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2024年4月3日水曜日

「だんドーン」が西郷隆盛をナポレオンに見立てた背景

 「ハコヅメ」は全巻買ってたけど、同じ作者の泰三子の新作である「だんドーン」はこれまでなかなか手を付けなかったのですが、知人に勧められたのでこの前ようやく1巻を購入しました。一読した感想としては同じ単行本1冊でもほかのマンガに比べて読む時間が非常に長く感じるほどボリュームが厚いと思った半面、ページというかコマ割りは「ハコヅメ」時代よりもすっきりしているように見え、なんか前よりこの作者は漫画の構成力が上がっている、それもかなりの水準でと感じました。

 その「だんドーン」ですが、日本警察の父と呼ばれる川路利良を主人公としています。彼は元々は薩摩藩士であり、物語も幕末時代、より細かく言えば13代目の徳川家定がまだ生きてて一橋派と南紀派が後継争いをしている頃をスタートしています。主要キャラは川路のほか同じ薩摩藩の藩主である島津斉彬、そして後の明治維新勲功第一号とされる西郷隆盛となっています。
 ちなみにそんな時代劇を舞台とした漫画ですが、隙あらばと言わんばかりに下ネタがたくさん入っています。元々、セリフ回しが「銀魂」の作者の空知英秋氏に似ていると「ハコヅメ」時代に思っていましたが、下ネタ盛り沢山な点も空知氏に似てきたような気がします。っていうか絶対この人、下ネタ大好きだろ。

 話を戻しますがこの漫画の第一話で、ナポレオン伝を持ってきた西郷に対して斉彬が「お前が日本のナポレオンになれよ」というセリフがあります。多分、知ってる人はみんな同じように反応したのではないかと思いますが、私はこれを見てすぐ「ああ、つまりはフーシェってことね」と考えました。

ジョゼフ・フーシェ(Wikipedia)

 フーシェというのはフランス革命期からナポレオンが支配した第一帝政時に活躍した政治家で、以前に麻生元首相が「伝記が面白い」と言っていたこともある人物です。具体的にどういう人物だったかというと、警察長官となってフランスの警察組織を作ったのですが、後のこの警察システムを日本を含むほぼすべての国が参考にしており、実質的に世界の警察システムの生みの親ともいうべき人物です。
 こういうと街中の治安維持において非常に貢献した高潔な人物のように聞こえますが、実際にはその真逆というか権謀術数に長け、この時代のあらゆる暴力に係わっています。彼が作った警察システムも、治安維持というよりは国内諜報のために作られたような面が大きいです。

 ざっとその来歴を触れていくと、初めは教師でしたがフランス革命を機に革命運動に参加し、ジャコバン派のロベスピエールとの親交を深めるにつれ徐々に地位を高めていきます。この革命期における王党派えの弾圧は非常にすさまじく、王党派というだけで多くの人を大量に虐殺し(リヨンの大虐殺)、またルイ16世の処刑も熱心に推し進めていました。
 しかしロベスピエールと関係が悪くなるや、やられる前にこちらからとばかりに彼の追い落とし工作を行うようになり、結果的にこれが功を奏してロベスピエールをギロチンへと送り込むことに成功します。その後、ナポレオンに近づいて彼の政権奪取に協力すると、第一帝政期の長い期間に渡り警察大臣を務め、外務大臣のタレーランと並ぶ内政の重鎮として君臨します。

 しかし位人臣を極めながらも野心は止まず、ナポレオン周辺を含め常にあらゆる方面に密偵を送っては多くの人間の弱みを握り、自らに抵抗できないよう脅迫を続けていたそうです。それどころかナポレオンが遠征している最中に勝手に軍を編成したり、対立していた英国との和平交渉も勝手に始めるなどしたことから、その優秀な才能を惜しみながらもナポレオンも一時はフーシェを解雇していますが、その後彼の後継となる人物がいないためにまた採用しなおす羽目にもなっています。

 そんなフーシェですがナポレオンが一度その地位を退いてエルバ島に流され、ルイ18世が王座に就いた際は王党派から嫌われていたこともあり、失職することとなります。しかしナポレオンがエルバ島から脱出するとすぐさま彼のもとに馳せ参じて、再び警察大臣の職に就きます。
 この時、ナポレオンはフーシェに対して警戒していたそうですが、その才能というか情報収集能力は際立っていたため採用ざるを得なかったそうです。結果的にこの懸念は的中したというか、ナポレオンがワーテルローの戦いへと至る遠征へと出かけるやフーシェはナポレオンの敗北を早くも予想し、議会工作をすぐ始めています。

 フーシェの予想通りにナポレオンがワーテルローの戦いに敗北すると、ナポレオンの皇帝退位を議会で主導して彼をフランスから追い出すことに成功します。その後、フランスが連合軍に攻め寄せられる中で臨時首班の座に就くと、連合軍と戦ってフランスの共和制を守るというスタンスを取りながらルイ16世ら王党派と連絡を取り、共和主義者を裏切る形で王党派をフランスに迎え入れることに成功しました。こうしてフランスは再び、ブルボン朝の王政復古が始まります。
 この辺の下りはちょうど今、長谷川哲也氏の漫画「ナポレオン 覇道進撃」の中で展開されている話です。

 王政復古後にフーシェはフランス国内で屈指の権力者となるものの、ルイ16世を含む王党派から強い嫌悪感を持たれていたこともあり、その意を受けたタレーランの工作を受けてフランスあkら追放されます。しかし追放後もフーシェは多くの主要人物の弱みを握り続け、暗殺されることなく無事天寿を全うしています。

 話を「だんドーン」に戻すと、日本警察の父と言われる川路利良は同じ警察畑ということから「日本のフーシェ」という人が一部います。その上で西郷をナポレオンに見立てたということは、ナポレオンに止めを刺すフーシェという役どころを川路に持たせるという構想があるのではないかという風に考えたわけです。実際どうなるかわからんけど。

 最後に漫画の話をすると、最近はサンデーの星野真氏という作家が一番興味を持って眺めています。現在「竜送りのイサギ」という漫画を連載中ですが、前作の「ノケモノたちの夜」はアニメ化も果たしており、今この本を読み進めています。
 セリフ回しにセンスを感じるのと、細かい衣装の造形が非常によく、あと絶望感や殺気をはらんだ眼の描き方がうまいように思え、こんな作家がいたのかと感心しながら読んでいます。まぁこの人の漫画を読むきっかけは「竜送りのイサギ」に、「竜殺しのタツナミ」というどっかの中日監督を連想させるキャラクターが出てくるからだけど。

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