いながらも使わざるを得ない分野です。お金が余っている層ほど子供の教育に無限にお金を使う可能性があるだけに、教育ビジネスを復活させることで就職先のない大学生の雇用も確保できるし、終わりなき消費分野も作れるわけなだけに、自分だったら「お金は子供の将来に使おう!(*^▽^*)」などと、一度業界潰しておきながらどの口が言うんだというような音頭で業界振興をします。

 最後に、自分もあんまり買いたいものがないというか物欲がないので、割とお金はたまる一方です。これはこれで経済にも悪いしということで、以前と比べるとなんか靴とか鞄でやたら高いものを買うことが増えました。まぁゲームやプラモにお金を使い続けるのに比べたら、こっちの消費の方がまだ有意義かと思います。

2023年8月17日木曜日

大体「太閤記」が悪い

 先週、というより6月から続く激務ゆえか、なんか最近左手がキーボード叩いているときに固まるような感覚を覚えるようになりました。試しに手を広げたりしてみたら左腕全体痛くなったりして、多分、酷使し過ぎて神経痛んできたんだと思います。
 なお自分だけかもしれませんが、手、特に指の神経は視神経と物凄い関連が深いように思えます。指を伸ばしたり手のひらを広げる運動をすると、途端に目がしばしばするようになりそのまま涙があふれてくることもあります。でもってその後、やたら視界がよくなるというか見えやすくもなってきます。若干思い当たる人なんかは、胸の前で合掌して、そのまま合掌した手を合わせたまま腹のあたりまで下げてみるのを試してみるといいです。

 あとストレスたまっているせいか、今日会社でスマホ弄ってまた戦車注文しました。なんか午後の紅茶を午前に飲むかのような悪いことをやっちまった気がします。

 話は本題ですが、時期にして2000年代前半に入ったあたりからこれまで定説というか常識扱いされてきた戦国時代のエピソードが、否定されるケースが増えてきました。その代表格は信長関連のエピソードで、「桶狭間の戦いは奇襲ではなかった」、「長篠の鉄砲三段撃ちはなかった」など、これまでこうしたエピソードをもとに作られた小説とかドラマをどうしてくれんだよ的なくらいにひっくり変わる新説がどんどん出てきました。
 でもってこうした新説は徐々に勢いを持って行ったというか、従来の説は信憑性が低いという見解が広まり、2020年を越した現在においてはもはやほぼ否定されつつあります。

 ではそもそも何故、三段撃ちをはじめとしたエピソードは信憑性が低いにもかかわらず、日本人の常識と化すまで普及していったのか。結論から言えば、小瀬甫庵が書いた「太閤記」が大体の原因です。

太閤記(Wikipedia)

 太閤記という本はいくつかありますが、もっとも代表的なのは江戸時代に儒学者であった小瀬甫庵が本とされています。この太閤記が、戦国時代をある意味で講談のパラダイスと化させ、フィクションまみれにした張本人、っていうか張本本と言っていいでしょう。

 作者の小瀬甫庵は1564年生まれの元医者で、秀吉の甥である豊臣秀次らに仕えたとされます。その後、紆余曲折合って晩年は加賀前田藩に仕え、大坂の陣も過ぎた江戸時代に初期に太閤記を執筆したとされていますが、この本の中に前述の桶狭間や長篠のいかにも小説っぽいエピソードが入っている、っていうか、この本以前にそうしたエピソードは誰も書物に記録していませんでした。それどころか書かれてある事件の日時もいい加減で、話の都合で発生の前後すらも入れ替えたりするほどのファンタジスタぶりを見せています。

 以上のような怪しさプンプンな点は明治や大正期の歴史家も認識していたそうですが、それでもこの本に書かれた如何にも小説っぽいエピソードは否定されることなくそのまま浸透し続けました。これは何故かというと、この太閤記は発刊当時に活版印刷によって世の中に大いに流通したというのが原因として何よりも大きいです。
 ほかのまっとうな歴史書と比べると、講談本としてながら大衆の目に触れる歴史本であり、尚且つ演劇などにも取り入れられたもんだから嘘から出た誠とばかりに、そのままフィクションの内容が史実であると思い込まれた模様です。

 確かに、発刊当時においても「嘘くせー( ゚д゚)、ペッ」と批判する人もいたし、近現代においても信憑性に異議を呈す学者もいましたが、やはり大衆にエピソードなどが浸透してしまうとなかなか「ヾ(*´∀`)ノ゙ うそです」なんて言いづらい雰囲気もあり、最終的にきちんと否定されるまで約300年かかったということとなります。
 ただ歴史に対する実証的な研究がこの20年の間でも強まっており、そうした現場の奮闘もあってか内容が否定され始めた20年くらい前以降、この「太閤記」という書名を世の中で見ることはほぼ全くなくなりました。逆に信長の事績に関する評論などでは「信長記」の引用が増え、もはやこちらが太閤記のお株を奪位のスタンダートと化しています。

 以上のように大衆に普及し過ぎたフィクションがリアルになるという過程は、現代においてもままあります。代表格は言うまでもないでしょうが幕末の坂本龍馬で、彼に関しても近年、数多くあるエピソードが年々否定され、どっかの教科書会社に至っては彼の名前を教科書から外したとも聞きます。薩長同盟も坂本龍馬の仲立ち以前に既に密約として成立していたとか、船中八策も龍馬が考えたものじゃないなど、いろいろと新説が出てきています。

 このほかだと東条英機や山本五十六に関しても虚実織り交ぜた見方が一時広がっていましたが、近年、特に山本五十六に関しては一発屋であったなど評価が急落しつつあります。あとネットで見ると壊血病の一件だけでやたら森鴎外を貶める記述をこのところよく見るようになり、なんか評価が落ちつつあるような気がします。

 こういうのを見ると、ふとしたことをきっかけに歴史というのは誤った見方が広がるものだなという気がします。逆に地上の星じゃないですが地味ながら立派なことを成した人がなかなかスポット当たらなかったりもするので、歴史を生かすも殺すもやはり講談次第であると思わせられます。先の太閤記といい坂本龍馬といい、司馬遼太郎の影響がともに強く、司馬史観が弱まってきたことが龍馬の評価急落にも大きくつながっているでしょう。

 そういうのを踏まえてもっと世の中に知られてほしいと自分が思うのは、最近評価が上がりつつあるけど樋口季一郎、戦国時代だと甲斐宗運、現代作家なら三浦綾子あたりです。

2023年8月15日火曜日

中国の経済対策が失敗する理由

 たった今ふと、「いいないいな、人間っていいな」の歌詞がリンダリンダで歌えることに気が付きました。だからなんだって気もしますが。

 話は本題ですが日本のメディアもこのところ散々報じているように、中国は今全土で不景気の波に包まれています。これまで何度も中国バブル崩壊論が実現しなかったこともあって本当にそうなのかと疑う人もネットを見ているといますが、確実にリーマンショック以降としてはこれまでに体験したことのない不景気だとみんなして口にしています。またどこそこの会社でリストラが起こっているとか、知り合いが解雇されたなどといった話題が後を尽きず、私自身もコロナ流行時なんかとは比べ物にならない経済的変動が起きていると実感しています。

 そうこうしていたら今日中国は若年層の失業率の発表を突然中止すると発表しました。直前の発表では確か24%くらいでしたが、大学院への進学や就職活動を停止した若者を含めると約50%くらいになるという学者もいたようですが、私自身の実感でも50%くらいだとみています。
 実際にというか以前私が面接した新卒予定の子を例にとると、多くの超有名企業でインターンをしていて、尚且つ留学経験もあり、語学能力もマナーも非常に優れているにもかかわらずまだ内定がないと話してて、マジで普通じゃあり得ないと感じるくらい優秀な人材が転がっています。マジな話、日系企業は日本語または英語の使える優秀な中国人人材を今のうちに中国本土からかき集めた方がいいでしょう。生半可な日本人より確実に貢献すると断言します。

 それくらい今の中国の大卒就職率は悪化していますが、前述の通り既存雇用者も大量リストラにあっており、どっちを向いても全年齢で不景気です。でもってこの景気は最低でも今年いっぱいは続き、10月までに効果的な対策を打ち出せなければ来年いっぱいは確実に続くと見込んでいます。ただ現在の中国政府はその適切な対策を打ち出せないと私は見込んでおり、来年以降も不景気状態が続くともう半ば確信しています。

 一体何故中国政府が適切な対策を打てないのかと言いたいところですが、本来ならば既に何か打ち出されていなければもう遅いという段階です。夏くらいには何か出すかなと思っていたらもう8月の半ばを過ぎており、これほど時間が経過しながら景気が悪化するのを中国政府は傍観しているだけでした。ようやくここにきて事態の深刻さに気が付いたのか、焦って先の失業率をはじめ経済指標の公表をやめたり、都合のいい数字だけやたらアピールするようになりましたが、その一方で未だ何も対策を出さないあたり、よほどまともな政策運営者がいないのでしょう。

 この経済対策を出さないという点ですが、理由は非常にはっきりしており、今の中国政府の指導層は「ゼロコロナをやめれば景気はすぐ好転する」とガチで信じ込んでいた節があります。確かにゼロコロナは多くの面で中国経済の活動を制約していましたが、だからと言ってやめたら再びかっぱつかするなるかと言ったら安直もいいところでしょう。
 それ以前に、私自身の実感でいえばゼロコロナにおける極端なロックダウンによる拘束などを受け、一般消費者は抑えられていた消費に餓えるどころか、生活することそれ自体に対する疲れのような諦念を覚えたような気がします。なんとなく私自身もお金をパーっと使うことに対し以前ほどの快感を覚えず、「なんでもいいからそっとしといてくれないかな( ´Д`)=3」みたいな気持ちを抱くことが多いです。ゲームの購入金額が先月えらい金額になったことは置いといて。

 またあの極端なロックダウンを受け、職を失った人たちは数万人どころじゃないでしょう。飲食店などは特に大きな打撃を受けていましたし、経営を続けられている人たちも、去年は数ヶ月分の売上をそのまま失った一方、何の保証もなく経費は発生し続けているのですから自分のために出費するお金なんてほとんどないはずです。でもって雇用環境は現在進行形で悪くなっていく一方ですから、消費がこれから増えるかっていったら、恐らく数年は増え続けるでしょうが景気を回復させる効果はほとんどないでしょう。

 この点が肝なのですが、今の中国政府の景気対策は消費、特に個人消費の拡大しか打ち出しておらず、この点こそが中国の経済対策が失敗する主要因だと私は見ています。

 中国が何故消費拡大に躍起になっているのかというと、確か経済に占める消費割合は米国が40%台、日本が30%台に対し中国は20%台くらいしかなく、拡大余地があるためだとよく国内で喧伝していますが、そもそも消費が景気の浮沈に影響するかと言ったら自分は疑問に思っています。

 もちろん経済全体に対する要素として消費は非常に大きく無視できませんが、景気が下り坂となっているシーンにおいて、消費拡大は転落から立ち直るてことなるかと言ったら、恐らくほぼ全くならないと私は考えています。
 こう考えるのも日本の先例があるからで、バブル崩壊から約10年間、日本国内では実はずっと個人消費は拡大し続けていました。しかし消費が拡大しながら企業業績は改善せず、90年代後半に入るとその消費すらも縮小し初め、いわゆる氷河期という時代を迎えることとなりました。

 その後の小泉改革などを見ても、消費拡大がきっかけとなって景気が拡大したというより、企業業績、つまり生産高が拡大して初めて景気が良くなったように思え、下り坂においては消費が景気を立て直す効果はほぼ薄いとみています。まぁ金融効果の方がでかかっただけかもしれませんが。
 そういう意味では個人消費以上に企業活動、特に金融の不良債権処理こそが今中国に求められる政策だと思うのですが、そのような対策を今の政権は打ちだそうとしません。恐らくは分かってはいながら、不動産業界をはじめ開けてしまえば一気に大混乱が起きるパンドラの箱化しているため、なるべくなら開かずに何とかしたいと考えみすみす立ち直る猶予を失っているように見えます。

 この点を少し掘り下げると、不動産業界は中国政府の官僚や幹部ら、特に地方政府なんかは深く噛んでいるため、不良債権処理を行うと彼らの資産も大損をこくため、やるにやれないのではないかと疑っています。また不動産業界ばかり注目されていますが、地味にもっと深刻なのはその上こと金融、つまり銀行じゃないかと少し訝しんでいます。ただでさえ日本以上に手数料が入ってこない業界だし。

 以上のような観点、具体的には景気回復にあまり効果のない消費拡大に固執し続けている、自らの懐を痛めるような不良債権処理に手を付けられないという点から、中国は効果的な対策を打ち出せず、この不況は来年以降も続くという結論になります。真面目な話、首相を退任した李克強に対して、あなたなら今どんな政策を打ちますかと聞いてみたいです。彼らが政権から去ったことこそが、最大の景気変動要素だったかもしれません。

2023年8月13日日曜日

もはや使えない夏の暑さ表現

 休日だけどやる暇ないからEラーニングをやってたら、やたら早口(中国語)で解説する動画見させられてあんま理解できないまま、視聴後の確認テストで3回落ちてやり直し喰らってかなり久々に家で怒鳴ってまた喉を潰しました。単元が3つある中でその最後の奴のみ異常なほどに早口でわかりづらく、ほか2つは1発で確認テスト通っていただけに未だに腹立たしいです。
 っていうか社内公用語が英語とはいえ、中国語か英語のEラーニングを強要してくるのって若干ひどくない?

 そんな感じで声出なくなった状態で昼食のため近くのマクドに出かけましたが、ほんのちょっとの距離とはいえ今日の天気はやばかったです。先々週は最高気温も35度行かず割と過ごしやすかったため夏も終わりかと思ったら、先週は再び35度越えが普通になり、しかも日差しが半端ないほど強くなりました。日差しが強くなった代わりに湿気はやや下がったものの、日差しに浴びるとマジでアイロンを当てられてるかのような焼かれる感触があり、今日歩いてても普通にそのまま1時間立ってたら死にかねないと感じるほどの日差しでした。

 そんな日差しを浴びている最中、夏の暑さを表現する言葉として「立っているだけでも汗が出るほどの暑さ」という言い方があったのを思い出しました。しかしこの表現、自分だけかもしれませんがこの10年間くらいでほぼ全く見なくなりました。それもそのはずというか、立っているだけで汗が出るのは夏の日常であって、特別暑いという意味をもはや持たなくなっています。むしろ、立ってても汗が出ない方が夏場はレアです。
 このように考えてみると、昔、具体的には昭和の頃までは立ってても汗が出ないほど夏は快適だったのかもしれません。気候の変動によりこうした季節感を出す言葉も、失われていくというのを今日はっきり感じました。

 この夏汗表現のほかにも、時代の変遷によって使えなくなる表現はほかにもあると思います。この辺、俳句なんかだと季語としてまとめられていますが、このうち特に使いづらいなと思うのは蛍の表現で、今や日本で蛍が見られる場所はかなり少なく、夏の風物詩的に表現するには共感が得辛いです。
 一方、同じ虫でもセミは今でも結構いると聞き、また上海市内でも樹木が密集している箇所ならよく鳴き声が聞こえてきます。このセミについては路上で死んでいるとみられたセミが急に動きだして驚かすことを「セミファイナル」という言葉で語られますが、この言葉は未だ現役で使えそうです。

 一方、いることはいるけど毎年ある日突然いなくなると感じるようになったのは蚊です。日本国内でもそうらしいですが、あまりの猛暑によって上海でも蚊が7月入ったあたりから一切見なくなりました。むしろ6月に散々噛まれたりしてたし。
 ついさっきも風を通すため窓を全開にしていましたが、2階にもかかわらず入ってきた蚊はゼロで、いない方がうれしいとはいえあまりに急にいなくなると逆に心配になってきます。こうした、夏真っ盛りに逆に蚊がいなくなるのはこのところ毎年で、去年も同じでした。

 その去年は最高気温が40度超えたり、最低気温が30度以上あったりして、今年以上に狂った夏でした。その去年との比較があるから、今年はまだマシと思えてきます。

2023年8月11日金曜日

中国を巡る三つの「水」難

 7月は割と緩かった仕事が8月入ってから猛烈にやばくなってまた休日とかもちょこちょこ作業しているためか、昨夜はちょっとベッドに横になったらそのまま1時間、金縛りのように動けなくなりました。まぁ恩週末はある程度休められるけど。
 話は本題ですが率直に言って今、中国はやたらと水難に見舞われているなという感じがします。具体的には三つの水難です。

 一つ目は文字通りの水難で、先週北京北部を起こった豪雨、先々週の華南地域に大きな爪痕を残した台風です。
 ちょっと業界裏話をすると、日本でもそうですが中国でこの10年で洪水や冠水にまで至る水災害が極端に増えており、各地域で水難救助用の船やモーターボートの調達が強化されています。モーターボート用のエンジンで割と強みのある日系バイクメーカー御三家(ホンダ、ヤマハ、スズキ)もこの特需に乗っかろうと結構中国でマーケティングとかしています。

 話を戻すと幸い、自分の周りでは直接洪水などの被害に遭った知り合いはいませんが、北京の豪雨では穀倉地帯も冠水したと報じられており、中国の食糧生産にも大きな影響が出るとされています。またこの水害を防げなかった、または避難をうまく行えなかったと当局への批判もかなり出ており、かつてこの手の災害がなかったことはもとより、社会の空気がかなり重たくなってきているのを真面目に感じます。

 二つ目の水難はつい先日、南シナ海で中国の船がやったフィリピン艦船への放水です。こうした行為自体は中国にとってはそんな珍しくないような気がしますが、自分に言わせれば何故このタイミングでやったのか、その点に首をかしげます。
 ただでさえウクライナ戦争で国際間紛争がピリピリしている中であり、尚且つ中国経済もかつてないほど弱っている矢先であることを考えると、ここで領土問題を過熱させるメリットが自分には見えません。むしろこういう行為をすればするほど、米国や欧州に「中国は台湾に何かするのでは」という疑念を高め、対中半導体規制の口実を与えることになる気がします。まぁその見方で間違いはないんだろうけど。

 三つめは、日本が絡む福島原発の処理水排出です。この件に関しても中国が騒げば騒ぐほどその立場は不利になる問題にしか見えず、悪い意味で何が狙いでこんなに抵抗するのかが自分にはわかりません。
 周知のとおり日本が海洋排出を予定している処理水の放射性物質濃度は中国の原発が垂れ流す排水よりも低く、この手の排出を一切していない国ならまだしも、科学的にも合理的にも論理的にも中国が反対する理由はどこにもありません。それだけに中国が背負って立つ立場なくごねればごねるほど唇が寒くなるというか、わけのわからない主張を繰り返す構図になっていくと私は思います。

 まだ韓国が反対していれば、韓国に対する中国のシンパシーを高める意味で価値が出たかもしれませんが、その韓国も政府は排出にすでに同意済みです。そしたら中国は今度はロシアを担ぎ出して一緒に日本を批判してきましたが、これもなぜ世界から嫌われるロシアとここで共同歩調を取ろうとするのかが不思議に見えます。手を切れとまでは言いませんが、距離を置こうともしないのはちょっと無策もいいところではという気がしてなりません。

 以上、若干こじつけもありますが水絡みの中国のトラブル三つをまとめてみましたが、なんか今年は水が絡むと中国は悪い方向に向かうことが多いように思えてなりません。なればこそ水を向けてみたくなるところですが、先日の外相更迭をはじめ、かなり中国の外交姿勢に混乱が見えます。一致した方針で動けてないように見え、今後日本や韓国、米国とは別の第三国で、なんかトラブル起こすのではないかという風に思います。

2023年8月9日水曜日

初心者におすすめの戦闘機プラモ

 また会社でブツブツ文句言いながら仕事するほどストレスたまってるので、好きなことを書こうと思ったらまたプラモになりました。というわけで、今まで自分が作ってきた中でこれから戦闘機プラモを作りたいっていう人におすすめなキットをいくつか紹介します。
 なおメーカーは他意はないですが全部タミヤです。やはりハセガワと比べるとパーツ数が少なく、組み立てやすさではこっちに軍配が上がります。ハセガワも悪くないんだけど。

・F4D-1 スカイレイ


 本当にプラモを一から始めるっていう人には、ぶっちぎりでこのスカイレイのキットがおすすめです。非常にシンプルな構造していて組み立てやすく、またそれでいてクローズデルタで幅広な翼が見栄えがよく、組みあがったときに心の底から楽しいと感じたキットでした。
 ある意味、初心者の壁となる水シールことデカールはこのキットだと背ビレ部分にべたっと貼り付けるためやや手間が食うかもしれませんが、比較的貼りやすい形状しているのと、塗装なしでもこの大きめなデカールが見栄えよくしてくれるので、ほんとお勧めです。値段も、Amazonで今だと625円と軽い定食並みにお手頃なお値段です。

・Mig-29 ファルクラム



 メーカーはタミヤですが、このキットは元々はイタレリが作っててタミヤがOEMで販売しているそうです。実際、ほかのタミヤのキットと比べるとパーツの形状とか結構違ってると感じましたが、とにもかくにもパーツが少なく、めちゃ簡単に組み立てられます。それでいて、ある意味戦闘機の形状が一番派手だったころの機体であり、単純にかっこよくて今でも一番好きな飛行機です。
 その最大のセールスポイントは吸入口ことエアインテークで、胴体下部についているインテークとは別に、同体上部にも簡易インテークがあり、組立時に開くか閉じるか選択できます。細かい点だけど結構重要。
 でもって何より、このMig-29は現在ウクライナ軍の主力戦闘機であり、ある意味で生産以来、最も輝いている時代を今迎えています。この飛行機が今まさにロシアとの戦闘で使われているという歴史的意味もあり、興味がある人にはぜひ手に取って組み立ててほしいです。

・モスキートB Mk.IV/PR Mk.IV


 びっくりドッキリメカ量産大国の英国らしい、二次大戦期においてもレアな木製爆撃機です。ただその性能と戦果は凄まじく、速度に至っては何でって思うくらい超高速だったりした飛行機です。木製爆撃機ということもあってその形状は一般の戦闘機とは大きく異なり、ガラス製ハッチが大きく突き出た形状をしています。またエンジン部分がどでかくて迫力があり、リビングとかに置いとくと誰もが目を引くくらい見栄えに関しては上等です。
 このキットは1/48ですがそれでも組み上げるとかなり大きく、ぶっちゃけ場所をかなり取ります。とはいえ大きいだけあってパーツ自体は組みやすく、初心者にとって難関の足回りこと車輪のついた脚(ランディングギア)はかなりがっちり固定しやすく、その点では組みやすい方に入るのかと思います。ちょっと変わったインテリアに興味ある人におすすめです。

 以上三つが自分にとってのおすすめ戦闘機プラモですが、真面目に戦闘機に関してはこれまでかなり組んできて、各機体の特徴とかもめちゃ把握できています。でもって組み上げた飛行機を写真で取っていると、如何に2次元と3次元で飛行機の見え方が異なるのかも痛感し、やはり立体物で直接手に取りながらその形状を確かめることが飛行機には重要だという気がします。

Stand up to the 関取

Vガンダム「スタンダップ トゥ ザ ビクトリ~♪」 ワイ「爽やかなアニメやなぁ!」(ゴールデンタイムズ)

 上のまとめ記事ではVガンダム主題歌の「Stand up to the Victory」という曲について語られていますが、昔この曲で替え歌作って一人でずっと歌い続けた時期がありました。その替え歌がこちら。

激しい張手が巨体を震わせる 稽古のように
ただ突っ張り続けた 昨日までの取り組み 信じているのさ(親方を)
終わりのない幕下でもいいよ 部屋が僕を食わせ続けてくれるなら
Stand up to the 関取
いくつもの場所を迎え 白星を掴んで見せる
Stand up to the 関取
土俵際で何があるのか わからないから
かけがえのない 部屋の厳しい稽古耐え切って

 一時期は「白星」のところ「あのまげ」と変えて歌ってもいましたが、やっぱ相撲は人類の文化の極みだと思います。忍者に負けずに力士ももっと国際舞台で活躍してほしいです。