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2026年1月25日日曜日

映画レビュー:MERCY

MERCY(公式サイト)

 友人に面白そうと言われたので、上のMERCYって映画を昨日見に行きました。あらすじを簡単に説明すると、裁判をAIが代行することとなった世界で主人公が泥酔から覚めたら、「あんた奥さん殺した容疑で捕まったよ。90分以内に自分の無実を証明できなければ即処刑ね(・∀・)」と、拘束椅子に座らせられた状態で裁判スタートって感じです。
 一見するとギャグマンガみたいな展開ですが、拘束椅子に座らせている主人公はネットを介してあらゆる捜査情報に触れる権限もあり、また彼自身が警察官という職業から同僚に緊急コールして現場捜査とか別の容疑者に追ってもらうこともできる90分間のチートタイムを満喫できます。っていうかこれ先に突っ込むと、主人公が警察官だからできる荒業でもあり、若干ストーリーの前提を揺るがしているような気がします。

 これ以上はネタバレになるのであんま書きませんが、感想を述べると3D動画で映像美は確かに凄いものの、観客に間を与えない編集は如何なものかと思いました。この映画は胡坐椅子探偵ならぬ拘束椅子探偵ともいうべき内容で、椅子に座ったまま主人公が妻殺しの容疑について様々な角度からアプローチをかけて真相を解き明かそうとするミステリー要素が強いです。
 そのため話は二転三転するし、関係者との会話も非常に重要なのですが、割と短い時間で話が展開していくもんだから理解がなかなか追い付かない箇所が少なくありませんでした。しかも自分の場合、中国語字幕で見ていたためそっちの字幕読解にもキャパシティ取られたため、一部個所は「え、なんなん?」的にわからないまんま進んだりしました。

 そのため先ほど映像はキレイとか書きましたが、そのきれいな映像を楽しむ余裕はほぼ全くありませんでした。話の途中途中で少し間を置くだけでもかなり変わると思うのですが、マジで一切間がなくハイスピードで話が進むため、折角金をかけたと思われる映像も記憶に残る穂干渉することができませんでした。そういう意味では、ストーリーと編集にやや難があるという気がします。
 そのストーリー展開も、つまらないわけじゃないものの一部は若干無理があるだろと思う展開もあり、ミステリー物としては正直失格レベルです。AI裁判物というジャンルだから許されるところがあり、この点でも自分の評価は下がりました。

2026年1月23日金曜日

灘中のパレスチナに触れた入試問題について

 今朝は水に氷が張るくらい上海も冷え込みました。ただ数年前と比べると部屋の防寒対策を色々高じているためそれほどきつくないのですが、今年は色々試してみようと膝下温めヒーターとか電気毛布とかも試しています。個人的感想としては膝下温めヒーターは毛布かけて使うとかなり良いのに対し、電気毛布は膝裏がやはり冷え冷えなままで且つコードが結構椅子に引っかかるため、膝下ヒーターの方に軍配が上がります。

灘中入試にパレスチナの惨状を表す詩 教頭に出題意図を聞いてみると(朝日新聞)

 それで本題ですが上のニュースに関して賛否両論の意見が出ているそうなのですが、自分としては完全に賛で、灘中はさすがやるなぁとか思いました。というのも入試問題の国語とかに出てくる文章って、普段生活していたらまず読むことのない縁もゆかりもない文章と触れ合える貴重な機会だと思うからです。この手の文章って問題文だから読むのであって、もし単体の記事とかコラム、随筆として出されても恐らく興味を持たずに基本読まずじまいとなるものばかりです。やはり人間、興味のあるものから手に取っていくため、興味と程遠いものほど接触は小さくなるものでしょう。

 その上で興味の範疇外で縁もゆかりもない文章というものは、人間性や知識の幅を広げるうえで非常に価値があると思います。「こんな見方があるんだ」的に今まで全く見なかったものに光を当てることができ、実際この灘中の問題もパレスチナの現状について受験生らに考えるきっかけを与えることを目的とされたようで、その後もパレスチナに興味を持たない子もいるでしょうが、持つ子もきっといると思われ、なんにせよ考えるきっかけを与えるうえでは良問なのではという気がします。

 書くいう私も受験時代の問題文や学校での国語や道徳の時間に読んだ文章の抜粋から興味を持ち、その後全文を読むようになった体験がいくつかあります。思えているものだと「あの頃はフリードリヒがいた」と「塩狩峠」で、授業で取り扱われなければ読むことがなかったと思います。

 また全文読まなくてもその後の価値観に影響を与えた問題文も結構あります。特に印象深いものとして何かのコラムの抜粋だと思うのですが、仮定のストーリーとしてこんな話を書いていました。雪山で遭難していたところたまたま見つかった山小屋に助けを求めたら二人の姉妹が迎えてくれた。小屋の中では妹の方は明るい性格で、「大変だったでしょう」などと色々声をかけて励ましてくれました。一方、無愛想な姉は何一つ言葉を発さないものの、黙ってスープを作ってその男に出してくれたそうです。
 この二人の姉妹を比較してその作者は、「姉はえらい(・∀・)」と言って姉に軍配を上げてました。理由はというと、妹の行動は一見すると優しそうだがこの男が本当に必要とするのは栄養と体温で、言葉をいくらかけても実は意味がないのに対し、無愛想でも本当に男が必要としているものを提供してくれた姉の方こそ親切だと言えるという風に評していました。

 このコラムは小学生の頃に読みましたが今でも強く覚えており、表面的な援助よりも本質的な援助の方が大事だという価値観にすごくつながりました。同時に、口を動かす奴よりも黙って手を動かす奴の方がずっと偉いという価値観にもなり、自分の現在の性格にも影響した気がします。
 このほかだと同じく小学生の頃に読んだ、雪山の食堂で豚汁食べてたらその食堂で飼われている犬に全部食われたという話もやたら覚えている。なんだろう、雪山好きなんだろうか?

 こんな具合に、国語とかの問題文はまさに出会いを提供する貴重な機会だと思うだけに、今回の灘中の入試問題はスパロボ風に言うなら射程距離外の攻撃なくらいクリティカルでいいものじゃないかと思います。同時にそうした縁もゆかりもない文物に触れる機会こそ、もっとみんな求めた方がいい気がします。

2026年1月22日木曜日

1995年はサブカルでも異常な豊作年だった

 自分はかねてより、平成期において1995年は非常に重要な1年だったと主張してきました。というのもこの年、阪神大震災やオウム事件という社会的に後の日本に大きな影響を与えた大事件が立て続けに起きたほか、兵庫銀行、木津信金で戦後初めて金融機関の経営破綻が起き、労働生産年齢人口もこの年をピークに下がるなど、経済方面でも大きな曲がり角を迎えているからです。
 私自身の実感で、ちょうどこの年辺りから本格的に「バブル崩壊」という言葉が一般にも認知され、日本が本格的な不況期に入ってきていることを日本人自身がはっきり気づくようになった気がします。その一方、個人消費自体はバラマキ政策もあって非常に活発で、確かCDのミリオンヒットもこの年が史上最も多かった気がします。

 以上の通り平成期の日本は95年以前と以後に分けられるくらい分水嶺になった年だと思っていたのですが、最近ふとしたきっかけから、この年はアニメやゲームのサブカル方面でもちょっと特殊というか異様な豊作年だったということを知りました。
 具体的に挙げていくと、アニメにおいては「新世紀エヴァンゲリオン」がこの年にテレビ放映されています。文字通り「AKIRA」などと並んで日本のアニメ史を変えた一本であり、アニメ市場のターゲット視聴者層を少年層から青年層へと大きく引き上げた一本でもあります。

 またゲームにおいても、「クロノトリガー」、「ドラクエ6」、「ロマンシングサガ3」、「聖剣伝説3」、「ダビスタ3」、「テイルズオブファンタジア」、「タクティクスオウガ」、あと今日逝去報道が出た「朝日新聞連載 加藤一二三九段将棋 心技流」など、後にリメイク作がたくさん作られるスーパーファミコンの名作が多数出ています。ひふみん(´;ω;`)ウッ…
 ちょうどこの年はスーパーファミコンの円熟期で、メーカーの開発ノウハウが成熟し、ユーザーもたくさんいて市場が非常に活発だった頃でした。なお発売自体は1994年末ですが、1995年からはセガサターン、プレイステーションなどの次世代機も徐々に普及してきた時期でもありました。また前述の通りCDもミリオンヒットが史上最も多く出た年で、音楽業界としても非常に盛り上がっていて関連雑誌とかも今と比べてもたくさんあった気がします。

 このように振り返ってみるとほんとこの年はサブカル業界でも異様な豊作年だったように思え、もちろんこれ以降も漫画やアニメとかで名作はどんどん生まれていますが、後年に影響を与えた作品が出たという意味では1995年は影響力が強い年だったように見えます。では何故この年にこれほど革命的な作品があちこちから出たのかと言えば、やはりそれは経済的な影響が大きかったのではないかと推測しています。
 前述の通り、この時期の日本は景気浮揚のため無駄な公共工事を繰り返してやたら金をばらまいていました。しかし不況は不況のままで先行きが見えなかったためか、多くの消費者は住宅は自動車などの高額な耐久消費財の購入は控えた一方、その分浮いたお金で個人消費こと娯楽への消費を増やしていたような気がします。実際、主要企業の業績が悪化しながらも個人消費は増え続ける時期でもあったし。

 また前述の通り、労働生産年齢人口もこの年が統計上で日本史上最高の年でもありました。この一点で持っても当時の個人消費は非常に勢いがあったと言え、先ほどの景気要素も加わって消費が向かったサブカル分野で多くの名作が雨後のたけのこの里の如く次々と現れたのではないかとみています。
 なおこうした動きですが、去年の中国がまさにこんな感じでした。社会全体が不況で給与も伸び悩み、失業者も増え続ける中、何故か個人消費は増え続けていました。これは日本と同じく、景気が悪化したことで先行き不安から住宅や自動車などの購入を控え、浮いたお金を個人の楽しみとしてご楽に使うようになったためじゃないかとみています。ラブブのブームとかも、まさにこの流れだと思っています。

 なお自分のこの年の記憶としては、なんか中学受験するために予備校に通わされ毎日ゲボ吐きそうな陰鬱な気分のままで過ごしてた記憶が強いです。あと成長痛とかも早く発症していてこの時期はなんか病院とかにもよく通ってて、ほんといい記憶がありません。日曜日は西日暮里に予備校のテストを毎週受けに行ってたため、誇張ではなく今の方が自由時間も多いです。
 遊んだゲームでは、発売は1995年だけど実際に購入したのは1996年だった「天地創造」が一番思い出深い気がします。「桃太郎電鉄DX」とどっち買うかで確か悩んだ覚えがあります。

2026年1月21日水曜日

安倍元総理銃撃事件の判決について

 すでに各所でも報じられている通り、奈良県で安倍元総理を銃撃して殺害した山上氏に対し本日、無期懲役の判決が下りました。この判決について私個人としては、妥当な量刑ではないかと思っています。

 山上氏についてはその反省は同情にあまりあり、もし同じ境遇にあれば自分が同じようなことをしないかと言ったらしないと言い切る自信はありません。それゆえに殺害という手段に出たことは非難されても仕方ないものの、闇バイトの殺人事件と比べるならまだ理解できる面が多くありました。
 またターゲットが安倍元総理だった点についても、実際安倍氏というか岸家が統一教会のタニマチであったことは周知の事実であり、安倍総理自身も統一教会のPVに出るなどその影響力を統一教会に施していた点からも山上氏のターゲットとなるに足る理由があり、決して自暴自棄に無差別な行為であったとも思えません。

 そうした感情から内心比較的軽い刑であってほしい、具体的には無期懲役未満であってほしいという願望めいたものを私も持っていました。ただ殺人という行為は行為であり、またその凶器に銃砲を使ったという点も日本の刑法からすると処罰度合いを高める事由がはっきりとあり、それらを踏まえるならこの無期懲役という判決は致し方ないとも思えます。
 また山上氏について、仮に満期出所なった場合にこれ以上殺人を犯さないかという点を考えると、必ずしも犯さないとは言い切れない点があります。具体的にはその思想からほかの統一教会関係者をまた狙う可能性も考えられ、こうした再犯可能性も考慮するならやはり無期懲役が妥当ということになってきます。

 ただこの事件をきっかけに宗教二世という新たな日本語が生まれ、信仰の強制という虐待行為も一般に認知されその対策も行われるようになったことを考えれば、間違いなく日本を動かした事件だったと言えるでしょう。ある意味これ自体が山上氏が目指していた結果の一つであり、その目的に適った行動を取ったという点は否定できないし、こうした事件の再発を防ぐ上でも社会は対応していく必要があるでしょう。

 私自身は何かしら信仰を強制されたことはないですが、それでもなまじっか自我がやたら強いあまり、思想を強制されたという意識や感覚はこれまで何度も持ったことがあるし、その嫌悪感も強く覚えたことがあります。ただ私の場合はあくまで思想というか社会観念の強制であり信仰と比べるとそこまで大きなものではなかったと思え、山上氏のように親がああして振り回されたということを考えるとその気持ちは察するに余りあります。
 それだけにこの事件は本当に昭和の呪縛を令和になってようやく解き放つかのような象徴性も覚え、日本の宗教史どころか政治史においても今後刻まれる事件になるかもしれません。私自身はほかの日本人に比べ宗教に対し寛容な立場だと自認していますが、本人だけならいざ知らず、その周辺の人間も巻き込んで不幸にする宗教ははっきり邪宗と捉えて活動を制限していくべきだという立場を取ります。

 そんな統一教会も皮肉なことに政権交代のあおりを受けて韓国でも摘発が進められており、楽観視し過ぎかもしれませんがこれで連中もくたばるとホッとする思いがあります。同時に韓国でのこうした摘発がもっと早ければ日本でこの事件も起きなかったかもと思うと、山上氏についてさらなる同情をまた覚えてしまいます。

2026年1月19日月曜日

去り行く人間に必要以上に優し過ぎるメディア

「菅さんに話しても、もうほとんど反応ない」菅義偉元首相が政界引退…霞が関を支配した“恐怖の官房長官”の容態とは《叩き上げ政治家の剛腕秘話》(NEWSポストセブン)

 上の記事を見てどう思うか人それぞれでしょうが、私としては本来ならほかのメディアもこのような内容を書くべきだったのではないかと思い、まだここがこうして菅元総理の健康不安についてはっきり書いたことで安心するものがありました。

 菅元総理の健康不安というか判断力の低下についてはかねてより報じられており、実際に私もいくつかの動画で見ていて不安に感じるものがいくつかありました。これが一般人ならまだしも議員、それも元総理という立場であると、影響力が非常に大きいだけにもっと早い段階から議員職を降りるべきではないかとの声が出ても仕方がないと思っていたのですが、私が見る限りそうした声を「忖度してはいけない」と言っている大手メディアほど避けていたというか、一切触れませんでした。
 そして今回の、本人の意思なのか定かではありませんが次回選挙に出ない引退宣言に触れても、大手メディアは官房長官、総理時代の功績や活躍については触れても、その健康不安や判断力についてはついぞ触れることはありませんでした。去り行く人間なだけに気持ちよく送ってやろうという精神なのかもしれませんが、人間の、しかも公人とあればその良いも悪いも最後だからこそきちんと触れるべきだと思います。ましてや批判的精神をここで発揮しないというのは、おこがましいとすら思います。

 このように書く私ですが、菅元総理についてはその功績を含め比較的高く評価しています。ただはっきり言えばその功績は官房長官時代が主であり、総理としての功績は携帯電話代引き下げなどもあるものの、そもそも総理として向いている人材は明らかになく、記者会見の歯切れの悪さや政局勘の悪さと言い、自分の適性を見極めきれずに総理となって評価を下げてしまった人物だと思っています。
 ついでに書くと息子もひどかった。

 この去り行く者への必要以上の優しさというか、肝心なところで批判的精神を持たないメディアはこのところ多いように思います。先日私も少し触れた久米宏の逝去においても、そのニュースステーションのキャスター時代の活躍や成功を取り上げるメディアはいても、ニュースステーション降板後の他番組での振るわなさなどについてはついぞどこも触れず、やはりいい面ばかりに目を向けた偏った評価が多すぎるのではと眉をひそめました。

 そこへきて今回の菅元総理への白々しいまでの「お疲れ様」報道を見て、ウェブメディアやネット世論の台頭以前に、従来の大手メディアは批判的精神を忘れて時流に乗ろうとしかしなくなるほど落ちぶれたというか、自身の存在価値の喪失にすら気づいていないのではないかと改めて感じました。
 なんでもかんでも批判すればいいってわけではないものの、なんでもかんでも誉めそやすというのは逆ベクトルで間違っています。それに気づけないし誰も批判しないしでなんなんだと上海で一人暴れていたところにニュースポストセブンがこうして批判的記事、っていうか一番肝心な健康不安に触れる記事を出して、まだこうした必要な指摘するメディアが日本にあったかとほっとする次第でした。

2026年1月18日日曜日

奈良ロイヤルホテルは何がロイヤルなのか?



 何故かキャプチャーしていた画像です。基本、地球防衛軍ってシュールだと思います。


 話は本題ですが高支持率が続く高市政権について上の記事がその要因を分析しているのですが、そんな分析よりも、

「彼女の地元・奈良県にある奈良ロイヤルホテルが、総理就任を記念した『サナ活ランチ』を提供しはじめた。」

 という事実の方がずっとニュースであることに何故気が付かないのかと一、人憤激しながら読んでいました。

 奈良ロイヤルホテルは過去に何度もこのブログで触れていますが、自分とソ連人民の敵であるうちの親父が奈良に行く際の定宿となっているホテルです。マジな話、利用回数は10回は確実に超えており、単独のホテルとしてみたら人生の中でも最も利用回数が多いホテルだと断言できます。
 一体何故そこまで利用回数が多いのかと言えば、最大の原因は親戚の奈良おじさんです。自分が学生時代からお世話になっている人でうちの親父の従兄にあたり、親父も子供のころから同年代で仲が良く、何故か子供の頃は二人して僧房体験に行くくらいマブな関係だったりします。そのため関西に行くときは必ず会いに行き、必然的に奈良市内に泊まることとなって奈良ロイヤルホテルを利用する方程式が成立するわけです。

 そんな奈良おじさんですが地味に奈良ロイヤルホテルとも関係があり、何でも親戚がこのホテルの経営者だったことがありその事情も深く精通していました。なんでも、元々は奈良市内でレストラン事業を運営する会社が始めたホテルだったそうで、確か専門も中華料理だったという気がします。実際、この奈良ロイヤルホテルの料理は確実に人に勧められるほどおいしく、料理だけを目当てにやって来る客も多いと聞きます。
 またもう一つこのホテルの強みを上げると、地下1階が外部客にも対応した銭湯となっており、宿泊客は比較的大きな浴場を使うことができます。最近はほかのビジネスホテルでも大浴場を設けていますが、奈良ロイヤルでも十分この点は堪能できます。

 一方、気になる点を挙げるとすれば設計がガチ昭和なため、天井はかなり低い構造となっています。体感で2.5mくらいの高さで、ジャンプすれば頭ぶつけるかもと思うくらい低く、人によっては圧迫感を感じるかもしれません。この点を除けば値段もリーズナブルですごくいいんだけど。
 もう一つ設計について触れると、触れ込みこそホテルですが内装は室内を除くとむしろ旅館です。自分なんか逆にこの点が奈良っぽくていいと思いますが。

 なおこのホテルは奈良市中心、というより奈良駅からはやや離れていますが、ぶっちゃけ奈良市内の観光はそこまで時間かからず、ここから京都や大阪にも行けるのであんまりデメリットではありません。逆を言えば京都観光に行く人なんかはここに泊まった方が移動距離は少しかかるけど、宿泊体験的には料理もおいしいし部屋はやや狭いけど、利用価値はあるのではないかという気がします。
 っていうか去年十月も泊まってますが、「サナ活ランチ」もっと早く用意しとけよ(´・ω・)

2026年1月17日土曜日

中国はマジで日本で政権交代が起きると信じてた?

 中国が現在のイランに対してどう思っているのかを探るため先日、ネットで中国メディアの国際報道を細かく見ていました。ざっと見た感じでは中国政府としては現在のイランのデモなどについて言及や発表したりせず、何故か米国のトランプ大統領がイランについていった発言を一言一句全て細かく報じていました。恐らく以前の私の予想の通りイランについて中国は敢えて関与を避けつつ、トランプ大統領の発言を細かく報じることで国内に対し「イランのデモはトランプが仕組んだもの」みたいに思わせるよう仕向けている気がします。
 逆を言えば、中国政府はイランの現政権に対して支援とかするつもりは全くなさそうです。同盟国としては見ていないようなのですが、逆にそれはそれでどうなのっていう気がします。

 イランについては以上の通りですが、記事を検索している最中に日本の高市政権についての報道も見ました。その成り立ちから現況に至るまで細かにまとめられていたのですが、個人的に気になったのは発足当初の動きについて、ちょっと驚くくらい解説していた点です。
 具体的には、「先の選挙で参院では少数与党、衆院でも過半数に届くか届かないかの水準で、政権は非常に不安定な立場だった」という点をちょっと引くくらい強調していました。その上で総裁選直後に公明党が離脱したことを引き合いに、「その政権基盤は脆弱だった」とも書いてありました。

 書かれていることは決して間違いではなく事実っちゃ事実なのですが、高市政権の議席状況から見える政権基盤について異様なほど強調している点を見て私は、マジで中国は日本で野党による政権交代が起きるのではと思っていたように感じました。でもって中国政府としては自民党より野党が政権を握る方が大歓迎なだけに、こうした状況を見てビッグウェーブに乗らなきゃとばかりに対日批判、というより高市政権批判を強く行い、政権交代を後押ししようとか思ってたんじゃないかと思います。少なくとも、高市政権は短命に終わると考えいた節については固いでしょう。

 しかし高い政権の発足当初、政権交代が近く起きると考えていた日本人は恐らく野党支持層、っていうか野党の議員を含め信じていた人間は皆無だったと私は思います。何故かというと野党が一枚岩ではなく、現に首班指名で与党入りした維新の会や政策によって協力姿勢を見せる国民民主など、政権交代のため一致協力する当時全くありまんでした。
 また日本人の自民党に対する支持についても、決して高いとは言えないもののそれ以上に野党を信用していない不信感の方が強く、いざ実際に政権交代が近づいても揺り戻しが起きる可能性が現状を含め高い気がします。総合すると、昨年時に政権交代が起きると考えるのは見当違いも甚だしいということです。

 以上は自分の勝手な推測ですが、私が中国の記事を見て感じたのは「日本政権交代が間近」という強い観測というか希望を中国が持っていた、だからこそ高市政権をこれを機に一気に叩いてしまえと言う安直な思考です。仮にこの通りであれば、日本の政局を甚だ読み間違える中国の官僚に強い危惧すら覚えます。昔の中g区間量は日本の政局もかなり正確に読んでいた気がするのですが。
 また結果論ではあるものの、以上の通りなら日中関係を劇的に悪化させた最大の主犯は公明党にとなります。何故かというと公明党の与党離脱を見て、中国がチャンスと思うようになった節を感じるからです。無論公明党にはその気はないでしょうが、私の中で日中関係を悪化させた最大の原因は彼らです。でもって彼ら自身にはその自覚がなく、日中友好を説いているあたりは皮肉この上ありません。

 そもそも今の公明党には中国とのパイプがあるかというと甚だ疑問です。現状、日本の政治家で中国とパイプがあると感じる人間はほとんどおらず、むしろ復権しつつあるジャック・マーと親交のある孫正義氏の方がパイプが太いでしょう。それこそ先日亡くなった丹羽宇一郎とかなら別ですが、彼のように中国に人脈持つ人はもはやいない気がします。なので、「中国とのパイプを持つとされる」と自称他称する人物は、逆に信用が置けない気すらします。