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2013年6月18日火曜日

ブラック企業が当たり前に存在する世の中

 なかなか面白い記事を本日見つけたのと、前からブラック企業ネタで一本書こうと準備していたので今日はこのテーマを取り上げます。
 もはや日本語において一般名詞化したと過言ではない「ブラック企業」という言葉ですが、このところは普及を通り越して過剰なまでに一般化し過ぎではないかと少し懸念を覚えております。敢えてこまっしゃくれた言い方しましたが言い直すと、今の日本ではさもブラック企業が存在するのが当たり前のようになってきているように感じます。

「ブラック企業」の台頭とうつ病(西多昌規)

 そんな風に感じていた矢先に見つけたのがこの記事なのですが、記事中にMy News Japanの記事が引用されており、折角だから(越前康介がわかる人も少ないだろうな)私も引用すると、下記のような衝撃的な内容が書かれてあります。
 就職人気企業225社のうち60.8%にあたる137社が、国の過労死基準を超える時間外労働を命じることができる労使協定を締結していることが、労働局に対する文書開示請求によって明らかとなった。1年間で見た場合の時間外労働時間ワースト1は、大日本印刷(1920時間)、2位が任天堂(1600時間)、3位がソニーとニコン(1500時間)だった。労使一体となって社員を死ぬまで働かせる仕組みが、大半の企業でまかりとおっていることが改めてはっきりした。人気企業の時間外労働の上限が網羅的に明らかになったのは今回がはじめて。
なかなかに衝撃的な内容で私以外にも引用している方がたくさんいるのですが、確かにいい仕事をしております。このMy News Japanの記事を引用した上で西多氏は日本人の働き方、また過剰なまでにサービスを強要すれば回り回って自分に返ってくることについて重要な提言をしているのですがそれは今回置いといて、私の主張を一本に絞って展開します。今日ここで私が言いたいのはただ一つ、労働法によって労働時間の上限が規定されているにもかかわらず、日本全国それを破る企業がいるどころではなくもはや誰も守っていない状況にあり、しかもその状況を当の日本人自身が当たり前に受け取っていることはもはや危機的状況なのではないのかということです。

 あらかじめ書いておくと私自身は労働時間をピッタリ守って仕事が回っていけると信じるほど理想主義ではなく、多かれ少なかれ残業は必然的に生まれると思います。ただその必然的に生まれる残業に対して企業側が支払うべき賃金を支払わず、あまつさえ出社規定時刻の30分前には出社するよう社員に求める会社というのはやはりおかしく、さらにというか見ていて呆れるのですが、そういう会社に限ってタイムカードを押すよう強制していて、「何のためにこれ存在するの?」と大声で突っ込みたくなってきます。
 そしてこのような企業が世の中に大半ある中で、本来監督するべき立場の労働基準監督署が何も動かないというのは、もはや法律はあってないも同然の世の中です。それこそ石を投げれば違反企業に当たるほど多いというのに摘発されたという話はとんと聞いたことがなく、むしろ逆に「残業のない会社なんてあるわけない」、「社会人になったら少なくないサービス残業を我慢しなければ駄目だ」といった、現状を肯定するような意見ばかりよく聞こえます。

 少し抽象的な話をしますが、貨幣というのは信用があって初めて成り立つというのは経済学の基本です。法律学ではどうかはわかりませんが私が思うに基本は一緒で、法律というのはそれが守られるという信用があって初めて成り立つ概念だと考えており、言うなれば「信なくば立たず」です。
 中国の戦国時代にいた法家の先祖といってもいい商鞅などはこれを実践しており、法律を国内に広めるに当たってまず最初に、「この木の棒を向こうまで持っていったら賞金を与える」というお触れを出し、実際に運んだ男に約束通りの賞金を与えることによってお上の出す法律は確実に守られるという概念を植え込んだと言われております。つまり仮に法律があってもそれを守る人が少なければ、赤信号をみんなで渡るかのようにその法律は有名無実化していってしまうということです。

 現在の日本の労働法などはまさにそのような有名無実化の一途を辿っており、「守らないのが当たり前」、「守る奴の方が馬鹿だ」と言わんばかりの状況です。もうこんな状況で労働基準監督署も正す気がないなら労働法自体を廃止したらどうだと内心思うのですが、仮にそうやったら優秀な外国人人材は日本を去り、日本人からも頭脳流出が起こる気がします。そしてなによりも今以上にブラック企業が勢いづくことによって精神疾患などで体調を崩す人間が増え、社会負担もどんどん増していっていくというのがオチじゃないかと思います。

 ブラック企業の弊害についてはこれまでも散々主張してきたので細かくは書きませんが、ブラック企業経営者は雇用を作っていると主張するものの、彼らがいなければもっと大きな雇用が生まれる可能性もあり、また過重労働から解放されて娯楽時間が増えることによって消費拡大も期待できることからその存在は百害あって一利なしだと私は断じます。なので一応は労働時間を縛る労働法があるものの全く機能していないので、この際だからブラック企業を規制する新たな法律を作ってみるのも手かもしれません。
 ただこのブラック企業についてこのところよく思うのは冒頭にも書いたように、いつの間にか存在すること自体をみんな当たり前のように思ってきていて、そうした企業への批判が異常に緩くなっていることです。そしてこうした空気の中で、まだ恥を感じることが出来るなら救いがあるものの、むしろブラックで何が悪いと堂々と居直るようなブラック企業経営者も出てきているというのが日本の変な所だと強く感じます。

 そんな居直るような会社ってどこなのかですが、言ってしまえばワタミです。そういうわけで次回はみんな楽しい陽月秘話流のワタミ特集です。我ながら、いやらしい書き方をしてくるなぁ。

2013年6月16日日曜日

大卒内定率データは正しいのか

 コメント欄でちょこっと聞かれたのと前から興味があったので、日本の大卒内定率について思うことを書いて行こうと思います。

平成24年度「大学等卒業者の就職状況調査」(平成25年4月1日現在)(厚生労働省)

 まず現状で最新となる2013月卒の学生の内定率データですが厚生労働省によると前年同期比0.3ポイント増の93.9%だったそうですこの数値から言えば、大学生100人中94人が内定を取得していたという計算になるのですが、果たして額面通りに受け取っていいものか疑問に感じます。というのもそんなに内定率が高ければ就職状況は非常にいいと言ってもいい状況だというのに、報道を見る限りだと今年も例年通り、学生は内定取得に苦労しており卒業間際になっても進路の決まっていない学生が多いように見えます。

「内定率」カラクリ 実際は60~70%? 留年組は「就職希望者」に含まれず ブランド校もずらり(産経新聞)

 そんな私の疑問に答えてくれるかのように、「内定塾」の創業者である宮川洋氏は上記リンク先の記事を書いてくれております。この記事によると、厚生労働省が発表している内定率調査は偏差値の高い大学の学生しか対象としておらず、言うなれば実態を反映した数字ではないそうです。では実際の内定率はどの程度かというと見出しにも書かれている通り、60~70%くらいが実態ではないかと予想しております。
 あくまで私の肌感覚ではありますが、宮川氏の言う通りに半数にあたる50%よりやや多い、60%くらいが適当な数字だと私も思います。ただそれにしたって厚生労働省の統計発表とは隔たりがあるようなという気もするのですが、改めて厚生労働省のレポートを仔細に見てみると確かに妙な記述が目に入ります。

 一番気になるというか諸悪の根源に当たる調査対象の項目ですが、そのまま引用すると下記の通りです。

「調査対象は、全国の大学、短期大学、高等専門学校、専修学校の中から、設置者や地域などを考慮して抽出した112校、6,250人です」

「調査校112校の内訳は、国立大学21校、公立大学3校、私立大学20校、高等専門学校10校、専修学校20校。調査対象人員6,250人の内訳は、大学、短期大学、高等専門学校併せて5,690人、専修学校560人」

 この説明でおかしなところは、調査対象校を「無作為抽出(ランダムサンプリング)」で選んだとは書いていない点です。はっきり言いますが(はっきり言わないことの方が珍しいブログではありますが)このような統計調査ではランダムサンプリングで調査対象校を選ぶのが当然で、仮に地域を考慮するのであれば人口比から換算して九州は10校、関東は50校と学生数に比例して調査対象校の数を決め、その上で各地域ごとにランダムに対象校を選ぶ層化抽出法を取るのが自然です。しかしそういった調査手法を取っているとは全く書いておらず、やはり宮川氏の言う通りに恣意的に内定率が高く出る学校を選んでいるのではないかという気がしてなりません。

 その上でこちらは決定的に数字がおかしい点ですが、調査対象校の区分内訳として「国立大学21校、公立大学3校、私立大学38校」という数字を出しておりますが、ナレッジステーションのデータによると日本の大学数は783校で、区分内訳は、

  国立:公立:私立=86:92:605(実数)

 となっており、1の位を切って大まかな比率を求めると「8:9:60」という計算になります。この数字に対して厚生労働省の調査対象校の数は「21:3:20」(実数ベース)という具合に、実数的には7倍超も開きのある国立大学と私立大学がほぼ同数という奇妙な選ばれ方がされています。いうまでもなく国立大学は一般的に私立大学より高く評価されやすい面があるため、同じ偏差値でも国立出身の学生の方が内定率は高くなると予想されます。

 もうここまで来たら厚生労働省は確信犯的に内定率を高く見せるためにデータを弄っていると言わざるを得ません。どうも日本や中国といったアジア人というのは何かと統計データに感情をこめたがる傾向があり、実態を正しく理解するための統計数字を歪ませることが多いのですが、こんなことやって誰が得するのか非常に疑問です。というか、この調査を主導した責任者は明らかに能力に問題があるのだから早めにクビを切るべきでしょう。

 最後にもう一つ参考になるデータとして、下記の記事を紹介しておきます。

新卒ニート3万人は本当か、内定率改善も依然厳しい就職戦線(日経BP)

 こちらの記事は2012年10月に出されたやや古い記事ですが2012年3月卒の大卒就職率について、厚生労働省はは93.6%と発表したのに対し文部科学省は63.9%と発表したと報じております。この数字の開きは厚生労働省は就職希望者を母数にしているのに対して文部科学省は卒業者数を母数にしているためだとしていますが、それにしたって開きすぎもいい所ではという気がします。
 その上で文部科学省の調査では、

「(文部科学省の)学校基本調査によれば大学を今春卒業した約56万人のうち、進学も就職もしていない人が8万6000人(15.5%)を占める。そのうち5万3000人は進学準備や求職活動を行なっており、残りの3万3000人余りが分類では『その他』となっている」

 と書かれているようで、「その他」というのはニートに当たるのではと日経BPは書いております。この辺りの方が社会実態をよく表しているのではないかと私自身思います。それにしても今日の記事は引用ばかりであまり気分良くないな。

2013年6月15日土曜日

気象庁に物申す(#゚Д゚) プンスコ!

 今日、午前に出ていた関東地方の天気予報では昼過ぎから激しい雨になるとのことだったので、朝4時半まで漫画喫茶でマンガ読んでたこともあり、当初のサイクリング計画を捨てて午後の1時から4時まで昼寝していましたが、その間の関東地方はやや雲がありつつも晴れ渡っていました。ちなみ雨はその後も降らず、ついさっきの11時くらいからようやく降ってきましたがしとしとぴっちゃん程度で、とても「激しい」なんていう表現は使えない程度です。
 それにしても、昼日中の時間帯を全部昼寝に使ってしまったというのはさすがにもったいない気がしてならないな。寝ていた自分が悪いのだが。

 天気予報なんてものはあくまで予想なのではずれたからと言っていちいち目くじら立てるべきではないと思うのですが、このところというか近年の気象庁発表はいくらなんでも大はずれし過ぎだと密かに、このブログに書いてる時点で密かじゃないですがとにかく思います。今冬は記憶にも新しいとかと思いますが「雪は降らない」といったその日が記録的大雪になったかと思えば逆に、「激しく雪が降るから早や前の出発を」と言ったその日は全然降らず、フェイクに騙されたJRが間引き運転をして通勤が混乱した日もありました。

 極めつけは長期予報です。今年は「例年よりかなり早い」と言って5月に梅雨入り宣言してから、今週に入るまでほぼ全く雨が降らず、全国的な水不足な状態になっているという始末です。気象庁も梅雨入りの時期を修正するかもとか言っていますが、修正以前に「間違ってました」と一言入れたらどうかという気がします。
 また今年に限らなくても、このところの長期予報はちょっとひどすぎます。毎年夏も冬も「例年並み」としか言わず、例年より暑いか寒いかについて言及を避けようとする傾向が見られます。実際に今冬は平均気温がその「例年」より低かったそうで、見事に予想を外してくれたようです。

 以前にも一回書いておりますが、天気予報というのは外出をするかどうかを決めるに当たって大きな指標になるため、飲食店関係者にとっては売り上げを左右する大きな要素です。前に寄った和食屋のおばさんも、「雨が降ってお客さんが減るならまだしも、晴れなのに雨だと予報が出てお客さんが出るのはどうにもかなわないねぇ」と言っており、毎回当てろとは言いませんが、無用な悲劇を生まないためにも気象庁はもっと奮起してもらいたいです。

  おまけ
 昨晩は夜12時から朝4時半まで漫画喫茶で適当に漫画読んでました。帰りしな、道のあちこちで猫が集会開いてました。

  おまけ2
 昨日はセリフが多くて読むのに時間がかかる「銀魂」ばかり読んでましたが、ちょうど読んだ回が天気予報を外し続ける結野アナを助ける回でした。にしてもこの漫画、よくもまぁあれだけ下ネタを展開し続けられるなぁ。

留学生を増やすべきなのか

 本日は一家言ある内容なので、二日連続で休んだ後もあるため気合入れて記事を書いていこうかと思います以前からも感じておりますが楽を狙って簡単なテーマの記事を書くよりも少々重厚で解説のし甲斐のあるネタの方がこっちも書いてて楽しいし読んでる側も面白いと感じてもらえるのではと思います

首相「留学生増加に努力」 有識者会議の提言受け(日経新聞)

 安倍首相政府はこのところ第三の矢こと経済成長戦略方針を矢継ぎ早に発表しておりますがその中の一つに上記リンク先に挙げた海外渡航する日本人留学生増やすという案がありますこの案について安倍首相は以前に海外留学を希望する学生が全員留学できるように、奨学金などの制度を整備していく」とも発言しており、例のグローバルな人材を増やしていくことが大きな目標だと語っております。
 結論から述べると、恐らくというかこんな意見を言うのは間違いなく自分だけでしょうが、私はこの留学生を増やしていく方針に反対で、こんなものに税金を使うべきじゃないという立場を取ります。

 まず誤解してもらいたくないので先に言っておくと、海外に留学するのはその人自身の長い人生で見て非常に価値ある行為だと考えており、行けるものならもちろん行くべきだと考えております。私自身も中国の北京市に一年間行ってきてその辺はこのブログの「北京留学記」のラベル記事にまとめてありますが、日本国内では得られない視野や経験が得られたことはもとより、現地人やその他の国の学生と交流できたことは今でも大きな財産となっております。
 にも関わらず何故留学生を増やすべきではないという立場を取るのかというとこれは単純明快で、日本国内にそうやって海外留学で実力と経験を培ってきた人材に対する受け入れ先がない。言い換えるなら彼らを活用する企業、果てには仕事がないために折角の人材を無駄に食い潰している現状があるからです。

 私がこのような主張を展開するのも、私自身の体験から来るものが大きいです。私自身も中国への留学を果たしたものの、こんなブログを毎日書くような資質による影響のが大きいでしょうが、新卒採用では中国語や留学体験を生かせるような職場にはとうとう巡り合うことが出来ませんでした。このことだけが原因ではありませんが、今でも恩は感じていますが拾ってもらった会社を離れて単身で中国に渡り、現地採用の職を引き当てるに至って初めて留学経験を活用できた次第です。
 そしてこれはちょうど二年前の話になりますが、上海でたまたま再会できた留学時代の友人が、「あの時に一緒に留学していた日本人仲間はみんな中国とは全然関係ない仕事に就いていて、仕事で中国語を使っているのは俺と花園君くらいだ」と教えてくれました。その友人によると、自分と彼を除いた留学仲間の中で中国で働いている人間はもう一人いるそうですが、その人は韓国のゲーム会社(確かハンゲーム)の中国法人で現地採用で働いているそうです。もう国籍的になにがなんやら。

 このように留学を果たしたところでその留学経験を活かせる職場は日本だと限られており、極端な言い方すると9割方の人間は関係ない仕事を選ばざるを得ないと思います。私もそうですが、恐らく留学経験者としてはやっぱり自分の努力してきたことを生かしたいと考えるだけに関係ない仕事に就くという妥協はストレスにしかならず、当人にとっても受け入れた会社にとっても不幸な関係になりかねません。では留学体験を生かせる職場を見つけるにはどうするかですが、これは私の実体験から言って、日本での収入の下手したら半分以下になること覚悟で現地採用で臨まざるを得ないのかもしれません。事実、私がまさにそうだったんだし。
 また、運よく新卒時で留学経験を活かせるような職場に入ったとしても必ずしも上手く行くとは限らないということも報じられています。

企業からは「使いにくい」の声も……。“エリート養成校”国際教養大学の問題点(週プレNEWS)

 ちょうどタイミングよくいい記事が出ていたので引用すると、この記事は創立から短い期間で急激に入学偏差値を上げたことで有名な(と言いつつ、今回初めて知った)、秋田県にある国際教養大学(AIU)の卒業生に関する記事です。この大学は学生に対して一年間の海外留学を義務付けているほか寮での共同生活も課すなど面白いカリキュラムがあり、その甲斐あって就職率も非常に良いと評判だそうですが、卒業生らのその後の「社会人生活」はパフォーマンスを十分に生かし切れず、順風満帆とは限らないことが書かれております。
 見出しにもある通り企業側からは「使いにくい」という声が出ているほか卒業生の側からも、

「自分のほかにも日本企業の古い体質と合わずに会社を辞めた人間は少なくないし、みんなが英語を生かせる仕事をできているわけではない」就職四年後に退職した卒業生

 というように語っており、就職において卒業生と企業間のマッチングが上手くいってないことをうかがわせる証言が載せられています。それにしても、週刊プレイボーイはいい記事というかネタを持ってくるなぁ。

日本企業に就職した各国留学生たちの不満が爆発!(ガジェット通信)

 こちらは私も以前に記事を引用してもらったガジェット通信さんの記事ですが、日本にやってきて日本企業に就職した外国人留学生らもなにやらマッチングが上手くいっていないことが書かれてあります。記事によると彼ら外国人留学生らは会社から5~10年は教育期間だと言われ補助的な作業ばかり回されているようで、それに対して留学生の側から出てきた言葉が、

「会社は5年~10年で教育と言っているが、世界の変化のスピードを知らなさ過ぎ。5年も補助的で基礎的な同じことを日本の中だけでやっていたら、30歳の頃には世界に通用しない人材になってしまう」

「せっかく言葉もいろいろ話せるし、母国も経済が急成長していて、自分たちは勝手を知っているのだから、母国の現場を任せてほしい」

「日本の現場を知ってからというが、日本の現場のやり方は自分らの国では通用しない。それに会社にも自分にも時間がないことがわかっていない」

 というような、私としても「うん、そうだね……」としか言えないような言葉ばかりです。

 既に大分長い記事となっておりますのでここらで簡単にまとめると、私から見て日本企業は語学も出来てグローバルな視野を持つ人材を生かしきれないどころか食い潰しかねないような企業風土があり、留学生の供給数を増やしたところで意味がない。それよりも日本企業の思考を転換させて彼らをうまく活用できるような風土を作るなり、こうした人材がパフォーマンスを十分に発揮できるような企業とのマッチングを進めるなどといった努力を先にするべきだと私は言いたいわけです。でなければ極端な話、留学経験のある日本人人材はみんな日本を離れて現地で就職してしまうかもしれず、何のための留学支援なのかという状況にもなりかねません。
 その上で言ってしまえばこうした供給側に対して需要側の調整を行わずに留学生支援を始めでもしたら、現在のロースクール制度による司法試験合格者や公認会計士などのように路頭に迷う人を増やすだけでしょう。なんでもって政府というのは人材に関して需要を考えずに供給ばかり増やそうとするのか気がしれません。

 最後に蛇足となりますが今まさに私自身が日本企業の国際感覚のなさ、ひいては日本の仕事に対する無意味な価値観に直面しております。またきわどいことを言いますが、日本の社会人はその業界、下手したらその会社内でしか通用しない仕事経験をやたら重要視するところがあるように見えます。言ってしまえばそんな仕事経験は業界や会社を離れたら即無価値となるので、それよりも幅広い業界で使えるような知識や経験を求めた方がいいのに、むしろそういったものほど価値がないとして否定するところがある気がします。反発を受けることで主張させてもらえば、「微に入り、細に入る」という価値観はもはや悪習で、こうした価値観を保つ限り日本企業にはグローバルな人材など育たないでしょう。
 内容濃いけど、ほんと短時間ですぐ書けたなぁ(´∀`*)ウフフ

2013年6月12日水曜日

プロ野球の統一球問題について

 当初はスルー使用かと思ったけど、こういうネタは検索に引っかかりやすいので一つ書いておくことにします。

ファンにおわび…「飛ぶボール問題」でNPB(読売新聞)

 既に選手、または球界関係者の間で「今年の統一球はやけによく飛ぶ」と言われておりこれまでのホームラン数も去年に比べ大幅に増加しておりましたが、案の定というかボールの反発力が去年に比べ大きく引き上げられていたそうです。かねてから反発力を弄ったのではないかと声が上がる中で日本野球機構(NPB)はそんな事実はないと否定していながらも、昨日になってようやく実は引き上げていたと白状し、その上で統一級を作っていたミズノに対して口外しないように口止めしていたことが明らかになりました。

 この一件に対する私の意見を述べると、つかなくてもいい嘘をついて失敗するという、馬鹿の見本のような例だと思います。統一球にしたはいいけど極端に飛ばなくなって去年までのプロ野球は極端な投高打低こと、投手が有利であるのに対して打者が不利な状況が続いており、点とってなんぼのスポーツなだけに見栄えがしない傾向もあったのでそれを見直す目的の下で堂々と反発力を引き上げると言ってれば、恐らく誰も反対はしなかっただろうし選手会らも諸手を上げて賛成したでしょう。
 にもかかわらずNPBは秘密裏に反発力を変え、しかもインタビューによると「飛ばないボール」こと去年までの統一球は今年のオープン戦まで使われていたようなのですがその理由というのも、「在庫が余っていたから」だったそうです。在庫があるかどうかで使用する球を選ぶというのも本当に呆れます。

 この問題、野球を見る側にとってはホームラン数も増えることだしそんなに影響はないのですが、仮に選手、そしてチームの側から見るとやはり大問題です。というのも去年までの飛ばないボールではホームランが出辛いため、長距離にかっとばす打者よりも確実にヒットで出塁して盗塁が出来るバッターの方が戦略上、有利な選手となりやすいわけです。恐らくどのチームもこのような考えを多少なりとも持って今年のチーム編成を行ったのでしょうから、ボールという前提からひっくり返されでもしたら非常にやり辛いでしょう。

 その上で個人名を二人挙げるとしたら、このボールの変更によって大きな影響を受けたのは横浜のブランコ選手、巨人の小笠原選手だと思います。ブランコ選手は昨オフシーズンに中日から横浜へと移籍してきましたが、元からよくホームランを打つ選手でしたが今年はさらに輪をかけて打つようになり、ボールが変わったことによってより真価を発揮し始めてきたように見えます。そのため横浜としては非常にいい補強となりましたが、中日側からすると痛い流出だったと言わざるを得ません。
 そしてもう一人が我らがガッツこと小笠原選手。去年、一昨年共に「今年の戦犯」こと高年俸の割に全然役に立たなかった選手の筆頭として挙げられるほど不振が続いておりますが、彼の不振が始まったのはまさに統一球に移ってからです。飛ばないボールになってからはホームランどころかヒットすら覚束なくなりスタメンの座も追われましたが、今年は代打としてサヨナラホームランを打つなど復調の兆しが出ており、それだけに統一球の導入によってキャリアが大きく翻弄されてしまった選手のように見えてしまいます。もちろん、統一球に対応できてれば問題はなかったのでしょうが。

 この問題でNPBの加藤コミッショナーは、ボールが変更されていたことを初めて知ったのは昨日で、もし知っていたら必ず発表していたと話しており、自身に責任はなく辞任はしないと述べています。もしそうだとしたら私も加藤コミッショナーには責任がないと思うので辞任とかはいいと思いますが、リンク先の記事にもある通りこの問題を主導した下田事務局長は責任を取って辞めるべきでしょう。こういう時はトップが責任を取るべきだという意見もあるでしょうが、さすがに独断専行で、しかも報告すらされていなかった問題でクビ取られるというのはあまりにも不合理すぎる気がします。
 それにしても、こんな責任不要論を自分が言うのも珍しいな。

2013年6月11日火曜日

中国における就職難

 久々の中国ニュースネタですが、今日は新華社を中心に有人宇宙舟「神舟10号」発射の話題がどこもトップニュースです。それは置いといて一つ気になったのは以下の記事です。

日本频换权首相商品走俏 菅直人T恤一周卖百件(法制晚報)

 書かれている内容はClubTが作る日本の首相Tシャツの話で、殊勝が頻繁に変わるもんだから種類も増え、売り上げも上々というような話です。これだけだったら「ふぅん、中国でも報じられるんだね」で終わるのですが、記事の中身をよくよく見てみると「日本の新首相、管直人の
Tシャツがバカ売れしている」と書かれています。今の日本の首相は安倍晋三なのですが記事の日付を見ると今日の日付である2013年6月11日がクレジットされており、これは如何なものかと少し調べてみたら下記の記事にぶち当たりました。

「Yes We Kan」!菅首相のTシャツが大人気(AFP)

 こちらはAFPによる2010年6月9日の記事です。恐らくですが中国語の記事はAFPの英語版記事を見て、今年の6月9日に出された記事だと勘違いした記者が中国語に翻訳したのだと思います。結果的に言えば、3年も前の古い記事を間違って翻訳してしまったというところでしょう。
 馬鹿にした風に書いていますがここだけの話、自分も全く同じ経験をしたことがあります。中国の大手企業の話だったと思いますが大規模投資のニュースがあって今日はこれを書こうと思って全文読み終えた後、やっとその記事が1年前のものだとわかって「無駄な時間を使ってしまった……」と思うことがいくらか。さすがに紙面に載せるまで誤解したことはなかったけど。

 また雑談が長くなりましたが本題に入ると、前にも一度取り上げていますが、このところ中国のニュースサイトを見ると「大卒の就活状況が悪化している」というニュースを非常に多く見かけます。一部記事を読んでみると「文系女子が最悪となっている」と書かれており、状況的には今の日本とほとんど相違がないような印象を覚えます。
 またこれは以前に自分も記事というかコラムで書いた話なのですが、中国も近年は給料は高いけどバリバリ働く外資系への就職はあまり望まず、実利が大きくのんびり働ける公務員への就職志望が高まっており、なんと卒業後も就職浪人を続けるという若者も少なくないそうです。この辺も日本と被る。

 大体2008年くらいから大学を卒業しても必ずしも納得のいく就職が出来ないなどと中国でも言われるようになっていたのですが、今年は民間企業が新卒採用を絞る傾向があり、また物価が上がっているとはいえ賃金はこれ以上増やせないという企業も多いことから学生の希望給与額と初任給額がマッチングしないとも言われております。
 これはあくまで私の推測ですが、給与額というか生活費の面で今非常に大きな問題となっているのはやはり家賃でしょう。中国では去年一年間、不動産税の導入をはじめとした政府の出した住宅販売抑制策によって住宅価格の高騰が一時抑えられたのですが、今年に入ってからはこれらの抑制策が継続されているにもかかわらず高い伸び率で高騰が続いています。そして住宅価格の高騰共に賃貸住宅の家賃も上昇し続けているとされ、都市部で就職する若者からすれば家賃代で初任給が全部すっ飛ぶような事態になりかねない状況だそうです。

 このような中国の状況を見ると、まだ日本の若者はマシなのかもなぁという気もします。少なくとも家賃に初任給の半分以上を取られることはほとんどないだろうし、ルームシェアする人もそう多くないでしょう。もっとも、仕事の充実度で言えば一応まだ市場が拡大している中国の方が感じられるかもしれませんが。

2013年6月10日月曜日

韓国の近現代史~その十五、全斗煥の台頭

 そろそろラッシュを決めてかないといけないと思っている韓国史の連載です。まだ随分と期間が空いてしまったなぁ。

 前回では独裁者であった朴正煕の死後、代わりに大統領になった崔圭夏が戒厳令を緩めるなどして民主化の機運が高まった「ソウルの春」を紹介しました。この時期の韓国は朴正煕時代は夜間外出すらも禁じられるほど統制の厳しかった時代の反動もあって自由に対する意識が高く、政権側もそれに応じるような姿勢を見せていたのですが、結果論を述べるとその希望は見事に打ち砕かれます。というのも、この後に政治の実権を握ったのは朴正煕の後輩ともいえる全斗煥による軍事政権だったからです。

 全斗煥は士官学校出身の根っからの軍人で、朴正煕が軍事クーデターを起こした際は士官学校生徒を率いて真っ先に支持に回り、朴正煕からの信頼を勝ち得て昇進していきました。天気が起こったのはいうまでもなく朴正煕の暗殺事件後で、当時は保安司令官だった全斗煥は同じ軍部の重鎮である鄭昇和陸軍参謀総長と主導権を争い対立します。
 両者の争いは派閥抗争へと発展していくのですが、全斗煥と士官学校時代に同期で後にこちらも大統領となる盧泰愚は1979年12月、電撃的に鄭昇和を朴正煕暗殺時の対応に問題があるとして逮捕し、鄭昇和の息のかかった部隊へ攻撃を仕掛けました。

 この時の一連の行動は「粛軍クーデター」と呼ばれ、韓国大統領府はおろか米軍にすら何の連絡や通達がないままソウルは内戦状態に陥ります。全斗煥は大統領府を制圧すると崔圭夏大統領など文民政治家に対して鄭昇和の逮捕を認めるよう迫り、崔圭夏も当初は抵抗しましたが、軍部に味方がおらず孤立した状況の中で最終的には要求を呑むよりほかがありませんでした。
 こうして全斗煥はライバルを追い落とし軍部の実権を完全に握り、政府に対しても半ば脅迫的に意見を言える立場を確立するに至ります。ここに至って全斗煥は自らの大統領就任も視野に入れて行動を開始し、1980年5月に金泳三や金大中といった民主派活動家の行動を大きく制限する非常戒厳令を出します。この措置に対して韓国国内では反対運動が起こったのですが、こうした動きに対して全斗煥は断固たる措置を取り、後の自身の大統領就任へとつなげるわけです。

 そういうわけで次回は、この時の政治弾圧で有名な光州事件を解説します。

アベノミクスの先行きについて

 明日以降に書いてもいいのですが、書くネタがたまってきているので本日は二本出しで行こうと思います。どうでもいいですが前職中、夕方までに5本くらい記事書いて今日はもう十分かなとか思っていたら日系企業が急にプレスリリース出してきて、追加で記事書いたりしなきゃいけない時が一番焦りました。ささやかなお願いですから、企業は記事書く記者の負担も考えて、プレスリリースはなるべく朝の早い時間に出してもらいたいものです。集中力に余力があるとそれだけいい記事書けるんだしさ。

 また話が脱線しましたが本題に戻ると、先月23日の日経平均株価の大暴落以降、安倍首相への風当たりが激しくなっております。朝日新聞なんか恐らく前から嫌いだったんだろうけど株価も上がってて批判できずにやきもきしていたのもあったのか、このところかなりキツイことを書いてきております。株価がなかなか下げ止まらない現状であるだけに、「朝日は批判し過ぎ!」というような意見はなかなか見ず、それどころかほかのメディアも大体批判的な状況です。
 なお株価に関しては先月の記事で13000円台中盤で下げ止まるのではないかという予想を書きましたが見事に外れ、とうとう13000円台を振り切ってしまいました。正直な所ここまで落ちるとは思いもせず、参院選後のご祝儀投資があっても株価はどこまで立ち直るのか、不安を感じております。

 それで今回の株価下落、そしてアベノミクスの先行きについて様々なメディアがいろんなことを書いているのですが、どちらかと言えば感情論で安倍首相を批判する内容が多くて現状をうまく分析した記事は少ない気がします。そんな中で一番おもしろいと感じたのは意外にも人民日報の評論(リンク先は日本語版)で、今後の先行きについて以下の様に分析しております。

「事実をありのままに見ると、日経平均株価の暴落はアベノミクスの失敗を意味しないが、安倍首相のこれまでの努力が無駄になったことを意味している。7月前にアベノミクスが積極的な効果をもたらし、日本の物価上昇ムードが形成され、経済回復の自信を高める。アベノミクスの段階的な成功により、安倍首相が7月の参議院選で勝利を収め、ねじれ国会を終了させる。安倍首相はその後さらに「円安+金融緩和+財政緩和」の組み合わせに、明瞭な構造改革の政策を加え、アベノミクスの政策体系を完全に構築する。これは日本経済の理想的な回復の流れだが、残念なことに幸先良いスタートを切りながらも、安倍首相のこれまでの成果が無になった。これはアベノミクスの成功確率を引き下げ、さらに日本経済、ひいては世界経済の回復により多くの不確定要素をもたらした」


 この評論で唸らされたのは、株価が上昇傾向のままで7月の参院選を制し、構造改革などの政策を推進していく必要があったと書いている点です。出鼻をくじかれた今の状態では参院選で勝利したとしても大胆な政策は実行し辛くなっており、私の目からしても以前ほど政策選択における自由の幅は狭まっている気がします。

 その上でもう一言加えさせてもらうと、やはり安倍首相の対応は遅い気がします。それこそ株価が大幅下落した直後にでも大胆な経済政策を発表するなどして、成否はともかく市場の不安を取り除く努力をもっと見せてもらいたかったのですが残念ながらそういうのはなく、先週になってようやく「三本目の矢」ということで国民総所得(GNI)を10年後に150万円増やすことや、農業の大規模化を進めるといった話を出してきました。
 しかもこの政策案、はっきりと言わせてもらいますが無価値と言ってもいいでしょう。というのも、GNIを150万円増やすという数値目標はあるのはいいですが、肝心の150万円増やす要因となる話が何もありません。ほっといたら勝手に150万円増えるというわけじゃないんだし。

 一応、農業の大規模化やグローバル特区の設置、インフラ輸出の推進などを上げておりますが、これらの政策案は数年前から何度も繰り返し出てきている話で何も新しくありません。むしろ、前から言っているのになんで今まで実行できてないんだと感じさせられます。じゃあどんな話を私が欲しがっているのかというと、やはり今まであまり聞かれなかった画期的な話、具体的には新産業の成長戦略とかです。
 現状の日本、ひいては国際状況を見る限りだと脱原発に伴う新エネルギー開発、普及が割といいんじゃないのかと思いますが、自民党は東電を切ることは出来ないでしょうからあまり期待できません。

 株価が大幅下落した直後にあまり対応せず、満を持して出してきた「三本目の矢」がこの程度の話だったことから、あまりそうなってはもらいたくないものの今後のアベノミクスの先行きに対してやや悲観視しております。手の平を返すようなことは言いたくはないのですが、みんな期待しているのだから安倍首相ももうちょっと大胆な政策を打ち出すなどして頑張ってもらいたいです。
 最後に苦言というか愚痴っぽい意見ですが、グローバル特区の設置に合わせてグローバル人材の招聘、活用を謳っておりますが、お前らじゃ100年経っても無理だよと真面目に言いたいです。

2013年6月9日日曜日

言語によって変わる仕草、態度、意思決定速度

 このところいただいたコメントの内容から閃く記事が多いですが、今日も一つその辺で三日ぶりに書こうかと思います。これだけ休むのも久々だったな。
 そのいただいたコメントの内容ですが、英語でしゃべっている時は日本語でしゃべる時と比べ「普段より明るくさっぱりした人になる気がする」というものです。あくまで個人の意見とはいえこのコメントを見た時には私も深く感じるところがあり、というのも私も中国語で話をする時は日本語の時と比べかなり強気になるからです。

 結論から述べると、どの言語を使用して離すかによって仕草や態度は変化すると思います。日本語は他の言語と比べて卑罵語が少ないとされており、また私自身の体験からするとやはり温和な性格の強い言語だと思います。一方、英語だと文章より単語を割と個別にぱっぱと出して言った方が相手に通じやすくかつ向こうも第二外国語ならそんな感じなので、イメージ的にはあまり飾らない報告書みたいな具合でテキパキとする言語のような印象を受けます。
 それらに対して我らが中国語はどうか。なんていうか私が見てきた中国人のイメージが色濃く反映されているかもしれませんが、基本的に中国人は声が大きいので使用していると私自身も声が大きくなり、でもって元々大雑把な性格なのにさらに態度が大雑把になっていく印象があります。一言で言い表すとしたら、「細けぇことはいいんだよ」的な雰囲気が中国語には感じられます。

 なお同じ日本語であっても、標準語と関西弁だとまた変わってくる気がします。これも私の体験談ですが、やっぱり関西弁使っていると標準語の時よりせっかちになるような感じがします。逆を言えば標準語を使っていると考え方をまとめる速度がやや低下するような……。

 あと今回の話題に関連してぜひ触れておきたい話があります。以前に紹介したビジネス本「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」の中で書かれてあった話ですが、富士フイルム社内の勉強会で「何故日産のゴーン改革は成功したのか」という議題に対して、「社内公用語を英語に変えたからではないか」という意見が出たそうです。その理由というのも、英語であればやる、やらないといった意思が明確に表れるため、日本語みたいに曖昧な言い合いが続かず意思決定が早まるためだというのですが、実にもっともな意見だと私も思います。

 中国語でもそうですが、たとえば何かを依頼した際によく「あぁん、無理だってそんなこと」と普通に言い返されます。無論こっちは相手を動かさないといけないのですからお金をこれだけ払うとか、こっからここまでは自分でやるからさとか、うまくいけばお前も儲かるぞなどと言ってやってくれるよう説得するのですが、日本の社会上で何かを依頼された際に、「そんなの無理だって」なんて言ったら周りからすぐ白眼視されること間違いないでしょう。
 じゃあ本当に無理な時はなんていうのかと言ったら、「ひとまず前向きに検討させていただきます」とか「一旦、対応を考えさせてください」などと、曖昧に時間を引き延ばした上で、「検討した結果、対応は難しいことがわかりました」などと断るのがマナーといったところでしょう。このところストレスたまってるので一つ強気で言わせてもらうと、時間を空費させるだけのマナーでもはや悪習と言ってもいいのではと思います。特にビジネスの場だったら、無理なら無理と早く言ってくれた方が助かるケースが多いような気がするし。

 このように考えてみると、意思決定を加速させるために社内公用語を英語に変えたりするというのはあながち無価値ではない気がします。今のところ日産はそれほど叩かれていませんが楽天などは「失敗するのが目に見えている」などと批判されっぱなしですが、うまく改革につなげたら日産のように化けるのではないかとちょっと期待した目で見ています。
 それにしても、このところ日本語使っててなんだか疲れること増えてきたなぁ。

2013年6月5日水曜日

外国人に対する中国人の態度

有尾両生類の四肢再生を制御する3種類のたんぱく質を発見(JST、岡山大学)

 最初に全く関係ないですが、科学技術振興機構(JST)と岡山大学が両性類の四肢再生能力に関するたんぱく質の特定に成功したそうです。これを見て私が真っ先に思い付いたのは映画の「アメイジング・スパイダーマン」に出てきた敵役のカート・コナーズ博士で、この人はあくまでお話の中ですが、まさにこの両生類の再生能力を身に着けたところ勢い余って恐竜(リザード)みたいになっちゃいました。出来るのかなぁ、リザード……。

 全く脈絡がないですが話を本題に移すと、昨日書いた「留学先によって異なる現地人への意識」のコメント欄で、「中国人の留学生はアメリカでも非常に堂々としていたように見えた」という書き込みがありました。実はこの指摘に当たる部分を前の記事でも書こうとしていたのですが忘れており、今日はその中国人の厚顔無恥さと言ってもいいような、外国でもやけに堂々としている理由について私の見方を紹介します。

 まず結論から述べると、中国人は日本人とは異なり米国をはじめとした外国にいても非常に堂々としており、個人差はあるとはいえ全体的に言えば現地人と接する際も全く臆する様子がありません。もっとも見方を変えれば逆にふてぶてしくマイペースであるため、最近日本でも話題になっておりますが海外旅行先でトラブルも多いのですが。

 そんな中国人が外国で臆さないというエピソードで、一つとびっきりのを持っております。全部が全部というわけじゃありませんがアメリカ人は英語が世界共通語だと認識しており基本的には英語しか話さず、人によっては相手(外国人)が英語を理解出来なくても英語でまくし立て、「こいつどうやらわかってないようだね( ´∀`)」などとちょっと上から目線な態度をを取る人もいます。でもって日本人はこういう場合に大体、やや委縮するような素振りをみせます。
 一方、これが中国人だと話が違います。これは私が人伝に聞いた話ですが、アメリカにやってきた中国人観光客が空港カウンターに来るや、相手がアメリカ人であるにもかかわらず一方的に中国語でまくし立てたそうです。全く英語を話す素振りをみせない中国人にアメリカ人が困惑していると、「こいつ中国語がわかんないようだぜーm9(^Д^)」と、何故かそのアメリカ人をみんなで笑い倒したとのことです。これを見ていた人は、「英語に委縮しない国の人を初めて見た」と言ってました。

 上記の例はあくまで極端なものではあるものの、多かれ少なかれ中国人には外国に行っても委縮しないところがあると思います。何故中国人は委縮しないのか、要因としてはやはり「自分は中国人だ」というアイデンティティが確固たるものであることと、常日頃から相手の目線に立って行動しないという性格からだと思います。なんかこう書くと見も蓋もないような感じですが、こういうところが中国のいいところだと思えるようになってきたら日本社会では生き辛くなります。

 それともう一つ、これは恐らく私だけが考える理由だと思いますが、中国もアメリカ同様に覇権主義国家であることも見逃せないと思います。こんなこと言ったら鼻で笑われるかもしれませんが、中国はいつかアメリカを倒して世界で覇権を取ることを真面目に考えている国です。国民レベルでも「ナンバー2じゃダメだ、1番じゃなきゃ!」という意識が強く、中華思想というものは現存し続けております。
 無論、現段階ではアメリカに逆立ちしたって敵わないことは中国政府、並びに中国人も百も承知です。だからこそアメリカに追いつこうと国力を高める意識など官僚レベルでは半端じゃないのですが、こうした覇権主義国家であることが外国で妙な萎縮をしない要因の一つじゃないかというのが今日の私の意見です。

2013年6月4日火曜日

留学先によって異なる現地人への意識

 多分気づいている人は少ないでしょうが、右サイドバーにある「最近のコメント」の表示件数を、ここのサイトを参考にしてこれまでの5件から10件に増やしました。以前はBloggerが用意していたコメント表示ガジェットを使っていたのですが、これだと表示件数は最大5件で前から物足りなく感じていました。一方、新しいガジェットは10件表示できるようになったもののコメントされた記事のタイトル、コメント投稿者が表示されなくなりましたが、こういうのはリンクがくっつくことが一番大事なのでこっちの方がいいと思えます。

 それでは本題に移りますが、先日にふとしたきっかけから、若い頃にアメリカに留学したという方とお話しする機会を得ました。いい機会なので当時のアメリカの社会とか留学時の環境などを聞いていたのですがその際に、「やはり留学先では現地のアメリカ人に劣等感みたいなものを感じた」という一言が自分の感性に何故だかヒットしました。

 アメリカ留学者が現地のアメリカ人に劣等感を感じるというか悔しい思いをするということは以前からも何度か聞いたことがあり、戦前の外務大臣の松岡洋右なんかそうした劣等感が変な方向に行ってしまった代表格です。なんでこんな意識を持つのかというといくつか理由が考えられますが、一つは単純にアメリカ人は体格がでかいということ、次にアメリカは日本以上の大国であるということ、そして何よりも大国であることを笠に着てアメリカ人自身が外国人に対して蔑視する態度を少なからず持っているためではないかと私は睨んでいます。
 先に言っておきますが、別に私はアメリカ人に特別な意識は持っていません。ただやっぱり世界の中心であるということを本人らも持っているのか、外国に行っても現地の言葉をあまり使わず英語でまくし立てる態度を見ているとほかの国の人間とはやっぱり意識が違うなと感じてしまいます。

 ちょっと話が脱線しましたが、何故私がアメリカ人に対して日本人留学生が劣等感を感じるという話に反応したのかというと、中国人に対してはまるで逆だったからです。というのも私自身も中国に留学した、っていうか向こうで働いてもいましたが、はっきり言って中国に行く日本人は現地の中国人は「文化水準が低い」、「マナーが悪い」などと明らかに上から目線で、見下した態度を少なからず取っております。恥ずかしい話ですが、私自身もそういった意識を持っていたし、恐らく今もあるでしょう。
 こうした日本人の態度を中国人もなんとなく肌で感じているようです。やはり日本の方が平均収入も多いし先進国だし、「なんかあいつらエラそうにするなぁ」みたいな感覚を持っていると私も聞いたことがあります。まぁ実際、中国人に対してややエラそうな態度取っていると思うんだけど。

 このように留学先によって日本人が現地人に対する態度は見上げることもあれば見下げることもあり、はっきりと分かれるように思えます。多分欧米に行く人は劣等感を感じて、アジアに行く人は優越感を覚えるのでしょう。もちろんそのような意識を持つこともない人もいるでしょうし、あとさらに見上げる態度と見下げる態度のどっちがいいとも悪いとも言い切れませんが、どっちの感覚を持つかによって学生だとその後の性格や思考に多少の影響があるのではないかと私は言いたいのです。
 具体的にどのような変化が起こるのかまではちょっと言及しにくいのですが、この辺をもう少し掘り下げると行先別の留学の効果などがもう少しはっきりするかもしれません。まぁでも一番いいのは、留学中は現地の人たちに尊敬の念を以って彼らの仕草なり行動なり思考なりを学ぼうとする態度を持つことでしょうね。

2013年6月2日日曜日

時間にルーズな日本人

 本題とは関係ありませんが、リンクを結ばせてもらっている方から「このブログにコメントを投稿しようとしたら出来なかった」というお話を先日聞きました。原因はわからないのですが、もし同じような経験がある方はメール(miyamakikai@gmail.com)まで、コメントを入れようとして駄目だった状況などについて一言入れてくれると助かります。
 ちなみに何人かの読者から、「このブログで展開されている話はやけに高度で、生半可なコメントをしてはいけないような雰囲気がある」という意見を受けたことがあるのですが、このような心配はご無用なので素朴な疑問や書いてほしい話題のリクエストなどがあればどしどしコメントしてください。もともとこのブログの記事は問題提起をすることが主目的で、コメント欄でみんなに議論してもらいたいと思いつつ書いているのでコメントしてもらえるとむしろありがたいです。

 それでは本題ですが、去年あたりからお題に掲げた「日本人は時間にルーズだ」という話を引用することが増えました。この話の発端は日本での就労を目指してやってきたけれども看護師資格が取れず帰国することになった、確かフィリピン人看護師が去り際に述べた話で、大まかな内容をまとめると下記の通りとなります。

「日本では始業時間の最低5分前、下手したらそれよりもずっと早くから作業に取り掛からなければならない暗黙のルールがある。逆に終業時間は誰も守っておらず、当たり前のように長い時間残業をしていて半ばそれが義務となっているなど、日本人は時間に対して非常にルーズだ」

 言われることごもっとも、というのが私の意見です。案外、こういうところは外国人が指摘するとすっきりするもんです。

 ここに書かれている通り、一般的な日本社会では5分前には待ち合わせ場所に着くなり作業準備を始めていないといけません。更に言えば、仮に5分遅れようものならとんでもない大問題に発展する可能性があり、人によっては遅れた相手を殴ってもいいという人もいるかもしれません。
 その一方、終業時間に関してはもはやあってないものです。工場のラインなどでは厳格に守られていると聞きますが、そうでない大抵の職場においては終業時間と共に席立ってすぐ帰ろうものなら「てめぇなめてんのか?(#゚Д゚)y-~~イライラ」と言われても仕方ありません。

 仮に始業時間に関してもいい加減であるのなら終業時間が守られなくてもまだ理解できますが、はっきり言って今の日本の企業風土はダブルスタンダードもいい所で、外国人からしたら「自分たちの都合がいいように物事を解釈する連中だ」とか思われてるかもしれません。ちなみに中国だと終業時間を迎えるとリアルにみんな一斉に立ち上がって帰っていきます。あとこれは以前に「フランスの日々」のSophieさんから聞きましたが、Sophieさんが終業時間後もしばらく残って作業を続けていると周りから「Hentaiだなぁお前は」とか言われたそうです。なんでもHentaiでいっしょくたにするのもなぁ……。

 ここまで読んでもらえればわかるでしょうが、私はこうした時間にルーズな日本社会を快く思っておりません。残業時間が非常に長いというだけでなく始業時間に異常なほどに厳格で遅刻を許さないというのも、はっきり言えば精神病の領域にもう入っているだろうと普通に口にして批判してます。
 それこそ5分や10分遅れたくらいで物事に支障が出ることなんてほとんどありません。にもかかわらず日本人は相手が遅刻してくるや鬼の首を取ったかのように人格否定も辞さないほど激しく批判する輩が多く、そういう場面に会う度に今のうちにこいつを始末しておく方が日本社会のためになるんじゃないかと腹の中で本当によく考えます。

 あとこれはやや古い話ですが、2004年に起きた福知山線の脱線事故の後にある批評家が、「JR西日本が過密なダイヤを組んだのは日本社会が1分1秒遅れてはならないほど時間に厳格なことも背景にあるように思える。過密なダイヤを緩めるためにも、日本人はもっと時間に寛容になるべきだ」と話しておりました。この意見にも私は同感で、さすがに1時間遅れてきたら「もうちょっと気をつけなよ」と軽く言いますが、30分程度なら何も言わないようにしております。まぁでも30分遅れてきたら向こうから謝ってくるので、「そんなの気にしないでいいって(・ω・` )」と声かけることのが多いかな。

 そして本丸の終業時間に関しては逆に、もっとしっかり守るべきだと言いたいです。今に始まるわけじゃないですが日本の生産効率性は先進諸国中で最低クラスにあり、その原因はまさにこの無駄に長い残業時間にあると言って過言じゃないでしょう。惰性で働くもんだから時間内にきっちり仕事を終えようという意識が低く、私の目からしても日本人の時間当たり作業量は低いと言わざるを得ません。この前も終業時間の後から会議を始める場面に遭遇して、「何考えてるのこの人たち?」とリアルに感じました。

 さっきからかなり強い言葉で日本社会を批判していますが、私は真面目にこの問題はなんとしてでも改善するべき課題だと考えています。というのも終業時間があってないものという社会ではルールに対する遵法意識が低くなり、どちらかというと上にとって都合の良いルールが下に押し付けられやすくなる社会になりやすくなると思えるからです。もはやすっかり市民権を得た「ブラック企業」という言葉がありますが、そもそもの話、なんでブラック企業がこの世に存続できるのかという疑問を持つべきでしょう。

 たまに「日本人はルールをよく守る民族だ」という人を見ますが、私からすると「ルールや法律を自分勝手に都合よく解釈することが多く、しかも自己解釈ルールを平気で盾に取ってくることが多い民族」で、もっと短く言うなら「かなりあいまいというかいい加減な民族」というところに落ち着きます。これが中国人だとそのまんま「ルールや法律をほとんど守らない民族」で片づけられますし本人らもこの点を自覚していますが、少なくとも日本人みたいに自己ルールを相手へ強制することはまだ少ないかなと思います。まぁこの辺は一長一短か。

 自分でも疲れているのかなと思うくらいやや過激な主張を展開しましたが、真面目にこの時間感覚について日本人はもっと考えるべきだと思います。中には「自分は多少遅刻してもいいと思っているが、相手はそうは思っていないので合わせるしかない」という人もいるかもしれませんが、相手のルールをただ迎合することによって社会全体をギスギスさせていいのかと逆に問いたいです。最後にもう一回また過激なことを書いてしまうと、社会をギスギスさせるような時間感覚の持ち主を如何にこの世から排除するか、そういった風に思考を転回するべきでしょう。

2013年6月1日土曜日

日本型組織を外国人が運営する価値

 「近現代の日本で最高の政治家は?」と仮に聞かれるなら私は、「マッカーサー」だと即答します。日本統治当初からGHQと米軍がバックにあるという恵まれた環境からスタート出来たこともありますが、それを差し引いても短期間で農地改革から民主化、経済再生までやってのけたというのは驚愕に値する功績だと考えているからです。もっとも、マッカーサー自身は本来、政治家じゃなく軍人だけどなぁ。

 それにしても自分で書いておきながらですが、日本最高の政治家がアメリカ人というのも寂しい話です。ただ戦時中から米軍は日本軍を指し、「日本軍は末端の兵士や下士官は非常に優秀だが指揮官は無能で、無謀な作戦を組んでくれるから助かる」と述べており、事実その通りな状況でありました。私自身も日本人は今も昔も底辺が果てしなく優秀であるのに対して上層部の質が低く、極端にマネジメント能力が悪い民族だと考えています。となるとマッカーサーによるGHQ統治時代のように、日本人は案外、外国人にマネジメントしてもらった方が効率よく動けるのではないかという話を今朝に友人としてきました。

 なんでこんな話が出てきたのかというとそもそもの発端は何故か自動車メーカーのマツダで、今ちょっと中国市場では落ち込んでるがこの前に取り上げた「CX-5」を始めクリーンディーゼルエンジンのあの技術は非常にすごいという話をしていて、なんであんなのを作れたのかというとディーゼルエンジンの普及率が高い欧州をメインの市場にしているということに加え、一時期に外国人経営者を招いていたことも大きいのではという意見が出てきたからです。

 現代だと少し隔世の感がありますが、マツダはバブル期の多チャンネル化失敗によって90年代に米フォードから資本参入を受け、96年から03年までフォードから派遣された人物が社長を務めておりました。この時期に社長に就任したのは計四人ですが、なかでも最初にやってきたヘンリー・ウォレスという人がなかなか勘が鋭く、日本市場で初の本格的コンパクトカー「デミオ」を発売して危機的状況だったマツダを一気に立ち直らせております。
 同じく自動車メーカーで言えば言わずもがなの日産のカルロス・ゴーンも見逃せません。彼がやってくるまで日産はずっと赤字が続いていましたが、日産の広報曰く「うちのゴーン(マイブーム)」が来てからは劇的に経営が改善し、現在に至ってもまだまともに会社が続いていることを考えたらその経営力は計り知れません。

 こんな具合で、「日本人はマネジメント能力の高い外国人に支配された方が効率的に動けて、幸せになれるんだよ」といつもながらの過激で極端な主張を展開したところ、「闇金ウシジマくん」が大好きな友人は「そうとも限らないんじゃないかなぁ」と反論してきました。言われてやや落ち着きを取りも出した私も、「確かにソニーのストリンガーの例もあるしねぇ」と考え直して一呼吸を置き、「ただリストラクチャリング(=経営再建)という分野に限っては外国人経営者の方が勝っているのでは」と改めて言い直し、これには友人も同意しました。

 それこそさきほどのマツダ、日産の例はまさにリストラクチャリングですが、外国人だとしがらみがないことから果断に従業員の整理解雇や事業部門の廃止を実行しやすく、変に日本人がやるよりも経営再建しやすいんじゃないかと思えます。ある意味ではGHQ統治も、日本国家のリストラクチャリングだったとも言えますし。
 その上で話を現代に持ってくると、大幅な赤字が続いているパナソニックやシャープなんかは敢えてここで外国人経営者を招く方が良いのではとも言えます。外国人経営者であれば変な雑音に影響されることもないし、シャープなんかきわどいことを言うと、ホンハイから誰か役員なり社長なり送ってもらえばよかったかもしれません。我ながら、本当にきわどいことを平気で口にするなぁ。

 最後に改めて言いますが、私の目からして日本人のマネジメント能力は極端に低いとしか思えません。この方面で長けているのはやはり欧米人で、さらにもう一歩踏み込んでいえば日本人よりは中国人の方が確実に上だと思います。まぁ中国は伸び盛りでオーナー経営者が多いという要因もありますが。
 極端な自由制限があるとかだと話は別ですが、支配されるか否かは幸福とはあまり関係がないと思います。むしろ誰に支配してもらうか、これこそが圧倒的大多数の幸福に大きく影響すると思います。優秀な経営者、政治家、指導者、そういった人たちにどのようにつくかという価値判断をもうそろそろ日本人は考えるべき時ではないか、というより自分たちの幸福につながるのであれば国籍にこだわっている場合じゃないのではというのが今日の私の意見です。

2013年5月31日金曜日

漫画レビュー「シドニアの騎士」

 「重力子放射線射出装置」と聞いて、これが何を意味するか分かる人は多分私と趣味が合う人でしょう。この言葉は二瓶勉(にへいつとむ)という漫画家の作品「BLAME!」に出てくるなんでも貫通させてしまう銃(拳銃からライフルまで分かれる)の名称です。原理については作中でもはっきり明かしていませんが(小型ブラックホールを連続射出するとか考えられてる)、拳銃状の武器から100メートルはあろうかという巨大人工物を貫通する描写は圧巻の一言に尽きます。

 多分私は人並み以上に漫画作品を日頃から読んでいて、現在連載中の作品で目を通しているのを上げると「暗殺教室」、「キングダム」、「極黒のブリュンヒルデ」、「進撃の巨人」、「AZUMI」などありますが、最も続きが楽しみでたまらない作品を一つ上げるのであれば、上に書いた「BLAME!」の作者である二瓶氏の最新連載作品、「シドニアの騎士」が私の中で挙がってきます。

シドニアの騎士(Wikipedia)

 この「シドニアの騎士」というのはロボットSF作品に当たるもので、普段はどんくさい主人公の谷風長道(たにかぜながて)が謎の宇宙生物である奇居子(ガウナ)との戦闘で超人的な活躍を続けるという内容です。戦闘の合間には学園ラブコメっぽい展開もあるのですがそこはさすが二瓶氏というべきか、戦闘が進むにつれて徐々に暗い局面も出始め、また光合成を行うことによって食事をとらずに生きる人間、脳味噌を換装して永遠に生きる不死の船員会など独特の設定が光ります。

 ここで話を少し脱線しますが、二瓶氏というと特にその初連載作品の「BLAME!」に顕著ですが、めちゃくちゃ濃い絵で有名です。ただこのところはマイルドな画風に代わってきているのですが、ちょうどいい比較画像がネットに転がっていたので早速引用しましょう。


 見てもらえばわかるでしょうが、「BLAME!」の頃と「シドニアの騎士」では「これほんとに同じ作者なの?」と言いたくなるくらい変貌しています。もっとも上の画像の「シドニアの騎士」の絵は第一巻の絵で、現在出ている最新刊の第十巻ではまたぞろ濃くなりつつあります。

 ここまで書いているのを見ればわかるでしょうが、率直に言って私は二瓶氏の漫画が大好きです。この人の漫画は背景に巨大な人工物を描き人間との大きさの差を遠近で表現することが有名で、明らかに並の漫画家とは違うセンスをしております。またその絵柄自体の重厚さに加え、ストーリーでも先程の「重力子放射線射出装置」を筆頭に「東亜重工」、「駆除系」、「継衛(つぐもり)」などと、近未来SF作品にはあまり似つかわしくない妙に重たい漢字を多用するところも気に入ってます。

 今回、改めて「シドニアの騎士」でレビューを書こうと思ったのは、なんでもアニメ化が決まったという発表があったためです。正直な所、いつもの如く読んでて意味が分からない展開が多いからアニメ化とかはないと思っていただけに意外な発表でしたが、それならそれでめでたいと思ってちょっと取り上げることにしました。
 それともう一つ。二瓶氏は自分の作品でスターシステムというべきか、同じ名称の人物や組織を登場させることが多いです。代表格は「東亜重工」で、どの作品でも未知のハイエンド技術を持つ企業として出てきており、「シドニアの騎士」にも重要な組織として現れます。しかもその「シドニアの騎士」の最新刊である第十巻においてはなんとなんとというべきか、とうとうあの「重力子放射線射出装置」まで満を持して登場してきました。無論、文字通りなんでもかんでも貫通させてしまう反則と言いたくなるほどの破壊力も健在です。惑星まで貫通させていたしなぁ。

 そんなわけで個人的にかなりおすすめの作品なので、巻数もまだ十巻までしか出ておらず手を出しやすいので、興味がある方は手に取ることをお勧めいたします。

  おまけ(シドニアの騎士イラスト)



  

2013年5月30日木曜日

暗殺者列伝~公暁

 大分おざなりとなっているこちらの連載ですがふと思い出してみたらいい題材があったので、本日は鎌倉幕府の三代目将軍、源実朝を暗殺した公暁を取り上げようと思います。

公暁(Wikipedia)

 まず最初に公暁の出生というか鎌倉幕府将軍の血統について簡単に解説します。初代将軍の源頼朝は男子を計4人もうけますが、長男の千鶴丸は源平の争乱時にわずか3歳で殺され、三男の貞暁は仁和寺の仏門に入りました。そのため将軍の後継となれたのは二男の頼家と四男の実朝の二人となり、頼朝の死後は順番通りにひとまず二男の頼家が継いで二代目将軍となりました。

 ただこの頼家、将軍就任後は母方の実家である北条家よりも外戚の比企氏を頼るようになり、北条家以外の昔からの御家人たちからも不興を買います。そのため北条家らによる謀略によって起こされた比企能員の変で比企氏が滅ぼされると権力を失い、将軍でありながら北条家らによって伊豆の修禅寺に追放され、そこでもまた北条家が刺客を放って23歳で暗殺されてしまいます。
 頼家がリーダーシップに不足していたのか、また吾妻鏡に書かれているように粗暴な人間だったのかはやや疑いが残りますが、旧来の御家人たちからは確かに不人気だったと思わせられる描写があり、少なくとも御家人を束ねられる人物ではなかったと私は思います。だとしたら将軍になってしまったのは彼の不幸でしょうし、暗殺までされてしまうというのも悲運以外の何物でもないでしょう。

 そうした同情論はこの際置いて話を続けますが、本日取り上げる公暁は頼家の二男です。父が暗殺されたのは彼が5歳の頃でしたが、暗殺後は頼家の後継となり三代目将軍となった源実朝が養子として引き取ります。もっとも後に暗殺にやって来るくらいだから実朝も持て余したのか、公暁が12歳になると鶴岡八幡宮へ送って出家させています。
 そんな公暁自身は本人が勝手に思い込んだのか、はたまた誰かが吹き込んだのかがミステリーになりますが、どうも父親の頼家を暗殺したのは実朝だと考えたそうです。そして将来は自分が将軍に就くとも考えていた節があり、出家していながら髪を下さずにいたとも言われます。

 そして来る1219年の1月。京都に大雪が降る中、右大臣就任を受け鶴岡八幡宮に参拝した実朝に対し19歳の公暁は、「親の仇だ!」と叫んで襲い掛かり、手下の法師数人と共に実朝を殺害します。またこの時に公暁は北条義時も狙っていたものの、当日になって体調不良を訴えて実朝の太刀持ちには源仲章に代わっていたことから義時は難を逃れました。逆を言えばこの時に仲章は義時に間違えられて殺されてしまったんですけど。
 もう一気に書いてしまうと、上記のような背景があることからそもそもこの暗殺は源家の血筋を絶つために仕組んだ北条家の自作自演劇だったという説が絶えません。また北条家以外にも天皇家や他の御家人が公暁を唆したという説は絶えないのですが、検証することはできないまでも説としては確かに筋は通ります。

 それで話は公暁に戻りますが、公暁は実朝の暗殺後、実朝の首を持って後見人の備中阿闍梨の家に向かいます。そして旧知の三浦義村に「自分はこれから将軍になるから準備を進めるように」と使いを出すわけなのですが、なんていうかこの辺りはやっぱまだ19歳のガキだなとか私は思ってしまいます。
 使者を受けた三浦義村は曖昧な返事で時間を稼ぐとすぐに北条義時へこのことを知らせます。一方、なかなか返事が来ない公暁が義村の家へと向かうと時すでに遅く、そこにはたくさんの追手が待ち受けていたという話です。ただそこはやんちゃな19歳。腕力は相当あったようで追っ手を散々に蹴散らしたそうですが、最後は義村の家の塀をよじ登ろうとしたところを打ち取られてしまいました。

 やっぱりこの公暁の暗殺劇を見ていると、どう見たって黒幕がいるとしか思えない筋書です。ただ19歳にもなって自分が騙されていると気付かない公暁も公暁で、彼の破滅は自業自得としか言いようがありません。

 最後に実朝についてもう少し触れますが、この暗殺の黒幕に挙げられている後鳥羽上皇とはそこそこ仲が良く、両者ともに公武の連携を模索していたと言われます。仮にこの関係をブラフとして使っていたのであれば後鳥羽上皇は大したものですが、承久の乱を見る限りだと意識先行型な感じも受けます。
 それと、公暁に殺された後に実朝は首を持って行かれたのですが、公暁が打ち取られた際に実朝の首は見つからなかったそうです。これを聞いて鶴岡八幡宮には夜な夜な、首のない実朝の霊が歩いたりするのかなと思ったのと同時に、去年にヒットした映画の「桐島、部活やめるってよ」のタイトルみたいに「実朝、首見つかってないってよ」というフレーズがなんかよぎりました。我ながら不謹慎この上ないと思いますが、なんか実朝さんは優しそうだから許しれくれそうな気がします。

2013年5月29日水曜日

中国で苦戦する日系デパート

 本当は別の記事を書く予定で下調べまで住んでおりましたが、前から追っかけていた中国の経済ニュースで関連記事が出ていたので、今日はこっちを優先して書くことにします。

日本資本のデパート、伊勢丹が瀋陽から撤退(人民網日本語版)

 第一報は今年初めに伝えられていたようですが、日系デパート大手の伊勢丹が瀋陽市の店舗を今月31日にたたみ、撤退するそうです。リンク先の記事では閉店セールの様子が写真に撮られてありますが、伊勢丹に限らず日系デパートはどこも、中国市場では苦戦を強いられております。

高島屋、上海店の売り上げ目標下方修正 年80億円に(日経新聞)

 どうでもいいですが上の日経新聞の記事は最初、中国語版で何故か読んでいました。百度で検索したせいだけど、冷静になって日本語で検索かけたらあっさり同じ記事が出てきたよ。
 内容は見出しの通り、去年の12月に上海市でオープンした高島屋が売り上げ目標を引き下げたそうです。この上海高島屋は私も追っていてオープン初日にはカメラ持って取材に行ったので(ただ書いた記事は自分自身でも納得できないほど悪く、実際に上司にもかなり叱られた(;Д;))思い入れがあるのですが、はっきり言ってしまうと「人気は出ないだろう」と私も感じていました。

 なんで上海高島屋が駄目だと思ったのかいくつか理由はありますが、一つはまず立地です。この辺は中国で小売業界にいる人なんかみんな知ってるでしょうが、上海高島屋はデパートが集中する浦東や南京路周辺ではなく、外国人が多く住んでいてどちらかというとビジネス街である古北でオープンしました。小売業界では、「いくらなんでもあんな立地では」という声もあれば「いやでもビジネスマン向けの需要を獲得できるかも」などと言われていましたが、結局のところ地元住民がどうも根づかなかった様です。

 その上でこれは私と以前の同僚の間で一致した意見なのですが、中国のデパートにしては致命的なまでに天井が低いと感じました。中国の建物は日本と比べ基本的に部屋の高さが高く、とくにデパートといった商業施設ではそれが顕著です。なおかつ中国のデパートやホテルには風水的な概念があって必ずと言っていいほど1階から3階くらいまで、多い所だと最上階に至るまでの吹き抜けをこしらえるのですが、上海高島屋には吹き抜けがありませんでした。
 最初に入ってみて私が感じたのがまさにこの点で、恐らく日本人からしたら平均的な天井だと思う一方、中国の感覚からしたら素直に狭い店舗だという印象があり、吹き抜けもなかったことから窮屈な感じを覚えました。厳しく述べると、ローカライズが上手くいっていないと思えます。
 その上で致命的だったのが、以下のニュースです。

高岛屋未过消防关先开业 多家商铺仍在整改(東方網)

 上記の記事は中国語ですが、ネットで調べてみるといくつかの個人ブログでは既に取り上げられています。内容を私なりに簡単に翻訳すると以下の通りです。

「上海市当局によると、昨年12月にオープンした上海高島屋に入居する複数のテナントに対して実施された消防安全設備、営業許可の査察で、数多くの不備が見つかった。テナント各社は12月のオープン時に出店が間に合わなければ保障金を没収されるという契約となっていたため、設備や許認可が不十分であることを認識しながらも開店を強行したとみられる」

 ざっとこんな感じです。高島屋本体というよりは入居テナントの問題ですが、開店から5ヶ月も経つのにまだこういう問題を残していたというのはちょっと問題だと言わざるを得ません。実際オープン当初、いくつかのテナントが非常にバタバタしていたのが強く印象に残ってます。

 以前にも書きましたが、小売りというのは手法が万国共通に見えて、実は非常にローカル臭い分野だと私は思います。日本には日本、アメリカにはアメリカ、中国には中国の小売りの仕方があって、外資というのはなかなかそういう文化的な障壁を破ることが出来ません。そういう意味ではこれまた厳しい言い方になってしまいますが、日本国内ですら売り上げの落ちているのだから、中国にオープンさせてもなかなかうまくいかないのではというのが今日の私の意見です。

2013年5月28日火曜日

韓国の近現代史~その十四、ソウルの春

 また時間が空いてしまいましたが、韓国の近現代史の連載再開です。前回では朴正煕暗殺事件を取り上げましたが、なんか一つの区切りってことで続きがやけに書き辛いです。当初は一気に進めようかなと思いましたがちょっとそこまで気力持たないので、ゆっくりやってくために今日は「ソウルの春」について書いてきます。

 絶対的な独裁者であった朴正煕が突然の暗殺によって亡くなった後、韓国では鄭昇和陸軍参謀総長が戒厳司令官となり軍部が実権を握り続けました。ただ朴正煕の後任となる大統領には朴正煕政権下で首相を務めていた崔圭夏が就き、それまでの戒厳令による政治弾圧が幾分かは緩められることとなります。

 ここで少し話を脱線させますが朴正煕政権、そしてこの後もしばらく続く軍事政権下では戒厳令といって、北朝鮮との軍事的緊張を口実に韓国国民の日常生活を非常に厳しく制限しておりました。ちょうど最近読んだ本にそのあたりのことが書いてあったのですが、当時のソウル市内ではサイレンが鳴ると公共バスを含むすべての乗用車は運転を止め、窓に覆いをして次のサイレンが鳴るまで待たなければいけなかったそうです。また大統領府に向いた建物の窓は常時閉め切った上にこちらもまた覆いをする必要があり、夜間も市民は外出が一切禁止されるなど息苦しい社会だったと言われております。密告もあったろうし。

 話は戻りますが、荒谷大統領となった崔圭夏は文民出身だったからかもしれませんが、これら戒厳令の政策を一部緩めるようになります。具体的には先程書いた大統領府へ向いている窓の覆いを取っ払ったほか、民主派政治家の一部活動も認めるようになります。これを受けて後に大統領となる金泳三とか金大中も動きを活発化させたそうです。

 このように開放的なムードが一時的に表れ、大学における学内デモや労働争議も増えていき民主化への機運も高まったわけなのですが、「プラハの春」みたいな言い方をしているだけにそうは問屋が卸すわけではありません。文民の政治活動が活発化していくことによって実権を失うのではないと警戒した軍部はすぐさま行動を開始し、戒厳令の権限を強化するなど露骨な政治関与を始めます。その一方で、軍部内での対立も徐々に強まり内部抗争も始まるわけですが、そこは次回の「粛軍クーデター」で詳しく解説します。

2013年5月27日月曜日

円安効果が家電業界に波及しない理由

 経済関連の話が続いてしまいますが、なんか早いうちに書いときたいのでもう書いちゃいます。
 さて日本はアベノミクスが打ち出されて以降、急激に円安が進んでおります。むしろこれまで極端な円高傾向が続いていたことから円安によって自動車や家電といった輸出産業は息を吹き返すだろうと予想されていたものの、自動車産業はともかくとして家電産業は息を吹き返すどころか大手メーカーを中心に未だ大赤字が続いております。

 家電メーカーで赤字が続いている要因としては単純にアップル社製品のように海外で売れる商品があまりない、そもそもの赤字額が巨大過ぎて円安効果は受けているものの黒字にまでは至れない、などが挙げられているのですが、こうした要因のほかにもう一つ私が思いつくのは、自動車に比べて部品の現地調達率と現地生産率が高いことも背景にあるのではないかと睨んでいます。

 現在、大手家電メーカーは中国なら中国、タイならタイに現地工場を作って、そこで生産した商品をそのまま現地に販売することが当たり前となっております。また商品を作るに当たって必要となるモーターや鉄板、プラスチック材なども現地で調達することも多く(日系の部品メーカーも現地に進出しているため)、言ってしまえば海外の各市場で生産から販売までほとんど完結してしまっている感があります。
 一方、自動車産業はたとえばトヨタなんかだと米国ではほぼすべて現地生産ですが、成長市場の中国ではレクサスの現地生産は行っておらず、日産のインフィニティも今現地生産工場を作っている最中ではありますが今のところは日本からの輸出販売です。自動車部品メーカーも最近は世界各地に現地工場を構えておりますが、家電部品と比べるとまだまだ日本国内でしか生産していないものも多く、家電のようにまだ当該国でサプライチェーンが完結するには至っていないのではないかと思います。

 これが何を意味するのかというと、当該国で生産から販売まで完結してしまっていると現地通貨で決済するため、日本円換算で売上高は増えるものの生産コストも同じく上昇するため、利幅で見たらそれほど大きくは変化しないということです。もちろん完結してしいても円高より円安の方がメリットは大きいのですが、日本と当該国を跨ぐ取引がなければ円安のメリットは薄くなるよりほかがありません。
 だとすると非常に皮肉な感じがします。というのも円高が非常に激しかった2011年などは海外に現地工場を作るなど現地化を進めなければ日系企業に生きる道がないと盛んに喧伝されましたが、いざ逆の円安に振れると、現地化を進めた企業ほど恩恵が受けられないという結果を招いたということになるからです。いわば現地化によって円高のマイナスの影響を食い止めたものの、円安のプラスの影響も減らしてしまったのではないかというのが私の考えです。

 このような考え方でみると、現地化が進みきっている家電業界に対し、現地化が進んでいるとはいえ家電業界ほどではなかった自動車業界とで温度差があるのも自然な気がします。これがすべての原因とは言いませんが、円安になっても未だ業績改善の兆しが家電業界に見えないというのはこうした背景も一つの要因ではないかと、久々に自分で情報を加工して考え出してみました。

2013年5月26日日曜日

「第三のエコカー」のディーゼル乗用車について

 自動車関係に詳しい方であれば当たり前の話ではあるのですが、そういう業界にいない人からの反応がやけにいいので今日はディーゼル乗用車とその世界での普及度合いについて私なりに紹介しようと思います。

 まずディーゼル乗用車とは何ぞやですが、日本で一般的なガソリンエンジンを積んだ乗用車と違ってディーゼルエンジンを積んだ乗用車を指します。ディーゼルエンジンはトラックなどには日本でも載せられておりますが、はっきり言って乗用車カテゴリにおける普及率は非常に低い状況です。それどころか東京都等で実施されている排ガス規制の影響を受け、ディーゼル車は黒煙を出すため環境にはよくないというイメージを持っている人が多いように思えますが、残念ながらこのような見方は日本独特なもので、欧州をはじめとする地域ではハイブリッド車、電気自動車に続く「第三のエコカー」としてディーゼル車に期待する声は大きいです。

 ディーゼル乗用車が何で環境にいいのかというと、ガソリン乗用車と比べ二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないのと、熱効率が高いためガソリンではなく軽油でも走らせられることから石油消費量が少なくて済むからです。ただそのかわりにディーゼルエンジンは地球温暖化の原因物質と指摘される窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx)を黒煙の形で多量に排出するため、日本では負のイメージが強いばかりか「ガソリン車と比べてCO2排出量が多い」という事実とは真逆の知識を持つ人すらたまに見受けます。
 回りくどくせずに話を進めると、これらの概念はもはや過去のものです。フォルクスワーゲン(VW)を初めとする欧州の自動車メーカーはこれらディーゼルエンジンの弱点を徹底的に改善し、NOxやSOxの排出量を劇的に減少させております。無論、CO2排出量は以前のように少ないままです。

 このように環境能力の改善が進んだことから元々普及率の高かった欧州では先程も述べたように「第三のエコカー」として人気を集め、欧州自動車工業協会によるとここ数年の欧州における年間の新車登録台数に対するディーゼル乗用車が占める割合は50%前後にも達しております。また自分も調査中に驚いたのですが、日本同様にディーゼル乗用車の人気が今ひとつ高くなかった米国でも2011年のハイブリッド車の新車販売台数が前年比2.2%減だったのに対し、ディーゼル乗用車は27.4%増と大幅に増加しております(バウムアンドアソシエートの調査による)。

 このようにディーゼル乗用車は世界で評価が高まっているものの、日本では未だに低い認知度に甘んじております。なんでこうなっているのかというと先ほども述べたように排ガス規制の負のイメージが強いことと、日本はハイブリッド車を基軸にエコカーを普及させようとする自動車業界、または国の政策方針がもしかしたらあるんじゃないかと私は睨んでいます。まぁ確かに日本のハイブリッド車技術は世界一ではあるんだけど。

 ただこのようにディーゼル乗用車の認知度が低い日本の状況下に対し、マツダがこのところ大きな風穴を開けております。この辺だったら知っている人も多いんじゃないかと思いますが、マツダは2012年2月に「CX-5」というSUVを発売しましたが、従来のガソリンエンジン搭載した仕様に加えてマツダが自主開発したディーゼルエンジン搭載した仕様(クリーンディーゼル車)も用意されました。エンジンの専門家ではないため具体的に何がすごいのかはわからないのですがどの自動車評論家もマツダが出してきたこのディーゼルエンジン仕様のCX-5を高く評価しております。実際に2012年におけるCX-5の販売台数は35438台に達して国内のSUVでトップとなり、しかもこのうちの8割はディーゼルエンジン仕様だったそうです。
 あとこれは伝聞ですが、ディーゼル乗用車の本場である欧州でもマツダが出してきたディーゼルエンジンの評価は高いそうです。最近だとCX-5だけでなくモデルチェンジした「アテンザ」にもディーゼル仕様を設けてますがこちらも人気は高いと報じられており、「ディーゼルは燃費もよく環境にいい」という認識を今後も日本で広げていくように思います。

 最後にもう少しだけディーゼルエンジンの特徴について触れておくと、ガソリン車と比べ燃費効率や環境対策能力は非常に高いものの、部品点数が多くなることから生産コストは割高となります。また同等の能力を持つガソリン車と比べ大型で重くなる傾向もあり、あと稼働時の振動も大きいことからSUVのようなやや大型の車じゃないと搭載し辛いという欠点も抱えております。もっとも各メーカーは振動対策にも力を入れており、最近だとVWやマツダみたいにセダンにも載せてくるメーカーも出ておりますが、コンパクトカークラスに載せるのは重量配分的にまだ厳しいのではないかと私は見ております。

 ざっと以上のような内容が私の知っているディーゼル乗用車に関する知識ですが、今回ここで書いた内容は自分が前職中に書いた特集記事がベースとなっております。ここからは余談になりますが中国でもエコカー推進対象としてディーゼル乗用車に対して補助金を出すような観測が出てきたので私が翻訳記事を書いたのですが、当時の上司から「ディーゼルが何でエコなの?」と聞かれ、「いやぁその見方はもう古いですよ。今のディーゼルエンジンは凄まじく進化しております」などとあれこれ説明してたら、「花園君は詳しいなぁ。折角だからその方面で一本まとめ記事書いてよ」と言われてしまって、調子に乗ってしゃべり続けたために仕事を増やしてしまいました。今に始まるわけじゃないですが、知識は過剰にひけらかすものではないと反省する羽目となりました。

今日の大相撲全勝対決(゚∀゚)

白鵬が全勝対決制す!稀勢の里1敗/夏場所(サンケイスポーツ)

 このところ人気低迷が叫ばれている大相撲ですが、今日の取り組みは注目される方も多かったのではないかと思います。その取り組みというのも横綱の白鵬関に対し日本人力士として期待の高い稀勢の里関による全勝同士の取り組みで、NHKの中継を私も見ておりましたがなかなか見ごたえのある取組でした。
 軍配自体は上記リンク先の記事にもある通り白鵬関に上がりましたが稀勢の里関も白鵬関に四つに組まれた後も何度か投げを堪えるなど、攻めと守りの駆け引きがあって見た目にも面白い取組だったと思います。

 その上で苦言というかこれは前から思っていることですが、稀勢の里関は今の幕内力士の中でも馬力というか押しの強さではトップと言っていい実力を持っておりますが、逆を言えばその馬力に頼り過ぎな感があります。というのも決まり手は押し出し、寄り切りがほとんどで、組んでから投げ技で勝つパターンがほとんどありません。それに対し白鵬関や日馬富士関(最近は金星献上が多いが)は押し相撲にも投げ相撲にもどっちにも対応でき、状況に合わせてまさに柔軟な相撲を取ることが出来ます。
 三役クラスであれば今の稀勢の里関のままでも十分だと思いますが、やはり大関たる地位にあるのだしもう少し相撲の幅を広げるというか、投げ技も研究していかなければ横綱の地位はまだ早いのではないかという気がします。もう一つ付け加えると、押し相撲偏重だと調子に成績が左右されがちで、勝ち星が場所ごとによって大きく変動するきらいもあります。

 稀勢の里関に対しては私も立派な力士だと思いますが、むしろそう思うからこそ今後はもっと投げ技を研究してもらいたいです。また白鵬関に関しては今場所はいつもながら見事な相撲の取り方で、明日は横綱戦ですが今の調子を見ている限りだと日馬富士関にも勝って全勝優勝を決めてしまうと思います。っていうかお金あるなら、一度でいいから千秋楽を国技館のいい席で見たいなぁ。
( ´・ω・`)

2013年5月23日木曜日

本日の東京株暴落について

 本日午前中に日経平均株価を見たら前日比200なっており昨日もあんな上がったのにまだ上がるのかよ思いましたそんな思いをしたのもつかの間午後にまたちょっと覗いてみると今度は前日比900円安となっており、最終的には1143円安の1万4483円というとんでもない暴落で市場が閉まりました今日の株価の変動ぶりをAA表現すると


  ( ゚д゚)
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 ほんとこんな感じです。何が言いたいのかというと、まぁびっくり仰天ってわけなんですがそんな私の心境は置いといて、今日の暴落はなんで起こったのか、そして今後はどうなるかという展望について思いつく限り書いてこうと思います。念のため言っておきますが金融に関しては自分は素人なので、あくまで素人としての意見で専門家から見たら鼻で笑われる内容でも大目に見てください。もっともそう言いながら、前職中は金融がわかる人がいなかったらこの方面の記事はもっぱら自分が書いてましたが……。

 それではまず今回の暴落の背景について書いてきますが、また後出しじゃんけんっぽい言い方になって自分でもよくないとは思いますが、やはりこのところの日本の株価の上昇ぶりは異常じゃないかと前から感じておりました。たまたま自分も日本の株を購入していましたが先々週に売り払い、代わりに香港市場で売られていたフォックスコンの株(単元株価が意外と安い)を買って乗り換えていたのですが、なんでそんなことしたのかというと一回くらい日本株は大幅に下がるんじゃないかという予感があったからです。

 日本株は今後長期的、というより7月の参院選で自民党が大勝してねじれ状態を解消することは見えているためまた上昇する予想は固いのですが、こうした予想がある中でも昨日までの株価はやっぱり異常なほど高かったかと思います。私自身が今年の3月くらいに立てていた予想としましては7月にかけて株価は緩やかに上昇し続け、7月の参院選の後になって初めて1万5000円台を突破するだろうと見ていました。そのため5月ごろは1万3000円台くらいをうろついているのではと見ていたら早々に1万5000円を突破してしまい、2万円台も見えてきたと言われるなど早いペースで上昇が進みました。

 これだけの上昇が続いたのはいわゆるアベノミクスと世界的な金融緩和が続いたことによる結果と言えるでしょうが、ならなんで今日になって大幅に下がったのか、この辺の理由については現時点でもなかなか見えてきません。一部のメディアなどはHSBCが今日発表した中国の製造業購買担当者指数(PMI)が50を下回り7か月ぶりに最低を更新するなど、中国経済の先行きに対する悲観的な予想が強まったことがきっかけなどと報じておりますが、全く無関係とは言わないもののそれにしたって1000円以上も下がる原因とはとても思えません。先程のNHKの番組に出てた記者もはっきりとした原因が見つからないと踏まえて「不気味な緊張感」と述べておりましたが、私もこの意見に同意で、無駄に犯人は作らなくてもいいんじゃないかと思います。
 強いて私なりに分析すると、今回の下落はやっぱり複合要因で、上記の中国の製造業PMIのほかにも1万6000円を目前にして利益確定売りが一斉に行われたとか、多くの投資家も内心では今の株価は上昇し過ぎじゃないかと思っていた、こうしたものがまとまった形で出てきたというのが真相じゃないかという気がします。

 では今後の株価はどうなるかですが、先ほどに友人からは早くも「来週買った方がいいかな」と連絡が来ましたが、私としては来週は日によって多少の反発はあっても下げ基調が続くと思え、どうせ買うならもう少し落ち着いた再来週当たりがいいと思います。少なくとも参院選という確変確定みたいなイベントがあるので7月にかけて上昇していく可能性は高いので、落ち着いたら買い直すというのも悪くない気がします。自分はどうするかちょっと悩むけど。
 それで買うタイミングですが、やっぱり先ほども書いたようにこの時期の予想価格こと、1万3000円台に入った当たりが頃合い、もっと絞るなら1万3500円前後がベターかなぁ。

 最後に今回の突然の暴落で、登山家の三浦雄一郎氏がかなり割り食ってしまったんじゃないかと個人的に思います。三浦氏は本日、齢80歳にしてエベレストを登頂するという大偉業を達成したのですがテレビのトップニュースはどこも株暴落を取り上げ、なんていうか扱いが小さくされてしまった気がしてなりません。恐らく今日何もなければ三浦氏がトップニュースで間違いなく、明日の新聞も一面とかで準備されていたと思うのですが、明日のトップ紙面も夕方に全部差し替えられただろうなぁ。

2013年5月21日火曜日

共通体験の少ない現代

 ちょっと前に以前はテレビに集中していた娯楽がネットやゲーム、携帯電話などに現代は分散していると書きましたが、娯楽を構成するコンテンツに関しても現代は依然と比べて激しく分散する傾向があり、そのため共通体験というものが極端に減少してきていると言われます。

 この話をしてくれたのはデータ整理を手伝ったことからおねだりすれば何でも本を買ってくれる友人(「あんぽん」に関しては「佐野先生を助けてやれよ」と言って自分で買うようにと諭された)なのですが、その友人によると「最近の子供はドラゴンボールに対する反応が俺たちと違う」そうです。私の世代にとってドラゴンボールは男の子で知らない人間はいないと言ってもいい作品でしたが、今の20代前半の世代になると単行本とかを読んだり伝聞で聞いてて知ってはいるものの、リアルタイムでのアニメ放送を見ていなかったことから、「そんなにすごい作品だったの?」と言う人が多く、同時に「あれ以上の興奮はなかなか得られない」と誰もが思うような作品があまりないそうです。

 これは漫画やアニメに限らずゲームでも似たような傾向があり、私が子供だった頃は「ドラゴンクエスト」とか「ファイナルファンタジー」はほとんどの男の子は一度は遊んだことがありましたが、こういうような誰もが一度は遊んでいるというゲームもこのところは減ってきているように思えます。漫画であればまだ「ワンピース」とか「ナルト」は今の子供たちはみんな接しているようですが、それでも私たちの世代と比べるとみんなが楽しんだことがある、やったことがある共通体験というものが確実に少なくなってきている印象を友人同様に私も感じます。
 子供の世界に限らず大人の世界でも、ブームとなって誰もが買ったり、体験するような活動はこのところだとアップル製品以外ではあまり思い浮かびませんし、先にも言った通りに娯楽が分散化しているので自然と言えば自然ですが、この状況をどう見るかはちょっと難しいものがあります。

 共通体験が少なくなることによって何が起こるかというと、「あれ知ってる?」、「もちろん知っている!」というような会話が成り立ちづらいというか、特に初対面でのコミュニケーション時は今までよりとっかかり辛くなります。言ってしまえば互いに未知の領域が広がるわけで、こちらが当たり前と思うことが通用し辛くなる可能性もあります。
 ただそう考える一方で、私なんか昔から趣味とかやることが常にマイノリティだったため、社会全体の多様性は広がるんじゃないか、そうなったら自分も目立たなくなるんじゃないかと期待する心もあります。それでも一個や二個くらいはその世代は共通に体験したというものがあると結びつきは強くなるのだし、もうちょっとくらいは共通体験が現代はあってもいいというのが私の意見です。

2013年5月20日月曜日

今日の中国ニュース色々

 友人の上海人が昨日にわざわざ電話で、「最近中国ネタ少ないよ」と言ってきたのと、そこそこ面白いニュースが報じられているので今日は中国ニュースをいくつか紹介します。


中国、最悪の就職難でも面接すっぽかす新卒者増加
今年の大卒生、過去最多 内定ラッシュは6月か(人民日報日本語版)

 中国では近年大学進学率が大幅に上昇したことから大学生の数が急増し日本同様に就職難にあえぐ学生が増加しております上記のニュースはそんな中国の大学は卒業したけれどもという状況を解説しつつ手当たり次第に採用面接予約を入れる学生がダブルブッキングなどからすっぽかす例が増えていると報じております
 なお下のニュースの見出しに内定ラッシュは月か書かれておりますがこれについて私の方から補足すると中国の大学日本とは違って入学時期は月ごろで学期初めがあり卒業時期は大体頃とります。なので日本みたいに卒業より大分前に内定を得るというわけではありません。もう一つ付け加えると、学期シーズンで言えば中国の方がグローバルスタンダードに準じており、4月入学なのは私が知る限りだと日本と韓国だけです。

日本少年恶搞热门动漫 “吃人”照走红网络(東方早報)

 中国語で何書いているかわからないと思いますが、見出しの訳は「漫画における”人食いシーン”、ネットでの写真投稿相次ぐ」といったところです。これは今アニメも放送されている「進撃の巨人」に触発された日本のネットユーザーが、漫画に出てくる巨人が人を食べるシーンを遠近法を利用して疑似再現し、写真を撮ってネットにアップすることが流行っていると報じるものです。これらの投稿写真が出回っていることは前から知っておりましたが、中国でも報じられるとはなんていうか意外です。ちなみに「進撃の巨人」の中国語訳はそのまんま「進撃的巨人」です。


冷蔵庫が爆発 食品保存に注意(人民日報日本語版)

 中国の爆発ネタと言ったらサーチナの記事が有名ですが、なんか人民日報でも対抗意識持ったのか似たような記事を出してきました。ちなみに人民日報の日本語版記事ですが、書いているのは日本人記者が多いし、経験者に実際会ったことがあります。

 で、このニュースに書かれている内容ですが、誕生日ケーキを買ってきた際に付けられていたドライアイスを何を思ったのかペットボトルの中に蓋をして冷蔵庫に置き、爆発させたとのことです。幸い怪我人はいなかったとのことですが、爆発させた本人は注意書きがなかったとしてケーキを売った店に賠償を要求しているそうで、私にとって中国のあの喧騒が懐かしくなってくる記事です。

2013年5月19日日曜日

子供よりペットが多い日本

 かなり前に中国の新聞で見かけたので今日はこの話を書いてみようかなとか思っていたら、検索してみたら中国網の日本語版の下記記事がヒットしました。

日本のペットの数が子どもより多いのはなぜ?(中国網日本語版)

 書かれている内容は見出しの通りで、どうやらイギリスの「ガーディアン」が元記事のようです。日本は少子化が問題となっていて対策も打っているのに15歳以下の子供の数は減少し続ける一方、ペット数は増加し続けておりペット用品など関連市場も伸びているのは一体何故という風に書かれてありますが、自国の人間ならいざ知らず外国メディアにこう指摘されるとなかなか考えさせられます。
 記事中では女性の育休制度や託児所などが充実していないことや、生活費が高い一方で給料が伸びないといったことが背景にあるなどと書いており、私もこれらの意見に同意します。さらに私の方から付け加えるなら、未だに改善の見られない年金など社会福祉政策が不安定でコロコロ変わる中、子供を運で育児費を負担することは大きなリスクと考える傾向もあると思います。

 ただこれらの理由は「少子化が進んでいる要因」であって「ペットが増えている要因」ではありません。そのペットが増えている要因を私なりに推理すると、なんだかんだ言って「かわいがる対象」への需要は時代を超え、万国共通にあるんじゃないかと思います。そのかわいがる対象は普通なら子供が挙がってくるのでしょうが日本だと上記のような背景から持ちたがる人は減少し続けており、代わりの愛玩対象として手軽に持つことが出来るペットの需要が高まっていると私には思います。

 だとすると今の日本の状況はあまり笑えないかもしれません。誰かは忘れましたが偉人の名言に「動物はいい。人と違って裏切らない」というのがありますが、愛玩対象として子供より手軽なペットを選ぶようになってきたというのは日本人全体で精神的な余裕がなくなってきているようにも思えます。もちろんペットを愛することは悪いことじゃないし私がこれまで会ってきた動物好きの人はみんないい人ばかりでしたが、なんていうかその優しさをもっと次世代へ振り向けないと国家全体で建設的な方向に向かわないし、さらに言えば振り向ける愛情度数があるとして仮にペットが50、子供が100だとすると、昔の日本人は100以上あったのに対し現代日本人は50~90くらいしか精神的な余裕がないという風にも考えられます。

 後出し的な言い方になりますが、家計がどうこう言うのはちょっと苦しい言い訳なんじゃないかとも思います。というのも中国をはじめとして発展途上国は日本よりもっと可処分所得が低い中で日本人より子供を生んでいるのだし、そう考えるとやはり精神的な余裕がないというのが大きいのではと私は思います。

 未だ独身の自分がこの手のことであれこれえらそうに口を出すのもどうかとは思いますが、現在の状況は子供の数が少ないということよりも子供を産む精神的な余裕がないということに着目するべきな気がします。だからといって具体的に何をどうすればいいのか、そういった提案は出しづらいのですが。

 最後にはみ出し話として、国別の猫の飼育数についてすこしお話しします。Wikipediaのネコのページを見てみるとこの統計数字があるのですが、それらを引用すると下記の通りになります。

<猫の国別飼育頭数>
・日本:350万頭
・ドイツ:500万頭
・フランス:840万頭
・イギリス:690万頭
米国:6000万頭

 というような感じで、なんで米国こんな多いのっ!?(;゚Д゚)エエー
 自分で調べておきながらですが最初見た時は本当にびっくりして、っていうか6000万頭もいれば確実に子供の数よりも猫の数が上回っているだろ米国も。そう考えると日本の少子化云々ペットの数云々とかいう議論がなんかくだらなく感じてきちゃうなぁ。

娯楽時間の割り振り

 友人に何度も書くと言いながらずっと書いていないので、そろそろ腹をくくってこのテーマで書くことにします。

 その友人によると、なんでもテレビ局やゲーム会社などといった娯楽業界では消費者の「時間」という単位を如何に取るかという概念があるそうです。く人間が一日に与えられた時間というのは言うまでもなくみんな24時間で共通しており、その24時間内に食事から仕事、そして今回掲げている娯楽へとそれぞれ時間を割り振るわけなのですが、生活リズムは人それぞれによって異なるものの、娯楽においては多くの時間を獲得すればそれだけ売上げなり市場が広がるとされております。

 たとえば高校生の平日を例にとってみると、学校の通学から授業に使う時間が8時間、睡眠に使う時間を7時間とすると、可処分所得ならぬ本人が一日のうちで自由に使える時間は残り9時間となります。さらに部活に2時間、宿題に1時間、朝夕の食事時間を1時間かけると仮定すると残りは5時間という計算となり、この5時間が娯楽に使える正味時間となるわけです。
 娯楽業界からするとこの5時間を如何に自分たちのサービスに使ってもらうかが肝心となり、テレビ番組であれば平均視聴時間が2時間よりも5時間ある方が広告料が高まり、ゲーム業界にとってもゲームに充てられる時間が多ければ多いほど自分たちの商品が売れる裾野が広がるという感じです。

 この概念で以って歴史を振り返ると、それこそ昭和から平成初期の時代であればテレビに最も娯楽時間が費やされており、それ故にテレビ業界は栄華を極めることができました。しかし2000年前後からパソコンが普及したことによって今までテレビ視聴に使われていた時間の一部がインターネットに置き換わり、さらに時間が経つと携帯電話にも時間が割り引かれるようにもなり、ここ数年だとスマホによるネット利用時間も新たに出てきたと言えます。
 以上のように考えると新たな娯楽の出現によってテレビの視聴時間は激減したと言ってもよく、近年の視聴率、広告料の低下は自明と言えるでしょう。無論、テレビ業界もそんなことは百も承知で、対策として「如何にテレビ視聴に時間を割いてもらうか」と意識する方もいると聞きます。とはいっても、念力とかでどうにかなるようなものではないが。

 この娯楽時間と同じようなものだと食品・外食業界があり、ここなんかも人間の食事回数というか胃袋、言ってしまえば人口によって消費量が決まる所があり、自分もよく取材時にこの業界の人から、「人口減の日本では市場が縮小するのは目に見えており、膨大な人口を抱える中国への進出は誰もが考えている」という言葉を何度も聞きました。

 娯楽業界はこの食品・外食業界ほどはっきりしてるわけではないものの、それでも娯楽時間の母数が変動すれば影響を受けることとなります。ちょっと言葉足らずな気もしますがスパッと一言で言うと、社会人の労働時間が増えれば増えるほど娯楽業界は縮小していく可能性が高いということです。
 帰宅が夕方6時の人と夜10時の人では娯楽に使える時間は単純に4時間も変わり、下手すれば後者は疲労回復のために睡眠時間が増えることもあるのでもっと差が広がるかもしれません。スマホであれば通勤時間などにも使えるのでまだ影響は小さいですが、テレビ視聴時間、ゲーム時間、読書時間、勉強時間、デート時間、旅行時間、ブログ執筆時間などは社会人が働けば働くほど需要が落ちるのです。そのためこれらに関連するテレビ局、ゲーム会社、出版社、飲食・カラオケ・アミューズメント企業、旅行会社、観光地、ネットサービス企業は余裕のある人が減ると割を食うわけです。

 報道、といっても私もたまに行くので実際に見てますが、最近のゲームセンターは若者よりも年寄りが多く集まる傾向があるそうですが、年寄りはお金に余裕があるというよりは時間に余裕があるためにそうなってきたのでしょう。ここまで言えば私が何を言わんとするかはわかると思いますが、第三次産業を盛り上げるという意味でもう少し労働時間を日本は考えた方がいいのではというのが今日の私の意見です。

2013年5月16日木曜日

昭和の再建請負人、河島博

 先日の記事で「あんぽん」という佐野眞一氏による孫正義氏の票田を読み始めたと書きましたが、ふと佐野氏の著書で取り上げられていた河島博という人物を思い出し、未だに記事化していなかったのでこれを機に書こうと思います。

 河島博は昭和期おける経営者で、1977年にヤマハ(当時は日本楽器製造)の社長に46歳にもかかわらず就任しております。就任してからは過去最高益を叩きだすなど順調な経営を続けていましたが、息子に跡を継がせたいと考えていたワンマン経営者の川上源一郎によって就任から3年後の1980年に社長職を解任されてしまいました。
 なおヤマハはその後、川上源一郎の息子の川上浩が41歳で社長に就きましたが業績は低迷し、労働組合から直接的に社長退任が申し入れるという異常事態にまで発展し、川上浩は1991年に引退に追い込まれております。

 話は河島博に戻りますが、ヤマハの社長退任から2年後、ダイエーの会長であった中内功に請われる形でダイエーの副社長に就任します。ダイエーは2000年代に天文学的な負債額を抱えて経営破綻しておりますが、実はこの河島博が社長に就任した1982年に65億円の赤字を出すなど非常に苦しい経営が続いておりました。かつて日本の小売形態を変えた中内功もその神通力が通じなくなり、むしろそのワンマン経営の弊害が出始めていたようなのですが、このような状況を打開するためヤマハを再建した河島を三顧の礼で迎えました。

 河島が副社長就任後のダイエーの業績は1981年が119億円、1982年も88億円の赤字を出しますが、1983年には黒字となり見事にV字回復を成功させます。ただV字回復をするや用済みとばかりに河島は解任され、中内功は長男の中内潤を副社長に抜擢します。その後、ダイエーはプロ野球チームの南海ホークスを買収するなど再び拡大路線へと転換しますが、90年前半のバブル景気が終わるや再び業績が悪化し、経営破綻への道を歩くだけとなります。

 佐野氏は毎日新聞の連載記事をまとめた「新忘れられた日本人」という著書の中で「二人のワンマン経営者に仕えた男」として河島を紹介しており、その不運と共に晩年までヤマハの川上、ダイエーの中内に対して何一つ不平を洩らさなかったというか口を閉ざしていたことを称賛しております。その上で山本周五郎の「樅ノ木は残った」を引用して伊達騒動の原田甲斐にもなぞらえております。ちなみにこの「樅ノ木は残った」はたまたまですが自分も読んでおります。

 私の方から付け加えると、ヤマハとダイエーの二社を立て直し、しかも引退後は二社とも業績が悪化していることから河島は圧倒的ともいえる経営手腕だったのだろうと推察します。それだけに二回も、それも世襲に巻き込まれる形で経営を退くこととなったのは不運以外の何物でもなく深い同情を禁じ得ません。それとともに、企業経営においてナンバー2というのはどうも地味であまり取り上げられることがないのですが、この河島の話を見るについてそういった人物にスポットを当てるべきではないかともというのが、今日の私の意見です。

2013年5月14日火曜日

橋下市長の従軍慰安婦発言について

 各界を騒がせているので政治ブログを標榜するこのブログでも取り上げざるを得ないと思うので、本日は橋下大阪市長の従軍慰安婦に関する発言について私の意見を紹介します。ちなみにあまり本題とは関係ありませんが、今日から佐野眞一氏の「あんぽん 孫正義伝」を読み始めました。

 問題となっている橋下市長の発言を私の理解で大まかにまとめると、戦時中にいたとされる従軍慰安婦の存在を軍の規律を守る上では必要だったと容認するもので、その上で現在どの国の軍隊も多かれ少なかれこのような性風俗サービスを受けている、沖縄の米海軍もそうだ、もっと米軍も性風俗を正規のサービスで受けて沖縄の経済振興を果たしてほしい……といったところです。政界からも批判が出る中で橋下市長はいつも通りですが撤回するつもりは全くないと述べており、私が見る限りだと今のところ応援しているのは同じ維新の会の石原慎太郎氏くらいなものです。

 それでこの橋下市長の発言に対する私の意見ですが、まず真っ先に浮かんだのは政府からお金でももらったのかなということでした。最近寒暖差が激しくて疲れがひどいからこんなことも考えるのでしょうが、ちょうど今、日本と韓国は歴史認識問題でまた関係が悪化しており、特に安倍首相の発言に対しては韓国側がややナイーブになっております。そうした中で安倍首相の発言よりずっと過激な橋下市長のこの発言が出ることによって恐らく、安倍首相のこれまでの発言は目立たなくなって韓国側からすればトーンダウン、こんな具合で安倍政権にとってはややプラスになるわけです。もっともさすがにこんな筋書きは書いておきながらだけどないだろうな。

 ではなんで橋下市長はこんな発言を突然したのかですが、こういってはなんですが兆候はあった気がします。どうも安倍政権が誕生してからというか前回の衆議院選挙後、維新の会は人気もじりじりと落ちてきて、橋下市長もなにやら焦りとも取れる態度が今年に入ってからちらちら見えてきました。
 恐らく今回発言した内容は橋下市長にとって今さっきに思い付いたものではなく前からも考えていた持論でしょう。それが何故出てきたのかというとやっぱり焦りというか、以前みたいに「言いたくても支持を失う恐れがあるため」として言えなかった内容ですらも黙っている余裕がなくなったというか、思ったことをそのまま口にしたくなったんじゃないかと勝手に考えています。

 はっきり言って、私は正直な人が好きですし私自身も全球真向勝負で本気で投げ続けるタイプであります。ただ政治家というか大人というのは、嘘は言ってはいけませんが言わなくてもいい本当のことは言ってはならないものだと私は思います。橋下市長は政治家に転向した直後、須つに失言をするだろうと私は思っていましたが致命的なものはこれまでになくかなり成長したとは思っていたのですが、やっぱり地が出てきたというか、これまでは相当に我慢してきたんだと思います。

 上記の内容をまとめると私自身は今回の橋下市長の発言を評価しません。評価しない点はその内容よりも、機微な点が数多くある問題について何の準備もなく発言したという、政治家としてやや迂闊な点です。
 最後に従軍慰安婦問題についてですが、これはそもそも政治家が議論するような内容ではなく、歴史家にまかせるべき話だと考えています。そういう意味で日本、韓国ともに政治家はあまり口出しするべき話題じゃないと考えており、国内対策として事ある毎に持ち出してくる韓国の政治家はこういってはなんですが未熟に思えます。

2013年5月12日日曜日

韓国の近現代史~その十三、朴正煕暗殺事件

朴正煕暗殺事件(Wikipedia)

 だいぶ長い間書いてきた朴正煕ともこれでおさらばです。そういうわけで久々の連載再開記事は、朴正煕大統領の暗殺事件を取り上げます。

 事件が起こったのは1979年10月。朴正煕は1963年から韓国の最高権力者の座に就いてから16年間もの月日が経ち、この間には暗殺未遂事件も何度か起きておりますが国内の選挙干渉や学生デモを弾圧し続けることによってこの座を維持してきました。また暗殺される直前には憲法を改正して自身が終身制の大統領に就くことを明記しており、当時は朴正煕自身が辞任するか暗殺されるか、はたまた革命が起こるかでしか彼を大統領から引き摺り下ろすことが出来ない状態でありました。

 それで実際に暗殺されることとなったわけですが、朴正煕を暗殺した人物は彼の腹心でもありKCIAの金載圭でした。金載圭は暗殺を実行する前に学生デモなどへの弾圧が手ぬるいとして朴正煕から叱責を受けていたことに不満を持っていたそうですが、これが直接の動機だったかについては後に詳しく書きますがちょっと微妙なところがあります。

 暗殺の状況について詳しく書くと、当日はソウル市内にあるKCIAの秘密宴会場で朴正煕、金載圭、車智澈・大統領府警護室長、そして何故かこの宴会にお呼ばれされていた女性歌手の沈守峰と女子大生モデルの申才順の五人で晩餐会が行われておりました。この晩餐会の最中にも朴正煕から叱責を受けると金載圭は一旦中座し、部下にいくらかの指示を与えた後に拳銃を持って会場に戻り、そのまま朴正煕と車智澈の二人へ発砲。二発発射した後に拳銃が故障したことからまた部屋を出て、部下から拳銃を借りて戻るとまた朴正煕と車智澈に一発ずつ発砲して止めを刺しました。残った歌手と女子大生に金載圭は「慌てないで。安心するように」と言い、近くにある別の宴会場にいた陸軍参謀総長の鄭昇和を訪ねて、自分が射殺犯であることを隠した上で朴正煕の死を伝えた後、非常戒厳令を布告するよう迫ったそうです。

 恐らく金載圭は暗殺を北朝鮮とか別の人物によるものに仕立て上げた上で自分の犯行をうやむやにしたかったのか、ほかに何らかの思惑がったのかもしれませんが、密室でこれだけ露骨な暗殺をしておいてばれないはずがありません。戒厳令の布告を渋っていた鄭昇和は「暗殺犯は金載圭だ」という報告を受けるや金載圭を逮捕し、その上で戒厳令を出して自らが戒厳司令官に就任しました。その後、国内にはしばらく大統領が死亡した事実は伏せられておりましたが日本を含む国外ではすぐに報じられ、外国に親戚や知人がいる人たちから国内にも情報が伝わっていきました。

 逮捕された金載圭は動機について当初、終身独裁制を築いた朴正煕を大統領の座から下ろすにはこれしか方法がなかった、民主主義を守るためだったという、KCIA長官らしからぬ理由を話したとされますが、現代では単純に自らの地位が危うく保全を図ったものという説が強いです。もっとも未だにその理由についてははっきりしておらず、翌年には死刑判決を受けてすぐ執行されていることから、なんというか口封じされたような気もしないでもありません。

 ざっと上記までが一連の流れですが、太字にしちゃいますが一体どこから突っ込んでいいのかちょっと悩みます。しょうがないのでひとまず疑問点を箇条書きにします。

1、なんで秘密の宴会場なんて言うものがあるのか?
2、しかもなんで女性歌手と女子大生モデルが同席していたのか?
3、しかもなんでなんで二人とも暗殺現場に居合わせたのに射殺されなかったのか?
4、金載圭もどうして陸軍参謀総長に掛け合ったのか?

 1番に関しては妻が暗殺されて以降、朴正煕は若い女性と一緒に夕食を取ることが多かったためにそれほど不自然ではないという説明を見かけますが、はっきり書いてしまえば性接待があったのかと勘ぐってしまいます。そしてスルー出来ない2番と3番についてですが、普通の感覚してるなら射殺する現場を見た人間を生かしておくはずないのに金載圭は何故か見逃しております。ちなみにこの二人、確かまだ存命中です。
 でもって4番目ですが、仮に金載圭は怨恨目的で暗殺したというのなら普通は海外逃亡するか、偽の犯人を仕立てあげた上で、「大統領は暗殺されたが犯人は我々が逮捕(または射殺)してやったぞ!」というシナリオを組むんじゃないかという気がしてなりません。なのにわざわざ陸軍参謀総長に出向いて戒厳令を求める、やはり腑に落ちませんというか行動が明らかに奇妙です。

 それこそ、金載圭が叱責を受けたことによって何の準備もなしに発作的に暗殺を実行してしまうような底の浅い人物だったというのであればそれまでですが、なんていうか逃げ道を約束されていたから同席した二人の女性には手を掛けなかったんじゃないかとも考えてしまいます。じゃあその逃げ道とは何か、こちらもやや安直ですがアメリカです。
 ウィキペディアにも書かれていますが当時、朴正煕とアメリカ政府(カーター政権)は韓国の核開発計画を巡って冷え込んでいたとされており、それが原因ではないかという声も出ています。でもってアメリカも前科があるというかベトナムでは実際にCIAによって南ベトナムのゴ・ディン・ジエム大統領を暗殺してるんで、朴正煕もやっぱやられたんじゃないかなぁって気がしないでもないです。

 となるとシナリオというのはCIAがやや不満を持っていた金載圭を唆して、「朴正煕を暗殺してきたら後の面倒は全部こっちで見るよ、鄭昇和も仲間だから終わったら彼に報告してね」的なことを伝えて、韓国人同士で処理完結させたような感じでしょうかね。あまりこういう陰謀論というかなんでもかんでも悪いことをアメリカのせいにするのも良くないとは思いますが、一つの仮説としてはもっておいた方がいいので書いておくことにしましたが、真実の検証が済むのはあと50年くらい先で、同席した女性二人が回顧録とか出す頃かなと思います。

2013年5月11日土曜日

憲法96条改正案について

 政治ネタが続きますが、現在国会での主要議論と言ったら今回緒台に挙げた憲法96条の改正案です。そこで今日はこの議論の論点を整理するとともに私の意見を紹介します。

 まず憲法96条の中身を簡単に説明しますがこれには憲法改正の発議に関する条件が定められており、衆参両議院の三分の二以上の賛成を得て初めて発議を認めると書かれてあります。通常の法案が過半数こと二分の一以上となっていることに対して憲法故に条件が強められております。仮に憲法を改正するとしたら国会での発議後、つまり三分の二以上の賛成を得た後に国民投票で過半数の支持を得なくてはならないため、国会内での議論だけで改正されることはありません。

 そんな96条に対して安倍首相率いる自民党は発議要件を三分の二以上から二分の一以上に引き下げようと提案したのが今回の議論の始まりです。自民党のほかには維新の会、みんなの党なども賛意を示していると報じられておりますが、みんなの党については渡辺代表が、「憲法改正の前に公務員改革などを片づけるべきだ」と述べていることからやや慎重な姿勢ではないのかと私は見ております。このほかの政党はほとんどが憲法を示威的に変えられやすくなるなどとして反対を示しており、自民と連立を組んでいる公明党ですら、具体的に今の憲法をどのように改正するのか方向性を示してから96条について言及するべきだとして、やや否定的な様子です。

 結論から述べると、私は今回の議論では公明党の意見が最も正しいように思えます。というのも自民党というか安倍首相はかなり以前から憲法改正を主張しており、その改正内容も集団的自衛権の行使や自衛隊の存在を明確にするなどと具体的なところまで踏み込んでいたのに対し、今回の96条改正議論を吹っ掛けるや急にこれらの内容への具体的言及は避けるようになってきました。
 前もって言いますが私自身としては集団的自衛権、自衛隊の合憲化は望むところであって、むしろ早く憲法を改正するべきだという立場です。ですが安倍首相が堂々と改正案の方向性を示さず96条の改正から先に手を付けようとするのを見ているとどうもこれ以外にも変えようとする腹案があるのか、そんな風に勘繰らざるを得ません。

 一方、公明党を除く野党らの主張に関しても不満があります。9条がどうたらこうたらとヒステリックに言う社民党の主張はこの際というか相手しなくていいですが、その他の野党の96条改正に対する反対意見はどれも鋭さがありません。大体が硬性憲法と軟性憲法の比較をした上で憲法は国民を守るために政府を規制するものであって、改正しやすくするなんて言語道断だという意見なのですが、改正には国民投票も必要なのだから発議条件が二分の一にハードルが下げられても一応は政府を規制できるのではと思います。
 またそれ以上に、ここからはあまり報じられない私の意見となりますが、そもそも硬性憲法であったことから一度も改正されずにいたがゆえに起こる問題に意識を払わないのかと野党の人には問いたいです。

 他の先進国は米国やドイツ、あとお隣の韓国(時の為政者にいいように変えられたケースが多いが)などはこれまでに何度も憲法を改正しております。改正条件も日本同様に議会で三分の二以上の同意が必要なところも多いためにあくまで私が見る限りだと、ほかの国では改正が必要だからこそ改正しているように見え、やはり時代に合わせようとする姿勢が見えます。
 それに対して日本。日本はこれまでに一度も改正していませんが、憲法が作成された頃と比べて時代はかなり経ております。これだけ時代を経るとやっぱり憲法自体がいろいろと現実に合わなくなってきているところも増えてきており、卑近な例というか誰も言わないけど私がよく思う点として、選挙権が20歳からなのに衆議院に立候補するための被選挙権は25歳、参議院は30歳からと、小学生へのひっかけ問題にしか使えない無駄な年齢条件などがあります。

 こうした経年劣化に対して日本はこれまでによく、憲法の解釈を変えることで対応をしてきました。同じ条文にもかかわらず解釈を変えることでそれ以前は違憲だと考えられた行為を合憲にするという事を繰り返してきており、はっきり言ってしまえば憲法の意味ないじゃんと言いたくなるようなことをかなり繰り返してきました。
 こういう風な解釈主義に陥った原因はやはり日本の憲法が改正し辛い、さらに言えば一度も改正されたことがないためだと私は考えているのですが、同時に解釈主義から早く脱しなければと思います。というのも解釈でどうとでもなるのであれば憲法が空文化する恐れもあり、昔の上司の言葉を借りれば、「自衛隊は憲法上、存在しないことになっているという事の方が危険なんだ(法律に縛り辛いから)」とも言えます。

 こうした現状に対し野党の意見はとかく、憲法は変えてはならない、絶対神聖不可侵という精神主義が見られ、非常に問題だと私は思います。昔なんかは議論すること自体を許さない雰囲気があったのでそのころと比べると大分マシにはなりましたが、野党の反対意見はそのころから変わっていないというか、幼稚で合理性が含まれておらず、いい加減にしろと強く言いたいです。反対するにしてももう少しまともな言い分もあるというのに。

2013年5月9日木曜日

川口氏の委員長解任について


 アニメが絶賛放映中の「進撃の巨人」に関連して上記の画像がネットで流行っておりますが、面白くてつい自分も保存してしまいました。ちなみに自分は4月21日生まれなので上記の表に従って言葉を選ぶと「一個旅団分の地に堕ちた鳥」になります。なにこの鳥インフルエンザっぽい言葉って思いますが、7月3日生まれの人(「超大型芋」)に比べればまだマシかもしれません。

 話は本題に移って久々の日本政治ネタこと、本日参議院で行われた川口順子氏の環境委員長解任についてです。事情を知らない人のために簡単に説明すると川口氏は先月、あらかじめ国会に届け出をした上で4月23~24日の二日間の予定で中国を訪問しました。25日には帰国して環境委員会に出席する予定だったのですが、中国外交部の前部長(日本だと前外務大臣に当たる)楊潔篪(ようけっち)との会談が急遽25日に行えることとなったことから、日本の国会に連絡した上で滞在を1日延長することとしました。
 これに対し民主党をはじめとする野党7党は、委員長の身分ともある者が会期中にもかかわらず委員会を無断欠席したとして国会を軽視する行為だと批判。川口氏の委員長解任を主張し、これに対し与党自民党も昨日の参議院予算委員会の審議を欠席するなど対抗姿勢をみせましたが、本日に参議院の議席数で野党が上回っていたことから野党の主張通りに川口氏は解任されました。

 今回のこの騒動に対する私の意見を述べるとただ一言、低レベル過ぎるに尽き、野党側に問題があると思え批判します。今回の問題では与野党ともにいろんな論点を出してきておりますが、突き詰めると「委員会が1日流れたことによってどれほどの影響が出たのか」に尽きると思います。

 自民党側は楊潔篪と会談することは中国外交が冷え込んでいる時期なだけに国益を優先したと主張しておりますが、報道によると川口氏は数分だけしか楊潔篪と話しておらず、第一、役者が外務大臣経験者とはいえ川口氏ですから言うほど価値があったかと言えばないと言わざるを得ません。まぁでも楊潔篪は一応は中国政治界の大物(前の)の一人ではあるし、接触しないよりはした方がよかったというのが私の見方です。

 翻ってすっぽかされた環境委員会ですが、25日に川口氏が出るかでないかで何がどう変わったのか、どんな影響があったのかについて野党側の説明は理解できるものではありません。聞くところによると代理を立てて普段通りに運営することも出来たそうなので、馬鹿にしちゃあなんだけど川口氏がいてもいなくても通常通り進行できたことでしょう。仮にすっぽかした理由が昔の田中真紀子みたいに指輪が見つからないからとかいう私的なものなら今回の解任も理解できますが、一応は与党議員としての外交活動で欠席したのだから、無駄にこんな大騒ぎするほどではないでしょう。結構前だけど、小沢一郎が民主党にいた頃に衆議院本会議を欠席したことの方が大きな問題だと私は思いますが、民主党は当時何も処分しなかったしねぇ。

 以上のような観点から、今回の騒動で私は与党自民党の肩を持つ、というより野党の幼稚さに反吐が出る次第です。こういってはなんだけど民主党の誰かがこの騒動の責任とって役職下りるなり辞めるなりするまで自民党は参議院での審議を拒否してもいいとすら思います。

2013年5月8日水曜日

中国バブル崩壊論の誤謬 その二

 前回に引き続き中国バブル崩壊論者が主張することにいちいち否定するこのコーナーです。前回でそこそこ書いたからもういいかなとか思ってましたが、改めて読んでみるとまだ抜けている内容も多かったのでこうして追加することにしました。それにしてもなんでこの時期に風邪引いちゃったんだろう、マジで体だるい<丶´Д`>ゲッソリ

3、共産党の一党独裁に対する矛盾
 中国は言うまでもなく中国共産党による一党独裁で成り立っている国で、民主主義の国みたいに選挙なんてものがなければ民意が政治に大きく反映されることがない国です。そうした点をついて崩壊論者はよく、「高度な資本主義に中国の古い政治体制は耐えられない」といったことを主張し、一党独裁体制に対する矛盾が国家を崩壊させると説明しております。
 中国が一党独裁体制だからこそ社会に様々な矛盾があるという事実に関しては私も否定しません。最もその弊害が現れる部分は事故や災害といった問題に対する隠蔽体質で、最近だと四川省での大地震、ちょっと前なら高速鉄道の衝突事故などで当局が被害規模を隠蔽しようとした上に本気で対策に取り組もうとしなかった点が挙げられますが、これらを考慮しても中国が今すぐに崩壊する要因とはなり得ないと私は思います。

 確かに一党独裁体制では情報統制がされていろいろと問題な点が見受けられますが、その一方で強みともいえる部分も存在します。私なんかそういうのを目の当たりにした一人だと考えておりますが、中国だととにもかくにも政治での意思決定が異常に早いです。敢えてたとえるなら日本の様な民主主義国家がサラリーマン社長によって経営される会社に対し、中国はオーナー企業そのものと言っていいほどの決断の速さで、また人権も多少無視できるので大規模開発や国家プロジェクトへの投資が異常にスムーズです。
 この項目を簡単にまとめると、中国の政治体制は一党独裁体制だからこそデメリットも存在しますが、その一方で民主主義国家に対するメリットもあるということです。そのため、「お国柄の違い」と分析するのが正しくて、「民主主義国家じゃないから駄目」というのはやや上から目線な意見だと私は考えております。

4、住宅価格の乱高下
 これは前回取り上げたGDP成長率と並んで引用される指標ですが、はっきり言いますが崩壊論者は卑怯もいいところだと言いたいような主張をしています。それこそ住宅価格が上昇するや「これはバブルだ」と批判し、下がると「景気に勢いがなくなった」、「経済をコントロールできていない」と、どっちに転ぼうとみんな批判してます。

 中国の住宅価格に関しては香港の不動産市場を追うなど修行した甲斐もあってそこそこ詳しい自身がありますが、まず2010年にかけては確かにバブル的と言ってもいい上昇ぶりでした。そのため中国政府は主に投資目的で買われる二軒目以上の住宅購入に対して厳しい制限を付けて2011年からは全国各都市で下落が起こるようになりました。なおこの時に一番下落が激しく今も尾を引いているのは、中国で最も投資意識の高い地域と呼ばれる温州市です。
 こうしたことから2012年も前半はほぼどこでも下がり続けましたが、後半からはまた徐々に上昇に転じ始め、さっきに中国国家統計局のデータを見たら2013年3月の新築住宅価格統計だと温州市を除いてたすべての都市が前月比で上昇しておりました。ただ今回の上昇は投資目的での購入が厳しく規制されている中での上昇なので、どちらかと言えば実際に居住するための購入、実需が主体の上昇であるため、ブームが終わってガクッと値段が下がるような上昇とは違うような気がします。

 第一、これだけ毎年高成長を続けているのだから住宅価格が上がるのも自然と言えば自然なので、仮に前年比で50%上昇とかだったらバブルと言えそうですが、15%以下なら許容範囲じゃないかというのが私の意見です。もっとも今年3月統計だと広州市が前年比11.1%増だから、もうちょっと規制した方がいいかもとは思っちゃいますが。

5、人件費の上昇
 多分今一番ホットな中国の経済テーマである人件費の上昇ですが、崩壊論者曰く、人権費が上昇することによって外資が撤退し、中国への投資も落ち込むというシナリオとなっております。確かに中国の人件費は前に私も書いた通りに急激に上昇しており他の東南アジアにある発展途上国と比べると競争力を失いつつありますが、その一方で中国人1人当たりの可処分所得は増え、これまで市場が成り立たなかったブランド品、化粧品といった商品の市場は拡大を続けております。
 恐らくライターや靴といった労働集約型の工場は中国から撤退せざるを得ませんが、その一方で付加価値の高い製品を作る工場であれば中国市場向けとしてまだ進出が続くと思います。更に言えばサービス業系企業の進出は可処分所得が膨れるこれからが本番で、実際に上海市に限れば昨年の外資の進出割合だと第三次産業が最も多かったという結果が出ています。そういうわけで、これもデメリットもあればメリットもある論点なので、デメリットだけに着目するのはよくないなぁと思うわけです。

2013年5月6日月曜日

中国バブル崩壊論の誤謬 その一

 先日に書いた「世界終末論と中国経済崩壊論の記事がやけにアクセスを稼いでいるので調子に乗ってもう一本関連した記事を投稿しようと思います内容は前にも一度に多様なのを書いておりますが中国バブル崩壊論者挙げる崩壊する理由に対してそこは違うぞという私なりの主張です


、少子高齢化の進行
 この理由は最近挙げる人が多いですが、要するに「中国では一人っ子政策によって少子高齢化が急激に進んでおり、高齢者の介護負担や年金負担によって遠からず破綻する」といったような主張がよく見受けられます。

 確かに中国ではもうそろそろ終わると何度も言われるつも一人っ子政策が継続されており少子高齢化は進んでおりますが、高齢者に対する社会負担によって中国経済が破綻するのは少なくとも今ではなく、まだずっと先です。このように私が主張する根拠というのも、皮肉にも崩壊論者たちが主張する上海の高齢化率です。
 この辺りの事情は以前にも調べて特集記事を書いたこともあったので詳しい自信があるのですが、人民網の記事によると中国で最も少子高齢化の激しい都市である上海市では2011年末時点、60歳以上の高齢者人口が全体に占める割合が24.5%に達しており、実質的に4人に一人が60歳以上という計算となります。


 一見すると上海の高齢化率は高いのだなという印象を受けますが、日本の高齢社会白書によると、日本は2011年10月1日時点で65歳以上の高齢者人口の全体に占める割合は23.3%に達しており、ほぼ上海と同じく全国規模で4人に1人が高齢者となっております。しかも中国の水準に合わせて60歳以上で計算すると確か30%近い数字にまで引き上がり、今後も上昇することはあっても下がることはありません。

 ここまでの内容を簡単にまとめると、中国で最も少子高齢化の激しい上海ですら日本全国よりも高齢化率は低く、中国全土で見ればさらに低いということです。確かに一人っ子政策は中国の将来的なリスクではありますが、少子高齢化による社会負担が大きな問題となるのはまだまだ先、少なくとも10年以上はかかるでしょう。更に言えば少子高齢化で破綻するというのなら今のままだと中国よりも確実に日本が先に破綻することになるので、人の心配してる場合じゃないってことです。

2、GDP成長率の急激な落ち込み

 このところ中国のGDP成長率が前年同期比を下回ることが多いことから崩壊論者たちは、「中国の成長減速が始まった」、「これから本格的なバブル崩壊が始まる」などという言葉をよく使います。ちなみにGDP成長率が前年同期比で上昇していた頃は、「これはバブルが膨らみ続けいるが中国政府は放置」「もうすぐ経済は破裂する」などと言われており、一体どっちやねんと突っ込みたくなります。

 まず直近こと今年第1四半期(1~3月)の中国のGDP成長率ですが、これは市場予測の8.0%を下回り7.7%となり、前期比の7.9%を2ポイント下回りました。ぶっちゃけ自分も8%台になると予想していたもんだからちょっとショックを受けましたが、少なくとも崩壊論者が主張するほどの急激な落ち込みとは言えないでしょう。

 崩壊論者たちは00年代の頃は10%超の二桁成長が続いていたなどとかなり昔のデータを引用して今の成長率が一桁に留まっていることを揶揄しますが、そもそも絶対値が違うことに気が付いていないのか強い疑問を感じます。確かに以前の中国はGDP年間成長率が毎年二桁に達しておりましたが、そもそも中国のGDP額はこの10年ちょっとで倍以上に増加しております。仮に10年ちょっと前のGDPが100だとすると現在は200ちょっとで、次の年の成長率がそれぞれ10%増、7%増だったとしても、

<GDP増加額の比較>
以前:100×0.10=10
現在:200×0.07=14

 という計算となり、GDPの増加額の絶対値では現在の方が上回っていたりする年もあります。単純に成長率という割合だけで見ては本質を見失うと言ってもいいでしょう。

 第一、中国は現在既に米国に次ぐ世界第二位の経済大国です。これだけ大規模になってもまだ7%超の成長をしているのはやはり大したもので、しかも昨日たまたまテレビニュースで見ましたが、今年第1四半期のGDP成長率では新興国と呼ばれているフィリピンやミャンマー、インドネシアなどアジア各国を中国が全部上回っておりました。もちろん日本に対してもです。

 崩壊論者は「落ち込み方が激しい」と言いますが、じゃあ適正な成長率はどの辺なんだよと深く問いたいです。私からするとこれだけ大規模になったんだから徐々に落ちていくのが当たり前なんだし、仮にいきなり成長率が5%台に落ち込んだら確かに大ごとだけど、少なくとも落ち込み幅が前期比1ポイント以内ならまだアリじゃないというのが私の意見です。


 まだまだあるけど、今日はこの辺で終えときます。続きは……なんかめんどいなぁ。

2013年5月5日日曜日

「写ルンです」を偲ぶ


「お正月を写そう」

 上記のデーモン小暮氏(現デーモン閣下)の動画とキャッチコピーに言いようのない懐かしさを感じることが出来た方はきっと私と波長が合うことでしょう。どちらも富士フイルム発のヒット商品である「写ルンです」の広告に使われたものですが、昭和生まれの人間ならきっと一度は見たり聞いたりしたことがあるでしょう。それにしてもデーモン閣下も若いなぁこの頃。
 なんでまた唐突に「写ルンです」について話し出したのかというと、昨日の記事に書いたように「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」の作者である青木氏とお会いした際にこの商品でも話が盛り上がり、懐かしいのと同時にあのヒットの裏側などについて詳しく教えてもらえたからです。そこで今日は懐古主義に走ってしましますが、「写ルンです」についてあれこれ書いてこうかと思います。

 まず知らない方のためにも簡単に説明すると、「写ルンです」という商品は富士フイルムが発売した「レンズ付きフィルム」というちょっと変わった商標の商品で、簡単に言い換えるなら使い捨てカメラといったところです。一体なんで「レンズ付きフィルム」という商標になったのかですが青木氏によると、「カメラ」という商品では海外に輸出する際にフィルムと比べて割高な関税がかけられるためあくまで「フィルムにレンズが付いたものであってカメラではない」という方便だったそうです。物はいいようだ。
 この商品ですがデジカメのなかった90年代においては絶大な用途があった商品で、1個につき約27枚の写真を撮ることが出来て、すべて撮り終えた後にカメラ屋に持っていくと現像してくれるというような商品でした。使い捨てであることから費用も安く商品自体が軽いことから小中学生の修学旅行などにも大活躍し、日本全国の観光地にあるお土産屋ならどこでも買うことが出来ました。

 この「写ルンです」が登場したのは1986年ですが、青木氏によると富士フイルムの営業の人が使い捨てのカメラを作ってみたらどうだろうということから発案されたそうです。ただ企画当初に搭載されたフィルムは画質が荒く、社内ではあまり売れる見込みがないとして評判はよくなかったそうなのですが、試しに少量生産してギフト市場向けに売ってみたところ意外にもすぐ売り切れ、その後は全社一致団結して販売に向けた体制作りが始められたそうです。フィルムの方も2代目からは一般的な35ミリフィルムが搭載されるようになっただけでなくストロボ装置も加えられ、日本国内はおろか世界中でヒットして富士フイルムの代名詞となったと言ってもいい商品でした。

 大ヒットした要因はその利便性のほか「お正月を写そう」といった効果的なキャッチコピーや有名芸能人を使ったユニークなCMなどがあるのですが、一番上に動画を付けたデーモン閣下のCMに関しては「裏話がある」と青木氏は教えてくれました。その裏話というのも、最初にデーモン閣下を起用した際に富士フイルムの社内上層部では「なんだこの白い奴は?」という感じであまり印象が良くなく、撮影したCMは使うべきではないのではとの声も出ていたそうです。ただ既にテレビ放送枠を取っていたことからこれまた試験的にとりあえず流してみようかとやってみたら視聴者からは大受けで、その後も続編が作られるようになったそうです。

 そんな「写ルンです」ですが、小型ですぐその場で撮った写真を確認できるデジタルカメラが登場してからは徐々に下火となり、今日もうちの親父と浅草に行ったところどのお土産屋にも「写ルンです」は置いてありませんでした。富士フイルムの会社HPをみると一応今でも売っているようですが、一時代を築いたとはいえさすがに過去のものとなりつつあるようです。

 ここで「写ルンです」からは少し離れますが、最近の富士フイルム製品の中で「チェキ」という、撮ったその場で写真を印刷できるプリンタ付カメラことインスタントカメラが売り上げを伸びております。さっきから何度も出ていますが青木氏によると、撮った写真をその場で確認できるという意味では普通のデジカメでもできることから発売当初はそれほど売れ行きも良くなかったものの、海外でテレビドラマなどに使われたことから徐々に売れ始め、その後に詳しくマーケティング調査をしてみると「撮った写真をその場で印刷して、その場で相手に渡せる」という特徴が消費者の好感を得ているそうです。先程の「写ルンです」といい、つくづく富士フイルムという会社は変わった商品を開発する能力に長けているとともに、マーケティングをしっかり行っているんだという印象を覚えます。

  おまけ
 「写ルンです」のデーモン閣下のCMは今見ても新鮮というかなかなかインパクトがあるのですが、見ている最中にふと、「ゴールデンボンバー」が出ているソフトバンクのCMが頭に浮かんできました。こちらのCMにも顔面を白塗りにした人が出てますが、白塗りは見た目にもやっぱりインパクトがある気がします。

2013年5月4日土曜日

書評「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」

 本のタイトルが長いせいもあってこの記事の見出しも長いですが、今日は故あって読んだ「富士フィルム・マーケティングラボの変革のための16の経営哲学」という本を紹介します。

 この本の概要を簡単に書くと、富士フイルムの執行役員も務めた著者の青木良和氏が社内研修会で取り上げた割と旬の経営者たちの経歴、業績、特徴を人物ごとにまとめられております。取り上げられている経営者の具体名を挙げるとキヤノンの御手洗冨士夫氏やソフトバンクの孫正義氏などメジャーな人物はもとより、ユニクロの柳井正氏、パナソニックの中村邦夫氏、でもってちょっと古いのだとクロネコヤマトの生みの親と言っていい小倉昌男氏など、主要な人物は一通りカバーされております。

 ほかのビジネス本と比べてこの本の優れているところを私なりに分析すると、一冊の本の中に多くの経営者をまとめて紹介していることもあって各経営者の特徴というか人となりが非常に比較しやすいです。具体的には挙げませんが成功している経営者の共通点や、似たような構造改革をしながら微妙に異なる点などが把握しやすく、敢えて言わせてもらうとビジネス本に読み慣れていない大学生や新社会人などが読むのにちょうどいい本じゃないかという印象を受けました。
 また経営者一人一人が項目別に比較的短くまとめられていることから読みやすく、文章自体もライターらしい文体ではなくわかりやすい書き方がされております。この点は何でも、中見出しなどを除いてほとんどの文章を青木氏自身が書いたということから二度びっくりです。

 そもそもなんでこの本を私が手に取ったかですが、以前から富士フイルムという会社に興味を持っていたことがきっかけです。知ってる人には早いですが昨年に写真フィルムで世界大手の米コダックが経営破綻しましたが、同じく写真フィルム事業を営んでいた富士フイルムは未だに元気いっぱい(?)存続しております。また冷静に自分が所有している富士フイルム製のデジカメを手に取ってみると、「一体なんで写真フィルムを否定するかのようなデジカメという製品を富士フイルムは作っているんだ」と思えてきて、主業を見事に転換させた企業なのではないかと去年末あたりからマークしておりました。
 その辺の顛末というか衰退する写真フィルム事業の一方で医療用フィルムや化粧品事業などへの多角化によって見事「コダックにならなかった」話は下記リンクのダイヤモンドの記事にまとめられています。

【企業特集】富士フイルムホールディングス写真フィルム軸に業態転換新事業を生んだ“技術の棚卸し”(ダイヤモンド)

 ちょうどシャープやパナソニックがテレビ事業で大赤字を出している最中だけに「選択と集中」、というより「捨てる勇気」という経営とはどんなものかと考えおり、何かのヒントになるのではないかと思って青木氏の本を手に取ってみたわけなのですが、富士フイルム内部の経営改革が主題ではないものの(ちらちらは書いてある)複数の経営者をきれいにまとめていることから期待以上に面白い本でした。なもんだから、今日の午前中に著者の青木氏に直接会ってきました。
 我ながら今に始まるわけでもなく唐突なことをまたやらかしましたが、なんか調べてみると青木氏の住んでいる所と自分が住んでる所が近いことがわかり、折角だから接触を試みようと出版社を通じて打診してみると快く応じてくれて、今日のこの書評も直接書いていいとお墨付きを得られました。

 で、肝心の青木氏からのお話ですが、先にも書いてある通りにこの本は青木氏をはじめとしたメンバーが富士フイルム社内で行った社内研修会の内容がまとめられております。そもそもその社内研修会はどんなところから始まったのかと尋ねてみると、社内研修というのはほとんどの会社で人事主導で進められるが、なるべく営業の現場にいる人間が必要な研修を自ら考え自ら組んだやった方がいいのではというところからスタートしたそうです。その上で、企業というかサラリーマンはどうしても視線が内向きというか社内に向きやすい傾向があるから、なるべく社外から講師を招いて会社の枠を超えた視点や論理力を若手社員に付つけさせる目的で実施していったそうです。

 そうやって研修した内容を本にするに当たって意識した点について聞いてみると面白い回答が返ってきて、各経営者の資質よりもそのバックグラウンド、どういった境遇の出身でどんな教育を受けてどういった経歴を歩んできたのか、そういったものが経営者を測る上で重要なのではないかと思って重点的に書いたと教えてくれました。言われてみるとこの点が非常によく書かれてあり、読んでて納得というかあまりこれまでの自分にない視点だったなと思わせられました。

 夢のない話をしてしまいますが世に出るビジネス本の8~9割は経営者などへのインタビューを経てコピーライターによって書かれております。それが決して悪いと言うつもりはありませんが、コピーライターが書くとどうしても「知識のない人間が知識のある人間を通して書く」ためその伝えられる内容にはやはり限界があるように思えます。
 それだけにこの青木氏の本は富士フイルムの営業の現場にいた青木氏が自らの知識と経験によって直接書いてるだけあって、やっぱほかの本と違うような印象があり、自分でもややほめ過ぎな感じもしますが素直に推薦できる本です。そんなわけで興味のある方は若いプータローですら気さくに会ってくれる青木氏を応援する意味合いでも、ぜひ手に取っていただければ幸いです。

2013年5月3日金曜日

駅中施設の増加について

 行楽シーズン真っ盛りですが、日本のレジャー施設についてこのところというか日本に帰ってきてからよく思うことがあります。その思う内容というのもタイトルに掲げた、駅中施設の増加です。

 日本に帰ってきてから東に西にあれこれ移動しておりますが、都市部の駅ではどこも駅内部に食品販売店や雑貨店が出店するようになり、また渋谷のヒカリエや東京スカイツリー駅にあるスカイツリータウンなど駅と連結した複合施設も数多く見るようになり、確実に3年前と比べて増加していると断言できます。その上で今後の展望を述べると、こういった駅中、駅連結施設は今後も増えていくことが予想され、逆に車で行くような郊外型レジャー施設は先細る可能性があるように思えます。

 こう考える理由はいくつかありますが、まず第一に駅中、駅連結施設が確実に増加して話に聞く限りだと比較的好調な売れ行きを続けていると聞くからです。実際に足を運んでみると確かに人が多く、また駅と連結していることからお年寄りなども足が運びやすいようにも思えて将来性が高いどころか確実に伸びる分野だと言ってもいい気がします。二番目の理由ですが、先にも述べた通りに今後は高齢化が進んでお年寄りはますます増えます。お年寄りにとって車でどっか行くよりも、電車に乗ってそのまま買い物し、そのまま電車で帰るパターンは非常にのりやすいと言うべきか、事情にあっている気がします。

 そんなわけだから今後、昔みたいに鉄道の沿線開発がなんとなく進むかもしれません。そしてその逆に車でドライブしていくような郊外型施設は段々と厳しくなって久野ではないかと思うわけなのですが、ただでさえ若者が車に乗らないというか変えない状況でもあるので、道の駅とか苦しくなるんじゃないかなぁ。

2013年5月2日木曜日

漫画レビュー「レッド」

 自分が今年二月に日本に帰国した後、真っ先に買ったのが今回紹介する「レッド」という漫画です。この漫画について簡単に述べると、あさま山荘事件をはじめとした事件を起こした連合赤軍メンバー達の物語です。

レッド (山本直樹)(Wikipedia)

 連合赤軍と言っても自分くらいの年代の人間、さらには下の世代からしたら「何それおいしいの?」と言われるくらいわけのわからないものかもしれませんが、あさま山荘がテレビで中継されていたのを見ていた世代には説明など不要でしょう。一言で言ってしまえばよど号ハイジャックもやらかした過激派社会主義学生グループのことで、まごうことなきテロリスト集団です。この「レッド」はそんなテロリスト集団がまだ学生運動の延長で抗議デモとかしていた時代から始まり、銃砲店を襲ったり銀行強盗をやらかしたりして、挙句の果てには同志を組織防衛や意味の分からない考え方に基づいて粛清し、没落していく姿を描いております。といってもまだ連載中で一番の山場となる山岳ベース事件はこれからだけど。

 この漫画の特徴を挙げるとすると、その徹底した取材ぶりには感心を通り越してあきれてくるほどのものがあります。連合赤軍をテーマに、しかも限りなく真実に基づいて書こうとしているため永田洋子や森恒夫、坂口弘などといった事件の主役たちが出てくるのですが(名前は変えられている)、生き残ったメンバーらの回想録に書かれている通りのセリフが漫画の中でもしっかり、確実に採用されております。
 またちょっと変わった表現方法というか、作中で一部の登場人物にはすべてのコマで1から15までの番号が振られています。この番号は何かというとそのまんま言って死人番号、つまりこれからそのキャラが死ぬ順番を指しており、事実これまでのところ3番まで順番通りに死んでいきました。もっとも作中で「XX、長野県山中で死亡するまであとXX日」と何度もはっきり書いていますが。

 このような作品であることから後輩に「もし全共闘の時代に生まれていたら花園さんはヒーローでしたよ」と、今の時代じゃ俺はヒーローになれんのかと言いたくなるような誉め言葉を受け取った私からするとそれなりに楽しめるというか、過激派左翼がどのように内ゲバに至ったのかがわかって面白いのですが、正直な所ほかの人にはあまり薦められない作品です。理由はいくつかありますが、簡潔に述べてテーマや取材力は申し分ないものの、漫画作品として致命的な欠陥がいくつか存在します。

 まず最も大きな欠陥というのが、話の分かり辛さです。ただでさえ連合赤軍がどのように形成されたのか、何を目的に運動をしていたのかが同時代の人間にすらわかりづらいのに、こういった方面の補足説明が薄すぎます。また序盤から事件に関わる人物が一度に大量に登場させているため、書き分けがしっかりできていないのもあって誰がどんな人物なのかがなかなか覚えられません。事件について詳細を知っている私ですら、一回流し読みした限りだと何が何だかわからないくらいだったし。

 同じ登場人物における欠陥はもう一つ、名前にもあります。先程にも書いたように各人物はすべて実在の人間たちなのでありますが、その名前はすべて変えられており、日本にある山岳の名称が振られています。例を出すと、

永田→赤城
坂口→谷川
森→北

 これが非常にややこしく、また山の名前であることから頭に入ってき辛いです。はっきり言わせてもらえば余計なことなんかせずに実名をそのまま書けばよかったとしか言いようがありません。ついでに書くと組織名も微妙に変えられており「赤軍派」が「赤色軍」となってて、余計すぎる配慮でしょう。

 さっきから問題点ばかり挙げていますがまだ続きます。もう一つ致命的な点ですが、ストーリーの構成があまりにも悪すぎます。作中では主に京浜安保共闘の永田洋子、赤軍派の植垣康博の二者の視点で進みますが、この二者は所属する組織が当初別々であるため、話に全くつながりがなく見ようによっては関係ない話が突然始まったりするようにも見えてきます。その上、取材に力が入りすぎたというべきか詳細に書いているためストーリーのテンポが極端に悪く、なんだか話が堂々めぐりしているような覚えすらします。現在の所、単行本は7巻まで出ておりますが、1から6巻までは3冊くらいの分量に無理やりにでもまとめるべきだったでしょう。

 なんかもうずっと貶すことばかり書いていますが、それでもこうして私自身が取り上げようとしたのはやはりそのテーマ性です。自分自身も中国に興味を持つあたり左翼思想に何か魅かれる傾向があるのかもしれませんが、あの連合赤軍の事件は集団ヒステリーというものを色濃く反映した事件であるだけに興味が尽きず、また内ゲバに至るまでの過程をやっぱり何が何でも知りたいという欲求があります。そうした餓えに対して漫画で応えてくれる、だからこそ私はこの「レッド」を買い続けているわけですが、まぁちょっと妙な漫画が連載されているということを知っておいてもらえれば幸いです。

2013年5月1日水曜日

ロート製薬脅迫事件の判決について

ロート製薬強要事件(Wikipedia)

 あまり知っている人はいないんじゃないかなぁとも思うので、判決も出たことだし昨年起きたロート製薬に対する脅迫事件を取り上げることにします。
 この事件のあらましは上記のWikipediaの記事を読んでもらえれば早いのですが私の方から簡単に説明すると、去年にロート製薬がテレビCMに韓国人女優のキム・テヒ氏を起用しようとしたところ、過去にキム・テヒ氏が竹島は韓国の領土であるというPR活動を行っていたことからネットを中心に起用に対して大きな反発が広がり、直接ロート製薬の本社を訪れ脅迫を行った男らが逮捕された事件です。先程ニュースを見ていたらちょうど判決が出ており、主犯格の男に懲役1年6ヶ月の判決が下りたようです。

ロート製薬脅迫の男に懲役1年6月 韓国女優のCM起用で(産経新聞)

 具体的にどんなふうに脅迫されたのかですが、「右翼紹介したる」とか「竹島はどこの領土や」とか「抗議デモやったるぞ」などと言ったそうですが、なんでこういう時ってみんな関西弁使うんだろ。

 この事件になんで私が注目したのかというと、今回判決が出た主犯格の男の発言に興味を持ったことからです。Wikipediaの記事によると激しく怒鳴り散らしていたことからロート製薬の担当者が「お言葉使い、ご配慮頂けますか」といったところ育ちが原因だと反論した上で、「俺の家、同和やから俺のとこ馬鹿にしてるのか」と散々に同和、同和と繰り返して迫ったそうです。でもってオチというか、その後の警察の捜査によるとこの男は同和地区の出身者でなかったことがわかりました。

 我ながら細かいところを見るなぁという気もするのですが、この男といい、同和問題をやたらと盾にした主張する人というのは実際には同和問題を軽んじている人が多い気がします。ここで取り上げたこのどうにもならない主犯格の男についても、自分は同和地区出身者でもない癖に同和の人間はさも口が悪いかのような言い方をして脅迫の手段に使う辺り、同和差別をしているのはほかならぬお前自身じゃないかと言いたくなるような人物です。

 戦前の天皇崇拝もこれと似たような構造を持っております。戦時中、陸軍をはじめとした軍部関係者は「天皇陛下のために」と言いながら勝ち目のない戦争を無理矢理続けてきましたが、いざ昭和天皇がポツダム宣言受諾を行うと決めるや、クーデターを起こして天皇を退位させ、新たな天皇を立てた上で戦争を続けようと考えるグループが現れ、実際に玉音放送のレコードを奪取しようと行動にまで起こしております。誰のための戦争だと言われれば、彼らにとって天皇というのは建前であって自分自身のための戦争でしかなかったのでしょう。

 翻って現代を見てみると、会社のために、学校のために、地球のためになどと抜かす人間は果たして本当にそういう気持ちを持っているのか、著しく疑問に思う人物が多いです。会社のために損失隠しを行う、学校のためにいじめ事件をなかったことにする、地球のためにペットボトルを再利用する、こういった行為はどれも本末転倒な側面が否めず、はっきり言えば自己弁護以外でも何物でもなく本当に貴様らが守りたいのは自分自身だろといいたくなります。

 こういう価値観を持っているせいか、声高に上記のような発言をする人間を見ると真面目に吐き気がします。別に愛社精神とかを持つことは悪いことじゃないですが、声高にそういったものを主張する人間は八割方そういった精神を持ち合わせておらず、むしろ自己本位な人間と言っても差し支えないでしょう。キリスト教でもイスラム教でも、「やたらと神の名を口にするな」という教えがありますがこの論は至極もっともで、本当に組織に対して尽くす思いがあるのならいちいち口にせず黙って行動に移せと言いたいのが私の意見です。

 最後にこの事件におけるロート製薬に対する私の意見を書きますが、脅迫などを行うことは絶対に許されないことですが、ロート製薬の方ももうちょっとしっかり人選をすればいいのにと思います。問題のキム・テヒ氏ですが、「独島は我が領土」と書かれたTシャツをわざわざスイスまで行って配ったりしてたそうで、日系メディアによるインタビューでは「私は理数系の人間で、歴史や政治のニュースにはウトいので。もっと勉強しなくてはいけないと思います」と答えてますが、こういう風に切り返すあたりガチだろこの人。

韓国の近現代史~その十二、金大中事件

 また時間をおいての連載再開です。朴正煕政権下の話も今回を入れてあと二回ですが、今日は日本とも関係が深いというか、日本もその当事者となった金大中事件について解説します。

金大中事件(Wikipedia)

 この事件は1973年、後に韓国大統領となる金大中が日本国内で拉致され、危うく暗殺されかけたというかなり前代未聞な事件です。逆にこの時に金大中が暗殺されていれば後の彼の大統領就任は有り得なかっただけに、将来に与えた影響は少なくないでしょう。

 まず事件前後の背景を説明しますが、1971年に韓国では大統領選が行われ、当時大統領だった朴正煕の対抗馬に立ったのは民主派の若いリーダーだった金大中でした。軍配は朴正煕に上がったもののその差は僅差だったことから金大中に対する政権の警戒心は高まり、隙あらば今のうちに暗殺しておこうという機運が高まったと言われております。
 こうした中、Wikipedia中ではKCIAの李厚洛部長はちょっとしたことからヘマをしてしまって朴正煕からの評価を下げてしまい、海外に半ば亡命していた金大中を暗殺することで汚名返上をしようと画策したと書いております。ただ私自身はこの事件は朴正煕自身が主導し、李厚洛が指揮したと考えています。

 事件当時、金大中は韓国国内に戒厳令が敷かれたことから帰国すれば暗殺されると考え、日本やアメリカなどへ講演しながら移動するという亡命しているような状態でした。事件直前も自民党グループに呼ばれ、講演を行うために東京へ訪れていましたが、日本国内にも朴正煕政権下の手のものが放たれて暗殺される可能性があるという危険性が伝えられており、偽名でホテルにチェックインするなどして対策を行っていました。

 事件当日、金大中が講演を終えてホテルを出ようとしたところ何者かによって襲われ、麻酔をかがされ気を失います。そのまま荷物に無理やり押し込まれた状態で東京から神戸へ運ばれ、停泊していた工作船に運び込まれました。金大中を拉致したグループはそのまま彼を海上で始末する予定でしたが、金大中が行方不明になったことに気が付いた日米関係者はすぐに捜索を開始したことによって問題の工作船をも海上で発見しました。この時に工作船を追跡したのはなんだったのか、船なのか飛行機なのかもちょっとはっきりしないところがありますが、現在伝えられている内容だと自衛隊の戦闘機であるという説が強いです。

 工作船では一次、金大中を甲板に立たせて海に突き落とする準備までしていたそうですが、自衛隊の追跡を受けて拉致団は殺害を断念。そのまま韓国へと渡り、金大中を彼の自宅近くで解放したことによって事件は終わりを迎えます。

 この事件でまず考えねばならないのは、金大中の拉致を指揮したのはKCIAでほぼ間違いないものの、実行したのは誰だったのかです。KCIAの手がかかっている在日韓国人、または日本に渡ったKCIA工作員などという説もありますが、私が思うにKCIAから依頼を受けた日本の暴力団組員である可能性が高いように思えます。というのも日本国内で暗殺せずにわざわざ海上で殺そうとするあたり、何かやり方が下手というか回りくどい印象を受けるからです。KCIA工作員であれば、殺害した後で韓国に戻ればそれで済むだけなのだし。

 この事件後、日韓関係は前回取り上げた文世光事件と相まって一時悪化しますが、これで悪化しない関係なんて普通はないでしょう。よく朴正煕大統領は親日家だったと言われておりますが、この辺りの歴史を見ていると話してそうだったのか、内心、感情的にはもつものがあったんじゃないかと私は睨んでいます。
 そういうわけで次回は朴正煕編最終回こと、彼自身の暗殺事件を取り上げます。

2013年4月30日火曜日

相手を怒らせたら者勝ちのマスコミの文化


 上記の写真は本題とは何も関係がありませんが、ネットで見つけてインパクトが強かったので自分も紹介しようと思いました。それにしても「まぼろし」って、命名した人は凄いセンスをしている。売れたのだろうか……。

TBSの記者がつまらん質問をしてプーチン大統領がブチギレ呆れる…日露共同会見(痛いニュース)

 久々というか国際政治の話です。先日、安倍総理はロシアを訪問してプーチン大統領と会い、北方領土問題を含めた日露間の平和条約について前向きに交渉を行っていう事で共同声明を出しました。国際政治と社会学が専門ではあるもののロシア情勢についてはあまり詳しくないので、共同声明自体を取り上げようとは思ったのですが実は一回断念しております。にもかかわらず何故今回こうして取り上げるかですが、上記の「痛いニュース」などでも取り上げられている、共同記者会見でのTBS記者の質問を見ていろいろ気が変わったというか、自分からも書ける話があると感じたからです。

 まず今回の騒ぎについて簡単に説明すると、安倍首相、プーチン大統領の共同記者会見でTBSの記者が質問に立ち、「北方領土は現在ロシアが実効支配しており、日本側としては受け入れられない状況下であるのに交渉なんてできるのか」という内容の質問を行いました。これに対してプーチン大統領は質問を行ったTBS記者に対し、「メモを読みながら質問していたがそのメモを書いた人間に言っておけ。北方領土問題は我々が作った問題ではなく先人が作った負の遺産であり、我々はその解決に向けて努力していく方針で、日本側に対してもよき信頼関係を築き上げたいと思っている。そうした我々の姿勢に対してこのようなぶしつけな質問を出すことによって交渉を妨げるという方法もあるだろう」というように回答したと伝えられています。

 これらのやり取りについて日本のメディア、またはネットの掲示板では「TBS記者の質問の仕方は失礼なのでは」という意見が出ているようで、今朝もやけに体調が悪くて体温計で測ったら36.1度(平熱36.6度)でしたが各ニュースを見ていると、「ある記者の質問にプーチン大統領、不機嫌」という見出しなどで報じられておりました。

 まずこのやり取りを見て私が思ったのは、今頃この質問を行ったTBSの記者は高笑いをしているんだろうなってことです。というのも、マスコミの世界では「回答者を質問で怒らせれば勝ち」という妙な文化があります。私自身もメディアの世界に身を置いていた頃に上司から、「もっときわどい質問をぶつけろ。そんな優しい態度でどうするんだ」などと厳しく叱責を受けておりましたが、日本国内での集団質問会見などではこれ以上にレベルが激しく、「そんな回答でどうするんだこの野郎っ!」、「そんなんで記事が書けるかっ!」という罵声の様な怒鳴り声が飛び交うと聞いております。

 一体なんで相手を怒らせたら勝ちなのか、理由を述べると単純に怒らせれば記事が書けるからです。「XXという質問に対しA社の広報は気色ばんだ様子で回答を拒否し……」なんていう風に書ければ、「必死の形相で詳細を隠した」というようにも書けます。また相手を怒らせるほどのきわどい質問をぶつけなければ、核心部の情報が得られないというような哲学もあるようです。

 ここまで読んでもらえればわかるでしょうが、上記のようなメディアの文化に対して私は反感とまではいきませんが疑問を感じております。確かに核心に迫るような質問、それこそ内容によっては相手を怒らせてしまいかねないような質問は重要だと思うし価値があると思いますが、末端の広報に対して非開示の情報、そもそも広報の人が知らされていないであろう内容をしつこく嫌らしく聞き続けることはどんなもんかなぁという風に思えてなりません。また概して相手を怒らせようとする質問は相手を怒らせることに比重が置かれており、内容があまり価値を持っていないことが多いようにも思えます。

 上記のような観点からすると、今回のTBS記者の質問は何が聞きたいのと言いたくなるようなくだらない質問です。プーチン大統領の言っている通りに北方領土問題は日露に跨る懸案事項ではあるが、この北方領土問題を含めて幅広く平和条約締結に向けて今後交渉を続けるという共同声明を出したのに、なんでそれを復唱させるかのような質問を出すのか意味が分かりません。意味が分からないけど、メディアの世界では「いい質問だなぁ」などと思われるんじゃないかなぁ。同じようなことを何度も、しつこく怒らせるほど聞くのがいいというような世界観だし。