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2023年6月11日日曜日

石橋湛山は未来人だったのでは?

 最近ちょっと興味があったことから、戦前に東洋経済新報社にて日本の帝国主義を批判し続け、戦後は総理に就任するも病気ですぐ退任を余儀なくされた石橋湛山の伝記を読んでいますが、読んでて「この人はタイムリープで過去に戻ってきた未来人なのでは?」と思うようになりました。何故かというと、彼が主張していた内容は現代日本人の歴史観にほぼ則しているからです。

 かつて自分の大学にいた講師は常々、「戦前の日本を批判していいのは石橋湛山だけだ」といっていました。その心というのも、大衆に一切迎合せず、当時の日本政府、特に中国大陸における外交や政策を激しく批判し続け、米国との開戦も一貫して批判し続けていたというのが理由です。これは本当のことで、戦時中は当局というか東条英機が直々に「東洋経済新報を潰せ」と指示があったようですが、当局関係者の恩情により直接取り潰されることはなく、発行に要する紙の配給を制限されるという措置だけで済んだそうです。

 具体的に湛山はどのような批判をしていたのかというと、第一に挙げられるのは植民地放棄主義です。中国、特に満州に対する日本の政策や謀略を批判し続けたことはもとより、朝鮮半島も日本は放棄して、本州や九州四国北海道などを除きあらゆる外地領土の所有権を放棄すべききだと一貫して主張してきました。
 いったいどうしてこのような主張をしてきたかというと、どうも英国の植民地経営について早期から研究していたことが大きいとその伝記では指摘されています。元々湛山は経済誌のライターということで経済学に造詣が深く、比較的早い時期、具体的には明治の段階で当時の英国国内で流通していた経済論文も読んでおり、その時点でも叫ばれていた英国植民地、特にインドにおける投資費用と得られたリターンを比較すると、損失の方が大きいなどという分析を見ていたそうです。

 そうした単純な経済学原理に則った観点だけでなく、植民地は保有するだけで現地の住人のみならず、米国をはじめとする外国の日本に対する反感を買うと指摘しており、「蓋然性を持たない領土は放棄した方が絶対得」みたいな価値観で以って批判していたようです。一見すると、特に当時の帝国主義時代における観点からするとやや理想に偏った平和主義者にも見える主張ですが、突き詰めると国益に対する徹底した合理主義から主張しており、その他の主張と合わせてみても現実的な利益を追求していたように見えます。
 特に戦後、吉田内閣において経済政策を担当した際、後の傾斜生産方式につながる石炭産業への一極投資を主張して手配しています。何気にビビったのはこの時、現代でいう思いやり予算というべきか、GHQに対する日本政府の予算も「払い過ぎだ」といって削減しようと手を付けていたそうです。これがGHQの反感を買い、吉田茂も湛山を疎んじ始めていたこともあって、戦前に一貫して軍国主義に抵抗していたにもかかわらず湛山は公職追放の憂き目に遭っています。

 話を戻すと、湛山の主張や予言はほとんどすべて後の時代に的中というか、懸念すべきと批判していた内容もそのまま懸念が実現するなど、異常な的中率となっています。ましてや軍国主義一直線となった時代にあってもずっと政府を批判し続けた点といい、なんか破滅へと向かう未来をあらかじめわかっていて、それを食い止めるように過去へやってきた未来人かのような振舞い方に見えなくもないです。もっとも未来人だとしたら、あの時代に政府に抵抗する危険性を考えればあんな派手な行動を取るはずないのですが、その辺の気骨も含めてやはりただものではない人物だったと改めて感じます。

 翻って現代を見ると、真面目にこの10年くらいに自分は経済学の新たな学説なり主張を見ることがなくなりました。自分が学生だった頃はケインズはもはや通用しない、これからは新古典派かまた別の道(多かったのはハイエク主義)だなどといろいろ言われていましたが、それ以降はこれといった議論を見ず、一時的にピケティ氏が盛り上がりましたが多分盛り上がっていた当時も彼の理論をきちんと理解していた人はあまりいなかったように見えます。
 前述の通り湛山は英国の植民地経済の実態を学んだことがその後の日本の未来を正確に予想せしめた大きな要因となっています。そう考えると具体的な経済学説や議論のないまま未来へ向かおうとするのは、結構危険なことなのではないかと今の日本、ひいては世界を見ていて感じます。

 敢えて自分の方から言うと、「グローバリゼーション」はもはや死語と捉えるべきです。何故かというとグローバル化していない分野の方がもはやなく、世界的競争が一般的でありそうじゃないローカルな経済圏なんてほとんどないからです。むしろ逆に断絶、セクト化の流れが、特にIT分野で起こりつつあり、それに対しどう予測し、動くか、でもって政治における権威主義の今後の動向をどう見るかが目下重要な気がします。

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