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2013年8月15日木曜日

エアロスミスとたい焼き

 気分転換も兼ねてブログ背景の色をヘッダーに合わせてオレンジに変えました。今回変えたのはきっかけがあり、このブログの読者から「(ヘッダーの色が)花園さんのオーラの色と同じオレンジですね」と言われ、初めて一致していることに気が付いたからです。狙ったつもりじゃなかったのですがやっぱり自分の魂の色に近いのはオレンジなのかもという気がしたので、この際背景もというわけです。

 話は本題に入りますが、ちょっと面白いネタがあったので紹介します。

【画像】 エアロスミスのボーカル ドンキホーテ十三店で発見される(痛いニュース)

 世界的ロックバンド、エアロスミスのボーカルであるスティーヴン・タイラー氏が何故か、大阪市十三(じゅうそう)にあるドンキホーテで目撃されたそうです。リンク先には写真も写っておりますがコメント欄に書かれてあるように妙に溶け込んでて、何故こんなところにこんな大物がといろいろ思わせる写真になっています。なんでもちょうど今、エアロスミスが大阪公演に来ているそうなのですが、それにしたってなんで有名レストランとかじゃなくドンキホーテに現れたんだろう……。

 そんなエアロスミスですが、なんでもメンバー全員が相当な親日家だと以前から聞きます。中でも一番有名なエピソードがたい焼きにまつわるもので、メンバー全員の好物で日本を訪れた際は山ほど食べ、山ほど買って帰っていたそうなのですが、ある年の日本公演の帰りの飛行機で買い置きしていたたい焼きがすべてなくなってしまったそうです。恐らくメンバーの誰かが内緒で平らげてしまったのでしょうが、これによりメンバー間で不信感が広がりマジもんの大喧嘩に発展。解散すら口にするメンバーもいたそうです。
 しかし塞翁が馬というか、このエピソードを聞いた日本のメーカーがメンバー全員にたい焼き機を進呈し、これによっていつでも食べられるようになったことから解散の危機は去ったそうです。仮にこれで本当に解散していたら、世界中のファンから日本は恨まれただろうな。

2013年8月14日水曜日

韓国の近現代史~その二十二、IMF事態

韓国のIMF救済(Wikipedia)

 前回の予告通り、今回は現代韓国の始まりともいえるIMF事態を紹介します。ただ紹介すると言っても、この項目だけで本一冊かけるくらい肉厚な内容なので、あくまで素人としてわかる範囲をかいつまんで書いてこうかと思います。

 事の起こりは1997年の8月、タイの通貨であるバーツが暴落したことを皮切りに起こったアジア通貨危機がきっかけです。このアジア通貨危機は日本は直接的な影響を受けなかった(間接的には大きい)ために事件当時はあまり報じられてませんでしたが、タイを始めとして韓国やフィリピン、マレーシアなどの国々では通貨価値が大きく下落し、輸出入の面で大きく経済が混乱しました。
 折しも韓国ではそれまで続いていた高い経済成長が終わり、調整期に入ろうとしていた時期でした。そこへこのアジア通貨危機の波が起こり銀行や企業の間では不良債権が一気に焦げ付き、財閥系企業でも倒産に追い込まれるなど、私の目から見ても空気ががらりと変わった印象を覚えます。

 具体的にこの時の韓国で何が起きていたのかというと、最近の例だと国家破綻したギリシャの様な事態に陥っていました。あまりこの辺の話は得意じゃないのですが、当時の韓国はウォンが大幅に下落して外貨がほとんどなくなった上、国内経済も大混乱となったことから、日本やアメリカから借りていた借金(対外債務)を返済期限が間近に迫っているにもかかわらず返せなくなるような状態だったそうです。
 もちろん、返せなかったらそこで試合終了ならぬ国家破綻となるので、韓国政府としても日本やアメリカに返済期限を延ばしてもらうよう交渉するとともに、各国や国際機関へ資金援助を申し出て、最終的にIMF(国際通貨基金)から資金支援を受ける代わりに国内の経済政策をIMFに一任するということとなるわけです。

 私は実際にこの時、どんな状況だったのか知り合いの韓国人留学生に尋ねてみましたが、桁違いの不況で誰もが暗い顔をしており、思い出したくないほど暗い時代だったと話していました。実際、この時期に韓国企業の間ではリストラ、給与カットの嵐が吹き荒れ、失業率なども大幅に上昇していることから社会空気も沈んでいたことでしょう。またそれとともに国の経済政策を自分たちで決められずIMFに一から十まで指導されるという、プライドが高いと言われる韓国人じゃなくても納得できないような気分になると思います。

 なおこの時のIMFの指導によって韓国は徹底的にグローバル化、言い方を変えればアメリカにとって都合のいい経済体制に変えられたという主張をよく見ます。ただ実際に私自身が韓国現地で調べたわけではないし、それ以前の金泳三政権時代にもグローバル化が図られていたとも聞くので、本当にその通りなのかとやや疑問に感じる点はあります。ただ少なくともいえることは、国を挙げて外国人観光客の誘致活動を行ったり、サムスンなど財閥企業に集中支援したりするなど、国民生活を犠牲にしても二度と国家破綻させてはならないというような韓国の覚悟というものはこの時代に作られたような気はします。

 もう少しトピックを絞ってこのIMF事態について述べると、この時期に韓国企業ではリストラが繰り広げられたのですが、その際に真っ先に切られたのは若手社員だったそうです。儒教的な価値観からそうなったなどと言われておりますが、結果的にこの時期から若年層の失業率が異常に高まり、今に至るまで若者の貧困が韓国では社会問題となっております。

 またIMFの救済が決まったのは1997年12月ですが、それから三ヶ月後の1998年2月に大統領が金泳三から金大中に交替しており、政治的にもちょっと荒れていた時期ともいます。金泳三と対立していた金大中が大統領選に勝利した背景にはこのIMF事態を招いた責任として金泳三に批判が集まっていたことも影響したと言われていますが、就任早々に国家破綻のような事態を経験した金大中も大変だったと思えます。

 あと韓国の企業関連で話をすると1997年10月には起亜自動車が経営破綻をしました。それまで韓国の自動車市場は起亜自動車と現代自動車の二社が凌ぎを削っておりましたが、この時の経営破綻を契機に起亜自動車は現代自動車の傘下に収まり現在のように至るわけです。
 起亜自動車以外の大型破たんとなると、サムスングループに継ぐ韓国第2位の財閥であった大宇グループがこの時期に破綻し、解体の憂き目にあっています。大宇グループの会長だった金宇中は破綻の直前に日本円にして5兆円もの資金を持って外国に逃亡し、2005年に帰国した際に逮捕されていますが、自国の人間じゃないから言えるのかもしれますがスケールのでかい人物だなと妙に感じます。

2013年8月13日火曜日

空気を読む力とストレス耐性の関係性

 かなり前にも一度このブログで紹介したことがありますが、昔にテクモ(現コーエーテクモ)という会社が「零」というホラーゲームを発売しており、私もその1、2作目をプレイしたことがあります。このゲームは襲い掛かる悪霊をカメラで撮影することによって撃退するという、見たくないものを直視しないと進めないという妙な仕組みが面白く海外からも高く評価されました。

 そんな「零」ですが、私は遊んだことはないのですが3作目からは使用するキャラクターを選べるようになったそうで、その際にそのキャラクターの「霊感」の高さがプレイにも影響するそうです。たとえば霊感が高いキャラクターはカメラで攻撃する際、霊に対して高いダメージを与えられる一方、霊からの干渉に弱く攻撃された際は逆に高いダメージを受けてしまいます。霊感が低いキャラクターとなるとこれが真逆で、霊に対するカメラ攻撃の威力は低い一方、霊からの攻撃で受けるダメージ量は小さくなるとのことです。

 この設定を聞いた時に私は、「理に適っているなぁ」などと妙に感心するとともに、今日のお題となっている空気を読む力とストレス耐性についても同じことが言えるのではないかという気がしました。単刀直入に言うと、空気を読む力が高い人ほどストレスを感じやすいのではという図式が成り立つのではないかという仮説です。

 私が何故こんなことを思いついたのかというと非常に単純明快で、空気を読まない人ほどストレスとは無縁だと以前から感じてたからです。具体的なのは職場などにいる空気を読まないおっさん、おばちゃん連中で、自らのミスに対して全く呵責を感じないばかりか、「またみんなで頑張ろうよ!」などと、「お前一人のせいでみんなが苦労してるのに……」と言いたくなるような空気を読まない発言をかましてくれたりします。どこでも一人や二人はいるよね、こういう人。

 さらにというか民族的にも空気を全く読まない連中と私は深くかかわっております。そう、中国人です。中国人は全く読まないってわけじゃないんですが、日本人と比べて周囲への遠慮より自分の本音を優先する傾向があり、でもって日本人から見てもストレスに対する耐性が高い、っていうかストレス感じることあるのかと言いたいくらいに普段は前向きです。
 といっても資本主義の発達のせいか最近の中国社会でもストレス(中国語訳は「圧力(ヤァリィ)」)が蔓延し始め、社会問題となりつつあります。ただそれを推しても中国人は日本人に比べればずっとストレスに強い、というかストレスだと感じない面は強いように思えますが。

 話は戻りますがこんな具合で、「空気を読むこと」とストレスは高い関係性を持つように思います。私の身の周りでも周囲に対する気配りが出来て、周りに合わせようとするほどストレスを抱えやすい傾向があるように思え、こういってはなんですが人当たりのいい優しい人ほどストレスを持ちやすいようにも見えます。
 ただそういう空気が読めてストレスを感じやすい人が一概にストレスに弱いかというとそうでもなく、確かにストレスを感じやすいんだけど芯が強くてなかなかへこたれない人も多いです。この辺は文章で説明するよりも数式で説明した方がいいので、私の考えをまとめると以下のような関係式となります。

<空気を読む力とストレス耐性の関係式)
y=m-nx
n=空気を読む力(係数) m=ストレス耐性 x=ストレス絶対値 y=ストレス耐性残余値

 この数式を実際にモデルへと当てはめて再度説明します。

 Aさんは空気をよく読める人でストレスは感じやすいのですが芯が強い人であるのに対し、Bさんは空気を読まなくてストレスを感じにくいのですが芯がもろく、崩れやすい人であると仮定します。両者の各数値を並べると下記の通りです。

<Aさん>
n=2 m=500

<Bさん>
n=1 m=150

 この両者が仮にストレス絶対値が200に当たるショックな場面(財布を落とすとか)に遭遇したとします。これらの数値を最初の関係式に当てはめたのが以下の式です。

<Aさん>
500-2×200=100

<Bさん>
150-1×200=-50

 こんな具合でAさんはBさんに比べて2倍のストレスを感じますが、ストレス耐性が高いために心の余力というようなものがまだ100残ります。一方、BさんはAさんに比べて感じるストレス量が低いものの、限界値が低いため心の余力がなくなり-50という数値に陥り、要するに心が折れてしまいます。全部が全部こんな単純じゃないとは思うものの、ストレスと心の余力の関係性は大体こんな感じじゃないでしょうか。RPG風に言えばm=ヒットポイント、n=防御力(兼攻撃力)といったところでしょう。

 既に大分長いですが変に分割すると面倒なのでまとめて書くと、昨今の日本の企業採用では「コミュニケーション力」を最重要視する企業が最多です。この求められるコミュニケーション力というのは「空気を読む力」だと考えている会社も多いように思え、だとすると日系企業は得てしてストレスを感じやすい人間を優先して採用しているのでは、と密かに睨んでいます。仮に空気をよく読める上にストレス耐性が高い人間を採用しようとするならともかく、ストレス耐性に着目せず空気をよく読めるかどうかだけに着目して採用するとどうなるのか。この辺に新卒社員の約半数が3年以内に会社を辞める理由があるのではないかという気がします。

 変な話ですが私は今の世の中だからこそ空気を読まない人間っていうのが大事にされるべきだと思います。過剰に空気を読むというのは空気に支配される、流されるということと同義で、空気を読まずに冷静に状況を判断できる人を集団の中に入れておかないと、変な方向に向かっていく気がします。
 その上で今回取り上げたストレス耐性。現代社会は明らかにストレスを感じる場面が多く、そういった場面に適応するよりも抵抗力の強い人間、そういう人間に着目して効率よく運用するという視点が欠けているのではないかと思ったことから、こういう記事を書いてみました。

  おまけ
 空気を読む方か、読まない方かと言われたら私は間違いなく後者に入ることでしょう。かといってストレス耐性に強い方かと言ったら精神的に落ち込むことも多くてそうでもないようなと思う一方、自分の場合、遭遇するストレスシーンが極端なものも多いため、まぁ並程度のストレス耐性なのかなと納得させてます。

2013年8月12日月曜日

ルース米大使の離日について

 今日もちょっと家で妙なことをし続けたのですぐに書き終えるニュース解説です。

「特別な4年間だった」=ルース米大使が離日(時事通信)

 本日午後、これまでアメリカの駐日大使を務めていたルース氏が日本を離れ帰国の途につきました。ルース氏は過去四年間を駐日大使として過ごされましたが、彼の任期中の大事件となるとなんといっても東日本大震災が挙がってくることでしょう。この未曽有の災害時、ルース氏は日本政府と米軍の間に立って米軍の災害支援(トモダチ作戦)を進めるなど、私個人としても日本が困難な時期に職務を見事に果たしてくれたとして強い感謝の念を覚えます。

 ただあの災害から二年半。現在の日米関係は再びというかまた沖縄問題で揺れております。先週にも訓練中にヘリコプターが沖縄県内の訓練地で墜落したことからオスプレイの沖縄配備に懸念が広がり、米軍も一時は配備を停止したものの事件からわずか一週間後の今日になって再開したことから批判が広がっております。いっしょくたにするべき話ではない事は百も承知ですが、なんとか米軍と仲良くやってけないものか、お互いの感情をもっと理解し、沖縄の負担軽減策につなげられないものかと少し感じます。

 次の駐日大使にはケネディ大統領の娘であるキャロライン・ケネディ氏が内定しているそうですが、ルース氏同様になるべく仲良くやっていけたらなという希望を密かに抱きます。

2013年8月11日日曜日

高見盛~まげを掴まれる男

 高見盛と言えば私が説明するまでもなく、今年に引退しましたが日本全国で誰もが知っている人気力士でした。彼の人気の秘訣は彼自身の性格もさることながら入場時などのパフォーマンスにあり、現役時は彼が登場するだけで館内が歓声に包まれるほどの人気がありました。
 ちなみに私の中国留学中に相部屋だったルーマニア人も高見盛のパフォーマンスをいたく気に入り、ワールドワイドで人気なんだと妙な印象を覚えました。

 そんな高見盛ですが現役時代は枚挙にいとまがないほどの数多くのエピソードを残していますが、その中でも私が特に気に入っているというか、是非もう一回見てみたいという取組が一番あります。

「落ち武者」高見盛が反則勝ち/秋場所(日刊スポーツ)

 その取組というのは上記リンク先の記事に書かれた2009年9月22日の阿覧との一番です。この日はたまたま私もテレビの前で観戦していたのですが取組開始前に舞の海秀平氏が、「(阿覧は)出世が早く、まだ相撲をよく知らないから何をしてくるかわからない怖さがある」と言及するなど不吉な気配は早くから漂っておりました。

 それで具体的にどんな取組だったのかというと、まず立ち合いで両者ぶつかり合うと一旦体が離れ、再び組み付こうと高見盛が向かってくるや阿覧は張り手で応戦しました。この張り手が一番のミソだったのですが、阿覧はやっぱり相撲を知らなかったのか、ただひたすらに上腕を振るだけでまるでボクシングのジャブみたいな張り手になってしまってました。腰の力が全く入っていなかったことから叩かれる高見盛の体は全く後ろに動かず、かといって前にも進まず。その結果として何が起こったのかというと、土俵の上で延々と24発も高見盛はボコボコに顔面をはたかれ続けました
 今でも目をつぶるとあの時の情景が浮かぶのですが、時間にして30秒くらい高見盛は叩かれ続けて鼻血を出し、また阿覧も阿覧で小気味よく高見盛の顔を叩き続け、見ている間は「なんなんだこれは(;´Д`)」という思いで言葉が出てきませんでした。

 更に面白いのはその後。張り手に耐え続けた高見盛は何とか阿覧のまわしを取ることに成功しますが組み合い続けた結果、最後はもんどりうって土俵を割り行事の軍配は阿覧に上がります。しかしこれに対して審判団が異議を出します。というのも、土俵を割る際に阿覧が高見盛のまげを掴むという反則を犯しており、審議された結果、阿覧の反則負けにひっくり返りました。

 こうして高見盛は白星を得たわけですが、24発もはたかれた上にまげも掴まれ、顔面をパンパンに腫らしたその姿はお世辞にも勝った力士には見えず、日刊スポーツの記事にも書かれている通りに落ち武者っぽかったです。解説(確か北の富士勝昭氏)も、「こりゃどっちが勝ったのかわかんないねぇ」とツッコむ有様でした。

 一体なんでこんな4年も前のことを書こうかと思ったのかというと、何故だか突然この一番を思い出してYoutubeか何かで見れないかと思って必死で探したわけですが、見つからなかったわけです。真面目にこの一番はある意味で歴史に残る一番だからNHKさんもケチケチせずに無料公開してもらいたいものです。

日本人の「無」に対する信仰

 前に書いた「仏教は宗教なのか?」の記事で島田裕巳氏の著書「無宗教こそ日本人の宗教である」を紹介しましたが、実はこの本を読んで前回記事のようなことに加え、またちょっと妙なことを思いつきました。結論からパパッと書くとそれは、日本人はどこか「無」という概念に対して信仰めいたものを持っていないかといことで、今日は暑くて外出る気しないのでその辺を書こうかなと思います。

 まず「無」とはなんぞやですが、深く議論すると禅問答みたいに答えがでなくなってしまうので一般的な定義を述べると、「空っぽ」や「まっさらな状態」といったところでしょう。一体これがなんで日本人の信仰と関係あるのかですが、あくまで私の印象ですが日本人はやたらと心理的な状態を「無」にすることが理想であるような言い方をする傾向が感じられます。 

 具体例はいくつもあり、一般的なものだとテストやスポーツの大会などでは平常心を持つこと、さらには余計なことを考えないようにするべきだと教えたり、武芸においては剣道において顕著ですが、「無念無想」という状態を理想においております。無念無想についてもう少し書くと、私が聞いた限りでは剣豪の塚原卜伝がある日に突然襲ってきた敵に対して思考する間もなく反射的に刀を抜いて斬り倒した際、剣の極みとは何も思考せずとも体が反応して動く、つまり反射的に斬り返せる状態を理想と捉えたのが始まりらしいです。
 こうした競技などの面に加え、日常生活においても無の心は理想とされがちです。これは仏教の修行でまた顕著ですが、慌てないというか心を動じさせない事を是としています。人の生死において「無常観」という言葉を使って感情を出したりせず、自然の摂理だと考え受け入れる価値の重要性がよく説かれています。

 そしてここが最も根本的な所ですが、日本人は数ある仏教経典の中でも般若心経がやたら好きで、その中でも「色即是空、空即是色」という、「この世の中で目に見えるものはあってないようなもの」という意味の言葉を多用する傾向があります。私が不勉強なだけかもしれませんが同じく仏教の影響が強い中国でこんな言葉が使われるシーンは見たことがなく、般若心経がこれほどまで大事にされるのは仏教というより日本人のメンタリティにあるのではないかと言いたいわけです。そしてそのメンタリティこそ、「この世の理というのは実は無なんだ」という、「無」を価値あるものとして信仰するところにあるのではないかと何故だか思いついたわけです。

 以上のようなことを友人に話してみたところ、「花園君、なんか疲れてない?(;´Д`)」と、マジな感じで心配されてしまいましたが、私はやっぱり日本人にはどこか虚無主義(ニヒリズム)的な思想があるような気がします。本音と建前を分けられたり、本音をなかなか出そうとしなかったり、無駄だとわかっていることを誰も止めないからみんなで続けてしまうところだったり、そういうどこか現実というのは実は存在感がない、果てには自分の心理すらも実は価値がないとでも言わんかのような行動がやや見受けられるのもこの辺にあり、そして日本人自身もそうした「無」に対して憧憬めいた意識を持っているように思えます。

 恐らくですが、私は日本人の中でも数少ないと言ってもいい「頑張れば自分一人であっても世の中は変えられる」と本気で信じている人間の一人です。逆を言えば大半の日本人は自分一人では、下手すれば大勢であっても世の中は変えられないと考えているように私には思え、何故そう考えるのかというとここで書いた「無」の思想が影響しているのではないかと思うわけです。こんな書き方をしていますが私は「無」への信仰を全否定するつもりはなくこれはこれで面白いメンタリティを形成しているなと認めますが、もっと突き詰めてこの辺りの思想を研究したら日本人の行動様式とかもあれこれ考えなおせるのではないかと思うのと同時に、「無」の影響がやや弱い自分だからこそこんなことに気付いたんじゃないかというのが今日の私の意見です。といっても、友人たちからはよく「花園君はヒロイックな破滅願望が高い」とも言われているのですが……。

  おまけ
 今回の記事ではやたらと「無」という言葉を連発しましたが、書いている最中に何故だかゲームのファイナルファンタジー5に出てくるエクスデスというキャラクターを思い出し、彼が言った「無とはいったい、うごごご……」ってセリフまで浮かんできました。ほんと、無ってなんなんだろうねと自分も言いたいです。

2013年8月9日金曜日

派遣社員の雇用義務化について


 最初にまた本題とは関係ありませんが、朝ドラ「あまちゃん」のテーマ曲に反応するというこの猫の動画が面白いので紹介します。ここで貼りつけた動画は第一弾ですが、現在第七弾まで公開されており、順を追ってみれば見るほどに面白いです。ちゃんと毎朝反応するのがツボです。

 そんなわけで本題に移りますが、このところ派遣社員に関する法令の改正が起こっているようなので、ちょっと前から思っていることを書こうかと思います。


 あまりほかの媒体で見かけないニュースなのですが、なんか派遣社員を5年以上雇用し続けた場合、その派遣社員を正社員として雇用する義務を課すよう労働法が改正されたそうです(前は3年だったような?)。上記リンク先ではこの改正について色々な方が意見を出しているのですが、その中のいくつかに「5年以上で義務化としたら、義務化となる直前に雇止めにしたりするケースが増えるだけで何も意味がない」という意見も見受けられるのですが、私個人としても同じような意見を持っております。

 今の日本の労働法というか政治家たちはなるべく労働者を正社員化するように法令改正を進めておりますが、日本の企業経営者たちのベクトルはまるで逆で、非正社員を増やそうとしているのが現状です。理由はいくつかありますが、一部で言われているような「日本では正社員の解雇が難しい」という意見に対しては疑問符がつくものの、最大の要因はなんといっても人件費の増大とリスクヘッジにあるでしょう。
 じゃあどうすれば正社員を増やせるのか。はっきりここで申し上げれば数年以上の雇用で正社員化を義務化するよりも、派遣社員の待遇条件を大きく引き上げる事の方が直接できていいと思います。それこそ保険や年金などの支払いを全額企業負担としたりして、「こんなに払うくらいなら正社員にした方がいい」と思うくらいの待遇を義務化すれば正社員化が進むでしょう。

 と、ここまで書いて勘のいい人ならわかるでしょうが、仮にこのように派遣社員の待遇を引き上げれば本末転倒な事態に陥ることも目に見えています。本末転倒な事態とは何かというと、雇用の減少、つまり派遣社員の待遇が引き上がるなら雇用人数を減らしてしまおうとする今日が増えると予想されるという意味です。
 そもそも派遣社員というのは企業の雇用負担を減らす代わりに雇用の口を広げる、つまり労働者への職を増やすという目的でできた制度です。そのため待遇を改善しようとして間口を狭めては本末転倒もいい所で、極端な話、派遣の需要を減らしてでも正社員化を進めるくらいなら何も買えない方がいいと私は考えています。

 むしろ、私がここで主張したいのは日本の正社員の待遇をもっと引き下げるべきだという点です。あれこれ経験してわかりましたが日本の制度は保険や年金など世帯主が正社員であることを前提に作られているため、正社員でなければいろいろな面でデメリットというか面倒な手続きと費用負担が増えるという傾向があります。それこそ失業するとこれらの費用は全額自己負担となるため、お金を大事に使わなければいけない時にもかかわらず支出が増えるというかなりジレンマな事態に陥りやすいです。

 それであるならば正社員の特権を減らすというべきか、もっと社会保障などを流動的な雇用に合わせた制度へ根本的に改めるべきだと考えています。具体的には健康保険や年金は完全個人負担で企業には介在させない。特に年金に関しては未だに火を噴いていることは百も承知ですが、受給するのに必要な加入期間が20年というのは他国と比較しても異常に長すぎるきらいがあり、これを10年程度に短縮するべきではないかと思います。そうすれば、支給額も減らす言い分になるし。

 最後に日本の雇用についてもう少し述べると、欧州諸国と比べて日本はまだ経済が動いているために雇用はまだ恵まれている方だと思います。ただ世間というか社会が制あkつ水準の低下をまだ受け止められていない、昔みたいにマイホームやマイカー持ってな生活に対するあきらめが出来ていないため、誰も得をしていないのにみんなで損をしあっているような気もします。そんな日本人に言いたいことを一つだけ述べると、「一億総下流」みたいなスローガンを流せばもっと幸福感を感じれるかもしれないよってことです。

2013年8月8日木曜日

全米球団の永久欠番「42」の来歴について

 最近アメリカ史のいい本をブックオフで購入して読みふけっているのですが、その中で全メジャー球団の中で永久欠番となっている「42」という数字と、その背番号をかつて背負ったジャッキー・ロビンソンという選手について書かれてあり、素直な気持ちで面白いと思ったのでこのブログでも紹介しようと思います。

 野球を知らない方に向けてあらかじめ説明すると、どのチームのプロ野球選手も試合に出る際にはユニフォームに背番号を背負って出場しますが、チーム内で大活躍した名選手に対して敬意を持つという目的から各チームで一部の背番号はその選手の引退後、使われずにおかれることがあります。日本のプロ野球で代表的なのは巨人の王貞治氏の「1」、長嶋茂雄氏の「3」、西武だと故稲尾氏の「24」などがそのような扱いとなっております。

 それで今回紹介する「42」。これはメジャーリーグのドジャースでプレイしたジャッキー・ロビンソンの背番号です。一体何故この番号が永久欠番となっているのかというと、シーズンMVPにも輝いたことのあるロビンソンの実績以上に、彼が近代メジャーリーグで初めての黒人メジャーリーガーだったことからです。

 まずあらかじめ書いておくと、メジャーリーグ初の黒人選手だったのはモーゼス・フリート・ウォーカーであって、ロビンソンではありません。ウォーカーについて少し書くと、彼が出場したのは1884年で捕手として出場しましたが、人種の壁はロビンソンの時代より高く、チームメイトからは投球のサインを受け取ってもらえずシーズン最多の捕逸を記録するなど満足に活躍することはできませんでした。翌年からはマイナー球団を転々としましたが、とうとう再度のメジャー出場は叶いませんでした。

 そんなウォーカーに続く第二の黒人メジャーリーガーであるロビンソンは1919年の生まれです。当時もメジャーリーグには白人しか出場しておらず、黒人選手は二グロリーグという別枠のリーグでしかプレイすることが出来ませんでした。
 ウォーカーの兄はベルリンオリンピックの200メートル走で銀メダルに輝くなど彼の家はスポーツ一家で、ロビンソンもその才能を受け継ぎスポーツ推薦を受けて大学に入学します。ただ中途で退学した後は一旦就職し、二次大戦の開戦と共に徴兵を受けますが、配属された基地内ではやはりというか人種差別が付きまとったことからこちらも途中で除隊します。

 除隊後、二グロリーグでプレイしていた彼に目を付けたのが、ブルックリン・ドジャース(ロサンゼルス・ドジャース)のブランチ・リッキー会長でした。彼は優秀な選手という触れ込みで視察したロビンソンを見初め、彼に対してあらゆる差別や批判を耐え忍び、やり返さない覚悟を説き、それに応じた彼をドジャース傘下の3A球団、モントリオール・ロイヤルズに入団させます。
 こうして迎えた1946年のシーズン。ロビンソンの出場に対して対戦球団からは様々な抗議が寄せられましたがそうした声にロビンソンはあくまで静かな態度を取り続け、そのシーズンでは球団新、リーグ最高となる打率349、113打点という恐ろしい成績を打ち立てます。この年にチームは優勝を果たし、観客動員数も過去最多を記録したそうです。

 そしていよいよ翌年の1947年。満を持してロビンソンのメジャー昇格が球団から発表されるや他の全球団は揃って彼の出場に反対の意向を示し、対戦拒否すら示す球団もありました。ただ当時のメジャーコミッショナーが出来た人だったのかドジャースの支持に回り、当のドジャース監督もロビンソンの起用は必要であれば使うのみと言い切り、彼の出場への舞台が整えられていきます。もっともチーム内では反発の声が依然と大きく、数人の主力選手がトレードを志願して他球団へ流出する事態にも発展しています。

 そして開幕戦の4月15日。この日の観客はロビンソンを見ようと半数以上を黒人が占められるなか、前述のウォーカー以来となる黒人のメジャー出場をロビンソンは果たしました。ロビンソンはこの年も優秀な成績を収めチームに貢献し、また球場の内外から飛んでくるヤジや侮蔑に対して目立った反応はせず紳士的な振る舞いを続けたことから次第に世論を味方につけ、最初は毛嫌いしていたチームメイトたちも彼を信用するようになっていったと言われております。
 そしてロビンソンは同年、この年から始まった新人賞を初めて受賞することとなります。こうしたエピソードからメジャーリーグの新人賞は別名で「ジャック・ロビンソン賞」と言われております。

 その後、ロビンソンは1956年までプレイしてこの間に首位打者、盗塁王、MVP、そしてチームのワールドチャンピオンという各タイトルを取得します。現在においても彼の評価は高く、彼がいなければメジャーにおける黒人選手の出場はずっと遅れていたと言われるとともに、初の黒人選手としてまさに手本となるほどフィールド上で紳士的な人物だったとして、同時代の野球以外のスポーツ選手からも多大な尊敬を集めました。
 こうした一連の功績から彼の付けていた背番号「42」はメジャー、マイナーを含む全米球団で永久欠番となっており、さらに4月15日は「ロビンソンの日」として今に至るまでその功績は語り継がれております。

 私の方からもう少し付け加えると、ロビンソンを使った球団がドジャースだったことが印象的に思えました。知ってる人には早いですがドジャースはあの野茂秀雄氏を獲得し日本人のメジャー進出の道を作り、その後も数多くの日本人選手を積極的に採用することで有名なだけに、この球団は昔からフロンティアを開拓する球団だったのだと妙な尊敬の念を覚えました。

 あと今回の記事を書こうと調べているうちに知ったのですが、なんでも今年4月に「42」というまさにこのロビンソンを題材にした映画がアメリカで公開されていたそうです。日本では11月に公開される予定なので、差別と偏見に敏感なこの頃だから折角なので見に行こうかなと考えています。

2013年8月7日水曜日

日系企業の面白い中国法人名

 今日は久々にコラムがてらに、日系企業の中国法人名の中でも特に面白いものを私なりにセレクションしてみようかと思います。

 皆さん知っての通りに中国は漢字の国で、外資系企業であっても漢字名を付けなければなりません。ちなみに個人でも同様で、欧米人も色々な登録をする際に漢字名を充てられます。日系企業の場合、元々が漢字名の会社であればそのまま通用することが多くて「○○(中国)有限公司」って形で登録することが多いのですが、カタカナの名前の会社だとこうも行かず、各社でそれぞれアレンジを効かせた名前となるわけです。

 アレンジの仕方としては発音に合わせて中国語で同じ音の漢字を使うやり方と、その言葉の意味から充てるやりかたの二つあるのですが、前者よりも後者というか、結構ギョッとする名前が多いのでその辺を中心に紹介していきます。

1、兄弟(中国)商業有限公司(ブラザー工業)
 あまりにもストレートというべきか、一瞬「あれこれ何の会社?」って思ってしまう会社名です。っていうか、普通に中国ローカル企業の名前であってもおかしくない。なおブラザー工業はほかにも中国法人を持っていて、「兄弟机械商業(上海)有限公司」とか「浜江兄弟軟件(杭州)有限公司」など、なんていうかこの際だから日本の法人名も「兄弟工業」にしてもいいんじゃないとか思ってしまいます。

2、松下電器(中国)有限公司(パナソニック)
日本の法人名は変わっても、中国法人名はそのままという例です。今更変えるのもあれだし仕方ないと思うけど、将来の日本人がこの名前を見てどんな反応するのか、松下という名前の意味が分かるのかが気になります。

3、電装(中国)投資有限公司(デンソー)
 この会社に言えることは、日本法人名より中国法人名の方が何作っているかわかりやすいっていう点です。変にカタカナにする必要あったのかな。

4、愛信精機(中国)投資有限公司(アイシン精機)
 同じくトヨタグループ、っていうかトヨタ四天王(残り二つは知らんが)。こっちは日本法人名でも中国法人名でも何作っているかわからない名前です。あと「愛信」ってみると一字違うが「愛新覚羅溥儀」が頭に浮かんでくるな。どうでもいいけどプレスリリースに対する電話取材で明確に対応の悪い会社の一つですここは。

5、富士通将軍(上海)有限公司(富士通ゼネラル)
 今日の記事を書くきっかけとなった会社です、私はかねがね「富士通ゼネラル」のゼネラルは総合とかそういう意味だと思ってたのですが、まさかまさかで「司令官」のほうだったとは、しかも中国語訳に敢えて「将軍」とつけるあたり、なかなか風流人です。ぶっちゃけたところ、最初この会社名を見た時は中国企業との合弁かと思いました。

2013年8月5日月曜日

書評「楊家将」&「血涙 新楊家将」

 日本で中国の小説と言ったら一に西遊記、二に三国志、三に水滸伝といったところで、あと金瓶梅とか封神演義が続く者かと思います。ただこれ以外にも中国国内で有名な古典小説はほかにもあり、私自身もそれほど読んではいないのですが、中国で代表的な戦う女主人公こと「十三妹(シィサンメイ)」が活躍する「児女英雄伝」や、こっちはテレビドラマが有名ですが中国版大岡越前が活躍する「包公故事」などあり、今日紹介する書籍の下地である「楊家将演技」というのもその一つです。

 楊家将演技というのは書いて文字の如く、北宋の時代で武官だった楊一族が燕雲十六州を保有する遼との戦争において、時には大勝し、時には傷つき、時には裏切られるという軍記物の小説です。はっきり言って日本国内での知名度は無きに等しく楊家将演技と聞いて反応できるのは相当な中国古典マニアくらいだったのですが、ハードボイルド、歴史小説で有名な北方謙三氏が数年前に小説化したことで、日本で初めてといっていいほどに日の目を浴びました。
 北方氏はタイトルにも掲げている「楊家将」、そしてその続編である「血涙 新陽家将」というタイトル(それぞれ上下巻)で小説を発表しましたが、この本を私が知ったのは、口を十秒間閉じ続けることがまずないある先輩から教えてもらったことがきっかけです。あの楊家将を日本で小説化されているとは知らなかったために最初驚き、かつ前から興味があった内容だったことから早速電子書籍で購入して読んでみましたが、文句なしに推薦できるいい小説でした。

 細かい感想を述べる前に当時の中国の状況を簡単に説明すると、10世紀に(北宋)が成立するまで中国は各地で軍閥が乱立して戦国時代のような様相を示しており、さらに北方からは異民族が進出してくるなどてんやわんやな状態でした。そんな時代に後晋という国が北方異民族の契丹族と手を組んで成立したのですが、この時の協力の見返りとして現在の北京市を含む、万里の長城を超えた領土を契丹属に割譲しました。この割譲された地域のことを燕雲十六州と呼び、契丹族は「遼」という国名を掲げてこの地に住む漢民族を支配するとともに領土を保有し続けておりました。
 割譲から少し時代は流れてようやく宋の初代皇帝である趙匡胤が中国をほぼ統一するのですが、燕雲十六州だけは遼の抵抗が激しくとうとう奪還することが出来ず、それどころか逆に散々に打ち負かされることが多かったために最終的には宋が遼に毎年贈り物を送ることで互いに戦争をしない不可侵条約、「澶淵の盟」が結ばれてひと段落するわけです。まぁその後に色々あって奪い返すんだけど、それはまた別の機会にでも。

 「陽家将」というのはこの宋と遼との燕雲十六州を巡る戦争の軍記小説なのですが、北方氏は元々のオリジナルを大胆に脚色しているとのことで、原作には登場しない人物も多数出てきます。そうした脚色以上に北方氏の小説で私が注目したのは戦争時の描写で、流れるような文章でかつ躍動感の伝わる素晴らしい出来となっております。特に中国北方、それも漢民族VS契丹族の戦争であることから騎馬隊の戦いがメインで、その騎馬隊の運用から指揮、訓練の場面まで事細かに書かれてあり、ほかの歴史小説と一線を画す戦いぶりが見事と言っていいほど描かれています。

 さらにそうした描写に加えてですが、北方氏の小説では原作でも主人公である楊一族の棟梁、楊業が「楊家将」で主人公を務め、彼が死んだ後の「血涙 新楊家将」では宋で武将となる楊業の六男と、記憶を失って何故か遼で将軍となった四男が主人公挌で話は進んでいきます。こうした楊家のキャラクターはそれぞれ個性があってとても魅力的なのですが、残念というかなんというか、あるキャラクターにすべての魅力が食われてしまっているというのが実情です。

 そのキャラクターというのも、遼の将軍である耶律休哥(やりつきゅうか)という人物で、ちょっと調べてみたら楊業とともに実在した人物でした。北方氏の小説ではこの耶律休哥というのが異常なまでに戦争で強く、なおかつ一切油断もしなければ部下にも厳しく妥協もしない、まさに戦場の鬼と呼べるような無茶ぶりなキャラクターです。
 その妥協なき姿勢+異常な強さだけでも十分魅力的ですが、何の縁というべきか記憶を失った楊業の四男を部下にして指導することとなり、彼に段々と父親めいた感情を持ち、四男も同じように慕っていく過程がその人物像に深みを与えています。もっとも父親と言っても異常なまでに厳しいので星一徹みたいな親父となっておりますが。

 なわけでこの小説のタイトルは「楊家将」というよりも「耶律休哥」にしても良かったのではないかと思う出来栄えです。ただ内容自体は最初にも述べたようにしっかりした出来で本気で太鼓判押せるので、興味がある方はぜひ手に取ってみてください。

   

2013年8月4日日曜日

韓国の近現代史~その二十一、金泳三政権時代

 このところテンションが落ちてて更新頻度が落ちておりますが、まだ一応気力は保っております。色々プライベートで立て込んでいるのはもとより、また妙なサイトを作り始めたというのが主な理由です。

 話は本題に入りますが、また韓国の近現代史の連載です。前回ではソウル五輪を目の前にして軍事政権が民主派勢力との妥協を行ったことから大統領の直接選挙制、そして民主化の実現に至るまでの流れを書きましたが、今回はこうした流れを受けて成立した金泳三大統領の時代について紹介します。

金泳三(Wikipedia)

 先に一つだけ書いておくと、韓国の大統領経験者はその誰もが在任中に暗殺されたり亡命したりして、退任後も在任中の不正疑惑について追及を受けて投獄されたりなどとあまりいい晩節を送ることがありません。極めつけは二代前の盧武鉉元大統領で、この人に至っては捜査が進められていた最中に自殺しています。ただそんな韓国大統領の中で今日紹介する金泳三は例外的で、今の所は特別な背任容疑などで捜査を受けることもなく無事に生きております。なんでもないようなことが幸せなんだと思う生き方です。

 そんな昔の歌のフレーズを口ずさみつつ解説を始めますが、彼の来歴を簡単に説明すると軍事政権時代から金大中と共に一貫して民主化を主張し続け活動してきた政治家です。ただ政治スタイルは同じ民主派でありながらライバルでもあった金大中が原理原則を重視する立場であったのに対し、前任の盧泰愚政権時代には連立政権に参加するなどやや現実的な政治スタイルを実行していたように私には思えます。その上で金銭に関しては非常にきれいだったというか、大統領に就任するや余計な経費を大幅に削減し、汚職に対して厳しい捜査で臨み官僚や裁判官、警察官僚を片っ端から辞任させるなど清廉な姿勢をみせております。
 また盧泰愚や全斗煥といった軍事政権下の大統領経験者に対しても厳しい姿勢で臨み、両者ともに在任中の政治弾圧や贈賄といった容疑で逮捕し、全斗煥に対しては死刑判決まで下りております。ただ韓国でよくわからないと私が思うところなのですが、全斗煥は後の金大中政権下で特赦を受けて死刑執行を免れております。他にも特赦を受ける人が韓国ではやけに多いのですが、司法制度として如何なものかと外野にいながらですがよく思います。

 話は戻りますが、こうした過去の清算と政治改革を進めるとともに金泳三政権が手を付けたのは韓国経済のグローバル化推進です。私はてっきりこの後に起きるアジア通貨危機を経て韓国はグローバル化に邁進したかと思っていたのですが、実際には金泳三政権下で米国流に習う形で進められておりました。
 その成果というべきか、今の時代では死語ですが当時は「アジアNIEs」の一角に数えられただけあって下記の通り非常に高いGDP成長率を記録しております。

<韓国の90年代のGDP成長率>(引用元:世界経済のネタ帳
1990年:9.30%
1991年:9.71%
1992年:5.77%
1993年:6.33%
1994年:8.77%
1995年:8.93%
1996年:7.19%
1997年:5.77%
1998年:-5.71%
1999年:10.73%
(金泳三の大統領在任時期は1993年2月から1998年2月まで)

 見てみればわかる通りに、金泳三時代には8%超の成長率も記録しており去年の中国のGDP成長率より高かったりします。ただ退任直後の98年は前年に発生したアジア通貨危機によって一転してマイナス成長を記録しており、この遠因は金泳三が推し進めたグローバル改革が影響しているとの意見も少なくありません。

 こうした経済政策のほかに彼の在任中の大きな出来事を語ると、外交においては北朝鮮で金日成が死去して金正日が正式な指導者に交代し、一時緊張が高まりました。また対日外交に関しては今も続くように、恐らく国内政策のために対日批判を行っておりますが、日本の記者団とは日本語で取材に応じるなど一応表と外は分けてくれていたそうです。
 最後に金泳三の現在の韓国国内の評価ですが、やはりアジア通貨危機を招いた張本人であるとして高くないそうで、これに関しては私も批判されざるを得ない失政だったと思います。ただこの後の民主派大統領の金大中、盧武鉉に比べると時代に恵まれたということもありますが、比較的無難な政治運営だったとして大統領としての能力についてはそこそこまともだったのではないかとも考えています。

 そんなわけで次回はいよいよというか、現代韓国を語る上で切っても切れないアジア通貨危機とIMF事態を紹介します。

2013年8月3日土曜日

麻生副首相のナチスに学べ発言について

 久々の更新ですがこれまた久々に意見が求められそうな政治話題が出来たので早速書いてみようと思います。

 既に報道などで皆さんも知っていられるかと思いますが、麻生副首相が憲法改正手続きについて、ナチスが知らない間にそっと変えていた手法を学ぶべきだなどという趣旨の発言をしたとして批判が集まっております。麻生副首相としては発言を撤回するとともに学ぶという意味ではなかったという弁明をしておりますが、私個人としては文章そのままの意味で、あまり目立たず騒がず国民に気付かれないようにそっと変えてしまおう、そうナチスの様にで間違いないと考えております。

 この発言は日本以上に海外での反応我凄まじく、ユダヤ人団体から抗議が来ただけでなくドイツなどからも非難されているそうです。改めてナチスに対するタブー性に驚くとともに、こういう事態を想定できなかったのかと麻生副首相に対して毎度のことながらげんなりします。
 何気にこの前、言った本人である自分が忘れているのに親父から、「お前が昔言った通り、麻生には本当に思想がないんだろうな」と言われたことを思い出しました。なんていうか未だにこれという政治原則がこの人には見えず、私としては評価できない人物です。

 話はナチス発言に戻りますが、私が今回の失言で注目したのはその内容よりもその時期です。というのも自民党は先月の参院選で大勝しており、その直後の記事でもこの大勝で自民党は気が緩むのではないかと書いておりますが、今回の失言もまさにその気が緩んだタイミングだったからこそだったと思います。むしろ失言メーカーの麻生副首相が組閣からこれまで失言がなかった方が珍しく、個人的にはよく我慢したなという気がしてなりません。
 ここまで書けばいいたいこともわかると思いますが、今後自民党議員や閣僚の間で失言がどんどん増えていくのではないかと予想します。これから約3年間は選挙がありませんし、何をどうしたところで自民党の議席におけるイニシアチブは動かず、それを勘違いした議員らもどんどん出てくることでしょう。皮肉な話ですが、失言さえなければ、何も問題さえ起こさなければ評価されるのが今の日本政界です。

 そういうわけで今の自民党議員、とりわけ麻生副首相に対してはナチスではなく、失言や失策によって崩壊し解党寸前の状況に追い込まれている今の民主党を学んでもらいたいのが私の本音です。学ぶべきものというのは勝者以上に敗者において多分に含まれていると思えますし。

2013年7月30日火曜日

東アジアカップ男子日韓戦のサポーター問題について

 コメントの方でリクエストが来たので、今日は先日行われたサッカー日韓戦においてのサポーターの行為について私の所見を述べようと思います。

「日本だって旭日旗掲げた」、韓国の反論に中国ほぼスルー、一部批判も=サッカー東ア杯―中国版ツイッター(レコードチャイナ)

 事の内容は上記リンク先の記事に詳しく載ってありますが、試合が行われている最中に韓国人サポーターが会場で「歴史を忘れた民族に未来はない」と書かれた横断幕を掲げたそうです。一方、同じ試合で日本のサポーターからは旭日旗が掲げられたとされ、どちらも政治的なアピールを禁止したFIFAの規定、精神に反するとして日韓双方がお互いに揶揄する事態となっております。
 あらぬ方向からの批判を避けるために念のため先に書いておきますが、旭日旗を振った団体については特定の政治団体だとの声が一部ありますが、少なくともはっきりした確証がないと思えるのでこの点についてはこの記事で無視します。なくったって話は進められるし。

 まずこの問題で私が言いたいことは日本側の報道についてです。敢えて引用記事をレコードチャイナから持ってきましたが、その理由というのも日本側サポーター、韓国側サポーター両方の行動をきちんと書いていたからです。現在においてはちゃんと双方について書く記事が増えておりますが、試合直後においてはやはり韓国側サポーターの行動しか書かない記事が日系メディアに多かったような気がします。色々と言い分はあるでしょうが、私としてはやはり双方のサポーターの行動を並列して書くべきだったのではないかという気がします。

 次に日本側の旭日旗についてですが、韓国側、ひいては中国側からすれば旧日本軍のシンボルであり侵略国家を連想させるものだとしてよく批判されております。これに対し日本の論者たちは旭日旗は軍旗としては明治の頃から採用されており二次大戦時の日本軍の行動だけで侵略の象徴とされるいわれはない、また現在の自衛隊も使っており特別な政治意図のある意匠ではないなどと反論が出ております。
 私個人としては旭日旗が問題のある意匠かどうかについてはっきりとこうだと線引きする根拠は持っておらず、またそういう立場にある人間ではないと自覚しております。もっともどう言い繕っても韓国や中国は批判を続けるでしょうし、日本側も反論を続けるでしょうからこの議論に終わりはそうそう来ないでしょうが。

 ただ今回のサッカーの試合に限って言えば、「旭日旗を振る必要はあったのか」と言えばはっきりと必要なかったと私は思います。旭日旗が韓国側サポーターを刺激することは考えればすぐわかる上にFIFAの精神にもはっきりと反します。また旗を振りたいのであればどうして普通の日の丸の旗を振らなかったのか、普通の日の丸では何か問題あるのか、日の丸を堂々と振って日本の選手を応援することを何故行わなかったのかで疑問符が付きます。旭日旗を振ることで日本の選手への特別な応援になるとも思えませんし。

 韓国の横断幕についても同様です。歴史問題がサッカーの試合と関係あるかと言ったらはっきり言ってないし、むしろ関係づけてはなりません。そういう意味では双方のサポーター共に選手たちの立派な試合に水を差しただけで、彼らはサッカーを馬鹿にしているのではないかと幾分苛立ちを覚えます。
 その上で日韓双方のサッカー協会にはこうした行為を自重するようもっと呼びかけてもらいたいのと同時に、選手たちにもっと注目するよう訴えてもらいたいです。サッカーの主役は言うまでもなく選手であってサポーターはやはり脇役です。今回の試合においては脇役の方ばかりが目立ってしまい残念この上なく、こういう事を繰り返しては本当にもったいない気がします。

 最後にこのところ多く出ているヘイトスピーチの問題について一言述べると、中国はともかくとして日本と韓国は互いに弱ってきているのではないかと思う時があります。というのも国として勢いがある状態だと他国に悪口言われてもあまり気にしない傾向があるように思えるのですが、このところの日本と韓国は売り言葉に買い言葉というか、互いに相手が自国を非難したことを大きく取り上げる傾向がある気がします。
 日本人は空気を読めない人間をとことん嫌いますが、私個人としては空気を読まない人間の方が強いように思え、多少批判されようが「それで?」と言い切ることが本当に強い態度だと思えます。然るにこのところの日本の世論を見ていると聞き流す余裕がやはり薄れているように見え、韓国も同様で、唯一中国に関しては以前と比べて外国人アレルギーが弱まってきたというか、外からの批判に対する余裕が前より感じられるようになってきました。といっても中国もまだまだすぐカーッとなって逆批判するところもあるけど。

 相手が間違っていることを言っていたらそれを正すのは当然です。ただ正す際の感情の起伏、態度にはその時々の余裕がはっきりと表れるもので、そうした余裕を空元気でもいいから日本も意識するべき時期に来ているのかもしれません。

2013年7月29日月曜日

サイバー部隊の重要性

 先日、うちの親父と戦争と経済学について話をしていた際に相手通信網を遮断する価値についてあれこれ意見が出てきたので、今日はその辺をメモ代わりに少しまとめて置こうかと思います。

 まず大きな前提として仮に今現在の技術力で大国同士が戦争をする場合、インターネットを始めとした通信網を破壊することが戦闘を起こした国にとって最初の目的になるかと思えます。というのも今の時代、ミサイルから各種火器まで衛星を利用した通信技術が当たり前のように搭載されており、通信網を破壊することによって完全にとまではいかなくとも一部を無力化することが出来ます。なので極端な話、米中が戦争を始めたら中国なんかまず最初に米国の衛星を破壊してくるかもしれませんし、場合によってはネットも見られないようにするため海底ケーブルも切断してくるかもしれません。

 とはいえ、仮に海底ケーブル切断みたいにネットインフラを破壊した場合、経済的にも社会的にも大きな混乱が起こることは間違いありません。鎖国している国ならともかく多国籍企業がどの国にもいる今の時代、戦争をやってる傍から国内の経済が混乱しては戦争を継続することも出来ないため、インターネットに関しては開戦前の条約でお互いにケーブル破壊などの手段は講じないように取り決めが交わされる可能性があります。仮にそうなった場合は米国は中国、中国は米国のネットとアクセスし続けられるのですが、そうなるとやってくるのは中国お得意のサイバー部隊です。

 サイバー部隊の提議は色々ありますがここでは単純なものとしてハッキングしてあれこれ邪魔をする部隊を指します。ネットを物理的に破壊できないとなるとサイバー部隊によって常に相手の通信を妨害することが非常に重要になるため、下手したらサイバー部隊の質で戦況が変わってくるかもしれません。もちろん攻撃だけじゃなく防衛にもサイバー部隊が必要となるのですが、通信妨害が激しくなってきたら案外、昔みたいにモールス信号とかが大活躍したりするかもしれません。

 あともう一つ気にしておく点として、米中間で戦争が起きた場合は主要兵器はミサイルと共に潜水艦が大活躍する気がします。戦場となるのは太平洋上である可能性が高く、普通に軍艦飛ばすよりも米本土、中国本土に潜水艦からミサイル打ちまくるのが緒戦の様相でしょうし、潜水艦の質で意外と勝負決まったりするかもしれません。

年金支給年齢は引き上げるべきなのか

 なんかやる気ないですがまだササッとかける話題だと思うので、年金支給年齢について私の意見を書こうかと思います。結論から述べると、私は今政府が検討している支給開始年齢の65歳から70歳への引き上げには反対で、むしろ元の様に60歳へ引き下げるべきだと考えています。無論これだと社会保障費用の負担が大きく財政が持たないので、支給額は大胆に引き下げることが条件となります。

 一体何故引き下げるべきだと主張するのかというと、単純に雇用の問題です。現在企業は政府などによって従業員を定年である60歳を過ぎても年金が支給される65歳まで雇用するように求められておりますが、これによって割を食うのはいうまでもなく新規に労働者となる若年層です。60歳以上の方の雇用が守られれば守られるほどパイは小さくなり若年層への雇用は減少することが火を見るより明らかで、現実にそのような声をよく聞きます。
 一方で、雇用を延長した壮年層は企業に貢献できるのかと言ったら果たしてどんなものかという気がします。もちろんバリバリに役に立つ人はいるかと思いますが、単純にITリテラシー一つとっても若年層の方が幅は広いですしその上、海外の大手企業の経営者を見てみると40代で立派な仕事をしていたりするのをみるにつけ、日本では年功序列の壁に阻まれて才能にあふれた人が経営に関われない側面もあるように思えます。

 以上のような考え方から、社会のセーフティネットを広げるというよりは社会の活性化を促すためにも支給年齢を引き下げるべきだと私は主張します。ただこの場合、既に書いてある通りに支給額は大幅に引き下げる必要があります。しかし長期的に見るならば現在の制度は破綻するのは火を見るより明らかで、それであるならば恒久的に維持できる制度に今変えるべきで、そうした決断を政界に期待します。

2013年7月28日日曜日

平成史考察~イラク日本人人質事件(2004年)

イラク日本人人質事件(Wikipedia)

 この平成史考察もかなり久々の執筆となりますが、思うところがあれこれあるので今日は2004年にイラクで起きた日本人人質事件について書いてみようと思います。

 まず事件のあらましを簡単に説明すると、前年に起きたイラク戦争において米国の勝利が早々に決まり、各国の関心はその次の占領政策をどうするかに注目が集まっておりました。この占領政策において日本は当時の小泉首相の強い主導のもとに自衛隊をイラクに派遣しましたが、これに対して反米イスラム原理主義者などは米国に協力する国もテロ活動の標的すると発表し、その標的の中には日本も含まれておりました。

 こうした情勢の中、イラク現地で外務省が出していた渡航自粛勧告を無視してイラクに入国した日本人三人(男性二人、女性一人)が現地武装勢力に拉致され、人質となっていることが犯人らの犯行声明で明らかとなりました。犯人らは自衛隊のイラク撤退を要求し、聞き入れられなかった場合は人質を殺害する方針も出しておりましたが当時の政府はこの要求を拒否。人質の安否が気遣われておりましたが最終的には地元有力者による仲介を受け犯人は人質を解放したことで、事件はひとまず落着しました。なお事件は発生から何か進展があるたびに大手新聞社は号外を出し、当時の号外発行回数が異常に多かったのは豆知識です。
 ただこの事件は人質が解放されてからがある意味本番だったともいえる事件で、解放された人質三人に対して世論は軽率すぎる行動だとして大きなパッシングが起こり、危険な所に自ら飛び込んで人質となるのは自業自得だとする、所謂「自己責任論」という言葉が流行して大きな議論となりました。

 最後に書いてもいいのですがなんでこの事件を今日取り上げようかと思ったのかというと、このところ私のブログで「平成史考察~玄倉川水難事故(1999年)」のアクセスが非常に増えているからです。夏場の事件だし思い出す人がいて検索をかけているのだろうと思いますが、私はこの記事で、今思い起こせば注意や勧告を聞き入れずに遭難する人は自業自得なのだからわざわざ救助するべきではないという、自己責任論の端緒とも言える世論が出始めていたと指摘しておりますが、それが花開いたというのがまさにこのイラク日本人人質事件だったと思うからです。
 また先日、芸能人の辛坊治郎氏がヨットでの太平洋横断中に遭難して救助された際も同じように自己責任論が飛び出し、辛坊氏は救助費用を自己負担するべきなのではないかという意見も出ており、ちょっとこの事件を振り返ってみようと思ったからです。

 改めてこの事件が起きた当時の状況を思い起こして書くと、まず第一に言えるのは自衛隊のイラク派遣が本当に国論を二分する大きな議題となっていたことです。賛成派議員としてはここで自衛隊を派遣することによってアメリカとの同盟関係を強化するとともに、自衛隊の運用の幅を広げようとする狙いがありましたが、反対派議員はその逆に、自衛隊の存在意義を否定したいがために反対だったように思えます。
 では国民の間はどうだったかというとこちらも割れてはいましたが、あくまで私の実感だと反対派の方が多かったような気がします。何故反対派が多かったのかというとイラクで自衛隊員が万が一に死傷したらどうなるのかと心配する声もありましたが、それよりも何よりも自衛隊が派遣されることによって日本国内でテロが起きるのではという心配が最大だったように思えます。
 なお当時の私の意見をここで書くと、自衛隊派遣に賛成でした。理由は単純で、直接攻撃した米英軍よりも日本の様な第三者的立場の国が治安維持活動を行う方が理に叶っていると考えたからで、今もこの考えに変わりありません。

 話は戻りますがこういう状況下で起きたのがこの事件で、発生当初は「それみろ、やっぱりこういう事件が起きるのだから自衛隊は行くべきじゃなかった」というようなトーンで報じられていたように思えます。ただその潮目が変わったのははっきり申し上げると、人質となった被害者の家族が記者会見に出たその時からでした。会見で家族らは政府を激しく批判して今すぐ自衛隊を撤退させるようにかなり強い口調、具体的に書けば机を叩いて怒鳴る姿がテレビに映り、見ていた私も「心配するのはわかるが止めていたのに勝手に行って、身の安全も保障しろというのは虫が良すぎやしないか」とはっきり感じました。
 とはいえまだこの時点ではそれほど批判は起きず安否を心配する声が大半でありましたが、解放された人質の一人が「またイラクに行きたい」と話したと報じられた直後、インターネットを中心に一気に火が噴き、件の自己責任論が出てくるようになりました。挙句にはそもそも人質となったのは自衛隊をイラクから撤退させるための自作自演だったのではないかいという意見まで飛び出し、あまりの過熱さから被害者は帰国後も記者会見を行わず表舞台から身を隠す羽目となっております。
 念のため書いておきますが、自作自演説についてはさすがに有り得ないと私は考えています。

 何故この時から自己責任論が噴出するようになったかですが、背景にはやはりインターネットの発達が大きいかと思います。ネットが発達して個人でも意見が発信できるようになり、それ以前と比べて一般個人の「本音」がよりくっきり出るようになり、メディアの側もそうした声を拾うようになってきたことが原因だと思えます。
 更に付け加えると、自衛隊のイラク派遣に批判的だった議員や団体がこの事件を政治的に利用しようとする動きがあったことに大きく反感が持たれたことも影響しているように思えます。テロリストへの対応として彼らの要求に決して屈してはならないのはいうまでもありませんが、イラク派遣反対派は事件が起こるやこれ見よがしにこういうことがあるのだから派遣すべきでなかったと声高に主張し、国会などでも批判材料として大いに活用しました。こうした近視眼的な行動を国民もちゃんと見ていて、心なしか事件後からイラク派遣に対する賛成派が増えたような気もします。

 最後に自己責任論について当時、「日本人の心は貧しくなった」などという主張をする評論家がたくさん出てきましたが、何ていうかこういう意見は「自分たちは違うんだぞ!」と言っているようにも見えてあまりいい印象を覚えませんでした。ただ中にはこの事件を指して、「国は守ってくれないのだから自分自身で常に身を守るしかない」と考える人が増えてきたことも影響しているのではと書く人もいて、この意見に関しては逆に「そうだねぇ」などと思うようになりました。

2013年7月26日金曜日

技術は国を滅ぼす?

 私とかかわりのある人間なら一度か二度くらいは聞いたことあるかもしれませんが、折に触れて「技術者が日本を滅ぼすよ」ということを口にすることがあります。数多くの理系を敵に回すこと覚悟で続けますが、今の日本の製品というのはオーバースペックというか過剰品質、性能の感があり、こうした点を如何に克服するかが大きな課題だと私は考えております。

 以前にとあるメーカーで営業職をされていた方と話す機会があったのですが、あれこれ往年の仕事の話を聞いている際によく、「これで行こうと話が進んたのに、技術者がこの性能じゃダメだと言ってなかなか製品化出来ないという例が数多くあった」ということを何度も口にしていました。それどころか最後の方に至っては、「出せば売れるって言っても技術者は自分たちの持っている技術水準を下回る商品の発売を認めようとしないし、逆に他社の商品で自社製よりも性能で優れている点については敢えて口にしないところがある」と話し、恐らく折衝とかで相当苦労されてきたんだなぁという風な感じでした。

 この方のいた会社に限らず私自身も記者時代にあれこれ取材して感じたこととして、日本のメーカーは技術者がとにもかくにもやたら性能やスペックにこだわりを持ち、価格を下げる代わりに性能を落とした商品を出そうとしても認めようとしない、それどころかもっと品質なり性能を引き上げれば必ず売れるという信仰に近い考えを目にしております。結論から言えばこんな具合だからこそ海外市場に日本製商品は売れなくなってきて、しまいにゃ中国の新聞にまで「日本製テレビのリモコンはやたらボタンが多くて使いづらい」とまで指摘される始末です。機能を絞って価格を安くするというか、そのような技術思想が日本には乏しいと感じます。

 ただこの技術信仰、未だに国を挙げてやっている感もあります。「技術立国」というスローガンそのものが典型ですが、今の時代、技術は確かに大事ですがそれと共にマーケティングの重要度も高まってきています。日本人が好む商品が外人に受けるという保証はなく、誰が何を求めているのか、こうした視点が非常に重要になってきている時代です。そんな中で技術に過剰偏重している状態では先行きが乏しく、敢えて警告するという意味合いで「技術が国を滅ぼす」などと、強い言葉を使った次第です。

2013年7月24日水曜日

仏教は宗教なのか?

 先日に宗教学者である島田裕巳氏の著書「無宗教こそ日本人の宗教である」を読んだのですが、読んでて自分とは異なる意見もいくつか見られたものの、日本人の無宗教性を「特定の信仰を持たない状態」ではなく「意識的に信仰しようとしない」一つの思想として捉えた点が非常に面白く感じました。ただそうした島田氏の捉え方と共に、明治にキリスト教が知識人層に広まっていったことで日本人の宗教概念が変わったという、話に何故だかアンテナに引っかかり、今日はそのあたりを好きな風に書いてこうかなと思います。

 まず結論から書いてしまうと、タイトルにも掲げている通りに仏教は宗教なのかという疑問を覚えました。たとえばキリスト教とイスラム教に対して仏教は一神教と多神教で異なるとよく言われますが、それ以前の信仰の形式というか形で大きく異なるのではないかと思うようになりました。まだ考えがまとまっていないので端的に書くと、キリスト教やイスラム教は人類全体を救済するという目的を持っているのに対して仏教はどちらかと言えば信仰する本人、個人が悟りを開けるかどうかに重点が置かれているような気がします。仏教にも衆生を救済するという概念はもちろんありますがやはりその本質は輪廻の輪っかから解脱することにあり、キリスト教やイスラム教の様に世界を破滅から救ったりとかそういう意識が極端に薄い気がします。

 ここで先ほど出した島田氏の言葉ですが、明治以降に日本人の宗教という概念が大きく変わったという説です。宗教というと信仰する神様がいて、戒律によって生活の一部を制限して、自分の振興をほかの人にも勧めようとする、大体この三要素を持った思想を指すとみんな考えていると思いますが、仏教もこれらの要素を持ちながらもその程度はキリスト教やイスラム教と比べると極端に低く、浄土真宗に至っては結婚も生臭物の接種もOKというフリーダムぶりです。そのように考えると、仏教を西欧や中東における「宗教」という概念と一緒に並列していいものなのか、思想は思想でも「宗教」というカテゴリーにまとめずに敢えて別の言葉に置き換えて区別した方がいいのではないかと思ってきたわけです。

 そのように考えていたらふと出てきたのが、「道」という言葉です。最近だとこの「道」という一文字を見たらリアルに「タオ」と読んでしまうのですがそれは置いといて、仏教と同義の「仏道」と日本古来の神話思想の「神道」という言葉にはこの「道」という言葉が使われますが、「キリスト道」とか「イスラム道」という言葉は一般的ではないというか普通はまず使いません。
 個人的にここが両者を分けるポイントだと思うのですが「道」というのは分野というか専門といった意味を持つ言葉ですが、それと同時に訓練して獲得するような技能などにも使われる文字です。具体例だと「剣道」や「弓道」、マイナーなのだと「天狗道」とかありますが、私はやはり「仏道」や「神道」というのは究極的に、その個人が修行したり魂を磨くということに価値を置いているからこそ「道」という言葉が使われるのだと思います。

 それに対してキリスト教やイスラム教は、確かに精神を鍛えるという面もありますがどちらかというと論理を追及するところにより価値が置かれているようにも思え、それがため「宗教」なんじゃないかと思います。なのでまとめると、仏教や神道は「道」であって「宗教」というか「教」とは一線を画すべきなのではというのが私のいいたいことです。
 もっともここまで言いながらですが、じゃあ中国の「道教」はどっちなんだと言いたくなってきます。もう「タオ」でいいだろと言いたくなってきますが。


2013年7月23日火曜日

韓国の近現代史~その二十、民主化宣言

 前回までに全斗煥政権期における北朝鮮の国際テロ事件を取り上げました。こうしたテロ事件が頻発した中で全斗煥政権はソウル五輪の招致に成功するのですが、全斗煥本人は1988年に大統領任期が切れ、後任に士官学校で動機であった盧泰愚を指名し、院政を敷こうと考えていました。しかし彼が院政を敷く前に韓国では再び大規模な民主化運動が起こり、その結果として朴正煕政権以来(李承晩期も含んでいいが)続いていた軍事政権が崩壊することとなります。

 まず韓国の民主化運動についてですが、はっきり言って非常に長い歴史があります。現代にも伝わる流れとしては朴正煕政権時代に民主化を求めて金泳三、金大中が活発に活動していたのでこの辺りから見るべきかなと考えるのですが、民主化運動というのは言い換えれば政府の政治弾圧の歴史と言ってもよく、光州事件など死傷者が多数出る事件にもしょっちゅう発展しています。しかし死傷者が多数出ながらも韓国ではなかなか民主化へと至らなかったのですが、全斗煥政権期に起きたいくつかの変化が大きく作用して軍事政権は倒れることとなりました。

 その変化というのは主に二つあり、一つは中間層の拡大と、もう一つはソウル五輪です。全斗煥は国内で大衆政策と共に経済振興を実施したので生活に余裕のある中間層が韓国でも増えていきました。これら中間層はそれまで大学生が主体だった民主化運動に加わるようになり、なまじっか経済の担い手でもあるため政府としても対応に苦慮したと言われます。
 次のソウル五輪ですが、度々政治デモが起こっていたことから当時、五輪開催は難しいのではと思われて場合によってはロサンゼルスで代理開催を行うことまで議論されたそうです。政権側としても国家のメンツのかかったイベントであるだけにデモの鎮静化が最優先課題となったわけなのですが、こうした中で妥協案として出てきたのが民主化宣言です。

 朴正煕政権以来、韓国の大統領は軍部の息のかかった人間の投票によって決められる間接選挙制で選ばれていたのですが、盧泰愚はこれを国民の投票による直接選挙制に改めると宣言することで妥協を図りました。結果としては上手く作用してデモは鎮静化し、ソウル五輪も無事開催できたわけなのですが、問題なのは次の大統領選。案の定というか全斗煥の跡目を争う1987年の選挙では民主派の代表格である金泳三と金大中が出馬して来て盧泰愚とぶつかり合ったのですが、皮肉なことに民主派の票が金泳三と金大中の二人に別れてしまい、漁夫の利的に盧泰愚が当選しました。人間やってみるもんだね。

 ただ議会選挙では民主派が保守派に勝利したことから盧泰愚は金泳三陣営と連立を組み、議会においては民主制が先に実現しました。そして1992年の大統領選挙で金泳三が今度は無事に当選し、32年間続いた韓国軍事政権は終わりを告げることとなったわけです。

 私個人の歴史観で言えばここまでが韓国の近代史であって、金泳三政権以降が現代史になると考えております。というのも民主主義大統領が生まれて徐々に国の政策も開放的になり、行ってしまえば他の資本主義国に韓国が明確に近付いたのがこの時期だからではないかと思うからです。
 そういうわけで次回は、退任後も変な不正疑惑が付きまとわない珍しい韓国大統領経験者の金泳三の時代を取り上げます。

2013年7月22日月曜日

参院選の結果について

 書く前からなんですが、全くやる気が起きません。というのも参院選の結果があまりにも予想通りというか予定調和というか、これほど結果の見えた選挙というのも私が見た限り今までありません。こういってはなんだけど、どう転ぶかわからない選挙の方が見ていて楽しいです。郵政選挙とかさ。

 この見方は市場も同じだったようで、選挙の後は普通、ご祝儀で株価が上がるのに今日の日経平均は68円高でしょぼい結果に留まりました。朝一で180円高になったと報じるメディアもありましたが、もうチョイ落着けば良かったのに。あと「株価全然上がんない」と泣き言を言ってくる先輩もいました。朝9時半にメールだよ。

 それで今後の展開ですが前にも少し書いていたのに補足すると、安倍政権はすぐに憲法改正に着手することはまず有り得ないと思います。というのも当面の課題はアベノミクスこと経済政策だし、改憲に着手しようったって自民党内ですらまだ一枚岩ではありません。そして何より国民の間に議論が起こっておらず、そういう空気にはなれないでしょう。そういう意味では中国や韓国のメディアが改憲が行われるのではないかと報じているのは見当違いも甚だしく、こういってはなんですが向こうの記者は日本の政界を読み切れていないとも言えるのでなんだか安心します。

 ちなみにこういう政治がらみの海外メディアの報道ですが、私自身もそうだったという経験から言わせてもらうと、やはりその国の主要紙の意見をほぼなぞってしまう傾向にあります。やはり政治というのは長年見ていないとわかり辛くぽっと出の外信記者が的確に分析しようったって自分でやりながら無理だってとか思う作業です。となるとどうなるかですが、「日本の朝日新聞は~」という感じでその国の主要新聞の意見をそのまま取り入れて発信してしまうことが多いです。
 私が見る限りやはり外国メディアは「なんか知識層が読んでそう」という具合で朝日新聞の意見をやたらなぞるというか朝日のスタンスで政治記事を書くことが多いように見えます。まぁその朝日ですが、このところの原発関連のスクープ記事は見事としか言いようがなく社会部は大したものだと心底思うのですが、政治部はもうちょっと勉強したらというか、安倍首相がそんなに嫌いならはっきり嫌いと書けよと言いたくなるほど見下げてます。

2013年7月21日日曜日

北京空港の爆破事件について

 昨日午後六時過ぎ、中国北京市にある首都国際空港のターミナル3で爆発事件が起こりました。21日付の京華時報などによると、事件を起こしたのは下半身に障害を持つ車いすの34歳男性、名前は冀中星といい、過去に起きた地方警察による処遇への不満から自作の爆弾を爆破させたものだと書かれてあります。被害は冀中星と制止にかかった警官の2人だけで、ともに生死に別条はないそうです。

 報道によると冀中星は広東省出身で、以前はバイクによるタクシー業を営んでいたものの地元警察から摘発を受けた際に暴行を受けたことから下半身麻痺の障害を負い、それに対する不満をミニブログ(微博)に書き込んでいたとのことです。なおその地元の東莞警察は違法な暴行があったかどうかについて現在は回答を濁しております。

 事件の目撃者は当日、冀中星が手製の爆弾を空港内に持ち込み、何事かを主張した後に自ら爆破したと話しており、爆弾そのものについては、「爆発音は爆竹のような音だった」と述べています。爆発後の状況に関しては地面に血が飛び散っていたとの目撃証言が出ていますが、指などの人体パーツが飛んでいたとの話は私が見る限り見当たらず、爆発力は報道の通りにそれほど高くなかったのではないかと推測します。怪我を負った犯人と警官に関しては既に病院で処置が完了しており、犯人は爆弾を持っていたと思われる左手に重傷を負って切断手術が実施されたものの、やはり命に心配はないとのことです。

 私は今回の報道を昨夜の時事通信の報道で見ましたが、その後に中国メディアを眺めたところ大体どこも報じていたので情報隠蔽をした素振りは見られません。まぁ隠蔽したらしたで批判が集まることもわかっているだろうからそんなことすることもなく、むしろ外国メディアに対しても新華社メールで事件一報を通知していたことでしょう。
 ただそれ以上に今回の事件は一般市民が自前のミニブログで現場写真などをアップロードし、それをメディアが追っかけるという展開が顕著にみられました。日本でも最近そうなってきておりますが、世の中変わってきたなぁと思う次第です。

2013年7月20日土曜日

共産党キャラクターのインパクト

 また本題とは関係ありませんが、このブログはGoogleアナリティクスであれこれ訪問者数とかいつも確認しており、毎日それを見るのが密かな楽しみとなっております。ちょっと手の内を明かすと一日の訪問者数は250~300人くらいでこのところ推移しており、かつて10人程度だった頃と比べると随分とパワーアップしたなと思います。
 ただそうした読者数よりも気になるのは検索ワードの方で、最近気が付いたのですが「荒川静 セッション」で検索をかけると、私もセッションを受けたスピリアチュリストである荒川静さんのオフィシャルページを上回り検索順位の最上位に私の記事が表示されます。いくらなんでも、オフィシャルページを上回ったらまずいだろ……。

 そんな余談は置いといて本題ですが、今朝の朝日新聞に今回の参院選で各党がそれぞれゆるきゃらならぬイメージキャラクターを出してきていることを特集する記事がありました。今時PRキャラクターなんて珍しくないし取り留めて気にするほどではないと思ったのですが、共産党のキャラクターがなんかやけに存在感を出していました。


 そのキャラクターというのも上記の「雇用のヨーコ」で、「一体何を狙っているんだ?」と思いたくなるような風貌に何故か心が動きました。っていうか、ほかの党のキャラクターと比べて明らかに浮いてるし。一応はOL風になっていますが個人的には若い人にはわからないだろうけど「マルサの女」にしか見えず、つくづく日本共産党はそこがしれない組織だという気がします。

2013年7月19日金曜日

追い出し部屋議論

 「パソナルーム」と聞いて何のことだがわかる人はこの先は読まなくても私の考えを理解してくれているものだと思います。リンク先のページに詳しいですがこれはゲーム大手のセガが90年代にやっていた、今風に言えば追い出し部屋という奴です。特定の職員に対し私物の持ち込みを一切禁止し、窓のない「パソナルーム」という部屋に就業時間中、ずっと仕事をさせずに監禁することで自己都合退職をするようにセガは促したのですが、この時に監禁させられた職員が裁判所に不当な処置だと訴えたことによって明るみに出ました。裁判ではもちろんセガが敗訴したのですが、呆れるのは判決で違法行為と断じられたにもかかわらず後でまた同じことをやっていたということです。たまにネットとか見ていると、「セガは商売が下手だがいいゲーム会社だ」という人をいますが、作るゲームの善し悪しはともかくとして、性根の腐った会社だと思うので私は嫌いです。サターン派ではあったけど。

 ただ時代は変わるものでこの時のパソナルームは先ほど、今風に言えば追い出し部屋と書きましたが、このように名前を変えてほかの企業でも横行するようになってきました。代表格はシャープやパナに隠れて業績が悪い状態が続いているNECで、追い出し部屋を使ったリストラがよくメディアによって批判されます。ただこれらの批判を見ていて私はよく、「会社からいらない、使えないとはっきり言われているのに社員も社員でどうしてそんな会社に残ろうとするのか」、という疑問を持ちます。そりゃ家族抱えて生活もかかってるんだし辞めるに辞められないという状況はわかりますが、それにしたってそんな会社、こっちから願い下げだと言いたいし、斜陽の会社なんだから残ったところで倒産したら元も子もないのではなどと考えてしまいます。

 同時に会社に対しても、どうしてバシッと辞めさせずにこうした陰湿な手法を取ろうとするのか疑問です。あれこれ批判はありますが経営状況が悪化しているというのなら会社都合で退職させることも不可能じゃないのだし、退職金を多少上積みして面倒な議論なんかせずに戦力外通告を出せばそれまでです。そういう事をせずにこういう事を思いついて実行する当たり、つくづく性根が腐った連中だという気がします。

 あとこの手の議論でよく疑問に感じるのは、「会社側がクビを切りたくても日本の労働法だと自由に解雇が出来ない」という意見が出るのですが、果たして本当なのかといつも思います。というのも例のゴーンさんなんかかなりクビ切ってたし、利益を確実に生んでいない社員であれば別に問題はないんじゃないかとほんとよく思います。というより、会社がクビ切って批判される方が追い出し部屋で批判されるよりはずっとマシな気がしてなりません。

 とまぁそんなこったで、日本人って本当に言葉遊びと無駄なことが好きなんだねと皮肉っぽく感じます。日本に帰国してから何度も思いますが、表面的な議論ばかりで誰も核心的な議論をしないというのは見ていてイライラします。切り出したら切りだしたで怒り出すしもぅ。

2013年7月17日水曜日

スノーデン氏の暴露時期と背後関係について

 アメリカ国家安全保障局(NSA)の元局員であるエドワード・スノーデン氏が先日、NSAが国内のアメリカ人をも対象に無制限に盗聴などデータ監視を行っていると暴露したことは皆さんの記憶にも新しいかと思います。そこそこ日が経って置きながらなんで今日取り上げようと思ったのかというと、自分の考えていることをほかの人があんまり言わないので後年の自分に対して記録を残す意味合いで書いてこうと思ったからです。

 私がこの事件でまず最初に注目したのは他でもなく、スノーデン氏の暴露時期です。具体的な日時までは書きませんでしたが彼が香港でメディアに一連の事実を明かしたその日はちょうど、ワシントンで米中首脳会談が行われている日でした。この米中首脳会談でアメリカのオバマ大統領は中国の習近平酒席に対し中国が行っているサイバー攻撃を控えるよう釘をさすつもりであることが前日に報じられていましたが、スノーデン氏の暴露によってアメリカ政府も似たようなことをやっていることがわかり、とうとう強気な姿勢は示せずに「懸念している」などと日本みたいな曖昧な言い方でしか伝えることが出来ませんでした。
 私が何を言いたのかわかるかと思いますが、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎるということで、つまり米中首脳会談の日程に合わせてスノーデン氏は暴露を行ったのではないかということです。政治の世界に偶然はないというのは、チャーチルの言葉ですし。

 仮にそうだとしたらスノーデン氏と中国政府は何らかの接触をそれまでに持っていたと考えられるのですが、スノーデン氏の暴露した場所が香港だったことを考えるとますます信憑性が強まります。となると両者は一体どういうつながり、さらに深く踏み込むとどんな取引でもって結びついたのかですが、真っ先に考えられるのはスノーデン氏への亡命先の提供です。
 結局、スノーデン氏は暴露を行った後に中国を離れ現在も滞在するロシアへと向かいましたが、そのまま中国本土か香港への亡命を認めるような取引があったのかも、そしてそれを中国政府に反故にされたからロシアに行ったのでは、という風に最初私は考えていました。現在においては中国というより、亡命を認めてくれそうな第三国への渡航の安全を保障する程度の内容だったのかもしれないと考えています。

 仮定の上での考察となりますが仮にこうだとすると、中国は一体どうしてスノーデン氏と接触できたのかが気になる所です。早くからNSAのやっていることに気が付いて内部告発者を探してでもいたのかと疑いたくなるくらいで、望むらくはスノーデン氏から話を持ちかけたという事実であってもらいたいものです。

 最後にもう一点かくと、現代兵器は電子装備があって当たり前ともいえ、仮に大国同士の戦争が起こる場合はまず真っ先に相手の通信網遮断、具体的には衛星機能の停止か破壊が実行されることでしょう。こう考えると相手の通信網を抑えることは昔で言えば兵糧の輸送路を抑えるようなもので、この方面にどれだけ特化するかが勝敗を分けるかもと考えるとサイバー部隊というのは想像以上に重要な役割を演じるかもしれません。

2013年7月16日火曜日

中国の2013年第2四半期GDP成長率について

中国GDP成長率が失速 4~6月期、7.5%(朝日新聞)

 このブログ政治と歴史と中国成り立っているのでたまには表に出ている中国経済ネタでもやってみようと思いますもっともこの手のネタはある意味前職における本業でもあったのですが

 既に各所で報じられておりますが中国の今年四半期GDP成長率は前年同期比0.1ポイント前期比では0.2ポイント減の7.5でした。上半期(1~6月)は昨年同期比0.2ポイント減の7.6%で、数字が微小とはいえ第1四半期(1~3月)に続き下落傾向にあることは間違いないです。

 この統計結果について先に私の方から意見を書いていくと、中国政府としても恐らく予想外に低い結果が出てしまったような気がします。というのも今年は習近平が総書記に就任してから第一年目となる年で、出だしくらいは景気のいいスタートを切る最低でも前年を上回る水準、具体的には8.0%以上の成長率を狙ってくるだろうという見方が出ていたのですが、一年の半分が終わった現段階では7.6%と、8.0%にはまだあと0.4ポイント足りません。残り下半期で挽回するにはやや難しい状況だと言わざるを得ません。

 では何故、想定以上に低い結果となってしまったのか?先程のNHKのニュースにキヤノングローバル戦略研究所のアナリストが出てきてコメントしていたのですがその内容を引用すると、何よりも輸出の落ち込みが大きいというのが大きな原因と目されております。

 中国の今年6月の貿易額は前年同期比で2.0%減少、このうち輸出額単独では3.1%の減少で、春節という特別期間を除くと実にリーマンショック以来3年7か月ぶりにマイナス成長を記録しました。一体どうして輸出がこれほど急減したのかというと日本や欧州といった国・地域の景気が悪く輸出で苦戦していることや、人民元の価値が上がってレート面での輸出競争力が落ち込んできているということもありますが、それ以上に大きいのはつい最近になって明らかとなった、貿易額の水増し問題発覚でしょう。
 これは主に香港との間で投機資金を国内に持ち込むため架空の貿易取引が横行していたのを当局が取り締まりに動いたというものですが、この実体のない架空取引額が意外と侮れない金額となっていたため、貿易額全体も大きく落ち込むこととなったわけです。もっとも、これで輸出額が減少に転じていながらも未だに中国は貿易黒字を保ってはいますが。


 こっからは中国広播網の記事に出てくるアナリストの引用ですが、工業生産増加額や小売消費高、不動産開発投資額などその他の統計指標はすべてプラスになっている一方、輸出額のみ下落となっているため、間違いなくGDP成長率のブレーキ要因は輸出の落ち込みにあると指摘しています。また現在は景気調整期と捉えるためなら成長率が下落するのはある意味で自然であるものの、去年からずっと停滞傾向が続いているために調整期にしては長すぎるとも述べています。
 ただこのアナリストによると今回の下落幅はそれほど大きくなく、第3、第4四半期も劇的に下がることはあまり考えられない一方、逆に劇的に持ち直すということも可能性が低く、今年通年は大きな変動はなく平穏な数値を保つと分析しています。でもって政府の今年の通年目標値である7.5%成長自体は達成することは難しくないと言っています。

 私としても上記のアナリスト達の意見と同意見で、今後も下落が続くかもしれないもののそのペースはゆったりで、例の崩壊論者みたいに急にバブル崩壊なんてことはまずないと断言できます。ただ中国が新たな経済成長エンジンがそれほど上手くいっていない、具体的には国内における個人消費の拡大が想定以上にうまくいっていないというのは間違いなく、この辺をどう処理するかが今後の中国政府の実力を諮る上で重要なポイントとなりそうです。

2013年7月14日日曜日

暗殺者列伝~シャルロット・コルデー

 最近歴史物をすっかり書いていないので、知っている人があまり多くないであろうネタを探していたらなんかここに行きつきました。韓国の近現代史に構ってこちらの暗殺者列伝と平成史考察の連載はこのところ疎かではありますが、一応まだやる気は残ってます。

シャルロット・コルデー(Wikipedia)

 この暗殺者列伝は「暗殺」ではなく「暗殺者」にスポットを当ててみたいと思って始めた連載ですが、今日ここで取り上げるシャルロット・コルデーなんかはまさにそういう対象としてはうってつけの人物です。この人はフランス革命期のフランス人で、ロべス・ピエールを筆頭とするジャコバン派がギロチンによる恐怖政治を敷いていた時、ジャコバン派リーダーの一人だったジャン=ポール・マラーを暗殺した女性です。しかも風呂場で。

 まず当時の状況について簡単に説明すると、「ベルサイユのばら」で書かれてある通りにフランス革命でそれまでフランスを支配していたブルボン朝が崩壊し、民主主義による政府がフランスにできます。この新政府は当初、ルイ16世を始めとしたブルボン王家を存続させる方針だったものの国王一家が嫁のマリー・アントワネットの祖国であるオーストリアに逃げようとしたヴァレンヌ逃亡事件を受けて完全な王制の廃止、そして元国王ルイ16世の処刑を断行するに至るのですが、この一連の決定を主導したのはジャコバン派と呼ばれる政治グループでした。

 ジャコバン派は当初、幅広い思想の議員を集めた政党だったものの徐々に穏健派が抜けて行ったことから過激な政党となり、反対派や障害になると目した議員を次々とギロチンにかけることで国内政治を支配する、恐怖政治を敷いていきます。当初でこそギロチンの対象は旧王党派が多かったことから民衆もそれを支持したものの、革命戦争がひと段落した当たりから穏健派議員、そして一般民衆に対してもギロチンをかけ弾圧するようになり、徐々に反感が持たれるようになります。

 そんなジャコバン派で最大の権力者は上記のロべス・ピエールで、その次の次くらいに力を持っていたのが暗殺の被害者であるマラーという人です。この人は元々は医者でフランス革命後は過激な政府批判を行って議員となり、権力を握ってからは割といろんな人をギロチンにかける決定をしたと言われております。彼がギロチンにかけた人物の中でも有名なのは「質量保存の法則」や酸素を始めとする元素の研究を行ったあのアントワーヌ・ラヴォアジエも含まれており、なんでもマラーが提出した論文をラヴォアジエが承認しなかったことに対する逆恨みだったという説も出ています。
 余談が続きますがギロチンにかけられる際にラヴォアジエは弟子に対し、「ギロチンにかけられた後、意識の続く限り瞬きをするから見ていてくれ!( ゚Д゚)タノムッ」と言って、実際に首が飛んだ後も瞬きをしていたというエピソードがあります。真実性は怪しいと言われていますが。

 話は戻ってそんな逆恨みするマラーですが、晩年は生来の皮膚病から表立った政治活動を控えて自宅内で治療のために入浴する日々が続いておりました。そんなお風呂大臣のマラーに対して面会を申し出たのが本題の、当時25歳のシャルロット・コルデーで、そのまま風呂に入ったまま面会に応じたマラーに対し包丁で心臓を一刺して見事に暗殺を決めてみせます。
 この暗殺の情景は、白馬に乗ってアルプス越えするナポレオンの絵を書いたことで有名なダヴィッドが書いてあり、この絵は見たことがある人も多いのではないかという気がします。っていうかこの人、「ソクラテスの死」も描いていたんだな。

 暗殺者のシャルロット・コルデーについて出身から書いていくと、彼女は貧乏貴族の家の生まれで小さい頃に修道院に入って生活していました。ただ革命後はその修道院も革命政府によって閉鎖されてしまったことから叔母の家に身を寄せ、徐々にジャコバン派との政争に敗北したジロンド派への支持に傾倒していったそうです。
 逮捕後、彼女は一貫して暗殺は自身の観念から独断で実行したものだと述べ、黒幕の存在などをすべて否定しております。暗殺直前のマラー自身が既に重病であったことから暗殺を教唆する政治家がいたとは思われず、現代においても彼女の単独犯説と見る声が多いです。

 ただそうした事件の背後関係などよりも当時注目を集めたのは、ほかならぬ彼女の美貌でした。当時の記録によると相当な美人だったようで、しかも暗殺をしたのが性格にやや問題があると見られていたマラーだったこともあり、現代風に言えば獄中アイドルのような人気が出たと言われております。Wikipediaにも、「暗殺の天使と呼ばれた」とまで書いてあるし。
 とはいえ、暗殺した相手は時の政治を握るジャコバン派の大物。問答無用で死刑判決を受けてルイ16世をもギロチンにかけた執行人のシャルル=アンリ・サンソンが同じく執行人を務めたのですが、彼もシャルロットの美貌について「毅然とした美しさがあった」などと言及を残しております。
 なおこの死刑執行の際、ちょっとした事件があったのですがその個所はそのままWikipediaの記述を引用します。

ギロチンによってシャルロットの首が切断されると、サンソンの弟子の一人が彼女の首を掲げ、さらにその頬を平手打ちするという暴挙に出た。見物人たちはこの行為に憤慨し、シャルロットの頬が赤く染まり怒りの眼差しを向けるのを見たと証言する者もいた。サンソンはこの弟子を即座に解雇した。

 私がシャルロットのことを知ったのは現在も連載中の漫画「ナポレオン -獅子の時代-」からなのですが、この漫画ではこの平手打ちを受ける場面も詳しく描写されており、「ただのナポレオン漫画とは違う!」と思わせられたワンシーンでした。ちなみにこの漫画、前半では主人公のナポレオンよりもジャコバン派のロベスピエールを中心に描いており、サングラスをかけたロベスピエールが正面を見据えて「死刑」と一言述べるシーンがありますが、なかなかに圧巻な情景であります。

 前にも一回書いておりますが、この漫画では最後に逆に死刑を受ける羽目となったロベスピエールに対して上述のサンソンが、「私はルイ16世を手にかけた時ほどあなたに憐憫を覚えません」と言ったのに対しロベスピエールが、

「ああサンソンよ、私が夢見た世界というのは私と君とルイが同じテーブルを囲んで談笑する世界だったのに」

 と口には出さず(顎を撃ち抜かれてもう発声できなかった)、一人思い浮かべる場面がありますが、見事なワンシーンと言わざるを得ません。ここまで書いておきながらですが、ちょこっと書いて終えるつもりだったのにやけに細かい知識で満載の記事になってしまいました。自分らしいっちゃらしいけど。


  追記
 誇張ではなく、書き終わった後で初めて気が付きましたが、ちょうど今日(7/14)はフランス革命記念日でした。フランスの魂が俺に今日、この記事を書けと呼んでいたのだろうか……。

2013年7月13日土曜日

敵失を待つことの不毛さ

 先日にこのブログで政治解説をした際、野党は今国会で与党である自民・公明党の敵失を待つ戦略、具体的には失言が出るのを待ち構えて自分たちでは政策代案など何も出さずに、国会でもあまり議論しないという戦略を採ったのではと私は書きました。該当記事でも書いてある通りに近年は政治家の失言が大きく取り沙汰されるだけに、ただ単に議席を取るという戦略上では決して大きく外れたものではなかったものの、今度の安倍政権は驚くほど失言事件が起こらず、結果的には選挙争点が何も作れず失敗してしまったように見えるとまとめました。

 この「敵失を待つ戦略」ですが、この言葉の元は野球におけるエラーです。なので野球にたとえるなら「相手の守備にエラーがでることを期待する」といったところですが、こんな戦略持った野球チームなんてまず勝てるわけがないでしょう。これまた元の政治記事でも書いていますが相手のミスに期待するなんて勝負を捨てたも同然で、今度の参院選でも野党は現時点で敗色濃厚ですが負けるべくして負けたと言わざるを得ません。
 と、こんな風に書くとこの戦略がどれだけ価値がなく不毛かということがなんとなく見て取れると思うのですが、改めて考え直してみると他のある分野にも適用できるのではないかという気がしてきました。もったいぶらずに言うと、日本人が持つ他国との経済競争における価値観です。

 実はこのブログでここ数ヶ月の間、「中国経済崩壊」というキーワード検索で訪問する人が非常に多いです。行き当たるページは「世界終末論と中国経済崩壊論」の記事で、、むしろこの記事では中国経済崩壊論の書籍は過去何冊も出版されているが今まで当たった試しがないと批判している記事ということもあり、こんな検索ワードで来られても当惑するというかむしろ来るなと言いたくなってきます。
 ただこの「中国経済崩壊」というキーワードでGoogleなどを検索すると、中国経済の危険性を訴えるページが本当にたくさんヒットします。またそういった個人のホームページだけでなく大手メディアの報道でも、中国経済が好調という話より中国経済が危険という話の方がニュースとして大きく取り扱われる傾向にあることも事実です。

 この時点で筆を終えてもいいのですが、稀勢の里が三敗目を喫して横綱昇進が絶望となった記念(別に彼が嫌いというわけではないが)に詳しく書くと、日本と中国で経済を比較し合い将来性を検討する場合、日本人はほぼ確実と言っていいほどに中国経済のリスクや問題点ばかり探してあげつらい、日本の経済を今後どのように振興して中国の企業に勝つかについては全く触れることがありません。もう少し口語に言い換えると、中国経済は今は勢いあるけどどうせもうすぐ破綻して、最終的には日本が勝つよという風な議論しか出てこず、前を走ろうとする中国に対してどうやってそれより前を走るか、そのような具体的提案は何も出てこないと言ったところです。
 これは何も中国に限らず韓国に対しても全く同じですが、中国や韓国に対して日本は今後どの分野で勝負し、戦っていくかではなく、中国や韓国が駄目になるのを待つという話しか経済比較では見受けられません。まともな経済誌ならまだこの辺の議論はあるのですが、やはり大多数の議論や主張としては私が不毛と批判する「敵失を待つ」ような、言ってて恥ずかしくないのかという意見しか出てきません。

 言うまでもないことですが中国は今でも国全体を挙げて現状以上に経済を発展させようとしており、その競争力は数年前と比べると確実に増しております。そんな中国の経済というか企業が数年後、今より競争力を落とすかと言ったらそれはあまり考え辛く、むしろ増すものだと考える方が普通な思考な気がします。そんな力を増す中国企業に対し日本企業はどうするべきかというと、さらにその先を行く方法を考える、つまり相手のミスを期待せずに如何に自分の力を伸ばすべきかということを考えるべきです。
 私は自己評価については過小でも過大であってもよくないと考えます。しかし競争相手に対する評価では、的確な評価が理想であることはもちろんですが、過小に評価して侮るくらいなら過大に評価して警戒する方がずっとマシです。然るに今の日本人の他国の経済に対する価値観においては過小評価が圧倒的と言わざるを得ず、その不毛な戦略と相まって将来的に負けるべくして負ける事態に陥るかもしれません。

 くれぐれも言いますが経済というのは競争です。競争において相手が途中で転ぶことを期待するようなアスリートが強いわけがありません。相手を研究することは大事ではありますが自らを鍛えようとすることはもっと大事で、陰湿な性格にはなるなよと言いたいのが今日の私の意見です。

2013年7月12日金曜日

韓国の近現代史~その十九、大韓航空機爆破事件

大韓航空機爆破事件(Wikipedia)

 前回取り上げたラングーン事件とは異なり、こちらは日本でも非常に有名な事件なのでほとんどの方は知っていると思います。

 簡単に私の方から事件の概要を説明するとまず事件が起きたのは1987年で、ソウル五輪の開催を控えた前年でした。事件当日、イラクのバグダッド空港を出発した大韓航空所属のボーイング707-320B型機は経由地であるアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビに到着。次の経由地であるタイのバンコク空港を通り終点のソウル空港へと向かう予定だったのですが、バンコクへ向かっていたその途中、ミャンマーの海上で突如連絡を絶ち、その後の調査で空中で爆発、分解したことが後の調査で判明しました。

 事故機が連絡を絶った直後、韓国政府は直前に経由したアブダビで降りた乗客15人の中に審な男女2人がいることを突き止めます。この男女2人は日本の旅券を持ってアブダビを降りた後にバーレーンへ向かい、事件翌日には現地のホテルに滞在していました。バーレーンの日本大使館がこの2人の旅券を照会したところそれらの旅券は偽造されたものだとわかり、バーレーンを離れローマへ向かおうとしていた2人を日本の大使館員、 バーレーンの警官が出向直前で押し留めました。
 ここである意味ドラマチックな所ともいえるのですが、出国を阻止された男女2人は煙草を吸う振りをして毒薬のカプセルを含み自殺を図ったのですが、男の方はそのまま中毒死、女の方はカプセルを噛み砕く直前に現場の人間に取り押さえられたことにより自殺に失敗します。

 その後、生き残った女は韓国へと移送され、韓国側の捜査によって二人は北朝鮮の工作員、金賢姫(当時25歳)と金勝一(当時59歳)だったことがわかり、航空機が仕掛けられた爆弾によって爆破されたことがわかります。2人は親娘を装ってハンガリー、オーストリア、ユーゴスラビア、イラクの順番に渡り、途中で旅券を北朝鮮のものから偽造した日本旅券に差し替えた上で搭乗した航空機に爆弾を仕掛けたことを、生き残った金賢姫が証言しております。実際にこれらの行程は経由した国々の記録とも一致しており、北朝鮮と同じ共産圏の旧ソ連などもこの事件を北朝鮮によるテロと断定しております。

 この事件がどういう目的で起こったというか北朝鮮は何故このような航空機爆破テロを起こそうとしたのかというと、やはり翌年に控えていたソウル五輪を中止に追い込む、または他国に参加ボイコットを促すためだったと現在だと言われております。書いてる自分が言うのもなんですが、なんで航空機を爆破することがオリンピックの妨害になるんだという気がしてならないのですが、そこは北朝鮮だからとしか言いようがありません。
 ただこの点について私の勝手な推測をここで書くと、どうも北朝鮮というのは現在を含め、国際世論というか事件などの情報が相手側にどのように影響するのか、そういった感覚に対して極端に疎い気がします。いうまでもなく北朝鮮は中国を除いてほとんどの国と国際交流を行っておらず、しかも国内で厳しい情報統制を行っていることからこちらが思った通りに相手側は思考するという勘違いに似た都合のいい感覚を持ち合わせているのかもしれません。更に言えば、次代の変遷に伴う国際感覚の変化にもついていけてないというべきか。

 多分北朝鮮としては、「航空機が爆破された→韓国は危険→ソウル五輪はボイコットしよう」なんていう風にほかの国は考えると思ったんじゃないでしょうか。しかし結果は全く逆で、むしろこのような国際テロ事件を起こした北朝鮮への批判が高まっただけでなく、それまでソウル五輪への参加を保留していた旧ソ連や中国など共産圏国家がその後、続々と参加を表明するようになります。

 この事件についてもう少し私の方から述べると、前回のラングーン事件といい、第三国を巻き込んだなりふり構わないテロ事件に北朝鮮は1980年代から手を染めはじめます。この時期がどういう意味を持つかというと、やっぱり金正日が徐々に政権内部で実権を握ってきたころと同時期であり、これらのテロ事件や金正日が主導したという話は間違ってないように思えます。
 そしてこの事件がきっかけというか、生き残った金賢姫が田口八重子氏とみられる人物から日本語を教わったという証言を行ったことから、北朝鮮による拉致事件が大きく日の目を浴びるようになります。そういう意味では北朝鮮に対する世界の見方における、ターニングポイントとなった事件だったと言えるでしょう。

 最後にもう一点。事件当時、日本の左翼運動家の間ではこの事件を韓国による自作自演だと主張する団体などもありました。具体的には社会党なのですが、旧ソ連や昔の中国の人間以上に事実を事実だと判別できない連中というのも救いようがないものです。

2013年7月11日木曜日

中国にある「高温手当」という制度

 7月に入ってからめっきり暑くなってきたので温めていたというか単に書くのを忘れていた、中国にある「高温手当」という制度について今日はちょこっと紹介しようと思います。

 この高温手当という制度はその名の通り、高温時の屋外作業を行う労働者に対して事業者が手当を支払うことを義務付けている労働法です。具体的には気温が摂氏35度以上、もしくは相対湿度80%以上に達した際の屋外作業時に支払いが義務付けられており、手当額や支払方法は地方によって異なっております。
 たとえば上海市だと期間と金額が一律に定められており、今年だと6~9月の4ヶ月間、制度の対象となる作業者に対して通常の給与額に対して月額200元(約3200円)を上乗せするようになっております。中国語がわかって興味がある方は下記ニュースページに詳しく載っておりますのでご参考ください。

上海迎来高温日 企业高温津贴标准仍为每月200元(東方網)

 ではほかの地域はどうか。上海と接している江蘇省は上海と全く同じで6~9月の4ヶ月間に月額200元と一律に定められているようです。上海なんかよりずっと暑さの厳しい広東省では期間が6~10月と上海や江蘇省より1ヶ月多くなっておりますが、支給額は月額150元に定められております。

 この高温手当は毎年6月頃にその年の支給額など政策内容が発表され、大量のワーカーを抱える企業、特に屋外作業が多い建築分野の企業などはその内容と対策に頭を悩ませます。またこれは今回調べている最中に自分も初めて知ったのですが、「中国三大ストーブ」に数えられるほど暑い重慶市では室内温度が33度以上に達した場合、オフィスワーカーも高温手当の対象になる指針を出しております。まぁ理には叶ってるな。

 もっともこうした制度があるものの、実際には手当を払おうとしない事業者も多いそうです。そんなこと言ったら大半の企業が残業代を払おうとしない日本も一緒ですが、少なくともこの高温手当の制度に関しては中国政府の考え方に深く得心させられます。言われてみれば確かに夏場と冬場では屋外作業のキツさは段違いに異なり、特に夏場では熱中症の危険性も存在します。この高温手当の条文では事業者に対して手当の支払いを義務付けているほか、労働者に対して適度に水分を補給させること、休憩させることも義務付け、体調不良者を出さないようにしっかり注意することが記載されております。

 この時点で勘付いている人もいるかもしれませんが、率直に言って日本もこの制度を見習うべきではないかと私は思います。恐らく作業現場単位で熱中症対策などが施されているとは思いますがやはり夏場の屋外作業は危険であり、労働者に対して相応の手当を支給する制度を導入するべきなような気がします。クールビズなどと政府は言いますが、そもそも猛暑時には作業量を減らすことこそが最もエコな気もしますし。

  おまけ
 前職の職場ではちゃんと社内にクーラーがあったものの古いせいか度々故障して、真夏の物凄い暑い中で延々とノートパソコンに記事原稿を書くという、「これなんていう修行?」と言いたくなるような事態が度々起りました。またきちんと動いていてもどうも設定温度通りに室内を冷やしてくれないことも多かったことから上司がよく、「おい花園、クーラーの設定温度をもっと下げてくれ」と指示が来てました。その際に、

自分「今日も暑いっすからねぇ」
上司「そうなんだよなぁ。特にこの席だと余計暑くってさ」
自分「ああ、そこ窓際ですからね

 という風に暑さのせいでボーっとしていたせいか何も意識せずに口走ってしまい、しばらく上司から白い目で見られる羽目になりました。上司も上司で、「俺は座席でも社内でも窓際なんだよ」などとすねちゃうし……。

2013年7月9日火曜日

参院選が終わった後の政局予想

 まず初めに、福島第一原発事故時に現場所長だった吉田昌郎氏が死去されたことが本日報じられたので、私からもこの場にてお悔やみを申し上げます。事故当時に自分は中国にいたので当時の状況については読者の方々の方が詳しいのではないかと思いますが、吉田所長は東電本部からの撤退命令にも応じないばかりか中止するよう連絡が来た海水注入を独断で続けるなど、あの惨事の中で立派な活躍をされた方だと聞くだけに、本当に惜しい人物をなくしたと感じる次第です。世の中、本当に良い人から先に死んでいく。

 話は本題に移って再来週に控えている参院選についてですが、はっきり言ってもう何も解説することはありません。これほど勝敗がはっきり見える選挙もなく、また実際に選挙戦が始まっても野党側は何の争点も作れていない始末で、もう選挙が今後どうなるのかという予想をすること自体が馬鹿馬鹿しいくらいです。
 とはいっても歴史系記事がメインだが一応は政治ブログ。何か書かないと個人的にも暇なのでもうこの際、選挙のことは放っておいて選挙の後の政局について予想をすることにします。

 まず選挙後の議席は言うまでもなく自民、公明の与党が過半数を握り、自民党政権としては第一次安倍政権以降続いていた衆参のねじれが解消されることとなります。これによって国会審議、議決でも与党がイニシアチブを握るので運営が大分楽になることが予想され、自民党としてはあれこれ法案を一気に出してくる可能性があります。
 そのあれこれ出してくるであろう法案の中で私が期待しているのは、アベノミクスの第三の矢です。というのも先日発表されたこの第三の矢こと具体的な成長戦略の内容は以前にも出ていた案の焼き直しに過ぎず、はっきり言って非常に失望させられる内容でした。所詮はアベノミクスも金融緩和だけで終わるのかと思う一方、「もしかして安倍首相は参院選までは選挙のために控えめな内容だけにとどめ、選挙で勝った後で大胆な政策発表、実行があるのでは」という期待感が一抹あります。まぁないとは思うんだけど。

 ただ選挙後に自民党は間違いなく、安定政権を築けることからこれまで以上に大胆に、言い方を考えると民意を気にしない政策を実行していくこととなります。まぁそれが民主主義なんだし、また民意に従った政策ばかりだとあまり良くないのでとやかく言うつもりはありませんが。

 そんな自民党に対して野党ですが、まず民主党に関しては最悪、分裂もあり得るかと思います。もともと与党になるために同床異夢で集まった政党ですから一回与党になってみてその目的が果たされており、かえって内部の矛盾が一気に噴出してしまっている状況なので立ち直りはそうそうきかないでしょう。同様に社民党も、もはや議席すらほとんど取れないので解党というか野党諸派扱いされて、ほかが駄目になる分、議席数を減らしても共産党が目立つようになるでしょう。

 では政府としてはどうなるのかですが、たとえば外交だと基本的に現在の路線がそのまま続くでしょう。現状でも安倍首相の外交方針は人気が高くて誰も文句言いませんし、他国と大きく関係を損なうようなイベントは今のところ見当たりません。ただ経済に関しては先ほども言ったようにアベノミクスの第三の矢の中身があまりにも拙いのもあり、期待ほどは大きく向上することはないと思えます。むしろ期待値が高い分、市場からそっぽ向かれたら株価が大きく下がる可能性もあってまたちょっと不安定な時期に入るかもしれません。

 例によってオチらしいオチがありませんが、私に言わせれば日本の経済力は下降するのが自然で、上昇することの方が不自然です。では無理矢理に不自然を実現させるべきなのか、むしろ芸術的な下降の仕方をみせてやるのが業師ではと思うのですが、こんな考え方してるのは私くらいでしょうね。

2013年7月8日月曜日

日本の失われた時代はあと何年?

 ちょっと夜遅いので短くもドスの利いた記事をサッと書き上げます。

 自分も昔に連載で「失われた10年」について書いておりますが、現代においてはもはや「失われた20年」という言葉の方が定着しつつあります。私としてはやはり90年代の10年間で一区切りするべきだと考えてたので失われた20年というのには違うようなとこれまで主張してきましたが、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災、そして民主党政権下の停滞した空気を考えるとやっぱり20年というスパンで見るべきだと思い直しました。

 あまり長引かせてもしょうがないので核心に入りますが、この「失われた20年」の議論というのは基本的に、「あの時何をしていればよかったのか、するべきだったのか」しかなく、今後どうすればいいかという議論があまりないように思えます。要するに、過去しか振り返らず未来の話がないってことです。
 じゃあ未来の話をすればどうなるのか。結論から言うと、日本で失われた時代はあと何年続くのかっていう事です。思い切ったことを言うと、少子化で経済規模が今後も減少していくことを考えるのなら「失われた100年」にまで最終的に行っちゃうんじゃないかとすら私には思えます。英仏100年戦争もびっくりだ。

 日本全体に対して私個人として言いたいのは、過去をもう振り返るべきではなく、もっと未来に何をするべきか目を向けるべきです。もっとも未来どころか、今の大半の日本人は現実すら直視していない、出来ない人も多いです。過去、現代、未来と時間の区切りは三つありますが、三つすべてを見られるのがベストであって、過去にだけ目を向けるというのは自ずと限界を迎える事態を招きかねません。

2013年7月5日金曜日

書評「上海、かたつむりの家」

 二回連続で書評というかレビューが続いてしまいますが、実はこの記事はため記事で木曜執筆、金曜アップなのでどうかご承知を。ぶっちゃけレビュー記事は時期を選ばないからいい。
 そんな今回紹介するのは「上海、かたつむりの家」という中国の翻訳小説です。なんでこんな本を取り上げようと思ったのかというと、友人から薦められて読んで、中国都市部の住宅事情と合わせて説明するのにいい本だと思ったからです。

 まずこの本の元々のタイトルは中国語で「蝸居」というもので、これは直訳するとそのまま「かたつむりの家」となり、小さい家でも我慢せざるを得ない中国都市部住民を表したタイトルです。かつて高度経済成長期の日本はEU(当時はEC)に、「あいつらはウサギ穴みたいな家に住んでいる」と揶揄されたことがありましたが、かたつむりよりかはうさぎ穴の方がまだマシかなぁと隔世の感を覚えます。

 ではこの小説は一体どんな話かというと、スタートは上海市に住む若い子持ち夫婦が自分の住宅を購入するために悪戦奮闘する姿から始まります。この夫婦は元々地方出身で上海の大学を卒業してからそのまま上海で働いていますが、給与は低いのに上海だと住宅家賃が高いもんだから生まれた子供は両親に預け、逆単身赴任みたいな感じで働いている夫婦です。
 そんな子どもと離れ離れの生活に悩んだ妻が、「何もかも不幸なのは自分の家を持ってないからだ」とばかりに急に家を買おうと動きだしたものの、住宅バブル真っ盛りの上海では買おうとする傍から値段がどんどん高騰し、一度仮契約を結んだ住宅も、「新しい客がもっとお金積んでくれたからあの話はなしね」とばかりに契約を祖語にされたりなど、買おうと思ってもなかなか買えず、イライラが募って夫婦仲も段々険悪になっていくというような具合です。

 と、前半はこのように住宅購入に振り回される今どきの若い夫婦がメインで描かれていて面白いのですが、中盤から妻の妹の目線が中心となっていきます。この妹には婚約者がいるのですが住宅購入に奮闘する姉を助けようと動いたところ、家も車も財産も、さらには妻子も持っているある公務員に一方的に惚れられ、住宅購入の頭金を援助してもらったことからなし崩し的に関係を持ってしまい、後半のネタバレをすると最終的に妊娠までしてしまいます。
 もちろんこんな関係は婚約者にもばれて妹は振られてしまい、妹自身も最初はいやいやだったもののどんどんと公務員にすがりつくようになっていくのですがそこで問屋を下さないのは公務員の妻です。こっちも最終的には不倫がばれて、公務員の妻に二度と近寄るなと妹は言われますがそれを拒否したところちょっと暴行され、お腹の子供は流産してしまいます。挙句、公務員はこれまでの汚職がばれて警察にマークされ始めるのですが、妹が病院に担ぎ込まれたと聞いて慌てて車を走らせます。そしたら「逃げるつもりか!?」と警察に追われて、カーチェイスの末に対向車と激突、そして妹の名を呼びながら敢え無く昇天……というような、なんか昼ドラみたいな終わり方でした。

 ここまで読んでてわかるかと思いますが、前半は今の中国の社会事情を描いてて面白いと思ったものの、後半は単なる痴話物の話でしかなくそれほど評価するに値しません。まぁ敢えて抜き出すとしたら、妊娠して一人で公務員の帰りを待つ妹がある日散歩に出ると、前の婚約者が別の女とすごい幸せそうに歩いているのを見て、「ああ小さな家で貧しくても、あの人と一緒にいた時期が一番幸せだったのに」とこれまた昼ドラ的なセリフを吐くシーンがあるのですが、このセリフは多分、今の中国の若者がぜひ言ってもらいたいセリフの一つだと思います。

 というのも中国ではまだ世間体というか見栄を気にするところがあり、結婚するに当たって家を買って、車も持ってないと駄目みたいな感覚が残ってます。数年前に、「家も車もなくったって結婚しちゃえ」的なノリのドラマ「裸婚」が放映されてからは「裸婚族」というのも出てきて少しはましになりましたが、それでも日本人と比べると結婚前に資産を揃えなければという意識は尚強いです。
 ただ私が思うに、中国人自体がそうした見栄というか世間体に付き合うのにこのところ疲れを感じているような気がします。特に住宅に関しては先ほども言ったように年々価格が高騰してただでさえ手が届かないものが余計に遠くに行っているような状況で、買おうったって無理じゃんと多かれ少なかれの若者は考えているように思えます。

 本題から大分離れてきましたが続けると、今の中国都市部の住宅価格の行動は給与の伸びよりも高いため、時間が経てば経つほど買えなくなってくるような状況です。だからこそみんな急いで買おうとして余計に価格が高騰していくのですが、日本もバブル前なんかは同じ状況だったと聞きます。中国政府もあれこれ対策打って価格高騰に歯止めをかけようとはしていますが、そう言った政策と共にこういう小説の様な、「無理して買わなくてもいいんだよ(・∀・)」という言葉が中国社会に求められているし、そういう言葉を中国人も聞きたがっているように個人的に感じます。だからこの小説もそこそこ売れたんじゃないかなぁ、テレビドラマ化もしたらしいし。

 最後に蛇足ですが、じゃあ日本人はどんな言葉を聞きたがっているのかというと「無理して働かなくてもいいよ」じゃないかと密かに思います。ブラック企業関連でね。


2013年7月4日木曜日

漫画レビュー「進撃の巨人」

 自分が書く漫画レビューは決まってマイナーな作品が多いのですが、たまにはアクセスアップを目指してメジャーな作品を取り上げようと今日は「進撃の巨人」について私の目線で紹介しようと思います。かなり昔にこのブログでも書いていますが、よく周りから私はその知識量をとかく評価されがちですが自分が最も他に比して鋭さを持っているのはほかならぬ観察力で、そういう意味でこういうレビューや情勢分析を書く時が鍛えに鍛えた表現力と相まって一番真価を発揮するような気がします。

進撃の巨人(Wikipedia)

 まず知らない方に向けて簡単に説明すると、この「進撃の巨人」という漫画は文句なしに今一番売れている漫画で、先月なんか今も放映中のアニメ化を受けて、全漫画の販売冊数トップテンのうち半分以上をこの漫画の単行本が占めるという驚異的なヒットを続けております。本格的に売れ始めたのは今年のアニメ化以降からですがそれ以前、というより連載開始当初から作者である諫山創氏はこれがデビュー作という新人ながらも、その有り得ないと言いたくなるようなストーリー展開とハードさが大いに話題となり通常ではあり得ない人気作でありました。

 私がこの漫画を知ったのは去年に一時帰国した際、好きな本を買ってくれるあしながおじさん的な友人から「この漫画が売れてるらしいよ」と紹介を受けたからで、早速その晩に漫画喫茶で読んでみましたが確かにすごい作品だと一読して感じました。大まかなあらすじを簡単に述べると、タイトルの通りというか人間の何倍もの大きさを持つ巨人が徘徊する世界で人類が時には食べられつつ、時には踏み潰されつつもあの手この手で駆逐しようと戦っていくという話です。このほかにも非常にさまざまな設定があるのですがストーリー解説が主題ではないのでここでは割愛させていただきます。

 まず一読した直後の私の率直な感想を述べると、「これは海外で売れる」の一言に尽きます。海外、特に日本の漫画がよく売れる欧州地域では「鋼の錬金術師」のようなダークファンタジーや近未来SFがヒットする傾向にあり、ジャンルとしてはダークファンタジーに属するであろう「進撃の巨人」もグローバル規模で売れるとまず思いました。またこの作品も「鋼の錬金術師」同様に近代くらいの西洋をイメージした世界が舞台で、東洋人は今のところヒロインのミカサ(腹筋が割れているヒロインは漫画史上初かもしれない)だけという徹底ぶりで、この点も欧州での販売に大いに貢献する設定のように感じました。

 さらにというか、ストーリー展開のハードさと意表を突く裏設定も見事なものだと太鼓判を押します。作中では先ほども書いた通りに人間が本当に紙屑のように巨人に食われる描写が描かれてあり、主要キャラも割とすぐ殺されます。そして人間を食べる巨人も描写が見事というか、これは作者も意図的に描いていると言っていますが、その表情が巨人ごとに常に同じに描かれています。笑っている巨人はずっと笑ってて、怒っているのはずっと怒ったままの表情を浮かべていて、これがなんとも不気味というか表情があるのに人間味が全くなくて巨人の迫力を大いに増させる演出だと感じられます。

 以上のような具合でなんていうかずっとべた褒めが続いていますが、私は間違いなくこの作品は2010年代(2011~2020年)における最大のヒット作になると考えています。2000年代(2001~2010年)の最大のヒット作は私の中では「鋼の錬金術師」なのですが、ジャンルも先ほども言ったように同じダークファンタジーであることから、完全にこの系譜を受け継ぎ海外市場における強力なジャパンコンテンツになると見ております。

 最後に蛇足かもしれませんが、この漫画というか作者の画力についてちょっと感じるところがあります。というのもほかのレビュアーの方もいろいろ書いているのですが、率直に言ってあまりうまい絵ではなく、特に最初の方なんか人物の描き分けがよく出来てなくて、「あれ、この人って前食われてなかったっけ?」などと私もしょっちゅう見間違えてました。あと動きのある描写もコマ割りが悪いのかいまいちイメージが出来なかったりして困らせられましたが、この点は最新刊だと大分改善されつつあります。
 ただそうやって貶しておきながらなんですが、逆に諌山氏の絵をほかの漫画家が真似して描けるのかと言ったらまず無理でしょう。諌山氏の絵は一見すると雑ではありますがそのかわりに個性がはっきりと備わっており、その溢れる個性がハードなストーリー展開とマッチしていてこの作品の成功につながっていると言い切ってもいいです。

 そんな諌山氏の絵を見て何を感じるのかというと、流行というか時代の変遷です。あくまで私個人の意見ですが、1990年代から2000年代にかけて漫画の絵は劇的にきれいになったというか、スクリーントーンをふんだんに使用してアニメの絵に近くなっていった気がします。こうした流れを作った代表的な漫画家を私目線であげると「BUSTARD!!」の萩原一至氏、「封神演義」の藤崎竜氏、「天上天下」の大暮維人氏の三人ではないかと睨んでいます(狙ったわけではないのですが三人とも絵は確かに上手いものの、ストーリー展開では風呂敷を広げ過ぎて最後に畳めなくなるのも共通している)。
 こうした絵の発達の流れを受けてやや雑な絵の漫画は排除され、逆にストーリーが悪くても萌え絵の漫画は連載が続けられたりというような傾向が各漫画雑誌で少なからず見えたのですが、今回取り上げた「進撃の巨人」を筆頭に、近年になって多少絵に難があっても個性の光る漫画が評価されるようになってきたかと思います。ほかの作品でパッと思い浮かぶのは「暗殺教室」ですが。

 最終的に何が言いたいのかというと、ここ2~3年で漫画の流行が明らかに変わってきたと感じるということです。多少個性がなくてもきらびやかな絵の漫画よりも、他の人に同じ展開を描くことは出来ないというような個性のある漫画が勢いを増してきており、これからの趨勢を決めていくのではないかと勝手に妄想する次第です。

2013年7月3日水曜日

韓国の近現代史~その十八、ラングーン事件

 ついにやってきましたラングーン事件。前にも書きましたがこの事件こそが今回の連載を始めるきっかけとなったもので、その理由というのも誰に聞いても「そんな事件知らない」という回答が返ってきたからです。年齢がやや上の世代ならわかるかもしれませんが私と同年代の人間はまず知らないでしょうし、それだけに取り上げる価値があると思い、それならば韓国の近現代史をまとめて書いてしまおうと思ったのがこの連載開始のきっかけでした。
 どうでもいいですが、「ラングーン事件」と聞いて「ブラック・ラグーン」を連想した人は多分私と趣味が合うでしょう。

ラングーン事件(Wikipedia)

 ラングーンというのはビルマ(現ミャンマーのヤンゴン)の地名です。
 事件が起きたのは1983年、当時の全斗煥韓国大統領がこの地を訪問した日でした。当時の全斗煥はソウル五輪の誘致活動を活発に行っており、この時の訪問も誘致支援をビルマに取り付ける目的があったのですが、こうした動きに対して苛立ちを覚えていたのはほかでもない北朝鮮でした。
 北朝鮮から見ればソウル五輪などもってのほかで、なおかつ韓国が活発な外交を行うことによって孤立化することを恐れたため妨害工作を準備していました。そしてその舞台となったのがこのラングーンで、多分世界的に見ても稀な第三国でのテロを実行することとなります。

 ビルマを訪れた全斗煥大統領一行は10月9日、現在も活躍されている民主活動家のアウンサン・スーチー氏の父親でありビルマ建国の父である、アウンサンを祀ったアウンサン廟への訪問を日程に入れておりました。このアウンサン廟への訪問はビルマを訪れる外国VIPにとっては定例といってもいいイベントで、それがためかえってテロの標的にされてしまったのでしょう。

 事件の経過を語ると、その日のアウンサン廟では迎え入れの準備が進められており、韓国やビルマの閣僚などは先に入って全斗煥大統領の訪問を待っておりました。そして午前十時半ごろ、全斗煥が乗っていると思われた車が廟に入ったその瞬間、廟の天井で突如爆発が起こり、韓国の外務大臣や副首相を含む21人が爆死、47人が負傷するという大惨事となりました。ただ最大の標的と言ってもいい全斗煥は到着がわずか2分ほど遅れたために難を逃れ、全斗煥が乗っていたと思われた車も韓国の駐ビルマ大使のものでした。

 事件後、ビルマ政府はすぐさまテロ実行犯の追跡に取り掛かり、捜査の過程で北朝鮮の工作員3人が犯人として浮上します。この工作員をビルマ警察はすぐに追い詰め、銃撃戦の末に1人を射殺、2人の逮捕に成功します。
 逮捕された北朝鮮の工作員のうち1人は事件の全容を自白し、事件前日にクレイモア地雷を仕掛けたことや北朝鮮当局からの指令だったことなどを明かします。北朝鮮の仕業だとわかったビルマ政府は断固たる措置を取り、それまで中立を保って韓国、北朝鮮のそれぞれの大使館設置を認めていたものの、北朝鮮大使館に対しては国外退去を命じるとともに国交も完全に断絶しました。
 なお北朝鮮側はこの事件に対し、韓国側の自作自演だと発表していました。

 この事件ではアウンサン廟がテロの舞台として使われていますが、これを敢えて日本に例えるなら、明治天皇のお墓に当たる桃山御陵を爆破するようなテロで、ビルマ政府が激怒するのも深く理解できる話です。なおかつビルマ政府が事件後に北朝鮮に対して断固たる措置を取ったことは見事な対応で、逆に未だに朝鮮総連の活動を認めている日本は何をやっているんだという気持ちにもさせられます。
 それとこの事件で真に着目すべきは、北朝鮮がなりふり構わず第三国においても韓国に対するテロ活動を実行に移してきたことです。というのもこの後に北朝鮮はあの大韓航空機爆破事件を起こしているだけでなく日本人拉致事件も起こしており、なんていうか見境のないテロ行為に手を染めていきます。そしてこの時期に金正日が実権を握りつつあったということを考えると、もうあれやこれやと考えが出てきます。

 そういうわけで次回はいよいよというか、大韓航空機爆破事件を取り上げます。

中国での戸籍異動制限の緩和方針について

中国、小規模都市・町の定住制限を全面撤廃(人民網日本語版)

 ちょっと時間が経ってしまっておりますが、非常に重要な中国ニュースなので私も取り上げておくことにします。

 まず前提の知識として、中国の戸籍制度について簡単に説明します。今現在の世界で戸籍制度がある国と言ったら私が知る限り日本と中国だけで(韓国は数年前に廃止)、日本の場合は部落出身者を区別するという要因が強いため残されていますが、中国では農民の都市への大量流入を防ぐためにこの制度が残されております。

 中国の戸籍は大きく分けて都市戸籍、農村戸籍の二種類に分かれており、都市戸籍の保有者は比較的どこでも簡単に戸籍の異動を行うことができますが、逆に農村戸籍の人間は別の農村ならともかく、都市部への異動は厳しく制限されています。もちろん都市戸籍を持たなくても都市部に住むこと自体は可能ですが、戸籍の異なる都市では様々な行政サービスが受けられなくなり、たとえば住宅購入が制限されたり、子供の公立学校への就学が認められなかったりして不自由な点がいっぱいです。
 一方、都市側の行政としてもいろいろ厄介な点が多いです。というのも個人への税金はその人の戸籍がある行政に納付されるため、税金を払っていない非戸籍者に対しても最低限の行政サービスを実行しなくてはなりません。それが100人は200人相手ならともかく、数万人ともなると行政コストは馬鹿にならなくなります。

 こうした戸籍の違いからくる行政問題の主役というのは言うまでもなく農村から都市部やってきた出稼ぎ農民、いわゆる農民工なのですが、多かったら多かったらで問題だし、かといって彼らが都市部に来なければ3K労働の労働力が足りなくなるというジレンマがあり、中国における社会問題の最たる課題と言っても差し支えないかと思います。無謀にも、これを卒論のテーマにしようとして私も失敗したことがありますが。

 ここで話を最初にリンクを結んだニュースにようやく戻ります。このニュースでは中国での内閣に当たる国家発展・改革委員会(発改委)がこのほど、都市に限って農村からの戸籍移動制限を緩和する方針を示したそうです。具体的な時期はまだ明らかにしていないながらも小規模の都市においては移動制限を完全撤廃、中規模と大規模の都市に関しても徐々に制限を緩和していくとのことで、これまでの中国の歴史から言っても画期的な発表のように私には思えます。

 中国政府としてはやはり、付加価値の低い農業からより付加価値の高い工業やサービス業への産業転換を図りたいと考えているようで、とくにサービス業の発展には都市部での消費額向上が欠かせないため今回の戸籍移動制限の緩和に踏み切る方針を出したのでしょう。もちろん北京や上海といった超大都市への戸籍異動制限は今後も続くでしょうが、地方の中小都市部への異動制限を緩和することによって大都市への一極集中を緩和させる効果も期待できるうえ、地方都市の発展につながるかと思えます。
 逆にデメリットとしては言うまでもなく食料生産で、勝手に推測するなら農業の大規模集約化も同時に進めていくかもしれません。むしろそうしないと国が持たないのだけれど。

 あともう一つ付け加えると、このブログでも何度も書いていますが去年あたりから中国政府はよく「城市化(都市化)」というスローガンを掲げています。このスローガンの言わんとするところは文字通り、地方の都市発展を推進するもので、これまで外国からの投資や輸出に頼った経済ではなく国内消費を活発化させることによって経済全体を盛り上げていこうという内容です。
 このスローガンと今回出された戸籍移動制限緩和は完全に軸が一致しており、日本みたいに言うだけ言って実行に移されないのとは異なり、きっと近いうちに具体的な政策が出されるかと思います。もっともリンクを結んだ記事にも書いてありますが、各都市がどれだけの人口流入に耐えられるか、人口の急増に行政サービスが間に合うのかという課題も残されており、今後こうした問題への対策案を注視していく必要があるでしょう。

2013年7月1日月曜日

限度額がわずか160円も、中国のクレジットカード

 ちょっと笑える中国ニュースがあったので取り上げます。

白领月薪2000多没房没车 办张信用卡额度仅10元(長江日報)

 リンク先の内容は簡単な中国語で書かれているので、中国語が読める方は是非そのまま読んでみてください。読めない方はこのまま私の文章の続きをお読みください。ちなみにニュースの見出しを翻訳すると、「月収2000元(約3万2000円)の家なし車なしのホワイトカラー、クレジットカード限度額は10元(160円)」となります。
 ニュース記事によると、民間企業に勤めるある女性が国有銀行でクレジットカードを発行したところ、クレジットの限度額は2000元程度になると聞いていたのに、いざ実際に届いてみると10元に設定されていたそうです。このあまりの限度額の低さに女性も、「これじゃ歯磨き粉2本も買えないじゃないのヽ(`Д´)ノプンプン」とコメントをしております。にしても、なんでここのたとえに歯磨き粉が出てくるんだろ。

 商業銀行の関係者によると、クレジットカードの限度額は基本的に下限が定められているわけじゃなく、銀行側によって恣意的に決められるそうです。そのため信用度の低い顧客に対しては当然低くなるわけで、場合によっては「0元」という、一体何のためのクレジットカードなのかわからなくなるギャグのような限度額設定もあるみたいです。しかもそれでいて、年会費はちゃっかり取るという鬼畜さ。

 一応の対策方法も書かれてあって、デビットカードとして買い物に毎月500元を使用していれば三ヶ月後には限度額は500元、半年後には2000元に引き上げてくれるそうです。それにしても、中国はたまにこういう有り得ない冗談みたいな話が現実に起こって報道されるから楽しい国だと思います。

2013年6月30日日曜日

韓国の近現代史~その十七、全斗煥の大衆政策

 真面目に不人気で仕方がないこの連載ですが、たとえ読む人間がいなくても最後までは貫徹しようという意気込みです。もっとも今回辺りから割と時代が近くなるので、自分も書いてて解説とかしやすくなる分、前よりは面白くなってくるんじゃないかという気がします。
 さて誰も覚えていないであろう前回では光州事件を取り上げ、全斗煥が大統領になるまでの道のりを簡単に紹介いたしました。光州事件に代表される政治弾圧によって見事大統領になった全斗煥ですが、彼は軍人出身でありながらこれまでの朴正煕とは一線を画す政策によって国内経済紙の振興、そして自身の支持率維持に努めました。

 最も代表的な政策と呼べるのが夜間外出禁止令の廃止です。朴正煕以来の韓国では一般市民の夜間外出を禁止していたのですが、全斗煥はこれを緩和して市民の自由な外出を認めます。それとともに市民の興味を政治に向かわせないために実行したとされますが、それまでほとんど認めていなかった大衆娯楽も解放しております。
 これら一連の政策は3S(スクリーン、スポーツ、セックス)政策とも呼ばれていますが、結果的には国内での消費が活況化することによって一時はGDPがマイナス成長に陥っていた韓国経済を再興させるのに影響させたのではないかと私は睨んでいます。

 こうした政策のほかにも全斗煥は、外交でも緊張融和路線を取ります。韓国の大統領としては初めて日本に公式訪問、昭和天皇との会見も行って経済支援を取り付けるだけでなく、1988年開催のソウル五輪招致にも成功しており、こうした「開かれた政策」に関してはなかなかの手腕の様に思えます。
 一方で国内の政治弾圧は一切手を緩めず、先に結末を話すと大統領職の退任後、全斗煥は一連の政治弾圧と汚職から死刑判決(後に恩赦で釈放)を受けることとなります。ただ皮肉な話というか、全斗煥に恩赦を与えたのは政敵でもあり後に同じく大統領となる金大中ですが、彼も大統領退任後に不正蓄財で捜査を受けて晩年はパッとしないところがありました。そして金大中は既に死去していますが、全斗煥はまだ存命というのもいろいろ思うところがあります。

 ちょっと早い気がしますが全斗煥に対する人物評を述べると、粛軍クーデターの際の手際といい大統領在任中の政策といい、その手腕は政治家としても軍人としてもなかなか見事なものだという印象を覚えます。韓国国内でも政治弾圧に関しては批判されるべきとされながらも評価すべき点もあるのではないかと再評価が進んでいると聞きますが、時代が時代とはいえ、政治弾圧がもしなければ名大統領として名を残せたのではないかという気がします。

 次回以降もまだしばらく全斗煥時代について書きますが、次回はいよいよというかこの連載を始めようと思うきっかけとなったラングーン事件を取り上げます。

2013年6月29日土曜日

テレビCMに対する苛立ち

 先ほど、NHKのスポーツニュースを見そびれたのでテレビ東京の「neoスポーツ」で野球の結果を見ようとしたのですが、そのCMの入れ方にあまりに腹が立ったのでここで愚痴を書こうかと思います。

 まず私がテレビの前に陣取ったのは放映開始5分前。もちろん番組が始まる前なのでこの間ずっとテレビCMが流れているのですが、それはまぁしょうがないと特に怒りを覚えることはありません。問題なのは番組開始後で、まず10時半になって番組が始まると、「今日は○○選手について徹底取材」などと短い映像と簡単な構成説明が1分程度流されて、そのすぐ後にまたCMに移りました。まぁこれくらいならどこもやってることだしと、まだ自分も我慢できます。

 とはいえさっきから延々と同じようなCM見させられて、「早く試合の結果だけ教えてくれよ」という感じて見ていたのですが、CMが終わると今度は番組司会者が「こんばんわー」って挨拶し、続いて解説者(緒方耕一氏と前園真聖氏)の紹介、そして二人が今日解説する内容を1分くらい紹介し、そのすぐ後にまたCMに移りました
 この時点で多分周りに誰もいなかったら、決して冗談ではなくテレビ画面に向かってリモコン投げつけていたことでしょう。一体どんだけCMを流すんだ、これは通販番組かと憤懣やるかたない状態でしたが一応は我慢し続けてそのまま待ちましたが、結局この番組が今日のスポーツ結果を報じ始めたのは10時38分頃、つまり番組開始から8分経ってようやく報じるという有様でした。ちなみにこの間、私は番組開始前と合わせて10分以上もCMを見させられたことになります。損だけ待ってようやく始まった番組でしたが、野球からではなくゴルフの試合結果から始まったのでそこでテレビの電源を切りました。もう絶対にneoスポーツは見ないぞ。

 あくまで個人的な違憲ですが、視聴者がCMにイライラするのはそのCM放送時間よりも、コマ切れにして出されることの方が大きいような気がします。上記のneoスポーツの様に番組はなかなか始めようとせず、1分くらい映像流した後にすぐまたCMに移す。この行為はいくらなんでも視聴者をなめたやり方じゃないかと個人的に思います。逆に10分インターバルでCM流すならまだ許せます。

 それにしても自分はこの頃本当に丸くなったと思います。若い頃だったらリモコンを投げようとするとかそういうレベルじゃなくて、こんだけ腹立ったらテレビに向かって横蹴りかフックを確実に入れていたことでしょう。血気盛んじゃなくなって良かったと思う一方、前ほど情熱的じゃなくなったことに少しさびしさを覚えます。

次回参議院選挙に対する私の見方

 先週末に都議選が終わって、日本の政界はいよいよ7月21日に行われる参議院選挙へと関心が移ってきました。かくいう私も三度の飯より政治と中国史が好きだというだけあって現時点でかなりワクワクしており、今日は思う存分に今回の選挙に対する私の見方をどがっと書いていきます。

 まず選挙結果の予測ですが、予測も何も自民・公明が勝利して大量の議席を獲得することはこの前の都議選の結果から言っても明らかで、むしろ与党がどれくらいの議席を獲得できるかが論点でしょう。前回の都議選でもそうでしたが今年に入って与野党間では何かを軸にした大きな論争は全くなく、選挙を前にした現状においても争点らしい争点は何も存在しません。強いて挙げれば憲法改正問題がありますがこれは有権者の間で関心が低く、選挙の争点としたところで野党は得るものはほとんどないでしょう。

 ではほかの分野は争点になるのか?結論から言えばNOとしか言いようがなく、経済分野では多少の批判はあるものの一定度の成功を収めているアベノミクスを批判するのは逆批判を受ける可能性が高く財界からも支持を失います。外交分野でも安倍政権は失敗らしい失敗はなく、中国や韓国とは依然と仲が悪いままですがそれは以前からだし民主党政権時代もそうでした。
 仮に野党がこれまでにこれらの分野で対案なり、独自政策案を出しているのならまだ話は違いますが今回においては、少なくとも私が見ている限りではPRしてきた対案などはなく、安倍政権がやることに対してなんか黙ってみていたような感じにしか見えません。恐らく野党としては安倍政権が何かしらミスったらそれを批判しようと待ち構えていたところ、なんとなくそのままアベノミクスとかがうまくいっちゃったことから何もしないで国会が終わってしまったってのが真相な気がします。昔話(中国伝来)の「待ちぼうけ」じゃあるまいし。

 この敵失(エラー)を待つという政治戦略ですが、皮肉な話であるもののここ数年の日本政治では有効な戦略でした。それが今回に限って何故うまくいかなかったのかというとアベノミクスが比較的成功したことはもとより、大臣を始めとする与党の有力議員が致命的な失言を犯さなかったことが大きいです。
 この点で私は自民党を今回高く評価しているのですが、以前と比べて本当に失言が減った気がします。議員自体が気を付けるようになったのか、失言をする人間を大臣にしなかったのかはわかりかねますが、実に守りの堅い陣営で臨んでいるように思え、自分が記憶する限りですと先日の高市早苗政調会長の「福島原発事故でも死亡した人間はいない」という発言以外では失言らしい失言がこの半年、全くありませんでした。あの麻生財務大臣ですら失言がないのはかえって気味が悪いが。

 このような観点から、次回の参院選では与党大勝利、野党大敗は最早確定していると言っても過言ではなく、与党が過半数を奪い返してねじれ国会も解消することは固いです。ねじれ国会が解消するのは素直に歓迎すべき事態で、あとはほかの改憲政党と合わせて三分の二の議席が取れるか、取れたら完勝ってところですが、非改選議席もあるのでこちらはそこまで簡単じゃありません。でもこのムードならいきかねないと少し思うところもあるのですが。
 ちなみに与党+改憲政党がギリギリで三分の二の議席に達しなかった場合、恐らく野党の間から離反者が出てくると思います。そしたら野党は組織が瓦解まではいかないまでもにっちもさっちもいかなくなるので、この際だから敢えて大敗してみた方が次につながるのではないかとも思います。大勝したら与党も気が緩んで失言をしたりするかもしれないんだし。

 ただそんな野党に対し、「こうすればいいのに」という案が実は一つあります。もったいぶらずに言うとそれは自民公認で立候補してくる渡邊美樹前ワタミ会長を徹底的にやり玉に挙げて批判することです。渡邊前会長については私も記事を書いて批判をしておりますが、折しもブラック企業に対する批判が社会的にも高まっているようにも感じられ、身近な話題と企業であることから有権者の感性にも訴えやすい気がします。
 ワタミは昨日発表された第二回ブラック企業大賞にも見事ノミネートされており、このような社会通念上、問題のある企業の元代表を公認する自民党の姿勢はどういうものか、法律違反を行っている企業を堂々と認めるようなものではないかといった具合に、どうせほかの論点では勝ち目がないのだからワタミ批判に絞って選挙戦を展開したらまだ得られる議席もあるんじゃないかという気がします。

 念のため補足しておきますが安倍首相と渡邊前会長は以前から昵懇の仲で、第一次安倍政権時も教育再生会議のメンバーに入っております。今回の公認も安倍首相の肝いりであることは間違いなく、それだけに野党側としては付け入る隙もあるのではないかと、具体的なことには言及せずにここらで筆を止めます。

 故水野晴郎じゃないけど、政治って本当にいいものですねぇと言いたくなる夜です( ´ー`)

2013年6月28日金曜日

衆参ダブル選挙を予測した方々に対して

 また例によって関係ない話題からですが、以前にも紹介した「銀のさら」のCMがまた面白いです。こういうのを見ていて思うけど、つくづく自分は不条理なネタが大好きな気がします。

 話は本題に入りますが、これから次回参議院選挙についての私の見解を思いっきり書こうかと考えているのですがその前に、どうあがいても理解不能な政治予測が先月から今月にかけて出回っていたのでそれについて個人的な批判をします。

参議院選挙直前の衆議院解散による衆参同時選挙はあるのか?(児玉克哉三重大学副学長・教授)

 やり玉に挙げて少しかわいそうな気がするのでフォローを入れると、今回問題視している「衆参同時選挙が起こるかも?」と予想した人は他にもいっぱいいますし、日経新聞など大手紙の政治部記者もたくさん書いています。その人たちに対して強く言いたいのですが、お前たちの気は確かか?

 本来、予想というのは外れる可能性もあるのだし当たってるかどうかでいちいち批判すべきではないとは思うものの、この衆参同時選挙がさも起こるかのように意見を主張した方に対しては強い疑念を持ちます。

 今回このような主張をした人たちの意見をまとめると、昨年12月に実施された総選挙は一票の格差が大きく、各裁判所からも無効とはしないまでも次々と違憲判決が出されております。そのため上記リンク先の児玉三重大学副学長によると、このままいけば司法から選挙無効判決が出る可能性もあり、そうなってしまっては選挙をやり直さなければならなくなります。なので一票の格差を是正する「0増5減」の選挙区改正を実施した後、7月21日に実施が予定されている参議院選挙に合わせて安倍首相は衆議院も解散し、同時選挙を行ってくる可能性が高いというようなのが主な主張です。

 言ってはなんですが空想も甚だしい意見としか私には思えません。日本の司法というのは三権分立という言葉があってないくらいに行政のいう事に従いますし、仮に選挙無効という意見を出してもその意見を出した裁判官が左遷されてなかったことになるだけでしょう。また前回衆議院選挙で自民、公明の与党は大勝しており今ここで解散してもメリットはほとんどなく、たとえ司法からクレームが来たって政治的判断で無視するのが結果のような気がします。
 有権者からしても去年選挙やったにもかかわらずまた総選挙をやろうものなら変に感じるでしょうし、下手したらその疑念によって与党は今より議席を減らす可能性もあります。以上の様に衆議院解散、同時選挙に打って出るというのは動機も、メリットも、民意もない行為でしかなく、やろうとする人間はまずいないでしょうし、いたとしたら余程の馬鹿か変人に限ります。まぁ昔、一人の変人が誰も予想しない中で衆議院解散に打って出て、見事に大勝してのけたことはありますが。

 重ねて厳しく批判しますがこの衆参同時選挙という予想は想像する価値すらない予想であって、こんなくだらない意見を主張して無駄に有権者を惑わせてどうするのだと同じような意見を言ってた人たちに強く皮肉を言ってやりたいです。どうせ実現性の低い予想をするならもう少し状況解説とか参考に足る内容を発信するべきで、こんなしょうもないこと言うというのはもう政治センスがないに等しいのだし仕事を変えた方がいいと私から是非お勧めします。

2013年6月27日木曜日

ゲーム会社、インデックスの破綻について

 自分は以前はそんなにアニメを見る方ではなかったのですが、今期に限っては「進撃の巨人」、「はたらく魔王さま」、「デビルサバイバー2」の三本のアニメを毎週欠かさず見ております。「進撃の巨人」に関しては漫画も大ヒットしているので説明するに及ばず、アニメスタッフも超人気漫画ということで力の入れようが明らかに違ってて私も高く評価しているのですが、実はそれ以上に評価しているのが「はたらく魔王さま」です。
 細かいあらすじは語りませんが魔王がマクドナルドのアルバイター、勇者がNTTドコモのコールセンター契約社員という、非正規雇用化が進む現代社会をうまく題材に使った原作の面白いストーリーはもとより、こちらもアニメスタッフが非常にいいというか演出が他のアニメと比べて段違いにいいように思えます。それこそ見せ方一つでここまで面白く出来るのかと感心させられるくらいで、映像の世界は奥が深いと思い知らされる出来です。またヒロインに対してネット上で、「ウォールエミリア」、「板金」などと揶揄されているのも見ていてかなり笑えます。

 と、そんな趣味の話は置いといてそろそろ本題に入りますが、私が今見ている三本目のアニメ、「デビルサバイバー2」は同名のゲーム作品を元にしたアニメ作品なのですが、このゲームを制作した株式会社インデックスが本日、経営破綻して民事再生法の適用申請を出してきました。

金融商品取引法違反の疑いで強制調査を受けたインデックス(ジャスダック上場)、民事再生法の適用を申請(帝国データバンク)

 もともと「デビルサバイバー」をはじめとする一連のゲーム作品はアトラスという会社が作っておりました。ただインデックスが大分前にアトラスを買収してからはアトラスはブランド名となり、その後も「ペルソナシリーズ」を始め人気作を出し続けそこそこ成功して生き残ったゲーム会社だったのかと思いきや、思いっきし粉飾決算をやらかして損失を隠しており、それがばれたもんだから一気に民事再生法へと駆け込んだ模様です。
 非常に残念な話なのですが、本業のゲームの方では固定ファンもついてて海外でも高い評価を受けるなど好調だったにもかかわらず、日本振興銀行と株式を相互保有した後に振興銀が破綻しちゃったもんだから一気に財務体質が悪化し、多大な負債を抱えたもんだから粉飾決算をやるようになってしまったと発表してます。もっとも、ゲーム部門も全部が全部ヒットしてたわけじゃないってのもありますが。

 それにしても「デビルサバイバー2」のアニメが絶賛放映中で、来月には追加要素を詰め込んだ「デビルサバイバー2 コードブレイカー」を発売しようとしていた矢先であるだけに非常に残念な事態です。というのもアニメが面白いもんだから自分も買ってやってみようかと思っていた矢先で、親父からニンテンドーDSをふんだくる準備も進めていたのですが、果たして予定通りに発売されるのか。まぁこんだけ発売日が近ければ、発売中止にすることはないと思うけど。

 っと、ここまで書いておいて今気が付いたのですが、 「デビルサバイバー2 コードブレイカー」はニンテンドー3DS専用ソフトで、親父からニンテンドーDSをふんだくってもハードが対応してないのでこれじゃ遊べません。っていうか今年3月に暑い日も寒い日も上海(+香港)で一緒に二年間も頑張ってきた自慢のPSPが実家のリフォーム中になくなっており(施工業者の人間に盗まれた可能性が大)、この際だから3DSを買っちゃおうかなぁ。前の会社で「ゲーム業界記事が唯一書ける男」として名を馳せてたんだし(買う事とは関係ないか)。

 あと最後に蛇足かもしれませんが、自分の持病もあるのかもしれませんが何故か一昨日に突然、旧アトラスで女神転生シリーズのプロデューサーとして深く開発に関わった岡田耕始氏のことが急に気になりました。この人は有名プロデューサーとしてゲーム業界では非常に名が知れた人だったのですが、アトラスを退社した後に自分のゲーム会社「ガイア」を起ち上げたもののあんまりうまくいかなかったようで、HPが大分前から休止していることから既に破綻していると言われております。
 同じように「ロックマン」や「バイオハザード」シリーズに関わった元カプコンの岡本吉起氏も独立後、開発したゲームの売れ行きははっきり言って非常に悪く、社員を解雇した上で現在は活動を停止しております。

 私が思うに、ゲーム業界というのは非常に回転が早い業界です。発想がモノを言う世界なので以前にゲームをヒットさせた人間がまたヒットするゲームを作れるかと言ったら必ずしもそうではなく、逆に若いスタッフ達でも発想や仕組みが良ければヒット作品を作れる可能性があるような業界に思えます。またプレイヤーの感覚もすぐに変わってしまうので、変に過去の成功体験を活かそうと考えると足元をすくわれる可能性すらあります。
 岡田氏、岡本氏に限らず元有名プロデューサーが独立したもののあんまりうまくいかないという話をよく聞くのですが、その原因は「回転の早い業界」にあるんじゃないかと個人的に思います。素人の癖にえらそうな口きいて少し申し訳ない気持ちもするのですが。

 久々にまとまりがない記事を書きあげてしまった感があります。流れをまとめると以下の通りです。

1、見ているアニメの感想
2、インデックスの破綻
3、アトラスのゲーム
4、PSPが盗難(;Д;)
5、有名ゲームプロデューサーの独立後

 性格もあるでしょうが、こういうまとまりのない記事というものにたまに自分で美を感じます。自分も文章に対して「崩し」を求める頃になってきたのかな。

2013年6月25日火曜日

上海総合株価指数の大幅下落について

 今日はちょっと久々に中国の経済ネタ、しかもリアルタイムなネタにチャレンジしようと思います。

 日系メディアでも報じられておりますが昨日の6月24日、日本の日経平均株価に当たる中国の株価の目安、上海総合株価指数が前日比で5.3%も下落して2000ポイントの大台を割り、1963.23ポイントにまで落ち込みました。この辺はここのチャートを見てもらえればわかりやすいですが、この1年間は2000ポイント台をうろうろしていたことを考えると今回の下落はインパクトが大きいと言わざるを得ません。
 そして一夜明けた今日25日も株価は乱高下を繰り返し、終値は前日比0.19%下落の1959.51ポイントとなり依然と低迷する状態が続いております。先週末に行われた都議選で自民党が大勝したにもかかわらず日経平均が伸び悩んでいるのも、この中国の株価大幅下落も大きな原因の一つになっているように私は思います。

 では何故ここにきて中国の株価が大幅に下落したのでしょうか。こういう時、原因は一つだとしばしば主張する人がいますが私としてはやはり複数の要因が絡まりあった結果だと思えるので、ひとまず中国メディアなどで主張されている要因を片っ端から挙げていきます。

1、経済指標などに現れる全体景気の鈍化
2、銀行の貸し渋り
3、企業などによる迂回融資に対する規制予測

 まず一番目については何も言うことなく、HSBCが今年通年のGDP成長率が前年比0.4ポイント減の7.4%になると予想するなど、このところ弱気な予想が相次いでます。
 そして2番目についてですがこれは中国メディアの記事に書かれていたもので、なんでも金融監督を行う部署が商業銀行に対する資産査定を近々実施する予定で、その査察をパスするために各銀行が現金比率を上げようと躍起になったことから融資を抑え始め、資金流通が悪くなったと書かれてありました。まぁ有り得ないとは言えない意見です。

 そして三番目、これはさっき報道ステーションでもやっておりましたが、経済成長が鈍化していることから銀行も中小企業への融資は慎重になっているものの、大企業に対しては今まで通り寛大に融資しているそうです。ただ大企業ではお金はあっても投資計画はそれほどないため、銀行からもらったお金を市場金利より高い金利で中小企業へ貸し付けるという迂回融資を行って利ざやを稼いでるらしく、こうした行為が続けば不良債権が広まる可能性もあるために銀監会が規制をかけるもようだ、という予想が出始めたことで、融資経路がさらに狭まり株価も下落すると見られたことによって株を手放す株主が出たなどと言われています。

 このように市場の不安が色々絡み合うことによって高まったことが原因で株価が下がったという話なのですが、私としてもこの意見が正しいと見ています。更に言えば株価の下落がさらなる下落を呼んだことによって大幅下落を招いてるともいえるのですが、中国当局側もさすがに黙ってみていることはなく、「市場の期待する金融政策を実施し、資本の流動性を高める」などというアナウンスを出しております。
 今後の予想ですが、正直言ってわからないとしか言いようがなく、しばらく中国株は手を出さない方がいいというくらいしか言えません。恐らく中国政府は力技で一時的になんとかすることは出来ても、証券市場は去年あたりからずっと不調で、香港も暗い状態が続いていることから急速な値上がりは期待できず、下手に手を出すくらいなら様子を見るのが一番じゃないかという気がします。

 最後にどうでもいいですが、中国のニュース見ていてこんなニュースにびっくりしました。

印度CPI增幅连续三个月回落 今年已经三次降息(中国証券報)

 書かれている内容はインドのCPI上昇率(インフレ率)が三カ月連続で鈍化しているというものですが、何に驚いたのかというとその数値です。というのも5月のインドのCPI上昇率はなんと9.31%で、物価上昇が激しいなどと日系メディアに叩かれる中国の約4倍もの数値です。インドでこんなにインフレが進んでいるなんて全然知らなかったなぁ。

2013年6月23日日曜日

近年の漫画雑誌印刷部数の推移

 知ってる人には早いですが私は社会学出身でやたら統計が大好きです。前職中も統計記事ばっかり書こうとするから、「お前はもうちょっと外部で人の話を聞いて書け」などとありがたいお叱りも喰らったくらいなのですがへこたれず、何か統計物で書いて見ようかなと思っていた矢先、日本雑誌協会さんが非常にいい統計データを公表してくれていたので、今日は漫画雑誌の印刷部数の推移について書いてこうと思います。そういうわけで御託はいいので早速、三大週刊少年漫画雑誌こと「週刊少年ジャンプ」、「週刊少年マガジン」、「週刊少年サンデー」の発行部数のグラフ(手作り)をどうぞ。





 まず注目すべき結果なのはやはりジャンプです。どちらのグラフを見てもらってもわかりやすいですがマガジンもサンデーも右肩下がりに印刷部数が減少しているのに対して、四半期で減少となる時期はあるものの全体として落ち込みが見られません。現に2009年第1四半期(1~3月)と2013年第1四半期で比較してもジャンプだけが約3万5,000部の増加となっており、逆にマガジンは約29万部、サンデーは約28万部とそれぞれ減少しています。

 市場全体で考えると少子化でターゲットとなる読者層が減少する中、はっきり言ってマガジンやサンデーの様に部数が減少していくことの方が自然です。にもかかわらず部数を維持できているということは読者層、または年齢層を拡大するのに成功していると捉えるべきなのかもしれません。
 それにしてもマガジンは1990年代の後半には部数でジャンプを逆転した時期もあったのに、今ではダブルスコアを付けられるくらいまでに引き離されたというのはなかなか厳しい現実です。もっともそんなこと言ったらサンデーの方が状況は深刻で、このペースだと今年第2四半期(4~6月)は確実に50万部を切ってしまい、採算的にベースを維持できるかとすら思ってしまいます。

 あと最後に細かい点ですが3誌ともに2011年の第2四半期に、期間中も大きな前期比マイナスを記録しています。これは恐らく東日本大震災に伴う流通の混乱が最大の原因でしょう。

 と、少年誌に関してはここまでにして続いて青年漫画雑誌も早速グラフ投入です。




 青年漫画雑誌は少年漫画雑誌と比べると雑誌数も多く、また発行時期も週刊、隔週刊、月刊もあって比較し辛かったです。ほかにもデータを取った雑誌があるんですが、ひとまず代表格を私選でピックアップしたのが上記のグラフです。
 こちらは少年漫画誌と比べて勝ち組と負け組が分かれることなく、折れ線グラフを見てわかる通りにどの雑誌も右肩下がりでV字回復する見込みすら立たないような状況です。改めてこうしてみると漫画雑誌業界はどこも苦しい現状にあるようで、特にこっちの青年漫画雑誌なんか隔週刊が多いにもかかわらずこれだけ部数落として採算乗るのかと、こちらも見ていて不安に感じてきます。

 雑誌別で見ていくと2009年からの4年間でビッグコミックが約15万部、ヤングマガジンも約15万部、ヤングジャンプが約14万部と部数が減少してます。個人的にちょっと深刻だなと感じるのはヤングジャンプで、出版している集英社は2011年に同じ青年漫画誌のスーパージャンプ、ビジネスジャンプを廃刊して発行雑誌を整理したにもかかわらず部数が下降線を辿っています。まぁそのかわりにグランドジャンプ作ったからかもしれないけどさ。

 このほかの雑誌でも部数が比率的に落ちており、アフタヌーンに至ってはいつの間にか10万部の大台すら割っています。月刊誌でこの発行部数だとこれまた採算おかしくないの聞きたくなるのですが、「ああっ女神様っ」、「大きく振りかぶって」、「げんしけん」などそこそこ知名度の高い作品も擁しているのになかなか売れないもんです。もっとも私個人としてはアフタヌーンだと「シドニアの騎士」を最も高く評価しておりますが。

 あと今回個人的に残念だったのは、スクウェア・エニックスの月刊少年ガンガンの発行部数が公表されていなかった点です。会員名簿を見るとちゃんと日本雑誌協会に入っているのですが何故だか未公表です(・д・)チッ
 何故ここの発行部数が気になるのかというと、2000年代最大の漫画ヒット作と言ってもいい「鋼の錬金術師」が2010年に連載を終えましたが、この前後でどれだけ変動があったのか、ヒット作完結のインパクトがどの程度なのかを測りたかったからです。ネットの噂によるとやはり部数が大幅に減少しているとのことですが、どれもデータの出典元が明らかにされていないから正直信用できません。ただガンガンは本当に「鋼の錬金術師」のワンオフ雑誌、例えて言うなら黒田選手しかまともな投手がいなかった一時期の広島カープみたいだったので、部数が大幅に落ち込んでいるというのも理解できなくはないですが。まぁカープの投手陣はこのところ盛り返してきたけど。

わからないことをわからないと言う意識

 昨日の記事でも少し触れましたが、私が意見を発信する際に気を付けていることとして「わからないことははっきりとわからない」と言うようにしています。これには一つエピソードがあり、その時は私が中学生の頃に戻ります。

 当時、確か中学一年生の夏休みに出された読書感想文の宿題用として図書館で何故か死刑関連の本を読んでいたのですが、その本で死刑は犯罪抑止につながるのかどうかという項目で、「ここ数年の犯罪件数は増えていると思うか?」という質問のアンケートが載せられており、「はい」、「いいえ」、「わからない」の三通りの回答割合が掲載されていました。確か「はい」の割合が最も高かったと思うのですが実態は逆で、むしろ当時の犯罪件数は減少傾向にありました。
 これと同様のものでよく少年犯罪の認知件数がありますが、テレビでセンセーショナルに報じられることから増加傾向にあると思われがちですが、前年比では増えたりする年もあるものの、1980年代と2000年代を比較すると大幅に減少しております。なんで増加していると思われるのかというと、マスメディアがセンセーショナルに報道しがちだからだと言われている、というかそれしか有り得ません。

 話は戻りますがまだくちばしの青いガキンチョだったこともあり、実際には犯罪件数が減っているという事実にかなり驚くとともに、「何故自分は見たこともない統計に対して増えているなどと勝手に判断したのだろう」と思い、「わからない」と回答した人たちになにやら敬意を持ちました。今思い返すとこの頃に統計に対する意識というものが芽生え、わからないものは調査して調べる、または統計結果を必ず出すようにしようという変な性格が方向づいたのだと思います。

 ソクラテスの無知の知ではありませんが、知らないということを知らないというのは簡単そうに見えて実は必ずしもそうではないような気がします。自分が一体何を理解していて何を理解していないのかを把握することは重要ではありますが、それをきちんと実践できてるかとなるとまだ疑問です。出来ないなりにしろそういったことに気を付けることが意見を主張する上で大事なのではというのが、今日の私の意見です。

2013年6月22日土曜日

このブログの公正・公平さについて

 日本に帰国してからこのブログの読者と会う機会が増えていますが、その際にブログの感想を尋ねるとよく、「発信される意見がどれも公平な視点で書かれている」ということを数多く聞きます。このブログは現在、歴史系記事がアクセスゲッターとなってはありますが一応は政治解説ブログとして出発しており書いてる本人は今も政治解説ブログだと信じており、政治というやや機微なテーマを扱うことから偏った意見を発信するブログにしてはいけないとは心がけていたものの、こうして読者から公正・公平という意見をもらえて素直にうれしく感じました。
 もっとも、こんなことを言ってもらえるのはわざわざ会ってくれるほどのコアな読者だったためと言われればそれまでなのですが、折角だから具体的に私が意見を主張する上でどのような点にを気を付けているのか、またどういったところが公平だと見てもらえているのかを今日はちょっと書いてみようかと思います。

 まず先にも書いた通りに、このブログを起ち上げるに当たってなるべく公正な視点で政治意見を主張しようと一応は気を付けており、気を付けるに当たって主に意識したのは以下の三点です。

自分の立場、身分を明確にする
最終的に自分がどの意見を支持するのかを明示する
わからないことははっきりとわからないと明示する

 ごくごく単純ですが、この三原則は意識して守るようにしております。

<自分の立場、身分を明確にする>
 上から解説していくと1番目は基本中の基本ではありますが、はっきり書けば大手マスコミなどが疎かにしている点だと言ってもいいと思います。たとえば非正規雇用問題を書くに当たって私が正社員か、契約社員か、フリーターか、その属性によって主張する意見は同じでも中身は変わってしまうこともあります。正社員の手厚い保護手当への批判をフリーターの身分で行うよりも正社員の身分で批判する方が説得力があるのは言うまでもないことですが、一番よくないのは自分がフリーターなのか正社員なのか、どっちの身分に今いるのかを明らかにしないことだと思います。読者の側からしたらこんなの見えるわけがなく筆者の側から提示するよりほかないわけですが、その意見に対する判断材料としても重要になってくるものなだけに言われなくても筆者側が明らかにすべき情報だと私は考えます。

 ただ先ほどの正社員の手当てに関するものであればまだ正社員でもフリーターでも意見の中身がしっかりしていれば大きな問題にはなりませんが、それこそ死刑廃立問題、原発再稼働問題においては立場や身分を隠し立てすることは完全に欺瞞となります。昨年などは原発再稼働を市民に問う意見公聴会で電力会社社員が組織的に参加し、かつ自分が利益受益者であることを隠しながら再稼働に賛成という意見を主張しましたが、これなどまさに我田引水な駄目な典型でしょう。
 大手メディアも死刑問題や税制問題において専門家の意見を取り上げることがありますが、こういうのは大抵そのメディアが持つ意見に近い片側の専門家で占められる(死刑問題なら廃立派の専門家しか出さないなど)ことが多いにもかかわらず、さも中立を装って専門家の意見として載せるのを見てたら読者もいい気がしないでしょう。だったらもっと堂々と、「うちの新聞は廃立派だ!存立派の意見聞きたきゃヨソ行けヨソ!」と言い切った方がいいんじゃないかと他人事ながら思います。一回でいいからこんなこと書く新聞見てみたいな( ・∀・)イイ!!

<最終的に自分がどの意見を支持するのかを明示する>
 次に2番目についてですが、基本的にこのブログではよっぽどのことがない限り判断材料となる肯定派、否定派の意見を両論併記するようにしております。そして両論を併記した上で筆者である私はどっちの意見が優勢であるかを判断し、自分の支持する意見を直接的にはっきりと書くように心掛けています。
 これも大手メディアに多いのですが両論を併記しただけで投げっ放すというか、どっちの意見が書き手として正しいと思うかは書かないことが多いです。まぁこの辺に関してはメディアも企業という立場もあるのだし多少は理解できなくはないのですが、私自身もそうですが読者としては読後に消化不良な感じを持たざるを得ず、私自身がそういうのに不満だから「じゃあ俺が書いてやるよ( ゚Д゚)ドルァ!!」ってばかりにこのブログを始めたきっかけになったのですが。

 ただこの意見を明示するという行為ですが、この辺の書き方は地味に自分のストロングポイントというか腕の見せ所なのかなと思う時があります。基本的に私が意見を主張する際は、「100%絶対的にこっちが正しい」と書くことも結構ありますが、実際には8:2ないし6:4でこっちの意見が正しいと思うというような、否定する意見にも一理あると思うことが多いです。一理はあるものの全体的利益や現在の情勢、下手したら私個人の感情を考慮した上で優先すべきは賛成する意見だという具合にして自分の立場を明示するわけですが、この辺の感覚をどのように読者に伝えるかはなかなか難しく今でもまだ力が及んでないとは自覚するものの、そもそもこういう書き方をする意見発信者が世の中で極端に少ないため、私個人の勝手な当て推量ですが読者の人からしたら新鮮に映っているのかもしれません。

わからないことははっきりとわからないと明示する
 最後のこの原則もそうですが、基本的に意見を主張する際は言い切った方が絶対的に得です。「~はこうなる!」といった具合に言い切って、もしその予想が間違えていたら、「外しました。予想が甘かったです(´・ω・)スマソ」と言い切ると相手側も批判し辛くなります。たまにこれを理解してなくて、「~になる可能性も無きにしも非ずという意見があり」などと書いたり言ったりする輩もいますがこれだと聞いてる側も不快感覚えるし、外した際も曖昧に弁明してたらその態度自体が批判されることになります。どうでもいいですが、前職の上司も講演をする際は、「外してもいいから予想を言う時は自信たっぷりな振りして言う」と言っており、何事も言い切った方がいいと言った自分を何故か誉めてくれました。

 それでこのわからないことをはっきりと明示することについてですが、予想や判断をする上ですべての判断材料を網羅することは無理に決まっており、基本的には手持ちの判断材料で決めるしかありません。ではその判断材料から漏れたものはどうするかといったら無視するよりほかなく、たとえば現地に住んでいる人の感情などはわかりようがないのですが、こうした材料についてなるべく言及する様には心がけています。書き方としては、「現地住民はどのように感じているかわからないまでも、あくまで外から見ている立場の自分の意見は~」といった具合で、最初の「立場や身分を明示する」という原則にも通じますがどの重要な判断材料を無視した、またはわからないかは書くに越したことはありません。逆に知らないにもかかわらず知った風な口きいて書くのは私個人も気に入りませんし、読む側からもいい気がしないでしょう。
 このわからないということをはっきりわからないと言うことについてはちょっとバックグラウンドがあり、この辺の経緯についてはまた次回に紹介します。

 またずいぶんと長くなりましたが、自分が公正・公平を期すために気をつけている点はざっと以上の三点です。細かい点ならまだありますが私個人としては上記の三点をきちんと守ってさえ言れば大きく道を外すことはないと考えており、もし自分の意見が公平に見られているのならこうした原則が担保してくれているのだと思います。

2013年6月20日木曜日

韓国の近現代史~その十六、光州事件

 まだなかなか終着点の見えないこの連載ですが、前回は朴正煕の死後、軍部内での権力争い(粛軍クーデター)で機先を制することによって全斗煥が実権を握ったところまで紹介しました。軍部内で実権を握ったことによって取り立てて政権基盤を持たない当時の崔圭夏大統領に対する全斗煥の影響力は強まり、この時点でほぼ傀儡政権化しておりましたがそれでも飽き足らず、全斗煥は本命の大統領就任に向けて行動を開始します。この過程で起きた民衆運動こそが1980年の光州事件で、今日はこれを紹介します。

5.18光州民主化運動(Wikipedia)

 事件の発端となったのは軍部を握った全斗煥が新たに施行した戒厳令がきっかけでした。朴正煕政権時代も夜間の外出を禁止するなど厳しい戒厳令が敷かれておりましたが、朴正煕の死後に大統領に就任した崔圭夏はそれまで行動を制限していた金泳三や金大中など民主派活動家の行動制限を緩めたことにより、韓国では一時民主化ムードが立ち込め「ソウルの春」という時代がありました。しかしこうした流れを止めたのは全斗煥でした。彼は自分が立候補する大統領選に際して敵となると見た金泳三、金大中らをこの戒厳令によって逮捕・拘束し、政治活動を著しく制限しました。

 これに怒ったのは金大中の出身地域に当たる全羅南道にある光州市の市民。現在はどうだかわかりませんが当時の韓国は地域意識が非常に高く、政治も地元出身の議員が熱烈に応援される状況だったらしく、一連の金大中への制裁に激しく起こり、反対運動デモが頻繁に実施されました。こうした動きに全斗煥も黙っていません。早速軍隊を光州市に差し向けてデモ鎮圧に動いたのですが、これに対して光州市民側も態度を強行化させ、大きな暴動へと発展していくこととなりました。

 ウィキペディアの記述を引用すると、当時人口75万人だった光州市に投入された総兵力は2万人と、非常に大規模と言ってもいい数字です。鎮圧部隊は群衆に向かって一斉射撃を行ったほか、光州市をぐるりと包囲して情報を完全にシャットアウトし、市民側代表者と武装解除に向けた交渉を行ったと言われております。この間、韓国国内では光州市で何が起こっているのかが全く報じられず、この時の事実はそれからしばらく中国における天安門事件よろしく口伝てでしか伝わら中たようです。

 むしろ逆にというべきか、海外では重大な政治弾圧事件だとして大きく報じられ、アメリカの当局関係者も関心を持ったと言われております。私自身は今回の連載開始に向けた勉強でこの事件を始めて知ったのですが、名古屋・広島に十年以上も左遷され続けてとうとう東京本社に戻ることなく会社を退社したうちの親父は事件を覚えており、一定の年齢層以上は多かれ少なかれ日本での報道を見聞きしていたようです。

 最終的に武装した市民の指導者らが射殺されるなどして、包囲は約10日間を以って終わりを告げます。事件の死亡・負傷者については未だはっきりしておらず今後の研究が待たれるのですが、ウィキペディアが引用している「518記念財団ホームページ(リンク切れ)」の発表によると死者数は240人、行方不明者数は409人、負傷者数は5019人と、どれも大衆運動の鎮圧事件とみるには大人数です。

 こうした政治弾圧を行いつつ全斗煥は崔圭夏に大統領を辞任するよう圧力をかけ、彼を引き摺り下ろします。そして行われた大統領選挙で当選したことにより念願の大統領職に就任することとなるわけですが、その際の施政はソウル五輪の招致などなかなか見るべき点が多いので、次回でまたゆっくり解説します。

2013年6月19日水曜日

ワタミ会長に対する私の印象

 前回の記事で私はブラック企業という言葉が普及して久しいが、いつの間にか日本ではブラック企業が世の中に存在することを誰もが当たり前に思う世の中になってしまっていることに懸念を示しました。その上で一部のブラック企業は悪びれるどころか自らの違法な経営ぶりを堂々と、むしろ自慢げに主張しており、その代表格と言ってもいい会社として居酒屋チェーン運営「ワタミ」を名指ししましたが、今日はここの渡邉美樹会長に対する私の印象を書いてこうと思います。結論から言うと私はワタミでバイトしたこともなければ渡邊会長と直接会ったことも話したこともないという縁もゆかりもない身ではありますが、やはり人間の資質としてみた際にこの人は如何なものかと思う人物です。

 まずワタミがどれだけブラックな会社かというと、説明するのなんだか馬鹿馬鹿しい気がしますがいくつか有名なエピソードを箇条書きで書いてきます。

・従業員に対する社内文書に「365日24時間死ぬまで働け」と書いてあった
・死ぬまで働けと要求する一方、「ワタミの従業員は家族であり労使一体だ」という主張の下で労働組合の結成を認めていない
・労働組合も存在しないのに、勝手に時間外労働時間を雇用者側のみで規定していた
・入社2ヶ月目の26歳の女性が自殺。自殺1ヶ月前の月の残業時間は約140時間で、このほか休日中にもボランティア活動や社員研修なども強制されていた
・老人ホームを運営するグループ会社「ワタミの介護」の運営施設内で、体調急変によって死亡した男性の遺族に対し渡邊会長は「1億欲しいのか」という言葉を吐いたとされる

 どれ一つとっても十分にブラック認定できるほどのエピソードばかりですが、細かいのを上げるとまだまだ出てきます。さらにタイミングがいいというか、今日はこんなニュースも出てきました。

渡辺美樹理事長の学校法人 生徒に反省文100枚書かせるなどして退学者続出(週刊文春)

 上記のニュースは渡邊会長が運営する(2003年から参加)学校法人の郁文館夢学園で、100人弱いた教職員が2年間で30人辞めたほか、今年卒業した学年では生徒約160人のうち10人以上が退学していたということが報じられております。あと記事中で面白かったのは、教員の携帯電話番号を生徒に教えさせた上で、「365日24時間電話していい」とも言っていたそうです。「365日24時間~」というフレーズがきっと好きなんだろうな。

 遠慮なく言わせてもらうと、本当に頭のおかしい企業と会長だなと思います。もっとも、世の中広いんだしこういう会社の一社や二社あってもおかしくはないと思うのですが、渡邊会長については最初にも述べたように自らのやっている行為を悪びれる様子なく、むしろ如何にも自分が正しいかのようにいろんな場所で主張していることに対し不気味さを通り越して呆れてきます。でもって明らかに労基違反をやっていると堂々と主張しているのに対し、行政が取り締まらないというのも凄い国だとも思えてきます。

 もう少し渡邊会長について私の印象を述べると、見ている限りだとやはり権力欲というか社会的地位に対する執着が本当に強い人だという気がします。飲食チェーン企業の運営の傍ら学校法人の理事長に就任したのもその表れですし、かなり早い段階から政界への進出も考えていたことでしょう。恐らく彼の頭の中では総理になることも夢じゃないと考え、本気で狙ってるんじゃないかとも思えます。この辺、折口雅博氏とよく似ている。
 そういった個人の思考に対して私は批判するつもりはないし、高い上昇志向を持つことは基本的に悪くはないと言い切れます。しかし私が渡邊会長を好きになれないのは、そういった自分の欲望達成のために平気で他人をドブに突き落とし、またそういった行為にまるで負い目を感じていない所があるからです。

 漫画の話で申し訳ないのですが「ジョジョの奇妙な冒険」の第6部(7部が最高)にエンリコ・プッチというキャラクターが出てきます。このキャラクターは言うなればラスボスなのですが、目的達成のためなら他人を平気で踏み台にするようなキャラで、ある別のキャラクターからは「お前(プッチ)は自分が『悪』だと気づいていない、もっともドス黒い『悪』だ」と評されております。
 「ジョジョ」の作者である荒木飛呂彦氏はこれ以前にも、「悪の定義は人それぞれに違うし状況で変わってくるけど、他人を踏み台にする人、これは絶対に誰が何と言おうと悪だと思う」と述べており、「ジョジョ」に出てくる悪役は上記のプッチを始め7部のファニー・バレンタインなど多かれ少なかれこの要素を含んでおります。

 自分の欲望のために他人を平気で犠牲にして、その上、自分の行為がまるで何も間違っていないと信じ切っている人間以上のカスは存在しないと私も思います。部外者ながら差し出がましいとは思うもののそれでも一言言わせてもらえば、ワタミの従業員らはもっとストライキとか実際に行動を取った方がいいと思います。現場が止まれば完全に業務がストップするのだし、現場同士で連絡を取り合うなど、場合によっては外部組織に支援を頼んだっていいのだから何か実行に移すべきではないかというのが一つの今日の私の意見です。

  おまけ
 上記のストライキをなんで起こさないのかと関連しますが、先週末に友人と話した際に友人が、「最近の若者は『連帯』がないよね」と話していました。ルームシェアも嫌がるなど、一緒に何か行動を取ろうとする若者が少ないと主張したのですがある程度話し終えると、「まぁ連帯って言ったらワレサが出てくるんだけどさ」と、まさに自分が言いたかったことを先に言ってきました。高校受験とかで世界史を勉強していると、「連帯」と聞くと条件反射的に「ワレサ」が出てきてしまい、これはこれでどんなものかなと二人で笑ってました。