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2018年5月9日水曜日

書評「宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年」

 先月、もしかしたら途中で販売中止になるかもと思って文藝春秋の五月号を購入しましたが、正直言って失敗しました。文藝春秋は最近あまりにもつまらな過ぎるから見出しを見て買うかどうかをこのところしており、四月号に至ってはめぼしい記事もなかったことから購入していませんでした。今回の五月号は例の森友問題で自殺した職員の遺族手記について、遺族自体が掲載されるとは聞いてもいないし手記も書いていないと主張したことと、「文書改竄で佐川からのメモが……」と宣伝していたから一応買いましたが、後者に至っては何の根拠もない伝聞による憶測という、よくこんなの宣伝文句にしたなと呆れるレベルの内容でした。
 六月号は明日から発売でしょうが、もう見出しを見ることなんてせず、買うこともないでしょう。この雑誌にはもはや何の魅力もありません。

 と、言いながらも、五月号に関して一つだけ収穫がありました。元警視庁捜査第一課刑事の原一雄氏のインタビュー記事が載っており、先日出版された原氏の著書「宿命」について触れられていたからです。この本の概要は何なのかというと、あのオウム事件に追われる最中に起こった國松元警察庁長官狙撃事件の犯人について実名入りで全部書かれています。

 この事件は発生当初からオウムによる捜査攪乱を目的とした犯行とみられ、オウム真理教に帰依していた元警官も犯行を自供してはいたものの、決定的な証拠がなかったことから立件には至らず、最終的に時効を迎え迷宮入りしています。なお時効に至ったその日の会見で捜査を担当した警視庁は、「それでもオウムが犯人と思われる」という異例の発言を行い、後にオウムの継承団体に当たるアレフから名誉棄損で裁判を起こされ100万円の賠償支払判決が下されています。

 通常、一般人ならまだしも警察関係者を狙った事件というのは警察そのものから物凄い恨みを買うこととなり、全力で捜査されてお縄に至ることが非常に多いのですが、この事件に関してはとうとう解決には至りませんでした。もっとも事件発生当初からこの事件は不可解な点が多く、雨天の中で20~30メートル先から日本では入手の難しいコルトパイソンという拳銃で狙撃されるなど、高い狙撃能力を持つ犯人による犯行でありながら、現場には捜査かく乱のための朝鮮人民軍バッジが置かれ、また犯行声明も出されることもありませんでした。
 なおこの事件の余波というか、「高い狙撃能力を持つ」という理由からオウムの逃亡犯であった平田信が早くから嫌疑者として指名されていました。後に2011年の大晦日に出頭してきた平田は出頭理由についていくつか挙げながら、この狙撃事件が「時効を迎え自分が犯人にされてしまうことがなくなったから」と、この事件の濡れ衣を着せられる恐れが逃走を続けた理由でもあることを明かしています。

 そんなこの事件を長年追い続けていたのが、「宿命」の作者の原一雄氏です。読み終えた感想を述べると、犯人はこの本に書かれている生涯で二度も無期懲役を受け現在も収監されている現金輸送車強盗犯の中村泰以外には考えられないというのが偽らざる本音です。
 犯行当日の中村の行動、隠蔽工作、そして動機などについては本の中で詳しく書かれているため敢えてここでは書きませんが、何故中村が犯人だと思うのかというと、本人自身が「私が犯人です」と既に自供している上に銃の入手経路や高い狙撃能力を有し、また秘密の暴露に当たる決定的情報を証言しているからです。

 この東大卒のテロリストである中村の生い立ちや思想に関する記述だけでも十分面白いのですが、それ以上にこの本を読んで衝撃だったのが、公安と捜査一課(刑事部)の関係性というか絡みです。この本を読んだ限りだと率直に言って両者の関係はあまりよくなく、公安の立てた筋道と異なる捜査によって、想定と異なる犯人を原氏ら刑事部が見つけてしまったことから、この狙撃事件は立件なく時効を迎えることとなったのが真実だと考えられます。
 もっとも途中から公安とも共同で捜査することとなった原氏によると、当初は中村犯人説に疑念を持っていたものの、捜査情報を提供するやすぐに公安も中村犯人説に動き、また時効を迎えた際には検察からも直々にそれまでの捜査を労われ、中村立件に至れなかった点を詫びられたと書かれてあります。

 はっきり書けば自分の思想はテロリストに極端に近く、警察関係者にもいい思い出より悪い思い出の方が多いためあまり警察を信用しておらず、っていうか素直に言うと嫌いです。叔父は神戸の公安所属で、規律に厳しいかと思いきやむしろ一般人よりむちゃくちゃなことばっかやる人でかわいがってもらっていましたが。
 ただ単純に嫌ってるということもあってか、あまり警察の組織や問題性についてはこれまで気にすることなく研究することもなかったのですが、公安と刑事部でこうも仲が悪いということはこれまで知りませんでした。そしてその捜査手法や特徴も異なっており、特に公安について原氏は、中村の協力者探しに当たって公安の人物割出し能力は抜きんでていたと称賛しています。逆を言えば、その高い割出し能力が刑事部には普段使われていないということになり、縦割り行政の弊害を覚えます。

 最後になりますが、単独ソースからの情報にもかかわらず中村が犯人だと信じ切るのはやや危険かと思うものの、この本は非常にお勧めできる内容です。先日後輩に日テレ記者である清水潔氏のノンフィクション本を紹介しましたが、今回もこの本を読んでやはりノンフィクションはやめられないというか面白いと改めて感じさせられた一冊でした。

2 件のコメント:

上海熊 さんのコメント...

それでもオウムが怪しいと思いますが、オウム幹部がこの事件に関しては否定してるんですよね。

この犯行で使われたコルトパイソンが純正品かそれともフィリピンあたりのコピーなのかなが気になりました。

花園祐 さんのコメント...

 オウムに関しては上祐を始め幹部連中も、「ニュースを見て麻原もびっくりしていたから、間違いなく関わっていない」とほぼ口を揃えており、他の容疑とはやはり一線を画すべき事件でしょう。
 実際にこの本を手に取られることをお勧めしますが、コルトパイソンは本の内容に従うならば米国の純正品のようです。現物は中村泰によると東京湾に捨てたそうで今も見つかっていませんが、使用したとする銃については米国にまで出張捜査を行い、小売店から販売した人物、型番まで特定しているようです。