・「鮮魚」メニュー実は冷凍 阪急阪神ホテルズ異なる表示(朝日新聞)
既に各所の報道で皆さんも知っておいでかと思いますが、阪急阪神ホールディングス傘下のホテル会社である阪急阪神ホテルズは昨日22日
(経済紙っぽい書き方をするなぁ自分も)、自社が運営するホテルやレストランで提供した食事にメニューと異なる食材を使っていたことを発表しました。阪急阪神ホテルズは会見で謝罪を表明し、料理を提供した顧客に対して全額返金を行う方針も合わせて発表しています。
昨日にこのニュースを見た時の私の感想はというと、「京都新阪急ホテルも?」という、ちょっと妙な反応の仕方でした。なんでピンポイントにここを思い浮かべたのかというと、ここは京都駅の真正面にあって京都駅に行く度にいつも目の前通って、「一回でいいからここ泊まってみたいなぁ」と何度も考えてた場所だったからです。ちなみに報道というか発表によると、やっぱりここのレストランでも誤表示があったそうです( ´・ω・)y━フゥ
たった今、「誤表示」と書きましたがこの表現を「偽装」と書くべきか「虚偽記載」と書くべきかでちょっと悩みましたが、温情をこめて「誤表示」を採りました。結論をもうここで書きますが私個人としては今回の阪急阪神ホテルズの発表は批判を受けるのはしょうがないものの全額を返還する対応、そして自ら発表したその姿勢に関しては高く評価しています。
そもそも阪急阪神ホテルズは何故今回このような発表をしたのかというと、なんでも他社のホテルで似たような誤記載が発覚したのを契機に社内調査をしていたところ、自分たちも同じことをやっていたということに気が付いたそうです。何故誤表示が起こったかという背景に関してはメニュー作成担当者、調理担当者、食材発注担当者、仕入れ業者の間で連絡の不備や認識不足があったためで意図的ではないと説明していますが、さすがにこれはちょっと信じられず、多分この中の単独、複数を問わず誰かが明確な意識を持ってやっていたのがオチだと思います。
ただそうは言うものの、仮に黙って社内処理さえすれば世に出ることのなかった事実なだけに、本社の管理側は今回のこの行為が行われていたことを知らなかったというのは全額返金という対応を採ったあたりからも真実だと思います。罪を憎んで人を憎まずとも言いますが、こうして自浄作用が働いた上に反省する態度をしっかり示しているのだからその点は評価してあげるべきだし、むしろ率先して発表したことを誉めるべきではないでしょうか。
というのも、このような異なる食材をメニューに載せる行為は、飲食業界だと日常茶飯事なんじゃないかと思うからです。話に聞く限りですけどスーパーの食材も表示偽装はこの前のイオンだけじゃなく本当に溢れているそうで、牛肉の偽装もハンナンの会長が逮捕されるまで当たり前のように行われていました。まだ味とかでわかりやすい食材ですらそんな状態なのですから、もっとわかり辛い調理後の料理に至っては数多くの飲食店で同じ行為がされているような気がします。
これは完全に私の勘ですが、今回の阪急阪神ホテルズの発表を契機に今後恐らく、同じような行為が内部告発なりであちこちで明るみに出る気がします。その対応もさることながら今後の展開いのける嚆矢となる発表なだけに、阪急阪神ホテルズは心を入れ替えて頑張ってもらいたいと心からエールを送りたいです。
こんな記事書いたんだし、京都新阪急ホテルの割引券とかくれないかな……。
おまけ
ちょっと趣が異なりますが、このところ出版業界で内部告発をきっかけとした不祥事が二つ明るみに出ています。一つは秋田書店で漫画雑誌でアンケート回答者へ抽選で送る景品を実際に葉送っていなかったという事例で、もう一つはぴあが「ももいろクローバーZ」の特集誌の発行部数を実際より少なく申告していた事例です。
どちらもあまりにも内容がせこすぎて呆れる限りですが、ぴあの例に至っては理解不能としか言いようがありません。通常、発行部数は広告費を高くするためやや多めに発表するのですが、著作権を持つスターダストプロモーションへ支払う印税をケチるため、わざと少なめに申告したとのことでアホじゃんとしか言いようがありません。
実は先日、タイムリーなことにぴあを訪れることがあって向こうの会社の人とも会って話しましたが、まぁ感じの悪いの、話しの組立てが下手なので物凄い不快感を存分に味わいました。ぴあ側はほかの書籍や雑誌では同じことはしていないと言ってますが、こんなせこいことを昨日今日で思いついてやるかっていう気もするし、上記のように社内の人の印象が悪かっただけに、ほかにも同じことやってるんじゃないかと個人的に思います。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2013年10月23日水曜日
2013年10月22日火曜日
私立校教師の指導力について
何度もこのブログで書いているので知っている方も多いでしょうが、私は中学受験をして私立の中高一貫校に通った経歴を持っております。そんな私の個人的な意見として、進学校とされる私立校の教師は世間で見られるほど指導力が高くはないのではないかという気がします。
私の経験談で話すと確かに通った中学、高校には熱心な教師もいて教え方も上手な人もいましたが、それは必ずしも全員ではなく、教科によってははっきり言って教え方が非常に悪い教師もいました。なんでそんなことが言えるのかというと、同じ学年内でたとえば数学なら数学、理科なら理科でクラス別に指導する教師が異なってて、ある教師のクラスだけが極端に平均点が低く大きな差がついたことがあったり、あと私自身の体験としては進級して指導教師が変わるや途端にその科目の点数が伸びたりすることもありました。まぁこれは相性が良かっただけかもしれませんが。
はっきり言って私の通った学校は世間一般では進学校として通っておりましたが、ただ教科の進捗スピードが速いだけで教師の教え方が上手いかどうかでみると結構微妙だったと思います。先程の様に一部の教師が極端に教え方が悪いというのもありましたが全体で見ても、「進学校だから教師の指導がいい」とはとても言えない学校でした。
このように考える根拠としては実にシンプルな理由が二つあり、一つは校内の成績上位者はみんな学外の予備校なりに通っている人間だったことと、勉強について行けず落ちこぼれる生徒は果てしなく成績が落ち込んで行ったからです。かくいう私も中学時代の成績は下から数えればすぐに数えられる水準だったのですが、高校進学後に予備校に通うや一気に成績が跳ね上がって、自分で「学校通う意味あんのかこの結果は?」などと自分でツッコんだくらいです。単純に予備校教師と比べても授業時間数は少ないにもかかわらず理解度は予備校のが勝ってたし、成人して中学校時代の授業を思い出すにつれてなんであんな妙な教え方してたんだあの教師はと思う事すらあります。
それでここからがミソなのですが、何故教師の指導力がそれほどでもないのにその学校は進学校と呼ばれたのか、結論から言うと選抜試験が難しくて倍率が高く、いい素材というか学力の高い子供が入学してくるからじゃないかと勝手に睨んでいます。
これは予備校で働いている友人が言ってたことですが、やっぱり子供によって理解力には差があり、理解力が高い子どもの方が教える側としては楽だそうです。私自身も大学時代に後輩を指導した際、その理解度の差というか反応速度の違いは人によってはっきりと感じます。
思うに、自分の通った中学、高校はそこそこ県下で知名度があって人気だったことから優秀な生徒を集めやすく、その優秀な生徒の上に胡坐をかくというか、教師の教え方が悪くても生徒はきちんと理解して、そこそこいい大学に進学する人間も出てくることから進学校として成立してたんじゃないかという、かなり不届きな考えを持っています。
敢えて学力を料理にたとえると、生徒自身の理解力なり才能は素材で、教師の指導というのは調理技術に当たります。極論を述べると素材さえよければ調理技術が如何に未熟でもそれなりの料理は出来てしまいます。素材が悪いにもかかわらずまともな料理に仕立て上げる、またはいい素材を存分に活用して上等な料理をこしらえてこそ一流の料理人であって、教師にも同じことが言えるのではないでしょうか。
なんでこんな愛校心の欠片もない記事を書こうとしたのかというと、前述のある中学校教師の授業中の言葉を何故か突然思い出したからです。そのセリフというのはその教師の担当科目でテストの平均点が悪かった際に、「なんでお前たちは上の学年よりこんなに出来が悪いんだ」というものでした。単純に上の学年より素材が悪くて申し訳ないとしか私としては言えないのですが、さっきのセリフは悪い素材じゃもうお手上げだと言ってるようなもので、わざわざ自分の無能ぶりを棚に上げなくてもという気も今更ながらします。ここまで言えばわかるでしょうが、学力の低い生徒を引っ張り上げてくる教師こそ指導力のある教師だと私は考えているわけです。
私の経験談で話すと確かに通った中学、高校には熱心な教師もいて教え方も上手な人もいましたが、それは必ずしも全員ではなく、教科によってははっきり言って教え方が非常に悪い教師もいました。なんでそんなことが言えるのかというと、同じ学年内でたとえば数学なら数学、理科なら理科でクラス別に指導する教師が異なってて、ある教師のクラスだけが極端に平均点が低く大きな差がついたことがあったり、あと私自身の体験としては進級して指導教師が変わるや途端にその科目の点数が伸びたりすることもありました。まぁこれは相性が良かっただけかもしれませんが。
はっきり言って私の通った学校は世間一般では進学校として通っておりましたが、ただ教科の進捗スピードが速いだけで教師の教え方が上手いかどうかでみると結構微妙だったと思います。先程の様に一部の教師が極端に教え方が悪いというのもありましたが全体で見ても、「進学校だから教師の指導がいい」とはとても言えない学校でした。
このように考える根拠としては実にシンプルな理由が二つあり、一つは校内の成績上位者はみんな学外の予備校なりに通っている人間だったことと、勉強について行けず落ちこぼれる生徒は果てしなく成績が落ち込んで行ったからです。かくいう私も中学時代の成績は下から数えればすぐに数えられる水準だったのですが、高校進学後に予備校に通うや一気に成績が跳ね上がって、自分で「学校通う意味あんのかこの結果は?」などと自分でツッコんだくらいです。単純に予備校教師と比べても授業時間数は少ないにもかかわらず理解度は予備校のが勝ってたし、成人して中学校時代の授業を思い出すにつれてなんであんな妙な教え方してたんだあの教師はと思う事すらあります。
それでここからがミソなのですが、何故教師の指導力がそれほどでもないのにその学校は進学校と呼ばれたのか、結論から言うと選抜試験が難しくて倍率が高く、いい素材というか学力の高い子供が入学してくるからじゃないかと勝手に睨んでいます。
これは予備校で働いている友人が言ってたことですが、やっぱり子供によって理解力には差があり、理解力が高い子どもの方が教える側としては楽だそうです。私自身も大学時代に後輩を指導した際、その理解度の差というか反応速度の違いは人によってはっきりと感じます。
思うに、自分の通った中学、高校はそこそこ県下で知名度があって人気だったことから優秀な生徒を集めやすく、その優秀な生徒の上に胡坐をかくというか、教師の教え方が悪くても生徒はきちんと理解して、そこそこいい大学に進学する人間も出てくることから進学校として成立してたんじゃないかという、かなり不届きな考えを持っています。
敢えて学力を料理にたとえると、生徒自身の理解力なり才能は素材で、教師の指導というのは調理技術に当たります。極論を述べると素材さえよければ調理技術が如何に未熟でもそれなりの料理は出来てしまいます。素材が悪いにもかかわらずまともな料理に仕立て上げる、またはいい素材を存分に活用して上等な料理をこしらえてこそ一流の料理人であって、教師にも同じことが言えるのではないでしょうか。
なんでこんな愛校心の欠片もない記事を書こうとしたのかというと、前述のある中学校教師の授業中の言葉を何故か突然思い出したからです。そのセリフというのはその教師の担当科目でテストの平均点が悪かった際に、「なんでお前たちは上の学年よりこんなに出来が悪いんだ」というものでした。単純に上の学年より素材が悪くて申し訳ないとしか私としては言えないのですが、さっきのセリフは悪い素材じゃもうお手上げだと言ってるようなもので、わざわざ自分の無能ぶりを棚に上げなくてもという気も今更ながらします。ここまで言えばわかるでしょうが、学力の低い生徒を引っ張り上げてくる教師こそ指導力のある教師だと私は考えているわけです。
2013年10月21日月曜日
書評「夢を売る男」
またというか百田尚樹氏の小説を紹介するのもこれで三度目ですが、贔屓にしているというわけじゃないもののなんか周りの人がこの人の本を貸してくれるので、ブログの上で感想を伝えるという意味合いもあって毎回書いてます。ちなみに、各本の入手経路は以下の通りです。
・永遠の0:大学の先輩が貸してくれた(in中国)
・海賊と呼ばれた男:親父が貸してくれた
・夢を売る男:高校の同級生が貸してくれた
まず前回紹介した「海賊と呼ばれた男」については主人公のモデルとなった出光佐三を異常に持ち上げ過ぎで、提灯記事もとい提灯伝記もいいところだとして本屋大賞という賞を受賞するに値しない本だと述べ、自分でもびっくりするくらい厳しく批判しました。なのでこういう書評記事をアップする際にはいつもAmazonの広告リンクを貼りつけていますが、自分が薦められない本の広告なんて貼りつけられないというのと、批判した手前、作者の百田氏に悪いと思ってその記事に関しては何も広告を付けませんでした。
しかし今回紹介する「夢を売る男」ですが、これに関しては文句なしにお勧めできます。むしろ何故この本を差し置いて「海賊と呼ばれた男」が本屋大賞を受賞したのか、「夢を売る男」がどうして選ばれなかったのか納得いかないくらいです。ま、あの内容では文学賞なんて取れるわけないんですけどね。
早速この作品についてあらすじを簡単に紹介しますが、この本は自費出版を手掛ける出版社を巡るドタバタ劇なストーリーです。主人公はその出版社で働くやり手の編集兼営業課長みたいな人なのですが、自費出版をしたいと原稿を持ち込んでくる人だけでなく、自社で催行した文学賞の応募者などに対して、「我々は本当に良い作品だと思ったのですが敢え無く大賞の選考に漏れてしまいました。しかし貴方の作品は世に埋もれさせるにはあまりにも勿体ないだけに、我々と一緒に自費出版をしませんか」、などというセールストークで以って口説き落とし、次々と自費出版を促していきます。
一体何故自費出版を促すのかというと、さっきのセリフの様にその作品に価値がある、売れると思うからではなく、執筆者が出版社に支払う編集・出版代行料が大きな収入源となるからです。作中では具体的な数字も書かれてあり、数万部発行するに当たり実際にかかる費用は約20万円程度に対し、出版社がその執筆者に請求する金額は150万~200万円で、本を1点自費出版させることで100万円超も利鞘が出るという計算です。おいしいねぇ。
この数字なんですが、妙にリアルというかかなり実態に近い数字だと思えます。というのも以前に自費出版について私が調べた際にも1点の自費出版費用は大体200万円前後で上記の数字とピタリと一致するだけに、実際の発行費用も20万~40万円程度が真実なのでしょう。
あらすじに戻りますが、こんな感じなのでその出版社は作品として売れる、売れないは度外視し、何らかの原稿を持っている、書ける人間に対して自費出版をさせることで売り上げを増やすという事業をやっているわけです。作中ではその出版社に入ったばかりの新人が、売れる可能性のない本をさも売れるかのように持ち上げてお金をかすめ取るなんて詐欺みたいだと抗議する場面もあるのですがそれに対し主人公は、「いいか、これはあくまで社会事業なんだ!」と言って諭すシーンがあります。
主人公に言わせると、何かしら原稿を数百枚書いたり、毎日ブログを更新したりするような人間はある意味で異常な人間で、表現したという欲求が溜まり切っている状態なんだそうです。そうした人間にこうして自費出版を持ちかけ、実際に出版までこぎつけさせることで彼らのフラストレーションを解消する一助になっており、運が良ければ、万に一つもないんだけど、大ヒットして大いに売れる可能性もあるだけに「俺たちは執筆者に夢を売っているんだ!」という主張が展開されます。
多分、ここまで読んだ時点で「それってお前やんけ」と、読者の方々は私のことを思い浮かべてるんじゃないかと思います。まぁ実際にほぼ毎日ブログを更新するし、表現欲求が異常に高いことは認めますが、実際にこの本貸してくれた友人も、後から読ませた親父も、「毎日ブログを更新する奴は異常だって書いてるじゃねぇか」って真っ先に突っ込んできやがったし。
話が少しそれましたが、上記の主人公の主張というのは実に正鵠を得ていると思います。確かに近年の日本ではツイッターやSNSが普及したことから、「もっと俺の書く文章を世の中に知らしめたい」と思う人間が増加しており、そうした人間を食うことに力を入れる、つまり自費出版事業を強化している出版社も増えています。更に作中ではかつて文学賞を受賞したような文豪が評価する、発表する小説なんて今の時代では全く売れず、飯のタネにもならないとどの出版社も理解しているが大手はそのプライドから文芸誌を出し続け、赤字を生む要因になっていると出版業界全体に蔓延する問題も指摘しています。
ざっとこんな具合なんですが、出版業界のタブーというか問題点に深く切り込んでいる上、あまりにもリアリティに溢れている話が多く、よくこんな逆批判本を出版できたなと感心してやまない次第です。これが冒頭に述べた、文学賞は絶対に取れない本だという根拠です。
しかし自分もメディア業界に身を置いたことがあるだけに、今の日本の出版業界を取り巻く状況については多少の理解があると自負します。その自分に言わせると、この本は本当に今の出版業界の問題点を鋭くあぶりだしており、なおかつストーリー展開でも同じ自費出版事業を手掛けるライバル社が現れたりと浮き沈みがあって読んでいて次のページを早くみたいという感覚を久々に覚えた作品です。なわけで、今日はちゃんとAmazonの広告を貼り付けますが興味がある方は何もわざわざAmazonで買わなくてもいいので、思い切って手に取ることをお勧めします。
・永遠の0:大学の先輩が貸してくれた(in中国)
・海賊と呼ばれた男:親父が貸してくれた
・夢を売る男:高校の同級生が貸してくれた
まず前回紹介した「海賊と呼ばれた男」については主人公のモデルとなった出光佐三を異常に持ち上げ過ぎで、提灯記事もとい提灯伝記もいいところだとして本屋大賞という賞を受賞するに値しない本だと述べ、自分でもびっくりするくらい厳しく批判しました。なのでこういう書評記事をアップする際にはいつもAmazonの広告リンクを貼りつけていますが、自分が薦められない本の広告なんて貼りつけられないというのと、批判した手前、作者の百田氏に悪いと思ってその記事に関しては何も広告を付けませんでした。
しかし今回紹介する「夢を売る男」ですが、これに関しては文句なしにお勧めできます。むしろ何故この本を差し置いて「海賊と呼ばれた男」が本屋大賞を受賞したのか、「夢を売る男」がどうして選ばれなかったのか納得いかないくらいです。ま、あの内容では文学賞なんて取れるわけないんですけどね。
早速この作品についてあらすじを簡単に紹介しますが、この本は自費出版を手掛ける出版社を巡るドタバタ劇なストーリーです。主人公はその出版社で働くやり手の編集兼営業課長みたいな人なのですが、自費出版をしたいと原稿を持ち込んでくる人だけでなく、自社で催行した文学賞の応募者などに対して、「我々は本当に良い作品だと思ったのですが敢え無く大賞の選考に漏れてしまいました。しかし貴方の作品は世に埋もれさせるにはあまりにも勿体ないだけに、我々と一緒に自費出版をしませんか」、などというセールストークで以って口説き落とし、次々と自費出版を促していきます。
一体何故自費出版を促すのかというと、さっきのセリフの様にその作品に価値がある、売れると思うからではなく、執筆者が出版社に支払う編集・出版代行料が大きな収入源となるからです。作中では具体的な数字も書かれてあり、数万部発行するに当たり実際にかかる費用は約20万円程度に対し、出版社がその執筆者に請求する金額は150万~200万円で、本を1点自費出版させることで100万円超も利鞘が出るという計算です。おいしいねぇ。
この数字なんですが、妙にリアルというかかなり実態に近い数字だと思えます。というのも以前に自費出版について私が調べた際にも1点の自費出版費用は大体200万円前後で上記の数字とピタリと一致するだけに、実際の発行費用も20万~40万円程度が真実なのでしょう。
あらすじに戻りますが、こんな感じなのでその出版社は作品として売れる、売れないは度外視し、何らかの原稿を持っている、書ける人間に対して自費出版をさせることで売り上げを増やすという事業をやっているわけです。作中ではその出版社に入ったばかりの新人が、売れる可能性のない本をさも売れるかのように持ち上げてお金をかすめ取るなんて詐欺みたいだと抗議する場面もあるのですがそれに対し主人公は、「いいか、これはあくまで社会事業なんだ!」と言って諭すシーンがあります。
主人公に言わせると、何かしら原稿を数百枚書いたり、毎日ブログを更新したりするような人間はある意味で異常な人間で、表現したという欲求が溜まり切っている状態なんだそうです。そうした人間にこうして自費出版を持ちかけ、実際に出版までこぎつけさせることで彼らのフラストレーションを解消する一助になっており、運が良ければ、万に一つもないんだけど、大ヒットして大いに売れる可能性もあるだけに「俺たちは執筆者に夢を売っているんだ!」という主張が展開されます。
多分、ここまで読んだ時点で「それってお前やんけ」と、読者の方々は私のことを思い浮かべてるんじゃないかと思います。まぁ実際にほぼ毎日ブログを更新するし、表現欲求が異常に高いことは認めますが、実際にこの本貸してくれた友人も、後から読ませた親父も、「毎日ブログを更新する奴は異常だって書いてるじゃねぇか」って真っ先に突っ込んできやがったし。
話が少しそれましたが、上記の主人公の主張というのは実に正鵠を得ていると思います。確かに近年の日本ではツイッターやSNSが普及したことから、「もっと俺の書く文章を世の中に知らしめたい」と思う人間が増加しており、そうした人間を食うことに力を入れる、つまり自費出版事業を強化している出版社も増えています。更に作中ではかつて文学賞を受賞したような文豪が評価する、発表する小説なんて今の時代では全く売れず、飯のタネにもならないとどの出版社も理解しているが大手はそのプライドから文芸誌を出し続け、赤字を生む要因になっていると出版業界全体に蔓延する問題も指摘しています。
ざっとこんな具合なんですが、出版業界のタブーというか問題点に深く切り込んでいる上、あまりにもリアリティに溢れている話が多く、よくこんな逆批判本を出版できたなと感心してやまない次第です。これが冒頭に述べた、文学賞は絶対に取れない本だという根拠です。
しかし自分もメディア業界に身を置いたことがあるだけに、今の日本の出版業界を取り巻く状況については多少の理解があると自負します。その自分に言わせると、この本は本当に今の出版業界の問題点を鋭くあぶりだしており、なおかつストーリー展開でも同じ自費出版事業を手掛けるライバル社が現れたりと浮き沈みがあって読んでいて次のページを早くみたいという感覚を久々に覚えた作品です。なわけで、今日はちゃんとAmazonの広告を貼り付けますが興味がある方は何もわざわざAmazonで買わなくてもいいので、思い切って手に取ることをお勧めします。
2013年10月20日日曜日
サザエさんにまつわる法則
サザエさんとくれば日本人にとって説明するまでもない国民的アニメですがその知名度と影響力の高さゆえに世の中の様々な事象に対して法則名として使われることも少なくありません。そこで今日はサザエさんにまつわる各種の法則をまとめて取り上げてみようと思います。
1、サザエさん症候群 (Wikipedia)
サザエさん関連で最も有名な法則というのはこの「サザエさん症候群(シンドローム)」で間違いないでしょう。この法則というか現象は何も日本に限らずほかの国にも似たようなものがあるかと思いますが、日曜日の夕方に放映されるアニメのサザエさんを見る度に、「ああ、明日(月曜日)からまた仕事か……」という事実を意識し、ブルーになるというか鬱っぽい気分になる事を指します。なにもサザエさんに限らず日曜の終わりを感じさせる番組の笑点や大河ドラマなどにも同じことが言えますが、数ある候補の中からサザエさんが選ばれる当たりさすがというべきでしょうか。
ちなみに余談ですが前職でお世話になった香港の編集長と、ある日こんな会話をしました。
「花園君、君はサザエさんシンドロームという言葉を知っているかね?」
「もちろん。あの日曜の晩に気分が落ち込むという奴でしょ」
「僕にとってすればサザエさんなんてまだ甘い。僕が銀行員だった頃は土曜の晩の時点で明後日からまた仕事が始まると思い、落ち込んでいたよ……」
行員の仕事は大変なようです……。
2、サザエさん効果(Wikipedia)
これは今回調べている最中にたまたま見つけて初めて知ったのですが、なんでも大和総研が2005年に発表したレポートに載せられた言葉なのですが、ヤマト総研の説明によると、サザエさんの視聴率の上下と東証株価指数の上下との間に高い相関性があるそうです。具体的に言うと、サザエさんの視聴率が下がれば株価が上がり、視聴率が上がれば株価は下がる傾向が見られるとのことです。実際に両者がどれくらい相関しているのか表す相関係数も出されており、その数値はなんと0.86に達し、ニューヨーク株式市場と東証株価指数の相関係数の0.56を大きく上回る水準だそうです。
なんでこれほど相関があるのかという理由については、サザエさんを見ないというのは夕方に外出しており、消費が行われている状態にあるからではないかという仮説が出されてありますがこれについては反論も出ています。どちらにしろかなり面白い研究結果で、ヤマト総研もやるなぁと思うと同時にこれから自分も参考にしようと思います。
3、サザエさん方式(ピクシブ百科事典)
こちらも有名というか、日本の漫画やアニメといったコンテンツにおける特殊な表現手法として私も高く評価しています。
言うまでもないことでしょうがサザエさんの世界では年を跨ぐ時間の進行はなく、カツオが進級することもなければタラちゃんやイクラちゃんはいつまでたっても子供のままです。これはサザエさんという番組が日常を描いていることと深く関係しており、人間関係や各キャラの設定に変動があっては困るためでしょうが、注目すべきはこうした時間の進行がないまま日常が永遠に繰り返されるというストーリーが他の日系コンテンツに見られることです。
厳密にはわかりませんが、このように日常が繰り返される方式のコンテンツはほかの国にはそれほど見られないのではないかと思います。アメコミではスヌーピーが出る「ピーナッツ」なんかはこの類かもしれませんが、「スパイダーマン」のように長期連載であってもストーリーは必ず進行していく形式が多いように見えます。片や日本はサザエさんを筆頭に「クレヨンしんちゃん」や「ドラえもん」など数多くの作品でこのサザエさん方式でテレビ放映が続いています。
なおこのサザエさん方式ですが、別称では「サザエさん時空」と呼ばれることもあります。永遠と日常が続くことから変な目で見ると「出口のない世界」にも見えて、「終わりがないのが終わり、それがゴールド・エクスプリエンス・レクイエム」、なんていうジョジョ5部に出てくるジョルノのセリフがなんだか連想されます。
あとこのサザエさん方式に加えるべき作品なのかでちょっと悩むのが、日本が誇る二大推理漫画の「名探偵コナン」と「金田一少年の事件簿」です。後者は中断が挟まれたりしてますが、どちらも長期連載にもかかわらず登場キャラクターは年齢を重ねることがありません。その結果どうなってしまったのかというと、それぞれの世界における1年間の殺人事件の被害者数がえらいとこまでカウントされてしまっており、どんだけ物騒な世の中なんだよとツッコミたくなる事態に陥ってます。
1、サザエさん症候群 (Wikipedia)
サザエさん関連で最も有名な法則というのはこの「サザエさん症候群(シンドローム)」で間違いないでしょう。この法則というか現象は何も日本に限らずほかの国にも似たようなものがあるかと思いますが、日曜日の夕方に放映されるアニメのサザエさんを見る度に、「ああ、明日(月曜日)からまた仕事か……」という事実を意識し、ブルーになるというか鬱っぽい気分になる事を指します。なにもサザエさんに限らず日曜の終わりを感じさせる番組の笑点や大河ドラマなどにも同じことが言えますが、数ある候補の中からサザエさんが選ばれる当たりさすがというべきでしょうか。
ちなみに余談ですが前職でお世話になった香港の編集長と、ある日こんな会話をしました。
「花園君、君はサザエさんシンドロームという言葉を知っているかね?」
「もちろん。あの日曜の晩に気分が落ち込むという奴でしょ」
「僕にとってすればサザエさんなんてまだ甘い。僕が銀行員だった頃は土曜の晩の時点で明後日からまた仕事が始まると思い、落ち込んでいたよ……」
行員の仕事は大変なようです……。
2、サザエさん効果(Wikipedia)
これは今回調べている最中にたまたま見つけて初めて知ったのですが、なんでも大和総研が2005年に発表したレポートに載せられた言葉なのですが、ヤマト総研の説明によると、サザエさんの視聴率の上下と東証株価指数の上下との間に高い相関性があるそうです。具体的に言うと、サザエさんの視聴率が下がれば株価が上がり、視聴率が上がれば株価は下がる傾向が見られるとのことです。実際に両者がどれくらい相関しているのか表す相関係数も出されており、その数値はなんと0.86に達し、ニューヨーク株式市場と東証株価指数の相関係数の0.56を大きく上回る水準だそうです。
なんでこれほど相関があるのかという理由については、サザエさんを見ないというのは夕方に外出しており、消費が行われている状態にあるからではないかという仮説が出されてありますがこれについては反論も出ています。どちらにしろかなり面白い研究結果で、ヤマト総研もやるなぁと思うと同時にこれから自分も参考にしようと思います。
3、サザエさん方式(ピクシブ百科事典)
こちらも有名というか、日本の漫画やアニメといったコンテンツにおける特殊な表現手法として私も高く評価しています。
言うまでもないことでしょうがサザエさんの世界では年を跨ぐ時間の進行はなく、カツオが進級することもなければタラちゃんやイクラちゃんはいつまでたっても子供のままです。これはサザエさんという番組が日常を描いていることと深く関係しており、人間関係や各キャラの設定に変動があっては困るためでしょうが、注目すべきはこうした時間の進行がないまま日常が永遠に繰り返されるというストーリーが他の日系コンテンツに見られることです。
厳密にはわかりませんが、このように日常が繰り返される方式のコンテンツはほかの国にはそれほど見られないのではないかと思います。アメコミではスヌーピーが出る「ピーナッツ」なんかはこの類かもしれませんが、「スパイダーマン」のように長期連載であってもストーリーは必ず進行していく形式が多いように見えます。片や日本はサザエさんを筆頭に「クレヨンしんちゃん」や「ドラえもん」など数多くの作品でこのサザエさん方式でテレビ放映が続いています。
なおこのサザエさん方式ですが、別称では「サザエさん時空」と呼ばれることもあります。永遠と日常が続くことから変な目で見ると「出口のない世界」にも見えて、「終わりがないのが終わり、それがゴールド・エクスプリエンス・レクイエム」、なんていうジョジョ5部に出てくるジョルノのセリフがなんだか連想されます。
あとこのサザエさん方式に加えるべき作品なのかでちょっと悩むのが、日本が誇る二大推理漫画の「名探偵コナン」と「金田一少年の事件簿」です。後者は中断が挟まれたりしてますが、どちらも長期連載にもかかわらず登場キャラクターは年齢を重ねることがありません。その結果どうなってしまったのかというと、それぞれの世界における1年間の殺人事件の被害者数がえらいとこまでカウントされてしまっており、どんだけ物騒な世の中なんだよとツッコミたくなる事態に陥ってます。
2013年10月17日木曜日
武田信玄の上洛はなんのため?
昨夜のNHKのテレビ番組「歴史秘話ヒストリア」では上杉謙信が特集されておりました。その番組で知ったのですが以前やっていた大河ドラマ「風林火山」の放映以降、川中島の観光イベントにこのドラマで上杉謙信役を演じたGackt氏が毎年ゲスト参加して好評を博しているそうです。ここだけの話、よくドラマで話題性を得るためだけに役者ではなく芸能人を配役することがありますが、「風林火山」における上杉謙信役にGackt氏はベストキャストだったと思え、放映以降の上杉謙信のイメージは今じゃGackt氏以外には考えられません。
もう少しおまけ情報を入れると、上杉謙信はよく僧形の姿で描かれることがあり、白い頭巾を被れば上杉謙信のモノマネとして通用するくらいイメージが強いですが、「風林火山」における上杉謙信は長髪の痩せた武士の姿、っていうかまんまGackt氏の普段の姿で描かれてます。ウィキペディアの情報によるとこれはGackt氏の提案によって実現したそうで、その根拠というのも「川中島の合戦時にはまだ上杉謙信は出家していない」とGackt氏が主張したことからだそうです。
また前置きが長くなってしまいましたが本題に移ると、上杉謙信のライバルとくれば武田信玄ですが、前々から納得いかないというか疑問に感じていることに、武田信玄は何故晩年に上洛しようとしたのかという事実があります。そこで今日は現在の説ととともに私の意見を載せてみます。
・西上作戦(Wikipedia)
織田信長にとって本能寺の変を除く人生最大のピンチとくれば、武田信玄が上洛に動いた1572~1573年であることに歴史通なら誰もが頷くでしょう。この時期、信長は浅井、朝倉の連合軍はもとより一向宗、上杉家、毛利家、そんでもってそれらをたきつけた足利家との光線が続いており、それこそほんの一刺しバランスが崩れることで一気に尾だけが崩壊しかねないような状況にありました。
こんなにっちもさっちもいかない状況に飛び込んできたのが武田信玄です。甲斐を進発すると駿河を経由して途中にある徳川家の城を次々と攻略し、家康本隊も三方ヶ原の戦いで壊滅させております。仮にあのまま尾張にでも進軍していたら織田家は崩壊していただろうと言われますが運がいいというか途中で信玄が病没し、武田家は結局、志半ばで甲斐に撤退することとなります。
さてこの武田家による西上作戦に対して私が何に疑問を持っているのか一言でいうと、適当な地盤も持たずに遠征を行う価値が本当にあったのかという点です。要するに、この遠征は戦略上、そこまで価値があったのかについて疑問があるわけです。
確かに当時の織田家は「SAN値!ピンチ!」って言いたいくらいに逼迫した状況下で、武田家が徳川家を破って背面から突きようものなら致命傷を与えることも不可能ではなかったと思います。しかしそれはあくまで仮説であり、、仮に織田家が犠牲を覚悟で武田家に向き合うのであれば勝機はやはり織田家にあったように思えます。
当時、反織田勢力は一向宗は元気100倍みたいな状況で手が付けられないくらいでしたが、浅井、朝倉の連合軍は1570年の姉川の戦い以降は衰退の一途をたどっております。当時の織田家の戦線が近畿から北陸、東海と広い版図故に長く伸びきっていたのは事実であったものの、仮に近畿地方を放棄して岐阜周辺に兵力を集中させ防衛に徹していれば武田家の兵力に対しても十分対抗できたように思えます。しかも長期戦に持ち込むことが出来たら、この後に述べる補給の点から言っても十中八九の割合で織田家が勝っていたでしょう。
この補給についてですが、武田家は上杉、北条と同盟し後顧の憂いを断って遠征に打って出ましたが、遠征軍故に補給の問題がかなり大きかったように思えます。ただでさえ信玄の領土は山地が多く米があまり取れない場所で、それに大兵力だったことを考えると長期戦に耐えられるとはとても思えません。
また仮に尾張まで武田家が進撃できたとしても、本国との距離は果てしなく遠くなり、逆に徳川家の残存勢力なり織田家の別動隊が後方攪乱を行えば一気に瓦解しかねない状況になります。徳川家を完全に踏み潰してから行くのであればまだわかるんだけど。
要は兵糧というか補給の面でかなり怪しい面が多いと思うだけに、何故信玄がそんな無謀な上洛を行おうとしたのかが理解できないわけです。よしんば織田家を叩いて京都にまで行ったとしても、そこからまたすぐに甲斐に引き返すんじゃ骨折り損のくたびれもうけだし、撃破した織田家の領土を丸ごと得ようったって、果たして短期間でそううまく管理できるのかなとも思えますし。
このように考えると、信玄は本当に上洛が目的で遠征を起こしたのかも怪しく思えてきます。一説では上洛というよりは徳川家の領土制圧が目的だったという意見もあるそうで、まだこっちの方が隣接地を併呑する形になるわけですから理解が出来ます。
さっきからなんかうまくまとめきれていませんが、武田家にはもう一つ問題があるというか、織田家と違って武田軍を構成する兵士のほとんどが農民兵です。織田家は戦争のみを遂行する職業兵士を擁することによって度重なる遠征や迅速な移動を可能にしましたが、当時の織田家以外の大名家では半農半兵の兵士が主力で、農繁期は農作業を行う必要があるために戦争を行うことが出来ませんでした。武田家の西上作戦は1573年の4月に信玄の急死を受けて終了していますが、仮に生きていたとしても農作業の予定から言ってあれ以上の期間は軍を動かせなかったことでしょう。
以上の様に、私の目から言ってあの武田家の遠征は上洛を果たすには穴だらけというか問題があまりにも多すぎます。そのため信玄の目的は上洛して天下に号令を出すことよりも、既に記述しているように徳川家の領土制圧か、織田家に一撃を喰らわせて浅井、朝倉家を始めとする反織田勢力が盛り返すチャンスを作ることだけにあり、織田家を本気で攻め滅ぼすつもりは毛頭なかったのではないかと思います。逆を言えばこの信玄の戦略が読めていれば、織田家はひたすら防衛に徹して長期戦に持ち込むことで逆に武田家を窮地に誘い込むことも出来なくはなかったとも考えられます。
まとめとしては上記の二つの目的はどちらも信玄の急死、または計画に無理があって果たせず終いで、あの遠征は家康に冷や汗をかかせただけの結果しか作れなかったとしか言えず、評価としてはあまり芳しくない遠征だったと言いたいわけです。それなら目的を絞って、浜松城の完全奪取だけでもやっておけばよかったのにと、結果論からなら言えるわけです。
もう少しおまけ情報を入れると、上杉謙信はよく僧形の姿で描かれることがあり、白い頭巾を被れば上杉謙信のモノマネとして通用するくらいイメージが強いですが、「風林火山」における上杉謙信は長髪の痩せた武士の姿、っていうかまんまGackt氏の普段の姿で描かれてます。ウィキペディアの情報によるとこれはGackt氏の提案によって実現したそうで、その根拠というのも「川中島の合戦時にはまだ上杉謙信は出家していない」とGackt氏が主張したことからだそうです。
また前置きが長くなってしまいましたが本題に移ると、上杉謙信のライバルとくれば武田信玄ですが、前々から納得いかないというか疑問に感じていることに、武田信玄は何故晩年に上洛しようとしたのかという事実があります。そこで今日は現在の説ととともに私の意見を載せてみます。
・西上作戦(Wikipedia)
織田信長にとって本能寺の変を除く人生最大のピンチとくれば、武田信玄が上洛に動いた1572~1573年であることに歴史通なら誰もが頷くでしょう。この時期、信長は浅井、朝倉の連合軍はもとより一向宗、上杉家、毛利家、そんでもってそれらをたきつけた足利家との光線が続いており、それこそほんの一刺しバランスが崩れることで一気に尾だけが崩壊しかねないような状況にありました。
こんなにっちもさっちもいかない状況に飛び込んできたのが武田信玄です。甲斐を進発すると駿河を経由して途中にある徳川家の城を次々と攻略し、家康本隊も三方ヶ原の戦いで壊滅させております。仮にあのまま尾張にでも進軍していたら織田家は崩壊していただろうと言われますが運がいいというか途中で信玄が病没し、武田家は結局、志半ばで甲斐に撤退することとなります。
さてこの武田家による西上作戦に対して私が何に疑問を持っているのか一言でいうと、適当な地盤も持たずに遠征を行う価値が本当にあったのかという点です。要するに、この遠征は戦略上、そこまで価値があったのかについて疑問があるわけです。
確かに当時の織田家は「SAN値!ピンチ!」って言いたいくらいに逼迫した状況下で、武田家が徳川家を破って背面から突きようものなら致命傷を与えることも不可能ではなかったと思います。しかしそれはあくまで仮説であり、、仮に織田家が犠牲を覚悟で武田家に向き合うのであれば勝機はやはり織田家にあったように思えます。
当時、反織田勢力は一向宗は元気100倍みたいな状況で手が付けられないくらいでしたが、浅井、朝倉の連合軍は1570年の姉川の戦い以降は衰退の一途をたどっております。当時の織田家の戦線が近畿から北陸、東海と広い版図故に長く伸びきっていたのは事実であったものの、仮に近畿地方を放棄して岐阜周辺に兵力を集中させ防衛に徹していれば武田家の兵力に対しても十分対抗できたように思えます。しかも長期戦に持ち込むことが出来たら、この後に述べる補給の点から言っても十中八九の割合で織田家が勝っていたでしょう。
この補給についてですが、武田家は上杉、北条と同盟し後顧の憂いを断って遠征に打って出ましたが、遠征軍故に補給の問題がかなり大きかったように思えます。ただでさえ信玄の領土は山地が多く米があまり取れない場所で、それに大兵力だったことを考えると長期戦に耐えられるとはとても思えません。
また仮に尾張まで武田家が進撃できたとしても、本国との距離は果てしなく遠くなり、逆に徳川家の残存勢力なり織田家の別動隊が後方攪乱を行えば一気に瓦解しかねない状況になります。徳川家を完全に踏み潰してから行くのであればまだわかるんだけど。
要は兵糧というか補給の面でかなり怪しい面が多いと思うだけに、何故信玄がそんな無謀な上洛を行おうとしたのかが理解できないわけです。よしんば織田家を叩いて京都にまで行ったとしても、そこからまたすぐに甲斐に引き返すんじゃ骨折り損のくたびれもうけだし、撃破した織田家の領土を丸ごと得ようったって、果たして短期間でそううまく管理できるのかなとも思えますし。
このように考えると、信玄は本当に上洛が目的で遠征を起こしたのかも怪しく思えてきます。一説では上洛というよりは徳川家の領土制圧が目的だったという意見もあるそうで、まだこっちの方が隣接地を併呑する形になるわけですから理解が出来ます。
さっきからなんかうまくまとめきれていませんが、武田家にはもう一つ問題があるというか、織田家と違って武田軍を構成する兵士のほとんどが農民兵です。織田家は戦争のみを遂行する職業兵士を擁することによって度重なる遠征や迅速な移動を可能にしましたが、当時の織田家以外の大名家では半農半兵の兵士が主力で、農繁期は農作業を行う必要があるために戦争を行うことが出来ませんでした。武田家の西上作戦は1573年の4月に信玄の急死を受けて終了していますが、仮に生きていたとしても農作業の予定から言ってあれ以上の期間は軍を動かせなかったことでしょう。
以上の様に、私の目から言ってあの武田家の遠征は上洛を果たすには穴だらけというか問題があまりにも多すぎます。そのため信玄の目的は上洛して天下に号令を出すことよりも、既に記述しているように徳川家の領土制圧か、織田家に一撃を喰らわせて浅井、朝倉家を始めとする反織田勢力が盛り返すチャンスを作ることだけにあり、織田家を本気で攻め滅ぼすつもりは毛頭なかったのではないかと思います。逆を言えばこの信玄の戦略が読めていれば、織田家はひたすら防衛に徹して長期戦に持ち込むことで逆に武田家を窮地に誘い込むことも出来なくはなかったとも考えられます。
まとめとしては上記の二つの目的はどちらも信玄の急死、または計画に無理があって果たせず終いで、あの遠征は家康に冷や汗をかかせただけの結果しか作れなかったとしか言えず、評価としてはあまり芳しくない遠征だったと言いたいわけです。それなら目的を絞って、浜松城の完全奪取だけでもやっておけばよかったのにと、結果論からなら言えるわけです。
2013年10月16日水曜日
中国の経済犯罪に関する謎の統計( ´,_ゝ`)
今日も神経をすり減らす中で元気に中国ニュースを見ていたところ、また面白いニュースが見つかったので紹介しようと思います。その内容というのも、中国における経済犯罪の統計で、要するにどれだけの資金が持ち逃げされたかについてやけに詳しくまとめられてます。
・中国外逃裸官人均携款500万 最年轻者25岁(鄭州版報)
記事の出典は鄭州晩報(サイトに至っては東方網だが)と書いてありますが、記事中で引用したデータは経済誌の「財経」のものだと但し書きがあります。何気にこの「財経」は私が不定期に購読していた経済紙で、上海人の友人にこれ読んでるって言ってみたら、「中国人からしても難しい内容なのに、こんなの読むの?」と言われてちょっと自信がつきました。最初はコンビニ(セブンイレブン)で買ってたけど、後に会社がまとめて買ってる雑誌の中に入ってたと知ってアイヤーとか抜かしてました。
そんなどうでもことはいいとして本題に入りますが、持ち逃げ資金に関する実に様々な統計が記事中では紹介されています。それにしてもそもそも、なんでこんな統計があるのか、っていうか統計取るほど数も多過ぎやしないかなどと、どこから突っ込んでいいかよくわからないネタです。こういうわけのわからなさが中国のいい所であり自分の好きな所でもあるのですが。
と、あまり長々と書いてもいいのでとりあえず乗っている統計データを片っ端から書いてきます。
<一人当たり海外逃亡資金>(1元=15円で計算)
・2000~2003年:430万元(6450万円)
・2007年:540万元(8100万円)
・2012年:480万元(7200万円)
※記事では「2012年は500万元を下回った( ^∀^)」って書いてます。
<海外逃亡人数、資金の累計>
・1990年代中期以降で1.6万~1.8万人
・累計流出資金:8000億元(1兆2000億円)
※記事中では上記の数字に対して関連官庁から正式に発表されたデータではなく真偽は怪しいとして、実際にはもっと多いことを示唆している。
<2007年の取り締まり実績>
・経済犯罪者の逃亡人数:5724人
・うち捕獲人数:4547人
<最年少経済犯罪者の年齢>
・25歳
ざっと書いてあるデータをまとめましたが、実際にはもっと多いだろうっていう気がしますね。なおこれらのデータは公務員、国有企業の責任者、金融業界関係者の枠内で民間企業の社長とかは入ってない模様です。それにしても最後の25歳は盗んだ金で走り出す25の夜を堪能したのだろうか。
・中国外逃裸官人均携款500万 最年轻者25岁(鄭州版報)
記事の出典は鄭州晩報(サイトに至っては東方網だが)と書いてありますが、記事中で引用したデータは経済誌の「財経」のものだと但し書きがあります。何気にこの「財経」は私が不定期に購読していた経済紙で、上海人の友人にこれ読んでるって言ってみたら、「中国人からしても難しい内容なのに、こんなの読むの?」と言われてちょっと自信がつきました。最初はコンビニ(セブンイレブン)で買ってたけど、後に会社がまとめて買ってる雑誌の中に入ってたと知ってアイヤーとか抜かしてました。
そんなどうでもことはいいとして本題に入りますが、持ち逃げ資金に関する実に様々な統計が記事中では紹介されています。それにしてもそもそも、なんでこんな統計があるのか、っていうか統計取るほど数も多過ぎやしないかなどと、どこから突っ込んでいいかよくわからないネタです。こういうわけのわからなさが中国のいい所であり自分の好きな所でもあるのですが。
と、あまり長々と書いてもいいのでとりあえず乗っている統計データを片っ端から書いてきます。
<一人当たり海外逃亡資金>(1元=15円で計算)
・2000~2003年:430万元(6450万円)
・2007年:540万元(8100万円)
・2012年:480万元(7200万円)
※記事では「2012年は500万元を下回った( ^∀^)」って書いてます。
<海外逃亡人数、資金の累計>
・1990年代中期以降で1.6万~1.8万人
・累計流出資金:8000億元(1兆2000億円)
※記事中では上記の数字に対して関連官庁から正式に発表されたデータではなく真偽は怪しいとして、実際にはもっと多いことを示唆している。
<2007年の取り締まり実績>
・経済犯罪者の逃亡人数:5724人
・うち捕獲人数:4547人
<最年少経済犯罪者の年齢>
・25歳
ざっと書いてあるデータをまとめましたが、実際にはもっと多いだろうっていう気がしますね。なおこれらのデータは公務員、国有企業の責任者、金融業界関係者の枠内で民間企業の社長とかは入ってない模様です。それにしても最後の25歳は盗んだ金で走り出す25の夜を堪能したのだろうか。
2013年10月15日火曜日
ヘイトスピーチに対する私の所感
先日、京都地裁にて在特会こと在日特権を許さない市民の会による朝鮮学校に向けた、ヘイトスピーチなどと呼ばれる抗議・宣伝活動が違法だとの判決が下りました。この判決では在特会に対し賠償金の支払いが命じられ、このところ各地で増えている同様のヘイトスピーチに対する初めての司法判断として大きく報じられました。今日はこのヘイトスピーチに対する私の意見を描いてみようと思うのですが、書く前にほかの報道ではどうかなと調べてみたら下記の記事に自分も知っている韓国社会を専門とする社会学者、板垣先生の意見書が載っててちょっとびっくりしました。M先生はまだ生きてるのかな?
・「ヘイトスピーチ断罪判決」が触れなかったもの(朝日新聞)
まず結論から言うと、私はこうした民族(=人種)や出身を理由とした抗議・批判をするヘイトスピーチに対して否定的な立場を取ります。やってる人間からしたらいろいろ理由を挙げてくるでしょうが私が見る限り、在特会のデモは制度の不公平を是正するという事よりも在日の人を糾弾することが目的の様にしか見えず、ただ憎しみや不満を吐きだしているようにしか見えないからです。こうした点については普段は厳しい産経新聞もこの記事で、
「批判すべきなら、普通の言葉で、堂々とすればいい。ことさらに憎しみをあおるような発言は、批判や意見とは、まったく異なる。」
「だが繰り返されたシュプレヒコールは、判決で言及されたものだけでも「朝鮮人を保健所で処分しろ」「日本からたたき出せ」など聞くに堪えない言葉が並んでいた。」
などと批判しており、基本的に私もこの意見に同感です。
自分のこのブログもあれこれなにかを批判することが多いですが、その際にいつも気を付けているのはそれが自分自身の愚痴に成り下がってないかという点です。基本的に批判する対象に対して私が不満を持っていることは間違いないですが、それが私個人の感情に起因するものではなく、またその不満が解消されることによって社会の改善にもつながるものだけをブログで展開するようにしています。ただ憎しみだけを周りに吐き散らすというのは社会を悪い方向にしか向かわせません。
ましてやこのヘイトスピーチは堂々と差別を主張するもので、当局などはもう少し規制をしてもいいのではないかとすら思います。しかもデモを行う場所も朝鮮学校など制度の改善とは全く関係のない所ばかりで、言ってしまえば弱い者いじめをしているようにしか見えません。
私自身、差別感情を持つことに対しては否定しません。誰でも聖人になれるわけじゃないし恨んだりなど負の感情を持つのはごく自然なことだと思います。しかし思うだけと、それを主張し周りにも賛同を促すというのは別問題です。これらのヘイトスピーチは弱い者いじめを肯定するようなものにしか見えず、社会上、百害あって一利なしではないかと私は考えます。
ただ敢えてここで問題提起をしますが、在日韓国人・朝鮮人に対する法制度はそろそろ見直すべき時期に来ているのではないかともこのところよく思います。というのも在日の方々に対する法制度は戦前・戦後の混乱、また朝鮮戦争の余波などがあって特別法のような形で組まれて、それが現在に至るまでずっと続いております。しかし既に終戦から70年近く経過し、特別法のような制度で他の外国人とは異なる制度を維持するべきかどうかと言ったらやっぱりなにか違うような気がします。具体的に言うと、他の国・地域出身で永住権を保有する外国人と扱いを同じくする制度にするべきでしょう。
さらに具体的な一点にツッコミを入れると、いわゆる「通名」と呼ばれる日本人名を名乗ることに関しては廃止すべきじゃないかと提案します。実際はどうだかわかりませんがネット上などでは在日出身の方が犯罪を犯した際、報道では本名ではなく通名によって報じられ、在日出身であることがわからないように保護されているなどという意見が出ています。
繰り返しますが果たして実態はどうなのかわかりかねますが、こういう疑いを晴らすためにも、またほかの国・地域出身の外国人がそんな通名を日本で使用していないことを考えるともうこういう習慣はやめてしまうべきです。こういう余計な所こそ平等にするべきでしょう。
おまけ
最後に蛇足ですが通名ネタで語ると、中国人は英語名といって「レスリー・チャン」とか「シンディ・ワン」などと好き勝手に欧米人っぽい名前を名乗ってきますし、貿易事務書類もこの名前でサインしてくることも多いです。これらの名前は別に洗礼名とかそういうものではなく、中学校で英語を習い始めるタイミングで勝手に自分で決めるそうですが、ご大層な名前の割に英語が出来ない中国人だったりすると「何がシンディだよ」とかちょっと言いたくなります。
おまけ2
自分が貿易事務職を務めていた時に上記の話題が同僚の間で上がり、「花園は自転車が好きなんだからチャーリー花園って名乗れよ」と言わrました。
・「ヘイトスピーチ断罪判決」が触れなかったもの(朝日新聞)
まず結論から言うと、私はこうした民族(=人種)や出身を理由とした抗議・批判をするヘイトスピーチに対して否定的な立場を取ります。やってる人間からしたらいろいろ理由を挙げてくるでしょうが私が見る限り、在特会のデモは制度の不公平を是正するという事よりも在日の人を糾弾することが目的の様にしか見えず、ただ憎しみや不満を吐きだしているようにしか見えないからです。こうした点については普段は厳しい産経新聞もこの記事で、
「批判すべきなら、普通の言葉で、堂々とすればいい。ことさらに憎しみをあおるような発言は、批判や意見とは、まったく異なる。」
「だが繰り返されたシュプレヒコールは、判決で言及されたものだけでも「朝鮮人を保健所で処分しろ」「日本からたたき出せ」など聞くに堪えない言葉が並んでいた。」
などと批判しており、基本的に私もこの意見に同感です。
自分のこのブログもあれこれなにかを批判することが多いですが、その際にいつも気を付けているのはそれが自分自身の愚痴に成り下がってないかという点です。基本的に批判する対象に対して私が不満を持っていることは間違いないですが、それが私個人の感情に起因するものではなく、またその不満が解消されることによって社会の改善にもつながるものだけをブログで展開するようにしています。ただ憎しみだけを周りに吐き散らすというのは社会を悪い方向にしか向かわせません。
ましてやこのヘイトスピーチは堂々と差別を主張するもので、当局などはもう少し規制をしてもいいのではないかとすら思います。しかもデモを行う場所も朝鮮学校など制度の改善とは全く関係のない所ばかりで、言ってしまえば弱い者いじめをしているようにしか見えません。
私自身、差別感情を持つことに対しては否定しません。誰でも聖人になれるわけじゃないし恨んだりなど負の感情を持つのはごく自然なことだと思います。しかし思うだけと、それを主張し周りにも賛同を促すというのは別問題です。これらのヘイトスピーチは弱い者いじめを肯定するようなものにしか見えず、社会上、百害あって一利なしではないかと私は考えます。
ただ敢えてここで問題提起をしますが、在日韓国人・朝鮮人に対する法制度はそろそろ見直すべき時期に来ているのではないかともこのところよく思います。というのも在日の方々に対する法制度は戦前・戦後の混乱、また朝鮮戦争の余波などがあって特別法のような形で組まれて、それが現在に至るまでずっと続いております。しかし既に終戦から70年近く経過し、特別法のような制度で他の外国人とは異なる制度を維持するべきかどうかと言ったらやっぱりなにか違うような気がします。具体的に言うと、他の国・地域出身で永住権を保有する外国人と扱いを同じくする制度にするべきでしょう。
さらに具体的な一点にツッコミを入れると、いわゆる「通名」と呼ばれる日本人名を名乗ることに関しては廃止すべきじゃないかと提案します。実際はどうだかわかりませんがネット上などでは在日出身の方が犯罪を犯した際、報道では本名ではなく通名によって報じられ、在日出身であることがわからないように保護されているなどという意見が出ています。
繰り返しますが果たして実態はどうなのかわかりかねますが、こういう疑いを晴らすためにも、またほかの国・地域出身の外国人がそんな通名を日本で使用していないことを考えるともうこういう習慣はやめてしまうべきです。こういう余計な所こそ平等にするべきでしょう。
おまけ
最後に蛇足ですが通名ネタで語ると、中国人は英語名といって「レスリー・チャン」とか「シンディ・ワン」などと好き勝手に欧米人っぽい名前を名乗ってきますし、貿易事務書類もこの名前でサインしてくることも多いです。これらの名前は別に洗礼名とかそういうものではなく、中学校で英語を習い始めるタイミングで勝手に自分で決めるそうですが、ご大層な名前の割に英語が出来ない中国人だったりすると「何がシンディだよ」とかちょっと言いたくなります。
おまけ2
自分が貿易事務職を務めていた時に上記の話題が同僚の間で上がり、「花園は自転車が好きなんだからチャーリー花園って名乗れよ」と言わrました。
2013年10月14日月曜日
戦艦三笠を見てきた
ブログを二日も休んでおきながら今日もなんかまとまらないので、親父と一緒に今日行ってきた、横須賀にある戦艦三笠の見学について簡単にまとめます。
横須賀に日露戦争に旗艦として使われた三笠が記念艦として残っているということを知ったのはつい先月のことで、それほど軍艦マニアというわけじゃないけど近くにあるのだからと思って親父を連れ立って一緒に京急に乗り行ってきました。
三笠は横須賀中央駅の近くで歩いて行ける三笠公園においてあり、大人1人500円で中に入れて見学できます。三笠に対する私の第一印象ですが、正直に言って非常に小さく感じました。やはり現代、ひいては二次大戦時に使われた軍艦と比べて明治の軍艦はまだ技術的な差があったのでしょうけど戦艦というにはあまりに小さく、よくこんな船に数百人の船員が乗っかって戦ってたなと思えました。
それで中身ですが、砲塔とかはレプリカですが一応それらしい雰囲気はあり、あと館内には海上自衛隊の活動をまとめた展示とか、日露戦争について説明するパネルなどがあり最低限の展示物はそろってます。あとちょっと気になった点を挙げると、常にZ旗が翻ってて「常に戦時体制なのかよ」等と突っ込んでいました。
横須賀に日露戦争に旗艦として使われた三笠が記念艦として残っているということを知ったのはつい先月のことで、それほど軍艦マニアというわけじゃないけど近くにあるのだからと思って親父を連れ立って一緒に京急に乗り行ってきました。
三笠は横須賀中央駅の近くで歩いて行ける三笠公園においてあり、大人1人500円で中に入れて見学できます。三笠に対する私の第一印象ですが、正直に言って非常に小さく感じました。やはり現代、ひいては二次大戦時に使われた軍艦と比べて明治の軍艦はまだ技術的な差があったのでしょうけど戦艦というにはあまりに小さく、よくこんな船に数百人の船員が乗っかって戦ってたなと思えました。
それで中身ですが、砲塔とかはレプリカですが一応それらしい雰囲気はあり、あと館内には海上自衛隊の活動をまとめた展示とか、日露戦争について説明するパネルなどがあり最低限の展示物はそろってます。あとちょっと気になった点を挙げると、常にZ旗が翻ってて「常に戦時体制なのかよ」等と突っ込んでいました。
2013年10月11日金曜日
中国における日系企業の苦境関連ニュースについて
今日は記事を書くつもりはなかったのですが、ちょっとひどい記事を見つけたのでさすがに黙ってはおられず一筆書くことにします。
・ヤマダ電機撤退 「社名が日本兵を連想」消費者が拒否反応(産経新聞)
上記リンク先は産経新聞の記事で、中国で苦戦する日系企業について取り上げています。詳しくは直接中身の記事を見てもらえばいいのですが、見出しにも書いている通りに家電小売り大手のヤマダ電機が中国での店舗を閉鎖していることについて、「山田という日本を連想する名前だったからよくない」と書いています。同じく去年12月に上海に中国第1号店を出店した高島屋(自分もオープン初日に取材に行った。はっきり言ってメディア対応は悪かった)も、日本名丸出しだったから苦戦が続いている、けど「優衣庫」という中国っぽい名前にしたユニクロは成功していると続いています。
はっきり言わせてもらうと、この記事を書いた記者は中国に来たことあるのと聞きたくなるくらいお門違いな内容です。たまに中国語も出来ないのに中国に来たばっかりで、聞きかじりで適当な記事を書く記者がいますがその類じゃないでしょうか。
一つ一つポイントを絞って解説しますが、まずヤマダ電機の中国事業が上手くいっていないのは事実で、オープンした店舗も次々と占めています。もっともヤマダ電機についていえばこのところ日本国内の事業もうまくいっていませんが、なんで中国事業が上手くいってないのかというと実は日本と全く同じ構造というか、補助金制度の終了が大きく響いています。
日本はリーマンショックの後にエコポイント制度を始めたことから家電小売業は一時期、わが世の春を謳歌しましたが、2011年にこれが打ち切られると特需の反動から業界全体で大きく売り上げが減少することとなりました。実は中国も全く同じで、景気対策として「家電下郷」や「以旧換新」などという家電買換え補助策を打ち出し、これらが打ち切られるやガクンと売上げが大きく減少することとなりました。
さらにこの辺は割と自分でもしっかり勉強して追っていたので詳しいのですが、中国では2~3年前くらいからオンラインショッピングで家電を買う習慣が急劇に広がっています。日本では去年あたりから段々ブームが広がっていますが、ことネットで家電を買うことについては中国の方がずっと普及しており、それを受けて中国の家電小売り大手である蘇寧電器や国美電器はどちらも自社のオンラインショッピングサイトに力を入れており、実態店舗の売り上げが減少する一方でこれらサイトでの売り上げは増加し続けています。
以上のような観点から言うと、ヤマダ電機が中国でうまくいかなかったのは尖閣問題による日本イメージの悪化が全くないというつもりはありませんが、それ以上に中国での家電小売業界が大きく変化していることの方が大きいように思えます。
あともうひとつ情報を付け加えると、これは私の聞きかじりですがどうも先程の中国の家電小売り大手2社が嫌がらせというか、中国メーカーに対してヤマダ電機に商品を卸さないようにプレッシャーをかけているといううわさを聞いたことがあります。その情報くれた人自体が中国メディアとして私なんかより全然プロで人脈も広い人だったので真実だと私は考えていますが、そうした嫌がらせを受けて中国のヤマダ電機では日系メーカー製しか商品が並ばず、価格帯が高級品に偏っていてそれが客足を遠ざける要因にもなっているそうです。さもありなんな話です。
ここで話は変わってようやく上海高島屋。ここに関してはしつこく取材(広報部に1週間くらい連続で電話した)したこともあることからこだわりがあり、今年5月にも「中国で苦戦する日系デパート」の記事で分析を行っていますが、苦戦の理由は日本のイメージなんて全く関係なく、一にも二にも立地のまずさにしかありません。
前の記事でも書いていますが上海高島屋があるのは上海の繁華街である南京路ではなく新興開発のオフィス街である古北地区です。出店前からセオリーに外れたこの立地に対して吉と出るか凶と出るか、オフィス街の需要を開拓できるかどうかが上海の一部ビジネスマン(+メディア)の間で噂になっていましたが、現在の様子からすると見事に凶と出た感じです。
産経の記事ではこの立地について全く触れられておらず、言ってはなんですが書いた人は明らかに上海事情について素人でしょう。その点、ダイヤモンドの記者はよくわかっており、下記の記事の中で立地のまずさからで必ずしも反日が原因ではないと指摘しています。
・高島屋、ヤマダ電機……中国進出失敗の原因は本当に「反日」か(ダイヤモンド)
最後に、産経の記事ではユニクロは中国でのブランド名を「優衣庫」と中国名にしたことから日本のイメージが少なく、中国人も国内ブランドだと信じ込んでいるから成功していると書いてますが、なわけねーよと言いたいです。大体、中国人にちゃんと聞いた上での記述かこれ?
自分が中国の友人から聞く限りだとユニクロが日系企業であることは中国人もわかっておりますが、単純に価格に比して品質が格段に優れているからよく利用するということを聞きます。結局は価値、価格に対して商品やサービスがどれだけ優れているかこの一点です。
日系企業が海外でうまくやっていけない理由をなんでもかんでも反日で片づけようとするのは友人の言葉を借りるなら思考停止も同然です。少なくとも中国ではユニクロやヤクルト、あと隠れてYKKみたいに絶好調の日系企業もあるのだから、きちんとそれぞれの成功要因と失敗要因を分析して記者も記事くらい書けと、素人になった気分で言ってみた次第です。
・ヤマダ電機撤退 「社名が日本兵を連想」消費者が拒否反応(産経新聞)
上記リンク先は産経新聞の記事で、中国で苦戦する日系企業について取り上げています。詳しくは直接中身の記事を見てもらえばいいのですが、見出しにも書いている通りに家電小売り大手のヤマダ電機が中国での店舗を閉鎖していることについて、「山田という日本を連想する名前だったからよくない」と書いています。同じく去年12月に上海に中国第1号店を出店した高島屋(自分もオープン初日に取材に行った。はっきり言ってメディア対応は悪かった)も、日本名丸出しだったから苦戦が続いている、けど「優衣庫」という中国っぽい名前にしたユニクロは成功していると続いています。
はっきり言わせてもらうと、この記事を書いた記者は中国に来たことあるのと聞きたくなるくらいお門違いな内容です。たまに中国語も出来ないのに中国に来たばっかりで、聞きかじりで適当な記事を書く記者がいますがその類じゃないでしょうか。
一つ一つポイントを絞って解説しますが、まずヤマダ電機の中国事業が上手くいっていないのは事実で、オープンした店舗も次々と占めています。もっともヤマダ電機についていえばこのところ日本国内の事業もうまくいっていませんが、なんで中国事業が上手くいってないのかというと実は日本と全く同じ構造というか、補助金制度の終了が大きく響いています。
日本はリーマンショックの後にエコポイント制度を始めたことから家電小売業は一時期、わが世の春を謳歌しましたが、2011年にこれが打ち切られると特需の反動から業界全体で大きく売り上げが減少することとなりました。実は中国も全く同じで、景気対策として「家電下郷」や「以旧換新」などという家電買換え補助策を打ち出し、これらが打ち切られるやガクンと売上げが大きく減少することとなりました。
さらにこの辺は割と自分でもしっかり勉強して追っていたので詳しいのですが、中国では2~3年前くらいからオンラインショッピングで家電を買う習慣が急劇に広がっています。日本では去年あたりから段々ブームが広がっていますが、ことネットで家電を買うことについては中国の方がずっと普及しており、それを受けて中国の家電小売り大手である蘇寧電器や国美電器はどちらも自社のオンラインショッピングサイトに力を入れており、実態店舗の売り上げが減少する一方でこれらサイトでの売り上げは増加し続けています。
以上のような観点から言うと、ヤマダ電機が中国でうまくいかなかったのは尖閣問題による日本イメージの悪化が全くないというつもりはありませんが、それ以上に中国での家電小売業界が大きく変化していることの方が大きいように思えます。
あともうひとつ情報を付け加えると、これは私の聞きかじりですがどうも先程の中国の家電小売り大手2社が嫌がらせというか、中国メーカーに対してヤマダ電機に商品を卸さないようにプレッシャーをかけているといううわさを聞いたことがあります。その情報くれた人自体が中国メディアとして私なんかより全然プロで人脈も広い人だったので真実だと私は考えていますが、そうした嫌がらせを受けて中国のヤマダ電機では日系メーカー製しか商品が並ばず、価格帯が高級品に偏っていてそれが客足を遠ざける要因にもなっているそうです。さもありなんな話です。
ここで話は変わってようやく上海高島屋。ここに関してはしつこく取材(広報部に1週間くらい連続で電話した)したこともあることからこだわりがあり、今年5月にも「中国で苦戦する日系デパート」の記事で分析を行っていますが、苦戦の理由は日本のイメージなんて全く関係なく、一にも二にも立地のまずさにしかありません。
前の記事でも書いていますが上海高島屋があるのは上海の繁華街である南京路ではなく新興開発のオフィス街である古北地区です。出店前からセオリーに外れたこの立地に対して吉と出るか凶と出るか、オフィス街の需要を開拓できるかどうかが上海の一部ビジネスマン(+メディア)の間で噂になっていましたが、現在の様子からすると見事に凶と出た感じです。
産経の記事ではこの立地について全く触れられておらず、言ってはなんですが書いた人は明らかに上海事情について素人でしょう。その点、ダイヤモンドの記者はよくわかっており、下記の記事の中で立地のまずさからで必ずしも反日が原因ではないと指摘しています。
・高島屋、ヤマダ電機……中国進出失敗の原因は本当に「反日」か(ダイヤモンド)
最後に、産経の記事ではユニクロは中国でのブランド名を「優衣庫」と中国名にしたことから日本のイメージが少なく、中国人も国内ブランドだと信じ込んでいるから成功していると書いてますが、なわけねーよと言いたいです。大体、中国人にちゃんと聞いた上での記述かこれ?
自分が中国の友人から聞く限りだとユニクロが日系企業であることは中国人もわかっておりますが、単純に価格に比して品質が格段に優れているからよく利用するということを聞きます。結局は価値、価格に対して商品やサービスがどれだけ優れているかこの一点です。
日系企業が海外でうまくやっていけない理由をなんでもかんでも反日で片づけようとするのは友人の言葉を借りるなら思考停止も同然です。少なくとも中国ではユニクロやヤクルト、あと隠れてYKKみたいに絶好調の日系企業もあるのだから、きちんとそれぞれの成功要因と失敗要因を分析して記者も記事くらい書けと、素人になった気分で言ってみた次第です。
2013年10月10日木曜日
水木しげるのおすすめ伝記漫画
私が漫画家の水木しげる氏の熱心なフリークであることはこのブログの定期読者なら言うまでもないですが、実は水木氏の最大人気作と言っていい「ゲゲゲの鬼太郎」の単行本はそれほど持っておりません。鬼太郎は鬼太郎で面白いのですが、私個人として一番にお勧めできるのは水木氏の時点である「水木しげる伝(上中下)」で、そのほかだと水木氏が壮年になってから手掛けた伝記漫画が気に入っており、今日はいくつか抜粋して紹介しようと思います。
あまり知られてないと思いますが、水木氏は1990年前後からビッグゴールドなどに実在の人物に題材を取った伝記っぽい漫画を数多く仕立ててます。対象は日本国内にとどまらず世界中のいわゆる奇人たちで、自分も読むまで知らなかった人物が数多く取り上げられております。
まずシリーズとしておすすめできるのは「神秘家列伝」というシリーズで、こちらは現在文庫版で4巻まで出ております。タイトルの通りに神秘家、つまりオカルト関連の歴史上の有名人物を取り上げており、1巻に出てくるスウェーデンボルグなどは「こんな面白い人物がいたのか」と素直にため息が出てくるほど面白い描かれ方がされています。このほかにもコナン・ドイルや井上円了などの人物が独特なタッチで紹介されており、あと個人的に印象深いのは大本教の実質的な創始者である出口王仁三郎について非常に綿密に描かれています。社会学やっている人間は是非読むべしです。
その次におすすめできるというか、恐らく水木氏の一連の伝記作品の中で白眉ともいえるのが「猫楠」です。これはタイトルからはわかりませんが南方熊楠を題材に取った作品で、わかる人ならわかるでしょうが、とんでもない内容になっています。
何がとんでもないのかというと南方熊楠という人物が史実上でも色々とアレな人で、この人は粘菌学者で十数ヶ国語を自在に操り、現在も続く科学雑誌の最高権威「ネイチャー」の記事投稿本数が日本人として最も多いという、私が考えるに明治以降の人物としてはもっとも「天才」という言葉がぴったりくる人です。
しかし、天才にはありがちですが一般人としての感覚が全くない人で、カビやダニを培養するため不潔な環境で生活し、酒飲むと大暴れし、ケンカになると全裸で自在に嘔吐したりなどと自分で書いてて何書いてるんだかわからなくなってきます。ただ、そういった破天荒ぶりが水木氏の漫画にあっているというか、多分水木氏も南方熊楠みたいなめちゃくちゃな人間が大好きなんだろうなと思えるくらいにすごく、生き生きと描かれています。
最後にもう二冊紹介しますが、「東西奇ッ怪紳士録」という短編集があります。私はこの短編集に平賀源内が収録されていると聞いたので買って読んでみたのですが、平賀源内の話も面白かった一方、「国家をもて遊ぶ男」という短編の方に強く引き寄せられました。この短編には冒頭で、
「東条英機がいなくても(代わりがいるから)太平洋戦争は起こっただろう。しかしヒトラーがいなければ太平洋戦争は起こらなかったに違いない」
という、山田風太郎の日記を引用しています。もうわかるでしょうが、この短編はヒトラーを題材に取っています。この短編ももちろん面白いのですが水木氏はこれ以前にも「劇画ヒットラー」という作品を書いていると知り、こちらも慌てて仕入れました(Amazonから)。
ヒトラーの漫画というと手塚治虫の「アドルフに告ぐ」が有名ですが、こちらはヒトラー自身が実はユダヤ人だったなどと数多くのフィクションを盛り込んだ作品であるのに対し、水木氏の「劇画ヒットラー」は対照的に、徹頭徹尾当時にみられていた歴史的事実に即して描かれており、ミュンヘン一揆などについても丁寧に描いてあります。
これらの伝記漫画は水木氏自身がかなりハチャメチャな人物であることからどれも独特の視点でもって描かれていることが多く、ほかの伝記漫画などと比べて読んでいる印象が全く違います。また取り上げられる人物もヒトラーはともかくとして他は本当にマイナーな人ばかりで、単純にストーリーを追っていくだけでも面白いのでこの場でも紹介しようと思い立ったわけです。
あまり知られてないと思いますが、水木氏は1990年前後からビッグゴールドなどに実在の人物に題材を取った伝記っぽい漫画を数多く仕立ててます。対象は日本国内にとどまらず世界中のいわゆる奇人たちで、自分も読むまで知らなかった人物が数多く取り上げられております。
まずシリーズとしておすすめできるのは「神秘家列伝」というシリーズで、こちらは現在文庫版で4巻まで出ております。タイトルの通りに神秘家、つまりオカルト関連の歴史上の有名人物を取り上げており、1巻に出てくるスウェーデンボルグなどは「こんな面白い人物がいたのか」と素直にため息が出てくるほど面白い描かれ方がされています。このほかにもコナン・ドイルや井上円了などの人物が独特なタッチで紹介されており、あと個人的に印象深いのは大本教の実質的な創始者である出口王仁三郎について非常に綿密に描かれています。社会学やっている人間は是非読むべしです。
その次におすすめできるというか、恐らく水木氏の一連の伝記作品の中で白眉ともいえるのが「猫楠」です。これはタイトルからはわかりませんが南方熊楠を題材に取った作品で、わかる人ならわかるでしょうが、とんでもない内容になっています。
何がとんでもないのかというと南方熊楠という人物が史実上でも色々とアレな人で、この人は粘菌学者で十数ヶ国語を自在に操り、現在も続く科学雑誌の最高権威「ネイチャー」の記事投稿本数が日本人として最も多いという、私が考えるに明治以降の人物としてはもっとも「天才」という言葉がぴったりくる人です。
しかし、天才にはありがちですが一般人としての感覚が全くない人で、カビやダニを培養するため不潔な環境で生活し、酒飲むと大暴れし、ケンカになると全裸で自在に嘔吐したりなどと自分で書いてて何書いてるんだかわからなくなってきます。ただ、そういった破天荒ぶりが水木氏の漫画にあっているというか、多分水木氏も南方熊楠みたいなめちゃくちゃな人間が大好きなんだろうなと思えるくらいにすごく、生き生きと描かれています。
最後にもう二冊紹介しますが、「東西奇ッ怪紳士録」という短編集があります。私はこの短編集に平賀源内が収録されていると聞いたので買って読んでみたのですが、平賀源内の話も面白かった一方、「国家をもて遊ぶ男」という短編の方に強く引き寄せられました。この短編には冒頭で、
「東条英機がいなくても(代わりがいるから)太平洋戦争は起こっただろう。しかしヒトラーがいなければ太平洋戦争は起こらなかったに違いない」
という、山田風太郎の日記を引用しています。もうわかるでしょうが、この短編はヒトラーを題材に取っています。この短編ももちろん面白いのですが水木氏はこれ以前にも「劇画ヒットラー」という作品を書いていると知り、こちらも慌てて仕入れました(Amazonから)。
ヒトラーの漫画というと手塚治虫の「アドルフに告ぐ」が有名ですが、こちらはヒトラー自身が実はユダヤ人だったなどと数多くのフィクションを盛り込んだ作品であるのに対し、水木氏の「劇画ヒットラー」は対照的に、徹頭徹尾当時にみられていた歴史的事実に即して描かれており、ミュンヘン一揆などについても丁寧に描いてあります。
これらの伝記漫画は水木氏自身がかなりハチャメチャな人物であることからどれも独特の視点でもって描かれていることが多く、ほかの伝記漫画などと比べて読んでいる印象が全く違います。また取り上げられる人物もヒトラーはともかくとして他は本当にマイナーな人ばかりで、単純にストーリーを追っていくだけでも面白いのでこの場でも紹介しようと思い立ったわけです。
2013年10月9日水曜日
父性意識の強い所にオカマは多いのか?
また関係ない所から話を始めますが、先程シャワー浴びている最中に郵便が来ました。私がシャワーを浴びる際はまず最初に体を石鹸で洗い、そしてそのまま髪をシャンプーで洗い、最後に一気に水を浴びて頭も体も一緒に流すことで水代とガス代をケチっています。でもって、さっき郵便が来た時はちょうど髪洗って水を流そうとする直前の満身創痍という状態でした。しょうがないから腰にタオル巻いて玄関先出ましたけど、頭も体も全身泡だらけの姿の登場に配達員も驚いただろうな。まだおじさんの配達員で本当によかった。
それでは本題に入りますが、まず個人的な意見ですが「男とはこうあるべき!」っていう具合で父性意識の強い地域ほど、オカマ系タレントをよく輩出しているのではないかという仮説を前から持っています。日本の地域で具体的にそれはどこかというと北海道と九州で、両方とも「男は黙ってサッポロビール」みたいに口数少なく亭主関白であるほうがいいという文化が強い地域です。
それで早速、この二つの地域出身のオカマタレントを調べてみたので下記に列記します。
・KABAちゃん(福岡)
・IKKO(福岡)
・IKKO(福岡県)
・美輪明宏(長崎)
・カルーセル麻紀(北海道)
正直に言って、思ってたより少なかったというのが本音でです。それにしても芸能人輩出率が高いだけあって福岡は多いな……。
一体なんで私がこんな仮説を持ったのかというと、かなり昔に笑っていいともで、「○○なのに××」という企画があり、経歴に比してギャップの強い素人を募集する企画がありました。その規格である日、「九州男児なのに××」というテーマで募集があったところ、スタジオに出てきたのは全員オカマで、「こういう企画だったのかよ!」ってタモリも吠えておりました。
この番組を見ている際に思いついたのが先ほども言った通り、「父性意識の強いところほどオカマが生まれるのでは」という概念で、要するに「男はこうであれ!」と強く言い過ぎると逆コース(オネエ)に発展していく可能性もあるのではということです。
考えてみればサブカルチャーにも同じようなネタが数多くある気がします。ヤクザの家でただ一人の男の子だから厳しく育てようとしたところ逆にオカマになるとか(「ストップ!!ひばり君」)、資産家の家に生まれた娘をレディにしようと教育したらお転婆になっちゃったっていう展開は少女漫画では鉄板です。まぁ「ベルサイユの薔薇」ではオスカルは初めから男として育てられて見事に期待に応えたけどさ。
実際にあるかどうかわからないしあくまで仮説であることに変わりはありませんが、教育において一方向の方針を指し示すと、その方向に成長する(順コース)一方で逆方向にも成長する(逆コース)要素があるんじゃないかという気がします。それこそたとえば勉強を強制させすぎたら逆に大嫌いになったり、警官の家なのに息子はグレてたりとか。
じゃあどんな風に教育すればいいのかですが、そこらへんは教育専門家に聞いてと投げたいところですが敢えて私の口から言わせてもらうと、「北風と太陽」じゃないですけど直接的にではなく間接的に方向を指し示すくらいがベターじゃないかという気がします。たとえばなってもらいたい人物像に近い偉人の伝記をさりげなく読ませるなどという方法がありますが、タレントの中川翔子氏のお父さんは幼児だったしょこたんにいきなり楳図かずおの漫画を読ませたらしく、実際に娘がそっち方向に行ったことを考えるとやっぱ効果あるんじゃないかな。
それでは本題に入りますが、まず個人的な意見ですが「男とはこうあるべき!」っていう具合で父性意識の強い地域ほど、オカマ系タレントをよく輩出しているのではないかという仮説を前から持っています。日本の地域で具体的にそれはどこかというと北海道と九州で、両方とも「男は黙ってサッポロビール」みたいに口数少なく亭主関白であるほうがいいという文化が強い地域です。
それで早速、この二つの地域出身のオカマタレントを調べてみたので下記に列記します。
・KABAちゃん(福岡)
・IKKO(福岡)
・IKKO(福岡県)
・美輪明宏(長崎)
・カルーセル麻紀(北海道)
正直に言って、思ってたより少なかったというのが本音でです。それにしても芸能人輩出率が高いだけあって福岡は多いな……。
一体なんで私がこんな仮説を持ったのかというと、かなり昔に笑っていいともで、「○○なのに××」という企画があり、経歴に比してギャップの強い素人を募集する企画がありました。その規格である日、「九州男児なのに××」というテーマで募集があったところ、スタジオに出てきたのは全員オカマで、「こういう企画だったのかよ!」ってタモリも吠えておりました。
この番組を見ている際に思いついたのが先ほども言った通り、「父性意識の強いところほどオカマが生まれるのでは」という概念で、要するに「男はこうであれ!」と強く言い過ぎると逆コース(オネエ)に発展していく可能性もあるのではということです。
考えてみればサブカルチャーにも同じようなネタが数多くある気がします。ヤクザの家でただ一人の男の子だから厳しく育てようとしたところ逆にオカマになるとか(「ストップ!!ひばり君」)、資産家の家に生まれた娘をレディにしようと教育したらお転婆になっちゃったっていう展開は少女漫画では鉄板です。まぁ「ベルサイユの薔薇」ではオスカルは初めから男として育てられて見事に期待に応えたけどさ。
実際にあるかどうかわからないしあくまで仮説であることに変わりはありませんが、教育において一方向の方針を指し示すと、その方向に成長する(順コース)一方で逆方向にも成長する(逆コース)要素があるんじゃないかという気がします。それこそたとえば勉強を強制させすぎたら逆に大嫌いになったり、警官の家なのに息子はグレてたりとか。
じゃあどんな風に教育すればいいのかですが、そこらへんは教育専門家に聞いてと投げたいところですが敢えて私の口から言わせてもらうと、「北風と太陽」じゃないですけど直接的にではなく間接的に方向を指し示すくらいがベターじゃないかという気がします。たとえばなってもらいたい人物像に近い偉人の伝記をさりげなく読ませるなどという方法がありますが、タレントの中川翔子氏のお父さんは幼児だったしょこたんにいきなり楳図かずおの漫画を読ませたらしく、実際に娘がそっち方向に行ったことを考えるとやっぱ効果あるんじゃないかな。
2013年10月8日火曜日
日本の建築法に対する個人的な意見
日本に帰ってきてからこのテーマで書こう書こうと何度も思っていましたが、何故だか今日になってようやく書くことに至りました。我ながら珍しいなこれほど期間を作るというのも。
いきなりですが、日本に帰国して生活してみて疑問に思ったこととして、なんで日本の建物はこんな小さく中途半端な大きさが多いんだろうっていう事でした。そりゃ国土だけだったら馬鹿みたいに広い中国なんかと比較するのもいろいろと問題ですが、建物の構造や立地に関しても素人の目から見ておかしいのではと思うので、今日はそう言った私個人の疑問点についてあれこれ書きます。
まず先ほども書いたように、日本の建物は少なくとも中国の建物と比べて非常に小さいです。たとえばビルの高さ一つとっても横浜ランドマークタワーを見て真面目に「ちっちゃ!Σ(゚Д゚;)」といったこともありますが、上海の高層ビルなどと比べると日本のビルは広さ的にも高さ的にも著しくショートサイズです。
もちろん地震大国日本という背景があることから中国みたいにバカスカ高層ビルを作れない事情があるとは思うのですが、それにしても腑に落ちないのは高層ビルの構造面、広さです。私の目から見て日本のビルはやけに細長いものが多く、しかも隣接するビルとの空間が人間が入り込むことが出来ないほど狭いという立地が多いです。こういってはなんですが、そんな狭い空間しか開けずに同じようなビルつくるんだったら、土地を共同管理して一つの幅の広いビルつくればよかったんじゃないのという気がします。
何故そんなようなビルが日本に多いかですが、どうも調べてみると建物の容積率や高さが厳しく制限されているからだそうです。高さはともかく容積率というのはわからない人もいるかと思うので少し説明すると、要するにその土地に対して延べ床面積で広い建物を作っていいかという基準で、たとえば100平方メートルの土地の容積率が200%である場合、その土地には延べ床面積が200平方メートルまでの建物が建てられるわけで、仮に4階建てのビルを作るとしたら1階当たり平均50平方メートル(50×4=200)のビルであればギリギリ建てられるという計算です。
この容積率は周辺環境などによって変わるのですが、日本だとこれが厳しく制限されているために土地の広さに比して小さい建物ばかり出来上がってしまうというわけです。しかも高さ制限もあるせいでその土地目一杯に建ててしまうため、先ほどの様に空余地の少ないビルの谷間が生まれることになる、というのが私の解釈です。
余計なお世話かもしれませんが日本の建物はもう少し空余地を設けた方が火事の延焼は防げますし、風も通って都市環境もよくなるんじゃないかという気がします。そのためにも容積率を緩和して高くて多くのテナントが入る建物が作れるようにすればっていうのが私の個人的な意見です。
しかし容積率を高めれば地震など災害に対して弱くなるのでは、という意見もあると思いますし、まさにその通りだと私も思います。にもかかわらずなんでこんな意見を書くのかというと、現時点で日本の耐震基準は異常過ぎるほど高いという話も聞くからです。
たとえば先の東日本大震災。津波での被害が大きかったものの、都内も長く、大きく揺れたものの大きな建物の損壊はそれほど報告されておりません。また阪神大震災でも被害の中心は手抜き工事がされていた物件や、耐震基準が作られる以前の古い家屋などでした。更に言えば、既に耐震対策が施されていたのかもしれませんが一時期騒がれた耐震基準未満のマンション群も、東日本大震災によって倒壊したという話は聞きません。
防災に対して念には念を入れることは重要です。しかし日本の耐震基準は異常過ぎるほどに高いがゆえに費用も高く、基準未満の建物もその費用の高さから建て替えがなされないという話を聞きます。現時点でもかなり巨大な地震に耐えれることは証明されているのだし、もう少し効率を優先して敷地面積が広く、まとめて入る大きなビルが日本でも増えればと個人的に思います。
おまけ
桃缶買ってきたのに缶切りないの忘れてました。(・ω・)シット
いきなりですが、日本に帰国して生活してみて疑問に思ったこととして、なんで日本の建物はこんな小さく中途半端な大きさが多いんだろうっていう事でした。そりゃ国土だけだったら馬鹿みたいに広い中国なんかと比較するのもいろいろと問題ですが、建物の構造や立地に関しても素人の目から見ておかしいのではと思うので、今日はそう言った私個人の疑問点についてあれこれ書きます。
まず先ほども書いたように、日本の建物は少なくとも中国の建物と比べて非常に小さいです。たとえばビルの高さ一つとっても横浜ランドマークタワーを見て真面目に「ちっちゃ!Σ(゚Д゚;)」といったこともありますが、上海の高層ビルなどと比べると日本のビルは広さ的にも高さ的にも著しくショートサイズです。
もちろん地震大国日本という背景があることから中国みたいにバカスカ高層ビルを作れない事情があるとは思うのですが、それにしても腑に落ちないのは高層ビルの構造面、広さです。私の目から見て日本のビルはやけに細長いものが多く、しかも隣接するビルとの空間が人間が入り込むことが出来ないほど狭いという立地が多いです。こういってはなんですが、そんな狭い空間しか開けずに同じようなビルつくるんだったら、土地を共同管理して一つの幅の広いビルつくればよかったんじゃないのという気がします。
何故そんなようなビルが日本に多いかですが、どうも調べてみると建物の容積率や高さが厳しく制限されているからだそうです。高さはともかく容積率というのはわからない人もいるかと思うので少し説明すると、要するにその土地に対して延べ床面積で広い建物を作っていいかという基準で、たとえば100平方メートルの土地の容積率が200%である場合、その土地には延べ床面積が200平方メートルまでの建物が建てられるわけで、仮に4階建てのビルを作るとしたら1階当たり平均50平方メートル(50×4=200)のビルであればギリギリ建てられるという計算です。
この容積率は周辺環境などによって変わるのですが、日本だとこれが厳しく制限されているために土地の広さに比して小さい建物ばかり出来上がってしまうというわけです。しかも高さ制限もあるせいでその土地目一杯に建ててしまうため、先ほどの様に空余地の少ないビルの谷間が生まれることになる、というのが私の解釈です。
余計なお世話かもしれませんが日本の建物はもう少し空余地を設けた方が火事の延焼は防げますし、風も通って都市環境もよくなるんじゃないかという気がします。そのためにも容積率を緩和して高くて多くのテナントが入る建物が作れるようにすればっていうのが私の個人的な意見です。
しかし容積率を高めれば地震など災害に対して弱くなるのでは、という意見もあると思いますし、まさにその通りだと私も思います。にもかかわらずなんでこんな意見を書くのかというと、現時点で日本の耐震基準は異常過ぎるほど高いという話も聞くからです。
たとえば先の東日本大震災。津波での被害が大きかったものの、都内も長く、大きく揺れたものの大きな建物の損壊はそれほど報告されておりません。また阪神大震災でも被害の中心は手抜き工事がされていた物件や、耐震基準が作られる以前の古い家屋などでした。更に言えば、既に耐震対策が施されていたのかもしれませんが一時期騒がれた耐震基準未満のマンション群も、東日本大震災によって倒壊したという話は聞きません。
防災に対して念には念を入れることは重要です。しかし日本の耐震基準は異常過ぎるほどに高いがゆえに費用も高く、基準未満の建物もその費用の高さから建て替えがなされないという話を聞きます。現時点でもかなり巨大な地震に耐えれることは証明されているのだし、もう少し効率を優先して敷地面積が広く、まとめて入る大きなビルが日本でも増えればと個人的に思います。
おまけ
桃缶買ってきたのに缶切りないの忘れてました。(・ω・)シット
2013年10月6日日曜日
韓国の近現代史~その二十七、まとめ
唐突ですが、今回を以って長く続いたこの韓国の近現代史に関する連載をいったん終了させようかと思います。前回ではいろいろとダメダメだった盧武鉉政権について書きましたが、次の李明博政権だとまだ評価も定まっていないし、別枠で資料読み込んで書いた方がいいと思うのでそろそろ切りがいいのではと思うに至りました。そこで最終回(また続き書くかもしれないけど)の今回は、これまで折ってきた韓国の近現代史をみて私が感じたことをありのままに書こうかと思いおます。
まず最初に言いたいことは、これは連載を始める前からも意識しておりましたが韓国人と日本人の絶対的な意識の違いです。これは文化とかそういうのではなく政治弾圧に絡む民主主義意識、ひいては政治意識に対するもので、この辺のギャップが両国間で誤解を生む要因の一つになっているように思います。
率直に言って韓国人の政治意識は非常に高いと言わざるを得ません。というのも盧泰愚政権までの韓国は実質的な軍事政権下にあり、自由な政治活動はおろか夜間の外出までも厳しく制限されておりました。そして選挙においては政権側の猛烈な弾圧があり、自由主義者の暗殺はおろかデモ隊への発砲すらも日常茶飯事だったこともありました。そんな時期がわずか30年くらい前、つまり1980年代まで韓国は続いております。
それに対して日本はというと、そのような強烈な政治弾圧は二次大戦の時期までで終戦後はあくまで一応は自由な政治活動が許されてます。この間、1945年からだから約70年で、韓国とは40年くらいのギャップがあります。言ってしまえば、韓国の人はまだ自由を求めて政治闘争をした熱が冷めておらず、それ故に国民全体でまつりごとに対して熱くなりやすいのではないかという気がします。それに対して日本はどこか冷めているという態度を持つのでこの辺の感覚が互いに理解しきれていないのではないかというのが私の意見なのですが、長期的には韓国も今後は冷めてくるように思えるので、徐々にこのギャップは埋まるのではないかという楽観的な見方を立ててます。
同じく政治に関する意見ですが、やはりこうして韓国の近現代史を追ってみると朴正煕の影響力が未だに強いというか、韓国におけるすべての政治軸になっているのではないかと思います。言うなれば韓国の政治史というのはある時期を境に「朴正煕的」か「非朴正煕的」の二者択一になっており、未だに朴正煕を超えるグランドデザインを示す政治家が出ていないのではないかと思います。
もうちょっと解説すると朴正煕的なものは親米反北朝鮮、そして国家主導の経済運営であり、反朴正煕的なものはこれらと真逆な方向軸です。もっとも日本もあれこれ言う人がいますが、突き詰めれば親米か反米かで全部峻別できてしまうのですが、国家の具体像に関しては「東洋の経済大国」から脱して「モノづくり大国」、「ポップカルチャーの国」、「反中国」などとそこそこ幅広くなってきた気がします。
一方、韓国ですが、単に私が不勉強なだけかもしれませんが朴正煕の頃からまだ動いていないというか、「日本の経済に追いつけ」、「米国とは微妙な距離感」、「北朝鮮とは戦争にならないように」で未だにずっと続いている気がします。先程にも書いたように、韓国をどんな国にするのかそういうグランドイメージを作れる政治家が致命的なまでに不足しているのではないかという気がしてなりません。
最後にもう一点だけ付け加えますが、韓国は恐らく日本よりも民主主義が浸透している国だという気がします。ただ民主主義というのは完全無欠のシステムではなくほかの独裁制や王制に比べてマシだからみんな使うだけのシステムにほかなりません。そのため民主主義が浸透し過ぎているが故の弊害もあり、言ってしまうと盧武鉉政権なんかその典型でしょう。
今現在は朴槿恵政権ですが、正直に言って私は彼女の言動などを見ていると資質的にいかがなものかとよく思います。特に存命時の金正日と直接会って会談した事実などは看過できない失点のように思え、それでも大統領になれる韓国の民主主義は立派なものだと思うのと同時に、先行きに一抹の不安を覚える次第です。
まず最初に言いたいことは、これは連載を始める前からも意識しておりましたが韓国人と日本人の絶対的な意識の違いです。これは文化とかそういうのではなく政治弾圧に絡む民主主義意識、ひいては政治意識に対するもので、この辺のギャップが両国間で誤解を生む要因の一つになっているように思います。
率直に言って韓国人の政治意識は非常に高いと言わざるを得ません。というのも盧泰愚政権までの韓国は実質的な軍事政権下にあり、自由な政治活動はおろか夜間の外出までも厳しく制限されておりました。そして選挙においては政権側の猛烈な弾圧があり、自由主義者の暗殺はおろかデモ隊への発砲すらも日常茶飯事だったこともありました。そんな時期がわずか30年くらい前、つまり1980年代まで韓国は続いております。
それに対して日本はというと、そのような強烈な政治弾圧は二次大戦の時期までで終戦後はあくまで一応は自由な政治活動が許されてます。この間、1945年からだから約70年で、韓国とは40年くらいのギャップがあります。言ってしまえば、韓国の人はまだ自由を求めて政治闘争をした熱が冷めておらず、それ故に国民全体でまつりごとに対して熱くなりやすいのではないかという気がします。それに対して日本はどこか冷めているという態度を持つのでこの辺の感覚が互いに理解しきれていないのではないかというのが私の意見なのですが、長期的には韓国も今後は冷めてくるように思えるので、徐々にこのギャップは埋まるのではないかという楽観的な見方を立ててます。
同じく政治に関する意見ですが、やはりこうして韓国の近現代史を追ってみると朴正煕の影響力が未だに強いというか、韓国におけるすべての政治軸になっているのではないかと思います。言うなれば韓国の政治史というのはある時期を境に「朴正煕的」か「非朴正煕的」の二者択一になっており、未だに朴正煕を超えるグランドデザインを示す政治家が出ていないのではないかと思います。
もうちょっと解説すると朴正煕的なものは親米反北朝鮮、そして国家主導の経済運営であり、反朴正煕的なものはこれらと真逆な方向軸です。もっとも日本もあれこれ言う人がいますが、突き詰めれば親米か反米かで全部峻別できてしまうのですが、国家の具体像に関しては「東洋の経済大国」から脱して「モノづくり大国」、「ポップカルチャーの国」、「反中国」などとそこそこ幅広くなってきた気がします。
一方、韓国ですが、単に私が不勉強なだけかもしれませんが朴正煕の頃からまだ動いていないというか、「日本の経済に追いつけ」、「米国とは微妙な距離感」、「北朝鮮とは戦争にならないように」で未だにずっと続いている気がします。先程にも書いたように、韓国をどんな国にするのかそういうグランドイメージを作れる政治家が致命的なまでに不足しているのではないかという気がしてなりません。
最後にもう一点だけ付け加えますが、韓国は恐らく日本よりも民主主義が浸透している国だという気がします。ただ民主主義というのは完全無欠のシステムではなくほかの独裁制や王制に比べてマシだからみんな使うだけのシステムにほかなりません。そのため民主主義が浸透し過ぎているが故の弊害もあり、言ってしまうと盧武鉉政権なんかその典型でしょう。
今現在は朴槿恵政権ですが、正直に言って私は彼女の言動などを見ていると資質的にいかがなものかとよく思います。特に存命時の金正日と直接会って会談した事実などは看過できない失点のように思え、それでも大統領になれる韓国の民主主義は立派なものだと思うのと同時に、先行きに一抹の不安を覚える次第です。
韓国の近現代史~その二十六、盧武鉉政権
今回は珍しく間の短いこの連載の更新。そろそろラッシュかけて終わらせないといけないし。
さて前回ではネットを発端に妙な人気が出たことから棚ぼた的に盧武鉉が大統領に就任したところまで紹介しましたが、今日はそんな盧武鉉政権期(2003年~2008年)についてあれこれ書いてこうと思います。この時期は時代的にも非常に近くよく覚えている方もいらっしゃるかと思いますが、「あんなこともあったね」と思いだすような感じで呼んでくれればいいと思います。それにしても、次の李明博政権よりも盧武鉉政権の話のが印象強いから記憶にも良く残っている気がするな。
まず盧武鉉政権に対する現代の評価ですが、国内、国外を問わず非常に低いということは間違いないでしょう。これほどまでに悪い評価で一致している国家元首も珍しいんじゃないかな。
なんでそんなに評価が悪いのかというと言ってしまえば内政、外交ともに混乱を招いたからです。国内ではそれ以前からも進んでいたものの新自由主義へとさらに舵を切って貧富の格差を大きく増大させ、国外では日本はもとより米国とも関係を大きく悪化させた上に中国とも微妙な距離を作ってます。今思えばですが、日韓の国民感情が決定的に悪くなったのはこの時期を境にしているんじゃないかとすら思えます。
もう本当にどこから書いていいものかといろいろ疲れてくるのですが、まず就任当初に関しては非常に高い支持率からスタートしました。その要因というのも既に書いているようにネット上でなんか人気に火がついたということもありますがそれともう一つ、盧武鉉が反米路線を強く打ち出していたからです。前回の記事でも書きましたが大統領選の最中に在韓米軍が韓国の女子中学生を戦車で轢き殺す事件が発生しており、韓国国内では反米感情が非常に高まっておりました。
その最中で盧武鉉はいち早くというか、米国に対して強い態度で臨むと言うなど反米路線を明確にだし、勢い余ってというかそれもキャラなのか、「(自分が)反米主義でなにか問題でも?」というような発言をしたそうです。こうした路線は韓国国内では非常に高く評価されたのですが、当の米国としてはもちろん面白くありません。
その結果というべきか、盧武鉉が大統領に就任して対米外交を始めようとするも米国からはにべない態度を取られ続け、当時のブッシュ米大統領の態度も非常に冷たかったらしいです。もちろん韓国政府にとって米国との外交関係は北朝鮮関係も絡んで非常に重要なだけになんとか関係の修復を図らなければならなければならず、その結果というかイラクに韓国軍を派遣することを盧武鉉もあっさり認めちゃいます。
その結果というべきか、あれだけ反米を主張していたのにすぐに折れちゃったもんだから韓国国内からは非難轟々。弱腰外交だなどと批判され支持率も見事に急落します。一方、そうやって国内の支持を犠牲にしてでも取り持った米国との関係ですが、その後北朝鮮に対して擁護し、融和政策を採り続けたことによってタカ派のブッシュ政権は気を悪くし、政権末期まであまりいい状態を保つことはできませんでした。
対日関係についてもまぁ大体似たようなもので、それまでの韓国大統領は国内での支持獲得のため国内向けに反日を主張することはあっても海外向けの情報発信では日本批判をまだ抑えていましたが、これが盧武鉉政権となると全く配慮がなくなります。むしろ海外記者向けの記者会見などで竹島問題、靖国問題でかなり激しく日本批判を行っており、そうした様子を見る日本人もあまりいい感情を持たなかった気がします。
そのように一応の同盟国との関係は冷やすだけ冷やした一方、敵国であるはずの北朝鮮に対しては今の私から見ても異常なほどに擁護する姿勢を保ち続けました。前任の金大中政権の頃から韓国では太陽政策と言って北朝鮮に対して融和的な態度を取る外交方針を取っておりましたが盧武鉉政権時にはこれがさらに強化され、北朝鮮がミサイルを発射しようが、核実験実施を発表しようが6ヶ国協議などでは一貫して擁護する発言を行い、食料支援などもずっと実施し続けました。しかしこれらの政策は現代の北朝鮮を見るに効果を上げていたとは言えず、いいように使われていただけとしか言えないと私は思います。
これら盧武鉉政権期の外交を見る限りだと、どうも盧武鉉は自分に正直というか、政治家に必要な本音と建前を分けることが出来ない人間だったのではないかと私は見ています。自分が嫌いな米国や日本に対してはそのまんま嫌いだと言ってのけて、逆に親近感を持つ北朝鮮に対しては利益度外視で援助し続けるといった具合で、国家的利益よりも自身の主義概念を悪い意味で貫いく人物だったように思えてなりません。
内政においては就任当初から議会では野党が多数派というねじれ国会であったこともあり、任期中に一度、議会で大統領職の弾劾請求通過して一時的に辞職するなど同情すべき状況は見られます。しかし5年の政権期間中に野党対策で打開策を一切見いだせず、また首都をソウルから移転するという計画を発表したものの反対を受けて中止するなどといったところから見るとやはり批判点が多く、特に政権後半では主要閣僚の人事が二転三転するなど完全なレームダックに入っていることからも一国のリーダーとしては向いてなかったのでしょう。終いには金泳三元大統領からも、「(盧武鉉を)政治家にしてしまったのは間違いだった」とまで言われてしまうし。
なんか悪口ばっかり書いててだんだん自分も申し訳なくなって来るほどなのですが、韓国国内では一時期、何か悪いことがあると「盧武鉉は何かしたのか?」といってなんでもかんでも彼のせいにする言葉遊び、「盧武鉉遊び」というのが流行したほど不人気だったので、大きく間違った分析じゃないんじゃないかと思います。
ただこう書いていてなんとなくダブるというか、同じようなのがちょうど日本にもいたよなぁってつくづく思います。言うまでもないでしょうがそれは鳩山由紀夫元首相で、盧武鉉政権が5年も続いたのに対してまだこっちは1年で済んだからマシだったのかもと前向きに考えたいものです。
さて前回ではネットを発端に妙な人気が出たことから棚ぼた的に盧武鉉が大統領に就任したところまで紹介しましたが、今日はそんな盧武鉉政権期(2003年~2008年)についてあれこれ書いてこうと思います。この時期は時代的にも非常に近くよく覚えている方もいらっしゃるかと思いますが、「あんなこともあったね」と思いだすような感じで呼んでくれればいいと思います。それにしても、次の李明博政権よりも盧武鉉政権の話のが印象強いから記憶にも良く残っている気がするな。
まず盧武鉉政権に対する現代の評価ですが、国内、国外を問わず非常に低いということは間違いないでしょう。これほどまでに悪い評価で一致している国家元首も珍しいんじゃないかな。
なんでそんなに評価が悪いのかというと言ってしまえば内政、外交ともに混乱を招いたからです。国内ではそれ以前からも進んでいたものの新自由主義へとさらに舵を切って貧富の格差を大きく増大させ、国外では日本はもとより米国とも関係を大きく悪化させた上に中国とも微妙な距離を作ってます。今思えばですが、日韓の国民感情が決定的に悪くなったのはこの時期を境にしているんじゃないかとすら思えます。
もう本当にどこから書いていいものかといろいろ疲れてくるのですが、まず就任当初に関しては非常に高い支持率からスタートしました。その要因というのも既に書いているようにネット上でなんか人気に火がついたということもありますがそれともう一つ、盧武鉉が反米路線を強く打ち出していたからです。前回の記事でも書きましたが大統領選の最中に在韓米軍が韓国の女子中学生を戦車で轢き殺す事件が発生しており、韓国国内では反米感情が非常に高まっておりました。
その最中で盧武鉉はいち早くというか、米国に対して強い態度で臨むと言うなど反米路線を明確にだし、勢い余ってというかそれもキャラなのか、「(自分が)反米主義でなにか問題でも?」というような発言をしたそうです。こうした路線は韓国国内では非常に高く評価されたのですが、当の米国としてはもちろん面白くありません。
その結果というべきか、盧武鉉が大統領に就任して対米外交を始めようとするも米国からはにべない態度を取られ続け、当時のブッシュ米大統領の態度も非常に冷たかったらしいです。もちろん韓国政府にとって米国との外交関係は北朝鮮関係も絡んで非常に重要なだけになんとか関係の修復を図らなければならなければならず、その結果というかイラクに韓国軍を派遣することを盧武鉉もあっさり認めちゃいます。
その結果というべきか、あれだけ反米を主張していたのにすぐに折れちゃったもんだから韓国国内からは非難轟々。弱腰外交だなどと批判され支持率も見事に急落します。一方、そうやって国内の支持を犠牲にしてでも取り持った米国との関係ですが、その後北朝鮮に対して擁護し、融和政策を採り続けたことによってタカ派のブッシュ政権は気を悪くし、政権末期まであまりいい状態を保つことはできませんでした。
対日関係についてもまぁ大体似たようなもので、それまでの韓国大統領は国内での支持獲得のため国内向けに反日を主張することはあっても海外向けの情報発信では日本批判をまだ抑えていましたが、これが盧武鉉政権となると全く配慮がなくなります。むしろ海外記者向けの記者会見などで竹島問題、靖国問題でかなり激しく日本批判を行っており、そうした様子を見る日本人もあまりいい感情を持たなかった気がします。
そのように一応の同盟国との関係は冷やすだけ冷やした一方、敵国であるはずの北朝鮮に対しては今の私から見ても異常なほどに擁護する姿勢を保ち続けました。前任の金大中政権の頃から韓国では太陽政策と言って北朝鮮に対して融和的な態度を取る外交方針を取っておりましたが盧武鉉政権時にはこれがさらに強化され、北朝鮮がミサイルを発射しようが、核実験実施を発表しようが6ヶ国協議などでは一貫して擁護する発言を行い、食料支援などもずっと実施し続けました。しかしこれらの政策は現代の北朝鮮を見るに効果を上げていたとは言えず、いいように使われていただけとしか言えないと私は思います。
これら盧武鉉政権期の外交を見る限りだと、どうも盧武鉉は自分に正直というか、政治家に必要な本音と建前を分けることが出来ない人間だったのではないかと私は見ています。自分が嫌いな米国や日本に対してはそのまんま嫌いだと言ってのけて、逆に親近感を持つ北朝鮮に対しては利益度外視で援助し続けるといった具合で、国家的利益よりも自身の主義概念を悪い意味で貫いく人物だったように思えてなりません。
内政においては就任当初から議会では野党が多数派というねじれ国会であったこともあり、任期中に一度、議会で大統領職の弾劾請求通過して一時的に辞職するなど同情すべき状況は見られます。しかし5年の政権期間中に野党対策で打開策を一切見いだせず、また首都をソウルから移転するという計画を発表したものの反対を受けて中止するなどといったところから見るとやはり批判点が多く、特に政権後半では主要閣僚の人事が二転三転するなど完全なレームダックに入っていることからも一国のリーダーとしては向いてなかったのでしょう。終いには金泳三元大統領からも、「(盧武鉉を)政治家にしてしまったのは間違いだった」とまで言われてしまうし。
なんか悪口ばっかり書いててだんだん自分も申し訳なくなって来るほどなのですが、韓国国内では一時期、何か悪いことがあると「盧武鉉は何かしたのか?」といってなんでもかんでも彼のせいにする言葉遊び、「盧武鉉遊び」というのが流行したほど不人気だったので、大きく間違った分析じゃないんじゃないかと思います。
ただこう書いていてなんとなくダブるというか、同じようなのがちょうど日本にもいたよなぁってつくづく思います。言うまでもないでしょうがそれは鳩山由紀夫元首相で、盧武鉉政権が5年も続いたのに対してまだこっちは1年で済んだからマシだったのかもと前向きに考えたいものです。
2013年10月4日金曜日
社会を変える人間とは
このところあんまりおもしろい記事を書いてる実感がないので(特に昨日)、今日はちょっとこじゃれた記事というか自分の文章力を限界まで活かして何か書いてみようかと思います。
お題には「社会を変える人間とは」という風にやけにかっこいい見出しにしましたがこの問いの答えというのは実に単純明快で、「社会に対して不満を持つ人間」にほかなりません。一体何故社会に不満を持つことがその社会を変えることにつながるのかというとこれまた単純で、不満に感じる制度、慣習、風習を変えようと意思を持つからです。実行するか、実現出来るかは別として。
そもそも、これまでに世の中を変えてきた偉人というのは大抵が大勢に刃向う反逆者、言うなればテロリストたちでした。シンガポールの初代首相を務めたリー・クアンユーはかつて9.11について意見を求められた際、「革命家とテロリストの線引きは難しい」といった旨の発言をしましたが、この意味は反逆が成功すれば革命者として崇められ、失敗すればテロを行った犯罪者として裁かれるという現実について述べたと解釈されており、私自身もまさにその通りだと思います。
いうまでもなく誰かにとっての正義は別の誰かにとっては悪であり、勝利した側が後に正義だと評されます。そのように考えると現状の体制を維持しようとする保守的な人間は普通に考えるなら今の社会に満足しているのに対し、革新派というのは今の社会が気に入らない、不満を感じるからこそ変えようとするので革新派だと呼ばれ、実際に社会を変えるとしたら後者の側なのでしょう。もっとも、社会に不満を持つ層が変えようとする世界が大多数にとって幸福な社会かどうかについてはわかりかねますが。
改めてこの考えを援用してみると、またちょっと違った視点が持てるように思えます。たとえば社会を会社に変えてみると、会社に不満を持つ社員こそがその会社を変える可能性を秘めているわけで、悪い循環に陥っている場合なんかには面白い概念じゃないかと思います。同じようにまた社会という言葉を業界に置き換えると、既存の業界団体に反発する会社や経営者こそが刷新する可能性を持っているわけです。中内功なんかこの類だったかもしれませんね。
ここで話題を少し変えますが、私のある友人は「攻殻機動隊」というアニメの冒頭に使われた、「(テロリストに対し)世の中に不満があるなら自分を変えろ、それが出来ないなら目と耳を塞ぎ静かに暮らせ」っていう内容のセリフを非常に気に入っており、事ある毎に引用するのですが、その度に私は、「俺は黙っちゃいないぜ」と、何吹いてやがるんだこいつと言いたくなるようなセリフをいつも言い返しています。
この私の発言の意は説明するまでもないでしょうが、何が何でも体制に属さず、また実際の行動を伴うような反抗をし続けるという宣言においてほかなりません。親しい友人にはよく伝えていますが、実際に社会を変える力があるかどうかは別として、私自身は確実にかつ常に社会に対して不満を持ち、極端な言い方をすればテロリスト的な価値観の強い人間だと自己評価しております。
ただそうやって「反逆宣言」をする一方で、自分が望む世界が果たしてほかの人にとっても幸福になりうる社会となるのかについては常に疑問を持っており、決して理由なく反逆をしてはならないと自重は心がけています。それでも言い訳をすると、周りからもはっきり言われていますが自分はやや時代に恵まれなかったきらいがあり、体制側に属そうと思っても逆にはじかれる傾向があるため、反抗し続けなければ単純に生存することすら難しいのではないかと思っています。要するに、自分の反抗は正当防衛だって主張したいわけです。
またここで話題を変えますが、大学などでの高等教育というのは国家体制を維持する人材を生む一方でその体制を壊そうとする人材も育成する傾向があります。古くは中国の科挙で、これは本試験の落第生が大抵反乱起こしてるためで、このほかにも学生運動などで今私も連載している韓国では軍事政権が白旗挙げる事態になっております。
では日本の大学ではどうか。やっぱり一番大きいのは東大で、国家の官僚を製造する一方でいろいろと国家体制にとって厄介な人材もたくさん作っています。まぁこの辺は最高学府の宿命といったところでしょうが。
ただ東大以外にも敢えて挙げるとしたら、ちょうど今大河ドラマ「八重の桜」に出てくる京都の同志社大学も負けてない、というかここは反逆者ばっか作ってる大学な気がします。というのも以前に同じようなテーマで記事を書いた後に大学の後輩から、「やっぱ同志社は密航してまでアメリカへと渡った新島襄が作った大学で、大物政治家が作った早稲田や国(幕府)が派遣した留学生が作った慶応とは違い、反逆してなんぼっていう校風がありますよね」っていう感想をもらいました。でもって私もまさにその通りだと思いました。
実際に同志社の校風は「ルールは破るためにある」といっても過言ではなく、頑張っていい風に解釈するなら、「それが世の中にとっていい方向に向かわせるのであれば、常識概念や法律すら破ってでも実行する」と言えるかと思います、多分。自分も昔っから何かと反抗的な人間ではありましたが、成人後はやっぱこういう校風に影響されてきたなとこのところよく感じます。
おまけ
名古屋に左遷されている関学出身のうちの親父が先日、「なんでNHKは同志社ばっか贔屓にすんのや、不公平や!」と、不平を言ってました。
お題には「社会を変える人間とは」という風にやけにかっこいい見出しにしましたがこの問いの答えというのは実に単純明快で、「社会に対して不満を持つ人間」にほかなりません。一体何故社会に不満を持つことがその社会を変えることにつながるのかというとこれまた単純で、不満に感じる制度、慣習、風習を変えようと意思を持つからです。実行するか、実現出来るかは別として。
そもそも、これまでに世の中を変えてきた偉人というのは大抵が大勢に刃向う反逆者、言うなればテロリストたちでした。シンガポールの初代首相を務めたリー・クアンユーはかつて9.11について意見を求められた際、「革命家とテロリストの線引きは難しい」といった旨の発言をしましたが、この意味は反逆が成功すれば革命者として崇められ、失敗すればテロを行った犯罪者として裁かれるという現実について述べたと解釈されており、私自身もまさにその通りだと思います。
いうまでもなく誰かにとっての正義は別の誰かにとっては悪であり、勝利した側が後に正義だと評されます。そのように考えると現状の体制を維持しようとする保守的な人間は普通に考えるなら今の社会に満足しているのに対し、革新派というのは今の社会が気に入らない、不満を感じるからこそ変えようとするので革新派だと呼ばれ、実際に社会を変えるとしたら後者の側なのでしょう。もっとも、社会に不満を持つ層が変えようとする世界が大多数にとって幸福な社会かどうかについてはわかりかねますが。
改めてこの考えを援用してみると、またちょっと違った視点が持てるように思えます。たとえば社会を会社に変えてみると、会社に不満を持つ社員こそがその会社を変える可能性を秘めているわけで、悪い循環に陥っている場合なんかには面白い概念じゃないかと思います。同じようにまた社会という言葉を業界に置き換えると、既存の業界団体に反発する会社や経営者こそが刷新する可能性を持っているわけです。中内功なんかこの類だったかもしれませんね。
ここで話題を少し変えますが、私のある友人は「攻殻機動隊」というアニメの冒頭に使われた、「(テロリストに対し)世の中に不満があるなら自分を変えろ、それが出来ないなら目と耳を塞ぎ静かに暮らせ」っていう内容のセリフを非常に気に入っており、事ある毎に引用するのですが、その度に私は、「俺は黙っちゃいないぜ」と、何吹いてやがるんだこいつと言いたくなるようなセリフをいつも言い返しています。
この私の発言の意は説明するまでもないでしょうが、何が何でも体制に属さず、また実際の行動を伴うような反抗をし続けるという宣言においてほかなりません。親しい友人にはよく伝えていますが、実際に社会を変える力があるかどうかは別として、私自身は確実にかつ常に社会に対して不満を持ち、極端な言い方をすればテロリスト的な価値観の強い人間だと自己評価しております。
ただそうやって「反逆宣言」をする一方で、自分が望む世界が果たしてほかの人にとっても幸福になりうる社会となるのかについては常に疑問を持っており、決して理由なく反逆をしてはならないと自重は心がけています。それでも言い訳をすると、周りからもはっきり言われていますが自分はやや時代に恵まれなかったきらいがあり、体制側に属そうと思っても逆にはじかれる傾向があるため、反抗し続けなければ単純に生存することすら難しいのではないかと思っています。要するに、自分の反抗は正当防衛だって主張したいわけです。
またここで話題を変えますが、大学などでの高等教育というのは国家体制を維持する人材を生む一方でその体制を壊そうとする人材も育成する傾向があります。古くは中国の科挙で、これは本試験の落第生が大抵反乱起こしてるためで、このほかにも学生運動などで今私も連載している韓国では軍事政権が白旗挙げる事態になっております。
では日本の大学ではどうか。やっぱり一番大きいのは東大で、国家の官僚を製造する一方でいろいろと国家体制にとって厄介な人材もたくさん作っています。まぁこの辺は最高学府の宿命といったところでしょうが。
ただ東大以外にも敢えて挙げるとしたら、ちょうど今大河ドラマ「八重の桜」に出てくる京都の同志社大学も負けてない、というかここは反逆者ばっか作ってる大学な気がします。というのも以前に同じようなテーマで記事を書いた後に大学の後輩から、「やっぱ同志社は密航してまでアメリカへと渡った新島襄が作った大学で、大物政治家が作った早稲田や国(幕府)が派遣した留学生が作った慶応とは違い、反逆してなんぼっていう校風がありますよね」っていう感想をもらいました。でもって私もまさにその通りだと思いました。
実際に同志社の校風は「ルールは破るためにある」といっても過言ではなく、頑張っていい風に解釈するなら、「それが世の中にとっていい方向に向かわせるのであれば、常識概念や法律すら破ってでも実行する」と言えるかと思います、多分。自分も昔っから何かと反抗的な人間ではありましたが、成人後はやっぱこういう校風に影響されてきたなとこのところよく感じます。
おまけ
名古屋に左遷されている関学出身のうちの親父が先日、「なんでNHKは同志社ばっか贔屓にすんのや、不公平や!」と、不平を言ってました。
2013年10月3日木曜日
中国のやけにセクシーな写真特集について
こういう写真を張り付けるのは自分でもどうかなぁって思うけど、あまり知られていない中国の事実を知らせるのにいい写真でもあるので、せっかくだから紹介します。この写真は東方網という中国のニュースポータルサイトで紹介されていたものですが、リンク先の解説によると写真の女性はポーランドの美人で有名な女子サッカー選手とのことで、なんでも愛犬と遊んでいる最中にシャツが脱げたところを誰かが激写して公開したそうです。
ただそれにしてもこの構図だと、あまりにもきわど過ぎて脱げたっていうより脱いだところを撮らせたようにも見えるから売名かもなぁ。貼り付けといて言うのもなんだけど。
そんな私の感想はひとまず置いときますが、中国のポータルサイトにはこの類の、やけにセクシーな写真特集が度々載せられます。もちろん中国がポルノは禁止(風俗産業は黙認)なのでヌード写真がポータルサイトに載ることはまず有り得ませんが、ヌードと行かずともギリギリなセクシーショットは見ているこっちがびっくりするくらいしょっちゅう載せられます。
これなんか聞いている人は驚くかも知れませんが、テレビ局が運営しているニュースサイトの東方網は割と自由な報道姿勢で有名なのですが、人民日報や国営新華社通信のポータルサイトにもこういうセクシーショットは良く載ります、っていうか新華社のが多いようにも思えるくらいです。一体何故だと聞かれても私にもわかりませんが、よく前職では仕事でニュース記事を検索、閲覧する最中にチラって見ては、「中国人もよく飽きないなぁ( ´∀`)」とか思ってました。
2013年10月1日火曜日
自慢できないNexus7(´;ω;`)
先々週辺りからちょこちょこ書いておりますが、WIMAXの契約を結ぶとともにそのキャンペーンでGoogle社が販売している(作っているのはASUS)Nexus7というタブレットPCを手に入れ、そこそこに使用しています。しかしながらこのタブレット、お題にも掲げ散る通りにとにもかくにも自慢できません。今日はちょっとその辺の理由について個人的見解をまとめようと思います。
まず誤解のないように伝えますが、私自身はこのNexus7という端末に対して非常に満足しています。サイズがスマートフォン以上i-Pad(アイパッド)以下ということで片手に持ちやすく、かつ画面も電子書籍などを読むに当たって手ごろなサイズです。ネット通信やデータ処理などの面でも申し分なく、まだタブレットPCを持ったことがない、使ったことがない層に対して初めて使うのにいいのではないかと文句なしにお勧めできます。
にもかかわらずなぜ自慢できないのかというと、単純にデザインが悪いからです。これは先日に友人にも使わせてみて協議したうえでの結論なのですが、アップル社のアイパッドに比べてデザインが極端に悪いです。
具体的にどの辺が問題なのかというと、現行のNexus7は表地は通常のタブレットと同じく液晶画面なのですが、裏地はグレー一色で小さく、目立たなく「Nexus7」と読めるくぼみが彫られています。はっきり言って遠目には見てもわからず、見る人が見ればやけにでかいスマートフォンと勘違いされかねません。しかもそれ以外は全く特徴がないし。
こういってはなんですがもう少し「Google」とかそういうブランド名のロゴを目立つように入れておけばよかったように思えます。アップル社の製品が優れているのはその革新性はもとより白一色で出してくるなどデザイン性にあると私は考えており、もっとそうした面を考慮したデザインであればNexus7も「どや( ゚∀゚)」って感じで私も友人に自慢できたと思います。現行のデザインじゃ他人に見せてもだから何ってデザインだし……。
逆に言えば他のメーカーにも同じことが言えます。このタブレットの世界は機能や性能以前にデザインで決まると言っても過言じゃありません。多少冒険してでもいいから、「あのデザインはあそこのメーカーのものだ」と一目でわかるようなデザインが求められているのではないかと個人的に思います。
まず誤解のないように伝えますが、私自身はこのNexus7という端末に対して非常に満足しています。サイズがスマートフォン以上i-Pad(アイパッド)以下ということで片手に持ちやすく、かつ画面も電子書籍などを読むに当たって手ごろなサイズです。ネット通信やデータ処理などの面でも申し分なく、まだタブレットPCを持ったことがない、使ったことがない層に対して初めて使うのにいいのではないかと文句なしにお勧めできます。
にもかかわらずなぜ自慢できないのかというと、単純にデザインが悪いからです。これは先日に友人にも使わせてみて協議したうえでの結論なのですが、アップル社のアイパッドに比べてデザインが極端に悪いです。
具体的にどの辺が問題なのかというと、現行のNexus7は表地は通常のタブレットと同じく液晶画面なのですが、裏地はグレー一色で小さく、目立たなく「Nexus7」と読めるくぼみが彫られています。はっきり言って遠目には見てもわからず、見る人が見ればやけにでかいスマートフォンと勘違いされかねません。しかもそれ以外は全く特徴がないし。
こういってはなんですがもう少し「Google」とかそういうブランド名のロゴを目立つように入れておけばよかったように思えます。アップル社の製品が優れているのはその革新性はもとより白一色で出してくるなどデザイン性にあると私は考えており、もっとそうした面を考慮したデザインであればNexus7も「どや( ゚∀゚)」って感じで私も友人に自慢できたと思います。現行のデザインじゃ他人に見せてもだから何ってデザインだし……。
逆に言えば他のメーカーにも同じことが言えます。このタブレットの世界は機能や性能以前にデザインで決まると言っても過言じゃありません。多少冒険してでもいいから、「あのデザインはあそこのメーカーのものだ」と一目でわかるようなデザインが求められているのではないかと個人的に思います。
2013年9月30日月曜日
韓国の近現代史~その二十五、ノサモ
また前回から大分日が立ってしまっての連載再開です。このところ落ち着いて記事書くこと出来ないから思い付きで書くことも増えてるしなぁ。
なわけで簡単に前回までのあらすじを書くと、前回では金大中政権時にあったということから日韓ワールドカップを取り上げました。このワールドカップがあった2002年、韓国では金大中の後継を巡る大統領選挙が行われ今回お題に挙げた「ノサモ」という、次に大統領となる盧武鉉を応援するネット上のファンクラブの存在が大きく注目されました。
この年に与党であった韓国民主党は大統領選に向け、党内で候補を一本化するために予備選挙を実施しました。この予備選挙に立候補したのは盧武鉉を含む7人で、この時点で盧武鉉は他の候補者に比べて実績も経験も少なく、泡沫候補と言っても差し支えありませんでした。
そんな盧武鉉に追い風が吹いたのは数年前から爆発的に利用者の増えていたインターネットがきっかけでした。盧武鉉はそれまで国会議員選挙などで何度か落選を経験していましたが、何度も落選しながらあきらめずに再選を目指し、果たした姿がネット上で評価され始め、「盧武鉉を応援しよう」という主張がネット上で徐々に広まり、そうした支持層のことをいつしかノモサと呼ぶようになってきます。
ノモサの主な構成員はいわゆる386世代と呼ばれる「30代 の80年代大学卒業60年代生まれ」で、日本風に言えば「団塊の世代」に当たる層です。386世代は学生時代に民主化運動などを経験しており思想的にも民主的、平等主義を掲げる傾向が強いことからあくまで一意見ですが日本の団塊の世代と思想的にも近いように思えます。ともかくこうしたネット上の呼び声が徐々に広まり、泡沫候補から一転して盧武鉉は予備選に勝利し、この一連の盧武鉉ブームのことを韓国では「盧風(ノブン)」等と形容されているそうです。
こうして民主党の統一候補となった盧武鉉は、本番の大統領選で野党ハンナラ党の李会昌と一騎打ちを迎えます。当時の情勢はどちらかというと盧武鉉側にとって不利な状況だったそうですが、大統領選の直前に韓国で米軍戦車によって女子中学生が踏みつぶされるという痛ましい事故が起こり、またも情勢は一変します。
この辺でなんとなく日本の沖縄の事件が連想されるのですが、この時の米兵の逮捕や裁判を巡って米韓関係は悪化し、当時のブッシュ大統領も声明を出すなど事態の鎮静化を図りますが韓国の対米感情は良くなるどころかますます悪くなり、こうした状況が親米路線の与党ハンナラ党への支持に陰りを与えます。
最終的な結果ではわずか約57万票という僅差で盧武鉉が勝利し、次期大統領職の座を射止めます。こうして改めてみると盧武鉉はタイミングがいいというか情勢の空気にうまく乗っかることが出来たという運の良さが目立つ気がします。それだけに、資質面は放っておかれたのかもなっていう事で、次回ではある意味で非常に印象の強かった盧武鉉大統領についてあれこれ語ってこうと思います。
なわけで簡単に前回までのあらすじを書くと、前回では金大中政権時にあったということから日韓ワールドカップを取り上げました。このワールドカップがあった2002年、韓国では金大中の後継を巡る大統領選挙が行われ今回お題に挙げた「ノサモ」という、次に大統領となる盧武鉉を応援するネット上のファンクラブの存在が大きく注目されました。
この年に与党であった韓国民主党は大統領選に向け、党内で候補を一本化するために予備選挙を実施しました。この予備選挙に立候補したのは盧武鉉を含む7人で、この時点で盧武鉉は他の候補者に比べて実績も経験も少なく、泡沫候補と言っても差し支えありませんでした。
そんな盧武鉉に追い風が吹いたのは数年前から爆発的に利用者の増えていたインターネットがきっかけでした。盧武鉉はそれまで国会議員選挙などで何度か落選を経験していましたが、何度も落選しながらあきらめずに再選を目指し、果たした姿がネット上で評価され始め、「盧武鉉を応援しよう」という主張がネット上で徐々に広まり、そうした支持層のことをいつしかノモサと呼ぶようになってきます。
ノモサの主な構成員はいわゆる386世代と呼ばれる「30代 の80年代大学卒業60年代生まれ」で、日本風に言えば「団塊の世代」に当たる層です。386世代は学生時代に民主化運動などを経験しており思想的にも民主的、平等主義を掲げる傾向が強いことからあくまで一意見ですが日本の団塊の世代と思想的にも近いように思えます。ともかくこうしたネット上の呼び声が徐々に広まり、泡沫候補から一転して盧武鉉は予備選に勝利し、この一連の盧武鉉ブームのことを韓国では「盧風(ノブン)」等と形容されているそうです。
こうして民主党の統一候補となった盧武鉉は、本番の大統領選で野党ハンナラ党の李会昌と一騎打ちを迎えます。当時の情勢はどちらかというと盧武鉉側にとって不利な状況だったそうですが、大統領選の直前に韓国で米軍戦車によって女子中学生が踏みつぶされるという痛ましい事故が起こり、またも情勢は一変します。
この辺でなんとなく日本の沖縄の事件が連想されるのですが、この時の米兵の逮捕や裁判を巡って米韓関係は悪化し、当時のブッシュ大統領も声明を出すなど事態の鎮静化を図りますが韓国の対米感情は良くなるどころかますます悪くなり、こうした状況が親米路線の与党ハンナラ党への支持に陰りを与えます。
最終的な結果ではわずか約57万票という僅差で盧武鉉が勝利し、次期大統領職の座を射止めます。こうして改めてみると盧武鉉はタイミングがいいというか情勢の空気にうまく乗っかることが出来たという運の良さが目立つ気がします。それだけに、資質面は放っておかれたのかもなっていう事で、次回ではある意味で非常に印象の強かった盧武鉉大統領についてあれこれ語ってこうと思います。
堺市長選の結果、維新の会の弱体化について
本日、大阪府堺市の市長選が実施され、現職の竹山修身氏が再選を果たしました。竹山氏は以前に橋下大阪市長が率いる維新の会に所属していたものの、橋下市長が掲げる大阪都構想では堺市の自治が崩れるとの考えから維新の会を脱退し、今回の市長選では維新の会公認、事実上の刺客候補である西林克敏氏を破っての再選となりました。
選挙前の段階ではあくまで個人的印象ながら、メディアの報道の仕方などを見る限りだと竹山氏がやはり有利ではないかとみておりましたが見事その通りとなりました。またかつては飛ぶ鳥を落とす勢いのあった維新の会ですが、最近は前回の参議院選といいめっきりと勢いを落とし、今回はお膝元ともいえる大阪での敗退と相成りました。橋下市長は今回の敗北で代表の座を降りるつもりはないとあらかじめ名言しており選挙結果が出た後にも改めて同じ内容の発言をしましたが、その影響力の低下は避けられないでしょう。
そもそも何故ここまで維新の会は勢力を落としてしまったのでしょうか。今回の坂井市長選挙に絞って意見を言わせてもらうと、大阪都構想に対してそもそも大阪府内で統一した見解が出来ていない、また都になることで具体的なメリットが見えないということが大きいのではないかと思います。確かに府から都に行政区分が変わることでメリットは全くないわけではありませんが、大きく今の制度を変えてまでやるべきかと言われると正直ピンとこないというのが大阪府民の正直な心情な気がします。また維新の会も具体的にどのように都に変わり、またそれによってどう変わるのかをうまく説明しきれていないようにも見えます。もっともこれは維新の会の内部でも大阪都構想に対して統一見解が完全に出来上がっていない表れなのかもしれませんが。
その上でもう一つ敗退要因を挙げると、絶対的多数の人にとって大阪都構想よりも別の政策の方に興味があったようにも見えます。具体的に言えば消費税増税や関西電力の原発に関する問題などで、私個人としてもこういったところを争点にしていろいろ意見を聞きたかったものです。
ちょっと早い予想かもしれませんが、維新の会はこのままずるずると勢力を落とし、下手をすれば次回の総選挙までには合併なりなんなりで消えてしまうかもしれません。今回の敗退による勢力低下はもとより、このところは大阪市改革も掲げた政策がなかなか実行に移せず、下手なものだと見送りされる事案も増えており、アピールポイントとなる政策が確実に減ってきています。
今思えば駄目になっていく最初のきっかけは橋下市長の突拍子もない従軍慰安婦に関する発言からだった気がします。今更ですが、もう少し辛抱というものがあればまだ状況は違ったかもしれません。
選挙前の段階ではあくまで個人的印象ながら、メディアの報道の仕方などを見る限りだと竹山氏がやはり有利ではないかとみておりましたが見事その通りとなりました。またかつては飛ぶ鳥を落とす勢いのあった維新の会ですが、最近は前回の参議院選といいめっきりと勢いを落とし、今回はお膝元ともいえる大阪での敗退と相成りました。橋下市長は今回の敗北で代表の座を降りるつもりはないとあらかじめ名言しており選挙結果が出た後にも改めて同じ内容の発言をしましたが、その影響力の低下は避けられないでしょう。
そもそも何故ここまで維新の会は勢力を落としてしまったのでしょうか。今回の坂井市長選挙に絞って意見を言わせてもらうと、大阪都構想に対してそもそも大阪府内で統一した見解が出来ていない、また都になることで具体的なメリットが見えないということが大きいのではないかと思います。確かに府から都に行政区分が変わることでメリットは全くないわけではありませんが、大きく今の制度を変えてまでやるべきかと言われると正直ピンとこないというのが大阪府民の正直な心情な気がします。また維新の会も具体的にどのように都に変わり、またそれによってどう変わるのかをうまく説明しきれていないようにも見えます。もっともこれは維新の会の内部でも大阪都構想に対して統一見解が完全に出来上がっていない表れなのかもしれませんが。
その上でもう一つ敗退要因を挙げると、絶対的多数の人にとって大阪都構想よりも別の政策の方に興味があったようにも見えます。具体的に言えば消費税増税や関西電力の原発に関する問題などで、私個人としてもこういったところを争点にしていろいろ意見を聞きたかったものです。
ちょっと早い予想かもしれませんが、維新の会はこのままずるずると勢力を落とし、下手をすれば次回の総選挙までには合併なりなんなりで消えてしまうかもしれません。今回の敗退による勢力低下はもとより、このところは大阪市改革も掲げた政策がなかなか実行に移せず、下手なものだと見送りされる事案も増えており、アピールポイントとなる政策が確実に減ってきています。
今思えば駄目になっていく最初のきっかけは橋下市長の突拍子もない従軍慰安婦に関する発言からだった気がします。今更ですが、もう少し辛抱というものがあればまだ状況は違ったかもしれません。
2013年9月27日金曜日
「おもてなし」だけに頼るな!
さっき友人と電話している最中にも出てきたので、今日は「おもてなし」という単語について前々からかなりいいたかったことを短くまとめようと思います。
「おもてなし」というこの言葉はオリンピック招致の最終レセプションで「なんとなくクリステル」こと滝川クリステル氏が使ったことから今、日本中で流行語と化しております。意味するところは単語の意味の通りで客を歓迎、もてなすという意味で、日本の観光業界が他国に比して強く力を入れている分野でもあります。
ただこのおもてなし、ここで言うのもなんですがあまり多用するべき言葉ではないと思います。というのもかつて海外であれこれ取材活動をしている最中に「このままじゃダメだ!」なんて強く感じることが多々あったからです。
実は私はかねてから将来の日本は観光業を主力産業として育成する必要があるとの考えから、観光に関連した取材や特集記事の執筆を記者時代によくやっておりました。普段は面倒くさい記事はなるべくほかの人に書かせるように仕向けるほどでしたが、わざわざJNTOの関係者にも直接アポとって観光関連の記事は書いてたし。
取材分野の方では香港に滞在していた頃に最も多くこなしており、地方自治体、観光業関係者たちのその熱の入れようは強く伝わりましたし私自身としてもなるべくそれを発信しようと努めており折ました。ただそうした取材の際にある質問、具体的には、「一体どういったものを外国人旅行客に強く訴えたいと考えておりますか?」と聞くと決まって、「やはり日本流のおもてなし、懇切丁寧なサービスで旅行客に満足してもらいたいです」というような回答がほぼ100%返ってきました。ついでに書くとコンビニとか小売店関係者も同じ「日本流のおもてなし」を多用します。
確かに日本人というのは見知らぬ他人に対してよく人見知りするけど、それがお客さんとなると非常に丁寧な対応に切り替えるし、そうした慇懃無礼な対応をあまりストレスなく率先して出来るところはあると思います。そういう意味で日本人のおもてなし精神というのは他国にはそんなにない一つの強みと言えるのですが、外国人からすれば日本人のおもてなしがどういうものなのかよくわかっていません。いくら態度が丁寧だとか配膳の仕方がきれいだとか言っても実際にそのサービスを受けてみないと理解することは難しく、また受けたことがない人に対して説明するというのも同じように難しいのではないかという気がします。
そのため、おもてなしというのは確かに日本観光の一つの武器ではあるものの、適用効果のある層というのはリピーターこと1回は日本に来たことがある、または日本人と接したことのある外国人に限られるため、まだ1度も日本に来たことのない新規外国人客を誘致する材料としてはやや弱いものではないかと私は考えております。まだ日本観光に興味を持っていない、興味はあるけど他と比較している外国人客はお世辞にも日本に対する理解が深いわけではなく、やや下賤な言い方になりますがもっと具体的で直感的な観光要素が必要ではないでしょうか。
更に言わせてもらうと、日本の観光関係者はもっと自分の持っている独自ポテンシャルを訴えるべきです。先程も書いたように私が中国や香港で日系観光業関係者に取材するとみんな同じように「日本流のおもてなし」しか言いません。はっきり言わせてもらえば、同じ日系観光業であれば日本流のおもてなしはあって当たり前です。東京や大阪、私の贔屓する鳥取など数ある日本の地域の中から外国人観光客に「ここに行くぞ!」と思わせるため、誘致するに当たって、同じ「おもてなし」を並べても全く差異性はありません。くどいようですが日本の観光業はもはや「おもてなし」があって当たり前なので、その上で他の地域や同業者に一歩差をつけるためにも、「うちはこんなのがある」、「ほかの地域にはないがうちにはこういうものがある」というものをもっとどんどんと提示していくべきです。
なんか今回は随分と熱いことを書きましたが、本音を正すと上記のように取材相手が「おもてなし」しか言われないと記事が書けないというのがこういう事を考えるに至ったそもそものきっかけです。実際に私も苦労したのですが、九州の観光業関係者が「おもてなし」といい、東北の観光業関係者も「おもてなし」と全く同じことを言ってくると、記事には同じ「おもてなし」という見出しが並んで内容も似通ったものになってきてしまいます。同じような内容だと読者も「軟化に多様な文章だな」とか思うし、編集長からも「お前、これじゃ前の北陸の特集と全く同じ内容じゃないか」なんて絞られるしで、「頼むから変わったことを言ってくれ……」と、何度も心の中でつぶやいた去年の夏の上海の日だとさ。
「おもてなし」というこの言葉はオリンピック招致の最終レセプションで「なんとなくクリステル」こと滝川クリステル氏が使ったことから今、日本中で流行語と化しております。意味するところは単語の意味の通りで客を歓迎、もてなすという意味で、日本の観光業界が他国に比して強く力を入れている分野でもあります。
ただこのおもてなし、ここで言うのもなんですがあまり多用するべき言葉ではないと思います。というのもかつて海外であれこれ取材活動をしている最中に「このままじゃダメだ!」なんて強く感じることが多々あったからです。
実は私はかねてから将来の日本は観光業を主力産業として育成する必要があるとの考えから、観光に関連した取材や特集記事の執筆を記者時代によくやっておりました。普段は面倒くさい記事はなるべくほかの人に書かせるように仕向けるほどでしたが、わざわざJNTOの関係者にも直接アポとって観光関連の記事は書いてたし。
取材分野の方では香港に滞在していた頃に最も多くこなしており、地方自治体、観光業関係者たちのその熱の入れようは強く伝わりましたし私自身としてもなるべくそれを発信しようと努めており折ました。ただそうした取材の際にある質問、具体的には、「一体どういったものを外国人旅行客に強く訴えたいと考えておりますか?」と聞くと決まって、「やはり日本流のおもてなし、懇切丁寧なサービスで旅行客に満足してもらいたいです」というような回答がほぼ100%返ってきました。ついでに書くとコンビニとか小売店関係者も同じ「日本流のおもてなし」を多用します。
確かに日本人というのは見知らぬ他人に対してよく人見知りするけど、それがお客さんとなると非常に丁寧な対応に切り替えるし、そうした慇懃無礼な対応をあまりストレスなく率先して出来るところはあると思います。そういう意味で日本人のおもてなし精神というのは他国にはそんなにない一つの強みと言えるのですが、外国人からすれば日本人のおもてなしがどういうものなのかよくわかっていません。いくら態度が丁寧だとか配膳の仕方がきれいだとか言っても実際にそのサービスを受けてみないと理解することは難しく、また受けたことがない人に対して説明するというのも同じように難しいのではないかという気がします。
そのため、おもてなしというのは確かに日本観光の一つの武器ではあるものの、適用効果のある層というのはリピーターこと1回は日本に来たことがある、または日本人と接したことのある外国人に限られるため、まだ1度も日本に来たことのない新規外国人客を誘致する材料としてはやや弱いものではないかと私は考えております。まだ日本観光に興味を持っていない、興味はあるけど他と比較している外国人客はお世辞にも日本に対する理解が深いわけではなく、やや下賤な言い方になりますがもっと具体的で直感的な観光要素が必要ではないでしょうか。
更に言わせてもらうと、日本の観光関係者はもっと自分の持っている独自ポテンシャルを訴えるべきです。先程も書いたように私が中国や香港で日系観光業関係者に取材するとみんな同じように「日本流のおもてなし」しか言いません。はっきり言わせてもらえば、同じ日系観光業であれば日本流のおもてなしはあって当たり前です。東京や大阪、私の贔屓する鳥取など数ある日本の地域の中から外国人観光客に「ここに行くぞ!」と思わせるため、誘致するに当たって、同じ「おもてなし」を並べても全く差異性はありません。くどいようですが日本の観光業はもはや「おもてなし」があって当たり前なので、その上で他の地域や同業者に一歩差をつけるためにも、「うちはこんなのがある」、「ほかの地域にはないがうちにはこういうものがある」というものをもっとどんどんと提示していくべきです。
なんか今回は随分と熱いことを書きましたが、本音を正すと上記のように取材相手が「おもてなし」しか言われないと記事が書けないというのがこういう事を考えるに至ったそもそものきっかけです。実際に私も苦労したのですが、九州の観光業関係者が「おもてなし」といい、東北の観光業関係者も「おもてなし」と全く同じことを言ってくると、記事には同じ「おもてなし」という見出しが並んで内容も似通ったものになってきてしまいます。同じような内容だと読者も「軟化に多様な文章だな」とか思うし、編集長からも「お前、これじゃ前の北陸の特集と全く同じ内容じゃないか」なんて絞られるしで、「頼むから変わったことを言ってくれ……」と、何度も心の中でつぶやいた去年の夏の上海の日だとさ。
2013年9月26日木曜日
楽天イーグルス初優勝ヽ(・∀・ )ノ
このブログで体調悪いと書いて以来、このところあちこちから心配してくれるメールが届いております。実際にこういう形で体調崩したのは2011年末に香港で熱出して以来なのですが、必要以上に周りに心配かけさせてしまったようで反省しています。かといってこんだけ毎日更新しているブログなんだから、更新回数を減らすに当たっては何かしら理由も必要だしなぁ……。
それはそうとたった今、楽天が球団創設以来初めて優勝を決めました。なんていうか野村監督が育てて星野監督が優勝する(かっさらう)という阪神の時と同じパターンが繰り返されてしまった形ですがそれは置いといて、締めはあらかじめ予告されていたようにマー君こと田中将大選手がクローザーを果たし、1点差ながらもきっかり勝利を得て優勝を決めました。
私自身は楽天は気に入っていながらも根っからのファンではないのであれこれ語るほどのうんちくは持ち合わせていませんが、やはりこのチームは創設2年目に当時から注目されていた田中選手をドラフトで獲得し、スターでもあったことから田中選手の成長とともにあったチームの様に強く思います。もちろん田中選手のほかにもアメリカに行った岩隈選手や今年引退を発表した山崎選手、近鉄時代から頑張っていた磯部元選手などほかにもたくさんのプレイヤーが存在しましたが、今年の開幕連勝記録など今回の優勝の原動力は誰がどう見ても田中選手にあるでしょう。
既に今シーズン後の田中選手の去就についてはメジャー挑戦が濃厚とみられていますが、今回の優勝はこれ以上ない花道になったかと思います。とやかく言うつもりはありませんし、かの地でもぜひ頑張ってもらいたいと個人的に思います。
後また蛇足になるかもしれませんが、東北地方に球団があって本当によかったと思います。言うまでもなくこれは東日本大震災に対する感想で、現地の方々には今回の楽天の優勝は大いに勇気づけるイベントになったかと思えます。
そう思うのと同時に、もし2004年に楽天ではなくライブドアが球団を創設していたらどうなっていたのかということがなんかよぎりました。たまに楽天の三木谷社長は球団を短期で売り抜けようと今も考えているなどと言う揶揄が聞こえてきますが私はそれはないと思います。しかしあの時ライブドアの堀江社長が球団を創設していたら、あの人は考え変えるの早いから本気でやってたかもなぁとも思います。例の事件もあったし、
なにはともあれ、結果論で言えば楽天が創設してよかったよかったというのが私の本音です。
それはそうとたった今、楽天が球団創設以来初めて優勝を決めました。なんていうか野村監督が育てて星野監督が優勝する(かっさらう)という阪神の時と同じパターンが繰り返されてしまった形ですがそれは置いといて、締めはあらかじめ予告されていたようにマー君こと田中将大選手がクローザーを果たし、1点差ながらもきっかり勝利を得て優勝を決めました。
私自身は楽天は気に入っていながらも根っからのファンではないのであれこれ語るほどのうんちくは持ち合わせていませんが、やはりこのチームは創設2年目に当時から注目されていた田中選手をドラフトで獲得し、スターでもあったことから田中選手の成長とともにあったチームの様に強く思います。もちろん田中選手のほかにもアメリカに行った岩隈選手や今年引退を発表した山崎選手、近鉄時代から頑張っていた磯部元選手などほかにもたくさんのプレイヤーが存在しましたが、今年の開幕連勝記録など今回の優勝の原動力は誰がどう見ても田中選手にあるでしょう。
既に今シーズン後の田中選手の去就についてはメジャー挑戦が濃厚とみられていますが、今回の優勝はこれ以上ない花道になったかと思います。とやかく言うつもりはありませんし、かの地でもぜひ頑張ってもらいたいと個人的に思います。
後また蛇足になるかもしれませんが、東北地方に球団があって本当によかったと思います。言うまでもなくこれは東日本大震災に対する感想で、現地の方々には今回の楽天の優勝は大いに勇気づけるイベントになったかと思えます。
そう思うのと同時に、もし2004年に楽天ではなくライブドアが球団を創設していたらどうなっていたのかということがなんかよぎりました。たまに楽天の三木谷社長は球団を短期で売り抜けようと今も考えているなどと言う揶揄が聞こえてきますが私はそれはないと思います。しかしあの時ライブドアの堀江社長が球団を創設していたら、あの人は考え変えるの早いから本気でやってたかもなぁとも思います。例の事件もあったし、
なにはともあれ、結果論で言えば楽天が創設してよかったよかったというのが私の本音です。
2013年9月25日水曜日
カナダ産シェールガスの輸入について
・シェールガス:輸入促進 日本、カナダと首脳会談で合意(毎日新聞)
たまたま昨日ラジオでこの関連の詳しい話を聞いたので、今日はカナダ産シェールガス輸入決定とそれに付随する内容をちらほら書いてこうと思います。
昨夜、安倍首相と来日中のカナダのハーパー首相が会談を行い、将来的にカナダ産シェールガスを日本が輸入することで合意しました。会談前からこの輸入は合意に達すると見られ、両国の関係者の間では双方にとってプラスの合意だとの見方が強いようです。
というのも日本は東電の原発事故によって現在、電力供給の大半、具体的には約9割を火力発電に頼っている状況で、発電用のエネルギーこと原油を各国から買い漁る状況が続いています。背に腹を変えられない状況故に高値での取引も多く、なんでも産油国では「ジャパンプレミアム」等と呼ばれて日本向けの販売が過熱しているとのことです。こうした状況下で比較的安価のカナダ産シェールガスを購入できる見通しが立ったことは単純にいいことで、また代替エネルギーの確保見通しが出来たことから既存の原油取引の価格交渉にも活かせるというようにも見られています。
もう一方のカナダにとっても今回の日本との合意はプラスなようで、というのもカナダは世界第4位のシェールガス埋蔵量を誇るものの、現在までに確保している輸出先はアメリカだけらしいです。そのアメリカもシェールガス埋蔵量で大規模な国で実質的にカナダから輸入することはほとんどないと見られており、それだけに確実に輸入するであろう日本を確保できたことで安心して開発、採掘に取り組められることとなったわけです。
ただこのシェールガスによるもしかしたらエネルギー革命は一部の製造業というかメーカーにとっては現在、思いっきりマイナスに働いているそうです。具体的に名前あげちゃうとこれは建機のコマツで、このところ各国で石炭鉱山の採掘よりもシェールガス採掘を優先する傾向が出ており、石炭鉱山向けの大型トレーラーとか建機の販売が伸び悩んできているそうです。これら大型建機は日本国内ではほぼ全く売れない海外オンリーな商品なだけに、何かしら別の用途向けに機種とか変更しなくてはならないとコマツ側も考えていると、ある場所で説明を受けました。
私個人の意見をもう少し書くと、やはりシェールガスの登場によってエネルギーの価値観は遠からず一変することになると思います。日本は現在、メタンハイドレードの開発に着手しましたが実用化はまだ遠い先で、現状ではシェールガスが代替エネルギー、というより次世代の主要エネルギーとして本命でしょう。自動車の燃料としては石油ことガソリンがまあしばらく続くでしょうが、仮に電気自動車のブレイクスルーが劇的に起こればこれも変わり、石油の価値が大幅に下落する時が来るかもしれません。
たまたま昨日ラジオでこの関連の詳しい話を聞いたので、今日はカナダ産シェールガス輸入決定とそれに付随する内容をちらほら書いてこうと思います。
昨夜、安倍首相と来日中のカナダのハーパー首相が会談を行い、将来的にカナダ産シェールガスを日本が輸入することで合意しました。会談前からこの輸入は合意に達すると見られ、両国の関係者の間では双方にとってプラスの合意だとの見方が強いようです。
というのも日本は東電の原発事故によって現在、電力供給の大半、具体的には約9割を火力発電に頼っている状況で、発電用のエネルギーこと原油を各国から買い漁る状況が続いています。背に腹を変えられない状況故に高値での取引も多く、なんでも産油国では「ジャパンプレミアム」等と呼ばれて日本向けの販売が過熱しているとのことです。こうした状況下で比較的安価のカナダ産シェールガスを購入できる見通しが立ったことは単純にいいことで、また代替エネルギーの確保見通しが出来たことから既存の原油取引の価格交渉にも活かせるというようにも見られています。
もう一方のカナダにとっても今回の日本との合意はプラスなようで、というのもカナダは世界第4位のシェールガス埋蔵量を誇るものの、現在までに確保している輸出先はアメリカだけらしいです。そのアメリカもシェールガス埋蔵量で大規模な国で実質的にカナダから輸入することはほとんどないと見られており、それだけに確実に輸入するであろう日本を確保できたことで安心して開発、採掘に取り組められることとなったわけです。
ただこのシェールガスによるもしかしたらエネルギー革命は一部の製造業というかメーカーにとっては現在、思いっきりマイナスに働いているそうです。具体的に名前あげちゃうとこれは建機のコマツで、このところ各国で石炭鉱山の採掘よりもシェールガス採掘を優先する傾向が出ており、石炭鉱山向けの大型トレーラーとか建機の販売が伸び悩んできているそうです。これら大型建機は日本国内ではほぼ全く売れない海外オンリーな商品なだけに、何かしら別の用途向けに機種とか変更しなくてはならないとコマツ側も考えていると、ある場所で説明を受けました。
私個人の意見をもう少し書くと、やはりシェールガスの登場によってエネルギーの価値観は遠からず一変することになると思います。日本は現在、メタンハイドレードの開発に着手しましたが実用化はまだ遠い先で、現状ではシェールガスが代替エネルギー、というより次世代の主要エネルギーとして本命でしょう。自動車の燃料としては石油ことガソリンがまあしばらく続くでしょうが、仮に電気自動車のブレイクスルーが劇的に起こればこれも変わり、石油の価値が大幅に下落する時が来るかもしれません。
2013年9月24日火曜日
書評:海賊と呼ばれた男
先週末に引越しを行いましたが、その疲れもあったのか昨日は一日中寝込んでいました。病状は結構重く、夜に喉乾いたので冷蔵庫で冷やしたコーラを飲んだら一気に体が冷え、奥歯ががちがちなるほど震えたので即布団入って寝ました。意外に自分も体力ない。
それにしても隣の住人、挨拶にカステラ買ったのに何度戸を叩いても出てこようとしません。灯りついてるから居留守使ってんのはわかりきってるというのに、なにかやましい秘密でも抱えてるのだろうか。壁から漏れ聞こえる言葉から察するに中国人のようだけど。
そういうくだらない話は置いといて本題ですが、以前に紹介した「永遠のゼロ」の作者である百田尚樹氏の著書「海賊と呼ばれた男」を読み終えたので、今日はその感想を書こうと思います。この本は本屋大賞という賞を受賞しただけあって今、非常に売れている本なのですが、結論から申し上げると何故この本がそんな賞を受賞したのか私には理解出来ず、お世辞にも質の高い小説ではないと考えています。
まず簡単にあらすじを紹介しますが、この本は出光興産の創業者である出光佐三(作中では国岡鐵造)を主人公に据えた小説で、彼の出生から立身出世に至る過程を描いています。ハイライトとなる場面はイギリスのBPが建設した石油施設を接収したイラク政府に対し世界のどの企業も取引をためらう中、果断にタンカーを差し向け初めての取引を結ぶ場面、といったところでしょうか。
正直に言って内容はそんなに悪くありませんし、決してつまらない小説ではありません。文章は「永遠のゼロ」の頃と変わらず一段落がやけに短い「ショット型」がまだ続いていますがわかりやすい文体で間違いはなく、話も起伏に富んであり飽きることはありません。特に出光興産の来歴といい先程のイラクの取引の話は今まで知らなかっただけに、その新鮮な情報には私も文句はありません。
にもかかわらず何故私の評価が低いのかというと、一言で言って主人公に問題があります。というのも、主人公の国岡鐵造があまりにも完璧超人過ぎるからです。
実際の出光佐三がどんな人物だったかは詳しく知りませんが、少なくともこの「海賊と呼ばれた男」に出てくる国岡鐵造という人物はあまりにも欠点がなく、全く以って親近感を覚えられないキャラクターです。確かに作中では業界団体につまはじきにされたり、日本政府に規制でいじめられたり、イギリス政府とガチでケンカしようとしたりなど決して順風満帆な人生を歩んではいませんでしたが、巻き起こる数々の困難は毎回といっていいほど優秀な有力人物が都合よく、突然支援に現れては解決され、一体どれだけラッキーマンなんだよと言いたくなるくらいこのパターンが繰り返されます。
またそれ以外の面、具体的には国岡鐵造の人格面ですが、清廉潔白で書画を愛する文化人。なおかつ部下に対して時には厳しく時には優しく、「従業員は家族だ」と言っては下からも慕われ、無茶な要求をしてくる日本政府や石油メジャー幹部に対しては一歩も引かずに石油業界全体を見据えた交渉を行うなど、こういってはなんですが有り得ないくらいに完璧な人物として描かれ過ぎてます。
あまり人の描いた小説にケチをつけるべきではないとは思いつつも私が見る限りでこのような指摘をする評論家がいないために意を決して書きますが、上記のように主人公があまりにも完璧超人として描かれ過ぎているため、この本はもはや小説というよりは伝記、それも人物を持ち上げるために書かれた岡持ち伝記に成り下がっているように私は思います。かつて野口英世が生前に、自分について書かれた伝記を読むや、「こんな完璧な人間いるわけない」と投げ捨てたというエピソードがありますが、人の長所だけ書くというのは見た目には面白くても作品としては価値を失ってしまうと私は考えます。
敢えてここで百田氏の以前の作品「永遠のゼロ」を引用しますが、この本でも主人公が清廉潔白すぎるのが少し気になりましたが、ゼロ戦のパイロットとして卓越した技術を持ちながら異常なまでに臆病で生き残ることだけに執着するという、一見するとアンバランスにも見える個性があったからこそまだ感情移入をすることが出来ました。こうした個性が「海賊と呼ばれた男」の主人公にはまるでありません。
もう少し例を出しますがたとえば三国志だと、曹操は決断力もあり戦争指揮も卓越していますが女絡みのミスが多ければ戦争で大敗することも少なくなく、劉備も仁徳はあるけれども戦争は勝った数より負けた数の方が多いです。また一見すると完璧超人の様な諸葛亮も泣いて馬謖を切ったりすることもあれば、敵の司馬懿とともに反抗的な部下の魏延を火薬を仕掛けた谷に閉じ込めて抹殺しようとしたが雨が降ってきて失敗するなど腹黒い面を時々覗かせます。私が思うに完璧超人というのはそうそういるわけがなく、こういう負の面というか欠点があって初めて物語の中の人物に血が通い出し魅力が出てきます。ちょっと考えれば初歩的なことですが、それがこの本には致命的なまでに抜けています。
敢えて駄目な所を書けとは言いません。ただ聖人君子の様に人物を書いてしまうとそれは人間ではなくなってしまいます。魅力的な人間を書いてこそストーリーだと言えるのであって、その点を百田氏もも少し考えてもらえればと思い、未だに体調が悪い中でも筆をとった次第です。
それにしても隣の住人、挨拶にカステラ買ったのに何度戸を叩いても出てこようとしません。灯りついてるから居留守使ってんのはわかりきってるというのに、なにかやましい秘密でも抱えてるのだろうか。壁から漏れ聞こえる言葉から察するに中国人のようだけど。
そういうくだらない話は置いといて本題ですが、以前に紹介した「永遠のゼロ」の作者である百田尚樹氏の著書「海賊と呼ばれた男」を読み終えたので、今日はその感想を書こうと思います。この本は本屋大賞という賞を受賞しただけあって今、非常に売れている本なのですが、結論から申し上げると何故この本がそんな賞を受賞したのか私には理解出来ず、お世辞にも質の高い小説ではないと考えています。
まず簡単にあらすじを紹介しますが、この本は出光興産の創業者である出光佐三(作中では国岡鐵造)を主人公に据えた小説で、彼の出生から立身出世に至る過程を描いています。ハイライトとなる場面はイギリスのBPが建設した石油施設を接収したイラク政府に対し世界のどの企業も取引をためらう中、果断にタンカーを差し向け初めての取引を結ぶ場面、といったところでしょうか。
正直に言って内容はそんなに悪くありませんし、決してつまらない小説ではありません。文章は「永遠のゼロ」の頃と変わらず一段落がやけに短い「ショット型」がまだ続いていますがわかりやすい文体で間違いはなく、話も起伏に富んであり飽きることはありません。特に出光興産の来歴といい先程のイラクの取引の話は今まで知らなかっただけに、その新鮮な情報には私も文句はありません。
にもかかわらず何故私の評価が低いのかというと、一言で言って主人公に問題があります。というのも、主人公の国岡鐵造があまりにも完璧超人過ぎるからです。
実際の出光佐三がどんな人物だったかは詳しく知りませんが、少なくともこの「海賊と呼ばれた男」に出てくる国岡鐵造という人物はあまりにも欠点がなく、全く以って親近感を覚えられないキャラクターです。確かに作中では業界団体につまはじきにされたり、日本政府に規制でいじめられたり、イギリス政府とガチでケンカしようとしたりなど決して順風満帆な人生を歩んではいませんでしたが、巻き起こる数々の困難は毎回といっていいほど優秀な有力人物が都合よく、突然支援に現れては解決され、一体どれだけラッキーマンなんだよと言いたくなるくらいこのパターンが繰り返されます。
またそれ以外の面、具体的には国岡鐵造の人格面ですが、清廉潔白で書画を愛する文化人。なおかつ部下に対して時には厳しく時には優しく、「従業員は家族だ」と言っては下からも慕われ、無茶な要求をしてくる日本政府や石油メジャー幹部に対しては一歩も引かずに石油業界全体を見据えた交渉を行うなど、こういってはなんですが有り得ないくらいに完璧な人物として描かれ過ぎてます。
あまり人の描いた小説にケチをつけるべきではないとは思いつつも私が見る限りでこのような指摘をする評論家がいないために意を決して書きますが、上記のように主人公があまりにも完璧超人として描かれ過ぎているため、この本はもはや小説というよりは伝記、それも人物を持ち上げるために書かれた岡持ち伝記に成り下がっているように私は思います。かつて野口英世が生前に、自分について書かれた伝記を読むや、「こんな完璧な人間いるわけない」と投げ捨てたというエピソードがありますが、人の長所だけ書くというのは見た目には面白くても作品としては価値を失ってしまうと私は考えます。
敢えてここで百田氏の以前の作品「永遠のゼロ」を引用しますが、この本でも主人公が清廉潔白すぎるのが少し気になりましたが、ゼロ戦のパイロットとして卓越した技術を持ちながら異常なまでに臆病で生き残ることだけに執着するという、一見するとアンバランスにも見える個性があったからこそまだ感情移入をすることが出来ました。こうした個性が「海賊と呼ばれた男」の主人公にはまるでありません。
もう少し例を出しますがたとえば三国志だと、曹操は決断力もあり戦争指揮も卓越していますが女絡みのミスが多ければ戦争で大敗することも少なくなく、劉備も仁徳はあるけれども戦争は勝った数より負けた数の方が多いです。また一見すると完璧超人の様な諸葛亮も泣いて馬謖を切ったりすることもあれば、敵の司馬懿とともに反抗的な部下の魏延を火薬を仕掛けた谷に閉じ込めて抹殺しようとしたが雨が降ってきて失敗するなど腹黒い面を時々覗かせます。私が思うに完璧超人というのはそうそういるわけがなく、こういう負の面というか欠点があって初めて物語の中の人物に血が通い出し魅力が出てきます。ちょっと考えれば初歩的なことですが、それがこの本には致命的なまでに抜けています。
敢えて駄目な所を書けとは言いません。ただ聖人君子の様に人物を書いてしまうとそれは人間ではなくなってしまいます。魅力的な人間を書いてこそストーリーだと言えるのであって、その点を百田氏もも少し考えてもらえればと思い、未だに体調が悪い中でも筆をとった次第です。
2013年9月22日日曜日
戦争と少年兵
先月の話で少し古くなりますが長寿番組の「世界まる見え!テレビ特捜部」にて、「ジョニー・マッド・ドッグ」(2008年)という映画が紹介されたのを見る機会がありました。このフランスの映画はどんな映画かというと、内乱中のリベリアを舞台に反政府軍の少年兵を描いた映画なのですが、特筆すべきはその少年兵の俳優たちで、なんと実際にリベリアで戦闘を行っていたた元少年兵たちを起用しております。
まる見えの紹介によると、この映画の監督は元少年兵を起用することでリアリティを出すとともに、彼らが映画撮影を通してどのように変化していくかを見ようと考えたそうです。そのためか彼ら元少年兵が撮影所にやってきた直後にカメラの前で自由に話させてその映像も残しているのですが、彼らの初録画はお世辞にも上品な態度とは言えず、皆それぞれ鋭い目つきと共に非常に物騒なことを口にするだけでした。具体的にはどこそこの戦闘で何人殺したのか、隠れているスナイパーを見つけて逆に撃ってやったとか、捕虜の指を一本ずつ切り落としてやったなどと、こんなセリフを15歳前後の少年が話すのかと正直にショックを覚えました。
こうして始まった映画撮影でしたが、最初に彼ら元少年兵の演技指導を施したところやはりというか難航し、また字も覚えていなかったことからスタッフによる口述で暗記させたとのことです。そうした演技指導の傍ら、元少年兵の俳優たちには共同生活を行わせた上に、彼らの世話役には大人の女性を配置して疑似的な親子関係を作らせたそうです。
こうした取り組みが功を奏したというか監督の目論み通りというか、撮影が進むにつれて元少年兵の俳優たちには徐々に変化の兆しが見えるようになってきたとのことです。それが最もあらわれたのはフランスでの試写会の際で、かつては自分が「兵士」としていかに優秀であるかしかアピールできなかった彼らが涙ながらに、世界には自分たちの様な少年兵が存在して戦っていることと、映画の中にある少年兵の姿だけが自分たちではないということを訴えるまでに成長しました。
さっきも同じ表現を使いましたが、非常にショックなシーンの連続でした。確か漫画家の西原理恵子氏が言っていたと思いますが夫であった鴨志田穣の話しとして、「戦場では大人に銃を向けられるよりも子供に銃を向けられる方が怖い。何故なら子供はその引き金を引けばどうなるのかをきちんと理解していない」と紹介しており、元少年兵たちの最初のシーンなどはまさにそれを連想しました。
そのような意味で言うと戦争というのは理性のある大人が実行するからまだ保っていられる、子供が戦争に出たら、最後の最後というような理性のラインすら踏み越えてしまうのではないかという懸念がどうしてもよぎります。私はまだ「ジョニー・マッド・ドッグ」を見ていませんが、機会があれば是非とも見てみたいと思える映画です。
もうすこし少年兵というくくりで話を続けると、「機動戦士Vガンダム」というアニメ作品が私の中で挙がってきます。Vガンダムは有名なガンダムシリーズの一つなのですが、主人公のウッソ・エヴィンは若干13歳で兵器に乗り、敵の殺害を含めた戦争に参加します。作品中でウッソは天才的なパイロットセンスを持つことから周囲の大人に持て囃され、より積極的に戦うべきだなどと言われ続けるのですが、これに対してある大人の女性一人だけがウッソを戦争に参加させるべきじゃない、こんなのおかしいと言い続けます。
私がこのアニメを小学生の頃に見ており、当時は主人公がことごとく敵機を薙ぎ倒す姿を見て胸が湧き、より戦争に駆り立てようとする周囲の大人たちの発言は当然だと見ておりました。当然、戦争に参加させるべきじゃないという先程の女性の話は対局的なものなので、なんでこんなことを言うのかと疑問に感じたわけです。
時は経ち現在に至ると、やはりあの世界はおかしかった、あの周囲の大人はなんていう事をしているのだという気がしてなりません。私も大人になったということでしょうか。
ちなみに、先ほどの「ウッソに戦争をやらせてはいけない」と言っていたキャラはカテジナ・ルースという名前で、最終的には敵味方問わず撃墜し、わけのわからないことを叫び続けるなど一番おかしな人になります。恐らく、まともな人も戦争ではおかしくなるっていうのがテーマだったんだと思いますが。
おまけ
上記動画は私がよく見る「エキプロ動画」というもので、あるプロレスゲームであらゆるゲームキャラクターを再現するという企画の一つですが、今日取り上げたVガンダムのキャラクターの面々も見事に再現されています。特に例のカテジナさんに至ってはバージョン別に3キャラも作られており、「お色直し2回」というコメントが妙に笑えました。
まる見えの紹介によると、この映画の監督は元少年兵を起用することでリアリティを出すとともに、彼らが映画撮影を通してどのように変化していくかを見ようと考えたそうです。そのためか彼ら元少年兵が撮影所にやってきた直後にカメラの前で自由に話させてその映像も残しているのですが、彼らの初録画はお世辞にも上品な態度とは言えず、皆それぞれ鋭い目つきと共に非常に物騒なことを口にするだけでした。具体的にはどこそこの戦闘で何人殺したのか、隠れているスナイパーを見つけて逆に撃ってやったとか、捕虜の指を一本ずつ切り落としてやったなどと、こんなセリフを15歳前後の少年が話すのかと正直にショックを覚えました。
こうして始まった映画撮影でしたが、最初に彼ら元少年兵の演技指導を施したところやはりというか難航し、また字も覚えていなかったことからスタッフによる口述で暗記させたとのことです。そうした演技指導の傍ら、元少年兵の俳優たちには共同生活を行わせた上に、彼らの世話役には大人の女性を配置して疑似的な親子関係を作らせたそうです。
こうした取り組みが功を奏したというか監督の目論み通りというか、撮影が進むにつれて元少年兵の俳優たちには徐々に変化の兆しが見えるようになってきたとのことです。それが最もあらわれたのはフランスでの試写会の際で、かつては自分が「兵士」としていかに優秀であるかしかアピールできなかった彼らが涙ながらに、世界には自分たちの様な少年兵が存在して戦っていることと、映画の中にある少年兵の姿だけが自分たちではないということを訴えるまでに成長しました。
さっきも同じ表現を使いましたが、非常にショックなシーンの連続でした。確か漫画家の西原理恵子氏が言っていたと思いますが夫であった鴨志田穣の話しとして、「戦場では大人に銃を向けられるよりも子供に銃を向けられる方が怖い。何故なら子供はその引き金を引けばどうなるのかをきちんと理解していない」と紹介しており、元少年兵たちの最初のシーンなどはまさにそれを連想しました。
そのような意味で言うと戦争というのは理性のある大人が実行するからまだ保っていられる、子供が戦争に出たら、最後の最後というような理性のラインすら踏み越えてしまうのではないかという懸念がどうしてもよぎります。私はまだ「ジョニー・マッド・ドッグ」を見ていませんが、機会があれば是非とも見てみたいと思える映画です。
もうすこし少年兵というくくりで話を続けると、「機動戦士Vガンダム」というアニメ作品が私の中で挙がってきます。Vガンダムは有名なガンダムシリーズの一つなのですが、主人公のウッソ・エヴィンは若干13歳で兵器に乗り、敵の殺害を含めた戦争に参加します。作品中でウッソは天才的なパイロットセンスを持つことから周囲の大人に持て囃され、より積極的に戦うべきだなどと言われ続けるのですが、これに対してある大人の女性一人だけがウッソを戦争に参加させるべきじゃない、こんなのおかしいと言い続けます。
私がこのアニメを小学生の頃に見ており、当時は主人公がことごとく敵機を薙ぎ倒す姿を見て胸が湧き、より戦争に駆り立てようとする周囲の大人たちの発言は当然だと見ておりました。当然、戦争に参加させるべきじゃないという先程の女性の話は対局的なものなので、なんでこんなことを言うのかと疑問に感じたわけです。
時は経ち現在に至ると、やはりあの世界はおかしかった、あの周囲の大人はなんていう事をしているのだという気がしてなりません。私も大人になったということでしょうか。
ちなみに、先ほどの「ウッソに戦争をやらせてはいけない」と言っていたキャラはカテジナ・ルースという名前で、最終的には敵味方問わず撃墜し、わけのわからないことを叫び続けるなど一番おかしな人になります。恐らく、まともな人も戦争ではおかしくなるっていうのがテーマだったんだと思いますが。
おまけ
上記動画は私がよく見る「エキプロ動画」というもので、あるプロレスゲームであらゆるゲームキャラクターを再現するという企画の一つですが、今日取り上げたVガンダムのキャラクターの面々も見事に再現されています。特に例のカテジナさんに至ってはバージョン別に3キャラも作られており、「お色直し2回」というコメントが妙に笑えました。
2013年9月19日木曜日
漫画レビュー:烈!!!伊達先パイ
先日からしょっちゅうタブレットPCのNexus7の話をし続けておりますが、実は故あってniftyのWIMAXを契約し、キャンペーンということでタダでもらいました。ほかの会社だと2万円のキャッシュバックとかありましたが、中華製タブレットPCが購入から約半年で壊れたこともあり、またSophieさんも最新のNexus7はお勧めだと言っていたので選んだわけですが、今のところ文句もなくタブレットライフを満喫しています。
Nexus7の入手後に最初に行ったのはアマゾンの電子書籍アプリ、kindleのインストールで、これをインストールした直後に購入した本と言うのも、今日取り上げる「烈!!!伊達先パイ」という漫画でした。
・烈!!!伊達先パイ(Wikipedia)
私がこの漫画を初めて読んだのは何故か去年の上海でした。きっかけは向こうで知り合った大学の先輩が正月休みに日本へ帰国した際、週刊少年ジャンプを持って帰ってきたからいるかと言われて、軽い返事でいると答えたら5冊くらいまとめて持ってこられたのでちょっとビビりました。
それはともあれもらったものだからと手に取ってみるものの、ジャンプなんて数年間も読んでいたので載っているのは知らない漫画ばかり。また昔から連載が続いている漫画も大分断絶がなくつながりがわからなかったため適当に流し読みしていたところ、一話完結のショートストーリー形式であったことからこの「烈!!!伊達先パイ」をじっくり読むこととなりました。
この漫画のあらすじを書くとまんまタイトルそのままで、高校生の主人公とヒロインは両想いでラブラブな関係であるものの、ヒロインの兄であるもう一人の主人公、伊達まさしは異常な伊達政宗マニアであり、なおかつシスコンであるため彼氏である主人公を隙あらば殺そうと襲い掛かってくるというのが主なパターンです。こうしたこの漫画のスタイルは作者も認めている通りに、少女(?)漫画家の岡田あーみん氏の傑作である「お父さんは心配症」とまったく同じものですが、伊達政宗フリークがアレンジとして付け加えられています。アレンジと言っていいものかは置いといて。
私個人の感想を述べると、非常に面白い作品でした。ただでさえこのところ一話完結のギャグ漫画が減っている中で果敢な内容となっており、また所々に作者なりのセンスがきらりと光るセリフ回しが秀逸な作品でした。特に気に入っているセリフはあるキャラクターが「メイドの本場は中国です」と言ったら、「ちょ、森薫先生に怒られない?」という、読んでネタわかる人はいるのかよと言いたくなるツッコミセリフがあります。なお森薫氏についてちょっとだけ述べると、現在連載中の「乙嫁物語」ではそのあまりの書き込みの多さに本気でゾッとしました。
話は戻りますがそんな具合で気に入ったことからジャンプくれた先輩に、「伊達先輩おもしろいっすね」と言ったら「花園君もそう思う?俺もあの漫画好きなんだけど」などと好みが見事一致しました。
ただこの時から一つ懸念があり、というのも「烈!!!伊達先パイ」の連載順位がかなり後ろの方、つまり少年ジャンプで言えば打ち切り候補だったというのが気になっていました。そしたら案の定、今年初めに早々と打ち切られ、全20話(全2巻)で幕を閉じてしまいました。私としては非常に高く評価していた漫画であっただけにぜひ買ってあげようと思って今回、電子書籍でコミックスを購入しましたがコミックスに寄せられた作者のコメントによると、なんでもこの漫画の連載をするに当たってそれまで勤めていた会社を退職していたそうです。
それまではサラリーマンをしながら担当編集者と打ち合わせていたようですが、連載が決まると同時に忙しい部署への転属を命じられたことから、「漫画を取ります」とばかりに退職した経緯が書かれてありました。もっとも週刊連載だったら忙しくない部署でも二足のわらじはきついと思いますが。
私としては作者の近藤信輔氏を高く評価しているだけに、是非とも今回の失敗をばねにまた連載を勝ち取り漫画家を続けてもらいたいと思っていることから、応援とばかりに今回のレビューを書くこととしました。ただ「烈!!!伊達先パイ」については、打ち切りだったとはいえあの舞台設定では長続きするネタではなかったとも思えますので、ある意味で失敗を前提とした初連載としてはこういう形でよかったのかなという気もします。
おまけ
例のジャンプをくれた先輩は私と同時期に中国勤務から日本国内勤務に移りましたが、「最近のジャンプだと、『食戟のソーマ』が面白い」と言ってたので、「奇遇っすね、俺もそう思ってたところですよ」と言い返してやりました。つくづく、好みが被る。
Nexus7の入手後に最初に行ったのはアマゾンの電子書籍アプリ、kindleのインストールで、これをインストールした直後に購入した本と言うのも、今日取り上げる「烈!!!伊達先パイ」という漫画でした。
・烈!!!伊達先パイ(Wikipedia)
私がこの漫画を初めて読んだのは何故か去年の上海でした。きっかけは向こうで知り合った大学の先輩が正月休みに日本へ帰国した際、週刊少年ジャンプを持って帰ってきたからいるかと言われて、軽い返事でいると答えたら5冊くらいまとめて持ってこられたのでちょっとビビりました。
それはともあれもらったものだからと手に取ってみるものの、ジャンプなんて数年間も読んでいたので載っているのは知らない漫画ばかり。また昔から連載が続いている漫画も大分断絶がなくつながりがわからなかったため適当に流し読みしていたところ、一話完結のショートストーリー形式であったことからこの「烈!!!伊達先パイ」をじっくり読むこととなりました。
この漫画のあらすじを書くとまんまタイトルそのままで、高校生の主人公とヒロインは両想いでラブラブな関係であるものの、ヒロインの兄であるもう一人の主人公、伊達まさしは異常な伊達政宗マニアであり、なおかつシスコンであるため彼氏である主人公を隙あらば殺そうと襲い掛かってくるというのが主なパターンです。こうしたこの漫画のスタイルは作者も認めている通りに、少女(?)漫画家の岡田あーみん氏の傑作である「お父さんは心配症」とまったく同じものですが、伊達政宗フリークがアレンジとして付け加えられています。アレンジと言っていいものかは置いといて。
私個人の感想を述べると、非常に面白い作品でした。ただでさえこのところ一話完結のギャグ漫画が減っている中で果敢な内容となっており、また所々に作者なりのセンスがきらりと光るセリフ回しが秀逸な作品でした。特に気に入っているセリフはあるキャラクターが「メイドの本場は中国です」と言ったら、「ちょ、森薫先生に怒られない?」という、読んでネタわかる人はいるのかよと言いたくなるツッコミセリフがあります。なお森薫氏についてちょっとだけ述べると、現在連載中の「乙嫁物語」ではそのあまりの書き込みの多さに本気でゾッとしました。
話は戻りますがそんな具合で気に入ったことからジャンプくれた先輩に、「伊達先輩おもしろいっすね」と言ったら「花園君もそう思う?俺もあの漫画好きなんだけど」などと好みが見事一致しました。
ただこの時から一つ懸念があり、というのも「烈!!!伊達先パイ」の連載順位がかなり後ろの方、つまり少年ジャンプで言えば打ち切り候補だったというのが気になっていました。そしたら案の定、今年初めに早々と打ち切られ、全20話(全2巻)で幕を閉じてしまいました。私としては非常に高く評価していた漫画であっただけにぜひ買ってあげようと思って今回、電子書籍でコミックスを購入しましたがコミックスに寄せられた作者のコメントによると、なんでもこの漫画の連載をするに当たってそれまで勤めていた会社を退職していたそうです。
それまではサラリーマンをしながら担当編集者と打ち合わせていたようですが、連載が決まると同時に忙しい部署への転属を命じられたことから、「漫画を取ります」とばかりに退職した経緯が書かれてありました。もっとも週刊連載だったら忙しくない部署でも二足のわらじはきついと思いますが。
私としては作者の近藤信輔氏を高く評価しているだけに、是非とも今回の失敗をばねにまた連載を勝ち取り漫画家を続けてもらいたいと思っていることから、応援とばかりに今回のレビューを書くこととしました。ただ「烈!!!伊達先パイ」については、打ち切りだったとはいえあの舞台設定では長続きするネタではなかったとも思えますので、ある意味で失敗を前提とした初連載としてはこういう形でよかったのかなという気もします。
おまけ
例のジャンプをくれた先輩は私と同時期に中国勤務から日本国内勤務に移りましたが、「最近のジャンプだと、『食戟のソーマ』が面白い」と言ってたので、「奇遇っすね、俺もそう思ってたところですよ」と言い返してやりました。つくづく、好みが被る。
2013年9月18日水曜日
シリア情勢に対する一つの考察
先週、政府軍が化学兵器を使用したとの疑惑が出ていたシリアへの対応について、シリアの化学兵器を各国や国際組織が管理・監視するというロシアの提案に米国が同意したと発表されました。それまで米国は一貫してシリア政府に対して「超えてはならない一線を越えてしまった」として軍事制裁を示唆していましたが、今回のロシアとの合意によって事実上、見送られる形となりました。
米国が今回ロシアに妥協した理由としてあるメディアでは、シリアの隣国であるイスラエルに対する報復を懸念したのではないかと報じておりました。確かにイスラエルはシリアの隣国にあり、また米国のロビイストに深く食い込んでいる国なだけに十分ありうる話でその通りだと思うのですが、それ以前に何故米国がこれほどまでに軍事行動を示唆したのか、ちょっとその辺が気になります。
というのも、これまた海外報道で審議の確認は難しいのですが、化学兵器使用疑惑が立って間もない8月下旬の時点で、既に米軍はシリアへの軍事行動に向けて艦隊を差し向けたりするなど攻撃準備を整えていたそうです。それだけに攻撃命令が出されずに9月を迎えた際は米軍内部で動揺が広がったと書かれてありましたが、実際にオバマ大統領の当時の発言を見ているとさもありなんという気もします。
ここでの大きな疑問点は、一体何故米軍はこれほどまでにシリアに対して軍事行動を起こそうとしたのかです。推測ならば理由はなんとでも言えますが、中東にもっと幅を利かせたいとか、反政府側と何らかの取引があったのか、いちいち挙げていたら切りがありません。さすがに中東情勢は専門じゃないのでこの辺りについて詳しい言及は避けますが、少なくともロシア(+中国)の抵抗がなければ米国は本気で軍事行動を起こしていたと私は思います。
そう思うだにつけてオバマ大統領は随分とまた好戦的な人物だったのかと言わざるを得ません。元々彼はイラク戦争の失敗を指摘してイラクからの米軍早期撤退を訴えて大統領になりましたが、先日の個人情報の件といい、根っこはブッシュと変わりがないのではないかとも思えてきました。まぁもう再選したのだし、余計な遠慮がなくなったとでもいうべきなのかな。
米国が今回ロシアに妥協した理由としてあるメディアでは、シリアの隣国であるイスラエルに対する報復を懸念したのではないかと報じておりました。確かにイスラエルはシリアの隣国にあり、また米国のロビイストに深く食い込んでいる国なだけに十分ありうる話でその通りだと思うのですが、それ以前に何故米国がこれほどまでに軍事行動を示唆したのか、ちょっとその辺が気になります。
というのも、これまた海外報道で審議の確認は難しいのですが、化学兵器使用疑惑が立って間もない8月下旬の時点で、既に米軍はシリアへの軍事行動に向けて艦隊を差し向けたりするなど攻撃準備を整えていたそうです。それだけに攻撃命令が出されずに9月を迎えた際は米軍内部で動揺が広がったと書かれてありましたが、実際にオバマ大統領の当時の発言を見ているとさもありなんという気もします。
ここでの大きな疑問点は、一体何故米軍はこれほどまでにシリアに対して軍事行動を起こそうとしたのかです。推測ならば理由はなんとでも言えますが、中東にもっと幅を利かせたいとか、反政府側と何らかの取引があったのか、いちいち挙げていたら切りがありません。さすがに中東情勢は専門じゃないのでこの辺りについて詳しい言及は避けますが、少なくともロシア(+中国)の抵抗がなければ米国は本気で軍事行動を起こしていたと私は思います。
そう思うだにつけてオバマ大統領は随分とまた好戦的な人物だったのかと言わざるを得ません。元々彼はイラク戦争の失敗を指摘してイラクからの米軍早期撤退を訴えて大統領になりましたが、先日の個人情報の件といい、根っこはブッシュと変わりがないのではないかとも思えてきました。まぁもう再選したのだし、余計な遠慮がなくなったとでもいうべきなのかな。
2013年9月17日火曜日
中国人留学生の男児救出に対する中国の報道
体調がいいので本日、久々に二本出し。っというか、あんまり後に書いても意味がないニュースだし。
・中国人留学生、大阪淀川で男児を救出「まさに英雄!」「勇敢!国のイメージをも変える」―中国版ツイッター(レコードチャイナ)
知っている人も多いかと思いますが、台風が日本列島を縦断した昨日16日、大阪府の淀川に流されてしまった男児をたまたま通りかかった中国人留学生の厳俊氏が単身で飛び込み、見事救出するというニュースが報道されました。この中国人留学生の行動には日本の各報道機関、ならびにネット上などでも称賛の声が溢れており、私自身も久々にいいニュースを見れたと気持ちのいい思いがしてなりません。
それにしてもこの厳俊氏ですが、こういってはなんですが一体どういう神経と身体能力をしているのか計り知れません。当時、大阪はもとより全国で台風の影響から大雨が吹き荒れ、淀川もまっ茶色になって荒れに荒れ狂っている状況でした。普通に考えたらいくら溺れている人がいるからってあんな状態で飛び込めば自分も流されかねないと思ってまず飛び込まないでしょうが、果敢にも飛び込んで、見事に男児を救出するなんて並大抵の業じゃありません。消防隊員ももし厳俊氏が飛び込まなければ男児の命は危うかったと証言していますが、その言葉に偽りはないでしょう。文字通り、英雄的な行動と言って間違いありません。
それでこの事件は中国だとどう報じているのか、レコードチャイナの記事でも引用されていますが一応念のために私の方でも調べてみました。
・上海小伙在日救起9岁男童 日本网民:中国人真勇敢(東方網)
上記のサイトは中国語で書かれていますが、事件のあらましと厳俊氏の来歴を紹介した上で、日本の各メディアは彼の行動を絶賛していると報じております。このほかのサイトでも同じように報じられてあり、日中両国で大きく取り上げられていると言ってこれまた間違いないでしょう。
あまり意地汚い話はするべきじゃないのでしょうが、ちょうど去年の九月に尖閣諸島を日本が国有化したことによって反日デモが起こり、あれからちょうど一年ということで中国の日本に対する報道はピリピリしたムードがありました。もちろん政治は政治で別個の話ではありますが、こうしたムードを吹き飛ばすかのような素晴らしいニュースが出たことはまさに僥倖です。私としては日中はなるべく仲良くやるべきだと思うし、厳俊氏みたいに荒れた川に飛び込む必要まではないけどこのように両国の国民同士が助け合うというニュースは今後も見続けていきたいものです。
・中国人留学生、大阪淀川で男児を救出「まさに英雄!」「勇敢!国のイメージをも変える」―中国版ツイッター(レコードチャイナ)
知っている人も多いかと思いますが、台風が日本列島を縦断した昨日16日、大阪府の淀川に流されてしまった男児をたまたま通りかかった中国人留学生の厳俊氏が単身で飛び込み、見事救出するというニュースが報道されました。この中国人留学生の行動には日本の各報道機関、ならびにネット上などでも称賛の声が溢れており、私自身も久々にいいニュースを見れたと気持ちのいい思いがしてなりません。
それにしてもこの厳俊氏ですが、こういってはなんですが一体どういう神経と身体能力をしているのか計り知れません。当時、大阪はもとより全国で台風の影響から大雨が吹き荒れ、淀川もまっ茶色になって荒れに荒れ狂っている状況でした。普通に考えたらいくら溺れている人がいるからってあんな状態で飛び込めば自分も流されかねないと思ってまず飛び込まないでしょうが、果敢にも飛び込んで、見事に男児を救出するなんて並大抵の業じゃありません。消防隊員ももし厳俊氏が飛び込まなければ男児の命は危うかったと証言していますが、その言葉に偽りはないでしょう。文字通り、英雄的な行動と言って間違いありません。
それでこの事件は中国だとどう報じているのか、レコードチャイナの記事でも引用されていますが一応念のために私の方でも調べてみました。
・上海小伙在日救起9岁男童 日本网民:中国人真勇敢(東方網)
上記のサイトは中国語で書かれていますが、事件のあらましと厳俊氏の来歴を紹介した上で、日本の各メディアは彼の行動を絶賛していると報じております。このほかのサイトでも同じように報じられてあり、日中両国で大きく取り上げられていると言ってこれまた間違いないでしょう。
あまり意地汚い話はするべきじゃないのでしょうが、ちょうど去年の九月に尖閣諸島を日本が国有化したことによって反日デモが起こり、あれからちょうど一年ということで中国の日本に対する報道はピリピリしたムードがありました。もちろん政治は政治で別個の話ではありますが、こうしたムードを吹き飛ばすかのような素晴らしいニュースが出たことはまさに僥倖です。私としては日中はなるべく仲良くやるべきだと思うし、厳俊氏みたいに荒れた川に飛び込む必要まではないけどこのように両国の国民同士が助け合うというニュースは今後も見続けていきたいものです。
NTTドコモに対する批判
このところ「自分が書かなきゃ誰が書く」とすら言いたくなる話題が多くていい意味でブログ執筆が忙しいです。大抵こういう時は自分が社会に対して不満を持つ頃なのですが、このところはそうでもなく割とプライベートはNexus7でヒャッハーしたりといい状態が続いています。それだけに、これから何か悪いことでも起きるのではないかと戦々恐々ではあるのですが……。
さて本題に入りますが、昨日の記事で私はNTTドコモが米アップル社のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の取り扱いを開始することを題材に新聞各紙の特徴を取り上げました。今日はそんなNTTドコモに対する個人的な感情を含めた批判をした上でその問題点を指摘しようかと思います。
現在、私は安いということからウィルコムのPHSを携帯電話として使っております。PHSなのに携帯電話ということについては無視してほしいのですが、これだと「誰とでも定額」で月額約2000円くらいで通話とメールを使うことが出来、スマートフォンの機能はタブレットPCで代用しようとこの前WIMAXを契約したわけです。
ただこれは日本に帰国してからの話で、2010年に中国に渡る前まで私は一貫してドコモの携帯電話を契約しておりました。理由はごく単純で、初めて携帯電話を持った時に使ったキャリアがドコモだったからです。
私の周りの友人も大学入学と共に携帯電話を持ち始めたのですが、使用開始から大体一年後、周囲の友人はドコモから付与されるポイントがたまったということでみんな携帯電話機を無料で最新機種に交換してもらっていました。ただ私は当時使っていた機種に特に不満はなく、いちいち取り替えても資源の無駄だしドコモとしても余計な出費だろうなと考えたことから取り替えることなく、そのまま北京に留学するまでの間は同じ機種を使い続けました。
北京に留学をする際に一旦携帯電話契約を解約したのですが、その際にたまっていたポイントは一切使うことなく吹き飛んでしまいました。もっとも試用期間は2年半なのでそれほどでもなく特段思うこともありませんでしたが、今思い返すと電話機を交換した友人と自分の間ではサービスに大きな溝があったよなぁとか思います。
話は飛んで留学から帰国後、私は再びドコモの携帯を契約しました。契約を結んだ際に過去のポイントが付与されなかったことについては何も言う事ありませんが、問題だったのは解約時です。確か約4年間を一度も機種交換をせず、またポイントも一切使うことなくドコモの携帯電話を使用していたのですが、中国に働きに行くもんだからいざ解約を申し込むと例の「2年縛り」に引っかかり、解約料を別枠で請求されてさすがにこの時は「(# ゚Д゚) ムッ!」としました。
一度もポイントを使わず4年間も契約し続けたのに解約時に料金を取られるというのは正直な所、今でも腑に落ちません。言ってしまえば頻繁に機種交換をしたりポイントを色んな所に使ったり、他のキャリアから乗り換えてきた人に比べて料金的な貢献度で言えば私はそこそこ高かった気がします。にもかかわらず、他社に乗り換えるというわけでもないのに解約料を取られるというのはなんか悪い商売じゃないのと言いたいものです。
聞けば今回のドコモ(他社もしているが)のアイフォーンを使ったキャンペーンには「のりかえ割」というのがあり、他のキャリアから契約を乗り換えたユーザーに対する特別割引を実施するそうです。では乗り換えずにドコモ一筋のユーザーには何も恩恵はないのか、いくらなんでも客をなめた商売をし過ぎやしないか、消費者庁も何故こんな行動を放っておくのか理解できません。契約してないで文句言うのもあれですが。
そもそもこれ以前からもドコモの既存ユーザー軽視は目に余ります。確か2年くらい前にも契約変更に関する手数料を引き上げたりしてたし、私の中では電通に次いで嫌いな企業になりつつあります。
さらに文句を続けますが、このところのドコモのマーケティング戦略はあまりにもレベルが低く、もうカスだとしか言いようがありません。古くは「ドコモ2.0」と銘打って「そろそろ反撃してもいいですか?」などと挑発的なキャッチフレーズで反発を招いた揚句に防戦一方となり、直近でも「2トップ戦略」によってパナソニックにスマホ事業撤退を促すなど悪い影響しか与えていないように思えます。しかもその2トップ戦略も今度のアイフォーン導入であっさり引き下げるんだし。
それとテレビCMでもこのところ「ドコモ田家」を見なくなりました。放映開始当初からソフトバンクの「白田家」に対する露骨なパクリで見ていて気分悪かったですが、もうこの企画も投げるつもりなのかと思って検索をかけてみると、なんといつの間にか公式サイトが終了してました。ちょっとマジびっくり。
・ようこそ、ドコモ田家へ。
上記サイトはつい1分前に検索して初めて訪れましたが、「たくさんのアクセス、ありがとうございました」の一言だけ残されています。いや、アクセスしてないって……。
ただドコモのマーケティングというか広報に関しては、個人的な怨みは置いておいてもあまりにも迷走が激しすぎる気がします。冗談抜きで今いるメンバーを全員解雇してもう少しマーケティングを理解した人員を配置してやった方が上手くいくと思えるので、ドコモはこの辺をもっと真剣に検討することを本心から薦めます。
一方、対抗馬のソフトバンクはマーケティングに関しては文句なしに上手いです。白い犬がお父さんという奇抜さはもとより、「ホワイトプラン」と白をかけ合わせたり、時期ごとのCMでもどんなキャンペーンを売っているのか、どういうサービスを始めたのかが一目瞭然です。惜しむらくはあのCM,全部電通が作っていることなのですが……。
さて本題に入りますが、昨日の記事で私はNTTドコモが米アップル社のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の取り扱いを開始することを題材に新聞各紙の特徴を取り上げました。今日はそんなNTTドコモに対する個人的な感情を含めた批判をした上でその問題点を指摘しようかと思います。
現在、私は安いということからウィルコムのPHSを携帯電話として使っております。PHSなのに携帯電話ということについては無視してほしいのですが、これだと「誰とでも定額」で月額約2000円くらいで通話とメールを使うことが出来、スマートフォンの機能はタブレットPCで代用しようとこの前WIMAXを契約したわけです。
ただこれは日本に帰国してからの話で、2010年に中国に渡る前まで私は一貫してドコモの携帯電話を契約しておりました。理由はごく単純で、初めて携帯電話を持った時に使ったキャリアがドコモだったからです。
私の周りの友人も大学入学と共に携帯電話を持ち始めたのですが、使用開始から大体一年後、周囲の友人はドコモから付与されるポイントがたまったということでみんな携帯電話機を無料で最新機種に交換してもらっていました。ただ私は当時使っていた機種に特に不満はなく、いちいち取り替えても資源の無駄だしドコモとしても余計な出費だろうなと考えたことから取り替えることなく、そのまま北京に留学するまでの間は同じ機種を使い続けました。
北京に留学をする際に一旦携帯電話契約を解約したのですが、その際にたまっていたポイントは一切使うことなく吹き飛んでしまいました。もっとも試用期間は2年半なのでそれほどでもなく特段思うこともありませんでしたが、今思い返すと電話機を交換した友人と自分の間ではサービスに大きな溝があったよなぁとか思います。
話は飛んで留学から帰国後、私は再びドコモの携帯を契約しました。契約を結んだ際に過去のポイントが付与されなかったことについては何も言う事ありませんが、問題だったのは解約時です。確か約4年間を一度も機種交換をせず、またポイントも一切使うことなくドコモの携帯電話を使用していたのですが、中国に働きに行くもんだからいざ解約を申し込むと例の「2年縛り」に引っかかり、解約料を別枠で請求されてさすがにこの時は「(# ゚Д゚) ムッ!」としました。
一度もポイントを使わず4年間も契約し続けたのに解約時に料金を取られるというのは正直な所、今でも腑に落ちません。言ってしまえば頻繁に機種交換をしたりポイントを色んな所に使ったり、他のキャリアから乗り換えてきた人に比べて料金的な貢献度で言えば私はそこそこ高かった気がします。にもかかわらず、他社に乗り換えるというわけでもないのに解約料を取られるというのはなんか悪い商売じゃないのと言いたいものです。
聞けば今回のドコモ(他社もしているが)のアイフォーンを使ったキャンペーンには「のりかえ割」というのがあり、他のキャリアから契約を乗り換えたユーザーに対する特別割引を実施するそうです。では乗り換えずにドコモ一筋のユーザーには何も恩恵はないのか、いくらなんでも客をなめた商売をし過ぎやしないか、消費者庁も何故こんな行動を放っておくのか理解できません。契約してないで文句言うのもあれですが。
そもそもこれ以前からもドコモの既存ユーザー軽視は目に余ります。確か2年くらい前にも契約変更に関する手数料を引き上げたりしてたし、私の中では電通に次いで嫌いな企業になりつつあります。
さらに文句を続けますが、このところのドコモのマーケティング戦略はあまりにもレベルが低く、もうカスだとしか言いようがありません。古くは「ドコモ2.0」と銘打って「そろそろ反撃してもいいですか?」などと挑発的なキャッチフレーズで反発を招いた揚句に防戦一方となり、直近でも「2トップ戦略」によってパナソニックにスマホ事業撤退を促すなど悪い影響しか与えていないように思えます。しかもその2トップ戦略も今度のアイフォーン導入であっさり引き下げるんだし。
それとテレビCMでもこのところ「ドコモ田家」を見なくなりました。放映開始当初からソフトバンクの「白田家」に対する露骨なパクリで見ていて気分悪かったですが、もうこの企画も投げるつもりなのかと思って検索をかけてみると、なんといつの間にか公式サイトが終了してました。ちょっとマジびっくり。
・ようこそ、ドコモ田家へ。
上記サイトはつい1分前に検索して初めて訪れましたが、「たくさんのアクセス、ありがとうございました」の一言だけ残されています。いや、アクセスしてないって……。
ただドコモのマーケティングというか広報に関しては、個人的な怨みは置いておいてもあまりにも迷走が激しすぎる気がします。冗談抜きで今いるメンバーを全員解雇してもう少しマーケティングを理解した人員を配置してやった方が上手くいくと思えるので、ドコモはこの辺をもっと真剣に検討することを本心から薦めます。
一方、対抗馬のソフトバンクはマーケティングに関しては文句なしに上手いです。白い犬がお父さんという奇抜さはもとより、「ホワイトプラン」と白をかけ合わせたり、時期ごとのCMでもどんなキャンペーンを売っているのか、どういうサービスを始めたのかが一目瞭然です。惜しむらくはあのCM,全部電通が作っていることなのですが……。
2013年9月16日月曜日
新聞各誌の中立的な記事面とは
いま最もホットな経済ニュースと言ったら先週に朝日新聞とNHKがスクープで報じた、NTTドコモが米アップル社のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」の取り扱いを開始するニュースで間違いないでしょう。これまでもドコモがアイフォーンを取り扱うというニュースは日経新聞が度々報じてはドコモ側から「(ヾノ・∀・`)ナイナイ」と否定されてきて事実その通りでしたが、今回に関しては米アップル側も声明を出してますしどうやらガチのようです。それにしても日経新聞は何度も「ドコモにアイフォーンが来るぞー!」って誤報を出し続けた挙句、本当にアイフォーンが来ることになった今回はスクープを取り逃し、狼少年ケンを地で行く結果となったのは皮肉なものです。ケンは余計か。
ただ友人によると、今回のドコモのアイフォーン取扱い開始報道については米アップル側によるリークがあったのではとの見方が強いそうです。米アップルとしては何度も誤報を出している日経新聞にリークしてもまた誤報と疑われると考えた結果、朝日新聞とNHKに流したのではないかという観測が強い模様で、私としてもこの説を支持します。
ここで話は変わるわけですが、よく日経新聞は「経済面以外はいい」と評されることがあります。経済紙にもかかわらずこんなこと言われるのは度々スクープの名を借りた誤報、具体的には一連のドコモに対する報道やキリン・サントリーの合併話など、まだ実現化のめどの立ってない話を推進派とかからのリークを元に飛ばし記事を書くことが多いためですが、そうしたことを置いておいても確かに日経の経済面以外の記事は意外によくできてます。
特にいいのは政治面で、特に主義思想とか前面に出してくるわけがなく中立的でいい記事を書いてきます。もっともこのところはTPP関連で財界の意を汲みやたら持ち上げる記事が出てくることもあるので、以前ほど中立的とは言い難いですが。
同じようにと言ってはなんですが、産経新聞も政治面以外が良かったりします。産経の政治記事は「親米・自民支持・反中嫌韓」の三原則で成り立っていると言ってよく、明らかに偏った視点で記事が書かれており娯楽として読むならアリですが真面目に読む題材としてはお勧めしません。しかし政治面以外だとなかなか読ませられる記事が多く、特に私も一度紹介したことがありますが、「衝撃事件の核心」などは毎回欠かさず読むほど面白く文句なしに推薦できる記事です。
このように、概して新聞というのはその新聞社がこだわりのない分野においては意外に中立的でいい記事を載せることが多いように思えます。私自身も気を付けていますがこだわりというのは知的好奇心を高めるものの中立的な観点からは目を曇らせることが多く、まさに過ぎたるは猶及ばざるがごとしです。
最後にもう一紙上げておくと、朝日新聞は政治、社会面で偏りが見られます。特に政治面では感情的な安倍政権批判が多くはっきり言ってお寒い記事が多いです。ただその一方、近年は目を見張るほどのスクープ記事が多く、先ほどのドコモの記事はもとより原発関連のスクープ記事はもっと世に評価されるべきだと思います。あまりほかでは言わないので私が言う事にしますが、高速増殖炉もんじゅの点検漏れは朝日の独占スクープでしたし、このところの東電の汚染水流出関連も日の打ちどころがないほどどこよりも早く正確に書いてきております。朝日には偏った記事もあるものの、偏った記事ばかり取り上げられていい記事が朝日が報じたと取り上げられないのはちょっと不公平に感じる次第です。
ただ友人によると、今回のドコモのアイフォーン取扱い開始報道については米アップル側によるリークがあったのではとの見方が強いそうです。米アップルとしては何度も誤報を出している日経新聞にリークしてもまた誤報と疑われると考えた結果、朝日新聞とNHKに流したのではないかという観測が強い模様で、私としてもこの説を支持します。
ここで話は変わるわけですが、よく日経新聞は「経済面以外はいい」と評されることがあります。経済紙にもかかわらずこんなこと言われるのは度々スクープの名を借りた誤報、具体的には一連のドコモに対する報道やキリン・サントリーの合併話など、まだ実現化のめどの立ってない話を推進派とかからのリークを元に飛ばし記事を書くことが多いためですが、そうしたことを置いておいても確かに日経の経済面以外の記事は意外によくできてます。
特にいいのは政治面で、特に主義思想とか前面に出してくるわけがなく中立的でいい記事を書いてきます。もっともこのところはTPP関連で財界の意を汲みやたら持ち上げる記事が出てくることもあるので、以前ほど中立的とは言い難いですが。
同じようにと言ってはなんですが、産経新聞も政治面以外が良かったりします。産経の政治記事は「親米・自民支持・反中嫌韓」の三原則で成り立っていると言ってよく、明らかに偏った視点で記事が書かれており娯楽として読むならアリですが真面目に読む題材としてはお勧めしません。しかし政治面以外だとなかなか読ませられる記事が多く、特に私も一度紹介したことがありますが、「衝撃事件の核心」などは毎回欠かさず読むほど面白く文句なしに推薦できる記事です。
このように、概して新聞というのはその新聞社がこだわりのない分野においては意外に中立的でいい記事を載せることが多いように思えます。私自身も気を付けていますがこだわりというのは知的好奇心を高めるものの中立的な観点からは目を曇らせることが多く、まさに過ぎたるは猶及ばざるがごとしです。
最後にもう一紙上げておくと、朝日新聞は政治、社会面で偏りが見られます。特に政治面では感情的な安倍政権批判が多くはっきり言ってお寒い記事が多いです。ただその一方、近年は目を見張るほどのスクープ記事が多く、先ほどのドコモの記事はもとより原発関連のスクープ記事はもっと世に評価されるべきだと思います。あまりほかでは言わないので私が言う事にしますが、高速増殖炉もんじゅの点検漏れは朝日の独占スクープでしたし、このところの東電の汚染水流出関連も日の打ちどころがないほどどこよりも早く正確に書いてきております。朝日には偏った記事もあるものの、偏った記事ばかり取り上げられていい記事が朝日が報じたと取り上げられないのはちょっと不公平に感じる次第です。
2013年9月15日日曜日
みのもんた氏の次男逮捕を巡る報道について
いきなり強く出ると、控えめに言っても私は情報に対する感度や整理する能力が一般と比べ桁違いに高くて興味のないスポーツネタ以外であれば何でも語れる自信があり、芸能ネタについても人並み以上には話す自信があります。にもかかわらずあまりこのブログで芸能ネタを取り上げないのはほかのメディアなりブロガーなりがあれこれ取り上げるので私が語るまでもなく、それであればほかの人があまり語ることのない政治や歴史ネタを取り扱った方がいいと考えているからです。
それを推した上で今日は、みのもんた氏の次男逮捕を巡る報道と彼の去就について書きたいことを書こうと思います。
事件のあらましについては皆さんも知ってるかと思うので省略し、まずいきなり結論ですが、この件を巡る今の報道ぶりは異常とは言わないけれどもちょっとおかしいような気がします。仮に逮捕された次男が未成年であれば親の監督不行ということでみのもんた氏への批判や誹りは免れないとは思いますが、今回逮捕された次男の年齢はなんと31歳。そんな年齢にもかかわらずこんなあほな事件を起こした上に警察への供述を拒むなんて本当に変な人なんだろうなぁという気がしますが、既に成人している子供に対して親が責任を取るというのは如何なものかとしか言いようがありません。
それでもみのもんた氏は超が付くほどの有名人で次男逮捕の件でコメントが求められたり事件が報道されるのは止むを得ませんが、だからと言って現在出演している番組を自粛するというのはお門違いもいい所です。本人が犯罪を犯したわけでもないのに成人した子供の責任を取るなんて今時連座制じゃないのだから、本人が決めたこととはいえ私はみのもんた氏は堂々と番組を出続けるべきだと思います。テレビ局だって視聴率はしばらくとれるでしょうが代役を探したりしなければならず各方面に面倒が増えることは目に見えているのだし。
またこの事件に関しては各メディアの報道ぶり、そしてネット上などで散見される世論などに違和感を感じます。最近このフレーズを意図的に多く出しておりますが、あくまで自分の受ける印象としては全体的に、「みのもんた氏はなんらかの責任を取るべきだ」という論調が強いように感じます。それどころかみのもんた氏を擁護しようものなら批判の標的にされかねないような雰囲気すら覚えます。
私は子供の人格形成に当たってその親の育て方、接し方は重要なファクターになると考えておりますが、どんなに素晴らしい人格の親、どんなに立派な育て方の元でもクズみたいな人間が育ってしまうことがあるという気がします。その逆も然りでどんなにひどい親の元でも立派な人間が育つこともありますが。
そして子供のうちはまだしも成人した後に至ってはその人格とそれに伴う行動は本人が責任を持つべきです。親の育て方がまずかったからこんな人格になったというような言い訳は聞きたくないし、認めるべきでもないでしょう。何故なら大人になってから起こす問題行動は自らが責任を取らなければならないからです。
ざっと以上のような観点から、私はみのもんた氏のファンではありませんがこの一件に関しては彼の肩を持ちます。なんでこんな記事を書こうと思ったのかというと話題のトピックスを取り上げてアクセス数が増えればいいな(´∀`*)ウフフという下心と共に、「成人した子供でもその不祥事は親が責任取るべきだ」という風潮がはびこってほしくない一心です。日本はやはり個人の責任よりも組織の責任が問われることが多く、そのため一部の不心得者のために真面目な大多数が余計な損害や雑多な手続きに追われることが多く、これは全体の利益を損ないます。欲を言えばもっと個人主義が日本でも強くなり、自分にとってやりやすい世の中になってくれたら「还可以」なのですが。
それを推した上で今日は、みのもんた氏の次男逮捕を巡る報道と彼の去就について書きたいことを書こうと思います。
事件のあらましについては皆さんも知ってるかと思うので省略し、まずいきなり結論ですが、この件を巡る今の報道ぶりは異常とは言わないけれどもちょっとおかしいような気がします。仮に逮捕された次男が未成年であれば親の監督不行ということでみのもんた氏への批判や誹りは免れないとは思いますが、今回逮捕された次男の年齢はなんと31歳。そんな年齢にもかかわらずこんなあほな事件を起こした上に警察への供述を拒むなんて本当に変な人なんだろうなぁという気がしますが、既に成人している子供に対して親が責任を取るというのは如何なものかとしか言いようがありません。
それでもみのもんた氏は超が付くほどの有名人で次男逮捕の件でコメントが求められたり事件が報道されるのは止むを得ませんが、だからと言って現在出演している番組を自粛するというのはお門違いもいい所です。本人が犯罪を犯したわけでもないのに成人した子供の責任を取るなんて今時連座制じゃないのだから、本人が決めたこととはいえ私はみのもんた氏は堂々と番組を出続けるべきだと思います。テレビ局だって視聴率はしばらくとれるでしょうが代役を探したりしなければならず各方面に面倒が増えることは目に見えているのだし。
またこの事件に関しては各メディアの報道ぶり、そしてネット上などで散見される世論などに違和感を感じます。最近このフレーズを意図的に多く出しておりますが、あくまで自分の受ける印象としては全体的に、「みのもんた氏はなんらかの責任を取るべきだ」という論調が強いように感じます。それどころかみのもんた氏を擁護しようものなら批判の標的にされかねないような雰囲気すら覚えます。
私は子供の人格形成に当たってその親の育て方、接し方は重要なファクターになると考えておりますが、どんなに素晴らしい人格の親、どんなに立派な育て方の元でもクズみたいな人間が育ってしまうことがあるという気がします。その逆も然りでどんなにひどい親の元でも立派な人間が育つこともありますが。
そして子供のうちはまだしも成人した後に至ってはその人格とそれに伴う行動は本人が責任を持つべきです。親の育て方がまずかったからこんな人格になったというような言い訳は聞きたくないし、認めるべきでもないでしょう。何故なら大人になってから起こす問題行動は自らが責任を取らなければならないからです。
ざっと以上のような観点から、私はみのもんた氏のファンではありませんがこの一件に関しては彼の肩を持ちます。なんでこんな記事を書こうと思ったのかというと話題のトピックスを取り上げてアクセス数が増えればいいな(´∀`*)ウフフという下心と共に、「成人した子供でもその不祥事は親が責任取るべきだ」という風潮がはびこってほしくない一心です。日本はやはり個人の責任よりも組織の責任が問われることが多く、そのため一部の不心得者のために真面目な大多数が余計な損害や雑多な手続きに追われることが多く、これは全体の利益を損ないます。欲を言えばもっと個人主義が日本でも強くなり、自分にとってやりやすい世の中になってくれたら「还可以」なのですが。
2013年9月14日土曜日
韓国の近現代史~その二十四、日韓ワールドカップ
先週一週間は左耳が痛かったりするなど神経的にしんどい日々が続きましたが、一昨日にNexus7が届いてからやや元気になりました。もちろんNexus7のおかげというより、ようやく体とか神経が整ってきたからだろうけど。
さてなんかなかなか終わらないこの韓国の近現代史の連載ですが、前回で金大中政権時における南北首脳会談をやったのでもう一気に盧武鉉政権に移ろうかなとも思いましたが、日本とも関わりがあるし2002年の日韓ワールドカップについてちょっと書いてみようかと思います。ついでに対日関係も追えるわけだし。
まず金大中政権時における日韓関係ですが、あくまで私の目から見た感じだと比較的穏やかだったと思います。朴正煕以降の軍事政権下の韓国では政府が率先して対日批判を行っていましたが金泳三政権になってからは実を得るというか、日本の音楽やドラマの放送が徐々に解禁されるなど実態はどうあれ政策的には雪解けが進められました。
こうした対日方針は次の金大中政権にも受け継がれております。また金大中自身が日本でKCIAに拉致られるなど日本とも縁の深い人物であったことから日本人の間でも彼の名をよく覚え親近感を持っていた人が多かったように思え、今でも覚えているものとして現在も放送が続けられている「さんまのからくりTV」における「ファニストイングリッシュ」というセイン・カミュがメインのコーナーでのある床屋さんのコメントがあります。
その床屋さんは当時、SMAPのキムタクこと木村拓哉氏が人気になってロンゲ(これももはや死語だが)が流行り、床屋に来るお客さんが減っているという事を話して、それを英語で言うように指示されると、「I dislike タムキク!」と言って、「それじゃ『キクタム』になって名前が違うよ」と指摘されると照れ隠しに、「I like キムデジュン!」と言い直しておりました。ほんとよくこんなくだらないことを覚えているもんだ。
そんな昔話は置いといて話を進めますが、私の目から見ても金大中は国内の突き上げを受けつつも日本に対する配慮はある程度図ってくれたと思います。ただついていないというか彼の在任期間中にちょうど日本も対韓批判が始まり、主だったものを挙げると「つくる会の歴史教科書問題」や小泉首相の靖国参拝などですが、インターネットも発達したことも契機となり私の印象だとこのあたりの頃から明確に韓国を嫌う層が増えていったような気がします。
ただそのように徐々に両者の感情が悪化していった中、2002年のWカップは日韓による共催で開かれます。目立った絡みこそなかったものの両国間で世界中のスーパースターが集まり、毎日お互いの国の大戦状況など報じられたことから関係改善という意味では一定の効果があったかと思います。逆を言えばこの時を区切りに日韓関係はその後、ずっと悪化していくこととなるわけなのですが。
ちなみに私はこのWカップの時に高校生でしたが、当時は学校の授業が終わると試合を見ようと急いで帰宅する生徒が周りにもいました。ただそんな中で物凄いサッカー好きの友人は何故か泰然自若として帰宅する様子がなかったのでどうしたのかと聞いてみたところ、「試合は既に録画予約している。僕は国歌斉唱のシーンから見ないと気が済まない」と風格ある発言をかましてきてくれました。なおその友人は小学生の頃に家出した際、唯一家から持っていったのはサッカーボールで、家に帰るまで公園でずっとリフティングしていたという強者です。
さてなんかなかなか終わらないこの韓国の近現代史の連載ですが、前回で金大中政権時における南北首脳会談をやったのでもう一気に盧武鉉政権に移ろうかなとも思いましたが、日本とも関わりがあるし2002年の日韓ワールドカップについてちょっと書いてみようかと思います。ついでに対日関係も追えるわけだし。
まず金大中政権時における日韓関係ですが、あくまで私の目から見た感じだと比較的穏やかだったと思います。朴正煕以降の軍事政権下の韓国では政府が率先して対日批判を行っていましたが金泳三政権になってからは実を得るというか、日本の音楽やドラマの放送が徐々に解禁されるなど実態はどうあれ政策的には雪解けが進められました。
こうした対日方針は次の金大中政権にも受け継がれております。また金大中自身が日本でKCIAに拉致られるなど日本とも縁の深い人物であったことから日本人の間でも彼の名をよく覚え親近感を持っていた人が多かったように思え、今でも覚えているものとして現在も放送が続けられている「さんまのからくりTV」における「ファニストイングリッシュ」というセイン・カミュがメインのコーナーでのある床屋さんのコメントがあります。
その床屋さんは当時、SMAPのキムタクこと木村拓哉氏が人気になってロンゲ(これももはや死語だが)が流行り、床屋に来るお客さんが減っているという事を話して、それを英語で言うように指示されると、「I dislike タムキク!」と言って、「それじゃ『キクタム』になって名前が違うよ」と指摘されると照れ隠しに、「I like キムデジュン!」と言い直しておりました。ほんとよくこんなくだらないことを覚えているもんだ。
そんな昔話は置いといて話を進めますが、私の目から見ても金大中は国内の突き上げを受けつつも日本に対する配慮はある程度図ってくれたと思います。ただついていないというか彼の在任期間中にちょうど日本も対韓批判が始まり、主だったものを挙げると「つくる会の歴史教科書問題」や小泉首相の靖国参拝などですが、インターネットも発達したことも契機となり私の印象だとこのあたりの頃から明確に韓国を嫌う層が増えていったような気がします。
ただそのように徐々に両者の感情が悪化していった中、2002年のWカップは日韓による共催で開かれます。目立った絡みこそなかったものの両国間で世界中のスーパースターが集まり、毎日お互いの国の大戦状況など報じられたことから関係改善という意味では一定の効果があったかと思います。逆を言えばこの時を区切りに日韓関係はその後、ずっと悪化していくこととなるわけなのですが。
ちなみに私はこのWカップの時に高校生でしたが、当時は学校の授業が終わると試合を見ようと急いで帰宅する生徒が周りにもいました。ただそんな中で物凄いサッカー好きの友人は何故か泰然自若として帰宅する様子がなかったのでどうしたのかと聞いてみたところ、「試合は既に録画予約している。僕は国歌斉唱のシーンから見ないと気が済まない」と風格ある発言をかましてきてくれました。なおその友人は小学生の頃に家出した際、唯一家から持っていったのはサッカーボールで、家に帰るまで公園でずっとリフティングしていたという強者です。
2013年9月13日金曜日
住宅ローンに対する個人的な不満
最初に全く関係ありませんが愛知県岡崎市のゆるキャラ、というよりキモキャラのオカザえもんの画像をはっつけます。というのも先月に岡崎市を訪問した際にいろいろ彼のグッズを眺めましたが、初見のインパクトだけであれば奈良のせんと君にも負けず、Tシャツでも買って帰ろうかなと思ったからです。結局買わなかったけど。
そうしたどうでもいいことは置いといて本題ですが、前回の記事で私は銀行と不動産業に対して規制緩和が必要だと主張したのですが、このような主張をした最大の理由というのも今日のお題に掲げている住宅ローンです。住宅ローンの仕組みについては一から説明しませんが、あくまで個人的な印象として、日本の住宅ローンはいくらなんでも銀行側に都合のいい慣習がまかり通亭やしないかと前々から感じており、今日はその辺の主張をかいつまんで説明します。
まず私が日本の住宅ローンに対して疑問を持ったのは、2007年にアメリカで起きたサブプライムローン問題からでした。サブプライムローンとは低所得層に向けた住宅ローンに対する債務保証なのですが、2007年にこのサブプライムローン対象の住宅ローンで一斉に解約が続いたことにより信用不安が増し、翌年のリーマンショックへと続いていくこととなります。
私が当時に注目したのはそうしたサブプライムローンの仕組みより、アメリカの住宅ローンの仕組みでした。具体的に何が日本と違うのかというと、住宅ローンの債務者、要するに銀行からお金を借りて家を買った人は住宅ローンが払えなくなった際、その抵当となっている住宅のキーを銀行に還すことで残りの支払いが免除されるそうです。つまり、お金を返せなくなったら家を出ていけばそれでローンは残らないというわけです。
このような仕組みだったからこそサブプライムローン問題が大きくなったという背景もあるのですが率直に言ってアメリカの制度の方が金融業務上、正しいのではないかという印象を覚えました。わざわざ説明するまでもありませんが日本の住宅ローンだと、債務者が失職したり不意な事態に遭遇してローン返済が出来なくなったとしてもローンの支払い義務は必ずついて回ります。そのせいともいうべきか災害などによって住宅を失って新しい家に移ったとしてもローンがついて回り、最悪の場合だといわゆる二重ローンを抱え込まざるを得なくなります。
このような日本の住宅ローンの仕組みを考えるにつけ、少なくとも住宅ローンにおいて日本の銀行は債務者が自己破産しない限りほぼ確実に返済と利鞘を得られることとなり、行ってしまえばノーリスクで収益を受けられるのではないかと思います。となると銀行としては債務者の所得がどの程度だろうと金を貸した分だけ儲けられるのであれこれ言っては貸してしまう……という風になるのではないかと前から思ってるわけです。
私は別に金融業の連中が利鞘収入を取ることについては何も問題がないとは思いますが、自分たちはノーリスクで儲かる一方で債務者に二重ローンのリスクを持たせるというのはなんか納得いかず、この辺で何かしら規制をかける必要があるのではないかという気がします。具体的には、債務者が住宅ローンの返済を中途で放棄する際、銀行側はローン額のうち一定割合を債務放棄しなければならないとか。こうすれば審査とかも厳しくなってリスク的に面白味も出るんじゃないかな。
ついでに書くと日本の住宅慣習では仮に新築の家を5000万円で購入した際、その家をすぐに売却するとなるとその売却額はほぼ半額の2500万円にまで落ち込むことが多いです。そりゃ新品と中古では後者の価格が下がるのは当然と言えば当然ですが、それにしたって日本の不動産価格の下落っぷりはやや異常なように思え、この辺も何かしら改正するように制度を整える必要があるんじゃないかと思います。でないと新築物件ばかり売られ、よくいうビルト&スクラップ方式で古い住宅は活用せずに新しい住宅ばかり作ってしまうことになりかねません。もっともこう言っている傍で、古い住宅は丸ごと薙ぎ払って中国みたいに高層マンションをどんどん作った方が効率良いよねとか友人によく話すのですが。
2013年9月11日水曜日
規制を緩和すべき業界、強化すべき業界
最初にいつもの如く本題と関係ない話題ですが、大相撲の把瑠都関が本日、引退を発表しました。規格外のパワーと人懐っこい性格から高い人気を得て私も好きな力士でしたが、重量級の力士にありがちな膝の怪我から引退を決意したとのことです。力士人生、お疲れ様でした。
そんなわけで本題ですが、2000年代以降の日本の政権はどれも「規制緩和」を大きな政治課題に掲げましたが、もっともこの四文字を連呼してなおかつそれを実際に実行したのはほかならぬ小泉政権でしょう。ただこの小泉政権は小泉純一郎氏が首相だった当時からも、本当に規制を緩和すべき業界が緩和されず、逆に緩和してはならない業界を緩和してしまったという批判が絶えず付きまとっておりました。
この指摘について私はもっともだと感じるところもあればそういうわけでもないとも思っているところもあるのですが、そもそもどの業界の規制が問題なのか、先日に友人ともこの手の話題で盛り上がったので具体的にそういった業界を今日は取り上げてみようと思います。そんなわけで早速つらつら書いてくわけです。
<規制を緩和すべき業界>
1、銀行・証券業界
日本の金融業はアメリカの圧迫によって保険業界だけは外資の参入が許されるなどまだ開かれておりますが、銀行と証券においては未だ厚い規制に国内企業が大事に保護されております。もっとも多かれ少なかれどこの国でも銀行業は保護される傾向にありますがそれにしたって日本の場合は守られ過ぎで、はっきり言いますが今のままだと海外市場で外国勢に簡単に負けると断言できます。
また銀行業界の業務、具体的には住宅ローン事業は消費者の目から見てふざけるなといいたいくらいの制度になっており、ノーリスクで利ザヤを稼ぐあのやり方は一刻も早く改正するべきです。この辺についてはまた別記事にて詳しく解説します。
2、建設・不動産業界
上記の住宅ローンともかかわってきますが不動産業界も規制がやたら多く、社会全体のためにも緩和するべきだと思います。もっともこの業界は規制によって業者が守られているという訳ではなく、むしろ業者の活動を著しく縛り自由な競争を妨害している節があります。まぁその妨害によってゼネコンは設けているのだが。
3、放送業界
最も規制に守られているのはいうまでもなくこの放送業界でしょう。放送免許制度によって第三社の参入を完全にシャットアウトして独占産業になっているだけでなく、どんな不正を放送局がやったとしても何も罰則がないというイカれた業界です。ここもはっきり言いますが、包装行においては中国の方がまだ規制が少ないようにすら思える。NHK改革も遅々として進まないし。
<規制を強化すべき業界>
1、交通業界
知ってる人には早いですが、タクシー業界では業界企業からの陳情を受けて総量規制が各地で始まっております。この業界こそが小泉政権の負の遺産と言ってもいい業界で、新規参入が相次いだことによって競争過多となった業界です。最もわかりやすい例は高速バス事業で去年、一昨年と従業員の激務が一因とみられる大事故も起きており、再び規制が強化されつつあります。
2、広告業界
具体的には看板広告。自分もいろんな国行ったりしたけど駅前に風俗店やらパチンコ店の派手な看板が堂々と貼り付けられている国は日本くらいだとマジで思います。オリンピックも決まったわけだし、もう少し京都みたいに景観を大事にする意識を日本も持つべきじゃないでしょうか。
3、IT業界
こちらは逆に国内企業を守るために規制設けたらどうかっていう提案です。というのも中国ではYoutubeが規制されて見れないのですが、この規制によって「優酷」という動画サイトは立派に成長を遂げました。現在の日本のIT企業で世界に太刀打ちできるのは数少ないことから、国内企業保護のために何かしら規制があってもいいとか思ってます。
パッと思いつく限りだと以上のようなものです。銀行と不動産業界については言いたいことがたくさんあるのでまた今度、時間と体力がたっぷりある時にでも自分が不満に思うことを書いていくことにします。
そんなわけで本題ですが、2000年代以降の日本の政権はどれも「規制緩和」を大きな政治課題に掲げましたが、もっともこの四文字を連呼してなおかつそれを実際に実行したのはほかならぬ小泉政権でしょう。ただこの小泉政権は小泉純一郎氏が首相だった当時からも、本当に規制を緩和すべき業界が緩和されず、逆に緩和してはならない業界を緩和してしまったという批判が絶えず付きまとっておりました。
この指摘について私はもっともだと感じるところもあればそういうわけでもないとも思っているところもあるのですが、そもそもどの業界の規制が問題なのか、先日に友人ともこの手の話題で盛り上がったので具体的にそういった業界を今日は取り上げてみようと思います。そんなわけで早速つらつら書いてくわけです。
<規制を緩和すべき業界>
1、銀行・証券業界
日本の金融業はアメリカの圧迫によって保険業界だけは外資の参入が許されるなどまだ開かれておりますが、銀行と証券においては未だ厚い規制に国内企業が大事に保護されております。もっとも多かれ少なかれどこの国でも銀行業は保護される傾向にありますがそれにしたって日本の場合は守られ過ぎで、はっきり言いますが今のままだと海外市場で外国勢に簡単に負けると断言できます。
また銀行業界の業務、具体的には住宅ローン事業は消費者の目から見てふざけるなといいたいくらいの制度になっており、ノーリスクで利ザヤを稼ぐあのやり方は一刻も早く改正するべきです。この辺についてはまた別記事にて詳しく解説します。
2、建設・不動産業界
上記の住宅ローンともかかわってきますが不動産業界も規制がやたら多く、社会全体のためにも緩和するべきだと思います。もっともこの業界は規制によって業者が守られているという訳ではなく、むしろ業者の活動を著しく縛り自由な競争を妨害している節があります。まぁその妨害によってゼネコンは設けているのだが。
3、放送業界
最も規制に守られているのはいうまでもなくこの放送業界でしょう。放送免許制度によって第三社の参入を完全にシャットアウトして独占産業になっているだけでなく、どんな不正を放送局がやったとしても何も罰則がないというイカれた業界です。ここもはっきり言いますが、包装行においては中国の方がまだ規制が少ないようにすら思える。NHK改革も遅々として進まないし。
<規制を強化すべき業界>
1、交通業界
知ってる人には早いですが、タクシー業界では業界企業からの陳情を受けて総量規制が各地で始まっております。この業界こそが小泉政権の負の遺産と言ってもいい業界で、新規参入が相次いだことによって競争過多となった業界です。最もわかりやすい例は高速バス事業で去年、一昨年と従業員の激務が一因とみられる大事故も起きており、再び規制が強化されつつあります。
2、広告業界
具体的には看板広告。自分もいろんな国行ったりしたけど駅前に風俗店やらパチンコ店の派手な看板が堂々と貼り付けられている国は日本くらいだとマジで思います。オリンピックも決まったわけだし、もう少し京都みたいに景観を大事にする意識を日本も持つべきじゃないでしょうか。
3、IT業界
こちらは逆に国内企業を守るために規制設けたらどうかっていう提案です。というのも中国ではYoutubeが規制されて見れないのですが、この規制によって「優酷」という動画サイトは立派に成長を遂げました。現在の日本のIT企業で世界に太刀打ちできるのは数少ないことから、国内企業保護のために何かしら規制があってもいいとか思ってます。
パッと思いつく限りだと以上のようなものです。銀行と不動産業界については言いたいことがたくさんあるのでまた今度、時間と体力がたっぷりある時にでも自分が不満に思うことを書いていくことにします。
2013年9月10日火曜日
漫画レビュー:怨み屋本舗シリーズ
本題と全く関係ありませんが、前評判の高さと裏腹に現在クソゲーの名をほしいままにしている「ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル」のプレイ動画をはっつけておきます。このゲーム自体は私はプレイしたわけではありませんが、この動画に出てくるブチャラティの声優は雰囲気といい発声といい見事としか言いようがなく、特にこのラッシュ時の「アリアリアリ……」をここまで再現したのには脱帽です。
話は本題に入って今日はくだらない話でも。このところ私の唯一の娯楽と言っていい漫画喫茶で読む漫画に「怨み屋本舗」というものがあります。この漫画は何度かタイトルを変えながらも2000年から今年まで実に13年も連載が続いている人気漫画で以前にはテレビドラマ化もされています。私がこの漫画を手に取ったのはつい先月のことで長く続いて人気だからさわりだけでも読んでみようと思ったことからでしたが、一読してすぐにはまり、現在はこの漫画を読み進めるためだけに漫画喫茶に通うようになっています。
あらすじについて簡単に説明するととタイトルの通り、他人の復讐を代行する人たちのお話です。基本的に一話完結でぱっぱと読んで行けるのと、家族が殺されたとか理不尽な仕打ちを受けているといった恨みつらみに対して暗殺を含む復讐が実行されるので見ていてかなり気持ちがいいというかカタルシスを覚えます。特筆すべきは主人公である「怨み屋(♀)」のキャラクターで作中にも書かれていますが、「これ以上のドSはいねぇ(;゚Д゚)」って言いたくなるくらいえげつない復讐方法を考案し、実行したりします。ただその一方で自分が前面に出てきてことを動かすことがなく、あくまで黒子の様に動き回るのがほかの漫画の主人公と違い、それがこの漫画の人気の原動力だと思えます。
と、ここまでであれば大したことのない漫画レビューですが、私がこの漫画を読んで高く評価しているのはその面白さ以上に作者の社会問題意識です。というのもこの作品では警官の汚職や生活保護問題、隣人問題といった様々な社会問題が題材に取られていることが多く、なおかつその内容もかなり詳しい部分にまで踏み来れています。でもって登場人物の中の一人に明らかに作者の問題意識を代弁するキャラクター(「情報屋」というキャラ)がいて、一体何故その問題が良くないのか、どうして社会的に不公平なのかを詳しく解説しており、地味に読んでて為になります。
さらにというか作者のホームページでプロフィール欄を読むと、「『バクマン』のようには上手くいかず、何回か提出した連載ネームでつまづき撃沈」と書かれてあり、作品以上に作者の栗原正尚氏に対して好感を持ちました。
ちょっと持ち上げ過ぎかと思えるレビューですが、私個人としては他の人にも強く推薦できる漫画なので少しでも興味を持った方はぜひとも手に取ってみることをお勧めします。それにしても、楠桂氏の「鬼切丸」といい、復讐話が自分はやっぱ好きだなと思える次第です。
2013年9月8日日曜日
東京五輪招致成功と消費税増税確定について
まずは何あれおめでとうというべきか、2020年のオリンピック東京開催が昨夜決まりました。ちょうど昨日の晩にも友人とどうなるか話したばかりだったのですが、今回の投票は本当にどうなるか票が読めず、それだけに東京に決まったことは素直に驚きを感じました。
前報道に就いて少しだけ述べると、4年前の招致レースでは日系メディアがさも東京で決まり、ライバルはパリだという報道が非常に目立ちましたが、蓋を開けてみると立候補した4都市のうちでパリが真っ先に落選し、東京もその次に落選するという結果となり、やや時刻に偏った報道だったと強く記憶しております。それだけに今回の招致レースではどうかなと注意深く見ていましたが、最終盤までどうなるかわからない、スペインやイスタンブールとともに東京も一長一短だという具合で比較的冷静な報道姿勢だったように思えます。
それで今回の五輪招致成功についてですが、単純に言って日本にとっては非常にプラスになると断言できます。五輪開催に向けたインフラ投資が進むほか、近年の日本は国民全体が何か一つの目標を持つというか大義が存在しておらず、東日本大震災の復興意識もわずか2年でしぼんでいますが、今回の五輪開催決定は2020年と時間が区切られているため新たな指標として大いに期待出来るかと思います。私の感覚的には消費や投資よりも、国民の意識への好影響の方が価値あるような気がします。
そして何よりというか、今回の五輪招致成功で最も大きな成果といえるのは消費税増税の確定です。消費税の増税は野田前首相が文字通り乾坤一擲で議会を通しましたが景気への影響を考慮して増税幅や増税の時期変更について現在に至るまでかまびすしく議論されております。現時点の情報では安倍首相が来月上旬にも増税を予定通りに実施するか決断し、発表すると伝えられておりますが、私は今回の五輪商事成功によって予定通りに増税することが確定されたと考えています。
理由は二つ。一つ目は五輪招致成功によって景気のさらなる上向きが期待され、これまで懸念されてきた増税による景気への悪影響に対する不安が一蹴されたことです。もう一つは五輪開催に向けたインフラ整備に当たって単純に資金が必要となり、増税することに対して国民の理解が得やすくなるからです。最早増税を阻む障害はほぼなくなったと言ってもよく、安倍首相は間違いなく増税を予定通り断行すると私は予想します。そしてその上で言うと、増税が実施されることによって少なくとも株式市場はさらなる活況が期待されます。
先月にも知り合いに、「なんで消費税を増税することが景気をよくするんだ?」と聞かれて詳しく解説しましたが、少なくとも株式市場においては消費税増税は格好の好材料です。というのも海外の投資家の日本に対する懸念は過大な債務で、それを今後どのように減らしていくかに焦点が集まっているからです。
そしてもう一つ、こちらの方が重要なのですが、同じように海外の投資家は消費税増税によって日本国内でインフレが進むことを強く期待しています。この辺は貨幣の実質価値との関係があってうまく説明できますが、とにもかくにも外人は日本が増税して、インフレが進むことを期待しており、それによって投資市場はよくなっていくという観測を私はしております。
株式市場が景気を必ずしも左右するわけではないですが、消費税増税は避けてはならない課題だしそれによってインフレが起こればいい循環にもなると思え、それだけに今回の五輪招致は非常にいい材料になったと思えます。安倍首相も今回の成功で少なくとも来年までは確実に政権に留まれますし、日本もようやく明るい材料来たかなと今は思います。
前報道に就いて少しだけ述べると、4年前の招致レースでは日系メディアがさも東京で決まり、ライバルはパリだという報道が非常に目立ちましたが、蓋を開けてみると立候補した4都市のうちでパリが真っ先に落選し、東京もその次に落選するという結果となり、やや時刻に偏った報道だったと強く記憶しております。それだけに今回の招致レースではどうかなと注意深く見ていましたが、最終盤までどうなるかわからない、スペインやイスタンブールとともに東京も一長一短だという具合で比較的冷静な報道姿勢だったように思えます。
それで今回の五輪招致成功についてですが、単純に言って日本にとっては非常にプラスになると断言できます。五輪開催に向けたインフラ投資が進むほか、近年の日本は国民全体が何か一つの目標を持つというか大義が存在しておらず、東日本大震災の復興意識もわずか2年でしぼんでいますが、今回の五輪開催決定は2020年と時間が区切られているため新たな指標として大いに期待出来るかと思います。私の感覚的には消費や投資よりも、国民の意識への好影響の方が価値あるような気がします。
そして何よりというか、今回の五輪招致成功で最も大きな成果といえるのは消費税増税の確定です。消費税の増税は野田前首相が文字通り乾坤一擲で議会を通しましたが景気への影響を考慮して増税幅や増税の時期変更について現在に至るまでかまびすしく議論されております。現時点の情報では安倍首相が来月上旬にも増税を予定通りに実施するか決断し、発表すると伝えられておりますが、私は今回の五輪商事成功によって予定通りに増税することが確定されたと考えています。
理由は二つ。一つ目は五輪招致成功によって景気のさらなる上向きが期待され、これまで懸念されてきた増税による景気への悪影響に対する不安が一蹴されたことです。もう一つは五輪開催に向けたインフラ整備に当たって単純に資金が必要となり、増税することに対して国民の理解が得やすくなるからです。最早増税を阻む障害はほぼなくなったと言ってもよく、安倍首相は間違いなく増税を予定通り断行すると私は予想します。そしてその上で言うと、増税が実施されることによって少なくとも株式市場はさらなる活況が期待されます。
先月にも知り合いに、「なんで消費税を増税することが景気をよくするんだ?」と聞かれて詳しく解説しましたが、少なくとも株式市場においては消費税増税は格好の好材料です。というのも海外の投資家の日本に対する懸念は過大な債務で、それを今後どのように減らしていくかに焦点が集まっているからです。
そしてもう一つ、こちらの方が重要なのですが、同じように海外の投資家は消費税増税によって日本国内でインフレが進むことを強く期待しています。この辺は貨幣の実質価値との関係があってうまく説明できますが、とにもかくにも外人は日本が増税して、インフレが進むことを期待しており、それによって投資市場はよくなっていくという観測を私はしております。
株式市場が景気を必ずしも左右するわけではないですが、消費税増税は避けてはならない課題だしそれによってインフレが起こればいい循環にもなると思え、それだけに今回の五輪招致は非常にいい材料になったと思えます。安倍首相も今回の成功で少なくとも来年までは確実に政権に留まれますし、日本もようやく明るい材料来たかなと今は思います。
2013年9月7日土曜日
HSK5級、6級の試験対策
本日、都内某所(水道橋駅近くの日大キャンパス内)でHSKという中国語の資格試験を受験してきました。このごろブログ更新を休みがちだったのはこの試験対策が第一ですが、そういっている割にはパワプロやっている時間の方が長かったような気がします。我ながら、真面目にやれよなぁ。
まずHSKについて簡単に説明しますが、これは中国政府が主催する中国語能力試験で、元々は中国国内にいる中国語を母語としない少数民族出身者が大学入学するに当たってその中国語能力を測るために作られました。現在では中国語を学ぶ外国人向けにアレンジが進み、中国にある大学に本科生として留学する条件としてHSKの資格を要求する大学もあります。
HSKについて私なりの評価を述べると、少なくとも中国語検定よりは信用が出来ます。というのも中国語検定は上級になるにつれて「こんなの実生活でまず使わないだろう」という文語的表現を問う問題が多くなり、あまり実践的とは言えない試験です。それに対してHSKは問題がややシュールなのが多いですが日常的な話題が多く、なおかつヒアリング問題に良い題材を取ってきているので私が人事担当なら中検は無視してもHSKはちゃんと見ます。私はこのHSKを大分昔、北京で留学中に一度受験し、当時1~11級(数字が高いほどランクが上)ある中で7級を取得しました。ただその後で制度が変わって現在のHSKは1~6級の6ランクとなったので、今年3月に5級を受験して無事合格。でもって今回は最上級の6級を受けてきたというわけです。
だいぶ前置きが長くなりましたがそんなわけで、今日は自分の体験からこのHSKの5級、6級対策について書いてみようかと思います。それにしても5級はともかくとして、6級はまだ受かったかどうかも分からないのに書き出すのが私らしい。
まず5級、6級がどのくらいのランクなのか私なりに評価を述べると、5級を取得していれば間違いなく中国語上級者と言っていいと思います。曲がりなりにも中国語の翻訳ライターをやっていた身から言わせてもらえば、私自身は翻訳の仕事を始めた当時だと5級を取得できたかどうか怪しいレベルだったように思え、ワンランク下であることを前提とすると4級取得くらいの実力があれば翻訳ライターはやれるんじゃないかと思います。もっとも翻訳ライターは中国語の能力以前に日本語の文章力が問われますが。
まず5級、6級に共通する点から述べていきますが、どちらもヒアリング、読解、作文の3部門にテストが分かれており、それぞれ100点ずつ、計300点の配点となっております。合格ラインは6割、つまり180点以上となっているため、ぶっちゃけヒアリングが20点、読解が80点、作文が80点でも合格となります。日本人は欧米人に比べて漢字を初めから理解しているため読解問題で高得点を叩きだす傾向があるため、厄介で運の要素も絡むヒアリングを補うために8割くらいの得点を狙うべきでしょう。
では5級をどんな問題があってどんな対策が必要かですが、ヒアリングに関しては短文を述べる形式と対話形式の2種類の問題が出てきます。短文形式はそのまんま内容と一致するものを選択肢から選ぶので対策は特にありませんが、対話形式については選択肢に紛らわしいものが非常に多くて私自身としては非常に苦手でした。ここだけの話、ヒアリングだけなら6級の方が簡単だった。
読解問題は非常に基本的な文法を聞いてくることが多いので地道に勉強をするのが第一ですが、後半に比較的長い文章を読む問題が用意されており、長文に慣れていない人はペース配分をしっかり考えて取り組む必要があります。なおその長文問題ですが、こちらはひっかけなどが少なくじっくりとしっかり読めば確実に点を取れるところなので、運も絡む前半の細かい文法を問う問題はぱっぱとやり過ごしてしまうことをお勧めします。
そして最後の作文問題。これは2種類の形式に分かれててまず最初に用意されている単語を組み立てて文章にする問題が出されます。私が最初に5級の問題集で対策をした時にこの組立て問題の正解率があまり良くなくてちょっと手こずったのですが、対策というか傾向として「是~的(~は~だ!)」という構文が多く、この構文を意識して問題を見ることで正解率が高まりました。
作文問題のもう一つの問題形式はその名のとおり作文で、用意されている写真を見て何かしら好きなことを200字で書けと出題されてます。ひとまず文字数を稼ぐことに集中して私は書きましたが配点はどうなってるかわからずどんなものかと気を揉んでましたが、結果は合格だったので文法とかにこだわるくらいなら適当な内容で文字数埋める方がいいでしょう。
話は移って6級。基本的な問題構成は5級と同じですが、ヒアリング問題は5級と比べてかなり長大な会話文が出てきます。具体的にはテレビやラジオでのインタビュー文が出てきて今日受けた奴なんか女性漫画家のインタビューでした。これは全文聞き取るのはかなり至難の業ですが、そのかわりに出される問題は比較的簡単なので何度か練習すれば正解率は上がると思います。でもって読解問題は基本的に5級と同じで難しさもそう変わりません。
逆に大きく変わるのは作文問題。こちらは長文を10分で読んだ後に同じ内容を400字前後に中国語で要約せよと出されます。何度か練習してきたものの今日の試験ではなかなか手ごわく、配点もわからないだけにどんな成績が出るか全くわかりません。ヒアリングと読解は大丈夫だとは思うんだけど。
あまり対策の話をすることが出来ませんでしたが、基本的には問題に慣れることが大事なので公式問題集などを繰り返し解くことが重要だと思います。特に6級の作文問題は模範解答でもいいと思ったのでそれをそのまま書き写すなどして私は対策しましたが、何もしないで臨むよりかはよかったと思います。
おまけ
過去問にあった作文問題の内容でこんなのがありました。
「デート中に寄った喫茶店で男が緊張のあまりウェイターに塩を持ってこさせてしまったので、それをコーヒーに入れてごまかした。それからそのカップルは付き合い始めたが喫茶店に寄る度に女は男がコーヒーに塩を入れるからとウェイターに塩を持ってこさせ、男も嘘だったと言えず毎回入れていた。その後、二人は結婚して男の方が先に天寿を全うしたが、妻宛の遺書には嘘だったことを隠しててごめんと謝った上で塩入りコーヒーは本当にまずかったと書き残していた」
なんていうか、本当に中国語の問題はシュールです。
追記
この時の試験でHSK6級に受かりました。点数はかなりギリギリだったけど。
2013年9月5日木曜日
格差問題の後の共産党
かなーり昔、具体的には2008年にこのブログで書いた記事で、「格差社会に対する問題意識が広がる中で蟹工船がブーム、そして共産党へ入党する若者が増えている」というニュースを取り上げました。あれからもう5年も経って自分もいろんな意味で人生に疲れたりもしているのですが、共産党の変化に対してちょっと書いてみようかなという気になりました。
今日も忙しいのでまた短くまとめますが、5年前の共産党の入党ブームはやはり一時的なものだったようで、その後共産党の党員数が拡大を続けているという報道は見当たりません。ただ共産党への支持という意味ではこの5年間で確かに高まっているということは言えるように思え、先の選挙においても社民党がもはや政党として存続できなくなったり、民主党が内部崩壊しているのに対し、大幅な議員の減少もなければ確固たる野党として存続を続けております。
言ってしまえば格差是正を訴えるという意味では社民党も共産党も同じスタイルです。にもかかわらず何故両者にこれほど差が出てきたのかいろいろ考えることが出来ますが、一番大きな差だったのは社民党が場当たり的な行動が多く古参の支持層を失っていったのに対し、共産党は古参の支持層が離れない程度に野党のスタイルを保ったことが大きかったように思えます。もっとも、だからと言って共産党が政党として優れているかはまた別問題ではあり、私自身としては野党としては現在ある政党の中で一番マシかもしれないけど、政権は取ってはならないなと見ています。
調子が悪いのが続いてて文章もノリが悪いですが、今のところ共産党への支持は格差問題から広がっているというわけではなく、与党である自民党に反感を持つ層の受け皿となるのがここしかなかったからというのが最も大きな理由でしょう。逆に言えばほかの野党は受け皿になることも出来ないほど未熟ってことですが、昨日も書いたように社会主義、共産主義自体がどことなく、反逆思想の高い人間と相性がいい。特に大きな理由はないけど何かと目立つ存在が憎い、っていうような人と相性がいいように思え、どれだけ弾圧したって案外なくならずに細々とやっていくかもしれません。
ただなんというか、本当に疲れているのかまた変なことを書いていきますが、やっぱり世の中にはそういうマイノリティを受け入れる組織なり団体なりが必要なんじゃないかとこの頃よく思います。暴力団は論外で叩き潰すべきだという立場をとりますが、ちょっと反逆思考というかアンチセントらリズムを気取る集団がないと世の中回ってかないように思えます。自分がそういう人間の一人であるだけに、強く強く感じます。
今日も忙しいのでまた短くまとめますが、5年前の共産党の入党ブームはやはり一時的なものだったようで、その後共産党の党員数が拡大を続けているという報道は見当たりません。ただ共産党への支持という意味ではこの5年間で確かに高まっているということは言えるように思え、先の選挙においても社民党がもはや政党として存続できなくなったり、民主党が内部崩壊しているのに対し、大幅な議員の減少もなければ確固たる野党として存続を続けております。
言ってしまえば格差是正を訴えるという意味では社民党も共産党も同じスタイルです。にもかかわらず何故両者にこれほど差が出てきたのかいろいろ考えることが出来ますが、一番大きな差だったのは社民党が場当たり的な行動が多く古参の支持層を失っていったのに対し、共産党は古参の支持層が離れない程度に野党のスタイルを保ったことが大きかったように思えます。もっとも、だからと言って共産党が政党として優れているかはまた別問題ではあり、私自身としては野党としては現在ある政党の中で一番マシかもしれないけど、政権は取ってはならないなと見ています。
調子が悪いのが続いてて文章もノリが悪いですが、今のところ共産党への支持は格差問題から広がっているというわけではなく、与党である自民党に反感を持つ層の受け皿となるのがここしかなかったからというのが最も大きな理由でしょう。逆に言えばほかの野党は受け皿になることも出来ないほど未熟ってことですが、昨日も書いたように社会主義、共産主義自体がどことなく、反逆思想の高い人間と相性がいい。特に大きな理由はないけど何かと目立つ存在が憎い、っていうような人と相性がいいように思え、どれだけ弾圧したって案外なくならずに細々とやっていくかもしれません。
ただなんというか、本当に疲れているのかまた変なことを書いていきますが、やっぱり世の中にはそういうマイノリティを受け入れる組織なり団体なりが必要なんじゃないかとこの頃よく思います。暴力団は論外で叩き潰すべきだという立場をとりますが、ちょっと反逆思考というかアンチセントらリズムを気取る集団がないと世の中回ってかないように思えます。自分がそういう人間の一人であるだけに、強く強く感じます。
2013年9月4日水曜日
社会主義と私
最近また忙しいので短い記事でも書こうと思ったら、なんだか妙なタイトルになって自分でもびっくりです。
このブログを長く見続けてくれている方には早いでしょうが、何かと社会主義と私は縁があります。一番大きいものだと名目上は社会主義である中国が大好きで留学したり働きに行ったりして、果てには文化大革命について長々と解説記事を書くなどその入れ込みっぷりは異常と言ってもいいでしょう。このほか連合赤軍の事件にもやたら傾倒して調べており、自分の世代の中ではこの方面の知識がトップクラスに豊富に持っているという自負があります。
一体なんでこういう社会主義関連にやたら興味を持つのかというと、単純に自分の性格なり思想と相性がいいのだと思います。昔に後輩にも、「花園さんが全共闘の時代にいればきっとヒーローでしたよ」と褒め言葉なのか皮肉なのかよくわからない言われ方をされましたが、私自身もきっとヒーローになっていたと本気で思ってます。北朝鮮にも飛んでったかもなぁ。
もっともこれだけ相性がいいと言いながらですが、現代の日本の社会主義政党、具体的には社民党と共産党に対してはこのブログを中心にかなり激しく批判を続けておりますし、社会主義の思想も実現不可能なカビの生えた腐った概念だと断言します。なのになぜ昔の社会主義関連の事件に惹かれるのか、悪い言い方をすると今の世の中が気に食わないから真逆の概念を必死で探そうとしているかのように思えます。ただこれを良い言い方に変えるとすると、現代の世の中を客観的に見ようとするため、比較対象として学ぼうとしているとも捉えられます。
あと時代的というか、ちょうど日本の民主主義が行き詰まりを見せた頃に青春時代を過ごしており、社会主義の一党独裁による支配体制にも妙な感慨を持ったのもあるかもしれません。そういう事書いてたらかなり昔に書いた記事を思い出したので、明日はちょっと振り返る意味も込めてその記事の続編でも書いてみようかな。
このブログを長く見続けてくれている方には早いでしょうが、何かと社会主義と私は縁があります。一番大きいものだと名目上は社会主義である中国が大好きで留学したり働きに行ったりして、果てには文化大革命について長々と解説記事を書くなどその入れ込みっぷりは異常と言ってもいいでしょう。このほか連合赤軍の事件にもやたら傾倒して調べており、自分の世代の中ではこの方面の知識がトップクラスに豊富に持っているという自負があります。
一体なんでこういう社会主義関連にやたら興味を持つのかというと、単純に自分の性格なり思想と相性がいいのだと思います。昔に後輩にも、「花園さんが全共闘の時代にいればきっとヒーローでしたよ」と褒め言葉なのか皮肉なのかよくわからない言われ方をされましたが、私自身もきっとヒーローになっていたと本気で思ってます。北朝鮮にも飛んでったかもなぁ。
もっともこれだけ相性がいいと言いながらですが、現代の日本の社会主義政党、具体的には社民党と共産党に対してはこのブログを中心にかなり激しく批判を続けておりますし、社会主義の思想も実現不可能なカビの生えた腐った概念だと断言します。なのになぜ昔の社会主義関連の事件に惹かれるのか、悪い言い方をすると今の世の中が気に食わないから真逆の概念を必死で探そうとしているかのように思えます。ただこれを良い言い方に変えるとすると、現代の世の中を客観的に見ようとするため、比較対象として学ぼうとしているとも捉えられます。
あと時代的というか、ちょうど日本の民主主義が行き詰まりを見せた頃に青春時代を過ごしており、社会主義の一党独裁による支配体制にも妙な感慨を持ったのもあるかもしれません。そういう事書いてたらかなり昔に書いた記事を思い出したので、明日はちょっと振り返る意味も込めてその記事の続編でも書いてみようかな。
2013年9月2日月曜日
奈良ドリームランドを偲ぶ
先々週末は名古屋に左遷された親父の所へ遊びに行っていたのですが雨上りの散歩中に突拍子もなく、「関西で年配の人と話をする際、奈良ドリームランドのことに触れると話がしやすい」と私の方から口に出しました。なんでこんな内容を話題に挙げたのか自分でもよくわからないのですがなにか神様の配慮があったのか、その後に立ち寄った喫茶店(岡崎市内)に置いてあった週刊現代にまさにその奈良ドリームランドについて書かれた記事が載ってありました。
・奈良ドリームランド(Wikipedia)
関西圏に住んでいたことのある人間には説明は要らないでしょう。それはかつて奈良市にあったテーマパークで、私と同年代の人間も小学校の遠足などで一度は訪れたことがあるはずです。少なくても私の周りの関西人はみんなそう言ってました。
では関西圏以外の人向けに解説を開始しますが、この奈良ドリームランドは実業家の松尾國三によって1961年に開業したテーマパークです。当時の日本は高度経済成長期まっただ中で松尾國三もそうした追い風を受けて一代で興行会社、そして不動産会社を経営するに至りました。そんな彼が何故テーマパーク事業に進出したのかというと、自分も意外だったのですがアメリカのディズニーランドを訪れたことがきっかけでした。
ディズニーランドを訪れた松尾國三は日本にもこのような娯楽施設が必要だと考え、ウォルト・ディズニーに直談判してノウハウ等の協力を要請しました。松尾側はこの際に「日本版ディズニーランドの開園許可を得た」、つまりフランチャイズ契約を結んだと主張し、実際にディズニー側から開園に向けた開発で技術スタッフの派遣を受けてはおりますが、ディズニー側の主張はこれとは少し異なり、「フランチャイズ契約料の交渉で折り合いがつかず破談となった」と述べているそうです。
この交渉が実際にどうだったかについては定かでない部分が多いですが、少なくとも松尾國三とウォルト・ディズニーが直接会ったのは間違いなく、そして当初はお互いに協力する方針であったのではないかと私は思います。ただ松尾側はアメリカにあるディズニーランド内で勝手に写真の撮影や測量を始めたりするなどしてディズニー側の顰蹙を買ったと言われ、その後の交渉でどうも行き詰まったような感じです。
なおこのような経緯があったことから現在の東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドがディズニーに対してフランチャイズ交渉をする際、「日本人はかつてディズニーランドをパクッた」などと言われ交渉が難航する原因になったとも言われています。もっとも、オリエンタルランドは日本で大成功を収めてますが。
話は戻って奈良ドリームランド。ディズニーとのすったもんだがあったものの開園にはこぎつけます。設立地はいうまでもなく奈良市ですがこれは他の都市に比べ奈良市が特に誘致に熱心だったことからですが、松尾國三は当初、人口の多い東京周辺に設立をする計画だったそうです。
開園後の奈良ドリームランドは当時としては珍しい乗り物を使ったアトラクションが多数あったことや日本初の本格的なテーマパークだったことから盛況となります。当時の状況について関西出身のうちの親父に聞いてみると、初めて行った時は本当に衝撃的だったらしく、このような楽しい場所がこの世にあるのかと思うような印象だったと話してました。親父も若かったんだな。
ただその後、似たようなテーマパークが乱立し、しかも奈良ドリームランドは奈良駅からバスで移動しなければならないという交通アクセスの不便さがたたり、時代を経るにつ入れて徐々に来園者数は減少していきます。特に交通アクセスの不便さについては近畿で最も人口の多い大阪から行くには遠すぎるというのがかなりネックだったそうで、USJが出来てからはその動きに拍車がかかっていきます。
この交通アクセスの問題はどこまでもついて回るようで、奈良ドリームランドに続いて1964年に作られた横浜ドリームランドでも同じ問題が起こっております。横浜ドリームランドはベッドタウン化が進む横浜市に設立されたのですが、こちらは時代が経るにつれて人口が急増し、周辺道路では大渋滞が日常茶飯事となり来園者の到達までの負担が非常に高かったそうです。しかも渋滞対策として1966年に導入した国鉄大船駅と結ぶモノレールは、技術上の欠陥によって運行開始からわずか1年5ヶ月で休止に追い込まれてます。今日はやけに頻出のうちの親父によるとこのモノレールを作ったのは東芝だったそうで、「東芝がやらかしたから閉園に追い込まれたんだ」とやけに悔しそうに言ってました。
兵どもが夢の址ではないですが、横浜ドリームランドは2002年に、奈良ドリームランドは2006年にそれぞれ経営悪化から閉園しております。ちょうどというか自分が学生として京都にいた際、この奈良ドリームランドだけでなく同じ奈良市にあったテーマパークの近鉄あやめ池遊園地も2004年に閉園し、目の前で関西のテーマパークがばたばた倒れるさまをまざまざと見せつけられていました。一応、志摩スペイン村とひらかたパーク、生駒山上遊園地はまだ存続して頑張ってますが。
私は奈良ドリームランドが閉園する数年前に京都へと渡ったのですが、自転車で奈良市を訪れた際に少し道を間違えたことから奈良ドリームランドの敷地近くを通りかかったことがありました。それまで関東育ちだったこともありこういう遊園地が関西にはあるんだな程度に思いませんでしたが、その後に関西の人たちと奈良ドリームランドについて話をするたびにみんなが楽しそうにその思い出を語るを見るにつけ、一回でもいいから遊びに行っておけばよかったと今は思います。そう言いつつも、残っている三つの遊園地にはどれも行ってないのですが。
最後にまた蛇足な内容を加えますが、松尾國三が起ち上げドリームランドを運営していたのはドリーム観光という会社ですが、この会社はいろんな事業をやっておりその運営施設の一つには千日デパートも含まれています。この千日デパートというのは1972年に大規模な火災が起こり118人が死亡し、その後に取り壊された商業施設です。こっちの事件は以前に昭和の事件を調べていた際に印象に残ってて覚えていたのですが、それがまさか奈良ドリームランドと関係があったとは思いもよらず、せっかくなのでまとめて紹介してみようと思ったわけです。
ちなみに、この千日デパートの跡地には現在、ビッグカメラなんば店が建ってるそうです。こういう風に見てみると妙な現実感が湧いてくる。
・奈良ドリームランド(Wikipedia)
関西圏に住んでいたことのある人間には説明は要らないでしょう。それはかつて奈良市にあったテーマパークで、私と同年代の人間も小学校の遠足などで一度は訪れたことがあるはずです。少なくても私の周りの関西人はみんなそう言ってました。
では関西圏以外の人向けに解説を開始しますが、この奈良ドリームランドは実業家の松尾國三によって1961年に開業したテーマパークです。当時の日本は高度経済成長期まっただ中で松尾國三もそうした追い風を受けて一代で興行会社、そして不動産会社を経営するに至りました。そんな彼が何故テーマパーク事業に進出したのかというと、自分も意外だったのですがアメリカのディズニーランドを訪れたことがきっかけでした。
ディズニーランドを訪れた松尾國三は日本にもこのような娯楽施設が必要だと考え、ウォルト・ディズニーに直談判してノウハウ等の協力を要請しました。松尾側はこの際に「日本版ディズニーランドの開園許可を得た」、つまりフランチャイズ契約を結んだと主張し、実際にディズニー側から開園に向けた開発で技術スタッフの派遣を受けてはおりますが、ディズニー側の主張はこれとは少し異なり、「フランチャイズ契約料の交渉で折り合いがつかず破談となった」と述べているそうです。
この交渉が実際にどうだったかについては定かでない部分が多いですが、少なくとも松尾國三とウォルト・ディズニーが直接会ったのは間違いなく、そして当初はお互いに協力する方針であったのではないかと私は思います。ただ松尾側はアメリカにあるディズニーランド内で勝手に写真の撮影や測量を始めたりするなどしてディズニー側の顰蹙を買ったと言われ、その後の交渉でどうも行き詰まったような感じです。
なおこのような経緯があったことから現在の東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドがディズニーに対してフランチャイズ交渉をする際、「日本人はかつてディズニーランドをパクッた」などと言われ交渉が難航する原因になったとも言われています。もっとも、オリエンタルランドは日本で大成功を収めてますが。
話は戻って奈良ドリームランド。ディズニーとのすったもんだがあったものの開園にはこぎつけます。設立地はいうまでもなく奈良市ですがこれは他の都市に比べ奈良市が特に誘致に熱心だったことからですが、松尾國三は当初、人口の多い東京周辺に設立をする計画だったそうです。
開園後の奈良ドリームランドは当時としては珍しい乗り物を使ったアトラクションが多数あったことや日本初の本格的なテーマパークだったことから盛況となります。当時の状況について関西出身のうちの親父に聞いてみると、初めて行った時は本当に衝撃的だったらしく、このような楽しい場所がこの世にあるのかと思うような印象だったと話してました。親父も若かったんだな。
ただその後、似たようなテーマパークが乱立し、しかも奈良ドリームランドは奈良駅からバスで移動しなければならないという交通アクセスの不便さがたたり、時代を経るにつ入れて徐々に来園者数は減少していきます。特に交通アクセスの不便さについては近畿で最も人口の多い大阪から行くには遠すぎるというのがかなりネックだったそうで、USJが出来てからはその動きに拍車がかかっていきます。
この交通アクセスの問題はどこまでもついて回るようで、奈良ドリームランドに続いて1964年に作られた横浜ドリームランドでも同じ問題が起こっております。横浜ドリームランドはベッドタウン化が進む横浜市に設立されたのですが、こちらは時代が経るにつれて人口が急増し、周辺道路では大渋滞が日常茶飯事となり来園者の到達までの負担が非常に高かったそうです。しかも渋滞対策として1966年に導入した国鉄大船駅と結ぶモノレールは、技術上の欠陥によって運行開始からわずか1年5ヶ月で休止に追い込まれてます。今日はやけに頻出のうちの親父によるとこのモノレールを作ったのは東芝だったそうで、「東芝がやらかしたから閉園に追い込まれたんだ」とやけに悔しそうに言ってました。
兵どもが夢の址ではないですが、横浜ドリームランドは2002年に、奈良ドリームランドは2006年にそれぞれ経営悪化から閉園しております。ちょうどというか自分が学生として京都にいた際、この奈良ドリームランドだけでなく同じ奈良市にあったテーマパークの近鉄あやめ池遊園地も2004年に閉園し、目の前で関西のテーマパークがばたばた倒れるさまをまざまざと見せつけられていました。一応、志摩スペイン村とひらかたパーク、生駒山上遊園地はまだ存続して頑張ってますが。
私は奈良ドリームランドが閉園する数年前に京都へと渡ったのですが、自転車で奈良市を訪れた際に少し道を間違えたことから奈良ドリームランドの敷地近くを通りかかったことがありました。それまで関東育ちだったこともありこういう遊園地が関西にはあるんだな程度に思いませんでしたが、その後に関西の人たちと奈良ドリームランドについて話をするたびにみんなが楽しそうにその思い出を語るを見るにつけ、一回でもいいから遊びに行っておけばよかったと今は思います。そう言いつつも、残っている三つの遊園地にはどれも行ってないのですが。
最後にまた蛇足な内容を加えますが、松尾國三が起ち上げドリームランドを運営していたのはドリーム観光という会社ですが、この会社はいろんな事業をやっておりその運営施設の一つには千日デパートも含まれています。この千日デパートというのは1972年に大規模な火災が起こり118人が死亡し、その後に取り壊された商業施設です。こっちの事件は以前に昭和の事件を調べていた際に印象に残ってて覚えていたのですが、それがまさか奈良ドリームランドと関係があったとは思いもよらず、せっかくなのでまとめて紹介してみようと思ったわけです。
ちなみに、この千日デパートの跡地には現在、ビッグカメラなんば店が建ってるそうです。こういう風に見てみると妙な現実感が湧いてくる。
2013年8月31日土曜日
シリア情勢に対する所感
まず近況からですが、このところストレスがちょっとシャレにならないところまで来てます。詳細は語りませんがプライベートでいろいろ立て込んでいて、恐らくほかの人に話してものけぞってくれるだろうと思えるくらいの高ストレス下の環境に今置かれてます。もっとも、借金は抱えている人は私以上にプレッシャーがすごいのだろうし、そんなのに比べたらまだ全然甘い環境なのかもしれませんが。
ただこのストレス、今この時期に勉強で影響を与えているのが地味に苦しいです。というのも来週に中国語の資格試験があるので今日はヒアリングの勉強をしようとしましたが全く内容が頭に入ってこず、しょうがないので休息日と定めてまた漫画喫茶で過ごしました。
個人的な意見ですが外国語のヒアリング能力はストレスに物凄い関連する気がします。外国語自体が聞いてて少なからずストレスを覚える代物ですが、ストレスフルな状態だと聞き取り辛くなって余計にストレスの種となりやすいです。そう考えるだに、よく中国で長々暮らしてきたもんだとも思えるのですが。
話は本題に入りますが、内戦が起こっているシリアの情勢に関心が集まってきています。シリアでは現在、アサド政権による政府軍と反政府軍(反体制派)との間で内戦が起きているのですが、先日に政府軍が化学兵器を使用したとの情報が出始め、もし本当に使っていたのであれば軍事介入も辞さないという姿勢をアメリカをはじめとする欧米各国が見せています。
私自身はシリア情勢に詳しくないためあくまで手持ちの情報の範囲内で意見を述べますが、まず化学兵器が使われたかどうかについては「YES」というのが正直な感想です。現地のテレビ放送の映像でしかないですが攻撃を受けたという反体制派の被害者らの様子は手足がけいれんしているなど神経系のガスを吸ったような症状に見え、しかも数百人がそのような症状を出していると日本のメディアも現地で報じており、なんらかの化学兵器が使われたと素人としては思います。
ただ、その化学兵器が政府軍が使ったのかどうかについては議論の余地があります。人を疑ったら切りがないですが、反体制派が欧米の介入を促すために自作自演として使った可能性も否定できず、これから報告を行う要諦の国連調査団も使用者については言及しない指針を示しています。
一方、軍事介入をするべしと動き始めた欧米各国については一つ意見があります。意見というか日本のマスコミに言いたいことですが、なんでアメリカに対して皮肉の一つでも言わないのかちょっと呆れます。アメリカは独自の調査によってシリアの政府軍が化学兵器を使用したことがわかったと声高に主張して軍事介入にも積極的ではあるのですが、さすがイラク戦争の時に大量化学兵器があると主張しただけあると言いたいところです。しかもこういう軍事介入関連でアメリカは世論操作とか証拠捏造も厭わないほど強引な国でもあるだけに、私個人としては化学兵器が実際に使われたかどうかは別としてアメリカの調査というのは信用できません。
話しの焦点を一点にまとめると、今後に欧米の軍事介入が行われるかどうかに尽きるでしょう。これに関しては現時点ではさすがに判断できませんが、昨日のNHKの報道によるとアメリカ、イギリス、フランスの三ヶ国の調査ではどの国の国民も軍事介入に反対する回答が賛成を上回ったそうです。そしてイギリスではキャメロン首相による軍事介入実行の動議に対して議会が否決し、調査結果を裏付ける事態になっております。
ただいざとなったらアメリカという国は単独でも軍事介入をする可能性が高く、イギリスが不参加だとしても介入が起こる可能性はまだあると思えます。では介入が起こったらどうなるのか、真っ先に考えられるのは原油価格の高騰とかですが現時点でもう内戦も起きて長いし、ほかの産油国も安定供給を行うと既に宣言しているのでこの辺はまだ安心してもいいのかなという気がします。実際どうなるかは起こってみるまで分かりませんが。
最後に私個人の意見として、仮に化学兵器が実際に使われていたとしても他国がシリアに軍事介入をするべきではないと思います。もし政府軍、反政府軍のどちらか片一方が化学兵器を今後も継続して使用するのであれば話は別ですが、そうでなければほかの国はこれ以上民間人の虐殺が起きないように監視をしっかり行い続けるにとどめるべきでしょう。絡まった糸を無理やりほどこうとすれば今のイラクの様に必ず綻びが出来るのだし。
ただこのストレス、今この時期に勉強で影響を与えているのが地味に苦しいです。というのも来週に中国語の資格試験があるので今日はヒアリングの勉強をしようとしましたが全く内容が頭に入ってこず、しょうがないので休息日と定めてまた漫画喫茶で過ごしました。
個人的な意見ですが外国語のヒアリング能力はストレスに物凄い関連する気がします。外国語自体が聞いてて少なからずストレスを覚える代物ですが、ストレスフルな状態だと聞き取り辛くなって余計にストレスの種となりやすいです。そう考えるだに、よく中国で長々暮らしてきたもんだとも思えるのですが。
話は本題に入りますが、内戦が起こっているシリアの情勢に関心が集まってきています。シリアでは現在、アサド政権による政府軍と反政府軍(反体制派)との間で内戦が起きているのですが、先日に政府軍が化学兵器を使用したとの情報が出始め、もし本当に使っていたのであれば軍事介入も辞さないという姿勢をアメリカをはじめとする欧米各国が見せています。
私自身はシリア情勢に詳しくないためあくまで手持ちの情報の範囲内で意見を述べますが、まず化学兵器が使われたかどうかについては「YES」というのが正直な感想です。現地のテレビ放送の映像でしかないですが攻撃を受けたという反体制派の被害者らの様子は手足がけいれんしているなど神経系のガスを吸ったような症状に見え、しかも数百人がそのような症状を出していると日本のメディアも現地で報じており、なんらかの化学兵器が使われたと素人としては思います。
ただ、その化学兵器が政府軍が使ったのかどうかについては議論の余地があります。人を疑ったら切りがないですが、反体制派が欧米の介入を促すために自作自演として使った可能性も否定できず、これから報告を行う要諦の国連調査団も使用者については言及しない指針を示しています。
一方、軍事介入をするべしと動き始めた欧米各国については一つ意見があります。意見というか日本のマスコミに言いたいことですが、なんでアメリカに対して皮肉の一つでも言わないのかちょっと呆れます。アメリカは独自の調査によってシリアの政府軍が化学兵器を使用したことがわかったと声高に主張して軍事介入にも積極的ではあるのですが、さすがイラク戦争の時に大量化学兵器があると主張しただけあると言いたいところです。しかもこういう軍事介入関連でアメリカは世論操作とか証拠捏造も厭わないほど強引な国でもあるだけに、私個人としては化学兵器が実際に使われたかどうかは別としてアメリカの調査というのは信用できません。
話しの焦点を一点にまとめると、今後に欧米の軍事介入が行われるかどうかに尽きるでしょう。これに関しては現時点ではさすがに判断できませんが、昨日のNHKの報道によるとアメリカ、イギリス、フランスの三ヶ国の調査ではどの国の国民も軍事介入に反対する回答が賛成を上回ったそうです。そしてイギリスではキャメロン首相による軍事介入実行の動議に対して議会が否決し、調査結果を裏付ける事態になっております。
ただいざとなったらアメリカという国は単独でも軍事介入をする可能性が高く、イギリスが不参加だとしても介入が起こる可能性はまだあると思えます。では介入が起こったらどうなるのか、真っ先に考えられるのは原油価格の高騰とかですが現時点でもう内戦も起きて長いし、ほかの産油国も安定供給を行うと既に宣言しているのでこの辺はまだ安心してもいいのかなという気がします。実際どうなるかは起こってみるまで分かりませんが。
最後に私個人の意見として、仮に化学兵器が実際に使われていたとしても他国がシリアに軍事介入をするべきではないと思います。もし政府軍、反政府軍のどちらか片一方が化学兵器を今後も継続して使用するのであれば話は別ですが、そうでなければほかの国はこれ以上民間人の虐殺が起きないように監視をしっかり行い続けるにとどめるべきでしょう。絡まった糸を無理やりほどこうとすれば今のイラクの様に必ず綻びが出来るのだし。
2013年8月29日木曜日
韓国の近現代史~その二十三、南北首脳会談
前回記事から金泳三から金大中政権へと時代が移りましたが、金大中政権で特筆すべきはその外交政策こと太陽政策でしょう。この太陽政策とはなんなのか簡単に説明すると、それまでの韓国にとって不倶戴天の敵と言ってもいい北朝鮮に対して文化交流や経済支援を行っていくことによって融和ムードを作るという、グリム童話の「北風と太陽」に例を採った政策を指します。
具体的な政策としては北朝鮮内にあるケソン工業団地への韓国企業の進出、資金や食料支援、離散家族の再会事業などがありますが、これらの政策目的は南北統一というよりも極端に広がってしまった南北の経済格差を埋めるということが主目的だったと思います。現状でもそうですが仮に韓国と北朝鮮が統合された場合、極端に遅れた北朝鮮のインフラ整備が大きな経済負担になるのは目に見えており、どうせ北朝鮮はいつか自滅するのだからそれまでに格差を埋めようっていうのが本音でしょう。
とはいえ太陽政策は北朝鮮にとっても都合がよく、韓国に対する態度は一時期と比べればこの時期は随分と軟化したと私も見ております。その最たる例が今回取り上げる南北首脳会談で、金大中をノーベル賞受賞に導いた一発です。
・南北首脳会談(Wikipedia)
韓国と北朝鮮の首脳同士による初の会談は2000年6月、両国の協議によって実現しました。会談は韓国側の金大中大統領が赴く形で平壌にて行われましたが、あまり表に出ないことで有名だった金正日総書記もメディアの前で笑顔を見せるなどして南北統一に大きな期待感が高まりました。
当時の状況ですが実はよく覚えていて、確か会談数日前になって突然北朝鮮側が日程延期を申し出ていたはずです。当時の専門家によると会談予定を変更することでイニシアチブを握ろうとする北朝鮮の策略だと指摘されましたが、韓国側もこの延期を了承し、見えるところでは目立った混乱はありませんでした。韓国側メディアも、「歴史的な日が一日延びただけだ」と言ってたし。
あと印象に残った発言として、平壌を泊まり込みで訪れた金大中大統領に対して金正日が「こっち(平壌)の環境はどうだ」と聞いて、「冷麺がおいしい」と金大中が答えると、「冷麺は一気に食べるとよりおいしく食べれますよ」などと金正日が応答していたのを覚えています。なんでこんなやり取りを覚えているのかが一番不思議ですが。
会談自体は6月13~15日の間に開かれ、期間中は特に大きな混乱もなく東西ドイツの様に近朝鮮半島も統一されるのではないかという期待感が世界中に現れました。もっとも北朝鮮側としては統一に動く気なぞ全くなく、韓国からの援助を受け取るためにこれらのムードを利用したのが実情であるように思え、この会談の後に米国でブッシュ政権が生まれ「悪の枢軸」に指名されてからはそれ以前より先鋭化していくこととなります。
最後に、金大中はこの南北首脳会談で先ほども書いた通りにノーベル賞を受賞しますが、そのつけは決して安くはありませんでした。階段から三年後の2003年、会談の直前にヒュンダイグループから北朝鮮に対して5億ドルもの不正送金がなされていたことが明るみに出ます。この送金は韓国政府から会談に応じた北朝鮮への謝礼とみられていましたが、後の盧武鉉政権が捜査を揉み消したことによって真相解明はなされていません。もっとも揉み消したほどだったのだから図星だったのでしょうけど。
具体的な政策としては北朝鮮内にあるケソン工業団地への韓国企業の進出、資金や食料支援、離散家族の再会事業などがありますが、これらの政策目的は南北統一というよりも極端に広がってしまった南北の経済格差を埋めるということが主目的だったと思います。現状でもそうですが仮に韓国と北朝鮮が統合された場合、極端に遅れた北朝鮮のインフラ整備が大きな経済負担になるのは目に見えており、どうせ北朝鮮はいつか自滅するのだからそれまでに格差を埋めようっていうのが本音でしょう。
とはいえ太陽政策は北朝鮮にとっても都合がよく、韓国に対する態度は一時期と比べればこの時期は随分と軟化したと私も見ております。その最たる例が今回取り上げる南北首脳会談で、金大中をノーベル賞受賞に導いた一発です。
・南北首脳会談(Wikipedia)
韓国と北朝鮮の首脳同士による初の会談は2000年6月、両国の協議によって実現しました。会談は韓国側の金大中大統領が赴く形で平壌にて行われましたが、あまり表に出ないことで有名だった金正日総書記もメディアの前で笑顔を見せるなどして南北統一に大きな期待感が高まりました。
当時の状況ですが実はよく覚えていて、確か会談数日前になって突然北朝鮮側が日程延期を申し出ていたはずです。当時の専門家によると会談予定を変更することでイニシアチブを握ろうとする北朝鮮の策略だと指摘されましたが、韓国側もこの延期を了承し、見えるところでは目立った混乱はありませんでした。韓国側メディアも、「歴史的な日が一日延びただけだ」と言ってたし。
あと印象に残った発言として、平壌を泊まり込みで訪れた金大中大統領に対して金正日が「こっち(平壌)の環境はどうだ」と聞いて、「冷麺がおいしい」と金大中が答えると、「冷麺は一気に食べるとよりおいしく食べれますよ」などと金正日が応答していたのを覚えています。なんでこんなやり取りを覚えているのかが一番不思議ですが。
会談自体は6月13~15日の間に開かれ、期間中は特に大きな混乱もなく東西ドイツの様に近朝鮮半島も統一されるのではないかという期待感が世界中に現れました。もっとも北朝鮮側としては統一に動く気なぞ全くなく、韓国からの援助を受け取るためにこれらのムードを利用したのが実情であるように思え、この会談の後に米国でブッシュ政権が生まれ「悪の枢軸」に指名されてからはそれ以前より先鋭化していくこととなります。
最後に、金大中はこの南北首脳会談で先ほども書いた通りにノーベル賞を受賞しますが、そのつけは決して安くはありませんでした。階段から三年後の2003年、会談の直前にヒュンダイグループから北朝鮮に対して5億ドルもの不正送金がなされていたことが明るみに出ます。この送金は韓国政府から会談に応じた北朝鮮への謝礼とみられていましたが、後の盧武鉉政権が捜査を揉み消したことによって真相解明はなされていません。もっとも揉み消したほどだったのだから図星だったのでしょうけど。
2013年8月28日水曜日
政治分野の国際報道について
のっけから頭痛で調子が悪いですが、前々から書きたかったことなので今日はちょっと重いテーマを取り上げます。
このブログで何度も書いているように私は去年まで上海にいて、そこで経済紙の記者をしておりました。取り扱う話題は経済紙なだけに経済ニュースだけで政治ニュースに関しては当局の検閲もあったために書くことはありませんでしたが、香港に長期出張した際は何書いても自由だったので政治記事もちょくちょく書いておりました。
ただ香港の政治記事と言ってもはっきり言って私は香港の政治事情なぞ素人と言ってもよく、当時の行政長官がドナルド・ツァンという蝶ネクタイを付けることで有名な人物である事すらも知りませんでした。そのため私が書く政治記事というのは編集長にいろいろ教えてもらったり、サウス・チャイナ・モーニングポストなど現地の有力紙に書かれている政治記事に題材をとったものばかりだったのが実情です。
ここで話は上海に戻りますが、大手新聞社の中国支局にいる記者は必ずしも中国の専門家であるわけではありません。下手すれば中国語も知らず、現地に赴任してから習い始める人だっています。そんな中国語もわからない人がどうやって中国記事を書くのかというと、日本語、中国語のできるアシスタントに現地記事を翻訳してもらったりして文章を組み立てるわけなのですが、自分一人でも翻訳作業が出来るようになるころには配置換えで転任ということもあり得ます。
ここで私が何を言いたいのか重ねて述べると、中国記事を書く記者は必ずしも中国事情の専門家ではないということです。なので、経済記事などその時に起きた事実関係を書くだけであればそんなに支障はありませんが、過去の累積がモノを言う政治記事ともなると独自の目線で書くことは難しく、当たり障りがないように現地有力誌の政治記事、またはその解釈をそのまま翻訳して報じてしまうことも珍しくないのです。これは何も中国に限らなくても、日本におけるアメリカの政治報道でニューヨークタイムズからの引用がやたらと多いのもこういうところにある気がします。
ここでまた話が飛びますが、このところの中国や韓国の現地報道でやたらと安倍政権の右傾化が取り沙汰されております。ただはっきりと書いてしまえば、安倍政権が何を以ってして右傾化しているかということについてはどの記事も根拠が薄弱としか言いようがなく、これらの報道もお門違いな内容が少なくありません。
代表的なのは憲法改正に関する指摘で、よく安倍政権は憲法を改正して日本を軍事国家に変えようとしていると報じられていますがかつての民主党政権ですら憲法改正に向けて取り組んでおりました。このほか靖国神社に対する態度も安倍首相は玉串料を出したものの小泉元首相が実行した参拝は控えるなど配慮を見せておりますが、こうした配慮を現地報道は無視しているのではと思える節があります。
ここでようやく最後の本題となりますが、一体何故、安倍政権によって日本が右傾化していると中国や韓国のメディアは報じるのか。私個人の勝手な意見を述べると日本の政治記事を書く海外メディアの記者は必ずしも日本の専門家ではなく、日本の有力紙をそのまま翻訳して自国に報じているためではないかと思います。ではその翻訳する有力紙は何か、これもはっきり書いてしまえば朝日新聞なのではないかと思います。
頭痛のせいかさっきからやたらと同じフレーズを使いますが、はっきり書いてしまえば最近の朝日新聞の安倍政権に対する報道は偏向が過ぎると言っても差し支えありません。就任前のカレー事件はもとより、もはや感情的といってもいいほど安倍政権に対する報じ方は極端に批判的で、そんな朝日新聞を参考にする海外メディアがいるから妙な形で安倍政権は無用な批判を受けているのではないかとこのところ思う次第です。
書き終ってから言うのもあれですが、頭痛起こしながら書く記事じゃないですね。
このブログで何度も書いているように私は去年まで上海にいて、そこで経済紙の記者をしておりました。取り扱う話題は経済紙なだけに経済ニュースだけで政治ニュースに関しては当局の検閲もあったために書くことはありませんでしたが、香港に長期出張した際は何書いても自由だったので政治記事もちょくちょく書いておりました。
ただ香港の政治記事と言ってもはっきり言って私は香港の政治事情なぞ素人と言ってもよく、当時の行政長官がドナルド・ツァンという蝶ネクタイを付けることで有名な人物である事すらも知りませんでした。そのため私が書く政治記事というのは編集長にいろいろ教えてもらったり、サウス・チャイナ・モーニングポストなど現地の有力紙に書かれている政治記事に題材をとったものばかりだったのが実情です。
ここで話は上海に戻りますが、大手新聞社の中国支局にいる記者は必ずしも中国の専門家であるわけではありません。下手すれば中国語も知らず、現地に赴任してから習い始める人だっています。そんな中国語もわからない人がどうやって中国記事を書くのかというと、日本語、中国語のできるアシスタントに現地記事を翻訳してもらったりして文章を組み立てるわけなのですが、自分一人でも翻訳作業が出来るようになるころには配置換えで転任ということもあり得ます。
ここで私が何を言いたいのか重ねて述べると、中国記事を書く記者は必ずしも中国事情の専門家ではないということです。なので、経済記事などその時に起きた事実関係を書くだけであればそんなに支障はありませんが、過去の累積がモノを言う政治記事ともなると独自の目線で書くことは難しく、当たり障りがないように現地有力誌の政治記事、またはその解釈をそのまま翻訳して報じてしまうことも珍しくないのです。これは何も中国に限らなくても、日本におけるアメリカの政治報道でニューヨークタイムズからの引用がやたらと多いのもこういうところにある気がします。
ここでまた話が飛びますが、このところの中国や韓国の現地報道でやたらと安倍政権の右傾化が取り沙汰されております。ただはっきりと書いてしまえば、安倍政権が何を以ってして右傾化しているかということについてはどの記事も根拠が薄弱としか言いようがなく、これらの報道もお門違いな内容が少なくありません。
代表的なのは憲法改正に関する指摘で、よく安倍政権は憲法を改正して日本を軍事国家に変えようとしていると報じられていますがかつての民主党政権ですら憲法改正に向けて取り組んでおりました。このほか靖国神社に対する態度も安倍首相は玉串料を出したものの小泉元首相が実行した参拝は控えるなど配慮を見せておりますが、こうした配慮を現地報道は無視しているのではと思える節があります。
ここでようやく最後の本題となりますが、一体何故、安倍政権によって日本が右傾化していると中国や韓国のメディアは報じるのか。私個人の勝手な意見を述べると日本の政治記事を書く海外メディアの記者は必ずしも日本の専門家ではなく、日本の有力紙をそのまま翻訳して自国に報じているためではないかと思います。ではその翻訳する有力紙は何か、これもはっきり書いてしまえば朝日新聞なのではないかと思います。
頭痛のせいかさっきからやたらと同じフレーズを使いますが、はっきり書いてしまえば最近の朝日新聞の安倍政権に対する報道は偏向が過ぎると言っても差し支えありません。就任前のカレー事件はもとより、もはや感情的といってもいいほど安倍政権に対する報じ方は極端に批判的で、そんな朝日新聞を参考にする海外メディアがいるから妙な形で安倍政権は無用な批判を受けているのではないかとこのところ思う次第です。
書き終ってから言うのもあれですが、頭痛起こしながら書く記事じゃないですね。
2013年8月25日日曜日
不快な24時間テレビについて
現在、毎年の恒例行事というか24時間テレビが横のテレビで放映されて下りますが、はっきり言って不快この上ないというのが私の意見です。この番組の欺瞞性については以前にも「発展途上国への支援のあり方」の記事の中で砒素中毒患者を量産させてしまった点などを批判しておりますが、あれだけのことをしでかしておきながらいまだのうのうと同じ番組を放映する神経が理解できません。
愚痴ってばかりでもよくはないと思いますが、ネット上を見る限りだとこの番組への批判は年々高まっているように思えます。いちいちあげるのもばかばかしいですがチャリティー番組であるにもかかわらずゲストに出演料が支払われる点など理解できず、昨今のテレビ視聴率の低下はこうした市庁舎の意見に向き合わないテレビ局の姿勢にも原因があるような気がします。
ちょっと調子がよくないのと、事情があって長く掛けないのでここらで筆を置きますが、そろそろこういうテレビ番組を揺るスポンサーも社会責任が求められるべき時期に来ていると思います。なお更新は明日、明後日も休む可能性があり、正式再開は水曜以降です。
愚痴ってばかりでもよくはないと思いますが、ネット上を見る限りだとこの番組への批判は年々高まっているように思えます。いちいちあげるのもばかばかしいですがチャリティー番組であるにもかかわらずゲストに出演料が支払われる点など理解できず、昨今のテレビ視聴率の低下はこうした市庁舎の意見に向き合わないテレビ局の姿勢にも原因があるような気がします。
ちょっと調子がよくないのと、事情があって長く掛けないのでここらで筆を置きますが、そろそろこういうテレビ番組を揺るスポンサーも社会責任が求められるべき時期に来ていると思います。なお更新は明日、明後日も休む可能性があり、正式再開は水曜以降です。
2013年8月22日木曜日
「はだしのゲン」の閲覧制限問題について
・はだしのゲン ほとんどの小中学校で閲覧不可(NHKニュースWEB)
昨夜、ブログのSEO対策をどうすればいいかと友人が相談してきたので、「こうすればいいのよ( ´ノД`)コッソリ」と何故か女言葉でいうような感じで具体例を示そうと思ったので、今日は議論となっている漫画「はだしのゲン」の閲覧制限問題について私の意見を書こうかと思います。結論から書くと、「閲覧制限?別にいいんじゃない」っていうのが私の意見です。
まず「はだしのゲン」については説明を省略し、今騒がれている問題についてだけ簡単に説明します。この問題は松江市の教育委員会が「はだしのゲン」の中に過激な描写が含まれることを理由に市内の小中学校に対し児童・生徒が自由に読めないようにする措置を取っていたことに対し批判が起こり、同じような措置を取っていた鳥取市も槍玉に挙げられるなどホットな話題となってます。
批判する方々の意見をまとめると、原爆投下時の状況を描いた「はだしのゲン」は原爆被害の恐ろしさを知る上でわかりやすく、知名度の高い良質な作品なのにどうして見せないのかといったものが多く、また読む読まないは子供自身に選ばせるべきであって教育委員会が検閲の様に書架から降ろすのは筋違いだ、というのが大半かと思えます。こうした批判を受け松江市ではやや過剰な措置だったとして謝罪しており、近く小中学校向けに出した閲覧制限の要請を撤回するものとみられています。
それでこっからが私の意見ですが、最初に書いた通りに閲覧制限するというのならそれはそれでいいのではというのが偽らざる気持ちです。恐らく、私のことを知っている人間なら「むしろこういう閲覧制限とかに反発するのが花園君なのに」などと意外に感じるのではないかと思いますし、私としても普通だったら逆の立場を必ず取るでしょう。にもかかわらず何故今回に限って松江市教育委員会の方を持つのかというと、私も「はだしのゲン」に関してはやや問題のある作品の様に感じるからです。
確かに「はだしのゲン」は脚色が多少混じっているとはいえ前半部は原爆投下の前後が描かれ、当時の広島の状況を知るに当たって漫画作品というのは手に取りやすく申し分がありません。描写に関しても確かに死傷者や放射能被害を受ける人間が出てくるなど過激といえば過激な所もありますが、私は現実はもっと残酷だと思うのでこの辺は問題があるとは考えていません。
問題なのは中盤から後半にかけてのストーリーです。この辺の事情は知ってる人には早いですが、「はだしのゲン」は当初、少年ジャンプで連載がスタートしましたがその後紆余曲折あって掲載誌を変えております。その影響からというのか途中から明らかにストーリーが偏り出し、好きな風に言わせてもらうと原爆に対する少年の物語だったのがいつの間にか広島のヤクザ物語になってしまっているように見え、厳しい言い方をすれば「蛇足」という評価が非常に似合う作品だと私は見ています。
なので、原爆に関する本であればなにも「はだしのゲン」に限らなくてもほかにもあるのだし、しょうもないヤクザ関連の話が続いてしまうこの作品を何が何でも小中学校に置く理由はなく、置いてたっていいけど閉架にするのならそれも一理あるかなと思ってしまうわけです。前半部だけ公開するという手もありますが、なんかそこまで手を込むのもなぁって気もするし。
ちなみにここだけの話ですが、私は小中高のどの期間においても図書館をあまり利用しない子供でした。よくいろんなこと知っているんだからたくさん本を読んでいるのでしょうなどと誉めてもらえますが、実は笑っちゃうくらい読書量が少なかったりします。
じゃあどこから知識を得たのか、ゲームとかからかなどと詮索されますがぶっちゃけ自分にもよくわからず、強いて言うとしたら一度見聞きしたことをやけに長く記憶できるからじゃないかと考えてます。それなので読書に関してはあまりえらそうに言える立場でないことを踏まえ、この記事に関してはまた変なことを言っているよと軽く流してもらえればありがたいです。
昨夜、ブログのSEO対策をどうすればいいかと友人が相談してきたので、「こうすればいいのよ( ´ノД`)コッソリ」と何故か女言葉でいうような感じで具体例を示そうと思ったので、今日は議論となっている漫画「はだしのゲン」の閲覧制限問題について私の意見を書こうかと思います。結論から書くと、「閲覧制限?別にいいんじゃない」っていうのが私の意見です。
まず「はだしのゲン」については説明を省略し、今騒がれている問題についてだけ簡単に説明します。この問題は松江市の教育委員会が「はだしのゲン」の中に過激な描写が含まれることを理由に市内の小中学校に対し児童・生徒が自由に読めないようにする措置を取っていたことに対し批判が起こり、同じような措置を取っていた鳥取市も槍玉に挙げられるなどホットな話題となってます。
批判する方々の意見をまとめると、原爆投下時の状況を描いた「はだしのゲン」は原爆被害の恐ろしさを知る上でわかりやすく、知名度の高い良質な作品なのにどうして見せないのかといったものが多く、また読む読まないは子供自身に選ばせるべきであって教育委員会が検閲の様に書架から降ろすのは筋違いだ、というのが大半かと思えます。こうした批判を受け松江市ではやや過剰な措置だったとして謝罪しており、近く小中学校向けに出した閲覧制限の要請を撤回するものとみられています。
それでこっからが私の意見ですが、最初に書いた通りに閲覧制限するというのならそれはそれでいいのではというのが偽らざる気持ちです。恐らく、私のことを知っている人間なら「むしろこういう閲覧制限とかに反発するのが花園君なのに」などと意外に感じるのではないかと思いますし、私としても普通だったら逆の立場を必ず取るでしょう。にもかかわらず何故今回に限って松江市教育委員会の方を持つのかというと、私も「はだしのゲン」に関してはやや問題のある作品の様に感じるからです。
確かに「はだしのゲン」は脚色が多少混じっているとはいえ前半部は原爆投下の前後が描かれ、当時の広島の状況を知るに当たって漫画作品というのは手に取りやすく申し分がありません。描写に関しても確かに死傷者や放射能被害を受ける人間が出てくるなど過激といえば過激な所もありますが、私は現実はもっと残酷だと思うのでこの辺は問題があるとは考えていません。
問題なのは中盤から後半にかけてのストーリーです。この辺の事情は知ってる人には早いですが、「はだしのゲン」は当初、少年ジャンプで連載がスタートしましたがその後紆余曲折あって掲載誌を変えております。その影響からというのか途中から明らかにストーリーが偏り出し、好きな風に言わせてもらうと原爆に対する少年の物語だったのがいつの間にか広島のヤクザ物語になってしまっているように見え、厳しい言い方をすれば「蛇足」という評価が非常に似合う作品だと私は見ています。
なので、原爆に関する本であればなにも「はだしのゲン」に限らなくてもほかにもあるのだし、しょうもないヤクザ関連の話が続いてしまうこの作品を何が何でも小中学校に置く理由はなく、置いてたっていいけど閉架にするのならそれも一理あるかなと思ってしまうわけです。前半部だけ公開するという手もありますが、なんかそこまで手を込むのもなぁって気もするし。
ちなみにここだけの話ですが、私は小中高のどの期間においても図書館をあまり利用しない子供でした。よくいろんなこと知っているんだからたくさん本を読んでいるのでしょうなどと誉めてもらえますが、実は笑っちゃうくらい読書量が少なかったりします。
じゃあどこから知識を得たのか、ゲームとかからかなどと詮索されますがぶっちゃけ自分にもよくわからず、強いて言うとしたら一度見聞きしたことをやけに長く記憶できるからじゃないかと考えてます。それなので読書に関してはあまりえらそうに言える立場でないことを踏まえ、この記事に関してはまた変なことを言っているよと軽く流してもらえればありがたいです。
2013年8月21日水曜日
「伊達直人運動」について
・「伊達直人」が施設に演奏会をプレゼント(読売新聞)
「伊達直人運動」とは何か、といっても説明する必要はあまりないかと思います。これは数年前より突如として始まった慈善活動の一つで、漫画「タイガーマスク」の主人公である伊達直人の名を名乗ることで児童施設などへ匿名で寄付や贈り物をする運動を指します。発端は確かどこかで、伊達直人の名を名乗る人物が児童施設にランドセルを贈ったことが大きく報じられ、追随する人間が各地で現れた事からですが、特筆すべきは一過性の運動にとどまらずここ数年間、特にクリスマスなどの真冬のシーズンに毎年伊達直人が現れることにあるでしょう。以前にこの運動について書かれたエッセイで、「国家による社会保障が先細る中、市民同士のこうした運動が新たな社会的セーフティネットになるのではないかと期待している」という文言がありましたが、そのエッセイストの見方には間違いはなかったと私も考えております。
石原慎太郎氏などは日本人は年々駄目になってきた、自分の儲けしか考えなくなったなどと否定的に語ることが多いですが、私自身としてはこうした伊達直人運動を筆頭に、社会意識的には少なくとも悪い方向には向かってないように思えます。今回引用した記事のニュースでも、障害者施設にコンサートをプレゼントしたいという提案を受けたフルート奏者の石坂美佳さんが他の演奏者に呼びかけて本当に実行するなど、聞いてて頭が下がる思いがします。
実際に見たわけではありませんが、こうした福祉施設などへの寄付は欧米、特にアメリカだと非常に盛んで、社会の監視の目も強いからというべきかそこそこ資産に余裕がある層はこういうところに寄付しないと逆に叩かれるそうで、「ちゃんと寄付してますよ」とばかりにちゃんと名前を出すそうです。
個人的な考え方としては、昨今の伊達直人運動も「俺が、伊達直人だ」とばかりに寄付者も堂々と名乗り出て寄付をする方がいいような気がします。以前にも寄付者がはっきりせず、せっかくの贈り物も拾得物扱いになってすぐに受け取ることが出来なかったということもありましたし、活動を指す一般名称は「伊達直人運動」のままでいいからこの点をもう少しマシにした方がいいのではと前から思っています。
で、言いにくいことを言うからこのブログなんですが、なんで寄付者がわざわざ匿名にしようとするのかというとやはり、「寄付するなんてええかっこしい、下心があるのでは」などという声が飛んできそうな日本の社会性があるかと思います。現実にこういう批判が飛んでくるとは限らないですが、もし自分が寄付をしようとするなら「もしかしたらこういう声が飛んでくるのでは」などと気にします。こういう懸念を払しょくするためにも、もっと寄付しようとする人間を実行に促すためにも全国の伊達直人のみなさんには堂々と名前を名乗ってもらいたいと個人的に願ってます。
あと寄付の仕方についてももう一点。クリスマスなどのイベント時に贈り物をするというのは確かにいい思い出になりますし素晴らしいと思いますが、施設の運営者たちの観点からするとスポット的にドカッと贈り物をしてもらうよりも、少額でも定期的、具体的には毎年とか毎月に寄付金を送ってくれる方が助かるそうです。そうした運営者の立場に立った、地味だけど重要な寄付行為を行ってくれ、さらに堂々と名乗る伊達直人の出現も陰ながら心待ちにします。
「伊達直人運動」とは何か、といっても説明する必要はあまりないかと思います。これは数年前より突如として始まった慈善活動の一つで、漫画「タイガーマスク」の主人公である伊達直人の名を名乗ることで児童施設などへ匿名で寄付や贈り物をする運動を指します。発端は確かどこかで、伊達直人の名を名乗る人物が児童施設にランドセルを贈ったことが大きく報じられ、追随する人間が各地で現れた事からですが、特筆すべきは一過性の運動にとどまらずここ数年間、特にクリスマスなどの真冬のシーズンに毎年伊達直人が現れることにあるでしょう。以前にこの運動について書かれたエッセイで、「国家による社会保障が先細る中、市民同士のこうした運動が新たな社会的セーフティネットになるのではないかと期待している」という文言がありましたが、そのエッセイストの見方には間違いはなかったと私も考えております。
石原慎太郎氏などは日本人は年々駄目になってきた、自分の儲けしか考えなくなったなどと否定的に語ることが多いですが、私自身としてはこうした伊達直人運動を筆頭に、社会意識的には少なくとも悪い方向には向かってないように思えます。今回引用した記事のニュースでも、障害者施設にコンサートをプレゼントしたいという提案を受けたフルート奏者の石坂美佳さんが他の演奏者に呼びかけて本当に実行するなど、聞いてて頭が下がる思いがします。
実際に見たわけではありませんが、こうした福祉施設などへの寄付は欧米、特にアメリカだと非常に盛んで、社会の監視の目も強いからというべきかそこそこ資産に余裕がある層はこういうところに寄付しないと逆に叩かれるそうで、「ちゃんと寄付してますよ」とばかりにちゃんと名前を出すそうです。
個人的な考え方としては、昨今の伊達直人運動も「俺が、伊達直人だ」とばかりに寄付者も堂々と名乗り出て寄付をする方がいいような気がします。以前にも寄付者がはっきりせず、せっかくの贈り物も拾得物扱いになってすぐに受け取ることが出来なかったということもありましたし、活動を指す一般名称は「伊達直人運動」のままでいいからこの点をもう少しマシにした方がいいのではと前から思っています。
で、言いにくいことを言うからこのブログなんですが、なんで寄付者がわざわざ匿名にしようとするのかというとやはり、「寄付するなんてええかっこしい、下心があるのでは」などという声が飛んできそうな日本の社会性があるかと思います。現実にこういう批判が飛んでくるとは限らないですが、もし自分が寄付をしようとするなら「もしかしたらこういう声が飛んでくるのでは」などと気にします。こういう懸念を払しょくするためにも、もっと寄付しようとする人間を実行に促すためにも全国の伊達直人のみなさんには堂々と名前を名乗ってもらいたいと個人的に願ってます。
あと寄付の仕方についてももう一点。クリスマスなどのイベント時に贈り物をするというのは確かにいい思い出になりますし素晴らしいと思いますが、施設の運営者たちの観点からするとスポット的にドカッと贈り物をしてもらうよりも、少額でも定期的、具体的には毎年とか毎月に寄付金を送ってくれる方が助かるそうです。そうした運営者の立場に立った、地味だけど重要な寄付行為を行ってくれ、さらに堂々と名乗る伊達直人の出現も陰ながら心待ちにします。
2013年8月20日火曜日
失業を気にしない欧州の若者
昨日、故あって「フランスの日々」のSophieさん、スピリチュアルにはまりきっている私の友人との三人でカレーを食べに行きました。どうでもいいですが上海にもインド人が経営するカレー屋がありよく行ってましたが、インド人店員と中国語で話をする際に「なんだかなぁ」って気に何度もさせられました。もっとも相手があんまり中国語上手くないので、途中で英語に切り替えたりもしましたが。
話は戻りますが折角だからとばかりにSophieさんにあれこれフランスの生の状況を聞こうと意気込んで行ったわけですが、いくつか聞いた話でブログに使えそうなものとしてお題に掲げた向こうの若者の失業の話があります。日本での報道でも知ってはいましたが改めて確認した所、フランスでは失業率が10%を超えており、若者に限ると25%以上、実に4人に一人が失業者というくらいで街は無職に溢れているそうです。
そんな風に話が進んだところで私の友人が、「向こうの無職の若者は普段、なにをしているわけ?」と尋ねたところ、「日向ぼっこしたり、本読んでる」というSophieさんの回答。Sophieさんによると、向こうでは無職の若者がそこらじゅうにいるわけだから本人らは自分が無職であることを気にせず、また日本と違ってフランスでは無職であるのは個人の問題ではなく社会の問題と考えるため悲観的な人はほとんどいないそうです。
となると、日本で無職の人が体面を気にするのはこういうところにあるのかと思った次第です。日本でも若者の失業が問題だと言われつつもせいぜい10%前後で、フランスと比べるとまだまだ低い水準です。仮にこの数値が20%くらいにまで上がれば本人らも気にしないというか、「俺は悪くない」と開き直れて若者の自殺率も改善するのではないかと思ったわけです。もっとも、若者の自殺を減らすために無職を増やせと言うのは本末転倒過ぎるが。
ただこれに限らなくても日本人はライフコースをとかく固定的に考え過ぎな気はします。結婚適齢期やら大学入学年度などまともな人生はこうあるべき、それ以外はすべて価値がないと私に言わせれば妄信的に信じ込んでいる節があり、もう少し「他人は他人、自分は自分」と人生を幅広く受け入れないと自分が不幸になるだけだと言いたいです。
あと最後に蛇足ですが、昨夜の会談の最中にお金と幸せの関係も議題に上がりました。Sophieさん曰く、フランス人は日本人以上にお金と幸福がつながらないという価値観が強く、行ってしまえば商売下手なところがあるそうです。それに対して中国人はリアルに「お金=幸せ」と考えるほどの模範的といえるくらい資本主義に染まってて、「お金さえあればもう何もいらない」と本気で言うよねということで何故か私と一致しました。
話は戻りますが折角だからとばかりにSophieさんにあれこれフランスの生の状況を聞こうと意気込んで行ったわけですが、いくつか聞いた話でブログに使えそうなものとしてお題に掲げた向こうの若者の失業の話があります。日本での報道でも知ってはいましたが改めて確認した所、フランスでは失業率が10%を超えており、若者に限ると25%以上、実に4人に一人が失業者というくらいで街は無職に溢れているそうです。
そんな風に話が進んだところで私の友人が、「向こうの無職の若者は普段、なにをしているわけ?」と尋ねたところ、「日向ぼっこしたり、本読んでる」というSophieさんの回答。Sophieさんによると、向こうでは無職の若者がそこらじゅうにいるわけだから本人らは自分が無職であることを気にせず、また日本と違ってフランスでは無職であるのは個人の問題ではなく社会の問題と考えるため悲観的な人はほとんどいないそうです。
となると、日本で無職の人が体面を気にするのはこういうところにあるのかと思った次第です。日本でも若者の失業が問題だと言われつつもせいぜい10%前後で、フランスと比べるとまだまだ低い水準です。仮にこの数値が20%くらいにまで上がれば本人らも気にしないというか、「俺は悪くない」と開き直れて若者の自殺率も改善するのではないかと思ったわけです。もっとも、若者の自殺を減らすために無職を増やせと言うのは本末転倒過ぎるが。
ただこれに限らなくても日本人はライフコースをとかく固定的に考え過ぎな気はします。結婚適齢期やら大学入学年度などまともな人生はこうあるべき、それ以外はすべて価値がないと私に言わせれば妄信的に信じ込んでいる節があり、もう少し「他人は他人、自分は自分」と人生を幅広く受け入れないと自分が不幸になるだけだと言いたいです。
あと最後に蛇足ですが、昨夜の会談の最中にお金と幸せの関係も議題に上がりました。Sophieさん曰く、フランス人は日本人以上にお金と幸福がつながらないという価値観が強く、行ってしまえば商売下手なところがあるそうです。それに対して中国人はリアルに「お金=幸せ」と考えるほどの模範的といえるくらい資本主義に染まってて、「お金さえあればもう何もいらない」と本気で言うよねということで何故か私と一致しました。
2013年8月19日月曜日
第442連隊戦闘団について
狙っているつもりじゃないのですがまた今日もアメリカ史に関するものです。よくアメリカは歴史の短い国だとか言われますが、それだけに密度が濃く、なおかつ超大国であることから現代詩についてはよく調べる必要があるなとこの頃思います。
そんなかんだで今日紹介するのは、知っている人もいるかもしれませんが第442連隊戦闘団、アメリカ史上で最も多くの勲章を受けた日系アメリカ人によって編成された部隊です。真面目に、昨日までこの舞台の存在を知らなかったのは非常に恥ずかしい限りです。
・第442連隊戦闘団(Wikipedia)
第442連隊戦闘団とは二次大戦の折、先ほどにも述べた通り日系アメリカ人によって(士官を除く)編成された部隊でした。この部隊が創設された背景には悲しい歴史があり、太平洋戦が開戦されるとアメリカ政府はアメリカ本土にいる日系人に対して暴動やスパイ活動を起こす恐れがあるとして、財産没収の上に強制収容所内に収容しました。はっきり言いますがこの辺やってることは露骨な虐殺がないだけナチスドイツのユダヤ人政策と一緒で、アメリカにホロコーストを批判する理由はないと個人的に思います。もう少し続けると、この時に没収した財産の補償が行われたのはつい最近です。
上記のような過程を経て日系人は強制収容されたのですが、各収容所内では志願兵の募集も行われました。募集を行った背景にはいろいろ類推できますが、単純に言ってアメリカに対する忠誠心を試す踏絵の色彩が強く、実際にかなり昔に見てたまたま覚えていた志願した兵隊のインタビューでも、収容所内にいる家族の身の安全を保障してもらうことが目的だったと話していました。
なお同じ強制収容でも日系人の多いハワイは強制収容所送りの対象が一部の人間に限られていたこともあり、本土での志願兵とはやや事情が異なっておりました。そのため決死の覚悟で臨んだ本土の志願兵とは部隊内で当初は対立したようですが、本土の強制収容所の様子をハワイ出身者がみてからはそういう位こともなくなっていったと言われております。
こうして出来た第442連隊でしたが、さすがに日系人同士を戦わすということはさせず、ヨーロッパ戦線へと派遣されることとなりました。このヨーロッパ戦線で第442連隊は激戦地へ投入されることが多く部隊の死傷率も他の部隊と比して高かったものの各地で目覚ましい功績を上げて、隊員らは次から次へと叙勲を受けていき最終的には約18000もの勲章を受けることとなります。
そうした第442連隊の戦闘の激しさを物語る一つのエピソードがあり、ある日に高級士官が全部隊を整列させ閲兵させた際、第442連隊は18人と8人の中隊だけしか現れず、「全部隊を整列させろと言ったはずだが」と問い詰めたところ、「これが全部隊です。残りは戦死か入院です」と隊員が答え、その高級士官も絶句したとされます。もっとも、同じ太平洋戦争で日本軍においては玉砕が多かったから同じようなことがあっても高級士官は絶句しなかっただろうな。
このほかのエピソードを書くと昨日書いたトルーマン大統領も第442連隊を高く評価し、大統領部隊感状を自らの手で直接手渡すという異例な措置を取った上、「諸君は敵のみならず偏見とも戦い勝利した」と称賛しています。内心、「誰のせいだ」という気持ちを私も持ちますが……。あと終戦までに隊員のほとんどは戦死、または手足を失っていたそうですが、戦後直後はやはり日系人への偏見が強かったことからその活躍はあまり触れられず、時代を経るにつれ徐々に認知度が高まり日系人の地位向上に一役を買ったと現在では評価されています。
またこの部隊の出身者でダニエル・イノウエという人物がおり、彼も戦中に右腕を失ったものの戦後は政界に出て最後は上院仮議長という地位にも就いております。残念ながらというか昨年の12月に死去されて、この人のことは知ってはいたのですが442連隊というのは今まで知りませんでした。ただ彼らの活躍は敵味方はおろか、人種という概念を考える上でも非常に大切なものが詰まっているように思え、もっと日本国内でも知名度が上がればいいなという思いがあって筆を取った次第です。
そんなかんだで今日紹介するのは、知っている人もいるかもしれませんが第442連隊戦闘団、アメリカ史上で最も多くの勲章を受けた日系アメリカ人によって編成された部隊です。真面目に、昨日までこの舞台の存在を知らなかったのは非常に恥ずかしい限りです。
・第442連隊戦闘団(Wikipedia)
第442連隊戦闘団とは二次大戦の折、先ほどにも述べた通り日系アメリカ人によって(士官を除く)編成された部隊でした。この部隊が創設された背景には悲しい歴史があり、太平洋戦が開戦されるとアメリカ政府はアメリカ本土にいる日系人に対して暴動やスパイ活動を起こす恐れがあるとして、財産没収の上に強制収容所内に収容しました。はっきり言いますがこの辺やってることは露骨な虐殺がないだけナチスドイツのユダヤ人政策と一緒で、アメリカにホロコーストを批判する理由はないと個人的に思います。もう少し続けると、この時に没収した財産の補償が行われたのはつい最近です。
上記のような過程を経て日系人は強制収容されたのですが、各収容所内では志願兵の募集も行われました。募集を行った背景にはいろいろ類推できますが、単純に言ってアメリカに対する忠誠心を試す踏絵の色彩が強く、実際にかなり昔に見てたまたま覚えていた志願した兵隊のインタビューでも、収容所内にいる家族の身の安全を保障してもらうことが目的だったと話していました。
なお同じ強制収容でも日系人の多いハワイは強制収容所送りの対象が一部の人間に限られていたこともあり、本土での志願兵とはやや事情が異なっておりました。そのため決死の覚悟で臨んだ本土の志願兵とは部隊内で当初は対立したようですが、本土の強制収容所の様子をハワイ出身者がみてからはそういう位こともなくなっていったと言われております。
こうして出来た第442連隊でしたが、さすがに日系人同士を戦わすということはさせず、ヨーロッパ戦線へと派遣されることとなりました。このヨーロッパ戦線で第442連隊は激戦地へ投入されることが多く部隊の死傷率も他の部隊と比して高かったものの各地で目覚ましい功績を上げて、隊員らは次から次へと叙勲を受けていき最終的には約18000もの勲章を受けることとなります。
そうした第442連隊の戦闘の激しさを物語る一つのエピソードがあり、ある日に高級士官が全部隊を整列させ閲兵させた際、第442連隊は18人と8人の中隊だけしか現れず、「全部隊を整列させろと言ったはずだが」と問い詰めたところ、「これが全部隊です。残りは戦死か入院です」と隊員が答え、その高級士官も絶句したとされます。もっとも、同じ太平洋戦争で日本軍においては玉砕が多かったから同じようなことがあっても高級士官は絶句しなかっただろうな。
このほかのエピソードを書くと昨日書いたトルーマン大統領も第442連隊を高く評価し、大統領部隊感状を自らの手で直接手渡すという異例な措置を取った上、「諸君は敵のみならず偏見とも戦い勝利した」と称賛しています。内心、「誰のせいだ」という気持ちを私も持ちますが……。あと終戦までに隊員のほとんどは戦死、または手足を失っていたそうですが、戦後直後はやはり日系人への偏見が強かったことからその活躍はあまり触れられず、時代を経るにつれ徐々に認知度が高まり日系人の地位向上に一役を買ったと現在では評価されています。
またこの部隊の出身者でダニエル・イノウエという人物がおり、彼も戦中に右腕を失ったものの戦後は政界に出て最後は上院仮議長という地位にも就いております。残念ながらというか昨年の12月に死去されて、この人のことは知ってはいたのですが442連隊というのは今まで知りませんでした。ただ彼らの活躍は敵味方はおろか、人種という概念を考える上でも非常に大切なものが詰まっているように思え、もっと日本国内でも知名度が上がればいいなという思いがあって筆を取った次第です。
2013年8月18日日曜日
トルーマン大統領に対する私の評価
予告通り、今日は原爆投下時のアメリカ大統領だったトルーマンに対する私の評価を書くことにします。
・ハリー・S・トルーマン(Wikipedia)
まず事実論を語りますが、日本人の間で最も不人気な大統領はこのトルーマンで間違いないでしょう。その逆となるのはケネディでしょうが、逆に私はこの人はあまり好きじゃなかったりします。それはともかくとしてなぜトルーマンが嫌われているのかと言うと原爆投下を実行したということに尽きるのですが、それ以外の面にももう少し着目するべきではないかと思い、キーボードを叩こうかと思い立ちました。
まず彼の来歴を語ると、出身家庭は以外にも貧乏で最終学歴も高卒止まり、大学を出ていない最後の大統領という履歴を持っております。成人後は銀行員として勤務しましたが第一次大戦が開戦すると州兵に志願して実際にヨーロッパ戦線で従軍しますが、帰国後は軍役を続けず政界への進出を図ります。
なおトルーマンは政界へ進出するに当たってKKKことクー・クラックス・クランにも一時期加盟したそうです。ただ自分の思っているような団体じゃなかったのか、「ユダヤ人は利己的だ」などと日記に書くくらいだからなんかあったのかもしれませんけど、すぐやめちゃったそうです。もっともこの時に知り合ったユダヤ人運動家とはその後も気が合い、後のイスラエル建国に動く要因になったと見られていますが。
話は戻って政界進出後についてですが、首尾よく上院議員に慣れた後はフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策を指示した上、軍の不正支出を徹底的に調査したことからルーズベルトからも高い信任を得ます。そんなことがあったからかもしれませんがルーズベルトの四選後、大抜擢とばかりに副大統領に指名されます。
ここがある意味運命の分かれ道だったというのか、トルーマンが副大統領に指名されてからすぐにルーズベルトは急死し、大統領選を経ないままトルーマンへその椅子が転がり込んできます。実際に当時のアメリカ国内でもトルーマンの知名度は低くてその資質を疑う声もあったそうなのですが、イメージ的には小渕元総理が急死した後に森喜朗氏が突然総理になったような感覚だったんじゃないかという気がします。
こうした経緯を経てトルーマンは日本への原爆投下を承認した大統領となったわけですが、原爆投下の決断については未だに日本から批判が多いです。既に青息吐息の日本に、しかも市街地のど真ん中に原爆を落としてますが無理もないことで、その上、日本がソ連を仲介して和平に動いていたということも間違いなく知っていたとされており、私も昨日の記事でこう言った点を指摘しております。また原爆投下については当事者であるアメリカ国内でも非人道的だとして反対の声が多く、アイゼンハワーなど後付けだったかもしれませんがトルーマンの決断を後に批判しています。
こうした見方について私の意見ですが、言いたいことはただ一つで「トルーマンじゃなければ原爆は投下されなかったのか?」ということです。結論から言えばトルーマン以外の別の大統領であっても私は高い確率で原爆は日本に落とされたと思います。
原爆は1942年に立ちあげられたマンハッタン計画によって国家プロジェクトとして開発に着手されました。これはトルーマンが大統領になる以前の話で、いわばアメリカという国家自体が原爆を数年越しで開発し続けていたわけで、果たして誰が歯止めをかけることが出来たのかなと思うところがあります。
トルーマン自身が人種差別主義者で日本人を下等に見ていたことは間違いなく、それが原爆投下にも影響を与えたのかもしれませんが、だからと言ってほかの人間なら原爆を落とさなかったかというとそれは考え辛く、アメリカという国家は誰が大統領であろうと動き出したレールを止めなかったでしょう。無論、トルーマンに対しては私も納得いかない気持ちを持ち何が何でも弁護するつもりはありませんが、長崎への二発目の投下の後、十数発落とすはずだった計画を止めたのもトルーマンでした。
また、ここがある意味一番主張したいところなのですが、戦後の彼の外交政策をもう少し注目するべきではないかと思います。二次大戦後、トルーマンはマーシャルプランを発表してヨーロッパ諸国に対する手厚い経済支援政策を実施します。その一方でソ連との対立軸を明確にしたことでその後の冷戦構造が生まれたために彼の外交政策を「トルーマンドクトリン」と呼ぶのですが、結果的にはこの時生まれた冷戦構造が朝鮮戦争やベトナム戦争位といった悲劇を生んだものの、大規模な大戦の発生を抑えた要因になったとも取れます。そして日本にとっても、冷戦構造によって経済的にかなり得する地位を得たことは確かです。
就任こそピンチヒッター的な人物でしたが、戦後の外交政策等の面を見ると能力的にはかなりしっかりした大統領だったのではないかと私は見ております。原爆投下一つだけを見るのではなく、もう少し政策全体を見て人物を評価するべきだと思う人物なだけに、今日はこんな記事を書いてみることにしました。ちなみにこの記事の構想を昨日会った後輩に話したら、「花園さん、また敵作りますよ」と言われましたが。
・ハリー・S・トルーマン(Wikipedia)
まず事実論を語りますが、日本人の間で最も不人気な大統領はこのトルーマンで間違いないでしょう。その逆となるのはケネディでしょうが、逆に私はこの人はあまり好きじゃなかったりします。それはともかくとしてなぜトルーマンが嫌われているのかと言うと原爆投下を実行したということに尽きるのですが、それ以外の面にももう少し着目するべきではないかと思い、キーボードを叩こうかと思い立ちました。
まず彼の来歴を語ると、出身家庭は以外にも貧乏で最終学歴も高卒止まり、大学を出ていない最後の大統領という履歴を持っております。成人後は銀行員として勤務しましたが第一次大戦が開戦すると州兵に志願して実際にヨーロッパ戦線で従軍しますが、帰国後は軍役を続けず政界への進出を図ります。
なおトルーマンは政界へ進出するに当たってKKKことクー・クラックス・クランにも一時期加盟したそうです。ただ自分の思っているような団体じゃなかったのか、「ユダヤ人は利己的だ」などと日記に書くくらいだからなんかあったのかもしれませんけど、すぐやめちゃったそうです。もっともこの時に知り合ったユダヤ人運動家とはその後も気が合い、後のイスラエル建国に動く要因になったと見られていますが。
話は戻って政界進出後についてですが、首尾よく上院議員に慣れた後はフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策を指示した上、軍の不正支出を徹底的に調査したことからルーズベルトからも高い信任を得ます。そんなことがあったからかもしれませんがルーズベルトの四選後、大抜擢とばかりに副大統領に指名されます。
ここがある意味運命の分かれ道だったというのか、トルーマンが副大統領に指名されてからすぐにルーズベルトは急死し、大統領選を経ないままトルーマンへその椅子が転がり込んできます。実際に当時のアメリカ国内でもトルーマンの知名度は低くてその資質を疑う声もあったそうなのですが、イメージ的には小渕元総理が急死した後に森喜朗氏が突然総理になったような感覚だったんじゃないかという気がします。
こうした経緯を経てトルーマンは日本への原爆投下を承認した大統領となったわけですが、原爆投下の決断については未だに日本から批判が多いです。既に青息吐息の日本に、しかも市街地のど真ん中に原爆を落としてますが無理もないことで、その上、日本がソ連を仲介して和平に動いていたということも間違いなく知っていたとされており、私も昨日の記事でこう言った点を指摘しております。また原爆投下については当事者であるアメリカ国内でも非人道的だとして反対の声が多く、アイゼンハワーなど後付けだったかもしれませんがトルーマンの決断を後に批判しています。
こうした見方について私の意見ですが、言いたいことはただ一つで「トルーマンじゃなければ原爆は投下されなかったのか?」ということです。結論から言えばトルーマン以外の別の大統領であっても私は高い確率で原爆は日本に落とされたと思います。
原爆は1942年に立ちあげられたマンハッタン計画によって国家プロジェクトとして開発に着手されました。これはトルーマンが大統領になる以前の話で、いわばアメリカという国家自体が原爆を数年越しで開発し続けていたわけで、果たして誰が歯止めをかけることが出来たのかなと思うところがあります。
トルーマン自身が人種差別主義者で日本人を下等に見ていたことは間違いなく、それが原爆投下にも影響を与えたのかもしれませんが、だからと言ってほかの人間なら原爆を落とさなかったかというとそれは考え辛く、アメリカという国家は誰が大統領であろうと動き出したレールを止めなかったでしょう。無論、トルーマンに対しては私も納得いかない気持ちを持ち何が何でも弁護するつもりはありませんが、長崎への二発目の投下の後、十数発落とすはずだった計画を止めたのもトルーマンでした。
また、ここがある意味一番主張したいところなのですが、戦後の彼の外交政策をもう少し注目するべきではないかと思います。二次大戦後、トルーマンはマーシャルプランを発表してヨーロッパ諸国に対する手厚い経済支援政策を実施します。その一方でソ連との対立軸を明確にしたことでその後の冷戦構造が生まれたために彼の外交政策を「トルーマンドクトリン」と呼ぶのですが、結果的にはこの時生まれた冷戦構造が朝鮮戦争やベトナム戦争位といった悲劇を生んだものの、大規模な大戦の発生を抑えた要因になったとも取れます。そして日本にとっても、冷戦構造によって経済的にかなり得する地位を得たことは確かです。
就任こそピンチヒッター的な人物でしたが、戦後の外交政策等の面を見ると能力的にはかなりしっかりした大統領だったのではないかと私は見ております。原爆投下一つだけを見るのではなく、もう少し政策全体を見て人物を評価するべきだと思う人物なだけに、今日はこんな記事を書いてみることにしました。ちなみにこの記事の構想を昨日会った後輩に話したら、「花園さん、また敵作りますよ」と言われましたが。
2013年8月17日土曜日
原爆投下に対する米国の正当性について
昨日の記事で新しいキーボードが欲しいと言いましたが、今日たまたま秋葉原で旧友というか、自分よりかなり老けて見える後輩と会う機会があったのでついでにヨドバシで新しいキーボードを買ってきました。これまで使ってきたのはマウスとセットのマイクロソフト製ワイヤレスキーボードで、今回はマウスセットのロジクール製ワイヤレスキーボードですが、以前のキーボードが軟らかすぎたのもあってややキーの打ち込みが硬いと感じるものの使い心地はまだそんなに悪くないです。慣れてからどう反応するかがポイントだろうな。
本題と関係ない話が続きますが、私ほどキーボードを年がら年中叩く人間はそうはいないと断言できるだけあってこの点に関しては強いこだわりがあります。それにしても、今日その後輩との昼食でから揚げ定食を食べましたがサイドメニューでフライドポテトセットを頼んでしまい、お腹に油がたまるような感覚を覚えました。
そんなこったでようやく本題ですが、昨晩(午前1時40分)に友人から「アメリカが日本に対して原爆を落とした際の主張がやっぱり納得がいかない」という意見を受けました。昨日も戦争ものを書いておりますが物のついでということもあり、あとアメリカ史をこのところ勉強し始めて以前よりややパワーアップしていると実感しているので今日はこのテーマについて書いてみようと思います。
まずアメリカが原爆投下について現在どのような主張をしているかですが、これはいろんな書籍を確認しましたがやはり「日本を降伏させるためには原爆投下が必要だった、いわば必要悪だった」という主張が根強いようです。アメリカ人がこう語る背景には沖縄戦があり、二次大戦における日本固有の国土内での戦闘で日本側は軍人、民間人ともに甚大な死傷者が出ましたが米軍もこれは同じで、仮にドイツの様に九州、ならびに本州での上陸戦が行われれば米兵に多大な損害が出ると想定されたそうです。この米軍の想定に関しては私も異論はなく、そりゃたくさんの兵士が死んでただろうと思います。
となると、上陸することなく戦争を終えるのがベターだということですが、そうするためにはどうすればいいか。既に連合国は無条件降伏を求めるポツダム宣言を行っており後は日本の出方次第でしたがお世辞にも当時の日本は降伏するそぶりは明確には見せていません。仮に上陸したら米兵だけでなく日本の民間人にも多くの死傷者が出るのだから、それであれば完成したばかりの原爆を落としてその威力を見せ付け、政府方針を降伏に向かわせるのが常道だった……というのが米国の主張だと私は理解しています。
まず友人の意見を先に述べると、仮に原爆の威力を見せ付けるのであればわざわざ市街地に落とすことはなく、海上など無人地帯に落とせば十分だったのではないかと言ってきました。まぁその通りだと私も思います。
次に日本が降伏するそぶりを見せなかったという米国の主張についてですが、日本は1945年7月辺りからソ連に対し、和平仲介を依頼しており米国もそうした動きを知らなかったはずはありません。当時は既に暗号全部解読していたのだし。そういう意味では友人のいう通り、日本に降伏を促すために原爆を落とす必要はなかったと私も言えると思います。
ただね、と言うべきかなんというか、この手の議論はやっぱり限界があると私は思います。長く書いてもしょうがないので言いたいことをもう書いてしまいますが、恐らく一定数のアメリカ人も先ほどの様な自国の主張を真に受けているわけではなく、内心では日本を降伏させるのに原爆は必要なかった、それでも投下したのはその後の冷戦を見越していたことと単純な破壊力の実験が必要だったからだっていう事をわかっていると思います。
では何故アメリカは先ほどの様な原爆投下を正当化するような主張をするのか。言ってしまえばこれは認知的不協和の一種で、事実とは乖離するものの、自分たちが犯した気に病むような行為に対する心理的負担を和らげるためにやや無理な理由をこねた、というのが真実だと思います。でもってこういう風に正当化された理由と言うのはどれだけ矛盾する事実を並び立てても、心理的負担を催す限り本人らは認めることはないでしょう。これは歴史の問題ではありません、感情の問題です。
一方で私はこの件に関して米国だけ批判するつもりはなく、降伏に対する当時の日本政府の態度にもやはり問題があったという気がします。仮に原爆投下前に直接米国、もしくは連合国に対して降伏協議の開催を公に求めていれば、先程の様な米国の正当化は成り立たず、場合によっては原爆投下が起こらなかった可能性もあります。そして何よりと言うか今もって非常に腹立たしいのは、何故あの段階で日本政府は降伏の仲介をよりによってソ連に求めたのか、考えるだけに怒りを覚えます。
当時、既にソ連は米英との間で日本との戦いに参戦する密約を交わしており、実際に終戦間際になって日ソ中立条約を破り日本へ侵攻してきました。それ以前からもソ連は国際条約違反の常習国で最も信用してはならない相手と言っても過言ではなく、どうしてよりによってそんな相手に和平の仲介を依頼したのか、結果論であることを差し引いても頭おかしいんじゃないのかと当時の首脳たちに言いたいです。
以上のような内容が私の意見で、簡単にまとめるならアメリカが主張する原爆投下の正当性はないもののそれをいくら主張したところでアメリカ人は考え方を変えず、不毛な議論が続きやすいということと、投下直前の日本の降伏に対する対応をもっと日本人は反省するべきでは、と言ったところです。残酷な言い方をしますが、過去を引きずっても仕方なく、今後は二度と原爆投下をさせないように活動するべきだと思います。
最後に、恐らく歴代アメリカ大統領の中でも最も日本人に忌み嫌われているのは原爆投下時の大統領、トルーマンに間違いないでしょう。ただ私個人としてはトルーマンを実は高く評価しており、その点について次回の記事で意見を展開します。
やっぱキーボードを変えて打ちやすくなり、文章も前よりリズム感が良くなってる気がしますね。
本題と関係ない話が続きますが、私ほどキーボードを年がら年中叩く人間はそうはいないと断言できるだけあってこの点に関しては強いこだわりがあります。それにしても、今日その後輩との昼食でから揚げ定食を食べましたがサイドメニューでフライドポテトセットを頼んでしまい、お腹に油がたまるような感覚を覚えました。
そんなこったでようやく本題ですが、昨晩(午前1時40分)に友人から「アメリカが日本に対して原爆を落とした際の主張がやっぱり納得がいかない」という意見を受けました。昨日も戦争ものを書いておりますが物のついでということもあり、あとアメリカ史をこのところ勉強し始めて以前よりややパワーアップしていると実感しているので今日はこのテーマについて書いてみようと思います。
まずアメリカが原爆投下について現在どのような主張をしているかですが、これはいろんな書籍を確認しましたがやはり「日本を降伏させるためには原爆投下が必要だった、いわば必要悪だった」という主張が根強いようです。アメリカ人がこう語る背景には沖縄戦があり、二次大戦における日本固有の国土内での戦闘で日本側は軍人、民間人ともに甚大な死傷者が出ましたが米軍もこれは同じで、仮にドイツの様に九州、ならびに本州での上陸戦が行われれば米兵に多大な損害が出ると想定されたそうです。この米軍の想定に関しては私も異論はなく、そりゃたくさんの兵士が死んでただろうと思います。
となると、上陸することなく戦争を終えるのがベターだということですが、そうするためにはどうすればいいか。既に連合国は無条件降伏を求めるポツダム宣言を行っており後は日本の出方次第でしたがお世辞にも当時の日本は降伏するそぶりは明確には見せていません。仮に上陸したら米兵だけでなく日本の民間人にも多くの死傷者が出るのだから、それであれば完成したばかりの原爆を落としてその威力を見せ付け、政府方針を降伏に向かわせるのが常道だった……というのが米国の主張だと私は理解しています。
まず友人の意見を先に述べると、仮に原爆の威力を見せ付けるのであればわざわざ市街地に落とすことはなく、海上など無人地帯に落とせば十分だったのではないかと言ってきました。まぁその通りだと私も思います。
次に日本が降伏するそぶりを見せなかったという米国の主張についてですが、日本は1945年7月辺りからソ連に対し、和平仲介を依頼しており米国もそうした動きを知らなかったはずはありません。当時は既に暗号全部解読していたのだし。そういう意味では友人のいう通り、日本に降伏を促すために原爆を落とす必要はなかったと私も言えると思います。
ただね、と言うべきかなんというか、この手の議論はやっぱり限界があると私は思います。長く書いてもしょうがないので言いたいことをもう書いてしまいますが、恐らく一定数のアメリカ人も先ほどの様な自国の主張を真に受けているわけではなく、内心では日本を降伏させるのに原爆は必要なかった、それでも投下したのはその後の冷戦を見越していたことと単純な破壊力の実験が必要だったからだっていう事をわかっていると思います。
では何故アメリカは先ほどの様な原爆投下を正当化するような主張をするのか。言ってしまえばこれは認知的不協和の一種で、事実とは乖離するものの、自分たちが犯した気に病むような行為に対する心理的負担を和らげるためにやや無理な理由をこねた、というのが真実だと思います。でもってこういう風に正当化された理由と言うのはどれだけ矛盾する事実を並び立てても、心理的負担を催す限り本人らは認めることはないでしょう。これは歴史の問題ではありません、感情の問題です。
一方で私はこの件に関して米国だけ批判するつもりはなく、降伏に対する当時の日本政府の態度にもやはり問題があったという気がします。仮に原爆投下前に直接米国、もしくは連合国に対して降伏協議の開催を公に求めていれば、先程の様な米国の正当化は成り立たず、場合によっては原爆投下が起こらなかった可能性もあります。そして何よりと言うか今もって非常に腹立たしいのは、何故あの段階で日本政府は降伏の仲介をよりによってソ連に求めたのか、考えるだけに怒りを覚えます。
当時、既にソ連は米英との間で日本との戦いに参戦する密約を交わしており、実際に終戦間際になって日ソ中立条約を破り日本へ侵攻してきました。それ以前からもソ連は国際条約違反の常習国で最も信用してはならない相手と言っても過言ではなく、どうしてよりによってそんな相手に和平の仲介を依頼したのか、結果論であることを差し引いても頭おかしいんじゃないのかと当時の首脳たちに言いたいです。
以上のような内容が私の意見で、簡単にまとめるならアメリカが主張する原爆投下の正当性はないもののそれをいくら主張したところでアメリカ人は考え方を変えず、不毛な議論が続きやすいということと、投下直前の日本の降伏に対する対応をもっと日本人は反省するべきでは、と言ったところです。残酷な言い方をしますが、過去を引きずっても仕方なく、今後は二度と原爆投下をさせないように活動するべきだと思います。
最後に、恐らく歴代アメリカ大統領の中でも最も日本人に忌み嫌われているのは原爆投下時の大統領、トルーマンに間違いないでしょう。ただ私個人としてはトルーマンを実は高く評価しており、その点について次回の記事で意見を展開します。
やっぱキーボードを変えて打ちやすくなり、文章も前よりリズム感が良くなってる気がしますね。
2013年8月16日金曜日
どうすれば日本は戦争を起こさなかったのか
昨日は終戦の日だったので戦争物でも書こうかと思いましたが、なんだか流行に乗るような気がして生まれたついての反逆児である自分としては納得いかずエアロスミスネタを披露する訳となりました。ただせっかくの機会なんだし、ちょっとのこの手のネタで一つだけ自己主張しようかと思いキーボードを叩くことにします。それにしても、新しいキーボードが欲しい。
まず豆知識というか国際常識的な知識として、終戦の日はいつなのかについて先に書きます。Wikipediaの中でこの辺は詳しく解説していますが、8月15日というのは日本が降伏(ポツダム宣言受諾)することを正式に発表した日であって、正確には降伏を実行した日ではありません。戦争というのは宣言しただけで降伏が実効されるのではなく対戦国間で正式な文書が調印されて初めて戦争が終了となるわけで、第二次大戦の日本の場合、重光葵がミズーリ号上で降伏文書に調印した9月2日が正式な終戦日となります。そのためアメリカなど日本以外の国では第二次大戦の終戦日は9月2日、もしくは3日で、8月15日を終戦日と言っているのは私の知る限り日本と韓国しかありません。外人とこの手の話をする時はこの点に注意しておいた方がいいでしょう。
それで話は変わりますが、日本は何故第二次世界大戦に参戦したのでしょうか。結論を述べると何度かこのブログでも書いておりますが、「戦争をしなければ」という空気に支配されただけであって、戦争によって何かを守るとか何かを得るという目的など初めからなく流されるままに大義も勝機もない無駄な戦争をやってしまったというのが私の見方です。この主張の根拠となっているのは大方の歴史的事実に加え、戦後に半藤一利氏が佐藤賢了に何故戦争に踏み切ったのかと尋ねた際、「なんとなく戦争をしなければならない雰囲気だった」と答えられたことが大きな根拠となっております。
そう考えると本当にばかばかしいことを過去の日本人はやってしまったと言わざるを得ません。土台、アメリカと開戦すればクズ鉄などの資源貿易が復活するわけでもなく、新たな領土が得られたり経済が良くなるとかそういったことが起こるわけがなく、政府自身もそれがよくわかっていながら開戦してしまいました。これも度々このブログで書いていますが目的のために手段(=戦争)を実行するのではなく、戦争それ自体を目的にして死なずに済んだ人間を死なせてしまったと私は考えています。
ただこれだけだと単なる先祖批判になるのでもう少しアレンジを加えようと、先ほど「ぴったんこカンカン」を20分見ながら思案をしましたが、では何故、日本は戦争をしなければならないという空気に支配されたのかについても考察してみました。なんで当時の日本でそんな妙な空気が流れたのかというとこれは難しいことではなく、単純に不況が原因です。
世界恐慌による不況に加え凶作が続き東北地方を中心に農村が荒廃したことにより政情は不安定となり、五一五事件や二二六事件など政治家へのテロ行為も増えていきました。特に後者の二二六事件についてはまさに零細農民を救うための政治改革を求めた反乱で、こうした事態を招いたあたり仮に不況、そして農家の救済が起これば日本は戦争に踏み切らなかったのではないかというように私には思えます。
無論というかなんというか、その後に日本は日中戦争、太平洋戦争を起こしていますが、開戦によって農村は救われるどころか若い男が徴兵されることによってより生産力が落ち、荒廃を進めます。こういう点から言っても、日本の戦争は手段と目的がまるで一致していないと言えるでしょう。
では、当時の日本は何をするべきだったのでしょうか。これは非常にはっきりしており、戦後にマッカーサーが行った農地改革を実行すればよかっただけなのではと私は考えます。戦後にマッカーサーことGHQは地主から強制的に農地を買い取り小作農へ安く分配することによって自作農を増やし、農作物の生産量を劇的に増やしただけでなく農家の生活を一挙に安定させることに成功しました。言ってしまえば、二二六事件を起こした将校がまさに求めていた改革は日本人にではなく、GHQによって成されたと言えます。
では何故、戦前の日本人は農地改革を実行できなかったのか。日本史上、天武天皇や白河法皇、徳川家康などを上回るほどの圧倒的な権力を握ったマッカーサーにしか実行できない改革だったのでしょうか?
私の答えはNOで、日本人自身にもきっとできたはずだと考えています。しかし当時の日本にそのようなしがらみを振り切り、大局的な価値観を持ち、万難を乗り越えてまで実行するだけの政治家がいなかった、そしてそのような政治家を国民が支えられなかったが故に実行できなかったのだと見ています。
話の図式を整理しましょう。
1、日本は戦争をしなくちゃという空気に飲まれて戦争を開始した
↑↑↑
2、折からの不況と凶作による農村の荒廃がそのような空気を醸成した
↑↑↑
3、農村復興のための農地改革を誰も実行できなかった
↑↑↑
4、改革を実行できる政治家を排出することが出来なかった
というのが、私の考える戦争の原因です。もちろん全部が全部こんな単純ではないでしょうが、一つの要因としてはこう考えるのもありかなと思います。
まとめると、優秀な政治家が輩出されるほどの民主主義が日本にはなかったというのが大きな要因だと私には思えます。翻って現在を見て、近年で傑出した政治家となると小泉元首相以外は見当たらず、民主主義に対して存在することを当たり前と思わず、強化しなければならない思想・概念だと振り返ることも必要ではないかというのが私の意見です。
まず豆知識というか国際常識的な知識として、終戦の日はいつなのかについて先に書きます。Wikipediaの中でこの辺は詳しく解説していますが、8月15日というのは日本が降伏(ポツダム宣言受諾)することを正式に発表した日であって、正確には降伏を実行した日ではありません。戦争というのは宣言しただけで降伏が実効されるのではなく対戦国間で正式な文書が調印されて初めて戦争が終了となるわけで、第二次大戦の日本の場合、重光葵がミズーリ号上で降伏文書に調印した9月2日が正式な終戦日となります。そのためアメリカなど日本以外の国では第二次大戦の終戦日は9月2日、もしくは3日で、8月15日を終戦日と言っているのは私の知る限り日本と韓国しかありません。外人とこの手の話をする時はこの点に注意しておいた方がいいでしょう。
それで話は変わりますが、日本は何故第二次世界大戦に参戦したのでしょうか。結論を述べると何度かこのブログでも書いておりますが、「戦争をしなければ」という空気に支配されただけであって、戦争によって何かを守るとか何かを得るという目的など初めからなく流されるままに大義も勝機もない無駄な戦争をやってしまったというのが私の見方です。この主張の根拠となっているのは大方の歴史的事実に加え、戦後に半藤一利氏が佐藤賢了に何故戦争に踏み切ったのかと尋ねた際、「なんとなく戦争をしなければならない雰囲気だった」と答えられたことが大きな根拠となっております。
そう考えると本当にばかばかしいことを過去の日本人はやってしまったと言わざるを得ません。土台、アメリカと開戦すればクズ鉄などの資源貿易が復活するわけでもなく、新たな領土が得られたり経済が良くなるとかそういったことが起こるわけがなく、政府自身もそれがよくわかっていながら開戦してしまいました。これも度々このブログで書いていますが目的のために手段(=戦争)を実行するのではなく、戦争それ自体を目的にして死なずに済んだ人間を死なせてしまったと私は考えています。
ただこれだけだと単なる先祖批判になるのでもう少しアレンジを加えようと、先ほど「ぴったんこカンカン」を20分見ながら思案をしましたが、では何故、日本は戦争をしなければならないという空気に支配されたのかについても考察してみました。なんで当時の日本でそんな妙な空気が流れたのかというとこれは難しいことではなく、単純に不況が原因です。
世界恐慌による不況に加え凶作が続き東北地方を中心に農村が荒廃したことにより政情は不安定となり、五一五事件や二二六事件など政治家へのテロ行為も増えていきました。特に後者の二二六事件についてはまさに零細農民を救うための政治改革を求めた反乱で、こうした事態を招いたあたり仮に不況、そして農家の救済が起これば日本は戦争に踏み切らなかったのではないかというように私には思えます。
無論というかなんというか、その後に日本は日中戦争、太平洋戦争を起こしていますが、開戦によって農村は救われるどころか若い男が徴兵されることによってより生産力が落ち、荒廃を進めます。こういう点から言っても、日本の戦争は手段と目的がまるで一致していないと言えるでしょう。
では、当時の日本は何をするべきだったのでしょうか。これは非常にはっきりしており、戦後にマッカーサーが行った農地改革を実行すればよかっただけなのではと私は考えます。戦後にマッカーサーことGHQは地主から強制的に農地を買い取り小作農へ安く分配することによって自作農を増やし、農作物の生産量を劇的に増やしただけでなく農家の生活を一挙に安定させることに成功しました。言ってしまえば、二二六事件を起こした将校がまさに求めていた改革は日本人にではなく、GHQによって成されたと言えます。
では何故、戦前の日本人は農地改革を実行できなかったのか。日本史上、天武天皇や白河法皇、徳川家康などを上回るほどの圧倒的な権力を握ったマッカーサーにしか実行できない改革だったのでしょうか?
私の答えはNOで、日本人自身にもきっとできたはずだと考えています。しかし当時の日本にそのようなしがらみを振り切り、大局的な価値観を持ち、万難を乗り越えてまで実行するだけの政治家がいなかった、そしてそのような政治家を国民が支えられなかったが故に実行できなかったのだと見ています。
話の図式を整理しましょう。
1、日本は戦争をしなくちゃという空気に飲まれて戦争を開始した
↑↑↑
2、折からの不況と凶作による農村の荒廃がそのような空気を醸成した
↑↑↑
3、農村復興のための農地改革を誰も実行できなかった
↑↑↑
4、改革を実行できる政治家を排出することが出来なかった
というのが、私の考える戦争の原因です。もちろん全部が全部こんな単純ではないでしょうが、一つの要因としてはこう考えるのもありかなと思います。
まとめると、優秀な政治家が輩出されるほどの民主主義が日本にはなかったというのが大きな要因だと私には思えます。翻って現在を見て、近年で傑出した政治家となると小泉元首相以外は見当たらず、民主主義に対して存在することを当たり前と思わず、強化しなければならない思想・概念だと振り返ることも必要ではないかというのが私の意見です。
登録:
コメント (Atom)

