2026年6月16日火曜日

三国志で不当に評価が低い武将

 最近松戸ネタばかりで歴史ネタ書いてないので、かなり久々に三国志について記事書きます。

 さて三国志というと一般的にも知られている通り歴史としての正史、物語としての演義に分けられ、一般で認知されているのは講談となった演義の方です。その演義の影響で実際の歴史では活躍したのに不当に評価が低い武将がたくさんいます。結論から言えば敵役となる魏の武将の面々で、引き立て役とされるため負けシーンばかり描かれてしまい無駄に誤解されている節があります。

・曹仁
 一番演義によって不当に評価を落とされた被害者ナンバーワンとくればこの曹仁において他ならないでしょう。中盤で徐庶に八門金鎖の陣を破られて敗退するところがピックアップされると、その後も南軍争奪戦をはじめ撤退シーンばかり描かれ、関羽との決戦の樊城の戦いでも包囲されて慌てふためる処ばかり描かれています。
 しかし実際にはかなり有能な武将で、同じ一族ということもあって曹操から信頼されて重要拠点を任されており、先の樊城の戦いも曹仁が粘ったからこそ関羽に逆転勝利を決められたとも言え功績面でいえば魏の中でもぶっちぎりです。彼に勝ると言ったら、それこそ張コウくらいになるのではないか。
 なお中国では曹仁はなんか人気で、関連グッズもよく作られています。この点はさすが中国人はわかっていると思います。

・曹真
 三国志演義の被害者ナンバーツーとくればこっちの曹真でしょう。というより、曹仁以上に悪く書かれているのでひょっとしたらこっちがナンバーワンかもしれません。
 曹真が出てくるのは諸葛亮の北伐時で、魏軍最高司令官として諸葛亮と対峙するも演技では諸葛亮に翻弄されて敗北を重ねます。横山光輝版「三国志」では「もう戦うのが嫌になった……」みたいなセリフも言わされ、周りからも無能扱いされて病気となり、司馬懿が気を使って指揮権限を穏便に継承するように描かれています。
 しかし実際の曹真は第一回から第三回目までの北伐に対する防衛責任者として、諸葛亮を紛れもなく抑えた最高功績者です。演技では何故か彼の活躍が郝昭の陳倉配置を含め司馬懿による功績にすり替えられ、ひたすら無能に描かれ続けています。彼の場合、蜀の引き立て役というより司馬懿の引き立て役にされている感すらあります。

・王朗
 三国志のゲームでは会稽を治める太守でおなじみのこの王朗ですが、演技では山賊まがいの厳白虎を匿う形で孫策と対立し、虞翻をはじめ家臣にも馬鹿にされて案の定孫策に敗退し、その後突然北伐中の諸葛亮の前に現れて論戦を挑むも恥かかされて憤死するというあんまりな役割となっています。
 実際の王朗は孫策と戦って敗北したところまでは同じですが、敗北後しばらくは孫策に従った後、曹操の招きを受けてその側近となり、要所要所で適切な助言を行っています。曹丕の代になるとますます徴用されて司空という要職を占め、皇位簒奪でも活躍しつつも贅沢や狩猟ばかりにかまける曹丕に諫言するなど非常に潔白な性格を貫いています。
 ぶっちゃけ自分も「まず真っ先に会稽で落とされる雑魚君主」というイメージでした。っていうかこのイメージは演義というよりコーエーのゲームによるものだけど。

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